インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~ 作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス
どうも、おはこんばにちは、お久しぶりです、黒ヶ谷・ユーリ・メリディエスです。
二週間近くの更新ストップ申し訳ありません。《Fate/Exttera》とアップデートされた《HR》をやりまくってまして……
いやぁ、某弓使いさんが比較的まともに弓兵やってたり、某英雄王が矢鱈格好いいしで熱中してました。《剣林弾雨》ではとても参考にした二人がかなり好きです。青セイバーは矢鱈強いけど赤セイバーも負けてないし。あと凄く泣けた。
フェイトに久し振りに嵌ってしまったのも今回遅くなった原因です……申し訳ない。
さて、今話についてです。前半シノン視点で諸々の事後処理をざっと流して穏やかムードが展開され、後半アルゴ視点で色々とアレな話が展開されます。
もうちょっとで《孤独のデスゲーム編》のクライマックス(?)の序章に入るかな? 色々と軌道修正しまくって遅くなってますが。主に闘技場《個人戦》とか予想より長くなった《圏内事件》のせいで。
まぁ、それを調節出来てない私が悪いんですが、楽しんで頂けていたら幸いです。
次に、気づいている方も居るでしょうが一週間近く前に設定集を大幅更新しました。各キャラのプロフィールと、シノン、ストレア、レイン、フィリア、ユイのキャラ設定追加の他、キリトとリーファの装備、キリトのユニークスキルと新たに登場したものと設定上のソードスキル、本作で登場したシステム外スキルの設定など大量に書き足してます。文字数半端ないのでお覚悟を。
そして遅くなりましたが感想100件、お気に入り登録500件突破しました。登録されていない方にも、して頂いた方にも、お礼を申し上げます。ご愛顧ありがとうございます。
長々と失礼。
では本編どうぞ。前話から六日後の午前です。
家の中に漂う芳しい料理の匂いが私のお腹を刺激する。仮想世界なのにきゅう、とお腹の音までしっかり再現されている辺り、このVRMMO開発を主導していた茅場晶彦はどれだけの執念を燃やしていたのかと思ってしまう。
まぁ、別に不快という訳では無いのだが、人に聞かれたら恥ずかしい。
「良い匂いだねー……今日のご飯は何だろう?」
機嫌が良さそうに、目を瞑ってくんくんと匂いを嗅ぎながら言うストレア。相変わらず胸元が大きく開いている濃い紫色の衣装を纏っていて、それがイヤらしくも無く、妖艶な魅力というものを自然体で見せ付けている。見ていると自分の体つきを較べてしまって劣等感に苛まれるのだが、彼女の性格が純粋という事もあって最近はそれも薄れてきている。
ストレアは、アスナ達曰く一切経歴不詳の人物らしい。攻略組と肩を並べる程のレベルを有しているのであれば、それは最前線か数層下の迷宮区に潜っていたという事、つまり攻略組の誰か一人は見掛けていてもおかしくない。更に言えばこの妖艶で綺麗な容姿をしている貴重な女性プレイヤーだ、絶対数からして少ない女性で、しかも腕が立つとなれば噂程度に上がっていても何らおかしくない。
しかし情報通のアルゴですら見た事はおろかそれらしい話を聞いた事も無いと言うのだから、彼女はよっぽど人から隠れて行動していたのか、あるいはリーファや私のように外の世界からやって来たのか。後者だとしたら、何でそんなに高レベルなのか、装備が整っているのかという疑問が出て来るのだが。
まぁ、キリトは彼女を信用しているようだし、彼の人を見る目は殆ど狂いが無いらしいから私も特に問い詰めたりはせず、普通に接している。彼女の振る舞いが演技であれば騙された事になるが、ここ数日接してみて純粋だと分かったから、あくどい事を考えてはいないだろうと理解したのだ。悪戯は仕掛けて来るけど。
「何かを揚げてる音がしてるから……単純に考えたら唐揚げかなぁ。キリトの唐揚げって美味しいんだよねぇ……」
そう言ったのは《ALO》という別ゲームから風妖精シルフのアバターのまま《SAO》に迷い込んでしまった、件の少年キリトの義姉リーファ。彼女は妖精らしく尖った耳をぴくぴく動かし、リビングまで漂っている匂いの正体に当たりを付けていた。
彼女の話では、この世界だけでなく現実世界でも料理の腕は遥かに高く、彼女の家に引き取った時点で既に抜かれていたらしい。一通りのメニューなら過不足なく調理出来るという時点で最早一桁の子供が持つレベルでは無いだろう。油物は危ないのだが、気付けば調理していて食べたら美味しかったし、危なげも無かったからそのまま好きなようにさせていたと、彼女は語った。
「唐揚げね……一体何の肉を使っているのか興味があるけど怖くもあるわね」
そして二人の言葉に私も反応を返す。少し皮肉げではあるが、内心では楽しみにしている。
この《SAO》での料理は、正直現実世界のものと見た目が同じでも味が違う事だってザラにあるし、料理の材料も見た目と味が合わない事もある、時には本当にこれが料理素材なのかと思ってしまうものもあるらしい。それを考えると恐ろしくもあるのだが、キリトの料理に外れは今までで一度も無いから楽しみでもある、食材は何を使っているのだろうかと微妙に気になったりするのは仕方無い事だろう。
この世界の料理は現実世界の腕では無く、《料理》スキルの熟練度数値によって味と出来が左右されるらしく、更に食材のランクによって出来上がりの成功率というものも変わって来る。そして《料理》スキルは趣味スキルで、食べると満腹になる事から試行回数を重ね辛く、多くのプレイヤーから戦闘スキルに較べて上げ辛いと評価されている。
攻略組ともなれば戦闘特化の一団なのだから、そんな趣味スキルを鍛えている筈が無い……のだが、何故かキリトやアスナ、ユウキ、ラン、サチは取っているし、前四人に至っては完全習得までしているという始末。四人とも公表はしていないので《アインクラッド》で《料理》スキルを完全習得したプレイヤーは居ないとされているが、真実では四人いる。
その一人であり、最も速く完全習得したキリトが、私達に朝ご飯を作ってくれていた。私達三人は、それを食卓の椅子に座って待っている状態である。
「そうだね。この世界の食べ物って、味がちょっと独特だからね」
私のそんな反応に、最近漸く砕けた口調になったリーファが苦笑を浮かべながら応えを返してきた。
彼女は少し前、街で売られているお好み焼き風の食べ物を食べて、ソースの味がしないと嘆いていたから、それを思い出していたのだろう。見た目も匂いも全く同じなのに味がしないというのは空しいものである。確か第五十層《アルゲード》中央通りにあるNPCの屋台料理だったか、《アルゲードお好み焼き》という商品名だった気がする。
「でもでも、偶に大当たりの時もあるよねー。前に食べた串焼きとか大当たりだったよ!」
「アレは……まぁ、確かに」
ストレアがすかさず言ったのは第四十八層《リンダース》の大通りの屋台の品の事だ。リズベットの店を紹介してもらって、彼女に街を案内してもらっている時に食べたものである。そこまでコルは掛からなかったので自費で出せたし、小腹を満たす程度なら満足がいく味だったので、私としては少し気に入っているものである。
ちなみに、リズベットも外食する時の一つとして、その串焼きを食べる事が多いらしい。キリトの料理の方が遥かに美味しいのだが、偶にあの素朴で雑な味を食べるといやに病み付きになってしまうのだとか。私には、まだその辺は分からないが、それだけSAOプレイヤーは食べ物に飢えているという事なのだろうと今では納得している。
「大当たりと言えば、第二層で食べた《トレンブル・ショートケーキ》もスイーツの分類ではそうよね」
「あー……あたしは第五層で食べた《ブルーブルーベリータルト》かなぁ、あのケーキはちょっと量が……」
「アタシはやっぱり、キリトが作ったデザート一択だね!」
「「それは同感」」
第二層でアスナとユウキに紹介してもらった巨大なイチゴホールケーキ、第五層でランに教えてもらったブルーベリーのタルトも美味しかったが、やはりキリトが一工夫したデザートが一番という結論に行き着く。まぁ、そもそも論争している訳では無いし、それぞれに良い部分があるから単純に批評も出来ないのだが。
というか、主食系はかなり雑な扱いなのにデザートやスイーツの味は整っている事が多いって、スタッフに甘党の人が居たのだろうか?
「出来た!」
そんな事を考えていると、キッチンの方からキリトの声が聞こえて来た。完成を知らせる声を聞いて、私達は揃って席を立って、そちらに向かう。勿論食器類、時には鍋といったものを運ぶのを手伝う為だ。過保護とかではなく、単純にキリト一人では複数回往復する必要があるからである。
今日の朝ご飯は和食だった。茶碗に盛られた白い米、お椀に注がれた味噌汁、芳しい香りをさせている狐色の唐揚げ、千切りキャベツ、白身魚の塩焼き、漬物……よくもまぁ、西洋ファンタジー世界のSAOでここまで忠実に和食を再現したものである。半ば世界観に喧嘩を売っている所業だが、日本人としてはとても嬉しいメニューだ。ちなみに木製のお箸が四人分しっかり用意されている辺り、キリトの本気具合が見てとれる。
四人で合掌し、いただきますと言ってから食事を開始。食べてみればやはり美味しくて、思わず頬が緩んでしまうのを自覚する。唐揚げも噛めばじゅわっと肉汁が出て来て、魚も身を解して口に入れれば甘く塩辛い味が染みわたってきて、漬物はお酢の味が広がって……味噌汁も味噌の匂いどころか味も、豆腐やわかめ、油揚げ、ネギまで再現されているし、米もふわふわに炊けていて文句一つ無かった。
「キリト……あなた、もう料理店開けばいいんじゃないかしら……」
「同感……また腕を上げたね」
「どれを食べても美味しくて逆に悩んじゃうよ。なんて贅沢な悩み!」
「ありがとう。そう言ってもらえると、作り手としてこれ以上無く嬉しい」
口々に賛辞を述べれば、キリトはにこりと嬉しそうに微笑んだ。
ただ少し気恥ずかしいからか僅かに頬が赤くなっていて、視線も手元の料理へ落とされていた。自慢げにされるよりもこの反応の方が好ましいし、素直に褒める事が出来る。
「きゅっ、きゅるー!」
「え、ナン、もう食べたのか?! 速いな?!」
そうこうしていると、テーブルの端で与えられた唐揚げを食べていた蒼い小竜ナンが、食べ終えたとばかりに声を上げた。かなりの量を作っていたからか大盤振る舞いで大量に更に盛っていたのに、私達がまだ食べている途中で食べ尽してしまった事に、作り手のキリト自身が驚いていた。
ただ、かなりの量を食べてもお腹は満たされていないようで、まだ足りないとばかりにナンはキリトの膝の上に乗って肉をくれとせがむ。彼のお腹に顔を擦り付けているから、少し羨ましかった。
「わっ、ちょ、ナン、くすぐった……分かった、俺のあげるからちょっと離れてくれ!」
「きゅー!」
「はぁ、現金だな……ほら」
せがまれたキリトはくすぐったそうにしていて、自分の使い魔という事もあってかあっさり折れて肉を分ける事にしたらしかった。それが分かってナンが嬉しそうに鳴き、キリトが溜息を吐く。
キリトの皿に積まれた唐揚げを、ナン用のお皿にお箸で三個分けると、小竜は嬉しそうにかぶり付く。
「きゅっ、きゅる……きゅぅ!」
「……ふふっ」
はぐはぐと旺盛に食べているナンを見て、キリトもまた嬉しそうに笑んだ。
それらを見て、平和だなと何とはなしに思った。
私がキリトの家で過ごすようになってから一週間、《圏内事件》が終結したあの夜から今日で六日が経過していた。私が来たあの日から二日間はキリト達にとっても濃密過ぎる時間だったようで、あの事件解決の夜、リーファは眠ったキリトを背負った状態でホームに帰って来た。そのままキリトは三日間眠り続けた。
その三日の間に、当然だが《圏内事件》の事後処理は全て終了している。
結果から言うと、シュミットは罪を償う事として攻略組に居続けて、グリムロックは当然監獄行きとなった。事情説明の場には二人とも立ち合い、ヒースクリフやアスナを中心に新聞屋や情報屋、攻略組に知り得た情報を提供。そこから広く知れ渡って、今では圏内PKなんて不可能なのだと誰もが安堵を抱いている。ちなみにカインズさんとヨルコさん達は必死に騒がせた事を謝罪していた為か、責め立てられるような事態には発展していないらしい。
あの夜、リズとシリカ、カインズ達の計五人はオレンジに捕まっていたようだが、オレンジを率いていたモルテにより呼び出されたキリトが連中を蹴散らし、全滅させた事で助かったという。しかしその事は一般には流布されていない。
理由は二つ。
一つ目の理由は、オレンジを率いていたリーダーが《聖竜連合》に長らく所属していたモルテだったからだ。何でも攻略が一桁台の頃に加入し、以来何だかんだでリーダーのリンドの右腕のようなものとして動いていたらしい。ボス攻略にも何度か出た事があるらしいが、基本は素材集めに従事していた。
そのモルテが実は《笑う棺桶》の最古参幹部メンバーであった事が一番問題だった。攻略組にずっと前からそんな人物が潜り込んでいたと広く知れ渡れば、流石のキリトやアルゴでも修正不可能な程の軋轢が生じるのは必然。なのでオレンジが襲って来た事、そしてそのリーダーがモルテであり、《笑う棺桶》メンバーであった事はあの場に居た者達だけの秘密として闇に葬る事になったらしい。
ちなみにこの判断を下したのはヒースクリフ、ディアベル、クライン、アルゴだ。
そしてもう一つの理由が、キリトの悪印象を少しでも払拭するため。当然これが話し合われている間キリトは眠っていて、後からPKについて広めていない事を聞かされ、物凄く微妙な表情になっていた。
これを秘匿すると決めたのはアルゴだ。彼女は長らく《ビーター》の事を悪し様に書いた情報誌を定期的に――とは言え割と間は空けて――発刊していたのだが、これを期にキリトには気付かれないよう裏で好感を持てるよう印象操作するらしい。《圏内事件》のロジックに気付き、グリムロックが犯人であると突き止めたのは彼なのだ、と。
というか、【黒の剣士】という二つ名を付けたのが彼女で、何れ実行する時のために《ビーター》と使い分けていたらしいのだ。よって悪行では《ビーター》で、攻略で活躍したなど善行では【黒の剣士】で広めているという。恐らくだがキリトはそれを知らないから、同じ手で少しずつ広めていけば、何も怨恨の無いプレイヤーから悪意や憎悪を向けられる事は無い。
《ビーター》の由縁はベータテスターで知り得た情報を独占していたから、そして他のベータテスター達よりも圧倒的にその量が多かったからとされる。だが、もうベータ版で知り得た情報は使い果たしているため、あるのは経験的なアドバンテージだけ。そのアドバンテージも、キリトは常にソロで高リスクの中に身を置いているのだから相殺、死ぬ危険性を考慮すればあるいは遥かに不利とも言える。それでも生き抜けているのは偏に彼の実力と努力の賜物だ。
故に、今回の事件を機に少しずつ変えていくのだという。打って付けの事件が起こって、それに最初から関わっていて、更には《アインクラッド》随一の情報精度と信用があるアルゴと攻略組最強ギルド《血盟騎士団》団長のヒースクリフ、第一層の攻略隊を率いて《アインクラッド解放軍》のリーダーとして多くのプレイヤーに貢献しているディアベルが揃って証言すれば、それはもう覆しようが無い。そこに少数精鋭だからこそ有名らしい《風林火山》のメンバーや、商人として顔が広いエギル、武具店を営むリズベット、フェザーリドラをテイムした片割れのシリカが加われば、多くの信用と信頼を寄せられているのだから少しは変わる。
無論、織斑の出来損ないだからと蔑む者が居なくなる訳では無いだろう。私としてはそこが気掛かりだった。
だが、私の問いに対してアルゴは無問題とばかりに首を横に振った。
『確かに言う奴はいるだろうけど、そんなのは殆どが中層や下層を中心に動いてる連中サ。最前線で情報を集めてる非戦闘員であるオレッちにすら届かない連中、中には《始まりの街》にずっと引き籠ってるのもいるし、むしろそういう連中の方が言ってる奴は多イ。だから逆にこう言ってやるつもりダ。なら、たった一人でフィールドのモンスターやフロアボスと戦い続けて生き抜けるのかってネ。そんな事が出来る奴は攻略組にはキー坊を除いて居ないし、下層で燻ってる奴らなんかに出来る筈が無イ。出来もしないのに、ましてや戦いもしない連中が偉そうな事を言える立場じゃないのサ』
当然キバオウという例外は居るが、逆に言えばその男を除けば大半が中層以下で動いている者達だから文句など付けられる筈が無い。闘技場《個人戦》で、キリトはぶっつけでクリアしたが、情報ありの状態でヒースクリフやユウキ達はまともに戦えずに敗れたという、彼の方が強い事を示す厳然たる事実があるのだから。
更に《アインクラッド解放軍》のサブリーダーであるシンカーを救出したのもそうだ。救援を要請したユリエールさん、シンカーさん本人、アスナ達を送り出したヒースクリフがそれを証言しているし、ヒースクリフはキリトからのメールを受け取っている。証言と証拠があるのだから疑い様も無い。
『すぐには変えられなイ。でも、少しずつ変えていく事は出来ル……オレッちなりの、キー坊への贖罪サ。この子ばかりが苦しむのも、背負わせるのモ……もう、嫌なんダ』
事件が終結してから一日目の夕方、ホームに訪れて決まった事を伝えたアルゴはベッドで眠るキリトの頭を撫でながらそう言った。哀しげに、そして慈しむように優しい声音で言ったアルゴは、すぐに決まった事を行動へと移した。
結果として、疑問の声もあるらしいが、証言と証拠が揃っていては疑いようも無いし、《アインクラッド》でトップを争うビッグネームが名を挙げられていては信じざるを得ない。
それでも本当なのか、そんな事を出来損ないが、嘘なのでは、金を積んで言わせているのではという否定的な声は収まらない。反対に第七十四層で助けられた《アインクラッド解放軍》のメンバーや例の闘技場を観戦していた者達の一部は、これを肯定的に捉える者も居るという。その中には今までオレンジに襲われて敵討ちや監獄送りを依頼した者も居ると、アルゴから聞いている。
初手にしては思った以上の感触に、彼女だけで無く誰もが嬉しそうにしたのは記憶に新しい。当然私もその内の一人だ。
そんな、自身の与り知らない所で、これまで自身が行って来たように裏で色々と好印象を持たせる為に動かれている事を知らないキリトは、三日ぶりに目を覚ましてからは基本ゆったりと過ごしている。昨日と一昨日はまだ疲労が全て取れてはいなかったから辛そうだったが、それでも三食キチンと用意してくれたし、自身が知り得る限りの美味しい料理が出されるNPCレストランに案内もしてくれた。彼のご飯を待っている間に話したものは、大半がこの二日間で回ったものばかりである。
何日も攻略から離れるなんて事は今まで無かったから攻略組は僅かに混乱しているらしいが、そんな事に意識を割いている暇など無いとばかりにヒースクリフやアスナ達は攻略レイドメンバーのレベリングや装備強化の為に奔走している。
攻略組御用達のリズも今では引っ切り無しに顧客が来るため忙しいとメールでボヤいていた。
「ねー、キリトは今日は何をするつもりなの? 昨日みたいに街を回って食べまくるの?」
昨日リズから来たメールの内容を思い出していると、ふと咀嚼していた食べ物を飲み込んだストレアが、首を傾げながらキリトに質問した。
味噌汁が注がれたお椀を傾けていた彼は、それを飲み下して口元から離した後、僅かに虚空に視線を向け、すぐに彼女へと向けた。
「明後日が《レイド戦》みたいだから今日の午前中は鍛錬に回すつもりかな。数日休んだブランクを取り戻さないといけないし、《ⅩⅢ》の戦い方も確立させないと」
ちなみにだが、この二日間、彼は何も私達と街を巡って美味しい食べ物を食べてばかりいた訳では無い。キリトが攻略から離れているのは疲労を取り、闘技場《レイド戦》と後に控える第七十五層ボス……恐らくラスボスを除けば最後の関門であろうスリークォーターポイントのボスとの戦いに備えているのだ。
キリトが闘技場《個人戦》で取得した武器《ⅩⅢ》は他に類を見ない特殊な代物。無形の武器なのだ。リズ達が攫われたというメールが送られてきた後に判明した事だが、ホロウが使っていた武器のカテゴリと同じものであれば、武器を《登録》という形で半ば無限に装備出来るのだという。
本来なら《ⅩⅢ》を装備した時点で、キリトはシステム的にエリュシデータとダークリパルサーを装備出来ない。しかし《片手剣》カテゴリとして《ⅩⅢ》に登録すれば、彼がそれらを手にする事を強くイメージするだけで自由に出し入れが出来るようになる。この登録数は際限が無いので、理論上ではこのSAOに存在する同カテゴリの全ての武器を登録出来るという事だ。更に同じ種類=同名の武器は最大九九九本まで登録可能である事から、お金に糸目を付けなければ正に無限と思える程の武器を雨の様に降らせられるという。実際それでリズ達を麻痺して攫ったオレンジを殲滅したらしい。
キリトはこの二日間、私達を各階層の街に案内する傍ら、あらゆるNPC武器屋を巡っては登録出来るカテゴリ武器を購入しまくり、登録を繰り返していた。これまでホームや食材購入を除けば装備のメンテも《鍛冶》や《裁縫》を持っているキリトは極論自分で出来るから貯まる一方であったため、最前線の武器を最大数まで数多の種類買い込んでも、まだまだお金は余っているという有様だ。ブルジョワも真っ青であろう。
剣や槍を雨のように落とすという反則的な攻撃手段を得て強化されたキリトだが、彼の強固なイメージに沿って動かせるというのは良い面もあれば悪い面もある。乱戦や目まぐるしく戦況が変わる激戦中は、恐らくまともにそれらを扱えない、目の前の敵に集中しないとやられるのにイメージを強く持たせるなんて難しいどころでは無いからだ。
彼もそれは理解しているらしく、戦闘中にイメージを固める方法というものを知り合い皆に聞いて回っていた。
『なるほどな。ならよ、自分オリジナルの技を作ってみたらどうだ? ソードスキルみてェに一連の動作に名前付けたら、ちっとはマシになるんじゃね?』
そんな中で有力と言える情報を齎したのは、SAO正式サービス最初期からの長い付き合いである和装の侍クラインだった。彼の言では、ソードスキルみたいに技名を付ければ、一定の動きを一つの技として認識してイメージが固まって、戦闘中でも自然と出来るようになるんじゃないか、との事。エギルも同様で、ゲームキャラの一定の動きに技名を付けてチャンバラをする子供などが良い例だと言っていた。
食事後の軽い運動としてクラインとエギル監修の下に挑戦してみたところ、慣れていない部分もあって最初は躓いていたものの、すぐに慣れたように武器を動かせるようになっていった。
この事からキリトは一定の動きに独自の名前を付けて一つの技として体系化する事にしたらしく、昨日は日夜名前を考え、戦い方を考えをずっと繰り返していたらしい。私やリーファ、ストレアも名前の案や攻撃方法についてどうかと幾度と無く訊かれた。考える事そのものは苦では無いらしく、とても生き生きとしていたキリトは珍しく思えたものである。
男子がバカ騒ぎしていた場面を想起させるテンションの高さに、幾ら少女のような容姿でもキリトも男の子なんだなと感慨深く思ったのは内緒だ。クラインとエギルはどこか遠い眼をして、中二がどうたら言って哀愁を漂わせていた……その単語が聞こえた時点で色々と察した私は、彼らを傷付けないよう配慮して、特に何も言わなかった。
今まで苦しんでいたキリトが明るくはしゃいでいたのだから、野暮ったい事を言うのは無しである。それにテンションこそ非常に高かったが真剣に考えていたのだから笑う事など出来る筈が無い。なまじ真剣だからこそタチが悪い気がしないでもないが、彼なら現実と妄想の分別を付けられるだろうから気にしていない。見ている分には和むし可愛いものだ。
「あー、技だっけ? キリトとしてはどれくらい浮かんだの?」
それを思い出したのか、ストレアは微苦笑を浮かべながら小首を傾げて問うた。
手札を相手に見せるような行為は死に直結する事がキリトの状況だから本当ならそんな事を訊くのは避けるべき事なのだろうけど、彼は他人に知られても対応出来ると思っているのか、あるいは聞いて欲しいと思っているのか、何かを思い出すように唇に箸先を当てながら虚空を見上げた。
「武器を敵の頭上に召喚して降らす《アンリミテッドレイン》、敵を封じ込めるように檻の如く展開する《ウェポンジェイル》、地面に武器を展開して自由に取り回せるようにする《ウェポンワールド》くらいかなぁ……」
「……それ、全部キリトが付けたの?」
「クラインに名前を付けてもらったんだ。『イメージトレーニングがお前ェは重要だし分かりやすい名前にしといた方が良い』ってメールで言われた」
「あー……なるほどねぇ……」
リーファが、クラインが言った事の意味するところを理解したからか、苦笑で少し嬉しそうなキリトを見やりながら言う。確かに彼の装備の特性上、イメージトレーニングは他の場合と違って何よりも重要だろうが……ネーミングが少々アレなのは、やはりクラインもゲーマーにして男という生き物という事なのだと思う。そして少し誇らし気に言っているキリトも。
まぁ、何だかんだでこの異常なデスゲームに適応しているという事だし、喜ばしい事ではあるのだろう。
この後、キリトの装備や考案した技、他には気になっていた食材について話しながら朝食を済ませた。
唐揚げに使われていた肉が先日の地下迷宮で大量に手に入った《スカベンジトードの肉》だと聞いて、カエルの肉を美味しいと食べていた事に色々と複雑な気分にはなったが……美味しかったから別に良いかと流す事にしたのだった。
でも、あんまり率先して食べたくはないかも、と思いつつ。まったくもって贅沢で、平和な思考だなと考えながら。
***
情報屋とは、滅私奉公を第一の信条として掲げなければやっていけない職業である。
情報を独占している事が知られればこちらの言葉は信用されず、裏が取れていない情報や流すべきでは無い情報を流してしまえば信頼が無くなり、やっていけなくなる。ただの一度でも失敗があれば未来が無い、それが情報屋というものだ。
情報屋がまずするべき事は、自身が手にした《情報》の信頼性を確固たるものにする事、つまりは裏取りだ。人の話によって情報は成り立っているが、人の話ほど信頼性が無いものは無いから、それが真実であると断定出来る証拠が必要なのだ。情報屋が流すものは、流している時点で真実であると仮定しているようなものなので、もしも虚構のものであったならすぐに信用されなくなってしまう。故に裏取りは情報を扱うに際して何よりも最優先しなければならない。
次に情報屋がするべき事は、情報のインフラを管理すること。これは一つ目と被る部分があるが、流すべき情報と流すべきでは無い情報とを分類分けし、管理する事を指す。下手に流してしまっては要らぬ混乱を呼び、混沌としてしまうが故に、情報屋は流すべきでは無い情報に関しては絶対口にしてはならない。それらを見分ける眼と常識が無ければ相応しくないのだ。
簡単な例で言えば、根も葉もない《隠しログアウトスポット》の情報を手に入れれば、それが真実かどうかを実際に現地へ向かって確認する。虚構であればすぐに広め、犠牲者が出ないよう手を打つ。その虚構を広めた人物にならないよう裏取りをしっかり取るのが情報屋なのだ。
そんな酔狂な職業を一年半……いや、ベータテストを含めればそれ以上続けている自分は、【鼠】という仇名で呼ばれていても信用と信頼性は確かだと思われているため、割と色んなプレイヤーから情報を売って欲しい、依頼を受けて欲しいという話が舞い込んでくる。
とは言え直接会って話したいという者は少ない。『【鼠】と五分話していると百コル分のネタを取られている、気を付けろ』という話が流れているかららしい。
ちょっと思う所が無くも無いが、その警戒はむしろ当然と言える。そも、自分と話をした時点で、『自分と会って話した事』と『その内容』の二つが最低でも商品になってしまうからだ。故にその認識はとても正しいと言える。
まぁ、顧客のプライベート情報をおいそれと売る訳では無い。指定した額が支払われれば商売なのだからキチンと話すが、わざわざ『このプレイヤーのこんな情報がある』と相手に伝える事はまずしない。例外もあるが、そんな相手はキー坊や攻略関連で攻略組に話すくらいで、自分が取り扱っている情報で何があるかなど教える事は基本的に無いと言っていい。
それはつまり、ある意味で情報の独占や秘匿に他ならないのだが、悟られなければいいだけなのでその辺は細心の注意を払っている。
「デ。オレッちを呼びつけて一体どうしたんダ? 何か《アインクラッド解放軍》にとってヤバいネタを回した覚えはキバオウ以外に無いんだケド」
そんな自分は、《圏内事件》と《シンカー行方不明》とが収束した五日後の午前中、件のシンカーとディアベルから呼ばれて第一層《黒鉄宮》を根城としている《アインクラッド解放軍》の団長室を訪れていた。ディアベル、シンカーと彼の副官らしい銀髪の鞭使いユリエールの三人が自分の他に居る。
団長室内装はディアベルとシンカーがキッチリした性格故かとてもシンプルで、質実剛健を体現していると言えるくらいスッキリしていた。執務室と一体化させているのか羊皮紙の束が幾らか積まれている机と、恐らく《アインクラッド解放軍》が纏めて来たのだろう情報誌や自分がこれまで作って来た攻略本が収納されている本棚以外には何も無い。窓から入って来る光が自然と圧迫感を和らげているようにも感じた。
その部屋に入って開口一番にそう問うと、少しばかりせっかちだなと思ったのか、ディアベルが微苦笑を浮かべた。
「そのキバオウについて報告するべき事が出て来たから話そうと思ったんだよ。キリト君は此処に居ないが、アルゴさんとシンカーさんの二人は、彼を含めれば《アインクラッド》で最も情報を握っているプレイヤーだからね、情報の共有は大切だ」
「ふぅン……で、何が分かったんダ?」
【鼠】としての自分しか知らない連中がこの場面を見れば、恐らく目を剥いただろう。自分は基本的に情報を売る側でコルを報酬として貰っているが、買う場合もあり、その場合もまず先に幾ら払うべきかとやり取りするのが常なのだ。
それを省いていきなり話せと言ったのは、シンカーとの間ではそのやり取りすら不要だからだ。この男は一般的な情報についてよく回してくれるが、それは利益を求めているからでは無い、ただ多くのプレイヤーの為に善かれと思ってしているに過ぎないのである。
キー坊は攻略関連の情報で、シンカーは一般的情報の収集を中心とし、それらを自分が『【鼠】というブランド情報屋が取り扱っている』と箔を付けて回す事で広く流布している。【鼠】の仇名は蔑称ではあるが、一面では信用と信頼がある情報屋という意味も込められているのだ。何時でもひっくり返る意味ではあるが今はそういう事になっているのだからフル活用する以外に無いだろう。
そんな関係にあるシンカーが口にした事は、キバオウを扇動した人物が居る、という内容だった。
その人物についてあまり知られていない……と言うか、キバオウ一派がその人物を囲ってディアベルやシンカー側に情報が流れないよう徹底管理されていたらしく、漸くそれらしい話が出たという事だった。
それだけでは裏付けが無いので信頼性が低く、わざわざ話すべきでは無い事だと思っていたようなのだが、流すべきでは無い要素が出て来たためこうして話す事にしたらしい。
「あくまで人伝だから信頼性は低いんですが……第七十四層にキバオウの急先鋒とも言うべき軍のメンバーが向かった事は知ってますよね」
「まぁナ。キー坊が決死の特攻を仕掛けたお蔭で十二人中、リーダーのコーバッツ以外は生き残ったって話ダロ? いきなり第七十五層転移門がアクティベートされたんだから原因解明に動いたんだし、知ってるヨ」
ちなみに、その翌日がキー坊の義姉リーファやシノン、経歴不詳の大剣使いストレア、そして今はもう居ない彼の新たな義姉ユイちゃんが現れた日である。
《アインクラッド》の常識で考えれば全員あり得ない状況に置かれているのだから、彼は本当に呪われているのではないかと思う程の巻き込まれ体質であると思う。
「そのキバオウを扇動した人物が接触したのは、その日から二週間前らしいんです」
「二週間前……って、《徴税部隊》が激化した頃じゃないカ」
「ええ。更に言えば……あの金髪で耳が尖ってる子と同じように、その人物も耳が尖ってるという話が出てまして」
「何……ッ?!」
シンカーが続けて言って来た事に驚きながら、自分は素早く思考を回転させた。
『耳が尖っている』というのはNPCで考えれば決して珍しくは無い。いや、耳が尖っている人型モンスターというの自体が珍しいと言えるのだが、エルフ達は第三層~第九層にしか現れないし、プレイヤーアバターも手鏡で現実重視にされているからプレイヤーで耳が尖っているのはまずあり得ない。
あり得ている例外はリーファだけだった。彼女は妖精アバターが通常のVRMMO《アルヴヘイム・オンライン》の一流プレイヤーであり、原因は不明だが――ある程度ならキー坊とヒースクリフの旦那は予想付いたらしいが――アバターなどそっくりそのままでSAOに移ってきてしまった人物だ。一応闘技場でも見られて噂になっていて、見た目が変わる特殊トラップに引っ掛かってしまったと嘘を吐いて混乱を治めたが、つまり耳が尖っているのはイコール外部から乱入してきたプレイヤーという事になると言っていいのだ。
驚いたのは、リーファの話を聞いてからすぐに情報を集め始めた自分の耳に一切入って来なかった事だ。まぁ、フーデッドローブを着て耳が隠れていれば、そりゃあ集まらないのも無理は無いのだが……ひょっとするとローブを着る前にキバオウが接触し、緘口令を敷いていたのかも知れない。
以上の事を二、三秒で考えた自分は、次に現れた時期でこれを話そうと決めた理由を何となく悟った。ユリエールは知らないが、少なくとも信用出来るディアベルとシンカーは、リーファの正体とアバターについて諸々の事情込みで知っている。キー坊が研究所で人体改造を受けた結果ISを使えるようになったという話はシンカーにしていないが、それ以外は割と話している。
これはかなり厄介な事になったと内心で頭を抱える。リーファのように家族と再会して保護され落ち着いているのは例外で、普通は《SAO事件》の舞台に来てしまった事で混乱したり、恐慌に陥ってしまうのが普通だろうに、よもや保護されるどころかキバオウの悪事を扇動するような輩が来ているとは。
「そ、そうカ……リーちゃんの他に同じ境遇のプレイヤーが居る筈だと思っていたけど、まさかキバオウに保護されるどころか扇動までする奴が来てるとは……頭が痛い問題だヨ」
「まぁ、それはそうなんだが……実はキリト君を呼んでいないのは、彼に伝えるべきか迷っての事なんだ。伝えていいかどうか分からないから、せめてアルゴさんにだけでも話そうと思った」
「……? どういう意味ダ?」
ディアベルが眉根を寄せながら言って来た事は本当に意味が分からなかった。
逆説的にキー坊が関与している事なのだろうが……SAOプレイヤーなら過去の怨恨か何かかとも思うが、外部から来た人間であれば、《織斑一夏》が中に居ると知らない奴と関わりを持てる筈が無い。あの子は桐ヶ谷家に拾われた後、ずっとひっそりと暮らしていたのだから。
「……!」
そこまで考えて、まさか、と脳裏に浮かぶ事があった。
可能性としては恐ろしく低い、実現する確率など億が一、いや兆が一も無いだろう。だってALOをプレイしていたプレイヤーが巻き込まれた話はこれで漸く二人目、しかも全然目撃情報が無いのだから絶対数からして低い。日本の人口は二億に届かないのだ、更に《SAO事件》のせいでVRMMOを危険だと考える者も普通にいる筈だ、むしろそれが普通。リーファがちょっと外れているのだ。
一万のプレイヤーの一人、正真正銘万が一の彼と関わりを持っていて、恐ろしく低確率でSAOに巻き込まれた億分の一の外部の人間が、まさかそんな筈は。それはあまりにも、あまりにもと、碌に回らない思考が愕然、そしてせめてもの願いという言葉を漏らす。
「そのプレイヤーの名前は……《アキト》と言うらしいんだ」
「……ッ!!!」
だが、自分の予想は当たってしまった。願いは呆気無く崩れ去った。
《アキト》。
ただの三文字、日本人でありがちだろう名前だが、キー坊を《織斑の出来損ない》と蔑んでいる者達や、彼と親しい者達にとっては知らない者が居ない程に意味のある名前。
幼い頃から類稀な才能を発揮し、あの子を率先して虐げ、あまつさえ自身が逃げる為に死ねと言って見捨てた、《織斑一夏》の天敵であり怨敵。彼の四つ年上の神童《織斑秋十》。織斑家長男にして三姉弟の間、二番目の子。恐らくあの子が虐げられる原因とも言うべき姉兄の片割れ。
そんな筈は無い、ただ名前が同じだけだと脳裏では、内心では否定の声が上がる。しかし有力な否定要素が存在しないが故に認めざるを得ない。
キバオウは《織斑一夏》を憎んでいる、理由は知らないが強く、強く。あの男は《ビーター》を厭んでいるのではない、卑怯者を恨んでいるのではない。理由は知らないが、《織斑の出来損ない》としてあの子を強く敵視し、命を奪おうとしている輩だ。
ただの他人であれば、あの男の勢いが勝って扇動なんて出来ない。あの男が《織斑一夏》を殺す事に躊躇いが無い執念は他の追随を許さない程に強く、根深い。それだけの感情を持つ男に、同じ《織斑一夏》を蔑んでいる者達が付いて行く事は道理でも、逆にキバオウを煽ったり動かしたりするのはあり得ないのだ。
《ビーター》として蔑まれ見下され命を狙われる事を認め、むしろ煽る事で多くの者達の負の感情を向けさせているあの子は、《織斑一夏》として他者を傷付ける事はしていないからだ。この世界で《織斑一夏》と知られ蔑まれ命を狙われるより以前、第一層ボス攻略会議の時点で既に敵愾心を向けられていたという事は、リアルで何かがあったという事に他ならない。あるいは彼が話していない、デスゲーム開始から第一層ボス攻略会議までの期間で何かがあったのか。
しかし後者の可能性は低いと言わざるを得ない、自分が聞いた覚えが無いからだ。あのデスゲームの日、ニュービーなクセして冷静で目が付いたプレイヤークラインから彼の名を聞き、翌日の朝大慌てで後を追ってから、あの子との関係は続いている。それだけの長い付き合いだ。そしてその頃から既にニュービーの間でも知れ渡る程の情報屋であった自分だ、小耳に挟んだ事があるならともかく、一切無いというのはあり得ない。
勿論自分に知られないようキー坊が秘匿している可能性も無くは無いので、この可能性を完全否定する事は現段階では不可能だ。
故にキバオウは恐らくSAOの悪《ビーター》としてでは無く、《織斑一夏》という《織斑の出来損ない》として憎悪を向けている可能性が高い。そのキバオウを扇動するという事は、同じ理由を更に強く持っている事が最も考えられる。
扇動。それはキバオウのやり方を温いと断じ、更にあの子を苦しめるという意図を含んでいる。
ここまで揃っていればもう考えられる人物は一人しかいない。《織斑一夏》を率先して貶め続けた《織斑秋十》しか、やって来た外部の人間では考えられないのだ。偶然か、はたまた意図的かは分からないが、どちらにせよタチが悪いどころの話では無い。
「やっぱり、アルゴさんも同じ事を考えたか……」
「……ディアベルの旦那が言って来た時点で、九割九分九厘、本人だと思ってるって事ダロ」
「ああ。別人という可能性も無くは無いが……彼を苦しめる事を率先して行っている時点で、恐らく本人だと予想した。《徴税部隊》の激化やコーバッツの独断専行をして何の意味があるかは分からないが…………アルゴさんは、これを彼に、伝えるべきだと思うかい……?」
苦悩の表情で、僅かに掠れた声で問うてくるディアベル。その表情は真剣に戦友であり全てを背負っている幼子の事を案じている者の顔、そこに嘘偽りなんて一切無い。それだけ悩んでいるのだと見て分かった。
その気持ちは痛い程よく分かった。伝えなければ彼の心を護れはするだろう、しかしそれも一時の間だけだ、何れ通るべき道だから知らせて覚悟を持たせておきたい。
悩んでいるのは、ここ一週間でキー坊の精神が不安定過ぎる事に起因している。《月夜の黒猫団》リーダーのケイタとコーバッツの死が重なって恐慌に陥り、外で待っている筈だった義姉に迷惑を掛けてしまう事で不安を抱き、更には新たな義姉を目の前で喪ってしまった彼の心が、果たして自身を最も虐げて来た男の到来に耐えられるか分からない。
縁を切っている間柄とは言え、実の肉親だ、たとえ義姉を傷付けられたとしても性根は心優しい彼の事だから、レッドプレイヤー達を相手した時のように躊躇いなく殺せるとは思えない。
約半年前のクリスマスにて彼の過去は本人から語ってもらった。虐げられてきた事、捨てられた事、人体改造の事など、これまで受けてきた非道の数々を。その時の彼はサッちゃんに赦された影響なのか、多少苦悩の色はあったものの大部分が穏やかな表情を浮かべていた。この一部分だけで考えれば、彼は姉と兄の事で極限まで嫌悪し、憎悪しているとは考えられない。
だがあの子は溜め込み、それを外に出そうとしない人格だ、自身の苦悩を他者に教えない事が多い。こちらが察していても明確に口にする事がほぼ無い。
それを考えれば、本当にかつての肉親に憎しみも、そして怖れも抱いていないとは決して断定出来ない。彼と親しい者達の間では世界最強の姉と神童の兄を悪と断じているが、それも彼本人の口からはどう思っているのかを聞いていない、それが一番不確定要素なのだ。
憎しみに駆られて斬殺すれば彼は間違いなく自身を責める。怖れに陥れば理不尽な侮蔑に呑み込まれて命を落とす。どちらも極論だし、それを防ぎ支える為に自分達が居るが、彼の過去は他者には重すぎて支えきれない部分がある。何より自分達は、《織斑一夏》の名を捨てた後の彼しか知らない、前の彼を一切知らないのだ。
そんな自分達の言葉が支えになるかと問われれば……恐らく支えにならない、と答えざるを得ないだろう。
「……伝える、べきだろうネ……」
数秒のつもりだったが、ともすれば数十秒、あるいは数分は黙っていたかも知れない。それだけ苦悩していた。
結局自分が出した結論は、それだった。どちらにせよ相手側が彼を貶める気満々なのは明白、ならば彼にこの事を伝え、心を強く持っていて欲しい。恐慌も、憎しみも、義姉や仲間が居る彼なら呑まれる事は無い筈だ。仮に呑まれるとしても、自分達の存在で耐えてくれると信じている。
信じる、などと無責任な話だと、内心で自分自身に毒を吐く。結局のところは彼に背負わせるしかない。勿論彼が対峙するべきであり外野の自分達が口を挟んではならない問題だからでもあるが……頭で納得しても、心情ではどうしても認めがたいのである。
「いきなりだと、あの子の心が崩壊するかも知れなイ……時間がある今の内に、あの子に伝えて、心構えをしてもらうヨ」
「そうか……アルゴさんには嫌な役割を押し付ける事になるけど、任せても構わないかな。俺やシンカーさんが話すよりマシと思うんだ」
「最初からそのつもりサ。ま、リーちゃんにも協力を願うけどネ……」
かつての肉親がこの世界に来て裏で命を狙って来ていると知った時、彼がどんな対応を取るかは分からないが、それでも不安定になるのは確実だ。その彼を確実に支えられると言えるくらい絶大な信頼を寄せられている義姉に、絆の家族に頼るべきだ。義弟の彼に関わる事なのだから知っておく権利もあるのだから。
そう言って、ディアベル達から悲壮な表情と共に頼まれた情報屋は、フレンド追跡でキー坊とリーちゃんの位置追跡を行ってから移動を開始した。
「……嫌な役目はいつもキー坊ばかリ…………“世界”は、キー坊に何か恨みでもあるのカ……?」
《黒鉄宮》から出て、転移門広場から天蓋を振り仰いでから口にした言葉には、力は無かった。
一難去って、また一難。騒動の中心には何時も彼の姿があって、巻き込まれ、解決するのも何時も彼……本当に損で、関係無いのに命を賭けなければならない嫌な役回りばかりだ。
情報屋も結構忙しいし、恨まれる事もあるから嫌な役目だけど、彼はそれ以上だと暗い気持で思考しながら、彼が居る階層へと転移したのだった。
はい、如何だったでしょうか?
原作では《朝露の少女》にてシンカー救出後、パーティーが催されてたんですが、それを省きました。理由はキリトの立場。ちょっと改善されてるけど、それでも第一層はやっぱり危険。あとキバオウがどこか分からないからリー姉達から離れられないという裏事情があったり。
それから三日間ぶっ続けで昏睡状態。あれだけ脳が疲れてる上に酷使したんだもの、それくらい睡眠=昏睡=気絶してもおかしくない。疲労がそれから二日経って取れ始めてもおかしくない(迫真)
次にキリトの戦い方について。
出来れば批判はされたくない……のですが、既に入れてるのでご容赦頂きたいです。悪ノリで案を送って下さると採用するかも(笑) 軸はぶれませんが、技や武器については皆さんの意見も反映される可能性あり。
さて……最後に例のあの人物、神童の兄について。
名前だけ、リズベット編では過去の記憶という形でちょっと出ていた神童の兄《織斑秋十》こと《アキト》の登場です。プレイヤーネームがまんまなのは、分かりやすくするためなので、深い意味はありません。
彼が暗躍したのは理由があります、乱入したのも同じく。よくある設定ですが。
一応書いておくと、現時点でキリトが戦っても兄にはまだ勝てません。技術でなく、スペックで負けるからです。ステータスでは無く武器で。装備が同等か、技術で圧倒出来るようになったら一方的に勝てますが。
戦闘技能:和人≧千冬>秋十
リアル身体スペック:秋十≧千冬>和人
SAO武器スペック:秋十>>>和人
簡単に強さを項目で表すと、現段階での相関図がこんな感じ。武器はSAO内なので千冬は入りませんが、IS装備だと和人と同等になります。
必ずしもこうなるとは限りませんが、書いている私の現在の認識として参考までに書きました。意見のすれ違いは怖いですからね。
最後に。
久し振りだったので幾分か雰囲気が崩れてます。暫く平和な話にする……と書いていましたが、実はまだです。ネタはあるので書きますが、次話、あるいは次々話まではドシリアスが続くかも。つまり平和ネタはその後。内容は決まってるけどどれだけ続くかは不明。
こんな割と適当な感じですが、それでも本作をこれからもよろしくお願い致します。
では、次話にてお会いしましょう。