インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

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 どうも、おはこんばんにちは、お久しぶりです、黒ヶ谷・ユーリ・メリディエスです。

 全然進まなかった! こんな筈じゃなかったのに……

 書けば書くほど、ネタは浮かんでくる……でも書く気が微妙に起きないor文章が杜撰になるんだ……(´;ω;`)

 そんな訳で相変わらずの超スローペース展開。前半アスナ視点でポーションの扱いを相談し、後半久々のヒースクリフ視点で今後の攻略予定を話してもらいます。特に後半はメチャ重要です。色々と本作SAOの設定も語ってもらいます。

 ちなみに前半でちょこっとだけアルゴが出ます。些か便利キャラ扱いになってる気がしなくもなくて気が引けたけど、出さないと不自然だった。ご容赦頂きたい。

 文字数は約二万七千文字です。

 ではどうぞ。




第四十五章 ~禍福は糾える縄の如し~

 

 

「――――以上が、クラディールの犯行の経緯です」

 

 代表して、キリト君が関わる部分は本人が補足を入れる事で説明をした私は、その言葉を締めとして口を閉じた。

 現在の場所は第五十五層に構えている《血盟騎士団》のギルドホーム、その団長室。団長が執務を行う為の部屋なので執務机や書類を入れる棚などがある小ぢんまりとした――それでもホテル一室より一回り大きい――部屋に、私とキリト君、そして部屋の主である団長の計三人が居る。

 オレンジ化したクラディールを、迷宮区から徒歩で脱出してすぐキリト君がメールを飛ばした事で待機してくれていたディアベルさんに預けた私達は、事の経緯を私達の後に迷宮区から出て来た団長に話していたのだ。

 被害者の片割れであるゴドフリーさんは、何故クラディールが捕らえられる事になったのかを他の団員や幹部に説明しているため、ここにはいない。

 

「……そうだったのか……すまなかったな、アスナ君。まさかクラディール君が《笑う棺桶》の古参メンバーだとは全く予想出来なかった」

 

 第一層の頃からずっと攻略組に籍を置いていたクラディールに信用を向けていた団長は、あまりにも予想外の事態に少し面食らって表情を険しくしていたが、私が説明を終えると一つ溜息を吐いてから申し訳なさそうに頭を下げ、そう言ってきた。

 それに私は少し居心地悪くなってしまった。基本的に失態を犯すといった事が無いので、こう面と向かって団長に謝罪されるのは慣れていないのである。

 

「い、いえ……団長が悪い訳ではありません。誰も気付かなかったんですし……」

「それはそうなのだがな……キリト君もすまなかった。そして礼を言わせてもらう。君の働きのお陰でアスナ君とゴドフリー君、二人の命が救われた」

 

 私が素直に謝罪を受け取る事は無いとある程度予想していたからか、団長はあまりしつこく言ってくる事は無く、すぐに話の矛先をキリト君へと向けた。

 実際、キリト君が偶然でもクラディールが上げた絶叫に気付いていなければ、ゴドフリーさんは絶対に死んでいたし、私も強姦されていただろう。それを考えれば彼の働きは十分称えられるべきである。

 それで礼を言われたキリト君は仄かに苦笑を浮かべた。

 

「さっきも言ったが駆け付けられたのは偶々だ。それに、殆ど関係が無かったゴドフリーはともかく、アスナを助ける事は俺にとっては当然の事。だから礼も謝罪も不要だ」

「む……しかし、事実命を救った事には変わりないからな。出来れば何かしらの形で報いたいのだが」

「そうですね……私としても、キリト君にお礼がしたいですし……」

 

 謝罪はともかく、お礼も不要と言われては最強ギルド副団長の面目が丸潰れになってしまうし、人間性を疑われてしまう。命を救われたという事から私個人としてもキリト君にはお礼がしたいと思っているし。

 しかし困った事に、キリト君にアイテムやコルでお礼をするにしても、私が渡せるもので彼を満足させられると思えるものは殆ど無い。全く無い訳でも無いが、私が持っているレアアイテムは彼を満足させられる物とは思えない。最前線の初回トレジャードロップやネームド、ボス級モンスターのLAを取ってレアアイテムを総取りしている彼と違って、私はそこまでレア物を持っているという訳ではないのだ。

 そもそも、彼には物欲というものが無い、だからアイテムを譲るというのもあまり報酬にはならない。

 コルに関しても、三ヵ月程前に第六十一層《セルムブルグ》で内装含めて四百万掛かったホームを購入している私は、あれから節制している事でそれなりの額――およそ二千万コル――は貯まってものの、彼を満足させられる額とは決して言えないだろう。彼のホームは三千万コル、更にここ最近《ⅩⅢ》に登録する武器として千単位で購入して尚余っていると聞いているからだ。

 お礼の一つとしてご飯を作ったりしようかとも考えているが、そもそも彼が作る料理の方が私より美味しいし、それで全て返せるとも到底思えない……

 

「気持ちだけで十分なんだけどそう言っても納得はしないんだろうな……なら、俺が今から言う素材を、持っているなら譲って欲しい。今日は二人とも最前線を攻略していたんだから多分持ってるだろうし」

 

 悩んでいる私達を見て、説得を試みてもこちらが引き下がらない事を何となく察したらしいキリト君は、妥協案のようなものとしてそう言ってきた。続けて彼が口にしたものは、最前線で幾度と無く戦ったスライム系モンスターから多数入手したアイテムだった。

 《エメラルドゼリー》、《トロピカルゼリー》、《クリムゾンゼリー》、《ハワイアンゼリー》の四種類。納入クエストや売却くらいにしか使い道が無いと考えられているゼリー系素材、その上位版だ。

 譲って欲しいと言ってきた素材は、確かに私も団長も多数所持していた。後でNPC商人に売却しようと考えていたものなので躊躇う事無く私達はこれらを譲った。

 

「ねぇ、キリト君、もしかして遠慮してない? どう考えてもそのアイテムと今回の件じゃ釣り合わないよ」

 

 しかし、私は訝しく思った。

 あまりにも有用性が無い為にプレイヤー商人ですら買い取りを拒否し、NPC商人にしか売れないゼリー系素材を、上位版とは言えわざわざ欲するなんて妙だ。

 これがよく知らないプレイヤーなら酔狂なものだと思う程度で終わるが、キリト君は基本的に無駄を極限まで減らした活動をしているため、その行動一つ一つに何かしら意味があるのが常だ。つまり売却しか用途が無いそれらを求める事は普通あり得ない。

 だからこれらを求めるなんておかしい。

 納品クエストの消化くらいには確かに用いれるだろうが、達成報酬はコルと固定されている幾ばくかの経験値だけだから、ハッキリ言って超高レベルにして凄まじい額のコルを有している彼には旨みが無い。

 まさか、私達が必要無いアイテムを報酬として受け取る事で今回の事を手打ちにするつもりなのかと思った。アイテムの価値は本当に低いが、それでも形あるものとして報酬でそれを受け取ってしまえば、礼はされたと彼は主張出来る。

 これでは彼にメリットが無さ過ぎるが、基本的に自己犠牲に走るキリト君の事だから、少なくとも味方である私達に気を遣って負担が掛からないよう動くなんて事は普通にあり得そうだ。

 対外的な事を考えれば、《ビーター》と見られている彼への礼がその程度であるという事実を作る事で周囲から反感を買わないようにしている、そうとも捉えられる。幾ら人命を救ったからと言って、それで彼に敵愾心を燃やしている者達が納得するかと言えばそうでは無い、正当な報酬ですら高過ぎると文句を言う輩は必ずいる筈だ。

 だが今ここに居るのは、キリト君に理解を示している私と団長だけ、そんな輩は居ない。だから対外的には嘘を吐いて、実際には有用なアイテムを受け取る事だって普通に可能なのだ。私達が彼に不利益な話を洩らすなんて絶対無いのだから。

 

「そりゃキリト君を満足させられるアイテムは持ってないかもしれないし、対外的な事を考えたらこれが良いのかもしれないけど、ここには私達しか居ないんだし……何時も助けてもらってるんだから、もっと欲張っても良いんだよ?」

「いや、今は真面目にこのゼリー系素材が必要だったんだ。流石に一人で集めるのも限度があるからな……と言うか、実を言うともっと欲しい」

「え、ええっ?」

 

 遠慮しているのではないかと疑っていた私は、予想に反した事を言ってきたキリト君に呆気に取られてしまった。この物言いでは本当に必要そうに聞こえるのだが……

 しかしそうなると、私が知っている掲示板クエスト以外……例えばNPCから直接受けるタイプのものを見つけたのかとも考えられる。

 各階層に点在する街や村には必ず一つは掲示板が存在する。これはシステム的に設置されている公共物であり、転移門広場がある街なら大抵はそこにある。

 掲示板に載っているクエストはフィールドに点在するポイントから採取するアイテム採集系、モンスターからドロップするアイテム収集系、特定モンスターを一定数倒す討伐系の三種類存在する。それぞれ略して採取、収集、討伐と言われている。

 これらはシステムが規定、自動で更新し、追加していくクエストなので報酬としてコルと経験値を得られ、難易度が高いクエストではレア装備が手に入る事もある。キリト君が第一層で使用していたアニールブレードも難易度が高かった為に報酬として設定されていた代物だ。

 新たな村や街にプレイヤーが辿り着いたり、階層攻略が進んだ際にはシステムによって自動でクエストが追加されるようになっていて、平均して二十階ある迷宮区の攻略が進む事で解放されるクエストも存在する。

 中には特定のモンスターを一定数以上狩る事で出現するものもあり、そういう条件付きのものは俗称でフラグクエストと呼ばれている。このフラグクエストには、クエスト一つをクリアすれば連続して起動するものであるチェーンクエストも入る。第三層から第九層まで連続していたキャンペーンクエストも、呼び方こそ違うが大きなチェーンクエストであるため同様だ。

 この掲示板に載っているクエストの内容は全階層で統一されているので、第一層の掲示板で第七十五層を対象としてクエストを受注する事も出来はする。

 その種類は多岐に渡っており、第七十五層時点で掲示板に載っているクエスト数は一万に上る程だ。更に特定のNPCに話し掛ける事で発生するクエストや、特定の条件を満たした事で発生するものも存在するので、実際の個数はひょっとすると二万に上るかもしれない。

 大抵の攻略組は最前線に赴く際、掲示板に追加されている新規クエストを受注していく。

 これはアイテム納入系でその階層ではどんなアイテムが手に入るかを、討伐系でどんなモンスターが出没するかの傾向を事前に探れるからだ。また、攻略していれば自然と達成条件を満たす事があり、最前線で新規追加されたクエストはその時点のレベル上げに丁度良い経験値量を取得出来る為でもある。

 そして特定のNPCから直接受注するタイプのクエストともなれば、報酬のコルや経験値は掲示板のそれより多大なものとなり、苦労する分だけ強力な装備を入手する事もあるため非常に人気。更にはボスモンスターの情報を入手する事もあるからアルゴさんやキリト君は、攻略開始から三日目以降は特に隠しクエスト発見へ力を入れる。

 この事から私は、もしかしてキリト君は隠しクエストを達成する為にゼリー系素材を集めているのではと考えた。フロアボスの情報を手に入れられるクエストはお使い系が多いと聞くし、ひょっとすると誰もが必要無いと判断しているゼリー系素材がその対象なのではとも考えられる。

 もしも後者の推察が当たりだとして、《グリーンゼリー》などは本当に使い道が無かったから上位版も無いだろうとミスリードさせる狙いがあったとすれば、その設定にしたディレクターは中々イヤらしい性格をしていると思う。

 

「もしかして、それで何か達成出来るクエストが見つかったの? でも掲示板に載ってた第七十五層対象のクエストの中で、そんなに量が要るのは見た覚えが無いけど……」

 

 およそ二、三秒でその思考を一気に展開した後、私はそう疑問を呈した。現状考えられる事で一番あり得そうのは、ボスの情報を手に入れられるクエストに必要であるという可能性だ。

 

「ん? ……ああ、ボスの情報を手に入れられるお使いクエストの納入品だと考えたのか。いや、クエストでは無いよ。ちょっと個人的に欲しかったんだ」

 

 そう結論付けて問うが、何やら難しい顔でアイテムストレージに記載されているであろうゼリー系素材の個数を確認していたキリト君は否定を返してきた。

 そして、欲しいと言うその理由はキリト君個人が必要としているから。

 これは一体どういう事なのだろうか。

 

「キリト君、では何故必要なのかね。クエストでないなら一体何のために集めるのだ」

「……あまり人に話していい内容では無いけど、まぁ、二人になら話しても良いか」

 

 団長に問われ、少し考え込む素振りを見せたキリト君はそう前置きしてから、上位版ゼリー系素材を欲する理由を話してくれた。

 そして驚愕する事になった。よもや回復ポーションの効果を底上げするだけでなく、飲料タイプであるため結晶系と違って使用する際に隙が生まれるものの、全快結晶と同一の即時回復量を持つどころか、更には自然回復量まで十割を誇る《エリクサー》という新たなポーションが出来るとは思わなかった。

 更に聞けば、状態異常回復ポーションも即時回復効果を持つようになり、状態異常誘発ポーションは効果時間と発生させるデバフのレベルが上がったという。

 

「水分を飛ばして粉末状にするという工程を挟む事で基本的に効能は高まるらしい。麻痺毒はゼリー状と粉末状どちらも変わりないけど、毒に関しては粉末状の方がより強力になる。その他、回復ポーションでも粉末状と混ぜた方が効果が高いのは同じだ」

 

 流石に迷宮区の中で手持ちの素材やアイテムに限りがあったので《エメラルドゼリー》と《トロピカルゼリー》の二つしか調べられていないが、少なくともHP完全回復と状態異常即時回復のポーションが完成した。

 なので彼は結晶アイテムによる即時回復の代わりとなるこれを量産し、第三クォーターボスに挑む前までには攻略レイドメンバー全員に十分な量を供給出来るようにするつもりだという。

 だからキリト君はもっと個数が欲しいと言ったのだ。

 

「上位版ゼリーにそんな使い道があったなんて……」

「俺も初めて《エリクサー》を作れた時は驚いたよ……ただ、多分これが出来るのは、俺がエクストラスキルの《調薬》を持ってるからだろうな。検証した訳じゃないからまだ分からないけど、作れるアイテムの効果がかなり高いから、コモンスキルの《ポーション作成》では多分作れないと思う。アレではブーストと状態異常誘発ポーションが作れなかったから」

「つまり、それを作れるのはキリト君と……あと最近リズベット君の店でポーションを売っているというシリカ君の二人か。私が知り得る限りで現状《調薬》スキルを取得しているのは君達だけだ、恐らく他にはいないだろう」

 

 団長は最前線攻略を率先して行っているためキリト君と同様あまり中層、下層に行かないものの、情報源となっているのがアルゴさんだから、攻略組の中でもそれなりに詳しい方ではある。ディアベルさんと情報交換を密にしている事もあってそこらの情報屋よりは色々と知っている筈だ。

 そんな団長ですらキリト君とシリカちゃんの二人しか知らないとなれば、本当に他にはいないのだろう。

 そもそも《ポーション作成》スキルは殆ど誰も取らない。何故ならコルさえ貯めれば普通にNPC商人やプレイヤー商人から購入出来るからだ。

 元手となる素材を自力で入手可能であればタダで回復アイテムを作れるという事になるが、キリト君のようにダンジョンに籠るような者だったりリズのように店を持っている者でも無い限り、そのスキルは習得しない筈だ。

 更に言えば、低層の頃であればポーションも貴重品だったので普通に売れただろうが、かなり攻略が進んできた現在ではまず売れないと思う。最前線のモンスターを一体倒したり、宝箱から得たアイテムを売るだけで回復アイテムの補充が利くようになったからだ。物価はそのままでも収入が増えた事で相対的に購入という形でも手を出しやすくなったのである。

 シリカちゃんがリズやエギルさんの店で委託販売をしているのも、信頼出来る店だから訪れる者が多い為に採算が見込めると判断したから。

 また、エギルさんのように古参の商人プレイヤーともなれば話は別だが、彼女は中層プレイヤーとしては人気でも、商人として信頼を寄せられている訳では無いから、仮にシリカちゃんが個人で店を出したとしてもあまり繁盛はしなかっただろう。

 コツコツ信頼を得るにしても、流石にHP回復ポーションや状態異常回復ポーションだけで店を経営するのは無理がある、状態異常誘発ポーションは危険なので除くとしてブーストポーションは加えてもまだ難しいだろう。エギルさんのように骨董品や武具の買い取りなどをして、顧客を得やすく幅広いラインナップにしなければ、客入りは寂しい事になる。

 結局ポーション関連限定の店を開くのは、その重要性に反して手に入りやすいという価値から、攻略がかなり進んだ現状では難しいという訳だ。最初期の頃に開いたなら回復アイテム類の老舗として有名になったに違いないからまだ可能性はあっただろうが、最初期ではポーションを作る為に必要な素材も手に入れ難かったから、結局開く事そのものを断念していただろう。

 ちなみに、エギルさんは商人として最初期の頃から成功しているが、あの人の場合は多くの攻略プレイヤーから買い取り、またキリト君から大量に融通してもらっていたからである。

 そもそもあの人が商売を出来るようになったのも、《ベンダーカーペット》という敷物の上に置いていれば耐久値減少も盗まれる事も無いというレアアイテムをキリト君に譲られたからだ。

 ともかく、生産系に疎い私ですらパッとこれだけ浮かぶくらい、今となっては《ポーション作成》は生産系スキルの中でもそれほど不人気なスキルなのである。

 回復アイテムを作れるというメリットと、スキル枠を一つ埋めるというデメリットとを考えた際、どうしてもデメリットの方を大きく捉えてしまう。それほど旨みが無いスキルという訳だ。労力に対する対価が見合わないという面もある。

 しかしキリト君が上位版ゼリー系素材で作り出した《エリクサー》などを考えれば、《ポーション作成》スキルは、《調薬》の習得を前提としたスキルだったのかもしれない。《ポーション作成》スキルで下地を整える事で本領発揮となるスキルという事だ。

 ちなみに、何かを前提として発生するスキルは他にも幾つか存在が確認されている。

 戦闘系の例であれば《片手剣》を鍛える事で《両手剣》スキルが、《曲刀》を鍛えれば《刀》スキルが出現する。片手と両手であるためそれぞれ武器の扱いは異なるものの、元となるスキルを鍛えていた者は経験を積んでいるという事なので、新たなスキルの有用性を理解し、仮に武器を替えたとしてもすぐ順応する者は多い。実際クラインさんはそうだった。

 加えて武器スキルと組み合わせる事が前提とされている《武器防御》というスキルもある。これはエクストラスキルではないので単体では有用とは言えないが、該当する武器と共に熟練度を上げていく事で敵の攻撃を防げる手段が増えてくる。

 片手剣と組み合わせた場合は、キリト君が闘技場で見せた疾風の盾を形成する《スピニング・シールド》という片手剣系防御スキルが出現する。他にも盾を使用した高確率スタンの《シールドバッシュ》という限定型パッシブスキル、両手武器による攻撃に熟練度の高さに比例して低~中確率スタンを付与するパッシブスキルも存在する。

 更にキリト君の《二刀流》では二刀を交差して翳す事で発動するアクティブスキル《クロス・ブロック》が発現し、団長の《神聖剣》では攻撃を盾の中央で受け止めるという条件があるものの被ダメージをゼロに出来る限定的なパッシブスキル《セントラル・ブロック》が発現すると聞く。

 他にも副次系で言えば《索敵》を鍛えればシノのんが習得したという《鷹の目》が挙げられる。これは《索敵》スキルとの同時使用が前提とされているものの、暗視のプラス効果、可視範囲増大、フォーカス可能範囲増大など、元となるスキルの効果を底上げする力がある。

 元となったスキルも十分使えなくは無いが、それと合わせる事で更に強化される特徴を持つスキル、それがエクストラスキルという訳だ。

 《体術》はエクストラスキルの中でも少々毛色が異なるが、これは第二層で受けるクエストの報酬であるから仕方ない。扱いとしては、武器スキルと合わせる事で使用可能なソードスキルが発現するし、これの習得を前提とした武器――チャクラムがその一つ――があるため、《武器防御》と同じような扱いになる。

 キリト君と団長が習得しているユニークスキルも、元のソードスキルとユニークスキルで規定されているスキルの両方を使う事で先述の幅を広めているので、《体術》と同様だろう。これらも《武器防御》スキルと組み合わさる事で発現したスキルがあるし、《二刀流》の場合、チャクラムに対応したユニークスキル《手裏剣術》と合わさって別のソードスキルが出現しているからだ。

 ユニークスキル同士によるスキルの発現というのは少々アレだが、そもそも一人しか習得していないエクストラスキルの事なのだから、極論《両手剣》と《体術》による組み合わせで発現するソードスキルと同じものと言える。そう考えればおかしい訳では無いだろう。

 キリト君のように発現させられる人がいるのかとも思わないでもないが。むしろ発現させられない可能性の方が大きいだろう。

 そこの所、どうするつもりだったのかと思わないでもない。

 閑話休題。

 話が逸れたが、エクストラスキル《調薬》の本領が、ステータスブーストや状態異常誘発ポーションの作成では無く、上位版ゼリー系素材を用いた既存のポーション類の効果上昇だとするなら、これからの攻略でその有用性は絶大と言える。

 何せ結晶無効化空間で結晶アイテムが使えないと分かったところで、それにとって代わるポーションが出来たのだ。

 これは出来る限りゼリー系素材を集め、彼に渡して大量生産してもらう以外に無いだろう。

 

「団長、今日攻略に出たメンバーに素材を譲るよう呼び掛けては如何でしょうか」

「そうだな……しかし、どう説明したものか。素材の有用性はこの事実で段違いに高くなった訳だが、これを安易に広めては問題になりかねない……作り手が限られるのも問題だ」

 

 私の意見に賛成らしい団長は、しかし即座にメールを送る事はせず、どうしたものかと頭を悩ませた。

 それに僅かに疑問を覚えたものの、何に悩んでいるかはすぐに分かった。

 仮に《エリクサー》などの存在とその製法、更には上位版ゼリー系素材の有用性を広めた場合、確かに素材は集まるだろう。

 だが作り手が限られるという面で問題が出かねない。現状確認されている限られた作り手の片割れであるシリカちゃんはどこのギルドにも所属していないフリーの身だ、勧誘の手は凄まじい事になるのは想像に難くない。

 一番の問題は手段を選ばない《聖竜連合》。あそこは狙った獲物は何が何でも手に入れようとするギルドで、一時的なオレンジ化や脅迫も厭わないから、シリカちゃんが貴重な回復アイテムの作り手であると知れた場合、狙われる可能性は必然的に高くなる。

 キリト君は最高峰の戦闘能力があるため脅しなんて通用しないし、そもそもその強さは《レイド戦》で知られたから誰もしないだろう。それ以前に《ビーター》として疎まれているから勧誘の手だって無い筈だ。

 だがシリカちゃんは違う。彼女のレベルは攻略組に届いていないから無理強いされたら一巻の終わりだ。

 《聖竜連合》の強硬ささえ無ければ、シリカちゃんが求めていると言って、《エリクサー》などの情報を広めてゼリー系素材が集まるよう仕向ける事は可能だった。実際のところシリカちゃんは熟練度が達していれば彼にレシピを教わって作る事になる訳だが。

 しかしそれが取れないとなれば、攻略組の面々から素材を集めるための建前が難しくなってしまう。ゼリー系素材の有用性が知られていない今、私達と違って皆の認識では二束三文でしか売れない屑アイテムだから、下手に集めると言ったら妙な勘繰りを受けかねないのだ。

 完全回復の《エリクサー》に状態異常即時回復ポーション類が未だ出回っておらず、結晶系アイテムがボス戦で使えない可能性を前提に準備を整えている今、下手にこれらを公に明かすとその貴重性と有用性から妙な商売をする輩が出て、市場が荒れかねない。

 そこから適正値段で買えないせいで犠牲になってしまうプレイヤーが出ないとも限らないのだ。それは私達の本意では無い。

 更に転売屋が出て値段が高騰してしまっては、それを大量生産したキリト君も表に出す事が難しくなる。

 《血盟騎士団》名義で攻略レイドに供給したとすればやっかみで面倒な事になるし、提供元が誰なのか平等性の主張と共にしつこく問われるだろう。

 かと言ってキリト君個人でこれを出せば、彼が背負う負担は更に重くなる。

 最前線攻略、マッピング、モンスターのデータ収集とそれらを纏め、ボスの情報を得るためにクエストを消化するといった重労働をたった二、三日で行っているのだ。そこに貴重な回復アイテム大量生産という仕事が加われば、それこそ寝る時間すら削る結果になってしまう。

 以前の彼に較べれば切羽詰まった状態では無いし、義姉のリーファちゃんがセーブを掛けるから働き詰めになる可能性も低くなっているが、それでも重労働故に何時倒れるか不安で仕方が無い。現状ですら彼に背負わせ過ぎなのだから、これ以上背負わせたらそれこそ潰れかねない。ひいては彼の死に直結する。

 それ以前に、これ以上彼に何もかもを背負わせたら、今でこそまだ複雑な思いを抑えているリーファちゃんも堪忍袋の緒が切れて私達にも怒り狂いそうではあるが。キリト君を見捨てた張本人らしい人物の話を聞く度に、彼女はキリト君の前では落ち着いてはいるものの、かなり苛立っていたようだし。

 

「……アルゴに協力を頼んでみようか」

 

 三人揃って腕を組んで悩んでいると、ふとキリト君が思い付いたような口調でそう口にした。

 団長と共に何故と視線で問い掛ければ、彼は言葉を選びながら語り出した。

 アルゴさんはその情報精度と収集速度から《アインクラッド》で随一の情報屋と知られており、フロアボスの情報を得るためのクエストを探して、これを達成して攻略組に渡すという仕事もしているのは周知の事実。今までの階層ボスや闘技場の情報も彼女が仕入れていたというのは誰もが知る事だ。

 まぁ、その裏ではキリト君も全力で協力しているのだが。お使い系が多いのは確かだが、戦闘が一切ないという訳では無く、中には凄まじい強敵を倒さなければならない時もあるらしい。その際にはアルゴさんが一番信頼し、信用を寄せているキリト君に助力を頼んでいるのだ。

 そんな関係を築いているキリト君は、フロアボスの情報を得るために必要であると嘘を吐くようアルゴさんに頼んで集めてもらってはどうか、と言った。

 

「ボスの情報を得るためのクエストをしているのは実質俺とアルゴだけだから、これが嘘だとは見抜かれない。期間も限られてるから急いでいると言えば攻略組メンバーなら惜しまず協力してくれると思う。それで集まった素材を使って俺が生産をする……という流れにすれば、多分ボス攻略には間に合うと思う」

「……それは名案かもしれないが、信頼性と平等性を旨とする情報屋を営むアルゴ君が、幾ら必要だからとは言えそんな嘘を吐く事を承ってくれるだろうか? 些か無理があると思うのだが」

 

 確かに、アルゴさんは親しい関係よりも情報屋としての信条や立場を優先し、中立の立場を貫くスタンスをずっと取り続けている。幾ら攻略に必要だからとは言え、その信条に反し、バレれば信頼を一気に喪う事になる嘘を吐く事に了承を返してくれるとは思えない。

 流石にこれは情報屋という職に誇りを持っている彼女を侮辱する案ではないだろうか。幾らキリト君と言えど、流石にこれを提案されればアルゴさんでもキレそうだと思うのだが……

 それでも他に案が浮かばないから、一応という事でキリト君が事情説明込みでメールをアルゴさん宛てに送った。

 その返信はおよそ二分後だった。

 

「で、どうだったの?」

「……事情が事情だからオッケーだけど、細部を詰めたいから話し合いを持ちたいって」

「ふむ、では今から話し合うとしよう。アルゴ君にここへ来てもらえるよう頼んでもらえるかね?」

「分かった」

 

 団長の頼みに首肯したキリト君が再度メールを送り、こちらへ来るという旨が掛かれたメールが返されてからおよそ五分後、アルゴさんは団員に案内されて団長室へと入って来た。

 

「よっ、ヒースクリフの旦那、アーちゃん、それからキー坊。いきなりあんなメールを送って来るなんてよっぽど切羽詰まってるみたいダナ?」

 

 齧歯類を思わせる笑みに苦笑を滲ませた表情を浮かべながら入って来たアルゴさんは、開口一番挨拶と共にそう言った。

 それに団長が苦笑を浮かべる。

 

「急にすまないな、アルゴ君」

「いいサ。本当なら『ふざけてんのカ』って怒鳴ってるところだけど、オレッちとキー坊の仲ダ。それに軽く聞いただけだけどかなり重要そうなのは分かるからナ。もうちょっと詳しく事の経緯を話してくれるカ?」

「それは俺から話す」

 

 何故アルゴさんに嘘を吐いてもらうよう頼む事になったのか、新たに発覚した上位ゼリー系素材の用途や《エリクサー》を作る為に必要と思われる《調薬》スキルについてを含めて、キリト君は一から全て語った。所々団長と私も補足を挟んでいく。

 アルゴさんはそれに一切口を挟む事はせず、時折首肯の反応を見せながら話の内容を吟味していた。その表情は真剣で、嘘を吐く事のデメリットや困難さ、それに対するメリットについてを天秤に掛け、どうするか考えているようだった。

 

「……なるほど、ナ。確かにシーちゃんとキー坊くらいしか《調薬》を持ってるプレイヤーは聞いた事が無イ。《調薬》持ちじゃないと作れない可能性があって、《聖竜連合》の強硬手段が懸念される以上、下手に素材譲渡を口にする事も出来ないナ……だからオレッちに嘘を吐くよう頼んできたって訳カ」

「ああ。ユウキ達には事情諸々を含めて相談出来るんだけど、それ以外には無理だ」

「だろうナ。《エリクサー》の存在を公に出したら下手しなくてもそれを求めて混乱が起きるのは容易に想像出来ル。懸念してるように転売屋で荒稼ぎしようと考える奴がいるだろうシ、下手に《血盟騎士団》で動くのも連携の面でマズイ。確かにオレッちが嘘を吐いて集めるのが一番安全で確実ダナ」

 

 キリト君と考えられる問題について話していったアルゴさんは、嘘を吐く事に肯定的な姿勢を見せた。

 そもそもフロアボスの情報を集めているのはキリト君とアルゴさんくらいなもので、攻略組の面々は自己強化に忙しいから真偽を疑う暇が無い、だから嘘がバレる可能性は限りなく低いと言えた。

 

「だが、幾つか問題があるゾ」

 

 しかし、ここでアルゴさんが難しい顔で腕を組み、ストップを掛けた。

 

「この階層ではそれで何とかなるだろうけど第三クォーターを突破した後の素材集めはどうするつもりダ? ずっと『ボスの情報を得るのに必要』っていう理由は続けられないし、この理由以外だとオレッちが関わるのは流石に不自然ダ」

 

 確かに、その理由でアルゴさんが関わってくるのはむしろ自然だが、それは第七十五層の場合だけだ。第七十六層以上だと求められる素材は違うだろう、出現するモンスターも変わって来るだろうし、同じ条件にしているというのも考え難いから同じ理由で凌ぐというのはまず不可能。

 そしてボスの情報を得るという攻略関連以外でゼリー系素材を欲するとなって、そこにアルゴさんが関われば流石に不自然になる。

 そもそも用途が売却かクエスト消化くらいしか無いのに、アルゴさんがそれを求めるというのもおかしな話だし。

 

「それに五、六日のスパンで一階層を進めるとなれば流石に需要に供給が追い付かない、攻略のペースが速過ぎるのとキー坊くらいしか作れるプレイヤーが居ないからダ。《聖竜連合》の事を考えるとシーちゃんを関わらせない方が良いだろうシ……素材集めに時間を費やすとなると生産の時間含めて幾らキー坊でも無茶が過ぎるゾ。というか、ハッキリ言って無理ダ」

 

 作り手の問題からキリト君が生産するというのは絶対だ。

 ここで問題になるのが、供給するその生産スピードと攻略で消費される需要の量が釣り合わない事。それも需要の方が圧倒的に大きいのだ。

 一度のボス戦で用意しなければならないのは、一人につき最低でも五十個だろう。《エリクサー》も一人につき最低十個前後は欲しい、全快結晶はそれくらい用意しているからだ。

 レイドは最大四十九人。全員が強化ポーションや強化状態異常回復ポーションを合わせて最低五十個持つとなれば、生産しなければならない個数は約二四五〇個となる。

 素材となるポーション類とゼリー系素材の対比は一対一。つまりそれぞれ二四五〇個ずつ揃えなければならず、それを集める時間と調合し生産する時間を考えると、流石に残り六日――今日はもう夜に近いから実質残り五日――は足りなさ過ぎる。しかもこれは最低限の個数だ

 加えてキリト君は最前線攻略の柱で、誰よりも早く乗り込んでマッピングをしなければならない、更にはモンスターのデータも纏めなければならない。今までずっと彼がこれをしていたから私達では勝手が分からず変わる事は出来ない。

 時間が足らない上に重労働過ぎる。

 しかも素材を集められるのは半ば運の要素が強い。スライム系モンスターからのドロップ確率は結構高いからまだしも、そもそも他のモンスターも居るのだからエンカウント率も決して高くは無い、結果的に得られる個数は少なくなる。

 それなのに大勢に内密で必要分をボス攻略で毎回揃えるなんて無茶……いや、無茶を通り越して絶対無理だ。

 

「それから供給の仕方も問題ダ。クエストに消化するって言うんだからオレッちが供給するのはおかしいし、クエスト報酬って言ったらどのクエストかこぞって訊きに来るのは目に見えてるから無理、オレッちが黙秘を貫くのは立場上マズいからナ。かと言ってエギルの旦那やリズっちの店で売るのもやめておいた方が良い、どっちの店もシーちゃんお手製のポーションが売ってるってもう噂になってるから、下手しなくても巻き込まれル。《血盟騎士団》が出すのはさっき言ったように連携に支障を来す事になるだろうシ……」

「……俺が出すっていうのはダメなのか?」

「……真面目に言ってるなら、オネーサン本気で怒るゾ。またぶたれたいのカ」

 

 何故悩むと不思議そうな顔で言ったキリト君に、アルゴさんが一瞬で冷たい無表情になって、底冷えするかのような声音で言葉を返した。それを聞いた私は思わず身震いしてしまう。

 対するキリト君も、いきなり見せたアルゴさんの変容に目を瞠ったものの、意見を変える気は無いのか物怖じはしなかった。

 

「でも、他に良い案が無いなら結局そうせざるを得ないと思う……」

「……それは、そうだろうケド。でも、それは本当に最終手段ダ……頼むから、お願いだから、キー坊はもっと自分を大切にしてくレ。それをしたらどうなるかくらい、聡明なキー坊なら予想付いてるダロ……死ぬつもりカ?」

「それは……」

 

 アルゴさんの言葉にキリト君は言い淀んだ。

 彼が強化ポーション類を提供したら、その素材や過程はともかく結果である《エリクサー》などの供給を彼任せにして、足りなかったら苦情を突き付ける事になる。

 そして供給はまず間に合わない。ボス戦に十分と言える量が揃う事は殆ど無く、彼はその責を全て背負わされるだろう。

 もしもそれで死者が出てしまえば……想像するだに恐ろし過ぎる。

 それが目に見えるくらい簡単に想像つくからこそ、アルゴさんは容易にその手段は取らないつもりのようだった。その心情は、ベータ時代からの付き合いという誰よりも長い関係性を築いているからこそ、彼を案じている者のそれだ。

 

「とにかくそれは本当に最終手段ダ……まだ数日は猶予があるから、その間に考えよウ」

 

 怒りを抱いた時の冷徹な表情から一変して、優しさを感じられる表情に哀しみを含む笑みを浮かべるアルゴさんは、諭すようにキリト君へ言葉を掛けた。

 

 *

 

 アルゴさんを交えた四人での話し合いでは、情報屋であるアルゴさんが嘘を吐いて素材を集めるという事は決まったものの、問題の供給方法については未定のまま一先ずの終結を迎える事となった。

 一応最終手段としてはキリト君が供給するという意見があるのだが、それを取れば、まず間違いなくキリト君は忙殺されて押し潰される事になるから選んではならない道だ。

 仮にこれで進んでしまえば、攻略組はそう遠くない未来、破滅するだろう。

 攻略組の柱は団長や私、ユウキと言われていて、それも一応事実ではあるものの、最大の柱はキリト君だ。彼が居るのと居ないのとでは攻略の効率も速度も、犠牲者の有無も段違いになる。現に今正に、彼が持ってきた回復アイテムの事で未来が決まりかねない状況にある。

 今日はもうほぼ終わりと言えるので、実際にボスへ挑むまで残り五日。前日には準備を終えるべきなので都合四日がタイムリミットまでの猶予時間だ。

 今日を除いて三日後を予定している偵察戦へは一先ず市販やシリカちゃん特性の《グランポーション》を大量に持参する事で凌ぐ方針になっている。キリト君が作成した強化ポーションは当日提供する予定だ、それによって士気を高めるという訳である。

 次に挑むボスは第三クォーター。

 攻略組にとって初めてとなる――キリト君や私を始め一部は経験済みだが――結晶無効化空間でのボス戦。普段頼りにしていた結晶系アイテムを使えないという不安感を払拭するためなら取れる手段を全て講じるべきだ。士気を高めるための方法もあるだけ取るつもりである。これで失敗すれば絶望しか無いが、恐れ竦むくらいなら立ち向かうべきだと思うから、そこは考えない。

 そういう意味では闘技場の戦いは良い意味で士気を上げる事が出来ただろう。キリト君の戦闘力がフロアボスすらも一方的に叩きのめす程あると知らしめられたし、あそこで一度攻略レイドが壊滅したからこそ、各員が死に物狂いで自己強化に励んでいる。

 問題は上手くタンクとPOTローテが機能するかという事。結晶系アイテムが出てから長時間耐え凌ぐ必要があるPOTローテをあまりしなくなったから、ポーション類だけが回復手段だった時からいる者達は慣れているからともかく、それ以外の者達だと何かしら問題がある気もする。

 それに《レイド戦》ではものの見事に転移ボスの奇襲と、もう一体のボスによる連撃で壊滅に陥ったから、それによるローテーションの崩れ……つまりはルーチンの崩壊も不安だ。

 次のボスが転移系でなければいいのだが……

 

「……今は悩んでも仕方ない、か」

 

 まぁ、未だに一切情報が分からない現状で気を揉んでも仕方がない。そう結論付けて、私は頭を振った。

 それから私は、背後に聳え立つ重厚な造りと分かる《血盟騎士団》の団長室に続く木製の扉に視線をやった。

 さっきまで私とアルゴさん、キリト君、団長が入っていた訳であるが、話し合いを終えてからキリト君から渡されたマッピングデータと迷宮区のデータを纏める為にアルゴさんは即座に退散し、私も退室した今、この部屋には残る二人しか居ない。

 部屋の主である団長はともかく、何故キリト君が残ったままなのかと言えば、団長が呼び止めたからだ。何でもポーション類とは別に話があるらしい。

 

「……何を話してるのかな……」

 

 副団長である私は出ても良いと言っていたから、ひょっとすると殺伐とした『裏』に関与する話なのかもしれない。これ以上彼に何か託すとは考え難いが、団長も大人だ、その辺を割り切って適任のキリト君に任せるというのは十分あり得る。

 あれだけ幼いのに、キリト君は殺伐とした世界に身を置いて、殺人を始めとして様々な犯罪行為をするオレンジやレッドプレイヤー達を相手にしている。クラディールと相対した時の対応も多少口調は意識していたようだが、過度に緊張はしていなかったから、やはり慣れているのだろう。

 それに私とゴドフリーさんが麻痺させられた手口も、彼はその場に居た訳でも無いのに状況から推察し、見事に当てて見せた。そういった手口に関する知識も豊富であるという事。

 色々と背負わせてしまって、ずっと助けられている身である私としては、それがとても歯痒い。

 クラディールのせいで――万歩譲ってお陰で――この世界でも異性の行為は可能であり、それを行った犯罪行為があると知れた訳であるが、今まで知らなかったという事は庇護されていたという訳で……

 

「私の方が年上なのに、情けないなぁ……」

 

 本来であれば、家族に甘え、護ってもらうのが当然の年齢である彼は、そのあまりにも異常な環境から心身ともに『普通』から逸脱している。

 『成長』ではない、『逸脱』だ、仮に『成長』であったなら休暇を提案されただけで恐慌を来す筈が無い。

 ずっと我慢していて、ずっと抑え込んでいて、ずっと限界を超え続けていて、それでも人に助けを求めない。助けを求めれば、その先に居る人までも巻き込み、苦しめてしまうと思っているから。

 そして私は、彼を助けるだけの能力が無い。幾ら攻略組でトップクラスの実力があると言っても、年上と言っても、彼の力になれるだけの能力が備わっていないのだ。

 私にはリーファちゃん程の親密さは無い、リズみたいに生産職面で力になれる訳じゃ無い、ユウキほど突出した力を持つ訳じゃ無い、シリカちゃんのように回復アイテムなど補給の面でサポート出来る訳でも無い、アルゴさんのように情報面のサポートなんて出来る訳でも無い。

 ないない尽くし。今までも、今も、何時も助けられてばかり。

 本当なら彼に背負わせるべきではない事すらも背負わせてしまっていて、それを支える事すらも儘ならない。

 

 

 

 ――――私に、彼の力になれる事なんて、あるのだろうか……?

 

 

 

 城を思わせる程に巨大なギルドホームの石壁に背中を預けながら、私はキリト君を待ちつつ、悔しさと不安感とを綯交ぜにしながら胸中でポツリと疑問を呈した。

 

 ***

 

「残ってもらってすまないな、キリト君」

「それは構わないけど……一体どんな要件なんだ?」

 

 アルゴ君が攻略本を作る為に帰り、アスナ君を退室させた後、私はキリト君と二人だけで団長室に残っていた。立ったままのキリト君は不思議そうに小首を傾げて私を見て来て、問い掛けて来る。

 もうすぐ夕飯の時間だし、彼にはホームで帰りを待つ者が居るからあまり長引かせては申し訳ないと思い、早速本題に入る事にした。

 

「すぐ終わらせるために、単刀直入に言おう。話は二つ。まず一つ目は、キリト君にはこの第三クォーターの偵察戦に是非参加して欲しいのだ」

 

 私が出来る限り真剣な態度でそう言うと、不思議そうな表情を改めたキリト君は、ぴく、と片眉を僅かに動かした。

 

「……なるほど。つまり、単独で仕掛けるのはやめろ……そう言いたいのか」

「話が速いようで助かる」

 

 私が彼に、階層ボスの偵察戦へ参加する事を告げたのは、彼の戦力を買っている意味もあるが、何よりも今までのような単騎突撃を禁じる意味合いがある。

 最近までキバオウ君によってボス偵察レイドや攻略レイドから外されていたキリト君だが、それでもアルゴ君に情報を渡すために何だかんだで単騎突撃を仕掛け、ボスの情報を提供してきていた。実地で知っていたからこそ、後から攻略レイドに合流してもこちらの動きと敵の攻撃に合わせて動けていたのである。

 だが次のボス戦で単騎突撃されると非常にマズい事態になるのだ。

 リアルが茅場晶彦、つまりこの《ソードアート・オンライン》の開発主任ディレクターである私だからこそ知っている。

 第七十四層の結晶無効化空間を皮切りにこれからのボス戦全てで結晶系アイテムが使用不可になるのに加え、第七十五層ボス戦からは、物理的な撤退すらも不可能になるという事を。

 ボス部屋に入る際には重厚な石の大扉を潜る訳だが、第七十五層のボス部屋は、扉が開いてから一定時間が経つと自動的に閉まり始め、完全に閉じるともう内部から開く事は出来なくなる仕様なのだ。出るには中にいるボスを倒すしか方法は無い。

 しかし問題なのは、第三クォーターボスの攻撃力が、これまでのボスなど比べ物にならないくらい極端に高いという事。その高さは防御力に秀でたタンクと言えど直撃すれば一撃死は免れない程。更にはボスの攻撃全てに於いて超高確率でクリティカル判定が出るようにもなっており、クリティカルが出れば即死は確定だ。

 元々普通のオンラインゲームを想定して作っていたため、撤退不可という今までにない状況に陥ったレイドを一度は完全壊滅させるべく設定したのが、ここに来て仇となったのだ。まさか一ゲームプレイヤーとして、ディレクターとして入れたユーモアがこう返されるとは、開発当時は一切考えていなかった。というか想定出来る筈が無い。

 とにかく、結晶無効化空間にして物理的脱出不可能になるという初の仕様の第三クォーターボス戦は、私にとって偵察戦が本番の攻略戦になる。ここでどうするかが攻略組の、そして私の今後を左右すると言っても過言ではない。

 リーファ君の話でリアルの死者は最初期以外に出ていないという事だが、それでも楽観視が出来ない以上、出来る限り犠牲者を減らすべきなのは明白だ。そもそもこのデスゲーム化は謂わば私の責任、だから囚われのプレイヤー達を一人でも多く生存させる義務がある。

 故に、今度の偵察戦には単騎でも実力があるプレイヤーを集める必要がある。

 まず私は絶対だ、私以上に防御力に秀でたタンクは居ない。

 《神聖剣》には《武器防御》スキルと合わさって発現するパッシブスキル《セントラル・ブロック》がある。盾の中央で防御した時に限り被ダメージをゼロにするという効果があるため、私は他のタンクより圧倒的な防御を誇る。《神聖剣》によって盾防御や防御力そのものにも多大なボーナスがある。

 それに第三クォーターのボスは、攻撃力とクリティカル率こそ極端に高いものの、筋力値という面から見ればそれなりだ。

 よく勘違いされがちだが、攻撃力と筋力値はイコールではない。

 攻撃力とは、プレイヤーの筋力値にレベル補正、武器の重量補正、武器の攻撃力数値補正、スキル熟練度補正、ソードスキル倍率、ソードスキル熟練度補正、攻撃速度倍率の要素全てを計算した末に導き出される値。筋力値はただ計算に用いられる値の一つに過ぎないのだ。

 ちなみに、クリティカル補正やクリティカルダメージ補正は発生が絶対では無いので一旦除外する。

 例として、筋力値が高いとしても武器が軽ければ結果的にダメージは低くなる、それでもスピードがあれば速度倍率でダメージは多少大きくなる。この辺は現実の物理法則を考えれば分かりやすいだろう。

 敏捷値へ多く振っているユウキ君達でも叩き出すダメージが比較的高めなのは速度補正によるダメージ上昇があるからだ。

 とは言え、重量武器を扱う筋力値へ振っているヘヴィアタッカーの方がやはり大きいダメージを叩き出せる。スピードアタッカーは、どちらかと言えばステータス低下を付与するデバファーやヘイト管理を行うクラウドコントローラーの側面が強い。

 なので、基本的に筋力値へ多めに振っている上にレベルが圧倒的なキリト君であれば軽量アバターになっているから多少後退させられるかもしれないが、反面武器の重量が半端では無いからまず一人で押し返せるだろう。私やエギル君もタンクとして筋力値へ多めに振っているから全力を傾ければ打ち勝てる筈だ。

 バランス型であるディアベル君や、《刀》のクリティカルダメージを伸ばすために敏捷値へ多めに振っているクライン君では、攻撃を真っ向から押し返すのは無理だろうが、一度防いで止めてからというように防御に徹すれば押し切られはしないだろう。

 これらの事から攻撃面ではキリト君を置いて他に無い。《ⅩⅢ》は一対一、一対多で本領を発揮する上に、ボスを相手にしても一切怯まないどころかむしろ効果覿面である事は《レイド戦》で既に証明されている。

 防御力三割低下や痛覚ありというのは些か痛いものの、装備によって付与される他のバフもボス戦に対して非常に有効だ、更には彼自身の生存能力も遥かに高い。

 そもそも彼のデメリットは攻撃に当たった場合にのみ発生するものだから、極論当たらなければ問題は無いのだ。

 まぁ、本当に当たらなければ世話無いが。その為に存在するタンクである。

 よって攻撃にキリト君、防御に私というのが絶対の構成になる。むしろキリト君の攻撃方法を考えると、これ以上増やすのは却って邪魔になり彼の戦闘力を削ぎかねない。

 しかし最悪一撃で死亡する可能性を考慮すると些か不安が残る訳で……現在、扉の外でボスの挙動を観察するメンバーと内側に入るメンバーで、後者の人数をどうするべきか思案中だ。

 一先ずキリト君が居なければ偵察部隊の全滅は確定するし、如何な彼でも流石にあのボスを単騎で倒すのは無茶があると思うため、こうして偵察部隊への参戦依頼という建前を使って単騎突撃を禁じようとしているという訳だ。彼をここで喪う訳にはいかない。

 そして私とキリト君以外に参加を認められるのはギリギリでユウキ君くらいなので、アスナ君には悪いが退室してもらった。彼女に聞かれると、負担が大きいと言って付いて来る事は間違いない。

 まぁ、偵察戦の日程は彼女にも伝わるから何かしら言ってくるだろうが、どうにかして部屋の外で観察するメンバーに留めようと思っている。

 とにかく、キリト君には何が何でも単騎突撃を断念、偵察部隊への参戦を認めてもらわなければならない。最悪、私が茅場晶彦である事を暴露する事も厭わない覚悟だ。

 その決意と共に少し考え込むキリト君にじっと視線を向ける事およそ十数秒の後、彼はふっと苦笑を浮かべ、私を見返してきた。

 

「そこまで真剣な顔をしなくても承るよ。大体、《ⅩⅢ》の特性でボス戦に有利なのは既に周知の事実なんだ、参加しなかった方が責め立てられるのは目に見えてる。ヒースクリフが言って来なかったらむしろ俺の方から提案しようと思っていたくらいだ」

「そうか……それは良かった。助かる」

 

 キリト君が同意してくれた事で、私は心底安堵し、深く息を吐いた。知らず緊張してしまっていたらしい。まぁ、私にとって致命的な事も暴露する覚悟を固めていたのだから、それも当然か。

 そう胸中で一人ごちていると、それにしても、とキリト君が声を掛けて来た。視線を向ければ、彼は訝し気に私を見ていた。

 

「さっきのヒースクリフの表情、何時に無く余裕が無かったな。やけに必死そうに見えたし……」

 

 訝しむ表情と共に言ってきた事に、私は内心でぎくりとした。

 確かに私は余裕が無かったし、かなり必死だった、それこそ自身の秘密を暴露する事を覚悟するくらいには。

 だがそれをする必要が無くなったのだから、それを話さなければならなくなる事態は避けるべきだろうと即座に思い立ち、私は数瞬で思考を纏め、口を開いた。

 

「……そうかね? 確かに、第一の悪夢、第二の総合した強さの経験があるから、第三クォーターに対して緊張しているのは否めない。キリト君が結晶アイテムに代わる回復ポーションを作ってくれたとは言え、それでも他の面々は初めてな訳だからね。何が起こるか分からない以上緊張はする」

「……」

 

 キリト君の鋭い指摘を否定するように私は言ったが、自分で言っておいて何だが正直苦しいなと思っていた。緊張すると言ってもまだ数日ある上に情報が一切出ていないのだ、それで緊張するなんて、初めてのボス戦という訳でも無いのに妙だろう。

 彼もそう思ってか私の様子がおかしいと感じているようで、訝しむ目を向け続けて来る。

 それを私は、涼しい顔……のつもりで内心は冷や汗を滝のように流しながら堪える。

 互いに妙な視線を嫌に静かな空気の中で交わす事五秒が経った時、キリト君がはぁ、と緊張を解すように溜息を吐いた。それから彼は、表面上は涼しい顔をしているつもりで実のところ未だ緊張したままの私に、苦笑を向けて来た。

 

「今の様子と言い、強化ポーションについて知った時アスナに較べて然して驚いていなかった事と言い、少し引っ掛かる事はあるけど……まぁ、そういう事にしておこう」

 

 苦笑と共に言われた事に、再度ぎくりとする。

 上位版ゼリー系素材で新種の完全回復ポーションが出来る事は私が設定した事なのだから知っていて当然だ。一応それのヒントとなるものは、とある隠しクエストで入手出来る。

 私が驚いたのは、そのヒント無しで至ったという事だ。だから驚嘆という意味が強い。

 だがアスナ君は純粋にゼリー系素材にそんな使い道があったという事、結晶系アイテムの代用品となり得る高性能なポーションの登場など、未知の事物の直面であったためかなり表情を露わにした驚きだった。

 私の驚きは感嘆という意味合いこそあったものの、未知に出会った驚きという意味はほぼ無かったため、訝しまれたのだろう。

 仮にこれについて突っ込まれたとして、ヒントについて知っていたと言えばその場凌ぎにはなるかもしれない。

 だがその場合、何故さっきの話し合いでこれを言わなかったのかという事になる。そもそも攻略に専念していた私が、アルゴ君よりも街やクエストの情報で先行しているというのは普通あり得ない。

 よって結局怪しまれるのである。

 まぁ、言わなくても怪しまれている訳だが……そこはキリト君の異常性故だろう。

 

「とにかく、偵察戦に出ればいいんだな? 何時を予定しているんだ?」

「六日後が攻略戦だから、一先ず四日後を考えている。今日を除けば偵察戦は三日、攻略戦は五日の猶予という事になるな」

 

 基本的に偵察戦から二日後に本番のボス戦になるのが通例だ。

 階層攻略は三日でマッピングを終え、四日目で偵察戦、五日目に得た情報から各々が準備をして、六日目にボス攻略戦という流れとなっている。

 七日目は大抵のメンバーが新たな街の観光や休暇に充てる。休まないのは情報屋として働き時であるアルゴ君と、一人で最前線の情報を得るために攻略に向かうキリト君くらいなものである。つまりこの二人にとっては、階層攻略は三日では無く四日間という事になる訳だ。

 それを一年半以上も続けて来ているのだから本当に恐れ入る。特に遊びたい盛りだろうキリト君に対して、私は色々な意味で畏敬の念を抱かずにはいられない。アルゴ君にも私は尊敬の念を覚えているが、やはりキリト君に向けるものの方が大きい。

 

「四日後か……分かった。詳しい日時が決まったらメッセージを飛ばしてくれ」

 

 私が畏敬の念を密かに向けている事を知る筈も無いキリト君は、脳内で新たに予定を記憶してからそう言ってきた。基本的に攻略会議などの日程はアスナ君やクライン君、私といった彼と比較的親しい攻略組メンバーがメッセージで教える事になっている。

 まぁ、彼はアルゴ君と割と会合しているから必要無いかもしれないが。

 

「それで、もう一つの要件は? キバオウの事か?」

「間接的には関わりがあると言うべきかな。実は私が攻略に行っている間に、攻略組に参加したいと申し出てきたソロプレイヤーが居たようだ。とは言えすぐに参入を許可しても戦力になるかは分からない。結晶無効化空間でのボス戦が考えられ、更にはモンスターのアルゴリズムにも幾らかの変化が見られる事から、明日、そのソロプレイヤーにテストをする事になったようでね。そのテストに、攻略組で二つ名を持つ君も立ち会って欲しいのだ」

「テスト、ねぇ……それは別に構わないけど、ソロプレイヤーというのが引っ掛かるな。こんな時期に申し出て来るなんて余程の自信家か恐れ知らずのどちらかだぞ。それに、攻略組に準じる実力があるソロプレイヤーなんて、俺は聞き覚えが……」

 

 難しい顔で腕を組みながら言っていたキリト君は、しかしそこでふと、何かに気付いたように眉根を寄せて言葉を止めた。

 

「……そういえば、さっきキバオウと間接的に関わりがあると言っていたな……それでソロプレイヤー、聞き覚えが無い、攻略組に匹敵…………まさか」

 

 そこまで言って、瞠目しながら私を見て来たキリト君の顔には、まさか、と信じたくない思いに駆られていると分かる表情が浮かべられていた。言うなればそれは、愕然、だろうか。

 それを心苦しい気持ちで見詰めながら、私は彼の無言の答えを肯定するべく、首肯した。

 

「そのまさか、だ……話が本当で、本人であれば、君の血の繋がりがある実兄だ」

「…………そう、か……」

 

 私が勘違いを含まないよう言えば、彼は苦しげに眉根を寄せ、表情を歪めて、絞り出すように辛うじてその応えを返してきた。

 私としても伝えるべきか相当迷ったのだが、テストを通過すれば彼らは必然的に顔を合わせる事になる。この世界で初めて遭遇した時の話を聞いていた私は、また恐慌に陥る可能性を憂慮して先に伝えるべきだと判断し、こうして伝えた。

 今日の昼頃に《血盟騎士団》を訪ねていたプレイヤーの名前は《アキト》。

 キリト君と違って胸鎧だけは着けていたが、それ以外は色を白にしただけで装備の意匠が全て同一という片手剣使い。ここ数日で中層と上層で名を売っているプレイヤーらしく、髪と瞳の色は日本人らしく黒だが、その装備と振るう剣の色から【白の剣士】と付けられているという。

 その実力やスキル構成までは知らないが、スピードアタッカーらしい彼はそれなりの実力者らしく、もう単独で第七十四層は踏破してきたようだった。第七十四層のボス部屋を撮影した記録結晶を証拠として持ってきたので、それは事実らしい。

 気になる事が無い訳では無い。

 リズベット君が営む武具店で購入したという片手剣は儀礼用に作られたという設定の剣、つまりは耐久値と攻撃力が低めに設定されている代物。その場に居合わせたキリト君の話では、推測のレベルは70辺りらしいから些か疑問が残る話ではある。その剣ではまず七十四層は突破出来ない筈だ。

 武器も攻撃力数値から適正階層というものが存在する。第七十層で手に入る武器は、その階層のボス戦や第七十一層まで使うのが限界で、第七十二層では役に立たない。第七十一層で手に入った武器であれば、第七十三層では役に立たない。

 このように、大体入手した階層から一層上まで使えるのが良い方だ。キリト君が持つエリュシデータを始めとするLAやレアリティの高いものであれば、それに見合うだけ長く使えるが、大半はすぐ買い替えを要求されると考えていい。

 キリト君が使っていたアニールブレードは多大な苦労を要されるためデフォルトで第三層フィールド、最大強化品で第四層フィールドまで使えるので破格の性能だった。

 反面、アスナ君が使っていた細剣ウィンドフルーレは通常モンスターのドロップであるため、最大強化でも第二層で既に攻撃力不足は否めなかった。それでもドロップ率の兼ね合いから細剣でも保った方と言える。彼女は第三層でインゴットにして新たに鍛え直し、今ではランベントライトとして姿を変え、使っている。

 そして《アキト》が購入したという《アルジェントブレード》は、第七十一層以降で入手可能となる鉱石から製作可能な片手剣の一つ。似通った攻撃力数値の中からランダムに製作されるそれは、その鉱石から選ばれる《片手剣》カテゴリ武器の中でもパラメータは低め。プレイヤーが言う外れ武器だ。

 つまり通用する階層は第七十一層、良くて第七十二層程度なのだ。第七十四層でも時間を掛ければ突破は出来なくも無いが、そんなにモンスター一体に掛ける戦闘時間を長引かせては攻撃回数も多くなるという事だから、武器の耐久値の減耗も激しくなり、全損する可能性が否めない。

 とは言え、これを打破する手段は無い訳でも無い。

 鉱石から製作される武器の強さを決める要素は全てで五つ。プレイヤー依存が三つ、鉱石依存が二つだ。

 それは鍛冶師のスキル熟練度、使用するハンマー、使用する溶鉱炉、鉱石のタイプ、鉱石のレアリティ。

 前二つは普通に分かるだろう。熟練度が高くなれば製作される武器の上限パラメータが解放される上に、高いパラメータ配分になる可能性が高くなる。ハンマーのランクが高ければ更にブーストが掛かる。

 ちなみにどちらも武器の強化成功率にも関わる。

 溶鉱炉は単純に、リズベット君のように店舗を構えて固定式の炉を使うか、キリト君のように持ち運ぶ携帯炉を用いるかだ。基本的に大型となる固定式の方が製作武器のパラメータは高く、更には他のステータス付与の数値も高い値で纏まりやすくなっている。

 更に耐久値を回復させる砥ぎに関しても、最大値減耗の抑制は固定式の方が掛かりやすい。

 鍛冶屋を開く者が少しでも他の者より有利になるためにと実装したシステムだ。やはり多額のお金を払って店舗を持つのだ、それくらいのアドバンテージはあって然るべきだ。先達となる者が苦労するのに、後発の者が楽に追い越してしまったらやるせない。

 次に鉱石のタイプ。

 これもプレイヤーのステータスタイプと同様、パワータイプとスピードタイプがある。前者は攻撃力や耐久値が高くなり易い反面重く、後者は軽量でクリティカル率やクリティカルダメージが高い反面攻撃力や耐久値は低めという一長一短の特性を持つ。

 これらを特化、あるいは平均化させるのが強化だ。軽量武器に重量を加えたり、耐久を増やしたり、鋭さを増やして特化させたりなどをする事で、自分だけの武器を作れる。

 最後に鉱石のレアリティ。

 これは製作される武器が攻撃力を含め、総合的に高い値になる武器が作られやすくなる確率に関わっている。このレアリティが高いものは基本的に強い武器と言って良い。LA品であるエリュシデータをインゴットに戻せば同様に強い武器が――流石に二十層以上の継続使用は無理だろうが――出来上がる可能性が高くなる。

 現にアニールブレードから作られていった彼の片手剣は、彼自身のステータスも相俟って防御力の高いボスを相手にも有効打となるパラメータをどれも有していた。

 何が言いたいかと言うと、件の剣を鍛冶屋でインゴットに戻せば、強い剣に変える事も可能なのだ。これをキリト君と所縁のある者達は【継承】と呼んでいる。

 更に色は、高い熟練度の《鍛冶》スキルを持つ鍛冶師に依頼する事でリペイントによる変更が可能なので、同じ剣ではないという可能性も否定出来ない。

 白い剣と言っても、例えば私が持つ十字剣のようなものだってあるし、リペイントしていればキリト君のエリュシデータも黒から白へと変えられるからである。だからより強い剣を手に入れてから白にリペイントした……という可能性も存在する。

 つまりプレイヤーの強さを武器だけで判断するのは難しい、しかも人伝の話ともなれば尚更だ。事実として元ALOプレイヤーと思われる《アキト》は第七十二層相当の剣を持てて、購入出来たのだから。資金を持っていて、尚且つ剣を持ち上げられたという事から、最低限それくらいのレベルはあるという事である。

 更にスピードアタッカーであるのなら、敏捷値にステータスボーナスを振っている筈。その分重い剣を持ち上げるのが難しいのだから、もう少しレベルは高い筈だ。攻略組の参加を促す呼び掛けの中に記載している平均レベルに近い値はあると思われる。

 とにかく、事実から相手の実力を想定しなければならない。

 そして現状、《アキト》の実力は攻略組に参入出来るものはあると考えられる。

 つまり問題なのはスキルや本人が思考する戦略性、そして人間性から来る協調性などだ。テストはこれらを見る為に実施されるのである。

 

「テストの内容は二種類。一つ目は攻略組の誰かとデュエルをする。二つ目は最前線でのパーティープレイだ。ちなみにキリト君に立ち会ってもらいたいのはデュエルの方だ」

「……前者は本人の実力を見る為、二つ目はパーティーでの役割を決めるのと本人の協調性を見る為か。思ったよりはマトモな試験内容だが……」

「……どうかしたかね? 何か気になる事でも?」

「担当の試験官が抱き込まれていれば、たとえ相応しい実力が無くても参入が許されるな……と思ったが、話から察するにヒースクリフやアスナ、それに他の攻略組も立ち会うんだろう?」

「うむ、当然だ。共に戦う仲間に相応しいかは誰もが気にしなければならない、何せ命を預けるに足るか見極めなければならないのだからな」

「なら、少なくとも試験官側の不正は無いと考えてよさそうだな」

 

 少し安心したように笑みながらキリト君は言う。その様相に、私は少し意外に思った。

 

「……少し意外だな。君はもう少し……その、彼の参入に反対したり、拒絶をしたりといった反応を見せるかと思ったのだが」

「……別に、受け容れられる訳じゃ無い。かつて俺を見捨てた張本人を受け容れられる訳が無い」

 

 だが、と彼はそこで言葉を区切った。

 

「一人の意思は全体の意思より優先されるべきではない。それは集団の和を乱すから、ひいては集団の壊滅……つまりは俺達の死に直結する」

「……」

 

 その表情はどこか茫洋としていて、悲しげでもあり、虚しげでもあった。

 そんな彼の言葉を聞いた私の脳裏では、一部が別の言葉に置き換えられて聞こえていた。

 

 

 

 ――――一人の命は、全体の命より優先されるべきではない

 

 

 

 私には、彼が口にした『意思』という部分が『命』と聞こえた。

 だが、仕方ないだろう。彼は今までこの世界ですら世界最強の姉と神童の兄の名声に虐げられ、命を狙われてきたのだ。その神童の兄本人が来たとなれば、これまでよりも更に誅殺隊を始め彼に敵愾心を燃やす者達の活動が激化するのは容易に想像がつく。

 実兄の参入は、すなわちキリト君の命が潰えるカウントダウンでもあるのだ。

 実兄が成功し、あるいは一度でもキリト君が失敗すれば……あとはもう、転がり落ちるだけだろう。何せキリト君がしてきた事が事だ、たとえこの世界の秩序と人々の生の為と言えど理解される筈も無い。そもそも彼らが理解を拒み、決め付けているのだから。

 それを理解しているからこそ、キリト君は自らの犠牲を『仕方ない』と、それ以上苦慮しても『詮無い』事だと諦観している。私達に、表立って自らを庇う言動の全てを禁じているのも、犠牲になる時が来た時に巻き込ませないため。

 キリト君の、《織斑一夏》としての、《ビーター》としての在り方を示す言葉だろう、これは。自らの哀しみや絶望では無く、周囲の身勝手な希望と期待を優先して行動しているのがその証拠。

 

「……それで、そのテストは何時にどこで行われるんだ?」

「午前九時、集合場所は第二十二層主街区だ。フィールドにはモンスターが居ないからな、闘技場のように離れていたり人目がある場所は避けるべくそこになったらしい」

「…………分かった」

 

 流石に潜伏している階層で行われるのは予想外だったらしく、僅かに暗い表情を顰めた彼は、それも何を言っても無駄だとばかりに溜息を吐いた。

 

「……それじゃあ、俺はそろそろ帰る。リー姉達がお腹を空かせてるだろうしな」

「ああ……道中気を付けたまえ」

「忠告痛み入るよ……それじゃあ、また」

 

 私の注意に口の端を釣り上げた彼は、肩を竦めながらそう言って、開けた扉を潜って退室した。その姿は、彼がどう気を付けようと避けられない事態があると諦観しているようにも見えた。

 どれだけキリト君が気を付けようが、相手の方から向かってくるのではどうしようもない……そういう事だろう。

 

「……頭が痛いな」

 

 キリト君の事、彼の実兄アキトと繋がっているという行方知れずのキバオウ君の事、別タイトルと混信した事、第三クォーターボスの事……憂慮すべき事が多すぎる。

 しかもその大半に彼が意図せず関わっているという始末……

 疲労故か、それとも気を揉み過ぎている故か、頭の奥がズキリと微かに疼いた気がした。

 

 






 はい、如何だったでしょうか。

 本当に第三クォーター突破まで長いなー……当初の予定では、この章の時点で多分SAOクリアしてる筈だったんですが……(汗)

 そろそろいい加減ニシダさんイベントを起動しよう。話が話だけにすぐ終わる気もしますが(《圏内事件》の時のフラグ再建)

 さてさて、今話で色々とぶっこみました。

 まず新ポーションの扱い。冷静に考えたら色々とヤバいんですよね、完全回復のポーション一つで市場は荒れる。チラッとしか書いてないですが、一体のスライムから複数個素材が落ちるから、《調薬》さえあればタダで完全回復アイテムを量産出来る訳ですし。

 そのスキルが貴重過ぎるんで問題になってるんですけど。解説している通り、《ポーション作成》スキルは不人気要素にしてるので。序盤はともかく。

 ちなみに文中に明記してませんが、現在の熟練度はシリカよりキリトの方が上という認識で今話を書いてます。単独で最前線付近の素材集めが出来ないシリカでは、どうしても熟練度の上がり幅がキリトより小さくて、追い抜かれてしまった……という感じです。多分この理由ならそこまで変では無い筈、中層域の素材より上層の素材の方が熟練度は上がると思うし。

 そもそもシリカがポーション類を委託販売し始めてからあまり時間は経ってない。期間は明確にしてませんが、少し前のユウキ視点と今話のアルゴの会話文から短い事は読み取れるようにしてます。

 次にヒースクリフの様子。と言うか、それを訝しむキリトの構図。

 読み返したら分かりますが、今話のアスナ視点含め、これまでの話で誰かが驚いている時にヒースクリフが驚いている描写はほぼ無かったりする。驚愕に固まっているとかそういった描写すら無いです、だって感嘆はしてても驚嘆はしてないから。

 それをキリトは訝しく捉えました……元が一夏でも同時に和人/キリトなんで、怪しむ場面を一度は入れたかったんです。でも原作通りの真名看破は多分しない。するとしても原作のやり方はさせない。

 次に、第七十五層ボス戦の話。

 偵察隊にキリトとヒースクリフが参加して勝負を掛けに出るのは他に類を見ないのではないでしょうか。

 一応開設すると、本作ヒースクリフは原作と違って真っ白なので、何度か書いてますがプレイヤーを一人でも生き残らせようと割と必死です。黒幕ヒースクリフは第七十五層の仕様を知っていながら偵察隊を向かわせましたが、本作は真逆、知っているからこそ犠牲者をゼロにしようと足掻きます。迷宮区攻略に出ていたのがその証拠。原作ではあんまり動かない御仁ですから。

 それ故の差異。ここで全滅させたら、本作ヒースクリフが茅場とバレた時にヤバいですからね。キリト勢はまだしも、それ以外の面々は今でもHP全損イコール現実での死と捉えていて、茅場が黒幕と信じて疑ってない状態なので。今後を左右する云々はこの部分。

 てか、何で動かないのに信用されてたんだろう、あの人。キリトやアスナほど動いてないと思うのになぁ……プログレッシブのキリトやアスナレベルで動かないと、エギルやクライン達から信用はされないと思うのに。

 それにキリトの《ⅩⅢ》をフル活用するなら味方は少ないほど良いですからね……本人は誰かと居たいのに、戦闘スタイルがソロに特化していくのが何とも言えない。

 武具の損耗は自己修復可能(《鍛冶》&《裁縫》持ち)だし、回復アイテムは自力で用意出来る(《調薬》持ち)し、原作キリトと違って家事スキルが揃ってるし、ボス戦どころか戦闘はぶっちゃけ一人の方が強いし。

 ……原作キリト&一夏よりも尖ってますな、戦闘能力の傾向。一人の方が良いとか完全にタイプがエネルギー消滅型の《白式》と真逆、ピーキーどころじゃねぇ。短期決戦型なのは同じなのにスタイルが真逆とか。しかも一対一だけでなく一対多にも特化しているという有様。

 デメリットも相応にあるから魔改造だけとは言えないと思うんですが、それでもこうなるって……これより上レベルでスタンダード最強設定な世界最強と性格悪い神童をどう書けと(笑)

 最後に《アキト》参戦予定宣告。次会う時はデュエルですね。相手は考え中、あるいは二、三連戦させるかとも思ってる。キリトが相手の場合は一戦だけ。

 二つ名は、多分予想付いていたと思いますが【白の剣士】です。【黒の剣士】であるキリトと対比、あとは原作一夏のカラーである白、《零落白夜》の白と合わせる事での一夏ポジ的オリキャラに対する皮肉です。

 他の方の作品と被る二つ名ですが、他に思い付かなかった……白以外で似合う色が黒しか無かった。

 購入した剣がどうなってるかは、お楽しみ。そこまでぶっ飛んだものにはならない……予定。

 次話でデュエルまで行けるかなぁ…………多分無理だな。アスナ居るし。ユウキの時みたいに後半に入る感じかな。

 デュエル相手はキリト(ガチor暴走or白or二刀or一刀)、ヒースクリフ、アスナ、ラン、ユウキくらいですかねぇ…………大穴でサチかクライン? キリトの場合、ナンはどうしよう……?

 どれが良いかな、悩むな、キリトの場合は展開と結果両方悩む。ヒースクリフ含めて視点も悩む。他の四人は書きやすいんだが、この二人の苦戦って書き辛い。

 長々と失礼。

 では、次話にてお会いしましょう。


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