インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

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 どうも、おはこんばんにちは、黒ヶ谷・ユーリ・メリディエスです。

 今話はオールアスナ視点です。

 文字数は約一万一千。

 ではどうぞ。




第四章 ~孤独の剣士~

 

 

 ざっざっと土を踏む音を立てながら、私達は迷宮区塔へと歩いていた。およそ徒歩で二時間は掛かるだろうと言われている距離だ。

 

「ねぇねぇ!」

「ん?」

 

 紫色がかった黒髪に紅水晶の瞳を持つ、《>>》の刺繍が特徴的な赤いバンダナを頭に巻く片手剣使いの少女が話しかけてきた。表情は天真爛漫そのものだ。

 

「ボクはユウキ、同じ女子同士よろしくね」

「あ、うん、よろしく。私はアスナ、呼び捨てで良いよ」

「じゃあボクもユウキで良いよ」

「あら、ユウキ、もう友達が?」

 

 そう話し掛けてきたのは目の前のユウキを大人しめにした感じの女の子だった。背は私より少し低いくらいだ。姉妹……なのかな。

 

「申し遅れました。わたしはユウキの姉の、ランと言います」

「初めまして、アスナです。それで、二人は……」

「あ、ボク達は双子の姉妹だよ、二卵性双生児の。んでね、タッグで進んでたんだけど、ボス攻略があるって聞いたから、丁度二人空いてるところに入れてもらったの」

 

 あの人達、と指し示した先には、三白眼に長髪の剣士、もじゃもじゃ毛の斧使いの戦士、真鍮色に銀髪を人房肩に垂らした重甲冑に身を包んだタンク、少し地味めな曲刀を持った少年剣士、片手盾剣士キバオウ、片手盾剣士ディアベルの六人がいた。

 キバオウと眼が合ってフンッと顔を背けられ、うへぇ……となるのと同時、あれ、とも思った。

 あの会議でディアベルはキバオウを誰何していたが、実はその必要は無かったのではないか? 何故わざわざ誰何など…………彼がキバオウか、とか名前呼びをすれば速かったのに、何故…………?

 

「アスナ?」

「っ……ごめん、ちょっとぼーっとしてたみたい」

「そっか、まあ気にしてないけど…………あの黒い子、大丈夫?」

 

 心配げに前を進むキリト君を指し示した。曰く、ソロはボス戦では役に立たないから露払いをしてレイドの消耗を減らせ、とキバオウが暴れに暴れて主張したのだ。

 それに反対する者多数だったが、キリト君は理路整然とした口調でそれらを説き伏せ、了承してしまった。まぁ、道中のドロップアイテムやコル、経験値を独り占めするという確約と許しを貰っているのだから、ちゃっかりしてはいるだろう。

 今もまた、茂みから飛び出してきた《ルインコボルド・トルーパー》という棍棒を持ったレベル4のモンスターや、《リーフェン・ウォルフ》というレベル7の若草色の狼――この狼はこの層で最強のMobらしい――に瞬時に反応し、ソードスキル無しで一刀の下に斬り捨てていた。その背中は、確かに無理しているとしか思えない何かが感じられた。

 まるで、戦う事で気を紛らわしている、戦う事に意味が有るとばかりに……

 

「どうだろうね……私が初めて会ったとき、HPが一割切っても戦い続けてたし……」

「ええっ?! それはもう危ないとかの範疇じゃないよ!」

「うん…………でも彼、戦い続けるの。何でだろ……」

 

 

 

『これくらい出来ないと……俺、は…………』

 

 

 

 ふと蘇る、彼の言葉。まるでそれくらい出来ないと、存在すら否定されるとでも言うように。自分の無力さを呪うかのように、ただただ力を求めて彷徨う剣士。

 彼が求める力は、この世界から脱出するためのそれとは質が違う気がする。

 何だろうか……彼のこの、ちぐはぐ感は、一体…………

 答えなど出るはずも無く、ユウキ、ランの二人と話しながら――勿論警戒もしながら――進む。この攻略隊の中でも最も索敵スキルを鍛えているのもキリト君らしく、彼の忠告で彼以外のメンバーには一切の消耗は無かった。出発から一時間半でボス部屋へと辿り着いた。自動記録のマッピングデータ万歳である。

 各々が装備やスキルの最終チェックを済ますのを見たディアベルが、蛇のレリーフがある重苦しい重圧を放つボス部屋の前にこちらを向いて経ち、剣を杖にして最終確認を始めた。

 

「皆、作戦や手筈は言った通りだ。一応俺達には実際集めた情報が有るが、それでも絶対は無い。過信せず、気を抜かずにボス戦にあたって欲しい。何か質問は?」

 

 ひょいと、黒い指貫手袋を嵌めた小さな手が挙がった。キリト君だった。彼はフードの中からなるべく低くした声で、彼へと問いかけた。

 

「仮に集めた情報にも間違いか、何か見落としがあって集め切れていなかった事が発覚した時はどうする? 撤退? 戦闘継続?」

「ガキが出しゃばるなや!」

 

 キバオウがすぐに怒鳴り、びくぅっと体を震わせてキバオウから距離を取るキリト君。それでもキバオウは気が済まないのか尚も言い募ろうとしたが、それを重甲冑の男性が肩に手を置いて止め、ディアベルも手を叩く事で仲裁した。

 

「キバオウさん、キリト君はこの中でも最年少の子供だ。それに良い質問でもある、そう一々怒鳴らないであげてくれ。見ていて可哀想だ」

「ふん…………」

「はぁ……まぁ、今は置いておこう。キリト君の質問に対してだが、戦況によるとしか言えない。ただ指揮系統は一本化。まず俺が最も上、次に各パーティーリーダーだ。キリト君はソロだから、基本的に俺か近くのリーダーの指示に従うようにして欲しい。荒いとは思うが何分俺にも経験が無い、了承してくれ」

「わ、わかった…………」

 

 びくびくと震えるキリト君は、限界まで人垣から距離を離していた。彼は攻略隊の中でもぶっちぎりの最年少だから、余計に小柄な体が目立つ。自然、キバオウに怒鳴られて怖がっているだろう。

 当然だと思う、誰でも九歳なら大人に怒鳴られただけで泣く。むしろ泣き喚かずに耐えている彼の方が凄いのだ。命を懸けた戦いに率先して参加しているのだから。

 

「さぁ……もう無いかな」

「俺から一つ、エギルだが良いか」

「構わないよ。何かなエギルさん」

「仮に撤退になったとしてだ、誰が殿をするんだ? 流石に大将のあんたはダメだろう。かといって各パーティーリーダーも避けた方が良い」

「それは私が受け持とう。タンクのヒースクリフだ」

 

 悠然と歩み出たタンク、ヒースクリフさんが毅然と言い切った。彼よりもエギルさんの方が身長が高いけど、威圧的にはヒースクリフさんの方が上だった。戦いになった時のキリト君と良い勝負じゃないのだろうか。

 

「しかし、防御だけでは殿は務まらない。よって……私はもう一人選出したいと思うのだが、私の意志で選んでもかまわないかね」

「仮に選ぶとして、誰を選ぶのかな、ヒースクリフさん」

 

 ディアベルの問いに、ヒースクリフさんは右手の平をすっと出した――――隅でキバオウに睨まれて怯えるキリト君へと。

 

「なっ?! 彼はまだ子供ですよ?!」

「しかしこの中でも最大戦力だ。現に我々のレベルは大体が12前後なのに対し、彼は既に24と二倍近くの数値を出している。ちょっとやそっとでやられはしないし、戦闘に私情を持ち込むことはしないだろう?」

「……………………一応は」

「おいおいキリト! 流石にそりゃ看過出来ねぇよ!」

 

 クラインさんが怒鳴るも、けれどヒースクリフさんは引かなかった。ディアベルさんも流石に難色を示しているけど、キリト君は既にその気だったため説得を諦めた。もしも、の時だから、そのもしもにしなければ良いと考えたのだ。

 クラインは舌打ちし、エギルはしまったな……と苦い顔で呟いていた。最も幼いキリト君に重荷を背負わせる形になったのだ、これ以上はあの子も保たないだろう。

 これまで以上に気を張らなければ…………

 

「…………さぁ、もう無いね? ……行くぞ」

 

 ギ、ギイイイイィィィィィ…………と重い軋みを上げながら黒っぽい扉が開いた。そして薄暗い部屋に満ちる、白い霧のような冷気が部屋の外へと出てくる。

 直線二十メートル、横幅八メートルほどの部屋の最奥の玉座に鎮座する、白い骨斧と骨盾に手を掛けた、赤い表皮を持つ大きな毛が無い狼。後ろ腰には、確かにタルワールには有り得ない細身の湾曲した武器があった。確かにあれはカタナだろう。あれが本物のカタナか調べるために、キリト君は無茶をしたのだ。

 第一層フロアボス《イルファング・ザ・コボルドロード》が斧て盾を持ち上げ、玉座の前で長棍棒を立てて敬礼していた《ルインコボルド・センチネル》も立ち上がる。

 

『グオオオオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!』

「「「「「っ……!」」」」」

 

 恐れた。体の芯、魂の髄から轟かせる咆哮に、私達は一様に恐れた。恐れで動けないでいる私達に、センチネルとロードが猛速で初撃を仕掛けようと――――

 その時、一陣の黒が奔った。三体いたセンチネルのうちの二体に襲い掛かった黒は瞬時に二体を蒼の結晶片へと変え、続いてもう一体のセンチネルへと襲い掛かる。一秒も経たずに三体目も消えた。

 攻略隊の中でも最も幼く、小柄で、寂しがりで怖がりなキリト君は、真正面からロードの斧を剣の腹で受け、そして力勝負で押し返した。

 キリト君が防がなければ、私達が纏めて斬られていた。

 その事実に気付いた私達は、ディアベルの突撃命令の下、キリト君を護りボスを倒して進むために剣を取って戦い始めた。

 

 *

 

 ぷはぁっ、と苦味が混じったレモンジュース味がするポーションを飲み干し、空になった小瓶を投げ捨てる。

 戦況は一先ず良いと言えるだろうと思える。センチネルリポップタイミングも一通り攻略本で頭の中に叩き込んでいる私達に、現時点で予想外の事態にはなっていないだろう。

 センチネルはリポップする毎に微妙に強化されるらしいが、どれもキリト君の剣技によってほぼ一瞬で制圧されていった。今も戦場となっている明るくなった大部屋で、漆黒のフーデッドローブに身を包みながら片手剣を振るう小柄なプレイヤーが縦横無尽に駆け回っていた。戦闘開始前までの気弱に震えていた面影はどこにも無い。

 その時、絶叫に近いロードの咆哮を耳にした。戦闘中で咆哮するのは、基本的に戦闘開始と残りHPゲージが一本になった時の二回とされているので、これはその時なのだろうと予測できた。案の定、視線を向けると斧と盾を投げ捨てて後ろ腰の得物に手を掛けるロードの姿が。

 

「ディアベルさん!」

 

 ディアベルは指揮をする立場として全体を俯瞰する必要が有るので、第一線から一旦身を引いている距離にあった。キリト君はコボルドロードのカタナによる猛攻を潜り抜けて、彼へと走り寄る。

 

「なんだいキリト君?!」

「カタナスキルの中に、一斉に囲むと全範囲スタン攻撃をするパターンもある! 一旦距離を!」

「! 分かった! 全員! 一旦距離を取って仕切り直せ! 囲むなよ、全範囲スタンスキルが来るぞ!」

 

 ディアベルの指示に従って大体が下がるも、しかしキバオウだけ下がらなかった。

 いや、彼だけでなく、少し地味そうな少年剣士――曲刀使いで意匠の所々がディアベルに似ているプレイヤー――も残っていた。彼らに追随するかのように、再び何人かも戻っていく。恐らく囲まなければ良いと思ったのだろう。

 

「何をしてるんだ! 一回仕切り直しだ、距離を取れ!」

「ディアベルはん、ワイはそいつの言う事だけは信用できん! どうせ全員下がったところでLA取りに行くに決まっとるんや!」

 

 エルエー? と首を傾げていると、キリト君があっ……?! と声を上げた。見ればロードのカタナが血の色が鮮烈に輝いていた。

 ディアベルやキリト君、他の人が止める間も警告する間も無く、一撃目の大上段からの振り下ろしが曲刀使いに、二撃目の振り上げがキバオウに、そして三撃目の突きが空中に吹っ飛ばされたキバオウともども、曲刀使いを貫こうと猛然と突き出され――――

 

「く、ぁ…………ッ」

 

 刃が二人を貫かんとした寸前、再び黒が血の光を遮った。ガギャァンッ! と金属質なものを引っ掻くような嫌な音が発生し、そのまま後ろに吹っ飛ばされて二人と一緒にこちらへ転がってくる。ばきり、と嫌な音がキリト君の手にあるアニールブレードからした。

 見れば刀身の根元、鍔元あたりからボロボロに砕け、柄も鍔も刀身も全て青い結晶へと還っていく光景があった。ここに来るまでの全ての敵を相手した上に、剣の腹で受け止めるという剣の耐久値を最も削る防ぎ方をしたから、限界まで強化していても保たなかったのだ。

 キリト君はそれを呆然と見つめていた。曲刀使いとキバオウは罵り合ってキリト君を責めようと立ち上がり、そして目の前まで猛前と迫っていたコボルドロードの威容にびたりと動きが止まった。再び血の色にカタナが染まり、その三人が纏めて斬られる光景を幻視した。

 私もクラインさんもエギルさんも、ユウキもランもディアベルさんも、誰もが止めようと動き出したが、遅すぎた。第一撃目の唐竹がキリト君へと迫る――――

 寸前、ギャインッ、と剣劇が逸れた。規定されたモーション以上の余計な動きをしたことによってコボルドロードのスキルは中断、長いディレイが課された。

 キリト君が立ち上がっていた。彼の左手には一本のアニールブレード。キバオウのものではない。彼はまだ手に持っている。

 答えは、彼が広げたメインメニューにあった。あまりの速さのためストレージから出したのではなく、片手剣スキルの強化オプションで《クイックチェンジ》という装備を取り出す手順を大幅に省くModで、予備として入れておいたアニールブレードを取り出して装備し、神速を以て剣劇を弾いたのだろうと予想できた。左手なのは、右手と別々にセットしておいたからだろう。

 キリト君は二人を連れて下がり、ポーションを飲んで回復に入った。さっきの吹き飛びだけでもHPが四割になっていたのだ。きっちり剣の腹で防御していたのにその威力なのだ、剣を代償に生き延びたと考えるべきだろう。あれだけ大切そうに抱き抱えるくらい大事にしていた剣を犠牲にして。

 ポーションを飲み干して小瓶を投げ捨てたのとほぼ同時、コボルドロードも技後硬直が終了して動き出した。カタナを片手で持って乱舞の構えを取り、キリト君は同じように右手の剣を構えた。

 キリト君のHPは微々たるものながら自然回復で六割~七割、ボスもほぼ同程度。恐らくステータスレベルもほぼ同じ。大きな違いとすればその背丈くらいだろうけど、今は相手の攻撃を避けやすいがこっちも当てにくいと収支ゼロに落ち着いていた。

 誰も動けなくなってしまった中、両者の間に攻防で発生した砂塵が立ち込める。ちりちりと空気が震えた。

 

『「ッ!」』

 

 初動は同時だった。

 一人と一体は剣を交錯させた。長大な刀、それの半分ほどの片手剣。激しく打ち合って火花を散らし、高速で移動して砂塵を吹き散らしながらお互いの命を削る。ゆっくりと緩やかに、けれど着実に互いの命を削っていた。

 最も幼い子供が、命を削っていた。

 なのに、何も出来ない自分が歯痒い。辛いものを一人で背負っているキリト君に頼りきりの自分が恨めしい。

 けれど、思うだけでは変えられない。圧倒的な剣劇の応酬に、誰も立ち入る事は許されなかった。ディアベルでさえもが、指揮を忘れて唖然と戦いの行く末を見守っている。

 ギャインッ! と両者が距離を取った。どちらももうHPが数ドットしかない。

 ロードが左腰に溜めるようにしてカタナを構え、キリト君が剣に青い光を宿しながら突進した。

 

 

 

 瞬間、薄翠の一閃がギリギリまで後退していた私達の眼前まで、迫っていた。

 

 

 

 あと一歩前に出ていれば即死していたであろう攻撃は、幸いにして誰も当たっていなかった。それは勿論、黒の彼も。

 彼はギリギリで見切ってソードスキルモーションを発動する前に解き、ダッシュの速度はそのままに限界まで地面を滑るように這って駆け、居合一閃を皮一枚で避け切っていた。ズパァンッと空打ちとなった威力が音高く空気を打ち、同時に皮一枚しか避けられていなかったキリト君は纏っていた漆黒のフーデッドローブを引き裂かれ、その幼いながらの美貌を光に晒した。

 

「……あ……」

 

 思わず、私はその驚きと感嘆を声に出していた。

 少年は幼さを残していたが、目つきだけは年齢に反して鋭さがあって、それが尚更彼の美貌を引き立てる。美しいだけでなく、毅然とした姿が私の胸中を貫いた。

 

「天使、さま……?」

「……きれい」

 

 横で一緒に戦っていたユウキ、ランの姉妹もまた、同じように見惚れていた。ユウキなどは彼を天使なのかと呟いていたが、それを笑うような気持ちは一切湧かなかった。むしろ納得してしまうくらいだ。

 誰もが、たった一人で獣の王へ挑む幼い少年の毅然とした姿に、目を奪われていた。

 誰もの視線を集めている彼は、蒼い光を再び剣に宿し、止まっているロードに袈裟の一撃が入れた。蒼だからバーチカルだろうけど、床を這うようにして駆けていた時の角度が斜めだったからだろう、斜め斬りに私からは見えた。

 しかし、ロードのHPはあと一画素分残った。ニヤリ……と残虐な笑みが浮かぶ。

 

「そんな……!」

「逃げろ、キリト――――ッ!!!」

 

 私の声が上がり、クラインの叫びが響き渡った。ロードの背後に抜けた彼を斬り裂こうと、カタナが薄黄緑色に光り、振り上げられ――――

 

「う……おあああああああああああああああ!!!」

 

 ズバンッ! と、カタナが振り上げられるよりも早く、ロードの体が縦一文字に斬り裂かれた。カタナはキリト君の眼前で停止していて、膨大な青い結晶片を吹き上げる中でロードのシルエットが浮かび上がる。

 きらきら、きらきらと煌く蒼光の雨の中、艶やかな黒髪の少年が剣を下ろした。光を背に背負っているように見えた彼は、左右に剣を払って音高く、戦いの終焉を告げるようにチン、と鞘に収めた。

 途端に部屋の眩しいほどの七色の光が消え、迷宮区特有の暗さが戻る。それでも二つ、圧倒的な光源があった。

 一つは私達の眼前に一人一つ表示された、取得経験値やコルなどのリザルトのパネル。

 もう一つが、【Congratulation!!】と黄金の文字で表示された、ボス討伐を告げる宣告だった。

 

「…………終わった……」

 

 キリト君の声が、朗々と響いた。

 

「……ああ、そうだな……皆、喜ぼう! 俺達は、ついに第一歩を踏み出したんだ!!!」

「「「「「わああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」」」」」

 

 次々に歓声を上げ、一番の立役者であるキリト君へと駆け出す攻略隊。

 

「ふざけんなや!!!」

 

 その空気を、一人の男の怒鳴り声が壊した。途端に嫌な静謐さを取り戻す大部屋。

 キバオウは表情を憎悪に歪め、キリト君へと剣を向けた。

 

「何でや……何でお前みたいなヤツが、そないに讃えられるんや!」

 

 流石に過ぎた言いがかりに黒人の大人エギルさんが前に出た。両腕を組んで、キリト君の前、キバオウの前と間に立ってキバオウの視線を塞ぐ。

 

「おいおい……勝手な行動を取って死に掛けたとこを、キリトは助けたんだ。LA……つまりはボスが一回しか落とさない超級レアアイテムについて怒ってるんだとしても、キリトじゃなかったら勝ててなかった。誰か一人でも死んでたらその時点で崩壊してたんだぞ」

 

 もっともな事を言っているエギルさんだったが、しかしキバオウには通じなかった。無理矢理にエギルさんを抜き、こちらへ詰め寄って来た。たちまち私達で遮り、キバオウは私達の前で止まる。

 

「お前ら、何で不思議に思わんのや。あいつはカタナスキルを、ベータテスターしか知り得ん情報を知っとったんやぞ! 攻略本にも載ってへんかった情報を、そのガキは知っとったんや!」

 

 確かに、あの攻略本には囲まれたときのことは書かれていなかった。だが、それが何だと言うのだ。

 

「だから何なのよ!」

「そのガキはワイら含めて、ビギナーの全てを捨てて利個的に動いた薄汚いベータテスターやっつう事や! 今までそれを押し隠して、しかもフードで顔隠してな!」

 

 それだけやないで、とキバオウは続けた。今のアインクラッドで最も言ってはならない禁忌を。

 

「そいつはなぁ……織斑の出来損ない、屑の織斑一夏なんや!」

 

 バキンッ、と何かが壊れた音がした。物質的でもオブジェクト的でもない、決定的な何かが壊れた音がした。

 それに気付いていないのか、それとも私の空耳だったのか、キバオウは顔を真っ赤にして続ける。

 

「織斑の出来損ないはベータテストで知識を持ったから言うて調子に乗って、ワイらビギナーを見捨てて一人で走ったんや! 今までソロで活動してボロいクエや狩場で良い思いして、アニブレも二本持って装備も上等、レベルも24と異常やないか! そないなヤツを、お前らは何でそんな嬉しげに讃えるんや!」

 

 何て事を! あなたに何が分かる!

 私は憤慨してそう言おうと思った。

 しかし、周囲の人間の反応に愕然とした。

 さっきまで彼の獅子奮迅の健闘を讃えていた攻略隊の大勢が、キリト君に侮蔑の目を向けていた。冷たく、今までの暖かい目なんて露も無かった。ユウキ、ラン、クラインさん、クラインさんの友人五人、エギルさん、ヒースクリフさん、ディアベルは違っていたけど、それ以外の全員がキバオウと同じ目を向けていた。

 

「チッ……何で屑がいるんだよ」

 

 誰かの呟きから、次々と悪罵が立ち込めていった。どんどんエスカレートしていく誹謗中傷、向けられる悪意は次第に濃く、深いものになっていっていた。

 

「お前、死んだかと思ってたのに……何で死んでねぇんだよ」

 

 誰かの呟きに、とうとう私の堪忍袋の尾が切れかけた。見ればヒースクリフさんを含めた、キリト君に悪罵を投げていない全員が武器を握り締めていた。

 

「ここで死ねよ、価値が無いんだからよ」

 

 かちり、と収めていたウィンドフルーレの鍔を鳴らした。鯉口を切って、抜刀する――――

 

「あっは……!」

 

 寸前、響き渡った狂った笑い声に、一瞬で怒りに燃え上がっていた体の熱が引いた。たった一言、たった一つの笑いに、体の芯から凍りついた。

 声の主は、やはりキリト君だった。誰よりも幼く、誰よりも小さく、誰よりも淋しがり屋で、怖がりで、そして誰よりも強い剣士は、狂った笑い声を上げていた。目は狂ったように虚ろで光が無かった。

 

「く、ふ、あはっ、あははっははっははははっははは!」

 

 ケタケタと笑い、大部屋で彼の狂笑が反響する。それに苛立ちの声を上げる大多数。

 

「はははっはっはあっははぁ…………今更気付いたんだ……」

 

 ニヤッと壊れた笑みを片頬に刻み付ける。こちらを見据えて腕を組んだ。

 

「いやァ、何時気付くかなと思ってたんだけど、まさかここまで気付かないとは思わなかった……まァ? こっちとしてもあんたらなんかと仲間だと思われるのも業腹だね。体良く利用させてもらったけどね。お陰様で、狙い通りにLAが取れました、どうもありがとう。これだから世間知らずのユートーセーさま達は、自分達が利用されてるなんてこれっぽっちも思いやしないから、専門から外れると扱いやすくてたまらない。端から見れば滑稽だ!」

 

 ずるずると何かが剥がれ、乖離していく音がした。

 違う、これじゃない。何なの、これは…………

 

「それと、何だっけ……ああそうそう、元ベータテスターだっけ? あのねェ、俺をあんな雑魚と一緒にしないでくれないかな?」

「ざ、こやと……?」

「そうだよ? たった千人のベータテスターの中に、本物のMMOゲーマーが何人いたと思う? 殆どはレベリングのやり方も知らない初心者、ド素人だったんだ。今のあんたらの方がまだしもマシさ――――けどさァ、俺は本物だ。上の層の、誰も知らないことを知っている。鼠なんか話にならないくらいになァ! アッハッハッハッハッハ!」

 

 腹を抱えて哄笑するキリト君。何かがやはり、違う。何かが音を立てて崩れてて、崩れていく端から直されて行っているかのように整合性が取れていない。

 誰かがチッ……と舌打ちした。

 

「なんだよ、それ……チートじゃねぇか……」

 

 その言葉を皮切りに、プレイヤー達が罵詈雑言を浴びせる。

 

 

 

 ――――最低のチート野郎だ

 

 

 

 ――――ベータテストどころの話じゃねぇ

 

 

 

 ――――ベータ上がりのチーターなんて、最悪最低じゃねぇか……!

 

 

 

 ――――完璧にチートだろ!

 

 

 

 ――――ベータテスターにチーターだから……かけてビーターだ!

 

 

 

 ――――そうだ、最悪のビーター!

 

 

 

 その叫びが放たれた直後、そのまま歩いていた彼がフッと笑った。メニューを操作して、今までの簡素な防具ではなく、黒衣の革コートを纏って振り向いた。

 

「【ビーター】! いいねそれ、気に入ったよ! LAボーナスと一緒に俺が貰う! 俺の名、その記憶に、魂に刻め! 俺の名は――――」

 

 装備変更で現れる蒼いエフェクトに包まれ、振り返る彼。

 長い黒髪、色白の肌に少女と見紛うばかりの美貌。小柄な体にしかし大人さえも萎縮させる覇気を宿した少年。新たに手に入れたらしい漆黒のコートを纏い、漆黒の瞳に得体の知れない深い闇を宿す、彼は――――

 

「――――【ビーター】のキリトだ!」

 

 剣を肩に担いで私たちに宣言する彼、キリト。嘲弄を隠しもしない表情に酷薄な笑みを浮かべ、私達を一瞥する。

 そのまま振り返って上へ繋がる階段を目指す。

 

「二層の転移門は俺がアクティベートしとくよ、あんたらは街に戻って大人しくしてろ。ベータ時代にもよくいたんだ――――折角ボスを倒したのに、上の初見のMob(モンスター)に殺られる馬鹿がなァ! あはははっ……あはははははっ……!」

「なん、や、と……こン屑が、調子に乗るなァァァァァァァァ!!!!!!」

 

 キバオウがソニックリープを放つも、振り返り様の一撃でキバオウの片手剣だけを正確に折られた。

 

「システム外スキル《武器破壊》……俺の得意技だ。メインアーム壊されたいヤツはどんどん来い! こいつみたいに、無様に地面を這い蹲らせてあげるからさァ! 織斑家の屑と呼ばれてる、この俺が、あんたらを這い蹲らせてやるよ!」

 

 彼の哄笑と共に放たれた挑発に、しかし誰も反応しなかった。ただ憎々しげに睨んでいるだけだ。

 それを見て鼻で笑い、悠然と厭味ったらしく階段を一段一段ゆっくりと上がり、扉を開けてこちらを見た。

 

「じゃあね、ま・け・い・ぬ・ど・も♪」

 

 嘲笑という笑顔に見える、淋しさと哀しさを湛えた笑みと共に、彼は去った。ガコォン……という音と共に扉が閉められる。

 後に残った者達は流石にここまで来て殺されるのは嫌だと思ったらしい、来た道を帰り始めた。キバオウ筆頭にイライラして悪罵の数々を怒鳴り散らしながら迷宮区塔を降りるべく戻っていく。

 

「…………莫迦野郎が…………一人で、背負い込んでんじゃねぇよ……!!!」

 

 ガンッ!!!

 クラインさんが床を力の限り殴った音が、虚しく響き渡った。顔を顰めてすすり泣く音が幾つも上がり、ヒースクリフさんも陰鬱と表情を歪めて俯いていた。

 たった九歳の子供の尽力によって第一層のボスは倒されてゲームクリアの第一歩を歩みだし、そして犠牲によってビギナーとベータテスターの確執は問題になることは無かった。

 誰よりも幼い少年は、誰も選ばない孤独の道を進む事で、私達を護ってくれたのだ。自分の全てを犠牲にして……

 私は自分の無力が許せなくて、涙を浮かべながら、両手を力の限り強く握り締めていた。

 胸中と脳裏で呟かれる言葉は、ただ一つ。

 ごめんなさい、という、幼くも偉大な剣士への謝罪だけだった。

 

 





 はい、如何だったでしょうか。

 何と本作では、ユウキだけでなく姉のランまでもが参戦致します。ユウキは原作通り片手剣使いで、ランは細剣使いという設定です。割とSAO入りした二人の設定はあるので詰まらないかもと思ったのですが、どうしても出したくて二人を参戦させました。

 ユウキに関してですが、私の別作《闇と光の交叉》のような壊れ強化キャラにはならない予定です。過去が異なる為、あそこまでの強さになるきっかけが無いからです。

 なので、本作はSAO原作に近い強さで収まると思って下さい。最も異なるのは和人です。

 さて……ビーターとして孤独の道を進む事になったキリトですが、原作よりも酷い状況になるので、お覚悟下さい。

 では、次話にてお会いしましょう。

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