インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

72 / 446
 どうも、おはこんばんにちは、黒ヶ谷・ユーリ・メリディエスです。

 今話は前半フィリア視点、後半ユウキ視点。

 サブタイトルから分かる通り、同じエリアに居ながら見事に会わないでいる二組が合流します。戦闘描写は無し。ただレインとフィリアがどう出逢ったのかちょっと描写しております。

 レインに関しては捏造設定が一部あったり。

 文字数は約二万。

 ではどうぞ。



第六十六章 ~合流~

「……静かになったね」

 

 セルベンティスの神殿内を探索し始めてから三十分程が経った頃。

 内部を徘徊している骸骨型の剣士や槍使い達を殲滅し、死神型モンスターもどうにか倒し、復活している宝箱の中身を回収して、そろそろ最奥の開かずの扉に辿り着こうとしていた時、ふと思い出したように周囲の警戒をしていたレインが言った。

 回廊の先や死角へと注意を向けていたわたしは、その言葉に耳を澄ます。

 言われて気付いたが、探索開始直後は度々聞こえていた咆哮や轟音が何時の間にかしなくなっていた。

 あのボス級Mobが追い掛けていたと思しきプレイヤーが倒されたか。ただ遠くまで行って聞こえなくなっただけか。あるいは誰かに倒されたのか。

 

「そうだね……誰かに倒されたのかな」

 

 予測を立てて、首肯しながらそう言葉を返す。

 個人的には誰かに倒されたのが好ましい。それが一番楽だからで、何より安全だから。

 ただでさえこの樹海には三桁レベルのモンスターが平然とうろついている。その上でボス級Mobの相手なんてわたしはしたくない。逃げる途中でモンスター達に感知されて追い掛けられるなんて目にも、きっと自分だけでなく誰もが遭いたくないだろう。

 此処が外れだと分かれば次はこの大神殿を出て西の方角にある回廊神殿に向かう予定なのだ。距離としては短いがその途中にもモンスターは幾らか居るため、大神殿前の広場でボス級Mobと鉢合わせなど絶対に嫌だった。

 まだHPゲージが二本のネームドモンスターレベルならレインと二人掛かりで戦えなくもないが、三本以上のボスレベルともなれば、如何にこちらの実力が高くても物量で押し切られるのは目に見えている。

 自分もレインも個々の戦闘能力はそこらのソロプレイヤーを超え、キリト達から攻略組プレイヤーに匹敵するとまで言われている実力者だ。多少なら持ち堪えられるだろうが、流石にボス級モンスターが相手となると、どちらかの集中力が切れるか武器の耐久値が全損すれば全滅一直線だろう。

 だから倒されたのが一番状況としては楽だ。

 とは言え、それで喜んでばかりではいられないのもまた事実。

 

「うーん……それだとわたし達以外にもプレイヤーが居る事になるけど、誰なんだろう……?」

 

 そう。システムが動かすモンスターであるボス級Mobが倒されたのなら、必ずそれはプレイヤーである筈だ。

 しかしわたし達は此処を彷徨うこと三日の間プレイヤーの姿を一度たりとも見ていない。この樹海が広大だから偶々すれ違っていないだけなのではと思わないでもないが、マッピングしたのは樹海で行ける範囲全て、つまりは全範囲だ。

 開かずの扉の先はまだ見ていないもののそれ以外は全て見て回ったのだから、その間に一度くらいは見てもおかしくない。

 そしてボス級と思われるモンスターを倒したとなれば、それだけ高い実力を有するプレイヤーである事が予想出来る。

 ボスを相手取れると言えば攻略組だが、三桁レベルが多いこの樹海のボス級モンスターを相手に勝てるかと聞かれると、実態をよく知らないので予測になるが、多分勝てないのではとわたしは予想している。闘技場《レイド戦》の戦いを見ていると殆どキリトと親しい者達くらいしか実力者が居なかったのだ。

 つまりユウキやアスナ達が攻略組のトッププレイヤーと言える。一人でボスを相手取れるキリトもトッププレイヤーだが、比較対象としてはかなり外れている存在だから一時除外だ。

 この樹海が幾ら広いと言っても三日も彷徨っていれば普通人影くらいは見る筈だが、一度も見ていない。

 となればわたし達以外ほぼプレイヤーは居ない、あるいは居ても片手で足りる程度と考えられる。

 先のボス級モンスターを倒したと思われるプレイヤーの人数は多くても一パーティー程度が限度だ。レイド級ともなればその人数による活動圏の狭さで一度は遭遇していてもおかしくないから、恐らく数人程度。

 そうなると次はレベルの問題が出て来る。

 その辺をうろついている雑魚Mobですら三桁レベルなので、格上のボスはそれ以上の強さと考えるのが妥当。

 普通のプレイヤーはボスと戦うにも最低パーティーを組まないと話にならず、レイドで漸く拮抗するくらいだから、《アインクラッド》での『普通』よりも遥かに平均レベルが上の樹海でボスとやり合うにはレベルも実力が高くなければならない。

 こうなると考えられるのはやはり攻略組の中でも戦闘能力が高いアスナやユウキ達くらいなもの。

 と言っても、闘技場での戦いぶりを見る限りアスナ達もかなり強いが、そこまで自分の常識から外れた強さを持っている訳では無い。物凄く速かったり剣の腕が立つという意味でなら自身より格上だが、それでも少人数でボスを相手取れるほど逸脱はしていない。

 となれば考えられるのは単独でフロアボス撃破の実績を持つキリトだ。現状この可能性が一番高い。

 

「もしかしてキリトがこっちに来てる、とか?」

「わたしとフィリアちゃんみたいに強制転移で来てるって事?」

「うん」

「……無くは無いけど、あり得るのかなぁ……?」

 

 口にした予想にレインは小首を傾げた。あり得るかと首を傾げざるを得ないが、かと言って自分達が此処に来た原因について判明していない以上は否定出来ない可能性でもある。だからあり得ないと断言までは出来ない。

 まぁ、そもそも件のモンスターが倒されたのかすら分かっていないのだが。

 

「あ、フィリアちゃん、そこの角を左に曲がったら『扉』だよ」

 

 そうこうしている間に、どうやら大神殿の最奥近くまで来ていたようだった。それに気付いたレインに言われてわたしもはたと気付く。

 自分達が大神殿と呼称している此処、セルベンティスの神殿の内部は、構造自体はそこまで複雑ではない。二階や北東にある別の回廊へ続く道も存在しているが、基本的に入り口から最奥へと続く以前は開けられなかった『扉』まで距離は然して無い。

 途中途中でスケルトン系や死神といったレイス系モンスターが徘徊しているので戦闘は避けられず、一体一体もレベルに見合った強さなので面倒ではある、《アインクラッド》の同型モンスターでは見られなかったスキルも使って来るが、警戒さえしていれば苦戦はしても、余程の事が無い限り負けはしない。建物の内部という事もあって群れていても多くて三体で、四体以上は無い事がせめてもの救いだ。

 だから三十分程度しか経っていなくても、宝箱の回収や戦闘を挟んでいると言えど神殿の最奥に辿り着けた。

 

「うーん……やっぱり開かないね……」

 

 結果から言えば最奥にある扉はやはり現状では開けられなかった。

 この奥に何があるかは分からないが、扉の重厚さを見るに宝物庫か、あるいはボス部屋のどちらかとは考えられる。しかし《アインクラッド》に帰る手段が無い以上は現状行けない場所を探すしか無く、わたし達はどうにかしてこの扉を開けられないかと首を捻る。

 この大神殿内部に入ってから再度隈なく回ったが手掛かりやギミック的なものを見付ける事は出来なかったから、ひょっとしたら此処には無いのかと判断する。

 帰る手段なんて無い、という可能性は今は意図的に無視していた。

 

「外れだね……次は西の回廊神殿に行こうか。レイン、武器の耐久値は大丈夫そう?」

 

 外れと分かれば此処に用は無いので、途中で倒したモンスター達がポップして面倒な事になるより前に出てしまおうと考え、レインにすぐ動けるかを問う。

 彼女は左右の手に提げている細身の片手直剣ソード・オブ・ホグニの耐久値をそれぞれ確認し、笑みを浮かべて頷いた。

 

「うん、まだまだ大丈夫そうだよ。フィリアちゃんのリノベイトは?」

「こっちも大丈夫。そもそもわたし、回避中心だからレインほど剣を使ってないしね」

 

 わたしが愛用している短剣ソードブレイカー・リノベイトは対人戦に於いて真価を発揮するという少々特殊な武器だ。

 短剣にしてはそこそこ長く肉厚の刀身が特徴のソードブレイカーは、片方が普通の刃だが、もう片方は凹凸が連続しており、そこに相手の刃を挟み込んだ時に剣を捻ると武器破壊確率をブーストするという特殊性能を有している。わたしのコレは、通常のソードブレイカーを更に強化した代物だ。

 強化武器なのでパラメータとしては通常のソードブレイカーを遥かに凌ぐ。ソードブレイカーは元来六十層台の武器で、とてもではないが七十層台では通用しない、クリティカルが入ればダメージは通るものの元々の攻撃力値が低めなので効率は悪い。それでも使っている時点でパラメータは推して知るべしである。レイン曰く、キリトのエリュシデータには劣るもののそこらの剣には勝る魔剣級のパラメータらしい。

 そんな見た目とは裏腹に強大なパラメータを有するソードブレイカー・リノベイトは、強化されていると言えど本来の用途が武器破壊のため、前述したように対人戦で真価を発揮する。

 逆に言えば対モンスター戦では普通の短剣と変わりない。刀身が長いので他の短剣よりリーチがある分だけまだ戦いやすいと言えるかもしれないが、それも限度がある。

 この世界が普通のオンラインゲームだったら対プレイヤー戦も頻繁にあっただろうが、デスゲームとなった現在そんな事をするのはオレンジや《笑う棺桶》のようなレッドくらいなものなので、わたしの武器が猛威を振るう機会は訪れないだろう。

 そんなマイナーになっている短剣を得物としているわたしの戦闘スタイルは、キリトやユウキ、レインのような相手の攻撃を逸らすように攻撃を叩き込むパリィスタイルではなく、攻撃を躱して生じた隙に反撃を入れる回避重視。自然、二本の剣を振るっていると言えどパリィ重視のレインよりはまだ武器の耐久値の減りは遅くなっていた。

 少なくとも大神殿を出るまでは余裕で持つと判断して言葉を返したわたしに、レインはにこりと微笑みを浮かべた。

 

「ならちょっと急いで出よっか。リポップしたら面倒だもんね」

「そうだね」

 

 相手のレベルの方が高いから取得経験値は多くなり、自然とレベリングをする事にもなっている現状は、一部のプレイヤーからは羨ましいと思われるかもしれない。

 しかし補給と帰還の目途が立っていない現状でそんな楽観的な思考が出来る筈も無く、その危険性をよく理解しているわたし達は早く出ようと意見を一致させていた。この辺はやはり以前はよくタッグで動いていた関係性の賜物であろう。

 思えば案外長い付き合いになったものだなと、来た道を警戒しつつ戻りながら、何とはなしに考えた。

 

 *

 

 《Philia》としてログインしたわたしが、後に長い付き合いになり、トレジャーハントをする際の相棒として信頼する事にもなるレインと初めて顔を合わせたのは、デスゲームが始まった日の翌日の朝だった。

 わたしが初期ロット一万本、ベータテスターの分を除けば九千本しか無い《ソードアート・オンライン》をプレイすると決めたのは、元々かなりのゲーマーだからというのもあるが、ハック&スラッシュが大好きだったからだ。

 ハック&スラッシュとは、端的に言えばトレジャーハントの事。もっと言うなら手に入るアイテムやその性能までもがランダムで、手に入れる度に異なるレア度となるアイテムを積極的に集める事だ。レア度と性能の兼ね合いから満足するまで何度も何度も同じ工程を繰り返すという根気の要る作業のため、それを自ら行う者は大抵廃人ゲーマーと呼ばれる。

 わたしは普通に学業をしていたし、常に成績上位を保持するため勉強時間もしっかり取っていたから、まだ廃人とは言えない。

 そもそもからして自分がハクスラを好むのは高い性能のアイテムを手に入れて悦に浸る為ではない。かつて映画で見た冒険家に憧れた部分が、トレジャーハンターとして活動する最も大きい理由だ。宝箱を開けて中から何が出て来るかという期待、そして手に入れた瞬間の感動がわたしを病みつきにしたのだ。

 無論、デスゲームという異常な状況に突然放り込まれたから、トレジャーハントに熱中する事で不安や恐怖から逃避しようとした面が無いと言えば嘘になる。デスゲーム宣言の翌日から動き出したのは不安から逃げたいという思いだったからだ。

 その時のわたしはかなり気が動転していた――むしろしていなかった者は居ない筈である――ので、《圏外》での戦闘がどれだけ覚悟を要するものかという事は頭から抜け落ちていた。

 不安や恐怖から逃げようと《圏外》に出たわたしがモンスターと遭遇し戦闘になれば、当然の如く混乱に陥った。

 《始まりの街》周辺の草原地帯は初心者が戦闘慣れする為のエリアを兼ねているため、初期マップである事も手伝って強敵は存在しない。うろついているのは青イノシシが精々だ。無論、夜になったらRPGのお約束とも言える強化が入り、狼なども姿を現すようになるが、昼間であれば危険は少なめと言える。

 第一層迷物――名物に非ず――であり今となっては若干親しまれているスライムの如き青イノシシ《フレンジー・ボア》も、そもそもからしてそこまで攻撃的なモンスターでは無い。流石に初期装備且つ初期レベルだと突進を喰らえば一撃でHPを三~四割減らされるが、その突進も前動作があるし、軌道も直線なので距離さえあれば見てからでも十分避けられる。

 しかし混乱に陥ったわたしが対処出来るかと言えばそうでも無く、ただ無様に突進を回避し、逃げ回るばかりだった。この時ばかりは自分の運動神経の良さに心の底から感謝したものである。

 だが混乱の極みにある状態で何も問題無く逃げ続けられる筈も無く、走っていたわたしは途中で躓いて転んでしまう。

 タイミングも悪く、それはフレンジー・ボアが丁度突進を始めた時の事だった。

 

『危ないッ!!!』

 

 もうダメだ、と思ったその時に助けてくれたのがレインだったのだ。

 元々《片手剣》ならソードスキル一発で倒せる青イノシシを、彼女は突進の最中なのにも拘わらず《ソニックリープ》を的確にヒットさせ、一発で倒して助けてくれた。

 後から聞けばレインは歌唱部に所属していたので、バレー部に所属していた自分と違って運動が得意という訳では無いらしかったし、キリトやリーファと異なり武道に習っていた訳でも無いらしい。

 

『助けてくれてありがとう……あなた、強いね』

『間に合って良かったよ。強い事に関しては、まぁ……わたし、生産職寄りだけど一応元ベータテスターだからね。生産職も強くないと素材を集められないのですよ』

 

 それでもデスゲーム宣言の翌日なのにわたしを助けられるほど戦闘慣れしていたのは、レインが元ベータテスターだったから。

 流石にデスゲーム宣言を受けた日は混乱と恐怖から宿に引き籠ったものの、その翌日になってから何かしなければと思って《圏外》に出た所でモンスターに追い回されているわたしを発見。それからは何かを考える暇も無く、剣を手に駆け出していたのだという。

 まだ一日しか経過しておらず、第一層ボス攻略の頃に較べればベータテスターに対する悪感情が少なかったから、自身が元ベータテスターである事を明かしてくれたのだと思う。あるいはたった一日で至ったとは到底思えない熟練度だったから、誤魔化し切れないと思ったのか。

 とにかくモンスターと遭遇するだけで混乱していたわたしは、これ幸いとばかりに彼女に師事を請うた。恐怖もあったがそれ以上に街の中に閉じ籠っていてはお金が尽きてしまい、どうしようもなくなると理解していたからだ。

 この世界の事についてあまり知らなかったわたしは、具体的な方法は知らないが仮想世界でも男女の営みが出来ると思っていて――実際出来るようだった――最悪身売りを迫られるかもしれないと恐怖していたのだ。宿に泊まれなくなったら必然的に宿の外で寝る事になるだろうが、そんなのは襲って下さいと言わんばかりのものだから避けたかった。

 そういう懸念を語ったので、当初こそ人の命を預かるために躊躇っていたレインは頼みを受けてくれた。

 

『じゃあフィリアちゃん、まずはキチンとソードスキルと各スキルの効果を憶えようか』

 

 元ベータテスターとしての基盤がある彼女は、まず指導の第一段階としてそう言って来た。自分が扱うスキル、扱わないスキルのメリットとデメリットをしっかり知っておく事で効率的なビルドを組めて、結果的にそれが生存率に繋がるからだった。

 また情報が命を繋げると知っていたレインはベータテスト時代からの馴染みという情報屋アルゴとコンタクトを取り、周辺のマップや敵の情報を集め、それを教えてくれた。

 余談だが、どうやってコンタクトを取ったのかと聞けば、インスタントメッセージ機能を利用したのだ、という事だった。

 インスタントメッセージとは、フレンドを結んでいない者の間で使われるメッセージの事だ。フレンドメッセージとの違いを挙げるとすれば、同じ階層であり、且つ相手の名前のスペルも知っていなければ送れない事が最大の障害だろう。また文字数もフレンドメッセージに較べて非常に制限が掛かっている。

 デスゲーム宣言の翌日なんて第一層の攻略もまだ全然進んでいなかったから、『同じ階層』という部分は無条件クリア。相手の名前のスペルも、《黒鉄宮》にその情報屋のベータ時代の名前と同じものがあるのを確認したため、それもクリア。文字数に関してもコンタクトを取りたい旨と、自身のベータ時代の名前も書き添えるだけだったから問題無かったらしい。

 ちなみに、後にベータ時代の名前まで書いた事は叱られてしまったらしい。当時は分からなかったが後々になってベータテスターに対する確執を知ってその意味が分かり、危ない橋を知らず知らず渡ってたみたい、と苦笑していた。せめて直接顔を合わせた時に明かせば良かったかなぁ、とも。それはそれで本末転倒だと思ったけど。

 閑話休題。

 そんな訳で、《始まりの街》からレインの後について旅立ったわたしは、元ベータテスターである彼女の知識や見識を学び、レベリングと実戦訓練を積み重ねる事で着実に強くなっていった。

 最初の頃は慣れていない事もあってレインにサポートしてもらっていたが、何時しか互いにサポートし合う関係になっていた。

 お陰で二人でも最前線から数層下のダンジョンであれば潜り続ける事が出来るようになったし、余程搦め手が得意なモンスターが相手でない限り、撤退を余儀なくされる事も無くなった。《鍛冶》と《裁縫》を取って鍛えていたレインが仲間だったから、ダンジョン内でも武具の修復が可能だった事も大きい。トラップに関してもわたしの方が対処出来ていたので致命的な状況に陥る事も無かった。

 お陰で復活した宝箱から手に入った武具やモンスターからドロップした素材はとても多く、それらをプレイヤー商人に売り捌く事でわたし達は資金を得ていた。

 そんな事をずっと繰り返していればある程度のルーチンが出来る。そうすれば非効率的な部分も見えて来るようになっていた。

 わたしはトレジャーハントを楽しみ、それで得たアイテムを売り捌く事で資金を得る。極論ダンジョンアタックをし続けていれば良いスタイルだった。

 しかしレインは違う。彼女は生産職としてスキルを鍛える時間が必要だし、その為にも素材を集めなければならない。ダンジョンアタックで毎回インゴットや糸が手に入るとも限らないし、手に入った装備をばらしたり、武器をインゴットに戻せばある程度は可能だが、今度はそれらを売る方で時間を掛けなければならない。

 装備はプレイヤーの生命線だ。リズベットのように有名になるくらいの腕を持ち、且つ店を構えているプレイヤーであれば客入りは多いだろうが、レインは気紛れに露店を開いて売る程度だったので信頼性が低い方だった。自然、性能で勝負しなければならず、求めるインゴットや素材も高ランクになるし、スキル値も高くなければならない。

 そういう事情があったため、レインはスキル値を鍛えなければならない事と固定客を手に入れる為に、わたしは自分の取り分となるアイテムと彼女の生産素材集めの為に、別行動を取るようになっていった。

 幸運だったのはわたしにそれをし続けるだけの才能と力があった事。取っていたスキルも戦闘系は勿論トラップ対策のものまで一通り揃っていたので、装備の残り耐久値に意識を払っておけばソロでも戦えた。

 勿論それも十分過ぎるレベルマージンを取っていたからこそ出来た事。

 

『いい、フィリアちゃん? 知ってると思うけどSAOはレベル&スキル制のゲーム、デスゲームになってる今はどれだけレベルが高くても足りないくらいなの。ソロなら危険度も高いからね。だからレベルは安全マージンの階層プラス十よりもっと高く取っておこう! 目指すは階層プラス二十だね!』

 

 レインは少し過保護な所があるようで、アルゴが出していた『階層プラス十』というレベルマージンでは安心せず、そこから更に十以上上げる事を目標として掲げていた。それもタッグやソロといった危険の多いパーティー構成だったからで、他の人と組むなら話は別だったらしいが、生存率が上がるならとわたしはそれを意識してレベリングしていた。

 

『フィリアちゃんって、今のレベルはどれくらいなの?』

『少し前に90の大台に入って、今は91』

『わぁ、凄いね! やっぱりダンジョンに入ってる時間で差が出たね、わたしはまだ89だよ。いやぁ、教え子が強くなったのは師匠として鼻が高いですなぁ。でもすぐに抜き返してあげるからね!』

 

 何日もダンジョンに籠る事もザラになっていたので、今ではレインより数レベル上となっている。以前の地下迷宮探索で得た経験値も莫大だったから今暫くはこの差が埋まる事は無いだろう。

 それくらい十分なレベルを保っているわたしはソロでトレジャーハントに行き、レインが生産職としての仕事の合間に子供達の面倒を見ているという風に、互いに日ごと行う作業が完全に棲み分けられていたため、気付けば二人で《圏外》に出て戦う事は少なくなっていた。あったとしても、それはレインに頼まれて欲しい素材を取りに一緒に行く時くらいだ。

 だからどちらが頼んだ訳でも無く、協力して一つの物事に取り組む事が久しかった。

 帰る手段が分からないという現状に不安が無いと言えば嘘になるが、確かにわたしは今、この深い樹海の中をレインと共に探索する事を楽しんでもいた。

 

 ***

 

「さて、と……じゃあ今からどう動くか話し合おっか」

「そうだね」

 

 《ホロウ・デッドニング・リーパー》を倒した後、ボクとルクスは近くにあった大神殿へと移動していた。入り口にはオリンピアを思わせる幾つもの支柱が連なった屋根があり、その支柱の影に身を隠し、石造りの床に対面式で座っている。

 この樹海について少しでも知ろうと思ってルクスから話を聞いたのだが、周囲のモンスターのレベルが三桁あるくらいしか分からず、他にプレイヤーを見た事は無いという。ボク自身確認した限りでは迷宮区塔はおろか外周部に等間隔で並んでいる筈の層を支える支柱も見えないし、遠くの空には青黒い球状の物体が浮遊しているから、正真正銘前人未踏の未知の領域と言っても過言では無い。

 事前情報が無いという状態は最前線攻略と似たようなものだが、今まではキリトが予め情報を送ってくれていたので、本当の意味で全く情報が無い状態での探索は今回がほぼ初と言って良い。彼はボス攻略を終えた後も、他の仲間が街の散策に時間を費やしている間に最前線へと赴き、情報を集めていたからだ。翌日になれば既にある程度の情報が開示されていたので、それを基に自分達は備えをするのが常だった。

 だから攻略組は全体的に不測の事態というものに弱い。勿論クラインやアスナのようにある程度動揺を抑えられるプレイヤーも居るが、レイドとして戦うなら全体の連繋が重要なので、一部の人間が冷静でもあまり意味を為さないのだ。

 これは今までキリトにばかり頼り、未知の状況への対応を考えていない事が原因だ。ある意味一人で先行してばかりいるキリトの行動の弊害と言えよう。

 とは言え流石にこれで彼を責める事は出来ない。キリト自身攻略組が不測の事態を苦手としている事は理解しているので、キバオウによってボス攻略レイドメンバーから排斥されていても必ず駆け付け、リカバリーに徹してくれていた。彼なりに自身の行動の弊害を理解し、それに対処してくれていたのだ。

 それに彼の立場もある。《ビーター》として身を立てていなければ、優位性を保っていなければ自身の命が危ぶまれていたのだ。それを知っているのに責めるのは違うだろう。彼の行動の恩恵にあやかっているのだから尚更だ。

 とは言え、彼はもう居ないから、攻略が一旦止まって各々の強化期間である今の内にどうにかしなければならない。

 ヒースクリフやディアベル、アスナといった《攻略組》の中でも指揮を執る事が多いメンバーは不測の事態には慣れっこだ、何しろあのキリトと長い付き合いがあるのだから不測の事態なんて割と当たり前である。勿論指揮を執る者として常に冷静であろうとしている姿勢も関係している。

 アタッカーやタンクの方は《聖竜連合》や《アインクラッド解放軍》、《血盟騎士団》の平団員が不安だが、指揮を執るメンバーがそれぞれを制する事が出来る。リンドだけ微妙に不安ではあるものの、彼も攻略組の一翼を担うギルドを長らく率いているリーダーだ、そこは信じるしかない。

 かく言うボク自身はそれなりに不測の事態に馴れていると言えるが、それらの対処は大体姉の具体的な指示があって動けていた。今となっては半ば条件反射で動けているが今までの常識や前提が通用しない以上、これまで頼りにしてきた対応法は過信するべきでは無い。未知の領域には大抵これまで通用して来たものが通じなくなる事があるのだ。事実六十層台になってから変化が見られたモンスターのアルゴリズムが、第七十六層に入った途端明確になり、今までの一パーティーでの攻略が難しくなっている。

 だからボクは、この未知の領域である樹海の探索は慎重を期して当たるべきだと、かなり警戒心を抱いていた。

 哀しい事だがもうキリトは居ないし、この場には頼れる仲間もいない。ルクスは人間性を信用出来るものの戦力としては信頼出来ない。自分が主軸となって動くしか無い以上、慎重を期すのはむしろ当然と言える。ボクだって死にたくないし、一時的な仲間であるルクスが死ぬ瞬間を見たくない。

 とは言え、明確なプランがある訳では無い。

 

「思い付くプランとしては、やっぱりこの辺一帯を散策する事だよね……」

 

 そうなると取れる手段や方策はかなり限定されてくる。

 第一に周囲一帯の散策。まずはこの辺の地理を理解しなければ話にならない。自分達のすぐ近くにある大神殿の内部に手掛かりがある可能性もあるから、それも含めて暫くは散策に当てるべきだと考えていた。

 勿論それをするのも拠点となるベースを築いてから。そこはルクスが長らく使っていたという水源となる泉の近くにするので、後で案内してもらう事になっている。

 

「ルクスはボク以外のプレイヤーを見てないの?」

 

 次に思い付くものとしては、他のプレイヤーに協力を求める事。

 これは相手の人間性によって可否が決まるのであまり積極的に取りたい手では無いが、背に腹は代えられない。ルクスはレベル的に敵わないから身動き取れなかっただけで、フィリアやストレアといった攻略組プレイヤーに匹敵するレベルの持ち主なら散策は可能だと思うので、ボク達よりも多くの情報を持っていると思ったのだ。

 無論対価を要求されると思うので、協力を得られるかは交渉次第になる。

 そう考えて問うと、ルクスは首を横に振った。

 

「ああ、見ていない。ひょっとすると居ないんじゃないかな。そもそも私達が此処へ来た経緯そのものがイレギュラーだと思うんだ」

「確かに……」

 

 言われてみれば確かにそうだ。

 自分もルクスもこの樹海に来た方法は発生原因不明の強制転移だ、しかもその意図も分からない。何が原因で転移が発動したか分からない以上は他にプレイヤーが居るかも不明だ。

 ただ、それがかなりのレアケースである事は確かなので、あり得るとしても一人居るのが精々だろう。

 

「となると、やっぱり周囲の散策になるね……」

 

 そうなれば自然と行き着く結論は散策だけとなる。

 

「うーん……ねぇ、ルクス。マナー違反を承知の上で訊くんだけど、ルクスってレベルは幾つなの?」

「78だ。とは言え六十層台前半の装備ばかりだからレベルに較べてかなり弱い方に入ると思う、特に強化もしてないし」

「78かぁ……78…………うーん!」

 

 教えてもらったレベルに思わず頭を抱えてしまった。

 別に低い訳では無い。いや、最前線で戦うにはまだまだ心許無いが、ここがデスゲームでさえなかったらまだ十分通用するレベルだ。そう考えればルクスのレベルはまだ高い方に入る。

 だがここは三桁レベルの敵がうろついているらしい超高難度エリアだ。キリトのように超高レベルという訳でも、破格の装備を持っている訳でも無く、突出した技能を有している訳でも無いルクスでは流石に荷が勝ち過ぎている。

 そんな場所を散策するならルクスを連れて行くのはかなり危険だ。

 かと言ってボクが一人で向かうというのも危険だ、むしろソロである事の方が危険度はある意味上だろう。幾ら実力やステータス、装備の性能的に楽と言っても自分より格上のモンスターとの苦闘は以前の迷宮区で味わったばかり。味方のフォローも無しにこんな場所を一人で歩くのは流石のボクでも遠慮したい。

 それに問題は他にもある。

 

「ボクは《鍛冶》も《裁縫》も取ってないんだけど、ルクスはどう?」

「すまないが私も取っていない」

 

 その問題とは装備の耐久値。

 武器は相手に攻撃を当てる、あるいは相手の攻撃を防ぐ際に使用する度に耐久値が減っていく。どんな相手か、攻撃の強度や防ぎ方などで減り方は千差万別だが、基本的にゴーレムを始めとする固い相手だったり、ドラゴンのような重量級且つ力強い相手との戦いでは概して減りが早い。

 防具は相手の攻撃を受けた時、その部位によって減少量が変わって来る。こちらは攻撃を受けた時にのみ耐久値の減少は発生するので極論攻撃を躱し続ければ問題は無い。ボク自身が剣でのパリィを主体としているので余程の事が無い限り全損はしないだろう。

 となるとやはり剣の耐久値が問題になる。

 以前のシステム障害のせいで表記が【ル■テ_■ク】となってしまった愛剣は、若干性能が下がってしまいはしたものの、耐久値や重量といったパラメータに変化は見られない。

 残念ながら強化は消えてしまったのでそういう意味ではしっかり弱体化している。ボクが行っていた強化は鋭さによるクリティカルダメージ量増加一択なので、重量や頑丈さは以前と変わらないが、叩き出せるダメージの上限が下がった事で必要攻撃回数は増加し、戦闘時間も長くなり、必然的に耐久値の減少量も増す。全損の危険性が高くなっているのだ。

 予備の剣も一応ストレージに入れているが、《アークソフィア》の武器屋に並べられていた未強化の剣だから、レア度的にバグ化した愛剣よりもパラメータが低い。

 だからあまり無暗に歩き回って戦闘を行う訳にもいかない。今日一日程度ならまだしも二日、三日と日を重ねる毎に取れる手段は少なくなっていく。最初に取るこの選択が今後を左右すると言っても過言では無いのである。

 

「……参った……一応携帯用砥石程度は持ってるけど、あくまで一時凌ぎだからなぁ……」

 

 携帯用砥石は《鍛冶》のスキル値によって耐久値の最大値減少量が大きく左右される代物で、緊急の場合にしか使用されないものだ。それでも持っているのはダンジョンの中で夜を明かしたり、最悪分断されて脱出出来なくなっている間に使うため。積極的に選択肢に入れて良いものではない。

 せめて使うなら《鍛冶》スキルを取っていて、尚且つ熟練度が高めである事が前提だ。

 生憎ボクもルクスも取っていないから、使えば使う度に剣の耐久値の最大値が大きく目減りしていく。完全習得しているスキルを一旦外して《鍛冶》を入れたとしても雀の涙程度でしかない。インゴットに戻せる余分な装備もストレージに入ってないから熟練度上げも出来ない。

 

「となると……ハイディングしながらの移動、とかかな……」

 

 一応ボクは《隠蔽》をかなり鍛えていて、少し前に九〇〇の大台に入ったところだからよっぽど鋭いモンスターでも無い限り見抜かれない。

 しかしこれはパーティーでの移動には完全に不向きだ、何しろ仲間からも見えなくなるから簡単にはぐれてしまう。声なんて出せばハイディングも解けてしまう。

 それにこの樹海には恐らく《リトルネペント》のように、視覚以外の感覚で物体を把握しているタイプのモンスターもいる。狼系なら嗅覚だし、植物系なら聴覚などだ。そういった手合いにハイディングは意味が無い。気付かれているとこちらが理解するまでの間に一撃貰う危険性を考えるとむしろ悪手だ。

 かなり手詰まり感のある現状に頭が痛くなってきた。

 

 

 

「――――あれ? そこに居るのって……まさか、ユウキちゃん?」

 

 

 

「え?」

 

 頭を抱えながら今後どう動くべきか思案していると、ふと聞き覚えのある声で名前を呼ばれた。

 声がした方を見れば、そこには見知った顔のプレイヤーが二人いた。

 肩甲骨まで伸びた紅髪にヘッドドレスを乗せ、黒いゴシックドレスを纏い、左右の腰から先細りになっている同じ意匠の片手直剣を佩いているレインと、短い蒼のフーデッドコートに胸鎧を付け、へそ出しルックをしているソードブレイカーを携えたフィリアだった。

 

「レイン?! フィリア?! 二人とも何で此処に居るの?!」

「それはこっちのセリフだよ、ユウキちゃん! まさかわたし達以外にも人がいるとは思わなかった!」

 

 喜色を露わにして駆け寄ってこちらの手を取るレイン。にこにこと凄く明るい笑顔で、ここ最近こういう表情を見ていないなぁと場違いにも考えてしまった。

 

「ねぇ、何時からユウキちゃんはこっちに? それにそっちのプレイヤーは……」

 

 手を取って喜んでいたレインは、ふとボクの後ろにいる座ったままのルクスへと目を向けた。彼女の頭上にはオレンジカーソルがあるので、それで警戒したのだろう。どうやら顔見知りでもないようだ。

 あからさまに剣を手に警戒していないのは、恐らくボクが心を許している状態だったからだろう。

 二人にルクスの事を紹介し、彼女とどう会ったか、何があったのかを話した。一先ず彼女が悪質なオレンジでは無い事を理解してもらったので警戒も完全にとはいかないが――そもそもこのSAOに於いて他者に対し無防備を晒すのは危険だ――ある程度心を許したようだった。

 

「オレンジプレイヤー……ねぇ、何であなたは、オレンジになってるの?」

 

 それでもレインは若干警戒心を抱き続けているようで――キリトと初めて会った時の経験もあるだろう――そうルクスに問い掛けた。

 

「……私は……こっちに来てから……人を、殺したんだ……」

「「「……!」」」

 

 暗い顔でその質問に対する答えをルクスは口にして、その答えにボク達は息を呑んだ。

 グリーンにも悪質なプレイヤーは居るし、自衛の為にやむなくオレンジになってしまったケースも無くは無いが、まさか人を殺してまでいたとは……人は顔によらないと言うが、正にこれはそのケースだなと思った。

 

「そっか……」

「……その、軽蔑しないのかい? 私は人を殺したのに……」

「なら訊くけどさ。ルクスは自分から望んで、その人を殺したの?」

「そんな事は無い!」

 

 バッサリと、かなり無神経だと思う問い方で訊けば、ルクスは表情を歪めて間を置かず大きな声で返してきた。

 

「ただ私は、こっちに強制転移で来て慌てていて……その時いきなり背後から攻撃されて、無我夢中になって…………気が付いたら……」

「自分だけ生き残っていた……」

「ああ……」

 

 左腕を右手で擦りながら、苦しげな面持ちでルクスは言う。その時に抱いた苦しみや後悔を思い出しているのだろう。

 

「なるほどね……でもルクスは自分から殺そうとした訳じゃないし、それを悔いているんだよね」

「当たり前だろう……」

「ならボクは軽蔑しないよ」

 

 ルクスから確認を取ったボクは、すぐにそう言った。それにルクスはポカンと呆気に取られた顔で見て来る。

 そもそも、第七十五層のボス部屋にてボクは神童やオレンジ達を殺すつもりで剣を抜いた。結果的に誰も殺していないものの殺すつもりで剣を抜いていたのだから、自衛の為に人を殺してしまったルクスを責められる筈も無い。仮にボクが誰かに襲われたとして、殺さずに退けられるかはかなり微妙なところである。

 それにルクス自身、人を殺した事を絶対正しいと思ってはいない。

 ならボクが彼女を軽蔑する理由は無い。ルクスは至ってまともな人間だ。

 

 ――――キリトを想うばかりに他者を殺そうとしたボクよりも、遥かに。

 

「ルクスちゃん、わたしもユウキちゃんと同意見だよ」

 

 何故軽蔑しないのかを説明して、それでもまだ納得しかねる様子の彼女に、レインが続けて語り掛けた。

 

「人の命を奪った事を何とも思ってなかったら軽蔑してたと思う。でもルクスちゃんはしっかりと反省してて、後ろめたく思ってる。大事なのはそれを正直に明かした事で、そしてこれからどうするかなんだよ……まぁ、偉そうな事を言ってるわたしは誰かを殺した事が無いから、無責任な事かもしれないけど……」

「せめて自分が殺してしまった人の顔を忘れないようにするべきだろうね……」

「殺した人の、顔か…………一生憶えていられるね……むしろ忘れられないよ……」

 

 フィリアが出した案に対し、ルクスは物凄く複雑そうな表情でそう言った。

 それだけ個性的な顔だったという事なのだろうか。無我夢中になって気が付いたら、という話だったからうろ覚えかもと思っていた。

 

「とにかく、ルクスがオレンジカーソルの事でボク達に引け目を感じる事は無いよ。まだ出会って少ししか経ってないから接し難いかもだけど、そこは気にせずドンドン頼って欲しいな」

「そうそう。友達が距離開けてたら結構哀しいんだよ? わたし達に迷惑掛けてる訳じゃ無いんだし、ルクスちゃんも遠慮なく頼ってね。力になれる事があったらなるから……ほら、フィリアちゃんも!」

 

 笑顔でボクに続けてレインが言うと、彼女は隣に立っていながら何も言わないフィリアの背中を叩く。

 

「いや、言いたい事は二人に言われちゃったんだけど……」

「こういうのはキチンと言葉で伝えるのが大切なの! ほら!」

「……その、ちょっと取っ付き難いかもだけど……頼ってくれてもいいから。相談出来る事ならして」

「もう、フィリアちゃんったら。初対面の人には相変わらずなんだから……ごめんねルクスちゃん、フィリアちゃんって初対面だと口数が少ないの。もう少ししたら一杯お世話焼いてくれるようになるからね」

「ちょっとレイン、わたしそんなお節介焼きじゃないよ」

「あれ、前に地下迷宮一緒に来てくれたよね? アレって正直フィリアは関係無かったと思うんだけど」

 

 フィリアが慌てたように反論するが、割とお節介焼きじゃないかなとボクは思っている。

 シンカーさんと面識はないようだったし、ユイちゃんが付いて来るからと召喚されたボクやアスナ、同じ家に居候していたストレアならともかく、フィリアは関係無かったように思う。それなのに頼まれた訳でも無く自ら志願したのだ。これをお節介焼きと言わずして何と言う。

 

「それは……ユイちゃんが、心配だったから……」

 

 そう指摘すると、フィリアは頬を赤らめ、そっぽを向いてそう言った。どうやら照れ隠しらしい。

 何だかアスナと同じ側面を見つけて嬉しくなったと同時、可愛いなぁと、照れるフィリアにちょっぴりほっこりした。ここ最近こういう表情は本当に見ていないから癒しである。

 こういうちょっとした事すらも癒しになっている時点で《攻略組》幹部のストレスたるや推して知るべしである。ヒースクリフやディアベル、アスナといった人を率いたり演説したりする立場に就いている人は、リアルなら過労で倒れているんじゃないだろうか。

 

「さて……話は変わるけど、ルクスちゃんはわたし達と同じ三日前、ユウキちゃんはついさっきかぁ……」

「聞いた感じ、二人共ダンジョン攻略をしていたんだよね。ユウキはダンジョン外だったから……厳密に言うなら共通点は『《圏外》に居た事』くらい?」

「無理矢理繋げるなら、ボク達の活動圏が第六十層以上という事かなぁ」

 

 ボクは《攻略組》の一人として最前線に居る方が多いし、レインとフィリアは最前線から数層下のダンジョンに潜っている事が多いらしいから似たようなものだろう。ルクスだけ不明瞭だがレベルと装備のグレードからして六十層台である事は確かだ。

 しかし流石にそれはこじつけも過ぎるだろう。

 そもそも強制転移の発動要因が不明な時点で全て机上の空論でしかないのは言ってはいけない。

 

「……あの、今はこっちに来た要因より、どうやって帰るかを検討した方が良いんじゃないだろうか。フィリア達は大神殿の中を探索していたんだし、この樹海について私よりも多くの事を知っていると思うのだけど」

「そうだね、今はそっちの方が確かに重要だ。それで二人とも、どうなの?」

「悪いけどこっちもユウキちゃん達と似たような状況だよ」

「ていうか行けるところは全部行った末にこの大神殿の再探索をしたから、ある意味酷いかも。樹海のマッピングは済んでるけどさ」

 

 そう言って、フィリアがこちらにマッピングデータ提供のウィンドウを出してきた。ウィンドウの丸ボタンをタップして彼女達がマッピングした樹海の地図をローディングし、メニューからこの辺り一帯の地形を確認する。

 殆ど空白に近かったボクのマップは、一気に様変わりして様々な情報が書き込まれた精密な地図へと変化していた。森林地帯から宝箱の場所、素材の採集場所だけでなく、エリアごとに徘徊するモンスターの種類とレベル帯まで追記されている。

 

「うわ……これ、すっごい……」

「ここまで精密なマッピングをしている人は初めて見たよ……」

「だね。キリト並みだよ、コレ……――――ん?」

 

 ルクスと一緒にその情報量に感嘆の言葉を洩らしていると、ふと気になったアイコンがあって首を傾げる。

 目に付いたのは見覚えがあるようなマークだった。金色の円環に逆十字架の紋様が重なっているマークだ。確か以前、キリトとデュエルした後、彼の右手に浮かんだ紋様に酷似している気がした。

 それが各地に規則性も無くバラバラに配置されている。強いて言うならエリアの入り口付近に配置されている事くらいだろうか。

 

「ねぇ、このマークって何?」

 

 他のマークは直感で理解出来たが、わざわざ書き込んでいるという事は何か意味があるのだろうと思って率直に問い掛けてみた。一つだけならともかく、複数各地に点在している以上は何かしら物体が存在するという事だ。

 ひょっとすると何か手掛かりになるかもしれない。

 

「ん? どれどれ……ああ、コレか。コレはわたし達にもよく分かってないんだよね」

 

 そう思ってフィリアに問い掛けるが、彼女達にもコレが何なのかは分かっていないようだった。

 このマークが刻まれた場所にはこの紋様が刻まれた逆四角錐の青黒い浮遊石があり、それが何なのかは分からないが、樹海から見て南西に浮かんでいる巨大な球体と質感が似ているため、アレと何かしら関係性があるのではと睨んでいるという。

 ただどのような事をすればオブジェクトが起動するかは不明なので、現状八方塞がりのようだ。

 

「一応このマークは西と南のエリア境界辺りに設置された通行不能オブジェクトにもあるから、鍵か何かだとは考えたの。それでわたし達は各地の宝箱を虱潰しに開けて行って鍵を探したんだ。でも見つからなくてね……」

「それで、この大神殿の最奥にある扉が開かなかったから、行けてない所をもう一回回ってみようってなってね。その帰りにユウキちゃん達と会ったって訳」

「……これだけ調べた二人でお手上げって……」

 

 マッピングデータを見るに樹海は相当広いようだが、高レベル帯エリアは幾らか抜けがあるもののそれ以外は詳細過ぎる程の情報量が書き込まれている。それだけしっかり調べ上げたという事だ。

 それでも見つけられなかったという事は、ボク達が加わったところで手掛かりを見付けられる可能性は絶望的に低いと見た方がいい。

 

 

 

『《ホロウ・エリア》データのアクセス制限が、解除されました』

 

 

 

「「「「ッ?!」」」」

 

 これは参ったな、と本当に困って腕を組んだ時、樹海の何処かから大きな女性の声が聞こえて来た。

 それはリアルで行った事のあるショッピングモールで掛かる放送に近い音質で、抑揚や感情の薄い声音から電子的な印象を受けた。アナウンスのような声だ。

 このSAOはデスゲームとなってから人の手を離れて【カーディナル・システム】という自律システムの下で動いているので、アナウンスなんて掛かる筈も無い。

 しかし現に掛かっている。考えられる可能性は、予めプログラミングされたものであるという事。それなら何かしら条件を満たした時に掛かるとしても特段不思議でも何でもない。

 それにしても、何故。この一年半もの間ただの一度たりとも掛からなかったアナウンスが何故今になって、このタイミングで掛かったのか。そもそも『アクセス制限』とは何なのか。

 現状分かった事と言えば、このエリアが《ホロウ・エリア》という名前である事くらいだ。これだけでも若干の進展ではあるが……

 

「ゆ、ユウキ、それ……」

「え?」

「君の右手に、紋様が……」

 

 ルクスに言われて右手を見てみれば、手の甲にはさっきフィリアに聞いたばかりの『金色の円環に逆十字架』の紋様が浮かんでいた。

 それは手の甲からホログラフィのように浮かんでいたが、暫くすると光の粒子が少しずつ消えていき、最後には完全に消失する。右手に嵌めている紫色の指貫手袋を外せば、キリトの時と同じく手の甲には紋様が刻まれていた。

 

「これは……アクセス制限解除って言ってた今のアナウンスが関係してるのかな」

「タイミング的にそうだと思う……もしかしたら、今ならこの紋様が刻まれた浮遊石に何か反応があるかもしれない。ユウキ、案内するから行ってみよう」

「分かった。でもルクスのレベル的にちょっと戦うのはマズいから、そこは気を付けないと」

「あ、そっか、ルクスちゃんって六十層台のプレイヤーなんだっけ。ルクスちゃん、悪いんだけどレベルが幾つか教えてもらえるかな」

「別に構わない。私のレベルは78だ」

「78……ユウキちゃんとフィリアちゃんが91で、わたしが89だから、囲まれさえしなければこの人数ならカバー出来る範囲内かな……」

 

 レインが不安げな面持ちで唸る。

 その気持ちも分からなくはないボクは、フィリアに送ってもらったマップデータを再度、今度は追記されているモンスターのレベル表記を中心に確認していった。

 

「……見た限り、此処から一番安全且つ浮遊石までの最短距離を徘徊してるモンスターのレベルは高くても100みたいだから、囲まれたり不意打ちされたりさえしなければ大丈夫だと思うよ。そこまで距離も遠くない」

「あ、それって南東にある浮遊石の事かな」

「うん、それだね」

 

 レインが察したが、その浮遊石はこの大神殿から南に下った方にあるようだった。

 もっと詳しく言うなら一度大神殿から南にある坂道を下り、少し進んだ先で東のエリア端に広がる樹海へと入った場所に設置されているらしい。その辺にいるモンスターはオークや蜂型が殆どで、平均レベルも90前後らしいからまだ何とかなる範囲だ。

 オークは攻撃力が片手武器系の中でも高い上に小回りが利く《片手斧》を振るう、豚の特徴を持った亜人モンスターだ。その見た目から予想出来るように高い体力と筋力を有しており、そのステータスから繰り出される《片手斧》ソードスキルは驚異の一言に尽きる。失敗した時のダメージ量を考えると正直パリィもしたくない。

 実を言うと、本当は最も近いのは西の回廊神殿を進んだ先なのだが、そちらは植物系モンスターがうようよしているエリアだから避けるべきだと思った。蔦で足を取られたら死ぬまでフルボッコもあり得るから個人的には出来れば遠慮したい種族になっている。

 それに神殿内には蜂型モンスターの他にアンデッドに分類される騎士鎧モンスターもいるようで、レベルも110~120辺りだから戦ったらまず勝てない。一体だけならまだしも、どうやら三~四体で群れているらしく、数のアドバンテージが無い以上不利でしかない。亜人やスケルトン、騎士鎧系は概してソードスキルを使って来るから下手なネームドモンスターよりよっぽど強敵なのである。

 

「そうと決まれば善は急げ! 早速行ってみよう!」

「二人とも、しっかり付いて来てね」

「うん。ルクス、あまりボク達から離れちゃダメだよ」

「足を引っ張ってしまってすまない……」

 

 謎のアナウンスを契機に右手の甲に出現した紋様に一縷の望みを託し、ボク達は一路、南東にあるという浮遊石へと歩を進めた。

 




 はい、如何だったでしょうか。

 本作のレインは実は元ベータテスターでした。

 レインが以前言っていた『キリト君の真似をしているだけ』という《二刀流》は、デスゲームで初めて会った一年目の事では無く、ベータテストでのキリトの真似だった、という訳です。

 違和感あった人はそれが正しい。

 時期的にキリトが二刀を解禁したのは2024年6月ですが、二人がデスゲームで初めて顔を合わせたのは2024年初頭(シリカ編後~リズ編前)ですから、明らかに二刀について知らない時期。更にキリトが《二刀流》を修得したばかりの頃なのでいきなり実戦で使う筈も無い。二刀をしていなかったキリトと会っているのに、何故二刀を真似しているかは、これが理由。

 読み返せば分かりますが、最初の方でクラインに対してキリトがベータテスト時にこれで荒したと言っています。それを知っていたからレインも真似したという感じ。

 もっと言えば、レインが強い理由の一つにしたかったんだ……じゃないとフィリアと一緒に出来ないと思ったんで。思い付く限りこれが一番自然でした。如何でしたかね。

 さて、次にユウキについて。

 数話前で言ったと思いますが、ゲームでのキリトの立場は、本作シナリオではユウキになっております。なのでユウキに紋様が出現です。

 同じ片手剣使いですし……二刀じゃないけど、ぶっちゃけると実力あるキャラなので戦闘描写がとてもし易いんですね、推察とかでも書きやすいですから。これが強さが原作とあまり変わらないシリカ辺りだと凄く違和感あると思う。

 まぁ、本作のキャラはキリトとの関係性が戦闘面で密接な程に、原典より上方修正されてる感がありますけどね。

 で、ゲームでのフィリアの立場はルクスに。

 《ガールズ・オプス》を全巻買って読んだ後、あ、これルクスの方が自然だわ、と思ったのでこうしました。ゲームシナリオでオレンジやレッドギルドが絡んでくるので。多分読んだ事ある人なら分かる。

 お陰でキリトとフィリアの絡みをどうするべきか困った事になってたりする(笑)

 ちなみに、レインが《鍛冶》と《裁縫》持ってるので、場所と時間さえあれば耐久値回復出来るのはとても大きいと思う。ユウキは《料理》完全習得だし。探索メンバー常連にランクインですね。

 ……ユウキとレインだけでも街に戻らなくても良さそう。流石原作とゲームで強キャラ認定されている二人だ(ユウキの料理とレインの裁縫はオリジナルだけど)

 長文失礼。

 では、次話にてお会いしましょう。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。