インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~ 作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス
どうも、おはこんばんにちは
今話はSAO原作知ってる人なら分かるけど、知らないと解り辛いものが多いです
なのでいつも通り後書きで纏めますね
視点:アリス、キリト
字数:約一万
ではどうぞ
人界を守護する整合騎士団の歴史は、人界のそれと同じく、およそ三百年に渡る。
最高司祭に天界より召喚された我々が老いる事は無い。つまり、先に召喚された騎士ほど、経験を多く積んでいる事が多いという訳だ。【四旋剣】の例があるように神器に認められるか否かも関わってくるため全てがそうとは言えないが、例えば騎士長は二百年以上を最前線で生き抜いてきているし、副騎士長とて百年以上は生きている。
では私はと言うと、三十番目の騎士として召喚されたのがおよそ二年前。
金木犀の剣に見初められたのが約一年前。たった一年で神器を武装完全支配、更には記憶解放術まで会得し、騎士長をも唸らせた私は、しかし未だ未熟であると認めざるを得なかった。ただの――と言うには、規格外が過ぎるが――修剣学院生の子供に敗れたのだから。
ともあれ騎士として召喚されて二年しか経っていない私は、未だ直轄管理する土地もなく、基本はカセドラルの塔内部で日々を過ごし続けていた。
時折任務を帯びて飛竜を飛ばし、ダークテリトリーの者を滅ぼすくらいが数少ない出撃機会。
その回数は他の先輩騎士達より遥かに少ないと言わざるを得ない。
さりとて、この身は騎士長に鍛錬を付けられた。
経験こそ少ない若輩の身なれど、一人の弟子を持つ身として、相手の腕が立つか否か、その筋の良さも含めて判断できる自負くらいはあった。
――その私をして、異界の敵は相手にするのは難しい。
現在地は、オルドローブ大森林を進んだ先にあった地下洞窟のさらに奥。崩落でも起きたか、不自然に空いた穴が長く続く回廊だ。
そこで私達は幾度目かの戦闘に突入していた。
「このような魔性の者まで……さぞ、己の死を悔やんだのでしょうね」
黄金の剣を構える私の前には、腐乱した肉すらも無い、人骨だけの化け物が立ちはだかっていた。身長二メルを超えるその体は不気味な青い燐光を纏い、右手に長い長剣、左手に円形の金属盾を装備している。
キリト曰く、コレは《デモニッシュ・サーバント》という名の魔物らしい。
人界では野生の獣こそいるが、魔獣や神獣の類は私が召喚されるより遥か昔に滅ぼされて久しいので、理から外れた化け物を見たのはこちらに来てからが初めてだ。この数日の間も相手にしていたのは不定形の魔物スライムや、無骨な牛、翼を持たない大型のトカゲなどばかり。死した者が襲って来るのはこれが初めての経験だった。
「キリト、この者を倒すにはどうすれば……」
「バラバラに砕けばいい。一応、あばらと脊椎が弱点だぞ」
「ぬぅ……面妖に過ぎませんか、この世界」
「『表世界』よりまだマシだ。死体がそのまま生者を襲い、それで死んだ生者もまた他者を襲う死者になる……そういう事件もあったからな」
「最悪ですね」
元を断たねば意味がない状況が『表世界』では繰り広げられているらしい。それに比べれば、まだ骨を微塵に砕けば倒せるだけこちらの方がマシかもしれない。この者に殺されても、同じような存在は増えないのだから。
『ふるるるぐるるぅっ!』
とんだ世界に来たものだ、と嘆息したところで、骸骨の剣が青い残光を引きながら打ち下ろされた。
あの光は、人界では《秘奥義》と呼ばれたもの。
アレの名は、確か雷閃斬――――
落ち着いて対処しようと、剣を左に備えて初撃を耐えた私は、しかしそこで刃を返して振りあがった二撃目に驚き、隙を晒してしまった。ガァンッ! と真っ向から剣戟がぶつかり、剣が跳ね上げられる。
「な……」
――二連撃?!
見た事がないその技に、私は驚愕した。騎士長の下で剣を学ぶ過程で片手で放つ技、両手で放つ技を会得したが、何れも一撃のみである。連続技は見た事はおろか聞いた事もなかった。
もしかすると騎士長は知っていたかもしれない。自力で見つけたか、あるいは暗黒騎士と戦う中で放たれたとか。
少なくとも、それを私は教えられておらず、初めて見たそれに驚いてしまった。
だが、骸骨の剣はまだ止まらない。跳ね上がった剣がもう一度振り下ろされてきたのだ。予想出来た軌道は間違いなく私の体を両断している。
「く――っ」
しかし、私もただで斬られる気は無い。跳ね上げられた金木犀の剣を持つ手に力を籠め、無理矢理振り下ろし、相手の剣と衝突させる。普段と違い不快な衝撃が腕を伝ったが、それは無視した。
ギギギ、と青く光り刃と鬩ぎ合いを続ける。
「助けは要るか?」
「要りませんっ!」
後ろで控えている少年の問い。
それを私は拒否。それと共に力ずくで相手を押し切り、たたらを踏ませる。
「――セェイッ!」
そうして生まれた隙に私は渾身の左薙ぎを叩き込み、一撃で相手の脊椎を折った。背骨を両断された魔物は「ぼぐるるぅ……」と低い断末魔を上げ、最後には青白く光る欠片へと爆散した。
それを見届けた私は、止めていた息を吐き出した。
すると全身に気怠い疲労が襲う。戦う最中の緊張で生まれたものだ。
「お疲れ、アリス。しかし意外に手古摺ったな。二撃目で剣を弾かれるなんて、流石に予想外だった」
「……私からすれば、あの連続の秘奥義の方に驚きです。なんですか、今のは」
「片手剣四連撃技《バーチカル・スクエア》だ。あれは上段振り下ろし、振り上げ、振り下ろしの後、一回転して最後に斬り下ろす型だった」
「……四連、撃……」
まさか、三連激で終わりでないとは思わず、私は唖然とした。
そんな私を見て、キリトが訝しげな顔をする。
「さっきの口ぶりからするに、そっちの剣技は全部単発技なのか?」
「ええ。ですので、先の技はノルキア流秘奥義《
「ライセンザン……こっちで言うところのバーチカルか。しかしそうか、そっちだと連続技はあまり知られてないんだな」
「ええ。神器の支配術や解放術、神聖術もありますし、一刀の下に敵を斬り伏せれば済む話ですから」
「一刀の下に、ね。確かに一撃でも許せば致命傷。単発技で勝負を決せられるから、連撃は不要、か……」
言いながら、キリトは塵も残さず消え去った骸骨が居た場所を見た。
あの消え方はこの『裏世界』特有のものだから死骸が無いのは私の力と無関係だが、まるで関係していると言わんばかりの挙措だった。
「何か言いたいことでも?」
「こっちとは真逆だなと思って。俺達は敵を一撃で倒せないから、連撃技を多用するんだ」
「ああ……そういえば、お前は確かに一撃で倒せていませんね……」
キリトに言われて思い出すのはここまでの道中での戦闘だ。
不定形のスライム、大トカゲなどを相手に立ち回るキリトは、隙を突いて単発技を放っていたが、一度では倒せていなかった。同じ事を二度、三度繰り返す事で漸く敵は倒れていた。連撃技を使わなかったのは隙を晒してしまうからだろう。
スライムは核を精密に斬る必要があった。
大トカゲは弱点を突くと途端に大暴れするため、急いで離脱する必要があった。
何れも連撃技の適さない相手だ。
だから単発技を幾度か叩き込んでいた、という訳か。
そう納得していると、キリトの顔がやや複雑そうなものに変わった。
「……言っておくけど、この場合、一撃で倒せるアリスの方が異常だからな」
「ほう? 何故です」
「整合騎士としての力は、こっちでも規格外の強さという訳だよ。能力値で言えば今の俺の五、六倍はあるからな」
「それは当然でしょう。私は天界から最高司祭様によって召喚された騎士として一般の民に敗れるような事は本来あり得ない力を与えられています。私からすれば、私の世界の《
「いやぁ、いくら能力が高くても、技術一つで対人戦はひっくり返せるよ。対怪物になると能力が要になるからそうもいかないけどさ。そっちの俺もそうと分かってるから搦め手に出たんだろうし」
「むむむ……」
私を異常や規格外と言うお前の方も同じだと言うが、彼はそう返してきた。怪物を一撃で倒せる強さを持っているとしても、人との戦いでは容易にひっくり返ると。
実際そうなったからこの世界に来ている私は黙るしかなかった。
「……要するに、人より耐久力に優れる怪物を一撃で倒せる事を、お前は異常だと言いたいわけですね?」
「お、伝わってた。そうそう、そういう事」
「お前は私を何だと思っているのですか。この世界に疎いとは言え、そこまで言われれば流石に分かります」
愚弄しているのかとも思ったが、その苛立ちは抑え込む事にする。そこで怒りを露わにすればまた手玉に取られると思った。
ふぅ、と深く息を吐いた私は、一度話を変える――あるいは、戻す事にした。
「ところで、連撃技についてですが。それを私の世界では見た事が無いのは、秘奥義が一度始まれば途中で止まれない事に関係しているでしょう。禁忌目録では互いの同意なしに相手の天命を削る事は禁じられています。試合で秘奥義を使う事は禁じられていませんが、先の条項がある以上、決着を付けるには単発技をぶつけあって相手の剣を折るか弾き飛ばすかが妥当な落としどころになります」
「それが、連撃技だと相手を傷付けてしまい、禁忌に触れてしまうと。それなら連続技が廃れた事も理解できるな……いや、整合騎士が知らない時点で、そもそも見つかった事が無いのかもしれないな」
キリトの言葉に、私は眉を寄せ、
「どうでしょう。長き時を生きる騎士長であれば知っているかもしれませんが……」
「仮に知っていて、それを教えていないのだとすれば、総合的に単発技一筋の方が生存率が高いと判断したんだろう。実際連続技は対人戦に向いてない。通用するとすれば、相手が連続技の概念を知らないか、知り過ぎてどの技か読めなくて慌てた、自身より弱い相手の場合。その点、整合騎士はほぼ格上ばかり。連続技を使えたとしてもそちらの《
「確かにそうでしょうね。今しがた気付きましたが、あちらの《
カセドラルで刃を交えた時。キリトのログハウス前で、刃を交えた時。
キリトは初撃を上段振り下ろし、続けて振り上げで私の剣を弾き、三撃目は振り下ろして鍔迫り合いに持ち込んでいた。その後、自ら後退して距離を取ることでこちらの油断を誘う――そこまでが一致している。
重要なのは、先の骸骨が使った四連撃技の三撃目までと、二人のキリトが自力で放った剣の軌道が、まったく同一であった点だ。秘奥義は不思議な事に特定の構えを取ると光を帯び、常以上の速度で動けるが、それを彼らは自力で行っていたのである。
秘奥義は一度動き出すと、中断できないのが欠点だ。
そのため連続技が晒す隙は大きいと言わざるを得ない。それを知った彼らは、自らそれを再現する事で、連続技の強みだけを扱えるようになったのだろう。
事実、四撃目にあたる『回転後の振り下ろし』は一度も見ていない。自身より格上と知っている整合騎士相手に力押しは困難と予想し、いつでも回避行動を取れるよう、敢えて秘奥義ではなく自力で再現した剣技を使っていたからに違いない。
その予想を口にすると、キリトは視線を、右手を振って呼び出した《幻書の術》へ向けた。
「こら、なぜ逃げるのですか」
「逃げてないし。目的地が近づいてきたから、迷わないよう地図の確認してるだけだし」
「迷うもなにもこの先には聖石を奉じる聖堂しかないでしょう!」
ピシャリと叱責すると、キリトは逃げるように先へ進み始めた。骸骨が門番を果たしていたため行けずにいた洞窟の先へまっすぐ歩いていく。
「はぁ……あれではまるっきり子供ですね」
まるで隠していた悪事が見つかり逃げる子供のよう。
その後ろ姿を追いながら、私はため息を吐いた。
彼の剣の強さは認めざるを得ない。その洞察力も、並の大人より優れているのだろう。しかしその精神性が未だ掴み切れないでいる。思わず、こちらの世界の子供はああいう振る舞いが基本なのではないか、と思ってしまいそうなほどだ。ヒースクリフやアスナ達によれば、むしろ冷静な振る舞いは彼の素顔ではないとの事だが……
――……私の世界の子供は、どういう風なのだろうか。
ふと、そこで疑問が浮かぶ。
比較するには元となる対象が必要だが、私は召喚されてから幾度か出撃した事があるものの、市井の者と関わった事は無い。
つまり、幼い子どもについての知識は殆ど無いのだ。
あの年頃の子供で知っているとすれば、私より一つ、二つ前の順番で召喚された騎士と入れ替わった少女二人組だけだ。あの二人は生まれつきカセドラルにいたという。その年齢をよく知らないが、不老の秘術《天命凍結》を受けていないらしいので、見た目相応の年齢という事。キリトはその少女二人よりはまだ幼く見える。
だがキリトとあの二人を比べた場合、どちらがより子供らしいかと言えば、後者だ。
とは言え、見習いと言えど整合騎士の席に就いている以上、あの二人を一般の子供と同列に扱う事は……
――いえ、そもそも、あの二人はおかしいのでは……?
そこで引っ掛かりを覚えた。
私をはじめ、整合騎士はみな最高司祭様が下界の秩序のために天界より召喚した、屈強な騎士達だ。下界での生活で支障を来すという事で、我々は天界での記憶を封じられている。それでも確固たる武を持って人界三百年の歴史を守護してきた。
つまり、整合騎士とは本来、召喚された天界の騎士にしかなれない立場なのだ。
だというのに、生まれつきカセドラルで暮らしていたという少女達が、整合騎士になる……というのは、整合騎士の成り立ちからしてあり得てはならない事だ。無論見習いだから、上位・下位で区別される騎士の更に下な訳で、正確な意味での整合騎士ではないのだろうが……
――これはいったい、どういう事なのだろうか。
一度脇道に逸れた思考。そこで気付いた疑問が、何故だか見過ごしてはならない重要なものに思えてならない。
それが何なのかは、分からないが……
「ぐっ……また、この痛み……!」
そこで、ズキリと右目に痛みが走った。ズキズキと連続して痛みが走り、思考は保てず、千々に乱れされてしまう。左手を右目に充てる。
その時、左目の視界で奇妙なものを見た。
右目に当てようとした左掌が、紅い光に照らされている。その発生源が己の右目である事に気付いた私は混乱に見舞われた。
おそらく何かしらの術式が埋め込まれている。
だが、いつ?
そして、なぜ?
「く、ぁあ゛ッ!」
その疑問を浮かべた途端、痛みが強くなった。
堪らず膝を突く。私は剣を床に置き、両手で目を押さえた。
「――アリス、どうした?!」
そこで先行したはずのキリトが戻ってきた。何とか左目だけで前を見れば、緑色に光る石《聖石》を手に駆け寄ってくる姿が視界に映る。どうやら私が動かないのを見てさっさと石を回収し、この地を去ろうと考えていたらしい。
血相を変えて戻ってきた彼は、同じように片膝を突き、私の背中を摩り始めた。
「大丈夫か。どこが痛むんだ?」
「目、が……右目が、痛くて……!」
「右目って、その赤い光、神聖術とやらの治癒術じゃないのか」
「違います……治癒の術式は、光です。このような色ではありません……」
「なら何が……ちょっと確認させてもらうぞ」
そう言ったキリトは、右目を押さえる私の両手をゆっくり離した。赤くなった右目の視界に彼の顔が映る。
その彼の顔の手前に、私は奇妙なしるしを見た。
薄い赤に染め上げられた右目の視界の中央。血の色に輝く、いくつかの神聖文字が輪を作って並び、右向きに回転している。それは【SYSTEM ALERT:CODE871】と読める。
その字列の意味は不明。
しかし――これが何のために在るかを、私は理解してしまっていた。
この字を見るのは初めてだが、痛みそのものは初めてではない。こちらの世界のキリトとの立ち合いで善悪について説かれた時、あるいはヒースクリフらとの対話で善悪を考え、矛盾に気付いた時――己を、ひいては禁忌目録や公理教会が過ちかもしれないと考えたり疑問を抱いた時、この痛みは訪れていた。
だから、この文字は《封印》だ。いつ、だれが施したかは知らないが、私の右目にこの《封印》の術式を埋め込み、公理教会への不信を封じ込めている。
おそらく、全ての整合騎士が同じ《封印》を施されているのだ。しているのは元老長か、あるいは彼に指示を出す最高――――
「う、ぐ、ぁあ……ッ!」
更なる背信の思考に呼応してか、右目の痛みは灼熱の塊を当てられているかのように麻痺し、そのまま頭の中央まで貫くすさまじい激痛が走った。真っ赤に染まった視界に火花が散り、意識が飛びかける。
「おい、アリス、無理をするな! 今は何も考えず深呼吸しろ!」
彼は近くにいる筈なのに、声はどこか遠いものに感じられた。
ズキリズキリと疼く頭蓋。
千々に乱れる思考。
それでも、胸中の疑念は尽きない。
この《封印》を施したのが誰なのか分かってしまったから。だから、疑問が尽きない。なぜ、なぜ、なぜ――――
なぜ、我らを信じて下さらなかったのですか、最高司祭様――――
「ぁ……っ」
最後に浮かべた、その疑念。
それがこれまでで最大の痛みとなって私の意識を刈り取った。
ぴくんっ、と一度大きく震えた金の騎士が、途端力なく
咄嗟に抱きかかえどうにか石の床に投げ出されるのを防いだ俺は、その甲冑の余りの重さに驚きつつ、アリスを仰向けに寝かせた。青いマントで体を覆わせ、頭を俺の膝に乗せる。
ダンジョンでこんな事をするのはかなりの危険行為なのだが、どうせこの先には聖石を奉じる祭壇しかないし、モンスターがポップする気配もないため、休憩がてらここに居座る事にした。
どのみちアリスを背負うには筋力パラメータ不足が否めないので身動きが取れない。
休憩しようと決めた俺は、《索敵》スキルを発動した後、思考を回し始めた。
「……これはいったい、どういう事だ……?」
アリスが何かに悩んだ時ちょくちょく頭痛を覚えたような反応をしているのは気付いていた。ヒースクリフ達からも、全員ではないかぽつぽつと同じような話を受けている。
俺はその頭痛はキリカがかつて起こした自我崩壊の前触れなのではないかと予想していた。
AIで言うところのエラー。かつてユイが記憶や言語機能を喪ったり、キリカが板挟みにあって苦しんだ《矛盾》というタスクである。
アリスにとっては己の価値観――いや、彼女ら整合騎士を率いる公理教会や最高司祭、禁忌目録といったものが《正義》である。それから外れている事は全て違反という《悪》。そういう価値観の下に生きてきた。
だがこちらの世界はそんな単純なものではない。
まして俺を認める事などその価値観では不可能である。ひいては、《悪》に値する事をした者は全員。
俺達の仲間では、それに該当するのは俺とシノンの二人だけ。俺は既に開き直っているが、シノンは己の傷と向き合い、克服しようと努力している真っ最中。アリスの価値観はシノンにとって猛毒足り得た。だからこそあの立ち合いをした。
シノンにとって猛毒足り得るように、アリスにとってもこちらの価値観は猛毒だ。
それを知った上であの立ち合いをした俺は責められても仕方ないと言える。戸惑い、苦しんでいた姿を見て逃げ道も用意したが、あれはアリスがトップダウン型AIと考え、矛盾に苛まれて自我崩壊を来すかもと危惧しての行動だった。
――だが、アリスが覚えていた痛みは、どうにも違うものらしい。
通常、トップダウン型AIは上位権限者に逆らえないように出来ている。キリカはその制約のせいで一度自我崩壊を来したし、復活した後の対峙では、矛盾を来さないよう屁理屈を捏ねて崩壊を回避した。キリカの場合はシステム的上位に逆らない、あの結果になった訳だ。
ユイ達の場合は、カーディナルが俺に目を付けて以降は利害一致のため、特に手出ししていなかった。
ヴァフス、オルタの二人も《霜の巨人族》という存在に与えられたバックボーンに沿って生きている。上位権限者に定められた種族の生き様に逆らわないのは、逆らう必要性を感じていないがためでもあるが、逆らえないという状態にも起因している。無論ALOのシステムから解放された今は、その気になれば剣を置く道を選ぶ事もあるだろう。
以上の前例と比べると、アリスのそれはかなり異質に思えた。
価値観の板挟みに遭い、苦しむまでは分かる。
しかし、たったいま見た、アリスの右目の赤い光に関しては別だ。しかも瞳に文字まで見えた。
「システム・アラートね……」
瞳の光彩の外周部に赤く発行する微細なラインが放射状に並び、ゆっくり回転していたバーコードのようなもの。その回転が緩まった時に見えた文字列は鏡文字だったが、どうにか読み取れた。
PCを操作していれば一度は遭遇するその警告表示は、しかし異界人であるアリスには馴染みのないものの筈だ。話を聞いた限りアインクラッドのように中世ファンタジーを思わせる世界観ばかり。日常生活に於いては《汎用語》――すなわち日本語のみが用いられ、英語は神聖術を扱う時の《神聖語》としてのみ使われており、その単語が持つ意味まではアリスも理解していない。
つまりアリスと同じ異界人、もといAI達に英単語はほぼ意味を為さない。
この
だが、それではおかしくならないか。
俺はアリスが生きた世界が、この世界の未来に出来た仮想世界であり、それを作り出すに至る経緯も朧気に推測出来ている。ヒースクリフが『シンイ』について問い、それに応じられた点から、並の仮想世界ではない事は察せた。そこからナーヴギアやアミュスフィア以上のフルダイブハード《STL》の存在が浮かんだ。
つまり、俺がテスターをしている《STL》関連のプロジェクトが、アリスの生まれる世界を未来で作る。
《SA:O》のAIもかなりの高性能。そこで得た研究データを基に、新たなアプローチでAI構築に踏み出した世界なのだろう。
そうと確信しているのは、アリスが仲間に話した《人界三百年》という歴史だ。
設定上幾らでも盛る事は出来る。SA:Oのエルフ達も、二週間前から始まったこの世界の歴史より遥か昔があったかのように語る事があるので、それと同じと言ってしまえばそれまでだ。
しかしあり得ない訳ではない。《STL》を使った仮想世界の研究なら、加速機能を用いる事が出来るからだ。
フルダイブの原則として、情報のやり取りは双方向。
フルダイブしたプレイヤーの意識が加速すれば、それと同じだけ仮想世界も加速する。いや、加速した仮想世界に付いていけるよう、プレイヤーも加速すると言った方が正しいか。それを考慮すれば、菊岡先導のプロジェクトの仮想世界が三百年の歴史を本当に刻んでいる可能性もある訳だ。
ならばこそ、余計に疑問が募る。
政府も菊岡も、何かしらの目的があってAIの研究をしている。
AIの研究と言っても様々で、何かしらの仕事に特化したものを作るとか、サポート機能の豊富なものを作るとか多岐に渡るが、俺が研究に協力した感触から推測するに、二種類のAIのブレイクスルーに力を入れていると感じている。
例えばSA:OのAIはトップダウン型である。これはボトムアップ型は、人間の脳を電子的に再現する事のあまりの非現実ぶりから、逆説的に得た答えだ。
そのトップダウン型は従来型と呼ばれ、現状最も高度なレベルに到達しているのはMHCPたるユイやストレア、キリカ達だ。三人は二年以上に亘って無数のプレイヤーの会話をモニターし続け、膨大かつ精妙な応答データベースを構築した。いまや《自動応答プログラム》と《真の知能》の境界例と言っていいほどの高みに達している。キリカに関しては、俺にのみ焦点を絞って作られたAIだから人と見分けがつかないほど。
しかしそんな三人も完璧ではない。三人は今でこそ自由に振る舞っているようだが、それぞれの意識――プログラム――には必ず『上位存在』というものが刻み込まれており、それには決して抗えない。屁理屈を捏ねて回避する事は出来るが、真っ向から打ち破れないのだ。
そこがAIの欠点として、多くの研究がされている。
それをどうにかしようと悪戦苦闘する研究者達がAIのブレイクスルーを妨げるようなプログラムを組むとは思えなかった。
アリスの世界はおそらくSA:Oのように部外者のプレイヤーを招くMMORPGではない。一つの社会が形成されたそこにプレイヤーが混じれば、あちらの《キリト》のように大問題が容易に起きるからだ。それに感化されたAIで完成を目指そうとした線も無くはないが、アリスの話だと禁忌を犯したのは《キリト》一人らしいので、その可能性は無い。
しかしあちらの《キリト》がその仮想世界の意図に気付いてないとは思えない。なので、おそらくブレイクスルーを促すべく、邪魔な最高司祭とやらを屠り、禁忌目録を破っても捕まる者が出ないよう依頼されて動き出したのだと思うが……
「どうにもきな臭い」
その世界が目的としているのはおそらく事の正悪を自分で判断できるAIの完成。
だが、その世界を作り出した側にそれを妨げる者が紛れ、先の『システム・アラート』のコードを入れた。
どうやら未来の菊岡陣営も一枚岩ではないらしい。
「知識を得られるのは良いけど、問題が起きると分かると気も削がれるのは問題だな……」
苦笑を漏らす。
これ以上考えても疲れるだけかと思い、様々な考察を隅に追いやった俺は、気を喪った騎士の頭を撫でながらゆるりと時を過ごした。
・連続技の失伝
同意なく天命を奪う、あるいは命を奪い禁忌目録違反となる事を恐れ、失伝したのではないか――
という本作独自解釈
尚騎士長は知ってるし、副騎士長も頑張って細剣系は使えるし、暗黒界の騎士は普通に使って来るので、人界が特殊なだけ。これもまた『武力を持たせない』という目的で起きた事かもしれない
ちなみにアリス世界では、連続技を使うのにかなりのレアリティ/優先度を誇る神器を用意する必要がある
・整合騎士
最高司祭により天界から召喚された者達
天命凍結により不老の身となっており、騎士長は三百年前後を現役で戦い続けている。その点から三十番目の騎士アリスはかなりの若輩
実力と地位は年数と多くが比例していない
最高司祭、元老長の指示に従う
席に名を連ねる経緯から、『召喚以外』の経緯でなれる訳がないのだが、二十八、二十九番目の騎士は前任を破り、入れ替わる形でその座についた人界人である
この矛盾に端を発し、アリスは疑念を抱き、痛みに苦しみ始めた
ちなみに他にも整合騎士になれる手段があると人界では知られており、それを整合騎士が知る事のないよう『任務以外での市井の民との接触』を禁じたのだと思われる
・アリス・シンセシス・サーティ
召喚されて二年目の騎士
その実力は極めて高いが、実戦経験はあまり多くなく、連続技を見るのは今日が初。なので普通に驚き、隙を晒してしまった――が能力の暴力で押し切った
整合騎士の成り立ちを矛盾する少女二人への疑問から端を発し、様々な疑念を抱き、《右目の封印》が最大限仕事するまでに至った
ちなみに明確に最高司祭に翻意した訳ではないため右目破裂には至っていない
・キリト
子供らしからぬ子供剣士
《STL》の機能について知っており、シンイ発動についても《STL》を要する事から、シンイを知るアリスの世界がSTL関連――つまり、菊岡が関係していると察した
AIの欠点についてはよく理解しており、だからこそアリスの価値観が妄信的であったり、葛藤に苛まれている事も把握していた。価値観の相違を説いたのはあくまでシノンのためで、ブレイクスルーを狙った訳ではない。良くて『こちらの世界ではそういう事』という認識になればいいと思っていた
ブレイクスルーを破るような《システム・アラート》を見て違和感を抱き、未来の問題を悟る
・異界のキリト
人を殺め、咎人となったキリト
おそらく連続技を使えるが、自力でその軌道を再現し、隙を減らす手段を優先していた
なぜアリス世界に現れたかは不明。ブレイクスルーを妨げる最高司祭を討つためかもしれないが、それを依頼したのだとすれば、依頼者たる菊岡は獅子身中の虫に気付いていない事になる
原作通りダナ!(ヨシ!)
ちなみに禁忌を犯したのはキリト一人らしい
では、次話にてお会いしましょう
【参考】SA:O編ラスボスの難易度あんけーと 気軽に答えてネ! 難易度上昇でボスが増えるよ! 1.さくさく敵が倒れます。原典仕様のいーじーもーど 2.仲間と一緒に協力プレイ。コミックス仕様ののーまるもーど 3.形態変化にボス追加。改変仕様のはーどもーど 4.思い出補整で狂化します。極悪仕様のかおすもーど 5.ぷれいやー・ますと・だい(がち)
-
1.かんたん
-
2.ふつう
-
3.むずかしい
-
4.ごくあく
-
5.ですげーむ