インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

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 どうも、おはこんばんにちは、黒ヶ谷です。

 前話あんな引き方したけど、今話はすぐ戦闘っていう訳じゃないんや……

視点:シノン、束

字数:約一万一千

 ではどうぞ。



Chapter3:怨嗟の魔獣 3

 

 

サクラメント上空

メテオ付近

 

 

 天に立ち、咆哮を轟かせる獣を見据えながら、私は思考を回そうとする。

 しかしどうしても回転が鈍い。

 私達にとって、あの咆哮は破滅の調べに等しいものだ。

 なまじ未来を知っているからこそその意味は大きい。

 明らかな暴走を起こしている今、秋十が切り捨てられたように、彼もまた切り捨てられる可能性が極めて高いからだ。それを認めるわけにはいかないが、世間が何と言うか――――更に言えば、政府が何と言うか定かではない。

 厳密に言えば、あの二人が置かれている状況は同じではない。

 男性操縦者の価値は束博士の介在によって平等に与えられる。だから最低一人居ればいい。秋十の時は、暴走の恐れが無いと和人が判断されていた。そしていま、秋十は死に、和人だけが生き残っている状況で、彼が暴走してしまった。

 これは意見が分かれるところだろう。

 残り一人となった彼を何としても抑え込む意見と、暴走の危険だけを考えて排除しようという意見が出る筈だ。どちらも間違ってはいない。彼に近しい者なら前者を取るだろうし、リスクを考える立場なら後者を取ろうとする。

 

 ――出来る事は、まだある筈なのだけど。

 

 驚きと焦りで思考は鈍っているが、それでも私は、絶望するにはまだ早いと考えていた。

 その考えは、秋十と和人を比べた時の差異に基づいている。

 同じウィルスを投与され、《亡国機業》製のコアを移植され、VTシステム(セフィロト・プログラム)によって暴走したのは篠ノ之博士製のISであったりと、秋十と和人は暴走する条件が同じだったにも関わらず、あの二人には差異が生じた。

 秋十はすぐにセフィロト・マルクト――セフィロト曰く『完璧な存在』――に変貌を遂げた。

 だが彼はそうじゃない。以前から見せていた【無銘】の負の第二形態に酷似した仮面を着け、本能のまま動く獣の如き様を見せつけている。そんな状態が『完璧な存在』な筈がない。

 おそらく今の彼は、まだ完全に変化したわけではない。現状でどうにかすれば【無銘】の暴走形態と同じように止められる筈だ。

 問題はその方法が不明なこと。

 それに『メテオ』の存在も問題だ。恐らくネオ・コアで生成されたのだろうそれは、同じく《亡国機業》製の【無銘】の原子操作能力で消滅させられる筈で、和人もそれを前提に今回の作戦を提案していると思われる。しかし、当の彼が暴走しているせいでどうにも出来ない状況に置かれている。

 メテオをどうにかするにはまず和人の暴走を抑えなければならないが、その方法が分からず、八方塞がりになってしまっている。

 【無銘】の時は彼単独で抑え込めたのだと思うが、事ここに至るとそれすら怪しい節がある。彼自身も知らない間に第三者の手――オズウェルなど――が加わっている可能性も否めないためだ。そうなるとただ待っているのも悪手である。

 なによりあまり時間を掛けると彼まで完全にセフィロトとして変貌してしまいかねない。

 どうすればいいのか、私にはわからなかった。

 

 ――と、十秒ほど思考したところで、状況に変化が訪れた。

 

 まず宙に浮いていた大地が全て落下を始めた。大地を浮かせていたセフィロトが倒された事で浮力を失ったのだろう。最早この状況で生存者がいるとは思えないが、とにかく巻き添えを食らう人が出ない事を祈るしかない。

 数秒掛けて大地が全て落ちた後、天に立つ暴走和人が、左手から提げていたモノを投げた。

 それは胸から下を喪ったセフィロトの残骸。それも落下していくにつれてボロボロと崩れていき、内部から黒髪短髪の青年の上半身が現れた。

 瓦礫に落下し、ゴロゴロと暫く転がった後、仰向けに止まる。

 直後、焼き直しのように和人がその真横に超速移動した。翡翠の刀を逆手に持ち直し、切っ先を秋十の喉元に据える。

 

「――()めなさい、和人」

 

 その手首をリーファが掴んだ。下ろされようとしていた切っ先が止まる。

 私もすぐに駆け付け、刀の柄を握る。大きく、無骨になった青年の手を包むようにして、秋十の真上から切っ先をどけようとした。

 だが――万力で固定されたかの如く、びくりとも動かない。

 私もリーファも力を更に入れて押し、あるいは引くが、ISと同等の馬力を持つアバターですら微動だにしない。

 

「和人、止まって……お願いよ……!」

 

 震える声で懇願する。

 自分より高い位置にある顔は、仮面に覆われていて表情を窺い知れない。だが黒目金瞳を見ればこちらに頓着した素振りが無い事は明白だった。

 ――僅かに、刃が下りる。

 

「ッ――――!」

 

 瞬間、空気が()ぜた。

 それは剣気。交錯した刃が弾き出した空気と共に火花が散った。リーファが合体剣を振るい、力ずくで刀を弾いたのだ。

 

「和人。あたしは、貴方の憎悪(過去)を否定はしない。けれどそれはあくまで正気であればの話よ。いまの貴方がそのまま秋十を殺せば、もう止まらなくなる。あたしにはそうなる前に貴方を斬る責務がある……お願い。あたしに貴方を、斬らせないで……! 正気に、戻って……!」

「リーファ……」

 

 正眼に構えられた両刃の剣が、僅かに震えていた。

 妖精の表情は苦悶に歪んでいる。彼女とて覚悟は固めている。その上で尚振り切れない未練と願望があると滲ませていた。

 そこで、掠れた笑声が上がった。

 

「は、は……! いいぞ、直葉、そいつをやっちまっても……!」

 

 それは秋十のものだった。

 下半身を喪い、ネオ・コアをも破壊されて尚存命していることに驚き、思わず一歩後ずさる。【創世記(ジェネシス)ウィルス】の効果なのだろうが、間違いなく心臓も喪っているのに生き永らえているとは流石に予想外だった。

 

「あんた、まだ生きてたの」

「はっ、当たり前だ。こんなトコで死ねるか……」

 

 この男の記憶には残っていない事だが、十数年の歳月を生きる間、あらゆる行動基盤となっていた”知識”は男の思考回路に多大な影響を齎していた。『何故か』を自覚しないまま、この男は私達に愛玩の目を向け、和人を憎悪の目で見る。そしてそれに倣った言動を取る。

 つまり秋十が『死ねない』と言ったのも、件の『主人公』とやらへの執着の残滓。

 私達を手に入れようとする邪な思いが籠っている事は疑う余地すらない。

 煤と砂埃で汚れた顔でにやけるのを見て、生理的な嫌悪感を抱いた私は更に一歩身を引いた。

 

「……和人?」

 

 その時、リーファが怪訝な声を発した。

 どうしたのかと思って和人を見る。十メートルほど離れた位置では、相変わらず仮面を着けた青年が刀を手に佇んでいる。

 ――そう、()()()()()()()

 あれだけ殺意と破壊衝動に塗れた咆哮を上げ、有無を言わさない勢いで秋十にトドメを刺しに動いていた獣が、動く素振りすら見せていない。

 まさか私達の声が届いた――と、思ったその時。

 

 ピシ、と髑髏の仮面に亀裂が入った。

 

 間を置かず、パキィンッ! と陶器が割れるような音と共に仮面の右半分が砕け散った。がくりと片膝を突き、刀を杖代わりに倒れるのを防ぐ。

 

「「和人!」」

 

 まさかの展開に期待を膨らませながら走り寄る。

 その間に青年へと成長していた和人の体が光を散らし、元の子供体型に戻っていった。肩を貸して支えると、ゆっくりと頭が持ち上がった。和人の露になった瞳は、白目に黒の瞳と、あの世界で見てきた色に戻っていた。

 

「和人、私達が分かる?」

「……ああ。リーファとシノンだ……ありがとう……」

 

 息も絶え絶えに言った後、和人は視線を彼方に向けた。その先には未だ世界に破滅の危機を齎さんとしているメテオの威容がある。

 ゆっくりと、杖代わりの刀に(もた)れながら立ち上がっていく。

 私もその肩を支えるが、その胸中には不安が膨らみ始めていた。

 

「アレを止めるのね?」

「ああ。そうしないと世界が崩壊する。操られていたとは言え、元兄の不始末には変わりない」

「な……お、俺のせいだって言うのかよ……!」

「そう言ってるんだ」

 

 不満げな秋十の声に、和人が鋭く言い返す。

 

「お前が拉致されなければこんな事にはならなかったんだ。オズウェルがバイオハザードを起こす事も、セフィロト・マルクトがあのメテオを作り出す事も無かった」

 

 それは”並行世界の知識”から鑑みるに明らかだった。秋十がいない世界では、こんな事は起きなかったというのだから。

 いや、それを考慮しなくても、秋十の誘拐が事の発端であった事は誰にでも分かる。秋十の誘拐が成功した事でオズウェルが実験体を得て、コアを埋め込み、適合したからセフィロト・プログラムを始めとした計画を始動したのだ。

 秋十には責められる失態があった。

 

「な、なんだよ、おかしいだろ……こんな事をしたのは、《亡国機業》だろ! なんで俺が責められなきゃいけないんだよ!」

 

 しかし、それを認める素振りはない。責められる事に不満を爆発させている。

 己はまったく悪くない。

 そう考えているのは明らかだった。

 ――ぎり、と奥歯を食いしばる。

 そうしなければ怒鳴りつけてしまいそうだった。

 もしも秋十が生身でISとある程度渡り合える対策を打っていれば、少しは変わった可能性だってある。和人はそれを考慮して自衛用にと対IS用兵装を準備していたし、事実それで一度は【無銘】を使う事なく救援が到着するまでやり過ごしている。

 コア移植による人体改造を考慮して、まったく同じことをしろとは言わないが、せめて出来る事はあった筈なのだ。

 それを怠ってこんな事態に発展させてしまった時点で責められて然るべきだった。

 

「というか、臨海学校で俺を連れて行かなかったのが悪いだろ! 俺を守らなきゃいけないのにそれを怠ったのが悪い!」

「っ……あなたねぇっ!」

 

 自分は守られて当然だと、そう言った言動が頭に来た私は、気付けば怒鳴っていた。我慢した苦労が水の泡になる。

 この場面は、【黒椿】を介して中継されているというのに。

 思いつく限りの悪罵を吐き出したくて堪らなかった。

 

「もういい」

 

 悪罵を吐き出す、まさにその時、機先を制するように和人が言った。

 

「どれだけ言い合っても平行線でしかない。それに事の良し悪しは、歴史にあるように最終的に後世の人が決める事。時間の無駄だ」

 

 そう言われ、反省する。

 ごめんなさい、と謝罪をした。

 ああ、と和人は短く返事をした後、彼は数歩メテオがある方向に進み出た。メテオを消そうというのだろう。

 そこでふと気付く。

 

「……ちょっと待って? 和人、あなた、【無銘】はバリアに、【黒椿】はアバターの維持に全演算機能を使ってるのに、一体どうやってメテオを……」

「相変わらず察しがいいな、シノン」

 

 肩越しに露となった顔を見せ、苦笑した和人は、そう言った。

 

「簡単な事だ。コアは二つとも使えない。だけど、コアと俺の体は直結したんだ……あるだろう、スーパーコンピューター二、三基分の底力を持つモノが」

 

 そう言って、和人は左手の指で頭部を(つつ)いた。

 

「な――――そんな事して、大丈夫なの?!」

「さぁ、なっ」

 

 答えをはぐらかして、和人は左手を突きつけた。

 途端、メテオが端から消滅を始める。バリアに接触していた部分から徐々に(ほつ)れていき、上へ、上へと消滅が進んでいく。

 それをしている少年の体が僅かに揺れた。

 ポタ、と赤い液体が零れる。それは鼻血だったが、たちまち目から血涙も流れ始めた。あまりに血圧が高くなり過ぎた影響。

 途轍もない負荷が脳に掛かり、体が悲鳴を上げている証拠だ。

 咄嗟に私達はやめるよう言ったが少年は耳を貸す様子がなかった。断固としてメテオ消滅を継続し、十数秒後には跡形もなく消滅していた。

 ゆっくり左手を下ろした和人は休みもしないで踵を返し、徐に秋十へ近付いていく。

 

「な、なんだよ……」

「織斑秋十。完全にクリーチャー化する前に、ここで細胞を一つも残さないよう消し飛ばす」

「は……?」

 

 れっきとした殺害宣言を前に呆け面をした秋十は、翡翠の刀が黒いオーラを纏ったのを見て本気だと理解したようで、表情に焦りを見せた。

 

「いやいや、待てよ、俺まだ生きてるだろ。なんで殺すってなるんだよ?!」

「クリーチャー化する前に、と言っただろう」

 

 秋十の激昂に対し、和人はあくまで淡々と言葉を返した。

 未だ顔の左半分を仮面に覆われた状態だが、右半分の素顔の表情は冷静なものだ。少なくとも彼の判断が私情のみという訳でない事は確かである。

 

「お前の体に投与されたウィルスは、本来なら俺の【無銘】のように、移植されたネオ・コアが制御する筈だった。だがそれも下半身諸共跡形もなく消滅。【白式】も、エネルギーは底を突いてるはず。シャットダウンされたPCも同然な以上、俺のように新たにコアを埋め込んだとしても意味があるとは思えん。心臓も無いのに生き続けているのは【創世記ウィルス】の影響だろう。つまりお前はもうクリーチャーになるのを待つばかりという訳だ」

「嘘、だろ……い、いや、束さんなら、なんとか……」

「本人がここに居ない以上、”たられば”の話だ」

 

 そう言い捨てられ、希望を失ったのか秋十が失意の表情で黙り込んだ。

 ――実のところ、方法はなくもない。

 和人が【無銘】と【黒椿】を使えるようになれば、あるいは秋十も生きられたかもしれない。肉体は以前の試合で対峙した際にデータを読み込んだ――そうでなくとも【白式】の生体データがある――筈なので、【無銘】の原子操作能力で再構成すれば解決するし、エネルギーは《覇導絶封》の無限供給でなんとかなる。

 問題はそれが可能な本人が暴走状態にある事と、仮に暴走していなくても心情的にするかどうか。

 世間からの風評を考慮し、私情を殺して協力する可能性はあるが、それも和人が元に戻らなければ始まらない事だ。

 それに和人が協力しても、結局秋十自身が【白式】コアの移植とウィルス抑制に耐え抜かなければ意味がない。

 まあ仮に助かっても秋十は良くてモルモット、最悪裏で即処刑されるかもしれないが……

 

 

 

「い、いや、だが……――――そ、そうだ。それならお前も死ぬべきだ!」

 

 

 

 突如、名案とばかりに秋十が言った。

 

「クリーチャー化したら俺を処理するなら、お前もそうならないとおかしいだろう?! 今のお前はそれこそクリーチャーそのものじゃないか!」

「貴様……ッ!」

「お前……!」

 

 その時、私とリーファは、真実怒りだけに囚われた。私達からすれば何が何でも彼を貶め、道連れにしようという魂胆にしか見えなかったからだ。

 確かに、秋十の意見と同じ事を言う人は出てくるだろう。

 だが和人は、今のように暴走しても自我を取り戻した。

 世界が下した判断は『秋十が暴走したら処理する』という内容だ。和人も該当しかねないが、それは解釈の仕方によると言える。だが秋十に限っては最早暴走=クリーチャー化の未来しかあり得ない。

 根本的に前提が違うのである。

 

 

 

「そうだな」

 

 

 

 ――だというのに。

 あろう事か、和人はそれを肯定した。

 

「和人……? なんで、そんな……」

VTシステム(セフィロト・プログラム)を打破出来た訳じゃない。今の俺はリーファと剣を交えた事で自我を取り戻せただけなんだ」

 

 そう言う彼の表情に、沈んだものは見えない。

 ただ、どこまでも達観した色が瞳にはあった。見ているものはどこか遠くだった。

 その彼を見ながら、リーファが神妙な面持ちで口を開く。

 

VTシステム(セフィロト・プログラム)はコア・ネットワークにアップロードされていたものだとセフィロトは言っていたわ。それのトリガーを考えれば、貴方が【黒椿】を手にした瞬間に起動してもおかしくなかった筈だけど」

「そうなのか……だとしても、そのアップロード時期は昨日、今日くらいだろう。【黒椿】も【白式】も、コアの制作者は束博士だ。その系統ならラウラが使っていた【シュヴァルツェア・レーゲン】も秋十か俺と同じ暴走にならないとおかしいからな」

「あ……そっか」

 

 言われて、確かにと納得する。

 時期をメインに考えた時、遥か以前からVTシステム(セフィロト・プログラム)がコア・ネットワークにアップロードされていたなら、最初に暴走したラウラの例がおかしな話になる。

 和人の場合は【黒椿】移植後から暴走を始めた訳だが、秋十の例を見るに、恐らく移植しているか否かは関係ないと思われた。

 だから彼は時期を最近と見たのだろう。それなら秋十にネオ・コアを移植し、オズウェルの計画が始動した瞬間――すなわち、サクラメント・バイオハザードの時期と合致して、辻褄も合う。

 

「ともあれ、セフィロトの主体はあくまでコア・ネットワークのプログラムそのもの。秋十は依り代にされただけで、倒したところでセフィロト・プログラムが根絶された訳じゃない……今もずっと、頭の中で声が響いてるんだ」

 

 これはその証明だ、と左半分の仮面を触れながら言う。

 

「そんな……どうにかならないの……?」

「永遠に寝なければ乗っ取られる事は無いと思う」

「そんなの無理じゃない!」

 

 悲鳴同然に怒鳴ってしまう。

 

「ああ。だから……死ぬしか、ない」

 

 和人は噛み締めるように言うばかり。

 それがどうしようもない事なのだと思い知らされて、私は暗鬱と俯いた。弓を取り落とし、ストンと座り込む。

 全身から力が抜けてしまっていた。

 

「は……は、はは! いい気味だな一夏! お前なんかが、この俺を虚仮にした報いだ!」

 

 秋十の嗤いが(いん)(いん)として聞こえる。

 もはや怒りすら沸いてこない。

 

「和人……いま死んで、もしセフィロトが復活したらどうするの。奴が言ってた地球の危機だって……」

「束博士とブリュンヒルデが協力すれば敵なしだろうさ」

「でも、それだと篠ノ之博士の夢は叶わなくなるわ。男女平等とISの発展に、男性操縦者の貴方の存在は不可欠なのよ」

「そうだな……でも、俺が最優先にするのは、”みんな”が生きる事だ」

 

 和人とリーファのやり取りが耳に入ってくる。

 悲壮と焦燥、そして僅かな諦観を滲ませる少女の声に、淡々と青年は返し続けた。

 

「……その”みんな”の中に、貴方自身は入ってないんでしょうね……」

 

 少しだけ、少女の声は震えていた。

 

 

 

「俺だって生きたいよ!!!!!!」

 

 

 

 それに怒鳴った少年の声も、震えていた。

 顔を上げれば、彼の目元に涙が滲んでいるのが見えた。感情を昂らせて本音を露にしていた。

 

「でも、しょうがないだろう! プログラミングが出来ない俺にどうやってセフィロト・プログラムを消せる?! よしんば博士に連絡して、消してもらうよう動いたとして、世界が俺を受け入れるか?! これまでもギリギリだったのに、創世記ウィルスなんてモノが投与されてて、それを世界が知った今、受け入れると思うか?! これまで通りに生きて、描いていた通りの未来を生きられると、本気でそう思うのかッ?!」

 

 そう怒鳴りながらリーファに詰め寄る姿を、恐らく誰もが初めて見ただろう。

 それは和人がずっと心の奥底に秘めていた思い。私達が不満に思っていた世界の(いびつ)さに、彼がどう思っていたかの本音そのもの。

 ある意味の憎悪の発露。

 ――これが世界の歪さだ。

 今の彼自身を見て危険視する意見は当然出る。だが、その事ではない。あたかも、『誰も彼を受け入れない』と結論が出ているように考える、その思考を醸成した環境が歪なのだ。

 ほんの少しの楽観すらない。

 客観視し、現実を見ているからこそ、ネガティブ思考が度を越してしまった。

 

「もう、嫌なんだ。希望を見て、裏切られることも。俺のせいで苦しむ人が出るのも……」

「……私達は、それで苦しむ事も覚悟の上よ」

「だから、それが嫌なんだよ……!」

 

 涙を浮かべながら私を睨んでくる。

 迫力も、威圧感もない。ただ駄々を捏ねる子供のような印象だった。

 しかしまだ十一歳の子供なのだ。そんな子供にそこまで思わせる世界の歪さは、どうしようもない罪なのだと思う。

 

 ――それは、どうしようもなくあの頃に似たものだった。

 

 私達の身代わりとして浮遊城から落ち、ホロウ・エリアで再会した時のやり取りと酷似している。違いがあるとすれば、あの時は彼自身の心の問題だったが、今回は世界の問題だという事だ。

 彼は、もう十分に苦しんだ。

 だからこそ、私はもう何も言えなかった。

 リーファすらもが涙を滲ませ、俯いてしまった。彼女も事の問題が彼の意識ではなく、世界の方にあると理解が至り、そして人々の意識を変える事に期待できないと判断していた。彼女もまたあらぬ中傷の被害者故に他人を信用できないからだ。

 それは自分も同じ。

 だから、私達は口を噤んだ。

 

「お願いだから。頼むから。どうか、おれを……」

 

 その懇願が何なのか、直感的に理解してしまった私は、それでも何も言えなかった。

 打開する術を持たず、最早見ている事しか出来ない私に何ができようか。どれだけ力を持とうが民衆の心までは変えられない。

 和人が告げようとしている言葉を、止められない。

 打開策を持たない私達に口を挟む権利は無かった。

 

 

 

『――【森羅の守護者(カウンター・カウンター・ガーディアン)】、各国代表候補の面々、今からする話をよく聞いて欲しい』

 

 

 

 ――天災の声が上がったのはその瞬間だった。

 

 

***

 

 

日本標準時 2025年7月10日 18:00

国際IS委員会本部、会長室

 

 

「【森羅の守護者(カウンター・カウンター・ガーディアン)】、各国代表候補の面々、今からする話をよく聞いて欲しい」

 

 そう切り出した私は、敢えて動画配信中のPCマイクの近くでIS通信機に語りかけた。

 

「今の桐ヶ谷和人は暴走状態にあると言っていい。原因は【黒椿】を介したセフィロト・プログラムの影響と見て間違いない。けれど諦めるにはまだ早い。()()()()()()()()()姿()()()()()()()()()()()()()()。あの姿は【無銘】の時と同じだ。【無銘】の暴走形態もVTシステム、つまりセフィロト・プログラムによって引き起こされた影響に抗った結果だからだ。なら、抗っていたものはなんなのか」

 

 何時になく真剣で、重々しく語る。自分でも『らしくない』と思う口調に、自分を知る人々も含めて驚いている事だろう。

 それでいい。

 それだけ、私が真剣なのだと思わせればこちらのものなのだ。

 

「かつて、幼き日の彼は言っていた。『みんなといっしょに居たい』と。それが出来損ないと言われ、友人達にも貶められ、孤独だった子供の夢だ。誰かに褒められる訳じゃない。努力しても報われるとは限らない。けれど彼は、自分で作ったユメだからと、頑張らなければ叶うものも叶わないからと言っていた」

 

 言いながら、脳裏に思い浮かべるかつての光景。

 幼い子供にはあまりに似つかわしくない夢。それを語る時、世界の歪さとは対極的に柔和に微笑んだ事は忘れた事がない。

 それを意識しながら、言葉を続ける。

 

「あの日から彼の周辺は変化している。一緒に居たいと想う相手も変わっているだろう。けれど――その夢だけは、昔から変わっていない。強いて言えば、一緒に居たい人達の幸福が加わっただけだ。夢は明確な願望となり、未来への道筋を作り出した。彼は只管にそれを邁進していた。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ヒトが貶め、世界が目を逸らし続けている彼の状況を端的に表現する。何故彼が表舞台に現れ、剣を取っているのか、その理由の全てを集約した言葉だった。

 

「そして今日も彼は剣を取っていた。なぜか。憎しみ故か? 復讐心故か? ――否、断じて否だ」

 

 自然、言葉に熱が籠っていく。

 断固として許さない意志。それは彼をあげつらい、貶めようとする者たち全てに向けられた憤怒。同時に、自分自身に向けられたものでもある(ざん)()の念。

 目元が、鼻先がツンと熱を帯びていくのを自覚しながら、それでも私は言葉を続けた。

 

「大切な人達のためだ。《亡国機業》やセフィロトと相対し、死ぬ可能性の方が高い二度目のコア移植に望んだ事もその一環。世界のために戦っているんじゃない。彼は一緒に居たい人達との未来のために出来る事は全てしているだけだ」

 

 そこで、一拍空けて。

 

「いま、生きたいと叫んだ子供が絶望している。守るために力を得た。生きるために邁進してきた。そんな子供が、人を恐れている。人に裏切られ、貶められ、世界に裏切られてきたからだ」

 

 改めて、彼の過去を突きつける。世界の歪さを克明にする。

 理由もなく、あらぬ中傷で子供を傷つけてきた人間達の罪を詳らかにする。

 

「ただ平和な未来を望む子供を、『力があるから危険だから』と安易に切り捨てられるか? もう出来る事はないと諦められるか? ――私にはできない。彼に救われ、慕い、想う者の一人として、私には彼を救う可能性があるならそれを追及する義務がある。そして一人の大人として、子供を守り、導く責務がある」

 

 声を張り上げ、訴えかける。

 最早台本もクソもない。論理的な天才らしからぬ方法――――人の情に訴える形で、私は心の底から想いを組み上げ、言の葉へと変えていた。

 

「今、私には打開策がある。そのためにはみんなの力を借りなければならない。【森羅の守護者】も、代表候補生も、私はおろか、ブリュンヒルデの助力すらも必要だ。それでも成功するかは分からない。それほどの難行だ」

 

 そこで、強く息を吸う。

 

 

 

「けれど、それこそが! これまで一人の子供に背負わせてきた代価そのものだ! 子供一人が世界を救ったなら、私達は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 

 

 そう、思いの丈を叫んだ私は、「協力して欲しい」と請願。

 ――返答は、程なく集まった。

 配信動画の方も大多数が共感を得られている。《亡国機業》、セフィロトの危険性をメテオという形で目にし、それを排除した彼への信用を持っているからだろう。

 もちろん危険視する声もあるが、それも少数意見。

 私は会心の笑みを浮かべた。

 

絶望する(諦める)なら、やれるだけの事はやってから。君が教えてくれた事だよ」

『束博士……』

「あと、前にも言ったけど君は優しすぎる。死にたくないなら束さんの事も騙すくらいの気持ちで使ってくれていいんだ。それにさ、紆余曲折あったけど、君は真実世界を救ったんだよ。生きるために足掻くくらいしたってバチは当たらないさ」

 

 セフィロトも、メテオも、それ一つでこの世界を滅ぼす存在だった。その双方を彼は打ち砕いたのだ。危険視される力を正しく使い、人を、世界を守ってみせた。

 ――この子は、ぜったい嫌がるだろうけど。

 彼は英雄そのものだ。

 苦しんで、挫折して、けれど何度でも立ち上がる不撓不屈の心で己を鍛え、ついには星を守った。それは讃えるべき偉業である。

 偉業なら、人並み以上に報われ、幸せにならなければ嘘だ。

 

『……博士……おれ、本当に生きられる……?』

 

 不安げに、一縷の望みを込めての声。

 自然と私の声は、柔らかくなっていた。

 

「――天才は、時に不可能を可能にするからこそそう呼ばれるものさ。君が真実『生きたい』と願うのなら、私は全力でそれに応えよう」

 

 そんな、分かり切った事で答えを返す。

 幼い子供は、言葉なく嗚咽を漏らす。

 ――口汚い男の声は、徹底的に無視し続けた。

 

 






【本作に於ける”天才”の根幹】

・織田信長
――生まれながらに才能のある者は、それを頼んで鍛錬を怠る、自惚れる。しかし生まれつきの才能が無い者は、何とか技術を身に着けようと日々努力する。心構えがまるで違う。これが大事だ

・アルベルト・アインシュタイン
――天才とは努力する凡才の事である

・ゲオルク・ヴィルヘルム・フリードリヒ・ヘーゲル
――天才を知る者は天才である

・アリストテレス
――少しも狂っているところがない天才などいない

・ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト
――高尚な知性や想像力、あるいはその両方があっても天才の形成に至りはしない。愛、愛、愛。それこそが天才の神髄である


 すなわち、”天才”という存在は須らく後天的に至るモノ、という事。

 つまり和人も束もどっちも『天才』って事ですね(神童そっちのけ)

 ちなみに本作でアマデウスの『愛、愛、愛』で天才に至ったケースは、和人:親愛、茅場:浮遊城への愛、束:和人への愛だと思います。


・桐ヶ谷和人
 大英雄
 暴走もしたが結果としてセフィロトを倒し、メテオは自分の意思で消滅させたので、れっきとした現代の英雄である
 SAO時代と違って『生きる意志』は持っていたが、世界を信じていないために諦めていた。セフィロト・プログラムの干渉もあったので猶更拍車が掛かっていた
 ――しかし、救いの手が差し伸べられる
 英雄に至るほど純粋な願いが人の心を動かした


・篠ノ之束
 本作の主役の一人
 ”天才”という定義に於いて根幹を為す存在であり、同時に和人が天才・英雄へと昇華し、生き残るには不可欠な人物
 多大な影響力を持って世界を動かし得る人物
 その力がいま再び振るわれた

 天災はいま、”天才”へと昇華した。


・織斑秋十
 下種(直球)
 地獄への片道切符を手にした状態。
 コアを失い、心臓も失って尚死なないしぶとさから、既に創世記ウィルスがかなり進行している事が窺える。
 理由を覚えていないが、とにかく一夏を自分より下に貶めないと気が済まない思考回路・人格を形成している男。当然その姿が中継されているとは露とも知らない。
 目の前でまさかの大逆転劇(トドメ)を食らうとは思わず罵詈雑言をまき散らしているが、和人や束達から完全にスルーされている。


 では、次話にてお会いしましょう。



 コア・ネットワーク上のプログラムをどうにかしないといけないわけですが……
 そういえば、束さんはクロエに通信を入れていましたね
 クロエに何か鍵でもあるんでしょうか(すっとぼけ)

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