インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~ 作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス
どうも、おはこんばんにちは
視点:ティア、???
字数:約一万
ではどうぞ
――ゆめをみていた。
そう遠くない筈の過去のこと。
何も知らず、宛てもなく彷徨っていた頃の
目覚めれば人が行き交うどこかの大通りだったことを覚えている。その時の私は何も考えず、何も思わず――けれど、どこかに行かなければという強迫観念に突き動かされ、街を彷徨っていた。
道中、幾度か声を掛けられはした。
しかし当時の私には、彼ら彼女らの言っている事が分からず、無言を返すばかり。そうしていると相手は興味を喪って勝手に立ち去っていった。
その背を、やはり何も思わず見送って、また彷徨い始める。
何時間もそれを続けた時、初めて変化が訪れた。
『どこか、行きたいトコでもあるのか』と。それまで声を掛けてきた冒険者達よりも一歩踏み込んだその問いが、私に変化を齎した。
無自覚の欲求――あるいは、刻み込まれた残滓が反応し、私は冒険者と共に街を出た。知る筈のない草原のどこかを目指して歩いた。
そうして、私は”彼”と出会ったのだ。
無条件に取り出した一コル銅貨を見て激昂した冒険者に斬られそうになった時、私を庇うように躍り出た者がいた。
それがキリトだった。
銀の髪をなびかせる彼が夜の草原の中で一際輝いていた事をよく覚えている。問答の末に危害を加えようとしてきた冒険者を追い払った後、私を見据えた金の瞳も印象に強く残っていた。
何も知らず、思わず、考えなかった私が――名前を得たのは随分後だが――”
『――怪我はないか?』
青草の絨毯に尻もちを突き、少年を見上げる私に、彼はそう笑い掛けてきた。なにも返せないでいると、笑みを苦笑に変えてから私を引っ張り上げた。
そのまま街まで戻って、転移門広場で別れた。
再会したのはそれからおよそ二週間後の事。
その二週間で様々な冒険者を見てきたが、何れも友好的とは言えなかった。一コルしか報酬を出さないNPC――その噂を聞きつけ、興味本位で声を掛けてきたりクエストをこなす者はまだマシだ。その噂を知った上で報酬に怒り、こちらに当たってくる者もいた。
殺せば改善される、レアドロップを狙えると言って来る者達は最悪だった。
その境遇から再会と同時に救い出された私は、だからこそ彼だけを信じた。
……信じて、いたのだ。
けれど、今は刃を交える敵同士になっている。
――そう考え、ぎり、と奥歯を割らんばかりに食いしばる。
この城を創り出したのは私ではない。私と同じ、《聖石の女神》の役割に在る同位体によるものだ。
いくらでも替えがある、替えの利かせられる
だからやろうとすれば私にも出来た。事実、知識に於いて、私も祈りを捧げれば城を完成させられる事が解っている。その後、崩壊させてこの世界を終わらせられる事も知っている。
”闇”は、そうしろとせっついてきている。
より中核に近付きつつあるプレミアへの干渉はキリカが持つ剣の存在が邪魔で成功していない。他の巫女は全て死に絶え、残る祈りを捧げられる女神/巫女は私だけ。
使命の事を考えれば、ここで”闇”の回廊を通って祈りの間へ赴き、早々に役目を終えてしまうのが一番いい。
先ほどからキリトが自ら攻め込む素振りを見せていない。浮遊城の記録との大きな違いは、今はこちらにとって都合が良い。
行こうと思えば、いつでも行ける状態なのだ。
……しかし、私は祈りの間に向かわないでいる。
「ッ――キリトォッ!」
思考が千々に乱れる。
喪う何かを考える度に生じる思考のノイズが私を苦しめていた。
それでも、私の意識ははっきりとしていた。眼前に立ちはだかる敵を見据え、斬り伏せんと体を動かし続ける。
彼の名を叫びながら足を前へと動かす。
私の背後には、祈りの間へと続く回廊があるというのに――
分かっていながら、私は大上段から大剣を振り下ろした。
「ふ……っ!」
こちらの一撃を彼は交差させた二刀で押さえ込む。赤黒い魔剣と黄金に輝く聖剣の闇と光を喰らわんと、私の大剣に纏わりつく”闇”が蠢動する。
だが、その鬩ぎ合いも長くは続かない。
バヂィッ、と電気が走ったかのような音と共に互いの剣が弾かれた。互いの
そうして跳ね上がった大剣を再び振り下ろす。先ほどより勢いに欠けたためか、次撃は簡単に往なされ、私から見て左側の地面を強かに打った。
「ハッ!」
それを予測していた私は瞬時に剣の柄から手を離し、左足で強く踏み込み、左掌底を振り上げた。
記録から再現した剣姫の技術だ。
「んが……っ」
大振りの二刀ではゼロ距離での体術に即応出来なかったようで、掌底は彼の顎を綺麗に打ち抜いた。ぐわんと華奢な体が弓なりに仰け反る。
好機、と見た私は剣の柄を握り直す。
「――セィッ!」
「がっ?!」
同時、橙色の輝きを放った彼の右足が、お返しとばかりに私の顎を蹴り上げた。
視界と脳が揺れる中、記録から該当の技を見つけ出す。
《体術》スキルの《弦月》。体勢を崩した時、空中にいる時、技の繋ぎにとあらゆる局面で彼が使ってきた蹴り技の存在を知ると同時、その厄介さも思い知った。
――やはり、キリトは強い……!
着地し、後退に制動を掛けながら思う。記録で見た通り、そして実際に戦って印象以上の強さがあると。
だが、彼の強さにはまだ上がある事を私は識っている。
一人で迷宮区塔や闘技場、地下迷宮の番人を屠った時の事。廃棄孔や実兄の他に生死を掛けたホロウとの死闘。ただ一人で乗り越えた三つの試練。それらと比べれば今の彼は非常に優しい。
なぜ優しいのかと言えば、彼の敵は、”
戦う前に言っていた通りなのだ。
――きっとそれは、私にとっては喜ぶべき事なのだ。
最大の障害になり得る少年に付け入る隙があるという事だから。本気になられる前に倒すなり、早々に離れるなり、まだ選択肢がある状態だ。
まして、この世界の冒険者は死んでも蘇る。仮に倒せたとしても意味は無い。
だから、彼に勝つのなら、祈りを捧げる以外に方法は無い。
ここで戦う事に意味も意義も利益も無い。
……その、筈だ。
「く、ぁっ……」
後ずさるのが終わると同時、力が抜けて膝を突く。
思考に生じたノイズは明確に”私”の行動を妨げる。NPCという存在が何であるかを理解した私には、そのノイズが決して好ましくないものである事が理解できていた。
だが、なぜノイズが生じるかは依然分からない。
それを考えようとすると更にノイズが生じて思考が続かない。
「キ、リト……ッ」
それでも、意識は眼前の剣士を捉え続ける。
喉を震わせ紡ぐのは剣士の名前。
自分の声かと疑いそうになるほど、それは掠れ、力なく震えていた。
それに、彼は応じない。無言のまま私を見据え返してくる。
凪いだ黒い瞳が私を射抜く。
――――瞬間。
これまでの比ではないノイズが、総身を襲った。
「あ、ぐ、ぁぁぁああああああああッ?!」
「ティアッ?!」
視覚、聴覚、触覚――おそらく他の五感も含め、全てを塗り替えられるような感覚だった。全身を余さずゾワリとした何かが走る感覚が遅れてやってきた。
毒を受けた時の苦しさとも、麻痺を受けた時の痺れとも違う何か。
――それが、私の何かを崩していく感覚。
その感覚が自分にとって致命的なものだという確信があった。
だからと言って、どうしようもない。
どうすればいいのか、分からない。
それでも、手を伸ばした。
「キ、リ……ト……」
暗くなる視界の中、それでも見えた黒尽くめの剣士の姿。
それに重なった銀と金の光に私は手を伸ばしていた。
ふわふわとしていて、どこか実感のない感覚でもそう判断できたのは、”
意識を眠りに沈めたとき、浮かんでくるのは大抵二つだった。冒険者達に殺されるところか銀色の剣士の隣を歩くところ。どんな基準で選んでいるのかは自分でも分からない。ハッキリと分かっているのは、その明確にその場面を想像した事があるかどうか。無論、どちらの場面も想像した事があった。
つまり、少なくとも”
だからこそ、いまの私は疑問を浮かべていた。
今見ている光景は何だろうか、と。
――――眼前に映る光景は、まるで己を俯瞰しているかのようなものだった。
『逃がさん……ッ!』
『チィッ、完全に呑まれたか……!』
”闇”を漲らせる成長した己が大剣を手に駆けている。尋常でない膂力で縦横無尽に飛び回り、確実に敵を斬り裂かんとしていた。
その相手は魔獣などではない。
右手に闇を、左手に光を湛える剣を持つ少年――キリトだ。
闇を纏った一撃を己が放つ。それを二刀で防ぐが、勢いに圧された少年は彼方へ吹っ飛んでいく。それを追った己がまた一撃を放ち……と、その繰り返し。私との応酬が嘘のような目まぐるしい激戦に、これは
前者であれば、この光景を自分は望んでいる事になる。
後者であれば、なぜ俯瞰視点でそれを見ているのか、そもそもアレは本当に自分なのかという疑問が生まれる。
分からない。
この状況も。眼前に映る光景も。
……それはつまり、自分が何を望んでいるかも分かっていないという意味でもある。
「私は……何の、ために……」
茫然と呟く。
キリト達の前に立ちはだかった時、あるいはキリトと刃を交えている時よりも遥かにクリアな思考ですら、私は自分が何を望んでいたか分からなくなってしまっていた。
――冒険者達への憎しみはある
命を狙われ続けた事への怨みは、そう易々と消えはしない。きっと今後もそれは抱き続ける。同じく冒険者達への不信感も募らせるだろう。
”闇”を介して識った記録を見て余計そう思った。
たった一人を責め、貶め、殺そうとした者達の姿は、正しく
そんな存在を前に、友好的になれる筈もない。
――でも……それなら、何故キリトは信じられると思ったのだろう?
キリトも私を殺そうとしたジェネシスらと同じ『人間』だ。ただ立場が違うだけで、同じ種族なのだ。敵対すればいまのように剣を向けてくる。
「っ……」
そう考えると、胸の奥が苦しく感じた。
ぎゅっと握った手を胸に当てる。苦しさは、やはり紛れない。
「――驚いたな。まさか、迷いがあるなんて」
突如、背後から声を掛けられる。
咄嗟に振り向き、腰に手をやるも使い慣れた細剣はそこには無かった。そこで己の衣装が黒い巫女服になっている事に気付く。恐らく髪と眼の色も変化した後なのだろう。その割には、変化した大剣はどこにもない。
仕方なく、武器もなく身構えながら声がした方へ改めて意識を向ける。
「え……キリト……?」
視線の先には、黒尽くめの少年が立っていた。こちらに合わせたのか武器は無いが、黒髪黒目だけでなく、その容姿と纏っているコートの色を含め、完全に出で立ちが全く同じだ。
思わず背後を確認するも、やはりキリトは大剣を使う自分ではない自分と戦い続けている。
ではキリカかとも思ったが、彼は他の仲間達と共にアインクラッド基部の中枢へと進んだ。
ならここは中枢の祈りの間かと考え、ここで初めて辺りを見回した。私と謎の少年がいる空間は、まるで夜闇のように暗い場所だった。闇の中にポツリとある空間と言えばいいか。
そんな場所に私はいた。夢と思いたくなる光景と、謎の少年と共に。
少なくともここが祈りの間でも、おそらくアインクラッドでもない事は分かった。目の前の少年もキリカではない。
と、なれば――――
「いや……ホロウ、という存在か」
記憶を手繰り寄せ、朧げではあるが該当しそうな存在に見当を付ける。私が”闇”を介して識った記録や力の元来の保持者だ。
「ああ、そうだよ」
その予想に、少年は肯定を返してきた。
表情は読めない。キリト、キリカと違い、ホロウからは感情というものが感じられなかった。それに不気味さを覚えながら私は口を開く。
「なぜあなたが此処に?」
「――その問い方は正しくない。正確に言うなら、なぜ私が此処に、だろう」
無表情のままホロウが言う。まるで、ここに居るのがおかしいのは私の方だと言わんばかりの態度だった。
その意味がイマイチ分からず眉を寄せていると、ホロウが少しずつ近寄ってきた。ただし彼の目は私ではなく、その背後――アインクラッド未完エリアでのキリトと
そのままホロウは私の隣に並ぶ。視線はやはり戦闘の光景に向けられていて、私も改めてそちらに向き直る。
「お前が此処に来たのは、”シンイ”に囚われたからだろう」
すると、ホロウが突然そう言ってきた。何のことかと一瞬思考を挟み、それが私がここに居る原因に対する答えである事を送れて理解する。
しかし、それは疑問が一つ増えただけだった。
「シンイ……?」
「心より出ずる意志。人が放つ感情があまりに強過ぎると、時にこの仮想世界を統括するシステムを狂わせ事象を上書きする。お前が使ってるあの”闇”やヤツの光と闇がそうだよ」
言われ、戦闘に眼を向ける。
禍々しい”闇”をまき散らし、周囲を黒く染めているもう一人の自分の姿。それに抗うべく、光と闇の二刀で立ち向かう少年の姿。
アレらは”シンイ”という力なのだという。
だが……
「アレらも、同じ……?」
そう、疑問を漏らす。両者が使う力がまったく同じとは、私には思えなかった。
事実違うはずだ。もう一人の自分は憎しみに従い、剣を振るっている。だがキリトは憎しみ以上の目的のために剣を振るっている。彼の闇からは、自分が纏うものとは違う温かみも感じられるのだ。
「実際、違うな」
私の疑念を見抜いている口ぶりでホロウは言った。
「ロジックとしては同じだ。だが”シンイ”を行使するための根底としているモノが違う。オリジナルも、怨みや憎しみはあるが、同時にそれを上回るモノがある」
腕を組み、どこか忌々しげにホロウがそう言い捨てた。
彼の言葉を聞いた私は、視線を下に下げた。
彼の言が確かなら、私には、キリトが放つ光となるモノ――感情が無いという事になるからだ。実際そうなのだろうと納得してしまう自分もいた。
だから、眩しく感じられた。
「……私に、光はないという事か……」
彼に救われた私は、しかし復讐のために彼を裏切った。自ら光を捨てたも同然――だから、闇しかないのだと。
納得してしまった私は、思わず自嘲の笑みを零した。
「本当に、そう思うか?」
その時、ふと、ホロウが問いかけてきた。
横を見るが、彼は変わらず戦いの方に視線を向けていた。
「それは、どういう……?」
「――ある所に、『自分にはもう未来が無い』と諦めた者がいた。それを止めようとする者はいたが……それも、振り切った。引き返す事も出来たのに、我を通したんだよ、ソイツは」
そこまで言ったホロウが、徐に私の方を向き、見上げてきた。
黒い瞳がまっすぐと私を見つめてくる。
「お前はどうだ? 本当に、何もかも喪ったと思っているのか?」
その問いに、私は咄嗟に答えを返せなかった。
口ごもった私を見て、ホロウは仄かに苦笑し――
「――――だとすれば、ヤツも浮かばれない」
そう言った。
「え……?」
私は、予想外な言葉に呆気に取られてしまった。
浮かばれない、とはどういう意味かという疑問もあった。けれど、何よりその言い方では、まるでまだキリトとの繋がりに希望があるかのようで……
『く、そがァッ!』
「っ……」
そこで、キリトの怒号が耳朶を叩き、びくりと肩を震わせる。
戦闘の光景を見れば、彼は闇と光を放つ二刀を、”闇”をまき散らすもう一人の自分へと叩き付けるところだった。その表情は鬼気迫るような険しいもの。
とてもではないが、友好的な関係を期待できるものではなかった。
「言っておくが!」
――そんな私に、ホロウがびしりと指を突き付けてきた。
あまりに唐突だったため、思考が一時停止する。
「ヤツがもしも本気で殺すつもりなら、お前の首は早々に飛んでいる。そうなってないって事はそういう事だ。それにアレは決めた事は意地でも貫こうとするヤツだ、万策尽きてもすぐ新しい手を講じる程のな。そんなヤツを、自分を見失ってこんな所にいるお前なんぞがどうこう出来ると思うなよ。それは思い上がりってもんだ」
「……」
そこに畳み掛けるようにホロウが言ってきた。
キリトを褒めてるんだか貶してるんだかよく分からない内容だが、二つ分かった事がある。遠回しではあるが、キリトは、まだ私にとっての光になる可能性が残っている事。つまり私が勝手に喪ったと思い込んでいた。
もう一つは……
「つまり、あなたも自分を見失っていると?」
「……最初にそれを言うとは、お前、随分いい度胸してるじゃないか……」
ビキリと、額に青筋を浮かべながら言ったホロウは、すぐにはぁとため息を吐いた。それから視線を周囲の暗闇へ向ける。
「”闇”を介してアインクラッドの歴史を識ったんだ。なら、俺がオリジナルに敗れた後、何をしていたかも知っているだろう」
言われ、頷く。
記録によれば、ホロウは実兄アキトを殺すつもりでいて、逆に生かそうとしたキリトと戦い、敗れた後、どことも知れぬ場所に留まっていた。全てはアインクラッドを狂わせた悪性情報を、ゲームクリアまで抑え込むため。
つまり彼は、人柱として身を捧げた。
「あ……まさか、ここは……!」
「気付いたか。そう、ここは悪性情報を封じ込めていた場所……アインクラッドの”裏側”だ。周囲の暗闇は、お前を変質させた”
「これ、が……」
何もない空間だと思っていたが、実際はあの”闇”に満ちているとは思わず、言葉を喪う。同時、こんな場所で半年以上も一人で”闇”を留めていたホロウにも驚愕を抱いた。
”闇”に触れた時のことは、まだ鮮明に記憶している。
まずは恐れだ。ホームの部屋で一人だったのに、どこからともなく声が聞こえてきて、次に”闇”が噴き出た事で部屋から逃れられなくなった。
そうして”闇”に触れ、
続けてこの世界の成り立ちを、己が何者かを知り、使命を知った。
――つまり、此処にある”闇”はその根源。
アインクラッドとアイングラウンド、双方の怨みが積み重なった廃棄孔の最奥なのだ。
「……けど、なぜ私がここに……」
「最初に言ったが、”
そう言って、彼は未だ続く戦いへ視線を移した。
戦闘はまだ続いている。自分ではない自分が吼え、”闇”を放つ。それに対抗してキリトが光と闇の剣で斬り払う。
未完エリアのフィールドはそこかしこが赤黒く変色していて、シンイに侵食されている様子が伺えた。それがそこかしこに見える事から相当な時間が経っている事も分かる。
だが、それでもキリトは決着を付ける素振りが無い。
戦いが長引けば”闇”の侵蝕という被害が増えるのは分かっている筈なのに。
ホロウの話によれば、その気になればすぐに殺せるというのにだ。
それは、つまり……
「――それでも、ヤツはお前を、助けようとしているんだよ」
「――――」
また、言葉を喪った。
彼の内心は分からない。ホロウが言っている事が間違っている可能性もある。似た境遇による怨み、憎しみを持っているとしても、別の復讐だからと敵対は免れないかもしれない。
……だが。
キリトは、二度も私を救ってくれた人だ。
一度目は偶然だった。それは間違いない。
しかし二度目は彼自身の意志で救われた。多勢に無勢の状況でも救いに来てくれた。それが、彼なりの事情があったのだとしても、それは事実だ。
――静かに、目を閉じる。
何を見るのか。
それは、己だ。
見失っている己を――”ティア”という名を貰った自分自身を、見つめるためだ。
”闇”に呑まれる前に抱いていた恐怖――――キリトも、他の冒険者のように剣を向けてくるのではないかというそれの、更に根源を探る。
剣を交えた最中、問われた事――――祈りを捧げに行かず、なぜキリトを待っていたかの理由を探る。
「――あぁ……」
そして、見つけた。
恐怖したのは、拒絶の可能性に対して。
だからキリトを勧誘し、断られた時に衝撃を受けた。なぜ、と困惑した。彼の言葉を、理解できなかった。拒絶される事を恐怖した。
きっとその恐怖は、抱いて当然の事だろう。
だからと言って、私の復讐に巻き込むのは違う。『理解者も味方もいない』と言っていたのはきっとそういう事。
だから、彼は問うてきた。
ティアは何をしたいのか、と。
「私は、ただ……一緒に居たかったんだ……」
落ち着いてみれば簡単だった。単純で、明快で――――あまりに幼稚な、その想い。
助けてくれたから。
信用出来るから。
――多分、それ以上に深くて、強い想い故に。
私はキリトの傍に居たかった。
”闇”に触れたから。私が、復讐の道に進んだからおかしなことになった。『誰かに理解される』筈がないものに誘っても頷かれる訳がなかった。
「自分の本心を見出したか」
静かに、そう語り掛けられる。
ホロウは穏やかに微笑んでいた。その顔は、やはりキリトにとても似ている。
「なら、さっさと自分の体に入り込んだ”闇”に打ち克ってこい。なに、今のお前なら何もせずともすぐ終わる」
「……ホロウは、来ないのか」
純粋な疑問をぶつけると、彼は苦笑した。
「
そう言って、彼は手をしっしっと追い払うように振った。
それにムッとしたのも束の間、僅かに視点が浮いた。驚いて足元を見れば、地面と思しき闇から徐々に離れていっている様子が見て取れた。
「これは……?!」
「言っただろう。此処は、自分を見失ったヤツが辿り着く場所。自分を見出したお前に此処にいる資格なんて無いって話だ」
「ホロウ……!」
一メートルは浮いたところで手を伸ばす。何も考えず、衝動的な行動だった。
それに、ホロウはまた笑みを浮かべた。キリトによく似た優しい笑み。
でも、同じではない。
彼の笑みは――
「もう二度と、見失うなよ」
――どこか、
「……行ったか」
遠く離れ、光になって消えたのを確認し、息を吐く。
同時、背後に気配が生まれた。
振り返らずとも誰か分かった俺は、敢えてそれを無視し、中継され続ける戦闘映像へ向き直った。相手も俺の態度には言及せず隣に並ぶ。
「随分、饒舌じゃったの。たとえ話でも過去を持ち出すとは。己を重ねて見たか?」
「……否定はしない」
隣に並んだ者――実体化したカーディナルの言葉に、俺は言外の肯定を返した。
オリジナルがどう考えているかは知らないが、少なくとも俺は、あの巫女NPCたるティアに同情を覚えた。俺が命を狙われたのはそう狙った部分もあるが、元βテスターや織斑の出来損ないなど、幾らか不可抗力の面も存在した。それに関する不満を抱いていたのは事実な訳で、その点でも彼女に同情はあった。
そんな人物が、”瞋恚”――過去、
ああも歪んだ原因が”瞋恚”なら、あの思い込み思考になったのも”瞋恚”――ひいては自分が原因だ。
責任を感じるのはある意味当然である。これに関しては恐らくオリジナルとキリカも似た心境の筈だ。
――中継を見る。
未完領域を映すそれには、己を取り戻したティアと、突如として戦意を喪った相手に困惑するオリジナルの姿が映し出されている。これまで真っ向から叩き潰すことで瞋恚――クラウド・ブレイン――をどうにかしてきたから、こんな解決に驚くのも無理はない。
その様子に、ふん、と鼻を鳴らす。
「それで、次は?」
「暫くここで負を留めておくのじゃ。別の指示があれば、追って出す……呑まれるなよ」
「同じ轍は踏まんよ」
そう返すと、そうか、と笑ってカーディナルは立ち去った。
――途端、ズン、と全身に更なる重圧が掛かり始める。
同時に呪詛が思考に刻まれ始めるが――それでも、俺は片頬を釣り上げた。
「光を捨て、死人になった俺には相応しい場所だよ、本当に」
心の底からの言葉を、笑みと共に零す。
中継を見る。そこに映る、瞳が赤から蒼になった銀髪の女性に視線を向けた。
「……もう二度と、来るんじゃないぞ」
――そして、俺は眼を閉じ、瞑想に入った。
・アインクラッドの《裏側》
ホロウ・エリア、アイングラウンド(キリトが一人で残った場所の方)のこと
アキトの生死を賭した死闘の果てにオリジナルキリトに負けたホロウが、以後負のクラウド・ブレインの抑止のために人柱になっていた空間を指す
”悪性情報”のニュアンスから察せられるようにFate/の『月の裏側』が表現の元ネタ
・ティア
心を”闇”に覆われ、
その結果、自身の真の願いに気付き、
元に戻った後、容姿は変わらないが瞳の色は青に戻っている
実は『KH1』や『KHCoM』の頃のリクがコンセプトイメージ
やっぱ一度闇堕ちしてから光堕ちするのがいいんよ
・ホロウキリト
ティアを諭す中で語った『ある人物』の話は、実は自分自身の事
全てを諦め、我を通した末に復讐の道に突き進み――その果てに、全てを喪った世捨て人
地味に会話の中で『オリジナル』とティアに気遣って言わなかった
現在はティアを狂わせた”闇”を封印する人柱に再びなっている
カーディナルへの返事と凪いだ心境から、どうやらクラウド・ブレイン事変経験後のホロウのようだ
しかし死闘の後、ホロウの瞋恚はキリトの瞋恚と相殺され消滅、データもSAOサーバーごと消えた筈だが……?
役回り的に若干ロクサスをイメージに据えている
こちらもガチの闇堕ち→若干光寄りに
・カーディナル
原作茅場枠になりつつある気がしなくもないSAO、ALO、SA:Oのシステム統括管理者
SAO時代ではアルベリヒ/須郷信之が持つスーパーアカウントへのカウンター枠予備としてホロウを手駒にしていた
SA:Oでも何らかのホロウを手駒にし、”闇”を封印する人柱にしている
では、次話にてお会いしましょう