インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

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 どうも、おはこんばんにちは、黒ヶ谷・ユーリ・メリディエスです。

 第一章のサブタイトルから分かる通り、今話からSAO入り致します。

 ただタグに原作準拠やHF版SAOとあるように、基本は原作小説&ゲーム沿いになる予定なので、流れそのものは同じになります。そこを心情描写などで変えていければなと思っています。

 文字数は約一万。

 ではどうぞ。オール和人&キリト視点です。


 ※2017年12月17日加筆修正




Sword Art Online ~孤独のデスゲーム編~
第一章 ~Welcome to Sword Art Online~


 

 

 2022年11月7日。

 俺が《桐ヶ谷和人》と名を改めて生き始めてから、早一年が経った。

 同時に、世界を震撼させる二大要素の片割れ、ISと同じ日本発祥のゲームジャンルVRMMOのサービス開始日でもある。

 タイトルは《ソードアート・オンライン》。名前の通り剣で戦う事を主軸とされているゲームで、魔法的なものは戦闘からほぼ一切を抜いた中世的な世界観のだ。

 ちなみに俺はこれのベータテストを経験している。

 何故なら俺を養子として引き取ってくれた《桐ヶ谷翠》こと義母さんが、偶然抽選に当たっていたからだ。俺はベータテスト抽選開始時刻と同時にPCのボタン押したし抽選はがきも一枚出したのに、どっちも抽選から外れていたから、後からその抽選はがきを一日遅れで適当に気が向いたからと出した人が当てた事実には目を剥いた。

 そうして俺は《ナーヴギア》とSAOのβテストロットを手にした。

 《ナーヴギア》の年齢レーティングは13歳となっているが、それでも俺がプレイしていた。直姉はゲーム苦手だからと俺に譲ってくれた。今の家に引き取られて初めてと言えるくらい『やりたい』とせがんだ事が決め手だったのかもしれない。

 そんな訳で俺はベータテストをプレイしたのだが、ゲームそのものを初めてまともにする事も相俟ってとても楽しかった。

 《ソードアート・オンライン》はレベル&スキル制のゲームシステムを取っている。単純に戦えば強くなるレベル制で、セットしたスキルに対応した行動をするとスキル熟練度が上がって新しく強力なスキルを習得できるというシステムだ。レベルが一つ違うだけでも結構な差が出るので、レベリングはとても大事である。

 そう考えていた俺は、興奮も手伝って来る日も来る日ものめり込んだものである。あまりにプレイし過ぎているため一度直姉からお説教されたくらいには嵌っていた。

 これまで生きて来てそこまで一つの事に集中した事が無かった。そんな俺がそうなるくらいだったのだから、SAOの魅力というものがそれほど多かったのだと思う。とにかくもう夢のようで、俺の心に蟠っていたストレスがすかっと解消されていく気がしていた。

 あくまで気がするだけなのが悲しい所だけれども。

 そのSAOも、二ヶ月に渡るベータテストが終了して暫く経ち、サービス開始が今日の午後一時。

 俺が桐ヶ谷家に引き取られたのは去年の同日午後五時半。あの日は相当暗かったらしいのだけど、冬の入り始めの中でも曇り空だったからか相当暗くなるのが早かったという。

 

「和人? どうしたの?」

 

 リビングのソファでぱらぱらとSAOの雑誌を眺めていると、集中していない事に疑問を憶えたのか、右隣に座る直姉が話しかけてきた。

 直姉は今年中学一年生。

 俺は去年の十一月に引き取られ、三学期が始まる一月上旬に、当時直姉も通っていた小学校へ編入した。学年は三年だ。その年に直姉は卒業し、中学へと通い始めたので、少し寂しくも感じる。

 まぁ、毎日顔を合わせるし、直姉も剣道部の練習が終わってからは構ってくれるので、そういう意味ではとても満たされている。少なくともこれまでの生活と較べれば圧倒的に幸せだ。

 人並みに遊べて、人並みに勉強出来て、人並みに構ってもらえて、人並みに見てもらえる。

 全部『普通』の事なのだろうけど、それは今までの俺には無いものだった。だからこそ幸せを感じる。

 でも、それを言うのは気恥ずかしかった。

 

「んー……早く始まらないかなって」

 

 だから丁度手に取っていた雑誌のメインを言って誤魔化した。気もそぞろなのは、早くプレイしたいとそわそわしているからと、そう勘違いしてくれる事を願って。

 その願いが届いたか、直姉は柔らかく笑んだ。仕方ないなぁ、と言いそうなくらい穏やかな笑みだ。

 

「なるほどね。和人って凄く楽しみにしてたもんね、SAO」

「そりゃもう! あのときの感動と言ったら、もう言葉にしたくとも出来ない感じだよ! ゲーム世界で体を自由に動かせるのって、現実ではあり得ない動きも出来るから夢みたいなんだ!」

「ふふ。はしゃいじゃって、もう」

 

 こつん、と額に指を当ててくる直姉。

 直姉の身長が一五〇センチほど。俺と三十センチくらい差があるから、見上げなければならない。けど、これくらいの方が姉という感じはする。

 まぁ、男子でもかなり小柄な俺からすれば、大体の人は皆年上に見えるのだけど。今のクラスでも結構女子に背を抜かれてるから。男子用の青いラインのシューズを履いていないと素で女子に間違われるのは勘弁してほしいと思う今日この頃である。

 

「確かSAO開始って一時からだっけ?」

「あ、うん。だからあと二十分くらいかな……」

『次のニュースです。国際IS委員会の指示で、日本政府の管轄によって建造・新設されたISについて学ぶIS学園は――――』

 

 若干遠い目をしつつ受け答えしていると、イヤでも意識せざるを得ない内容が耳に入ってきた。

 なんとなくで点けていたテレビ画面にISが映っていた。流れている内容はIS学園のコマーシャル。

 ISはアラスカ条約で規制されてはいるものの、乗り手自身が色々と理解しておかなければいけない事が沢山ある。それを学ぶための高校がIS学園だ。何年か前に東京からモノレールを繋いだ沖合に人工島を造って、今年漸くそこに建てられたらしい。

 

「IS、か……」

「……和人」

 

 不安げに眉を顰める直姉。

 テレビを見ながら、大丈夫、と俺は返した。

 今家に引き取られてから二週間が経つまで、俺はISの話を聞くだけで頭痛がして、酷ければ気絶までしていた。

 医者の話によると、それは俺の元家族である織斑家に対する悪感情と、『家族愛に対する深い欲求』と『欲求に対する返し』によって、特に後者によって引き起こされていたものらしい。

 実際俺は実の家族に見捨てられているし、それからISに纏わる研究の被験体にさせられていた。それ以前に女尊男卑風潮や家の事もあって酷い事もされていた。それがトラウマとして残っているからああなっていたという。錯乱しなかっただけまだ凄い、とは掛かり付け医の弁だ。

 現在は長期的な投薬と事情を知っている掛かり付け医のカウンセリングによって落ち着いているから、こうしてコマーシャルを直に見てもなんとか平静は保てるようになっている。

 それでもやはり人が大勢いる場所は苦手なままだ。学校も、デパートも、駅や病院も、どこだろうと人が居る限り苦手意識は変わらない。誰かも知らないのに一方的に罵倒され、時には殺されかけた事もある。その経験から俺は《広場恐怖症》という症状が見られているらしい。

 対人恐怖や人間不信になっていないだけ凄いとは義母さんや義父さんの弁である。直姉は掛かり付け医からその話を聞いてから、とにかく色々と良くしてくれていた。

 普段義母さんは情報誌関連の仕事で帰りは遅く、納期が近付くと仕事場で寝泊まりする事も多い。義父さんはアメリカの証券会社に勤めているので普段居ない。

 だから俺の面倒は直姉が一番見てくれている。

 自然、俺の状態に関しても、直姉が一番知っている。

 

「大丈夫……今の俺は、織斑一夏じゃない。桐ヶ谷和人……直姉の、弟だから」

 

 ――――正直な話、この言葉も、ここに来て一月経つあたりまでは自信を持って言えなかった。

 これまで俺は――――《織斑一夏》は誰にも認められず、また誰にも必要とされなかった。認められる前に弾かれて、必要とされる前に無用と断じられ、結果を見せる前に不出来と言われていたから。

 家事は出来る。生きる為に必要だったから。

 でも勉強は出来ない。誰も教えてくれなかったから。

 努力はした。それでも俺の努力は、周囲の期待に応えられなかった。だから不出来と言われた。だから不要と言われた。俺よりも優れた人が兄と姉に居たから。

 だから俺は俺自身に価値を見出せていなかった。

 ただただ家族を求めて、それだけのために頑張っていただけだった。

 家事を始めたのは、生きる為。でも腕を上げたのは、実の姉が忙しそうにしていてマトモに食事を摂っていないように見えて、美味しいご飯を食べて欲しかったから。実の姉にそれを褒めてもらった事は無いけれど、同時に罵倒された事も無い。実の兄は頻りに『マズい』と言って残していたが、見捨てられる前辺りは完食していたので、腕は上がっていたのだと思う。

 けれど、家事は一緒に暮らす人にしか分からないものだ。

 社会を生きていくには能力が必要になる。家事だけでなく、勉強や運動だ。それら全て、俺は世界的に有名な実の姉や地域的に有名だった実の兄に劣っていた。

 けど、そんな俺を、母さんや父さん、直姉はは受け入れてくれた。俺そのものを見て、ちゃんと評価してくれた。

 心のどこかでは、何時の日かかつて経験したように手の平を返され、悪罵と暴力をぶつけてくるんじゃないかと怖く思っている。

 けど家族は、三人だけは俺を、絶対に息子や弟と見てくれると言ってくれたし、織斑一夏としての俺も肯定してくれた。

 それが堪らなく嬉しかった。

 どうして俺は、桐ヶ谷家の本当の子供じゃないんだろうと、一度言った事があった。夢に見たのだ、かつての生活の夢を。今の生活が周囲によって壊される夢を。

 怖かった。恐くて怖くて、けど夢の中の俺は、何も出来ずに蹲るだけだった。助けてと、泣き叫ぶだけだった。けど、誰も手を差し伸べてはくれなかった。母さん達は、俺を攫った黒い奴らに連れ去られていったのが見えた。織斑一夏という存在のせいで。

 それを話した時、父さんと母さんからは左右別々に頬を叩かれ、直姉からは額にでこピンを喰らった。最後に三人揃って、俺を抱きしめてくれた。家族は血の繋がりだけを言うんじゃない、心で繋がっても家族なんだと、そう言われた。

 それから俺は、自信を持って、桐ヶ谷和人だと言えるようになったのだ。

 

「……うん」

 

 俺の頭を撫でてくれる柔らかい感触がした。

 かつてから今も交友がある友達に綺麗だと褒めてもらって伸ばしている長い黒髪が、さらさらと俺の首筋を揺れて掠める。

 この髪は、正直なところあまり好きではない。男子なのに女子みたいに髪を伸ばしていると言ってきて、虐められるから。それを直姉には明かしていないが。

 でも、直姉はこの髪を好いてくれている。綺麗だと言って、よく櫛で梳かしてくれる。

 それが堪らなく心地よくて、一度もされた事なかったから嬉しくて、最初は切ろうとしていたこの髪も未だ伸ばしたままだ。髪を梳いてもらうのはお気に入りなのだ、それを喪いたくない。

 それから数分、俺は直姉に体を寄せ、頭を預けていた。直姉はそんな俺の頭を撫で、手櫛で優しく髪を梳いてくれていた。

 リビングにはテレビの音しか立っていないけど、この沈黙がとても心地よかった。

 でもそれも、そろそろ終わりだった。もうそろそろ午後一時になるから。俺はSAO正式サービスの為に、直姉は午後の部活の為に動かなければならないから。

 

「……じゃあ直姉、俺はもうそろそろ行くよ」

「ん……わかった。確か、ナーヴギアを無理矢理外しちゃダメ、なんだよね?」

「うん。脳の電気信号を読み取って仮想世界で動くらしいから、いきなり取ると酷い後遺症を残す恐れがあるって言ってた」

「わかった。あ、でも午後六時半までにろぐ……あうと? しないと、剥がしちゃうからね?」

「ん、りょーかい!」

 

 冗談だと分かっていながらも脅迫めいたことを言ってくる直姉に、俺は苦笑を浮かべながら返す。それからリビングを出て、すぐの階段をとんとんと軽やかに上る。

 二階に上がった俺は自分に宛がわれた個室に入り、涙滴型のフォルムを持つ仮想世界へとダイブするのに必要なハード《ナーヴギア》を被ってベッドに横になる。ケーブルなどの準備は既にオーケーだ。抜かりはない。

 電源が入った《ナーヴギア》のバイザーの右上には、現在の時刻がデジタルチックなフォントで表示されていた。

 その数字が《13:00》になる。

 

「――――リンク・スタート!」

 

 その瞬間、仮想世界へダイブする為に必要な文言を口にする。

 直後、色とりどりの長方形が奥から手前に流れてきて、五感のセットアップ完了のシークエンス、パスワードとアカウントIDコードを入れるシークエンス、ベータテストのデータ引継ぎのシークエンスを終了させる。

 ベータテストから引き継げるのは残念ながらアバターの容姿だけなので正直引き継ぐメリットは皆無に等しいが、慣れ親しんだ手足や体なので俺は引き継ぐ選択をした。

 それらの設定を終えた後、俺は剣の世界へと魂を飛翔させたのだった。

 

 *

 

 蒼い光に包まれながら転移した俺が目を開けば、見慣れた肌色のレンガ通りに黒い四角柱のオブジェ、そして黒い天蓋に背後には黒いドーム、中世の町並みが視界一杯に広がっていた。

 視界左上には【Kirito】の六文字と、緑色のバーが。視界右上には現在時刻が表示されている。

 手をぐっと握ると、現実と遜色無く違和感も無いながらも、茶色の革の指貫手袋に包まれた手の感触がした。

 服装は灰色のインナーに焦げ茶のズボン。簡素な革鎧をベストのように着ている。

 何よりも、背中に一本の片手剣が吊られている。

 肩掛けベルトによって感じる重みを懐かしく感じつつ、漸くSAOに戻って来たのだと実感する。現実で武道の鍛練をある程度している身とは言え、金属製の直剣を振るなんて現実では中々体験出来るものではない。

 

「よし……まずは、アイテム補充に行こう」

 

 ログインしたてでも一応最低限の武具は揃っているが、与えられているのは《片手剣》の初期武器スモールソードに体防具、脚防具程度。インナーはほぼ防御力皆無なので、本当に必要最低限しか配布されていない。

 代わりに所持金は1000コルもある。《コル》はSAOでのお金の単位、一円=一コルと考えられるものである。初期配布のこの額で回復アイテム類を揃えろという事だ。

 ちなみにだが、最初に配布されている初期武器や防具類は、この街の店限定で別の売り物と交換してもらえる。この街の武具店では初期配布の武具と同ランクのものしか無いが、それを逆手にとって選んだ武器やスタイルによって装備を変える必要がある為の措置にしているらしい。

 なので初期配布武器は《片手剣》だが、《細剣》や《短剣》、《曲刀》など他の武器のスキルを取るのであれば、スモールソードと引き換えにスキルに見合った武器を交換出来るという訳である。

 尚、現状のSAOで課金システムは備わっていないとされているので、この世界で強くなるなら地道にモンスターを倒すしか無い。つまり最初でけつまずくと後がない。

 出来るだけコストパフォーマンスの良い買い方をするらめに、あまり知られていない表通りよりも定価が安い店へ向かう。

 ちなみに、現在地点は全部で百層からなる浮遊城の第一層、その中でログイン直後に降り立つ街である。名称は《始まりの街》。武器屋に防具屋、アイテム屋、素材屋、料理店、宿屋などあらゆる基本的な施設がこの街には揃っているので、βテストの時には余程の事が無い限りこの街は最前線の街や階層に負けず劣らず活気に溢れていた。この正式版でもきっとそうなるだろう。

 

「おーい!」

 

 それを思い出しながら進んでいると、明らかに俺の方に向けられた男の呼び声が耳朶を打った。

 走るのを止めて後ろを見ると、どたどたと慣れてない足取りで走ってくる赤いバンダナにさらさらの赤い髪の男がいた。爽やかな顔立ち武将をした男性で、身長は多分一八〇はある。俺より六十センチも大きい。

 必然的に俺は男性を見上げた。

 

「えっと……俺?」

「そうそう、あんた……いや、君か?」

「……まぁ9歳だし、君で合ってるかな……」

「……ナーヴギアのレーティングって、確か13だろ? 親御さんは?」

「やりたいってせがんだら許してくれた」

 

 多分本当はダメなんだろうけど、俺の境遇を思って許してくれたんだと思う。義母さん達には本当に頭が上がらない。

 

「……ま、まぁいっか。えっと、それよりお前さん、その迷いの無い走りをするんだ、ベータテスターじゃないか? てかその年齢ならそうだよな?」

「そうだよ」

「なら話は早い! 頼む! VRそのものが初めてなんだ、レクチャーしてくれ!」

「分かった」

 

 ぱんっ! と両手を合わせて拝んでくる男性に、俺は軽く頷いた。

 その反応の速さにか、それとも軽さにか、男は恐る恐る頭を上げてこちらを見て来る。

 

「……頼み込んどいてなんだけどよ、マジで良いのか?」

「構わないけど……あ、でも訳あってパーティーは組めないけど、それでも良い?」

「ああ、全然構わないぜ! ……けど、パーティー組めないって、何か不具合か? もしバグだったら運営コールすりゃ直してくれるかもだぜ?」

「いや、バグじゃない。ただ……俺の、問題なんだ」

 

 人が怖いだなんて、言える筈が無い。

 心を読んだわけではないだろうけど、彼は人の心の領域への入り方と身の引き方を知ってる人だった。そっか、とだけ言って、納得してくれた。

 彼はクラインと言うらしい。良い名前だと思う。

 彼と武器屋に行って適当に武器を選んでいく。クラインは曲刀カテゴリのカトラスを、俺はもう二本片手剣を買って、あとは二人揃って六個ずつポーションを買った。即効性のある結晶系アイテムがあれば安定性が増すのだが、結晶アイテムはかなり上層にならないとドロップも買えもしないのだ。

 ちなみに緊急脱出用であり主な街へと瞬時に移動できる転移結晶なんてアイテムもある。もっと上層じゃないと手に入らないし滅茶苦茶高価だけど。

 一通り準備を終えた後、街の外へと早速出た。クラインは曲刀を右手で引っ提げ、俺は片手剣のスモールソードを二本、両手で持っている。

 

「キリト、確かソードスキルってなぁ、決められた装備じゃないといけないんだろ? それだと出来ねぇんじゃねぇのか?」

「確かに出来ないよ。でも俺は一層から三層までならソードスキルを使うより、むしろこっちの方がスタイル的に良いんだ。これでベータでも荒らしたから。デュエル大会で全戦全勝したら出禁喰らったし……」

「うおぉ……まだ小っちゃいのにやるなぁ……」

「一応リアルでも武道習ってるから。といっても剣道と柔道と空手と合気道と剣術だけだけど」

「いや……いやいやいや、そんだけやってりゃ十分だろ。てかお前の家鬼だな?!」

 

 ただ強くなりたいからしていただけだし、それに家にあった本を参考に我流で学んだだけだ。

 直姉に多少相手になってもらって、強いと褒めてもらった時は嬉しかった。

 

「んー、俺が望んだ事だからそれは違うような……まぁ、そんな事は今は良いよ。丁度良い事にそこにアインクラッド第一層名物の青イノシシ《フレンジー・ボア》が居る訳だし、さぁ、早速さっきのレクチャー通りにやってみよう!」

「おう!」

 

 ――――と、意気込んだは良いものの、クラインはソードスキル発動モーションの検出で引っ掛かってもたもたしてしまい、青イノシシの攻撃を諸に受けてしまう。一撃で三割ほどが削られていた。

 その後も繰り返ししていたけど、全然成功しない。俺が近くの青イノシシを纏めて散らしてる間にも、彼はスキル発動だけは手間取っていた。

 

「うーん……クライン、剣を振る時に何を考えてる?」

 

 どうにも違和感があったから訊いてみた。

 クラインの体捌きは直姉に較べればやはり拙いし、βテストで見て来たハイレベルプレイヤー達と較べても無駄が大きい。SAOを手に入れられたから《ナーヴギア》も購入したらしいので、本当に今日初めてVRを経験する事になる。だから馴れていない。

 しかしそれだけでは無いように思えた。ソードスキルを発動するには、慣れも必要ではあるが何よりも忠実さを求められる。システムが規定している構えを取らなければ発動しないからだ。

 ここでスキルを使おうとしている人が何を思考しているかが重要になって来る。分かりやすく言えば、ソードスキルのシステムをどう捉えているかが鍵となる訳だ。

 ソードスキルはあくまでシステムアシストが無ければ成り立たないもの。プレイヤー主体では無く、これはシステム主体。だからプレイヤーがシステムに合わせなければならないのだ。

 

「何って……スキルを出す! みたいな感じじゃないのか?!」

 

 その意図を持って質問すると、彼は青イノシシの突進をひぇえ?! と頓狂な声を上げて避けつつ、答えた。

 それを聞いて、やっぱりか、と納得を抱く。

 

「クライン、腕だけ合っててもダメなんだ。腰と足の捻りも合わせないと」

「え?」

「うーん……見た方が早い、かな。今から曲刀スキルのリーパーの構えを真似するから、見てやってみて」

 

 そう言って俺は右肩に剣を担ぎ、両足の膝を曲げて腰を据え、左半身を前にして左手を胸に当てるようにする。

 それをクラインが真似すると、曲刀の曲がった刀身が黄色の光を帯びた。

 

「今だ!」

「う、おりゃああああああああ!!!」

 

 ずぱぁんっと初めてにしてはかなり上手い一撃が入り、残り四割へとHPを減らしていた青イノシシは、ぷぎぃ?! と涙っぽいのを流しつつ消えた。

 青イノシシって怖い時は怖いのに、どこか可愛いげがあるように思える。名物扱いされてるだけはある。

 

「や、やったぜ! 倒したぞキリト!」

「うんうん、おめでとうクライン。でもまぁ、今のってほぼSAO最弱なんだけど」

「うえぇ?! マジかよ?! おりゃあてっきり中ボスクラスかと……」

「レベル1の初心者の出発地まん前に中ボスは無いんじゃないかな……?」

「そこは、ほら、チュートリアルみてぇによ……」

「じゃあクラインは激弱設定のチュートリアルモンスターにすら倒されかけるほどの強さってこと?」

「……もう俺の心のHPはゼロです、勘弁してくれ……」

「あはは、冗談だよ」

 

 情けなくイケメン武将の顔を泣き顔にする彼に、俺は軽く笑った。

 そう笑っていると、俺より遥かに大きい大人の彼は悪戯めいた笑みを浮かべて脇の下をくすぐってきた。

 

「ん、くぅっ、ははは! ちょっ、やめ……!」

「大人をからかいやがったな、この!」

「こ、の……クライン、お返しだ!」

「おっと」

 

 やり返そうにもあちらは手足が俺より長く視線も高いから、俺の動きは簡単に読まれてひょいと避けられてしまった。ムキになってこしょばそうとするも、クラインはひょいひょいと軽やかに避ける。

 そんな事を数分も続けていると、いつの間にか夕陽が地平線へと降りようとしていた。茜色に周囲が染まっている。気付けば何時間もクラインと一緒に狩りをしていたらしい。

 

「おっ、見ろよキリト、綺麗だぞ」

「ふーっ、ふーっ……うー、そうだね……」

「ははは。そう不貞腐れんなって」

「誰のせいだよ、誰の」

「キリトが大人をからかうからだぜ?」

「……言い返せないのが余計ムカつく」

「くくっ」

 

 イケメン顔を笑みで緩めるクラインの横に立ち、俺は一緒に夕陽を見た。

 クラインはどさっと地面の草の感触を味わうように座り、茜色の夕陽を見る。遠くの空には数羽の黒い鳥が飛んでいた。遠目に見ても結構な大きさという事は、アレは恐らく大人よりも遥かに大きい怪鳥という事になるのだろう。

 アレがモンスターなのか、それとも《クリッター》という背景的な動的オブジェクトの扱いなのかは分からないが。

 

「ほんとスゲェよなぁ……この世界を作ったヤツは。ISを作った篠ノ之束もスゲェけどよ、こっちも相当スゲェぜ」

「……そうだね」

 

 本当にそう思う。

 天才はどうしようもなく凄い事をやってのけて見せる。それが堪らなく羨ましくて、妬ましくて、でも素直に称賛出来る。

 

 ――――どうして、こんなにも差が出来ているのかな……?

 

 思い浮かべるのは血の繋がりがある元家族の二人。同じ親から生まれた筈なのに、年の差があると言えど大きな差があるくらいの出来を考えて、不平等だと思えてしまった。

 天才の才能も最強の才能も、どちらも等しく妬ましい。

 努力しているとは分かるけど、それが実を結び、それを評価されている事が羨ましい。

 仮想世界は敵を倒せば経験値を得てレベルが上がり、装備を強くすれば強くなる。極論時間を掛ければ掛けた分だけ強くなる。

 でも現実世界はそうではない。

 ままならない。

 

「キリト、お前ぇ、大丈夫か? いきなり暗くなったぞ?」

「……ん」

 

 現実世界と仮想世界の違い、才能の不平等さについて考えていると、こちらの雰囲気の変化を察したのかクラインが声を掛けて来た。人が好い性格だとは思っていたが、碌に知らない人に心配を向けられるくらい良い人なのだなと分かる言動だ。

 どうか、《織斑一夏》を嫌悪する人でなければいいのだけど……

 

「……茅場晶彦は、何でこの世界を創ったのかな……」

「ん? どういう意味だそりゃ?」

「……どういう意味、なのかな…………自分でも分からないや……」

 

 茅場晶彦。

 《ナーヴギア》の基礎設計者にして《ソードアート・オンライン》で初めて表立った脚光を浴び始めた、天才ゲームデザイナーにしてアーガスという企業の社長。電子工学では随一とさえ言われていて、ISの生みの親の束博士と良い勝負が出来るほどらしい。

 噂では、茅場晶彦と篠ノ之束の二人は個人的な友人関係があるとか。根も葉もない噂だが。

 そんな茅場晶彦には天才ゲームデザイナー、企業の社長といった肩書きがあるが、俺が彼の唯一の記者会見の映像を見て聞いて思ったのは、孤独な天才というものだった。

 どこか彼の目は此処ではない何処かを見ていて、魂は此処ではない何処かに囚われている気がした。誰にも理解されない苦しみというのだろうか、虚無感というのが当て嵌まるそれが、感じられた。

 だから俺は疑問に思っていた。あんな人がゲームという一つの括りで終わらせる筈が無い、と。確かに俺はVRMMOの虜になって興奮しながら意気揚々とこの世界に来たけど、それ以外にも彼の真意が気になったのだ、何故孤独な天才の茅場晶彦は、この世界を創ったのか。

 《ソードアート・オンライン》のキャッチコピーに、『この世界はゲームだが、遊びでない』というものがある。これが俺の中で非常に引っ掛かっている。

 何か、何か重大な事が起きようとしているような、そんな嫌な予感がしている。背中を這い上がり、体中を這い回り、足元の大地が崩れ去って俺達を奈落の底へ突き落とそうとする、そんな何かが……

 

 






 はい、如何だったでしょうか?

 和人がSAO入りを果たしたのは、拾われてから丁度一年後、つまり九歳になった日です。《ナーヴギア》を被れるのかとかはこの際考えないようにしてください、顎下のハーネスで固定したと納得しておいてください。

 さて、今話では原作キリトの良き理解者であり、超ホワイトギルド《風林火山》の未来のリーダーであるクラインが登場しました。

 私、結構彼の事が気に入っており、おちゃらけた二枚目な所も含めて好きなキャラです。割と埋もれがちですが、ここぞという時は頼れる兄貴分です。

 そんな訳で、人を警戒しているキリトも若干心を許しています。

 キリトの口調は男らしいものと子供らしいものの二つあり、これが混在している状態になっています。違和感があるかも知れませんが、どうかご了承下さい。


 では次話にてお会いしましょう。


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