インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

434 / 446


 どうも、おはこんばんにちは

 原作だとシリカは《ユナイタル・リング》編から一気に出番が増えてキリトみたく発想力で活躍してますね。というか放った薪を手動で四分割するとか、完全に上級者のプレイングじゃないですかヤダー

 忘れられがちですけど、キリト達と比較するから弱いんであって、初登場時点で普通に中層上位勢なんですよね……ゲーム版だと最初こそレベル低いけど、最前線に出ようと努力するくらい心は強いし

 そんな素質ある子が本気になったらもっと凄いんじゃないか、というお話


視点:シリカ

字数:約八千

 ではどうぞ


※本作シリカは、キリト、キリカ、ホロウに対してはタメ口です
 一人称は原作同様『あたし』です




第五十章 ~報恩の時来たれり、其は生を願いし者~

 

 

 綾野珪子(シリカ)にとって、"キリト"は大恩人である。

 

 それはあの世界に囚われた人とその家族全てがそうだ。今更、わざわざ語るまでもない。それほど周知された事であり、誰もが認める『功績』だった。

 オレンジプレイヤー達は悪罵を吐くだろうが、デスゲームからの解放を悪し様に言えば、きっと彼は『ならば命を絶てばよかった』と返すだろう。彼自身が、自らを『罪人』と見ているから。

 

 そんなキリトも、今では随分と変わったものだ。

 

 義姉リーファによる賭けに等しい苛烈な衝突を経て彼は変わった。生きたいと、そう叫ぶほどに。彼を想う女性からの愛を受け止めようと決めるほどに。仲間のために未来を守ると決意するほどに。

 出会ったばかりの頃からは考えられなかった。

 

 ――自分より幼い"少年"が『世界』を背負う事になるなんて、予想外にも程がある。

 

 それはキリトに対してだけではない。SAOで、そしておそらくはSA:Oでも、世界を壊しかねないほどの負を留める人柱になったホロウに対してだ。

 初めて"少年"に会った時から不思議だった。

 どうして自身に悪罵を投げ、殺意を向ける人達をも守ろうとするのか、と。結局それは、誰にも死んでほしくないという、彼自身が優しい――優し過ぎる理想故だった事が分かった。『誰もが幸福である未来』を心の奥底に秘めていた。

 到底それが現実的でない事だと分かっていても、それを求めた。

 ――求めなければいけないと強迫観念に駆られていた。

 優し過ぎるから抱いた理想。優し過ぎるから、殺めた人、助けられなかった人の命を背負って、理想への道を突き進んでいた。

 

 キリトはその理想を諦めていない、仲間を守る上で多くの人を救う事でその理想を叶えようとしている。

 

 その途上でどれだけの命を奪う事になるか分からない。心は傷つき、体はボロボロになって、時に立ち止まって休むだろうけど、その歩みは何時か再び刻まれる。奪った命のためにも諦めてはならないと。

 

 

 

 ――その『過去』が自分のものでなくなったからホロウは潰れた。

 

 

 

 体を表すその名も、立場も存在も、過去も未来も喪ったから、彼は折れた。

 あの頃の"キリト"は強迫観念だけで突き動かされていたんだと、あたしは"けもの"の叫びで初めて知った。そうして初めて、ホロウが人知れず居なくなった理由を察したのだ。

 

 彼にとっては"ともだち"も喪ったものだったんだって。

 

 それは自分が原因だ。

 複雑な事情を気にして、敢えて会いに行かなかった自分のせいなのだ。むしろ会いに行くべきだった。管理区にだけでも顔を出すべきだった。

 ……きっと、何を言っても響かなかっただろうけれど。

 "ともだち"を自負していたなら、そうするべきだった。

 

 

 

 ――綾野珪子(シリカ)にとって、"キリト"は大恩人である。

 

 

 

 だからこそ、余計にその後悔は強く鮮明だった。

 

 

 

 ――キュゥ、と小竜が啼く。

 

 その小さな体が仄かに光る。蘇生時(かつて)の光景が脳裏に浮かび――短剣を握る手に、力が籠った。

 

 

 

 

 青暗い光に覆われ、転移型ボスだという《イヴィル・ザ・グリームアイズ》の姿を取った"モジュール"は三度、形を変えていく。

 回復とバフの掛け直しをしながら体勢を立て直したところで"モジュール"もボスの再形成が終了した。

 

『お前達の力を見せてみろ』

 

 その姿は、サクラメント事変で猛威を振るった敵セフィロトだった。

 ただし頭上の名前を見れば《The OneWing Forginengel》、片翼の堕天使の名が表示されている。たしか七十五層闘技場個人戦で最初に出てきたボスだった筈だ。

 

「お、おいアレって、サクラメントの……」

「何でコイツが出てくるんだ?!」

「まさかこの事件、《亡国機業》ってのが関わってるんじゃ……!」

 

 ボスの姿を見て、《月夜の黒猫団》の長槍使いのケイタ、長槍使いササマル、片手棍使いテツオが困惑の声を上げた。

 そういえば彼らは結構早い段階でドロップアウトしていた。闘技場での戦いを見ていない人にとっては、サクラメント事変の印象が強い訳だから、仮想世界に出てくるとは思わないだろう。

 いや、あたしもまさか《SA:O》で顔を見る事になるとは思わなかったけども。

 

『終わりだ』

 

 そんな驚きを他所に、堕天使ボスが長大な刀を腰だめに構えた。確かアレは――

 

「「――させるかぁッ!!!」」

 

 なんだったか、と思い出すのと同時に、キリカとリーファが突っ込んだ。

 直後、堕天使も動き出す。どちらも姿が(けぶ)るほどの速度で距離を詰め、神速を以て剣を振るった。

 衝突、戟音。

 一瞬のうちに幾度交わされたかは分からない。少なくとも五、六は超えていた筈だが、おそらく明確に聞き取れていない。幾つか重なって聞こえた筈だ。ともすれば十を超えているか。

 それほどの速さで堕天使は刀を振るい――

 それを超える速さで、姉弟は迎え撃った。二刀を駆使して迫る剣撃を払い、後続の義姉が強烈な一撃を届かせたのだ。人型だからか堕天使ボスは予想以上の容易さで怯み、続く連撃を許していた。

 

「ちょうどいい、みんなちょっと聞いてくれ」

 

 その後に続こうとした時、それを止める声がホロウから上がった。

 なぜこんな時に、と思いはしたが――あるいは今だからこそなのかもと思い直し、文句を言う事無く顔をそちらに向ける。他の面々も堕天使ボスに気を払ってはいるが、姉弟二人が抑え込めているのを見て話を聞く態勢を取っていた。

 

「"モジュール"は恐らく、須郷に協力していた《亡国機業》が手を加えたボスだけ再現している。だから闘技場ボスの後は、恐らく九十九層、最後は百層裏ボスと戦う事になると思う」

 

 ――その態勢も、彼が告げた内容で崩れ去ったが。

 最初の反応は驚き。次に懐疑、最後にはとりあえずの納得が浮かんだ。ホロウが言うならそうなのだろうという信頼と、実際目の前に《亡国機業》と関わりしかないボスが居て、肯定する材料しか無かった。

 ……まぁ、疑問はあるけど。

 

「共通点があったの?」

「『茅場が設定したものと違う』という点をカーディナルから聞いたボスしか今のところ再現されてない」

「……なるほど」

 

 問いを投げれば、やや斜め上の回答が帰って来た。

 ホロウの成り立ちや行動についてはうっすら聞いている。

 だからカーディナルと会話した事は真実だろう。それが結果的にゲームクリアに必須だったから、攻略を優先した結果、ホロウ・エリアでサチ達を穴に落とす事に繋がったとも聞いている。行動理念で言えば、スヴァルトエリア攻略で暗躍していたキリトと違いは無い。

 信用していいのかとは思うが……カーディナルは自律システムだ。話していない事はあっても、話した事に嘘は無いだろう。

 信頼を置いていいとは思えないけど。

 

「じゃあ次はあの狂戦士が出てきて……」

「……その次は、『あのホロウ』って訳ね」

 

 闘技場に挑戦し、キリト以外に唯一出現まで漕ぎ付けたユウキが顔を顰めながら言った後を、同じように顔を顰めたシノンが引き継いだ。

 

「階層順ならな」

 

 ホロウは特に否定せず言う。それでも、どこか皮肉げな顔には、硬さを感じた。

 シノンが言った『あのホロウ』というのに思うところがあるのだろう。

 参考にされた時期が《無銘》を埋め込まれ暴走した時の事な訳で、"けもの"に至るほどの怨みを持つ彼からすれば忸怩たるものがあるのは当然だ。今の彼に、"けもの"の時の記憶や意識があるかは不明だけど。

 ――ちら、と横目でボスの方を見る。

 流石と言うべきか、その身を光で包んでいる二人はボスに防戦を強いていた。元々剣の腕はレベル差をものともしないリーファが、ユウキと同じように心意を使っている以上、ああなるのは自明の理なのかもしれない。

 片方が的確に弾き、片方がスキルを叩き込むツーマンセルの好例のような戦いぶりだ。

 リーファは、相手の長刀を弾いた後、返す刃でキリカと一緒に斬り込んでいるが。前々から思っていたが、やっぱり頭一つ抜けた強さを持っている。

 ともあれ、暫くは二人に任せても大丈夫そうだと判断したあたしは、視線をホロウに戻した。

 訊くべき事が山積みだった。

 

「あの、訊きたい事があるの」

「なんだ?」

 

 視線を向けられる。

 黒い瞳が、あたしを射貫く。

 ――記憶のそれと、今が重なる。

 初めて会った、宿屋で向けられた時の瞳。どこか儚さがあった瞳と重なる。

 何かを背負っている眼。

 覚悟を決めている眼だった。

 

「……君はこのあと、居なくならないよね?」

 

 ――きっと、聞くべき事は他にあった。

 

 ――きっと、言うべき事が先にあった。

 

 でも、あたしは敢えて、その問いを投げた。

 聞かなければならない気がしたのだ。話が出来るこの時間は希少で、ホロウとしての彼と会うのは初めてだったあたしには、この問いをこそ投げなければならないと思った。

 この戦いは必ず終わる。きっと、勝利という形で。

 彼の事情は必ず知れる。恐らく、誰かから伝聞で。

 

 でも――――そこに、"君"はいるのだろうか。

 

 人知れず。いつのまにか。空気に溶けるように、消えてはいないだろうか。

 そんな不安が後押ししていた。

 

「――"けもの"になった俺が、生きる事を許されるとでも?」

 

 その不安が的中した。

 ホロウは皮肉げな――でも、どこか泣きそうな笑みで、そう返してきた。

 ――死ぬつもりだ。

 確信する。ALO事変での記憶をどうしてか分からないがホロウは持っている。そしてこの事件の後、生きるつもりは無い。

 恐らく――『人柱』というものになって、負を留める役目に戻るつもりなのだ。

 確証はない。彼がどんな最期を迎えるつもりなのかも知らないが、なぜか『死ぬ』という確信があたしの中で生まれた。

 同時――あたしの心に、激しい感情が沸き上がった。

 それは怒りだ。

 "ともだち"と自負していながら理解し切れなかった自分への、背負わなければならなかった状況への、彼を追い詰めた世界への、怒り。

 ここまで"キリト"を追い込んだ全てへの怒りだった。

 

 その怒りが、あたしに強い決意を抱かせた。

 

 何が何でもホロウの考えを翻してやる、という決意を。

 あたしに力はない。彼を超える技術も経験も、彼の境遇に共感できるような過去も無いが――それでも。

 出来る事は何かある。

 

「なら、あたしが許すよ」

「……な、に?」

 

 AIになって演算速度が上がっても、情緒は人と同じだからだろう、反応までに間があった。

 その僅かな間でも彼の表情は百面相のように変わっていく。

 色々経て向けられたのは疑念の眼だった。物凄く苦い表情で、なにかを堪えてるような顔で、疑念いっぱいの目を向けてきた。

 まるで、そうしないと取り繕えないような、そんな儚さが見えた気がした。

 

「許しが欲しいなら、あたし達が許す。縋れるものが欲しいならあたし達に縋ってくれていい。あたし達は仲間で、"ともだち"、だよ?」

「……俺は、怨みを優先した」

「知ってる。でも……あの時、君にはそれしか縋れなかったんでしょ?」

「ッ……」

 

 あたしの言葉に、彼はギリ、と歯を軋ませた。それから荒んだ眼で睨んでくる。

 流石に心苦しくはあったけど、でもあたしは言葉を止める気は無かった。そしてそんな様子を見ても周囲の皆は止める素振りを見せない。

 大なり小なり、思うところは皆あったのだ。

 代弁する訳ではないが――それでも、言わせてもらおう。

 

「もう報われてもいいんだよ。キリト君も、キリカ君も……勿論、君だって」

「――俺もそう思うぜ」

 

 あたしの言葉に、侍姿の青年が同調を示した。

 陽気な人柄の彼は膝をついて、目線を合わせて、華奢なその肩を掴む。

 

「"お前ぇ"はいっぱい頑張った。だから報われるべきだって思ってたってのに……心配ばっかさせて、そのまま勝手に居なくなりやがってよォ……! 名前に縛られて死んでんじゃねェよ……! 死んじまったら何も残らねぇ、残された奴は悲しむだけなんだ!」

「クライン……」

 

 青年の顔は、当時抱いたであろう悲しみで歪んでいた。声も震えていた。

 あんな顔をあたしは見た事なかったが――胸の内でずっと秘めていて、押し殺していたものなのだろう。多分、仲間のだれも見た事がない筈だ。

 その激情が露わになっていた。

 

「お前ぇが望んだ未来はそんなのじゃねェ筈だろ。もし怨みしか無いなら――お前ぇは、ここで俺達を、ティアを助けてねェ筈だ」

「クラインの言う通りだ、ホロウ」

「ティア……」

 

 クラインに、名前が挙がったティアも同調を示した。

 彼女は、まるでキリトに向けるような表情でホロウを見た。信頼の顔だった。

 

「ホロウが掛けてくれた言葉のお陰で、私は自分を取り戻した。怨みしか無いなら、あの時の私のように"闇"に呑まれて、キリトやクライン達に襲い掛かってた筈だ」

 

 ティアの言葉から、彼女が我を取り戻した事はキリトだけでなく、ホロウの助けが裏であった事が察せられた。あれほど人間不信が強かった彼女も、道理で信頼する訳だと納得する。

 そんな彼女の言葉に、ホロウは苦しそうに眉を顰めた。

 

「それは、俺が覚悟をしてるから……」

「――その怨みより優先する覚悟こそ、アンタの本当の願いじゃないの」

 

 苦しそうに――彼の覚悟を揺るがす言葉に、リズベットが言葉を重ねた。

 少し前から光を纏っていた彼女の姿は、クライン達と同じように、懐かしいSAO時代のそれに戻っている。

 彼女はボス戦をSAOで経験しなかった。それでもあの頃に立ち返っているのは――つまり、同じなのだ、あたしと。ホロウの最期を知って抱いた後悔があたし達を突き動かしているのだ。

 彼女も、"キリト"から踏み込んでくれてなった"ともだち"だから。

 

「リズベット……」

「リズ、よ。"ともだち"だから遠慮しなくていい。アンタが、ホロウでもよ」

「ッ……」

 

 彼女の強い眼に気圧されたかホロウがたじろいだ。鋭く息を吸って、それから「……なんで」と、か細く問いかける。

 その彼の問いに、リズベットは微苦笑を浮かべた。

 寂寥感のある、後悔の滲む笑み。

 

「その問いは、私の罪ね。ホロウ・エリアにアンタがいるって聞いた時、すぐにでも向かうべきだった。どれだけ傷ついていたか私は知っていたのにね」

「……どういう、意味だ」

 

 か細く、震える声でホロウが聞いた。離れた場所で堕天使と姉弟が切り結ぶ音で、ともすればかき消されそうなくらい小さな声。

 あと少しで、覚悟が崩れそうな――そんな弱さ。

 その問いに、彼女はやはり微苦笑を浮かべた。そして肩を竦め、言う。

 

「ダークリパルサーを鍛えた後、言ったでしょ? 『絶対にあんたを拒まない』ってさ」

 

「――――」

 

 ……彼女の言葉に、ホロウは完全に固まった。目を見開いて。

 その反応は、忘れていた、というよりは……覚えていたのか、という反応に見えた。

 そんな彼に、彼女はまた苦笑した。

 

「アンタにとってエリュシデータも、そしてダークリパルサーも重みになってたんだよね。だから……だから、猶更会うべきだったって、ALO事変を見て思ったよ。あの時はあたしの方から踏み込むべきだったって。寄り添うだけが支える事じゃないって、思い知ってたのにね」

 

 彼女が言っているのは、キリトの事と混じっている。

 キリトが外周落下する前、最後にアークソフィアで話していたのは彼女だ。アキトを殺めた事がキッカケで心が疲弊していた彼に彼女は寄り添っていたが――しかし、それだけだったから止められなかったと、強く悔いていた事をあたしは知っている。

 その後悔を活かせなかった事を、ホロウの事で更に悔いているのだ、彼女は。

 立ち返るほどに、強く。

 

「あの時、私は動かなかった。ほんの僅かな機会を不意にして――アンタが死んだって聞いて、後悔した。本人達の間で解決すべきだって決めつけて。私は、支える事をやめてたんだ。支えさせてほしいって、自分で言ったのにね」

 

 悲しみか、あるいは自身への怒りか、一瞬顔を伏せてぶるりと身を震わせた彼女は、ゆっくり膝を折って視線を合わせた。手を伸ばし、彼女はクラインとは逆の肩を掴んだ。

 

「だから、今度こそ、支えさせてほしい。もう、()()()()()()()()()()()

「――――そ、れ、は」

「――そう、"アンタ"も言っていた事よ。こんな気持ちでずっと戦っていたんだから疲れる訳だわ……もう報われてもいいのよ。許してほしいくらい、『生きたい』と願ってるんだから」

 

 『生きたい』。

 生存本能とも違うそれは、生物にとって当然の思考だ。その思考を浮かべる事態の時点で、負の感情も混在しているとはキリトがセブンに対して言っていた。

 ホロウも、当然それは持っている。

 彼は許されないと諦めている。つまりそれは、諦めなければならないと思考するくらい本心では願っていたという証左に他ならない。

 あって当然、持っているのが普通の、ありきたりな願い。

 幸福を求める以前のそれは認められるべきものである。

 

 まして、あれほど苦しみながら多くの人のために戦っていたのなら――叶えられるべきですらある。

 

 だからあたし達は動いたのだ。

 あの頃――SAOに居た頃は社会が世界が仮想敵で、まったく力になれないと諦めて、『報われればいいな』と他人事のように願うばかりだった。

 けれど、本当は違った。

 彼は諦めていた。諦観――自分自身との戦いで、負けていたのだ、彼は。本当の敵は彼自身だった。

 そんな彼にリーファが衝突したのは、本当は彼自身が抱いていた諦観に対してだったのだ。その諦観に根付いた思考と論理を崩すために真っ向からぶつかった。

 だから――あたし達も、ホロウに真っ向からぶつかるべきだった。

 結局SAOではしなかった。仮にしても、あの時点でホロウはカーディナルの方を優先していて、意固地になって耳を貸さなかったに違いないが、それは言い訳だ。する機会は短いながらあったのに動かない判断を自分でしたのだから。

 だからこそ――――

 

「だから、もう一人で背負わないで。死んでも守る覚悟で一人で背負うくらいなら、皆で背負わせて。そして生きて、今度こそ」

「あたし達は君が生きる事を望んでる。世間が許さなくても、あたし達が許すよ。もう、死んでほしくないから」

「そもそも、大人より先に死にに行くんじゃねェよ、馬鹿ヤロウ……! ちったァ大人を頼りやがれ、ガキを守るのは大人の役目なんだからよぅ……!」

 

 三者三様の、涙ながらの懇願だった。

 ――周りの皆は、何も言わない。

 けれど止める事もない。ボスをたった二人で相手し続けている姉弟も、文句を言わず、むしろ邪魔させまいと堕天使を近づけさせないよう立ち回っていた。

 あの様子を見るに、キリカも内心思うところはあったのだろう。きっとあたし達より複雑で、別種の後悔だろうけど、きっと結論は『死ななくてよかった』に落ち着くはずだ。

 あたし達は"キリト"の優しさに惹かれた。

 それは、キリカもホロウも、根底には持っているから。

 

「……………………おれ、は。ホロウだぞ……?」

 

 あたし達の懇願を聞いて、長い沈黙の末、ホロウは絞り出すようにそれだけ言った。

 最後の最後まで残された、ほんの僅かな心の不安。それが彼の本心を覆っている事が分かったあたしは、鍛冶師の女性のように苦笑した。

 

「本物かどうかは重要じゃないよ。あたし達は、"キリト"という子の心に惹かれた。君が負から世界を守ってくれてた事、ティアちゃんを助けてくれた事……どれも、変わりないから」

 

 そこで一拍空ける。

 彼の眼を見て、まだ不安を晴らせてない事が分かったため、言葉を続ける事にした。

 

 

 

「それでも、もしも、不安が残るなら――――改めて、"ともだち"になろう? 約束、だったしね。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()って」

 

 

 

 かつて、初めて会った時に彼から切り出された約束。一日空けて、小竜を蘇生させた後に、お互いに交わした約束。

 それを果たす時だった。

 当初の想定とはまた違うけど、でも約束は約束だ。

 もう彼は《オリムライチカ》ではないのだから。

 

「――――う、ぁぁ……!」

 

 もう、限界だったのだろう、嗚咽を漏らしながらホロウは膝を折った。

 それはつまり、彼の覚悟――自己犠牲の決意を砕いたという事に他ならない。彼だけまた居なくなる未来を変えたという事だ。

 何を抱えているかは分からない。きっと、あたし達だけじゃどうにもならない事だろうけど、今は天才博士達が味方なのだ。オリジナルキリトや、キリカもいる。協力すればホロウ一人が命懸けでどうにかなる事態を、誰も犠牲にせず解決するなんて夢じゃない筈だ。

 その確信と共に、あたしは(くずお)れる少年を背中から抱きしめた。前からは青年と女性が抱きしめている。

 そんな少年の頭に小竜が載って、『きゅあ――!』と高らかに、福音を告げるように啼いた。

 

 






 はい、如何だったでしょうか

 "キリト"から別たれるまでに築いた関係がホロウの命と心を救ったというお話。キリトが異性愛、キリカが家族愛(ユイ達)同族愛(プレミア達)なら、ホロウは友愛という形です

 シリカとの約束が決定打になった訳です。あの約束が無かったらもう一悶着ありました、"キリト"もあの約束がこんな変化球で自分を抉るとは思うまいて……

 そんなわけでホロウ自身、オリジナルとの死闘で"キリト"が抱いていた『理想(幸福な未来)』を認め、敗北しているので、この展開に不満は無かったりします

 ALO事変の"けもの"を思うと釈然としないかもですが、アレは《織斑一夏》としての在り方で起きた事。ホロウは今話で《織斑一夏》から決別しました。二次創作やFGOの『答えを得たエミヤ』が他作品で楽しくやってる結末から着想を得てます。人としては終わったけどAIとしてはまだだよね、じゃあ生きよっかという事で

 ちなみに、SAO時代だとカーディナルとの契約(負を留める人柱)を優先してたので、シリカ達が思っていたように意味はほぼ無かったです。ホロウが居なくなってから時間と後悔を積み重ねたから届きました

 そのやり取りを他所に、堕天使ボス相手に二人掛かりで抑え続けるキリカ(Lv.999)とリーファ(Lv.130台)の出鱈目さよ……


・シリカ
 実力こそSAO中層上位勢だけど、心の強さは最上位クラスの少女
 死に恐怖はあるけど、最低一度はそれを乗り越えてレベリングしているので、実は芯が強い。仲間がいると更に強い。じゃないと全損で記憶を失う映画とか、痛みを伴う原作アリシゼーション編とか、半身でもあるアカウント消失を賭けたユナイタル・リング編の奮戦を説明できない
 ホロウに縋ってもらえなかったのは自分が動かなかったから、という後悔と自責の念があり、それが心意発動のトリガーになっていた
 それほど"キリト"との友誼を大切に想い、また後悔していたということ
 キリトの時と同じように『《織斑一夏》でなくなった未来の少年』との友誼を再び結んだ

 かつてキリトがシリカと交わした約束
 SAO編第六章 ~蒼竜の少女~
『俺の、友達の一人になってくれないかな。織斑一夏としてのキリトの、そして……織斑一夏じゃなくなった未来のキリトの、友達に』


・リズベット
 身近な子供("キリト")の死を疑似的に二度経験した少女の一人
 アークソフィアでキリトに寄り添っただけだった事を過ちと見ており、更にホロウへの対応も同じ過ちだったと後悔。キリトに重荷を背負わせたかも、と思っていたところにALO事変での"けもの"ことホロウの本音と、ダークリパルサーへの――厳密には、それを持つ自身の誓いと在り方への――憎悪を見て、後悔が更に強まっていた
 心意になるほどの願いを夢として知っている事も手伝い、三度目の正直として今度こそはと言葉を畳み掛け、言葉だけでホロウの覚悟を穿った
 今回を逃していれば三度目を繰り返していた

 かつて"キリト"がリズベットに言った事
 SAO編第九章 ~闇と光~
『……もう、仲間が死ぬのは嫌だ……』


・クライン
 子供の背を追い続けた大人
 大人だからこそ、荷が重いことがよく分かっていた。背負いたくても相手が自分達を想ってしている事だと知っているため強く言えなかった
 しかし、死ぬ前提の覚悟であれば話は別
 秘め続けた悔悟の念が子供を死からすくい上げた

 クラインがずっと抱き続けた事
 SAO編第二章 ~Start to Deathgame of Swrod Art Online~
『キリト、お前ぇはまだ九歳のガキなんだ』
 そのほか、都度色々


・ホロウ
 どれだけ望んでも、もう生きられないと諦めていた。
 手を伸ばしても、もう手にすることは叶わないのだと。

 ――そうして縋ったのは、空っぽな器に写された底無き憎悪。

 覚悟は朽ち果て、残った憎悪に身を委ね――その先に見た『理想』が己を取り戻させた。
 この身は既に人の身ではない。
 どれだけ死のうが、また蘇る。
 故に己を死兵にできる。
 その先は、己が居ない未来だとは理解していた。
 贖いにもならない愚かな行為だとも。
 それでも、その未来は"己"が夢見た『理想』に違いない。
 もとより赦しが訪れる時などあり得ない故、それでよかった。
 織斑一夏(ホロウ)には、それで十分だった。

 ――その決意と覚悟を、友の心が穿った。

 喪くしたはずの過去に紡いだものが終わりを許さず、生きろと云う。
 ……その言葉を、拒絶できなかった時点で。
 『理想』を捨てきれない時点で。
 十分だなどと、諦めていた時点で――



 ――――■■■■(ホロウ)の敗北は、必然だった。




 ――加入――

・【呪いを超えし獣(ライフ・レリーズ)】ホロウ
レベル:300(SAO最終)

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。