インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

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 どうも、おはこんばんにちは、黒ヶ谷・ユーリ・メリディエスです。

 今話はユウキ、アスナ、サチ視点でお送りします。

 文字数は約三万二千。切りのいいところとは言え、ちょっと詰め込み過ぎたかな……(;´・ω・)

 あと、後書きは四千四百。これはキリトの人格について解説を挟んでいる為に長くなっております。以前あった白視点での解説を噛み砕きました。何故この話で書いたかは、本文にてちょっとだけ情報が開示されるから。

 今話はSAO編のゲームをやっている方ならユウキ視点は『あー、あったなぁそんなやり取り……』、アスナ視点は『そうなったか』と思うかもしれません。私自身書いてて自分で思ったんで。HFまで進んだ作品には無い(と思う)展開だと思います。

 サチ視点はアスナ視点の続きです。

 戦闘は一切無し。ただし段々キリトに対する対応が変わって来た感じ。特にリンド。特にリンド。

 大事な事なので二回言いました。

 内容的にそこまでぶっ飛んではいませんがちょっとダイジェストな感じになってます。事後処理書いててもアレですしね。それでも三万超え……(笑)

 ではどうぞ。



第五十九章 ~監獄:第七十六層~

 第七十五層フロアボス偵察戦、もといフロアボス攻略戦で二名の犠牲を出し、あの神童のせいで何十人もの仲間を喪った。

 それでも進むしか道がないボク達は、監獄に位置を記録した回廊結晶で八十人程のオレンジを上り階段手前から送った。回廊結晶はディアベルが持っていたので何とかなったし、結晶無効化空間のボス部屋を出て、次の階層へ向かうための階段がある空間では使えたので、問題は無かった。

 本来であれば迷宮区側の回廊で使うつもりだったのだが、扉は開いているにも拘わらず見えない壁に邪魔されて通れなかったので、階段側で使用した。

 茅場晶彦の話によれば仕様では無いらしいので、バグか何かかとボク達は考察していた。それらしい事があったから尚更バグの可能性があった。

 

「ここが、第七十六層……」

 

 予期せぬ事態に連続して見舞われたボク達は、そんな事がありながらも、どうにか生きたまま第七十六層へと足を踏み入れる事が出来た。

 階段を上り切り、白亜の扉を押し開いてフィールドの光景を視界に居れた途端、言い様も無い感慨深さが今までに較べて大きかったからか、知らず知らずの内に言葉に出てしまっていた。

 第七十六層のフィールドはどこか第一層の草原フィールドに通ずる趣があり、周囲を見てみればチラホラと疎らに第一層の名物――あるいは迷物――である青イノシシこと《フレンジー・ボア》がトコトコとうろついていた。まだ全容が分からないので断定は出来ないが、どうやらクォーターポイントの後という事もあり、少なくともこの階層のフィールドは若干弱めのモンスターを配置しているらしい。

 もしかすると、言い様も無い感慨は、初めてこの世界に来た時に見た第一層フィールドの雄大さに覚えた感動に近いものだったのかもしれない。

 

「おっ、あそこに見えるのが主街区じゃねェか?」

 

 周囲を見渡して気分を晴らしていると、気絶しているキリトを背負っているクラインが遠くを見ながら言った。

 キリトはオレンジ達を回廊結晶で監獄へと送り出した途端、糸が切れた人形のように唐突に脱力し、倒れた。気絶したのだ。

 今回のボス戦そのものは闘技場ほど滅茶苦茶では無かったが疲労は確かにあっただろうし、何よりも精神的なショックが大きいとは誰もが分かっていたから、その気絶も無理からぬ事だと捉えている。顔色も悪く、やはり憎いと言えども血族を自身の手で殺めたのが響いていると思われた。

 そんな彼は気絶する前に爆弾を置いて行った。

 

『今回はヒースクリフに免じて手を引いてやる』

 

 監獄へ繋がっている回廊結晶に全てのオレンジが入っていったのを確認した黒尽くめの少年は、どこか忌々しそうに、不満そうに眉根を寄せた表情を見せ、それからボク達攻略組へ視線を向けてそう言った。

 

『だがな、もうテメェ等に後は無ェ』

 

 少年は、続けて厳しい声音できっぱりと言った。次同じ事があれば、その時はヒースクリフさんが何と言おうと、誰が止めようとも耳を貸さず、斬り殺すと。

 

『《王》は優しいを通り越して甘いからな、幾度となく命を狙って来た奴を殺そうとはしなかったし、そういう連中もひっくるめて守ろうとしていた――――だがオレ達は、降り掛かる火の粉は全力で振り払う。テメェ等が何と言おうが知った事じゃ無ェ。もう《王》はとっくに限界を迎えている』

 

 限界を迎えている、と聞いて、そうだろうなと思った。

 《ビーター》として疎まれ、《出来損ない》として蔑まれながらもずっと独りで戦っていたのだ、精神的な疲労は果てしないほど巨大。

 そこに加え、《月夜の黒猫団》の壊滅とリーダーの自殺はキリトの心の傷となって、今も彼を苛んでいる。

 第七十五層に到達した後、休めと言われて誤解があったと言えど捨てられると思い込んで泣き崩れた。

 新たに出来た義理の姉とはたった一日で――推測ではあるが――死に別れた。

 実の兄と遭遇し、殺し合いを演じる事になり、そして彼の手で殺した。たとえ別人格だとしても、彼が殺した事には変わりない。

 一つだけでも相当なのに、《月夜の黒猫団》の事を外せばこの約一ヶ月の間に一気に襲い掛かって来たのだ。休む暇も碌に取れなかったのだから、彼が限界を迎えているのはおかしい話では無い。むしろ未だに限界を超えていなかった事に、ボクは畏敬の念を抱かざるを得なかった。

 

『少しでも危害を加えてみな。この世界でだろうが、現実でだろうが、テメェ等はその瞬間、《獣》によって殺される』

 

 現実でも殺されるという事を理解して、今まで彼に辛く当たって来た攻略組の一部がビクリと肩を震わせた。

 新たに出て来た《獣》という単語は、いやに寒気を呼ぶ、印象的な言葉だった。

 

『《織斑一夏》はテメェ等の鏡だ。好意には好意を、敵意には敵意を、殺意には殺意を、全て等分に返す……それが無いからって、何も生じていない訳じゃねェ、蓄積しているンだよ』

 

 その結果が、オレであり、愚兄にキレていたヤツだ、と言った。

 話を聞いた限り、どうもキリトの人格は普段ボク達が接している表の彼の他に、今の白いキリトと、どこでかは分からないが――恐らく最初にキレた時だろう――もう一つの人格で、合計三つの人格が存在しているらしい。

 キリトが正の感情なのは明白。

 恐らく何時出たか定かではない人格は、負の感情を司る。憎悪や復讐心といったとにかく狂気に染まっている人格だと思う。その割には何時出たか分からなかった辺り、理性はそれなりにある筈だ、そうでなければ会話が成立しないしすぐに気付く。気付けなかったのだから逆説的に会話が出来る程度の理性はあるという事だろう。

 今対話している白いキリトは……何だろう。

 神童の事を愚兄と呼んでいるから嫌悪感はあるのだろうけど、普段のキリトのようなトラウマとか怯えなんて欠片も無く、かと言って憎悪や復讐心といったドロドロとした昏い感情もいまいち感じ取れない。

 言うなれば白いキリトは、空虚か。

 まるで感情があるかのように、心があるかのように振る舞っているけれど、それは全部演技で本当はどうでもいいと思っているような印象がある。それこそ先に言っていた事のように他人の事情や意見など知った事じゃないとばかりな感じだ。

 あの白いキリトが復讐心とか口にした際、あの人格こそがキリトの負の感情の塊なのだと思っていたが、それは違うのかもしれない。

 負の感情の塊の人格は、きっともう一つの人格なのだ。

 仮に白いキリトが憎悪や復讐心、憤怒の塊であったなら、たとえヒースクリフさんの頼みだとしてもアルゴや第二レイドを殺したオレンジ達を見逃す筈が無いし、最悪リンドを始めとする今までキリトを虐げて来たプレイヤー達へ刃を向けてもおかしくない。それが無いのだからきっと負の感情の塊ではないだろう。

 

『だからこれは忠告だ。テメェ等が向ける感情が、言動が、その全てが鏡として《織斑一夏》を形作る。《織斑一夏》の感情は全てテメェ等の感情だ。死にたくなけりゃ、オレでも抑えられなくなるくれェの憎悪を《獣》に与えないよう気を付けるンだな』

 

 そこで、キリトはニタリと狂ったような笑みを浮かべた。瞳孔は収縮し、まるでボク達を嘲笑うかのような表情を見せる。

 それに、彼の言葉にずっと意識を傾けていたボク達は、揃って心臓を鷲掴みにされたような寒気を覚えた。

 

『忘れるな。《織斑一夏》はテメェ等の鏡……今まで幾度も殺されかけてそれでも報復をしなかった《王》の温情は、もう二度と無ェ。《獣》の目覚めはすぐそこだ』

 

 それは、キリトに対する感情がそっくりそのまま帰って来るという事であり、今まで一度も報復しなかった分だけ積み重なっているからこそ、底無し且つ天井知らずの憎悪があるという意味でもある。

 同時に、それはキリトの心が最早、崩壊しかかっている事も意味していた。

 その最後通牒を言い終えたのと同時、キリトの人格の支配から外れたのか、彼は力無く、まるで糸が切れた人形の如くその場に倒れ伏した。

 そんな彼を多くの人は不気味がったけど、それをものともせず率先して背負っているクラインの視線を辿って、皆でそちらを見れば、確かに遠くに街特有の外壁が見えた。

 乳白色をしている外壁は多少造りが異なるものの第一層の《始まりの街》を囲む外壁を想起させるし、《黒鉄宮》の代わりとばかりに立派なお城が建てられている。

 多分コンセプトとして敢えて似せているのだろう。

 だとするなら、あの街は施設も充実してそうである。《始まりの街》は最初の街という事もあって大抵の施設が揃っていたし、第三クォーターを乗り越えた事もあって、それくらいあっても良い。

 まぁ、周囲のモンスターが弱めだから武具店に関しては期待出来なさそうではあるのだが。

 それを見た【紅の騎士】が、一つ頷いた。

 

「うむ、アレがこの階層の主街区で間違いない」

「そうなんですか……名前は何と言うんですか?」

「《アークソフィア》と言う。第三クォーターを突破した街なので、大抵の施設は揃っているし、上層にしては比較的大きめとなっている」

 

 姉ちゃんの問いに、ヒースクリフさんはハキハキと解説付きで答えた。

 《血盟騎士団》の団長ヒースクリフが《ソードアート・オンライン》の開発主任ディレクター茅場晶彦だと知って驚愕に囚われ、あわや攻略組瓦解の危機かと内心で冷や冷やしていたが、現在気絶しているキリトの擁護があったお陰だろう、そんな事にはならずに済んだ。

 事情を知らない人達からすればキリトと神童の言葉のどちらも初耳だから信じ難いだろうが、いがみ合っていても曲りなりにも一年半以上共に戦って来た戦友の言葉の方が重みがあり、彼を信用したからだ。あまりにも神童が酷過ぎたというのもあるだろう。

 それでも謎が多いので、ボク達はオレンジを送り出した後、すなわちキリトが気絶した後からすぐにヒースクリフさんが知る事を粗方聞き出しておいた。万が一でも黒幕という可能性がある以上は警戒してしまうのである。

 結論から言えば、ボク達は満場一致で茅場晶彦はほぼ白だろうと答えを出した。

 何しろこれまでの攻略でプレイヤー生存を第一に動き、今回も情報を明かせないものの出来る限りの範囲で八方手を尽くしていたのは、第一層の頃から共に戦って来た誰もが知っている事だ。

 神童の暴露で揺らぎはしたが、何より命懸けの戦いに対する姿勢がボク達と何ら変わりなかったのが決定打となった。少しでも多くの人が生き残る為に動き、戦うその姿は、決してこの世界をデスゲームにした張本人とは言えない真剣さがあった事を、ボク達は知っている。だからこそこの人をボク達は信頼し、それ以上の信用を向けていた。

 デスゲーム宣言をしたあの赤ローブアバターの声音は機械的で無機質、無感動のそれだったが、ヒースクリフさんの声は全てが真摯で、人間味溢れるものだった。ボク達がキリトのように気付けなかったのは、思い込みというフィルターもあるだろうが、きっと人間味があるかないかの差異が大き過ぎていたからだ。

 キリトが気付いたのはシステム的な事に造詣が深く、多分それで語り合う機会が多かったからだと自分は予想している。

 《圏内事件》発生直後の話し合いや、ボクは知らないがリーファ達が来た日に何故リーファがSAOに乱入してしまったかのロジック的な部分について話し合ったらしいから、それらで引っ掛かりを覚えていたのだと思う。

 あるいは天才同士で――キリトは絶対否定するだろうけど――何か通じ合うものでもあったのか……それともキリト自身、人を本質で捉えるよう心掛けていたからか。

 このSAOに《フェアネス》というものを見出し、茅場晶彦の思考をトレースしていた事からも、それらの可能性は十分存在すると思う。

 

「それにしても……攻略組でも精鋭と言える者達の多くが喪われてしまった事は、今後を考えると頭が痛いが、それ以上に哀しいな……」

 

 この世界を誰よりも知る者として先を見据えて行動しているヒースクリフさんが街に向かって歩く道すがら、溜息と共にそう言葉を洩らしたのが聞こえた。

 視線を向ければあちらも気付いたらしく、ああ、すまない、と苦笑を浮かべる。

 

「私がこれを言うのは流石に不謹慎だったかな」

「そんな事は無いよ。だってヒースクリフさんもボク達と同じ条件で、HP全損したら死ぬ……それに言っても言わなくても変わらない事実だからね」

「そう言ってもらえると助かるよ……」

 

 どこか申し訳無さそうに苦笑を浮かべるヒースクリフさんは、今まで自身の正体を黙っていた事、そして何よりただゲームを楽しみにしていたプレイヤー達をこんな事に巻き込んでしまった事に罪悪感を覚えている。

 これまでは《血盟騎士団》団長を演じていたのでそんな素振りを見せなかったのだが、茅場晶彦であると知れてからは隠す事無く、それを明かしている。事情を話す際にまず真っ先に平身低頭謝罪したくらいだ。

 ある意味ボク達以上に死者が出る事に心痛を覚えているのだから、犠牲者が出た事に対する哀しみの言葉を口にする事は何らおかしくない。

 それに、実際今後の攻略を考えると辛くなった事は事実だ。

 今回の第一レイドはボス攻略での主要メンバー及びオールラウンダーなビルドのプレイヤーを詰め込んでいた、それはヒースクリフさんが少しでも生存率を上げる為にしていたのだが、だからと言って第二レイドはそこまで強くないかと言えばそうでは無い。

 今回は剣使いが偶然――ヒースクリフさんが選んだ部分もあるからあるいは意図的に――多かったが、ボスの弱点属性によって打撃武器、刺突武器のプレイヤーと入れ替える必要がある。それらを扱うプレイヤーの数が少ないのも確かだが、一線級の実力者がいるのも事実だ。そういった人達は第二レイドに入り、第一レイドの補佐やカバーの為に備えていてもらうつもりだった。

 《片手剣》や《曲刀》などは普遍的ではあるが、だからこそソードスキルもバランスが良く取り回しも容易で、一言で言えば隙が無い。突出した部分も無いが、欠点も無いが故に、大抵の状況には対応出来る。それを威力向きに先鋭化したものが《両手剣》や《刀》だろう。

 勿論ゴーレムといったカッチカチな手合いには不利と言わざるを得ないが、それ以外には可も無く不可も無くといったところなので、汎用性に富む。ただ単にハイレベルプレイヤーにそういった人達が多かっただけという事情もあるが、そういう事情もあるのでほぼ一切情報が無い今回の偵察戦で多く採用されていた。

 とにかく、神童率いるオレンジ達に殺された第二レイドの皆は控えではあったものの、決して弱い訳では無かった、一緒にフロアボスを相手に戦える強さを持ったプレイヤー達だった。

 むしろボス戦に於ける第一レイドの補助に入る事を前提にされている時点で弱い訳が無い。

 そんな彼らが死んでしまったという事は、つまり攻略組の全体的な戦力も低下したという事になる。少なくとも少数精鋭を旨にしてる《血盟騎士団》は大幅な勢力狭小化をすると言わざるを得ないレベルだ。《聖竜連合》と《アインクラッド解放軍》は人数が非常に多いからまだマシだが、《血盟騎士団》は流石にマズい。

 だからヒースクリフさんの頭が痛いという発言は、団長としての意味だった。

 とは言え、この現状を許してしまっている事もあって、すぐに謝罪したのである。律儀だなと思うと同時、やはり好感が持てる人物だとも思った。

 

「はぁ……あいつ等が殺されて、マトモに戦える攻略メンバーは俺達だけって……」

「これで、あと二十四層もあるんだろ……?」

「幾ら開発主任が居るって言っても、戦力が少ないんじゃあどうしようもないぞ……」

「SAOって曲がりなりにもMMORPGだからな……」

「それなのに何でボスのソロ討伐とか出来るんだろうな、【黒の剣士】は……」

 

 《アークソフィア》と言うらしい主街区へ向けて歩いていると、仲間を喪った《血盟騎士団》の団員の他、《聖竜連合》や《アインクラッド解放軍》のメンバー達が、ぼそぼそと意気消沈した様子で言葉を交わし始めた。

 まぁ、一部キリトに対するコメントもあったが……その内容は今更だったので誰も突っ込まない。フロアボスの脅威を最も知っている攻略組だからこそキリトの行動が如何におかしいかと理解しているから、それが出ても仕方ないのだ。

 MMORPGは多人数プレイを前提にした大規模ネットワークオンラインゲーム。攻略に関連するコンテンツの多くは数十人規模で進める事を推奨、あるいは前提に組まれている。

 最前線の情報やボス戦を一人でこなすキリトはソロプレイヤーの中でも一際異質な存在なのだ。

 その異質さは、普通のゲームだったら爪弾きにされるようなものだろう、旨みを独占するソロプレイはあまり好まれないだろうし一人である事を狙ってPKも横行していた筈だ。それが受け入れられているのも自己強化に対する価値観がデスゲームになった事によってある程度見直されたからだと思う。

 誰だって死にたくなくて、人ですら命を狙って来るとなれば、人を遠ざけて自己強化に励むのも仕方ないからだ。キリトの場合はそれが特に顕著だった事は誰もが知る事実である。

 

「……空気悪ィな。士気も低いし……仲間を大勢殺されりゃそれも当たり前か……」

「あの野郎、後先考えずとんでもない事をしでかしてくれたモンだぜ、まったく……」

 

 クラインがレイドメンバーの様子と会話から何とも言えない表情で言い、エギルが中層域の男の子達の事も含めて苛立っているのか険しい顔つきで声を低くして言った。

 ボクもエギルと同意である。あの神童、自分の目的の為に何て事をしてくれたんだと本気で思う。お陰で撤退不可能な攻略の難易度が余計に上がってしまった。

 下手すればキリトも再起不能となる可能性がある。

 キリトは自らの意志で――確実に暴走していたものの――実兄を殺す道を選んだが、それでも事の発端、諸悪の根源はあの神童だ。あの男さえキリトに近寄らなかったらこれまでのように不安定ではあるものの一応の平穏が保たれていた筈だ。

 あのキリトの暴走には、きっとアルゴを殺された事に対する怒りも含まれていたのだと思う。アルゴはキリトにとって護るべき大切な存在だから、殺された事で逆鱗に触れたのだ。ボス部屋のやり取りで酷く攻撃的だったのも、怒りを溜め込んでいたからだと考えるのが普段の彼を鑑みると妥当な線と言える。

 その怒りがあの神経を疑うような命乞いで爆発してしまった。ずっとずっと心の奥底で溜め込んでいた、恐怖よりも更に下に埋まっていた理不尽に対する憤怒を、憎悪を、復讐心を呼び起こしてしまった。

 その末のあの暴走。

 以前のデュエルでは、キリトは本能に従っていると思える荒々しい咆哮を上げて斬り掛かっていたが、その後は静かで、むしろ却ってそれが不気味に映るくらい凪いだ状態で斬り掛かっていた。溜め込んだ殺意や感情諸々を鋭く一本の剣へと収斂し、研ぎ澄ました刃で敵を殺そうとする冷酷無比な復讐者、そんな印象をボクは受けた。

 アレがきっとキリトが抱え込んでいる、別人格が言っていた《獣》という闇、そのほんの僅かな欠片だと思う。

 何故欠片と思うかと言えば、ここは仮想世界、命を懸けた世界で神童を倒したと言ってもここはあくまでゲーム世界だから、彼が較べられていた現実の尺度が存在しない、故に評価も覆らないからだ。

 もし今もまだ生きているのだとすれば、あの男はキリトの強さを鼻で嘲笑ったであろう。

 多分キリトもそれを理解している。

 だから本当の意味で彼が抱える闇の全てが解放されていた訳では無いと思う。

 彼があそこで剣を振るったのはヒースクリフさんや攻略組を護る為、《アインクラッド》の秩序を護る為、アルゴ達の仇を取る為、兄の不始末を弟である自分が付ける為、キバオウの力を削ぐ為、あちらが狙って来る為……挙げればキリが無いくらい多くの理由で、彼は神童と対峙し、その命を奪った。

 あの行動は《織斑一夏》個人の感情では無く、【黒の剣士】や《ビーター》と呼ばれている《アインクラッド》最強の剣士《Kirito》としてのものだったのだ。

 本当に彼の闇、負の感情だけで剣を振るっていたなら、一顧だにせずオレンジを皆殺しにしていたに違いないし、それよりも前の命乞いとも言えない愚劣な神童の言葉に耳を貸して剣を止める事も無かった筈だ。

 つまり裏を返せば、彼の心にはまだ神童と謳われる実兄を殺す事を躊躇う光があった。復讐を望み憎悪し憤怒を向ける昏い心だけでなく、普通の家族のように笑い合う未来を見たいと、そう願う心も僅かながらでもあったのだ。

 しかし彼の逆鱗に触れ続け、あまつさえ神童こそ言う資格が無い言葉で命乞いをされたからその光も閉ざされ――――表に出て来た別人格が容赦なく斬り殺すという結果になった。

 神童のアバターが光に散るのを見ている時、彼の体から何もかもが抜け落ちたかのような空虚さを感じたのはきっとそれが原因だ。感慨なんてある筈も無いだろう。復讐を為せてもいないなら、ただ虚しいだけなのだ。

 勿論、所詮これらはボクの推測でしかないけれど、そう大きく外れてはいないと思う。違っていても少しは掠っていると思えるくらいボクはその推測に確信めいたものを抱いていた。

 そして今回の件で最も痛い――どれも痛恨だが――事が、アルゴの死だ。

 第二レイドと一緒に部屋の外に締め出されたアルゴも神童達の手によって殺されてしまった事は想像に難くない。

 《アインクラッド》で最大の信用と信頼を寄せられていて、最速且つ正確な情報を提供する中立な立場を保つ情報屋の彼女が居なくなってしまえば、それだけでも間違いなく多くの犠牲者が出てしまうだろう。信用ならない情報屋の乱立、無秩序で信頼性の無い情報の氾濫を許してしまうのも目に見える事だ。

 人々の動きを統率、視点を変えれば押さえられるのは、何者にも冒せないトップを据えた時だ。

 ボク達攻略組はクリアに向けて動く者達の指標になっているし、キリトの《ビーター》によるヘイトの誘導やオレンジキラー、無秩序なレッドをPoHが率いた事もそれに当たる。善と悪のバランスを調整するには、必ず誰かがトップにならなければならない。

 アルゴの場合はその絶対的な信頼性と信用の高さから、信頼性の低い情報の氾濫を防いでいた。『【鼠】が裏取りした』となれば誰もが信用するくらいで、逆に言えば彼女が関わっていない情報は信頼性が低いものと見られ、誰もが警戒する。かつてアスナが引っ掛かったという『第一層の隠しログアウトスポット』もアルゴを騙った者による情報だった。

 情報が生命線であるこの世界に於いて、多くの仲間を喪った事と同等レベルでアルゴの死は痛手なのだ。

 これにキリトの脱落が決定すれば最早絶望的である。

 まぁ、彼の性格上自身が抜けた場合のデメリットやリーファの事を考えた上で攻略組から抜けるとは、到底思えない。強さを求めてもいるのだし、自らその機会を手放すとは思えない。

 その時は大切な存在を護る時か、別人格が言っていたように《獣》とやらが憎悪によって目覚めた時か……

 

「……ん? な、何だこれ?」

「ど、どういう事……?」

 

 これから先が辛いなと考えていると、ディアベルとアスナが困惑の声を上げた。

 二人の方を見れば、システムメニューを開いて困惑の表情を浮かべていて、何だか嫌な予感を覚えた。

 

「二人とも、どうしたの?」

「それが、戦利品でも確認しようって思ってストレージを確認したんだが……アイテムが幾つか、バグってるんだ」

「私も……それだけじゃなくて、スキルもおかしな事になってるの。二、三個はロストしてるし」

「……は?」

 

 ディアベルからアイテムのバグ、アスナからはスキルのバグまで教えられて呆気に取られたボクは、周囲の皆とほぼ同時に右手を振ってメニューを呼び出し、アイテムとスキルを確認した。

 見れば、確かにアイテムの方は幾つか表示がバグっていて、スキルも取得スキル枠から消失ないし熟練度が低下していた。

 必死に上げて完全習得した《片手剣》スキルは九〇〇になってるし、酷いので言えばもう少しで完全習得しそうだった《状態異常耐性》スキルが消失している。

 

「うわっ、俺もだ!」

「俺のメインスキルが何個も初期化されてる?!」

「俺はメイン装備の幾つかがバグって性能下がってやがる!」

「おいおいマジかよ?! 俺が必死こいて上げて来たスキルデータがッ!」

「……私の《料理》スキルも大幅に下がってる……」

 

 次々と上がる――アスナだけ微妙にずれていたが――嘆きの声。どうやらほぼ全員に同じ事が起こったらしい。

 程度の差はあれ、アイテムのバグ、スキルデータの消失ないし低下は全員に起こっているそうで、メイン武器はほぼ全員がバグって弱体化したようだった。本来の性能に較べると今は良くて九割、酷くて七割程度といったところだろう。装備重量や必要筋力値は変わらない辺りが何とも言えない、耐久値も変わらないのは良いのだが。

 攻略組の面々は誰もがメイン武器を強化して使っていたものの、殆どがその階層の宝箱から手に入れたものなので、替えようとすれば何時でも変えられる。強化すれば数層跨いで使えるが、この分ではこの階層で取り換えを要求されるに違いない。

 インゴットに戻してから新たに鍛え直す組であるボクやアスナ達は、愛用してきた愛剣達の表示がバグってるのを見て、インゴットに戻せるかと冷や冷やしている。

 ボクの愛剣なんて表示が【ル■テ_■ク】になっている。オブジェクト化は出来ているしソードスキルも立ち上がったので、一応使えはするのだが、インゴットに戻せるかが非常に気掛かりだ。

 

「スキルデータの低下にアイテムデータのバグ……これも、仕様じゃないんだよね?」

「当たり前だ。スキルの消失は完全習得していないスキルの除外でしか起こり得ないし、データのバグなど以ての外だ……さっき起こった、あの現象が切っ掛けだろう」

 

 ヒースクリフさんは、難しい顔でそう言った。恐らく『あの現象』とは、キリトが放とうとした《ヴォーパル・ストライク》の強制中断の寸前に起こった、彼曰く『世界がズレた』という現象の事だろう。

 アレしかバグらしい事は考えられない。

 

「……キリトが起こした事、じゃないんだよね……?」

 

 ボクが気になったのは、『あの現象』の発生前にキリトが見せていた現象の事。本来なら起こり得ないエフェクトの乱舞が原因なのではと考えたのだ。

 

「……否定は出来ないが、考え難くはある」

 

 その問いに対し、ヒースクリフさんは難しい顔で肯定も否定もせず、中庸の答えを返してきた。

 

「確かに彼のアレはシステム的にあり得なくはあった。しかしそれなら彼がスキルを発動した瞬間に起こった方が自然だ。『あの現象』は、彼がスキルを発動し、突進している最中に起こった。裏を返せば『システム的に無い筈のエフェクト』と『システムが起こすスキルの発動』は関係が薄いと考えられる」

「なるほど……」

 

 確かに、スキル発動中よりも無数のソードスキルの中から該当するものの構えを検出し、プレイヤー主体からシステム主体へと切り替わるスキルの立ち上げの瞬間が、恐らく最もシステムに負荷が掛かる。発動中は登録されている動きを当て嵌めればいいだけだから。

 故に関係が薄いというヒースクリフさんの考えも納得がいくものだった。

 

「というか、そもそも彼一人だけでバグを起こすほど私が構築した【カーディナル・システム】はおろかSAOサーバーはポンコツでは無い。それだけでバグを発生させるのであればこの一年半の間に幾度ラグやバグが起こっているか定かではないからな」

「……じゃあ、SAO内部じゃなくて、外部が原因っていう事?」

「うむ。リーファ君と【白の剣士】の二人がプレイしていたというALOが関わっているのではないかと私は睨んでいる。プレイヤーの乱入だけかは分からないが、何かしらの形で外部がSAOサーバーに接触した……そう考えればバグを残してしまうほど【カーディナル・システム】が働かなくなるのも頷ける話ではある。意図してでは無いとは言え、ALOプレイヤーが二人もSAOに乱入してしまったのだ、政府辺りが何らかの手段を講じたとしても不思議では無い」

「何かしらの形で、外部が……助け、だといいな……」

「確かにな……」

 

 どこか願うように言えば、男性も同意して店外に映し出されている仮想の空を眺めた。

 ボクとて本当に政府が助けの為に接触してきたとは思っていない。そう願っているのは事実だが、反対に、茅場晶彦を出し抜いてこの世界をデスゲームへと変えた黒幕が何かしたのではと警戒している気持ちの方が大きい。

 それでも願いを口にしたのは、周囲の皆がボクとヒースクリフさんの会話を聞いていたから。

 キリトが原因では無いとわざわざ口にしたのも、彼の攻撃時の現象を思い出して、《ビーター》が原因だと喚かれない為の措置だ。それらしい理屈も付けて会話したので、これ関係でキリトが一方的に責められる事は一先ず無いだろう。実際キリトは関係ないと思っている。

 そして黒幕の接触について語らなかったのも、仲間が減った上に装備の弱体化、スキルの弱体化ないし消失で士気が一気に低迷したところで追い打ちをしない為である。今はとにかく士気を上げて、攻略組という組織の瓦解を防ぐ事に注力しなければならない。

 ……ホント、この世界に来る以前では考えられないくらい、自分も思慮深くなったものである。これもきっとキリトの背を追っていたからだ。

 

「……ぅ、ん……?」

 

 どよどよと困惑でボク達が足を止めている間に、騒がしくなったせいか、クラインに背負われていたキリトがゆっくりと瞼を開けた。

 

「お、キリト、もう起きたのか? 大丈夫か?」

『きゅう?』

「ん……ナンに、クライン……こ、こは……?」

「第七十六層のフィールドだ。まだ主街区に着いてねェけどな」

「七十六層……どれくらい、寝てた……?」

「三十分くれェか?」

 

 どうだったかな、と視線でクラインがこちらを見て来たので、それくらいだと頷く。茅場晶彦の話を聞いてから上がったので、オレンジ達を監獄送りにした途端にキリトが気絶してからそれくらいは経っていた。

 

「キリト君、目を覚ましてすぐで悪いんだけど、君のスキルやアイテムがどうなっているか見てくれないかな」

「……? 何で……?」

 

 スキルやアイテムデータのバグについて、キリトはまだ眠っていたので知る筈も無く、ディアベルの頼みに首を傾げた。

 ヒースクリフさんの処遇含めて説明すると、クラインの背から降りたキリトはすぐに確認してくれた。その時には頭の整理も付いたようで普段の冷静さを取り戻していた。

 そしてすぐに難しい顔で黙り込む。

 

「……確かに、バグってるな……」

「ちなみにどれがだい?」

「《ⅩⅢ》は無事だけど、エリュシデータとダークリパルサーの表示がバグって、性能も幾らか低下してる。スキルは……ユニークスキルが幾つかロストしてるな」

 

 残ったユニークスキルは《二刀流》、《薄明剣》、《狂月剣》、《手裏剣術》、《射撃術》の五つ。

 他の五つはあまり使わなかったせいか、それとも偶然か、消失していた。コモンスキルであれば習得可能スキル欄に戻っているのだがユニークスキルであるためかそちらにも名称は残っていないらしい。

 

「消えた五つはそこまで使わなかったから、戦闘にあまり差し支えはしないな。正直《ⅩⅢ》にデフォルトで登録されてた武器の能力と被って扱いに困ってたし……《死閃鎌》が消えたのは結構痛いけど」

「ユニークスキルが消失……ひょっとすると、他のプレイヤーに移ったのかな……?」

 

 アスナが頤に手を当てつつ予想を口にすれば、腕を組んだキリトは、それはあり得るな、と頷きつつ言った。

 

「消失したコモンスキルが習得可能欄に戻っているなら、システムから削除された訳じゃ無いから、俺以外の誰かが持つ事になった可能性は十分考えられる。むしろ俺が独占しているよりも余程良いと思う……《地顎刃》と《抜刀術》なんて実際に使ったのは一度だけだしな……」

 

 幾ら自分が強化されようと、ボスは基本的に集団で戦うものだから強大な力と言えるユニークスキルがバラけるのはむしろ良い事だと、彼はそう捉えているらしい。

 一人の方が強い彼が言うのもアレだなと思わないでも無いが、確かに体が一つな彼が幾ら持っていても発動出来るスキルは一つだけなのだから、実際この方が良いだろう。それで取得したプレイヤーがオレンジやレッド、神童のような人間でなければいいのだが。出来れば攻略に積極的な人であって欲しい。

 それはともかく、という事は、キリトにとって痛手なのは愛剣のスペックが下がった事くらいになる。

 エリュシデータは第五十層LA。ダークリパルサーは第五十五層のレア鉱石から鍛えられた高性能な剣。

 この二振りで戦うのは、流石に第七十五層時点でもちょっとキツイくらいで、それを彼のステータスとスキルで押し通していた感がある。ボスにかなりのダメージを与えられていたのは武器の性能を補う程のステータスなどがあったからだ。

 それでもスペックが低下してしまったのだから、流石にこの層のボスを相手に使うのは難しいと思うから、インゴットに戻して剣に鍛え直しをする時だろうと彼は言った。

 

「問題はバグった武器をインゴットに戻せるかだ。実体化は出来てるんだから多分出来るとは思うけど、流石に不安だな……」

「そうだね……でも、つまりキリトは殆ど弱体化してないって事になるのかな」

「レベルとステータスに異常が見られず、《ⅩⅢ》もバグっていない以上、基本はそこまで変わらないとは思う。ただし《片手剣》や《二刀流》といった武器のスキル値が殆ど二〇〇程まで下がってるし、《死閃鎌》は消失したからボス相手に単独で生き残れる確率は低くなってる……暫くは《剣技連繋》も封印だな……」

 

 そもそもボスに単独で勝てる確率がある程度ある事そのものがおかしいのだが、キリトに関しては今更なので、スルーする事にした。

 というか、《片手剣》の熟練度がそこまで下がっているという事は、神童に放った二回目の《ヴォーパル・ストライク》は何だったのだろうか。一回目の中断は熟練度低下によって未習得に戻されたのが原因だと今ので察せたけど、それだと二回目でスキルの立ち上げが起きたのはおかしいのだ。システム障害が起きたのはまず間違いなく一回目で、その時にスキルもおかしくなった筈なのだから。

 アレは一体何だったのだろうか……

 そう疑問を浮かべるボクだが、どうやらその疑問を覚えたのはボクだけのようだった。ヒースクリフさんの《神聖剣》は消失と熟練度低下のどちらも起こっていないし、装備もバグっていないらしいので、皆の間に安堵する雰囲気が流れている。

 キリトに関してはスキルが低下しているのでボス相手には弱体化しているのだが全体で見れば大きな支障はあまり無い。単独で生還する確率は低くなっていると言うが、これからのボス戦では偵察が出来ないのだから、これまでと違って実はそこまで支障では無かったりする。

 勿論幾度かあったように少人数で戦線を持ち堪えさせる場合は除くのだが……

 元に戻すまでは時間が掛かるが、それでもリカバリー可能な範囲内ではあるので、一応これ以上の士気の低下は抑えられたらしい。

 ――――そう思って、いたのだが。

 

「……少し気になる事があるんだけど、他にバグは見られないのか?」

「他……と言うと?」

「アイテムのバグ、装備の弱体化、スキルの消失と低下、俺が放ったソードスキルの強制中断、更にボス部屋から迷宮区に戻る境界線を超えられない現象が起こってるんだ。最悪《圏内》の無効化とか転移門の使用不可も考えられるけど、それは確かめたのか?」

「「「「「……」」」」」

 

 キリトの言葉に、ボク達はそれぞれ目を合わせた。確かにバグとして色々とおかしな事が起こっている以上、考えられる事は全て確かめておく必要がある、特に《圏内》の消失と転移門使用不可なんて致命的だ。

 《圏内》は主街区に行けばいいとして、転移門に関しては転移結晶を使って即座に確認する事にした。

 代表としてエギルが転移結晶を使って、自分の店がある第五十層主街区《アルゲード》へ転移する事になる。

 

「転移! 《アルゲード》!」

 

 エギルが掲げた蒼い結晶が文言と共に砕け散り、蒼い光がエギルの巨体を包む。そして一際強く光が迸り……

 

「……」

「「「「「……」」」」」

 

 

 

 ――――しかし、エギルの姿はそこに残ったままだった。

 

 

 

 つぅ……と冷や汗が流れる。嫌な沈黙が場を見たし、ひゅぅぅぅ、と草原に吹く風が初夏なのにも拘わらず木枯らし特有の閑散とした空気を感じさせた。

 

「えっ、今、結晶砕けたよな?」

「ああ、確かに言い方も合ってたし、キチンと砕けた。エフェクトも転移時特有のものだったぞ」

「……という事は……」

「……マジで? まさか俺達、下層に戻れない?」

 

 どよどよと、スキルなどのバグが見つかった時以上の困惑の雰囲気が満ちて、狼狽える声が上がった。

 流石にヒースクリフさんもボクも何も言えず固まる他が無く、キリトは険しい顔で黙り込んでいた。

 

「……ヒースクリフ。一応訊くけど、これも仕様じゃないんだよな」

「ああ。下層への移動制限などゲームプレイに差し支えるから以ての外だ、元々普通のMMORPGを考えていたからね」

「やっぱりバグか……この階層の転移門をまだアクティベートしてないから不明だが、これまでのアクティベートデータがバグで全て消去されたと考えれば転移結晶が砕けても転移出来ない事には納得がいく。それでも最悪階層を進める毎に拠点を移す必要性が出て来るな。七十七層に進んだら、今度は七十六層に帰れない、みたいな」

「つまりアクティベートデータが初期化されたか、転移そのものにバグが出たか、それで事態が変わる訳だな……」

「そうなるな」

 

 開発主任である為にシステムに詳しいのが当たり前のヒースクリフさんと、生きる為にあらゆる情報を集めた事でシステムへの造詣に深くなったキリトとが、予想される事態を話し合う。

 それを聞いていたボクは、疑問が浮かんで問いを発する事にした。

 

「でもさ、回廊結晶は使えたんだし、転移に不具合があるとは思えないんだけど……」

「確かにそうだけど、アレの行き先が本当に監獄エリアだったか俺達はまだ確認してないからな。最悪浮遊城の外や空中に放り出されていた……なんて不具合になってたら最悪だ」

「う……」

 

 確かに、回廊結晶の使用は出来ていたがアレの行き先が本当に監獄エリアだったか、まだ確認はしていない。姿が消えたから転移は出来ていても不具合で転移先がおかしな場所になっていたら危険過ぎる。

 その可能性は考えなかったから、キリトの言葉にボクは呻いてしまった。

 その間にもキリトは考えられる可能性を口にしていく。

 

「それに攻略ギルドが本部に戻れない事態に直面している事には変わりない。対処するにしてもボスを斃してから一時間近く経過しているし、階層を跨げない以上それを他のプレイヤーに伝える事も出来ない。転移が正常に働かない場合は攻略の戦力がこれだけという事になる……仮に後者、転移そのものは正常であるとなれば、《街開き》に際して新たな街の観光に来るだろうプレイヤーが戻れなくなる事態が勃発するから、数千人が最前線階層で立ち往生する。どちらが起こってもマズい」

 

 転移門のアクティベートデータが初期化、あるいばバグで無効化されているとなれば、これからアクティベートされる第七十六層に大勢のプレイヤーが立ち往生する事になる。階層を跨げるのであれば各ギルドの団員を派遣して最前線に来ないよう指示出来るだろうが、仮に出来たとしてもボスを斃してから転移門のアクティベートが自動で行われるのは二時間後である事から、残り一時間ではどうやっても不可能。階層を跨げないのであれば尚更だ。

 逆に転移システムそのものがバグで正常に働かなくなれば、先の回廊結晶の話のように転移自体危険になるので緊急脱出も使えなくなる上に、上層へ進む毎に拠点を移さなければならなくなる事態になる。最悪攻略組の戦力が今この階層に居るメンバーだけという事にもなりかねない。

 どちらもマズいのには変わりなかった。

 

「ボス部屋から戻る事は出来なかった訳だけど……なら、外周部にある、あの支柱はどうなんだ? そもそもアレを登れるのか知らないが」

 

 難しい顔で悩み始めた中で、《聖竜連合》のリーダーリンドが首を傾げながら問いを投げた。

 キリトは、それには難しい顔で縦にも横にも首を振らなかった。

 

「一応解放された階層間であれば上り下り出来るけど、転移結晶がマトモに働くか不明な以上、一つミスれば紐無しバンジーで落下死待った無しだぞ? 結構風も強いし」

「そう言うって事は、キリト君、試した事があるんだね……」

「解放されてない階層に行けるのかと試して、進入不可領域のパネルに弾かれて落下した事もあるからな……」

「君は何をしてるのかね……」

「「「「「うっわぁ……」」」」」

 

 あの時はちょっと焦った、と言うキリトにヒースクリフさんは呆れ、それ以外の全員が引きつつ呆れた。流石にアレを登攀しようとしていたとは初耳だ。

 

「んんっ……それはともかく、その方法もあるにはあるが飛行モンスターが偶に来るからな……四十層辺りは飛竜が多かったし、危険である事は変わりない。転移そのものがバグってる場合は本当に紐無しバンジーで死ぬ羽目になる訳だし、それで死者が増えるのは本末転倒だからなぁ……」

「そう簡単にはいかないか……」

「……とにかくよ、一先ず街の転移門を起動してみねェか? そうすりゃ転移の事に答えが出るだろ」

「そうだな……」

「そうするとしよう」

 

 クラインの提案に誰もが反対しなかった後、ボク達はキリトとヒースクリフさんを先頭に草原を抜け、第七十六層の主街区へと向かった。

 

 ***

 

 黒幕ではなかったものの、リアルが仮想世界の創世者とも言える茅場晶彦であった団長と、気絶から回復したキリト君の後に付いて行く形で主街区に入った私達は、新たな階層の街並みを視界に居れた。

 街に入ってすぐの場所に転移門があり、北西と北東に道が続いている広場は小川が流れていた。周囲には花壇があり、芝生もある事から自然を思わせる華やかさと中世の街並みが混在している、ある意味ファンタジー的ながら現実的な主街区のようだ。

 《始まりの街》に自然をもっと増やせばこんな感じになるのでは、と思えるくらい雰囲気も似ている。

 その街にやって来た私達は、普段であればここで解散して街の散策をするのだが、今ばかりは誰もが転移門の周囲に集まっていた。アクティベート操作をしているキリト君の一挙手一投足を見逃さないよう固唾を飲んで見守っているのだ。

 操作を始めて数秒後、アクティベートされた事を示すファンファーレが鳴り響いた。

 

「どうやらアクティベート自体は機能しているらしいな……後は転移機能だ」

 

 転移機能を調べる方法は現状考えられるもので二種類。

 一つは第七十六層主街区である此処《アークソフィア》から別の転移門への移動。これは今から行う方法だ。

 もう一つは別の転移門、あるいは転移結晶を用いた方法で《アークソフィア》へ来られるか。これは来るであろう《街開き》観光のプレイヤー達の存在、そして転移結晶で離れた所からこの街へ私達の誰かが確認する予定だ。

 とにかくアクティベートが出来るかどうかが前提だったが、それは普通に出来たので、いざ確認する段階となってキリト君が転移門エリアへと足を踏み入れた。それから虚空を見上げ、口を開く。

 

「転移、《アルゲード》!」

 

 エギルさんが選んだ階層で転移を試みたキリト君は、蒼い光に包まれた。

 しかし、やはり先ほどと同じように、エフェクトは発生してもキリト君の姿はそこにあった。

 なら転移結晶はどうなのかと、フィールドで待機していたエギルさんにメールで合図をキリト君が送った。合図となるメールを送って数秒と経たずに転移門に蒼い光が発生し、浅黒い肌の巨漢エギルさんが現れる。

 

「おっ、普通に転移出来たみてぇだ」

「なるほど、転移システムは正常……どうやらアクティベートデータが初期化された方らしいな。プレイヤーがこの階層で立ち往生する事になるから……」

 

 転移システムの異常についても凡その見当が付いたらしいキリト君は、顎に指を当てて何かを考え込み始めた。団長と同じくらい冷静に現状把握と打開策を考え出している彼の様子を、私達は固唾を飲んで見守る。

 少しして、彼は団長に顔を向けた。

 

「ヒースクリフ、この街で泊まれる場所はどれくらいあって、どの辺りにある?」

「む? 転移門から見て北東エリアに、確か四十軒程存在するが……」

「四十って多いな……部屋数は? 全ての宿屋を合わせてこの街だと最大で何人泊まれる?」

「部屋数は一軒につき十近く、最大で四百人程だ」

「なら……エギルとクラインはここに居る人数分の部屋を、ヒースクリフの案内を受けて急いで確保して来てくれ。大ギルドに関してはギルド単位で区画分けをした方が良い」

「ん? まぁ、それは別に良いが……」

「何でだ?」

「何故そんな事を……?」

「千単位で訪れるプレイヤーでごった返すだろうこの街の宿泊施設をフロアボスと戦う攻略組の為に取っておく為だよ。俺は慣れてるから良いけど、他は野宿なんて慣れてないだろうし、野宿に必要な物も持っていないのが大半だろう。あとは各ギルドの支部のようなものとして機能させる事でギルドとしての組織運営を円滑にする事を狙っている。多分苦情やら何やらが殺到するだろうし、それに対処する為にも、拠点となる場所は必須だ。それに、組織に拠点が必要とされるのは権力を示す為でもあるからな。それが無いからと勢い付いて騒ぎを起こされるのは面倒だ」

「「「「「な、なるほど……」」」」」

 

 確かに誰もが野宿を厭って宿屋を取りに動く事は考えられる、それを見越して、せめて攻略組である私達は宿のベッドで寝られるよう先手を打ってくれたのだ。ギルドとして機能させる事、その後の対処に必要である事も含めているようだ。

 それらを瞬時に考え、動いたキリト君に誰もが言葉を喪っていたが、先ほど名指しで指示を出された三人はすぐに動き出した。そこまでの意図があったなら従わない訳にもいかないだろう、今後を左右する案件でもあるのだから。

 三人が走り去るのを横目で見送った後も彼は続けて指示を出していく。

 

「《アインクラッド解放軍》と《血盟騎士団》は一先ず混乱を抑える為に訪れるプレイヤー達への事情説明を頼む。ディアベルとアスナの二人が居れば耳くらいは傾けるだろう、少ないながら居る女尊男卑の女性や女性を目の敵にしてる男性に対しても二人居れば対処出来る筈だ」

「了解だ」

「分かったわ」

「《聖竜連合》は暴動が起きないよう、それと圏外に出るプレイヤーが居ないよう境界線辺りに控えていて欲しい……リンド、頼めるか?」

「任せろ」

「ありがとう。《風林火山》と《スリーピング・ナイツ》はディアベル達の補佐に動いてくれ、丁度男性と女性でハッキリ分かれてるし広く顔を知られてるからな。ストレアもここだ」

「「「「「了解!」」」」」

 

 以前であればここで誰かが反論したり、従わない意思を示しただろうが、彼の指示の的確さと現状への不安からか誰もが、あの《聖竜連合》までもが素直に従っていた。非常事態である事とそれらに対しこれより適した最善の策が浮かばないくらい的確な指示だからだ。

 

「それから第七十五層であった事は全て口外禁止だ。撤退不可、結晶無効化空間、ボスの話はしていいが、それからの経緯は全て厳禁。攻略組が一斉に死んだなんて事実、下手に洩らせば混乱を収められなくなる」

「そう、だね……でもギルドには……」

「ああ。だからギルド外への箝口令を敷くんだ。どこまで効果があるかは流石に分からないけど、それでも無用の混乱をわざと招く必要は無い。それが事実として知られるよりも前に七十七層へ進めば、攻略組が減っても攻略に支障は無いと言って不安や不満を抑え込める、攻略速度を上げれば尚更だ。ただでさえ七十五層攻略に二週間程掛かったからこの層は少し駆け足気味に行かないと」

「勢い余って偵察戦で倒した、って言ったら少しは抑えられるんじゃないのか?」

 

 キリト君の言葉に疑問を覚えたのか、リンドがそう言うも、すぐに彼は首を横に振った。

 

「攻略ギルドであれば多少効くだろうけど、今回の偵察戦を一般のプレイヤーは知らないから意味が無い。そもそも撤退不可と伝わった時点で倒すしか無かっただけと言われるのは目に見えてる。言い訳と取られてあの手この手で罵って来る可能性が高い、むしろ逆効果だろうな」

「そうか……確かに、偵察戦なんて知らせてなかったからな……」

 

 キリト君の言葉に納得したらしいリンドは何度も頷いた。

 以前までは見られなかった二人の物騒でない雰囲気の対話が終わった時、シュワンと柔らかい音と共に蒼い光が転移門から放たれた。

 とうとう《街開き》を知って観光しにプレイヤーが来たのだと悟って、胸中で溜息を吐きながら振り返って……

 

 

 

「アーちゃん達じゃないカッ?! 良かった、オレンジ達に殺されなかったんダナッ!」

 

 

 

「……アルゴッ?!」

「「「「「えええええええっ?!」」」」」」

 

 転移門から姿を見せた最初の一人は、驚いた事に殺された筈のアルゴさんだった。その姿を見て、キリト君が彼女の名前を呼び、私達は予想外の人物に驚愕の声を上げる。

 茶色のフーデッドローブに包帯を巻いた腕、何十本とピックが入れられたポーチに短剣といった装備は変わっていないが、矢鱈と安堵を抱いた様子で私達を見回していた。

 

「……ン?! ヒースクリフの旦那にあと何人か足りないケド……まさか、殺されたのカッ?!」

「あ、それは……」

 

 事情を知る筈が無いアルゴさんに、仲間の二人はボスにやられ、団長達は宿を確保しに向かった事を説明した。一先ず【白の剣士】が率いた者達による欠員は無い事を知った彼女は安堵のため息を吐いていた。無論、ボスにやられた二人の事は心底悔やんでいた。

 代わりにアルゴさんからも話を聞く事になった。

 しかしその前に、流石に場所が場所なので、数分して早速宿を取って戻って来たエギルさんに案内してもらった宿のラウンジに移った。

 三階建ての宿で、一階がエギルさんが営む故買屋兼酒場兼喫茶店、二階以上が十人泊まれる宿になっていた。

 現在集まっているのはキリト君とアルゴさん、団長、私の四人である。他の皆は早速《街開き》でやって来て帰れなくなってしまった人達の対応に当たっている。

 ストレアさんだけ明確な立場も無くギルドにも所属していないフリーのソロプレイヤーだが、今はランさん達と行動してもらっている。半ば《スリーピング・ナイツ》の一員のような扱いではあるが、あそこは女性しか居ないし人数も三人と少数にも程があるから丁度良いだろう、両手剣使いというタンクとアタッカーをこなせる重戦士も一人くらいは必要だ。

 攻略組の指揮を執る事が多い私はアルゴさんの話を聞いて事態を把握しておく必要もあるため、ディアベルさんにその場を任せて此処に居る。どちらにせよ人がある程度集まらなければ何度も同じ事をしなければならなくて時間の無駄という事もある。

 その宿は店長となるエギルさんの他に団長と私、ディアベルさん、リンドさん、クラインさん、《スリーピング・ナイツ》三人、キリト君、アルゴさんの十人が泊まる部屋を確保されていた。

 

「俺はギルドで分けるよう言った筈なんだが……」

 

 宿に泊まるメンバーを聞いてキリト君が僅かに訝しんだ。彼は一つの宿に泊まるメンバーを出来るだけギルドで分けるように言ったのに、これでは話が違うからだ。

 

「確かに区別するのは必要だが、リーダーだけは同じ宿を取ってもいいのではとも思ってな」

「同じ階層に集まらざるを得ないなら、いっそ攻略組のギルドリーダーくらいは固まって、苦情や攻略情報に纏めて対処する方が良いんじゃねェかと考えたんだよ。こっちの方がいちいち連絡取り合うよりも手っ取り早いだろ?」

「私達が纏まってるのはエギルさん達の御厚意ですね。宿屋の食堂では情報が集まりやすいので、それを考慮して優先的に回して下さったんですよ。女子だけで構成されているのもあります」

 

 その問いに、宿を取りに行った団長とクラインさんが答え、ランさんが付け加える。

 

「……俺は攻略組内でのギルド間の区別を優先してたけど、《攻略組》という一つの組織体系化を優先した訳か……そういう考え方もあるんだな」

 

 苦情がバラバラに来て、ギルドごとにそれに対処するくらいならいっそ攻略組という名称を正式名称にして、大きな一つの纏まりにすればいいのでは、という考えかららしい。エギルさんのお店兼宿屋が《攻略組》の総本部のような扱いになるという事だ。

 本部というだけでも威圧感があるから問題を起こす客への対応が実に速そうである。その前に威圧感に怯え、他の店へ行きそうな気がしなくも無いけど。商売が繁盛する事を願うばかりである。

 それはともかく、どんな苦情や問題が出たといちいちギルド間でやり取りするのは確かに面倒だし、時間の無駄だ。主だったリーダーが同じ宿に泊まっていれば、当初起こるであろう宿のランクでの騒ぎも事前に防げるだろうし、問題が発生した時リーダー同士で話す事が出来る。アルゴさんの情報も逐一集まるのだから最適だろう。

 問題はキリト君がキチンと戻って来るかだが……多分戻って、来ないんだろうなぁ……

 何となくキリト君が取るだろう行動を予想して苦笑を禁じ得なかった私だが、場が整ったため、話の内容に意識を移す。

 アルゴさんの話は次のような内容だった。

 ボス部屋前で扉が閉まってほぼすぐ襲って来た【白の剣士】筆頭のオレンジ達により壊滅へと追いやられた第二レイドは、その半数以上が殺されたものの、アルゴさん含めて数人はギリギリで転移結晶による緊急脱出が間に合い、生き延びたらしい。その殆どが扉に近いところに居て、攻撃してくる者達から距離があったからだという。

 それから、改めてボス部屋で何があったのかを、さっき転移門前でした時より更に詳しくキリト君や団長は語っていく。

 団長の正体については、団長自らが明かした。

 それに対してアルゴさんは、どこか超然としていてどんな情報にも驚かない人物だから開発組の誰かなのではと疑ってはいたようで、そこまでという感じだった。それでも流石に茅場晶彦であった事は予想外だったらしく、僅かに瞠目していた。

 同時にキリト君は茅場晶彦だとある程度予想していた事を知って呆れてもいた。そこで驚かない辺り、キリト君の異常ぶりに馴れて感覚が麻痺している証なのかもしれない。

 そして彼女は誰に諭される事も無く、団長の事を信用すると言った。人を見る眼には自信がある、と付け加えた上で。

 

「……本当に、ありがとう……」

 

 団長はアルゴさんに、安堵と喜び、そして申し訳ない気持ちが混ざり合った複雑な面持ちで、頭を下げて礼を口にした。

 それにアルゴさんは苦笑を浮かべ、肩を竦めた。

 

「よしてくれヨ。オレッちはただ旦那の今までの言動と態度から判断しただけダ……それに、本当のお礼はこの世界をクリアした時まで取っておいてくれよ、その時こそ本当に言うべき時ダ。クリアした暁には、攻略に参加したメンバーにしっかりお礼を言ってやってくレ」

「そうだな……その時には、身を粉にして働いてくれたアルゴ君にも、誠心誠意礼を尽くそう」

「ン……それを目的でやってた訳じゃあないんだケド」

 

 まるで、自分は大したことをしていないとでも言うように、『攻略に参加したメンバー』から自身を外したアルゴさんに、団長はしっかりとお礼を言う対象に含める事を告げた。

 それにアルゴさんは一瞬呆け、すぐに苦笑を浮かべた。

 

「でも、貰えるものは貰っておこうかナ。楽しみにしてるヨ」

 

 それから彼女は、苦笑を笑みへと変えて、そう言った。

 その時まで生き抜く、という意思と共に。

 

 *

 

 団長については一応解決したので、話はその後、【白の剣士】とキリト君が刃を交えた事に移った。その最中にシステム障害の原因と思しき話もあったからだ。

 それを語ったのは主にキリト君で、私や団長はそれに注釈を付け加えるような形で進めていった。

 ただ、どうにも彼は首を掴まれてから実際に青年を殺すまでの記憶が曖昧らしく、軽く確認した感じ別人格が戦っていた事は理解出来ていなかった。判断に迷ったので、あの事はリーファちゃんに一度相談してからにしようと取り敢えず今は別人格の存在は一旦伏せ、彼の記憶が曖昧な部分を私達で補完した。

 【白の剣士】との死闘、そして決着に、アルゴさんは僅かに目を細めた。

 

「そうカ……【白の剣士】は、死んだんだナ……」

 

 キリト君が、そしてアルゴさんが減らしたかった何十人もの仲間の死。

 それを生み出した諸悪の根源の死を知った彼女はとても複雑そうだった。憎くはあるだろうが、けれど呆気ない終わりに若干思うところがあるのだろう。

 

「ああ、確かにこの手で、殺した……あそこは結晶無効化空間だから転移結晶での離脱は出来ない。HPも全損させて、ゲージを消したから死んだのは確実だ……――――でも、今はそれより、下層に戻れなくなってる事が問題なんだ」

「キー坊……」

 

 自身の兄を殺した事を『それ』と言って片付けた事にアルゴさんは複雑な面持ちになった。僅かに漏れた名を呼ぶ声は、彼の心情を慮ってのものだろう。

 

「――――……分かってル。オレッちも、情報屋として寄せられてる信頼を存分に発揮して、アーちゃん達が説明する手助けをするヨ」

 

 それでも今は目の前の事に対処する方が先決だと現実的な情報屋として判断した彼女は、すぐに表情を改めてそう言った。顔に浮かべられた笑みは強気に見えるが、それだけでなく、彼を慮る優しい笑みにも私は見えた。

 きっとアルゴさんの事をよく知らない、あるいはキリト君の事を疎んでいる人達から見れば不敵な笑みにしか見えないだろうけれど、その表情は、今まで見た事が無いくらい慈愛に満ち溢れているように見えた。

 残念ながら、一瞬でその表情は疑問のそれに変わったが。

 

「……ところで、キー坊はこれからどう動くつもりなんダ? 今の話を聞いた限りだとキー坊は今の所フリーだと思うケド」

 

 そして上がったのは、これからキリト君がどうするかというものだった。

 確かに攻略組に属している主要ギルドはこの街で立ち往生するだろうプレイヤー達への対応をする為に動く事になるが、現状ソロの彼だけ役割が分かっていない。彼の事だから何か考えてはいるのだろうけど、何をするか知っていないと、こちらとしても対応が難しくなる。

 

「一先ずこの階層の探索だな。他に街があるなら、そこを解放する事で宿を確保出来る訳だし」

 

 幾らかのプランを思い浮かべているのだろうキリト君は僅かに視線を上に上げ、虚空を見ながらそう言った。

 確かに、一層にある街が一つな筈が無い。九十層台後半であればあり得るだろうが、ここはまだ第七十六層、漸く四分の三を過ぎたところだから街や村も二つ三つあって然るべきだ。これまでも一階層につき複数あったからこその思考だった。

 

「あー……キリト君、それについてなのだが……」

 

 これまでの経験からそう計画を立てているキリト君の言葉に、何とも言えない微妙な声音で団長が意見を挟んだ。何か不都合があるような感じに私達の視線が集中する。

 

「第七十六層からは、一つの階層につき転移門を有する街が一つしか無い。より正確に言うなら、徒歩で移動する場所なら幾つか村などの施設はあるのだが門が存在しない」

 

 そうした理由は、曰くオレンジ常連のプレイヤーが最上層でも通用する力を付けてしまうと、少しずつ力を付けて階層を上っていくプレイヤー達を恰好のカモにし、攻略が先立たなくなる可能性が考えられたからだという。

 なので第七十六層以上の階層には圏外転移門が存在しないらしい。流石にカルマクエストを受注する為の教会などはあるらしいけど。

 その理由にキリト君は納得を示した。そういう対策は取っておいて然るべきだと言い、更にまだ活動しているオレンジギルド達がほぼ来られない――迷宮区の経路を使う者はほぼ居ない為――という事で安全だと分かって、更に安堵も抱いていた。

 とは言え、それでも喜べない部分もある。圏外転移門が無いのはともかく、この主街区の他の街や村に圏内転移門が無いのは現状困るのだ。

 

「……新しい街を見付けたら宿を確保出来ると考えていたのに、転移門が無いんじゃ余計急がないとダメじゃないか……というか、もしかしてこの街に四十軒も宿屋があるのはそのせいなのか」

「その通りだ」

 

 通常、宿は一つの街に基本は五軒から十件程度だ。これは一つの街にプレイヤーが密集すると、その周囲のモンスターのリソースが枯渇しやすいため、そうならないよう少なめにしているらしい。《始まりの街》だけは例外のようだ。

 このほかに、《INN》という看板は無いものの条件を満たせば寝泊まり出来る物件が一つの街や村にそれなりにあるため、一階層で滞在出来るプレイヤー数は存外多い。

 まぁ、初期ロットこそ一万だったものの、下手しなくても生産が続けば国を跨いでプレイヤーがログインしたかもしれないのだから、それでも足りないとは思う。サーバーを国ごとに変えたとしても、日本だけでも千万人のプレイヤーは居ただろうからやはり足りないだろう。

 それを考えると、デスゲームという状況はいただけないが、初期ロット数が一万だったのはこの状況を鑑みれば僥倖と言えなくも無い。無論、戦力が限られるという事だから素直に喜べる事でも無いのだが。

 

「……生き残りが約七千。これまで監獄に入れたオレンジが大体五百人くらいだから、約六千五百。一つの街で最低宿は四百。全員が宿に泊まるとなれば最大十六、七層分。つまり九十層前半か……先は遠そうだ……」

「ちなみに上に行く程フィールドは狭くなるので街も相応に狭くなっていき、自然と宿の数もそれに応じて少なくなっていくようになっているよ」

「――――」

「ア。キー坊が固まっタ……」

 

 どこまで攻略すれば不満が無くなるかなと計算していたのだろうキリト君は、団長の無慈悲な事実の提示に、瞬間的に凍り付いた。

 徒歩でのみ行ける施設を除けば、恐らくゲームクリアのその日まで誰かは野宿になるという計算だ。

 少しでもこの層に来ない人が多ければ良いのだけど、娯楽に飢えているSAOプレイヤーが《街開き》に来ない筈も無いから、それも望み薄。あるとしても攻略ギルドくらいで、精々が五百人くらいだろう。《アインクラッド解放軍》の所属数が相当なのでひょっとすると一、二千人ほどは下層に居続けるかもしれない。

 取り敢えず第一層の教会に居る子達やサーシャさん達は来ないで欲しい。主にキリト君や私達の精神衛生的に。人でごった返して、それに比例して増えるだろうトラブルに巻き込まれないかが凄く不安なのだ。

 でも戦力的にフィリアさんとレインさんは《攻略組》に来て欲しかったりする。レインさんの実力は未知数だが、子供達と本人の会話から相当な使い手だとは思う、フィリアさんと一緒にトレジャーハントしていたのならその話に信憑性が出て来る。キリト君と知り合っているという点でも中々だ。

 あの二人勧誘出来ないかなぁと、目の前で凍り付いて動かなくなったキリト君を見つつ、私は思考していた。

 

 ***

 

 第七十六層《アークソフィア》の噴水広場付近にある宿屋の一つ、エギルさんが纏めて買い占めた故買屋兼喫茶店兼宿屋の一階ラウンジ。

 人々から《ビーター》と蔑まれ、けれど身勝手な希望と共に【黒の剣士】と讃えられている一人の少年によって、最前線攻略プレイヤーの為にと確保されたこの街に存在する四十の宿の内の一つ。

 そこで、私は現在、凄まじく場違いな感じを覚えていた。

 一階ラウンジにいるプレイヤーの数は私を含めて十数人。

 その内、ギルドリーダーはヒースクリフさん、ディアベルさん、リンドさん、クラインさん、ランの五人。サブにアスナさん、シンカーさん、リンドさんの側近、クラインさんの右腕、ユウキと私。ソロのキリトと情報屋のアルゴさん。最後に宿の店主である故買屋兼両手斧使いであるエギルさん。

 およそ攻略組のそうそうたるメンバーが勢揃いしているのは勿論、第七十五層以下に戻れなくなった事に対処する為の会議を開く為だ。《血盟騎士団》を始めとした大ギルドのホームにある巨大な会議場、あるいは街に点在する広場を使って合議が開かれるのが常だったのだが、この話し合いを余人に聞かれないよう注意を払うべく、少々狭いながら宿のラウンジを使う事になった。

 ラウンジには私達しか居ないが、盗み聞きが無いように出入り口付近には《血盟騎士団》と《聖竜連合》、《アインクラッド解放軍》の精鋭や《風林火山》の数少ない団員が警備の為に動員されている。

 壁越しに盗み聞きをするには《聞き耳》と呼ばれる何のためにあるのか――犯罪目的以外の使い道が――分からないスキルを要するのだが、それには壁に耳を当てる必要があるので、人海戦術で虱潰しにこの宿の周囲を巡回するようにして対応しているのだ。

 まぁ、それ以上に外の方が騒がしいから聞き取れないだろうけど、システム補正で聞き取りやすくなっている可能性もあるから念には念を入れた方が良い、とキリトが言った事による対策だ。

 そんな緊張感溢れる状況下な上に、大きな丸テーブルに間隔をあけて座っているこの状態がかなりの精神的圧迫を発生させる。国連の会議室などで使われている円卓というものだ。

 円卓に座るのは各ギルドリーダーとサブリーダー、キリト、アルゴさんの十三人。エギルさんは飲み物の配膳もするので席を立って話を聞くようにしている。

 今はそこで、昼間にキリトがボス攻略に参加したメンバーに命じ、その後どうなったかを話し合う光景が広がっていた。

 

「一先ず私とディアベルさんから事態の状況を説明して、《圏外》には出ないよう言い含めておいたけど、あんまり長くは保たないと思う」

「皆、身の着のまま来てしまったからね。幸いなのは《街開き》に際してコルを多めに持って来ていた事だろうけど……上層なだけに物価が高い。どれだけ突き詰めて生活してもコルが底を突きて路頭に迷うのは早ければ五日前後だ。一個一コルの黒パンを好き好んで買う人も居ないだろうからね」

 

 最前線攻略ギルドとして有名な《血盟騎士団》と中層以下のゾーンで多くのプレイヤーの支援や新聞による情報提供を行って来た《アインクラッド解放軍》は、プレイヤーからの受けが良く、信頼を寄せられている。

 そのためキリトはヒースクリフさんから話を聞くのとアルゴさんに事情を話す間に、ディアベルさんとアスナさんを筆頭に《街開き》と思って来てしまい戻れなくなったプレイヤー達を出来るだけ集め、事態を説明する役目を任せた。

 当然不満や文句が殺到するだろうがプレイヤーの身ではどうにもならないから、カリスマ溢れる二人が対応する事で一時凌ぎをしようとキリトは考えたのだ。

 とは言え本当にそれは一時凌ぎに過ぎない。

 

「やっぱりか……」

 

 それも事が事だから抑えられるのも本当に僅かな間だけ、その間にどうにか対策を立てなければならないと、この会議長をしている――と言うより半ば流れで任された――キリトは、その幼いながら大人顔負けの聡明さを見せる顔を顰めた。

 

「《聖竜連合》からも報告がある。構わないか」

 

 そこで、次はディアベルさんの近くに座っていた青髪の曲刀使いであるリンドさんが軽く手を上げ、そう言った。

 キリトが視線で先を促せば、リンドさんはこくりと頷いて口を開く。

 

「言われた通り《圏外》にプレイヤーが出ないよう全ての門の封鎖を《ブロック》で行っているが、こちらも時間の問題だ。『自分なら大丈夫』、『クエストに行かせろ』と言ってこちらの話を聞かない連中が居るらしくてな。今回はまだ初日だから言い合いでどうにかなったんだが……」

「コルを使うにつれて、時間が過ぎるにつれて激化するのは明白か」

「ああ。正直、早ければ明後日が限度だろう。それに封鎖に割いてる人員の方も不満があると思うし、それに回ってる間はレベリングもクエストの消化も出来ないから、自分もコルが減るばかりだと何れ怒り始めるのは目に見えてる……俺が言うのも何だが、その……血の気が多い連中ばかりだから、な」

「議長が俺と知ったら何と言うか目に見えるな……」

 

 《聖竜連合》は《ビーター》を疎み、嫌い、攻略の傍らで攻略組から排斥しようと――キリトを殺そうと――集って作られたギルドだ。リンドさんがディアベルさんを尊敬していた部分もあって攻略に関する事であればまだしも、それ以外であれば割と容赦なくキリトの命を狙っている部分があった。

 とは言え、現在のリンドさんはキリトに対する視方をある程度改めているようで、議長が彼になった事に対しても文句一つ口にしなかった。サブに選ばれている団員が何か言いたそうにしてはいたものの、第七十五層ボス戦から《アークソフィア》に来てからのキリトの行動を見ては今まで通りの悪罵を吐く事が出来なくなっているようで、最終的には反駁する事無く黙って受け容れている。

 時間が出来た時に皆に訊いてみたが、キリトやアルゴさん、アスナさん達の誰も《ビーター》の真実に関して話していないようなので、リンドさんは漸くキリト自身を見て認め始めたという事になる。

 良い傾向だなと私は思った。多少迂遠的ではあるが、プレイヤー全体に関する事であればリンドさんの協力もある程度であれば得られるという事になるからだ。

 キリトは利己では無く自己犠牲の精神性を有している。下手しなくとも今回の事態は、キリトが自己犠牲の無茶に奔るのが目に見えるくらいの相当な非常事態だから、少しでも協力者を増やして皆で取れる選択肢を多くしておきたい。

 第七十五層より下に戻れなくなった事を含め、今の状態はかつてと似ている。あのデスゲーム宣言をされた時と近しい。

 戻れなくなったのは、第一層未攻略だった一つの階層にプレイヤーが集まっている時と同じだ。

 武具が弱くなったのは、レアな武器が壊れて店売りの武器に買い替えていた頃と同じだ。

 スキルが消失あるいは熟練度が低下したのは、取って育て始めた頃と同じだ。

 全てあの頃と同じ状況なのだ。

 であるならば、また同じ事が起きる可能性がある。

 キリトはかつて、元ベータテスターとビギナーの間にあった確執を取り払うために自らを『情報を独占する卑怯な元ベータテスター』と銘打って、《織斑一夏》に対するヘイトも利用して、自分一人に悪意を向けるよう演じた。

 今、この第七十六層には大まかに二つのプレイヤーが存在している。すなわち『《圏外》で戦えるだけの力があるプレイヤー』と『《圏外》で戦えないプレイヤー』だ。前者は自力でコルを稼げるが、後者はそれが出来ない。

 無論《圏内》でも消化可能なクエストは存在する。料理店の店員の役目を担うアルバイト的なクエストだったり、お使い系クエストだったりだ。

 ただ圏内クエストは少々問題がある。それが原因でキリトも頭を悩ませているのだ。

 《ソードアート・オンライン》は元々MMORPGの毛色が強いので、茅場晶彦であったヒースクリフさん曰く【カーディナル・システム】と呼ばれる完全自律のシステム基幹が自動で更新するクエストは、その多くが《圏外》でのクエストになる。モンスター討伐、ドロップ品の収集、あるいはフィールド各所にある採集地点からのアイテム採集クエストだ。

 それは【カーディナル・システム】のクエスト参照が民謡や童話、外国の神話などを基にしている事にも起因しているかららしいが、とにかく『剣が彩る世界』だから、メインは《圏外》での行動なのだ。特に戦闘を挟むものは種々様々で、物語性に富むものも多い。

 《圏内》でこなせられるクエストは圧倒的少数なのである。

 とは言えそれだけであればまだ問題には発展しない。

 圏内クエストが問題解決の手段になり得ないのは、種類にもよるが幾らかの制限が課されているからだ。普通なら気にしない事が今回は大問題になっているのである。

 たとえばお使い系クエスト。

 お使い系クエストは『あそこの店の人にこの品を~』という物語があり、言われた通りに持って行く事で、『これをお礼に~』と感じで報酬を受け取れる。戦闘を経ないし特に必要なスキルも無い――ものによってはあるが大抵は不要――なので、ちょっとした小金稼ぎには持って来いだ。

 ただ物語性があるという事は、クエスト達成による影響も当然出るようになっている。

 料理店に食材を持って行けばメニューが解放される等が見えやすい変化で、見えにくい変化は、一日に受けられる回数に限界があるというものだ。簡単な話、貯蔵出来る量に限度があるから補充するクエストも発行されないのである。更にそれは一人のプレイヤーに対してでなく、全てのプレイヤーに対してだ。

 なのでお使い系クエストは一箇所で受けられる回数が一日何回か決まっている。報酬のコルや経験値の減少は無いが、一つの階層の一つの街に多くのプレイヤーが集まっているので、気休めにすらならない。

 では料理店のアルバイト的クエストだが、こちらはもっと単純だ。

 アルバイターとして店員の役目を果たすこれは、店に訪れたプレイヤーをどれだけ対処したかによって報酬が決まる。店に来た人がゼロなら報酬も基本は無いし、逆に多ければそれだけ報酬が沢山――経験値は流石に上限が設けられているが――貰える。勿論お客がいなかった場合、厨房も回らないからお皿洗いすら無いから、そういった手伝いの報酬も無い。

 つまり金欠で事態がマズい方向に向かっている現状では、アルバイターなんてしてもコルが増えない。

 攻略組が外食に行けば多少は話は別だが、それはそれで別の意味で秩序を乱すのは明白だ、主に誰がクエストを受けるかで大問題に発展するだろう。それはキリトを含めて誰もが望まない。一つの店に雇える人数も決まっている事からもやはり解決手段にはなり得ない。

 ちなみに《料理》スキル完全習得している人の手料理を食べた事がある身としては、何か祝い事とかが無い限り、基本的に外食に行くという選択肢が無かったりする。

 閑話休題。

 他にも転売屋やそこらの道具屋で売っているものを購入してクリア出来る――勿論本来はドロップ収集や採集系の――おまけ的なクエストもあるが、それも回数制限があるし、道具屋で購入するだけのコルが無い者はそれすら出来ないから問題解決の方策としては論外。

 外に出られるならこれらに見向きすらせず圏外クエストをこなしに行こうとするだろうが、システム障害が多く見られ過ぎている現状でいきなりそれを許す訳にもいかず、キリトの指示で一時《圏外》へ出る事を全面的に禁じているため、コル稼ぎも現状は不可。

 可能な事と言えば手持ちのアイテムを二束三文でNPCに売り払うくらいだが、それもやはり一時凌ぎに過ぎない。

 根本的な問題は大きく捉えると『プレイヤーのレベル不足』。

 細かく分ければ『《圏外》で戦えない』、『手持ちのコルが無い』、『プレイヤーが多過ぎて稼ぎ場所が足りない』、『不安が大き過ぎて混乱している』等だろう。

 せめてコルがどうにかなる程度の問題であれば次の階層を解放する事で宿の数も増やせるし、レベルも《圏外》で戦える程度あれば徒歩で門が無いもものの宿がある施設へ行って雨風を凌げるようになるのだが、そのどちらも不足しているから解決策が数珠繋ぎのように論外判定を受けている。

 これがゲーム序盤であったなら、少なくともレベルの問題は無かっただろう。あるいはレベル制ですら無かったならよかったかもしれない。

 これはスキル制とレベル制の併用であるRPGの宿痾と言える。

 そもそもデスゲームだったりシステム障害が起こる何かさえ外部が行わなければよかった話なのだけど。

 ……正直、何で私達がこんな事で頭を悩ませなければならないのだろうかと思わないでもない。

 いや、一番悩んでるのは《ビーター》として全ての人を護ろうとまでしたキリトと、少しでも生還者を多く残したいヒースクリフさんだろうけど、そもそもプレイヤーである私達がどうして原因不明のシステム障害に端を発する問題に頭を悩まさなければならないのか。

 

「……クライン、この街に来てしまったプレイヤーの人数はどれくらいだった」

 

 内心で溜息を吐いていると、円卓の上に置かれた湯気を上げるエギルさん特性コーヒー風の飲み物が淹れられたカップを難しい顔で見ながら考え込んでいたキリトが、クラインさんに問いを投げた。

 《風林火山》と私達《スリーピング・ナイツ》は、アスナさん達の補佐のようなものとして各プレイヤーを宥める事に従事していた。その関係である程度の人数なら把握していると考えたのだろう。

 

「俺も全部把握してる訳じゃねェけど、ざっと三千人ってとこだ」

「その内、攻略に関係してるプレイヤーは各ギルド合わせておよそ五百人。五十層以上を拠点にしてた人達もおよそ五百人。あとの二千人は完全に戦えない人達です。《街開き》もそうですけど、そもそも第一層に閉じ籠ってたと思しき初期装備の人達も見ました。ちなみにリンドさんが言っていた騒いでいる人達は七十層台を活動圏にしている方々、アスナさんとディアベルさんが言っていたのは初期装備の方々です」

「三千……思ったより少なかったな……」

 

 現在の《アインクラッド》の生存者はおよそ七千人。

 その内、キリトによって監獄に送られたオレンジが五百人ほど居るので、自由に動いているプレイヤーは六千五百人。そのギリギリ半分以下という人数がこの街に来ている事実に、キリトは僅かに眉根を寄せた。

 そう、少ないのだ。五千人は超えると彼は想定していたが実際は喜ばしい事に三千人と想定より二千人も少ない。それでも問題が発生しているのだから本当なら喜べる事でも無いのだが、想定よりまだ良い方向である事は素直に喜んでおくべきだ。

 そうでないとやっていけないのもある。

 ただ来てしまった人が少ないのにも理由がある。

 こちらへ来て帰れなくなってしまった人、また転移結晶で下層に戻れないと判明した時点でディアベルさんを通じて《アインクラッド解放軍》に属するプレイヤーにこの話が伝わり、とにかく上層へ行くなと声掛けを行っていたかららしい。

 最初はそれを信じず来たが、本当だったと知ったプレイヤーが、自身のフレンドに話を伝えた。

 それが連鎖した事で『七十六層へ行くと戻れない』という話の信憑性が増して、《街開き》に訪れる者は少なかったらしい。来てしまったのは先の話を信じなかった者や人付き合いが少なく話を知らなかった者、早々に来てしまった者くらい。

 そう考えると三千人も中々の多さだと思う。平均的な小学校の体育館が一つ五百人は入るから、それが六つ必要な人数という訳だ。

 

「…………」

「……何か気になる事でもあるの?」

 

 その事はキリトも既に聞き知っている筈なのだが、何故か難しい顔をしたままカップを見続けるものだから気になってしまい、問いを投げた。

 

「ん……ああ…………まぁ、無いと言えば嘘になるかな……」

 

 キリトはそれに、曖昧な答えを返してくる。何か妙に思っているのは確かなようだ。

 

「何が気になってるの?」

「現状の問題に直接関わって訳じゃないけど……この層に来た人達の理由を訊いて、ボス戦の経緯含めてメールを送ったのにあの二人から返信が無い事が気になったんだ」

「あの二人……?」

「リーファとシノンという……俺がアキトとデュエルした時にも居た、金髪の妖精と黒髪に緑衣の女性プレイヤーだ」

「……ああ、あの二人か……」

 

 リンドさんはキリトがリーファさん達と懇意にしている事を知らず、『あの二人』という呼称では思い付かなかったようだが、顔自体は合わせていたからすぐに気付いたようだった。

 それはともかく、確かに言われてみれば現在の問題に関係は無いものの気になる事ではあるだろう。特にキリトの事を溺愛している義姉のリーファさんと恋心を抱いていると思しきシノンさんは、キリトから連絡があれば即座に――多分キリトのフレンド全員そうだろうが――返信をする。

 逆に考えれば返信が無い事自体おかしい。

 深夜だったり早朝だったりすればまだ起きていないのかとも考えられるが、現在時刻は午後七時を回る前、更にボス戦が終わったのは諸々あっても午後三時過ぎだった。システム障害はスキルや装備面にも表れているのだから、それに関して心配するメールがキリトに送られていても不思議では無い。

 だというのに四時間程が経過して尚一切の音沙汰が無いというのも奇妙な話だった。

 

「お前とその二人は親しいのか?」

 

 そう悩んでいると、この場で関係性を知らないリンドさんが、側近の人と同じ――少しリンドさんの方が険は取れている――不思議そうな表情を浮かべて問いの声を上げた。

 

「…………そう、だな。親しい方には入るよ」

 

 キリトは暫く言っていいものか悩んでいたが、リンドの対応を見たからか、あるいは自分自身から少々言い逃れが出来ない事を言ってしまったからか、その疑問に肯定を返した。

 ただその言い方は、若干妙ではあったが。

 

「詳しい経緯は省くが、あの二人はつい最近……七十五層解放の翌日に会ったんだ。それからはちょくちょく一緒に居た。《スリーピング・ナイツ》と懇意にしているようでな、それで俺とも顔を合わせる機会があった。レベリングをしたいと言っていたから多少アドバイスをした縁でフレンドも結ばせてもらった」

「そうだったのか……」

 

 その話には真実もあったが嘘も混じっていた。

 むしろキリトの縁があって私達もフレンド登録をしたのだが、キリト主体の交友とあっては《聖竜連合》、ひいては誅殺隊に付け狙われる事が懸念されるからだろう、リズベットさんやシリカさんのように敢えて遠回りの交友関係であると彼は偽った。

 そうしなければ誰かと一緒にいる事も許されないという事実に、幾度目とも知れない疼痛を覚える。

 

「今確認したけど、あの二人の現在位置って追跡不可になってるゾ。ダンジョンに籠ってるにしてもちょっと長過ぎる気もするシ……」

「それは……確かに妙ではあるよね」

 

 あの二人がキリトのメールを無視するなんて考えづらいし、仮にダンジョンに潜っているにしても長時間過ぎる。流石に夕飯の時間には家に戻っていてもおかしくないのだ。キリトの事を溺愛している義姉リーファさんと、彼女と同様に想いを寄せているシノンさんが、彼を出迎えるよりもレベリングを優先するとはちょっと考え難い。

 つまり、帰れない事態になっている可能性があった。

 

「…………まさかと思うが、アキトが何かした、か……? 妖精の噂は第二十二層にあって、出会ってからもあそこを拠点としていたから……」

「それは考え過ぎじゃないのか?」

 

 キリトが眉根を寄せ、あり得そうな事を口から洩らしつつ推測を立てていく。

 リンドさんはそれを考え過ぎだと言うが、キリトを取り巻く環境を鑑みれば決して考え過ぎでは無い。

 

「…………何も無ければ、良いんだけど……」

 

 とは言え確証が無い以上は考え過ぎという意見を否定する事も出来ず、キリトは僅かに苦しそうに目を伏せてぽそりと言い……

 

「――――話が逸れたな。悪かった、忘れてくれ」

 

 眼を開いた時には、元の強い姿に戻っていた。

 話を脱線させてしまった事に一言謝罪して、それから再び集まった人達が情報をそれぞれ口にしていく。

 その間、キリトは確かに【黒の剣士】として、《ビーター》として強い姿を保っていた。けれど彼の瞳には、隠し切れていない、抑え切れていない、二人を案ずる憂慮と不安の影が絶えず揺れ続けていた。

 私やアスナさん達は、そんな彼を、密かに案じ続けながら会議を続けた。

 

 

 

 ――――その時、一言『抱え込まないで』と言っていたら、寄り添っていたなら少しは変わっていたのではないかと、後に私達は後悔する事になった。

 

 

 





 はい、如何だったでしょうか。

 今回の後書きは超長いです。約四千四百。ちょっとした小説並み(笑)

 まず『リンドに制裁を! 死を!』と初期の感想で言っていた方々は申し訳ありません、リンドは中立となりました。《ビーター》への悪感情を抱いているだけであって、リンドはキリトの人間性を嫌っている訳では無いので、プログレッシブのリンドを考えると事情を知ったらある程度理解を示すのではないかと思いまして。

 ここはキバオウとの対比です。キバオウはアルゴ視点で幾度か語られたように《織斑一夏》に対する憎悪で誅殺隊を率いていましたが、リンドは《ビーター》として振る舞うキリトの態度に反感を抱いていたので、存在否定まではいっていなかったからです。なので《ビーター》と言われているキリトが完全に真っ当な事をしていたら見方を変えざるを得ないかなと思い、こうしました。

 つまりは《ビーター》としての振る舞いがややこしくした原因が大体悪い(キバオウシスベシジヒハナイ)

 システム障害について解説。

 これはゲーム同様、スキルの消失あるいは熟練度低下、アイテムのバグ、武具のバグ及び性能低下、転移門のアクティベートデータ(転移先リスト)の初期化を採用しました。記憶してる限りこれくらいだった筈。レベルとコルに関してはそのまま。

 それから、確かバグ化したアイテムは、《インフィニティ・モーメント》だと捨てていた(武器購入チュートリアルもあったし回復・素材アイテムは全て無い)

 《ホロウ・フラグメント》ではキリトだけ例の二刀のバグ武器を持ってた(開幕直後ダンジョン探索)

 本作ではユウキの愛剣ルナティークを【ル■テ_■ク】にしたように、後者の設定を採用。インゴットへ戻せるか否かについては今後。なので一応本作ではバグった武器も使えはする、ただし弱体化してるから余程元が強い武器か弱い敵じゃないとあまり戦えない感じの設定。スキル含めると全体的に割かし弱体化しております。

 他のキャラの武器のバグ名を表記するかは未定……無いかも。ゲーム基準だと使えるのが『■』と『_』だけで変わり映えしないし、出してもあんまり意味無いので。ユウキの剣以外は出さないかもですね。

 あと、《インフィニティ・モーメント》で攻略組として出て来たNPCの武器が一部を除いて全員初期武器なのって、多分これが原因だと思うんだ……( = =) トオイメ

 そう考えると生産職や鍛冶師の需要マジで高いなこのSAO原典ゲーム設定(愕然)

 次に拠点について。ここが一番ゲームと乖離している部分だと思います。

 前書きで書いた《HFまで進んだ作品には無い(と思う)展開》。

 それは宿の取り方。厳密に言えば一つの宿に泊まるメンバーの配分。

 ゲームではキリトとエギル、クライン及びヒロインズの拠点は、エギルが経営する故買屋兼喫茶店兼宿屋という感じでした。勿論ギャルゲー紛いのRPG故に主人公の傍にはヒロインがいなければならないからですね。それでも多過ぎだよキー坊……

 あそこに入れてるクラインは何気に凄い、エギルも凄い。その他は血涙(笑)

 まぁ、女性陣が固まるのは分からないでも無いんですがね、キリトとアスナも結婚してるなら一緒に居てもおかしくはないし、ユイがいてもおかしくはない。

 そう考えればああなっても仕方ない部分は多分にあるとは思う。リーファ、シノン、シリカ、リズは力尽くで来られると敵わなかったですしね、最初。キリトと一緒に攻略出ないとレベル上がらないし。シノンとリーファなんてIMだと初期レベル60台だし。

 ストレアは宿を別に取ってたっぽいし、フィリアは……まぁ、現地妻だから仕方ない(?)

 対して、本作でのエギルの店は、形式上ではあるものの各ギルドを統合した《攻略組》という新生組織の総本山という扱い。本作の織斑一夏/キリト誅殺隊とは目的が真反対の攻略組バージョン。形式上なのでシステム的なギルド扱いではない。ちゃんと男性が多いヨ(笑)

 本文でチラッと描写されているように、その対応はキリトの想定外。

 キリトが考えていた《ギルド間の区別》は、キチンと居住を分ける事で各ギルドの競い合いや諍いを未然に防ごうという、『現状のギルド構成のまま秩序を維持する』考え。身分格差がある国の貴族街と平民街みたいな感じ。下層へ転移出来るようになったらそちらへ拠点を移せるようにとの配慮があります。

 対するヒースクリフ達が取った行動は『これを機に新たに《攻略組》という一つの組織として立て直し秩序を正そう』という考え。またアスナ視点の追記で、ギルド一つ一つの対応力では限界があるけど、それを全て統合すればプレイヤーの不満にも対処出来るのでは、連絡も速いのではという狙いがあります。これはレジスタンスみたいな感じ。キチンと上意下達が出来るなら効果的。

 謂わばヒースクリフ達のは改革、別の見方をすれば《混沌》で、《秩序》の正反対に位置するため現状維持派のキリトはそれを考えなかったという訳です。理解を示し受け容れてるのはそれでも《秩序》を保てるから。《秩序》が保たれ、結果多くのプレイヤーを護れるなら、キリトは何ら苦労を厭いません。

 キリトにおんぶに抱っこでは無いんだよ、キリトの考えが絶対正しい訳では無いんだよ、という描写をしたかったのでこうしました。

 最後に、キリトの人格が少しややっこしい設定なので、簡単に解説。

 各人格は相互に関係しており、悪感情を抱けば第三人格《獣》が活性化し、キリトの闇堕ち暴走の可能性が高くなります。そうならないよう白が制御。

 普通の多重人格例:一つの体に《キリト》、《クライン》、《ヒースクリフ》といったように個の人格が幾つもあり、それぞれが個として成立しているので干渉が無い。無論得意としている分野も思考も口調も完全に違う。

 本作主人公の場合:《織斑一夏》の人格を《守護的人格=キリト》、《本能・攻撃的人格=白》、《憎悪的人格=第三人格》にそれぞれ分割している状態。感情を基に分けているので、その種類によってそれぞれの人格が活性化する。憎悪を抱けば《憎悪的人格》が、誰かを護ろうとすれば《守護的人格》が活性化し、顕在化。基本は骨子の人格として《守護的人格》が表に出ている。
 唯一《本能・攻撃的人格》のみ感情に左右されておらず、強いて言うなら生存本能がそれに当たる。完全に自我と理性を持っており《憎悪的人格》を封じている。

 キリト:《織斑一夏》/《桐ヶ谷和人》骨子の人格。白が『攻撃的な本能』を、《獣》が『負の怒り』を《本来の織斑一夏》から抽出して形成されているため、骨子のキリトはその二つが欠如している。アキトに対し情を見せたのは『攻撃的な本能』を持って行かれ、作中よく『何故怒らないのか』という疑問が浮かんでいるのは《獣》に持って行かれているから。
 《桐ヶ谷和人》として生きているが、立場的に《織斑一夏》として振る舞うという矛盾を抱えている。【黒の剣士】と《ビーター》の評価が正反対なのも矛盾の一つ。
 白が表に出ている時は薄っすらと記憶がある場合もある。《獣》の時は、精神に影響を及ぼす形での干渉で自分が主体なので、記憶はあるが感情への疑問を抱いていない。
 骨子の人格なので、基本的に表に出ている守護的な人格。思考の主体は《守護》という根底から他者に依存している。
 一人称『俺』。

 白:体に埋め込まれたコアが負の成長&暴走をした際に、それを抑えようと『攻撃的な本能』を中心に抽出され、人格を為した存在。あくまで中心なので理性がある。好戦的なキリトとでも考えれば良し。
 普段はキリトを《王》と呼んで補助に徹する。若干過保護気味(潜在的ブラコン?(笑))
 《獣》の封印とキリトが戦闘で本格的にヤバくなった時に手助けに介入するのが主な役割。仮にキリトが生きる事を諦めれば体の主導権を奪って生を謳歌するルートが発生。
 発生時期的に《織斑一夏》としての意識が強いが既に死んだものと考え、別人として生きる《王》の事を第一に考えているので、一夏の頃の蟠りは薄い=すぐさま斬り掛かったりはしない。《王》が生きる為なら他者などどうでも良いと思っているが《王》の事を考えて行動する面もあるので、結果的にリーファ達を始めとした理解者を護る為に動く事が多い(あくまで結果的)
 思考の主体は《本能》という根底から自己を中心としている。生存本能が遥かにキリトより強いため、生き残る為なら手段を選ばない方だが、決闘に割り込むといった無粋は基本しない。介入するのは殺し合いのみ。
 感情で活性化はしないので基本的には無関心。流石に根幹は《織斑一夏》なので実兄と実姉に対してのみ例外。
 一人称『オレ』。

 《獣》:千冬、秋十、今まで虐げて来た者達への憎悪や復讐心の塊が抽出された際に生じた狂気の人格。迫害の日々に耐えに耐えた末に秋十に裏切られた事で発生。彼らへの憎悪などをキリトからあまり感じられないのはこちらがほぼ全部奪っているせい。そしてキリトは《獣》の存在を知らない。
 キリトが殺意や憎悪の感情を抱くと活性化し、精神に影響を及ぼす。哀しいなどはキリトの方なので別。
 完全に覚醒した時点でキリトは《獣》に呑まれ、白もお手上げになる。止めるには殺すか、ユウキが覚悟しているように死を以て一時的に縛るしかない。縛っても少し刺激すればまた暴走する。復讐対象や憎悪の対象が多過ぎて幾ら殺しても満たされない狂暴な存在になる事から、《獣》と作者は名付けている。
 幼い頃の《織斑一夏》の精神が基本なので、会話が成立している時はちょっと舌足らずで精神的に幼い印象がある。でもキリトの人格に影響を与える形での干渉なので他人からは分からない。
 思考の主体は《憎悪》なので、自分や周囲の状態・状況を全て度外視している。強いて言うなら自己満足。
 一人称『おれ』。

 要約。

・キリトは正の感情担当。前編中編では自我を保っていたものの、若干第三人格に押され気味。白活動中の記憶をキリトは薄っすら持っているので、アキトを殺した事は覚えているが、会話や戦闘内容はあんまり詳しく覚えていない(仕様) 《獣》の存在をキリトは知らず、ユウキ達は白を通じて曖昧ながらも察している状態。
 例外的に負の感情は哀しいなどを担当している。怒りなどは《獣》担当。

・白は中立やや正(厳密には《王》)寄り。基本無関心なので感情に囚われず、生存本能に従っている。なので後編で白が出て来たのは、アキトに対する憎悪が限界突破したからでは無く、キリトが死にそうになっていたから。死なれたら白も困るんです。

・《獣》は怒りなどの負の感情担当。白が出ていない時にキリトが殺気を出した時は、大体《獣》が影響を与えていると考えて良し。実は《ザ・グリームアイズ》戦やアキトデュエル回、《骨肉の争い》前編中編に影響の片鱗がある。殺意や狂気に染まっている人格で危険なので、普段は白によって封印されている。最近色々あって刺激されているので封印が解かれ気味

 長文失礼。

 では、次話にてお会いしましょう。

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