インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

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 どうも、おはこんばんにちは

 筆が乗ったけど今後はやはり分からんネ……

字数:約一万

視点:フィリア

 ではどうぞ




第十八章 ~黒の聖地~

 

 

「はぁああああッ!」

 

 青白い輝きを迸らせる短剣を連続で振るう。左右を二回往復する《ファッド・エッジ》が、相手の懐深くに的中。肉厚の刃が深く差し込まれる反動が腕を伝って来るのが解る。

 その度、『モロォォ!』というくぐもった叫びが聞こえてくる。

 薄暗い樹海に紛れるように出現する擬態Mob《トレント・サプリング》。枯れ木の見た目の植物型モンスターが大きく仰け反り、隙を晒す。

 その時、私の横を抜ける影が一つ。

 

「せぇいッ!」

 

 俊敏に駆け抜けたプレミアが気合の籠った刺突を繰り出す。輝きの灯ったそれがトレントに衝突した瞬間、ズガァンッ! と激しい音が響いた。

 それがトドメとなり、トレントの体が爆発四散する。

 

「やりました」

「今の一撃、よかったよプレミア」

「ありがとうございます、フィリア」

 

 互いに左手でハイタッチを交わす。

 丁度そこで、背後からガシャァンッ! と何かが砕け散る音がした。二人揃って見やれば、光の破片を浴びるキリカの姿がある。

 片手に装備タブを介して、片手に介さないで剣を握る二刀状態の彼は、二体同時に現れたトレント達の内、片方を一人で相手取っていた。プレミアを私と組ませたのは火力面のバランスを考慮したためである。

 

「お疲れ、二人とも」

「はい、お疲れ様です」

「お疲れー」

 

 互いに労いながら武器を鞘に納める。

 そこで私は、しっかし、と口を開いた。

 

「気のせいかもしれないけどさ、エンカウント率、少しずつ上がってない?」

「この辺まで探索に来るプレイヤーは少ない筈だ。このエリアの経験値獲得量も少ないから、他のエリアに追いつくようポップ率が上がってるんだと思う。ファーム・ポイントってヤツだな」

 

 なるほど、と納得する。そういえばそんな調整作用がSAO時代にもあった。

 そこでふと思い出す。

 SAO時代と言えば、このオルドローブ大森林に出てくるモンスター達はどこかアインクラッド第三層と同じ種類が多いように感じる。たったいま倒した《トレント・サプリング》は、近くをプレイヤーが通るまで索敵に引っかからない特殊能力持ちとしてプレイヤーを苦しめた代表的モンスターだった。他にも昆虫系モンスターなどにも見覚えのある個体が多い。

 ところどころ違いがあるとは言え、まるであの世界に戻ったかのような錯覚に陥ってしまいそうだ。

 だが――と、私は天を見上げる。

 階層によって再現された空もあったが、低階層は大抵天蓋に覆われた空が見え、それがまたプレイヤーを鬱屈とした気分へ突き落したものだ。私達はデスゲームの虜囚なのだ、という絶望へと。

 高い木立と枝葉によって遮られた頭上にはどんよりと立ち込める曇天が見て取れる。第三層には天蓋があったため、それが無い事イコールあの世界ではないという証明が成り立つ訳だ。

 ふぅ、と息を吐く。

 と、そこでにゅっと視界に入ってくるプレミア。思わず体を仰け反らせる。

 

「ぷ、プレミア? どうかした?」

「何やら悩まし気な溜息を吐かれていたので、どうかしたのかと。悩み事ですか?」

「あー、いや、そういう訳じゃないよ。気にしないで」

「そうですか」

 

 彼女に話したところで、そもそも《SA:O》の外という概念や、浮遊城での出来事が理解できるとは思えなかった。説明しても理解が難しいだろう。

 そういえば、この世界を生きる人とも言えるNPC達にとって、私達プレイヤーはどのように映っているのだろう、とふと思う。外で死んでも黒鉄宮で復活する、死をも恐れぬ狂人と映っているのだろうか。あるいはその死をも恐れぬ立ち居振る舞いから、危険な場所での素材収集などを担ってくれる便利屋と映っているのだろうか。

 そして……この世界の住人達は、自分達が危険に晒される時、どのような思いを抱くのだろうか……?

 第三層以降で登場したエルフなどを始めとする人型Mobは、戦いでの死をこそ誉れとし、恐れず立ち向かって来る設定の者達が多かった。中には非戦闘系のNPCもいたが、それらは敵から距離を取ろうとするものの、プレイヤーや戦闘系NPCと違い必死さはあまり感じられなかったように思う。そうして護衛対象が死んでしまい、クエスト失敗を愚痴るプレイヤーも数知れなかったのだ。

 そういう意味では、非戦闘系でありながら戦闘の手解きを希望し、徐々に成長している少女プレミアは異質に思える。

 本当にカーディナルは何の思惑で彼女を起動させたのか……

 

「――お。なぁ、あの洞窟なんじゃないか」

 

 私の思考を断ち切るように、キリカの声が耳朶を打った。我に返って彼が指し示す方を見ると、陽光に薄く照らされる天然の洞窟が黒々とした口を開けているのが見えた。

 その洞窟には見覚えがある。私が見つけ、二人を呼び出す理由になった《聖石の洞窟》だった。

 

「そうそう、あの洞窟だよ! あの奥の方にマップに無い通路があったの」

「マップに無い、か。確かに1個目の聖石を見つけた洞窟と同じ特徴だ……誰かに取られてなければいいが……」

「関係ない人でも取れるのかなぁ」

「多分取れる。1個目を取ってくるのは多分誰にでも、それ以降はクエストを受注して……だろう」

 

 松明を灯して洞窟の中に入りながら、ただ、と彼は言葉を続ける。

 

「中途半端に実装してるからフラグ管理は杜撰そうだ。他のプレイヤーが俺の取っていない石を取ったとしても、再生成はおそらくされない」

「つまり……このクエストは誰でも介入可能だけど、ただ一人にしか進められない……?」

 

 こく、と彼は頷いた。

 そんな事あってたまるかと言いたいが、状況証拠からしてあり得てしまいそうだからタチが悪い。一人にしか進められないクエスト――所謂ユニーククエスト――であるなら、他のプレイヤーの干渉不可能なインスタンスエリアなどがイベント毎に生成され、その中を攻略する流れになる。

 だが、この洞窟は誰にでも入れるパブリックマップ。クエストを受けていない私が洞窟を見つけられた事からもそれは確実だ。

 だから聖石クエストを受けていない第三者が石を見つけて、使い道が無いからと処分してしまった場合、クエストは進行不可になる可能性がある。

 いや――処分された場合は、まだマシなのかもしれない。

 このクエストをカーディナルが無理矢理実装し、プレミアを動かした以上、必ず達成させるべくなんらかの形でリカバリーを図る筈だからだ。

 だから最も面倒なのは、聖石の取り合いがプレイヤー間で勃発する場合だろう。聖石を所持する事。それすなわち、ユニーククエストを進行させる証という事になるからだ。たとえバグの危険性を全面に出して注意喚起しても、その注意を聞き入れない者は絶対に出てくる。それが娯楽を求めるプレイヤーの本能。

 

「キリカ……もしも聖石を他の人が取った場合は、どうするの……?」

「どうもしない」

 

 あっけらかんと、キリカが答えた。思わぬ答えに私は思わずはっ? と素っ頓狂な声を上げてしまう。

 

「えっと、なんで?」

「オリジナルはどう思ってるか知らんが、少なくとも俺はカーディナルという存在に疑心を向けてる。そんな存在が無理矢理起動したクエストを終わりまで進めるのはマズい気がしてるんだ」

 

 彼の言わんとする事は理解できる。実際私も、聖石を集めて大丈夫かなぁと思わなくもないのだ。同じことを考えている人はネット上でも散見されており、キリトの注意喚起への反応としてまとめ記事として取り上げられているのを見た事がある。

 仮にクエストを達成した時どうなるか分からない以上、本当は聖石を集めない方がいいのかもしれない。

 だが――聖石を集める事に、キリカはやや前向きな考えを示している。

 

 ――つまり、キリカは何かに勘付いている……?

 

 集め切るとマズい。でも、集めなくてもそれはそれでマズい。その手掛かりを彼は既に手に入れているのではないだろうか。だから消極的にではあるが、見つけた聖石は集めようとしている。

 

「じゃあどうして聖石を集めるの?」

「それは――――」

 

 理由を話そうとしたキリカは、ふと視線を前に戻した。

 どうしたのかと思い、私も意識を前に向ける。

 話している間にそれなりに進んでいた洞窟は、気付けば大広間のように広い空間になっていた。その中央に大グモが立ちはだかり、燃えるような真っ赤な単眼はこちらを見据えていた。

 表示される固有名は【Nephila Regina】。レジーナは女王を意味する単語なので、【ネフィラ女王】という意味になる。そのつもりで眺めると、光沢のある紫の体に浮き上がる銀色の模様が高貴な雰囲気を醸し出していなくもない。

 ネフィラ女王の頭上にはHPバーが二段分存在していた。つまり中ボス扱いのNM。

 レベルは20とある。私が18、キリカが17、プレミアが14だからちょっと危ないと感じる数字だ。

 

「うそ。前はあんなの居なかったのに……」

「多分、聖石を集めるクエストに呼応したんだ……フィリア、一つ聞くが、この洞窟で聖石は見たのか?」

「え……ううん、見てないよ。非表示エリアに入った時点ですぐ引き返したから……」

「となると、その辺のフラグはしっかりしているのかもな。プレミアを連れていないと手に入れられないってフラグが」

 

 そう言って、キリカが背後――プレミアへと肩越しに見やる。当の少女は何の話かイマイチ分かっていないらしく首を傾げるだけだ。

 それにしても、彼の話が本当だと仮定すれば、1個目の石を手に入れる段階から難易度が高い話だ。ヒントも無しにエスコート系クエストの地点から外れた洞窟で聖石を見つけ出す――なんて、効率重視のプレイヤーであるほど考え付かない話なのだから。かく言うキリカも、ユイ達と遊びに出かけた先で見つけたらしいのだ。

 2個目も転移石からすら遠い場所の洞窟であると考えると、効率度外視の場所を散策する必要がある。

 まあおとぎ話などを見るに、人気のない山や洞窟に伝説の武具が……という展開はありがちなのだが。

 

「さて、中ボス戦だ。格上な上に、プレミアは初めてのボス戦になるが大丈夫か?」

「はい、二人が難しい話をしてる間に既に準備万端です」

「あはは、除け者にされて拗ねちゃってる……」

 

 むん、と気合を入れたプレミアが、どこか唇を尖らせているのはつまりそういう事だろう。確かに彼女にとって理解の難しい概念で話しまくっていたからへそを曲げても仕方ない。

 苦笑を交わした後、同時に剣を抜く。

 

「俺は正面で攻撃を捌く。二人は一緒に動いて、側面から攻撃してくれ」

「はい」

「わかった」

「よし……行くぞ!」

 

 最前で二刀を構えたキリカに頷いた後、私達は駆け出した。

 

 

 部屋の中央でこちらを待ち構えていた大グモは、初撃を入れたキリカにターゲットを定め、行動を開始した。ぴくぴくっと震えた右前脚が、直前までキリカが居た場所に重い一撃を叩き込む。遅れて左前脚の叩きつけも入るが、一撃目の前足を足場に駆け上がっていたキリカは余裕で回避。

 そのまま急転直下の如く、女王ネフィラに強烈な唐竹(バーチカル)を叩き込んだ。

 

「せぁ――――っ!」

 

 着地直後、彼の左の剣から光が迸り、真横に斬閃が走った。剣技連携(スキルコネクト)でディレイを上書きして放った《ホリゾンタル》だ。勢いを付けて回転斬りへと昇華された一閃が、女王グモの巨躯を支える脚の四本に切り傷を付ける。

 その隙を突き、時計回りに大きく迂回した私とプレミアも攻撃を仕掛けた。

 加速補整の掛かる突進二連撃技《ラピッド・バイト》と刺突技《リニアー》が、女王グモの腹部に直撃する。重い手応えを感じた後、二人揃って即座に離脱。

 直後、ヘイトを稼いだ私達を正面に捕えようと、ガサガサと脚を動かして大グモが向きを変え始める。

 一撃でも喰らったら堪らないと、私はプレミアを連れて全速力で部屋の中を走り始めた。ヘイトを稼いだままなので、大グモも私達に合わせてぐるぐると回っていく。

 

「喰らえッ!」

 

 丁度一周したくらいで、タイミングを見計らっていたらしいキリカの声が響く。横目で見れば、彼は女王グモの単眼目掛けて飛び掛かり、薄緑の斬撃(ソニックリープ)を叩き込むところだった。

 

『ギシャアアアアアアアアアアッ?!』

 

 生物的な反応を表出するカーディナルにより、弱点扱いとなっている眼球を攻撃されたネフィラ女王の絶叫が洞窟内に響き渡る。ぐわんぐわんと反響音すらするその叫びは、彼の一撃がクリティカルヒットした証左だ。

 HPバーは一本目を割り、二本目の七割へと突入するところだった。

 どうやらレベルの割にHPは大して多くなかったらしい。あるいは目へのダメージが相当大きかったのだろう。

 そこで、女王グモはその場で小刻みに足踏みをした後、八本の脚を一気に縮めた。

 アレはクモ型Mobが見せる、飛び上がる時の共通モーション――!

 

「俺がカウントする!」

「プレミア、着地の寸前に私達も跳ぶよ!」

「はい!」

 

 手短に交わされる作戦。それをプレミアはキリリと引き締まった顔で頷き、理解を示した。

 直後、ぐわっ、と空気を震わせて巨体が垂直に飛び上がる。洞窟の天井近くまで到達し、落下に転じたその時、キリカがカウントを叫んだ。

 ゼロ、と聞こえた瞬間、プレミアの腰を抱えて女王に向かって跳ぶ。

 私達の足元を波紋状の振動エフェクトが通過していくのを見ながら着地した後、即座に三人で一斉に攻撃を畳み掛けた――――

 

 

 戦闘が終わったのは、開始から二分後の事だった。

 強さで言えば然したるものでなかったネフィラ女王だが、それはこちらが一撃も喰らわないようルーチンで戦っていたからで、通常のタンク、アタッカー、クラウドコントローラーなどの構成で真っ向から戦えば相応に苦戦する能力は持っている筈だ。女王は毒牙を有しているし、クモだから粘着性の糸を吐き出す。どちらも厄介な事に変わりなく、その対応に追われている間に戦線が崩壊する……なんて話はSAO時代でも枚挙に暇が無かった。

 そもそもタンクも無しにボス級Mobと戦う事自体、MMORPGでは無謀に近い。

 攻撃は最大の防御とも言うが、まだ序盤の現状では、しっかりパーティーを組んで攻略していくのが定石である。

 ……まぁ、定石破りの権化とも言える少年がいる以上、それを考えたところで意味は無いのだが。

 そんなとりとめのない思考を浮かべながら、ボンヤリとイベントが進むのを眺める。今はプレミアが祭壇に近付き、光る聖石を手にしている最中だ。

 しっかりと石が彼女の手に収まり、光が失われたのを確認した後、プレミアはそれを懐に仕舞った。

 

「二人とも、お待たせしました」

「ああ。さて、用事が済んだなら長居は無用だ。早めに街へ戻ろう」

「だね。人気がない地域とは言え、過激派がいないとも限らないし」

「了解です」

 

 目的のものを手に入れた私達は足早に来た道を戻り始める。

 既にマッピングされた場所を直線距離で戻るだけなので、そこまで苦労はしない。

 ただ《トレント・サプリング》のようにモンスターの奇襲は警戒しなければならない。噂の過激派もいつオレンジ化するか分からないから、ハイディングにも気を付ける必要がある。

 気を抜かず、迅速に来た道を戻る――が、平穏な時間が続くと疲れてくる訳で。

 少しの気晴らしを求めて、雑談したいと思ってしまった。

 

「ところで、キリカ。ボス戦の前の話なんだけど、集め切るとマズいとは思ってるのに聖石を集めるのはなんで?」

 

 重要な事でもあるから引っ掛かっていた私は、それが気になってしょうがなかった。これなら雑談とは言え、集中しろと返されないだろう。

 すっかりその話を忘れていたのか、ああ……とキリカが思い出したように声を発する。

 

「一つ目は必要になった時、慌てないためだ。集め切った後、多分どこかに納める必要があるからその直前で止めればいいと思ってるのもある。俺とオリジナルとで分けて持ってもいいしな」

「ふむふむ。二つ目は?」

「プレイヤー間での争いにこのクエスト……もとい、プレミアが巻き込まれるのを避けたいからだ」

「なるほど」

 

 どうやら彼も、プレイヤー間での聖石の奪い合いのリスクについては危惧していたらしい。まあそりゃ気付くか、とSAO時代の情報・印象操作について思い出し、内心で苦笑する。

 

「あとは……――――」

 

 続けて三つ目の理由を言うべく口を開いたキリカが、がちん、とすぐさま口を閉じた。

 また敵か、と後ろ腰の短剣の柄に手を掛けながら身構えた直後、キリカが腰の剣を抜き払う。カァンッ、と甲高い音がした後、足元に一本の矢が転がった。

 そこでさらに一本、今度は私を狙った矢が飛来する。

 咄嗟に短剣を抜こうとするが、その必要は無かった。横から伸びたキリカの手が矢を掴み取ったからだ。鏃が私の眉間ギリギリで止まった辺り、彼が掴まなければそのまま額に矢が突き刺さっていた可能性が高い。ひぇっ、と思わず声が漏れる。

 

「いきなり攻撃とはご挨拶だな。姿を見せたらどうだ」

 

 低くなった声音で、キリカが威圧を掛ける。

 

『黙れ!』

 

 それに対する応答は、なんとも高圧的な男の声だった。

 ガサッ! と茂みが揺れた後、立ち上がったのは二人の男。浅黒い浅黒い肌の二人は黒を基調とした騎士装備を纏い、携帯性に特化した短弓でこちらに狙いを付けている。

 極めつけはその耳だ。ピンと先細りに尖ったそれは、彼らが人ではない事を表していた。

 

(ダーク)エルフ……!」

 

 思わず、驚愕と共にその名を口にする。

 エルフと言えばファンタジー世界で登場する種族の一つ。それはSAOでも同じで、アインクラッド第三層から第九層までは黒エルフと(フォレスト)エルフがところどころに街や砦を築き、争うキャンペーン・クエストが展開されるなど、一部階層やクエストでは主役級の種族だったのだ。

 あの世界の特徴を色濃く引き継ぐ以上おそらく居るとは思っていたが、突然の邂逅に私は驚愕以外の反応を取れなかった。

 それでも頭上のカーソルを見る。やや濃いが、赤色である点から討伐は可能なようだ。

 名称は《ダークエルヴン・フォレストガード》。森の番人的な役職の者達らしい。

 

『この聖大樹の森に人族が入り込んでくるとはな……!』

『我らが聖地を荒らす輩は、容赦せん!』

 

 そう言って、問答無用で矢を放ってきた。

 

「二人は回避に専念するんだ」

 

 飛来する二本の矢を剣の一振りで叩き落としながら、キリカが言う。そのまま次撃が来る前に駆け出した。

 応じるように、黒エルフの片割れが短弓を仕舞い、腰の剣を抜く。最低限の装飾をされた実戦向きの両手剣でキリカへと距離を詰める。

 黒エルフのカーソル色はどちらも黒に近い赤。不可能ではないが、倒すには相当な根気が必要だ。私より一レベル下のキリカでは流石に分が悪い。

 だが――――

 

『人族、覚悟ッ!』

 

 両手剣を掲げ、大上段から振り下ろす黒エルフ。

 対するキリカは、右の剣にペールグリーンの光を宿らせ、左切り上げの軌道で剣を振るう。《ソニックリープ》を選択したようだ。

 重量的に、そしてステータス的に黒エルフの方が絶対的優位にあるのは明白だった。

 しかし、彼はそれを覆す。縦に振り下ろされる剣を横から叩き、剣を弾き飛ばしたのだ。武器を装備する人型Mobやプレイヤーに見られる《武器落とし(ディスアーム)》という状態を、意図的に引き起こしたのである。

 ヒュンヒュン、と空を切りながら飛んでいく剣を、弾かれた黒エルフが追っていく。

 そこで、キリカがアッパーカットを仕掛けた。軽く宙に浮いた黒エルフを、《体術》の水平蹴り《水月》で追い打ち。

 

『な、ちょ、ま――――っ』

 

 蹴り飛ばされた黒エルフの行きつく先は、後衛で矢を番えていた片割れの黒エルフだった。NPCらしからぬ慌てた様子を見せる片割れは、しかし成すすべなく吹っ飛んでくる仲間に巻き込まれ、下敷きになる。

 そこへ全力で走り寄ったキリカが斬り掛かった。

 

 

 

 ――そこに、紫の剣士が割り込んだ

 

 

 

 美麗な白銀の湾刀が、キリカの剣を止める。

 

『そこまでだ、人族の剣士。これ以上の狼藉は私が許さぬ』

 

 生真面目そう、という比喩が似合う声音だった。スモークパープルの髪は短めで、やや浅黒い肌の横顔は、同性の私ですらゾクリとするほどの美貌。艶やかに赤い唇と、わずかに――しかし、確かに隆起したブレストプレートが、割り込んできた剣士が女性である事を示していた。

 キリカの剣を止める緩く弧を描くサーベル、左腕に装備された小型のカイトシールド、更に甲冑や籠手、脛当てなどは、見るからに高ランクである事が窺える。

 名を《ダークエルヴン・ロイヤルガード》。

 頭上のカーソルはどす黒いダーククリムゾン。

 つまるところ、絶対勝てないレベルの強さ。

 ひく、と頬が引き攣るのが分かった。

 

『お、おおっ! キズベル殿!』

『近衛騎士長自ら来て下さるとは……!』

 

 どうやら黒エルフ内ではキズメルと呼ばれてるらしい女性騎士は、軽々とキリカの剣を弾くや否や、その切っ先を私達に向けてきた。

 

『我らが聖地に無断で踏み入っただけでなく、我が(はら)(から)を傷つけた罪……ここで(あがな)ってもらおう』

「正当防衛……って言っても通じなさそうだな、これは」

 

 やや苦笑気味に言ったキリカは、片手で私達に下がるよう指示を出す。後ろは洞窟なので袋小路も同じなのだが、それでも下げさせるのは、女性騎士キズメルとの激戦を予感しているからだろう。

 いや、そもそもダーククリムゾンの敵と戦う事すら土台おかしいのだが。

 

()くぞ――!』

「ッ――――!!!」

 

 駆け出したのは同時。剣を振るったのは、やはり同時だ。稲妻の如き黒と白の剣戟が放たれ、衝突。

 ――弾かれたのは、黒

 ガァンッ! と雷鳴を思わせる硬い響きと共に、右の剣が大きく弾かれた。真っ向勝負ではやはり話にならない程の差があるのだ。

 

「ぐ……っ!」

 

 だがキリカも、それは承知の上だ。歯を食いしばって体を捩じり、左の剣を振るう。

 それを女性騎士は、軽い所作で翳した盾で往なした。体勢は崩れていない。

 

『さらばだ』

 

 無理に剣を振るった慣性により空中でクルクルと回る少年へ、騎士は無慈悲に剣を突き出した。正確無比な一矢が華奢な少年を串刺しにしようと迫る。

 だが、その一撃が弾かれる。

 弾いたのは蹴撃。宙で回る彼の脚が伸ばされ、湾剣の腹を叩き、軌道をズラしたからだった。

 

『ッ……?!』

 

 馬鹿な、と言わんばかりに瞠目する騎士の前で、少年が着地する。

 仕切り直し。

 

「――ぉおおッ!」

 

 大地を踏み抜き、一歩前進。やや遠い間合いからキリカは右手の剣を横薙ぎに繰り出した。騎士キズメルは、それを左の盾で難なく受け止める。

 火花が散り、薄暗い樹海で二人の顔を一瞬明るく照らした。

 その火の粉が消える前に、次撃が放たれる。放ったのはキリカだ。オリジナル同様――あるいは、AIになってそれ以上に至った反応速度を以て、剣撃が三つ、四つと繰り出される。

 より早く、速く、迅く――――

 ざり、と一歩、騎士が身を引いた。

 女性騎士は最早防戦一方。剣と盾の両方をフルに使い、キリカの猛攻を防ぎ続けている。パラメータという点では彼を圧倒しているにも関わらず、だ。

 

 ――多分、この世界のAIが特別だからだ

 

 この世界で生き、生活しているAIだからこそ”死”を恐れる。だから能力にものを言わせたごり押しをしないでいる。

 それを知ってか知らずか、キリカも技術を駆使し、追い縋っていた。

 何十、何百と繰り出される剣戟。騎士の体力は僅かずつだが、しかし着実に減耗していっていた。

 

『オオオオォォォ……ッ!!!』

 

 そして、とうとう半分を割り込んだ、その時。モンスターの雄叫びが響き渡った。

 

『こ、この声は……!』

『キズメル殿、マズいです! これはヤツの……!』

 

 それを聞いた途端、キリカとキズメルの交戦を見守っていた黒エルフ達が狼狽え始める。なぜ狼狽えるのか分からず、私はプレミアと顔を見合わせた。

 そこで、ズシンッ! と地響きがした。

 キリカとキズメルも、流石に距離を置いたその時、割り込むように森の木々が引き裂かれ、巨大な影が姿を現す。

 それは、言うなれば巨大な古木だ。トレント・サプリングを禍々しく成長させたような見た目のそれは、おどろおどろしい雄叫びを上げながら、枝を振り回している。そのサイズはちょっとしたボスよりも遥かに大きい。

 

『こ奴は……妖魔王の眷属! とうとうここまで来たのか……!』

 

 それを見た騎士キズメルが愕然とする。どうやら黒エルフ側の事情に関係があるらしい。

 そこで、ぽーん、と軽快な音と共にウィンドウが表示された。

 

 ――――『妖魔王の眷属を倒し、黒エルフに加勢せよ』

 

「キリカ、どうする? 受ける?」

「俺は受ける」

 

 同じものが表示されたらしいキリカは、ほぼ即決でクエストを受注した。

 

「プレミア、どうする? キリカは受けちゃったけど」

「私もします」

「そっか」

 

 なら私もしない訳にはいかないだろうと、乗りかかった船だという心境で受注ボタンをタップ。それから妖魔王の眷属Mobに向かって駆け出した。

 

 






 今話を書いてると、《インテグラル・ファクター》でリーファがキズメルと交戦してたの思い出して、地味にリーファヤバくね? と思ったのは内緒

 やっぱ公式もリーファをチート化させたいんよ。映画OSで登場させられなかったみたいに、元々ハイスペックだし


・キズメル
 原作プログレッシブ二巻から登場
 黒エルフの騎士。アインクラッドだと本来なら第七層で登場するハイネームドクラスMobが第三層のイベントで出てくるという鬼畜仕様。敵側の森エルフを、自分達がHP半分以下にならずに倒す事で生存ルートが開拓される
 本作キリトが度々『黒エルフの女騎士』を回顧している事から、本作でも森エルフを自力で倒し、生存させていたらしい
 《SA:O》のキズメルはキリト/キリカの事を知らないので無慈悲に斬りかかっている


・キリカ
 経験でゴリ押すタイプのプレイヤー
 懐かしい人物と再会し、内心ウッキウキで全力勝負に出ていたりする
 色々と隠し事が多い


・フィリア
 プレミアの護衛役
 この戦いに付いていけないので護衛役に徹している。地味にキリカやクエストの違和感に気付き始めている


・プレミア
 純粋なトップダウン型NPC
 キラッキラした眼でキリカの戦いぶりを見ていた


 では、次話にてお会いしましょう

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