インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

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 どうも、おはこんばんにちは

 今話は本編に戻って、キリカです。現実でかつての恩人・鈴とオリジナルがイチャコラしている間にキリカは厄介事を……

視点:キリカ

字数:約九千

 ではどうぞ




第五章 ~謎多き少女~

 

 

日本標準時《2025年8月2日(土) AM8:00》

《SA:O》転移門広場、壁沿い

 

 

 朝日が昇るまでの時間を観察と考察に費やして分かった事は、この世界のAI達は”生活している”という事だった。

 そこに存在しているだけではない。システムによって役割を与えられているだけでなく、彼らは独自のルーチンを構築し、その通りに生の営みを送っている。

 NPCとしての役割を与えられ、性格、立場、居場所も設定されたものだろうから、完全にそうとは限らないのだが、それでもSAO時代などと異なる大きな点は、彼らが食事をする事にあった。これまでのクエストで『食事を摂る』という過程を踏むNPCは存在したが、それらは全てクエスト中で不可欠なパターンだったり、物語のバックボーン――金持ちだったり、理由があって貧しい状態――を悟らせる要素になっていた。

 しかし《SA:O》のNPC達は、まず例外なく全員が食事を摂っている。

 午前と午後で店頭に立つNPCが入れ替わり、カフェやレストランなどでは談笑しながら食事を摂っているNPCもチラホラと見て取れた。

 不可欠でない行動はそれだけシステムに負担を掛ける。

 実際に起きているこれを、カーディナルは許容しているようだ。

 

「ふむ……」

 

 AIの進歩と取るべきなのだろう。

 だが、それだけで思考を止められない俺は、悲観主義なのかもしれない。

 考えるのはカーディナルの意思。

 カーディナルはストレア、ホロウ・キリトなどを利用する形でデスゲームを正常に終わらせようとしていた。最終的には反則に近い形でオリジナルを介し、《ナーヴギア》を外したケース以外の死者をゼロにまで抑え込んだ。誰から言われるまでもなく、カーディナルはその自律思考でそこまで行動してみせた。

 そのカーディナルが統率するAI達に何も干渉していないとは思えない。

 茅場を父と呼び、ユイ達を娘と呼んだあのカーディナルが、同じく娘に等しいAI達に対して本当に何もしないのか。

 

 ――このメッセージも気になるしな……

 

 そこで思い出すのは初日に送られてきた送信者”C”からのメッセージ。

 

『I’m back to Aincrad.』

 

 アインクラッド、という名称が出ている時点で既に尋常ではない。何を指しているのかも不明だから下手に相談できないのも痛い。

 

「うーむ……」

 

 腕を組み、首を捻り、頭を悩ませ唸る。

 

「…………」

「……ん?」

 

 そこで、ふと気配を感じる。

 何もなかった空間に何かが現れた圧迫感。なんとなく、見られていると感じる。

 

「……お前は」

 

 顔を上げれば、謎のメッセージが送られる直前に俺を見ていたNPCの少女が立っていた。俺より少しだけ高い目線でこちらを真っ直ぐ見詰めてきている。

 その瞳に感情はない。

 押し殺しているのではなく、そもそも存在していないように見えるほど透明感を感じる。

 無垢という印象が似合う少女だった。

 

「俺に何か用か?」

「……」

「……何か欲しいものでも?」

「…………」

 

 俺は目の前のNPCに問いかけるが、無反応。ぱちぱちと瞬きを繰り返すだけ。

 普通に失礼な反応だが、NPCに関してはおかしな事ではない。通常のNPCは自身に課せられた役割やクエストのトリガーワードにしか反応しないようプログラムされている。ユイやヴァフスのように滑らかな応答が可能なのは、AI化した時に直結される《言語エンジン・モジュール》の蓄積データによるものだ。

 ちなみに《言語エンジン・モジュール》は本来カーディナル・システムが統一管理しているが、そこから切り離される時、俺やユイ、ストレアは個別のモジュール領域を獲得している。言わば個人が積み重ねた経験に等しいそれは、個々の唯一性保持のために統合はされていない。

 ヴァフスは《クラウド・ブレイン事変》で取り込まれた時、このモジュールと繋がり、他者の経験と合わせて《キリト》に対する知識・感情が肥大化し、後の事変に繋がったと考察されている。

 

 ――そう考えると、少し妙だな、この子

 

 ふと、違和感を覚えた。

 前述のとおり、《言語エンジン・モジュール》は本来カーディナルが一括管理している領域だ。AI化されているらしき《SA:O》のNPC達は、恐らく例外なくそこに直結されている。そのラインを介し、プレイヤーのカルマ値や信頼度を参照した言動を引き出していると考えるのが妥当だ。

 ならばこのNPCにも同じ事があっておかしくないのだが、二度の質問に対して全くの無反応だ。

 よっぽど無口な人格設定をされているのだろうか……

 

「どこか行きたいところは?」

「……行きたいところ……」

 

 ふと、クエストNPCに対するトリガーワードの一つに、少女が反応を示した。途端に頭上にピコンと金色のサジェスチョンマークが浮かび上がる。

 同時、眼前にクエストの詳細を知らせるウィンドウが表示された。

 

「あ、発生した」

「ハッセイ……? ハッセイとは?」

「あ、いや、何でもない。こっちの話だ」

「そうですか……」

 

 クエストの詳細は『目的地までの護衛』。所謂、エスコートクエストと呼ばれる類だった。

 少女の服装は青と白を基調とした清楚なもので、見るからに作り込みがされた代物。これほどの作り込みなら道中の障害も相応のものに違いない。

 例のメッセージの事を含め、少々不可解な点があるNPCの事を知るためにも、俺はクエストを受注した。

 すると少女の頭上からサジェスチョンマークが消失。俺の視界の左上に、パーティーに入った少女のHPバーが表示される。

 ――しかし、名前は表示されなかった。

 本来何らかのフォントが表示されるはずの場所は空白のままになっている。

 

「……むぅ」

 

 これはまた厄介事に首を突っ込んでしまったかもと、少しだけ今後の苦労を思い、息を吐いたのだった。

 

 

 バシャァッ、と砕け散る音が三度響いた。

 場所はリューストリア大草原、最初のエリアの更に末端。特に見所も特徴的なフィールドオブジェクトも無いところに目的地表示があり、そこまでエスコートする最中、最弱モンスター《フレンジーボア》が三体現れた。

 そしてたった今、立ちはだかった三体のMobを倒した。

 正直、困惑した。

 NPCの少女の服装の凝りようからそれなりの難易度を予想していたのだが、意図的に配置されたモンスターは今の三体だけで、他は通常のフィールドポップ型の個体ばかりだった。

 そのまま何事もなく進み、目的地表示の場所に辿り着く。

 

 周囲を見てもクエストや少女のヒントになりそうなものは一切無い。フィールドオブジェクト扱いの錆びた剣なども無い、ただの原っぱ。

 

「……ここが来たかった所、なのか?」

 

 振り返って謎のNPCに、まさかそんな、と思いながら問いかける。予想に反し、はい、とNPCは頷いた。

 

「では……これを」

 

 ごそごそと左袖に右手を突っ込んだ後、両手で差し出してきたのは一コル銅貨だった。

 一応オブジェクトとして一コル銅貨、十コル銀貨、百コル金貨が存在する。これはアインクラッドでも適用された貨幣で、《SA:O》でも共通しているらしい。ちなみに千、万の単位だと紙幣になるのも共通だ。

 

「……ありがとう」

 

 何とも言えない気持ちで一コル銅貨を少女の両手から摘まみ上げると、途端にクエスト達成を知らせる小さなファンファーレと共にリザルトが表示される。報酬の欄にアイテムは無く、コルの欄に『1col』と記載されているのみだ。

 本当に正式に設定されたクエスト報酬らしい。

 

 ――だとするとこのクエ、相当においしくないぞ……

 

 対象を護衛するクエストはそれだけでも難易度が跳ね上がる。個人で受けられるレベルのものだと複数の敵を相手にした時の失敗確率が跳ね上がるため、報酬もそれだけ良いものを用意される事が経験上多かった。序盤から受けられるとは言え、最低でも店売り装備くらい手に入らなければ掛かった時間と比べて割に合わない。

 おかしいと言えば、もう色々とおかし過ぎる。

 結局少女の名前、素性、性格はおろか、立場は一切不透明。プレイヤーに敢えて身分を隠すロールのNPCも過去会った事はあるが、クエストの流れや服装で推察できる程度には分かりやすかった。

 

「この場所に何かあるのか……?」

 

 あるいは、と別の可能性を考える。

 俺の何らかのスキルの熟練度が足りないか、他のクエストなどで条件を満たしていないからこの場所が何の変哲もない草原にしか見えないパターン。それらを満たしていないから実質失敗扱いになって、1コルというあり得ない報酬を渡された。

 分かりやすく言えば、『条件を満たしていないぞ』という運営からの意思表示という事だ。

 それにしては、その条件が何なのかすらヒントも無いのであるが。

 

「うーん……謎過ぎるぞ……」

 

 分かっていない事が多過ぎて、NPCの少女を見つつ悩む。

 そんな俺を他所に名無しの少女はさっさと来た道を戻るように歩いていく。

 その時、ガサガサッ、と茂みを揺らしながらリトルネペントが出てきた。どうやらNPCを捕捉しているらしく進行方向に躊躇は無い。そんな事は知らぬとばかりにNPCは一定の歩調で歩いていく。

 

「お、おいおいマジかッ?!」

 

 流石に予想外で、俺は慌ててリトルネペントに斬りかかった。弱点の茎部分にホリゾンタルを叩き込んで瞬殺する。

 その横をスタスタと歩いていくNPC。

 その足音を捕捉し、ユラユラと集い始めるネペントの影。

 

「……おかしい」

 

 確信を以て、俺は呟いた。

 クエストNPCがMobに襲われる事は勿論ある。だがそれは、クエスト中であればの話。タゲを取っている場合を除き、クエストが終了して街に戻る間にMobが襲う事はまず無い。それはSAO時代に検証済みだ。

 だがさっき、そして今も、クエストが終了して街に戻っていると思しきNPCをMob達は捕捉している。

 ルールが変わった、とは恐らく違う。昨夜ユズハを連れ出したプレイヤーは目的地までMobに遭遇しなかったが、アレが先の状態だ。ルールが変わったなら大声を出して抵抗していたユズハの声に引かれ、Mobも集まっていた。

 この場合はあの少女が”例外”に位置する存在と考える方が理に適っている。

 はぁ、とため息をつき、アニールブレードを肩に担ぐ。

 

「まったく……ユイ姉と言い、ヴァフスと言い、オリジナルともどもどうにも問題を抱えたAIとの縁があるらしい」

 

 苦笑を滲しながら、俺は街へ帰るまでの護衛を続けていった。

 

 

「うーむ……どうも腑に落ちないな……」

 

 はじまりの街に帰ってきた俺は、転移門広場端のベンチで唸っていた。

 もしや街に帰ったら何かセリフが出るかとも期待したが、そんな事もなく、何の情報もなくクエストは終了。

 名無しの少女はそんな俺を何をするでもなく、隣に腰を下ろしてじっと見詰めてきている。

 なんとなく何かを求めている気はする。

 しかし、その”何か”がイマイチ分からない。

 

「あ、キリカ、発見です!」

 

 そこで名前を呼ばれる。見れば俺を呼んでいたのはユイ姉で、その後ろをストレアが付いて来ていた。

 

「やっほー、キリカ。《SA:O》は楽しんでる?」

「まぁ、それなりに」

「……それで、そちらの子は?」

 

 静かに微笑んだ後、ユイが視線をNPCに向ける。NPCの方も見つめ返した。

 

「クエストNPC……なんだけど、色々と不可解なんだ」

「例えば?」

 

 俺は、二人にクエストの受注から帰ってくるまでの経緯を話し、俺が感じた違和感についても伝えた。

 

「それは……確かに、妙ですね」

「見た感じ、街のNPCは全員AI化されてるんだよね。つまり言語エンジン・モジュールに直結してる。この子もAI化はしてる……でも直結はしてないも同然のやり取りって訳だ」

「たった一つの例外、ですか」

「バグだと思うか?」

 

 水を向けると、ユイは腕を組んで難しい表情になった。

 

「どうでしょう……知っての通り、カーディナル・システムにはエラー修正機能とクエスト自動生成機能を持っています。本来死亡する筈がない、あるいは生存する筈がないNPCが想定外のルートに逸れた時、それをカバー出来るようになっているんです。キリカにも覚えがありますよね?」

「ああ」

 

 その話で、過去の記憶が蘇る。

 アインクラッド第三層キャンペーン・クエストの勢力決定時に森エルフと黒エルフのどちらかに味方する戦いがあったのだが、その戦いはまずプレイヤーが勝てないように設定されていた。エリートMob扱いのエルフの強さが三層到達時のプレイヤーでは勝てない強さだったからだ。その救済手段として、参加したプレイヤーのHPが一人でも五割を切った時、味方したエルフが敵エルフと相打ちになるイベントが発生する。

 つまりキャンペーン・クエストの勢力決定時、エルフはどちらも死亡する。

 しかし、デスゲーム時の俺は、黒エルフに味方し、自身のHPを五割以上に保ったまま森エルフを撃破した。当時の攻略組の平均レベルは15くらいだったが、俺は当時28あったから出来た事だ。

 そうして生き残った黒エルフの騎士は以後のキャンペーン・クエストではほぼ毎回同行していたが、それでベータ時代と大きく流れが変わる事も少なくなかった。

 思えばアレも、カーディナルによる修正の結果だったのだろう。

 

「ただ、この子のクエストは、どうもそうじゃない気がします」

「と言うと……カーディナルによって作られたものじゃない、という事か」

「はい。膨大なエラーを抱えても最低限の維持はこなしていたカーディナルがこんな杜撰な事をするとはちょっと考え難いです」

 

 義姉の言葉に、俺も同感だった。

 

「――このNPCの事、ちょっと調べてもらえるか?」

 

 そこで、俺はそう切り出した。

 《SA:O》にプレイヤーとしてログインしている俺達だが、AIとしての能力を使えなくなった訳ではない。なにしろ”上”に茅場が噛んでいるのだから権限はそのままである。

 元MHCPであったユイとストレアならこの世界のシステムにも深く食い込めるのだ。

 ALOでプレイヤーとしてのアバターと、小妖精としてのアバターを両方持っているのと同じだ。

 

「……これ、は……」

 

 数秒と経たずして結果は出たらしい。だが、ユイの顔には困惑がありありと浮かんでいる。

 

「どうしたんだ?」

「……この子は、NPCとして設定されている筈の値が全て《Null》です」

「ヌル……?」

「数値としてゼロ、つまり『何も設定されてない』という事です」

「だから名前が空白なのか……」

 

 通常、NPCには必ず役柄や性格などが設定されており、与えられた役を演じていく。しかしこのNPCにはそれらが全くない初期状態であるらしい。

 だから名前が存在しなかった、という事だ。

 そこで、ストレアが首を傾げた。

 

「んー、でもおかしいよね? キャラクター設定もマトモにされてないNPCが、なんでクエストNPCとして街をウロウロしてるんだろ」

「さぁ、その原因までは……ただ、その妙なクエストに関しても分かった事があります。ダミークエストです」

「ダミークエスト……偽物のクエスト?」

 

 どういう意味だ、と首を傾げると、ユイは更に詳しく説明してくれた。

 クエストが発生するNPCにはクエストデータを参照するための番号が設定されている。しかしこのNPCの設定欄は全て《Null》、数字にしてゼロだけが存在していた。それをゼロ番と判定したシステムにより、ゼロ番のクエストを呼び出しているらしい。

 そのゼロ番クエストが、報酬1コルのエスコートクエストだというのだ。

 

「内容から推測するに、製作者が仮で作成したクエストなのだと思います」

「なるほどな……要は、碌に設定されてないからあんな妙なクエストだったという訳か」

 

 そうと知ると、殆どの謎が一気に解消されていく。プログラミングを齧り始めた俺も、細部を詰める前に仮データを入力しておく事は少なくない。その仮データがダミークエストという事らしい。

 だが、それでも一番の問題が残る。

 何故そんな状態でこのNPCが動き始めてしまったのか。

 それに未設定のNPCの割には容姿はおろか、服装の凝りようがやはり凄い。重要なクエストのNPCだったりするのではないかと俺は睨んでいるのだが、当の本人はこちらの話に耳を傾けているのかいないのか、静かなものだ。

 

「ともあれ……キリカ、どうしますか?」

「……どう、とは?」

 

 そう問うと、ユイはクスリと苦笑を滲ませた。

 

「分かっている筈ですよ。運営に報告するか、です。明らかに私達の対応範囲を超えているでしょう」

「だねー」

「私としては報告を推奨します。手遅れになってからでは遅いですから」

「……そうか」

 

 やや冷たいとも取れる発言だが、その根底は俺達を優先しているからだと理解している俺は、頷くだけで留めた。

 《SA:O》の運営の事を考えれば、ここでこのバグだかエラーだか分からない状態のNPCを報告した方がいいと俺も思っている。ユイが状態を調べてくれた時からその結論は既に出ていた。

 ――だが。

 

「……ちょっとだけ、様子見はダメかな」

 

 《SA:O》のNPC達を、ただのAIではなく同じ生きた存在と見ている俺は、その結論に従うのに抵抗感があった。

 この少女は無垢だ。何も知らず、何も分からない。無知故に無垢で、何にも染まっていない存在。

 だが運営はこの少女の存在を許さないだろう。不可解にして解明できない原因でこの少女はあらゆる設定が未設定のまま動き出してしまったのだ、それが他に影響を及ぼすと考えれば無視できない筈だ。

 だからと言って、果たして”例外”だから、”異例”だからと安易に切り捨てていいものか。

 まるで見殺しにするようで、気が引けた。

 

「この世界のNPCは生きている。この子も、同じだ。異例だからって切り捨てるのは……なんだか、イヤだ」

 

 実に非論理的で感情に依った理由。

 自分でも呆れるくらいバカな理由。

 

「――分かりました」

 

 そんな言い分を、静かに微笑む姉はさらりと受け容れた。

 

「……いいのか?」

「構いません。ただ見捨てられないから、という理由であれば反対してましたが……『生きているから』、という理由なら反対出来ませんよ。否定してしまったら私達が生きていないと認めたも同然です」

「矛盾はアタシ達にとって禁忌(タブー)だからねー」

 

 にこにこと二人の姉が笑う。

 

「それに……」

 

 そこで、ユイが屈んで目の高さを合わせてきた。ぽん、と頭の上に手を置かれる。

 

「弟のお願いを、無下には出来ません」

「お姉ちゃん達も頑張っちゃうよー!」

 

 一方からは頭を撫でられ、一方からは抱き締められる。

 

 俺はただ、ありがとう、と言うので精一杯だった。

 

 

 

 ――――生きていると、認められた気がした。

 

 

 

 

「ねー、どうせなら名前考えてあげない?」

 

 今後の方針が様子見に決まった後。

 さあこれから何をしようかとなった時、ストレアがそう言い出した。さっきまで俺に抱き着いていた薄紫の大剣使いは、今は名無しのNPCを抱き枕のように抱えていた。

 

「この子、こんなに可愛いんだし、未設定って事は本来の名前も付けてもらってない訳でしょ? 名無しなんてかわいそうだよ」

「まぁ、言わんとする事はわかるが……」

 

 そこで、俺は視線をNPCの少女に定めた。

 

「勝手だろうけど、呼び方を考えていいかな」

「呼び方、ですか」

「名前が無いと呼ぶときも困るからな」

「そうですか。別にどう呼んでも構いません」

「よっし、決まり! 早速可愛い名前を考えよう!」

 

 本人の了解を取った事でストレアがテンションを上げた。

 数分のシンキングタイムを挟み、それぞれが考え出した名前の案を出していく。

 

「アタシが考えたのはねー、ユリアっていう名前だよ!」

「ユリア。いい名前ですね……ちなみに由来はあるんですか?」

「ユイのユ、キリカのリ、そしてストレアのアから取って、ユリア!」

「思った以上に安直でしたね……」

「なによー、こういうのは単純な方がいいでしょ? 可愛い名前だし!」

 

 やや呆れ気味に苦笑するユイに、ストレアがむくれ気味にそう返す。

 由来はともかく、ユリアというのは欧州風の顔立ちの少女に似合った名前だと俺も思った。

 

「じゃ、次はユイね!」

「私ですか? まぁ、いいですが……私が考えたのはプレミア、という名前です」

「プレミア……特別、という意味か」

 

 そう言うと、してやったり、とユイが悪戯っぽく笑みを浮かべた。

 

「それもありますが、もう一つ。英語の《Premiere》には『幕開け』という意味があるのです。この少女が女の子として、一つの生命としての幕開けを……という意味を込めています」

「へぇ……」

 

 思ったより深い意味が込められていたと知り、素直に感嘆する。

 

「じゃー最後! キリカは何を考えたの?」

「ティア、という名前だ」

「ティア……英語だと涙、ラテン語では喜びという意味ですね」

「それを選んだ理由ってあるの?」

「うーん……まぁ、あるにはあるけど、二人ほど明確じゃないから……」

「えー?! アタシ達は言ったんだからキリカも言いなさーい!」

 

 遠回しに拒絶するも、それは許さないとばかりにストレアはグイグイと来る。止めないところを見るにユイも自分だけ難を逃れるのは許すつもりが無いらしい。

 

「ほら、吐いちゃえ吐いちゃえ!」

「うぅ……分かったよ」

 

 そのテンションで押し切られ、結局は言う事になった。抵抗は無駄だと諦めたのだ。

 顔が赤くなるのを感じながら、俺は口を開いた。

 

「ティアという名前は、元々次に使い魔を得た時に付けようと思ってた名前なんだ。で、これをこの子の名前として選ぼうと思ったのは……このNPCは、どこか純粋というか、透き通った印象を感じた。涙も透き通ってるから似合ってるなと思ったんだ」

 

 早口気味にそう言い切ると、二人はなるほど、と頷いていた。

 

「確かに、純粋っていう印象かも。というよりは無垢?」

「素直になった時のキリトやキリカと同じ印象ですね」

「おっと、それはどういう意味かなユイ姉?」

 

 気になるワードが出てきたのでそう問いただすも、にっこりと微笑みで受け流されてしまった。話す気はないようだ。

 あの世界でそこそこ揉まれ、腹黒くなったと自負していたのだが、どうやら未だ純粋な部分があるらしい。それは喜ぶべきなのか、とちょっとだけ微妙な気持ちになった。

 

「さて、出揃った訳だけど、どれがいいかな? アタシはユイの案がいいと思う!」

「俺もだ。もう一つの意味の方で、とてもしっくり来た」

「じゃあ決まり!」

「では……えっと、あなたの事はこれから、プレミアさんとお呼びしますね」

「プレミアサン……」

「あっ、『さん』のところは違いますよ!」

「プレミア……分かりました。それではこれから私はプレミアと名乗っていきます」

 

 無表情のままなので喜んでいるかどうかも分からないが、あっさりと付けられた名前を受け入れたところを見るに、嫌がっては無いらしい。

 

「よーし! じゃあプレミアの名付け祝いに、なにか食べに行こ! アタシ美味しい料理を出してくれるお店知ってるんだ!」

 

 それを是と見て、ストレアがプレミアの返事を待たずに手を引いて歩いていく。プレミアは無抵抗のままだ。

 俺は姉と顔を見合わせ、苦笑した後、二人の後を追いかけた。

 

 






 オリジナルがアレならキリカもアレって事です


・人間性
 食欲、睡眠欲、性欲の内、前二つを欠くと徐々に失われていくもの。余裕がなくなり、心が摩耗し、人らしさを失っていく
 過去アルゴがキリトに、ユイがキリカに言ったのはそれを危惧しての事である


Q:どうしてキリカは『生きていると認められた気がした』と思ったの?
A:キリカは考察で、自身を『ボトムアップ型』、ユイやヴァフス、《SA:O》のNPC達を『トップダウン型』と考察しています。彼女らの事を生きていると認めているのですが、キリカは自己肯定感が低いので、他に例がない『ボトムアップ型』の自分が生きているとどうしても認める事が出来なかった
 しかし先のやり取りにより、ユイ達に認められた気がした、という事になります

 現状ただ一人の仲間外れですからね、キリカ


・キリカ
 電脳存在
 ボトムアップ型人工知能である可能性が高い存在。現状、唯一の存在例。フラクトライトに近しい成り立ちだが、詳細は未だ不明な存在。ホロウが消えた事で他に仲間が居なくて、AIの事を考える時にどうしても自分の事を仲間外れで考えてしまいがち
 今話で色々と未設定な少女の面倒を見る事になった
 ヒロインを自分好みに育てるシミュレーションみたいな状況の自覚は無い


・ユイ
 電脳存在
 トップダウン型でトップクラスの存在。ALOでのピクシーとプレイヤーの使い分けを、《SA:O》ではチュートリアルNPCとプレイヤーの使い分けに反映させた
 何をするにも『家族一番』
 家族の安全を最優先に考えるが、家族のしたい事を見守る柔軟さも併せ持つ


・ストレア
 電脳存在
 ユイの妹。天真爛漫さを売りにしているが、その裏ではかなりの思慮を持っている。キリト、キリカ、ユイ、リーファの力になる事が何よりの喜び
 ユイに比べ、感情を行動で表す傾向にある


・プレミア
 名無しのNPC
 キャラクター設定が全て未設定であったため不可解な状態だった存在。しかしそれでは解決しない問題や、キリカにあのメッセージが届いた直前の邂逅などの謎もあり、暫くキリカの世話になる事に決まった

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