インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~ 作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス
どうも、おはこんばんにちは、黒ヶ谷・ユーリ・メリディエスです。
どうも書く気が起こらない……ネタはポンポン浮かぶんですが、作風壊すのが出て来て振り切るのが大変でした。いや、今もまだちょっと毒されてはいるんですが。
それはそれとして、今話はリーファ、シノン、初のエギル視点です。原作知ってる人はちょっと分かる部分があるかと。
ちなみに神童はまだ出てきません。そして、ゲームで出て来たシノンのアレを入手するイベント……の、先駆けです。
ではどうぞ。ちょっと長めな部分があります。
ギガガッ! と喉の奥を震わせて雄叫びを上げる緑肌の亜人、レベル30の《ゴブリンソードマン》があたしの体を斬り裂かんとボロボロの直剣を袈裟掛けに振り下ろす。その直剣に、ALOから喪われずに所持していた愛剣ジョワイユーズを右薙ぎに振るって逸らし、空振らせる。
それからあたしは手首を返して左薙ぎに剣を振るう姿勢を取った。直後、剣身から蒼い光が迸り、左薙ぎと右薙ぎからなる神速の二連撃が放たれた。《片手剣》スキルの中で割と早い段階で習得出来るソードスキル、その二連撃技。名を《バーチカル・アーク》と言う。
本来、この世界に来て一週間しか経っておらず、更には戦闘時間そのものが未だ二十四時間にも達していないあたしがこのスキルを放てる筈が無い――キリトですら二週間要した――のだが、それを放てているのにも訳がある。あたしの装備やステータスがALOから幾らか引き継がれているように、スキル値もこちらと共通のものは引き継がれていたからだ。
ALOでの武器スキルは武器で与えるダメージ倍率の上昇や武器の耐久値減少、クリティカル率上昇などのModが掛かるだけだ。SAOと違ってスキルの解放など存在しないのだが、それでも数値が引き継がれているせいか、Modの幾らかが無くなっている代わりに無数のソードスキルが追加されていた。
規定のスキル値に達していたが故に習得していたソードスキルの一つが《バーチカル・アーク》なのだ。
「シノンさん、スイッチ!」
「了解!」
ソードスキルには技後硬直というものが存在するため乱発出来ないし、発動直前にも隙が出来るから使いどころを見極めなければならない。しかし攻撃が当たれば、技後硬直が課されると言えど相手にもノックバックが発生するため、一対一であれば痛み分けという結果になる。
その痛み分けを、こちらに有利へと作り変える。それがパーティー戦というものだ。
そのパーティー戦の技術として《スイッチ》というシステム外スキルが存在する。一体のモンスターへ好き勝手に攻撃してはフレンドリーファイアが発生し、そのプレイヤーが意図していようと無かろうと他プレイヤーを害したとしてカーソルがオレンジになってしまう。それを避けるため、そして円滑に且つ安全に戦闘を運ぶための技術が《スイッチ》なのだ。
そういう背景があるこれは、事情こそ複雑なれどする事は単純、攻撃している前衛と待機している後衛とが交代するだけである。
しかし言うは易く行うは難し、ヘイトを集めて攻撃されている前衛が後退しようとしても敵Mobが簡単に逃すはずなど無い。それを無理矢理行うのが、ソードスキルのノックバックを利用した方法だ。こちらも技後硬直で動けなくなるが、絶対に当たるという場面で使えばノックバックを与えて動けなく出来るので、手が空いている後衛が割り込むには絶好の機会となる。
他にも相手の盾に強烈な一撃を当てて割り込む方法もあるし、上級者ともなれば剣戟の応酬に割り込んで交代する方法もあるという。まぁ、そんな事が出来るのは前衛と敵の動きをよく理解している人だけ、それも技術がある人くらいだからキリトやアスナさんくらいなもの。あたしはまだ出来ないので、相手の隙を突いてソードスキルを叩き込むという方法を取っている。
それで、ノックバックを与えた瞬間叫んで、シノンさんがそれに応じながら赤く鋭い短剣シャープネイルに橙色の光を纏わせ、一気に突進し、右に薙ぎ払った。突進速度が売りな《短剣》単発突進型ソードスキル《ラピッドバイト》だ。
その一撃が《ゴブリンソードマン》の喉笛を掻っ切り、クリティカル判定が出たからか一気にHPゲージが残り四割から減少、全損する。同時に緑肌の亜人はその体を蒼い結晶片へと散らせた。
「ふぅ……リーファ、お疲れ様」
「うん、お疲れ様、シノンさん」
敵が爆散し、戦闘が終わったのを感じ取ったシノンさんがこちらに労いの声を掛けてきたため、あたしも彼女を見て言葉を返す。
効率厨のプレイヤーだと心が籠っていない労いなので何となく嫌な気分に――苛立ちではないものの――なるのだが、やはり本当に命を懸けているからか、彼女のそれは確かにこの戦闘一つに対する労力に報いるものだった。こういう相手を思いやる気持ちが籠った労いは良いものだと思う。
「えっと……今ので何体目だっけ?」
「九体目ですね、残り一体でクエスト達成です」
「そう」
あたしは第二十五層、この第一クォーターポイントにあたる階層の東に広がる森の中に今はいる。あたし達のレベルはこの一週間……いや、圏外での五日間の戦闘期間で33に上がっている。安全マージンは階層プラス10なので微妙に足りず、加えてクォーターポイントである事から他の階層より敵の平均レベルが若干高いので危険度も上がっているのだが、その分だけ得られる経験値量が多いため、あたし達はこの階層にいる。
加えてクエストをしているのは、報酬にコルだけでなく経験値も手に入るからだ。討伐系、収集系、採取系を一緒に受けているので、ここで複数のクエストを達成して一気に経験値を得ようという考えである。
これを考え出したのは当然キリトだ。彼も自分でやる事があるし、四六時中あたし達に付きっ切りというのも難しい。それにそう遠くない内に攻略組に参入するつもりであるあたし達が短期間で強くなるなら、クエストと実戦経験を同時にこなすというのが一番早道だったのだ。
討伐系クエストなら当然戦闘が挟まるので、経験は積めるしスキル値も上がるので、危険はあるが見返りは大きい。採取系も討伐系クエストを達成する傍らでドロップアイテムを収集し、フィールドに散らばる採取ポイントからアイテムを集める事で並行出来る。上手くいけば最低三つのクエストを纏めてこなせるという訳だ。
今のキリトは休暇で最前線から離れていると言えど、それも頻繁に行えるという訳ではない、そうなったらあたし達は必然的にキリト不在の中で強くなる方法を探らなければならない。
幸運なことにあたし達の知り合いにはトッププレイヤーが多いから強くなる秘訣や戦闘のコツを教えてもらえるが、強いからこそ最前線で戦わなければならない人々だ、彼ら彼女らの助力を願う事もあまり出来ない。皆が最前線で戦わなければクリアが遠のく、それは攻略組に入ろうと思っているあたし達にとっては本末転倒なのだ。
よってキリトが居ない間でも安全に経験値を稼げる方法の一つとして上がったのが、クエスト消化という訳である。
今は戦闘経験を積む目的もあるから圏外系のクエストを受けているが、安全を期するなら最前線の圏内で出来る生産クエストをやる方が見返りは大きい。まぁ、あたしの外見で色々と噂が立っているから、最前線の圏内クエストでレベルを上げるよりも、低層の圏外クエストで地道に経験値集めにスキル値上げ、素材集めをしているのだが。
「お疲れ二人とも。ソードスキルの立ち上げが自然になってきたな……本当に一週間しか経験が無いのか怪しいくらいだ」
そんなあたし達の付き添いとして、同時に指導官として同じ場所に来ているキリトが苦笑交じりに評価しながら近付いてきた。彼はこの低層では経験値を得ても殆ど意味が無いし、素材も必要としていない、そもそもあたし達の熟練度と経験値稼ぎが主目的なので戦闘にも参加していなかった。
ストレアさんは攻略組のメンバーとの親睦を深めて連携をしやすくする為にアスナさんに呼ばれたので、此処にはいない。この場にはこの三人だけだ。
本当ならキリトにも自分の事をして欲しかったのだが、あたしはALOでしていたにせよSAOでは初めて、更にシノンさんは記憶喪失でVRMMOをやっていたかどうかも分からず勝手が分からないから、レクチャーをする意味も含めて一緒に来ている。
……というのが本人から聞いている理由なのだが、正直アルゴさん著の攻略本をNPC経営の道具屋で入手しているからレクチャーも何も無いので、恐らくあたし達の護衛をしているのだと思っている。《圏内事件》でリズベットさんとシリカさんが誘拐され、あわや殺害されるところだったらしいのだから、それだけ警戒しているという事なのだろう。
シンカーさんを罠に嵌めてダンジョンの最奥に閉じ込めた《キバオウ》とやらも、ディアベルさんが事情を知ってから即座にキバオウ一派を除名し、軍の本拠地に居たメンバー――殆ど《徴税部隊》関係者――は監獄送りにしたものの、その首魁は行方知らず。更に大ギルドの中には《笑う棺桶》の幹部が居たのだから、低レベルながらキリト関係者であるあたし達は常に警戒しなければならないし、グリーンである誅殺隊にも関係者とバレると人質に取られかねないのだから注意しなければならない。
そもそも、その誅殺隊の概念的リーダーはキバオウらしいし、《聖竜連合》のリーダーリンドを含めて大半がそれに関係しており、更には多くの上・中・下層域のプレイヤーまでもが属しているとアルゴさんから教えてもらっている。リーダーがキバオウである事実はキリトは知らされていないらしいから秘密裏にだ。
そのキバオウが行方知らずとなって何処にいるか分からないから、少なくとも闘技場などで知り合いと認識されているだろうあたし達を護る意味で、彼はこうして此処にいるのだろうと、あたしは考えている。クエスト達成の補助や大量のモンスターが湧いたなど予想外の事態に備える意味もあるだろうが、大半の理由はこれに尽きるだろう。
とは言え、それをこちらに伝えていないのは不安にさせないつもりなのだと思うし、こちらとしても勝手が分からない新天地でのクエスト消化で戸惑う事もあるので、どちらにせよあたしはこの事について特に言及していない。心配してくれているのは嬉しいのだ。
その気持ちを抱きながら、褒められた事にシノンさんと共に笑みを浮かべる。
「プレイ時間こそ少ないけど、キリトの教え方が上手いから短時間で強くなれたのよ。一つ一つ丁寧に教えてくれるからね」
「丁寧、なのかな……すぐに実践させてる辺り、別のVRMMOプレイ歴があるリーファはともかく、シノンには雑な対応かなと思ってるんだけど……」
「雑なんて、そんな事思ってないわよ。ちゃんと一つ一つ教えてくれてるじゃない」
「……リーファの教え方を真似ただけだし……」
「だとしたらあたしより筋が良いよ。将来は教師を目指したら良いんじゃないかしら」
確かに、二日ほどの基礎的な訓練の後、あたしとシノンさんは《圏外》での戦闘を主として行っている。あらかじめキリトから訓練の概要を聞いていたそれを実行に移しただけだが、確かに雑に近いかも知れない。
しかし、キリトはキチンと訓練の意義と目的を説明してくれていた。戦闘に必要な知識が注意点を幾つも並べ、アルゴさんの基礎的内容の攻略本と階層ごとの攻略本で学ぶよう言って、ある程度の下地は整えてくれていたのだ。
『習うより慣れよ』、『何から何まで教えてもらっても身にならない』。
この二つの言葉はあたしの父方の祖父、あたしに剣道を教え込んだ人物がよく口にしていた言葉で、あたしから和人へ教えたものでもある。
剣道の世界は正にそれで、理屈の理解も必要ではあるがそれ以上に反復練習で剣の型を体に染み込ませなければならないのだ。あたしにはこれがよく合っていたので練習を続ける内に出来るようになった、辛い事もあったが、これの繰り返しで祖父は強くなったのだからと耐え忍んで続けてきた。
和人も、家に来て、あたしに教えを乞うてからは出来るだけそれを実践するようにしていた。反復練習、反省点の改善を繰り返して手合わせを続けていたのだ。
確かに最初は酷いものだった、何せ過去に道場に通っていたのは二日だけで、その殆どが教導とも指導とも言えない惨憺たるものだったから基本なんて一切身に付いていなかったのだ。
それでも体格と年齢、初心者という事を考えればむしろよくついて来た方と言える。あたしはまだ人に教えられる程度では無いと思うが、そんなあたしでも頑張って教えていたので分かった。
和人は物覚えは確かに悪い、人より若干慣れるのに時間が掛かる。
しかし反復練習を怠らずに繰り返すその執念と努力は誰よりも勝る。故に彼は、時間を掛ければ誰よりも上に立てる無限の可能性を秘めている。現に料理の腕など、長年続けている事もあってその歳に反してあたしよりも上手だ。
恐らくこの世界でも、彼がベータテストを経験し、一人でずっと何度も同じ練習を繰り返し続けて来たからこそ誰よりも基本が身に付いて、だからこそ他の人よりもレベルが高いし強く在れているのだ。そうで無ければ元ベータテスターだったという今となっては無いに等しくなっている要素を含めて、彼が最高レベルプレイヤーという事に繋がらない。
何て事は無い、誰もが地味だから嫌がる基礎の反復練習を怠らず、弛まず精進を続けていたからこそ強いのだ。
心の底から嬉しく思った。祖父とあたしの教えがこの子を強くしていっている、そして今を生きられているのだと思うと、本当にあの時、武道を教えて欲しいと頼み込んできた時に拒絶せず、しっかり理由を聞いて許可し、教え込んだ甲斐があったと思った。
そして、それを教えたあたしが、今ではかつて彼に教えていたように教えられる立場になっている。その事にも何とはなしに嬉しく思っている。
あたしとシノンさんは元々この《SAO》のプレイヤーでは無いし、ベータ版をしていた訳でも無いからこの世界の戦い方に慣れていない。この世界に迷い込んでから一週間、キリトや他の皆に師事し始めてから日々訓練は続けているが、それでもやはりまだまだというのは理解している。
あたしは《ALO》をプレイしていたからVRMMORPGの勝手はシノンさんより分かっているものの、やはり世界が異なれば根本的な戦闘方法も変わってくる。そういうシステム的なものは知識面で幾らか補えるものの、やはり体で覚えなければ頼りにするには足りない。ソードスキルの発動がその良い例だろう、アレは特定の構えを取らなければアシストが掛からず発動出来ないので、本当に体に覚え込ませなければ実戦では使えない。
故に、あたしとシノンさんが行っている鍛錬は、ある程度基本的なシステムと戦闘に慣れて以降は実戦方式を取っている。当然だがキリト監修だ。その一環がクエストという訳である。
「……教師、か……」
それら全部を踏まえて、キリトは教えるのがとても上手だという意味で教師職はどうかと言ったのだが……褒められているのは分かっているのか嫌な顔はしていないものの、酷く複雑な表情になってしまった。
それを見て、何か引っ掛かるものでもあったのだろうかとあたしとシノンさんは首を傾げる。
「キリト、どうかしたの?」
「……いや、《教師》というものにあまりいい思い出が無くて……」
「そう……」
シノンさんの問いに、キリトはそう言った。《教師》に苦手意識を持っているという事は、恐らく《織斑一夏》時代に虐げて来た者の中に教師が居たという事なのだろう。家族や地域の者達からもあの扱いで、何も問題として挙げられていなかったのなら学校もグルだった事は想像に難くない。
シノンさんもそれを察したようで、何か思う事があるのか複雑そうな表情で黙り込んでしまった。
「……でも、将来か…………確かに人に教えるのは好きだから、教師じゃなくても教えられるものが良いな」
その暗い空気を作り出してしまったからか、キリトが率先して空気を変えるためかそう言葉を発した。少しだけ明るく、どこか弾んだ声音なのは、ちょっと未来を夢想している故だと思いたい。
「教師じゃないのに教えられる職業……何かあったかしら、そういうの」
それにあたしも乗っかる事にして、一先ずクエスト達成に倒さなければならない最後の一体を探すべく歩き出しながら、疑問の声を返した。警戒は《索敵》スキルを発動して怠っていないし、周囲を見ながらなので肉眼での捕捉も出来るようにしつつの会話だ。
「別に教えるのが本筋じゃなくていいんだ。経験を積んで初めての人に教えられるんだから好きなものでも良いだろうし……俺なら、何になれるだろう……?」
「料理人じゃないかしら。私は知らないけど、あなたってリアルでも料理が上手でレパートリーも豊富なんでしょう? 超一流とかはともかく、料理店を営んだりは普通に出来るレベルだと思うわ。それで料理学校の教師にでもなったら、教えるのと料理を両立出来るんじゃない?」
「なるほど……リーファはどう思う?」
「あたしもシノンさんと同意見なんだけど……正直、あなたの剣の腕を考えると一緒に剣道場師範も良いかなぁと思ってるのよね……」
祖父が亡くなって、今でこそ門下生は和人一人だけ、師範代があたしで師範不在という有様ではあるが、祖父が生きていた頃は十人近い門下生が居たのだ。ISが広まってからは古くからの武道を軽んじ、鼻で笑う女が増えてきた影響もあって全国各地の道場が次々と看板を下ろす羽目になっているらしいが。
《師範代》桐ヶ谷直葉としては道場を復興したい気持ちも無くは無い、あるいは警察学校などの指導官も良いかなと進路を見据えているが、和人の義姉としては彼が好む家事……こと歳不相応に熟練している料理に携わる職を目指しているのならそれを妨げてまで押し付けたいとも思っていない。和人に似合うのは料理人で、個人的には一緒に剣を誰かに教えたいという感じだ。
それを伝えると、キリトは一瞬目を見開いてあたしを見てきて、すぐに視線を前に戻した。若干だが虚ろに空間を見つめていた。
「剣道場師範、か…………良いとは思うけど……俺の指導に付いて来てくれる人なんて、居るのかな……」
「っ……」
口から洩れたのは悲しみの言葉……それと共に僅かな羨望が感じ取れて、歯を食い縛ってしまった。内心ではあたし自身の浅慮を罵る言葉を連ねていた。
あたしは馬鹿だ。ただ問われた事、キリトに合いそうな将来の職業を口にしていれば良いだけだったのに、余計な事を言ってしまった。
彼にとってすれば道場なんて――龍韻さんと忽那さんはともかく――嫌な思い出しか無いし、周囲の人間は基本的に彼を軽んじている訳だから付いて来ないという意識が強いのだ。
それに彼の実姉は、神童の兄を保護する際に力を借りたドイツ軍に借りを返す名目で、一年間ドイツで教導官をしていた。上には上がいる事を知ってしまっている。家族には出来ない家事での教練ならともかく、秀でている方面での教練となれば、彼が二の足を踏んでしまうのもむべなるかな。
更に悪いのが、このSAOを生還した後の生活。
《ビーター》や【黒の剣士】が《織斑の出来損ない》であると周知である以上、生還後の生活が如何に苦しくなるかは想像もつかない。ここまで幼い子を虐げる事を平然と出来る者達なのだ、ネットワークにリアルの情報を載せる事も厭わないだろう、そうなってしまえば和人の未来は無くなってしまう。
差別、保身、嘲弄、憎悪……あらゆる思惑の結果、彼はどこのコミュニティに加えられなくなってしまう。仲間に入れたら後ろ指を指される、同じ職場なんて嫌、顔も見たくない……《学校》という閉鎖されたコミュニティ、《SAO》というコミュニティ、そしてそれより大きな《社会》というコミュニティでも、彼の扱いは変わらないだろう。何せ彼に付けられた《織斑の出来損ない》というレッテルそのものが《社会》によって付けられたものなのだから。狭いところから広いところに出た場合ならともかく、その逆で《社会》で付けられたレッテルは狭いコミュニティでも遺憾なく効果を発揮する。
学生から社員になった時に学歴が重視されないように。世界的に有名な社長が学生になった時に距離を取られるように。
《社会》で貶められた彼が、この狭い浮遊城で虐げられているように。
今と同じだが、この世界と違うのは、リアルは決して一人では生きられないという事。ソロプレイが成立するのなんてゲームだけ、そのゲームでも誰にも頼らないなんて難しいのだ、リアルで出来る筈が無い。働くにも必ず人に関わらなければならないのだから。
もしかすると、この話を始めた時にキリトの声が少し明るく感じたのは、これを理解していながら発したからなのかも知れない。彼が将来の夢を自らは語らず、合いそうなのは何かと問うてきたのは、未来に期待していないからかも知れない。
既に《織斑一夏》/《桐ヶ谷和人》の未来は、詰んでいるのだから。
何もかも関係ない人間によって左右され、定められているのだから。
何をしても、何を言っても、何も変わらない、変えられない未来しか、待っていないのだから。
だからキリトが始めたこの話題に、意味は無い。自分で可能性を狭めているのでも広めているのでもない、ただ圧倒的大多数の第三者が狭め、一つしか辿れないようにしているのだ。
それを彼は、ただ確認していただけだ。自らの生が行きつく先、可能性がある未来が消えるのを、再確認しているだけだ。
そして、その根源にあるのが《オリムラ》。彼を縛り付け、未来を消し去り、呪う、一家の血。
嗚呼、本当に、どこまで行っても、どこまでもこの子を呪う血が忌々しい。どこまでもその血を呪う、関係無く勝手に見下して囀る人間が憎ましい。どこまでも知らないで、彼の何もかもを好き好きに虐げる人間に殺意が芽生える。
そして、今も現実世界で青春を謳歌しているであろう、神童を……あたしは……ッ!!!
「リーファ、顔ッ」
「っ……!」
どす黒い思考に囚われていると、ふと真横からここ数日で聞き慣れた女性の声がした。目を向ければ、あたしの肩に手を置いて僅かに険しい表情を向けてくるシノンさんの顔。
短く伝えてきた内容から察するに、どうやらあたしは思考に没頭する余り表情に出ていたらしい。どんな顔になっていたかは分からないが、もしかするとキリトが見たら怯えるような、そんな怖い顔になっていたかも知れない。
チラリと先に歩いているキリトを見やれば、未だ彼は目を眇めたまま虚空を見上げていた。続けて視界の右上に表示されている時間を見るが、一分も経過していなかった。どうやら十秒にも満たない程度の思考だったらしい。キリトに見られていなかったのは僥倖と言えた。
数日前、《織斑千冬》が彼の見舞いに来た時から抱いていた苦悩を打ち明け、あたしの醜さを喜んで肯定してもらっていが……この感情ばかりは喜ばないだろうし、逆に哀しむ気がする。
彼は怒りを見せない。虐げられていた事も半ば当然の事として、『自分の何かが悪いのだ』という思考を当然のようにしていたのだ、怒りではなく諦観、悲観だった。そんな彼が殺意を抱くなんて事がある筈無い。悔しいとは思っても、見返すという気持ちは浮かんでも、誰かを殺したいほど憎む事があるとは到底思えない。
人を殺すのも、自身を貶めるよう誘導するのも、一人で生きるのも、全てはただ見知らぬ人々をも生かすため。その先、自分がどうなるかまでは考えない……《ビーター》の事で、あたしと会って懺悔した時のように。
「……二人とも、立ち止まってどうしたんだ?」
「ああ……いや、別に何でも無いよ。ちょっと連繋の事で相談してただけだから」
「そう……」
あたし達が視線を向けたからか、足音が止んだからか、不意に肩越しに振り返って、きょとんとした顔で問うてくるキリト。それにあたしはスラスラと嘘を吐いた。その嘘を彼は疑う事も無く信じ込み、また前を向いて進み始めた。
あたしはそれを何とも言えない心地で見ていたが、ふと隣で心配そうに見つめてくる彼女に苦笑を送ってから、キリトを追って歩みを再開する。シノンさんもまた何も言わず歩みを再開した。
ゴブリン討伐クエストが達成されたのは、この会話からおよそ十分後、ゴブリンの巣と思しき洞窟の中でだった。
***
『ギイィィィ……』
ゴブリンの巣らしかった洞窟の中にて、漸く討伐目的である最後の一体《ゴブリンソードマン》を討伐した事でクエストを達成した私は、ふぅ、と息を吐きながら周囲を見渡した。敵影が無いのを確認して、それから右手に持っていた赤い刃を持つ短剣を下げて構えを解く。
最後の討伐対象は槍のゴブリン《ゴブリンランサー》二体、片手棍のゴブリン《ゴブリンメイサー》三体、そして遠距離から攻撃してくる弓使い《ゴブリンアーチャー》一体と屯していたので、少々時間が掛かった上にちょっといた激戦になった。
ゴブリンを始めとする亜人型モンスターはALOにも居たようで、リーファはリアルで武道を習っているという事で槍使い二体と片手剣使いのゴブリンを相手し、キリトがサポートで片手棍使い三体を抑え、残る弓使い一体を私が相手する事になった。
厄介なのが遠距離から次々と矢を射てくる事だった。直線的で読み易いとは言え、それなりの速度で次々に飛来する矢を避けながら接近するなど、つい最近まで戦闘経験皆無だった私には困難だった。時間を掛けている間にリーファは他のモンスターを次々と倒し、キリトが抑えていたモンスターも倒してしまい、弓使いも囮を引き受けてくれた。彼女が居なければ、私はこのまま回避し続けるだけでジリ貧に終わっていただろう。
このSAOに遠距離武器は数える程しか無く、残弾無制限武器はチャクラムのみ、それも耐久値と攻撃力の兼ね合いでメインウェポンにするにはどうしても足りない。牽制するなら良いのだろうが、威力が足りないからボス戦では使えないのだ。それに放っている間は無防備になるので接近戦にも弱くなってしまう。
この辺のデメリットを解消しているのがキリトの《ⅩⅢ》にある炎のチャクラム《エターナルブレイズ》だ。彼の武器はHPと連結しているから耐久値全損が無いし、威力に関しては闘技場のホロウや地下迷宮のモンスターやボス戦を退けられる程らしいから言わずもがな、接近戦にもしっかり対応出来ると至れり尽くせり。アレは遠距離武器の類でありながら、持ったまま攻撃可能な近接武器でもあるのだ。
キリトの技術が軒並み高いという事や戦闘経験、センスがあるという事もあるだろうが、さっきの《ゴブリンアーチャー》で私が苦戦してしまったように、基本的に遠距離武器はこの世界では強いと言えるだろう。距離さえ空いていれば一方的に攻撃が可能なのだから、当たるかどうかはともかくとして。
「……ねぇ、キリト、あなたの《射撃術》のソードスキルには、二丁ボウガン専用と弓専用のものがあるのよね? 多分二丁ボウガンはあなたのそれしかこの世界にはないと思うけれど……弓は他に無いのかしら。無ければソードスキルなんて出ない筈だし」
「あ、それあたしもちょっと気になってた。ALOでは一応あるんだけど、そういえばこっちでは無いの?」
つい先日出現したばかりな上にそれからも殆ど鍛えていない彼だが、最前線を凌ぐ程の高レベルダンジョンに潜り、更にはボスを一人で相手したせいか、彼が新たに会得したユニークスキル群は軒並み熟練度が上昇していたと聞いている。
あまり細かい部分はゲーム経験が少ないから分からないのだが、嚙み砕いて彼が説明してくれた話によれば、全てのスキルにある熟練度は最高値が《1000》で、そこまでいけば完全習得、あるいはコンプリートと呼称するという。ゼロから始まり地道に上げていき、最初は上がりやすいものの、五〇〇~六〇〇を超えた辺りからは上がり幅が小さくなるという。
レベル差でも勘案されるらしく、自身より強敵ならば熟練度はその分上がり幅が大きくなるという。強敵なら倒すにも攻撃回数が多くなるため、それもあって一気に熟練度が上がるというのだ。
自身より弱い相手では上がり幅は小さくなる、攻撃回数も少なくていいからさらに上がりにくいのだとか。下限はあるのだろうが、何十体も狩った末に一上がるかどうかという酷いものなのだそうだ。
よって必然的に、第一層の頃から超高レベルのキリトは攻撃回数、それとエンカウント回数を増やさなければならない。しかもレベルが圧倒的なのだから、その苦労は大変どころではないだろう。そんな事を攻略情報収集と常に並行して行っていたというのだから、今更ながら常軌を逸している。
それはともかく、そういう法則がある中で彼は先日、ボスとやり合った。自身より低いとは言え、熟練度上昇にはボス補正というものがやはり掛かっているらしい。更に熟練度は取ったばかりで低かったのだから上がりまくって、一気に全ての熟練度が半分を突破したというのだから、どれだけ攻撃したのか気になった。
聞くところによれば、彼の周囲に召喚した武器が纏めてフルボッコにしていたとか何とか……恐らくスキルに対応した武器で攻撃していたから、自動的に上がったのだろう。どれだけキリトの方が強くても、熟練度はほぼ無に等しかったのだから、それくらいは起こってもおかしくはない。
そんな訳でユニークスキルの多くで、熟練度上昇によって多くのユニークスキルとパッシブスキルを習得したと教えてもらった。
その中には《射撃術》のソードスキルもあった。このスキルは、彼の二丁ボウガン専用……かと思えば、何と通常の弓を用いたソードスキルもあるという。それを聞き、今回ゴブリンの弓使いと相対して、私は少し思った事があった。
《射撃術》ソードスキルを使用するにあたって、装備するべき武器カテゴリは《弓》だ。二丁のエネルギーボウガンもカテゴリとしては《弓》だが、ソードスキルではボウガンと弓とでそれぞれ分けられているように感じた。
ここで更に着目したのはキリトが最初に手にしたユニークスキル《二刀流》だ。《二刀流》は片手剣同士だけでなく、片手剣と曲刀、細剣と片手棍というように種々様々な組み合わせが存在し、それぞれの片手武器ソードスキルと、両手で放つ二刀ソードスキルが存在している。それは半ば武器に依存した専用スキルと言っていいだろう。
つまり、二丁ボウガンだけでなく弓限定のソードスキルがあるのなら、もしかすると探せば《弓》カテゴリの武器を見つけられるのではないかと私は思ったのだ。
勿論、現状《弓》カテゴリの武器が彼のエネルギーボウガンを除いて他に無い事を承知の上だし、遠距離武器が恐ろしく少ないという事も理解しての考えだ。投擲用のピックや小剣ならまだ手に入れやすいものの、チャクラムはそのレア度から個数そのものが少ないと聞く、だがそれは少ないであって手に入れられれば誰もが使えるものだ。
ならば、何かしら条件を満たせば遠距離武器の《弓》を扱えるのではないか。私はそう推察していた。
更にこの考えをひと押ししたのが先ほどのゴブリン。
このゲームのコンセプトはキリトが何度か言っていたように《フェアネス》だ、故にプレイヤーだけで無く武器を持った亜人型モンスターならソードスキルも使ってくる、強ければ中位、稀に上位ソードスキルを使ってくる事もあるらしい。そして先ほどのゴブリンは弓使いだった。
剣、槍、棍使いはプレイヤーにもいるが、弓使いはキリトが《射撃術》を手にするまで誰もいなかった。これはフェアネスとは言えないだろう。所々妙だと思う事が増えてきているこの世界だが、基本骨子は茅場晶彦だ、故に普通のモンスターならフェアネスが基本の筈。もっと上層であれば『難易度が上がっただけ』と済ませられるが、ここはまだ第一クォーター、しかも弓使い自体は第三層に出てくるエルフに存在する。元ベータテスターが居るからと言っても、やはりフェアとは言えまい。
ならば、もしかすると《弓》武器は当初から存在だけはしているのであって、その存在を未だに誰も見つけられていないだけなのではないだろうか。
その考えを、ゴブリンがドロップした《弦の切れた弓》という素材アイテムをリザルトで確認しながら問うと、キリトは戦闘が終わって肩に留まったナンの頭を軽く撫でた後、難しい顔をした。
「うーん……俺も各階層の主街区の表通りや裏通りの店を何度か回ってるけど、武器として扱われてる《弓》を見た覚えは無いな」
やはり情報通なキリトと言えども見た事は無いらしい。武器として、と限定しているのは多分たった今手に入れたドロップ品の事を考えての発言だろう。
「そう……キリトって割とクエストを受けてる方なんだよね? 何処か地位のあるNPCからクエストを受注した事って無い?」
「あると言えばあるけど、回数そのものは少ないな。エルフの集落や街でも見た覚えは無いし……多分その辺はアルゴやエギル、ユウキ達の方が多いと思うけど、それがどうかしたのか?」
「いや、地位のあるNPCの屋敷の中に飾られてたら、それ関連で何かクエストが起きないかなと思って」
「ああ、そういう……残念だけど俺は覚えが無いな。というか、シノンはいきなり何でこんな事を?」
「いや、プレイヤー側は《弓》が使えないのはフェアネスじゃないなと思って、それで気になったのよ」
キリトに問われ、それから私が何故こんな事を問うたのか、そこに至るまでの事を全て伝えた。リーファはフェアネスどうこうの辺りで確かにと頷いていて、キリトは私の話に耳を傾けて相槌を打って、思考を回転させているようだった。
全てを話し終えた後、キリトはさっき以上に難しい顔つきになっていた。
「なるほど……確かに、《エナジーシューター》を得たのが《射撃術》取得の条件なら弓限定スキルは要らないし、フェアネスにはならない……ふむ、少し本気で調べてみようかな」
「え……えっと、キリト? 何でそんなにやる気なのよ?」
帰路に就くべく、洞窟を進んできた道を辿って歩き始めたキリトを追って私も歩きながら問うた。私の考えは確かにフェアネスどうこうなどで考えると合っているかも知れないが、見当違いという可能性もあるのだ。徒労に終わるかも知れない事をしようとするし、何故かやる気を見せた事に、私は首を傾げてしまった。
そんな私を、彼は周囲を警戒しながら肩越しに首だけ巡らせ、視線を投げてきた。
「仮に《弓》のスキルが誰にでも習得出来る事が分かれば、攻略も安定する。これまで前衛だけで戦ってた面々に習得させれば、熟練度を上げるのや戦い方の変化で最初はもたつくだろうけど、順応してからはボス戦が楽になる。後ろに下がってポーションで回復している間は遠距離戦、回復したら接近戦が可能だ。即効性の結晶アイテムが使えないと予測される以上は時間経過回復のポーションに頼らざるを得ない、その変化に付いていけないでボスレイドが瓦解、潰走……」
そこまでスラスラと言っていたキリトは、ふと前方に視線を戻した。その先には、刃毀れした直刀を持つゴブリンが一体。こちらを見つけ、グゲゲッ! と声を上げて駆け出した。
「それに、潰走はまだ良い。死者が出る可能性が高まるのも、まだ最悪じゃない……最悪なのは、結晶無効か空間のボス部屋に閉じ込められて、撤退出来なくなった場合だ」
そう言った彼は、口を噤んだ後、右手に烈風を纏った藍色の長槍を喚び出した。その槍の穂先から反対側の柄先まで覆うように展開されている風が、穂先のみに収束され始める。
風なので無色透明だが、勢いこそ緩やかなれどそれそのものの密度は凄まじいのか空間が揺らいで見える風が収束した長槍。
限界まで風が収束し、穂先が揺らぎすぎて原型を見れなくなっている長槍。それを右手一本で持った彼は、緑色の光を引きながら《ゴブリンソードマン》袈裟掛けに放った《ソニックリープ》を半歩後ろに下がるだけで擦れ擦れながらも躱し、反撃とばかりにゴブリンに長槍を突き刺した。
「爆ぜろ」
短く、低く、冷たく放たれる言葉。それはゴブリンに対してでもあり……収束した風に対してでもあった。直後、緑肌の亜人に突き立てられた部分から爆風が放たれ、亜人は断末魔を上げる事無く蒼い結晶片へと散った。
ここ数日で彼が編み出した技だ。炎の戦輪、水の細剣、風の六槍、地の斧剣、氷の盾はそれぞれ、彼が強く想起した形にある程度沿って、それぞれの属性を以て対象を攻撃出来る事が判明したのだ。システムに設定されたスキル通りでは無く、彼が思い描いたように運用出来るのである。ボウガンのエネルギー矢も極限まで集中した状態であれば軌道を曲げたり、一本の矢を分裂させたり出来るとも聞く。
その一つである槍を以てゴブリンを屠った彼は、それを振り払いながら構えを解き、それに、と徐に再び話し始めた。
「シノンの適正は短剣と長槍……間合いの取り方から見れば中・遠距離武器に適していると言える。だから《弓》が使えると分かれば、それは最適だろう後方支援が出来るという事になる。リーファは前衛向き、シノンは後衛向き、俺がいない間のレベリングパーティーの構成としては理想的と言えるから。欲を言えば盾役に一人ないし二人居れば安定するんだけどな」
早口にそう締め括ってから、彼は再び歩き始めた。
それを受け、臨戦態勢を取ったままだった私とリーファは顔を見合わせ、苦笑を浮かべてしまった。
彼は先に攻略組としてメリットを口にし、それから早口で私とリーファへのメリットを口にした。彼がやる気になっている理由を両方言った形になるのだが……どちらが彼にとって本音であるかなどすぐに分かってしまった。どうやら彼は、親しい者が絡むと嘘が極度に下手になるらしい、誤魔化そうとしても出来ていない、むしろ墓穴を掘ってしまっている。最後のそれは、口にしなければ分からなかったと言うのに……
本音を悟られまいと隠そうとして逆に露見してしまっている部分に年相応の至らなさが感じられて、どこか安堵を抱いた。子供らしくない思考や立ち位置にいるキリトだが、キチンと子供らしいところもあるのだなと、それをまた一つ発見出来たからだ。それが全く無かったら逆に不安になってしまう。
「……行きましょうか」
「……そうね」
リーファも同じだったようで、彼女は嬉しそうな笑みを浮かべ、彼を追おうと促してきた。それに私も笑みを浮かべながら頷いて、二人で彼の後を追った。
***
今後の方針がある程度定まった攻略組はその多くが情報収集やレベリング、武具の強化を主として各々好き好きに自己強化に励んでいる。
俺は斧戦士というタンクプレイヤーではあるが、商人プレイヤーの側面もあってアスナ達に比べて突出したレベルは持っていない。一応ボスレイドに参加出来る平均レベル以上を維持してはいるがそこまで特記戦力という訳では無い。勿論腐れ縁なクラインやランにユウキ達にはセンスという部分で劣るものの第一線で戦える程度の実力も維持しているし、商人プレイヤーも何も日がな一日街中に引き籠っている訳では無く、フィールドへ採集に出掛けたり、当然ながら迷宮区攻略だって何時ものメンバーで参加するから、余り引けは取っていないだろう。
それでも劣ると感じるのは、やはり商人という副業も兼ねているからだ。
と言うか、俺がSAOで商人プレイヤーとして成功している理由の七割にキリトが関わっている。
キリトはこれまでの階層ボス戦全てのLAを取って来ている豪傑だ、アスナやユウキなどは『LAボーナスの神が憑いているに違いない』と言っている。まぁ、蓋を開けてみればなんて事は無い、全てキバオウやリンド達の不始末に対処する形で一気に勝負を付けに向かった結果、謂わば副次的なものなのだ。
フロアボスというのはHPが半減のイエロー、三割以下のレッドになる度に行動パターンが切り替わる。例えば使用されるスキルの間隔が短くなって攻撃が苛烈になったり、ステータスが一部上昇したり、今まで見られなかった攻撃手段を用いて来たり。
当然その行動変化のラインは既に誰もが知っている事だが、それによって引き起こされる現象にアイツらは碌に対応出来ないのである。それによってかなりの被害を被った事が第二十五層であり、キバオウが率いていた軍のメンバーが大勢HPを全損させて死んでしまい、一度戦線が崩壊し掛かった。その時にキリトが自殺紛いの特攻で一気に勝負を仕掛けに出て、事無きを得た。アレは無謀とも言えたが、逆に言えばあそこで終わらせられた事を考えると良かったとも今なら思う、躊躇していれば犠牲者がまた出ていたに違いなかった。また再挑戦ともなっていれば確実に《アインクラッド解放軍》は最前線から身を引いていただろう、何せ激高したキバオウが突貫しかけていたのだから。
言っては何だが、キリトとキバオウとで強さを較べれば、経歴を考慮せずとも圧倒的にキリトの方に軍配が上がる。それはレベルだとかの範疇では無く、先天的や後天的を抜きにしてもうセンスの問題だと思えた、あるいは生やプライドでは無く強さに対する執念の為せる業か。
何だかんだで第一層の頃からの付き合いの縁があってか、俺が商人として動けるように色々と裏で動いてくれたのもキリトだった。
MMOの装備品の作成には一定の共通性が見られる。金属鎧なら金属インゴットを、革鎧なら動物の革を使用し、ポーション系なら薬草などを用いるといった鉄板とも言えるセオリーだ。
装備の強化にはそれに類する素材やモンスターのドロップ品を必要とする。また、それらの強化、作成にはそれに対応したスキルも必要となる。
装備強化に必要とされる素材には、強化に絶対必要であり俗に《必要素材》と呼ばれているもの、強化成功率をブーストする目的で使用する《添加素材》の二種類存在する。また武具の作成にはインゴット一つで済むが、そのインゴットの特性と入手出来る階層ランクによって出来上がる武器の攻撃力や重さ、耐久性が左右されるので中々の経験を要される。強化の場合、普通に冒険していれば前者は普通に手に入るが、後者はブースト確率を限界まで上げるとなると努力して集めなければならない。
効果の高いポーション系の素材もここは同様だ、特に回復手段は貴重なせいで市場にも出回りにくいし、オークションや個人経営の道具屋で売りに出ていても割高になる。
武具はぶっちゃけ店売りでも何とかなるが、回復アイテムの場合は探索に出た時の収支によっては購入出来ない可能性すら出て来る。俺はその未来を危惧し、早めに対処する為に数少ないプレイヤーの故買屋商人として身を立てる事にした。
それで目を付けたのが、上記の素材アイテムだった。最初は素材やドロップ装備などを売りに出そうとしていたが中々集まらず途方に暮れていた所にキリトが現れ、どうしたのかと問われてから事情を話せば協力すると言って、色々と融通してくれたのである。曰く、持っていても使わないなら役立てて欲しい、だった。それが第二層攻略開始から三日目の事である。
《ベンダーカーペット》という、地面に敷いたカーペットの上ならアイテムの耐久値等が損耗しないアイテムも譲ってもらったので、俺は行商が出来るようになった。あんなレアアイテムをどこで手に入れたのか非常に気になる所だったが、キリトは曖昧な笑みでそれを誤魔化しているため、一年半が経つ今でも謎のままだ。
そして攻略組にも知られる商人となった最たる要因……それは、キリトがボスのLAボーナスのユニークアイテムを初めとしたレアアイテムをちょくちょく売って来るからだった。
勿論俺ばかり売られていては独占していると取られかねないので、キリトは他にもアルゴを介して《血盟騎士団》、《聖竜連合》、《アインクラッド解放軍》、《スリーピング・ナイツ》、《風林火山》などの大手は勿論、アルゴが交渉する中小ギルド、あるいはソロプレイヤー達にも売っている。
親しいギルドにすらアルゴを介するのは、親しいからこそ変な疑いを持たれない為の措置だ。
金さえ払えば自身のステータスさえも売ると噂されている――本人曰くそんな事はしないらしい――アルゴは、信用あるSAO最大の情報屋プレイヤーであり、彼女の情報は攻略組の生命線となっている。何せキリトが集めて来た情報を唯一グローバルに発信する存在であるため、彼女と一切交渉出来なくなるのは死人が出る事に繋がるからだ。勿論本人も人死になんて出したくないと思っているので情報のストップはしないのだが。
そんなアルゴは誰にでも平等に情報を以て商売をしているので、逆に言えば誰にも肩入れしないという事としても捉えられる。彼女は実際キリト擁護派だが、世間的には反キリト派として捉えられているので、キリトにだけ有利な交渉はしていないと思われているのだ。実際していない、というかキリトの方がそうしているらしい。
で、ギルド相手にはアルゴを介さなければならないが、俺は故買屋であるため直接関わりがある商人という事になる。レアアイテムは殆ど店舗に置いているので脅そうとしても意味は無い――そもそもボスレイド参加メンバー常連だから出来る奴が少ない――し、俺を敵にしたらそれこそ馴染みのアイテムも売られなくなる事から誰も敵に回そうとしない。アルゴよりも俺は相手しやすいと思うので尚更だ。アルゴの方が割高という事もある。
そんな事情があって、俺はキリトというレアアイテムを持ってくる顧客が居る為に多くのプレイヤー相手に商売が出来る程に身を立てられた訳であるが、俺とキリトの関係はそこまで深いという訳では無い。多分ヒースクリフやディアベルよりも関係は薄いと思う。
キリトは俺を怖がりはしないが……何と言うか、話すきっかけが無いと会話が成り立たないのだ。クラインはレクチャーの関係性があるし、ヒースクリフとディアベルは同じ片手剣使いだったり気を遣ったりなどで親しいようだ、攻略組を仕切っている立場だから話しかけてもおかしくは無いのもある。女子メンバーに関しては言わずもがなである。
俺は殆ど商人としてしか顔を合わせない事もあるから、キリトの方が色々と他の事を気にして一線引いているような感じがするのだ。故買屋商人という立場と、あいつの《ビーター》という立場がそうしているのだろうと思っている。
なので、大抵キリトが俺の店を訪ねてくる時はアイテムの売買に尽きた。それも一人だ。
「エギル、今いいか?」
「ん? おお、キリトか。ここに来るなん、て……」
「「こんにちは」」
ここに来るなんて久しぶりだな、と言おうとした所で、扉を潜って俺が第五十層《アルゲード》の猥雑とした裏通りに構えている小さな店舗に入って来たのがキリトと肩に留まったナンだけでなく、更に二人いる事に思わず固まってしまった。
一人は金髪碧眼、緑と白を基調に緑衣に身を包んでいる耳が尖ったアバターの少女《リーファ》。もう一人が長いビンを白いリボンで結わえた黒髪に弓使いらしい緑と黒を基調とした軽装の少女《シノン》。どちらも見知ってはいるものの、そこまで親しい間柄では無い状態の人物だった。
「……エギル、何で二人を見て固まったんだ?」
「お、おう……いや、キリトが誰かと店に来たのが初めてだったのが予想外で、つい……」
「え? ユウキさんやアスナさん達と来た事って無いんですか?」
「コイツが売ってくれるモンは一点物か、そうでなくてもレア物ばかりだからなぁ……」
一応キリトの名誉の為に言っておくと、キリトが一人で来るのは何も《ビーター》だからだけでは無い。立場的にも、商談の内容的にも、聞き耳立てられてたらマズい。だから故買屋に来る連中は大抵一人、誰かと居ても離れた場所にいるのが常となる。なので別に一人で来るのも別段おかしいという訳ではない。
だが俺と親しい連中、もっと言えばキリト擁護派の面々は仲が良いという事もあって基本複数人で来る。ヒースクリフとアスナ、ユウキとランとサチ、クラインと仲間の五人。ディアベルは一人の事もあるが、割とアルゴと一緒に来たりする。大体そういう時は軍の情報部と擦り合わせを行った後だと聞いた。
なので厳密に言えば、あのキリトが誰かと来たという点で俺は驚いたのである。
「キリトって、どれくらいレアドロップを取ってくるんですか?」
「ん? まぁ、俺の他にも回してるから頻繁じゃねぇが……平均して二週間に一回くらいか? 多ければ十日に一回もあるな」
「大体は迷宮区の宝箱、それとフィールドボスやフロアボスから手に入れてるからな。二週間もあれば二、三層くらいは上がる。むしろ一週間が経っても迷宮区にすら入れてない今が例外なんだ……それはともかく、ちょっとエギルに訊きたい事があるんだ」
「俺にか? 俺になんて珍しいな……」
俺が情報関連で頼られるのは実質初めてになるだろう。攻略情報は除くとして、クエスト情報ならアルゴが提供しているだろうし、武器関連の世話はリズベットがしている、俺がするとすれば提供されたレアアイテムの売れ行きや各ギルドの感じなどだが、後者はアルゴがやってしまっている筈だ。まともにするとなれば回復アイテムの補充くらいなもの。
そんな俺に訊きたい事なんて珍しいどころでは無く、これは厄介事かと思って身構えていた俺に、《弓》カテゴリの武器を探している、とキリトは言って来た。どうやら多くの商人プレイヤーと顔見知りだから見聞きした事があるかもと思ったため、俺のところに来たらしい。
ちなみにリズベットのところには行っていないようだった。木製と思しき《弓》カテゴリの武器を《鍛冶》で作れるとは思えないから、だとか。キリトも《鍛冶》スキルで一応確認して作れない事が分かっているため、一先ず後回しという事らしい。
キリトが《弓》を探す理由は攻略組の事とシノンの事情両方を聞いた。多分シノンの事が本命だなと思いつつ、俺は記憶を探り、店のストレージにそんなものがあったかなと考えつつ、カラカラとメニューを繰っていった。
俺は雑貨屋とも言えるもので、回復アイテムは勿論、武器防具に装飾品、中には食材なんかも取り扱っている。これまで《弓》を使えていた話は一切聞かない、故に仮に使えるのだとすれば、今はその武器が骨董品か何かとして扱われ売買されている可能性が高い。俺はそんな代物も扱っているからキリトはここを訪れたのだ。骨董品の中に混じっている可能性を真っ先に考えたからだろう。
「うーむ……悪いが、それらしいモンは無いな」
「そうか……でもソードスキルにはあるから、多分システム的に存在自体はしてる筈なんだよな」
「それは間違いねぇな、無いモンでスキルなんて出来る筈が無い」
ソードスキルは、スタッフがした動きを洗練させたものだと聞く、つまり元があるのだ。ソードスキルだけ設定して武器だけしていないなんてポカをやらかすとは思えないし、ソードスキルを設定するなら武器が無ければできないのだから、辻褄が合わなくなる。
ソードスキルがあるなら、対応する武器も必ずあるのだ。
とは言え、その場所がどこか分からない以上はどうしようもなく、けれどその手の話を聞いた事が無い古参のSAOプレイヤーである俺とキリトは腕を組んで首を捻るばかり。
「……あの、ちょっと思ったのだけど、木製の武器っていう事は……それに関するスキルもあるの? 木工とか」
「ん? ああ、まぁ、そりゃあるな。《木工》スキルは確かにある、木を伐採する事で木材を手に入れて装飾品に加工するプレイヤーなら稀にいるぞ。《ウッドクラフター》って言われてるが……ありゃ取ってる奴は少ないだろ。俺は聞いた事が無い」
「俺も無いな……ふむ、それにしても《木工》スキルか。ひょっとするとそれが《弓》を作成するスキル、なのか……?」
「だが、それなら今までそれを取った連中の中に騒ぐ奴がいると思うが……」
「何か特殊な条件が必要なのか……あるいは、《木工》スキルを取った上で何かしらの条件、クエストを突破する、とか? 現に《体術》スキルはクエスト突破報酬だった訳だし」
「なるほど……」
剣を主体としたこの世界で《両手剣》と《刀》がエクストラスキル扱いではあるもののテーマに沿っている。反面《体術》スキルは無手、つまり剣を持たないスタイルという事で補助的な役割になっていて、どうしても片手武器を装備した状態から繰り出さなければ有用とは言えない。
《弓》という遠距離武器は魅力的ではあるが、近接戦に弱い事からどう足掻いてもこの世界のコンセプトに沿う事になる。
それを考えれば、《弓》と《体術》は似通っている部分があるから、クエスト達成で習得という可能性も無くは無い、むしろ十分あり得るだろう。
「もしかしたら、何かのスキルの組み合わせかな……」
「どういう事?」
「プレイヤーのスキル選択には、どうしてもセオリーというものが存在するんだ。戦闘職は生産系や趣味系を取らないし、金属鍛冶屋が《木工》スキルを取らないといったように。誰も好き好んでセオリーから外したがらない、それはイコール死だから」
逆に考えれば、情報屋が提供していたり俺達がセットしているスキルの組み合わせから外れた何かの組み合わせで発生する可能性があるという事だ。リーファもそれを分かったらしく納得の表情を浮かべ、シノンも朧気ながらに分かったようで頷いていた。
「生産系、それも《木工》スキルなんてマイナースキルを取る奴は少ないだろうからな。別に武具を作れる訳じゃなくて装飾品しか作れないし、それなら《細工》スキルがあるからどうしても見栄えや性能で劣っちまう。エルフ族も、牧歌的というよりは中世の戦争みてぇに殺伐としてたから猶更だろう」
もしも第三層~第九層まであったキャンペーンクエストが、森エルフと黒エルフの戦争などではなく穏やかなものだったり、街の中にいるNPCもエルフばかりで如何にも森の民と言わんばかりに和やかなものであったなら別だっただろうが……ほぼ一切そんなものは無かったし、このデスゲームを生きる為に性能が最低な木製装飾品を身に付ける者なんて居ないから、自然と《木工》スキルを取る者は激減していった。
現にここ一年以上、俺は木製の装飾品の類を見た事が無い。それはつまり、一線級のウッドクラフターが居ないという事でもある。もしも《弓》のスキル習得が《木工》を極めているとかであれば確実にゲームクリアの方が早いだろう。
それを言うと、キリトはやっぱりなぁ……と明らかに落胆した風に肩を落とした。
「でも……《射撃術》にも《弓》を使う以上、少なくとも入手に関して《木工》完全習得は無いと思うんだよな……」
「……確かになぁ……」
《射撃術》を入手したのは闘技場《個人戦》という激闘の果てだ、それで《木工》スキルを完全習得なんて条件は鬼畜に過ぎるだろう。今までの感触からして、恐らくどこかの階層にスキルを解放するクエストがあるのだとは思うが……
「……とにかく、俺の店に《弓》は置いてねぇし、知り合い連中のところでそれらしい話を聞いた事も無ぇ。今まで出回ってねぇって事は、どこかの骨董品屋にでもあるのかも知れねぇぞ。一回探してみたらどうだ?」
「そうだな……探してみようか。ありがとう、エギル、参考になった」
頤に指を当てて考え込んでいたキリトが一つ頷きながら俺を見上げて笑みを浮かべ、礼を言ってきたのを見て、変わったものだと思った。つい半年前には今にも死にそうな程だったのにこの変わりようだ。
「いや、俺は大して役に立ててねぇさ……んで、俺の店に来たのはアイテムの補充もあるんだろ? そっちなら力になれるぜ」
キリトの礼にそう返しながら、俺は笑みを浮かべ、リーファとシノンへと視線をやった。それから二人は新たな顧客としてアイテムの市場価値などを学び、キリトからもアドバイスを受け、多くのアイテムを購入してここでの用を済ませた三人は出入り口の方へと向かった。
「エギルさん、ありがとうございました」
「また入り用になったら寄らせてもらうわ」
「またな」
「毎度。今後とも、贔屓にしてくれよ」
立ち去る三人の背中にそう声を投げた後、扉は閉じられた。
それから俺は、再び在庫整理を再開したのだった。
はい、如何だったでしょうか。
サブタイトル、良い意味かと思いましたか? 残念、現時点ではお先真っ暗です。裏技は茅場晶彦と篠ノ之束と織斑千冬の鶴の一声……なのでしょうが、茅場は絶賛犯人扱い、束はIS事情で表に出れない上に身元バレる、千冬が庇ったら藪蛇、和人の未来は静観しても暗闇状態です。それがどうにかなるのはSAO後かと。
さて、今話では《弓》についてかなり言及しました。中世風ファンタジー世界に《弓》が無いのは確かにおかしいですが、《鍛冶》で出来るのもおかしいですからね……
どうなるかは今後です。
そして初のエギル視点、如何だったでしょうか。性格は出ていましたかね。彼があまり関わらないのは、こういう理由があったからです。
更新速度が落ちていますが、何とか出していきたいと思いますので、これからも本作をよろしくお願いいたします。
では、次話にてお会いしましょう。