インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

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 どうも、おはこんばんにちは、黒ヶ谷・ユーリ・メリディエスです。

 視点はオールユウキ。

 今話から本格的に《ホロウ・エリア》へと突入……するところですが、まずはキリトが居なくなった後の攻略組の状態の解説です。ちなみに戦闘もあります。

 立ち位置としてはゲーム版のキリトのところにユウキが来た感じですかね。ユウキって物凄い主人公感溢れてるから、書いてたら何時の間にかこうなった……Σ(・ω・ノ)ノ!

 もうユウキが主人公でいいんじゃないかな(/・ω・)/ホウリナゲ

 文字数は約一万八千。

 ではどうぞ。



Sword Art Online Hollow Fragment ~虚実の交錯~
第六十三章 ~攻略組:喪われた刃~


 システム障害の発生によって様々な不具合が出て、その中の『アクティベートデータの破損』というバグのせいで第七十六層より下の階層へ戻れなくなった日から、今日で早くも三日が経過した。

 この三日間はあらゆる意味で全SAOプレイヤーに衝撃を与えた。

 その衝撃の中にシステムバグで七十五層以下に戻れなくなった事、装備品や消耗品がバグで使えなかったり性能が低下している事、スキルが消失していたり熟練度が低下していたりする事があるのは言うまでもない。ボスと戦う《攻略組》だけでなく、その日を生きる為に必要な装備やスキルが弱くなってしまったのだ、むしろ中層以下のプレイヤー達にとっても《攻略組》と同様に正に死活問題だった。

 だが、それらよりも《アークソフィア》の街を賑わせた話があった。

 それが《ビーター》織斑一夏/【黒の剣士】キリトの死だ。

 あの日、リーファとシノンがキバオウによって攫われた為に、彼は階層を転移で跨げないのならと外周部からフリーフォールを行う事で第一層へと移動したらしい。リーファはその一部始終を見ていて、空から真っ逆さまに落ちて来ながらキバオウ達に奇襲を仕掛けたのだという。

 奇襲で十五人を屠った彼は、その後、キバオウ達と碌な会話すらせずただ冷徹に動いた。

 それがリーファ達を助ける為なのか、それとも怒り故の殺意に沿った行動なのかまでは、流石の彼女達も判断付きかねていた。普段の彼ならリズ達の時のようにまず二人の安全を優先しただろうにキバオウ達を殺す事を優先したから、判断が出来なかったのだ。

 キバオウ達を殺す事こそが安全確保のために最も効率的だと判断を下してその行動を取ったのかもしれないし、実際そうだったのかもしれない。自分はその場に居合わせなかった――暢気な事に宿に備え付けられていたお風呂に入っていた――から何も言えない。

 キリトが取った行動が果たして正解だったのかは分からないが、それが最善と思って彼は行動したのだと思う。

 だが彼の行動も虚しく、キバオウの決死の行動でリーファとシノンは外周部から投げ出された。

 まだ麻痺から回復しておらず、転移結晶の類も全て取り上げられていた事から自力で復帰する事も叶いそうになかった二人は、それを追って飛び降りたキリトによって助けられた。

 結果、グリーンであるキバオウ達に先制攻撃を仕掛けてオレンジカーソルになっていた彼は、最後に足を着いていた階層が圏外転移門の存在しない第一層であったために緊急脱出も叶わず、高所落下で死亡した。

 

 ――――ロジックとシステム制約を考えれば、キリトは確実に死んだ。

 

 彼やヒースクリフさんほど博識とは言えないもののこれでも《攻略組》の一人としてオレンジ達の相手もしてきたのだ、その制約は嫌と言う程知っている。だから抜け道など無いと分かり切っている。

 しかし現在、未だ彼の死は確認出来ていないため、厳密には死の断定が出来ていない状況にあった。

 確認出来ていないのは第一層外周部テラスから落下して体が砕け散るところを誰も見ていないから、といった現実のような理由ではない。

 単純に第一層《黒鉄宮》内部に安置されている《生命の碑》に変化が無いからだ。

 全てのプレイヤーの生存状態を知らせる《生命の碑》は、それを動かしているのがシステムである事とその碑の性質上、プレイヤーの偽装は一切不可能。なので本当にHPが全損したり高所落下による死亡が成立してしまったなら、彼の《Kirito》という名前には金色の二重線が横に引かれ、名前の横に死亡原因と日時が刻まれなければならない。

 また、フレンド登録をしている間柄の場合、死亡したプレイヤーは《ログアウト》扱いになる――更に厳密に言えば、仮想世界内に該当アカウントIDが存在しない――ので、リストに載っているプレイヤーネームは照明が消えた灰色で表記される。《ログイン》していれば文字の色は白だ。

 《ログイン》の方はオプションを特に弄っていない限り白だが、《ログアウト》の灰色に関しては弄れないので、一目瞭然である。

 リーファとシノンから詳しく聴取した状況とキリトの状態、それからシステム制約を鑑みれば、《生命の碑》には二重線が引かれていないといけないし、フレンドリストの名前も灰色に染まっていなければならない。あの状況から生還する術を、開発者である茅場晶彦ことヒースクリフですらもが無いと断じたからだ。

 幾らキリトがシステム外スキルの構築に長けた者で多くの人の想像を絶する事をする人物でも、世界の理とすら言えるシステム制約やゲームのルールを超えられる筈が無い。

 しかし現実に《生命の碑》の名前は依然変わらずそのままだし、彼とフレンド登録をしていた者達のリストにある名前は未だ白色。

 つまりシステム的にキリトはまだ存命中である事を示す。

 これは矛盾していると言えた。

 状況的にキリトが生還する術が一切無い事はヒースクリフさんも認めるところ。《圏内事件》のようなシステムから外れたように見える要素など一切無い状況の事なら、開発主任の言葉は絶対的だ、特にこの世界のルールを制定した者であればそれはより重みと意味を有する。

 それなのに矛盾している。開発主任ですらもがキリトの死を断言したというのに、未だフレンドリストの表示は白で、《生命の碑》の名前に横線は引かれていない。

 この矛盾を、《攻略組》は『システム障害によるもの』と判断する事にした。システムがおかしくなっているから反映されないのであり、実質としては、キリトは死亡していると考えたのだ。

 とは言え、誰もがその推察と判断を受け容れている訳では無い。

 あのシステム障害が発生した後に死亡した、といった時期も限定すればよりその判断に自信を持てたのだろうが、キリトの手によってHP全損へと追い込まれたキバオウ達の名前にはキッチリと横線が引かれていたと報告があったから、残念ながら矛盾が該当するのはキリトだけ。

 なので本当にバグなのかも疑わしいとそう主張する者が相次いだ。

 その者達は、普段彼を虐げ殺そうとしていた誅殺隊のメンバーもいたし、嫌悪していた《アインクラッド解放軍》や《聖竜連合》のメンバーも該当した。あれだけ落としても生きていたんだから死んでいる筈が無いと、そんな勝手な偶像や予想を訴えていた。なまじどれだけ追い詰めても生還した実績がそう思わせているのだろう。

 その中にはリーファとシノンもいる。

 どちらかと言えば彼女達は生きていて欲しいと、半ば諦観も抱いていたので、誅殺隊のような者達より遥かにマシだった。

 自分はと言えば半々といったところで、正直に言えばリーファ達と似たような感じ。心情的に言えば勿論生きていて欲しいと思っているが、ロジックとシステム制約を考えると生きている筈が無いと結論が出ているから、感情で納得云々は抜きにしてそう受け容れるしかないと思っていた。

 人間、死ぬときは死ぬ。運命だとかで決められていると思いはしないが、ある程度そういう道筋というものが存在していると考えている。

 例え今まで元気に生きていた人も明日には事故か何かで死んでいるかもしれない。それを考えればこの生死の世界で最も命の危機に晒されていたキリトが死んでしまったのにも、ある意味で理解は出来た。

 余談だが、後から参入した神童アキトとキリトの義姉リーファの名前は《生命の碑》には存在していなかった。これは間接的に『デスゲーム開始後に乱入した』という事実を裏付ける証拠として挙げられており、《攻略組》内での――勿論七十五層ボス戦に参加した者に限られるが――共通認識であると同時に極秘事項扱いされている。

 極秘としたのは無暗にリアルの情報を広めるのは得策では無いと判断したからだ。今でも混乱が収まっていないというのに、それを更に広める必要など無い。

 そういう意味ではアキトが率いたオレンジ達も生かしておく必要は無かったのかもしれないと、物騒な考えを持ってしまったりもした。『死人に口なし』という言葉があるように、情報を広めたくなければ、知られて不都合な者を消せば手っ取り早いからだ。

 無論、そんな考えはすぐに捨てた。あの場に居た者だけを排除しても、どうせあの神童の事だから、あの場に居なかった他の者達にも言って回っていたに違いない。本来いない筈の神童が自分であると説明する際には必ずそこを話さなければならないからだ。

 どちらにせよ、そんな考えも後から浮かんだだけで、実際にその場にいた身でその考えを思い付かなったから何を言っても無駄だ。どちらにせよ済んだ事。

 話が逸れたが、ともあれ神童とリーファの二人の言葉は真実であると思わぬところから実証された訳だ。

 更にこれはシノンにも言えた。

 《生命の碑》に彼女の名前があるか確認を、とヒースクリフさんがふと思いついたように言って、首を傾げながらもディアベルが《アインクラッド解放軍》のメンバーに確認を取らせた事で、彼女の名前も無い=巻き込まれた者であると判明したのだ。

 あの人がその指示を下したのも、彼女と初めて会った際に見たバグが引っ掛かっていたかららしい。あり得ないエフェクトを伴って出現したシノンも、リーファや神童と同様に外部から巻き込まれた者なのではと、そう勘繰ったのだ。なまじ直に見ていたのがその疑念を後押ししたのだという。

 それから既に記憶が戻っていたらしいシノンは謝罪と共に何故SAOへ来る事になったかを簡単に説明してくれた。何やら事情があるようで所々言葉を濁していたものの、そこは個人の事情というものだったので言及はしなかった。

 とは言え、流石に第三号機となる《メディキュボイド》を使用して巻き込まれたというのは予想外過ぎて、双子の姉共々驚きの声を上げた。

 これが原因で――流石に完治していると思われる病気については話さなかったものの――自分達が《メディキュボイド》の一号機と二号機の試験者である事が周囲に知られることになる。周囲とは言えあの円卓を囲んでいたメンバーにリズやリーファ達を加えた程度だが。

 アレの設計をしたのは茅場晶彦だった筈だし、その試験を行う者の事情も聞き知っている筈なので、少なくともヒースクリフさんだけはボクと姉の事情に思い至っただろう。

 ヒースクリフさんはそれを知って、この共通点が原因でシノンが利用した三号機のアカウントも巻き込んでしまったか、あるいは《メディキュボイド》そのものが《ナーヴギア》の強化版であり誤認されてしまったかと推察していた。

 ちなみにその共通点はシノンとの間に奇妙な連帯感のようなものを生み出した。それは今は亡きキリトから半ば自動的に引き継いだシノンの実戦指導をするにあたって、多少プラスに働くと思っている。そんな連帯感なんて無くてもキリトの理解者という共通点の方が大きくて然してコミュニケーションに問題は無いとも思うが。

 閑話休題。

 ともあれ、キリトの死は各人が未だ受け容れ切れていないものの、状況は停滞を許しはしなかった。キリトが懸念していたように、早急に新たな階層へ向かう必要が出たからである。

 当然それは宿の限界。

 ここ数日は夏の入りという事もあって晴れ渡っているものの、もう少しすれば梅雨が来る季節となり、毎日湿っぽいだけでなく梅雨を再現して雨が降る日々となる。仮想世界だから風邪は引かないと言えど外で寝ていれば体は雨に濡れ、不快感と寒気で碌な休息も取れないだろう。

 その不満の積み重ねは何れどうしようもない事態を引き起こすと、キリトの代わりにエギルを据えた円卓の十三名は重く捉えると意見が一致し、即座に行動を起こした。

 ここでもまたキリトによって当面の細やかな問題は先送りに出来るようになっていた。

 それはキリトが《料理》スキルを取っていた理由をシノンに告げていた事と、彼が作り出したレシピの数々を自分や姉、あるいはアスナ、サチといった知り合いの《料理》スキル持ち達に、内容が被らないように配っていた事だ。

 普通ならただの偶然と思うだろうが、レシピを譲ってもらうのと《料理》スキルを鍛えた真実をシノンに語った時期が共に第七十五層到達以降と重なっていた事から、シノンに語ったように本当にこの事態をある程度予見していたのだと思う。流石にシステムバグまでは予想外だっただろうが似たような状況を想定して備えておこうと考えていたのは間違いない。

 まぁ、間を置かずに死んでしまう事になるとも、システムバグの事と同様に考えていなかっただろうが……

 それはともかく、キリトが《料理》スキルを取って備えていた話を、彼が死亡した――と思われる――日の翌日の朝議にてシノンから聞き出したボク達は、それを早速実行に移す事にした。

 第一層で引き籠っていた者達は特にだが、彼らは屋台で食料を買って食べる程の余裕も無いし、軍の本部と違って仕事というものも中々無いのだから、まず空腹への対処に困っていた。

 寝床に関しても困ってはいるが、まだ雨天の兆しは無いし、夜の気温も外で寝れない程では無かったのが不幸中の幸いである。

 空腹でとにかく騒いでいた者達は、アスナを始めとした《料理》スキル習得者を総動員して行ったリアルの味を再現したお握り、味噌汁などで一先ずの鎮静化を図れた。調味料の合成もレシピを貰っていたし、作る為のルートは幾つかあったから、足りないものがあってもある程度融通は利いた事で問題は起こらなかった。《料理》スキルの熟練度が低い者でも作れて数は揃えられたのも大きいだろう。

 とにかく簡単なレシピを基に食料を大量生産して対処したボク達は、一先ず場が収まったのを契機にディアベルとヒースクリフさん、アスナが演説を行った。

 内容としては四つ。

 一つ目は誰もが知っているシステム障害の事。現段階で判明している事と、大まかな対処についてを語った。転移システムの異常で不安の声が上がったものの、アクティベートデータの破損で戻れなくなっているだけと考えられるとしか言えなかった。一先ず《アークソフィア》への転移に関しては正常に作動する事だけは分かってもらえたので引き下がってくれた。

 二つ目は宿の事。

 朝早くにアルゴがフィールドを走り回ってマッピングはしてくれたのだが、その段階でやはり聞いていた通り転移門を持たない小規模な村や町くらいしか無いので、新たな階層が開かれるまで最前線で戦えるレベルに無い者は街から出ないよう呼び掛けた。

 ここでレベルが十分なプレイヤー達から不満の声が上がったものの、混乱を避け、死者を避ける為にと強硬に出た。何時またシステム障害が起こるか分からないし、戦闘中に装備が完全にバグで使えなくなったら死へ一直線だから、それを危惧しての事だと言えば、相手も死にたくはないようで引き下がった。

 三つ目は《攻略組》の事。

 これまで各ギルドで競い合うように攻略を進めボス戦でだけレイドを作って協力していた体制を刷新し、これからはフィールド攻略を行うパーティーもギルド混合を前提にする事を宣言した。

 これによってギルドのグレードやブランドに惑わされず雰囲気や好みで選べるようになった。以前はギルドの規模がそのまま所属する自身へ影響するために――各ギルドの特色は重ならないと言えど――二の足を踏む者も多かったと聞くが、この刷新でその特色は半ば形骸化したから、その心配もほぼ無いという訳だ。これまでの経験が多い分、回される仕事の傾向は多少偏りがあるだろうが、そこは仕方ないと割り切るしかないだろう。

 この刷新はまた別の側面でもメリットを生み出していた。

 《スリーピング・ナイツ》や《風林火山》は古参だからこそ少数精鋭を認められているが、途中参加のギルドはどこかの大ギルドに取り込まれる形でメンバーが参加していたので、影響は小さいけど若干のしこりのようなものがあった。愛着あるギルドが無くなってしまうのだからそれも仕方ないと言える。

 反面、これからは新興ギルド、小規模ギルドもそのままで参入出来るので、そういう意味でも入りやすくなった訳だ。無論ソロプレイヤーも和を乱さないなら参入は喜ばれる。レイドを組むにあたっては多少居心地は悪いだろうが、そこを考えた上で加入しに来て欲しいと思う。

 四つ目は攻略日程の事。

 《攻略組》も装備やスキルにバグの影響が出ているので、暫くは安定するまでボス攻略を行えない事を前以て告げた上で、遅くとも二週間以内にはボスへ挑むと宣言した。これは半分無茶にも等しいが、プレイヤーの不満を抑え今後の秩序を保つ為の措置としてこれ以外思い付かなかった。

 無理ではないと思う。第三クォーターを越えて通常の階層ボスになったのだから、流石に一撃死は無い筈だ。まぁ、直接攻撃による脅威が減った分、代わりに状態異常や攻撃の手数、あるいは基本的に滞空しているタイプのモンスターという可能性は否めないが、オリジンリーパーに較べれば可愛いものだろう。

 とは言え、キリトという《攻略組》最大の切り札を喪ったので、どうしても攻め手に欠ける部分があるのは否めない。誰かがピンチに陥った際にヘイトを剥ぎ取れるくらい瞬間爆発力を持っている――パワーとスピードを兼ね備えた――プレイヤーが他におらず、ボスのゲージが赤になってから一気に勝負を着けに行けなくなっているからだ。怒りモードに入るとエギルなどはダメージが嵩んで中々近付けず、そういう事が出来たのはキリトだけ。

 なので《攻略組》は各プレイヤーに、【黒の剣士】が会得していたユニークスキルの内五つが消失していた事を話した上で、それを会得した者は出来るだけ参入するように呼び掛けた。

 ヒースクリフさんの《神聖剣》もボス相手に途轍もなく有効だし、重攻撃も多いので攻撃面も優秀なのだが、アレの本領は防御。どうしてもタンクとして攻撃を受け止める役に回らざるを得ない以上、アタッカーに回すのは得策では無い。無理では無いだろうが今までタンクとしてレイドを回してきたからヒースクリフさんをアタッカーとした戦術に慣れていないからだ。

 ならタンクを厚くして、攻撃面は喪われた五つのユニークスキルを会得した者を組み込めばいいという意見が出たのである。

 開発者であるヒースクリフさんから、各ユニークスキルの習得条件を円卓の十三名は聞き知っているので、それを元にある程度目星を付けて呼び掛けを行うつもりである。

 一番良いのはボスレイドに参加し続けているメンバーが習得する事だ。元々アタッカーの者であれば更にそこから攻撃面に特化したダメージディーラーになれるのだから文句無し。ボスへの対策も開発者から得られる情報とアルゴが集めて来る情報をすり合わせる事で立てられるから、キリトが居なくなっても、ある程度はそちらに余力を割く余裕がある。

 しかし、余力を割けると言った事に矛盾するようだが、やはり現状余裕が無いのは時間だ。それもスキルや装備の弱体化によって攻略速度が今まで以上に掛かるという状況下で、この層に来てしまったプレイヤーへの対応や《攻略組》の体制を整える事も並行して攻略を進めなければならないという、至極厄介なもの。

 第七十四層のボス討伐はキリトが最前線でマッピングを行っていた事、碌に情報が集まっていなかった事からも分かるが、攻略開始から三日目の事だった。

 反面、第七十五層は二週間以上も掛かっていて、更に第七十六層に到達してみれば下層に戻れないという不具合。

 不満が溜まってしまうのも当然で、キリトが遺した様々な案や策を使う事でその場凌ぎをしているに過ぎない。宿屋の事もそうだし、システムバグの影響がまた現れてキリトが危惧していたように《圏内》が消失したり、最悪突然HPが全損する事態に何時なるとも知れないから、出来る限り急がなければならない。

 

 

 

 ――――だからボクは、未だキリトの死を受け容れられないままでも、責務の為に最前線攻略に赴いていた。

 

 

 

 *

 

 

 

 ――――世界が色褪せて見えるようになったのは、一体何時からだったか。

 

 

 

 そんなくだらない思考を回しながらも、自分は敵との戦闘を難なくこなせていた。

 敵はレベル79の亜人型モンスター、片手剣と盾というオーソドックスな装備をしたリザードマンで固有名称は《リザードマン・ブレイダー》。《ブレイダー》は『剣振るう者』という意味を持つので、リザードマンの剣士という訳だ。だから剣と盾を装備している。

 リザードマンの残りHPは注意域の三割弱。《ホリゾンタル》などの下位は二発、《シャープネイル》や《スネークバイト》といった中位以上のソードスキルなら一発当てるだけで消し飛ばせる程度。

 対するこちらは多少斬撃が掠って減らされたものの、《戦闘時自動回復》の効果で毎秒微量回復しているので、今は九割まで回復していた。油断しなければ十分勝てる差だ。

 ただし、その目算も今までの常識通りであったならの話だ。

 第七十層手前の頃からある程度変化があると思っていたが、流石に四分の三もクリアしたからか、この階層からは明確に変化が現れた。なので敵のAIが取るアルゴリズムはこれまでのそれより数段高く、仲間と連携行動を取っていても時間が掛かっていた。

 その変化はおよそゲームらしくなかった。何と言うか、リアルさが増したと言うべきか。リアルの再現を根底にファンタジー要素を盛り込んで作られたのがこのSAOなのだから、リアルさがあるのは然しておかしい話ではないのだが、今までと全く違う変化だったからそこはかとない違和感がまだあった。

 その変化の一つとして、モンスターそれぞれの行動がリアル重視になった感じがした。

 例に挙げるなら第一層にいた青イノシシこと《フレンジー・ボア》。

 アレはノンアクティブモンスターで、つまり攻撃行動をしなければ目の前を素通りしても攻撃してこないのだが、この階層にいる同種の《フレンジー・ボア》は目に付いたら即座に突進してくる。

 更に第一層ではかなりの距離を開けて一匹一匹が単独で動いていたのに対し、この層では数匹で群れを成して行動している。

 リアルさが増したと言っても流血表現などは無いが、群れでの行動が普通になっていたり、仲間意識のようなものがモンスターにも出て来て戦闘中にリンクしたり連携行動を取って来るので、やりにくさが倍増した。

 現に今相手にしているリザードマンも、最初は五、六体で群れていた。十分ほど掛けて漸く残り一体まで追い詰めたものの、下手すればこちらが負けていた可能性は決して低くは無かっただろう。

 

『ギュルァッ!』

 

 そんな思考を回していると、盾剣士タイプのリザードマンが咆哮を上げて斬り掛かって来たのが分かった。剣からは蒼い光が迸っていて、その構えは綺麗な左薙ぎ払い。二連撃の《ホリゾンタル・アーク》だと判断する。

 判断して、すぐに右半身を前にして、右に振り抜く姿勢で剣を構える。するとすぐにシステムが構えを感知して刀身を紫色の光が包んだ。

 

「ッ……ハァッ!!!」

 

 それから見えざる手によって体が動かされ、半ば自動的にブーストを掛けながら剣を振るう。

 蒼い左右の剣閃と紫の左右の剣閃が瞬きにも満たない瞬間で交錯する。

 直後、こちらの愛剣が相手の粗雑な直剣を弾き飛ばして大きな隙を作り出す。ただしソードスキル同士の打ち合いだったため、こちらも相応の反動を受け、技後硬直を課された。ダメージは無いが衝撃によるノックバックで通常の技後硬直よりは数コンマ分は長いと判断する。

 剣戟を弾き合っただけなのでどちらもノーダメージ。結果はほぼ相克で、ややこちらが優勢といった所。

 一人だったならまた仕切り直しになっていただろうけれど、幸いにも自分には、背中を任せられる仲間がいる。細剣使いである大切な双子の姉と、今は亡き少年から託された槍使いの女性。

 姉が放ったのは《細剣》の下位ソードスキル、引き絞った剣を真っ直ぐ突き出す単発技の《リニアー》。薄翠の引いた流星の如き刺突がリザードマンが纏う胸鎧を砕き、胸を抉った。

 女性が放ったのは引き絞った槍を真っ直ぐ突き出す単発技、下位ソードスキル《スラスト》の威力と速度をより向上させた中位ソードスキル《フェイタル・スラスト》。空気の層を貫かんばかりの刺突は穂先が心臓の部分を穿ち、更には衝撃波が続いて数回敵の体を叩き、吹っ飛ばす。

 大きな隙を晒したリザードマンのHPも、その二人が放ったソードスキルによって全て全損。緑の鱗に覆われている剣士タイプの亜人はその五体を蒼い欠片へと散らせた。

 

「ふぅ……」

 

 相手にしていた最後の敵を倒して、周囲に敵影が無い事を確認したボクは漸く抑えていた呼吸を再開した。

 索敵を担当しているのは《索敵》スキルの熟練度が最も高い自分なので、緊張を解いた事は周囲に敵がいないのだと理解した二人もまた、同じように息を吐いた。

 

「漸く倒し切ったぁ……ボクも流石に疲れたよ」

「ええ……流石にソードスキルを使って来るモンスターを数体一気に相手するには、この人数だと辛いわね……」

「やっぱりクラインさん達と一緒に来るべきだったかもしれないね」

 

 サチが姉ちゃんに続いて言った事にボク達は揃って頷いた。

 亜人型モンスターはソードスキルを使うからほぼプレイヤーを相手しているのと同様の戦いになるのだが、これまでそれでも然して問題にならなかったのは、それがあくまで一対一あるいは多対一の戦いだったからだ。モンスターはボスやネームドでも無い限り基本的に群れないので――虫系は偶に群れているが――問題にならなかったのだ。

 しかしこの階層に来てからは青イノシシですら群れているのだから、亜人型モンスターも群れているのは必然。つまりソードスキルを使って来るモンスターを複数纏めて相手にするという事だ。

 一体だけでもプレイヤーを相手しているのと同様なのだから、これらとの戦闘は最早多対多、パーティー戦と同様という恐るべき様相と化す。

 目の前の敵にだけ集中していればいいのではなく、背後や横合いから割り込んでくるモンスターの攻撃にも注意を向けなければならない。

 更に厄介なのが、モンスター達はプレイヤーと違って死の恐怖を持たない事だ。

 無論HPが低くなれば庇うような行動は取る。プレイヤーがする《スイッチ》を始めとしたシステム外スキルの類はしてこないから、オレンジ達を相手する時と違って、そういう連携や戦術的な意味ではそこまで脅威では無い。

 ただ、とにかく一体と戦っている間を隙と見てか、横からソードスキルを放って妨害してくる頻度が非常に高い。恐らくこちらの狙いが向いていないのを隙と判断しているのだろうが、プレイヤーは反応されて反撃を受ける事に二の足を踏んで警戒するのに対し、モンスター達はとにかく特攻してくる。

 とにかく数で劣っていたり、アドバンテージに殆ど差が無い状況では、その戦い方をされると非常に厄介なのだ。

 まぁ、これはクライン達のようにもっと人数を揃えていたり、エギルやヒースクリフのようなタンクを入れていない事が原因だろう。せめてストレアを入れておけばまだマシだったかなと思わないでも無い。

 ステータス的なタンクが居なかったので、今回の戦いでは長物を武器とするサチで牽制をして、ソードスキルなどで吶喊して来た相手を自分が持ち前の反応速度を以て弾いて隙を作る事で対応する戦術を取っていた。姉ちゃんは全体的な対応を受け持っているので基本は中衛、前衛にボクとサチという布陣である。

 

「姉ちゃん、サチ、今日はもうこの辺にしとこうよ。迷宮区どころか街に出てすぐの洞窟でこれだもん。ここから先を三人で戦い抜ける気がしないよ」

 

 敵の数が四体までならボクが無理すればまだ何とかならないでもないが、流石にそれ以上となれば持ち堪えるのは無理に等しい。

 現在ボク達が居るのは第七十六層のとあるダンジョン。《アークソフィア》から出たところに広がる平原を進んですぐのところにある洞窟で、片道二十分と掛からないくらいの近場だ。

 ちなみに途中で森のダンジョンがあったが、そちらはアルゴ曰く行き止まりでネームドしか居ない上にクエストにも関係無かったようなので、攻略最優先の現在は一旦素通りした。

 森のダンジョンを除けば迷宮区へと続く道は洞窟一つだけなのでまずはここの攻略を、と意気込んで来たのはいいものの、疑似集団対人戦に大苦戦してしまった。リザードマンの巣窟というのは入ってすぐに分かっていたものの疑似集団戦になる事に気付かなかったのだ。

 この洞窟に入ってから既に二時間は経過してお昼に差し掛かっているが、それでも洞窟内のマッピングは二割も進んでいないため、流石に効率と安全性が悪過ぎると思って提案した。

 

「そうね。私もそれがいいと思う」

 

 それに姉ちゃんは考える素振りも無く頷きを見せた。三人パーティーとは言えその進軍や戦闘の指揮を担っているから、多分ボク以上に今のまま進む危険性を理解している筈だ。

 サチも賛成したので、これから戻る事になってマップを頼りに来た道を戻って行く。

 ここまで休息を挟みつつも避けられない戦闘は全てこなしていたのが功を奏したのかリポップしているモンスターは居ても数は少なく、三回ほど交戦したもののせいぜい多くて二体だったので、片方をボクが押さえて二人が片方に仕掛ける事で決着を早め、強行突破を敢行した。

 ひやっとする場面もあったものの強行突破をしたお陰か、引き上げる決断をしてから十五分が経った頃にはもう洞窟の外に辿り着いていた。つまりそこまで深く潜れていなかったという事である。

 

「あぁ、何だか外の空気が凄い久し振りな感じ……」

「ユウキは索敵にスキルの見切り、パリィとずっと気を張り詰めてたからね。お疲れ様」

「えへへ……そう言ってもらえるだけでも嬉しいよ」

 

 にこりと微笑みを浮かべながら労うサチが頭を撫でて来て、くすぐったく思いながら笑みを返して言う。

 ボクとサチの関係は師匠と弟子のような間柄ではあるが、やはり年齢差というものがあるので、そういう気遣いは彼女の方が上だ。ボクも気遣いが出来ない程では無いけど、どちらかと言えば男勝りな性格だからサチよりは劣ってしまう。

 まぁ、それで問題になった事は無いし、ボクはボクなりに人を慮っているからそれで支障は無いと思う。サチのこれも性格的なものが多分に占められているだろうから。

 話しながら草原を《アークソフィア》方面へ周囲の警戒はしつつ歩いていると、これから攻略へ向かうと思しき和装の集団が向かいから現れた。

 赤を基調とした漆喰の甲冑や籠手に臑当て、あとはバンダナや捻り鉢巻きといった各々好きな装飾品を身に付けている男六人で構成されているそのパーティーは、顔見知りのクラインをリーダーとする《風林火山》。

 

「よっ、ラン達じゃねェか!」

「あ、クラインさん。こんにちは」

 

 互いに誰か分かってボク達は挨拶を交わした。

 

「クラインさん達はこれから攻略ですか?」

「おうよ、漸く街の方も落ち着いたんでな。あんまり離れられねェけど少しでも攻略を進める面子は必要だからって俺達も出る事になったんだ」

 

 クライン達は中層以下のプレイヤー達に広く顔を知られ、信頼を寄せられているギルドの一つだ。《スリーピング・ナイツ》は強さの方で慕われているものの、《風林火山》は各人の個人的なお願いや手助けを割としてきた関係で信用と信頼がかなり篤い。

 そういう関係もあって彼らは《アインクラッド解放軍》のディアベルや《血盟騎士団》のアスナ達と共に街のプレイヤーの騒動の鎮静化に走り回っていた。

 ボク達も街に辿り着いた初日はそちらに回っていたのだが、人気の方はともかく発言権の方だとどうしても年若さの関係で軽んじられてあまり通じない事があったので、それならと実力を優先して攻略の方を優先するよう朝議で頼まれた。

 ボクは片手剣使いのプレイヤーで表向き最強だし、女性プレイヤーでは群を抜いて強いと言われている。何より《スリーピング・ナイツ》を攻略ギルドとして存続させてきた最大のファクターという事もあるし、その戦績はボス攻略に毎度欠かさず参戦しているので確かなものだ。それを元にディアベル達から頼まれたのだ。

 一応ある程度の前情報はアルゴが集めてくれていたし、ヒースクリフさんからも幾つかの注意事項は受けていた。

 それでもモンスターの集団戦や疑似集団対人戦を経験するとは思っていなくて、それで苦戦して引き上げる事にしたとクライン達に話すと、彼らは顔を渋いものにした。

 

「……あのキリトと分けたユウキでも苦戦か」

「一体一体の強さはそこまでじゃないんだけど、どうしても亜人型モンスターの特徴のソードスキルが厄介でね。そこに集団での戦いともなると今までみたいにいかなくて苦戦したんだよ」

 

 実際、リザードマンの強さは《ヴォーパル・ストライク》一発と何か下位ソードスキル一つで倒せる程度だったから、一体ごとの強さは本当にそこまででは無い。少なくともあの地下迷宮ほどでは無い。

 だが問題はやはりその数での圧殺。プレイヤーと違って反撃される事への恐れ、死への恐怖が無いその攻撃性が一番厄介なのだ。

 これで麻痺毒の状態異常を仕掛けて来るモンスターが複数出て来た時など、一パーティーどころかレイドで圧殺する必要があるのではと本気で考えてしまうくらいである。

 ヒースクリフさんは集団戦に対する注意は言って来なかったから、多分知らなかったのだろうけど、開発主任であり責任者である本人が知らない変化などあるのだろうか。もしかするとこの世界を動かしている完全自律の【カーディナル・システム】とやらがプレイヤーの動きから学習して、モンスターのAIにそれを反映したのか。

 だとすると途轍もなく難易度が跳ね上がる。特にボスの取り巻きと戦う時なんて、絶対ボスを庇いに出るに違いない。下手すればこちらのソードスキルを弾くモンスターまで出て来るのではと思うくらいである。

 

「出来ればフルパーティーが二つは欲しいですね。クラインさん達なら、多分タンク役を一人か二人受け持てば回せると思いますけど……」

 

 姉ちゃんがクライン達の装備とそれから推測されるビルドから、言葉を選びながら言った。

 クラインはスピードによる速度倍率とクリティカル率を狙った刀使い、他は二又矛や十文字槍、刀、短刀など、とにかく和を意識した装備の面々は概してアタッカー寄りだ。少なくとも盾持ちなんて一人もいない。

 タンクとして数えられるのは二又矛と十文字槍を装備している男二人で、短刀を装備している一人がクラウドコントローラー、残るクラインを含めた三人がアタッカーとすれば、それなりに回せはするだろう。ボクのような突破力は無いが、その分彼らは人数とリアルを含めた付き添いの連帯感があるから、互いにカバーし合って持ち堪える筈だ。

 けれどどうしても一抹の不安が残る。残る一枠にストレアやアスナといった実力者がもう一人入っていれば更に安定して、突破力も十分だっただろう。

 その不安が姉ちゃんの言葉を濁らせていたのだ。

 それを一年半以上の付き合いで正確に読み取ったクライン達は表情を厳しいものにした。

 

「そこまでなのかよ……」

「《フレンジー・ボア》を相手して来たなら分かってると思うけど、基本的に群れてるからね……洞窟の奥に居そうなちょっと強いモンスターを相手にするとなると不安があるんだよ」

 

 ここまで不安があるのも、基本的にボク達が集団戦に慣れていないからだ。より正確に言えば敵が複数の場合の戦闘に慣れていないからだ。

 ボク達プレイヤーのHPは敵の攻撃一発でもそれなりの量が減少する。

 それに対しモンスターのHPは多人数オンラインゲームである事を前提にしているので基本的に多い。逆に言えば、それは多人数で一体のモンスターを叩く事を基本としているのだ。SAOも基本的に各個体の距離を開けてモンスターをポップさせている。

 モンスターポッピングトラップが脅威とされる理由の一つは、基本密室となる狭いスペースに何十体とモンスターがポップして、敵の方が圧倒的多数という状況を強制されるからだ。また無暗に敵から逃げて、他の敵の感知範囲内に入ってリンクさせてしまう事を警戒するのも、人数があってもモンスターを複数同時に相手するのが辛いからでもある。

 キリトはその辺を理解していながら一人で全てのポッピングトラップを踏んでいたし、最前線をソロで突き進んでいたのだから、色々と呆れてしまう。驚嘆するし尊敬もするが、これが普通のMMOだったなら一考しただろうけど流石に現状で真似したいとは思えない。

 

「……ヒースクリフはこれを知ってンのかな」

「多分だけど、知らないと思う……あの人、凄く誠実な人だと思うから、そういう危険な事を忘れるような人じゃないと思うし……」

 

 クラインの疑問に、サチが自信無さげながらもそう言葉を発した。

 その意見にはボクも賛同である。明かせない事情だったとは言え、明かせないなりにヒースクリフさんは攻略ギルドの団長として攻略組を引っ張って来て、全てのボス戦で常に危険な役回りをこなしてきた。全ての攻撃パターンを熟知しているからこそタンクとして回っていたのだ。自身がタンクをこなせば被害は少ないと、それを知っていたから。

 戦闘に於いて最も難しい事は攻撃では無く防御、それも味方の事を考えた上での防御行動だ。

 それをずっとこなしてきたヒースクリフさんの事をボクは信じている。流石にキリト並みではないけれど、この世界で知り合って来た人達の中ではかなり高いレベルの信頼と信用を寄せているのは確かだ。

 

「だよなぁ……」

 

 それは目の前の侍も同意見なようで、納得の表情を浮かべながら腕を組んで何度か頷く。

 それから瞑目し、んー、と少し唸って考え事をしていたクラインは、ふと目を開いてボク達を見て来た。

 

「てェ事は、少し前からあったアルゴリズムの変化が顕著になったって事なのかもな。システムの自己学習とかはありそうなモンだ」

「「「「「あー……」」」」」

 

 その予想に、その場にいたボク達は揃って納得の声を洩らす。

 確かに六十層台後半、特に七十層台手前の頃からモンスターのAIが取るアルゴリズムに多少の変化があった。それは誰もが感じ取っていた事で、それを知ったキリトやアルゴは攻略本で再三に渡って注意を呼び掛けていた程だ。当然ながらそれを感じ取ったのはボク達三人も同じだったので、その情報に信憑性を持たせる為に名前を記載する事も許可した事がある。

 各モンスターが取る行動のアルゴリズムを熟知して、それを戦闘で戦術に組み込んだ上で戦っていなければ気付かない程度の小さな変化ではあったが、それがここに来て牙を剥いたとなれば、確かに納得はいく。

 気になるのは、ここまであからさまなシステム障害が出ているにも拘わらず、そんな大きな負荷を掛けるような変化をシステムが行えるのかというものだが……

 

「……んー、こりゃ突っ込むのは止めといた方がいいかもしんねェな。死んじまったら元も子も無ェしもう一パーティー分くれェ戦力を集めてから来るか」

「そうです、ね……」

 

 ぼりぼりと顎に生えた見慣れた無精髭を掻きながら言ったクラインの言葉に、姉ちゃんは少し歯切れ悪く、少し暗い面持ちで賛成の声を返した。

 それにクラインがしまった、という顔をするが、口にした事は正論だしそれを意図したものではなかったからか、謝罪してもどうしようもないからか、それ以上言葉は発さず口を噤んだ。

 ――――姉ちゃんだけでなく、この場に居た九人の誰もがその面持ちを暗鬱としたものにしていた

 勿論それは長くに渡ってボク達の心に存在していた一人の少年の死を思っての事だ。

 もっともっと生きて欲しかった、もっと普通に生きて欲しくて、ずっと享受してきた安寧と秩序の恩を返したいと思っていたのに、それらが叶う前に命を落とした一人の少年を思い出してしまっていた。

 常に暗い気持ちに浸っている訳では無い。そんな切り替えも出来ないならボク達は《攻略組》として、犠牲者を出しながらも前に進んできてはいなかった。

 ただ、それでも、同じ『一人』という数の犠牲は、けれど存在と価値の面で『一人』の枠には収まらない程に大きく尊かった。表向き、彼は疎まれる立場にあったが、その実この世界から生還する為に戦う仲間として決して欠けてはならない存在だった。

 今も《攻略組》が存在していて、攻略に赴けるのは、当面の問題に対処出来るだけの準備を粗方終えてくれていたからだ。

 生きている間だけでなく、何れ訪れると現実的に予見していた彼は、自身が居なくなっても戦えるよう様々な策を残しておいてくれたのだ。その一つが極限まで再現した現実の料理による不満鎮静化の策。

 そしてキバオウとその一派や数多くのオレンジ達の、およそ攻略に於いて何れ邪魔してくる可能性の高い存在の排除。

 あの日、キリトが殺したキバオウに付き従っていた部下達は、その一部が《アインクラッド解放軍》に属したままの者だった。つまりは潜入スパイというか、そういう類の者だった。

 リーファ達を攫ったキバオウが《アインクラッド解放軍》の本拠地である《黒鉄宮》を抜けた先のテラスに陣取れていたのも、その者達が手引きをしたからだったのだ。

 キバオウは今回で確実にキリトを殺せると確信していたのか、およそキバオウと懇意にしていたプレイヤー達は粗方集めていたようで、もう《アインクラッド解放軍》の内部にキバオウ派の者は残っていないとディアベル、シンカー、ユリエール達によって予想されている。

 誅殺隊は残っているものの、リンドはもう抜けたも同然だし、キバオウは死んで、対象のキリトも死んだから何れ空中分解するのは目に見えている。彼らはただ《ビーター》あるいは《出来損ない》である織斑一夏を殺す事にだけ動いていたのであり、生還する為に動いている《攻略組》の邪魔を直接的にしようとは思っていない筈だから、キリトが居ないのでは存在意義を喪っているのだ。《聖竜連合》の過激な活動も同じだ。

 神童アキトもおらず、ボス攻略などで横槍を入れてくるのではと懸念されていたキバオウもおらず、《攻略組》を害する程のオレンジやそういったメンバーも大半が死亡か監獄に叩き込まれた今、もう《攻略組》を脅かせる実力の持ち主は存在していない。

 キリトは死んでしまったが、それはまるで、《攻略組》に後顧の憂いを抱かせない行為をした代償のようにも思えてしまった。

 それが余計に、彼の理解者として寄り添っていたボク達の胸中に、幾つもの複雑な想いを去来させていた。

 感謝の念と、それ以上の怒り、それを超える大きな哀しみ。他にも筆舌に尽くしがたい沢山の想いがあって、怒れば良いのか、泣けばいいのかも分からず、その気持ちを吐き出す事すら出来ないままこの三日を過ごしてきた。

 色々と大変だった事もあるから冷静に考える時間は寝る時くらいだったのだが、その時は泣くばかり。それもただ哀しいだけじゃなくて、一人で背負い続けた彼への怒り、背負わせてしまっていた自分への怒り、助けられなかった怒りなど、沢山の感情があって誰にぶつける事も出来なかった。

 クラインやアスナといった本来その感情をぶつけられる面々にも、それはぶつけられなかった。それは皆同じ気持ちだったからだ。

 ここで誰か一人が崩れれば、なし崩しにどんどん崩れていくという確信があった。だから誰もが人目のある場所では今まで通りに振る舞って、一人になれる寝室ではひっそりと泣いて、あれから過ごしてきた。

 それでもやはり、キリトの事をふとした拍子に考えてしまう。

 

 

 

 どんな苦しい状況にあっても冷静さを喪わず、敢えて挑発的な言葉で攻略組の戦意を引き出して奮起させ、自ら危険な最前線を一人で戦い抜く彼を。

 

 

 

 ふとした拍子に仮面の下から弱い彼を見せて、年相応に笑って、弱々しく泣いて、こちらを頼ってくれる、ただ普通の幼さが残る子供としての彼を。

 

 

 

 ボク達には、《ビーター》や【黒の剣士】としての彼も、そうでない彼も、もう掛け替えのない存在だったのだ。

 リーファとシノンを助ける為とは言え死んで欲しくなんてなかった。彼女達を助けるくらいならとか、そんな事は考えないけれど、残されるボク達の事を考えてくれていたのかと思った。

 策を残してくれている時点で考えてくれてはいたのは分かるが、きっと自分が考えている事とはまるで違う方向だろうなと思う。

 きっと彼はリーファやボク達が抱いている想いには正しい意味では気付いていないし、きっと彼にはクライン達が抱いている慮る気持ちも正しい重みとして伝わっていない。自然、自身の重要性や価値も、過小評価という主観で正しく判断出来ていないだろう。

 それを責めたいと思うけれど、それを一年半以上も見て来て許してしまった以上、責める権利などボク達には無かった。直接的に追い詰めたのは神童やキバオウ達だが、間接的にはボク達も追い詰めていたのだ。

 もっとボク達も強ければ、もっと頼ってくれていただろうかと思って止まない。

 考えても最早詮無い事だと分かっていても、その思考は止まらない。『後悔』という、あまりにも大き過ぎる感情がその思考を続け、加速させていく。

 

 

 

 考えないようにしていた思考に没していた自分は、それが原因で、視界の異変に気付くのが遅かった。

 

 

 

 軽く俯いて地面を茫洋と見つめながら思考していた時に、チカリと、蒼い光がうるさいくらい視界に入って来たのがきっかけだった。ふと顔を上げれば、周囲が蒼い光に包まれていたところだった。

 それは転移エフェクトの光そのもの。

 

「な……っ?!」

 

 幾ら思考に没していたと言えど、周囲の小さな環境音はともかく、聞き慣れた転移コマンドの発声を聞き逃す愚行を犯すほど気を抜いてはいない筈だった。それなのに転移し始めている事に驚いて、もしかして本当に聞き逃していたのかと思って周囲のメンバーに顔を巡らせる。

 しかしその予想はやはり違っていた。八人全員が蒼い光に包まれているこちらを見て瞠目し、固まっていたからだ。

 

「姉ちゃんッ!」

「ユウキ……ッ!」

 

 何かおかしいとそう頭の中で激しく警鐘を響かせながら、半ば無意識に双子の姉へと手を伸ばし、呼び慣れた呼称を口にしていた。対する姉も同じように名前を呼んで、慌てて手を伸ばしてくる。

 けれど転移完了が僅かに速く、自分の体は一際強い蒼い光に包まれた。

 紫の指貫手袋に包まれたこちらの手は、水色の指貫手袋に包まれた手と重なったものの、触れ合う事は無く、目の前から消え去った。

 

 

 

 ――――その時の姉の顔が泣き崩れる子供のように見えて、胸の奥がズキリと激しく疼いた。

 

 

 




 はい、如何だったでしょうか。

 実は新章突入の仕切り直しとして、内容の構成を原作第一巻冒頭に似せてます。敵がリザードマンなのもそれの踏襲。

 実は本作第十章との対比もしていたり。第十章時点ではキリトという希望があったけど、新章突入時点では希望が無いというネ。十章時点のランと新章突入直後のユウキの地の文の対比をすると多分分かりやすい。

 更にモンスターのAIの学習、アルゴリズムの変化がよりリアルさを求めたものに。原作設定的に正直亜人が数で攻めてきたら余程のプレイヤーでも無い限り攻略出来ないと思う。

 ゲームをやってる方なら分かるでしょうが、最初に必ず通るリザードマンの巣窟で詰まってる状況です。

 ゲームだとモンスターは二、三体で大抵群れてるんで、それを反映してみました。こっちでは四、五体もあり得るようにしてます。

 ちなみにインフィニティ・モーメントをやり始めた時、私はこの洞窟の奥に居る斧を持った《リザードマン・モナーク》との戦闘(撤退不可)で初死亡を冠した事があったり。他にも四体ほどリザードマンがいて、数の暴力ってヤバいなぁと思い出したのがこのネタの切っ掛けです。

 ホロウ・フラグメントをやった事がある人は、多分バステアゲート浮遊遺跡のミミック地獄で涙目になった人も多いと思う。あそこでも私は死んだ。距離を無視した攻撃ヒットとか酷いと思う(´;ω;`)

 ちなみに何故こうしたか。

 それは《アインクラッド》の攻略速度を少し遅めにしなければならないからです、イベント的に(メタイ)

 あと、ホロウ・フラグメント編は七十六層に進んでから一ヶ月は攻略が進行していない設定なので、一ヶ月も詰まってるならそれくらいはあり得るかなと思いました。今話は三日目で状況に変化がありましたが、状況的に手詰まり感が半端ない。

 それとユウキが何処に行ってしまったか、ランの様子についてはほぼすぐ明かされますので、お待ちください。

 では、次話にてお会いしましょう。


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