インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~ 作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス
どうも、おはこんばんにちは、黒ヶ谷・ユーリ・メリディエスです。
今話の文字数は約二万一千。
そして今話でボス戦は終了です……ソードスキルで仰け反らせるとボス相手でも継続する(一応原作にもボンヤリとある)このルール、《剣技連繋》が使えるキリトには有利過ぎた。ボス一体だけなら圧勝可能、闘技場のように一対二で漸く互角といったところです。
なのでボス戦は今話で終了します。伏線はバリバリありますが。
そんな今話の視点は前半ボス部屋前に締め出された第二レイドのアルゴ、後半は第一レイドの指揮を執っているアスナ視点、そしてちょっとだけユウキ視点が入ります。
緊迫感が出ていればいいなぁと思います。
ではどうぞ。
「くっそ、何やってもビクともしねェぞ、この扉ッ!!!」
どれだけ扉を拳で叩き、あるいは棍系武器のソードスキルを叩き込んでも、当然ながら傷一つ付かずに閉じたままの大扉に誰かが毒づく。
第三クォーターという事でこれまでのボス偵察戦の実に四倍という戦力を揃え、二つのレイドを作って挑むという、常以上の慎重さを以て敢行された偵察戦は、早くも予想外の事態に見舞われた事で統率も何も無くなってしまっていた。
早い話、勝手に扉が閉じてしまった事で乗り込んだ第一部隊がボス部屋に閉じ込められてしまったのだ。これまでに幾度かあった具体性の無い情報しか入手出来ていなかった事も手伝って、ほぼ一切情報が無いという状態で無理矢理偵察戦がまさかの本番戦にさせられてしまった事には、流石の自分も焦燥を覚えざるを得ない。
不幸中の幸いなのは、ヒースクリフの旦那の常以上の慎重ぶりが功を奏してボス攻略レイドの主要メンバーがほぼ全員第一部隊に居る事と、ボスの情報を入手する偵察戦を単独でこなしてきたキー坊が最初から居るという事であろう。ここ最近のように後から乱入したり、あるいは彼一人が先んじて乗り込んでいたらと考えれば、流石にゾッとせざるを得ない。
少なくはあるが、一応内部のエネミーを全て倒す事で扉が開くというギミックが存在する場所はあるし、そういうトラップも存在する。
結晶無効化空間も突き詰めて言えばギミックあるいはトラップと言えるから、こうして閉じ込めて内部のボスを斃すまで出て来られなくなるという事態になるというのも、それらを踏まえれば納得はいく。
いくのだが、やはり理不尽と思ってしまうのが人情というもので、それなら前以てそれらしい情報を得られるようにしておけと思わなくも無い。多分ゲーム開発当時は、ここまで頑張って攻略してきた者達を一度叩き落す為、攻略難易度を上げる為に仕掛けたという経緯があるのだろうが、死に戻りが出来ないデスゲーム状態にあっては最悪と言わざるを得ない。
そこまで考えが至っていないのか、あるいは至っているからこそ理不尽から来るストレスを発散するべく破壊行動に精を出している者達を見つつ、黙って自分は閉じたままの扉を見詰めていた。
この現象が推測通りなのだとすれば、この扉が開くのは中のボスを斃した時か、あるいは第一レイドが全滅した時のどちらかだけだ。
ユーちゃんから聞いた限り、キー坊はレベル150という規格外の死神ボスを相手に疲労していながら大立ち回りをして一人で倒したらしいから、高確率であの子は生き残るだろう。同じようにキー坊と同じユニークスキルホルダーであり、且つ二人でレイドの瓦解を二度も防いで時間を稼いだ経験があるヒースクリフの旦那も、恐らく生き残る。
だがあとは全滅という可能性が高い。よしんば生き残れてもエギルの旦那や《風林火山》、《スリーピング・ナイツ》といった親しい連中で、《聖竜連合》辺りは全滅の憂き目に遭う可能性は非常に高い、少なくとも一人二人はまず間違いなく犠牲者が出ているだろう。
「……こんな事になるなんテ……」
こんな事態になるなら、せめてキー坊が新たに発見した製法で作り出した高性能のポーション類や《エリクサー》などを、主力の第一レイドにだけでも一人数個支給するようにしておけばよかった。負担はキー坊だから言い辛くはあるのだが。
それにもう後の祭りだ。彼があの製法を見付けた時、最終的に自分達はこの結論で納得したのだから四の五の言う事は出来ない。
せめて新製法のポーションの作り方となるヒントくらいが出て来ていたらまだよかったのだが……
とにかく、間違いなくここが分水嶺であり、分岐路だ。
本気でクリアに血道を捧げている者は狼狽える事無くこれからも戦い続けるだろうが、ただプライドや他の何かで戦っている者達は、撤退不可能という大きすぎるデメリットを踏まえた上で尚ボス戦に挑めるだろうか。
戦える者は攻略組に残り、希望を背負い続けるが、死を色濃く思い浮かべて恐怖してしまった者は恐らく最前線から身を引くだろう。
ここからはキー坊の庇護ですら補えない死地が広がる。
今中に閉じ込められ、第三クォーターボスと死闘を繰り広げているだろう第一レイドが、もしも全滅してしまったなら……この世界は、停滞するしかない。
《アインクラッド》で最強の盾と揶揄されているヒースクリフ他、攻略組に属している二つ名持ちの名だたる剣士達はほぼ全員第一レイドに参加しているのだ。つまり攻略組が擁する最大戦力が詰まっている事になる、現状確認出来ているユニークスキルホルダーも――たった二人ではあるが――揃っているのだから、現状これ以上の戦力は見込めない。
勿論ここで全滅しても《血盟騎士団》や《聖竜連合》、《アインクラッド解放軍》が完全瓦解を喫する訳では無い。それでも、あれだけの強者が勝てない存在に立ち向かえる者など、恐らく居ない。
一層の教会に住んでいるレインやフィリアといったプレイヤーの実力は攻略組並みらしいし、リーファとシノンも鍛えている途中だが将来性は抜群だから、完全に望みを絶たれた訳では無いが……《ビーター》と蔑まれているキー坊にすら【黒の剣士】という期待が掛けられているのだから、その反動で絶大な絶望を味わう事になる未来は容易に想像が付く。
無論第七十五層ボスに打ち勝てばその絶望は訪れない。しかしこの世界から生還するまで常に付き纏う事は厳然たる事実だから、全滅すれば後は転がり落ちるだけだろう。
それまでにどれだけ第一レイドに匹敵する主戦力を揃え、各々の心を強く出来るかが問題となる。
自分達は、有形無形の形で《ビーター》として振る舞い、【黒の剣士】として期待を背負ってきたあの子に頼り過ぎていた。期待の証として二つ名がつけられたのだから、あの子が死ぬだけでも士気に大きな影響を与えるだろうし、それ以上に以降の情報収集や迷宮区、ボスの攻略に支障を来す事は想像に難くない。
二つ名持ちのプレイヤーがいるから、と心強い味方を頼みにして戦っていては、何れ瓦解しかねない、むしろ全員が二つ名持ちと同等の自信を付けなければならないのだ。
そういう意味では、二つ名というものは些か考えものでもあるかもしれない。他者から見た優劣を明確に表した呼び名は、時に自信を持たせ士気を上げるだろうが、反面無意識な部分で頼り過ぎるところも出てしまう、二つ名持ちが死んだ時の動揺はその最たる問題となるだろう。
だが、だからと言って全員を鍛える時間など無いし、誰もが等しい実力を有するようにするのは現実的に考えて不可能だから、この問題を解決する方法は無い。それが明確に表れないようにするには、二つ名持ちが死なない、という条件を満たし続ける必要がある。
自分が知る二つ名持ちの中で最も死に瀕するのはキー坊なので、それが気掛かりではある。
あの子の死によって克明になるだろう影響がどれほどのものか、それだけは流石の自分も予測出来ない。拒絶と拒否の象徴である《オリムラ》の意味を含んだ《ビーター》、期待と希望の象徴である【黒の剣士】は、同一人物であるが故に分からない。
一体人々は、あの子をまず《出来損ない》と見て死を悦ぶのか、それとも《希望》と見て死を嘆き悼むのかだけは。
けれど……けれど私は、切に願う。あの子は《希望》と見られていて欲しいと。
人の為に戦っていたあの子が、死んだ後も貶められ続けるなんて、そんなのは嫌だから。
「お願いだから……生きてよ、キリト……」
人を食った態度と飄々とした性格の【鼠】として振る舞う際の独特のイントネーションを外し、本来の口調で、誰にも聞こえない程度の小ささで願いを込めた囁きを洩らす。
人の死を見たくなくて、少しでも少なくしたくて、偽善で始めた情報屋稼業。元ベータテスターとしての責務もあって偽善の覚悟を固めて始めたこれも、何時しか私は、少しずつ楽しむようになっていた。
無論知り合いが死んだ事で途中で送られたメッセージを受け取る事も多かったし、人の死を耳にするなんてザラだ。宿屋の一室で、嗚咽を上げた事だって十や二十じゃきかないくらい。人を食ったような態度で相手をからかうのもそのストレス発散的な部分も少なからずあった。
それでも、あの子の前でだけは口調を除いて偽らなくてよかった。
あの子は自分と違って情報の売り買いを専門にしている訳では無いけど、している事はまるっきり情報屋のそれに近いし、流布するものと揉み消すものとをしっかり見定める眼があったから、とても共感出来る部分があった。あの子がしている行動理念が自分のそれにとても近しかったのもあるだろう。
どれだけ死の危険性がある情報だって、あの子は常に全力で、けれど死ぬ事無くメールで、あるいは直接渡し続けてくれた。
中立の立場、あるいはコルさえ貰えればどんな情報でも売り買いする職業上疎まれやすい自分に、常に平等に接し、一人でこなす面倒な作業を一緒にしてくれた事も無数。特にボスの情報が得られるクエストは、その大部分がお使い系である為に自己強化に余念がない攻略組は殆ど手伝いを申し出ない、そのくせ不十分と思えば文句を言ってくるから苛立つ事だって多かった。
それを手伝ってくれた。勿論自分の強化や装備の新調だってあるから全ての階層という訳では無いが、時間があれば必ず手伝ってくれていた。
誰も手伝おうとしない、けれどボス攻略という未来と人の命が掛かっている作業を、あの子は率先して手を貸してくれたのだ。誰よりも未来と人の命が懸かっている事を理解していたから、自己強化と並行しつつ手伝ってくれた。
だから、その時間が何時しか楽しみだと思うようになっていた。
手なんて抜けない重要な仕事だから何を暢気なと思わなくも無いが、少しくらいは良いだろうと思ってしまう自分が居たのも事実で、偶に説教臭くなってしまいつつも色々と予測を交わし合うのは、情報屋の重責から一時だけでも解放されている気がしていた。
それがあの子に寄り掛かっているというのは理解している……それでも、自分だってアーちゃん達と同年代の子供だ、人恋しいと思いはする。情報屋として信用と信頼は向けられつつも、人間性の方面で距離を取られがちで、職業柄あまり踏み込めないから、尚更だ。
もしかしたら、自分は共感を抱いているのかもしれない。【鼠】として敬遠されがちな自分と、《ビーター》として敬遠されているあの子。情報屋として頼られている自分と、【黒の剣士】として期待を向けられているあの子。差異はあるが共通点はあると思う。
偽善の究極であろう《ビーター》として振る舞うあの子は、哀しくも、眩しくも映る。
情報屋【鼠】のアルゴとして今もあの日に抱いた偽善を続けられているのも、全てはあの子が、たった一人で元ベータテスターに向けられていた負の感情を背負ったから。だから自分は変な言いがかりを向けられなかったし、今も活動出来ている。
そう思っているから、たとえあの子の頼みであっても《ビーター》を更に悪く書いた新聞を発刊などしたくなかった。自分にとって、《ビーター》の呼び名はあらゆる意味で特別なのだから。偽善を続けられている理由、その象徴とも言うべき救いなのだから。
私にとってすれば、《ビーター》も【黒の剣士】も、どちらも希望の象徴なのだから。
「……ッ」
それを喪いたくない。寄り掛かってはダメだと理解していても、寄り掛かって、庇護されたいと思っている自分がいる。あの子の庇護があるからこそ今の【鼠】たれているのだと考えている自分がいる。
古馴染みと言える子供が死んだなんて事を、私は聞きたくなんて無いし、一人で情報屋として活動するのも嫌だから。
だから……お願いだから……
「生きて……帰って来て……」
また小さく、声を洩らす。
どうやら私の場合、キリトが本当に死ぬのではと不安と焦燥に駆られて、精神的に相当不安定になってしまっているらしい。多分普段の【鼠】を知る面々が今の私を見れば、誰だコイツとか平気で言って来る。
自分も調子を戻す意味を込めて扉に因縁の《体術》スキルで攻撃を仕掛けようか……
「うわっ、何だお前ら……って何をッ?!」
「わ、わああああああああああああッ?!」
「だ、誰か、助けてくれェッ!」
未だに扉に攻撃を仕掛け続けているのを見て、そろそろ武器の耐久値がヤバいんじゃないのかとも考え始めたその時、第二レイドの後方から焦りと恐怖が綯交ぜになった絶叫が響いて来た。
直後、モンスターが砕け散る音とは違う、別のモノが砕け散る音が回廊に響き渡った。
慌てふためく群衆の隙間から見えた色は、禍々しいオレンジ。
混迷は、第二レイドにも降り注ぎ始めたのだ。
***
『グシャアアアアアアアアアッ!!!』
「ぬぐっ、ぉおお……ッ!」
私が指示を下し、それに従ってレイド全員が動き始めた後の最初の交錯を果たしたのは、タンクとして最前に立っている団長だった。《The Origin Reaper》は最初に右腕の大鎌を振るい、団長が私の指示通りに防いだのだ。
白骨で出来ているとは思えないくらい鋭利な刃を持つ大鎌の切っ先を、器用に団長は十字盾の中心で受け止め、《神聖剣》のパッシブスキルによってノーダメージでやり過ごす。
アバターや装備も比較的重量級な上に筋力値振りのプレイヤーである団長は、大鎌の大振りの一撃を防いだ瞬間はたじろいだもののすぐに踏ん張ってみせた。
『ガアアアアアアアアアアッ!!!』
「ぎゃあッ?!」
「ガッ……くそぉッ!」
しかし流石は第三クォーターのボスと言うべきか、踏ん張ったその瞬間を突いて突進の軌道を団長とは反対の左へずらし、一気に移動を始めた。
先ほどと同じように初撃を防がれた後、防いだプレイヤーに二撃目を振るうと予想して攻撃を仕掛けようとしていたらしい《血盟騎士団》のタンクの内、二人の団員が左腕の大鎌に刈り取られた。胴体を上下に断つ軌道で斬り裂かれた二人は、片方は悲鳴を、もう片方は悔しそうな声を上げて吹っ飛び、バウンドする。
彼らのフル状態だったHPはぐんぐん減少していき、注意域を下回り、危険域まで入って……
呆気なく、白いバーに囲まれたゲージが全て喪われた。
それからすぐさま二人の体は青白く光り始め、モンスターを倒した時とは異なる音で蒼い欠片へと砕け散った。
「……そんな、嘘でしょう……ッ?!」
「一撃、だと……ッ?!」
その様を離れていたからこそ見ていた私は呆然と言葉を洩らし、近くにいたアタッカーのゴドフリーさんが愕然と事実を口にする。
今回集められたレイドメンバーはそれこそボス攻略に高頻度で参加する程の実力者達、謂わば《アインクラッド》最強クラスのプレイヤーばかりで構成されている。このメンバーを超えるレベルの持ち主はそう居ないと言えるくらいだ。少なくともフロアボス経験という意味ではこれ以上は無いと言える。第一層の頃からいるメンバーだって大勢居て、ボスの一撃にだって耐えられるくらいのHP量と防御力を誇るプレイヤーばかり。
レベルが高くなれば自然とHPも多くなるし、最前線に居るからこそそこらのプレイヤーに較べて高品質の武具を手にしてステータスも高くなっている。だからたとえ直撃を貰っても、瀕死にはなっても一撃死する事はこれまで一度たりとも無かった。
勿論そんな凶悪なボスはキリト君が倒す、あるいは事前に一撃死に等しい攻撃力があるだろう推測の情報を流し、予め対策を取らせてくれていた。
そういう意味では、今回対策は取っていないとも言えるのだが、特定の対策を取っていないだけで基本に通ずるものは全て取っていた。基本レベルから防御力、武具によるダメージカット率、スキル値に至るまで全てだ。
だというのに、今目の前で斬られた二人は一撃で死亡した。
規模こそ《聖竜連合》や《アインクラッド解放軍》には劣るが、それでも攻略組の顔と言えるくらいの勢力を築いている攻略主義の《血盟騎士団》の団員は、並大抵のレベリングはしていない。厳しいノルマを課している訳では無いし、同様に厳しい入団条件を課している訳でも無いが、生半な実力とレベルでは生き残れない修羅場はキリト君程では無いにせよそれなりに潜って来た。
あの二人も攻略隊と呼ばれていた時期、確か第一層の頃から参加してはボス戦の主要タンクとなっていた。
今回のボス偵察戦ではレベル85を超えている者のみ集めていて、更に主要タンクと言えるビルドだったのだから、つまりそれだけHP量と防御力は高かったのは明白。
それなのに一撃死なんて……
事前情報で致死の攻撃を有するとはあったが、まさか本当に致死だったとは……ッ!
「う、嘘だろッ?!」
「一撃なんて出鱈目な……ッ!」
「うわああああああああああッ?!」
物理的撤退不可、緊急脱出不可に加えて一撃死の攻撃力を誇っている事実に、今し方立て直して士気を上げたレイドメンバーが動揺する。士気が上がり過ぎた反動だ、希望や自信を抱いたが故に恐怖も反動で大きくなっている。
団結した集団が動揺し、一部の小心者が――とは言えボス偵察戦に参加している時点で強くはある――慌てふためき、恐慌を来し掛けているのを見て、私はぎりっと奥歯を噛んだ。
私は今回の偵察戦の指揮を任されているプレイヤーだ、呆然としていていい立場では無い。冷静に対処し対策を立てなければならないのだ。
「皆落ち着いて! しっかり防げばキ……【黒の剣士】のように無事だから! 的確に防御して!」
レベル150超えは確実なキリト君ですら押されたとなると、攻撃力だけでなく参照数値となる筋力値も途轍もないのだろうから、間違っても彼のようにソードスキルを使わないで防ぐというのは不可能。
それでも、確かに直撃で即死するのは恐ろしいが、さっきキリト君は押されつつも相殺と防御に成功していたから防げなくはないのだ。それこそタンクが防御に専念すればキッチリ受け止められる筈だ。
「わっ、わあああッ?! こっち来んなァッ?!」
しかし一度動揺してしまえば中々立て直し辛いのが集団というもの。物理的撤退不可で一度瓦解しかけ、立て直した直後にこれだから、私の声など聞こえていないようだった。
いや、目の前に死そのものが来ているのなら、それも仕方ない。
問題は、また死者が出てしまうという事だ。
二人を大鎌で刈り取った後、オリジンリーパーは勢いそのままに走って大きく跳躍した。勢いがあるから数十メートルは飛び越えたボスは私から見て向かって左側に展開していたアタッカー勢の前に一気に移動。着地した地点近くでボスの急接近に腰を抜かしたプレイヤーを見たボスは、右腕の大鎌を振りかぶった。
さっきの絶叫は狙いを付けられた《聖竜連合》のプレイヤーのものなのだ。
あまりの移動に度肝を抜かれていた一同が漸く動き出すが、狙われているプレイヤーの元までは動き出した者でも最短で十メートルはあり、更には重量級の鎧を纏っているので移動速度もそこまで高くなかった。
どれだけ急いでも間に合わないのだ。
「バレットランス・十連ッ!!!」
『ギシャアアアアアアアアッ?!』
あわや三人目の犠牲者が出る、という予想が現実になろうとした寸前でキリト君の怒声が響き渡った。それからソードスキルを発動する時特有の甲高い音と共に、蒼い光を纏った黒い長槍が一直線に飛翔し、オリジンリーパーの頭骨左側面に直撃する。
いや、槍は一本だけではなく、秒間数本という速度で次々と叩き込まれていく。直撃すると同時に轟音と閃光が発生し、凄まじい衝撃波が離れている私達の元まで届いて来た。
その数、頭骨に突き刺さった一本の黒い槍と第七十五層の武器屋で見た統一の槍を数え、合計十本と分かった。つまり先ほどボスは十回分の攻撃を受けた事になる。
蒼い光を纏っていたのだからソードスキルの一種なのだろうそれは、予期していなかった事もあってか効果覿面で、正に床にへたりこんでいるアタッカーのプレイヤーを斬り裂こうとしていたボスを大いに怯ませる事に成功する。
このスキルで二本目に突入しているオリジンリーパーのHPは一割減少した。
『ガアアアアアアアアアアアアアッ!!!』
それでもすぐさまノックバックから復帰したボスは、まだ状況が呑み込めていないプレイヤーに再び顔を向け、また大鎌を振り被った。
今度こそ大鎌は振るわれたが、先ほどの焼き直しであるかのようにそこへ白い光を纏った黒い影が割り込んだ。
しかしその速度は先の比では無く、それどころか闘技場に出て来た堕天使の何倍も速い速度でボスとの距離を詰めていた。速過ぎて、黒尽くめのプレイヤーが彼以外に居れば誰か分からないくらいだ。
雷光の如き速さで一瞬にして距離をゼロにまで縮めた彼は、左薙ぎに振るわれる大鎌の軌道上に乗せるように、手にしていた武器を右薙ぎに一閃。その一撃は大鎌と直撃し、一瞬で押し勝ち、更にはストレアさん達の時よりも大きく仰け反らせる程の威力を秘めていた。
この時、彼が手にしていた武器は見慣れたエリュシデータでは無く、鞘と柄が純白色で、そして刀身に白雷が走っている刀。左手で鞘を持ち、右手に握る刀が振るわれたという事は、彼は超神速の移動の勢いを乗せた抜き打ちを放ったのだろう。白い光を纏っていたという事は、恐らくソードスキルの一種。
しかし《刀》スキルでそういったものをクラインさんが使った事は見た覚えが無いし、そもそも抜刀を必要とするスキルは無い筈なので、今のは彼が会得したユニークスキル《抜刀術》の一つなのだろうと推測出来た。
リアルで言う抜刀術はクラインさん曰く、鞘内で刃を滑らせる事で通常の一撃よりも何倍にも加速させた一撃なので、最速にして必殺の一撃らしい。ただし外せば多大な隙を生む事から諸刃の剣的なものでもあるのだという。
またこれは相手との読み合いが重要なので、基本的にモンスターの挙動を一方的に読む傾向にあるこのSAOでは、仮に抜刀術を放つスキルがあったとしても使い勝手はイマイチになるのだそうな。対人戦ではこの上なく強いだろうが、モンスター相手だと微妙という判断らしい。
私自身、抜刀術の形を取った攻撃も、《抜刀術》というスキルもこうして直に見たのは初めてだが、中々どうしてとても綺麗だと思った。
極めつけにその威力。ボスの仰け反りようから見て、どう考えてもパワーファイターなストレアさん達が放ったスキルより速度は当然威力も上であると思える。あの速度なら、攻撃が当たった時のダメージは途轍もない事になっていそうだし、彼のレベルを抜きにしても《両手剣》より総合的な威力は上な気がする。
『ギシャァ……ッ!!!』
「く……やっぱり、使用後の隙が大きいな……」
しかし、ボスの一撃を弾くどころか体を大きく仰け反らせる程の威力を秘めている反面、使用後の隙は多大なもののようで、どうもボスのノックバックと同等か若干長いくらいに技後硬直が設定されているらしい。オリジンリーパーがノックバックから回復して忌々しそうにキリト君を睨み付けたのと、刀を振り抜いた姿勢で固まっていた彼が漸く動き始めたのは同時だったから、多分この推測は当たっている。
歯噛みしていたのは、さっきと違って《剣技連繋》が出来ない上に反撃を受ける可能性を考えたからだろう。
隙を見せれば殺られるし、直撃でも仰け反らせるのは難しいと判断した――恐らく速さを重視した《抜刀術》のスキルに重攻撃自体が少ないのだろう――キリト君は、右手に持つ刀と左手に持つ鞘を光に散らし、見慣れた二剣を手にする。
直後、ボスがキリト君へ突貫し、左の大鎌を振るう。逆袈裟に振るわれた鎌を彼は高く跳躍する事で躱す。空振った大鎌の切っ先は地面を強く穿った。
その隙を突くように、キリト君は先の焼き直しのように《ヴォーパル・ストライク》を当て、《剣技連繋》で別のソードスキルへと繋げ始めた。重攻撃でノックバックを受けたボスはやはり為す術なく連撃を受けるだけ。
「ッ……総員、彼に続いて連繋攻撃ッ!!! とにかくノックバックから回復しないように重攻撃ソードスキルを中心に放って下さいッ!!!」
「「「「「おおッ!!!」」」」」
さっきの連撃の時は目が離せず見続けるだけだったが、このままでは彼の負担が増えるばかりだし、既に二人も死者が出てしまった以上呆けている訳にもいかない。
サチさんとキリト君のお陰で重攻撃で十分怯ませられるのは分かったのだから、後はもうとにかく如何にノックバックから回復する回数を減らせるかが肝だ。
「C隊はスイッチの準備をしておいてくださいッ! そしてB隊、ソードスキル一本ッ!!!」
「「「「「おおッ!!!」」」」」
キリト君が《ヴォーパル・ストライク》から連続してソードスキルを繋げている間に、私が率いるアタッカー部隊全員にソードスキルを放たせる。私は万が一の為に控えているので参加していない。
今回のレイドは団長が率いる《血盟騎士団》タンクのA隊、私が率いる《血盟騎士団》アタッカーのB隊、リンドが率いる《聖竜連合》のC隊、ディアベルさんが率いる《アインクラッド解放軍》のD隊、ランさん率いるストレアさんとエギルさんを加えた《スリーピング・ナイツ》のE隊、クラインさんが率いる《風林火山》のF隊、そしてキリト君のソロから構成されている。
私が知る限り、刀使いが多いクラインさん達のパーティーは殆ど重攻撃スキルを持っていない筈なので、キリト君がボスを怯ませている間に彼らを真っ先に突撃させた。
その判断は功を奏したようで、クラインさん達は反撃を喰らう事無く色取り取りのスキルを放ち終える。
「今です、スイッチッ!!!」
「「「「「了解ッ!!!」」」」」
それを見計らって指示を出せば、ソードスキルの硬直から回復したクラインさん達が下がり、入れ替わりに《聖竜連合》が突撃し、ソードスキルを放つ。一斉にではなく、互いを巻き込まないよう二人ずつ放っていった、中にはキリト君が使っていた《サベージ・フルクラム》も見られる。
「は……ぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああッ!!!!!!」
最後にリーダーのリンドが《曲刀》ソードスキルを放った時に、キリト君が《スターバースト・ストリーム》を放ち始めた。《剣技連繋》の締めに入り始めたのだ。ボスのHPも気付けば二本目を削り切り、三本目の半分に達するくらいになっていた。
「D隊、スイッチッ!!!」
「「「「「おおッ!!!」」」」」
キリト君の《剣技連繋》が終わりに近い事を悟り、こここそ連繋の要だと胸中で覚悟を固めた私は、最初に攻略隊リーダーを務めたディアベルさん達に指示を下した。既に構えていた彼らは声を揃えて応じ、C隊と違ってディアベルさんが先頭を走ってソードスキルを放った。
ディアベルさんが選んだソードスキルは、六連撃の技。左斬り上げから始まり、続けて右斬り上げ、袈裟掛け、刺突、袈裟掛け、最後に一度体を回転させて勢いを付けた袈裟掛けを高速で放つ速度重視の大技。青黒い光と共に放たれたそれを受けたボスは、HPゲージの下に四つのデバフアイコンが付与された。
攻撃力に関わるSTR、HP量と防御力に関わるVIT、敏捷力に関わるSPD、クリティカル率に関わるDEXの四つのステータスを全て低減させるデバフだ。
四つのデバフを纏めて下げる《片手剣》スキルの六連撃技の名は、《ファントム・レイブ》。ボス相手にも確実にデバフを付与するという有用な技で、闘技場《個人戦》でも堕天使本人にこそ当てていなかったが神速で迫る六発の斬撃の迎撃にキリト君が使用した事がある。
「E隊、次に備えて下さいッ!!!」
この技でデバフが掛かった事で、ディアベルさんに続いて叩き込まれたソードスキルのダメージも多少増えたように思えた。一度や二度の失敗が死を招く以上これで安心出来る筈も無く、気を緩めるなと自身を叱咤して、次に備えるように指示をした。
「す、すみません、ちょっと待って下さいッ!」
「え……?!」
そこで、E隊リーダーであるランさんが制止を掛けた。何故と思って見やれば、両手剣を杖代わりに蹲って頭を押さえているストレアさんの姿が目に入り、彼女と私に視線を行ったり来たり彷徨わせるランさんの姿も見えた。
どうやらストレアさんの調子が良くなくなったから待ったを掛けたらしい。
「ッ……! 仕方ありません、F隊、次お願いできますかッ?!」
「お、おお、任せろッ! お前ェら、行くぞッ!」
「「「「「応ッ!!!」」」」」
この連繋はとにかく集中力を要するので、恐らく頭痛を覚えているのだろうストレアさんを連繋に入れる訳にもいかないと判断し、一応準備をしてくれていたらしいF隊のクラインさん達に視線を向けて指示を出した。
順番的にランさん達の次は自分達と思って備えていたクラインさん達も、いきなりの事で若干狼狽えはしたものの、順番が一つ早くなっただけなのですぐに応じて前に出てくれた。
「スイッチッ!」
「応ッ! 喰らいやがれェッ!!!」
そしてディアベルさん率いるメンバー最後の一人がソードスキルを撃ち終えて交代の合図を出すと同時に、クラインさんはソードスキルを発動させ、凄まじい猛攻撃を仕掛け始める。最早型も何もなく、蒼い光を纏った愛刀【陰雷】を滅多矢鱈を振るい、ボスの三メートルはありそうな節足に赤いダメージ痕を付けていく。
《刀》のソードスキルは一撃の鋭さと素早さによるダメージを優先されているので、そのコンセプトから連撃数は多くても五連撃がいいとこで、殆どのスキルが三連撃だ。事実第一層ボスが見せたスキル《絶空》は単発、《緋扇》は三連撃である。
中には九連撃という稀有な連撃数を誇るものもあり、今クラインさんが放っている《鷲羽》というスキルは正にそれだが、そういうものは一撃の威力は低めに設定されている。それを補うように、刀のクリティカル率や攻撃速度によるダメージ補正が高めなのだが。
ただオリジンリーパーは恐らく打撃属性が弱点で、刺突が最も高耐性、斬撃はその中間という辺りだから微妙と言えば微妙。
それでもクリティカルは、ダメージカット率をゼロと換算して数値化されるシステムらしいので、キリト君の防御無視バフ程では無いにせよ出ればかなり強い。恐らくクラインさんはそれを狙って、敢えて一撃狙いでは無く手数を多くしたクリティカル狙いなのだろう。
クラインさんに続いて他の刀使い、《長槍》カテゴリの二又矛使い、《曲刀》カテゴリの蛮刀使いなどが続けて連撃数が多めのソードスキルを使っていく。多分ストレアさんが回復する時間を稼ぐのと、キリト君の《剣技連繋》や他の人が入りやすいようわざとしてくれているのだ。
「ストレアさんはどうですかッ?!」
「ごめんなさい、まだです! それに何だか様子が……ッ!」
「くっ……あぐっ、頭、が……っ」
「ッ……」
ストレアさんがまだ動けない以上、下手にE隊を動かす事は出来ない。
これは仮にE隊がストレアさんを除いて前衛に出た時、ボスが予期せぬ行動で割り込んだ際に頭痛で動けない彼女を護る人がいなくなる為だ。
本来であれば一時的にボス部屋の外へ退避させるのだが、今回のボス戦は物理的にも退避不可だから誰かが護るしかない。よりによってオリジンリーパーは移動力と攻撃力が致命的に高すぎるから常に誰かが付いていないと危険なのだ。
幸い彼女のパーティーにはキリト君に匹敵する剣腕の持ち主であるユウキ、私と同等以上の指揮を見せるランさん、キリト君を除けば攻略組随一の筋力値を誇るエギルさん、サポートに馴れているサチさんがいるから、ストレアさん一人のフォローは万全。
「なら、A隊、スイッチの準備をお願いしますッ! その次はB隊ですッ!」
「了解だッ!」
「承知しましたッ!」
であれば回復を待つのが無難だ。無理に投入せずとも、現段階でもある程度安定はしているのだから。
そう判断した私は、何時ボスが割り込んでくるか分からないので控えさせていた団長達を投入した。クラインさん達がソードスキルを放っている間に一通り《剣技連繋》を放ち終えたキリト君が、再び《ヴォーパル・ストライク》で突貫するのを見届けたから、暫くは大丈夫と判断したが故の投入だ。
また、ストレアさんが回復するまでE隊を休ませなければならないので、その代わりという意味でもある。こうすればE隊が回って来るのを少しでも遅らせる事が出来るからだ。
F隊の人数は《風林火山》だけだから六人、その五人目がソードスキルを打ち込んでいる間に、私はチラリと怯んで一方的に叩かれ続けているボスのHPゲージに目をやった。《風林火山》他、プレイヤー一人が与えているダメージ量はやはり少ないが、キリト君が極限まで集中しなければ出来ない《剣技連繋》を何度も成功させてくれているので、既に四本目にゲージの減少は突入している。
この分では、あと部隊を一周すればこれ以上の被害無くボス戦を終えられるだろう。
「皆、あと少しで倒せますッ! だから連繋を絶やさないようにッ!!!」
「「「「「おおッ!!!!!!」」」」」
撤退不可、致死の一撃という今までにないボス戦ではあるが、それでもHPの減り方はキリト君が排斥に遭っていた半年ほどのボス戦よりも相当速い。死者が二人出てしまっているのは哀しいが、第三クォーター―ボス相手にしている観点からすればこれ以上死者を出さなくて済むというのは大きい。
攻略組という事もあって自分達のハイレベルによる強さを理解しているからこその恐怖、それを上回る程の希望が見えて来た事で、レイドは一斉に沸き立った。
「あっ、しま……ッ?!」
その沸き立ちと同時、ソードスキル連続発動で十秒以上も空中に留まっていたキリト君が声を上げた。視線を向ければ蒼い四角形の斬閃がパッと散った後、彼の右手に握られている黒い片手剣から光が喪われても、左の剣に別の光が灯る事無く、不自然に彼の体が硬直したのが見えた。
どうやらとうとう初の失敗で連繋させられなかったらしい。
「団長、入って下さいッ!!!」
「了解したッ!!!」
しかし幸いだったのは、《風林火山》の六人目がソードスキルを放っている途中であった事。
もしも放ち終えていたらと考えるとゾッとする。
タイミングがズレたので多少慌てはしたが、指示通りに団長はすぐさま入って、剣と盾によるコンビネーションの連撃を叩き込み始めた。剣による斬撃と刺突、盾による打撃属性の殴打を組み込んだ《神聖剣》最上位の十連撃ソードスキル《アカシック・アーマゲドン》だ。
一撃一撃を踏み込みながら、痛烈な勢いで叩き込んでいくその様は、正にタンクの極みと言える重みとトッププレイヤーと言える鋭さの剣劇だった。
団長が攻撃を始め、それにA隊のタンク四人が続き、B隊のアタッカー勢が前進を始める。それに対して地面に着地したキリト君は、一旦私の下へと下がって来た。
「悪い、繋げるのに失敗した」
「大丈夫、こっちも連撃を入れてるから。それに凄く難しいって聞いてたから予想してたよ」
ばつが悪そうな表情で謝罪して来たキリト君に、私は他の面々が入るタイミングを見計らいつつ、すぐにそう返した。実際彼の技の原理を知って《細剣》と《体術》のソードスキルで練習した経験がある身からすれば、むしろ何十回と連続して成功させている彼の方が凄いのだ。
それに彼は体勢を整え辛い空中でそれを続けていた。
空中だと体の前後、剣の構えを取るのにどうしても踏ん張りが利かない事から難関を極めてしまう。キリト君を始め、ユウキといった感覚的に鋭い剣士なら割と空中ソードスキルというものは放てているが、普通あそこまで自然な発動は出来ない。
それを知っているからこそ、キリト君の失態は取り立てて責める事では無いと私は判断していた。
そこで一度前線に視線を戻すと、団長がソードスキルを終え、二人目の《血盟騎士団》の盾剣士が入ったところだった。一応順調なようだ。
「まだ大丈夫ね……ストレアさんは……」
次に私は、唐突に不調となってダウンしたストレアさんはどうなったか気になって、視線を向けた。
そんなすぐに回復するとは思わないが、あの地下迷宮で大いに暴れられる実力を有している貴重な戦力だから、抜けられ続けるとそれなりに不安が残る。それにいきなり不調になったなら、多分回復も唐突だろうから、ある程度細かく把握しておかなければ連繋に組み込みにくいという事情もある。
指揮を執っている立場故の苦慮を抱えながら視線を向けた先には、思った通りまだ苦しそうに蹲っているストレアさんの姿があった。ランさんはこちらの様子を窺っているし、ユウキやサチさんも歯痒いながら心配して動かないように、エギルさんも何時でも出られるようにしつつ心配している素振りを見せていた。
まだ今暫くは回復しないだろうと判断した私は、続けて視線を私の隣まで一旦後退したキリト君へと移した。彼は私の指示を待っているかのように視線を向けて来ていて、互いの瞳を見合う形になる。
「入れそう?」
「ああ」
もう大丈夫なのかと言外に短く問えば、彼は真剣な面持ちで即座に頷きを返す。
それを見た私は、ボスの残りHPとスイッチしながらソードスキルを続けている面々へ視線を移す。ボスのHPはもう危険域の赤に染まっていて、ゲージも最後の一本に入っていた。スイッチしている隊も、何時の間にか私の指示無しでB隊になっていて、次のC隊とD隊も準備万端とばかりに武器を構えている。
最初に一本削り切った事を考えれば、むしろ失敗すると隙が大きくなる《剣技連繋》をしてもらうより、《ⅩⅢ》に登録している打撃属性武器を剣林弾雨とばかりに落としてもらった方が、より確実ではある。怯ませるなら《無限槍》のソードスキルであろう《バレットランス》系を使ってもらえばいい。
既にかなり働いてもらっているからこれ以上無理を強いたくはないという心情、そして遠距離から攻撃してもらう方がより安全だろうという判断が合わさったため、私はそれを伝えるべく口を開いた。
「《剣技連繋》はもういいので、《ⅩⅢ》で打撃属性武器、あるいは《無限槍》のソードスキルで後方支援に徹して下さい」
「……分かった」
一拍ほど間が空いての返事だが彼の表情は不満のそれではない。言葉にしていないこちらの意図を読んだ上で納得する、それに要した時間が一呼吸だったのだ。そう考えればそれだけの短さでよく思考を回転させられるなと舌を巻く思いである。
後方支援に徹してもらう意図は、彼の安全を図る為だけでなく、全体を俯瞰する事で彼がリカバリーに動きやすくしようという意図もある。それはそれで無理を強いるのではとも思うが、これ以上死者が出た場合の事後処理を考えれば、疲労は休めば回復するだけマシだろう。死者は寝ても戻って来ないし、何をしても蘇らせられない、取り返しのつかない事なのだから。
レイド全体の士気の事、何よりもクリアの為に文字通り心血注いで身を粉にしている彼の心の為に取れる最善手がこれだった。
それを一呼吸で汲み取った彼は、毅然とした面持ちでいよいよ残すところゲージ半分を切って緊迫感が増し始めたボスに顔を向け、一度静かに目を閉じた。
戦場で目を閉じるなど自殺行為に等しいが、むしろ彼の場合は攻撃するには極限の集中力が必要だからしている。
彼が目を閉じて二秒が経った時、頭上の中空に無数の武器群が出現した。それらは片手棍と両手棍の集まりで、第七十五層のNPC武器屋で売られている普遍的且つ画一的なデザインのもの、他の武器は攻撃力がそれより低いのと喚び出す際の同時イメージがし辛いから除外したのだろう。
片手剣や細剣が一つも無いのは、打撃属性武器と私が指定を掛けたからか。
これまでの原始的な戦いから一転、知ってはいてもあまりにも埒外な光景に息を呑んでいる私の眼前で、それらを使役する黒衣の少年が目を開いた。それから右手から提げていた黒剣を床に突き立て、フリーになったその手をゆったりと持ち上げる。
自分達に覆い被さるように展開された頭上の影に気付いたレイドメンバーは、ある人は驚愕に固まり、ある人は畏怖で身を強張らせ、またある人は心強いとばかりに笑みを浮かべるなど、それぞれが特有の反応を見せた。
けれど、それらは全て、今の彼には意識の外に置かれている。
「合図を」
追い詰められているボスに鋭い視線を向けたまま、彼はそう言ってきた。
この戦いの指揮を執っているのは私だから、攻撃も遊撃などを除けば私の指示を下にするのが基本。だからキリト君も今は私の指示待ちになっているのだ。
信頼してくれているようで、信用を預けてもらっているようで嬉しいと胸中で喜びの声を上げつつも、顔は真剣味を帯びた表情でしっかり固定している。流石にこの場で不真面目な態度を開けっ広げにするのは躊躇われた、状況的にも性格的にも。
彼が見ていないと分かっていながら黙って頷いた私は、彼が攻撃するタイミングを見極める為に、共にボスへ視線を向けた。どうやら前線で戦っている者達もこちらの意図を何となく察したらしく、私の指示が無くてもスイッチが円滑に進むよう、各隊のリーダー同士で目配せや短く言葉を交わし合って備えていく。
「カウント五秒で落として下さい……三……二……一……」
――――零
最後の数字を口にしたと同時、あるいは言い終える寸前、彼は持ち上げていた右手を振り下ろした。
それはイメージを固める彼なりの工夫。想像が狂えば一気に制御を喪って暴発する恐れがある《ⅩⅢ》をしっかり制御し、自らの力として、武器として扱えるようにする為に彼が考案した動作。
それ以上でもそれ以下でも無い、システム的な意味も一切無い動作だけれど、それをするだけでボスを圧殺出来るだけの武器の軍勢を一斉に襲い掛からせられるという、見た目以上の意味が込められている動作。
それがトリガーとなって、空中で静止していた二種類合わせて二千に届こうかという膨大な数の片手棍と両手棍が、ソードスキルのスイッチ連繋で一方的に叩きのめされている《The Origin Reaper》へと襲い掛かる。
装備状態となっているのでキリト君の凄まじいステータスを加味した攻撃力を秘めるそれらは、それでもソードスキルによる攻撃では無いので、ボスを怯ませる事は出来ないし、威力もレイドメンバーが放っているスキルに較べれば断然劣る。
しかし塵も積もれば山となるの典型例で、一撃は確かに微量に過ぎると言えど、それが数百数千と積もれば途轍もない総ダメージ量となる。
ボスをノックバックから回復させないよう必死にスイッチからソードスキルへ繋げているレイドが与えているダメージをほぼ一瞬で超えてしまうのも、残すところ三割程となっていたボスのHPを一瞬で削り切ってしまったのも、半ば自明の理であった。
***
ハイレベルプレイヤーを一撃死させる脅威の攻撃力を有していた《The Origin Reaper》を倒し、各々にリザルト画面、そして赤から再び薄暗い闇へと戻り始めた部屋の中央で《Congratulations!!》と表示されているのを見て、終わったと判断し、力を抜く。
第七十四層がタッグボスだったので、二体目が出て来るのではと警戒していたのだ。オリジンリーパーの定冠詞が大文字を含んでいたので無いとは思っていたが、第二層のボス達だって大文字があったから、油断大敵だと気を引き締めていた。
結果的に杞憂に終わったので良かった。
…………まぁ、ボク達はストレアの不調でスイッチ連繋に入る事が出来なかったけど……
「ふぅ……キリト君、何人亡くなった……?」
最も硬いタンクとしてナンの《ヒールブレス》とポーションによる回復をした一度を除いて最前線に常に出張っていたヒースクリフさんが、安堵の息を吐き、緊張を解く。それからキリトに問い掛けた。
キリトは二剣を鞘に納めた後、ナンを左肩に留める。それから右手を振ってメニューを呼び出し、マッピングされたボス部屋に存在するプレイヤーの蒼い光点を数え始める。
この部屋に入ったのは全部で四十人と一匹。ナンの分があるので合計で四十一個存在する筈だ。
「……二人だ」
「二人……あの時の彼らか……」
ヒースクリフさんが渋面を作る。あの二人は、この人が攻撃を防いだもののすぐに横へ抜けられて一撃で斬り殺された二人、多分責任を感じているのだろう、なまじ《血盟騎士団》の団員だから尚更だ。
彼らを率いていた団長は静かに瞑目し、黙祷を捧げ始めた。後で粛々と葬儀が執り行われる事になるだろうが、簡易的にでも冥福を祈りたいと思ったのだと思う。
「……ヒースクリフさん」
その男性に、静かにディアベルさんが声を掛けた。
今回の死者はたった二人、第三クォーターであの脅威を考えるなら少ないと言えるが、死者ゼロを目指して戦っているボク達からすれば、これは戦いには勝っても勝負に負けたも同然。
更に言えば自分が率いていた者を亡くしたのだ。どう声を掛ければいいか、迷うのはおかしい事では無い。
「……うむ。皆、ご苦労だった。《血盟騎士団》から二人という犠牲者を出してしまったが、一先ず第三クォーターを踏破し、我々は生き残る事が出来た。彼らの犠牲を忘れず、これからも戦って行こう……それと、良ければ皆には、後で開く葬儀にも参列願いたい。共に戦った者達から勝利の報告を齎されれば彼らも少しは報われると思う」
「行くに決まってるぜ。アイツらは一緒に命を懸けて戦った仲間だ、しっかり見送ってやろうや」
ヒースクリフさんの静かな頼みに、真っ先に応じたのは義に篤いと言われている紅い侍クラインだった。目が潤んでいるものの笑みを浮かべ、葬儀への参列の意志を示す姿は、尊敬出来る男の人の姿だった。
葬儀を行う事は幸い十回にも満たないが、既に犠牲者は五十人以上に上っている。第一層の頃から戦ってきたボク達は、既にその道中で果てた者達を五十人以上見て来て、別れを告げて来た。
何時まで経っても、何度経験しても、死に別れる感覚には慣れない。たとえあまり親交が無かった人だとしても、誰かの死なんて見たくない。親しい人なら尚更に。
さっきのボスは、本当に全滅してもおかしくない存在だった。それを二人という犠牲で倒せたのは皆が力を合わせたからだ。キリトも頑張っていたけど、今回は皆もスイッチで交代しながらソードスキルを繋いでいく戦闘方法が主軸だった。
極限の死を前にして、誰もがしがらみを捨てて結託したのだ。キリトも、キリトを敬遠していた人も、ボク達も、誰もが。
まるで第一層ボス戦の時のように。
――――だからこそ、ボクはそれに参加出来なかった事が悔しかった。
今回のボス戦では何一つ役立てていないのだ。サチが《ゲイ・ボルク》を放ったのも姉ちゃんの指示があったからだし、ストレアとエギルは最初にキリト救出に活躍している。
ボクだけ何もしていない。
ストレアの体調さえ崩れなければ、と恨み言は胸中にだけ仕舞っておく、口にしても非生産的過ぎるし最早過ぎた事なのだから。
「……ユウキ? どうかした?」
「姉ちゃん……」
沈んだ気持ちで、皆とは別の意味で勝利を喜べていないボクを見て、姉ちゃんが心配そうな顔でそう問い掛けて来た。
「はは……ボク、今回の戦いで碌に何もしてないからさ……」
「……」
隠しても仕方ないし、半ば無理矢理にでも聞き出そうとしてくるのは目に見えているので、素直に心情を吐露する。
それを聞いた姉ちゃんはすぐ真剣な面持ちになった。
「いいえ、それは違うわ。ユウキはちゃんと役目をこなしてた……確かにダメージという点では何もしてないかもしれないけど、撤退出来なくなった後、あなたは皆を励ましたじゃない。あれがどれだけ皆の救いになったと思っているの?」
「あれは……正直、姉ちゃんやエギルでも出来る事だし……」
「そいつはちょっと違うな」
弱々しく返せば、すぐ近くにいたエギルが言葉を挟んできた。そちらに顔を向けて見上げれば、エギルは真剣な面持ちで、けれどどこか優しくボクを見ていた。
「俺だってあの時は動転してた。けどよ、それをユウキの声が止めてくれた。明るく振る舞ってるのは分かったがそれをしてでも落ち着かせようという気持ちが、俺達に平常を取り戻させたんだ。誰にでも出来るかもしれねぇが、それは所詮たられば話で、俺達はユウキに救われた。それは事実だ」
「だから何もしてないなんて事は無いのよ……ユウキは、そこに居るだけで、私達に勇気をくれるんだから」
そう言って、姉ちゃんはボクを抱き締めてくれた。ぎゅっと優しく抱擁を受けたボクは、姉から漂う落ち着く香りと柔らかな感触で、ほっと体の緊張が一気に解れ始めたのが分かった。
「……ふふ……うん、ありがとう…………ところで姉ちゃん、それ、掛けてるつもり?」
「え? …………あっ」
「自覚、無かったんだね……ありがとう」
キョトンとして、すぐ気付いて頬を赤く染めた姉を見て、笑わせるつもりでは無く本当に本心で言ってくれているのだと分かって安心した。安心し過ぎて、優しくしてもらえて、涙まで浮かぶ程だ。
どうやら死の恐怖を無意識に感じて怯えていたようで、ちょっと不安定になっているようだ。しおらしいなんて普段のボクらしくない。
そういえばストレアはどうしたのだろうか、と羞恥を誤魔化すように視線を周囲に動かせば、まだ頭が疼いているのか彼女は未だに頭を押さえていた。頭痛持ちなのだろうか。
そうして視線を周囲に向けていると、レイドメンバーが――勿論キリトやヒースクリフさん、アスナにサチも――ボク達を温かい目で見詰めているのが視界に入って、更に恥ずかしくなってしまう。かなり真面目な話ではあったが、女子同士で抱き締め合っているというこの構図は、ちょっとアレなのではと思わないでも無い。
……まぁ、突き返すつもりが無い時点でどうこう言っても遅いのだが。
ここに居る人達なら変な噂は流さない筈だ、流すとすればきっとアルゴだろう……と、恐らくボス部屋前で締め出しを喰らっている筈の人物を思い浮かべている正にその時、重苦しい重低音が耳朶を打った。
この部屋に入る為に開けた時と勝手に閉まっていた時の二度響いた音と同質のそれ。
慌てて姉ちゃんとの抱擁を中断して顔を向ければ、消えていた筈の大扉が再出現していて、それがゆっくり動いているのが分かった。
「お、おおっ! やった、扉が開いていくぞッ!」
「まぁ、ボスを斃したんだから、そりゃ開くわなぁ」
リンドが喜びの声を上げ、エギルがそれに応えるように独白する間も、何もレリーフが彫られていない大扉は部屋の方に扉を開きながら口を開けていく。正に第七十五層迷宮区へと戻る道が開いたのだ。
これは本当に二体目のボスモンスターが出ないという証である。
反対側を見れば、高い位置に存在する扉からこちらの床に向けて階段が伸びて来ていた。これで第七十六層へ向かえるという訳だ。
「はー……一時は本当にどうなるかと思った……団長も、お疲れ様です」
「うむ、お疲れだ、アスナ君。見事な指揮だったぞ」
「いえ……犠牲者が出てしまいましたから。私もまだまだです」
「あの状況では私の責任だと思うがね……精進するのは良い事だが、あまり根を詰め過ぎないようにしたまえ。君はよく頑張っている」
「……ありがとうございます」
少し視線をずらせば、血盟の団長副団長組が互いを労い合っていた。
こうして見ているとヒースクリフさんとアスナは結構良いコンビかもしれない、どちらも権力に興味が無くて有事の際にしか振るわない主義だし、上司としてはこれ以上無いくらいだろう。強い上に現場主義だし。
「ふぅ……帰ったら何しようかな……」
今回は一切攻撃行動をしていないので本当に雀の涙ほどしか経験値が入っていないし、ドロップアイテムも皆無だからどんなレアアイテムが手に入ったかを楽しみにする事も無い。ボス戦が終わった後はそれらが楽しみとなっていたが、それが無いとなると些か時間の使い方に困ってしまう。
現在時刻は午後二時半。回廊結晶でこっちへ来たのが確か二時で、突入も事前に準備をしていた事から大差無かった筈なので、第三クォーターでありながらおよそ三十分しか時間を要していないという短時間攻略を成し遂げた事になる。
「新しい街の散策をしようかな……」
楽しめる事と言えば、転移門をアクティベートして《街開き》を行った後、新たな街の散策をするくらいだろう。骨董店を回ったり、料理店を回るくらいでもそれなりに時間は潰せるか。
しかし面倒なのは人が多い事。ファンがいるのは嬉しいのだが、それで色々と接触を図られるのは嫌だから、あまり人気が多いところには行きたくないというのが本音である。行くならせめて見知った顔で大人数が良いなぁ……
「お、おい……何だあいつ等?! 第二レイドじゃないぞッ?!」
「「「「「ッ?!」」」」」
誰かが上げた驚きの声に、第二レイドを驚かせてやろうと思っていたボク達は愕然として慌てて殆ど開き切った入り口の扉へと視線を向けた。
そこに居たのは、確かに第二レイドでは無かった。各プレイヤーのギルドタグに一つも《血盟騎士団》、《聖竜連合》、《アインクラッド解放軍》のものが無い上に、全てのカーソルがオレンジ色をしていたからだ。扉の前に揃っている数はパッとでは分からないが、今回の偵察戦に匹敵するくらいの人数はいる。
その中で一人だけ、グリーンカーソルのプレイヤーが居た。
それは、キリトにとって因縁の怨敵。白銀の胸鎧に白尽くめな革製の外套と衣類に身を包んでいる青年。その背には何故か、以前のデュエルからキリトが持っている筈の白いエリュシデータが吊られている。
【白の剣士】アキトが、オレンジプレイヤーの軍勢を率いて、そこに居た。
はい、如何だったでしょうか。
一応最初に言っておきます。
アルゴは死んでません。
詳細は後の話でキチンと語られるので、今はこれだけ。ちなみに囚われたという訳でも無いです。
次にストレアの変調について。
これはゲームをやっている方ならちょっと思い当たる事があるでしょう……ただし、違っているのは発症時期。現時点でまだあのお方の姿は無いので原因が別なんですね。
そもそも現時点でストレア居る方がおかしいんですが。
今後に関わってくるので、今はここまでで。SAOを知らない、ゲームはしていない人も居るでしょうからね。
もう少しで新章開幕となります。お楽しみ頂けていれば幸いです。
では、次話にてお会いしましょう。