インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

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 どうも、おはこんばんにちは、黒ヶ谷・ユーリ・メリディエスです。

 今話から漸く第七十五層ボス戦へと入ります。でもほぼ導入に近かったり。本格的な描写は次話ですね。今話ではレイドの構成と作戦、突入部分くらいです。

 視点は前半リーファ、後半ラン視点。

 リーファはレイドを見送った後、シノンと共に行動している場面です。

 ランはレイドの一員としてボス部屋前で待機している場面です。緊張感あったらいいな。

 今話は約二万九千文字。危うく三万行きそうだった(・・;)

 ではどうぞ。



第五十三章 ~死闘:撤退許されざる戦い・始~

 コツ、コツ、と軽やかに木板を蹴る音が二重に上がる。

 それを立てているのは緑衣の妖精アバター《リーファ》であるあたし、それから同居人であり、今では色んな意味で互いに切磋琢磨し合っているライバル、同世代の少女シノンさんだ。

 あたし達は先ほど、第七十五層ボス部屋前の位置情報を記録した回廊結晶を用いて移動し、偵察戦へと赴いたおよそ八十人という大規模なレイド二つを見送った。見送ったのはあたし達だけでなく、各ギルドの構成員の他、何処かから話を聞きつけたリズさんやシリカさん達も居た。

 今日はホームの近くでスキルの反復練習をしようと話し合っていたので、見送りを終えた現在は、《ペルカ》からキリトのホームへ向かっている途中だ。以前ヌシ釣りをした大湖畔が見えたので層の中心から見て現在地は丁度南に位置しているだろう。

 

「そろそろ戦い始めた頃ですかね」

 

 そう何とはなしに口を開けば、隣でキリトのホームへ歩を進めていたシノンさんは頤に細い指を当ててちょっと考え込む素振りを見せた。

 

「そうねぇ……見送ってから十分近くは経ってるし、そうじゃないかしら」

「第三クォーターボス……どれくらい強いんでしょうね」

「少なくとも闘技場《レイド戦》で見たボスより上なのは確かでしょうし……《個人戦》以上となると、流石にキリト以外は勝てないんじゃないかと思えちゃうのよね……」

 

 《個人戦》は未だにキリトしか勝ち抜けていない項目で、二体目のボスである狂戦士を出すまではヒースクリフさんとユウキさんは可能だが、やはり堕天使を加えた二体を同時に一人で相手するというのは難しく、そこで敗れてしまうのが常となっている。

 第七十五層フロアボスが闘技場より強い存在なのだと仮定すれば、生き残れるのは《個人戦》を勝ち抜けたキリトだけという事になる。

 とは言え、《レイド戦》にも《個人戦》最後の敵ホロウは出て来たものの、あの時のキリトはホロウと互角以上に《ⅩⅢ》の特性を上手く使って戦った事で、アスナさん達およそ十数人は最後まで生き残った。最後の戦いはほぼあの子の独壇場となった訳であるが、それでも生き残るだけの実力がある証左である。

 つまり第三クォーターボスは、ボス特有の能力や戦闘方法如何にも依るが、全滅はしないという可能性も十分存在する。

 何せ死者が大勢出た第二十五層フロアボス戦では、レイドが復帰するまでの十数分間をキリトはヒースクリフさんと協力したった二人で持ち堪えたのだ。防御に徹すればヒースクリフさんの鉄壁を突破出来る存在は本当に限られるだろうし、攻撃に徹したキリトを止められる存在もまた然りだろうから、余程の事が無い限り全滅まではしない筈だ。

 だからキリトは、生き残るに違いない。その確信があたしにはあった。

 シノンさんもそう思っているからこそ、わざわざ『キリト以外』と限定して言ったのだと思う。ちょっとアスナさんやユウキさん達が可哀想かなぁと思わないでも無いが、どうしてもあの子と較べると見劣りしてしまうから、仕方ないと思っている。

 現状全く歯が立たないあたし達が言える事では無いのだが。

 

「にしても、回廊結晶かぁ。SAOって本当に色んな種類の結晶アイテムがありますね」

 

 あたしが知る限りでもHP五割回復する回復結晶、八割回復する治癒結晶、全回復する全快結晶、解毒結晶、解痺結晶、部位欠損を回復する回損結晶、ステータス低下を始めとした全ての状態異常やデバフから回復する覚醒結晶、そして緊急脱出用の転移結晶。

 更に今日、新たに回廊結晶という深い蒼色をした大きな六面柱結晶体を目にした。大きさもかなりのもので、転移結晶は掌に収まる程度だが回廊結晶は転移結晶を二個重ねて、更に一回り大きくした代物だった。

 転移結晶は転移門を用いなくとも転移門が存在する街や村へ移動する為の代物だが、回廊結晶は位置情報を記録した街中やダンジョンなどへ転移するポータルを開く代物。前者は対象者一人にしか効果が及ばないものの、後者は記録した場所へ瞬時に移動するポータルを開くので集団移動に使えるという、正に使いどころを見誤らなければ非常に有用なアイテムだった。

 ただ記録した位置情報も一日経過すればデリートされてしまう仕様らしい。更に手に入れられる個数が少ないので、尚更貴重品扱いになっているという。

 

「ALOでは無かったの?」

「あっちは空が飛べるせいか瞬間転移的移動手段は死に戻りくらいですよ。瞬間回復アイテムも無くて、全て魔法で回復するのが基本です」

 

 ただし魔法を封じる《沈黙》や《封印》という状態異常に対してだけは即座に回復する為のアイテムが、高価な上にレアだが存在するので、魔法で回復するのはそれ以外という事になる。毒や麻痺毒に対するアイテムの効果はこのSAOと何ら変わらないのだ。

 ALOの状態異常回復魔法の代わりとして結晶アイテムがあると考えれば違和感は無いのだが。

 

「なるほど……システムも似てるのね、ALOって」

「みたいですね……そういえば、あたし、一つ気になってる事があるんですよね」

 

 以前から気にはなっていたのだが、あまり関係は無いかなと思ったのと他に訊きたい事があったからキリトに教えてもらっていない事が、あたしには一つあった。

 

「気になってる事って?」

「SAOってオレンジカーソルとかで迂遠的にPKを非推奨してますけど、それでもオレンジになるのを厭わない人達って居るみたいじゃないですか。その人達の場合、転移結晶は使えるのかなって」

「……えっと?」

 

 あたしが浮かべていた疑問を口にするも、シノンさんはイマイチ分かっていないらしく悩む表情で小首を傾げる。あたしの言葉が足りないせいだろう。

 

「転移結晶は行き先が『町や村にある転移門』になってるから、《圏内》に入れないオレンジプレイヤーが移動で転移結晶を使うのは、無理じゃないのかなと思いまして。でも《圏内事件》の際、百人近いオレンジが集団で待ち伏せしていて……そんな大人数が迷宮区をわざわざ降りるとは思えないですし」

 

 あたしが気になっているのはそこなのだ。簡潔に言えば、オレンジプレイヤーが階層を跨ぐ手段はどうしているのか、という事。

 既に周知の通りオレンジプレイヤーは《圏内》の街や村に入る事が出来なくなるので、そこの転移門を扱えなくなる。そうなれば緊急脱出アイテムである転移結晶の価値が喪われてしまうのだから、オレンジになってまで犯罪をするメリットは、デメリットより小さいのではないかと思ってしまうのだ。

 ALOをプレイしてからそこそこ経っているから分かるが、MMOプレイヤーの中には好き好んでPKをする人もいるし、対人戦を好んで敢えて狙われるように仕向ける人もいる。SAOでは、そういう人達はオレンジカーソルになる。

 デスゲームになっているとは言え建前ではれっきとしたMMORPGなのだ。そういう人達の待遇があまりにも悪かったら逆に人気が損なわれる可能性もある訳で、まさかゲームディレクタ―の茅場晶彦を始めとした全ての製作者がそれに気付かない筈は無い。そもそも、それではキリトが口にしている《フェアネス》が無いも同然だ。

 それを話すと、シノンさんはハッとした表情となり、歩きながら腕を組んで思考を始めた。

 

「……確かに、そこは気になるわね。私達はオレンジになった時のデメリットだけを聞いていて、そうなった際の具体的な対処法や行動を知らないから、この疑問が浮かんでるのよ」

「ですよね。それに転移門は各階層の主街区に存在するって聞いてますけど、主街区ってほぼ《圏内》ゾーンだから余計謎で……」

 

 勿論《コラル》のように主街区じゃなくても《圏内》且つ転移門を有する村や町は存在する。第一層の主街区は《始まりの街》だが、迷宮区前の《トールバーナ》も転移門を有しているのだから。

 しかし私達が知る限り、《圏外》で転移門を有している町や村は一度も見た事が無いし、話にも聞いていない。本当に存在していないのか、あるいは話に上がらない程に過疎地域的な扱いを受ける場所に位置しているのか。

 あたしが思うに、多分存在はしていると思う。その理由はSAOとALOは酷く似通っている事、そしてキリトが度々口にする《フェアネス》に起因している。

 ALOは九つの種族が互いに覇を競い合うコンセプトなので、SAOと違ってPK推奨ゲームである事から、システム的な罰則やリスクを負う事は無い。

 SAOで言う主街区は、ALOでは各種族の領都がそれに当たる。たとえばあたしは風妖精シルフを選んでいるので、ALOの南に位置する翡翠の街スイルベーンが領都に当たるのだが、《圏内》で保護されるのは領都の種族だけ、つまりスイルベーン内ではシルフだけが《圏内》で保護されるという事になる。勿論他の種族の領都の場合は、それぞれの領地に対応する種族が保護される。

 ではシルフの領都スイルベーンに、火妖精サラマンダーや水妖精ウンディーネといった他種族が入ればどうなるかと言えば、シルフによる一方的なPKがシステム的に可能となる。無論いきなり襲い掛かりはしないだろうが、種族的な関係あるいは個人的な諍いで一方的にPKされる危険性は十分存在するので、基本的に商人プレイヤーくらいしか各領都を行き来しない。

 勿論種族的なパワーバランスを諸に受ける領都があるなら、逆に全く受けない完全中立地である街も存在する。《圏内》の保護も一切無く――とは言え宿屋といった屋内は保護対象区域だが――誰もがPK可能な土地は、SAOでいう《圏外》に当たるだろう。

 SAOで言う《圏外》、ALOでいう中立域に滞在している者達は、ALOでは《脱領者》と蔑まれている。

 何故蔑まれているかと言えば、それはALOプレイヤーの至上命題とも言えるグランドクエストの報酬が関わっている。

 ALOのグランドクエストは、妖精郷の中心に位置する世界樹の根元の大扉で受ける事が出来、扉を潜った大樹の内部の天頂へ辿り着けばクリアとなる。

 一口に言えば簡単そうだが、実際のところ、ALO最大勢力であるサラマンダーの軍勢が挑んで返り討ちにあったので、そう容易くはない。内部にポップする守護騎士達の一体一体の強さはともかく数が異常なので押し切られてしまい、サービスが始まって半年は経つ現在も一切クリアの目途が立っていない。

 全種族で協力すれば一縷の望みはあるだろうが、それは報酬が妨げていた。

 報酬は、光の妖精アルヴとなり、最長十分と定められている飛行及び滞空時間と高度制限の解除される事。それが齎されるのは妖精王に謁見を果たした一種族のみ。

 故に種族的な協力はそもそも成立しない条件なのである。

 あたしもそうだが、ALOが大人気なのは、他のゲームには無いリアル感のある自由に飛び回れるのが魅力だから。それに制限時間があったのに、取っ払えるというのなら誰もが飛びつくだろうし、後々の事を考えれば種族的なパワーバランスも総崩れになるのだから、どの種族もが他の種族に取らせてなるかと睨みを利かせ、膠着状態に陥る。どの種族も水面下で備えをしつつ、他の種族を出し抜こうと躍起なのだ。

 なので種族に帰依し、グランドクエスト攻略に協力的なプレイヤーが多くなければならない。

 領都に滞在している者達は基本的に領主の声に応じるのでここに該当する。一種族だけ達成可能なALOのグランドクエストクリアを目指して領地を治める種族領主に従い、従軍する、あるいは傭兵として雇われたりなどで、種族の強化に勤しむ。

 その縛りが嫌だからと領地から抜け、グランドクエスト攻略に協力しないで遊んでいるから蔑みの対象になっているのだ。

 無論それだけでは無い。

 まだ出来たばかりのVRMMOは法整備が整っていないし、昔からネットゲームにマナーの悪い者は居るものだから、悪質なハラスメント抵触行為や迷惑行為をする者がどうしても多く出てしまう。昔の画面を見てボタンを押すMMORPGなら、システムコードを書き換えるとか獲物の横取り、酷ければ個人情報を暴くとかだろうが、VRMMORPGはリアルを再現しているから昔のMMOよりも悪質な行為が出来てしまう。

 そんな事全てにGMが対処していてはキリが無いからと存在しているのが、各種族の領主。現実の法が意味を為さないのなら、仮想世界で法となる存在を作り上げればいいという発想だ。

 勿論領地の奪い合い、種族間の競争の旗印という意味もあるだろうが、素行の悪いプレイヤーへの対処の大部分をプレイヤーで行うようにする事で運営の負担を少なくしようという狙いもあると思う。

 そんな意図があるだろう領主によって、素行が悪くて見かねると判断されたプレイヤーは中立域へと追いやられる。ただしその場合、自主的に領地から旅立った者達と違ってそのアカウントでは二度と領地に入る事は出来ない、入れば最後、SAOでのオレンジと同じくNPCに捕まり、監獄エリアにぽいっだ。

 まぁ、領地滞在権剥奪は種族の根幹を崩しかねない大事態くらいでしか発動しないだろうし、そんな事態になるまで放置する者が領主に選ばれる筈も無いが。

 一先ず領地滞在権剥奪にせよ、自ら領地を出たにせよ、中立域に留まるプレイヤーはモンスター狩りからプレイヤー狩りのどちらかをする事になる。生産職として開花するというパターンもあるがそれは稀で、大半は戦闘系の道を進む。

 プレイヤー狩りを行う者は、その大半が誰かより上に立ちたい、凄いと言われたいという欲求を満たす事に悦びを覚えている。中には疑似的な殺人達成感を得ようとしている者もいるだろう。

 システムが動かすモンスターはステータスの面で強敵だが、プレイヤーは技術の面で強敵で、更に悔しさや怒りといった感情も向けて来るから、倒す相手としてこれ以上の強敵はいない。倒した時の達成感は強敵であればあるほど一入だろう。

 故にPK=対人戦を好む者も多い。SAOのオレンジやレッドプレイヤー達の中で率先して手を染めた者は、間違いなくそういう欲にも飢えている。

 それはゲームだからこそ仕方ない事であり、認められるべき事であり、同時に否定するべきではない欲求だ。現実で行えない事に対する代償行為であり、システムが禁じていないのだから、してしまおうと思える。

 SAOはデスゲームだから本当にしてはならない世界だが、もしも普通のゲームだったとすれば、オレンジはもっと多くなっていたに違いない。

 であるなら、キリト曰く《フェアネス》を重要視しているらしいディレクターの茅場晶彦が、オレンジ達が使用出来る《圏外》の村や街を用意していない筈が無いのだ。もしも無かったら、流石にそれはアンフェアと言うしかない。

 それに準じれば《圏外》施設に転移門はあるのだと思う。ただそれが主街区から遠く離れているとか、店の品揃えが悪いとか、そういう劣悪な要素が何かしらあるとは思うが。

 まぁ、これらは全てあたしの推測でしかないから、真実は当初からSAOにいる誰かに聞かなければ分からないのだが。

 

「……ん?」

 

 隣を歩くシノンさんと言葉少なく話しながら歩いていると、あまり人通りが少ない《コラル》方面へ続く木製の道に人影が一つあるのを見つけた。

 その人影は、この階層によく姿を見せる釣り師達の装いでは無く、戦闘職を専門としている武具を纏った装いをしていた。しかしあたし達が知る戦闘系のプレイヤーでは無く、そういった者がここに来るなんて珍しいと思ったから、知らず知らず声を洩らしてしまっていた。

 それで隣で歩いていたシノンさんが、どうかしたかと視線で問うてくるので、同じく視線で先を示せば、彼女は納得の表情を浮かべた。続けて眉根を寄せる。

 

「……一体、此処に何の用で来ているのかしら……?」

「さぁ……釣りをしに来た、ようには見えませんしねぇ……」

 

 あたし達の視線の先で、まるで通せんぼするかの如く立ちはだかっているプレイヤー。

 そのプレイヤーはなめし革を板のように何枚も張り付けた茶色のチェインメイルを纏い、質素な上下の服を着て、《片手剣》を背に吊っているあたし達より背が低い男だった。どこか不遜な雰囲気があり、何となく嫌な気持ちになる。

 特に目に付いたのは、茶色で刺々しい奇抜な髪型だった。

 

 ***

 

 闘技場《レイド戦》突破により第七十五層迷宮区へと進出を果たしてから五日目の昼、《スリーピング・ナイツ》のリーダーである私は団員のユウキ、サチさんと共にボスの偵察隊に参加し、迷宮区二十階に存在している唯一の部屋の前へと赴いていた。

 この場にいるのは攻略組最強の盾と言われている《血盟騎士団》の団長、《神聖剣》のヒースクリフさんに副団長のアスナさん、三人のタンクやアタッカーの幹部、更にその配下である五人の盾持ち剣士達。

 他に《聖竜連合》のリーダーリンドさんと配下六人の剣士。《アインクラッド解放軍》のリーダーディアベルさんと配下六人の剣士。《風林火山》のリーダークラインさんと五人の仲間。

 無所属のストレアさん、エギルさん、キリト君とナンちゃん、情報屋のアルゴさん。

 総勢四十一人と一匹いうレイドメンバーだった。アルゴさんは情報収集に徹するので四十人と一匹だが。

 また、ボスと戦う事を前提として集まっているこのレイドの後ろの通路には、所狭しとボスの弱点や戦い方、レベルや装備によってメンバーを出たり入ったりしている約四十名の攻略組メンバーも居る。彼らはボスを観察して対応出来るようにする為、また第一レイドである私達のサポート要員として此処に居る者達だ。

 これまで、偵察戦は実際にボスと戦う精鋭揃いの第一部隊十人、情報収集を第一として必要であれば第一部隊の援護をする第二部隊十人という構成で行われるのが基本となっていた。あまりに攻撃を仕掛ける者が多いと情報を取る作業が滞ったり、特定の攻撃を仕掛けて来るための所謂フラグと呼ばれるものを確認し辛くなるため、必要最低限の人数で行われていたのだ。

 とは言え、その程度の人数で本来なら初見のボスと渡り合える筈も無い。それが可能なのも全てはキリト君が先んじて情報を集めてくれている事に起因している。

 あくまで偵察戦は、精鋭が攻撃に馴れる事と情報通りかを確認する為の確認作業に過ぎなかった。

 それが今回は通常の二倍、更にサポートの第二レイドを含めれば優に四倍の戦力の投入。攻略組主導の偵察戦には基本参加しないキリト君はおろか、ヒースクリフさんにエギルさん、リンドさんと大物プレイヤーが勢揃いしているのは異例中の異例だった。何せこれまでここまで気合が入った偵察戦は無かったからだ。

 リンドさんが来ていて、尚且つ面倒事が起きていないのは、恐らく神童を見て何らかの心境の変化があったからだろう。あのデュエルは良くも悪くも多くのプレイヤーに影響を与えるものだった。きっと自身が今までキリト君にしてきた事が果たして正しかったのかと省みたのだ……そう思いたい。

 そんな思考に耽っていた私の意識を戻したのは、ボス部屋へと続く扉の前で立ち止まったヒースクリフさんが、十字剣を納めている十字盾を床に突き立てるように置いた音だった。

 真紅の甲冑を纏った男性は、凄みを帯びた真剣な面持ちと共に、真鍮色の瞳を居並ぶ私達へ順に向けてから口を開いた。

 

「諸君も理解している通り今回の偵察戦は第三クォーターという事もあって激戦が予想される、それこそ、撤退を前提としている偵察戦でも壊滅の危険性を孕む程に。今回選んだメンバーは第一、第二クォーターを生き抜いた者故それを重々承知しているだろう……なので、念には念を入れて、もう一度作戦をお浚いしておこうと思う。申し訳ないがこれに関して異論は受け付けない」

 

 少々強引な物言いではあったが、作戦をお浚いする事は重要だし、挑むボスが超難敵である事を理解しているが故に誰一人として不満の気配を発さず、先を促した。

 それに頷いた《神聖剣》の使い手である男性は一つ頷き、口を開いた。

 

「今回のボスに関する情報は、【黒の剣士】とアルゴ君が全力で模索してくれたものの『致死の一撃を放つ』、『巨大ながら俊敏』、『命を刈る化身』というくらいしか分からなかった。ほぼ完全に手探り状態での偵察戦となる訳だ」

 

 なので最大限の警戒が敷かれている。

 フロアボスはSAOのグランドクエストとも言える『《紅玉宮》への到達』の際に立ち塞がる存在故に、その強大さは攻略組である私達こそよく知っている。クォーターポイントである事が殊更強大であろうという予想に拍車を掛けているので、その警戒は今までのボス戦よりもかなり緊迫していると言えた。

 加えて第七十四層で発覚した結晶無効化空間と、そこで再登場した転移能力を有するフロアボスの存在。

 ボスは基本的に巨大なので移動力、すなわち敏捷性に欠ける事が多いものの、第七十四層のボス二体はそれぞれ鈍い敏捷性を補うリーチとそれを上回る転移移動を可能としていた。その前例があり、闘技場《レイド戦》で壊滅に陥ったので、最早誰もがそれを前提に警戒している。結晶無効化空間は言わずもがなだ。

 これまでならボスの情報を基に、たとえば樹木系ボスなら斬撃、ゴーレムなどには打撃属性武器といった風に戦略を立てていたのだが、今回はそういった情報が無い。

 それはキリト君が単騎突撃して情報を得るのを今回ばかりはヒースクリフさんが止めたから。結晶無効化空間で第三クォーターボスを相手にするのは、さしもの第七十四層のボス二体をほぼ単独で相手した彼と言えども危険だと判断したのだ、万が一死なれては彼を蔑む者達は喜んでも攻略が遠のくのだから決して喜べる事態では無い。

 その代わりにボスの情報を得られるお使い系クエストをキリト君とアルゴさんは頑張ってクリアしてくれたのだが、先ほどヒースクリフさんが言った事くらいしか分からなかった。

 第三層辺りでも『毒を使ってくる』とかくらいしか分からなかったし、極稀に得られる情報が少ない時はあったのだが、よりによってこの階層でこのパターンかと誰もが頭を抱えてしまったのは言うまでもない。特にヒースクリフさんとキリト君の二人が非常に印象的だった。

 故に情報が無い。それを前提に今回の作戦は立てられていた。

 

「故に今回の作戦は生存を第一に立てている。まず最初は最も高い防御力を誇る私を含む《血盟騎士団》のタンク七名で前衛を受け持つ、サポートとしてはディアベル君とリンド君が率いる盾持ち剣士の諸君だ。スイッチのタイミングは基本的に五割を下回る手前とする。下がった隊はポーションを使用、あるいは彼の使い魔であるフェザーリドラの《ヒールブレス》ですぐに回復してくれ」

 

 ボス部屋は第七十四層と同様に結晶無効化空間である可能性が高いので、既に全員が結晶アイテムをほぼ全て拠点に置いて、リズベット武具店やエギルさんの雑貨屋で売られている市販のものより高性能のポーションを必要数準備している。

 ちなみに持って来た結晶アイテムは転移結晶一個と解痺結晶二個、流石に緊急脱出用と麻痺解除用は道中必要な可能性が高いので持って来たのだ。

 こればかりはヒースクリフさんも反対するどころか推奨する程である。

 

「タンクが引き付けている間に、アタッカーの面々はボスの側面、あるいは背面から攻撃だ。ただし第一層ボスの例もある、背面に回る場合は全方位スキルに注意する必要があるので必ず全員に言ってからにする事」

 

 まぁ、それは当たり前な警戒だろう。第一層ボスで囲まれた時点でスキルを放ってくるのだ、ならそれ以上のボスが対応してくる事は容易に想定出来る。警戒して然るべきだし、攻撃前に声を掛けてくるのも当然だ。

 ちなみに、この声掛けがあるかどうかで全方位攻撃の前兆を見逃すか否かが決まるし、情報収集係がその前兆を見逃さないかも決まるので、実は回避や防御に備える目的以外でもかなり重要だったりする。

 

「それから、諸君も知っての通り【黒の剣士】の個人戦力はこれまで以上に上がっている……まぁ、彼の役目は変わらず遊撃剣士なのだがね。事前に言っている通り彼にはボスの弱点の探査、また攻撃の種類、その軌道のデータ取りを情報屋の彼女とは別の観点で探ってもらう事になる。更にタンクあるいはアタッカーのローテーションが崩れた場合、または我々が予期しておらず即応出来ない事態に陥った場合、彼には独断で動いてリカバリーに入ってもらうので、それを改めて理解しておいて欲しい」

 

 ヒースクリフさんが真剣な面持ちのまま言うが、要は彼が行う事は今までとそう大差ないという事だ。偵察戦に参加して一緒に戦う事は今まで無かったから一応初めてではあるが、データ取りもボス戦での遊撃剣士も、どちらも別々でなら私達は経験している。今更同時に行うと言われたところで動揺はしない。

 そもそもその辺の負担はキリト君が最も背負っているのだし。

 

「そして、今回の指揮は例によってアスナ君に一任する。彼女には今までのようにタンク勢のスイッチのタイミング、アタッカーの攻撃タイミングを指示してもらう事になるので、眼前の敵に集中し過ぎて聞き逃す事が無いようにして欲しい……などと、殊更強調して言わなくとも諸君なら大丈夫だと思うがね」

 

 最後に発せられた少し微笑を浮かべての言葉に、僅かにだが緊張で張り詰め続けていた空気が僅かに弛緩した。緩み過ぎではないが、一応まだボスと戦う訳では無いから一旦休ませる意味を込めてそれを言ったのだろう。

 アスナさんはカリスマ的存在だから、その声を聞き逃す筈が無いだろう、とヒースクリフさんは言外に茶化したのだ。当のアスナさんは僅かに顔を赤くし、眼を逸らしていた。

 

「最後に撤退についてだ」

 

 僅かに弛緩した空気を戻すかのように、再び真剣な面持ちと声音でヒースクリフさんが言い、私達も一気に空気を戻して言葉を待った。

 

「撤退のタイミングはこれまでの偵察戦のように、HPが危険域まで落ちた者が五人を超える、または注意域まで落ちた者が十人を超える、あるいはその二つの条件を満たしていなくとも私か【黒の剣士】のどちらかが撤退するべきだと判断した場合の三つ。三つ目の条件は無理をしても良い事が無いため、たとえ継戦可能だとしても撤退出来るようにするための措置だ」

 

 撤退条件の一つ目は死者を抑えるため、二つ目はジリ貧になるのを抑えるために設けられている。これはこれまでの偵察戦や本番のボス攻略戦でも適用されているルールだ、幸か不幸か一度もこれらが適用された事は無いが。

 最後の三つ目は、普段ならヒースクリフさんかアスナさんが判断した場合なのだが、今回に限ってはアスナさんでは無くキリト君の判断に置き換えられていた。これも既に承知の上なので誰も不満の声は上げない。

 今回は一切前情報が無い上での偵察戦なので、指揮を執るアスナさんはこれまで以上のプレッシャーと集中力を要求される。自分の判断一つが戦闘の趨勢、そして仲間の命を左右する事になるのだ、並みのプレッシャーでは無い。

 そこに撤退の指示を与えるように言われていては、及び腰になったり攻め切れなったりする可能性が否めない、結果的にそれで撤退が滞る危険性が憂慮された。

 なのでアスナさんには戦闘に関する事に集中してもらい、撤退に関しては前線を支える随一のダメージディーラーとタンクの二人に考えてもらうようにした。キリト君は情報が皆無な状態でのボス戦の経験が豊富だし、ヒースクリフさんも大ギルドを率いる大人の団長、戦闘での引き際はアスナさん以上に見極められる。それ故の措置だ。

 この撤退するタイミングの確認を最後に、確認は終了した。

 

「さて……これで確認は終わった訳だが、諸君から何か言いたい事、改めて確認したい事はあるかな? あるなら今の内に言ってもらいたい」

 

 これから死地へ向かうからこそ努めて冷静なヒースクリフさんがそう言った直後、一団の隅で一人佇んでいた前開きのコートを纏い愛剣である二剣を交差して背中に吊っているキリト君が、ひょい、と唯一挙手をした。

 それを見たヒースクリフさんが視線で発言を促し、誰もが彼に視線を集中させる。

 アルゴさん含めた四十人もの視線を受けた【黒の剣士】は、しかし怯む事無く、毅然とした面持ちで【紅の騎士】を見返し、口を開いた。

 

「戦闘中、撤退のタイミングとその条件については分かったけど、実際に撤退する際の殿は誰が受け持つんだ? 移動力が高い、攻撃範囲が広い、あるいは転移能力を有していた場合、生半可な対応では闘技場の時のように食い破られる可能性が高い」

「うむ……」

 

 その問いは、まるで第一層ボス戦を前にしたあの時を想起させる問い掛けだった。あの時とは各々が立場を違え、状況も異なり、問い掛けられている人物も変わっていると言えども、その点について疑問を投げかける彼は変わっていなかった。

 たとえ爪弾きにされようと、たとえ受け容れられていなかろうと、共に轡を並べて戦う者達を案じ全力を尽くす彼だけは。

 彼の問いを受けたヒースクリフさんは、やはり来たか、あるいは予想通りと言わんばかりの表情で一つ小さく頷き、声を洩らした。

 

「それに関してだが、君を頼らせてもらおうと考えている、厳密に言えば君が有する《ⅩⅢ》という武器の能力だ。君のそれは強固なイメージを必要とするが、自在に宙に浮かして動かせる。それでボスを抑えつつ、このレイドで最高の防御力を誇る私が君を護りながら後退する……つまり君と私の二人が殿を務めようと考えている」

「……なるほど。誰かが攻撃を捌いてくれるなら俺も集中出来るから、何とか出来る公算も高いな。分かった、殿の片割れは引き受けよう」

「助かる。他の者は我々がボスを抑えている間に全力で部屋から出て欲しい、その後、我々も続いて脱出を図る。異論はあるかね?」

 

 静かに笑みを湛えながらのその問い掛けに、誰も口を開かなかった。

 ここに集っている者達は全員がキリト君に対して肯定的という訳では無いが、少なくとも【黒の剣士】として、《ビーター》として、実力と実績を併せ持っているプレイヤーであるとは理解している面々だ。《ⅩⅢ》の力も闘技場で見せ付けられたからこそ目の前で話し合われた内容が最も適していると理解した。

 決して最善では無いが、汎用力に優れるが故に今回はそれが採択されたのだ。

 ボスの特徴が諸々分かっていればエギルさんやシュミットさんのようなタンクも参加の意を示せただろうが、分かっていない以上はそれを前提に作戦を立てなければならない。

 それに対して、キリト君の突破力と汎用力と維持力、ヒースクリフさんの防御力、そして二人の生存能力は攻略組の中でも群を抜いているのは第二十五層と第六十七層のボス戦から周知の事実。判明している事実だけで考えた場合はこの作戦が最適なのだ。

 エギルさん達も強くはあるが、あの二人よりはどうしても不確定要素が入って来るし、突出した能力が無いから除外せざるを得なくなる。

 それ故の作戦だろう。

 それに、途中でエギルさんやクラインさん達が第一層の時のように異論を唱えたり自分達もと参加の意を表明すると思っていたが、それも無くとんとん拍子で決まったという事は、ひょっとすると事前に裏で話し合って決まっていたのかもしれない。

 そういう根回しくらいなら普通にあの二人はしそうだし、実際生存確率はこれが一番高いだろうからクラインさん達も口を閉ざす他無かっただろう。キリト君の問いに対して見せたヒースクリフさんの表情は、事前に打ち合わせた通りの問いだったからかもしれない。

 私のように第一層での事を思い出した可能性も否めないが。

 

「反対意見も無いようなので、撤退する際はそのようにするとして……他に何かあるかね?」

「「「「「……」」」」」

 

 他に確認するべき事はあるかと問われ、黙考するものの考え付く限りでは無かったので無言で私達は視線を返した。

 それを受けてヒースクリフさんは一つ頷いた。

 

「……無いようだね。では、戦う前の恒例となっている言葉を言わせてもらうとしよう」

 

 恒例となっているのは、所謂士気を上げるためのパフォーマンスのようなもの。しかしそれを決して莫迦にしてはならない、ヒースクリフさんは至極真面目、真剣にそれを言っているのだから。

 そして、その言葉は私達も抱いているものなのだから。

 ちなみにキリト君はキバオウに排斥されてから久しく耳にするからかとても感慨深げな表情になっていた。

 

「この扉の向こうにはこれまで以上の強敵が立ちはだかっているだろうが、我々はこれまで数々の激戦を勝ち抜き、生き抜いて来た剣士だ。それでも諦める事も臆す事もあるだろう、今隣に立つ者が喪われる未来もあるかもしれない。それを恐れる事は何ら恥では無い……」

 

 真剣な、気迫を感じさせる面持ちで語り始めた《神聖剣》の使い手は、しかし、と一旦言葉を区切った。

 

「我々には、戦う力がある、そして此処には居ない同胞達の期待と願いを寄せられている存在だ。それに応える為にも、現実で我々の生還を待っている者達の為にも、我々は諦め切る事無く戦わなければならない。各々思うところはあるだろうが難敵との戦いの間だけは心を一つにして欲しい……全ては、解放の日の為にッ!!!」

「「「「「おおおおおおおおおおおおッ!!!!!!」」」」」

 

 十字盾の裏側に納めていた白銀の剣を抜いて天に掲げての締めに呼応するかのように、此処に集った誰もが各々の武器を天に持ち上げて声を発する。隣にいるユウキも、サチさんも同じだし、私やアスナさん、クラインさん達は当然、第二レイドのメンバーも大音声を上げる。

 演説をしていたヒースクリフさんと戦わないアルゴさん、そしてキリト君だけは声を発していなかったが、誰もそれに言及する事は無かった。

 最高に士気が高まったのを見て取ったヒースクリフさんは強い笑みを浮かべた後、紅十字が鍔に彫り込まれた白銀の十字剣を右手に、紅十字を描かれた十字盾を左手に携え、ボスの扉へと向き直った。

 ボスの扉は階層毎に存在するテーマを顕しているかのようなレリーフを彫り込まれている事が普通で、そこからもボスの情報を些少ながら読み取れはする。

 だが第七十五層のボスの扉は、第二十五層、第五十層と同じく何も描かれていなかった。迷宮区の照明である橙色の光に照らされる石造りの扉は平坦で、見た目ではその大きさくらいしか威容を感じる事が出来ない。

 しかしそれが虚構であると私は理解していた。何故なら、扉を開けてすらいないのに視線を向けただけで緊張せざるを得ない何かを放射しているからだ。回廊の時点で既に身震いする寒気を覚えるくらい、異様な雰囲気が大扉から放たれていて、中にいるボスの不鮮明さと相俟って尚更不気味に思えてしまう。

 それで私はぎゅっと細剣を握る手に力を込め、体全体にも緊張が走る。他の人達も同じ、後ろにいる第二レイドの人達から感じられる雰囲気も張り詰めているのが背中越しに伝わって来た。思わず身震いしてしまう。

 そんな中で、ぽん、と誰かの手が右肩に置かれた。思わずびくっと一際強く震えてしまう。

 

「落ち着いて、姉ちゃん。緊張し過ぎたら勝てるものも勝てないよ」

 

 肩に手を置いて来たのは双子の妹であるユウキだった。愛剣である黒い片手剣ルナティークは右手から提げられていて、他の人達のように戦意を昂らせ、あるいは緊張から構えてはいなかった。

 誰もが緊張し、私も身震いしていたというのに、ユウキは自然体だった。顔は流石に真剣味を帯びた緊迫感に引き締められているが、しかしながら向けて来る表情は私を安心させるかのような穏やかな笑みだった。

 

「大丈夫。姉ちゃんは、ボクが護るから」

「ユウキ……」

 

 その言葉は、あの全てが終わって始まった日の夜、恐怖に震える私を優しく抱き締めながら言われたものと全く同じだった。こちらを落ち着かせようと、しかし決してそれだけの為では無い固い覚悟を感じさせる言葉が、私の心をゆっくりと解き解していく。

 それで理解した。私が身震いしたのは緊張していたからでは無く、その理由の大半が恐怖故だったのだと。正体が分からないボスを前に、私は得も言えぬ恐怖に何時の間にか囚われていて、あの日のように震えていたのだ。

 死ぬのではないか、もう先など無いのではないか、と。

 

「……ありがとう、ユウキ。お陰で落ち着いたわ」

 

 それを鋭敏に察して、真っ先に落ち着かせてくれたユウキには全く敵わない。もうリーダーは彼女がすればいいのではと思う事もしばしばだ。サチさんを育てた手腕も然るものながら、人心を理解し、寄り添うその様は私よりも遥かに人を率いる魅力に溢れていると、もう何度思った事か。

 

「……えへへ」

 

 そう思いながら感謝を述べれば、紫紺の剣姫は照れ臭そうにしながら微笑んだ。

 

「なら良かったよ。姉ちゃんが死んじゃったら、嫌だからね」

「……そうね、私もユウキが死んじゃったら嫌ね……だから、あなたが私を護ってくれる代わりに、私もあなたを護るわ」

 

 目の前で蒼い欠片となって散る様を思い浮かべ、本気で嫌だと思った私がそう返せば、この返しは予想していなかったのかユウキはキョトンと呆けた顔を晒した。

 しかしそれも一瞬の事で、すぐに彼女は嬉しそうに笑みを浮かべる。

 

「えーと……私は?」

 

 そうしていると、左隣で槍を携えていたサチさんがトントンと左肩を突いて、そう言ってきた。彼女は浮かべている苦笑に不満を含んで私達を見ていた。

 彼女も後から入ったとは言えれっきとした《スリーピング・ナイツ》の一員だ、それを何時も意識していたからこそ、仲間外れにされたようで若干拗ねているらしい。

 

「サチが死んじゃったら嫌なのは変わらないから、勿論、ボクと姉ちゃんでサチを護るよ? だからサチは姉ちゃんをボクと一緒に護って。そして、ボクを姉ちゃんと一緒に護ってね」

「……何か取って付けたように感じちゃう……」

「ああ、ごめんって。忘れてた訳じゃないから許して」

「ふふ……別に怒ってる訳じゃ無いからいいよ」

 

 拗ねた風に言っていたサチさんは、ユウキが謝るとすぐに微笑んでそう言った。それでユウキは一件落着とばかりに笑みを浮かべ、サチさんも、私も心が軽くなって微笑んだ。

 これからボス戦に挑むというのにとても平和なやり取りだった。

 それも、何時死ぬか分からないからこそのやり取りなのだと理解しているから、私達はこの会話を中断しなかったし、他の人達も温かい目で見てきつつも止めはしなかった。

 ヒースクリフさんも会話が終わったと見計らってから、視線を私達から外して目の前に聳え立つ大扉へと向けた。

 偵察戦なのに、まるでこれが本番であるかのような気迫を放っているヒースクリフさんが剣を持ったまま右の拳を扉に当てて、押し開ける。ゴゴゴ……と重苦しい重低音を響かせながら扉は部屋の中へ向かって開き、暗い空間への入り口をガパリと開けた。

 部屋の外から中を見たものの、暗闇しか見えなくて、それはまるで地獄へと続く門扉と道程を思わせた。

 

「総員、進軍開始ッ!!!」

「「「「「おおおおおおおおおおおおおッ!!!!!!」」」」」

 

 指揮を執る事になっているアスナさんがヒースクリフさんから視線で指示を受けた後、すぐに彼女は号令を出した。それに応じて声を張り上げながら第一レイドの誰もが一斉に駆け出し、ボスが待つであろう部屋へと踏み入った。

 回廊から入った部屋の内部はまるで球体の中にいるかのような造りになっていた、私達の足場は底辺から突き出た地面だったのである、漏斗の上辺を蓋で塞いだような形と言えば分かりやすいだろうか。

 足場は優に半径五十メートルと広大で、天井もこれまでのボス部屋と違って相当高い、恐らく三十メートル以上はあるだろう、暗いせいで天井にあたる石の壁が見えないくらいだ。まぁ、これは明るい場所から一気に光源が無いところへ移動したからだろうが。

 次の階層へ続くだろう扉は、私達が入って来た方とは反対側の壁にあったが、高い位置にあって到底届くような場所には無い。恐らくボスを倒せば階段が出現するのだろうと予想出来た。

 真円を描く形状の大地に、どこでボスと相対しても仲間を斬る事が無いようタンクから離れ過ぎないようにしつつ出来るだけ散らばった私達は、暗闇のどこからボスが出て来るか分からず警戒で動きを止めた。耳に痛いくらいの静寂が部屋に満ちる。

 その時、重苦しい音が部屋に響き始めた。もしやボスが出現する合図かと思って身構え……

 

 

 

「お、おイ! ボス部屋の扉が勝手に閉じ始めてるゾッ?!」

 

 

 

「「「「「な……ッ?!」」」」」

 

 その音の正体は、部屋の外でボスの情報を得る為に待機していたアルゴさんの叫びで判明した。

 驚愕の声を洩らしながら慌てて振り返れば、何と開ければ人為的に押さなければ基本的に――第四層の浸水など例外でなければ――閉じない扉が、独りでに閉まろうと動いているのが見えた。しかもそのスピード、開けた時の二倍以上は速かった。

 押している者が居ないのは一目で分かった。

 

「速クッ! 速く帰って来イッ!!!」

 

 そう叫ぶアルゴさんの姿が私達に焦燥を生み出し、私達は全力を以て大慌てで扉へと駆け戻ったものの、部屋中に散らばっていた私達が潜り直すよりも前に扉は閉じてしまう。あの速さでは予想出来た事だった。

 しかし次に起きた事が私達を困惑の極みへと陥れた。

 ボス部屋の扉が勝手に閉じた事は実は以前一回だけあった。第四層のボスを相手にする際、相手が水棲系モンスターためかHPを幾らか減らしたところで扉が閉じ、水が溜まり始めたのだ。重甲冑を装備しているタンクなどはそれで水に浮かぶ筈も無く、沈み続けていれば隠しパラメータであろう酸素ゲージが減少し、終いにはHPが減少し始めてしまう。

 あの時、攻略組を助けたのは二つの要素。

 一つは浮き輪の存在だった。果物の如く木に生っていたアイテムが浮き輪の代わりになるもので、それを使えば重い装備をしていようと浮く事が出来た。それがまさかボス戦で必要になるとは思っていなくて誰も持っていなかったのだが、欲張って大量に持っていたとあるプレイヤーが放出した事で、何とか水死を免れた。

 とは言えそのままではまともに戦えない、ましてや相手は水棲系、水の中はテリトリーなのだから一方的に押されるのは明白だった。

 そこで起きたのが二つ目。それこそが水を堰き止めていたボス部屋の入り口を開けた者が居た事。

 閉じて水が溜まるなら、開ければ当然放出され、床は濡れるもののまた戦える状態になる。無論中に入ればまた閉まって水が溜まり始めるがすぐにまた開けてもらえば、あとは持久戦だった。

 その役目を担っていたのがアルゴさんだ。以降、また同じ事があるかもしれないと危惧した攻略組は、偵察戦と本番の攻略戦には必ず彼女を部屋の外で待機させてきた。観察していれば気付かなかった事にも気付くかもという考えもあっての事だ。

 今回もその類だろうし、また開けてもらえるだろうと予想していたのだ。

 しかし、無情にも閉じた扉は直後すぅ……と姿を消した。

 これには誰もが絶句した。前進し過ぎていた数人のプレイヤーが、扉が閉じたのを見てもそれでも駆けるのを止めなかったのに、扉が消えたのを見て愕然としながら足を止めてしまう程に、それは驚愕的だった。

 

「てッ、転移《グランザム》ッ!!!」

 

 即座に誰かが転移結晶で転移を試みた声が響くも、虚しく声が木霊するだけで、結晶が砕ける事は無かった。やはり結晶無効化空間だったのだ。

 

「嘘だろ……転移はおろか、物理的にも撤退出来ねェって訳かよッ?!」

「そんな……結晶無効化空間は百歩譲っていいが、その上で扉が消えるって、そんなのアリなのかッ?!」

 

 愕然としたクラインさんの声が響き、攻略組が動揺し始める。

 

「落ち着きたまえッ!!!」

 

 動揺が伝播し、かつて《始まりの街》の転移門広場で起こった阿鼻叫喚の地獄が再現される寸前、《血盟騎士団》団長の厳しい声が響き、ピタリと恐慌へ突き進む危険な雰囲気が止まった。

 それから誰もが視線を紅の甲冑に包む男性へ向ける。

 

「確かに撤退が不可能になったのは予想だにしていなかったが、だからこそ、今ここで困惑の極みに至るのは危険だ。ここはフロアボスが守護する部屋、生き残りたければ戦わなければならない」

「ですが団長……ッ!」

 

 厳しい表情だが冷静に言う男性に、両手斧を手にしていたもじゃもじゃな髪と髭を持つゴドフリーさんが焦りと共に反駁しようとした。誰もが同じで、これで冷静になるのは無理だと思っているのがありありと分かった。

 しかし、男性はそんな私達を見ても、揺らぎはしなかった。

 

「ですがも何も無いのだ。もう退けなくなってしまった以上、我々が生きるには前に進むしかない。此処から生きて出るには第三クォーターのボスを斃すしか道は残されていない……」

「そうだな……それに、俺達は今までただの一度も撤退をした事が無い。それは勿論情報があったからだが、それでも必死に戦えば撤退無しでもいける筈だ、幸いここにはボス攻略の主要メンバーが勢揃いしてるから今までの偵察戦に較べれば遥かにマシなんだ。皆、やってやろうぜ!」

 

 ヒースクリフさんの極めて現実的な意見に続いて、ディアベルさんが急転直下の如く一気に下降した士気を上げるかのように、あるいは自らを鼓舞するかのように努めて明るい声掛けを行った。

 

「そうだね、今まで何回もボスと対峙して勝って来たんだ、やってやれない事じゃないよ! ここで勝って、明日の新聞に載っちゃおう!」

 

 続けて、絶対無敵の剣、空前絶後の剣と揶揄され【絶剣】という異名を付けられているユウキが明るく言った。

 攻略組の中でも突出した能力を持っているからこそ異名を与えられた者の一人であるユウキは、自分が与える影響力をよく理解しているからこそ、少し茶化しながらもそう言ったのだ。士気を上げる為なら多少馬鹿を見てもいい、やれる事はやる主義なのが彼女なのだから。

 

「……確かに、今まで撤退は無かったんだから、不可能って訳じゃないよな」

「まだボスが何か分かってないけど、一応ゲームなんだから倒せない事は無い筈だし……」

「俺はやるぞ、どうせ戦うしか道が無いならうじうじしても始まらないからな!」

「そうだな、限界までやってやる!」

「「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!!!」」」」」

 

 次第に絶望に直面した直後の意気消沈した様から回復し、むしろここへ乗り込むよりも士気が上がっているようにも感じる程まで復帰した事で、一先ずボスに対面してもいきなり瓦解する事は無いだろうと安心出来た。

 一度は瓦解寸前まで困惑したレイドは、すぐさま各パーティーリーダーを中心に纏まり、主力のタンク部隊であるヒースクリフさんの部隊、サポートとなるディアベルさんとリンドさんの部隊を中央に据えて前進。私やクラインさん達のようなダメージディーラーはタンク隊の左右に、円状の床の外周に沿う形で展開していた。

 

「……何処だ……?」

 

 一騒動あったのも含めればボス部屋に進入してから既に二分は経過している、途中で士気回復の為に大声まで上げたのだ。

 だと言うのに出現する気配も無く、薄暗い闇に覆われた部屋は不気味な静けさを保っていた。耳朶を打つのは各々が立てる足音や金属的な鍔鳴りや鎧が擦れる音、他にも乾いた何かが擦れる音や服がはためく音くらいなもの……

 そこで、四十人のプレイヤーが立てる類似した音の中で一つだけ異音を聞き取った。乾いた何かが擦れる音、その何かは分からないが……少なくともレイドメンバーの中に、木製の武具を装備している者は一人としていない。

 それ以前に、その発信源は仲間が展開する前後左右では無く、上だった。

 

「ッ……皆さん、上ですッ!!!」

「「「「「ッ?!」」」」」

 

 発信源である上、すなわち天井を見上げた私は、一瞬でリアルだったら全身の産毛を総毛立たせ身震いする程の恐怖に打ちのめされながらも声を張り上げた。それが功を奏し、周囲の暗闇に視線を向けていた全員が上を向き、そして三度愕然と固まった。

 ボスは最初から居た、天井に張り付く形で私達を睥睨していた。

 しかしそれだけで愕然とはしない。私達は歴戦の剣士、流石に扉が消えたのには保険の喪失であるため恐慌を来し掛けたものの、敵が現れる状況が普段と違ったからと言ってそれで足を止めはしない。

 愕然としたのは、これまでのボスにはない類の姿だったからだ。

 ボスの姿は、一言で言えば骸骨百足。

 頭骨にある四つの眼窩には昏く赤い光が宿り、下顎は四等分に割れて動いていた、人のものでは決してない牙がきめ細かく配列されていて噛まれれば最後微塵にされそうな程の恐ろしさがある。その頭骨の高さだけで四メートルはありそうだ。

 続けて胴体部分にあたるあばら骨はメキャメキャとおぞましい音を立てながら甲虫の脚の如く動いていた。腕にあたる部分は左右に一本ずつあったが、前腕から先は手では無く巨大な白い大鎌になっていた、その優に五メートルはあるだろう刃渡りには不安と恐怖を覚えざるを得ない。

 胴体より下は正に百足を思わせる偉容な姿。魚の骨が立体的になってくっ付いたような骨から左右に飛び出た無数の脚は、先が細く尖っていて、それを突き刺す事でしっかり天井に張り付いているようだった。その脚一本でも大の大人より大きいのは遠目でも分かった。

 そして尻尾に当たる部分にも、尾びれのように一本の反りの浅い大鎌があった。

 

『グシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!』

 

 自らの居城に侵入した者達を威嚇するように、あるいは餌となる存在の来訪を悦ぶように、全長およそ三十メートル以上はあるだろうボスは大口を開けて一つ咆哮を上げた。

 それがボス有効化のフラグだったのか、ボスの頭骨の横に白いフォントのローマ字で名前が、更にはHPバーが一息に出現する。

 HPバーの本数は五本。これは闘技場《個人戦》の異常さから予想していた事なので動揺は無い。第七十四層ボスが四本だったので来るだろうとは前々から予想されていた事だ。

 そして名前は……

 

「オリジン……」

「リーパー……」

 

 畏怖と共に、ユウキと私が名前を口にした。咆哮を受けてか誰も動かなかったので決して大きくなかった声もしっかり部屋中に響いた。

 《The Origin Reaper》。

 直訳すれば根源の刈り手となるが、度々《Hollow》という名称と対面した私はこれを別の意味に捉えた。

 闘技場で二度対峙したキリト君の過去らしい《The Hollow seized with Nightmare of past》は、キリト君を模した虚構の存在だ、それを前提に考えればプレイヤーである私達を本物と捉えられる。少なくともシステムが動かすNPCに較べれば遥かに本物足り得るだろう。

 故に、この存在は私達の命を刈り取る者とも言えるのではないかと考えてしまった。

 

『グシャアアアアアアアアアアッ!!!』

 

 そう考えている間に、HPバーが出現したオリジンリーパーは天井に突き刺していた無数の脚を離し、そのまま再現された重力に従って真下にいる私達へ襲い掛からんとばかりに落下を開始した。

 

「総員退避! 後退してくださいッ!!!」

 

 それを見たアスナさんは流石の判断力ですぐさま指示を出した。

 その指示で漸く愕然に固まっていた多くのプレイヤーが思考を回復させ、大急ぎでヒースクリフさんを中心とするタンクより後ろに退避する。

 

「あ、ぁ、ああ……ッ」

「ひ、ぁ……!」

 

 しかし、あまりのボスの偉容に恐怖を覚えたせいでアスナさんの指示を聞き逃し、あるいは体が言う事を聞かず落下を続けるボスに視線を向けたままガタガタと震える者も二人いた。《アインクラッド解放軍》と《聖竜連合》の盾持ちの片手剣使いだ。

 この世界のアバターは実際の肉体を動かすよりも動かす事は存外難しい、精神状態が乱れていれば尚更に。感情を隠せずオーバーに表現してしまうという事は、すなわち恐怖に身を固める事もオーバーに、しかしながら忠実に再現してしまう事も意味しているのだ。

 だから恐怖に身を固めてしまう事はそうおかしい事でも無かった。

 

「何をやってるんだ! 速く下がれ、こっちだ!」

「急げッ!」

「「は、はひぃッ!」」

 

 状況が状況なだけに、後退が遅れている二人が所属するギルドのリーダーディアベルさんとリンドさんが大慌てで声を掛ける。流石にギルドリーダーともなれば聞き逃す事はおろか体が勝手に動くのか、恐怖で呂律が回っていないながら二人組は漸くこちらに振り返り、大慌てで駆け始めた。

 駆け始めたが、あまりの恐怖でとにかくただ逃げる事を考えているせいか蟹股だったりこけそうになっていたりと無駄の多い走り方になっていて、碌にこちらへ戻って来れないでいた。

 そして、とうとう全長約三十メートル以上はある骸骨百足ことオリジンリーパーが、ズシンッ! と重苦しい響きを立ててしっかり無数の足を床に着けて大地に着地する。

 同時、その衝撃波を顕すかのようにボスを中心に赤い光が円を描きながら放射状に放たれ始めた。

 

「「おわぁッ?!」」

 

 ボスが着地した地点は二人が恐怖に震えていた場所で、そこから碌に離れられていなかったからか着地の余波の振動に足を取られてしまった。それは大き過ぎる隙、それをボスが逃す筈も無い致命的な隙だった。

 

「ッ……!」

 

 それを見た瞬間、タンクの近くに退避していたキリト君が鋭く息を吸い、すぐさま二剣を携えていた彼は地を蹴って疾駆した。

 

『グシャアアアアアアアアアッ!!!』

「「ああああああああああああッ?!」」

 

 振動に足を取られてこけた眼前の餌を刈り取るべく、どこか悦んでいる印象のある咆哮を響かせながらボスは左の大鎌を振りかぶった。こけて床に倒れ込んだ二人組は振り返り、尻餅をついた形で自らに大鎌が振るわれる光景を幻視しているのか両手を翳し、眼を瞑って喚いた。

 数瞬後、振りかぶられた左の白い大鎌が、二人を斬り裂かんと逆袈裟に振るわれ……

 

「伏せろッ!!!」

 

 しかしそのタイミングで、二人が座り込む場所に地を這うように疾駆していたキリト君が辿り着き、重ねた二剣を全力で時計回りに右薙ぎに振るった。オリジンリーパーの大鎌とキリト君の愛剣である二剣が衝突し、盛大に火花を散らし、止まる。

 ボスの大振りの一撃を止めたのだ。

 

『ギシャアッ!』

 

 獲物を刈り取る一撃を止められた事が不満だったのか、あるいは目の前に現れた更に弱そうな獲物を刈り取ると決めたのか、ボスは残る右の大鎌を振りかぶり、すぐさま左薙ぎの軌道で振るった。

 

「く、そ……ッ!」

 

 その攻撃範囲には未だへたり込んで動かない二人組も入っていて、キリト君はその一撃をしゃがんで避ける事が出来ず、二人を護る為には受けるしか方法が無かった。

 故に彼は左の鎌を押さえる剣をエリュシデータ一本にし、自身の左から迫る大鎌にはダークリパルサーを向けた。押さえていた翡翠剣を力の限り左に薙ぐと、振るわれた右の大鎌に衝突する。

 しかしやはり二剣を重ね、更には全力疾走した勢いがそれには無いせいで、勢いは弱められても止める事は出来ていなかった。それどころかエリュシデータで押さえている左の大鎌までもが動き始める始末。

 何重にも掛かっている大リジェネを以てしても補えない削りダメージが、彼のHPバーを端から徐々に削っていく。まるで徐々に彼を犯しているかの如く。

 自然、彼は左右から大鎌が迫るという地獄に立たされる事になっていた。

 

「アタッカー、大鎌を弾いて彼を助け出してください! 手が空いてる者は二人を運んで! 早くッ!!!」

「「「「「お、おおッ!」」」」」

 

 彼が助けに入ってから五秒と経たない間での出来事に目を奪われていると、いち早く復帰したアスナさんが慌てて指示を下した。それはキリト君を助けるというもので、それに否やは無く全員が声を返して動き出す。

 アスナさんを除けば攻略組でも――アルゴさんは戦力外なので――最速の私と、片手剣使いながら凄まじい速さを誇るユウキとで、床にへたり込んで目の前の地獄をただ眺めている二人組の襟首を引っ掴んで後退。驚きと引き摺られる事に声を上げているがどちらも無視だ。

 入れ替わりにアタッカーと分かる重量武器を持つプレイヤーが前進した。

 

「せやぁあああああああッ!!!」

「おらああああああああッ!!!」

 

 万力に挟まれるかのように徐々に刃を押し返され大鎌が迫る地獄を味わっている彼を助け出す為に真っ先に動いたのは、ストレアさんとエギルさんだった。

 ストレアさんの袈裟掛けに斬り裂く単発突進技の上位ソードスキル《アバランシュ》が翡翠剣で押さえている大鎌を、エギルさんの時計回りに両手斧を振るうスタン特性もある全方位攻撃のソードスキル《ワール・ウィンド》が漆黒剣で押さえている大鎌を弾き、キリト君を解放した。

 大鎌をそれぞれ外側に弾かれたボスは仰け反り、僅かにソードスキルの余波で後退する。

 

「はああああああああああああッ!!!!!!」

 

 そこに、サチさんの裂帛の声と共に真紅の輝きの帯を引いて飛翔する槍が、オリジンリーパーの頭骨、人体で言うところの眉間へと真っ直ぐ突き立った。

 

『グジャアアアアアッ?!』

 

 槍が直撃すると共に発生する轟音と凄まじいライトエフェクトに紛れ、後退したばかりのボスが絶叫を響かせた。

 《長槍》スキルと《投擲》スキルを持っている事で会得する単発重攻撃の槍投げソードスキル、その名も《ゲイ・ボルク》。

 投擲したメイン武器を拾う手間があるのでここぞという時にしか使えないが、一撃の威力が半端では無いので、使いどころを見誤らなければ強力な一手だ。間合いの外から攻撃出来る点も良い。

 システムで動かされるこれは直線にしか進まないので、横に動かれれば外れ、遠くまで飛んで行ってしまう上にメイン武器を手放すというリスクを孕む反面、それでも使えるのは異常に高い一撃の威力故。刺突属性に高い耐性を有するゴーレムを相手にこれを放っても一撃で倒せる程の威力があると言えば、それがどれだけ異常かは理解出来るだろう。

 ただそれでも、この一撃ですらオリジンリーパーのHPは最上段の端がチリッと削れただけ、闘技場で相対した彼の過去の姿であるホロウを想起させる減り方だった。

 この事実を前にすれば、サチさんの攻撃行為は結果的に無謀だった事になる。

 しかしそれは結果的にであり、仕切り直していない今はまだ結果を言えない段階にあった。

 微々たるダメージでも、それでもボスが喘ぐ程の威力とスピードを誇っていた一撃は、確かにボスに決定的な隙を作り出した。

 

「は……ぁぁぁぁぁぁああああああああああああああッ!!!!!!」

 

 それを逃すほど、キリト君は甘くなかった。たとえ一撃でこちらの命を奪いかねない存在だろうと、たとえ微々たるダメージしか与えらなかろうと……これまでの戦いが常にそれで、更に常識外ばかりだった闘技場での戦いを単独で突破した彼にとってすれば、臆すに足る要素では無かったのだ。

 彼が戦いの中で恐れる事はただ一つ。

 それは、自らが護ると決めた仲間が奪われるその瞬間。

 その瞬間を恐れるが故に、その瞬間を訪れさせる危険性がある敵の排除を目的に動く彼は、どれだけ強大な敵を前にしようと動きを止めない。止まる事がその瞬間を招く要因だと理解しているから。それを恐怖しているから、彼はその恐怖を薪として戦意にくべ、剣を振るう。

 その第一撃目は外燃機関を思わせる轟音を伴った突進突きだった。血を想起させる深紅の輝きを纏ったエリュシデータを突き出しながら、彼はオリジンリーパーへと突進し、大きく仰け反らせる。そのまま頭骨の右側を過って背後へと回った。

 再びチリッと、しかしさっきよりも少し多めにボスのHPゲージのドットが削れる。

 

『ギシャアアアアアアアアアアアアッ!!!』

 

 怒り故か鋭い咆哮を上げながら左の大鎌を振りかぶって振り返ったボスは、しかし直後に蒼い輝きを放つ剣戟を受ける事になった。

 通常であれば、単発と言えど重突進技なため威力がある《ヴォーパル・ストライク》を放てば一秒から二秒近くの硬直を課され、その間に倒せていない敵に攻撃を喰らう事請け合いだ。故に威力があるそれは、それこそ奇襲かトドメに使われる事が多い技となっている。

 しかしキリト君はすぐさま反転し、蒼の輝きを纏ったダークリパルサーを振り向きざま右薙ぎに振るい、頭骨の横を再び過りつつ深く斬閃を刻み付けている。

 続けて彼は再び反転し、後頭部に当たる頭骨に逆風を放った。その勢いを利用しながら再び元の位置へ戻りつつ、反時計回りに回転して唐竹割りに斬り落とし、斬閃を二つ追加。剣を振り抜いた彼は背中を向けた状態で止まった。

 しかし翡翠剣から蒼い光は喪われていない。それは四撃目があるから。

 

「ハァッ!!!」

 

 最後の四撃目もまた振り向きざまの左薙ぎ一閃。これで立体的な四角形が形成された事になり、それを顕すかのように蒼のスクエアが放射状に放たれ、すぐにハラリと解けて散った。

 現状彼にだけ実現可能な《片手剣》ソードスキル同士の連繋、《剣技連繋》。

 それで彼は《ヴォーパル・ストライク》によって課される硬直を、『スキルの動きを終えて自由に動ける瞬間』から『硬直を課されるまで』の数瞬のラグの間に別のスキルである《バーチカル・スクエア》の構えを完成させ、スキルを立ち上げる事でキャンセルしたのだ。

 最初に隙の大きい《ヴォーパル・ストライク》を用いたのは、それが重突進技だから。

 両手剣や両手斧といった重量系の武器によるソードスキルはほぼ全て重攻撃扱いになっており、片手剣や細剣などは一部のスキルがその扱いになっている。この扱いを受けているスキルは、高確率で敵を強制的な仰け反り状態にしやすい事を意味する。重量のある牛などのモンスターに片手剣で怯ませる事は困難を極めるが、重攻撃系の技を使えば容易に仰け反らせる事が可能なのだ。

 仰け反らせられなければどこかで割り込まれ、連繋が中断されてしまう事を意味するが、逆に言えば一度仰け反らせれば連携が続く限りそれがずっと続く事でもある。この場合の連繋とは、すなわち大小の差はあれノックバックを課すソードスキルの事。

 複数のプレイヤーがノックバックを与えられたモンスターを相手に、連続でスイッチしながらソードスキルを放ち続ける事で一方的に倒す方法がコレだ。

 どう足掻いても硬直が邪魔して一人で実現出来ない、攻撃間隔を考えれば最低三、四人を要する事を、彼は《剣技連繋》というシステム外スキルを用いる事で単独にも拘わらず実現させられる。少なくとも理論上は。

 それを前提に考えれば、彼が隙の大きい《ヴォーパル・ストライク》を使った事にも納得がいく。勿論移動している間に硬直が解けては敵わないと判断したからでもあるだろう。

 だからこそ、彼の攻撃がこれで終わる筈が無かった。一度ノックバックさせた後の維持はソードスキルであれば重攻撃でなくともいいのだから。

 

「お……ぉおッ!!!」

 

 ソードスキルを放っている間は三次元的な座標の移動をする主体がアバターからシステムに動かされる武器になる事から、結果的に空中で放てばそこに留まる特性がある。そのため空中に留まっている彼は、高さ四メートルの位置からボスの頭骨を攻撃しながら体勢を整えつつ、翡翠剣から光が消える寸前に漆黒剣に蒼光を纏わせた。

 左の剣を振り抜いた事でフリーになった右の剣を、一瞬で袈裟掛けに振るう構えに持って行っていた彼は、直後袈裟掛け、右斬り上げ、左斬り上げ、逆袈裟の順に頭骨を四連続で斬り付ける。息を吐く間もなく振るわれたそれは《ホリゾンタル・スクエア》、彼やユウキが《片手剣》スキルの中でも愛用している使い勝手のいい技だ。

 逆袈裟にエリュシデータを振るって一度その場で時計回りに回転した彼は、その勢いを利用し、翡翠剣を突き出すような構えを取った。

 《ヴォーパル・ストライク》のように深く腰を据えて腕を引き絞る構えではなく、素早さを重視してすぐ突き出せる構えは、《ハウリング・オクターブ》のそれだった。

 

「喰ら、え……ッ!!!」

 

 予想違わず、先の色より幾らか明るい真紅の輝きを宿した翡翠剣は、神速を以て五連続で突き出された。五回目の刺突の後、振りかぶられたそれは逆袈裟に振り下ろされ、反転して逆風に体ごと軽く上昇しながら振るわれる。

 最後の唐竹割りは、体を捻った捻転力と剣を振るう遠心力とを合わせた全力の一撃だった。重攻撃スキルでは無いものの決してそれに劣らない一撃は、確かにボスの頭骨を捉え、大地へと顔面を伏せさせる程の重さを誇っていた。

 それでも彼はまだ止まらない。少々予想外な猛攻撃に、そして間断が無い息も吐けぬソードスキルの嵐に、次は何を振るうのかと期待しているかのように誰もが彼の姿に視線を送っていた。

 それがどれだけ愚かであるかを理解していても、それがどれだけ彼一人に負担を強いているかを理解していても。

 それでも私達は、彼から視線を外す事が出来なかった。宙に浮き、交互に蒼や紅の輝きを灯して振るい、怨霊の如き骨の大蛇に鉄槌を下す様からは、得も言われぬ何かを感じられた。

 それが、第一層のボス戦で初めて幼いながらの美貌を見た時の何かと、カチリと重なった気がした。

 

「おおおおおおおおおおおおおおおあああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!!!」

 

 喉よ裂けろとばかりに上げられる裂帛の絶叫が後押ししているかの如く、彼の連撃はまだ止まらない。

 八連撃最後の一撃が終わった直後、エリュシデータに赤紫の光が灯る。禍々しい光を宿した黒剣はすぐさま左薙ぎに振り抜かれ、手首を返し右半身を前にしながら逆風に、そして左足を前に出した直後、天を衝かんとばかりに掲げられた剣を大上段から振り下ろす。轟音と共に三つの斬閃が閃き、閃光が迸った。

 三連重攻撃技となる《片手剣》の上位ソードスキル、《サベージ・フルクラム》。《片手剣》の中でも数が少ない重攻撃技、その中でも更に貴重な連撃技である。

 この時点で連撃数は十六、《スターバースト・ストリーム》に匹敵している。ボスのHPは、今回は防御力も途轍もないのかこれでも未だ一本目の五割に入ったかどうかくらいで、ここからの激戦やパターン変更を考えれば気が遠くなりそうでもある。

 しかし、やはり彼はここで攻撃を止めなかった。

 大上段からの痛烈な一撃を再び頭部に受けたからか、オリジンリーパーは完全に動けなくなっていた。ソードスキルを放つたびに前進していたキリト君はその巨大な頭骨の上に足を付けた。

 直後、橙色の輝きが彼の右足に灯り、勢いよく弧を描くようにその場で足を振り上げた。当然足場となっていた頭骨は強烈な蹴撃を受けて仰け反る。《体術》スキルの中では威力が高めな部類である《弦月》だ。

 ところで、この《弦月》はサマーソルトキックを放った後、バク転の要領で地面に着地するスキルなので、スキル開始時と終了後では微妙に足を付ける位置が異なる。終了時の方が足を下ろす位置が低くなっているのだ。

 故に《弦月》を放ったキリト君は宙に固定されていた高さが僅かに低くなり、頭骨の上から大地に伏しているボスの眼前へとスキル終了時には移動していた。

 更に《体術》スキルは威力が抑え目なデメリットに引き換え技後硬直が短いというメリットがある。通常ソードスキル同士を繋げる事は出来ないので、そのメリットの価値は低いのだが、《剣技連繋》を構築している彼にとっては正にうってつけなメリットだった。

 技後硬直が短いという事は、武器ソードスキルが終了してから硬直が課されるまでの間に構えを取るのが難しいスキルに繋げやすいという利点になる。つまり片手で構えを取ればいい《片手剣》だけでなく、両手で構えを取らなければならない《二刀流》を、連繋途中に挟めるという事なのだ。

 《弦月》を終えたキリト君は、落下が始まる前に両腕を動かしてボスと相対した。ボスはまだノックバックから回復しておらず、連撃は続いている。

 左半身を前にして、翡翠剣の切っ先を斜め上に向けて突き出し、漆黒剣の切っ先を斜め下に向けながら担ぐように持つ、その構え。その構えを取った瞬間、二剣の刀身から眩い程の蒼白い輝きが迸った。

 そして咆哮と共に振るわれる。エリュシデータが袈裟掛けに、ダークリパルサーが右斬り上げに振るわれ、その勢いのまま時計回りに重ねた二剣が一度、二度とボスの頭骨に叩き付けられる。

 回転の勢いが消えた後は二剣同時に袈裟と逆袈裟に、反転して左右に斬り上げ、刃を交差させて斜め十字に斬り付ける。

 振り抜かれた二剣は止まる事無く神速で袈裟、右斬り上げ、左斬り上げ、逆袈裟に振るわれ、左薙ぎが翡翠剣で放たれる。

 

「これで、最後ッ!!!!!!」

 

 そして左薙ぎで振り抜かれた翡翠剣を引き絞った後、終となる十六撃目の刺突が放たれた。流星を思わせる蒼白い輝きが、紅く染まってしまった部屋を引き裂くかのように迸り、爆裂する。

 十六連撃を誇る《二刀流》の上位ソードスキル《スターバースト・ストリーム》。彼の全霊が込められた剣戟は私達の命を繋ぐ希望であるかの如く輝いていた。

 その刺突でオリジンリーパーは思い切り仰け反り、十メートルは後退した。

 

『グシャアアアァァァァァァ……ッ』

 

 合計三十三連撃という猛攻撃を受けた第三クォーターのボス《The Origin Reaper》のHPは、一本目のゲージを丸々削られていた。

 《二刀流》は武器の耐久値の減耗が激しくなり、連撃数が多い事から隙も大きくなるらしいが、反面嵌まれば絶大な攻撃力によって敵を屠る事が容易になるユニークエクストラスキル。《狂戦士の腕輪》のステータス増大、攻撃力大幅上昇、そして相手の防御力無視のバフがそれと組み合わさった事で、単独でもクォーターボスのHPを削れたのだ。

 更に彼の場合、《ⅩⅢ》に登録した事で耐久値が彼のHPと同期した事で、耐久値減耗のリスクは度外視出来る。攻撃中の隙はどうにもならないが、《剣技連繋》によって初撃で怯ませれば一対一では他の追随を許さない一方的な攻撃を可能とするし、多大な連撃数を誇るスキルほど長い技後硬直もキャンセル出来る事から、特に一体で出て来るボスに対しては滅法強い。

 恐らくそれを理解しているからこそ、サチさんの槍投げスキルで怯んだ時に後退はせず、好機と判断して猛攻撃を仕掛けたのだ。

 

「かは……ァッ」

 

 その分、キリト君は戦いが始まったばかりながら多大な疲労を蓄積する事となったが。

 

「わっと、大丈夫キリトッ?!」

「疲れた……」

 

 それを顕すように彼は空中から力無く落下し始めた。それを見たストレアさんが剣を床に突き立て、両手を空けてから彼をしっかり抱き留めた。慌てたように問い掛けた彼女にキリト君は言葉少なく疲れたと返す。

 《剣技連繋》は、彼曰く、腕を動かす命令系統をそれぞれ左右別々に切り替え続け、尚且つコンマ一秒未満でしか許されないラグの間に構えを完璧に完成させる事で初めて可能となるシステム外スキル。ユウキですら彼とのデュエル中でしか成功させられず、幾ら練習しても一度も成功させられなかった、謂わば神業に等しい絶技。

 技の終了の構えから該当するスキルを検索し、構えを時に鏡写しのように取り、発動させるそれを、一度の連繋ならず何度も繰り返したのだ。緊張感と集中力、そして精神力の消耗具合は私では到底及びつかない程だろう。

 だから疲労したと言ったのも仕方ない話だった。実際闘技場の疲労の大部分も堕天使と狂戦士相手に放っていた《剣技連繋》によるものと知っているので尚更だ。

 

『グシャァ……ッ!!!』

 

 初撃と次撃を防がれただけでなく、HPを全量の二割も一気に持って行かれた事で怒ったらしい骨の大蛇はノックバックから回復した後、警戒と怒りを等分に孕んだ唸り声を上げ、キリト君を睨んだ。

 当の彼はストレアさんに下ろしてもらった後、剣を杖代わりに中腰となって、呼吸を整えながら睨み返していた。

 

「キリト君、大丈夫かい」

「ああ、大丈夫だ。けど少し疲れたから一旦下がらせてもらう」

「ああ、たった一人で一本削ってくれただけでも十分だ。さあ皆、行くぞ、彼の頑張りを無駄にしない為にも、そして生きる為にも!!!」

「「「「「おおッ!!!!!!」」」」」

 

 疲弊したキリト君の言葉に爽やかに応じたディアベルさんが、唖然と見届けていただけの自分を恥じるかのように気合を入れ直す言葉を言い放った。それに誰もが応じ、武器を構える。

 

「アスナ君」

 

 そんな中、タンクとして最前に立っている【紅の騎士】が、副団長の名前を呼んだ。この作戦で指揮を執る役目を担っている人の名前を。

 

「分かっています……タンク隊前進! 右腕の大鎌を団長が、左腕の大鎌を残るタンクで絶対に防御ッ!!! タンクをボスの前面に押し出して側面からアタッカーは攻撃ッ!!! 隙あらば重攻撃スキルを狙って下さいッ!!!」

『ギシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!』

「攻略、開始ッ!!!!!!」

「「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!!!」」」」」

 

 毅然とした声音でアスナさんが発した号令に従って、私達はボスに劣らぬ大音声を轟かせながら同時に前進を始めた。

 後ろに何時も存在した退路は無く、あるのは眼前の敵を屠り勝利する道か屠られ屍を晒す敗北の道のみ故に、私達は生きて還る為に、必死の抵抗を始めた。

 




 はい、如何だったでしょうか。

 リーファ視点……後の布石です。割と早い段階(それでも数話後)で回収されます。仁王立ちしていたのが誰なのかは明白ですね。

 次に第七十五層偵察隊、と言う名の攻略レイド。

 陰でヒースクリフが必死に根回しした末に何とか偵察隊を本格的なボス攻略レイドへとシフトさせられました。

 内約的には第一層レイドのようなもの。主力メンバーが殆ど第一層メンバーですからね、キバオウやクラディールが抜けているだけです。原作と違って本作では《風林火山》や《血盟騎士団》の原型メンバーが既に居ましたから。

 そんな訳で、実は今回のレイド、本作の第一層レイド描写をオマージュしていたりします。ランの視点でも語られているように所々似てるので。

 最年少ながらキリトがどれだけ影響力あるかが少しでも伝わっていれば嬉しい限りです。

 物理的撤退不可の判明シーン、そこから立て直すシーンはオリジナルですが、無いと不自然なので付け加えています。

 そして最後、第七十五層ボス。

 原作では骸骨の刈り手こと《ザ・スカルリーパー》という名ですが、本作では少し変えて、《ジ・オリジンリーパー》としました。意味合いとしては、ランが語っているものと思って下さって結構です。

 次話がボス戦となります。

 では、次話にてお会いしましょう。

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