インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~ 作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス
どうも、おはこんばんにちは、黒ヶ谷・ユーリ・メリディエスです。
今話は聖夜、つまりクリスマスに関するお話です……原作知ってる方はもうお分かりでしょうが、前話の第一層からおよそ一年が経過しております。
でも原作とはちょっと違う点が存在します。それがプチ原作崩壊のタグの一つです。
ではどうぞ。一番最初の数行はアスナ視点ですが、以降はほぼキリト視点になります。
第一層にて、最も幼い彼が自分にだけ憎悪を向けるようにしてから、第二層、第三層と疎まれながらもキリト君は攻略隊に参戦した。
自らを犠牲にした助力で被害を最小限に抑え、他のプレイヤーを圧倒するほどの獅子奮迅の戦績と共にLAボーナスをきっちり取って哄笑と共に去り、全プレイヤーの行き場の無いストレスを一心に引き受けていった。
そんな日々が続いて一年が経とうとした頃、キリト君は最前線に来なくなった。
寒くなりだした、木枯しが吹き荒ぶ寒空の日のことだった。
***
夢のような、という言葉には、絶望が内包されている。
今アインクラッド中を震撼させて語り草になっている噂があった。
『クリスマスの夜、モミの木の下に現れる背教者ニコラスの持つ袋の中に、過去の人を蘇らせる神器があるという』。
眉唾物……誰もがそう思う反面、どうしても希望を掛けてしまうのは人間の業深い性なのだろうと思う。ある筈の無い希望に縋る愚かしい姿を、神という存在がいるのだとすればきっと哂っているのだろうとも。ああ、なんと救いようの無い存在なのだ。
ある筈の無い希望に一縷の望みと絶望を懸けて動いている、この俺は。
ズバシャァッ! と血の色をした深紅の突きが、漆黒の外骨格を持つ蟻を八匹纏めて貫き、蒼い結晶片へと爆散させた。一時的に光が暗闇の渓谷を照らし、群れで襲い来る漆黒の蟻共を浮かび上がらせた。その数、およそ五十は下るまい。
ここ四十九層東の端の渓谷で、俺は異常で大莫迦な猛レベリングを行っていた。蟻のリポップの百以下は無限無制限待ち無しとある意味で地獄な場所なのだが、凄まじく来難いマップの端とはいえ最前線層だからだろう、経験値が凄まじい勢いで入っていく。最前線層は他の層に較べて数倍も経験値量が違うためだ。
最前線層だから無論危険も途轍もなく大きい。しかし来難いとあって俺以外の誰も来ないという、蘇生アイテムを全力で狙っている俺としてはこれほど幸運な事は無いレベリングスポットだった。
最早流れ作業となっており、加えてレベルも最前線が四十九、マージン入れて59~65が最適な現在で既にレベルは120に達していた。間違いなく俺が最高峰だろう。少し前によく分からないスキルも出ていたが、それらも駆使して蟻の軍勢相手に熟練度上げとレベリングも合わせてしている。
ジュッ、と左腕に蟻酸が掛かった。もうそろそろ流石に集中力が切れてきたようだった。ここらで引き上げておこうと考えて、全方位を薙ぎ払って全てを結晶片へと爆散させてから、猛速で渓谷から脱出、安全地帯へと入る。
そこに入って一息吐いて、二週間も飲まず食わずで流石に限界になってきたので何か料理しようと思い、けれど食材アイテムは全て拠点に放り込んでいたから持っていなかった。凄まじい量のドロップアイテム――全て蟻の部位だが、現時点で最高峰の装備を鍛える素材になる――の処理をどうするか考え、エギルの所に行こうと決めた。
愛剣ウェイトゥザドーンという漆黒の剣身に刃の部分だけが純白の片手剣を背に吊る。そして、これまた最前線ではドロップ率が高く設定されて大量にドロップしていた転移結晶を出して、エギルが仮の拠点としている四十八層リンダースへと転移した。
渓谷は光を遮る構造で時間感覚が狂いやすく、まだ昼間だったようで明るい日差しが俺を照らした。少し目を眇めて目的の場所へと行く。
時折プレイヤーの目に触れては投げられる悪罵を完璧にスルーし、故買屋エギルの店の扉を開けた。中では何か仕分けをしていたらしい、ウィンドウを忙しなく動かしていたエギルが手狭なカウンターにいて、こちらを見て驚愕した。
「キリト…………?! お前ぇ、生きてたなら連絡くれぇ入れろ! どんだけ心配したと思ってやがるんだ!」
唐突の怒鳴り声を、耳を塞いでスルーし、トレードウィンドウで転移結晶と最前線の蟻からドロップした希少価値の素材を大量に示す。
「生きてるかどうかの確認ならフレンドリスト、最悪黒鉄宮の生命の碑で確認できるからいらない筈。それと、ドロップアイテムを換金して欲しい」
「ったく、お前は…………って、おい。これ、最前線の…………しかもなんだこの転移結晶の数?! 二百三十三個だぁ?!」
「格安でも構わない、ストレージを空けたいんだ。定価じゃなくても良いから買い取って」
「あ、ああ、まぁ、それでも良いなら遠慮なく買い叩くけどよ…………これでどうだ?」
ぴっと示されたトレード欄のコルの額を見て、一発で承諾した。二束三文で買い叩かれたが、今はコルに困っている訳では無いのだ。コルは猛レベリングのお陰で凄まじい量貯まっている。
エギルが慌てたように俺を見てくる。
「お、おい……冗談のつもりだったんだぞ、本当にその額で良かったのか……?」
「構わない。今必要なのはコルじゃなくて、ストレージの空きだから」
「いや、それにしても…………そうか…………お前……まだ、忘れられないのか……あのギルドを……」
エギルの心配げな言葉に、俺の何かが切れた。
「まだ、忘れられない……? 忘れられるか……! あのギルドは、俺のせいで全滅したんだ! 月夜の黒猫団は! みんなは! ケイタは! 俺が関わったばかりに死んだんだ! サチを孤独に追いやったのはこの俺だ! 忘れられる筈が無い!!! 俺のせいなのに!!!!!!」
はぁ、はぁ……と息を荒くし、面食らって固まっているエギルにごめん、と謝って店を出た。その時に赤を基調としたプリーツスカートに白いエプロンをつけたピンク髪の少女と擦れ違い、訝しい顔で見られるも無視して進んだ。
向かう先は十九層。そして今日――――二十四日の深夜には、三十五層迷いの森だ。
「待ってて、皆……俺が、きっと……皆を…………!」
ぎりっと歯軋りをして、俺は十九層ミーシェンへと転移した。
***
あたしがエギルの店の前に来た時、幼い子供の怒鳴り声が聞こえた。
『まだ、忘れられない……? 忘れられるか……! あのギルドは、俺のせいで全滅したんだ! 月夜の黒猫団は! みんなは! ケイタは! 俺が関わったばかりに死んだんだ! サチを孤独に追いやったのはこの俺だ! 忘れられる筈が無い!!! 俺のせいなのに!!!!!!』
切羽詰り、泣き叫んでいるとも取れる怒鳴り声に何事と思って固まっていると、程無く小柄で黒を基調とした十歳くらいの美少女が出てきた。
けれど、顔つきは蒼白くなって顔色が明らかに悪く、何かに憑かれているんじゃないかと思うくらい酷い有様だった。気付いていないのか涙を拭こうともせず、あたしを無視して早足で転移門へと歩き去った。
「エギル、今の子何? ちょっと失礼過ぎるんじゃないの?」
「…………あ、ああ……リズベットか…………いや、あの子は仕方が無いんだ」
「そうやって甘やかしてると、どんどん付け上がるよ? 子供はそういうのに鋭いんだから」
「叱れるものなら叱りたいさ……けどな、あの子だけは出来ない。あの子を叱れば、あの子の心は壊れちまう…………もう崖っぷちなんだ、あの子の心は」
はぁ……と心底憂鬱と言いたげに深く溜息を吐き、がたんとカウンターの椅子に座り込むエギル。こんな彼を見たことが無い。
「あの子って何て言うの? エギルと知り合いなら、結構名が売れてるんでしょ?」
「…………それは、リズベット自身で知ってくれ、俺からは何も言えん。偏見で接して欲しくないんだ、あの子には…………」
扉の方を……いや、その先を見つめているように見えるエギルの目は、とても悲しそうで到底聞ける雰囲気で無かった。
結局、あたしは何も聞けずに商談を済ませて帰途に着いたのだった。
***
十九層ミーシェンの町並みを見つつ懐かしの宿屋に泊まり、かつて取った部屋で夜に向けて寝ることにした。流石にこれで死んだら目も当てられないし、その原因が疲労というのも最悪だからだ。
数週間ぶりのベッドに横になって剣を抱き、俺は目を瞑って思考を止めたのだった。
*
アインクラッドが夏の入りの六月に入った時、俺は武器の強化素材集めに下層へと一時的に下りていた。十九層だ。
森で狩りをして十分集まったと判断すると、その時に丁度、苦戦している集団を見かけた。普段ならそのまま帰ったが、彼らは索敵斥候を上手く出来ていないのか、HPを黄色――半減の注意域以下――にして逃げまくっては別の敵の行動範囲に入って、追いかけられる敵を悪戯に増やしていた。
このままではいずれ死ぬと判断した俺は、彼らを助けた。一刀の下に、全てを斬り捨てた。
そのあと《月夜の黒猫団》というギルドを作った、リアルでも高校でパソコン部に所属していた高校生五人のレベリングに協力することになった。俺は必要以上にマージンを取っていたから、多少最前線から離れても差し支えはあまり無かった。
リーダーのケイタは盾に片手棍、ダッカーはスピード重視の短剣、ササマルが長槍、テツオは長棍、そして紅一点のサチという女性も長槍だった。
彼らに力添えしてから、彼らはめきめき実力とレベルを高くし、メインの狩場を一週間で三層上げるほどになった。
ただ一つ、前衛がケイタだけで不安定だからサチを片手盾剣士へと転向するという計画を除いて、上手くいっていた。
サチは怖がりで、敵を前にするとどうしても目を瞑ってしまう臆病な面があった。それが仇となって、けれど彼らはそれに気付かなかった。俺が指摘しても然して重要視してる風でもなかった。幼い俺が出来るなら年上なのだからサチも出来るとでも思ったのかもしれない。
一度、俺がギルドに入ってから一月経った七月二日、サチが拠点としていた宿屋から忽然と姿を消した事があった。
勿論ケイタ達は慌てて探し始め、俺も探した。索敵スキルのModの追跡を取っていたから、俺は彼女の足跡を頼りに探した。足跡は、圏内の街中の下水道へと繋がっていた。その通路の途中で、サチは最近ドロップしたハイディング効果に補正が掛かるマントを纏って、膝を抱えていた。
「サチ……?」
「キリト……?! どうして、ここが……?!」
「俺は、ほら、ビーターだから……索敵スキルを上げると、追跡っていう足跡を辿るModが取れるんだ。それで…………ケイタ達には、まだ知らせてないんだけどね」
隣、良い? と聞いて、小さく頷くのを見てから、寄り添うように隣に腰を下ろした。俺より体が大きいサチが、こちらを見た。
「ねぇキリト……キリトはまだ、九歳、なんだよね……」
「うん……そうだけど」
「キリトは、怖くないの? 私は、怖い…………何でこんな世界に来たんだろうって、今でも思うんだ…………この世界に閉じ込められて、皆死んでいって…………この世界に、何の意味が有るのかな……?」
涙を浮かべながらのサチの独白に、俺はぽつりと言葉を返した。
「…………人それぞれだよ」
「え…………?」
「人によって思うことは違うし、価値観も違うから…………多分、サチの言う意味っていうものの答えも、沢山あると思うんだ。まだこの世界に囚われている間に出す人もいれば、解放されて、あるいは死ぬ間際に出す人も、ずっと出さずに考え続ける人も…………納得できる答えが出せたなら、それはサチ自身の答えで良いと思うよ」
「…………キリトは、出してる?」
「俺は……………………この世界で生きて、そして満足して死ぬこと、かなぁ…………あ、でも……あっちには、俺の新しい家族が待ってるんだ」
「あっち? 新しい、家族?」
首を傾げるサチに笑い掛けながら話を続けた。思いのほか、滑らかに出てきていた。
「うん。織斑のじゃなくて、新しい家族…………俺は、織斑家に捨てられたんだ。要らない子だったから」
「……っ」
「俺さ……このデスゲームが始まった日から丁度一年前の11月7日に、別の家族に拾われたんだ。最初はISって聞いただけで失神するくらいでね…………でも、家族が受け入れてくれたんだ。俺は俺だって…………名前を変えて生きることになってさ、驚いたよ。誰も俺に悪罵を言ってこないんだ。名前が違うだけなのにね…………でも俺は、俺として生きる機会をくれた家族に、迷惑しか掛けてないんだ…………だから、絶対に生きて帰る。そして言うんだ、ありがとうって…………大切な存在って、離れて気付くものなんだって、初めて知ったから」
「そっか…………でも、戦うのは、怖くないの?」
「…………怖くないって言えば、嘘になる。俺だって怖いものは沢山あるよ。けどね、俺が一番怖いのは、人なんだ…………人の心が、怖い…………人を信じることが出来なくなっちゃってるんだ……だから俺は、誰とも組まないし、一緒にもいない……人の悪意は、際限なく人を巻き込むから…………でも、俺が次に怖いのは、何も出来ない事なんだ。何も出来ず、ただ泣き叫ぶのは、昔の俺のままだから。また繰り返して、大切な存在を失うのは嫌だから」
そう言うと、サチはそっか……と言い、俺を抱きしめてくれた。小さな嗚咽を漏らすサチは暖かくて、俺は大泣きした。声は漏らさず、嗚咽と無音の慟哭を上げるだけ。
その日から俺は、サチと一緒に寝るようになった。夜の狩りに出られなくなったけど、それでもかなり余裕を持っていたから良いかと思って、一緒に夜を明かす事が続いた。サチに、仲間は護ると言いながら、彼女をあやし、そして俺もあやされていた。
けれど、それはやはり淡い幻想だった。
俺が幼い小学生というのもあったせいか、俺がビーターと明かしても彼らは注意をあまり聞かなかった。ただ目に見える強さを求め進んだのだ。
だから彼らは、サチの件から二週間が経った7月16日、ケイタがギルドホームを買いに、俺がボス攻略に向かった時に、二十七層――トラップ迷宮と名高い場所へ行った。サチからメールがあったのに気付いたのは、俺が三十六層のボスLAを取って哄笑を上げながら三十七層へと上った時だった。その時にサチのメールを読んで、俺は焦りを抱いてサチの足跡を追跡した。
かつてない焦りと共に猛速でサチの足跡を辿り、消える端から追いかけた。右に左に真っ直ぐにと迷宮区を進んで追いついたとき、ちょうど彼らが隠し部屋を見つけて中の宝箱を開けようとしていた時だった。
俺は全力で滑り込んでぎりぎりトラップで扉が閉まる直前に間に合い、モンスターポッピングトラップと転移結晶無効化空間化トラップが同時に発動した中、四人を助けるために徹底抗戦した。
けれど初めての結晶無効化空間、そしてポッピングトラップに恐慌に陥った彼らはまともな対処が出来ず、防御力が低いダッカー、ササマル、テツオの順に死んでいった。ギリギリで全ての敵を倒し終えて宝箱を斬り壊す事でなんとかトラップを解き、俺の近くで戦っていたサチだけは助かったものの、彼女も若干の恐慌状態に陥っていた。
大切な仲間を目の前で三人も一気に失い、そして俺がいてもギリギリで生死の瀬戸際に立っていたのだから無理も無いと思い、彼女を労りながら、俺はケイタが待つと言っていたギルドホームへとサチと共に足を向けた。
ケイタは俺とサチを見て、三人は? と問い掛けてきた。サチの状態が酷かったので先に休ませるために椅子に座らせ、俺が知る限りの事情説明を行った。
サチも時折補足しつつ説明を終えると、ケイタは一切の表情を消した。
「け、ケイタ……?」
「織斑家の恥晒しのビーターが、僕達と関わる資格なんて無かったんだ」
「ッ?!」
平坦な声で言って、転移結晶で第一層に転移。その足を外周部テラスへ向け、そこから身を投げ出した。
「お前なんか、死んでいれば良かったのに…………」
その呪詛を残して、彼は茜色に染まる雲海の彼方へと姿を消した。
サチはケイタの自殺の事実を聞いて暫く寝込んだが、回復すると俺に付いて行くと言い始めた。俺のレベルは当時61、サチは34だった。最前線は三十七層、ギリギリだしサチは攻防の際に目を瞑る癖があるから、戦闘職ではダメだと言った。
それでも付いてこようとしたから、二つ条件を出した。一つは、アスナが副団長をしている《血盟騎士団》、ユウキが団長でランが副団長の《スリーピング・ナイツ》、クラインが頭をしている《風林火山》のどれかに所属する事。
それが出来なければ戦闘職では諦め、ポーション作成や鍛冶・服飾といった生産職で俺を支えてくれと頼んだ。
どういう訳か彼女は前者を取り、現在はユウキとランによってビシビシと扱かれ(とはいえ遊ばれているだけだが)凄腕の槍使いとして名を馳せている。彼女は見事夢を果たしたのだ。
しかし、彼女は失念していた。攻略組での俺の嫌われ具合を。彼女が選んだギルドは俺に理解あるところだからまだマシだが、それ以外は途方も無く忌み嫌われている。そこを失念していたのだ、それによって俺がそもそも攻略組でも神出鬼没となっていて一緒には行けないという事を。
恐らく彼女は、俺を怨んでいる事だろう。大切な仲間の命を暴風の如く吹き散らし、姿を晦ませているのだから。屑だと思って、次に会った時は俺に悪罵を言ってくるだろう。
仮に怨んでいないとしても、俺に彼女と一緒にいる資格など無い。親しい者達の命を奪った者なのだから。
そして、その命を取り戻すためなら、俺は死神にも悪魔にも背教者にも命を差し出そう。たとえ年一のフラグボスにソロで挑む事が無謀な行いだとしても、愚行だとしても、俺はケイタを、ダッカー、ササマル、テツオの四人を、蘇らせる義務がある。彼らを蘇らせるために、全てを投げ打つ責務があるのだ。
だから、俺は全てを投げ打とう。たとえ死ぬ事になったとしても。
俺は三十五層の迷いの森を走りながら、結論付けた。
「ごめんなさい、父さん、母さん、直姉…………あなた達を裏切る俺を、どうか、許さないで下さい……!」
走りながら呟く。ぽたぽたと、涙が溢れて視界が滲む。
あれほど俺自身の面倒を見てくれた、血の繋がりの無い出来損ないの俺を少しとはいえ育ててくれた家族を、俺は自分から裏切る。
「はは…………本当……家族の恥晒し、出来損ないの屑だ…………」
乾いた笑いが漏れた。俺を受け入れてくれた最愛の家族を、俺は自分自身で裏切るのだ。これほど愚かな人間がいるだろうか……
……いや、いる筈が無い。いれば、そいつが俺以上の悪罵に晒されているだろうから。
「そいつは、ちっと違うんじゃねぇか?」
……有り得ない。唐突に耳朶を打った、胸を突いてくる男の声に、思考が空白を生んだ。
莫迦な、何で、ここにいる…………どうして、ここが分かったんだ……?!
「クライン……?! なんで……どうして、ここが…………?!」
声の主は、俺が第一層の街で置いて来た、心優しい初のフレンドだった。和甲冑を身に纏って左腰にレア武器のカタナを指している、バンダナを額に巻いた背の高い男だった。
今となっては一流の少数精鋭が売りの攻略ギルド《風林火山》のギルドマスターとなって慕われている……クラインが、後ろに居た。
「おう……まぁ、お前はゲーム勘含めてよ、色々とスゲェって俺は思ってるからな、お前が今発見されてるモミの木の座標情報を買った……ていう情報を俺も買ったから、お前を追跡したんだよ。ウチにゃそれが得意な奴もいるからな」
俺が走っていた場所の後ろの転移場所から、緋色の和装束と甲冑に身と包み、二股矛やカタナなど《風林火山》というギルド名に恥じない和装で固めたクラインとその友人五名が、こちらを見て立っていた。
その後ろには《スリーピング・ナイツ》や《血盟騎士団》のユウキ、ラン、アスナ、ヒースクリフがいた。アルゴまでいる。
そして…………一歩、二歩、三歩と出てきて止まった、蒼を基調とした服装に、蒼い長槍を背負った女性は…………
「サ……チ…………?」
「うん。久しぶり、キリト」
屈託の無い笑みで言葉を返してきたサチ。
きっと、この笑顔のまま俺に悪罵を言うのだろう。もしくは表情を憎悪と嫌悪に歪めて。きっとそうだ、そうに違いな――――
「キリト、一人じゃ危ないよ」
ぎしっと、何かが軋んだ。予想と違い、サチは明るい笑みを消して不安げに瞳を揺らした――――まるで、《月夜の黒猫団》が存在した、あの時と同じように。下水道で互いに泣いた、あの時と同じであるかのように。
かたかたと手が震えた。
「は、はは…………危な、い……? フロアボスをソロでも討伐できる実力を、俺は持ってるんだ……危ないなんて事が――――」
「力じゃないの、心の方なの」
ミシィ……ッ、と、頭の中の何かが撓み、軋む音。俺の力ではなく、信じていないんじゃなくて、彼女は、目の前の、俺を怨んでも仕方が無い、むしろ普通とさえ言える女性は、俺の心を心配して……いると…………?
「キリト、お前、もう無理して一人でいようとすんな。見てらんねぇんだ。たった十のガキが悪ぶって大勢の人間を護ろうなんざ、何十年も早ぇっての」
「そうだよ。キリトはもう、十分過ぎるほどに頑張ったんだよ? これ以上は……」
「それに、幾ら贖罪の為とはいえ、自分の命まで散らそうとしてはダメです」
「キリト君、あなたはもう…………誰よりも、頑張ってるのよ」
「キー坊、オネーサンからもお願いダ。これ以上自分を犠牲にするのはやめてくレ」
次々と言ってくる心配している言葉。俺の予想と何もかもが違う、悪罵とは正反対の言葉。ぎしぎしと頭の髄が軋みを上げ、頭蓋が砕けそうな痛みに襲われる。
それを無視して、俺は眼前に並ぶ人を見る。誰もが俺に、悪意を向けていなかった。
「キリト君……君の事情は、サチ君から粗方聞いている。第一層の頃からも君と行動を共にして、君の事を多少なりとも理解しているつもりだ。だからこそ、我々の言葉に耳を傾けてくれ……一人で逝こうなどとするな。我々全員で挑み、蘇生アイテムはドロップした者の物でよかろう」
ヒースクリフの、珍しく感情が完全に表に出た、純粋に不憫に思い心配する声音の台詞。
ぎりっと、無意識の内に歯を喰いしばった。右手がゆっくりと背中の剣の柄を掴む。
「だからって…………これは、俺の、罪なんだ……俺一人でやらなきゃ、意味が無いんだ…………!!!」
最早哀れと思っているのか、哀しげな色合いを帯びた視線を投げてくる。
全員斬るか、と思った。斬ろうと思えば、出来なくも無いだろう。ユニークスキル《神聖剣》を習得しているヒースクリフだけは、斬るのに手間取るだろうが、しかしあの男以外なら斬るのは容易い。
絆という情を取るか、贖罪という利己を取るか。ある種究極の葛藤を抱いて右手をぶるぶると震わせ、サチ達を睨んでいると、ふと次々と近くに転移してくるプレイヤーの気配がした。サチ達の後方を見れば、HPバーの横に純白の竜の紋章が見えた。リンドを団長とする《聖竜連合》だ。
リンドがこちらに出てきて、俺を見て舌打ちを漏らす。
「チッ……何で屑が……まさか、お前も見つけたのか?」
「……………………そっちも、蘇生アイテムを狙ってるの……?」
「当然だな。という事はお前もか。まぁ、邪魔するなら殺すだけだがな、お前を殺しても罪悪感など全く無いからな」
ジャキッと片手で持てる打刀を構えるリンドを見て、俺もウェイトゥザドーンを抜く――――寸前で、サチの声がそれを押し留めた。
「キリト、君は先に行って戦ってて」
「サチ……?」
「私ね……生まれて初めてだよ……――――ここまで頭に来てるのは……!!!」
背中の蒼い槍を引っ掴み、クルクルと高速回転させてジャキンッ! と構えるサチには、以前に見た時には無い覇気があった。向けられたリンドがじりっと後退する。
「ふむ…………ここは我々が食い止めよう。本来ならギルドリーダーが争いごとをするのは御法度なのだが……ここには四人もいるし、なにより……リンド君。私もね、君に今、かなり頭に来ているのだよ…………キリト君の事を理解しようともしていない君に、彼の事を語る資格など、ましてや殺す資格など誰にもある筈が無い……調子に乗るのも大概にしてもらおうか!!!」
ズンッ! と真紅の甲冑に白銀の十字盾と十字剣を構えるヒースクリフ。ユウキやアスナ、クライン達も、あの戦闘は避けるべく敏捷極振りのアルゴも、続けて構えた。こちらを見て、先に行けと言う。
俺は何も言わず、彼らに背を向け、目的地であるモミの木がある場所へと転移移動した。
*
サチ達に追っ手を任せた俺は、一人雪が降り積もるモミの木の下に立っていた。シャンシャンシャンシャン……と鈴の音が軽やかに響き、空から巨大なサンタの服を来た醜悪にカリチュアライズされた化け物が降ってきた。
『グ』
「うるさい」
システムに規定されていたのだろう台詞を言おうとした背教者ニコラスへと、俺はウェイトゥザドーンで斬り掛かった。お返しとばかりに、猛烈な速度で唸りを上げながら、巨大な片手斧を振りかぶられる。
フロアボス以上の強さを持つ年一フラグボスと、フロアボス以上の強さを持つソロプレイヤーが、ぶつかった。
死闘は、始まったばかりだった。
*
その戦いは、超レベル、そして装備とスキル、パラメータに振ったボーナスポイントが多大なダメージディーラーである俺をしても、一時間も時間が掛かった。しかも、自分用として用意していた全ての回復アイテムを使い切り、超性能リジェネを駆使して、危険域。HPは一割も残っていなかった。
被弾による死を恐れずに攻撃一辺倒である俺でも、それだけ掛かった。他の普通のプレイヤーでは死者が出るのは免れなかったであろう激戦を越え、俺は生き残った。
そして生き残り――――勝者に与えられるのは、ニコラスが持っていたズタ袋に入っている、膨大な量のアイテム。モンスターグラフィックかと思いきや、この袋の中に全アイテムが入っていたのだ。それらはボロボロと零れ出てくる。とはいえ、自力で拾うのでは無く、勝手にストレージに収まっていくのだが。
「ダッカー……ササマル、テツオ……ケイタ…………!」
勝利時に表示されるリザルトに一瞥すら向けず、すぐさま新規入手アイテム一覧を見る。そこに、望みのアイテムがある事を信じて。
数十、事によると百を越えるアイテム群を血眼になって繰って探していき、とうとうそれを見つけた。
アイテム名は【還魂の聖晶石】。そのアイテムを取り出し、手に取る。
真っ白な石に虹色を煌かせるそれを震える指でタップし、表示されたウィンドウを食い入るように見る。
『このアイテムのポップメニューから使用を選ぶか、あるいは保持して(蘇生:プレイヤー名)と発声する事で、対象プレイヤーが死亡してからその効果光が完全に消滅するまでの間(およそ十秒間)ならば、対象プレイヤーを蘇生させる事が出来ます』
その説明文がウィンドウに表示されていた。それを何度も読み返す。
間違いはないか。本当なのか。信じたくなくて。
およそ十秒間。
それが、HPが全損してアバターが四散してから、ナーヴギアによって脳を焼き切るまでの、シークエンス起動にかかるラグ。猶予時間。
だが、ケイタ達が死亡した日は今から約五ヶ月も前。条件を満たさない以上、蘇生は出来ない。過去の罪業を浄化する事は、出来ない。
「う、あああ……あああああぁぁぁ…………」
聖晶石が手から零れ落ちた。雪に半ば埋もれたそれを、踏み砕くようにブーツで踏む。何度も何度も。何度も何度も踏みつけ、手で殴り、剣で斬りつける。
しかし砕けない。傷すら付かない。まるで、自身の罪を思い出させるかのように。お前とは違うと言うかのように、眩しく輝くだけ。
「あああああああああああああああああああッ!!!!!!」
俺は限界を迎えた。心が絶望に耐え切れなかった。
涙を流し、力の限り慟哭を上げ、地面の雪を鷲掴みにして、しまいには髪を掻き毟りながら地面を転げまわった。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!!!」
力の限り、慟哭を上げた。視界が滲んで、闇が滲んで……俺の視界には、ただただ無意味に輝く白銀の宝玉だけが映っていた。
*
どれほどの時が経ったか分からないくらい叫び続けて、漸く一心地付く。なんとなくだが、叫びまくった事ですっきりした。身体がふわふわして気持ちいい。
未だ雪の中で煌く蘇生アイテムを鷲掴みにして拾い、俺は剣を背中の鞘に吊り直した。ふらふらと何故か覚束無い足取りで、もと来た道を帰る。
サチ達の所へ転移移動で戻ると聖竜連合はいなくなっていた。彼女らは、いや、サチはHPを注意域ギリギリまで減らしていた。もしかしたら半減決着デュエルで決めて、勝った事で彼らを追い返したのかもしれない。俺と違って、彼女は成長しているのだ。ユウキ達も大半が注意域ギリギリの安全域になっていた。
はっとこちらに気付いて、すぐに顔色を変えたサチ。
「キリト……アイテム、は……?」
返答の変わりに聖晶石と彼女の前に放った。それを拾って、説明文を読んでいる横を過ぎる。息を呑む気配を感じた。
「そのアイテムは、過去に死んだ人は蘇らせられない……次、サチの目の前で死んだ人に、使ってあげて…………」
歩き去ろうとすると、ふと、コートの裾をサチが掴んだ。彼女は泣きながら、コートを掴んでいた。
「キリト……キリトは、死なないで……お願いだから、死なないで…………」
「……………………さよなら」
「っ……い、やだぁ……!」
更に掴もうとしてくる手をすり抜けるようにして、俺はその場から立ち去った。
*
そこからはもう、どうやって帰ったのか俺自身も分からなかった。気付けば四十九層のボス部屋でボスを倒して、五十層のアルゲードという街の転移門をアクティベートしていた。
深夜だからか、アクティベートをして数分経過しても、転移門からは誰も出て来なかった。クリスマスイベントを取り逃したから、そして今の時間が午前三時、もう遅い時間だから、きっと夜の街に出ていたプレイヤー達も宿に戻ったのだろう。
第二クォーターポイント。第一ポイントではアインクラッド解放軍に多大な犠牲が出た…………なら、次も俺一人で……それでも生き残れば、また…………それこそが、俺の死に場所に、相応しいだろう…………
そう思って、俺は五十層迷宮区へ行こうとした。
「待って、キリト」
しかし、行けなかった。後ろから、誰かに抱きとめられていた。俺の首に回された、蒼い袖の服は…………
「莫迦キリト…………何で、ボスを倒しちゃってるの……」
「サチ…………さよならって、言ったよ……」
どうしてと聞くと、彼女は俺に乗せている頭を左右に振った。
「私は、言ってない…………それに私、まだキリトとしたい事があるの…………聞いてくれるよね……?」
「……………………何?」
「ちょっと来て……」
彼女は強引に手を取り、転移門で手を繋いで第十九層ミーシェン……未だサチ名義で《月夜の黒猫団》のホームが残っている階層へ飛んだ。予想違わず、彼女は俺をそのホームへと誘った。
ホームの中は、ケイタが自殺した日のあの殺風景な様子を一変させ、クリスマスデコレーションされていた。キラキラと輝くクリスマスツリーに、あらかじめ作っていたらしい、サチが持ってきた大きなイチゴホールケーキ。更にはシャンパンまで、各種クリスマスの定番と言えると直姉から教えられた代物が揃っていた。
「本当はさ、零時にキリトとお祝いしたかったの」
「…………」
「でもキリト、全然会ってくれないから……こうして、無理矢理連れて来ました。文句は受け付けません」
「……何で……」
少しだけ悲しげに、けれどどこか嬉しげに微笑みを浮かべながら話すサチが、俺には分からなかった。どうして俺に対して笑っていられるのか、分からなかった。
「ん?」
「何で……サチは、俺を怨んでないの……? さっきもそう…………あの時だって…………何で…………」
ホールケーキやシャンパンの準備を、雪によって乱反射された少し暗い明るさの中、楽しそうに用意しているサチに問いかけた。何で、俺を怨まないのか、と。
俺は、サチの仲間を、高校の友達を死なせるきっかけになったのに……俺を怨んで殺そうとしても、悪罵を投げても当然のはずなのに、どうして…………
そう言外に問えば、準備を進めていたサチは手を止めて、こちらを見た。そして少しずつ近寄って来て……膝を折って、目線の高さを合わせて来た。深く昏い蒼を帯びた瞳が、ただまっすぐに俺を見て来る。
その瞳に、怒りや憎しみは見えなかった。ただ優しい光だけが映っていた。
「…………ね、キリト。君は、『赤鼻のトナカイ』っていう唄、知ってる?」
「…………? 何、それ?」
幼い頃から虐げられてきたから、俺はそんな歌を聴いたことが無い。サチは淡い笑みを浮かべた。
「本当はクリスマスだから、もっとちゃんとした曲を歌いたいんだ。ほら、ジングルベルとか…………でも歌詞覚えてるのって、これくらいしか無いんだよ」
「……それと、俺を怨まない事に、どう関係が……?」
「知らないなら分からないのも無理ないね…………今から歌うから、聞いてて…………」
サチは月明かりと雪による反射の光が窓から入ってくる中、目を閉じ、手を胸の前で組んで歌い始めた。
その歌はとても軽いテンポで、けれど悲しい歌詞だった。たった鼻の色が違うだけで笑われてしまって、仲間外れな印象がとても嫌で……けれどサンタのおじさんが誉めただけ救われる歌詞が、俺の心を揺さぶった。
見てくれた人がいた。その事実は、過去の織斑一夏だった俺には無かった。いや、今の家族は見てくれたけど……でもやっぱり、前の家族にも見られて、そして誉められたかったという想いが、今更ながらに心を揺さぶった。
その歌を聞いて、この世界の俺を見てくれた人達の顔が浮かんで……塗りつぶすように、ケイタの顔が浮かんで、俺の胸を締め付けた。俺には誉められるだけの事があるとはどうしても思えなかった。自然、許されもしないだろうと。
サチの歌は、悲しげで、俺を恨まないことと関係しているとは考えられないものだった。俺は憎悪の対象で、ビーターなのだから、恨まれこそすれ恨まれないなどという事なんて、ある筈がないのだ。それが、俺が原因で死なせてしまった人達の仲間であるサチなら、尚更に。
サチはそんな俺の思考を知る由もなく、軽やかに歌い終え、それから俺を優しい光を讃えた瞳で見てきた。
「…………私にとってはね、君は、暗い道の向こうでいつも私を照らしてくれた、星みたいな存在なの。一緒にいられて、本当に楽しい……今の私がいるのも、あなたのお陰なの…………だからね、私があなたを怨むなんて事は、絶対に無い……キリト…………もう、自分を、許してあげて……」
「え……?」
「今の君は……何もかもを、一人で背負いすぎだよ……お願いだから、皆で背負わせて…………」
サチは、美しく煌く笑みを浮かべながら、俺を抱き締めて来た。
「サチ……?! や、やめて……離して……!」
俺はすぐに離れるよう言ってもがいたが、まるで離さないとでも言うように強く、けれど母のように優しく、サチは抱擁をやめなかった。
ステータスでは俺の方が勝っている筈なのに……どうして離せないのか、分からなかった。
「キリト……君がそこまで自分を責めているのが、もしも私達のギルドが原因なら…………生き残りである私から、言う事が二つ、あるんだ……」
「…………何?」
「一つはね……ここまで導いてくれて、ありがとう…………もう一つがね…………怨んでないから……だから…………もう、自分を許してあげて」
「…………!」
言われた言葉に、目を見開いて彼女の黒い瞳を見た。涙を湛えているその瞳は、ただ優しく見つめて来ていた。
俺を拾ってくれた母さんや直姉と同じ、暖かな光が見えた。
「もう、十分だから……あなたの気持ちは、もう、十分、だから…………! だから…………もうキリトは、自分を、許して良いんだよ……!」
更に体を抱き締めてくる力が、少し強くなった。ぎゅぅ……っと、更に強く、俺の罪を受け止めてくれるかのように。
「…………良い、の……? おれ……おれは…………自分を…………?」
「うん……うん……良いんだよ、もう……キリトはもう、十分頑張ったから…………」
さらりと頭を撫でられた。
それが母のようで、懐かしくなって、だんだんと偽ってきた仮面が取れていく。ぼろぼろと崩れ落ちていって、次々と溢れる俺の本心。
「サチ……サチ……! ごめんなさい……! ごめんなさい……ごめん、なさ、い…………!」
一年以上貼り付けてきた虚飾の仮面を剥いで、全てを曝け出した。サチはそれを、暖かい満月のような笑みで、受け止めてくれた。
今年のクリスマスは蒼い満月の下に、一つの赦しを贈られた。
たった一つの小さな、けれど、とても大きな赦し、何にも代えがたい贈り物だった。
はい、如何だったでしょうか。
実はこの話、書いていた頃も今も書いた本人が涙を浮かべてしまうものです。SAOを手に取った頃も、原作二巻の最後に収録されているこの話に、涙を浮かべてしまったものです……
思えば、《赤鼻のトナカイ》を読んだ時に、SAOの虜になったのかも知れません。悲しいお話を好む私にドストライクでした。
原作を読んだ事がある方で同じ感想を抱いた方が、私の今話を読んで同じ事を思って下さっていれば、それは私なりに再現出来ている事なので、嬉しい限りです。
原作でほぼ出番が無かったサチとの絡みは、何も考えずに書いていた中でも出てきました。彼女しか救われていませんが……
今回のこれを機に、キリトは少しずつ変わっていく予定です。当初からの成長を頑張って伝わるよう描写していこうと思いますので、どうかこれからも本作をよろしくお願い致します。
では、次話にてお会いしましょう。
追記:えー、《赤鼻のトナカイ》の歌詞はまずかったので、申し訳ありませんがキリトの心情に差し替えさせていただきました。誠に申し訳ありません。