インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

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 どうも、おはこんばんにちは、黒ヶ谷・ユーリ・メリディエスです。

 久々の連日投稿ですね。そして今話で漸く《圏内事件》編が終了です、ぶっちゃけ色々と詰め込んだ上にダイジェストになっちゃったかなと思っておりますが、既にキリトがロジックを話しちゃってるから飛ばすとこは飛ばした結果です。

 さて、今話では前半リズベット視点、後半リーファ視点です。殆ど《圏内事件》はリズ視点ですね、リーファは《実姉と義姉》に出て来た苦悩を語ってもらっています。

 ではどうぞ。




第三十四章 ~愛情と紙一重の狂気~

 

 

 モルテが砕け散った音を最後に、周囲は静寂に包まれた。さっきまでオレンジに捕まって死ぬのか、キリトに迷惑を掛けてしまうと焦っていたのに、彼が来てから一気に何もかも変わってしまった。

 此処にいたオレンジは全員死亡、攻略ギルドにスパイで入っていた《笑う棺桶》の精神的メンバーモルテも死んだので、PKに躊躇いが無いレッドは粗方殲滅出来たという事だ。

 

「ふぅ……さて、と。五人の麻痺はまだ解けてないのか……」

 

 周囲の安全を確認したらしいキリトは、あたし達の麻痺が未だ解けていないのを確認し、ストレージから五つの黄色の六面体の結晶を取り出した。闘技場で彼が使っていた解毒結晶の麻痺バージョン、解痺結晶と呼ばれるものだ。

 結晶系アイテムは即効性があるのでポーション類に較べて基本は高価だ。その中で状態異常系は時間経過による回復やスキルで耐性を上げて掛かり辛くするなどの対策が豊富なのでHP回復に較べれば比較的値段は安くなるが、それでもやはり高いと言えば高い、複数個使うだけでも一日で稼いだ金額が飛んでしまう程だ。

 しかし今までかなり稼いできているからか、予備が相当数あるからか、あるいはあたし達を早く麻痺から回復させたかったからかキリトは躊躇う事無く一人一人に解痺結晶を使用し、麻痺を解除してくれた。途端に戻って来る四肢の感覚が、あたしはまだ生きているんだという実感を湧かせてくれる。

 

「はー……キリト、ありがと。マジで死ぬかと思ったわ。それとごめんね、ヘマしちゃって…………あと、その……人、殺させちゃって」

「いや、リズ、ベット……は、気に病まなくて良い、殺したのは俺の意志によるものだ……シリカも大丈夫か?」

「うん……あ、でも……ピナが……何処に行ったのか……」

 

 不安そうにキョロキョロとシリカは周囲を見渡す。約半年前に彼女は使い魔のピナを一度亡くしている、その時の不安が思い出されるのだろう。

 あたし達が麻痺してからどこかに飛び立っていったのは見たし、器用にピックなども避けていたから、多分生きているとは思うのだけど……

 

「きゅるっ」

「え?」

 

 大丈夫だろうかとあたしも心配になっていると、ふと程近い所から最近よく聞くようになった鳴き声が耳朶を打つ。その鳴き声は上から聞こえて来た。見上げれば、ぱたた、と青い羽をはためかせながら小竜ピナが下りて来たところだった。

 

「きゅるる!」

「ピナ! 良かった、無事だったんだ……!」

「良かったわね、シリカ」

「はい!」

 

 涙ながらにピナを愛しそうに抱き締め、あたしの言葉にさっきまで浮かんでいた不安や恐怖が混じっていない純粋な笑顔を浮かべながら頷くシリカを見て、本当に良かったと思った。それなりに離れた位置まで一匹で逃げていたようだが、これもナンと一緒にいた影響かなと、何とはなしに考える。

 ナンもそうだが、ピナも中々不思議な存在だ。使い魔というのは主人の命令を受けて行動するものなのに、ピナはまるで本当の生き物であるかのように思考し、自律的に行動する。更にシリカの命令を聞かなかった場面をあたしは一度たりとも見た事が無い。これもシリカとピナの間に絆というデータには表せないものの影響かなと思っていたりする。まぁ、ピナのAIが特別特殊なのか、あるいはフェザーリドラという種は特別なのかも知れないが、そういう事を言うのは野暮というものだろう。

 キリトも自身と同じビーストテイマーが喜んでいる光景を微笑んで見詰めていたが、暫くして表情を改めて、シュミット達の方へと顔を向けた。三人は恐怖や畏怖の感情を顔に浮かべ、キリトに化け物を見るかのような目を向けていた。

 それにキリトは一瞬、哀しげに目を瞑り……開いて、真剣な面持ちで口を開いた。

 

「さて……シュミットとはさっきぶり、そして後ろの二人とは一応初めましてになるな。《ビーター》のキリトだ」

 

 放たれた言葉はあたし達に見せてくれる素では無く、《ビーター》という仮面を被ったキリトとしてのものだった。目を瞑ったのは意識を変える為だったのかも知れない。

 話し掛けられた三人は大小の差はあれビクリと体を震わせ……その中でも最もレベルが高く、一度対話したらしいシュミットが前に一歩出た。顰められた顔からはとても友好的な感じを受けない。

 

「…………一応、助けてくれた事には礼を言う……だが、何故殺したんだ? グリーン二人のオレンジ化はともかく殺す必要は無かっただろう」

「モルテは《笑う棺桶》の最古参メンバーの一人だからな、生かしておいても何の得は無い、百害あって一利なしだ。他のオレンジも同様。幾らかギルドタグがあったと思うけど、アレは全部《笑う棺桶》が傘下にしていたオレンジギルドだ。規模の大小、殺しの有無などで差はあるけど、殺すつもりで来たんだから容赦する必要は無い。大体、殺さずに相手を無力化する事の難しさを理解して言ってるのか?」

「だが、さっき麻痺していた者もいた。あの手段を繰り返せば……」

「無理だな」

 

 シュミットが反論している途中で、キリトは被せるようバッサリと言って捨てた。その後、右手に下げたままの黒い剣に視線を移す。

 

「生憎と麻痺を付与出来ているのはこの剣だけなんだよ、それも麻痺のレベルは最低だから二、三分で解除される。オレンジギルドは毒や麻痺を利用したPKをする連中もいるから《状態異常耐性》スキルを大抵持ってる、だから一分以内に解除されるのが普通だ……事実俺がモルテと会話してる間に全員回復していたしな」

 

 キリトが言って、そういえばと思い出す。確かにグリーン二人をオレンジへと変えながらあたし達から引き離した後、会話している時には既に麻痺を受けて混乱していた集団は全員回復していた覚えがある。

 武器を鍛える際に特殊な添加素材を使用すれば、出来上がる武器に確定で状態異常属性を付与出来る。例えば毒を付与したいなら蜂型モンスターの毒針、麻痺毒を付与したいなら蝙蝠型モンスターの牙などだ。使用する素材によって状態異常属性のレベルが上下し、当然だがレベルが上になるほど効果も高くなる。オレンジ達が使用していた毒は最高の十なので、相当頑張って素材を集めたのだろう。

 しかしながら、状態異常を付与するのはデメリットも当然ある。モンスターやプレイヤー問わずかなりの脅威となるそれを付与すると、代わりに武器の耐久値が減少しやすくなり、更に最大値も無付与の装備に較べてかなり低くなる、つまり全損しやすくなるのだ。メリットが大きい代わりにデメリットも大きくなっているのである。

 ちなみに状態異常属性は、《鍛冶》で付与した場合永続的である。

 それで、キリトが持つ黒い剣だが、彼は攻略組として戦っているため武器の耐久値減耗がそこそこ激しい。最前線層で戦うんだから当たり前だし、モルテにやって見せたようにソードスキルを弾き防御で無効化し、更に反撃としてソードスキルを連発するという荒業をやってのけるので、他の人に較べて消耗しやすいのだ。それは闘技場での戦いが物語っている。

 よってあたしはキリトが持つ黒剣に状態異常属性なんて付与していなかったのだが……まぁ、キリトの事だ、何か別の手を使っているのだろう。

 

「もっと麻痺毒のレベルが高かったら出来たかも知れないけど、知っての通り状態異常属性を有する武器の耐久値は低めな上に減りやすい。ただ、レベルが低めだとデメリットも小さい、だから短時間しか効かなかったんだ。スキルで耐性上げられてたから尚更短かったし、稀にレジストされてたからな、全員に掛けようとしてたらそれこそシュミットやリズベット達を狙われて、ジリ貧だった」

「……つまり、仕方が無かった……あれだけ圧倒的な様を見せておきながら、そんな余裕なんて無かったと、そう言いたいのか」

 

 シュミットの厳しい目つきと言及を受けたキリトは、ふっ、と苦笑を浮かべ、肩を竦めた。

 

「余裕、ね。生憎と今の俺にそんなものなんてありはしない。昨日の闘技場の疲労もあるし、今日は諸々の事情で最難関ダンジョンでシンカーの救出を行って、ボスと一対一で対峙する羽目になったんだからな。その後も色々あったし……今でこそまだだと気を張り詰めてるけど、気を抜けば気絶しそうなくらいなんだよ。ただ《圏内事件》……いや、《黄金林檎》解散の引き金となった《指輪事件》の終焉を見届ける為だけに気絶しないよう気を張ってるだけだ」

「「「《指輪事件》の……しゅう、えん……?」」」

 

 茫然と、カインズさんとヨルコさん、シュミットがおうむ返しに呟く。

 キリトの言葉をあたしとシリカは現在どこまで調査が進んでいるかを知らないのだが、この口ぶりから察するにキリトはどうやら気付いたようだ。そもそも《圏内事件》の犠牲者であるカインズさんが生きている時点で事件として成り立っているのかとも思うが。

 そもそも《指輪事件》とは何なのかも分からないので訊きたいところだが、どうも《圏内事件》と関係しているようなので聞いていれば自ずと分かるだろうと判断し、シリカと一緒に黙っておくことにした。

 

「一応確認するけど、三人はSAOのシステム的な《結婚》についてどれくらい知ってる?」

「えっと……ストレージの共有、相手のステータスの閲覧権限、あとは《ハラスメント防止コード》のラインが下がる程度でしょうか」

「最後のは俺も知らなかった。まぁ、それはいいか……じゃあ仮に《離婚》した場合、どうなるかは?」

「……僕は知らないな」

「俺も知らん」

 

 分からないと答えながら、一体この質問に何の意味があるのだと懐疑的な目をキリトへ向ける三人。対する彼は、やっぱりかと得心がいった顔で頷いていた。

 

「システム的に《離婚》する場合、まず同意のもとでは二パターン存在する。相手五割自分五割でのストレージ内のアイテムをランダム配分して離婚、もう一つがお互いにアイテムを選んで分配して離婚する場合だ。で、当然ながら緊急措置として問答無用で離婚する方法もある、相手百自分零……つまりストレージ内のアイテム全てを相手に渡す覚悟で離婚する方法だ」

「……それが何だと言うんだ?」

「この三つ目が重要なんだよ。今言ったのは互いに生きている場合の事だけど、じゃあ片方が死んだ場合はどうなると思う」

「そりゃあ片方が死んだら、結婚は解除されるだろ」

 

 何を今更な事を言っているんだ、と小馬鹿にしたような目を向けるシュミット。それを見てあたしはちょっとイラついた。この話の流れから大体の予想が付いたのである。

 

「片方が死んだら、もう片方にストレージのアイテムが全部行く……で、《指輪事件》の場合、指輪を持ったグリセルダさんと鍛冶師のグリムロックはシステム的に婚姻関係にあった。そしてグリセルダさんが死亡……じゃあ、グリセルダさんのストレージに入っていたであろう指輪は何処に行ったと思う?」

「「「……あ」」」

 

 キリトが全てを言い切った事で、漸く思い至ったとばかりに呆けた顔になる三人。あたしは何となく予想していたし、シリカも分かっていたのかやっぱり、という表情で驚いていなかった。まぁ、知らなかったら気付かない事だろう、あたしもキリトがここまで話さなかったら気付かなかったし。

 つまり《指輪事件》とやらは、グリムロックという鍛冶師が奪った犯人という事になる。

 

「そんな……あの人が……? で、でも、あの人は私達に協力してくれましたし……」

 

 信じたくない、信じられないというようにヨルコさんが言った。隣のカインズさんが彼女を落ち着かせに掛かり、キリトはそれを見て僅かに目を眇める。

 

「協力……それは《圏内事件》で使用した短槍と短剣、そしてそこに転がっている逆棘の生えたエストックを作った事かな」

「そ、そうだ。僕と読みが同じでスペルが違う《Kains》と、リーダーの死亡原因が貫通属性継続ダメージだったから、その特性を持った武器を探したんだ」

「けど、そんな対人用としか言えない代物、NPC武器屋にも、ましてや自分が売った武器で殺しが行われるのは嫌なプレイヤー武器屋にも置いてないだろうな」

 

 正にあたしが鍛えた武器でキリトは殺人を行っているのだが……まぁ、あたしもそれを承知の上で武器の面倒を見ているのだから、そこは言わないでおこうと思った。微妙に察したらしいシリカの目線が生暖かく感じるのは気のせいだ、きっと。

 それはともかく、カインズさん達が探していた貫通属性継続ダメージ付きの武器は、そりゃあ無いだろうなぁと思う。攻略組御用達で、更には中層プレイヤーも手が出せるくらいの幅広いラインナップが売りのあたしの店にも、そんな効果がある武器は一つあるかないかくらいだ。つまりそれだけレア……いや、マイナーな付加効果なのである。

 《鍛冶》で鍛え上げる武器の仕上がりはランダムだ。パラメータは使用する鉱石の特性とランクである程度意図的に操作する事が出来るが、実際に仕上がらなければ出来上がりの数値は分からない。失敗する事は無いが、パラメータに満足いかず無駄骨に終わるリスクも孕んでいる、それが《鍛冶》というものなのだ。

 それに、貫通属性の武器に《長槍》や《短槍》があると言っても、メインで扱うだろうその二種類は大抵が刺突属性も有しているため、継続ダメージは付与されていない場合もある。大抵はピックなど元々攻撃力に劣るサブで扱う武器に付与されるものなのだ。これが対モンスターに適さないと言われる由縁である。この属性が付与されている武器は概して攻撃力が低い、故にそもそもの絶対数からして少ない。そりゃあマイナーと言われるのに拍車が掛かる訳である。

 

「それにプレイヤーメイドとなれば武器に作成者の銘が付く、そこからオーダーしたのが被害者……の役を演じる二人だと割れるからその手段も取れない」

「はい……それで私達は、已む無くギルド解散以来初めてグリムロックさんに連絡を取ったんです。居場所は分からなかったけどフレンド登録はしたままだったから……それで、グリムロックさんに私達の計画を説明して、必要な貫通属性の武器を作成するようお願いしました」

「それでよくそのグリムロックっていう男が作ったわねぇ。鍛冶師としては、そんな対人戦用とも言える代物を作りたいとは思わないわよ」

 

 少なくとも、あたしはお断りである。キリトであれば一考しなくもないが、それでもやはり避けたいなとは思ってしまう。偶然で出来上がったならまだしも、狙って出来上がるまで作成するというのは精神的に疲れるし。

 というか、こう考えるとよくグリムロックは目的の貫通属性武器を作成したなと思う、一体何度インゴットから鍛え上げたのだろうか。

 そんなあたしの思考に気付いていないだろうが、グリムロックと交渉していたらしいヨルコさんは微妙な笑みを浮かべて頷いた。

 

「グリムロックさんも最初は気が進まないようでした、もう彼女を安らかに眠らせてあげたい、と……私達がしているのはリーダーの旦那さんである彼からすれば快くないものだったかも知れないけれど、どうしても突き止めたくて、私とカインズは一生懸命お願いし続けました。そして今から三日前に、三つの貫通属性武器が届けられたんです」

「三日前……」

 

 三日前と言えば、確か七十四層フロアボスが討伐された日だ。四日前がキリトのホームにて宴会が開かれた日である。まだあれから四日しか経っていないのに、攻略組でも無いあたしでも濃密だと思える程に色々と事態が目まぐるしく動いていると思う。

 その中心であるキリトからすれば、最早時間の感覚すら薄れているのではないだろうか。

 

「……あまり言いたくは無いけど、グリムロックという男が《圏内事件》を装って過去を追及する事に反対したのは、奥さんを慮ってでは無いだろう。大勢の注目を集めれば何れ誰かが気付いてしまうと考え、恐れたんだ。俺の様にシステム的《結婚》と《離婚》によるストレージ共通化の変化、死別による影響がどういうものなのか気付かれる事にな」

「……でも、本当にあの人が……?」

 

 まだ信じたくない、と言うよりはもう信じていたいという気持ちになっているヨルコさんの問いに、キリトは少し遣る瀬無さそうに目を瞑った。

 そして眼を開いた後、そこら中に散らばっている剣や種々様々な装備品へと視線を移した。

 

「周囲の状況を見れば分かるけど、プレイヤーが死亡した後、基本的に装備品やオブジェクト化しているアイテム類はその場に落ちる。そして所有権が無いアイテムは五分経過すると耐久値損耗が開始される訳だけど……それは逆に言えば、ストレージ内にあるアイテムは全て消滅するという事でもある。それを回避する手段が婚姻状態に於けるストレージ共通化。SAOの装備品で、指輪系は左右の手で合計二つまで装備出来る。グリセルダさんがギルドの印章と結婚指輪を外していない限り、間違いなくグリムロックが指輪を入手した筈だ」

「じゃ、じゃあ、俺にメモで指示を出したのも、リーダーを殺したのも……」

「いや、メモで指示したのは確かにグリムロックだろうけど、実際に回廊結晶のポータルで移動し、グリセルダさんを圏外へ運び出して殺害したのはレッドだろう。何を見返りに支払ったか知らないけど、そういう事を生業にしているレッドだっている、同じグリーンになっていれば圏内に潜り込めるからな。連中に依頼をしていれば、途中で目を覚まして生き抜いたとしても、グリムロック本人で無い限りはグリセルダさんには誰が差し向けたのか分からない状態だから保険にもなる……まぁ、それでグリムロックの罪が軽くなる訳では無いけど」

「……でも、でも信じられないです……あの人は、グリムロックさんは何時もリーダーの後ろでにこにこしてて、サポートも上手かったし……そう、それに、もしグリムロックさんが真犯人だと言うなら、何故私達の計画に協力してくれたんですか?! あの人が武器を作ってくれなければ《圏内事件》を演出する事も、それ以前に《指輪事件》の事を掘り返される事も無かった。真犯人が自ら危険を顧みずに協力するとは思えません」

 

 どうしても信じたいのか、あるいは《ビーター》の言葉を信用出来ないのか、僅かに敵愾心を滲ませながらキリトを睨みつつ言うヨルコさん。

 そんな彼女にキリトは一度嘆息し、胡乱気な目つきを返した。

 

「さっき聞いたけど、計画の全容……ここでシュミットに全て吐かせる事も含めて話したんだろう?」

「……ええ」

「つまりこの場所に、自身に加担した裏事情を知っているシュミットと、謎を解き明かしたいヨルコさんとカインズさんの合計三人が勢揃いする事も知っていた。それを逆手に取れば、一気に闇の中に葬る事も可能だ……俺を殺す為に誘き出すだけなら最前線層でも良いものを、こんな低層の目ぼしいものが無い場所にリズベットとシリカを連れて来たのは、恐らくそういう事だ」

「そ、そんな……」

「グリムロックさんが……」

 

 ヨルコさんとカインズさんが茫然と言葉を漏らす、それだけ固く信じていたという事だろう。ヨルコさんの話から聞いただけでもグリムロックはそれなりに奥さんを愛していたらしいし、何故そんな事を仕出かしたのかが分からない。

 

「でも……でも、あの人はグリセルダさんを、結婚相手を殺してまで指輪を……それに私達まで、何故殺そうと……」

「……さて、俺はグリムロックじゃないからな。それに俺に恋人だとか、そういう感情を向けている人も居ない。想像は出来る、理解もまぁ、出来なくはない。けれど共感までは無理だ。大人と子供では感性が違うし、生きて来た過去が違えば当然価値観も異なる。故に俺はその問いに対する答えは持ち合わせていない」

 

 そこまで理路整然としていると既に予想しているんじゃないかとすら思えてしまうが、流石のキリトも答えが定まっているロジックは分かっても、不定形で掴めない人間心理まで予想する事は不可能かと納得する。色々と見透かしてそうではあるし、あたしでは全く予想出来ない事も見通してしまっていそうだから何とも言えないが。

 

「……ん?」

 

 場が沈黙に包まれてどんよりとした空気が漂い始めた時、ふとキリトが、闇夜に包まれている枯れ果てた林へと顔を向けた。あたしもそれに倣って顔を向ければ、幾つもの人影が視界に入った。

 

「キリト君! リズ! シリカちゃん! 無事だったんだね!」

「アスナ?!」

「アスナさん?!」

 

 その先頭を走っていたのは白を基調に赤で縁取られている特徴的な騎士装の細剣使い、親友のアスナだった。よくよく目を凝らせば、その後ろを走っているのは女性最強と目されている紫紺の片手剣使いユウキ、白を基調に青で縁取られているアスナとは真逆の色をした細剣使いラン、蒼い軽装と軽鎧を纏った槍使いサチもいた。更には《神聖剣》の使い手ヒースクリフ、《アインクラッド解放軍》のリーダーディアベル、《風林火山》のメンバー、商人のエギル、大剣使いのストレア、そして何故か低レベルの筈のリーファとシノンと、知り合いが殆ど揃い踏みしていた。

 まさかここで援軍とは、キリトが呼んだのだろうかと思って彼の顔を見た。

 

「……な、何で……?」

 

 しかし、顔を見て、これは違うなと判断した。キリトにしてはやけに間の抜けている呆けた顔で掛けて来るアスナ達を見ていたからだ。これが意図的だったとすればもっと涼しげな顔をしているだろうが、年相応の反応を見せているという事は完全に予想外だったという事である。まぁ、リーファとシノンが入っている時点で無いとは思ったが。

 という事は、件のメールはアスナ達には見せていないし、知らせても居ないという事。それはアスナ達が自力であたし達の危機を悟ったという事なのだが……

 

「……どうやら、我々は一足遅かったようだな……」

「この剣の数、どうやらレイド以上の規模で集まってたみたいですね……」

「ンで、それを撃退したのはキリトって訳か……キリトよ、大丈夫か?」

「え……あ、ああ……まぁ…………って、何でヒースクリフ達が此処に……? モルテが俺以外にもメールを送ってたのか……?」

「いやよぉ、《圏内事件》も解決するって思って休もうとしてたら、アスナから連絡が入ってよ? 何でもキリトとリズベットとシリカの三人が、ヨルコさんと同じ場所に居るって話じゃねェか。しかもお前ェ、転移する前に送られたメールの送り主をリーファっちって嘘吐いただろ、聞けばリーファは一度寝たら朝まで梃子でも起きないって本人が言ってたらしいから、こりゃおかしいってアスナが気付いたんだよ。ストレアに確認したらリーファはやっぱ寝てたしメールを送っても無いって分かったからな。ンで、信用出来るフレンドを集めて大急ぎでやって来たって訳だ」

「…………まさか、あの嘘がバレるなんて……」

 

 キリトはどうやらモルテからのメールをリーファからのメールだと偽って、此処に単独で来たらしい。しかしアスナは、リーファが一度寝たら起きないという話を知っていたから疑問に思い、あたし達の座標位置も妙だったから行動を起こしたという訳だ……

 いや、アスナの洞察力凄い。

 

「おーイ!」

 

 そう感嘆していると、少し遠くから聞き慣れた声が聞こえて来た。そちらに顔を向ければ、ゆっくり歩いて来る人影が大小二つあった。

 

「「「っ……!」」」

 

 一人は丸眼鏡を掛け、丈の長い茶色の革コートを纏い、鍔が広い帽子を被っている男性。映画とかで裏路地を歩いている暗殺者を思わせる服装だ。あたしは見た事無いが、その姿を見て件の三人が息を呑んだので、恐らく話に出ていたグリムロックという男なのだろう。

 そしてもう一人が背が低い小柄のプレイヤー、茶色のローブを纏っているがその姿は見慣れた情報屋のそれであるため、こちらには安堵を抱いた。情報屋のアルゴ、キリトの良き理解者であり心強い味方の一人だ。

 その二人が近付いて来るにつれ、アルゴがグリムロックと思しき男に対して鋭利な短剣を向けているのが視認出来た。よくよく見れば、アルゴは口元こそ朗らかに笑っているが、眼だけは全く笑っていなかった、最悪の場合は……と覚悟している目つきだ、アレは。自分に向けられている訳でも無いのにちょっとゾッとした。

 

「……やぁ、シュミット、カインズ、そしてヨルコ、こうして直接会うのは久しぶりだね。それと君達とは初めまして、私はグリムロックと言う、よろしく」

 

 そんな、いっそ寒気を覚える程の殺気をアルゴから向けられているにも関わらず、柔和な表情で口を開いた男グリムロックに、あたしはかなりの警戒心を抱いた。殺意を向けられて平然として居られるのは二つに一つ、強い覚悟を持っているか、あるいは正常な神経では無くなっているかだ。

 この場合は間違いなく後者だろう。キリトやアスナといった多くの攻略組を見て来たあたしの眼は、少なくともその二つの差異を見分けられる程度には鍛えられている。

 この場に来たのはアルゴに発見されたからか……あるいは最初から歩いていて合流したのか。まず短剣を向けられていた事から前者だろうなと思った。

 そうあたしが考えていると、ふら、とヨルコさんが一歩グリムロックに近寄った。

 

「グリムロックさん……あなたは…………あなたは、本当に……?」

 

 恐らくその先は『グリセルダさんを殺して指輪を奪ったのか』、『此処にいる者達を纏めて殺して隠蔽しようとしたのか』、こう続けようとした筈だ。ただあまりにもあまりな展開に思考が追い付かず、茫然としている為か、実際にその先が言葉として発せられる事は無かった。

 ヨルコさんの声が夜の空気に溶けるように消えてから暫しして、微笑を浮かべたままだった長身の男が口を開いた。

 

「……それは、まず誤解であると言っておこう。君達から計画を聞いた私は、《黄金林檎》の一員だし、サブリーダーだった……故に事の顛末を見届ける義務があると考えて、この場に来たのだ。そこの小さな情報屋さんに従っていたのも、彼女からあらましを聞いて、誤解を正そうと思ったからだ」

 

 静かに、けれど響くような韻律に富む声音で語られた事に、あたしは内心でおおっ、と驚いた。キリトが語っていた推察は恐らくほぼアルゴが語ったものと同等だろうが、それを聞いて尚反駁し、誤解だと言う胆力があるとは。未だにアルゴからは殺意を向けられているし、かつての仲間三人からは半信半疑の眼を向けられ、周囲の攻略組プレイヤー達からは警戒心を向けられているのに言い切るとは凄まじい。

 だが、それは逆に神経が狂っているのか、あるいは自分が正しいのだと思い込んで周囲を認識していないかなのではとも思ってしまう。無論、グリムロックが最初から精神異常者だと決めつける訳では無いが、この男の眼や表情を見ているとどうにも警戒心を掻き立てられてしまうのだ。状況が状況だからかも知れない。

 そうグリムロックが言い切った直後、彼の背中に相変わらず短剣を突き付けて殺気を送っていた情報屋のアルゴが、はぁ、とあからさまに溜息を吐いた。

 

「オイオイ、アンタ、オレッちが看破するまで林の中を移動しながらハイディングしてたダロ。しかも街の方向に行こうとしてたシ……あからさまに怪しいゾ。後ろめたい事がある証拠じゃないカ」

「仕方が無いでしょう。さっきまでここで何十人ものオレンジが殺し合いをしていたんだ、しがない鍛冶師である私はどうにか生き延びようとしていただけだよ。この通り丸腰なのにオレンジから逃げようとしていた事で責められなければならないのかな?」

 

 アルゴの指摘に、グリムロックはあくまで努めて冷静に反論した。確かにオレンジの前に丸腰で行こうとは思えないだろうし、それで責めるのもおかしな話だから仕方が無い。殲滅した後ももしかしたらまだ周囲でハイディングしているかもと考えてしまえば、それを解かないという選択も理解は出来る。

 しかし、その言葉を鵜呑みにする事は出来ない。何せ現状、奥さんを間接的に殺害した嫌疑と、あたし達を殺す刺客を差し向けた嫌疑が掛かっているからだ。決定的に違うという証拠が無ければこの嫌疑が晴れる事は無いだろう。それだけキリトが語った推察は筋が通っているのだ。

 反論され、そしてそれを退ける事が出来ずにぐぬぬ、と唸るアルゴだったが、キリトが一歩前に出た事でそれも止まった。自然とキリトとグリムロックが正面から対峙し、互いに見上げ見下ろしの構図が出来上がる。

 

「初めまして、元《黄金林檎》のサブリーダー兼鍛冶師グリムロック。俺はキリト、《ビーター》と言えば分かるかな」

「《ビーター》……なるほど、あの織斑千冬の下の弟君か。それで、私に何の用かな、小さな探偵君。ここは妻の魂が眠る場所、私にとってもここは神聖な場所だ、出来れば早々に立ち去ってこの地の安寧を取り戻したいのだが……」

「そうだな。俺も、今にも意識が飛びそうだから……単刀直入に訊こう。アルゴから語られた推察で、反論する余地があるなら言ってもらおうか」

「……ふむ」

 

 鋭い切り口を入れるかのようなキリトの言葉に、グリムロックは右手を顎に当てて少々考え込んだ。しかしそれもほんの少しの間で、すぐに手が下げられる。

 

「では、私から一つ……君達は私とグリセルダがシステム的に婚姻関係にあった事を踏まえ、彼女が死亡した事で私のストレージに残った件の指輪それを売却し、メモで支持されて動いたシュミット君へ報酬を支払った……そう考えている訳だね。確かに筋が通っているのだけど……一つ、穴があるのだよ」

「左右どちらかの指輪と付け替えていた……か?」

「ほう……既に察していたのかい。そうだ。ついでに言えば、グリセルダは筋力三敏捷七の、どちらかと言えばスピードタイプの剣士だった。そして件の指輪によるパラメータ加算は敏捷値プラス20だ。少なくとも当時の最前線でも中々無い加算数値は魅力的だ、ステータスタイプに合致していれば尚更に。故に彼女が右手に嵌めていたギルドの印章、あるいは左手に嵌めていた結婚指輪のどちらかと付け替えていれば、死亡時にはその場に残る。そして彼女が死亡した時、多くのアイテムが私のストレージ残ったが、あの指輪は無かった……」

「……」

 

 グリムロックがしっかりとした声音で言い終えた後、キリトは口を噤んで黙ってしまった。

 ある程度予想はしていたのだろうが、この可能性が一番高いと踏んで訴えてみて、しかし結局間違いだった事で黙るしか無くなっているのだろう。ここで何を言っても、決定的な証拠というものが無くてはグリムロックの論理を覆す事が出来ないのだから。

 

 

 

「……いいえ、それはあり得ないわ」

 

 

 

 最も可能性が高いと踏んでいた推察が外れた為に漂う重苦しい空気を切り裂くように、グリムロックの弁を否定する声を上げたのは、ヨルコさんだった。緩くウェーブが掛かった濃紺の髪を持つ彼女は、さっきまでの不安そうな面持ちを毅然としたものに変え、何か決めた光を瞳に宿していた。

 その彼女の言葉を受け、グリムロックは僅かに眉根を持ち上げた。

 

「ほう……何故あり得ないのかね?」

「私、カインズ、そしてシュミットの三人が指輪売却組に回った時に理由を言ったけど、その時にカインズは、一番強いギルドリーダーが持てばいいって言った。でも、リーダーはそれに、困ったような笑みを浮かべてこう言ったのよ。『SAOでは指輪アイテムは片手に一つずつしか装備出来ない。右手にはギルドリーダーの印章、そして左手の結婚指輪は外せないから、私には使えない』とね……あの人の性格は横柄や横着を許さない自他ともに厳しい性格だった、そしてあなたの事を愛していた、私達ギルドメンバーを大切にしてくれていた。そんな人が、どちらかを解除してレア指輪のボーナスを試すなんて事をする筈が無いのよ。印象を外せば仲間を裏切り、結婚指輪を外せばあなたを裏切る事になるから」

 

 毅然と、スラスラと言い切ったヨルコさんの姿にあたしは凄いと思った。

 が、この論理ではダメだ、とも思った。確かにグリセルダさんの生前の性格を考慮した上での発言はそれなりに効くだろうが……事実として確認が取れる事では無い以上、反論の余地を与えてしまっているのだ。確かにその人の性格ではしないのだろうが、それはあくまで『だろう』というだけで絶対では無い、偶然魔が差して試していたという可能性がある以上はグリムロックの弁を否定し論破する事が出来ないのだ。

 これでは堂々巡りだというあたしの思考と同じ考えを持ったのか、グリムロックは出来の悪い生徒に向けて教師がするような溜息を吐いた。

 

「何を言うかと思えば、『する筈が無い』? それを言うならまずこう言ってもらいたいね、グリセルダと結婚していた私が彼女を殺す筈が無い、と。確かに彼女の性格を考えればまず指輪を外す事は無かっただろう……しかし誰も見ていないところであれば話は別だろう? 実際、彼女が死亡した後のストレージに指輪は無かったのだから」

「いいえ、そんな筈が無いわ……あなたの論理は、そもそも根底から崩れているの、半年も前にね」

「……?」

 

 やはりグリムロックは反論したが、即座にヨルコさんも反論した。しかしながら、言っている事が若干不可解で一同揃って首を傾げてしまったが。

 そんな風に彼女を見ていると、ヨルコさんは踵を返して墓標近く……左横の地面を掘り返し始めた。それを見て、あたしはまた何をしているのだろうかと首を傾げてしまう。

 この世界にあるアイテムには全て耐久値が設定されており、所有権が無ければ地面に落としてから五分、あれば一時間経過してから耐久値が減少を始める。その原則は全てに当てはまるので、たとえ献花だったり墓標替わりに死んだプレイヤーが使っていた武器を突き立てていても、何れは時間経過で耐久値が全損し、ポリゴンとなって消え去るようになっている。よって地面に何かを埋めたとしても、同じように消えている筈なのだ。

 しかし……しかし、予想に反して、ヨルコさんは地面の中から小さな銀色の小箱を取り出した。小物を入れる程度の、現実でなら百円ショップで容易に購入出来る程度の大きさ、見た目の質素さの小箱だ。十センチ四方程度なのでちょっとしたアクセサリー程度しか入れられない大きさだ。

 

「……《永久保存トリンケット》か」

「……キリト、何それ」

「《細工》スキルを完全習得したプレイヤーだけが作成出来る、文字通り《耐久値無限》の小箱だ。箱そのものもそうだけど、中に入れたアイテムも同様に、入れている限り永遠に喪われないとされてる」

 

 シノンが即座に問い掛けてくれたお蔭で、キリトが分かりやすく解説してくれた。

 そういえばそんな物があると聞いた事がある気もするが、ほんの小物程度しか入れられないとは言え《耐久値無限》という属性、そして《細工》スキルをマスターしたプレイヤーが本当に少ないせいかレアリティが非常に高く、単価ウン百万コルは下らないとされている。市場にもほぼ出回っていない貴重な品なのだ。

 

「リーダーを殺害した犯人は、恐らくドロップしたアイテムを無価値と判断したのでしょうね、その場に置いて立ち去ったみたい。そしてあるアイテムも残されていたわ。リーダーの事をよく知っているプレイヤーがそれを見つけて、ギルドに届けてくれて……ここを皆でリーダーのお墓にしようって言って、彼女が使っていた剣を突き立てて耐久値が減るのに任せた……けれど私は、それとは別にもう一つ遺品を埋めていた、それがこれよ」

 

 そう言って開けられた小箱の中には、白い絹布の上に置かれた品があった。

 片方は平らな面に林檎の意匠が象られた大きな銀の指輪、そしてもう片方が宝石こそ無いが夜闇の中でも眩く煌めく細めの金の指輪だ。

 

「この銀の指輪はギルドの印章、私もまだ同じのを持ってるから較べてみれば分かるわ……そしてこの金の指輪は、あの人が嵌めていた結婚指輪よ、内側にはあなたの名前が刻まれているから間違いようも無い。この二つが私の手元にあるという事は、つまり《圏内》から引き出されて殺されたその瞬間、リーダーの両手にはこの二つの指輪が嵌められていたという事よ……これでも、まだあなたは白を切ると言うの?」

 

 完璧だった。これは、絶対に勝てるものだ、何せ決定的な物的証拠があるのだから。現実でならここでもまだごねる余地はあるものの、ここはシステムが平等に作用する仮想世界、《結婚》システムという状態のロジックを利用しているからこそ、それを逆手に取って論破する事も可能なのだ。

 果たして、十秒以上も凍り付いたかのように固まっていたグリムロックは、唇を引き締め、頬を震わし、僅かに顔を俯けた。

 

「……あの葬式の日、君は私に訊いたね、彼女の結婚指輪を持っていたいかと。そして私は、剣と同じく消えるに任せてくれと答えた…………あの時、欲しいとさえ言っていれば……」

 

 さっきまでの悠然とした口調から一変した掠れた声で発せられた言葉は、自らの敗北を宣言するものでもあった。《指輪事件》を企てた首謀者であり、そして今回の《圏内事件》でかつての仲間を殺して全てを闇に葬ろうとした犯人であると、この男は言外に認めたのだ。

 

「ねぇ……何で……何で、グリセルダさんを殺したの……? リーダーを殺してまで、指輪を奪ってお金が欲しかったの……?」

「金……金だって……?」

 

 ヨルコさんの虚ろめいた問いに、悄然と俯いていた男は何を言っているのかとばかりに声を返した。徐にメニューを広げ、幾らかん操作をし……タップした直後、眼前の空中に革袋が出現する。それはすぐに自然の法則に従って地面に落下し、じゃらっ! と音が経った。それだけでかなりの額が入っている、謂わば財布のようなものなのだなと理解する。

 

「これは、件の指輪を売って得た金の半分。もう半分はシュミットに渡している……あれから一コルたりとも減っていない」

「金の為では無かったか。まぁ、予想はしていたけど……なら何故。何がアンタをそこまで駆り立てたんだ」

「私は……私は彼女をどうしても殺さなければならなかった、まだ彼女が私の妻である間に…………私と彼女の名前の一文字目が同じなのは偶然では無い、示し合わせたものだ。私と彼女はSAO以前のネットゲームでも同じネームを使用していた。そしてシステム的に可能なら、私達は必ず夫婦だった……何故なら、私と彼女は、現実でも結婚していたからだ」

「「「「「ッ?!」」」」」

 

 この世界でシステム的な結婚をした人は少ない、というか皆無ではないかと思う程にそういう類の話を聞かない。それに初回ロット一万という狭き門を潜り抜けた者は大抵が生粋のゲーマー、あるいはあたしのように普段しない者がビギナーズラック――あるいはアンラック――で入手した者ばかり、そして大抵は十代から二十代前半……つまり稼げるだけ自立していない年代が殆どだ。

 そんな中で大人もそこそこいるとは言え殆どゲーマーなのに、まさか現実で結婚している人が夫婦揃ってログインしているとは思いもしなかった。

 二人が現実でも結婚していた事はどうやらギルドメンバーにも秘密だったらしく――まぁ、リアルの話はタブーだから自然ではある――三人も驚いていた、当然ながらヒースクリフやアスナ達も、アルゴもだ。ただ唯一、キリトだけは驚愕の表情になっておらず、目を眇めただけだった、それが予想していたからか驚きを出さないようにしているからかは分からない。

 

「私にとっては一切の不満の無い理想的な妻だった。夫唱婦随という言葉は彼女の為にあったとすら思える程に可愛らしく、従順で、ただ一度の夫婦喧嘩すらした事が無かった」

 

 それはある意味で理想的と言える家庭なのだろう。まぁ、喧嘩が無いというのは些かどうかと思うが、円満な家庭を築いていたのだと思う。少なくともこの男性は柔和な物腰だ、礼をもって接すれば礼を持って返してくれる、そういう類の人種なのだと思う。

 それがどうしてこうなったのか……それは、この世界に夫婦揃って囚われてからの事だった。

 苦労して手に入れ、楽しみにしていたSAOがデスゲームへと変わってしまったあの日、グリムロックは当然ながら怯え竦んだらしいのだが、対照的にグリセルダさんは精力的に活動を始めたらしい。いわばキリトのようなものだ、戦闘能力や状況判断能力など、生き抜くためのあらゆる力がグリムロックのそれを凌駕していた。夫でさえもその才能があったのに気付かなかった程だから、よっぽど普段は大人しく、後に活発になったのだろう。一種のはっちゃけというものか。

 しかしただ遊んだ訳では無い、彼女はとてもまじめな性格をしていたのだ。グリムロックの反対を押し切る形ではあったがメンバーを募り、ギルドを結成し、彼らを鍛え始めたのだという。その時のグリセルダさん……グリムロック曰く、リアル名《ユウコ》さんはとても日々充実している様子で、生き生きしていたという。とても良い事だと思った。

 それの何がいけないのかと首を傾げ、あたしはグリムロックの語りに耳を傾けた。

 

「その様子を傍で見守りながら、私は認めざるを得なかった、私の愛したユウコは消えてしまったのだと。たとえゲームがクリアされ、現実世界に生還したとしても、もう大人しく従順だった彼女は永遠に戻って来ないのだと……君達に、私の恐れが理解出来るかな? 現実世界に戻った時、もしユウコに離婚を切り出されでもしたら……そんな屈辱に、私は耐える事は出来ない。ならば、ならばいっそ、彼女が私の妻である間に。そしてこの合法的殺人が可能な世界に居る間に。ユウコを、永遠の想い出の中に封じ込めてしまいたいと願った私を、誰が責められるだろう……?」

「「「「「……」」」」」

 

 絶句だった。信じられなかった。円満な家庭だと思っていたのに……ただ従順じゃなくなったから、ただ自分の理想から外れたからというだけで殺害したと言うこの男の神経に、思考に、狂気に言葉も出なかった。誰もが絶句し、瞠目し、長身の男を見詰めていた。

 

「屈辱……そんな事で将来を誓った相手を殺すなんて、最低ね」

 

 そんな中、嫌悪感を剥き出しにしながらリーファが歩み出て、悄然と俯いて立っていたグリムロックにそう言った。

 それを聞いてか、それまで俯いていた男はばっと顔を上げた。丸眼鏡の奥にある黒い瞳は、さっきまでは虚無感があったが、今は得も言われぬ何かを宿していた。

 

「そんな事? いいや、十分過ぎる理由さ。君にも何時か分かるよ、妖精の少女君。何時か君が愛する者を得て、そして喪う時にね」

 

 どこか虚無感を伴った言葉を、虚ろな微笑みと共にリーファへと向けて言う。言われた彼女は鋭くグリムロックを見上げて睨んでいたが、ふと目を伏せた。

 

「……あたしは、あなたが間違っているとしか思えない。屈辱と思う時点で、あなたのそれは全てを受け容れ愛する愛情じゃない、慕情でも敬愛でも無い、ただの所有欲よ。自分の物が意に沿わないから癇癪を起こした、そして今までの行いが正しかったのだと自信が持てなかった。あなたはグリセルダさんと喧嘩をしなかったと言った、理想的だと言った……けれど、この世界に来てから急変した奥さんを見て、それまでの生活に疑念を抱いたんじゃないの? 一度も喧嘩しなかったという事は、お互い本音を伝え合っていなかったという事でもある。あなたはグリセルダさんの本音が分からなかった、それに恐怖した、奥さんをただの物としか見ていなかった……だから叛逆されるのが怖かった。違う? 違うと言うなら、左手の手袋を外して、まだ奥さんを愛しているというせめてもの証拠を見せて。そこに、未だ結婚指輪が嵌められているのなら」

「……」

 

 リーファの冷たく鋭い舌鋒を受け、グリムロックは唇を噛み締め、右手で左手の手袋を握り……しかし握って僅かに震えるだけで、それ以上の動作を見せる事は無かった。

 

 ***

 

 あたしがグリムロックに冷たい言葉を言い放ち、完全に黙らせた後、頃合いを見計らったのかヒースクリフさんやアスナさんと同じ《血盟騎士団》のギルドタグがある甲冑姿の男性シュミットさんが、グリムロックと共に自首すると言った。

 そこにキリトは一度待ったを掛けた。シュミットは《血盟騎士団》のランス隊を務める程の手腕を持つため、監獄に入られると攻略組のバランスが崩れる可能性がある。そして償いなら攻略に役立つ事ですればいい、と言ったのだ。彼も許される立場では無いが、元々罪悪感に攻め立てらた部分もあってボス攻略メンバーに居続けているのだから、それを続ける事が罰になると言った。

 グリムロックに関しては完全に自業自得なので、素直に監獄に入ってもらう事になった。後日《圏内事件》の事情説明の際に立ち会ってもらうかは各ギルド長の審議を下で決定する事になり、一旦保留となる。

 そこで場は解散……となったのだが、あたしはキリトと話したい事があるからとシノンさんとストレアさんに言い、先に帰ってもらった。三十層台の武器は調達しているし、今日で幾らか体に慣らしても居るから、十九層のモンスター程度なら渡り合える筈だ。マージンも丁度良いくらいなので油断さえしなければ大丈夫だろう。

 そう言って皆を説得して、シュミットさん達も立ち去った現在、街から外れた丘にはあたしとキリトだけが残されている。周囲にはまだ耐久値が全損していない剣が、彼によって殺された者達の墓標の如く突き立っている。

 

「……直姉、怒ってる……?」

 

 二人きりになってから数分も無言で、あたしと和人は苔生した墓標がある大きな枯れ木の根元に並んで腰掛けていた。その沈黙を和人が、恐る恐るという風に問い掛けて来た事で破る。

 

「……最初は、怒った。らしいなとも思ったけど……限界まで疲労してるくせに動き回るし、あまつさえ嘘を吐いてまで一人で動くなんて、正気かとも思った」

「……ごめんなさい……」

「はぁ…………それがあなたの良い所でもあるけど、欠点よ。メールには誰にも知らせるなって書かれてたのかも知れない。けれど、その指示に乗ってしまったら相手の思う壺だというのは分かるでしょう……あなたが死んじゃったら、あたし達は哀しむのよ……」

「…………ごめんなさい……」

「……ばか」

 

 取り残される哀しみを知っている和人は、あたしに謝罪しながら涙を浮かべていた。頭では分かっているのにこんな行動を取ってしまう彼に、あたしは短く罵倒の言葉を投げ掛け……隣に座る義弟を優しく抱き締めた。

 あたしの脳裏には、実際はこの子が一人で行動した事について殆ど思考されていない。あるのはただ、先程のグリムロックとのやり取りだ。

 グリムロックが奥さんに対して抱いていた愛情と所有欲、それはほんの少しの差異で変わってしまった、謂わばコインの裏表のようなものだ。あの男の場合は少し狂っていただけで、恐らく誰しも大なり小なり似たような感情があるのだ。

 あたしはそれを、自覚している。だからこそあの男に最低だと言ったのだ……あたし自身が、最低だから。

 

「このままでいい……聞いて」

 

 抱き締めた格好のまま言う。和人は僅かに身動ぎしたが、すぐにこくりと小さく頷いたので、そのまま話し始めた。

 

「実はね…………SAOが始まってから、一週間が経った時に……あなたの……実の姉が、お見舞いに来たの」

「ッ……?!」

 

 その事実は、当然だが和人にとって……元織斑一夏にとっては驚愕、絶句する程の事案だった。自身を見ていなかった姉が、一切連絡を取っていなかった血の繋がった姉が見舞いに来ていたと唐突に明かされればそれは驚きもするだろう、絶句もするだろう。

 そして、恐怖するだろう。カタカタと小刻みにキリトの体が震え始めた。それは先を知りたくないという恐怖か、過去を想起しての恐怖か……それ以外かはあたしに分かる事では無い。

 

「でも……でもね…………あたし、病室に入れなかった……姉面をするなって拒絶して……勝手に、もうあなたの実弟では無い、あたしの義弟なんだって宣言して……あたし、和人を、あなたの意思を確認しないで、実の家族の下に戻る道を絶って……『桐ヶ谷和人という名の人形』にしちゃったと思ってて……」

 

 それが、あたしの中で燻っている罪悪感。そしてグリムロックと重ねた根源。グリムロックにとっての愛情があたしにとって和人を護るという慕情、グリムロックにとっての所有欲があたしにとって和人を縛り付ける固執。

 まったく同一とは言わない。だが、ここまで似通っているのもそう無いのではないかと思う。

 本当は和人に明かすつもりなんて無かった。けれどいい機会だった。あたしが懸念していた《織斑千冬》の背中を追っていた事は、それよりも更に大きな理由が今日出来たから、彼女の事を話せると思った。織斑に左右されない、彼自身の理由が出来たから。

 あたしがこの子に向けている感情は、幾つも複雑に絡み合った言葉に言い表せないものだ。家族愛でもある、姉として愛する想いでもある、護りたいという保護欲でもある、手放したくないというちょっとした所有欲だってある……そして、異性として恋い慕う情も、あたしの心には存在している。それらが複雑に絡み合って、義姉としてのあたしを形成している。

 和人は家族の愛情を知らなかった、友情は当然、慕情はおろか恋情だって知りはしない。だから感情の機微なんてあまり敏くない、故に勘違いしやすい、騙されやすい。一度懐に入れた、護ると決めた相手にはとことんガードが甘い、純粋になる。それが元《織斑一夏》であり《桐ヶ谷和人》でもあるこの子の人格だ。

 故にこの子は、他者でありながら最も身近な家族であるあたしの影響を最も受けると言っていい。その結果、愛情というものを勘違いしてしまう恐れがある。

 あたしの和人を護りたいという想いが間違いだとは思わない、しかし決して恋愛という意味での愛情では無い事が分かる。一つの単語で複数の意味を持たせられるのが日本語の妙というやつで、とても複雑なので語学力がとても必要だ、その点で言えば和人は安心ではある。

 だが単純に受容する心の方の成長が追い付いていないのが難点なのだ。

 このまま何も知らない状態であたしの影響を受けていったら、将来取り返しの付かない過ちに発展してしまう恐れがあった。可能性として低いのかも知れない、けれど全くないとは言い切れない。家族の愛情すらも狂気になり得る事を知った今なら、あたしへの依存も少ないから被害も少ない、時間を掛ければ掛けるほどあたしを信用している事に安心して寄り掛かって来て取り返しが付かなくなってしまう。

 あたしは和人を護りたい、それは体も心も、未来もだ。

 だからあたしは伝えた。あの世界最強の、和人の本当の姉を拒絶した日からずっと胸の内に秘めて来た葛藤を、あたしの醜さを。護りたい、けれど護ろうとする事で和人を人形にしてしまう気がして怖いのだと、グリムロックの狂気と変わらないのだと言った。彼の眼をしっかり見つめ、涙で視界が滲みながらも全てを吐き出した。

 そんなあたしの話を、唐突なのに、疲れ切っているにも関わらずしっかり真剣な顔で聞いてくれた。

 

「ごめんなさい……あたしは……あたしは、何もあの人と変わらない……ッ」

「直姉……」

 

 ぼろぼろと大粒の涙を流しながら謝罪を、懺悔を繰り返すあたしを見て、流石のキリトも唖然として見詰めて来るだけだった。言葉が見つからないのだろう。いきなり過ぎる事もあるし、あたしがこんな事を考えているなんて露とも思わなかっただろうから。

 これでもう後戻りは出来ない。受け容れられたらあたしは抑えきれなくなる、かと言って拒絶されたら和人と一緒に居られないから自殺したくなってしまう。

 どちらも嫌で、けれどどちらも求めているあたしが居る。二律背反、矛盾、なんという傲慢だろうかと内心で自分自身を罵り、嘲る声が脳裏に響く。

 

「和人、お願い、正直に言って……あなたはこんな醜いあたしをも受け容れてくれる……?」

 

 真っ向からの請願、決して和人の性格では答えを曖昧には出来ない形での問い掛けをして、脳裏で卑怯者と嘲る声が聞こえた。どちらも嫌だが、しかしどちらも望んでいるのもまた事実。どちらに転んでもあたしが求めていないが望んでいる結果になる。ただ和人の心を傷付けるしか無い問いは、あたし自身の誓いをも破る悪の所業だ。

 けれど、けれどあたしの目の前に居る義弟は、ふわ、と柔らかく微笑んだ。とても嬉しいものが見つかったような、幸せを感じているような……そんな顔。思わず見惚れてしまって、脳裏の声すら吹っ飛んでしまう程に幸せそうで、そして予想外の顔だった。

 

「むしろ、拒絶する理由が無いよ……俺を想ってくれてるのは、とても伝わって来る。葛藤、苦悩……それをしてる時点で、それが大きいければ大きいほど俺の事をしっかり考えてくれているという証拠だから……ありがとう、直姉」

 

 そして、やはり和人は、あたしの醜い側面を知っても変わらず、姉と呼んでくれた。

 

「……この機会に俺も訊いとこうかな……ねぇ、直姉」

「なぁに……?」

「この場所に突き立ってる武器は、転がってる物は全て犯罪者プレイヤー達の……俺が殺した、百人近いプレイヤーの持ち物だった。俺はまたこの手を汚した、例え今は現実で被害が出ていなくても、やってる事は事実なんだから変わらない…………リズとシリカが囚われてると知って、居ても立っても居られなくて、護る為に、今後の為に皆殺しにした……きっと俺は、敵が皆を傷付けようとする度に同じ事を繰り返すと思う。勿論抑えるようにはするけど……こんな危険で自分勝手で醜い俺を、それでも受け容れてくれる……?」

 

 不安げに見上げながら問われた事は、受け容れてもらったあたしにとってすれば愚問だった。

 

「勿論よ……あたしは、決してあなたを裏切らない、絶対に……何があってもあなたの味方であり続けると、そう誓う」

「……うん……ありがと……ぅ……」

「…………和人……?」

「……すぅ……」

 

 柔らかく微笑んで、あたしもまた受け容れると言えば彼も安心したように微笑んだ。見惚れてしまう程に綺麗で、蕩けそうな笑みを浮かべ、お礼を言って来た彼は、言い終えた直後に瞼がゆっくりと閉じられた。

 小さく声を掛けてみれば、もう寝入ったのか規則的で可愛らしい寝息が聞こえて来た。

 昨日の闘技場《個人戦》、あたしとシノンさんへのレクチャー、《圏内事件》、今日の地下迷宮攻略からリズさん達の救出でオレンジ集団討滅、そして最後の《指輪事件》と《圏内事件》の決着……およそ十歳の子供が背負って良い事案ではないものばかりで、更には責任重大なものばかり。何度も言うが疲労もとうの昔に限界を突破していて、オレンジ集団を討滅した後でも意識を保っていたのは意地と責任感によるものだった。

 精神的な疲労も、脳の疲労も他の追随を許さない程である事は確実……時間も時間だし、安堵した瞬間に寝落ちてしまったのも無理からぬ事だ。

 

「…………本当に……お疲れ様……」

 

 軽く頭を撫でてやり、いい夢をと願いながら額に口づけをする。その感触がくすぐったかったのか、にぅ、と寝言を上げ、あたしは内心で悶絶しつつ和人を背負った。そして街へ向かう為に一歩目を踏み出した。

 その瞬間だった。

 

 

 

 ――――頑張って

 

 

 

「え……?」

 

 脳裏に、あたしがホームのベッドで眠る前に見た義妹の時のような声が響いた。半ば直感で、本能的に後ろだと思ったあたしは、大きな枯れ木へと向き直った。

 あたしが振り返ったそこには、夜闇の中でうっすらと発光しているかのように存在感がある、一人の女性が立っていた。冒険者、と言うよりはどこか女性騎士にも見える装いで、片手剣を腰に佩いている黒髪の女性。髪型はサチさんに似ているが、顔つきは凛々しかった。表情は柔らかな微笑み。

 そんな、何時の間に立っていたのか分からなかった女性だが、あたしは不思議と警戒心を抱かなかった。本能的に、彼女は敵では無いと……そしてもう、この世界には居ない人なのだと察したから。

 ギルド《黄金林檎》のリーダー、グリセルダ。その、恐らくは彼女が残した、残留思念。

 あるのかどうかは分からない、きっと否定する人が殆どだろうが……あたしは確かに、あたしが見た事も無い人物をこの場で見ていた。

 彼女はあたしと目が合うと、優しげに目を細めた。次にあたしの背で眠る黒い幼子に目を向け、愛しそうに眺め、再度あたしに視線を戻す。それから彼女は右手をあたしに向けて持ち上げ、手を伸ばしてきた。半ば無意識で、あたしも和人の足に回していた腕を動かし、右手を伸ばす。

 そして互いの指が触れあった瞬間、暖かな光があたしの周囲を回り、それから和人を取り囲み、彼の小さな体の中に収束してしまった。

 恐らくシステム的なものでは無い、そんな魔法的なものは殆ど排されていると聞いている。それに目の前にいる女性は生きていない筈だから……だからこれは、きっと彼女からのエール。あたしと、そして何よりもこの世界を懸命に駆け抜け、戦い、眩く輝いてる和人……【黒の剣士】キリトへの祝福。愛しそうに見たのは、きっと強い剣士として共感する部分があったのと、彼女が仮にも結婚した女性だったからだろう。

 あたしが光の収束を見守り、それが終わってから前を見れば、うっすらと光っていた女性は徐々にその姿を薄れさせていった。それでも浮かべられた笑みは柔らかく、力強く、そして何よりも温かみがあった。あたしと三度目が合って、こくりと頷かれたので首肯を返し……それに安心したように目を細めて笑った後、彼女は消えた。

 同時、バシャアッ!!! と幾つもの破砕音が響く。それはこの地に突き立てられていた、死者達の剣の墓標が立てた音だった。それらはまるであの女性が起こした最後の奇蹟のようで、その蒼い光と欠片の中を進んで、あたしは帰途に就いた。

 丘には、ただ祝福された安寧のみが残されていた。

 

 






 はい、如何だったでしょうか。

 リズベット視点は割と原作沿いですが、ちょいちょい台詞を言うキャラが違います。カインズの台詞をヨルコが言っていたり、アスナの台詞をアルゴやリーファが言っていたり等々……意味合いは近いんですが、リーファの場合はちょっと異なっています。

 リーファ視点は前書きにもある通り、《実姉と義姉》の際に描写した苦悩を基点としています。打ち明けたのは、キリトが織斑に左右されない目的を立てたからですね、ユイ姉を喪った後のアレです。

 ここからリーファもつっかえが取れて色々と絡んでもらおうと思っております。

 そして最後、グリセルダさんの幻影シーン。原作はちょびっとだけですが、今話では凄まじい演出での登場&退場となりました。数十本の剣が一気に爆散する中を歩くのは中々壮観でしょう。リーファの肝が一気に据わってます。

 ご都合主義だけど、二次小説だから気にしない。

 さてさて、《アインクラッド解放軍》、《聖竜連合》とボロが出ております、残る大ギルドは《血盟騎士団》……どんな風にボロを出させようか検討中です。勿論断罪対象はあのキャラ。何気に本作では早い段階で登場していたりするキャラですな。

 団長と副団長が結託してて良い人だからなぁ、やり辛い(嬉しい悲鳴)

 長々と失礼。感想、評価、批判、改善点、誤字報告、お待ちしてます。送って頂けたらモチベーションが一気に上がります、一つでもあっただけで上がる。

 では、次話にてお会いしましょう。


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