インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

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 どうも、おはこんばんにちは、黒ヶ谷・ユーリ・メリディエスです。

 久し振りの連日投稿です、モチベーションの上がり下がりに波があるのが難点ですね……しかも二つ前の話ではドシリアス可能性宣言していたのに、今話は全然シリアスしてないし。

 まぁ、ある意味でほのぼのではあるんですが。

 さて、今話は前半キリト、後半ユウキ視点です。まだ《弓》は手に入りません、その前段階です。ユウキが登場するのはそれに関わっています。

 ついでに、カリスマお針子の裁縫職人アシュレイも登場です。

 ではどうぞ。




第三十七章 ~《弓》クエスト発生~

 

 

 割と骨董品が埋没している事が多いエギルの店に訪れたものの、顔が広いエギルも流石に《弓》について見聞きした事は無かったらしく、骨董店を当たればいいのえではという案が出ただけに終わった。

 まぁ、エギルの店にはリー姉とシノンの顔見せとアイテム補充を目的に立ち寄った部分もあったし、完全な無駄足という訳では無い。

 それに一応の収穫はあった。エギルはかなり顔が広い商人で、利益の多くを中層以下のプレイヤーへの支援にディアベルを仲介して行っているという。一般的情報は軍が扱っている事からも、エギルの言は多くのプレイヤー達の間で《弓》を見聞きした事と同義と言っていい。つまり人が多く通る表通りの店やプレイヤー武具店に《弓》は無いという事になる。

 となれば、あとは人目に付かない裏通りにひっそりと店を構えている所くらいだろう。

 まぁ、見つけるのも行くのも手間なのだが、俺は当分諦めるつもりが無い。シノンとエギルに語ったように、仮に多くのプレイヤーが遠距離攻撃を可能とすればボス戦でとても優位に立てるし、俺が居ない間の二人のレベリングも捗る。

 俺は何時死ぬとも知れない状況にある。正確には殺されるか分からない、か。ヒースクリフ達から信頼を得ている事、攻略組の一員である事、俺の戦闘能力が現状群を抜いて高い事で積極的に命を狙われてはおらず、今のところ平穏ではあるが、何時それが崩されてもおかしくない立場にある事は変わらない。

 特にモルテのように、俺の親しい者を人質に取られたら下手に動けない。あの時は離れたところにある剣を俺の意思で動かし、俺を囲んでいた者達の動揺を誘った事で何とかなった、《ⅩⅢ》の特性がまだ広く知れ渡っていなかったからだ。今も一応まだ知られていないが、遅くとも《レイド戦》では明かす事になると予想している。

 故に、あの時のような手は恐らく二度と使えない、それを込みで人質を盾に扱うだろう。そうなってしまえば俺はもう抵抗出来ないに等しい。雨のように武器を降らせる攻撃は確かにえげつないし殲滅に向いているが、あくまで殲滅であって、救助戦や誰かを守りながらは扱い辛いから中々使えないのだ。あの時はリズベット達が地面に伏していたし、一箇所に集まっていたから使える手だった。

 よって俺が居なくなった後も攻略が進めるように、俺はシノンの事もあるが攻略組の事を考えて《弓》を探していた。そのためならどんな労力も躊躇わないし、俺に出来る事であれば最大限それを果たすつもりだ。

 その一つが《弓》のスキル発見。

 恐らくエクストラスキルの類であると考えているが、その出現条件が不明だ。《両手剣》は《片手剣》を鍛えていたら時期はランダムであるものの出現する、《刀》も《曲刀》を同様、《体術》は第二層にある特殊クエストをクリアする事で得られる。

 《弓》の前身、というかカテゴリ的には遠距離攻撃が出来る投擲武器、つまりは《投擲》スキルなのだろうが、俺はすでに《投擲》スキルを完全習得しているから多分そこからの派生では無い。スキルの組み合わせによる出現というのも、そもそも何が関わってくるのか不明だ。

 もしかしたら、俺が闘技場《個人戦》突破で得た九つのユニークスキルのように、武器を入手してから手に入れる類のものなのかも知れない。

 今は一先ずその考えを以て、第五十層のうらぶれた通りを、ナン、リー姉、シノンを伴って歩いていた。

 

「ね、ねぇ……キリト、本当にこの先にお店があるの……? こう、何と言うか……物凄いうらぶれてるんだけど……」

 

 一応この道に入って、行き着く先の店で何をするつもりなのかは話しているから付いて来ているが、それでもやはり薄暗いうらぶれた道に不安感を抱いているようで、リー姉が微妙な表情で訊いてきた。

 

「まぁ、骨董品が置かれてる……つまりシステム的にも、そこまで《大して価値が高くない品物》を置いている店だし、物好きでも無い限り必要性皆無だからなぁ……」

「そんなところに《弓》なんてあるのかなぁ……?」

 

 小首を傾げながら言う金髪の妖精。その言葉に、俺は苦笑を浮かべて肩を竦める。

 

「さぁ、そこまでは。でも俺もここの骨董店を訪れるのは二、三ヵ月ぶりだし、ひょっとしたらあるかも知れない。スキルが無いから《価値が高くない》であって、今の俺達にとっては正に掘り出し物……ある可能性は極僅かだけどある」

 

 本当に極僅かではあるが、全くないという説も確立していない以上は可能性として存在するのだ。ならばそれに一縷の望みを掛ける価値は十分あるだろう。シノンが考察し、エギルと話したように、あの理屈であれば無いほうが妙だ。

 《射撃術》のソードスキルとして弓限定のものがあるのだから、必ずどこかにある。

 まぁ、俺にしか扱えないものだったりしたら、それこそお手上げで諦めるしかない。故に多くの人に呼び掛けるという事が出来ない。余計な混乱を招くし、期待させておいて無かったではどうなるか分からないので、するつもりも無いけど。

 

「……あ、着いた。ここだ」

「「……えぇ……」」

「きゅぅ……」

 

 会話している間にそれなりに進んでいたようで、《アルゲード》迷物の迷い小路の中にある隠れた骨董店の前に着いていた。その建物は二階建ての一軒家で、泥や煤で薄汚れた外観なため、外から見たらただの民家にしか見えない。

 二人は店と言うからもうちょっと『らしい外観』を考えていたらしいが、そのギャップに変な顔で唖然とした声を上げた。心無し、初めて来るナンも微妙な鳴き声を上げている。

 ここを見つけたのは第五十層の街を開いてから数日後、つまりシリカに会う二、三週間前という事になる。その間に散策しまくった俺が、この家屋の住人、同時に骨董店の店長である人物からクエストを受け、それを達成した事で利用が可能になったという経緯がある。

 ちなみにクエストそのものは掲示板に載っていた普通のものだったが、ユニーククエストだったようで報酬がとてもよかった。ソロである限り取得経験値が上昇し、同時に全ステータスが微量上昇する効果を持つ指輪装備《孤独の指輪》が報酬だったのである。今でも装備しているメインの指輪だ。

 まぁ、早速開店した骨董店の品揃えは決して当時最前線だったとしても良いとは言えなかったが……仮にここが何かの新たなクエスト開始点だったとすれば、あるいは《人々が使わない品》という扱いアイテムが売られているとすれば、《弓》が置かれている可能性も無くは無い。あれから半年も時間が経っているのだし、俺も顔を出したのは口にしたように二、三ヵ月前の事。あったとしてもおかしくは無い。

 そう考えつつ、微妙に尻込みしている二人を先導するように、俺はシミが浮いている木製の扉のノブを回し、扉を開ける。

 

『……いらっしゃい』

 

 すると、来客を感じ取った店長NPCである焦げ茶色のローブを纏って白い髭を出している男性老人が、陰気に来店の挨拶を掛けてきた。内部の間取りはコンビニエンスストア一軒分、カウンターは店の奥だが、そこ以外は棚や座敷の上に乱雑に様々な品が置かれている状態だ。

 雑多、あるいは混沌。そう表現出来る内装だろう。ここに役立ちそうなものが置いているとは到底思えない様相だ。

 更には扱っている品物の見た目が色々とアレで、持ったら呪われそうな人形だとか、意味無さげな呪具っぽい壺だとか、ボロボロの刀剣や鎧、あるいは巻物だったりと統一性が無いのも拍車を掛けている。ゲーマーであると自負する俺は物色してみたい欲求に駆られるのだが、二人はそうでも無いらしく、触れないように絶妙に距離を取っていた。

 

「……私、一人だったら絶対此処に来ないわ、入ってもすぐに出る……」

「そもそもここが店だなんて分からないし……普通気付かないよ、ここ……」

「だからこそ、ここにあるかも知れないんだ」

 

 俺が知る限り、第五十層は猥雑としていて好みが分かれるものの、アイテムの流通などは一番盛んだと思っている。やはりそういう雰囲気というか、テーマっぽいのがあるからだろう、アイテムの売買はここでする方が割とあっさり行く事が多いのだ。だからエギルもこの街に店舗を構えている。

 それに、この《アルゲード》は《始まりの街》程とはいかないまでも相当広く、通称迷いの小路は街の半分以上を占有する程だ。迷う上にうまみも無いとなれば散策するようなプレイヤーはいない。よってこういった店は見逃されるし、小路に入らなければならない圏内クエストは《アインクラッド》で最も不人気な街になっている。

 第五十層迷宮区を早々にマッピングし、第二クォーターだから時間を掛けてレベリングをする方針になった後に俺とアルゴで圏内クエストを進めた末に、偶然ながらボスの情報を得られた辺り、とてもいやな調整をしていると思う。好き好んで小路に入る者がいるとも思えない。

 まぁ、その物好きが俺なのだが。

 

『……ん? そこの黒髪のお嬢さんや、ちょっといいかね?』

「え……わ、私?」

「俺は男だぞ。NPCが性別を間違える筈……無い、だろ……」

「……何でそこで詰まるの?」

「いや……昔、居たなと思って……」

 

 とてもNPCとは思えない黒エルフの女性騎士が一人ほど。彼女は最終的に俺が男であると認めてくれはしたものの、そこまで至るのにかなりのやり取りをしたものである。いや、あれは半ばからかいが混じっていたが。

 NPCだし、その女性騎士が関わるクエストを終了してもう関われなくなった今、その人物をリー姉達に紹介する事は叶わないのが残念だ。

 と、一先ずそれは良い。問題は、何もしていないシノンを見た瞬間、老人NPCが話しかけた事だ。見れば老人の頭上にはさっきまで見えなかった金色のクエスチョンマーク……すなわちクエスト始動前兆を示すマークが表示されていた。

 

「い、いや、それは良い。とにかくシノン、話しかけられるという事はNPC規定のクエストに何か引っ掛かったんだ。反応を返せば会話が進む」

「わ、分かったわ……えっと、私が何でしょうか」

 

 NPCは、先に挙げた黒エルフ女性騎士を除けば基本的に《自動言語化モジュール》を適用されているものの特定のやり取りにしか反応せず、分かりづらい言い回しや方便などには対応していない。標準語であり、主語と述語、目的語をしっかり含んだ上で発言すれば大抵対応してくれるが、どれか一つでも外れると無言で応答を待つ状態が続く。

 

『お嬢さん、もしや《弦の切れた弓》を持っておらんかね』

「え……は、はい、持ってますけど……」

「《弦の切れた弓》……? 聞いた事無いな」

 

 どうやらシノンは持っているらしいが、俺は聞いた事が無かった。ただ今までシノンが倒してきた敵の数が少ないし、活動圏もそこまで広くないという事もあってどのモンスターから手に入れたかは予想がつく。

 恐らくだが《ゴブリンアーチャー》だろう。ゴブリン系統からは《刃が毀れた直刀》、《穂先が折れた槍》、《罅が入った棍》が手に入っていた。手に入れた事が無いからよく分からないが、似たような名称だから多分正しい筈。訊いてみれば当たりだった。

 問題は、何故そんな代物が引っ掛かったのか、という事だ。

 

『なるほど……古来より人は狩りをする際に弓矢を用いたのだが、最近の者は剣や槍で応戦して、小剣に毒を塗ったりなどばかりで使う者が減った。まぁ、矢は使い捨てで金が掛かるし、切れたら使い物にならないから、分からなくも無いのだが…………しかし、弓矢とは良いものだぞ。これを持っているという事は、恐らくゴブリン共と戦ったのだろうが、苦戦を強いられたであろう? 弓と矢それぞれの質にも依るが、距離があるにも関わらず強力なものであれば飛竜の鱗すら穿つ。これでも儂は若い頃、空高く舞う飛竜を一撃で射殺した事もある射手でな。見ればお嬢さんはそこまで武器に手慣れていない様子。であれば仲間を後ろから援護する弓使いになる事も良いかも知れぬ。お嬢さんさえ良ければ、その《弦の切れた弓》を直そうと思うのだが……』

 

 そこまで言い終えた後、老人は口を噤み、同時にシノンの前に白いパネルが出現する。

 俺には見えないが、恐らくシノンにはクエスト受注の受諾か拒否を決定する文面が表示されている筈だ。

 

「キリト……これ、どういう事? 何でNPCなのに、私が武器に慣れてないって……」

「……武器スキル値を参照したのか」

 

 武器スキルはシステムによって参照されるようになっている、スキル値が規定以上になったから発生するクエストも存在する以上、NPCがこちらのスキル値を参照出来る事は何らおかしくない。

 恐らくシノンは、自分が間合いを取る事を苦手としている事をどうしてNPCが知っているのか、と思ったのだろうが、真実は武器スキル値の低さにある。そこに、戦闘で手に入れなければならない《弦の切れた弓》を持っており、尚且つサポートする仲間――この場合、パーティーを組んでいるリーファ――が居る事で起動する、謂わば接近戦を苦手とするプレイヤーへの救済措置的なものなのだろう。

 圏内クエストは大抵荷物の配達で、ボス攻略情報もそれが多い。まぁ、分かるものは大抵それが記された碑文や壁画の在り処の手がかりくらいであり、発見出来るのは圏外ばかりなのだが、そこはいい。

 思い出せば、この老人のクエストは街の各所にある店に注文した品を持ってきて欲しいというものだった。これも戦闘が苦手でレベルだけ先に上げようとする者に適していると言える、第二クォーターだからクエストの経験値も高いし。つまり第一段階の開店、第二段階の条件は、共に積極的なプレイヤーでは無い事で共通している。

 ひょっとすると、第五十層のボスは遠距離から強力な弓矢の攻撃でどうにかする相手だったのかも知れない。よくよく思い出せば弱点の位置がかなり高い位置にあったし……あの時は腕を駆け上がって跳んだ俺が、ボスの隙を突いて《ヴォーパル・ストライク》で突っ込んで弱点を突いていたが、普通そんな事しないだろう。

 一先ず、老人NPCが口にした内容と理由を説明し、それにシノンが納得したのを確認してから、俺は彼女に目を合わせた。

 

「それで、クエストっぽいけど、パネルには何て?」

「えっと……クエスト名《射手への道》。指定の素材アイテムを収集したらクリアみたいね」

 

 どうやら、まずは《弦の切れた弓》を修復しなければならないらしい。まぁ、使い物にならない物なのだし、素材持ち込みは当然だからこれも仕方ない事ではある。

 

「で、素材の名前は?」

「えっと……《麻》を十個、《白樫》を五個、最後に《大蜘蛛の粘糸》を一個」

「おおぅ……最後に超級レアアイテム来た……」

 

 《麻》は採取ポイントから入手出来る代物な上市場にも普通に出回っている廉価な布素材で、割と表通りに売っているから買い集めるのも苦ではない。その気になればその辺の衣類を《裁縫》スキルでバラして入手出来る。多分弦の原料、あるいは芯にするのだろう。

 《白樫》も同じで、NPCの木工職人の市場、あるいはプレイヤーの木工職人の売り場に行けば普通に購入出来る、廉価な木材だ。流石に家屋の解体は出来ないが、樹木型モンスターを倒していたら偶に手に入る、ドロップ率は若干低いが狙えば割と手に入るくらい。多分これは弓の原型の方だろう。

 当然だが、どちらもその気になったら一時間で手に入る代物だし、レア物じゃないので市場で高価にはならない。少なくともこのクエストが開示されるまでは普通だろう。

 ただし、最後に求められた《大蜘蛛の粘糸》だけは話が別だ。

 

「超級? キリトが言う程なの?」

「蜘蛛型モンスターの共通ドロップアイテムに《蜘蛛の粘糸》があるんだけど、それに邪魔されて中々ドロップしない代物なんだ。更に言えば、それを落とすモンスターは現状、第三十五層《迷いの森》の中にいるネームドモンスター一体だけ。そして、それのドロップ率はおろか、《迷いの森》での遭遇率すら恐ろしく低い。だから超級レア」

「「えぇ……」」

 

 実際、数あるレアドロップ品を得て来た俺でも一度たりとも手にした事が無い代物なのだ。そのアイテムをドロップするモンスターが判明しているのは、実際に手にした者がいるからだし、今も稀に手に入れたものがいると聞く。

 《蜘蛛の粘糸》は布の防具、もっと言えば衣服の性能を上げるアイテムの一つで、《裁縫》スキル使用時に併せて使用する事で出来上がる衣服の防御力が増すという副次効果がある。まぁ、あくまで服なので雀の涙程度なのだが。あとは稀にバフ付き装備になる。

 そんな中、《大蜘蛛の粘糸》は裁縫プレイヤーにとって垂涎の糸らしい。よくは知らないが、何故かユウキが定期的にそれを入手しに動いている事は知っている、俺も何度かそれを持っているかと聞かれていたから。

 生憎と俺は第三十五層の森にいい思い出があまり無いので立ち寄る事は無く、結果手に入れる機会が無かった。故に俺は持っていない。

 

「でも、まぁ、手に入れられなくは無いかな……」

 

 確かにポップ率もドロップ率も極低な代物だが、何もドロップを狙わなければならない道理は無い。

 このSAOで、フィールドボスとフロアボスは二度と復活しないものの、ネームドモンスターは別だ。アレはボス級ではあるものの、本質的には個体的に強いだけの雑魚、フィールドボスのようにレイドで相手しなければならない程ではない。

 復活するのは一日に二度、すなわち毎日二度倒されているにしても最低で六百体以上はリポップしている事になる。その中でドロップした回数が何度かは分からないが、それを倒す度にドロップする可能性があるのだから、どこかの故買屋に売られている可能性もある。

 それに、それだけの超級レアな代物が個人間で売買されているとは思えない。競売に掛けられている事もあるだろう。あるいは服飾を手掛けている名のあるプレイヤーが特定の故買屋と商談を決めていて、入手出来たら納入するようにしているかも知れない。ひょっとすればNPCの店で高値で売られている可能性もある。

 可能性は色々とあるのだ、ドロップを狙ってダメならバイヤーを回る、で良いだろう。

 

「えっと……キリト、どうすればいいの、これ」

「シノンがしたいようにすればいい。出来れば受けてクリアして欲しいけど、無理強いはしない」

「……」

 

 少々条件が難しいし、最後の素材をドロップするモンスターはネームド、更にはシノンとリーファよりレベルが上の第三十五層だ、マージンを考えれば45レベルは欲しいところだが二人は全く届いていない。

 別に俺が取って来てもいいが、入手の困難さを知ったシノンは躊躇しているようだった。

 

「……これをクリアしたら、私もまともに戦える筈……じゃあ、受けるわ。いい?」

「シノンが決めたなら」

「あたしも、シノンさんの為なら手伝うよ」

「きゅ!」

 

 良いか訊かれた俺達はそれぞれ肯定を返した。ナンも前肢を上げながら応じ、それに笑みを浮かべたシノンはパネルの丸ボタンがある方をタップした。

 直後、老人NPCの頭上にある金色のマークが、クエスチョンからビックリマークへと変化する。クエストを受けた事を示すマークだ。

 

『良かろう……では《弓》を直すための素材を教えるから、指定数取って来て欲しい。集め終えたらまた来るのだ』

「分かりました」

 

 老人NPCに頷きながらシノンが言葉を返したのを最後に、クエスト関連の会話は終了した。

 改めてクエスト受注欄を確認してもらうと、先に確認した三つの品をそれぞれ集めてここへ持ってくる必要がありそうだった。あとはシノンが持つ《弦の切れた弓》という素材アイテムだ。

 

「さて……受けたなら早く終わらせるに限る。二人とも、一旦エギルの店に戻ろう。用事が出来た」

「分かったわ」

「了解」

 

 すぐに店を出る旨を伝えると、一瞬二人は店内に視線を巡らし、すぐに興味を失ったように扉の方に向かい始めた。多分有用なものが何か無いかと思ったのだろうが、ここにあるものでまともそうなものは無いと判断したのだろう。見るからに呪術的なものだったり、使い道がなさそうなものが雑に置かれているから。

 店の内装も購入意欲に関わるのだなと思うと、店舗を持っているエギルやリズベットは凄いなと考えながら、俺は元来た道を戻って行った。当然ながら先導は俺である。

 

 ***

 

 6月3日のお昼前、ある程度のレベリングを終えたボクは現在、《アインクラッド》一のカリスマお針子アシュレイさんと一緒に第五十層に店舗を構えている故買屋エギルの店を訪れていた。アシュレイさんとエギルの商談が目的で、ボクはアシュレイの護衛役だ。

 まぁ、実際ボクはアシュレイと話そうと思って店に向かったところで、ついでだからと連れられただけだが。それでも【絶剣】が一緒にいる事でカリスマお針子に近付こうとするプレイヤーは少ない。顧客としてお世話になってる人は普通に挨拶するが、ちょっと面倒なプレイヤーは一睨みで追い返している。伊達に攻略組に属していないのである。

 

「それでどう? 《大蜘蛛の粘糸》、どれくらい集まった?」

 

 アシュレイさんがエギルの店を訪れたのは単純な話、《裁縫》スキルで最も高価と言える超級レア素材《大蜘蛛の粘糸》を求めての事だ。アレは一日に二度しかリポップしないネームドモンスターの極低確率ドロップ品、市場に出回る数が限定されている事もあって入手が困難なのだ。

 何時もならボクが請け負っていた。高ステータスであれば、仮にこのアイテムの存在を聞きつけてデュエルを吹っ掛けられたとしてもほぼ負け無しだからだ。まぁ、キリトとヒースクリフさんには勝てる気がしないし、アスナと姉ちゃんも微妙なところなのだが。

 ちなみにアシュレイさん自ら来たのは、単純に行こうとした時にボクが居なかったからである。

 そんなアシュレイさんの言葉に、エギルは申し訳無さそうな表情を浮かべた。

 

「悪いが、知っての通りアレは年中品薄だからな。出来るだけ八方手を尽くしたものの、手に入ったのはたったの一個だ。競売に手を出せばあと二、三個は手に入ったかも知れねぇが……あそこに攻略組は入り辛い。すまねぇな」

 

 一ヵ月に一度、こうして定期的に素材の納入具合を確認し、あれば買い取る商談を決めている二人。このやり取りも実は一度や二度ではない、割と頻繁にある。多くてもあの素材は三、四個が限度、時には全く無い事もあるからだ。むしろ一個でもある方が幸運と言って良い。

 ここまでその素材を集めているのも、半ばアシュレイさんの自尊心みたいなものなのだが。何せ最高級の糸を用意しても、布が無ければ服を作れない。現在の彼は正にそんな状態なのである。

 とは言え備えあれば憂いなし、何時でも製作出来るように素材を貯め込んでおくのが彼の主義だ。

 

「別に良いわよ、一個でもあった方が幸運なのだし……それで、幾らかしら?」

「そうだな……」

 

 ここで値段を聞くのは何時もの事だ。何せエギルは、わざわざ超級レアを探し回って買い取ってくれている、ならばアシュレイさんはそれに報いるだけの額を払う義務がある。故に、この素材の買い取り価格は通常の市場価格では無く、エギルの言い値と決まっていた。

 エギルは温厚で付き合いの良い人物だが、それでも商人だ、商談で情に絆されたからと言って値段を下げる事はまずしない。人情でする事はあるが、それにも限度というものがある。

 そしてこの約束を守る事は、すなわちアシュレイさんの信頼と信用を勝ち取る事にもなる。互いに決めた事を最後まで貫く、そうする事で商人としてでだけでなく人としても信用に値するのだと認められるらしい。変に無償に近いと疑念が浮かんでしまうようなものなのだろう。

 だからエギルは悩む。自分の苦労に見合い、そして自分の利益となるのに過不足無い額は幾らかと悩む。それをアシュレイさんは黙って待つ。

 そこで、からんからん、と来店を知らせるベルが鳴った。振り向けばそこには、ナンを肩に乗せたキリトとその義姉リーファ、そしてシノンの三人一匹の集団だった。

 

「エギル……と、ユウキにアシュレイ? 凄く珍しい組み合わせだな」

「あら、お久しぶりねぇ。お噂はかねがね、いろいろと耳にしているわよ、【黒の剣士】クン」

 

 入店したキリトは、カウンターで何やら悩むエギルとボクを見た後、すぐ近くに立っていた奇抜な衣装を着ているアシュレイさんに目を留め、驚いたように瞠目した。

 そういえば彼はアシュレイさんの顧客の一人なのだった。たとえファッションに一切興味が無くとも、顧客の一人であれば顔と名前を知っていて当然である。

 

「……取り込み中か」

「ん……ん? 何だ、さっきの今でまた来たのか? 何か進捗があったのか」

「ああ。クエストを進めるのに《大蜘蛛の粘糸》を一個納入しないといけなくてな、それでエギルの店にないかと思ってまた来たんだ」

「あら、そうなの? 私、それを丁度買い取ろうと思ってたんだけど」

「……ユウキの動きからまさかと思ってたけど、一番の頼みが真っ先に潰えたな……」

 

 どうやらキリトも、クエストを進めるに当たって《大蜘蛛の粘糸》が必要だったらしい。頭が痛いと言わんばかりに額を押さえて唸り、雲行きが怪しい事に後ろのリーファとシノンも揃って渋い顔をしている。多分だが、二人を連れているからどちらかが受けているクエストを達成する為に必要なのだろう。

 しかし疑問なのは、そんな超級レア素材を納入するクエストがあったかという事だ。自分が知る限り、ここまでの超レアアイテムを納入するようなクエストは、少なくとも二人が受けられるレベル帯では無かった筈だ。たとえ対象のネームドモンスターが第三十五層の《迷いの森》とは言え、ドロップ率が恐ろしく低いし、あそこはちょっと難易度が高いから、未だレベル35に届かない筈の二人が街中で受けるクエストとは思えない。

 となればキリトが受けたかとも思うが、それもちょっと違う気がする。先に考えた通り、キリトが受けたならリーファ達は一緒にいない筈だ。

 結局どれだけ考えても分からないから、キリトに訊いてみようと決めた。

 

「ねぇ、何でそんな超級レア素材が必要なの? そんなクエスト、ボクは聞いた事が無いんだけど」

「シノンが受けたクエストに必要なんだ。《弦の切れた弓》っていう素材を修復して、《弓》を扱えるようになるクエストが発生したんだよ、《大蜘蛛の粘糸》だけ集まりそうにないんだ。だからここに来た」

「さっきの今でもう見つけたのかよ?!」

 

 キリトの返答に驚いたのはまずエギルだった。どうやら一度相談に訪れたようだが、それはついさっきの事で、この短時間でキリトはクエスト発生場所を見つけてしまったらしい。受けたのがシノンというのは若干首を傾げてしまうが、まぁ、キリトの事だから何か考えがあっての事だろう。

 しかし、エギルの反応からして一、二時間程度の出来事なのだろう。確かに早い。

 

「そうなの……でも、それなら困ったわね。あるにはあるけど、一個しか無いの」

「……そうか……なら仕方ない。ドロップと競売を回るか」

「え……え? あの、キリト? 交渉とかしないの?」

 

 アシュレイさんの言葉を聞いてあきらめと納得の表情を浮かべたキリトがあっさり引き下がり、別の方法を取ろうとしている事に驚いているのか、リーファが首を傾げながらそう声を掛けた。

 そんなリーファに、キリトは横目で視線を向けつつ口を開く。

 

「アシュレイは《アインクラッド》で最初に《裁縫》スキルを極めたプレイヤーだ、そして《大蜘蛛の粘糸》は《裁縫》スキルで用いる糸として最高に位置する素材アイテム、多分優先的に納入してもらえるよう商談を組んでたんだ。だからそこに交渉するのは割り込みと同義……故買屋や転売屋ならコルで解決出来るけど、素材を求めてる職人相手には意味が無いからな。生憎と裁縫職人を相手に交渉出来る物も持ってない。結論、交渉無理」

 

 

 

「あら、交渉次第では譲っても良いけど?」

 

 

 

「「「「「……え?」」」」」

 

 理路整然とキリトが口にした言葉を一瞬で覆したアシュレイさんに、キリトやリーファ、シノンだけで無く、ボクもエギルも同様に固まって素っ頓狂な声を上げてしまった。だって超級レア素材を最も必要とする裁縫職人のトップが、そんなあっさりと譲って良いと言うとは予想出来ないだろう。

 何故、と固まるボク達と、交渉で求められるのは何かと若干警戒気味のキリト、そしてにこにこと笑っている長身オネエなアシュレイさん。凄く変な構図である。

 そんな変な沈黙を破ったのはアシュレイさんだった。

 

「だって、シノンっていう子が受けてるクエストは《弓》を使えるようにするものなんでしょう? 今まで《アインクラッド》に存在しなかった弓カテゴリの武器を使えるようにする事は攻略に貢献、すなわちゲームクリアの一助になる事を意味する。その為なら構わないわよ。備えておこうと思っただけで、現状特別急いでいた訳じゃないし、そもそもこの糸を使った依頼なんて来る事そのものが稀だしね」

「……それは、有難いけど……得られるところだったアイテムを横取りする形になるのを許すなんて、対価に何を求めるつもりなんだ?」

「そうねぇ……私が求めるのは二つ」

 

 見るからに警戒していると分かる面持ちで慎重にアシュレイさんに問うキリト。それに対し、彼は右手を持ち上げ、人差し指と中指を立てた。俗にいうピースサインだが、これは二つあるというのを示すジェスチャーである。

 それを見て、僅かにキリトが緊張した面持ちになった。どうやら割と不遜な彼もトップの職人相手には緊張するらしい。何せコルで解決出来ない難敵なのだから。交渉で手に入れようとしている物が物だから何を代価に求められるか分からない訳だし。

 

「一つ目。【黒の剣士】クン、あなた、うちのモデルをやってくれないかしら?」

「……モデル? アシュレイが服飾職人である事は知ってるけど、俺よりユウキやアスナ達の方が映えると思うのに、何で俺なんだ?」

「男性のモデルも欲しいの、ビビッとくる人って中々居なくてね。そこらの男じゃ合わないし、エギルさんに合いそうな服を私は作ってない、戦闘系じゃなくて着飾るものだから。その点、あなたの容姿なら余程奇抜で無ければ大抵似合う。男性専用の服の事もあるし。男の娘な部分もグッドよ!」

「……何故男性と男の子を言い分けた……?」

 

 アシュレイさんが少し鼻息を荒くして語った事にキリトは小首を傾げていた。多分だがキリト、『おとこのこ』の方で思い浮かべている漢字は違う。

 

「……そのモデル、写真とかばら撒かないよな……」

「リアルならしたいんだけど……あなたの立場もあるし、それはしないわ。ちょっと違う人をモデルにしてデザインしたいのよ。インスピレーションが沸き立つっていうか……とにかくあなたなら似合いそうな服が色々とあってね。気に入った服があれば一つだけならあげるし、どうかしら?」

「…………まぁ、まだマシか……それで、二つ目は?」

「ああ、まだ言ってなかったわね……それは、【黒の剣士】クンがユウキちゃんとデュエルする事よ」

「え?!」

 

 唐突に名前を挙げられて驚き、どういう意図か目を向ければ、アシュレイさんはこちらを見て少し微笑んだ。こう、悪戯っぽく。

 その笑みを見て理解した。以前、キリトとデュエルしたいと言った事を彼はここで実現させるつもりなのだ。それ以外の意図もあるかも知れないがボクには分からない。

 一つ目の条件なら分からなくも無いが、二つ目の条件は明らかに服飾職人としては関係ない事だ。それでか、キリトが訝しむような表情になる。

 

「……ユウキと俺をぶつけるなんて、どういうつもりなんだ」

「この子は第一層で、私が露店を出した時にバンダナを買ってくれたお客様第一号でね、それ以来の付き合いなの。それで度々あなたの話を聞いてたし、実際にあなたは私の客として来店してもいる……でも、あなたの事を私はよく知らないのよね。ほら、噂もある事だし。ユウキちゃんが言う事を疑いたくは無いんだけど、火が無いところに煙は立たないって言うじゃない? ひょっとするとひょっとするかも……と思ったから、デュエルする所を見せて欲しいと思ったの」

 

 白々しい、もの凄く白々しい言い分だった。ボクに話していた時は明らかにキリトの事を擁護していたというのに、何故か今はキリトを疑っている姿勢で挑発的な言葉を吐いている。リーファとシノンはアシュレイさんの人となりを知らないから若干怒りを抱いているらしく、エギルも微妙な面持ちで黙り込んでいる。

 対するキリトは、暫くアシュレイさんの意図を読み取れずに困惑、警戒しているようだった。どうも多くのプレイヤーを相手に情報戦を繰り広げて来たキリトと言えど、アシュレイさんは苦手な部類らしい。

 

「それで、どうするの? 受けないなら《大蜘蛛の粘糸》は譲れないけど。あ、あとエギルさんがまだ持ってるから、そっちのお金で買い取るのよ?」

「な……あ、あなた、条件を吹っ掛けておいて、買い取りもしろって……」

 

 ちょっとそれはどうなのかなと思ったのだけど、よくよく考えたらエギルが持ってる《大蜘蛛の粘糸》は本来アシュレイさんが得る筈だったもの。現状急いでいないとは言えいずれ必要になる事からそれを貯めているアシュレイさんにとって、この交渉は何の利も無い事なのだ。

 故に、それを譲ると言っているのだから対価としてキリトは二つの条件、加えてエギルから《大蜘蛛の粘糸》を買い取るためのコルを払わなければならないのも道理に適っている。

 それに若干不満を……いや、先の挑発紛いの言葉に苛立っているらしいシノンが、眉根を寄せながら言った。それにアシュレイさんが、じろ、と鋭い視線を返す。

 

「あのね、こっちは《裁縫》に命を懸けてるのよ。《アインクラッド》一だとか、カリスマお針子だとか言われてるけど、実際は攻略の何も役に立たない服を作ってるだけ……それでも私は服飾職人である事に、デザイナーである事に血道を捧げてる。その私が、恐ろしく手に入り辛い超級レア素材を前にして譲歩してるのよ? さっき【黒の剣士】クンも言ってたけど、生産系の職人はコルじゃない、素材が最重要なの、素材が無かったら商売出来ないんだから。その最重要な素材、超級レアなのに譲ると言ってるの、これでもまだ軽いくらいなのよ? それでも文句があるならあなたが代わりに全部受ける? ユウキちゃんとまともにデュエルが出来るなら、だけど」

「くっ……!」

 

 ……何だろう。高く評価してもらえているのは嬉しいんだけど、こう、アシュレイさんの言い回しが凄く悪役っぽい。何もしてないのにシノンを見てるとボクまで悪者になってしまった気がしてくる。凄く悩んでるキリトを見てると更にそれが深まる。

 どうしてこうなった。

 

「……一つ訊く。モデルについてだけど、今後ずっとか? 一日だけか、あるいは指定期間なのか?」

「一日だけよ、あなたは攻略組なんだから貴重な時間を使わせる訳にもいかないし。出来るだけ早い方が良いけど、闘技場で忙しいでしょうし《レイド戦》が終わってからで良いわ。あ、アイテムは先にクエストで使っていいわよ。【黒の剣士】クンも約束は破らないでしょうし」

「……ここまで破格の条件を付けられたらな…………分かった。その条件を呑もう」

「交渉成立……じゃあ、先にエギルさんから買い取って。その後にユウキちゃんと戦ってもらうわ」

「分かった」

 

 アシュレイさんに指示され、キリトはそれに従ってエギルの方に近付く。事の成り行きを黙って見守っていたエギルは何とも言えない表情をしていたが、すぐに気を取り直して値段交渉を始めた。

 

「ねぇ、アシュレイさん……何でこんな事を? 回りくど過ぎない?」

 

 その隙に、ボクはにこにこといい笑顔のアシュレイさんに訊いた。尤もらしい事を言ってはいたが、何となく最初から渡すつもりだったような気がするのだ。一つ目の条件は分からなくもない、エギルにお金を払うのもキリトであるのは分かる、だが二つ目の条件は不要だろう。

 そう思って問えば、彼は微笑を浮かべた。

 

「一度見てみたかったのよね、あなたが心を許している剣士の姿を……それにユウキちゃん、デュエルしたいって言ってたでしょ?」

「いや、まぁ、そうだけど……ボクが勝ったらどうするのさ」

「あら、あくまで私は『デュエルする事』と言っただけで、別に勝てばとは言ってないわよ? まぁ、卑怯な手を使ったら無効にしようかとは思ってるけど……ユウキちゃんが見込んだ子がそんな事をするとは思えないし、ね。勝ったとしても、負けたとしても、良い試合を見せてくれるでしょ?」

「……」

 

 どうやら本当に最初から譲るつもりだったようだ。別に絶対必要という事態になっていないからもあるだろうが……うぅむ、どことなくこちらを後押ししようとしている感じがしてむず痒い。

 それにしても……

 

「デュエル、か……勝てるかな……」

 

 正直、勝てる見込みは三割……いや、リズとシリカから教えてもらった剣を召喚して降らせるという攻撃をされたら十中八九負ける、恐らく《ⅩⅢ》のデフォルト装備でも同じだ。まぁ、使われたらの話なので、その辺を制限掛けてもらえばまだ渡り合えるだろう。

 問題は《二刀流》を使っても良いかどうかなのだが……ここは決め難い。彼にとっての全力は二刀なのだろうが、それを使われると手も足も出ずに負ける可能性が高い。何せあちらはボク以上の反応速度でソードスキルを見切れるプレイヤー、更にはソードスキル同士の連繋《剣技連繋》を可能とする剣士だ。こちらのスキルは通じず、逆にあちらの技についてあまり知らない現状では、圧倒的に不利と言えるだろう。

 かと言って二刀を禁じれば、彼の全力では無くなってしまう。勿論、純粋な片手剣使いとして尋常な勝負というのも良いが……

 

「……ユウキ、難しい顔をしてどうしたんだ」

「ふぇ?」

 

 二刀を禁じてもらうかどうかうんうん唸っていると、何時の間に商談を終えたのか、目の前にはキリトがいた。不思議そうな面持ちは無邪気で純粋なそれ、恐らく今のキリトは素だ。アシュレイさんが居るからどうかと思うが丁度彼に対してキリトは背中を向けているので無意識に気を抜いているのだろう。

 あるいは、ただ純粋にこちらを心配して、その表情になっているのかも知れない。

 

「え、いや、えと……その、デュエルの事を考えてて、ね……」

「……ああ、ユニークスキルの使用制限か」

「何で今ので分かったのさ……」

 

 何故か考えていた事を大雑把に伝えただけで悩んでいた事――《二刀流》はユニークスキルだし他のスキルも含めて間違いではない――を言い当ててきて、何でさと内心で呟きながら、唖然と言葉を漏らす。

 そんなボクを見て、キリトは微笑を浮かべた。

 

「当たりを付けて言ってみただけだ。ユウキが考えそうな事は割と分かるからな」

「ッ……!」

 

 明るく、綺麗な笑みを浮かべながら言ってきたキリトに、思わず息を呑んで固まってしまった。その笑みに見惚れ、ボクの思考が分かる事に何とは無しに喜びを覚え、頬が熱くなるのを自覚し……

 

 

 

 その瞬間、ゾクリと背筋に悪寒が走るのも自覚した。

 

 

 

「…………」

 

 その悪寒を走らせているのは、ボクを見ている一人の視線……いや、死線。ギギギ、とそちらに視線を動かせば、そこには笑みを浮かべていながら一切目が笑っていない金髪妖精、キリトの義姉の姿があった。

 どうやら頬を赤くしたのを見て警戒されてしまったらしい。過保護か、と思わないでも無いが、キリトの来歴を考えればむしろこれくらい普通なのかも知れない。ボクも彼女もまだ会って一週間、この一年半のキリトととの付き合いを知らない以上はこうなっても仕方がない。

 しかし、何というか……リーファが醸し出している雰囲気は相手を見定めるそれで、何となく一昔前の父親が、愛娘に出来た彼氏に向けるような視線なのが気になった。『あたしの義弟は渡さない』とか言い出しそうな雰囲気である反面、認めたらグイグイ勧めてきそうな、そんな視線。でも認められなくて半ば死線になっているという……認めるのか認めないのかどっちなんだ。

 

「確かに、ヒースクリフ相手ならいざ知らず、ユウキにユニークスキルは卑怯だよな……《ⅩⅢ》の全力行使は疲れるし、殺し合いでならともかくデュエルだと反則どころじゃないし……」

 

 そんなリーファとの視線の応酬をしている事に一切気付いていないキリトは、腕を組んで真剣な様子でユニークスキルの制限について考えているようだった。他の皆はこの応酬に気付いて口を噤んで固まっているにも関わらずブツブツと呟きを漏らしている光景は、傍から見ればとても滑稽に映るだろう。

 というか、キリトは自分に向けられる視線や場の険悪な雰囲気には鋭いのに、何でこういう事には疎いのだろうか。あれか、小説やアニメや漫画の主人公みたいに無意識で避けている感じなのだろうか。

 いや、まぁ、今のキリトにそんな余裕が無いからかも知れないけど……

 

「……ユニークスキルに関してはユウキが決めてくれ、《ⅩⅢ》についても同様だ」

「……じゃあ、全面厳禁。ボクと純粋に片手剣使いとして勝負して。勿論武器の召喚、取り換え、回復アイテムの使用も無しで。《体術》はあり、《戦闘時自動回復》スキルの効果は無効設定。ナンも観戦。どう?」

「分かった。それで、場所はどうする? アシュレイが観戦するなら出来るだけ《圏内》の方が好ましいだろうし……俺はあまり衆目を集めたくないし……そんな都合の良い場所、あるかな……」

 

 確かに、デュエルするのは良いにしてもその場所が問題だった。ボクとキリトだけならいざ知らず、観戦者にはアシュレイさん、リーファ、シノンの三人が居るのだ。非戦闘員であるアシュレイさんに、レベルがまだまだな二人を連れて《圏外》に行くのは論外、たとえ低層でもオレンジがどこに潜んでいるのか分からないのだから。

 かと言って、《圏内》も難しい。衆目を浴びてキリトが《ビーター》だと分かった途端、デュエルによる《アンチクリミナルコード》除外を突いて彼を殺そうと仕掛ける輩が居ないとも限らない。《圏内》だからリーファ達が人質に取られる事は無いと思いたいが、それでもシステム的保護を利用して取り囲んで動けなくする《ブロック》というマナーレス行為が無いとも限らない。

 更に言えば二人とも、《アインクラッド》で希少な女性にして美麗な容姿を持つ。何時もはキリトを殺すための人質になりかねないが、今回はその逆で、リーファ達を犯すためにキリトが人質になりかねない。

 まぁ、この辺についてまでキリトは想定していないかも知れないが、無いとも限らないから警戒して然るべきだ。

 

「あら、それならとっておきの場所があるわよ?」

 

 故に二人して悩んでいると、アシュレイさんがあっけらかんと言ってきた。どういう事かと視線を送れば、付いて来なさいと言って歩き出す。店を出る間際、じゃあねとエギルに手を振って、それから扉を開けて出て行った。

 

「……どうする?」

 

 アシュレイさんとは長い付き合いだし、付いて行くのも吝かでは無いのだが、稀に彼は悪戯心が働いてこっちを振り回す事がある。本当に稀だし、痛い損害を被るという事は無かったからその点では信用しているのだが……場所について何も言わずに行ったのがちょっと引っ掛かる。

 どうしようと思ってキリトに視線を向ければ、彼もまた微妙な表情でアシュレイさんが出て行った扉を見つめていたが、暫くするとはぁ、と短く溜め息を吐いた。

 

「……まぁ、アシュレイがこっちに危害を加えるとは思えないし、見失うと面倒だ。追い掛けよう。リーファとシノンも来てくれ……エギルはどうする?」

「見つけたクエストってのが気になるから俺も行くぜ」

「あの、お店はいいんですか?」

「今日は客が来ねぇし、午後からは素材集めに回すつもりだったからな。ちょっと早い閉店だが、ま、良いだろ」

 

 苦笑を浮かべながら、フレンド追跡で後を追うから先に行っててくれ、と閉店作業をウィンドウから始めたエギル。それを見て本当に来るんだ、と思っていると、ふと袖を引っ張られた。

 

「早く行こう」

「え、あっ、う、うん……」

「…………」

 

 袖を引っ張っていたのはキリトだった。早く行こう、とせっついてくる様は正に子供で、距離が近い事もあって猶更顔が赤くなる。

 そして、それに比例して我が身を襲う死線の濃度と圧力が増してきて恐ろしい。隣にいるシノンなんて苦笑を浮かべているものの口の端が引き攣っているくらいだ、これで何故キリトは気付かないのだろうかと心底不思議だった。

 あれだろうか、義弟には気付かれないような技術を使っているのだろうか……そうだとしたら、リーファはレベルが上がったら化ける可能性大である。聞けば、キリトに基本的な剣の型を教え込んだ一人らしいし、長らく剣道を続けている人ならこの世界に高い順応力を持つだろう。

 キリトに抱くこの感情が、もしも男女の恋情であったなら巨大な壁が立ちはだかっていると思うべきなのだろうなと考えながら、ボクはキリトに手を引かれ、先に店を出たアシュレイさんを追って転移門へと向かう。

 手を繋いでいる事に緊張し、背中に死線を浴びる。行き着く先ではデュエルが待っている。

 本当に、どうしてこうなったのだろうか。

 胸中で呟きを漏らし、苦笑を浮かべたのだった。

 

 






 はい、如何だったでしょうか。

 漸く次話で、幾度かユウキ視点で語られていた《キリトとデュエル》という願望が実現します。原作では、ALOにて新規アカウントキリトがコンバートユウキに負けていますが、本作では……まぁ、展開的に負けません。レベルもプレイヤースキルもキリトが上ですし。

 戦闘展開がどう運ぶかは分かりませんが、出来るだけ接戦になったらいいなぁと思っております……そうでないと盛り上がりに欠けますし、ね。

 さて、割とサクッと入手するゲームと違って《弓》を手に入れるだけなのに面倒な状況になってますが、まだ《弓》関連の出来事は続く予定です。何だかんだでシノンのためになってますが、キリトは一応攻略の事も考えて《弓》の入手を狙ってますので、シノンが終わったら次はそれかと。すぐに終わる気もしますが。

 ちなみに、あくまで予定です。

 キリトは吹っ切れたし、神童も人知れず乱入してるので、徐々に魔改造の伏線を張っていきます……もう魔改造してるとは言ってはいけない。少なくとも、装備はともかく技量は原作キリトに僅かに上程度に抑えてるので。その程度では神童に勝てないからこそ魔改造。

 長々と失礼。

 では、次話にてお会いしましょう。


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