インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

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 どうも、おはこんばんにちは、黒ヶ谷・ユーリ・メリディエスです。

 今話は【ホロウ・エリア管理区】から戻って来た後のお話。前半ユウキ、後半超久し振りなシリカ視点でお送りします。少し前がリズだったからネ。

 シリカ視点は結構リズの話が出ます。彼女については第七十六層でキリトと対話している時の視点描写を読み返すと、少し理解しやすくなるかも。

 文字数は約二万四千。

 ではどうぞ。



第七十章 ~【絶剣】の帰還・前編~

 蒼い光に包まれた視界が色を取り戻した時、乳白色に染められた街の壁は僅かな茜色に照らされていた。視界右上に表示されているデジタルチックな時計は午後五時過ぎを示していたから、夏の入りと言えど太陽の色が白から茜色に変わるのも無理は無かった。

 確か強制転移で《ホロウ・エリア》へと移動してしまったのが十二時過ぎだった筈なので、都合五時間はあちらに居た事になる。その内、戦闘時間小一時間、レイン達と合流してから約三時間動いていたから、キリトとユイちゃんから話を聞いていたのは大体一時間足らずという訳だ。

 

「……姉ちゃんがどうなってるか、ちょっと怖いなぁ……」

 

 唐突に五時間も行方不明になって音信不通だったのだ。カンカンに怒っているか、あるいはボクが居なくて泣き崩れているか。

 出来れば怒るだけの元気があって欲しいのだが、キリト死亡――実際は死んでなかったけど――のショックが抜け切らない間に失踪してしまったから、最悪寝込んでいてもおかしくないと思っている。実際のところ姉ちゃんがそこまで弱いとは思わないが、最悪の予想はして然るべきだ。

 あと自分の扱いがどうなっているかも非常に気になる。まさかと思うが、ボクも死亡扱いになっている可能性も否定は出来ない。

 

「此処が七十六層かぁ」

「ふぅん……結構良い雰囲気だね」

 

 色々と気を揉んでいるボクの横で、初めてこの街に来る二人が周囲をキョロキョロと見渡しながら感想を洩らす。

 この街は《始まりの街》にコンセプトが近いらしいから、それに似た雰囲気を感じ取っているのだろう。一年半の内どれだけの間あそこを拠点にしていたかは知らないが、子供達と暮らしている内に忌々しいデスゲーム宣言があった街と言えどもそれなりの愛着が湧いてもおかしくはない。

 あまり立ち寄りたくないボクも、教会やキバオウ亡き《アインクラッド解放軍》の本部に行く為なら立ち寄ってもいいかなと思ってはいる。キバオウが生きている間は行きたくなかった。

 とは言え、今はシステム障害のせいで行きたくても七十六層より下の階層には転移門で行く事は出来ない。

 それでも降りたいならリーファとシノンの救出に際してキリトがしたように、それこそ紐無しバンジーをしなければならない。

 リーファとシノンから聞いた話では、キリトは着地の際に《ライトニング・フォール》を使用したらしいので、地上へ突進する類のソードスキルを使えば落下ダメージを受ける事無く着地出来る事は判明した。それでも失敗すれば死へ一直線のバンジージャンプなど誰もしたくないだろう。やり方を知ってもボクだってしたくない。そういう事をやれてしまうキリトはやはりどこかズレていると思う。

 ……ひょっとすると、転移結晶での緊急転移が間に合わなかったから反射的にしたとか、そういうのでアレを発見したのだろうか?

 

「でも此処以外の階層に戻れないのかぁ……キバオウが居なくなったから、そういう意味ではあの子達の安全は守られてると言えるのかなぁ……」

「少なくともわたし達が無理にお金を稼がないといけない事態にはなりにくいと思う。まぁ、心配なのには変わりないけど」

 

 二人はそれぞれ《鍛冶》で作った武器を露店で売ったりダンジョンアタックで手に入れたアイテム類を売る事で、自分達や教会の子供達の生活費を稼いで来た。装備やレベルから察するに教会に暮らすメンバーの中でも突出した稼ぎ頭だった筈だ。

 その二人が戻れないというのはかなり痛手ではあるが、それでも子供達とて戦えなくはないのだから生活出来ないという訳では無い。

 だから二人はそこまで不安では無いらしい。それでも心配はする辺り、面倒見がいいと思う。

 とは言え人の心配よりもまずは自分の心配をするべきだ。

 

「二人とも、子供達の事を心配するのは良いけど、この街の宿は全部埋まってるんだよ? 今は寝床の心配をするべきなんじゃない?」

「「あ」」

 

 どうやらすっかり忘れていたらしい。

 ユイちゃんの説明がとんでもなかったから二人と合流してすぐにしたボクの話が飛ぶのも仕方なくはあるけど、自分達の生活に関わる事なんだから忘れないでいて欲しかった。友人として彼女達が露頭に迷うのは心苦しい、自分が宿を取っている身だから尚更だ。

 それにしても、困ったなぁ、と胸中で呟く。

 知り合いを外に放り出して自分はぬくぬくとベッドの中で睡眠を取るのは心情的にしたくない。

 しかし例外を許してしまっては何処かからその話を聞きつけた人がその例外を盾に何か言って来る可能性もある。それで不満が爆発してしまっては折角キリトの策で落ち着いたのに本末転倒だ。そんな勝手な行動をボク一人の判断で行う訳にもいかない。

 それに《攻略組》の一員、しかもあの円卓に集う一人としては満足な休息も仕事の一つ。疲労で倒れでもしたら士気もがた落ちだろうし余計な不安を生んでしまう。

 これが心情と立場の板挟みというやつか。今までキリトの事でも色々と悩んできたが、まさかこういう事にすら葛藤を抱く事になろうとは。

 

「……いや、待てよ……」

 

 そこで、はたとある事を思い付いた。

 

「……ねぇ、レインって確か《鍛冶》スキルを鍛えてるって話だったよね?」

「え? うん、取ってるけど、それがどうしたの?」

「バグの影響で下がったりはしてない?」

「してないね。そのお陰であっちでも三日間戦えてた訳だし」

 

 どうやらレインはリズと違い、キリトと同じく《鍛冶》スキルの低下や消滅は無かったらしい。

 それを確認したボクは、次に隣に立つフィリアへと視線を移した。

 

「フィリアってソロでダンジョンアタック出来るんだよね」

「え、まぁ、出来るよ。流石に《ホロウ・エリア》みたいな単体の強さが自分以上なのがザラに居るとか、地下迷宮の勢いのところは無理だけど……」

「どっちも一人で生き残れるのは多分キリトくらいだと思うよ……ともかく、ソロで探索出来るって事は、フィリアって割と武器や鉱石を手に入れたりするの?」

「するね。宝箱からは武器とかよく手に入れてるし、モンスターを倒して素材を集めたり、採取や採掘ポイントでアイテムも集めてるよ。流石に行く場所とか時の運で偏りは出るけど」

 

 採取ポイントはともかく、採掘ポイントでは採掘専用アイテムのツルハシを要する。

 更にインゴットは武器や鎧ほどとはいかないがそれなりの重量を誇っており、装備や回復アイテムも含めれば、割かしストレージを圧迫する一つに数えられている。ポーション類よりは重く、武具よりは軽いが、素材系なので数がある分圧迫するという印象だ。

 レベルが上がり、筋力値にレベルアップボーナスポイントを振っているリズは大量に持って来れていたようだが、フィリアはどちらかと言えば敏捷値に振っている印象がある。それでも一度のダンジョンアタックでそれだけ集めようとしているという事は、取得スキルに《所持容量拡張》があって、スキル値も高いのだろう。

 これならいけるかな、と思って、少し考え込んだボクは二人を見ながら口を開いた。

 

「二人の寝床、もしかしたら何とかなるかもしれない」

 

 《鍛冶》を持っていて確かな腕もあるレイン、単独で鉱石や素材の他、インゴットに変えられる武器を宝箱から入手出来るフィリアなら、リズに頼み込めば寝床くらいなら何とかなるかもしれない。二人の三日間の生活を聞いた限りだとどちらも最低限の料理は可能なようだし、彼女としても喉から手が出る程の逸材に違いない。

 問題は、彼女の鍛冶師としてのプライドに沿うかだが……こればかりは実際に訊いてみない事には始まらないだろう。

 そう考え付いたボクは、別件も含めて二人と連れて新装開店した第二号リズベット武具店がある商店街エリアへと歩を進めた。

 

 ***

 

「リズさん、この剣と槍は何処に置けばいいでしょう?」

 

 右手にシンプルな片手直剣を、左手に斧と槍が合わさったような武器――ハルバード、あるいはポールアックスと言うらしい――を持ちながら問うと、一心不乱に槌を振るってインゴットから武器を生成したばかりだった女性は、こちらに目を向けた。

 まず剣を見て、次に槍を見て、一瞬黙考を挟む。

 

「……剣は鋳直すからそこに置いといて。んで、槍は売り物にするからあっちに立て掛けといて」

「分かりました」

 

 まず剣を、無造作に積み上げた武器の山へ置くよう指で指し示し、次に槍は商品として売りに出す為の列に並べて置くよう言って来た。

 ポーションを作るわたしを店子として雇っているリズベットさんは、このシステム障害が起きてからも冷静に対応した。店を閉めた後、店に並べていた全ての武器をインゴットへと戻し、借金してまで購入したという水車小屋のホームすらも売却。ストレージに入れられないものは全てプレイヤーないしNPCの商人に売り払って、彼女はこの第七十六層へと来た。

 そして現在、第二号店として何千万もしたという大通りに面して客入りの良いホームを即日購入し、店を開いた。

 とは言えコンプリートしていた《鍛冶》スキルがシステム障害のせいで初期化されてしまった彼女では、《攻略組》が持つ一流の武器を修復したり、強化したりするには力不足が否めなかった。

 勿論店を訪れる人達はリズさんの責任では無い事を理解している。

 そして一心不乱に槌を振るい、少しでもスキルを戻そうと躍起になっている事も、誰もが知る事実だ。何しろ朝早くから陽が落ちるまでずっと槌の音が止まないのだから。何時店を訪れてもカウンターには店子であるわたしが居て、店長であるベビーピンクの髪が特徴的な女性はおらず、槌の音が鳴り響くのだ、分からない筈が無い。

 

 ――――とは言え、彼女が一心不乱に槌を振るっているのは、何もスキルを戻す為だけでは無い。

 

 彼女がああなったのは、キリトくんの死を知ったからだ。

 リーファさんとシノンさんを助け出す代わりに死んだ彼と最後に話したのは、実はリズさんだったというのだ。しかも彼が飛び出した時には横に居たらしい。止められなかった事を心底悔いているのはすぐ分かった。

 そもそも何千万コルもしたこの店を購入出来たのも、リズさんが最高傑作と言っていた漆黒の剣エリュシオンをキリトくんがキッカリ五千万コルで購入したかららしい。

 《攻略組》の両手剣使いが持つ武器すらも凌駕する片手武器のエリュシオンを、仮にユウキさんやヒースクリフさんが得ていれば、それは攻略の大きな助けとなっていたとは思う。そう考えれば、エリュシオンを持ったまま死んだキリトくんは責められるかもしれない。少なくとも彼に悪感情を抱いている人達はそうするだろう。

 けれどリズさんが二号店を開くための資金を提供したという意図を汲み取れば、彼は刹那的なものではなく、今後を考えた上での利益を取ったのだとも考えられる。

 エリュシオンが幾ら現状最強の武器だと言っても、九十層に到達する頃にはエリュシデータのように火力不足が否めなくなっているだろう。

 リズさんがすぐに店を開いて対応出来るようにすれば、例えエリュシオンが無くても《攻略組》のバックアップはある程度整う。スキル値が足りなくても完全習得までの時間を短くするには十分だろうし、固定炉や固定式の回転砥石による作業も携帯のそれとは比べ物にならないから利用者は続出する筈だ。

 どちらにせよエリュシオンを購入出来たのは、恐らくキリト君だけだった。

 だから彼は今後の事を考慮して最善と思われる手を打ったのだと思う。

 それだけに、死んでしまった事はとても哀しい事だった。

 

『きゅぅ……』

 

 哀しんでいるのは、何もプレイヤーだけではない。

 武器を言われた通りに置いて、それが最後だったので仕事である店番に戻るべく鍛冶部屋から店内のカウンターへと戻れば、カウンターの隅に設置した使い魔用の小さなベッドからか細い声が聞こえて来た。

 顔を向ければ、哀しげに目を細めて啼くフェザーリドラが一匹。

 

「ピナ……」

 

 青い和毛に包まれ、赤い瞳を持つ、一年以上の付き合いとなる使い魔ピナ。

 あまりプレイヤーに懐かないピナは珍しくキリトくんに心を許していた。彼が亡くなってからというもの、毎日あまり元気が無い。頻繁には会わなかったとは言えやはりお気に入りの人が亡くなったというのはピナにとっても哀しい事なのだ。

 キリト君の使い魔であるナンちゃんは、このホームの三階の一室に閉じ籠っているリーファさんとシノンさんの近くに、自発的に居る。本当は一人一室なのだが、今の精神状態で一人にするのは心許無いという事で二人揃って部屋に入っている。

 その二人を心配してなのかあの使い魔は二人から離れようとしなかった。

 彼の使い魔を抱き締めてすすり泣くのを毎日聞いているが、逆効果なのではと思うと同時、泣くだけまだリズさんよりマシかもしれないとも思った。

 リズさんはまだ一度も泣いていない。

 リーファさん達は、状況的にどうしようも無かった。ステータスでは攻略組に居たキバオウ達に勝てる筈も無く、助けたい対象のキリト君はロジック的に助からなかったのだから。詰将棋の如し作戦を前にしてどうする事も出来なかった。

 しかしリズさんは違う。届いたメッセージで血相を変えたキリトくんを止められる時に隣に居たのだ。何かに怯えた様子の彼を、リーファさん達に何かがあったらと恐怖していた彼を、止められる場所に居たのだ。

 それが今も泣かない原因だろうと予想している。

 ユウキさん、リーファさん、そしてシノンさんはキリトくんを異性として好いていると思う。

 アスナさんやサチさんは分からない。結構年上のようだから、キリトくんを弟みたいに感じて放っておけないと思っているから一緒に居るのかもしれない。サチさんの場合、以前聞いた話から複雑な事情も絡んでいるのは明白だ。

 ランさんも微妙なところだ。双子の妹であるユウキさんが惚れている以上、同じだけの付き合いがある彼女も惹かれているとは思うが、やり取りを見ている限りスタンスはアスナさんやサチさんに近い印象を受ける。それでもどこか柔らかな雰囲気がある辺りユウキさんにも近い気がする。自覚は無いのかもしれないな、というのが自分の判断だ。

 わたしも正直微妙だ。ピナを蘇生させる為の情報で何か知らないか、アルゴさんと共に彼に会った日の夜の対話、そしてこれまでの付き合いを通じて、気になってはいる。けど自分より年下の子が頑張っている姿に憧れを覚えているのも確かだった。少なくともユウキさん達ほど明確に異性として意識しているとは言い難かった。

 リズさんも、キリトくんの事をどう思っているかは分からない。

 闘技場前で見た事に対する反応を見る限りではランさん達と似てはいる。

 しかし、ダークリパルサーを鍛えた経緯も多少聞いたが、彼に惹かれる部分があったかは判断付きかねていた。それならまだオレンジに襲われたところを助けられたレインさんの方が可能性としては高いと思うのだ。

 リズさんは面倒見のいい姉御肌な性格だ。普段は強く見えて、その実ボロボロな彼に世話を焼きたい衝動に駆られたのは想像に難くない。弟のように思えてしまっていても不思議では無いだろう。現実では一人っ子のあたしですら、あの少年に対して世話を焼きたい衝動に襲われる事もしばしばだったのだ。

 それだけ人の世話を見れる人だからこそ、彼を止められる立場にあって止められなかった自身を、リズさんは責めていた。

 本当は泣きたいのだろうし、リーファさん達のように哀しみたいのだろうけど、それをする資格は無いと言わんばかりに一心不乱に槌を振るい続けている様は痛々しい。まるでキリトくんに託された役割を精一杯果たす事で謝っているかのような、そんな風にすら思えて来る。

 そうする事だけが、あの時止められなかった自分に出来る唯一の罪の贖い方なのだと言わんばかりに。

 

「……多分、そうなんだろうなぁ……」

『きゅぅ……?』

 

 椅子に腰掛けてカウンターに寄り掛かり、使い魔用ベッドで悲しげにこちらを見て啼くピナを撫でながら、言葉を洩らす。

 多分今思ったように、リズさんはキリトくんに申し訳ない気持ちが一杯で、せめて彼から託された役割だけでも果たそうとしているのだろう。一心不乱にスキル値を戻そうと槌を振るっているのも、きっとかつて自分が至ったマスターの値に戻りたいからではなく、彼が遺した店を万全に機能させる為なのだ。

 《攻略組》を支援出来る鍛冶屋としてリズさんを活動させる為に彼はあの剣を購入したのだから、その意図を汲んで、リズさんは脇目も振らず槌を振るっているのだろう。

 

「ユウキさんも、行方不明らしいし……」

 

 その哀しい姿を見せる店長から、次はこの数時間の内に小耳に挟んだ新たな不安要素について思考を回す。

 この街は、見た目こそ華やかではあるものの、雰囲気そのものはかなり暗い。

 この街に意図せずして閉じ込められてしまった人達はとても多いし、宿を確保出来ずにパブリックスペースや屋外で寝る事になる人が大半だ。加えて攻略もあまり進んでおらず、不満は徐々に、しかし確実に溜まってきている。

 この店は今でこそ客入りが悪いとは言え、それでも店長であるリズさんの平等且つ人当たりの良い接客態度を好み、固定客として訪れる人が居るから、そういった情報はそれなりに入ってきやすい。立地的にも表通りを歩いている人の姿が見えやすいから嫌でも見えてしまう。

 しかもここに来てユウキさんまでもが行方不明になる始末。

 《攻略組》はそれを隠そうとしているようだが、噂が広まる速さを舐めてはいけない。《圏外》から戻って来たランさん達の様子を見た多くのプレイヤーは【絶剣】の姿が無い事から死亡説を上げ始めている。それで《攻略組》に意味の無い抗議をしている。死んでいようといまいと、どれだけ抗議しようとすまいと、それに関係なく攻略速度が上がる筈も無いのにだ。

 厳密に言えば彼女は原因不明の強制転移で姿を消しただけのようなので、まだ死んだと確定はされていない。

 だがフレンドリストや《生命の碑》の名前はあるのに何処に居るか分からない状態はキリトくんと同じなので、もう死んだのでは、と言っている人も少なくない。彼女のファンの人達はそれを信じていないが、やはり悪いニュースが続いているからか動揺の波紋はかなり大きい。

 希望であった【黒の剣士】が死んでしまって、ユウキさんまで謎の転移現象で行方不明。システム障害のせいで不可解な事も多い。

 

「はぁ……ピナ、これからどうなっちゃうのかな……?」

『きゅるぅ……』

 

 少し前は神童アキトの事で不穏な気配があったけど大した事は無かった。キリトくんが凄く心配になりはしたけど、それでも持ち直していたから凄いと思ったし、真っ向から勝ったから大丈夫だと思っていた。

 その矢先の死亡。

 更にシステム障害。

 そしてユウキさんの失踪。

 不穏な事が起こり続けていて、だからこの街にいる人達は大抵暗い顔をしている。

 このホームに居るリーファさんとシノンさんは初めてを強引に奪われた事以上にキリトくんの死に打ちのめされ、原因になってしまった事で自身を責めている。リズさんも止められなかった事を責めて、一心不乱に彼から託された役割を果たそうと槌を振るっている。ギルド別でいがみ合っていた最前線攻略組も、ギルドという垣根を越えた《攻略組》という組織として協力し始めたものの、【黒の剣士】という強みを、《ビーター》という負の側面でありながら強者という絶対者が死んだ影響で、やはり士気はとても低い。

 【黒の剣士】が居なくなっただけでこうも違う。それだけが理由であるとは言えないが、彼が居たらもう少し全体的に明るかったのではと思ってしまう。少なくとも《攻略組》の士気はガタ落ちまではしなかっただろうし、緊迫感に張り詰めていなかっただろう。

 それが彼の負担になっているのだと分かっていても、頼ってしまう。

 そんな自分自身の弱さが歯痒かった。

 あの少年の支えになれたらと思っていたわたしは、しかしユウキさん達のように最前線で戦える程のレベルに達する努力はあまりしていなかった。最前線の恐ろしさをよく知らないわたしは、だからこそ恐怖を抱いて、未知の最前線に足を踏み入れるのを恐れていた。

 同時にユウキさん達なら、そしてあの強い少年なら死ぬ事無く第百層まで攻略出来ると信じていた。

 甘えと言えばそうなのだろう。彼の強さを異端と見て、弱さこそが正しい姿だと言っておきながら、わたしは半ば惰性のまま彼に負担を強いていたのだ。

 そんなわたしに対し、あの少年がどう思っていたかは定かではない。

 今の状況はそのツケなのだろう。ずっとあの少年に頼り切りだったからこその緊迫感であり、不安なのだ。今まで一人で抱えていた彼の不安が全体に行き渡ったのが今なのだ。

 きっとここがSAOプレイヤーの分岐路。

 不安や恐怖に圧し潰されれば、もう二度と攻略の為に戦おうという者は居なくなる。新たに現れたとしても数は少なく、とてもでは無いがキリトくんのように単独でボスを相手取る事はまず不可能だ。

 それをわたし以上に理解、あるいは何となく察しているからこそ、《攻略組》は緊迫感に張り詰めている。だから慎重に動いていて、その慎重さの背景まで考えていない人々は不満をぶつけている。

 焦りは死を早めるが、早くしない事に周囲は不満をぶつけて来て、《攻略組》は板挟みになっている。これをどう乗り越えるかが肝だろう。

 そんな彼らにわたしが出来る事と言えば回復量の多いポーションを作って少しでも多く売り渡す事くらい。キリトくんが実の兄と遭遇した日に各ポーション類のレシピを教えてもらっているので、回復ポーションは勿論、状態異常回復やステータスブーストポーション類も材料さえあれば作れる。その材料も比較的容易に手に入るから作れなくなる事は多分無い。

 だからわたしは、カウンターにて店番をしつつ、《調薬》スキルを用いて各ポーションの作成をするのが日課となっていた。

 これで少しは自分のレベル上げになればいいなと思いながら。

 自分が作ったポーションで少しでも多くの人の命を繋げたらいいなと思いながら。

 その日課をこなすべくメニューを開き、各素材を選択して《調薬》スキルで各ポーションを製作しようとしたその時、カランカラン、と店の出入り口に付けられているベルがお客が来た事を知らせた。

 それで一旦顔を持ち上げ、来店したお客に視線を向ける。

 

「いらっしゃいませ、リズベット武具店にようこそ……――――って」

「あ、シリカ。リズは工房?」

「……ユウキさんッ?!」

 

 半ば自動化した挨拶を口にしている間に、その来客が一体誰なのかを正確に認識して思わず驚いた。

 来客は三人。

 一人は紅髪に黒いゴシックドレス、二本の先細りになる片手直剣を左右に差しているレインさん。

 もう一人が蒼を基調とした丈の短いフーデッドコートにホットパンツ、へそ出しルック、特徴的な短剣を後ろ腰に差したフィリアさん。

 そしてその二人を伴って先頭に立っていたのが、紫紺のクロークスカートを纏い、黒い胸鎧を付けた女性剣士。【絶剣】という二つ名を頂戴している行方不明という話のユウキさんだった。

 死んだと思われた人が特に問題なさそうな様子なのは喜ばしいものの、あまりにも予想外な客だった事に、わたしは唖然としてしまう。

 

「行方不明とか死んだとか言われてましたけど大丈夫だったんですか?!」

「あー……やっぱり、そういう話になってるんだ……」

 

 フレンド登録や《生命の碑》では生存状態になっているキリトくんが状況的に死亡確定とされていて、状況は知らないが生死を確認出来る二つの状態が彼と同じだったから、ユウキさんは彼と同じように死んだのではと思われていた。

 その推測が立っているのではとは本人も思っていたようで、わたしの言葉に苦笑を浮かべながら反応を返した。

 

「ランさんなんて街に戻って来た時点で泣いていたとか聞いてますよ」

「やっぱりそっちになったか……後が大変そうだなぁ……」

「そっち?」

 

 『そうなったか』ではなく『そっちになったか』という言い回しに引っ掛かりを覚えて、思わず反射的に問い掛けてしまう。彼女は曖昧な笑みを浮かべその問いに答える事は無かった。

 

「取り敢えず姉ちゃんの事は一旦置いとくとして……シリカ、リズは相変わらず工房に居るの?」

「はい。今もスキル値を戻す為に必死に鎚を振るってます」

 

 攻略組御用達の鍛冶屋として有名なリズさんは、ボス戦参加メンバーの大半の武器を世話していた人物だ。ユウキさんもその一人なのでリズさんの現状をわたしと同じくらいには聞き知っている。だから『相変わらず』という表現を使った。

 ユウキさんも、リズさんの事情と心境から無理をしている事を察しているのだ。

 

「何か依頼ですか? 多分今の様子だと、スキル値的にも仕事は受けないと思いますけど」

 

 耐久値を回復する武器の修復や強化、インゴットから武器を精製する生産も、今の彼女は受けないと思う。辛うじて修復くらいは請け負うか否かという微妙なラインだ。

 リズさんも長く鍛冶師として生きて来ただけあり、そのプロ意識は相当なもの。中途半端を許す筈も無く、ましてや自分の仕事がその人の生死に直結するなら妥協もあり得ない。もっとスキル値が高くなってからでなければ武器の強化や【継承】をしてくれないのは確実だ。

 

「いや、仕事の依頼じゃないよ」

 

 そう思って予め断ろうと思っていたのだが、予想外にもユウキさんは首を横に振って否定する。

 予想を外したため、他に何か用事があるだろうかと疑問に思って首を傾げる。

 

「なら伝言ですか? それならわたしが後から伝えますけど……」

「いや、ボクから直接話しておきたい……ちなみに、リーファとシノンも相変わらず?」

「え、ええ、はい。お二人も変わらずです」

「そっか……」

 

 リーファさん達の現状も変わらずと知ったユウキさんは軽く俯き、頤に手を当てて何やら考え込んでいたが、何かを決めたようで、よしと言いながら顔を上げた。

 

「あの二人には後から話すとして……シリカ、リズのところに案内してくれる?」

「えっ……えぇと……」

 

 そう頼まれ、少し迷った。

 これでもリズさんに雇われている身だし、熟練度上げに執念を燃やしている今の彼女のもとへ案内しても、彼女の話をにべもなく断りそうな感じがある。それを知っていながらそう頼み込んでくるという事はとても大事な件なのだろう。恐らく、それにはリーファさん達も無関係ではない。

 そんな案件など、十中八九キリト君関連の事しかない。

 しかし今のリズさんはかなり不安定だ。ちょっとした事で泣き崩れ、暫くの間再起不能で眠り込んでもおかしくはない状態にある。

 そんな彼女に、何か話があるらしいユウキさんと会わせてもいいものかどうか、少し迷った。

 

「……分かりました。ちょっと待って下さい、店先の札を返して来るので」

 

 数秒ほど黙考した後、わたしは彼女達をリズさんの許へ案内する事にした。

 どちらにせよ何れ知る事なら隠していても悪い事にしかならなさそうだし、ここ最近リズさんは塞ぎ気味だ、友人であるユウキさんと顔を合わせる事で少しでもリフレッシュして欲しいというのが本音だった。

 そう決めた後、わたしはカウンターから出て店のドアまで向かい、一度外へ出て、ドアの前に着けている札を《Open》から《Close》へと変える。

 それから中へ戻ると、レインさんが首を傾げ、ねぇ、と声を掛けて来た。

 

「はい?」

「今、札を返してきたけど……お店、勝手に閉めちゃって良いの?」

 

 それを聞いて、ああ、そういう事かと胸中で納得する。

 確かにリズさんに訊かないで札を返したのは少々マズいかもしれない。実際、鍛冶屋の稼ぎ時は、夜攻略して戻って来る朝と、昼攻略して戻って来る夕方の二回。午後六時手前というこの夕方の時刻は確かに店の稼ぎ時な時間帯だからおかしく映っただろう。

 だが、今の状況では良いのだ。

 

「もう店仕舞いの時間に近いですからね……」

「え、もう? 早くない?」

「お客さん、この時間になったらもう来ないんですよ」

「そうなの?」

「……?」

 

 言ったら大体伝わると思ったので端的に答えるのだが、レインさんはどうにも納得いかないようで、首を傾げて疑問を浮かべている。どうにも何かがおかしいなと思ってわたしも首を傾げる。

 

「ああ、そうか。レイン達は知らないんだった」

 

 そうしていると、ユウキさんは何かに気付いたのかそう声を上げた。

 

「レインとフィリアはついさっき七十六層に来たから分からないんだよ」

「……ああ、そういう事ですか」

 

 その事を訊いて、何かすれ違っているなと思っていたが、その違和感に気付いた。単純に今の街の状態を知らなかったからこちらと話が噛み合わなかったのだ。

 ならその疑問には丁寧に答えた方が良いだろうと思い、口を開く。

 

「今この街はパブリックスペースを始め、基本的に寝所となる場所の争奪戦が繰り広げられています。宿も埋まっているので、夕食を摂った後は皆さん、少しでも良い所で寝ようと躍起になっているんですよ。ですからこの時間帯に来る事はほぼ皆無に等しいんです」

「「なるほど……」」

 

 朝や昼辺りは偶に来る人も居るのだが、それでも購入する人はほぼおらず、基本的にはポーションの売買や世間話に時間を費やす事が多い。だからユウキさんとかこの街の状態についても耳に入ってきている。

 しかし店を閉めるのはそれだけでは無い。早めに閉めるという事は、それだけ利益を見込める時間を少なくするという事でもある。れっきとした理由があるのだ。

 

「ただ、店を早く閉めるのはそれだけじゃなくて、《攻略組》の方々がどうにか手を尽くして暴動が起きないよう抑えているのですが……やっぱり気が立ってる人が居ますから。なので午後六時前後には店を閉めるようにしているんです」

 

 実は一度、店に押し入って店内に寝袋を敷いて寝ようとした人達も十数人程いた。わたしがどれだけ言っても出なくて、その騒ぎは話を聞きつけたディアベルさんとクラインさんのお陰で事無きを得た。

 それがあってからは、午後六時以降は完全に店を閉める事にしたのだ。六時くらいになったら《攻略組》の人が定期巡回に来てくれる契約になっている。

 

「シリカ、さっきから話し声が聞こえるけど、誰が来てるの?」

 

 レインさん達にこの店を早く閉める理由や街の状態について話していると、一旦休憩を挟む事にしたのか、工房からリズさんが出て来た。どうも接客の声以外のものが長らく聞こえて来た事に疑問を覚えているらしい。

 

「あ、リズさん。実はユウキさん達が訪ねて来てまして」

「達? ……あら、レインにフィリアじゃない。まさかあんた達が一層の教会から離れるなんてね」

「あははー、わたし達としては、それは不可抗力と言いますかー……」

「ちょっと面倒事に巻き込まれてね……三日間彷徨った挙句、転移でこっちに漸く戻って来られたんだよ」

「ふぅん……」

 

 どうやらレインさんとフィリアさんは、この三日間どこかのエリアで彷徨っていたらしく、かなり疲労したのか表情が微妙に疲れたものとなっている。

 レインさんの実力は知らないが、フィリアさんは最前線に近いダンジョンをソロで潜って生還出来る程の実力を持つらしいから、それほどの人と組んでいるのならレインさんもかなりの実力者なのだろう。それなのに三日間も彷徨っていたというのは、相当脱出が困難か、あるいはギミックが面倒で分かり辛いダンジョンだったらしい。

 

「……ん?」

 

 そう思っていると、二人の話を聞いて胡乱げに反応を返していたリズさんが、ふと首を傾げた。

 

「フィリア、あんた今、『こっち』って言ったわよね?」

「言ったね」

「……あんた達、今まで何処に居たの? あんた達って最前線は拠点にしないんでしょ? ダンジョンとかから戻って来たにしても、普通は『街に』とか『《圏内》に』とかって言わない? 転移で戻って来るという意味にしても使い方妙だし」

「「……」」

 

 リズさんは訝しげに二人を見ながら疑問を呈する。

 わたしとしてはそこまでおかしいとは思えなかったのだが、どうも彼女には妙に聞こえたようだった。そしてその問いを投げられたフィリアさんと、あとレインさんは揃って何とも言えない表情で質問主を見詰めている。その表情を敢えて表現するとすれば、愕然、だろうか。

 

「……まさか何も言っていないのにそこに気付くって、リズのその鋭さ、半端じゃないね……」

 

 二人の言葉を代弁したかのように、ユウキさんがそう言った。

 話が見えないわたしは、カウンター脇に置いている使い魔用ベッドの上で話を聞いていたピナと共に首を傾げるばかりだ。一体リズさんは何に気付いたのだろうか。

 

「ちょっと話が長くなるんだけど……」

 

 リズさんのその問いに答えるべく、ユウキさんはそう前置きしてから、レインさん達の身に、そして自分の身に何があったかを語った。

 丁度第七十六層が開通した頃に、とあるダンジョンに潜っていた二人は揃って強制転移で見た事も無い樹海へと放り出され、それから三日間彷徨った事。その樹海の中をうろついているモンスターのレベルは優に三桁に達していた事。プレイヤーの姿はほぼ見なかった事。広さは第一層よりも明らかにあった事。

 ユウキさんも数時間前の転移により、同じ樹海エリアへと飛ばされた事。転移した直後に《ルクス》という名のオレンジの少女と出逢った事。その後に、ルクスを追っていた第七十五層ボスに酷似したモンスターを一人で倒した事。それからレインさん達と合流した事。

 樹海の中でシステムアナウンスが響いたと思えば、ユウキさんの右手には『金色の円環に逆十字架』の紋様が浮かんだ事。その文様が刻まれた浮遊石で飛んだ先で、死んだと思われたキリトくんとユイちゃんの二人と再会した事。

 オレンジのキリトくんとルクスは、こちらに圏外転移門が無いので戻って来られず、ユイちゃんはキリトくんのメンタルケアの為に《ホロウ・エリア》と呼ばれるもう一つの世界に残った事。

 その全てを語られた。

 

「……キリト、生きてたの……?」

 

 ユウキさんが全てを語り終えた後、リズさんが口にした事は、奇しくも自分と同じものだった。ユイちゃんに関しては自害した事そのものが予想だったが、彼に関してはオレンジの制約と状況からして絶対に死んだと思っていただけに、その事実には愕然とした。

 信じられない、という思いが大半で、けれどその希望を信じたいという思いが絶大で。

 その二つの想いが混じり合った問いに、紫紺の剣姫は嬉しいと分かる微笑みを湛え、こくりと頷いた。

 

「……そっかぁ…………そっか……」

 

 その首肯を見て、リズさんは僅かに目を眇め、瞳を潤ませながら呟く。次第に彼女は顔を天井へと向けた。

 

「キリト、死んでなかったのね……――――ああ、良かった……」

 

 そう言って、リズさんは心底安心した顔で――――背中から倒れ込んだ。

 

「リズッ?!」

「リズさん?!」

「ちょ、リズベットちゃん?!」

「ええ?!」

 

 普通に会話していたと思えば唐突に倒れた事に、わたし達は当然驚愕し、慌てて倒れたリズさんに駆け寄る。

 現実だったら呼吸とか脈拍を確認する事で生死を確認する事が出来るし、バイタルの良し悪しも分かるのだが、生憎とこの世界は仮想世界で体は所詮アバターだ、そんな細かいところまでは分からない。心音も、自分自身のは分かるが他人のものは分からないのだ。体温だけは再現されているから分かるのだけど。

 その唯一の手掛かりとなる体温をリズさんの額に手を当てて測れば、普通に正常の温度だった。

 そしてリズさんは、普通に寝息を立てていた。

 

「……この三日間ずっと気を張り詰めさせていましたから、安心した拍子に気が抜けたんでしょうね」

 

 キリトくんを止められなかったから死んだのだと、自分が悪いのだとずっと自身を責め続けていたところに聞いた彼の生存は、途方もなくリズさんに安心感を齎しただろう。罪悪感が完全に消え去った訳では無いだろうが、安心したのは間違いない。過ちはまだ取り返せる範囲にあると思えただけでも僥倖だ。

 その安堵によって、『休んでいられない』と思い詰めていたリズさんは気が抜けて、気絶してしまった。気を張り詰めていた事で疲労を誤魔化していたからだ。

 ポーションを作っているわたしも一応生産職と言えなくもないから分かるのだが、結構生産作業というものは集中力を要する。わたしは素材を集めれば決まった物が完成するからまだ気は楽だが、リズさんのようにパラメータが変動する事で無限に評価が変わる《鍛冶》などでは、要される集中力や判断力というものは桁違いだ。

 遅くとも午後八時には鎚の音も絶えていたから睡眠時間はしっかり取っていた筈だが、それでも眠りは浅く、疲労は取れにくかった事は想像に難くない。そんな中で日がな一日ずっと同じ作業を何度も繰り返し、休憩と食事以外ずっと鍛冶をしていたともなれば、その疲労も絶大だ。三日も続けていれば精神的に参っていてもおかしくない。

 だからこそこうして倒れたのだろう。

 

「う、うーん……参った。驚くと思ってたけど、それを通り越して倒れるだなんて……どうしよう……」

 

 数日ぶりに見る安らいだ表情で眠るリズさんの髪を手櫛で梳きながら考えていると、ユウキさんが微苦笑を浮かべながらそう言葉を洩らしていた。

 そういえば、何か用事があると言っていた。てっきりキリトくんの生存を話す為かと思ったのだが、それだけでは無いらしい。

 

「何かまだ用事があったんですか?」

「うん……実は、レインとフィリアの二人ならリズの店の手伝いも十分出来るから、此処に置いて欲しいって頼もうと思ってたんだよ。今から二人が寝床を探しても無いのは分かり切ってるし、特別にって宿に泊めたら公平性に欠けて暴動が起きかねない。かと言って放っておくと危ないし……」

「……あー、そういう……」

 

 言わんとする事を悟って、確かにと思った。

 レインさんは《鍛冶》と《裁縫》スキルは低下していないからリズさんの店の手伝いは十分可能だし、フィリアさんはダンジョンアタックでアイテムを集める事は稼業でもあるから得意分野。

 レインさんとこれまで一緒に行動して来たから協力も十分見込めるので、店子として働くのも十分と言える。わたしのような接客はせずとも、例えばエギルさんみたいな他の店舗との取引等だ。一番最初の取り引き内容は店長であるリズさんがするが、その後の定期的なアイテム類の受け渡しなどであれば店子で十分だから、そちらとして活動するのが主になるだろう。

 逆に彼女達を突き返すと、本格的に二人は寝床を見つけられず、途方に暮れる事になる。

 最近ピリピリしている夜の街の中で二人とは言え女性が歩いていたら、その綺麗な肢体に欲情した危ない男性が襲って来る可能性は非常に高い。

 寝込みを襲われるのが最も危険で、リーファさん達がされたように《倫理コード》を解除されてしまえばハラスメント防止コードが無力化されるから、《黒鉄宮》へ叩き込めなくなる。《圏内》だからリーファさん達の時と違って抵抗は普通に出来るだろうが、それでもだ。最悪完全決着デュエルでPKされる危険性もある。

 まぁ、《攻略組》に即時参戦可能なくらい高いステータスを誇る二人だから、並大抵の人には負けないだろう。第一層に引き籠っていた人達に女尊男卑風潮に染まった女性や女性を恨んでいる男性が固まっていて、レベルが高い人ほどその傾向は薄いので、まず大丈夫だとは思う。リーファさん達が犯されたのだって結局はステータス差が一番の敗因なのだ。

 とは言え、幾らレベルが高いからと言っても襲って来るのが低レベルの人達だけな訳が無い。二人のステータスタイプがどうなのかは分からないが、その装いからしてわたしやユウキさんのような敏捷値寄りだと思うので、筋力値振りの人には敵わない。警戒はして然るべきだ。

 だからユウキさんの懸念も当然のもので、その頼みもある意味必然だった。

 

「うーん……リズさんの事ですから、恐らく良いと言うとは思いますが……わたしの一存では決めかねるので、起きるまで待ってもらえますか?」

「良いわよ、うちに来ても」

 

 流石に店長にしてこの物件の持ち主の意見を聞かずに認める訳にはいかないため、起きるまで待って欲しいと言ったところで、真下から肯定の言葉が聞こえた。視線を下げれば、何時から目が覚めていたのかリズさんが瞼をぱっちりと開けていた。

 

「リズさん、何時の間に目が覚めたんですか? というかもう起きて大丈夫なんですか?」

「気が抜けて倒れただけだから休めば平気、大事には至らないわ。この後もゆっくりする事にしてるし……それから、さっき言ったけどレインとフィリアもうちに来て良いわよ。部屋はまだ空いてるしね」

「リズベットちゃん、ありがとう、恩に着るよ」

「本当に助かるよ……それで、お店の手伝いって何をすればいい?」

「わたしならリズベットちゃんの《鍛冶》とか手伝えるよ!」

「んー……」

 

 晴れて新たにリズベット武具店の店子として暮らす事になった二人の積極的な申し出に、リズさんは少しばかり悩んだ素振りをしたものの、答えは出ていたのかすぐに苦笑を浮かべて頭を振った。

 

「二人には暫くの間、鉱石とかの素材アイテムを集めてもらいたいの。さっきの話に出てた《ホロウ・エリア》っていう場所でも鉱石は手に入るんでしょ?」

「確かモンスターから幾らかドロップしてたね。採取ポイントも幾つか見たし」

「マッピングとメモに残してるから間違いないね」

「フィリアのガチっぷりにちょっと引くわね……まぁ、ともあれその鉱石を今度持って帰って頂戴。ついでに、キリトとルクスって子のオレンジ状態も回復して来なさい」

 

 その言葉は、鉱石についても本当だろうけど、明らかに二人のオレンジ解消に動けというのが本音のように思えた。

 

「リズ、キリトは……」

 

 そこでユウキさんが、少し哀しそうな、何か思い詰めているような面持ちで言葉を挟むが、リズさんは皆まで言うなとばかりに首を振る。

 

「分かってる。キリトが苦しんでる事も、今は休ませてあげないといけないって事も……」

 

 さっき話に上がっていたように、そしてキリトくん自身が暫くは戻りたくないと言っていたように、こちらへ帰す事に反対される事はリズさんも分かっていた。

 

「でも、何時までもあっちに居させる訳にはいかないわ……肉体のタイムリミットを忘れてる訳じゃないでしょ?」

「ッ……!」

 

 リズさんは、そこも考えていたようだった。

 第七十五層への道が開けた日の前日、キリトくんがS級食材ラグー・ラビットの肉を手に入れた為に開かれた宴会にて彼自身が語った、肉体の限界。それはデスゲーム開始の日からおよそ二年。

 すなわち、一年七ヶ月が経過した現在から逆算して、あと五ヵ月しか彼には時間が残されていない。

 およそ二十週。

 残っている階層は二十四層。

 今までのような一週間に一層のペースでは、キリトくんの体の死の方が追い付いてしまう。

 彼が休むのは良いが、それは逃げる為では無く、戦うための準備としての休息でなければならないとリズさんは言っているのだ。彼が生きる為にも。

 

「キリトが辛い事も、そしてそれを強いる事になるのも重々承知よ――――でも何時かはこっちへ呼び戻して攻略に出てもらわないといけない。それはキリト自身が未来を生きる為でもある……死んでしまったら、どれだけ気遣ったところで無意味になるんだから……」

「リズさん……」

 

 リズさんはそう、何かを悔やむように言い切った。

 きっと止められなかった直前、泣いていたキリトくんの悩みを踏み込んで訊けなかった事――――気遣い過ぎたせいで支えられなかった事が心の残っているのだと思う。

 あの時思いの丈をぶつけるよう踏み込んでいたら、もしかしたらキリトは頼ってくれていたかもしれない、一人で背負わなかったかもしれないと、リズさんは彼が死んだという知らせを聞いた日の夜、新しくなった工房で一人泣いていたから。

 それをこっそり聞いてしまっている身としては何とも言えない心地になる。

 わたしはキリトくんが、自ら歩み寄る事で“ともだち”になった。

 “ともだち”は気遣いをして間違いを正さなかったり、貸し借りの為だけの代名詞のような、慣れ合いのためのものでもない。本当に相手の事を想って正直に想いを伝えられて、互いに支え合う関係が、きっと真の“ともだち”なのだ。

 ずっと独りだったキリトくんは、きっとそれを欲していた。自身を支えてくれるだけでも、自身が支えるだけでもなく、互いに支え合う関係である“ともだち”を。

 それを考えれば、きっとわたしはキリトくんの“ともだち”失格なのだろう。ピナ蘇生の時、オレンジに攫われた時に助けてくれたし、有形無形の形で《アインクラッド》の秩序を保ってくれていた。ずっとずっと、心の中に押し込めていた悩みやトラウマに苦しみながら。

 その考えを、きっとリズさんも持っている。何せその苦しんでいる姿に直面していたのだ。気遣い過ぎたが故に彼の為にならなかった事を痛い程思い知ったからこそ、彼には酷だと理解していながらも、生きる為だと言ってこちらへ呼び戻せるようにしようと言ったのだろう。

 

「……そう、だね」

 

 リズさんの言いたい事を察したのか、ユウキさんは下唇を噛み締め、哀しげに目を伏せる。彼女の胸中は複雑で、きっとキリトくんの事を案じる想いとリズさんの主張の正しさで揺れ動き、懊悩しているのだと思う。

 それでも、肯定の言葉を発したのはそれが最善だと思ったからか。

 

「……レイン、フィリア、暫くは二人にキリトを任せてもいいかな。ボクは攻略の方で忙しいから」

「うん、任せてユウキちゃん!」

 

 ユウキさんの頼みに、レインさんは明朗快活に応え、二人は微笑みを浮かべた。

 しかし、レインさんの隣に立っているフィリアさんは僅かに眉根を寄せる。

 

「それは良いけど……《ホロウ・エリア》ってユイちゃんの話では基本的にプレイヤーは行けない場所っていう話だから、ユウキみたいに手に紋様が出てる人が一緒じゃないと行けないんじゃない?」

「「「「……」」」」

 

 その推察に、店内に居るわたしを含めた他の四人が一斉に固まる。

 確かに、さっき話を聞いた限りユウキさんの手に浮かんだ紋様があったから転移石が起動した感じだし、こちらへ戻って来られた風でもある。事実三日間彷徨った中で何度も浮遊石を調べたレインさん達には反応しなかったものの、紋様が出たユウキさんが触れたら反応したらしいから、その可能性は非常に高い。

 そう結論が出たらしいユウキさんは、微苦笑を浮かべ、肩を竦めた。

 

「それは考え付かなかったなぁ……後で検証して確かめてみようか。まぁ、もしそうだったら二人をあっちに転移させる時だけ付き添って、その後は攻略に向かうとかで対応かな。場合によってはボクも一緒に《ホロウ・エリア》の探索に加わるよ……」

 

 そこまで言った彼女は、それよりも、と表情を真剣なものに改めて天井を見上げた。釣られてわたし達も天井を――――厳密には、この建物の三階に引き籠っている二人へと思いを馳せる。

 もしかしたら暫くは秘密にしているんじゃないかと思っていたが、どうやらキチンと教えるらしい。

 

「リーファ達に話すのね」

 

 家主であり、周囲の人達に対する配慮に長けているリズさんがユウキさんに問い掛ける。その言葉からは緊張感というものがあって、恐らく二人の間でだけ伝わる何かが込められているのだろうと思った。

 それを理解したのだろうユウキさんはこくりと頷く。

 

「教えたところであの二人が抱いてる罪悪感とかキリトを犠牲にしたっていう意識は消えない事は分かってる。最悪会わないって言うかもしれないけど……でも多分、キリトは会いたがってる。じゃないとボクにエリュシオンを預けないと思う」

「やっぱりあんたの腰の鞘に収まってる剣、見間違いじゃないのね」

 

 リズさんが納得の面持ちで言った事を聞いて、わたしはユウキさんの左腰の剣帯から吊られている鞘に収まっている剣を見た。

 ユウキさんの剣はほぼ細剣と見紛うばかりの細身、且つほぼ鍔が無い片手直剣だった筈なのに、今収まっているのは刃と鍔が一体化している黒曜の如き剣。確かにそれは以前見た、リズさんの鍛冶師歴最強の武器だった。

 エリュシオンは、《アインクラッド》に居るわたし達にキリトくんの生存を話す際に信憑性を高める要素として、彼が預けた代物らしい。本人は自分に攻略に役立てて欲しいから譲ると言っていたようだが、ユウキさんは頑なにそれを拒み、何れ折りを見て返却しようと考えているという。

 ちなみに、ユウキさんが【継承】を続けて来て現在はバグ化している愛剣ルナティークは、容量的に納められなかったエリュシオンの代わりに手荷物を減らす為にストレージへ突っ込んでいるらしい。それで空いた鞘にエリュシオンを収めているのだという。

 

「体感的にこの剣ってルナティークの三倍くらい重いんだよね……」

「そりゃあんた、ルナティークはあんたのスピード重視の戦い方とビルドに合わせてスピード系なのに対し、エリュシオンは完全なパワータイプの剣だもの。重いに決まってるじゃない」

「それもそうか。じゃあ、早いとこリーファ達には立ち直ってもらって、剣の素振り稽古に付き合わせてもらおうかな。ステータスで勝っているとは言え、剣の技術レベルだとリーファの方が上そうだし」

 

 そう言って、ユウキさんは店の中を勝手知ったるとばかりに歩き始めた。

 わたしとリズさんも一応その後を追う。

 レインさん達はちょっと迷った素振りを見せたもののすぐに後を追って来た。

 カウンターの奥にある扉は、そのまま工房に直結している。その工房にはもう一つ扉があり、そこから先がこの建物に住む人のプライベートエリアに該当する。二階、三階へ上がる為の階段はそこにあるのだ。

 ユウキさんがこの店舗の内部構造を知っているのは、キリトくんが死んだと知らされたあの日、二人を此処へ送って来た張本人だから。レインさん達を此処へ連れて来た理由とまったく同じ事を言い、リズさんは快諾して、それから二人を案内したため、彼女は把握しているのである。

 一階が店舗エリアと工房エリア、後はちょっとした物入れに階段。

 二階はリビングやキッチン、お風呂といった生活スペース。

 三階は各々が寝泊まり出来る寝室となっている。畳八畳分なので広くはないが決して手狭とも言えない一室が七つあり、リズさんは住人に対し、一人一部屋ずつ貸与している。

 現在の住人はリズさん、自分、リーファさん、シノンさんの四人で、レインさん達を入れて六人。

 あと一つ部屋が空いている計算になり、そこは恐らくルクスさんが来る事になるのではないかとわたしは予想している。オレンジが解消されればキリトくんと共にこちらへ来る筈で、下層へ戻れない以上は此処に来る事になると思う。

 

「今空いてる部屋はそこからあそこまでの三つよ。好きなとこを選びなさい」

「じゃあこの端っこの部屋にするよ、リズベットちゃん」

「ならわたしはレインの左隣の部屋にする」

「分かったわ」

 

 ついでとばかりにリズさんはレインさん達に部屋を決めさせていた。部屋の間取りはどれも一緒だと前置きして階段を上がる最中に簡単に説明していたため、二人はほぼ即答で部屋を決める。これで自分と同じ店子になった訳だ。特にレインさんは即戦力なので有難いと思う。

 リーファさん達は……まぁ、今は仕方ないだろう。レベルが上がってからポーションや《鍛冶》の素材を集めて来て欲しいとは思っている。

 その件の二人は現在、リーファさんに宛がわれている一室で一緒に過ごしている。殆ど部屋から出て来る事はないが、わたしやリズさんが作った料理は食べているようなので空腹で悩まされる心配はない。現実と違って餓死するような事は無いけど、お腹が減ってはネガティブ思考になりやすいから食事も結構重要だ。

 その部屋の前に辿り着いた後、ユウキさんは扉を四回ノックした。

 

「リーファ、シノン、今いい?」

 

 SAOの部屋は、《聞き耳》スキルを持っていないプレイヤーには余程大声でなければ基本的に聞こえないし、外からの声もまた同様。それでも例外的に扉をノックしてからおよそ三十秒間は普通の声量でも意思疎通を図れるというシステムがある。これは鍵を掛けているプレイヤーに気付いてもらい、中へ入れるようにするシステムの一つだ。

 ユウキさんは確かにノックしたから彼女の声も中に通っている筈だが、数秒待っても返事は無い。

 しかし、もう一度叩こうという素振りを彼女が見せた時、ガチャリと音を立てて独りでに扉が部屋に向かって開かれた。

 

「ユウキさん……」

 

 そこには、暗い面持ちで泣き腫らした後を残しているリーファさんが立っていた。少し奥を見ればシノンさんもベッドに腰掛けた状態で、ナンちゃんを膝に置いて、どこか生気の抜けた面持ちで撫でている姿が見えた。

 

「どうか、したんですか……?」

「二人に話があって来たんだ」

「話……キリトの事、ですか?」

 

 以前よりも遥かに落ち込んだ声音で小さく問うリーファさんに、わたしに背中を向けているので表情は分からないユウキさんはしっかりと頷いて見せた。

 それを見たリーファは一瞬目を瞠った後、無言で扉を完全に開き、シノンさんの許へと下がった。それを見てユウキさんが部屋の中に入り、廊下でわたし達はその様子を見守る。

 

「二人とも、落ち着いて聞いて……単刀直入に言うと、キリトは生きてた」

 

 本当に結論からバッサリ切り出した事に、大丈夫なのだろうかとわたしはちょっとだけ不安を抱いてしまう。物凄く情緒不安定になっている人にそんなショックの大きい情報を与えるのは、少しばかり危険ではないのかと。

 しかし、予想に反してリーファさんとシノンさんの反応は薄い。

 精神的にかなり弱っているからなのか。それともまだ希望を抱けていないのか。

 あるいはまだユウキさんが言っている事を完全に受け止め切れていないからか。

 

「キリトが居たのは、この《アインクラッド》じゃない。《ホロウ・エリア》っていう、この浮遊城の世界とはまた別のエリアに居たんだ」

「ALOみたいな別ゲームっていう事ですか……?」

「いや、ユイちゃんの話では《ホロウ・エリア》もSAOサーバーの中にあるエリアの一つらしいよ」

「……ユイちゃん……?」

 

 リーファさんはそこで、訝しむように眉根を寄せ、オウム返しに呟いた。

 

「……どうして、ユイちゃんが。あの子は確かカーディナルに消された筈で……」

「そう言うって事は、リーファはユイちゃんの正体をキリトから聞いてたんだ」

「あの日の夜に聞いたので……」

 

 どうやらリーファさんだけは、義理の姉で家族という事もあってかキリトくんから地下迷宮で別れた日の夜、真実を語られていたらしい。だからユイちゃんがMHCPというAIであった事も知っているようだった。だからこそ、消滅した筈の彼女も生きている事に驚いているようだ。

 それからユウキさんは、少しだけ表情が変化し出したリーファさんと、どこか茫洋とした面持ちでナンちゃんを撫で続けて耳を傾けているか分からないシノンさんに、さっきわたし達にした説明をもう一度した。加えて、リズさんが言った肉体の限界についても話していた。

 あとで《攻略組》の人達にも同じ事をするのだろうと考えると、ちょっと大変そうと場違いにも考える。

 さっきよりも若干ダイジェストになり、十五分ほどで説明をユウキさんは終えた。話を聞いていたリーファさん達はどこか哀しむような面持ちで瞑目し、話が終わっても黙っていた。

 

「……なら、キリトはオレンジカーソルのせいで《ホロウ・エリア》から出られない。それでもずっと休ませていて、残り五ヵ月が過ぎたら肉体の限界で死んでしまう……そういう事なのよね」

 

 その沈黙を破ったのは、それまで一言も発さずナンちゃんを撫で続けていたシノンさんだった。

 彼女の瞳は、さっきまでと打って変わって強い光を宿していた。

 

「そういう事。だから《ホロウ・エリア》を探索して、何としてでもオレンジカーソルを解除しないといけない」

「話は分かりました……でも疑問なんですけど、その管理区とやらにあるシステムコンソールでユイちゃんは自分にキリトと同等のステータスやスキルを付与したんですよね、例の首飾りへの改造とかも。ならオレンジをグリーンに戻す事も可能なんじゃないかと思うんですけど」

「いや、あのコンソールで干渉出来るのはアップデート関連を除けば、基本的にはNPC関連らしいよ。ユイちゃんが持ってるGMの一部権限っていうのもほぼ同様らしいから、彼女がプレイヤーに対するシステム的な干渉を行うのは難しいみたいなんだ。《オブジェクト・イレイサー》とかユイちゃんのカーソル、装備の《Null》値の改竄は出来ても、プレイヤーのカーソルとかは出来ないって。というか、出来てたら既にやってるって聞いた」

「……それもそうですね」

 

 リーファさんは納得したように頷き、僅かに微笑みを浮かべた。シノンさんもどこか暗い雰囲気は残しているものの、明らかにさっきよりも持ち直している。キリトくんが生きていると知って二人も安心感を抱き、余裕を取り戻したらしい。

 完全に持ち直すにはもう少し時間が掛かるだろうし、さっきユウキさんが言っていたように彼女達の心にあるだろう罪悪感などは消えていないだろう。

 それでも元気になってくれたから素直に嬉しいと思った。

 

「……あの、ユウキさん。不躾で申し訳ないんですけど、キリトに今すぐ会う事って出来ますか……?」

 

 そう思っていると、僅かに躊躇う素振りを見せながらリーファさんがそう問う。

 それにユウキさんは、小さく首を横に振る。

 曰く、現在の転移門は《アークソフィア》から他の門へ飛ぶ事が出来ないから、今の人通りがそれなりにある時間に利用するのは少し避けた方が良いらしい。今日中に合うなら一旦《攻略組》本部で事情説明をして時間を経過させ、パブリックスペースなどで人々が寝床を固定した事で人通りが少なく時間じゃないとダメだ、と言った。下手に転移しているのを見られると、どういう事かと説明を要求され、面倒な事になるのだと。

 仮に最前線が第七十七層へと進み、且つ《アークソフィア》へ戻って来られる状況であれば、堂々と――と言っても転移先の名称は人に聞かれないよう配慮しなければならない――転移門を使えるらしい。それまでは朝早くか夜遅くまで我慢という訳だ。

 まぁ、昼頃は樹海エリアに下りているだろうから、どちらにせよ朝か夜でなければ会えない可能性が高いようだが。

 

「それに《ホロウ・エリア》側で起動した浮遊転移石は、どうもボクの右手に浮かんでる逆十字架の紋様が必要みたいなんだ。もしかしたら《ホロウ・エリア》へ行くにはボクみたいな紋様持ちが必要かもしれない」

「つまり、好きに行く事も出来ないという訳なのね……本来プレイヤーが入れない区域だからというから分かるけど、こっちから行く場合に紋様持ち以外の人は行けるのかしら……」

「そこは後で検証するつもり。でもその前に、まずはボクの生存をヒースクリフさん達に教えないと。混乱したままだし、姉ちゃんも落ち着けないといけないしね」

「なら、それに付いて行っていいかしら。そっちの方が面倒じゃないし……アスナ達に心配掛けた事も謝らないといけないから」

「今更ですけど、リズベットさん、シリカさん、ご迷惑をお掛けしてすみませんでした……」

「いいわよ、気持ちは痛いくらい分かるから。これで持ち直してくれたら言う事無しよ」

「わたしも、お二人が元気になった良かったです」

『くるる!』

 

 リーファさんの謝罪に対し、リズさんと共に言葉を返せば、この三日間ずっと二人に寄り添っていたナンちゃんが嬉しそうに喉を震わせ声を上げた。目元も喜びで細められていて、心から喜んでいる事が分かる。

 

『きゅる!』

 

 ピナにもそれは伝わったようで、わたしの肩に留まっていた青い和毛に包まれている小竜も喉を震わせ、ぱたた、と飛び立ったと思えばナンちゃんと鼻を突き合わせて喜び合う。見ていてとても微笑ましかった。

 暫くそれで和んだ後、リズさんが完全に店仕舞いしたのを契機にわたし達は店を発ち、エギルさんが経営する宿屋兼喫茶店へと向かい始める。

 

「……さぁて、困った…………姉ちゃん、どうやって説得しよう」

 

 その道中、ユウキさんは双子の姉であるランさんを説得する事に悩み始めた。

 キリトくんが居なくなった直後で不安定とは言え、ユウキさんが強制転移で生死不明な状態でも泣き崩れる程と言うから、物凄く強い彼女も意外に心が脆いようだ。これはユウキさんが《ホロウ・エリア》へ行くのは中々至難な事かもしれない。

 というか、ユウキさんは何だか年がら年中何かに悩んでいるような気がしなくもなかった。

 




 はい、如何だったでしょうか。

 本当はリーファ達との対話はシリカ視点ではなくリーファかシノンの視点で書きたかったのですが、かなり難しかったのでお流れに。二人の心情描写は後にします。

 リズが物凄く暗かった事は、シリカ視点の結構後の方で語られている事が全て。キリトに黙って寄り添って、悩みをぶちまけさせなかった事を悔やんでいる感じです。あとはユイ視点にあったように思いを明かさない意地をぶち壊してたら――っていうやつですね。

 キリトが運良く生きていたからよかったものの、死んでいたらリズ、たった三日で安堵して倒れるくらいだから、それこそ過労死レベルで鎚を振るっていたんじゃなかろうか……(・_・;)

 そして、リーファやユウキ達が直接的にキリトを支えるなら、リズは影ながら間接的に支える役。原作でもキリトやアスナの知らないところで頑張ってるリズにピッタリなんじゃないかなと思って今回の話を書きました。

 レインとフィリアは何となく予想していたかもしれませんがリズベット武具店の新規店員に。

 やったねシリカ、先輩になるヨ!(尚、接客業はレインの方が上の模様)

 やったねリズ、店子が増えたヨ!(尚、熟練度はレインの方が上の模様)

 原作ヒロインズ涙目だな(嗤)

 そして《ホロウ・エリア》の探索メンバーはキリト、ユイ、ルクスが固定、ユウキとレインとフィリアは半ば固定。

 キリトは装備の恩恵を受ける為にパーティーを組まないので、あと二人入れるとしたら……ランとサチ、ないしリーファとシノン?

 前者は攻略主要メンバーだし、後者はレベルと精神力が足りない。困った(・_・;)

 ……あと、自分で書いてて何ですが、キリトの肉体のタイムリミットがあと五ヵ月(本人予想)で、平均一週間で一層クリアの現状ってヤバい。七十六層攻略にあと一週間ちょっと掛ける予定で、キリトは《ホロウ・エリア》から出られないからスピードアップ望めないのに。大体五日で一層をクリアしないといけないのに。

 復帰を早くしたらキリトの精神が死に、遅くしたら肉体が死に……アカン、世界がキリトを殺そうとしている?!(今更)

 では、次話にてお会いしましょう。
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