インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~ 作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス
どうも、おはこんばんにちは
今話はお話の仕切り直しです
視点:リズベット
字数:約五千
ではどうぞ
生産職のプレイヤーにとって日没から深夜に掛けては所謂”ゴールデンタイム”という時間帯である。これから狩りや攻略に行くプレイヤー、そこから帰ってくるプレイヤーでごった返すからだ。高いスキル値や知名度を持つ生産職ともなると、正に引く手数多。
その忙しさは浮遊城にいた頃を超えている。
「だーっ、疲れた!」
日を跨ぎ、閉店操作を済ませたあたしは、待合所として提供しているソファに倒れ込んだ。精神的な疲労が筋肉疲労を呼び込んできているかのような脱力感に見舞われ、長く深いため息を吐き出した。
二週間の夏休みが盆明けと共に終わり、今日が二学期の始業式。そこから六時限までしっかり授業を終えたあたしは、即行で学生寮の自室に戻り、簡単な夕食を済ませ、SA:Oにログイン。既に混んでいた来店客の修理依頼、インゴットからの武器作成依頼や強化依頼をばっさばっさとこなすこと約五時間。
我ながらよくここまで集中したと思う。
「ほんと、今日は疲れましたねぇ」
カウンターでポーション類を陳列していたシリカが相槌を入れる。
彼女も予めて製造していた分をNPCの店員に渡し、休憩をうまく取っていたが、それでも裏で忙しく生成していた一人だ。鍛冶と違って素材を纏めて一気に作れるため、武器のレア度に応じた回数分、鎚を振るわなければならないあたしほど疲労感は見て取れない。
「マッピングの様子から遅くとも明日にはボス攻略が始まるでしょうし、それに備えての事なんでしょうね」
「数日は忙しくなりそうねぇ。出来れば不足気味の鉱石素材を取りに行きたかったんだけど……今から行くのは、流石に無理そうね」
チラリと視線を動かし、日を跨いでもうそろそろ一時間になろうとする時計を見て、息を吐く。午前一時というのはゲーマーとしてまだセーフラインと思うが、SAOに囚われる前では普通に眠っていた時間。今日も学校がある事を考慮するともう寝るべき時間だ。
つまり明日はゴールデンタイムに差し掛かるまでに素材諸々を集め、店に戻っておく必要がある。
あたしはソファで寝そべりながら考える。
開店・閉店時間はこちらが任意で決められるもので、あたしも明確に看板でそれらを記載している。平日は午後八時から十一時が開店時間だ。それ以外の時間はプライベートで仲間と攻略に出かけたり、素材集めに出かけたり、あるいは注文された武器の製作時間に当てている。
それを踏まえ、あたしは手元にある注文票を見て、レア度とそれに掛かる時間を概算し、一日にそれがどれだけできるかを考えていく。
開店時間中は接客をNPCに任せ、あたしは修理依頼などの方を対応するべく工房に籠る。
例外は素材や武器の売却依頼。その時は店長として市場価格を基準に交渉をする。正直これが一番時間かかるので面倒くさい。店の利益のためにも市場価格より低く買い取りたいのに対し、あちらは高く売りたい訳で、値段交渉というのは長引きやすくなる訳だ。
「ウムムム……」
「……何をしている?」
「ムムム……ムム?」
ウンウン唸っていると、ふと上の方から声が聞こえる。瞑っていた目を開ければ視界いっぱいに黒髪青眼の少女が覗き込んできている光景が見えた。
彼女は後に見つかったもう一人の《聖大樹の巫女》兼《聖石の女神》――ティア。
容姿、服装まで同一の彼女とプレミアを見分けるには、右目の泣きぼくろの有無が鍵となっている。それ程の小さな差異だったからキリトがプレミアを見ても気付けなかった。それを知っても、時々間違えそうになるが……
そんな事を考えつつ、あたしは言葉を返した。
「いやー、明日の経営どうするかなぁって」
「そう」
こちらの答えに彼女は一言頷いた後、踵を返した。
彼女からすれば、あたしの今の格好は奇怪で興味を引くもので、だから聞きに来ただけでしかなく、特別仲よくしようというつもりは無いのだ。彼女は人が居なくなった店内をグルリと見て回っている。武器に興味があるというには関心の薄さが見て取れるので、ただ時間を潰しているだけだ。さっき声を掛けてきたのもその一つ。
あたしが家主となっているホームで彼女が過ごし始めて一週間足らず。最初の頃よりマシとは思うが、中々警戒心を解いてくれないのが現状だ。態度が軟化するのはキリトだけ。まともな話し相手、関心を寄せる相手も同じなので、彼がいないこの時間はティアにとって関心を持てない事ばかりという事。
あの意味ありそうで実はない行動も、そういう心境の下によるものだ。
先にキリカと出会い、様々な事を学び成長しているプレミアであれば会話相手を自ら探しただろう。根底は変わらないティアもやっている事は同じだが、人に多く襲われた事で不信感を抱き、そこから救い出したキリトにだけ心を許しているので、必要以上に彼以外と話そうとしない。
そのせいで、接客に興味を示したプレミアと違い、ティアは常にホームの奥の方で時間を潰す日々を送っていた。昨日辺りから表にも顔を出し、売却依頼が来たときにあたしへ取り次ぐ係を始めている。それでもまだ対人への警戒心は強い。
先はまだ流そうだなと、遠ざかっていく巫女の背中を見ながら思った。
「ところでシリカー、プレミアっていまどこにいるか知ってるー?」
「さっきキリカ君が帰ってきたので、リズさんが閉店作業している間に上がりましたよ」
「はっや、どんだけ懐いてんのよ……じゃあキリトは?」
「まだ帰ってきてませんねぇ。ゴールデンタイムに入る前に一度ホームに寄ってたのは知ってるんですが、その後すぐにアリスさんと連れ立って外出してます」
カウンターで作業中のシリカと会話している間、店の隅で興味ありそうにこちらをチラチラ盗み見るティアを見つつ、あたしはメニューを呼び出した。長らく見慣れたスクエアタイプUIのそれを繰り、フレンドリストから《キリト》を見つけ出す。グレーアウトしていないため、まだログイン中だ。アリスを放り出すとは思えないので多分一緒にいるのだろう。
何をしているのかと思い、フレンドとして分かる外向けのパラメータの中から位置情報を探した。
あちら側の操作で秘匿されていたりや、ダンジョンに潜っていれば索敵不能になっている可能性もあったが、どうやら今はフィールドに居るらしい。覚えのある地名が表記されていた。
続けてマップを開き、キリトの現在地に該当する地図を展開すると、フレンド表示の光点が浮かび上がった。その方向は少しずつ《アインタウン》へと近づいている。
「んー……どうやらこっちに向かって帰ってきてるっぽいわね」
「本当ですか」
「うぉわぁ?!」
キリトの帰りが近いと知ったからか、一気に距離を詰めてきたティアの勢いに驚かされ、ソファの端の方へと逃げてしまった。しかし彼女はそんな反応に頓着せず、ただまっすぐにあたしを見てきている。
「あの人は、もうすぐ帰ってくる。それは本当ですか」
「え、ええ……その筈よ。他に用事が無ければだけど……」
言いながら、多分そうだろうと再確認する。
日を跨いだ時間だからもう寝るべきだし、これから朝までの数時間動き続けなければならない話もあたしは知らない。だからあたしが持つ判断材料では、このまま帰ってくる可能性に十分考えられる。アリスを送り届ける事をすっぽかすとも思えないし。
そう思いながらの首肯に、ティアは真実を感じ取ったのか、ほんの少し笑みを浮かべた。
またすぐ踵を返したので、その表情を見れたのは本当にわずかな間だったが……
――あの子、ほんとキリトに懐いてるみたいね……
しかし今、確かにキリトに心を許しているが、帰ってくるのならと離れて行動する事をティアは受け容れている。
境遇に大きな差はあるが、根底の差異は小さいからか、ティアは徐々にプレミアと同じように成長しつつある。それぞれが一番信じる相手を決めて、その相手から学び取る状態が同じだ。プレミアはそうして多くの事を知り、ユイ達などの仲間を得た。今は他者を信じられないティアもきっと多くの人と仲良くなれる筈だ。
なにせ、あの人間不信の強かったキリトが”ともだち”を得たのだから。
「……感慨深いわね」
ふ、と小さく笑う。
今のティアを見ていると、あの頃のキリトを思い出し、重ねてしまいそうだ。そこに実力は関係ない。人を前にした時はどちらも幼い子供にしか見えないのだ。
キリトとキリカは自らの意志で道を切り開いた。そうするだけの過去があった。
ティアとプレミアには、それが出来るだけの過去は無い。
だから誰かが助けの手を差し伸べなければならなかった。
その誰かが、プレミアにとってはキリカで、ティアにとってはキリトだった。
「ほん、と……
記憶に強く刻まれる少年たちへ向けた言葉。
――
まるで、善と悪のように。
まるで、光と闇のように。
まっすぐ天へ直走る剣士としての姿と、その陰で、一人の死をも恐れるか弱い子供としての姿。
彼が過去、守られる側――その中で守ってもらえなかったからこそ、誰かを守る事に執着する。喪う事を恐れる。だから自分が前に出て、喪わないよう剣を取る。
彼の勇ましい姿は矛盾あってこそのものなのだ。
そんな彼らが巫女二人を保護するのも、つまりはそういう事。
NPCとして庇護される立場にあるのに、初期設定がNull、クエストもダミーのもので1コルだから異常だとされ、目を付けられた。他のNPCと違って守ってもらえなくなった。
……無意識なのだと思うが。
キリト達が彼女らを消させないよう動いているのは、彼女らに、自分達の過去を重ねているからなのだと思う。それなら仲間から『消すのは待って欲しい』と頼まれた時、『そのつもりだ』と応じたのも頷ける。
そうやって関係が作られ、後も連綿と続いていくのだ。
キリトからティア。ティアから誰か。誰かからそのまた誰かへと。
キリカとプレミア達も、おそらく同じように。
「そういえば……あの子達って、成長、するのかしら……」
ふと、思考が逸れ始めた。
ユイとヴァベルの例があるし、アイングラウンドのNPCは人間のように日々を過ごしているので、成長する可能性も無きにしも非ずではと思った。カーディナルがコッソリと《メタモル・ポーション》の効果を適用させていればの話だが。
もしそうなったら、プレミアとティアはどんな大人になるのかなぁと思い描く。
「くぁ……ねむ……」
そうしている間に、眠気がきた。欠伸をしながらソファに倒れ込みつつ、それでもなお頭の中で妄想を展開しながら、あたしの意識は眠りの海に没した。
じりりりりり、と目覚ましが鳴り響く。
心地のいい眠気に身を委ね、眠っていたあたしの意識を覚醒させたのは、数百円の簡素な置時計。それのスイッチを切り、目覚ましを止めたあたしは上体を起こした。
「んー……っ! あー…………寝落ちしてたわね、こりゃ」
体を起こしたあたしは、背伸びした時に被ったままの機械《アミュスフィア》の存在に気付き、一気に落胆の息を吐きだした。
寝落ち機能が付いてくれたのは良いが、そのまま寝た場合、リアルで起きた時はアミュスフィアを数時間装着したままという事になる。そうなると髪や顔に機械の痕が付いてしまい大変恥ずかしい事になる訳だ。勿論友人達もそれが解るから笑いのネタにしてきて、羞恥は元の数倍にも膨れ上がる。
時計を見れば、まだ登校まで時間がある。
あたしはどこぞの神に祈りながらシャワー室に入り、念入りに顔の痕が消えるよう顔を洗った。寝汗も掻いて汗臭かったので全身も洗う。
シャワー室から出て、簡易的な朝ごはんを食べながら携帯端末のニュース記事を漁る。
そこで着信音が響き始めた。こんな朝に誰から、と思いながらディスプレイを見る。
表示されていた名前は『結城 明日奈』だった。
口内の食塊を嚥下し、水で潤した後、受話器を取る緑ボタンをフリックする。
「もしもし、おはよう明日奈」
『おはよう里香。朝からごめんね、でも急いで伝えておくことがあって』
電話向こうの明日奈は切羽詰まっているようで、とても早口だった。いったいどんな問題が起きたのかと身構えていると、予想外の言葉が飛び出してきた。
「……はぁっ?! ちょ、ええっ?!」
寝耳に水だったわたしは、驚く事しか出来なかった。
《SA:O》開発陣といい、色々と穴だらけな政府
こんなお上の下で動く組織がマトモな筈がないのです(確信)
・キリト
リアルに逮捕された主人公
どんな罪状で逮捕されたのかで有罪か無罪かが決まる。若干十一、二歳にして柵の内側に入った
つまりその間、SA:Oなどの各問題へ対処できなくなる訳で……
・ティア
キリトに懐いている巫女
NPC達の中で、システムやルールに守られなかった存在
それに親近感を覚えたキリトによって保護されたのは運命か否か
現在はリズベット武具店でリズへの取次係を行い、人に慣れていっている
・リズベット
ホームの所有者兼鍛冶師
生き場のないプレミア、ティア、アリスの住居として提供している人。出資者は主にリズベットとキリトの二人
寝落ちして顔や髪にアミュスフィア痕を付けてしまう
食事中、まさかの事態に驚く