インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

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 どうも、おはこんばんにちは、黒ヶ谷・ユーリ・メリディエスです。

 骨肉の争い(親類縁者での殺し合い)という訳でこう付けました。ちなみに前・中・後編構成。長かった……( = =) トオイメ

 さて、今話の視点はちょっと特殊。ISから原作一組副担人《山田真耶》、担任実姉《織斑千冬》、そしてユウキと移り変わります。

 何故この二人を入れたかと言うと、ここ最近感想で色々と予想されているからですね。何れ描くと言っていたのでそろそろと思って急遽描写。本作でのIS学園の設定を幾つか、あとは秋十の状態と千冬の心情について語ります。麻耶のは要らないかも……?

 そして安定のユウキ視点。やっぱ実力ある設定のキャラが観戦者だと地の文で解説出来るから楽です。なお、中編、後編でもユウキ視点はあります。

 お陰で男勢がMore DEBAN村民になりそうな勢い……(汗)

 文字数は約二万二千。

 ではどうぞ。



第五十六章 ~死闘:骨肉の争い前編~

 

 カタカタカタカタ、と両手の指を軽やかに躍らせてパソコンのキーボードを高速でタイプしていく。

 一昔前のキーボードはボタン一つ一つが高くせり上がっていて、それなりに強く押し込まなければ入力出来なかったのだが、ここ最近のは軽く指を置いただけでも反応するくらい高感度且つ高性能になっているから、作業をしやすく感じる。最初の頃はほんの少し当たっただけでもタイプした事になってしまっていたから困ったものの、慣れた今となってはこれくらいでなければやり辛いと思うくらいだ。

 少なくとも作業を続行出来る時間は長引いているので、このボタンが薄い型のキーボードは、自分にとってとても大助かりだった。

 

「ふぅ……」

 

 脳内で打とうとしている文章を考え、それを口にするまでもなく即座に文章としてPCウィンドウに打っていく作業を続けた末に、漸く完成した為に一息吐く。

 

「これで、一先ず少しはゆっくり出来ますね……」

 

 今作成したものは、《山田真耶》である私が副担任として受け持っているクラスのとある授業で使う小テストのプリント。

 使う予定の授業はまだ一週間ほど先ではあるが、自分は事情があって色々と用事が唐突に入ったり、雑事を回されて手を付けられない事が多い。そのため予め作っておこうと考え、こうして空き時間を利用して作成していたのである。去年使ったものもあるにはあるが、それに付け加えたものを作っていた。

 今日は午前中のみ授業を受け持っていて、午後の時間は空いていたので、こうしてプリントを作成する作業に没頭出来た。これで午後にも授業があったらそれの前準備をしていたからこうはいかない。

 

「せめて日曜だけでも暇だったら嬉しいんですが……」

 

 二時間近くPCで作業し続けていた為に疲れた眼を眼鏡を外して揉み解す。鬱滞していた血流が再開通したようにじんわりとした熱を感じて気持ちいい。

 それもこれも、PC作業の大半を自分に任せる担任のせい――――

 

「――――と、思いたいところなんですけどねぇ……」

 

 生憎と、私の上司に当たり、且つ同じクラスを持っている担任に当たる教師には特殊な事情がある。

 その教師の名前は《織斑千冬》。今や世界で知らない人はほぼ居ないに等しいだろうと言えるくらい、少なくともIS関係者なら知らない訳が無いと言える程の著名人の片割れ、IS操縦者の中でも折り紙付きの腕を持つ最強のIS使い《ブリュンヒルデ》と呼ばれている女性だ。本人はその二つ名を伝説から嫌っているようだが。

 彼女と自分の関係は他の人達に較べて些か特殊だ。ただ同じ職場に属する者同士、と言うには少しばかり私は彼女の内側に踏み込んでいるのである。

 IS操縦者は国家に帰属するのが基本原則とされており、ISを扱うにもライセンスが必要となる。最も知られているのは国家代表生という肩書きだろう。

 国家代表生は、各国家につき一人ないし二人任命される本当に狭き門を潜り抜けた者にのみなれる立場。彼女はその代表生として、かつて二度開催された《モンド・グロッソ》というIS操縦者の世界大会に出場し、二連覇を果たしている。

 自分は第二回大会の折、国家代表候補筆頭生として射撃部門に出場し、最優秀成績を残している。接近戦は少し苦手だが、射撃を絡めた中・遠距離戦ならそれなりの自信はある。流石に剣林弾雨の中を剣一本で掻い潜る程の能力を持つ先輩――織斑千冬の事――には敵わないけれど。

 ともあれ、国家代表生の彼女と共に代表候補筆頭生として第二回大会に出場したので、彼女と私は先輩後輩という間柄にある訳だ。現在は教職に就いているので《織斑先生》と呼ぶよう言われている。

 

 ――――私と先輩が教鞭を振るっている、と言っても、厳密に言えば私達は教員免許を正式に取得している訳では無い。

 

 否、恐らくこの学園に在籍している教員の殆どは持っていない。無論キチンと取得している人も居るには居るが、そういう人は一般教養科目を教える為に雇用された人、ISの専門知識を教える人では大抵持っていない筈だ。

 私が所属している学園の名は《IS学園》。

 東京都の沖合に作られた人工島の上に建造された学園で、2024年現在、この学園は創立2年目を迎える。

 一学年につきクラスは四つ。一クラスにつき学生は三十名。全校生徒は二年目という事もあって二回生までしかいないため二百四十名。教員は総勢三十余名となっている。

 その名の通り、女性にだけ扱えるマルチフォーム・スーツ《インフィニット・ストラトス》の操縦・調整・研究・開発について学ぶ専門機関。各国から難解な筆記テスト及び実技試験――こちらは操縦のセンスを問うもなので勝敗は無関係――を受け、合格した、狭き登竜門を潜り抜けて来た女子だけが通える高等専門学校だ。

 その内の一つ、一年一組を織斑先生と私はそれぞれ担任と副担任を受け持っているのだが、先に言った通り教員免許は取得していない。

 これはこの学園が所謂治外法権の場所に当たり、日本国憲法の範囲外にある為。『高等学校過程を修了しており、代表候補生以上の肩書きを持ったIS操縦者であった事、且つ正式な教員免許資格を得る為の試験を通った者』がこの学園のIS関連指導教員になり、後輩にあたるIS操縦者の卵達を指導している。

 本当なら教員免許を持っていなければならないのだろうが、これはISがあまりにも唐突に世に出され、日本を含めた各国が混乱してISを得ようとした事に原因がある。あまりにも各国がISを早くに受け容れすぎ、しかもそれの実用化に動き出したせいで、教員の育成が間に合わなかったのだ。

 この学園は高等学校ではあるが、ISの基礎及び専門知識を学び、操縦についても知らなければならない以上、教える側もそれを熟知していなければならない。そうでなければ大怪我をしかねないし、最悪死亡事故にも繋がるからだ。ISは身に纏う装備であると同時に重作業用車両と言ってもいいくらい危険な代物なのである。

 だが、ISの受け容れが早過ぎて、それなのに《モンド・グロッソ》という大会に向けて育成をしようとした為に、教員としての下地を整える時間が無かった。

 《モンド・グロッソ》で華々しい勝利と新たなエンターテインメント、スポーツ選手のような華やかな姿に心惹かれた少女達は、こぞってIS操縦者になろうとした。

 無論、ISは知識も持たずに動かせるものではない。いや、知らなくても動かせる部分もあるにはあるが、しっかりと基礎知識を持っていなければいざという時に対応出来ないし、精密機器でもあるのだから大雑把な理解では大問題に発展しかねない。知識をしっかり理解へと落とし込む必要がある。

 しかし教える側が整っていなかった。知識、経験共に各国家代表生及び代表候補生は充実しているのだが、そういうIS操縦者の第一、第二世代と言える者達はそちらに時間を掛けていたから、教員免許など持っている筈も無かったのだ。勿論訓練に忙しい為に大学にも通っていない、高校を卒業した後は政府直仕えの公務員紛いだったため就職も同然だ。

 逆に教員免許を持っている者達は、日々を教鞭を振るう事に費やしているのだからIS操縦者としての訓練などしている筈も無い。

 なので、高等学校まで修了している者であれば基礎的な知識と教養を持っているだろうと強引に判断して、国際IS委員会はそこまでの過程を修了している者で、更に代表候補生以上になれる程の知識と実力を併せ持ち、同時に教員免許を持った者が通る試験を通った者に教員として働けるようにしようと、IS学園でのみ通じる規定を作り出したのである。その一人が私《山田真耶》な訳だ。

 担任の織斑先生に関してはもう少し複雑だ。

 彼女はIS業界では知らない人は居ない程の有名人であり、ISの操縦に関してはその強さが示しているため、誰も文句を言わないし、言えない。だからこそIS学園に於いて指導するように持ち掛けられたのだという。彼女の指導を受ければ入学してきた生徒も強くなり、各国の代表生になる可能性も高まるという考えもあるのだと思う。

 それよりも、きっと篠ノ之博士に対する抑止力として置いておきたいのだろう、と先輩は言っていた。

 ISの生みの親であり、現在は行方を晦ましている篠ノ之束博士。世間では天災と言われている人物で、その人格は酷く手前勝手且つ自分の事しか考えず、周りの迷惑は完全度外視な人らしい、先輩曰く。

 その人は何をしでかすか分かったものでは無いのだが、彼女が認めた人の意見だけは一応耳を傾けるのだという。聞き入れる、ではないところがミソで、博士本人が興味を持った人物以外には路傍の石を見るような眼で見て、冷たく反応するらしい。むしろ反応するのは良い方で、基本的には完全に無視、それ以前に声すら認識されていないという酷さだという。

 そんな人だからこそ、先輩を一先ずの抑止力として置いておき、何か博士がしようとした時に止める為に動かす腹積もりなのだろう、と以前先輩は酒の席で話してくれた。

 そんな事情があるので先輩に関しては試験は受けずに教員として此処に就職する事になった。勿論給料も普通に貰っており、彼女は『何だか微妙な気分だ』と口にしていた。

 それが私や先輩を始め、教員免許を得る為の過程を踏んでいないのにIS学園にて教鞭を振るっている経緯。

 そして、先輩にある複雑な事情というのは、これらとはあまり関係の無い話。

 

 

 

 先輩には、二人の弟さんが居た。

 

 

 

 上の弟さんは織斑秋十と言い、下の弟さんは織斑一夏と言った。

 今からおよそ三年ほど前にあった第二回《モンド・グロッソ》にて、私はその二人の少年と、一度だけ短い間だが顔を合わせていた。

 その後、下の弟である一夏君は何者かによって攫われて行方不明。秋十君だけが這う這うの体で生還、彼らを捜索していたドイツ軍によって保護されたという。

 秋十君とはそれ以降会っていないが、先輩の話によれば最近まで元気ではあったらしい。あまり顔を見に帰っていないように思えたが、自分が気付かない内に何度か帰っていたのだろう。

 個人的に、多分部屋の掃除なのかなぁと思っていたりする。先輩、基本的に家事全般苦手としているようだし。仕事机やロッカーの中は綺麗だから整理整頓が出来ないという訳では無いようだけど。

 ともあれ、つい最近になってその秋十君が昏睡状態になったと、先輩が惑乱した様子で話してきた事があった。

 原因は不明。連絡が無い状態で登校していなかった為に学校側が先輩へ連絡し、家へ戻ってみれば中学の教員と合流。一緒に上がってみれば、《アミュスフィア》を被った状態で眠っていたのだという。

 最初はただ時間を忘れて遊んでいるだけかと思ってそれを外そうとしたらしいけど、そのタイミングで《SAO事件対策チーム》を名乗る役人から電話が掛かり、何故起きないのかが判明した。

 秋十君は、何故かSAOに囚われていたのだ。

 

 ***

 

 ピッ、ピッ、と無味乾燥な電子音が室内に響く。

 そこまで変わっているとは言えない、むしろ中高生にしては綺麗に片付けられている一室の中に不釣り合いな電子音は、その対象となっている者の心音を知らせる機械の音。この規則的なリズムが喪われ、延々と音を鳴らし続けたその時、その者は死んだ事を意味する。

 それは嫌だと、胸中で叫ぶ。

 ベッドの上でバイザーを思わせる円環型機器《アミュスフィア》を装着して眠っているのは、自分の上の――――あるいは唯一となった弟《織斑秋十》。

 秋十はおよそ半年前、私が食費や家の維持費とは別に渡していた小遣いを貯めて、《アミュスフィア》と大人気らしいVRMMORPG《アルヴヘイム・オンライン》というゲームソフトを購入した。

 最初それを知った時、デスゲームとなったSAOに私の血を分けたもう一人の弟である織斑一夏/桐ヶ谷和人が囚われていたから、猛反対した。

 基本的に世間の情報を集めない私からすれば、安全性を謳われているらしい《アミュスフィア》も、悪魔の機械《ナーヴギア》と大して変わらなかったのだ。一夏/和人のように、眠ったまま起き上がらなくなるのではないかという危惧があった。心配だったのだ、秋十まで昏睡状態になるのではないかと。恐らくSAO事件が身近な者であったなら誰でも抱いた危惧だと思う。

 その危惧があったからVRMMOをするのは反対したのだが、秋十の猛反発を受け、そういう問題は起こっていないなど色々と強く説得されたため、私も渋々折れた。

 SAOのベータテストも本製品も狙っていたのに手に入れられなかった――結果的には良かった――から、それだけ楽しいと言われているVRMMOを知って衝動を抑えられなかったのだろう、と納得する事にして。

 逆にあいつはSAOに囚われているから何とも言えないのだが。

 秋十は何故か新たな虜囚となっているし。

 

「絶対安全は何処に行ったのだ……」

 

 そう口から洩らしつつ、恨めしげに頭部に装着している円環を睨む。

 《アミュスフィア》を作成したのは、大手電機企業メーカー《レクト》の子会社にあたる《レクト・プログレス》。そこはどうやらVRMMOを運営・管理する事を目的に創設された会社だという。

 また、そこは秋十がプレイしていた《アルヴヘイム・オンライン》の運営会社だった。

 そこまで私も機械系に詳しい訳では無いが、しかしISを扱っている者として多少プログラムには強い方。ALOをしていた筈の秋十が何故かSAOに囚われている事の異常さは、全く知らない者に較べればそれなり分かっている方だと自負している。

 そもそもプログラム基幹が別なのだから、混線する事すらおかしい。回線がパンク気味でラグが発生するなら十分あり得るから納得出来るし、仕方ないとも思うが、別のゲームタイトルに乱入するという事態は明らかに妙だ。

 《ソードアート・オンライン》のメインサーバーと《アルヴヘイム・オンライン》のメインサーバーが同じなら、あるいはとも考えられる。

 だが現実としては別々に存在している。同時期、且つ同じ企業によって開発され、運営されていたならまだしも、作られた時期も製作した企業も別となれば、これはもう明らかに何か意図されたものだと考えてもおかしくない。

 秋十が通う中学――私の母校でもある――の教師と家の前で合流し、秋十の状態を見た時に丁度掛かってきた電話で、SAOに囚われているから起きないのだと《SAO事件対策チーム》のリーダーから教えられた後、当然ながらまず《アミュスフィア》の製作会社に問い合わせた。偶然そこがALOの運営企業でもあったのは僥倖と言っていいのか。

 《SAO事件対策チーム》のリーダーを伴ってALOの開発・運営の総責任者となっている男《須郷伸之》を問い詰めたものの、あちらも事態を把握していなかったようで、こちらの質問は満足に解消されはしなかった。どこか腹に一物ある人物だと思ったから白を切っただけかもしれないが。

 結局秋十がALOからSAOに移った原因は不明。

 しかも役人の話では、一夏の義理の姉を名乗った桐ヶ谷直葉までもが同じ状況にあるという。

 一件、二件程度の話だからそこまで共通性は無いが――――どこか、私の弟を狙ってSAOに入れたような気がしなくもない。直葉は織斑の血族ではないが、しかし一夏を拾って《桐ヶ谷和人》という名に改めた家の一人娘、関係性としてはある意味私よりも遥かに深いと言える。

 もしかしたら、和人が一夏である事を知った何者かが、あいつを苦しませる為に義姉と実の兄を入れたのか……

 

「……桐ヶ谷、か……」

 

 正直なところ、一夏が別の名を名乗っている事、そしてその一夏に義理の姉が居る事を、完全に受け容れられた訳では無い。

 あの義理の姉を名乗る少女に言われたように姉としてダメダメな自分だが、それでも両親が蒸発してからこれまで、中高生の身ながら家族を養うだけの金を稼いできたのだ。何故か残っていた通帳や預金カードのお陰でどうにかなった部分もあるにはあるが、自分が忙しく働き回ったからこそ、どうにか秋十と一夏を施設に預けなくて済んだと言ってもいい。

 だが、果たしてその行動が正しかったのかと、ここ最近は自問自答をしている。

 家族を養うために働き詰めだった事が間違いだったとは思わない。恐らくだが、そこに関しては批判されないだろうし、批判されたくない事でもある。あれだけ必死になったのが莫迦みたいだったなどと思いたくない。

 問題は恐らく……忙しさを理由にして、家族や周囲に目を向けていなかった事だ。

 少し気を付ければ、疑問に思った筈なのだろうが、私はそれをしなかった。

 高校を卒業していない身でありながら普通の大人と――――蒸発した憎むべき両親と何ら変わらないくらい、あるいはISの操縦者という事もあってそれ以上稼いで家族を養っていた事に、私は自己陶酔していたのだと思う。『これだけ頑張っているのだから、秋十や一夏も感謝しているに違いない』と。

 結果からすれば、それはとんだ大間抜けの思考。

 確かに、秋十と一夏を施設に預けなくて済んだ事は喜ばしい事だが、それはあくまで自分にとってはだ。あの二人の意思に関して私は確認した事が無い。そう、ただの一度もだ。

 普通なら親が居なくなった時点で親戚筋を辿るか、あるいは児童養護施設に片方ないし両方預け、どうにか生きていこうとしていた筈だ、預けたところで一生涯の別れという訳でも無いのだから。頻繁に会いに行けばいい話だし、恐らくそうしていたらあれだけ忙しいという事もなかったから可能だったと思う。まぁ、流石に預けた直後は忙しかっただろうが。

 だがそれをしなかった。預けたくないと、私が我が儘にも思ったからだ。

 あるいは、もうこれ以上家族を喪いたくないから、か。

 

 ――――一夏は恐らく覚えていないが、《織斑》一家は、一夏が生まれた時点であいつを含んで六人存在した。

 

 両親、私、秋十と一夏。これで五人。ここまでは一夏も普通に認識している――――筈だ。

 居ない一人は、一夏の姉。

 名前は《織斑円華》。

 秋十の一つ上であり、一夏にとってすれば五つ上の姉だ。秋十は面倒臭がったのでほぼしなかったが、マドカは姉心を擽られたのか、よく赤ん坊の一夏を構ったり遊んだりしてやっていた。幼過ぎて流石に憶えていないか、マドカの容姿が私に似ていた事から、私があやしていたと勘違いしているかもしれない。

 ちなみに、織斑家の特徴として名前には『千冬』、『秋十』、『一夏』のように四つの季節何れかの漢字と漢数字が入っているが、マドカだけは変則的で、『四季全てで華やぐ者』という意味を付けられている。要は特定の季節と漢数字に絞らず、全てを含めた名前という訳だ。なんとも贅沢な名前である。

 そのマドカが居なくなったのは両親が蒸発した時と同時。恐らく人身売買の為に連れ出したのだろうと私は推測している。まだ当時七歳ではあったが、七歳児にしてはとても身体能力が高かった――これは束のお墨付きだ――から、働き手としては十二分と言える。秋十は幼い頃から聡明だったから無理、一夏はたったの二歳児で却って手が掛かるから除外、私は既に育っていたからという判断だろう。

 とにかくマドカを喪い、本来拠り所であった両親も居なくなった事から、私は精神的に拠り所となる者を欲していた。

 それが秋十と一夏の二人だった。二人の為なら、と言って、実のところ自分の不安を和らげるためにしか思っていなかった訳だ。

 これを知られたら直葉に殺されかねないな、と思っている。

 だから直葉が一夏/和人の義理の姉と名乗っても、仕方ないと思った。完全に受け容れられた訳では無いが、受け容れない訳にもいかない。行方不明になってから一年以上経過しても家に連絡して来なかった時点で、少なくとも拾われてからSAOに囚われるまでの間に戻ろうと決めた事は無かったという事なのだから。

 

 ――――仮に、私の家族が一夏しか残っていなかったら、私は直葉の言葉を受け容れていなかったと思う。

 

 あの病室の前で私が引き下がれたのは、まだ心の拠り所である秋十が居たからだ。両親は蒸発し、マドカは連れ去られ、一夏も《桐ヶ谷和人》となって私の下を離れたが、私の下には拠り所である秋十が居たからまだ受け容れられていた。

 だが、と意識を眼前に横たわる秋十へと戻す。

 既に秋十がSAOへと混線して目覚めなくなってからおよそ一ヶ月が経っているため、対策チームのリーダーを名乗った役人が手配した看護師によって病衣に着替えされられているその体は、目に分かるくらい細くなっている。長年剣道を続けていて、今年の夏の大会にも出る予定で鍛錬を続けていたので平均的に見てもがっしりしていた体躯が今ではそれだ。

 対策チームや《レクト・プログレス》の者達によれば、《アミュスフィア》は《ナーヴギア》からバッテリーセルを外してその他安全機構を施したものらしいから、基本的な構造は同一。その気になればSAOに囚われている他の者達と同様に電子レンジの如く殺す事も可能ではあるという。コンセントを外しても、それを感知した直後に脳破壊シークエンスが起動し、《アミュスフィア》内にある僅かな電力を極限まで集中させ、延髄を破壊する可能性は否めない。故にこちらからのアクションは行えない。

 もしも……もしもあの役人からの電話があと数秒でも遅ければ、私は自分自身の手で、秋十を殺す事になっていたかもしれない。

 そう考えると背筋が凍るような思いだ。

 一夏が最早私の下から去った以上、残された家族は秋十のみ。何時までも拠り所にする訳にもいかないのは分かっているが、自分はこれでも精神的に脆い部分があると自覚している、秋十までもが居なくなったら今後まともに仕事が出来るという自信が無い。仕事をこなせているのは、その給料で家族を養っているという自覚を持っているからだ――――代表生時代の給金の貯金でも十分養えるのだが。

 自分一人になれば、恐らく……酒に溺れる自堕落な生活を送る事になるだろう。

 

 

 

 ――――今はもう、お前だけが私の拠り所なのだから、お願いだから生きて還って来てくれ。

 

 

 

 そう祈りながら、ふと思う。

 一夏が誘拐されたあの時、秋十は自分だけ命辛々逃げ延びて来たのは当時の時点で本人から聞いている。

 直葉は恐らく知っているのだろう秋十の行動を『捨てた』と表現していたが、流石に無手で武装した傭兵稼業の集団に挑むのは愚策だから、仕方ない側面もあると思う。幾ら秋十が武道に強い方だからと言っても限度がある。

 束も逐一監視していた訳では無いから流石に当時の現場は見ていないと言っていたし。

 そして秋十が囚われたSAOには、一夏/和人も居る。

 

 ――――もしかしたら、兄弟で力を合わせて戦っているかもしれないな。

 

 一夏が赤ん坊の頃からそこまで親しそうでは無かったが、それでも兄弟だ。いがみ合いこそすれ、デスゲームという状況なら協力くらいはするのではないかと思う。秋十の方が些か難があるのでそこが心配だが。

 内部の状況が分からないから何とも言えないが、そうであって欲しいと私は思っていた。

 

 ***

 

 キリトが二歩目となる左足を床に着けた瞬間、白尽くめの神童が距離を詰める為に地を蹴った。

 距離を詰める速度は決して遅くない。スピードアタッカーという評判通り、アスナ程では無いにせよそれでも中々のもの。以前見た攻撃速度に較べると遅く感じるのは移動速度に反応速度があまり関わっていないからだろう。

 

「死ねェッ!!!」

 

 ものの数秒で距離を詰めた【白の剣士】は白剣を袈裟掛けに振るう。その一撃は届けば深く斬り裂くものだったが、以前ほどの速さでは無いからか、キリトは二刀でその刃をしっかりと押さえ込んだ。

 流石に近くに居てはキリトが戦いづらいと思い、クラインと同時に、邪魔にならないよう左右へ跳んで距離を取った。

 

「お……ぉおおッ!」

「この程度……ッ!」

 

 距離を取ったのを契機にしたか、鍔迫り合って膠着していた二人が一度刃を離し、至近で斬り合い始める。

 キリトは手数で勝っている有利を活かして素早く左右の剣を振るい、神童は持ち前の反応速度を活かして的確に二刀を捌き、互いに隙を探って拮抗する。手探りであるためかどちらも本当の意味での全力は出しておらず、緊迫感こそあれ以前の鬼気迫る感じはまだない。

 

「ふ……ッ!」

 

 火花が散り、互いに致死であろう斬撃を激しく交わす鬩ぎ合いが数秒経った時、キリトが僅かに別の動きを取った。

 その場に足を着けて互いに一歩も引かず剣劇の応酬を繰り広げていたのだが、そこでキリトが半歩前に進んだのだ。そして二刀の刀身を重ねて同時に振り下ろす。

 元々歩幅が小さいものの、それでも半歩は至近での斬り合いだと決定的な要素の一つとなり得る。実際キリトが前進した事で神童は対応を変えざるを得ず、それまで弾くかいなしていた刃を、再び鍔迫り合いに持ち込む事で二刀を止めようとした。

 鍔迫り合いでまた膠着すると思ったが、刃を交えた瞬間と合わせるようにキリトは半歩分左へ軸をずらし、二刀も流水の如く滑らかに白剣の刃を滑らせ右へといなす。力任せに二刀を止めようとしていた神童は前のめりに体勢を崩した。

 

「ハ……ッ!」

 

 そこでキリトは右の黒剣から橙色の光を迸らせ、《スラント》による袈裟掛けの一撃を放った。

 この一撃を神童は白剣を翳して直撃こそ防いだ。《武器防御》は取っているのだろうがレベル差と筋力値、攻撃力と防御力の差があり過ぎて削りダメージが発生していて、僅かに神童のHPが削れる。

 そしてソードスキルの威力を少しでも流すためにキリトから離れる向きでステップを取っていたのか、十メートル近く吹っ飛んだ。踏み堪えていれば別の攻撃が待っていただろうし、削りダメージももう少し大きかっただろう。

 

「チィ……ッ! 舐めるなッ!」

 

 後方へ吹っ飛ばされた神童はすぐに危なげなく両足を地面に着けて制動を掛けて止まる。

 止まってすぐにまた走り始めるが、今度は距離を詰める途中で白い刀身に翠色の光を纏わせ、逆袈裟に斬り掛かる構えから剣を振るった。

 それに対し、キリトは橙色の光を黒剣に纏わせ、右斬り上げに振るう。

 《ソニックリープ》の翠色の白刃と《スラント》の橙色の黒刃が交わり、一瞬拮抗し――――すぐに黒剣が押し勝った。

 

「行くぞ……ッ!」

 

 《ソニックリープ》を弾かれ、スキルをキャンセルされた事で技後硬直を課された神童に冷たく言い捨てたキリトは、振り上げた剣を担いで、剣から迸る光を橙色から真紅の光へと色を変えた。

 別のソードスキルへと繋げたのだ。

 《剣技連繋》の原理は、発動したソードスキル後の技後硬直が課されるまでのコンマ一秒未満のラグの間に、別のソードスキルの構えを作り上げ、システムアシストを立ち上げる事。

 この理屈で行くと、恐ろしく困難ではあるものの、同じ手で連続して放つ事も原理的に不可能では無い事が分かる。

 ただそれは正しく言うは易く行うは難しい神業。《メディキュボイド》というハイスペックハードを使用しているボクですら一度しか、姉ちゃんに至っては一度も、他の誰もが左右別々に放つ事すら出来ていないというのに、彼はその上を行ってみせた。

 そんな彼が見せた構えは、強く引き絞るのではなく、素早く突き出す事を意識したもの。

 彼が頻繁に使っている八連撃ソードスキルの構えだった。

 

「同じ手でスキルコネクト、だと……ッ?!」

 

 その現象を見てボク達にとっては今更な驚愕を見せる神童に向けて、彼は高速の刺突五連、袈裟掛け、逆風、全力の唐竹割りからなる八連撃を叩き込んだ。

 先の一撃と共に、これだけでもう神童のHPは四割を下回っている。

 

「これで……ッ!」

 

 再び、今度は呪いの如き怨嗟染みた声音を洩らしつつ、彼は蒼光を纏った翡翠剣で逆袈裟、左斬り上げ、右斬り上げ、袈裟掛けの四連撃を叩き込む。仰け反り続ける神童は、自身の胸板に四つの斬閃が刻まれ周囲に四角形を形作る蒼い光が散る様を、怒りか悔しさか歯を食い縛って見届けていた。

 神童のHPは残り一割弱。下位ソードスキルを一発叩き込んだだけでも消し飛ばせるくらいの量だ。

 四連撃を放った後、キリトは黒い剣を強く引き絞って刀身から深紅の光を発生させる。《ヴォーパル・ストライク》を放とうとしているのだ。その技はあまりにもオーバーキルが過ぎる。隙も大きく、決して論理的でも、合理的でも無い。

 しかしその選択こそが、キリトの心情を如実に表していた。

 

「終わりだ……ッ!!!」

 

 最後の一撃を放つべく、彼は全ての感情を、剣に籠めた。黒い革柄を握る右手に力が更に込められるのが、離れていても見えた。

 その瞬間、ごうっ、と黒剣から放たれる深紅の光輝と轟音、旋風、そして衝撃波が一際強くなる。

 

 

 

「ま、待てッ! 本当に俺を、実の兄を殺す気かッ?!」

 

 

 

「――――」

 

 真っ赤に染まった残り僅かなゲージを全て吹き飛ばそうと、右の剣を強く引き絞り、今正に突き出そうと体にぐっと力を籠めたキリトは、今更何を言うのかとしか思えない神童の言葉にビタリと動きを止めた。

 普通ならここで技後硬直が課されるので、まだ放っていないソードスキルもその待機状態を解除される筈だが、キリトが放とうとしていた強烈な直突きのソードスキルはキャンセルされる事無く発動待機状態を維持していた。

 今か今かとその牙を鋭くして待っている深紅の刃は凄みを増していっていて、何時でも放てるようにしている彼の周囲には赤黒い稲妻がバチバチと奔っているように見える。待機状態の時間で威力が上がる事は無い筈なのに、更に威力が増していっているように思えるだけの迫力が、刃に折り重なっていた。

 見ているだけでも、きっと何ら事情を知らない者が見ても黒の少年が白の青年を殺そうとしているのが理解出来るくらい明確で濃厚な殺気と憎念を宿したキリトは、それでも動きを止めた。甘いとしか言いようがないけれど、それでもキリトらしいとも思えて、どこかホッとする自分が居る。

 止めるな、罠だ、後悔するぞ、と叫ぶ自分が居るのも確かだが、それでも刃を止めた姿にボクは安堵していた。

 彼が剣を止めた理由は定かでは無い。

 けれど、ともすれば彼は嫌だったのかもしれない。『助けて』と叫び、けれど見捨てた実の兄と同じ場所まで堕ちる事が。

 あるいは、救いを求める者の苦しみを知っているからこそ、その声を、無視したくなかったのかもしれない。人を救おうと決めたからこそ、彼は自ら忌み名を名乗り、また希望の名を背負ったのだから。

 どんな顔をしているかは分からないが、とにかく今にも自らを貫かんとしていた刃が止められた事で神童は、この機を逃すまいとばかりに、必死の形相で口を開いた。

 

「俺はお前の兄だぞッ?! 家族殺しをするつもりか?!」

「……」

 

 この言い草に、貴様はこれまで何をしてきたのかと内心で憤慨した。

 その言葉は、少なくとも神童が発していいものでは無い、正に彼を死ぬ事を前提に見捨てた張本人なのだから。それを棚に上げた言い草に、ボクは右手に提げたままの剣を力の限り握り締める。震える剣尖を見てか、姉ちゃんが心配そうに視線を何度か向けて来るがそれに反応出来ないくらい、怒りは積み重なる。

 神童の言葉に対しキリトは無言ではあったが、彼が今まで溜め込んできた怒りを顕すかのようにエリュシデータの柄を握る手に更に力が込められたように見えた。

 ボクが居る場所からキリトの表情はよく見えないので、今彼がどんな気持ちを抱いて、どんな顔をしているかは分からないし想像も出来ない。彼の内心はあまりにも複雑過ぎるだろう。

 彼が《ビーター》として間接的に護り【黒の剣士】として直接的に護って来た攻略組に属する人達を、自身の兄によって纏めて葬られてしまった。更に相手はこちらを殺そうとしているくせに、自身が殺されそうになったら『家族』というのを盾にして、恥も外聞も無く足掻く。

 これまでずっと自身を苦しめて来た、神童を謳われた者にしてはあまりにも惨めで、評判と雲泥の差がある実態だ。ボクが指摘したように、正に誇りなど皆無な振る舞いである。

 その存在に追い付こうと、何れ超えようと曲りなりにも目標として掲げてきたキリトからすれば、失望どころでは無いだろう。

 

「…………それを、あきにぃが言うのか……」

 

 一気に開放する時の為に出力を抑えているかの如く外燃機関めいた轟音が鳴りを潜め、それでも部屋中に響く中で、こちらに顔が見えないキリトが小さく、しかし轟音に掻き消されないくらいハッキリと、僅かに震える声で言葉を洩らした。

 その震えは憤怒か、悲哀か、あるいは嘲弄故か。

 

「『自分の為に死ね』と、そう言って見捨てたのに……家族として見限ったあきにぃ自身がそう言うのか……ッ」

 

 彼の心を表すかのように起こる震えが伝播し、強く後ろに引き絞っている黒剣も小刻みに震える中で、彼は苦悩を感じさせる絞り出した声で言った。彼の過去を知っていれば誰もが思い浮かべたであろう事柄を、最も苦しんでいる彼が口にした。

 心の底に蟠っていて、一時は封じていたのだろう感情を発露させていた。

 

「《オリムラ》の血族として他者からも認められず、蔑まれたおれに、一番当たっていたのに……おとうとと、認めてくれなかったのに……ただの一度も褒めてくれなかったのに、何時も否定してきたのに……それなのにあきにぃは、今更になってそれを言うのか……ッ」

 

 抑えてはいるが、しかしだからこそ濃密となっている激情が言葉尻に乗っていた。

 その瞬間、黒剣の刀身を染めている深紅が黒みをより帯びた禍々しい闇へと変わり、周囲に奔る紅い稲妻も同じ色へと変わって、薄暗いボス部屋中に放射状に光が拡散していく。鳴りを潜めていた轟音も、彼の激情に呼応するかの如く、次第に響きを大きなものへと変えていく。

 彼の剣から伝わって来る圧迫感が、背から感じる威圧感が、そして言の葉に乗せられている昏い感情が、より重みと濃度を増していく。

 深紅の光に紛れる炎の如き闇は刀身に収まり切らないとばかりに周囲に漏れ出て、空間を揺らめかせる。

 彼が封じ込めて来た長年の想いの如く、それに際限なんて無かった。

 

「ふざけるな……ふざけるな、ふざけるなッ! 勝手におれに当たって、勝手におれを見捨てて、勝手におれを殺そうとしてきたクセに、『家族殺しをするつもりか』だなんて、ふざけるなッ!!!」

「な……ッ」

 

 それは、きっと誰にも見せなかった、キリトがずっと溜め込んでいたものの発露。実兄にだけ向けられる、向けるべきと考えているだろう彼の理不尽に対する怒りであり、正当な意見だった。

 実兄を前にして恐怖が先行する程のトラウマを負っているが、ある意味それを圧倒するくらい大きな怒りを抱えているからこそ、その物言いに怒りが再燃したのだろう。

 出来るだけ機械的に、出来るだけ確実に、且つ合理的に、攻略の障害になるであろう存在を排除しようとしていた彼が、私情を挟まざるを得ない程に。『アキト』や【白の剣士】と、他人の如く呼んでいた彼が、『あきにぃ』と呼び方を戻す程に。

 彼の心は、怒りと、怒り以上の哀しみ、そしてそれらを遥かに巨大な憎悪が、再び巻き起こった。

 

「おれの事を家族と認めていないのに、死んで欲しいと思ってすらいるクセに、心にも思ってない事を言うなッ!!!」

 

 ずっとずっと己を殺して、我慢してきた末の爆発は、とても論理的では無かった。けれど、感情的になっているからこそ、ただ見ているだけのボク達の胸を酷く痛ませるものがあった。

 

「『家族』と思ってくれた事も無いクセに……それなのに、今更『家族』扱いなんか……ッ!!!」

 

 激情に任せて言葉を連ねているからか、泣き喚く子供のような口調で訴え始めたキリトは、流石と言うべきか未だに構えを解いてはいなかった。むしろ言葉を重ねれば重ねる程に、深紅の光輝と轟音、周囲に奔る紅い稲妻はますます激しさを増していく。

 そしてやはり、体と剣の震えは少し大きくなっていた。

 赤黒い極光の影になってよく見えないが、その横顔の頬には、細く煌めく筋があるように見えた。

 

「あの時、哂って見捨てて……助けて、くれなかったのに……今更『家族』と言われても、受け容れられるか……ッ!!!」

 

 静かに、けれど荒ぶる激情を内包したその言葉を最後にするつもりなのか、体と剣の震えを一旦落ち着かせたキリトは更に腕を引いて剣を引き絞り、深紅の光と炎の如き闇の勢いを、より強いものにしていく。

 彼を中心に旋風が巻き起こり、深紅の光と闇に当てられている黒い外套と長髪がはためく様は、とても神秘的で力強く、しかしどこか哀しげにも映った。

 

「この一撃で……おれは、あきにぃを殺すッ!!!」

 

 抑えられた裂帛の声と共に、上半身が右後方へ僅かに捻られる。ばねのように剣を突き出そうとする前動作だ。

 あの神童には先天的な途轍もない反応速度がある訳だが、どうしてかさっきは見せなかったし、今は尻餅をついている状態なので確かに碌な回避行動は取れないだろう。動くよりも先に深紅の突進突きが身を貫く方が速いに違いない。

 

「くそ……ッ?!」

「死ね……ッ!!!」

 

 神童が毒づいて起き上がろうとした瞬間、それに被せるようにキリトは声を重ね、特徴的な外燃機関めいた爆音を一際強く轟かせ、光輝を発しながら強烈な刺突を放った。深紅の光を纏った剣の切っ先が勢いよく迫り、どうにかしてそれから逃げようと、神童は後退する。

 完全に起き上がれていないものの後退しようとした為に、尻餅をついていた時に較べて切っ先が当たるまでに時間が生まれて……

 

 

 

 ――――その刹那の間に、世界が崩れた気がした。

 

 

 

 明確に何かを見た訳でも、何かを耳にした訳でも無いが、確かに何かが一瞬おかしくなった。根拠は無いながら確信をボクは抱いていた。

 

「な……ッ?!」

 

 変な感覚を覚えた事に思考を逸らしている間に、事は進んでいた。

 しかし発動したばかりで突進距離がまだ残っている筈の《ヴォーパル・ストライク》は何故かキャンセルされたのか、キリトの黒剣からは光が喪われ、後退に必死だった神童にとうとうその切っ先が届きはしなかった。

 ソードスキルを中断された事で技後硬直が課されたらしい彼は、数瞬不自然な硬直をした。

 キリトは何故ソードスキルが中断されたのか、予想外の事が起きたので瞠目して驚いていた。システム外スキルを構築する彼だからソードスキルの中断条件なんて知っている筈で、だからこそ彼は驚いているのだと理解出来た。

 

「ねぇ……今、変な感じがしなかった……?」

「え、ええ……何となくだけど、そんな気がしたような……」

 

 近くに居たサチと姉ちゃんが、困惑の表情で話し合う。二人もさっきの違和感を感じ取ったらしい。

 チラリと他の人達を見やればキリトに視線を向けて首を傾げている者、あるいはキョロキョロと辺りを見回して首を傾げている者など、さっきの違和感に気付けた者とそうでない者が疎らに居る事が見て取れた。

 

「何、今の……世界が、ズレ、た……?」

 

 どうやらキリトも感じ取ったようで、更には私達よりも余程明確にそれを感じたようだった。何を指して『ズレた』と言っているかは分からないが、言われてみればそれが最も合っているような気もする。

 

「は…………は……?」

 

 額を切っ先が貫くまで一センチも空いていないくらい間近に迫った切っ先に限界まで見開いて眼を向けていた神童が、何が起こったか分からない、何故中断されたのかと、表情にありありと浮かべ、呆けていた。どうやらさっきの違和感が分からなかったらしい。

 硬直から解放されたキリトが、その神童を見て、次いで天を振り仰いでぎりっと歯軋りをする。

 

「この世界まで、画一平等が基本のシステムまでもが、おれを阻むのか……ッ!!!」

 

 心底恨めしそうに、普段では見られない怨嗟の声音で言うキリトの周囲には、彼の心情が反映されているかのように黒い闇が出現しているように思えた。

 心無し、右手に提げているエリュシデータの刃も普段より濃密で、深みを増した黒になっている気がする。

 

「は、は! 天は俺に味方してるって事だッ!」

 

 運良く――悪運強く――命を拾った神童が立ち上がりながら、自分が上なのだと主張し少年を嘲るような言葉を口にする。

 

「流れはこの俺にある! 茅場共々ここで殺して、今度こそこの世界から永久退場させてやるよ、一夏ッ!!!」

 

 立ち上がった神童は近くに刺さっていた白剣エリュシデータを抜き取り、右手で持ったそれを後ろ手に提げる。左半身を前に僅かに前傾姿勢を取り、左手を体の前に寝かせているその構えは、やはりキリトが一刀の時に取っていた構えと全く同じ。

 装備の意匠や構えからして、彼の全てを否定しているように思えてしまって、更に苛立ちと憎悪を募らせる。

 

「やっぱり最初からあきにぃはおれを殺すつもりだったんじゃないか……ッ!」

「お前は出来損ないで俺は優秀な人間、どっちが生きるべきかは明白だッ! 俺の為に此処で死ねッ!」

「この……ッ!」

 

 小さな体から発する凄みを更に増しながら、彼は言葉少なく返す。

 その間に、彼が両手から提げている二振りからキン、キン、という金属と金属を合わせているかのような小さな共鳴音が聞こえた。

 また、エリュシデータは更に深みを増した黒色に、ダークリパルサーは白が混じって更に透明度が増した翡翠色へと、僅かに変化していく。

 ソードスキルの光、では無い。ライトエフェクトに武器の見た目を変えていく設定は無いし、仮にアレが《二刀流》など何らかのユニークスキルによるものだとしても、左右で色が違うというのは無い筈だ。今まで彼が使ってきた《二刀流》ソードスキルは、全て左右の色が同じだったのだから。

 ならアレは、一体何……?

 

「それは……?!」

 

 疑問を覚えてキリトの二剣を見詰めていると、同じくその現象を見た神童が愕然としながら言葉を洩らしていた。

 キリトもその驚き方には違和感を覚えたらしく、ほんの僅かに首を傾げ、神童の視線を追って自身の両手から提げる二剣へ顔を向けた。

 それも一秒と経たず、すぐに自らの実兄へと戻される。

 

「お前、前のデュエルの時に較べて違い過ぎだろ……!」

「デュエルの時は私情を挟む訳にもいかなかったから……でも、今は抑えるつもりなんて無い。だから覚悟しろ……」

 

 それから彼は一歩分、左脚を前に踏み出した。

 

「今回は」

 

 ブーツの踵部分に付けられている鋲が石床を叩き、カン、と高く細い響きが上がる。それから黒革製の靴底が音も無く下ろされ、床を踏み締め……

 

 

 

 気付けばキリトは、青年の真後ろで翡翠色の剣を袈裟掛けに振りかぶっていた。

 

 

 

「……ッ?!」

「全力で」

 

 キリトの動きが辛うじて見えていたのか、声が聞こえる寸前で神童は流石としか言えない反応速度を以て限界まで背を逸らしながら横に動き、袈裟掛けの剣戟を躱した。空振りに終わった剣戟は、しかし内包されていた力を解き放つかの如く、轟ッ!!! と荒々しい風を巻き起こし、ボク達の髪や服の裾を揺らす。

 神童の背後から剣を振るい、しかし空振ったキリトは素早く顔を上げる。必然的にボク達は彼の表情を視界に収めた。

 

「「「「「ッ……?!」」」」」

 

 キリトのその顔を見て、ボク達は一様に絶句せざるを得なかった。神童に殺意を滾らせていたボクも、怒気を募らせていたクラインも、苛立ちを覚えていた神童も、様子を見守っていた攻略組やオレンジ達も。

 彼の顔には、疑いようも無い殺意が浮かんでいた。

 何時も綺麗な光を揺蕩わせ、ボク達に水晶を想起させる黒い瞳は光が失せた状態で限界まで縮められていた。白目の部分には瞳孔へ延びる幾本もの紅く細い線……再現された血管の線が見えて、それが余計に恐怖を沸き立たせる。

 また彼の顔には表情が無かった。

 いや、憎悪や憤怒といった表現が当て嵌まりそうな冷たい色はあるのだが、一言で形容出来ないくらい昏い感情が浮かんでいて、普通人が見せるような分かりやすい表情ではなかったのだ。

 今のキリトはかつてない程に怒り狂っている、憎悪に囚われている、復讐心に突き動かされている。理不尽に虐げられてきた間ずっと抑え込んできた昏い感情が、心の奥底で凝り固まって汚泥すら生温いくらいどす黒いモノに変貌して、彼に取り憑いている。目の前の怨敵を殺せる絶好の機会に、溜め込んできたものが一気に爆発して、突き動かしている。

 当然だ。自らを長らく虐げた末に捨てた者が今更ながら身勝手にも都合よく『家族』扱いをしたのだから、怒り狂うだけでは到底足りない程の殺意を覚えるのは是非も無い。

 そしてアレは、きっと誰にも止められない、誰にもアレを止める事は出来ない。彼の憎悪は誰よりも深く、誰よりも長い年月を掛けて凝り固まった巨大なモノだから、それに取り憑かれた彼を止める事は誰にも出来ない。

 彼の義理の姉が居たなら、あるいは止められたかもしれない。今の彼は本来《織斑一夏》では無く、新たに名前を付けられ新生した人間、その自覚を思い出させる人物がいればここまで狂いはしなかっただろう。

 けれどこの場に彼女は居ないし、此処へ来る事も出来ないから、誰も止められない。

 止まる時があるとすればただ一つ。

 怨敵を殺した、その時だけだ。

 今までどれだけ罵詈雑言を吐かれても動じず、不敵に笑んで流していた彼が見せる憎悪に取り憑かれた様に誰もが息を呑み、振り撒かれる殺気に竦んで微動だに出来ない。絶句したのは顔に浮かぶ殺意だけでなく、総身から放たれる鋭すぎる殺気もだった。

 その彼から放たれた途轍もない威力を内包した一撃を躱した神童は、後の行動など一切考えていない回避行動であったため次の行動に移る事が出来ず、キリトの目の前で大きな隙を晒す。

 

「殺してやる……ッ!!!」

「がは……ッ?!」

 

 神童が体勢を立て直す前にキリトは膝を曲げながら右脚を持ち上げた。神童のがら空きな脇腹に向けられた鋲付きブーツは、一瞬の溜めを挟んだ後に強烈な蹴撃として叩き込まれる。

 呆気なく神童はこちらへ――およそ三十メートル程――蹴り飛ばされた。

 

「テメッ……そりゃ、卑怯じゃないか?!」

「殺し合いに正道も邪道も無いッ!」

 

 不平の声をバッサリと正論で切って捨てたキリトはまた一歩踏み出し、集中してもコマ送りにしか見えない速度で神童の眼前へと移動する。

 

「強ければ生き、弱ければ死ぬッ!!! それが殺し合いに於けるたった一つの原則ッ!!!」

 

 姿がしっかり見えるようになった時には黒剣がもう振りかぶられていた。逆袈裟に体を斬り裂かれる寸前で白剣が振るわれ、一合刃が交えられる。

 今度は翡翠剣と一合交わり、刃を返され振るわれた左薙ぎでまた一合交わる。

 弾かれた二刀はまた軌道を変え、すぐさま神童へと迫る。当然そうはさせじと神童の白剣が振るわれ、黒と翠の刃の交錯点へと衝突、鍔迫り合いが始まった。

 

「デュエルならまだしも、この場で卑怯と言われる筋合いは無い……ッ!!!」

「ぐ、ぅ……ッ!」

 

 始まった鍔迫り合いは、しかしまたすぐに終わった。キリトの声色が強くなるのに同期するように神童の刃が押し返されたのだ。

 刃を弾かれた事で後退する神童に対し、仕切り直しさせないようキリトは二刀を間断なく振るって攻め続ける。

 一合交わされる度に、神童は僅かに後方へ押されていた。以前は鍔迫り合いも互角に終わったが、今は正面から剣戟が衝突しても完全に押し切られていた。

 今の殺意しか無いキリトに気迫負けしているのだ。

 刃を交える度に後方へと徐々に徐々に押される神童が剣速を上げ、以前のデュエルで見せた四倍速並みの剣戟の嵐を放っても、二剣で完璧に対応される。それどころか刃を交える数が増える事で更に押されていく上に一撃が軽くなって押されやすくなるので、むしろ悪手と言えた。

 神童はドンドン部屋の隅へと追い詰められていく。

 このボス部屋は球体の底から上に伸びた石が床になっている構造で、石床の端まで行くと、底が見えない闇が顔を覗かせる。床の端が壁では無いのだ。

 本当に底があるかは分からないが、少なくとも迷宮区塔のボス部屋から一階まで突き抜けているのだとすれば、推定八〇~九〇メートルの高さを命綱無しで墜ちる事になるから落下死は確定。一階まで突き抜けているにせよいないにせよ、登って来る手段は無いと思うので、多分落ちたらそのまま死ぬ設定になっているエリアだと思う。

 《アインクラッド》の外周部から飛び降りた場合と同じ扱いの筈だ。

 恐らくキリトは自らの剣で斬れるよう逃げ場を無くしているのだ。さっき世界がズレた時に後退されたから機を逸したが故に、同じ轍を踏む事が無いよう、徹底的に追い詰めて斬り殺そうとしている。

 そのあまりの徹底ぶりはやはりこれまでと方向性が違っているから彼らしくない。

 別に神童に同情している訳では無い。話に聞いていただけだったが、それでもあの男は決して許されない言動の数々を取って、キリトを苦しめ続けている。見捨てたならもう関わる必要も無いのに自ら関わって命を狙うなどマトモな人間の所業ではない。裁かれて、復讐されて当然だ。

 それでもふと、考えてしまう。

 出来る事なら、キリトには復讐を、憎悪を忘れて、あるいは忘れなくとも幸福を見て、笑って欲しいと。

 復讐に意味なんて無いとは言わない。憎悪に駆られる事が絶対悪とも思わない。善悪揃ってこそが人ならば、キリトのそれは決して間違いでは無いのだから。

 だけどキリトが手を汚す必要があるとはどうしても思えない。この世界の秩序を、人々の未来を護る為に、心を削ってそれらを脅かす者達を手に掛けて来たキリトの尊い剣を、あの神童を斬る為に振るう必要は無いと、心のどこかで思っている自分がいる。

 けれどそれは自分が勝手に思っている事で、キリトに対して抱いている偶像だから、そんな事は口に出来ない。言ってしまえばボクはキリト自身を見なくなって、ただ神童や世界最強を褒め称える人達と同じ存在になってしまうから。

 誰も憎悪に駆られ狂うキリトを止めようとしない――あるいは出来ない――中で、ボクは痛々しい姿に目を向け、彼の無言の慟哭を脳裏に焼き付ける決意をした。

 彼の想いも行動も彼自身のもの。

 それを支持する事はあっても、何人たりとも、決して侵していいものではない。否定していいものではない。

 自分に許されている事は、傷付いた彼を支え少しでも護る力となる事くらいなものだから、ボクは、殺意を振り撒きながら無言で二剣を振るい、神童を追い詰めるキリトの姿を、しかとこの眼で見届ける事にした。

 底辺に落とされて尚屈さず、死へ幾度も引き寄せられるも生き延びた勇猛な少年の、哀しくも気高いその姿を。

 

「――――ッ!!!」

「クソッ、クソッ、クソッ、クソッ、クソッ、クソッ、クソッ、クソッ、クソッ、クソッ、クソッ、クソッ、クソッ、クソォッ!!!」

 

 無言の気迫と悪罵の怒声が交わされ、一瞬にして四つ以上の剣閃が交わされる度に、神童は後方へと押しやられる。神童も石床の端から落ちれば死ぬと理解しているのか押し返される中でも懸命に両足を動かして向きを変えようとしているが、それも僅かしか出来ず、焼け石に水だった。

 それが分かっているからか、悔しさと怒りで頭に血が上っているらしい神童の悪罵は単調的になっていて、酷く見苦しい。

 醜悪に顔を歪めて必死に白剣を振るうも、全て的確に剣戟を返され、押しやられ続けるばかり。それに悪罵を上げるが、当然ながら状況打破にはなっていない。

 以前キリトが宣言した通り、完膚無きまでに叩き潰す展開になっていた。

 あれから大して時間は経っていないし、お互いのパワーバランスも然して変化はしていない筈だ。それなのにここまで以前のデュエルと真逆の展開になったのは純粋に驚かざるを得ない。

 誇りの有無でボクと神童のデュエルの結果が異なったように、正であれ負であれ、絶大な感情が籠った剣は一気に戦況をひっくり返すらしい。

 

「このチーターが、ズル野郎がッ!!!」

「――――ッ!!!!!!」

 

 既に汚い手も殺し合いでは関係ないとバッサリ切って捨てているからか、殺意に思考が埋め尽くされているからか、キリトは言葉を返さなかった。

 ただ無言で機械的に、しかし確かに気迫を発して、神童の言葉を黙殺しながら剣を振るう。

 それは機械的と思う程に正確無比だが、決して無感情では無くて、一撃一撃に彼の全てが込められていた。その剣戟に神童は追い詰められ続ける。全てが込められた剣に、神童のような軽い剣が敵う筈も無いのだ。

 命を賭して孤独の中でも戦い続けたキリトに、褒めそやされぬくぬくと生きて来た神童が、敵う道理などある筈も無かった。

 

「くっそ、俺の方が速い筈なのにッ!」

「セァッ!」

「しま……ッ?!」

 

 遊びが入っていた前回は殆ど当たっていたが、今回は本気を出しているにも拘わらず逆に当たらなくなっている事に神童は苛立ちを洩らした。

 自分には分からなかったが、その苛立ちできっと生まれたのだろう短い隙を突いて、彼は白剣エリュシデータのギア型の鍔にある一つの穴に黒剣エリュシデータの切っ先を引っ掻け、思い切り真上に跳ね上げる事で青年の手元から取り上げた。

 白剣は慣性に従って黒剣の切っ先からクルクルと回転しながら飛んでいく。

 

「終わりだ……ッ!!!」

 

 それを一瞥もせず、キリトは眼前で武器を喪って隙を晒す神童目掛け、左手に握る軽く引き絞っていた翡翠剣を突き出した。

 

「舐めるな……ッ!!!」

 

 キリトの左直突きはあまりの速さ故か、あるいは込められた剣圧が凄まじいからか、ヒュカッ! と鋭く空気を斬り裂く音が響いた。

 しかし神童は、通常攻撃すらあと一撃直撃しただけで死ぬ状況にあっても、憎たらしい程に見事な反応を見せた。突き出された左直突きを外側へ逃れるように半歩ズレて最小限の動きで躱したのだ。

 その後、間髪を入れず神童は右手の指を揃えて突き込む貫手の構えを取った。途端右手は黄色の光に包まれる。

 超至近距離且つ《体術》スキルの範疇に於いては無類の強さを誇っている技を放とうとしているのだ。その一撃は武器系ソードスキルにも引けを取らない大ダメージを見込める、隙も大きいが見返りも大きい《体術》の拳撃系上位ソードスキル、貫手で相手を貫く《閃貫》という技に相違無かった。

 黄色のライトエフェクトを纏った貫手は、丁度突き出されていたキリトの左前腕の中程に叩き込まれ、細身な腕を一発で切断した。

 ダークリパルサーは床へ硬い音を響かせながら落とされ、それを握っていた左手は蒼い欠片となって消え去る。

 

「ぐ……っ」

 

 途端キリトの口から抑えられた苦悶の声が漏れる。現実と同等、いや、仮想世界故にそれ以上として忠実に再現されているだろう痛みを覚えているキリトは、それに耐えようと数瞬だけとは言え動きを鈍らせた。軽く打ち身をしただけでも人は呻いて動きを鈍らせるのだ、腕を斬り落とされた時の痛みが比ではないのは明らかだから、動きが鈍くなるのも当然と言えた。

 その数瞬が致命的な隙だった。

 キリトが痛みに耐えようと動きを鈍らせてしまった直後、苦悶に歪められた彼の小ぶりな顔に、神童のエフェクトを纏っていない右拳が叩き込まれたのである。ぱぁんっ、と乾いた音がボス部屋に響き渡った。

 最小限ながら最大の威力を発揮する牽制の一撃――ジャブ――を叩き込まれたのである。

 

「ふ、ぐ……この……ッ!」

「グゲッ……?!」

 

 その一撃で頭を後ろへ仰け反らせてしまったキリトは、逆にその勢いを利用してバク転をした。

 あまりに距離が近いため碌に溜めを作れず《弦月》を放つには至らなかったようだが、それでも意表を突くという点で言えば成功だった。追い打ちのストレートを放とうとしていた神童は、見事に顎を蹴り上げられ、自身の実弟と同じように仰け反らされたからだ。

 バク転から蹴り上げを行ったキリトと仰け反らされた神童は、ほぼ同時に体勢を整えて膝を折って着地し、後退する。

 神童は後退した先に白剣があったので、それを引き抜いて構える。

 キリトは左手を喪っているのでエリュシデータだけだ。ダークリパルサーは気付いた時には消えていたので《ⅩⅢ》の特性で回収しておいたのだろう。

 奇しくも以前のデュエルと同じ、一刀同士の対峙となった。キリトのHPは左手欠損と顔面への打撃で七割強、神童は顎への蹴り上げを喰らって一割をギリギリ下回った辺りでゲージが止まっている。

 距離を開けた二人は鋭く睨み合いながら牽制し合い、一呼吸挟んだ。神童も流石にHPを危険域まで減らされた事もあって顔に緊張を見せているものの、それでも勝てると信じているからか、キリトに較べてまだ呼吸の荒さは控えめだ。

 見下す兄と反旗を翻した弟の殺し合いは、まだ始まったばかりだった。

 





 はい、如何だったでしょうか。

 麻耶視点はちょい蛇足+伏線。実は一回だけ会った事があるんだよーと。

 千冬視点は皮肉タップリ。協力し合っているかもと思いきや、その実(アキトのせいで)殺し合っているというね(嗤)

 あとは千冬が何を想って過ごしているかの情報開示。感想での予想が荒ぶってるので。

 分かりにくかったと思いますが、束は一夏/和人を見捨てた時の秋十の言動を和人から聞いて知っていますが、千冬には伝えていません。何故かは今後で描写します。

 なので誘拐された後、和人が何処で何をされていたか、どんな風に日本へ戻って来たかは知らない状態。勿論ISコア他、人体実験なんて知らない。秋十が何をしていたかも知らない。周囲の行動は知ったけど、直葉みたく深く調べてはいない(姉力の差ェ……)

 忙しさを理由に見ていなくて、秋十と一夏を拠り所にして過ごしていたならこれくらいはあり得るのでは、と思ってこの設定。他の一夏アンチSS且つ袂を分かつ系の千冬って一夏を所有物か依存先にしている感じがしたので、本作もそれに近くしました。実際いきなり親が居なくなったら依存してもある程度はおかしくないとは思いますし。流石に所有物とまではいかないけど。

 ここはリーファが抱いていた苦悩(人形にしてしまう恐怖=自立心の芽生え)との対比ですね。基本、直葉と千冬は(自然と)対比調でやっています。

 コレはリアルで再会時に一波乱ありますな……(嗤)

 そしてマドカの情報。

 オリジナルの名前は嫌だったんでありそうな漢字にしたら『円華』になった。表記は基本カタカナでマドカです。考えてる呼び方は《マド姉》。

 詳しくは語りませんが、一夏のお守を秋十や両親に代わってしていた感じ。年齢は直葉や詩乃、木綿季、秋十、楯無よりも一つ年上、布仏虚と同い年の現16歳。厳しく導きつつも優しく接するブラコン姉で構想を練っております。

 直葉が千冬の上位互換版異性愛系ブラコン姉なら、マドカは口調が男らしくて面倒見の良い異性愛無しの純粋ブラコン姉。

 どっちもどっちだ(笑)

 長くなりましたが、今話は仮想世界での対アキト戦の序章のようなもの。実はどっちも、殺し合いをしていながら未だ全力を出していないんです、本気は出してますが。中編、後編と進むにつれてヒートアップしていく感じですね。

 まだまだ殺し合いは激化していきますので、楽しみにして頂ければ幸いです。

 ちなみに、最後の方で出てきた《閃貫》は原作だと《エンブレイザー》になります。漢字ばっかりなのに何でカタカナなんだろう……(´・ω・`)?

 では、次話にてお会いしましょう。


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