インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

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 どうも、おはこんばんにちは、黒ヶ谷・ユーリ・メリディエスです。

 今話はフィリア、ユウキ、シノン視点。樹海にてパワーレベリングをしている時の話――――と、サブタイ通りシノンについて。

 文字数は約一万八千。

 ではどうぞ。



第八十章 ~弓兵の闇~

 

 キリトとしか被っていないスキルを得ているというシノンの鍛錬のため、二人が《OSS試験場》という場所へと立ち去ってから暫く、リーファはソードスキル独特の感覚に慣れて発動を滑らかにする為に延々と反復練習を行い、剣道全国大会優勝者という凄まじい経歴を持つ彼女に促される形でユイちゃん、レイン、ルクス、わたしも素振りを行っていた。何度も何度も体に覚え込ませるように素振りをしていれば、咄嗟に動かなければならない時に滑らかに剣を振るえると聞いたからだ。

 ユイちゃんは本当に経験が無かったから、それに付き添う形ではあったが、今後の事を考えるとかなりためになったと思う。

 

「ユイちゃん、ちょっと訊きたい事があるんだけど、良いかな?」

 

 そんな事を考えながら一旦休憩にした時に、レインが隣で同じく休息を取っていた大人の姿のユイちゃんに話し掛けた。

 

「はい? 何でしょうか、レインさん」

「えっとね、キリト君達が行った場所って《OSS試験場》って言うみたいだけど、『おーえすえす』って何の事なの?」

 

 レインの問いは、あの二人が行った場所にある呼称についてだった。

 確かに気にはなっていた。ソードスキルの事を短縮して《SS》と言う時もあるし、スクリーンショットに関しても同じ略し方をするが、《OSS》なるものの略称を聞いた事はこれまでで一度も無い。レインから受けた薫陶もあって情報は出来るだけ集めるようにしているわたしが無いのだから、恐らく《ホロウ・エリア》特有の名称なのではとも思うが、システム面で設定されているマップ名にまで使われている略称はひょっとするとこれが初めてかもしれないと思うくらい珍しい。

 システム面で規定されている事なら、確かにユイちゃんに訊く方が確実と言える。

 

「ああ……OSSについてですか」

 

 その問いを受けたユイちゃんは、そういえば言っていなかった、という風に微苦笑を浮かべる。

 

「OSSとは、《オリジナル・ソードスキル》の略称です。平たく言えば自己流ソードスキルですね」

「自己流ソードスキル……つまり、動き全部を自分で設定出来るって事?」

「その解釈で合っています。ただキー曰く、OSS作成難易度は鬼畜らしいので、あまり期待はしない方がよろしいかと……」

「「「「き、鬼畜……ッ?!」」」」

 

 あのシステムスキル・システム外スキルの双方で化け物認定出来るくらい造詣が深く、幾つもの手段を組み合わせて他の追随を許さない域に至っている少年ですら『鬼畜』と評価する《OSS》とやらに、わたし達は声を揃えて絶句した。キリトですらそう言うのだ、システム外スキルを殆ど再現出来ないわたし達では一つも作れないのではとすら思える。

 キリトがそこまで言い切ったのは、OSSを作成するにあたる条件が厳し過ぎるかららしい。

 新規ソードスキルを製作する際には、当然だが既存のソードスキルと同様の動作は認識対象外とされる。無論スキル値が達していない、スキル枠から外しているなどで『現在使用不可』となっているものであれば話は別らしいが、困難を極めている原因は別にあった。

 そも、ソードスキルとはどういうものか。

 ソードスキルとは、各系統の武器ごとに登録された《技》の事で、内容は一撃必殺の単発攻撃から疾風怒濤の連続攻撃まで種々様々存在している。武器による通常攻撃と異なるのは、一度モーションを開始すれば、あとは技の出終わりまでシステムが最大速度でアバターを支援操縦してくれるという点。副次的効果として攻撃中は派手なライトエフェクトとサウンドエフェクトを伴い、技の使用者は自分が超戦士となったかのような快感を味わえる。そして魔法的要素を排している《ソードアート・オンライン》での目玉とも言える代物。

 これがソードスキルに関する情報だ。

 このソードスキルは既にモーションが定められているため、それから外れるような体移動をすれば、システムアシストが喪われて不発に終わり、技後硬直が課され隙だらけになってしまう。そこはOSSも変わらないらしい。

 ではOSSの最大の特徴は何かといえば、モーション全てが運営側であらかじめ設定されている既存の剣技では無く、プレイヤー自らが編み出して登録出来る事。通常攻撃での自分の連続技を、ボスにすら通用する一つの《技》へと昇華させられるのだ。

 しかしシステムに《OSS》を登録させるにあたり、キリトはその工程を『鬼畜』とすら言ってのけた。あのキリトが、だ。

 ユイちゃんの説明を訊いた限り、《オリジナル・ソードスキル》、略して《OSS》の登録手順は非常に簡単だった。まず《OSS試験場》へ移ってからウィンドウを開き、OSSタブに移動して、剣技記録モードに入って記録開始ボタンを押す。その後、心の赴くままに武器を振り回し、技が終わった時点で記録終了ボタンを押す。それだけらしい。

 しかし、自己流剣技がシステムにソードスキルとして認められるためには、非常に厳しい条件をクリアする必要があった。これがキリトの評価の根本だという。

 斬撃と刺突の単発技はほぼ全てのバリエーションが既存の剣技として登録済みなので、OSSを編み出そうと思えば、それは必然的に連続技にならざるを得ない。しかし、一連の動きに於いて、重心移動や攻撃軌道その他諸々に無理が僅かにでもあってはならず、また全体のスピードは完成版ソードスキルに迫るものでなくてはならない。

 つまり、本来システムアシストなしには実現不可能な速度の連続技をアシスト無しで実行しなくてはならないという、最早矛盾とさえ言える程の厳しい条件が課されているのだ。

 ソードスキルはリアルは勿論、この仮想世界でも中々再現出来ない程の威力、そして速さを持っている。威力に関してはシステムソードスキルに規定されているスキル特有のダメージ倍率があるから納得だが、速度に関してはそうもいかない。通常攻撃時の主体はプレイヤーアバターだが、ソードスキルを放つ際の主体は使用武器になるため、攻撃時の武器の重量感は天と地ほどの差もある為だ。極論前者は重く、後者は羽のように軽く感じるのである。

 そんな重い武器を、羽のように軽く感じる時の速度と遜色ない程の速度で振るわなければ登録されない。

 それは確かに『鬼畜』と言われても仕方ないだろう。恐らくだが既存ソードスキルのサンプリングに協力したという者達は通常攻撃と同様の速度で動作のデータ取りを行い、それをソードスキルへと昇華する際にシステムアシストで加速させただけだろうから、その楽な部分が全部取っ払われている事と同義なのだ。

 OSSを作成出来たら戦力アップは間違いないだろうが、それを敢えてわたし達に告げなかったのは作成出来ないだろうと踏んだからか、あるいはそんな時間も惜しいからか。恐らく前者だろうなと思った。

 

「そ……それは、確かに鬼畜難易度だね……」

 

 女性最強と謳われている【絶剣】ユウキすらもがそう言わざるを得ない難易度。キリトの意見だけでなく、彼女すらもが同意見だとすれば、本当に難しいのだろうと理解させられる。

 

「ええ。キーも一度経験したソードスキルの再現だけで精一杯のようでした。剣速はともかく重心移動で苦戦していたようですから」

 

 相当練習を繰り返したのだろうキリトの姿を思い出しているのかユイちゃんはどこか遠い眼で虚空を見る。その乾いた笑みから察するに、それだけ何度も挑戦しては失敗を繰り返していたのだと察せた。

 一先ずあれだ、わたしは挑戦するだけ無駄だろう。

 

「うわぁ……――――って、ん、んんっ?」

 

 わたしはOSS作成には挑戦しないぞ、と何とはなしに決心していると、隣で彼女の話を聞いていたレインが妙な声を洩らしながら首を傾げた。その様子に全員の視線が集まり、気付いたレインがびくりと肩を震わせる。

 

「レインさん、どうかしましたか?」

「あ、あー……えっと……今のユイちゃんの言い方だと、キリト君はOSSを作れたように聞こえるんだけど……」

「ええ、作ってましたよ。既存ソードスキルと同じ動きではありましたが」

 

 そのあっさりとした答えを聞いたやっぱりか、と頷いたレインは、直後にまた首を傾げる。

 

「……あれ。さっき既存スキルと同じ動きは出来ないって言ってなかったっけ」

「習得しているソードスキルは、ですね。現在使用不可なものなら再現可能なんです。『既存』という判定基準はシステムの登録では無く、プレイヤー個人の習得状況の事を指しますから。なのでデバックでキーのステータスを戻す前に作り終えていましたね……まぁ、既存スキルと同じ動作のものを作成したところでメリットはあまり無いのですが」

 

 そう苦笑しながら、ユイちゃんはレインの疑問に答えるように、またOSSについて語り出した。

 キリトが独自の動作では無く、既存スキルと同じ動作のOSSを作成したのは、スキル値低下を受けて未習得となってしまったソードスキルを使えるようにする為だった。

 それが出来たのは、OSSの最難関と言えるハードルをクリアする方法に合致していたから。幾度も幾度も気が遠くなる回数の反復練習を行い一連の動きを脳のシナプスが完全に覚える事、それがクリア方法。今まで幾度も既存スキルとして使って来た技の動作をコンマ一秒単位まで完璧に把握しているからこそ再現出来たのだという。

 そしてユイちゃんの言う『OSSのメリット』とは、OSSシステムに付随する《剣技伝承》というシステムにあった。OSSを編み出す事に成功した者は一代に限って技の《秘伝書》を他者へ伝授出来るというシステムだ。

 これを用いれば、極論再現された二刀のソードスキルをレインが伝授してもらう事で《二刀流》のパッシブスキルは無いものの、《二刀流》と遜色ないソードスキルを放てるようになるし、スキル値が達していなくて放てない技を習得出来るという事になる。例えばキリトやユウキがメインで使っている《片手剣》スキルの再現OSSをシリカやサチのようにサブの為にスキル値が高くない者へと伝授すれば、パッシブの差を除いてほぼ同等の戦力になるという訳だ。

 無論作成するまでが一苦労どころでは無い苦難となるためその目論見が成功する事はほぼ無いと思うが。だからこそユイちゃんは『メリットはあまり無い』と言ったのだろう。

 

「ねぇ、それなら二刀流のOSSってあるのかな。わたし、キリト君が使ってたソードスキルを使いたいんだよ、ネームドを相手する時は一本にしないといけないから」

 

 子供のように嬉しそうで、わくわくしている顔でレインが言うと、微笑んでいたユイちゃんは徐に右手を振ってウィンドウを呼び出し、何やら操作を始めた。それを見守っていると、すぐに彼女の手の中に軽く十以上はある丸められた羊皮紙の束がオブジェクト化した。

 

「実は私、リー姉との朝の鍛錬が始まる前にキーから《秘伝書》を預かっています」

「え……ええっ?! キリト君、そこまで予想してたの?!」

「と言うよりは戦力アップを目的にしていたと思いますよ。初めて会った時点で二刀を志していたレインさんの方が二刀流の経験は長いですし、二刀スキルの威力は既に周知の通りですからね、その使い手が二人居るというだけでも戦力としてかなり期待出来ますから……とは言え、OSSについて訊かれるまですっかり忘れてしまっていたのですが」

 

 ふい、とばつの悪そうな表情で顔を逸らしたユイちゃんの言葉に、思わず苦笑を洩らしてしまう。それではキリトの思惑が台無しではないか。

 その後、彼女から《秘伝書》を受け取り《二刀流》の再現OSSを習得したレインは、それを体に馴染ませる為にどこか興奮気味にソードスキルの反復練習を始めた。『二刀でソードスキルを放てたら良いのになぁ』と何度も言っていたから、それが叶って嬉しいのだろう。

 暫くそれを見守っていると、ナンを肩に乗せたキリトとシノンが試験場から帰って来た。八時頃に終えると言っていたがそれより三十分ほど早いので、どちらかの集中力が保たなくなったか、あるいは早く終わるほど実りのある鍛錬になったのかのどちらかだろう。どことなくシノンの表情が暗い事から察するに前者な気もする。

 その彼が、二刀OSSの練習をしているレインを一瞥し、それからユイちゃんへと顔を向ける。

 

「頼んだ通りに渡してくれたみたいだな」

「ええ、しっかり渡しましたよ」

 

 何となくさっきまですっかり忘れていた事を隠したまま笑顔で言う彼女に少し悪戯をしたくなったけど、思いっきり揶揄われていたユウキの例もあるし、やめておく事にした。痛いしっぺ返しを喰らいそうでちょっと怖い。

 言わないで下さいね、と眼で伝えてきているのもある。顔はにこやかなのに眼が笑ってないので本当に怖い。

 

「それにしても予定よりも速かったですね」

「シノンのセンスがかなり良いのもあって思った以上に捗ったんだ、だから休憩時間を長めに取るつもりで切り上げた。あと、微妙に集中力が切れ始めてたんだ、それで続けても効率は良くないから」

「っ……」

 

 キリトが最後に付け加えた言葉に、どこか影を感じさせる表情で黙り込んでいたシノンが小さく肩を跳ねさせた。唇を噛んで僅かに眉根を寄せている様子から悔しがっているように見えるが……

 

「ボクとしてはキリトとの摸擬戦で一時間も集中力が保った事を褒めたいんだけど、集中力が切れるって、どれくらいの難しさでやってたの?」

「俺と接近戦して、あとは矢を秒間五発くらいの速度で放ってたかな……それを一時間くらい続けた」

「むしろよく一時間も保ったねシノン……」

 

 ユウキの問いに答えた内容を知って、彼女は戦慄の表情でシノンを見遣った。彼女の実力を考えてある程度手加減はしていたのだろうが、一秒の間に五発以上も矢が飛来してくるのはかなり恐ろしいし、接近戦だとキリトの実力的に負けるのは確実。

 そんな状態で一時間もぶっ続けられたのなら、それはシノンの集中力を褒めるべきだと思う。多分並大抵の戦闘では音を上げないくらい鍛えられている。

 シノンはユウキの言葉を聞いて、仄かに笑みを浮かべた。

 

「そう言ってくれるのは嬉しいわ。でも、まだまだなのよね……」

「いや、そりゃあ一年半もの経験を一ヵ月足らずで埋められたらねぇ……」

「そうなったら多分俺泣くよ……」

 

 一年半以上もの間ずっとトップを走り続けている【絶剣】と【黒の剣士】の二人が、シノンの強さへの向上心と集中力が保たなかった事への悔しさに対し、前者は苦笑を浮かべ、後者はどこか呆れたように言う。

 

「まだ始めたばかりの段階なんだし、無理したら却って逆効果だよ。少しずつ慣れていけばいいんだ」

「……ええ……分かってる…………分かってるわ……」

 

 落ち着かせるようにユウキが言うものの、シノンの表情はまだ暗い。これはかなり深刻そうだ。

 それを理解しているものの、恐らく落ち込んでいる原因であろう自分にはどうしようも出来ないと判断したらしいキリトは、二刀OSSの練習を続けているレインの下へと近付いて行った。恐らくアドバイスか何かをするつもりなのだろう。

 その彼の後ろ姿を、シノンはどこか、捨てられた子供のような顔で見詰めていた。

 

「……予想以上にシノンさんのメンタルがピンチですね……」

 

 彼女の様子を見て、大人の姿になって怜悧さが増したユイちゃんが頬を引き攣らせ、たらりと冷や汗を流しながら言った。MHCPである彼女がそこまでの反応を見せるのだからそれだけ彼女が精神的に追い詰められているという事だろう。

 何故かは知らないが強くなろうと求めているシノンも、リーファやユウキのようにキリトに惚れているようだし、彼が死んだと聞いた時の喪失感と自身がその一因となった事に対する絶望感で参ったとしてもおかしくない。奇蹟的に生きていたという喜びは勿論、もう二度と喪いたくないという想念があるのも必然。弟子である彼女にとっては、少しでも自分の欠点を指摘される事が恐ろしくて堪らなくなっているのだろう。

 ユウキが言ったように、むしろ褒められてもいいくらいだというのに。

 そもそもの話、リーファと同様にシノンも後から巻き込まれた者。強くなるためという目的があるにせよ、自ら率先して力を付け攻略組に入ろうと努力している時点で称賛されてもおかしくないと思う。現に攻略組に匹敵するレベルと実力があるとされるわたしとレインは入らず、トレジャーハントや生産職としての道を優先しているのだ。少なくともわたし達よりも立派というのは確かである。

 

「大丈夫かな、シノンさん……」

「どうでしょう……過去に何があったかは知りませんが、キー程では無いにせよ強くなる事に対する執着は相当なものです。今は強くなる為の支柱、心の支えとなるものが揺らいでいるのかと……過去の経歴にもよりますが、下手するとキーに依存しかねません」

「かと言ってキリトがどうアプローチしても、シノン自身の問題だから変わらなそうだよね」

「恐らく……」

 

 結局シノン自身の問題なのだから、キリトがどう動こうとも大して変わらない。あまり離れすぎてもダメだが、逆に近付いて優しくし過ぎてもシノンが依存してしまうようになるから、彼女の為にならない。そう考えてキリトは敢えて距離を測っているのかもしれない。

 置いて行かれたくない、捨てられたくない、認められたい。そういう欲求は恐らくキリト自身が最も理解しているだろうから。

 シノンの行く先に対し不安を抱くわたし達は、二刀流での戦い方に関して盛んに意見交換を行うレインとキリトの二人を不安げに見つめるシノンを、樹海へ下りる時間ギリギリまで見守り続けた。

 

 ***

 

 キリトが作った《二刀流》の再現OSSを伝授してもらったレインはそれを練習し、彼がそれを監督し、シノンがその彼の姿を不安げに見詰め、ボク達がそんな彼女の事を案じるという奇妙な構図は、午前九時手前まで続いた。樹海に下りる前までレインとキリトは鍛練に明け暮れていたという訳だ。

 時間が近くなったのを契機にレインの鍛練を止めたキリトは、樹海へ転移する為のコンソールの前にボク達を集め、これからどう動くかを説明し始めた。

 

「幸いレインとフィリアが大半をマッピングしてくれているから、樹海の探索は正直二人が話した大神殿最奥の扉を開ける事が目的となる。恐らくその先に別のエリアへと移動する為の手段が得られる筈だ。だから今日は扉を開ける為の手掛かりを探そうと思う」

「えっと、レイン達の話だと大神殿は二回探索したけど空振りで、次は西の回廊神殿が怪しいんだったっけ」

「うん、そうだよ。大神殿から西の回廊神殿と、そこを抜けて更に西にある研究所跡地が怪しいと思う。人工的な建造物が如何にもっていう感じだし」

「それにマッピングした時は安全性を優先してたからわたしとレインだけじゃレベル的に敵わない敵がいるそこは極力避けてた。でも今はキリトとユウキが居るから、まだ何とかなる」

 

 ボクの確認に、レインとフィリアがそれぞれ答えた。確かにレベル100~130近いのがウヨウヨいる回廊なんか好き好んで通る人は居ないだろう、それが騎士型という場合によっては上位ソードスキルまで使ってくるMobが相手なら当然だ。

 それを聞いたキリトは口元に手を当てて思案顔になる。

 

「……なら午前中はリーファ達のパワーレベリングに充てて、午後から本格的に探索にしよう。皆、それで良いかな」

 

 キリトのその提案に否を唱える人は誰も居なかった。

 

「じゃあリーファ達は三人でパーティーを組んでくれ。ユイ姉はユウキ達とで四人パーティーだ」

 

 続けて指示されたようにボク達はパーティーを組む。イネーブルーカーソルで戦闘参加型のNPCとして認識されているユイちゃんがパーティー加入申請を送って来たので、それを承諾する形で四人パーティーを作る。

 既にパワーレベリングの段取りは説明されている。パワーレベリングをする三人でパーティーを組み、出来るだけキリトやボク達で相手の攻撃を阻みつつ、基本的にラストアタックを彼女達が取る方法を繰り返していくのだ。

 ネームドMobやボスモンスターだと複数パーティーのレイドでも経験値が戦闘貢献度に応じて配分されるが、フィールドをうろついている通常MobはLAを取った者が所属するパーティーが全て取っていく。この配分の仕方なので得物の横取りはマナー違反とされるのだが、今回はそれを敢えてする事で三人のレベルを一気に上げていくという方針だ。

 《アークソフィア》から《圏外》へ人が出ないようにマナーレス行為である《ブロック》――《圏内》コード適用時は他者の行動で意図的に移動させられないという制限を使っている――を利用したり、こうして横取り行為をパワーレベリングに使ったり、つくづく薬と毒を上手く使い分けていると思う。発想がとても柔軟だ。

 リーファ達のレベルがボク達と同じくらいに上がれば一緒に探索したり、あるいは《アインクラッド》で《攻略組》の仲間入りを果たす予定だが、その辺は本人達の意志を尊重してかキリト自身が指示するような事はまだ無い。切羽詰まったらするのだろうが、命が懸かった戦いへ無理矢理行かせても戦力にならないと理解しているからだろう。あるいは行かせたくないと思っているからか。

 本当は危険な戦場へ行かせたくないのかリーファとシノンに一瞬だけ微妙な顔をキリトは向けたが、すぐに踵を返し、コンソールに向き直ったため錯覚だったかとすら思えてしまう。

 

「転移するぞ。皆、準備は良いな?」

 

 樹海へ転移する準備が整ったようで、肩越しに顔だけ振り返らせて最後の確認をされ、ボク達はこくりと頷いた。

 それを見て、キリトは正面にあるウィンドウを人差し指でタップし、ボク達は一斉に蒼い光に包まれた。

 

 *

 

 ブブブブ、と高速で翅を震わせて滞空するレベル105の巨大な蜂型モンスターが、尾先にある尖った毒針を突き出す。

 それを、正面で戦っていた一人の少女剣士――――ルクスが、右手に持った片手剣を翳し、その刀身に滑らせ、軌道を逸らす。レベル差によるステータスによって僅かに後方へ押しやられ、削りダメージでHPが防御の上でも三割削られるが、それでもしっかり軌道を逸らしてのけた。

 鳥型や蜂型を始め、空を飛ぶモンスターは基本的に攻撃後の隙が大きく、一度体勢を崩すと立て直すまでに時間が掛かる点が共通する特徴。種類によってはそうではない場合もあるが、基本は攻撃後にパリィで体勢を崩す戦法がセオリーとされる。

 その際に注意点となるのが防御では無く攻撃の軌道を逸らすこと。防御で真正面から受け止めると、その反動で立て直してしまうからだ。だから体勢を崩すには一度相手の攻撃をあらぬ方向へ逸らさなければならない。そうすると攻撃が空振り、体を振り切ってしまう為に隙が生まれるのだ。

 

「せやぁッ!」

 

 七十層台でも活動出来るレベルのルクスもそのセオリーは分かっていたようで、針の根元に刃が来たところでルクスは大きく剣を振り上げ、蜂の体勢を大いに崩す。

 

「リーファ、スイッチッ!」

「了解ッ!」

 

 彼女はそこですぐに交代の合図を出し、何時でも動けるよう控えていたリーファがソードスキル特有のライトエフェクトを剣から迸らせつつ突進する。その輝きは淡い翡翠色、その色で剣を右から左へ振るう構えの突進技となれば、彼女が選択したソードスキルは恐らく《ソニックリープ》。

 そして数瞬後、予想違わず袈裟掛けにリーファは剣を振るった。その翡翠の一閃は狙い過たず蜂型Mobのクリティカル確定ポイントである頭部を捉えており、彼女のステータスを考えれば破格のダメージ――約四割弱――を叩き出す。斬撃に対するダメージカット率が低い上にHP量も全Mob種族の中で低めゆえのダメージ量だろう。

 

「ルクスさん、スイッチッ!」

「任せてくれッ!」

 

 《ソニックリープ》の突進で蜂の背後へ抜けたリーファが技後硬直で動けなくなりながらも交代の掛け声を出し、下がったばかりのルクスがまた蜂の前へと踊り出る。

 彼女達のパーティーの中で最も高レベルであるルクスは当然スキル値も高く、それに比例するように高威力のソードスキルも使える。そんな彼女が選択したソードスキルは蒼白い輝きを迸らせ、袈裟掛けに斬り付ける技。色合いと初撃の斬り付け方は《ホリゾンタル・スクエア》に似ているが、二撃目が右薙ぎだったため、最上位の十連撃スキル《ノヴァ・アセンション》と判断する。

 三撃目が左斬り上げだったためにその判断は正しいと確信する間も彼女は怒涛の勢いで斬撃を重ねていき、最後の強烈な刺突で蜂を突き飛ばす。

 かなりの大ダメージになった筈だが、惜しい事に相手のHPはまだ一割ほどがギリギリ残っていた。

 それを見て気を抜かずに蜂の隙を見付けようと警戒する二人だったが、動きを見せるよりも前に飛来した一条の閃光が蜂を射抜いた。その一撃でHPは全損し、蒼い結晶片へと蜂は散る。

 続けて戦闘終了の合図でもあるリザルト画面が表示され、リーファとルクス、そして最後に《ウィークネスショット》でトドメを刺したシノンの頭上に金色のフォントで《Level up!!》と浮かび上がる。

 

「ああ、またレベルアップしたようだ、93になったよ……――――今までの苦労は何だったのだろうか……」

 

 《ホロウ・エリア》でのパワーレベリングを始めてから早一時間。

 その間に倒したモンスターの数は今のを合わせて丁度三十体目となったが、それだけでもパーティーの平均レベルや彼我のレベル差によるボーナスが大きく掛かっている為か、今まで見た事も無い勢いで三人はレベルアップを繰り返していく。開始した時点でレベルが78だったルクスでさえ最初は一体倒しただけでレベルが3も上がっていたのだから、そのレベル差ボーナスの倍率がどれだけ大きいか分かるだろう。

 そんな今までの努力が馬鹿らしく思える勢いのレベルアップに、色々と理屈も分かっているし、逆にこれくらいでなければ生きられない世界に居るという不遇を考えれば素直に喜ぶべきなのだろうけど、それでもやるせない思いに駆られるのか、彼女は乾いた笑みで虚空を見た。

 

「あはは……えっと、あたしは88になりました」

「私は87」

 

 続けてリーファとシノンがレベルアップ後の数値をキリトへ宣告する。シノンは鍛練中に、リーファはレインの鍛練指導の合間に経験値増加装備を受け取っているらしいので、思った以上に速く高レベルに達した。

 ちなみにこの一時間、ボク達もずっと黙って見ていた訳では無い。彼女達が三対一の状況に持ち込めるよう基本四、五体で群れを成しているモンスター達を残り一匹になるまで一掃していたため、それなりにレベルは上がっている。

 此処に来た時にはレベル90だったボクは、今はルクスと同じ93。レインとフィリアはヘイト管理の時間や与ダメージ量の関係でボクより僅かに劣っていたのか92。

 ユイちゃんはキリトのステータスをコピーしているため、レベルアップは一度も無かった。しかし最初は初心者同様の拙さがあったのに今では中級者上位、上級者下位レベルにまで戦闘技術が育っているため、数値では決して分からない部分で成長している。このまま成長し続ければボクやアスナと十分渡り合える域に達するだろう。

 

「むー……」

 

 そして、彼女達のレベルを聞いたキリトは、非常に複雑そうな顔をしていた。

 彼の心境はとても理解出来る。何せこの一年七ヶ月もの間、彼はほぼ毎日最も危険ながら経験値効率の良い最前線のポッピングトラップを踏み続け、誰よりも経験値を得て来た剣士。レベル上げやスキル上げの為ならばどれだけ辛かろうと努力を惜しまない日々を送って来た。

 それがたった一時間で、レベル三十台の二人は九十台に迫っている。

 これはやるせなく思っても仕方ないだろう。ルクスよりも遥かに高レベルだっただけに、今までのレベリングは何だったのだろうと思い返しているに違いない。

 

「……もう最前線でも通用するレベルになるなんて、流石に予想外過ぎるだろう……」

 

 流石のキリトもこのレベルアップ速度は予想外だったようだ。確かに今まで七十ものレベル差でのパワーレベリングを敢行した事は無いのだから予想出来なくて当然である。

 

「……一旦管理区に戻ろう」

 

 憮然として複雑な表情を浮かべているキリトはそう提案した。

 それにボク達は小首を傾げる。レベルがある程度高くなったから休憩を挟むのなら分かるけど、何故わざわざ管理区へ戻るなどと言ったのか、その意図が掴めなかったからだ。

 

「キリト、どうして管理区へ?」

「予定を前倒しして樹海探索にする、そっちの方が効率は良い……だから三人の装備を見繕う。今は俺の《ⅩⅢ》に登録されてる武器を使ってるけど自前の方が良いだろうし、防具の方は出来るだけ良い物を拵えておかないと《攻略組》としても参入は難しい」

「「「「「ああ……」」」」」

 

 ボクの問いに対する返答を聞いて、全員で納得の声を洩らす。

 確かにレベルが上がり始めた頃から彼女達の武器――リーファとシノンの剣――の耐久値が減り始めたため、途中からキリトの武器を借りて使っていた。シノンの場合は弓を主体としているため借りなかったが、やはり短剣を用いた近接戦も出来るようにしておかなければならない。その為に彼は三人の武具を新調し、ボク達と同じくらい渡り合えるようにするつもりのようだった。

 

「うーん……」

 

 そう納得していると、腕を組んだレインが小首を傾げながら唸り始める。何か思い悩んでいるようで、キリトを始めとして全員の視線が彼女に向けられる。

 

「どうした?」

「えっとね……わたしがリーファちゃん達の装備を作っている間にキリト君はフィリアちゃんとユイちゃんとこっちに残って探索を続けた方が、効率は良いんじゃないかなぁって思って。丁度わたしとキリト君でマスタースミスが二人いる訳だし、どっちも戦闘出来るからね」

「む……」

 

 レインの思い付きを聞いたキリトは、一考に値すると判断したのか眉根を寄せて悩み始めた。

 キリトとレインのどちらもがマスタースミスであり、《二刀流》剣技の使い手でかなりの熟練者であるため、確かに片方が残って探索を続けた方が効率としては良い。そこまで深入りはせず、目星を付けるくらいなら危険も少ないだろう。

 何よりキリトは一対多という状況に馴れているから余程の事態が来るか仲間がピンチにならない限り、基本的に負けはしない。問題があるとすればこちらに残るメンバーの方なのだ。

 そこまで考えて、あれ、とボクはふと気付く。

 

「レイン、今の話だとボクも管理区に行く事になるの?」

 

 それは残る方にボクが入っていない事。ボクの装備は剣こそバグ化の影響で性能が下がっていると言えど、それでもリズが鍛えてくれた最前線で通用する一級品、最大強化までしたこの剣の性能も実はエリュシデータ以上。最大強化でもエリュシデータは七十五層の戦いで既に限界を迎えていたが、ボクの愛剣はまだ戦えたから。だから性能が若干低下しても、まだまだ使える余地があるため、今のところ持ち替えを要求されていない。

 それ以前に今のボクはキリトから借り受けた――本人は譲ったと言っている――漆黒の片手剣エリュシオンを使っている。現存する全ての武器で最も高い性能を誇るこの剣がある以上、自分は武器の持ち替えなど必要無い。

 それなのにボクも管理区へ戻るのかと思って問い掛けると、レインは仕方ないなぁと言いたげな微苦笑を浮かべた。

 

「あのね、あの転移門は紋様持ちしか開けないでしょ。この中だとアレを開けるのはキリト君とユイちゃん、そしてユウキちゃんの三人だけ。ユイちゃんはキリト君と一緒の方が良いし、管理区へ戻る方に入ってもちょっと不安が残る。キリト君が戻ると、今度はこっちに不安が残る。それなら経験豊富なユウキちゃんが一緒に来てくれた方が一番双方のバランスが良いと思うんだ」

「なるほど……そういう振り分けだったんだ」

 

 一対多に馴れているとは言い難いが、それでも女性最強と謳われる実力は伊達では無いと自負している。それを買ってくれている事に少し嬉しくなった。

 それでボクは納得し、特に反対意見も出ないようだった。どちらにせよ最終決定はキリトなので彼に顔を向けると、彼はまだ複雑な表情を浮かべていたが、すぐに苦笑をへと表情を変える。

 

「個人的にはリーファ達の武具は俺が用意したかったんだけど、それはまたの機会にしよう。どのみち携帯炉で作ったところで大した性能にはならないし……」

「そっかぁ……あたし、ちょっと期待しちゃったんだけどなぁ。でもまぁ、何時か作ってね」

「うん、約束する」

 

 キリトがリーファの頼みに笑顔を浮かべて応じると、彼女は満面の笑みを浮かべて彼の頭をくりくりと撫で回す。それにキリトは満足そうな笑みを浮かべ、身を委ねる。

 

「……むぅ……」

 

 その光景を見て、とても面白くないと思った。

 キリトが幸せそうに笑う光景はとても良いけれど、でもその笑顔を向けられているのが自分では無いという事がとても面白くない。もっと言うと気に喰わない。流石にこの姉弟の触れ合いを邪魔するほど自分も盲目してないから我慢するけど、それでも不満なものは不満だ。

 チラリと、恋敵というライバルであるシノンへ視線を向ければ、彼女もまた不満そうにしていた。

 その彼女を見て気になったのは、彼女の眼に、どこか怯えも含まれているようにも見えた気がした事。不満で苛立ったのだとすれば納得はいくが、怯える理由が分からず、内心で首を傾げる。

 少し前からシノンの様子がどこか妙に思えるから気に掛けておこうと決めたボクは、取り敢えずキリトの頭を撫でてご満悦そうなリーファの首根っこを掴み、彼から引き離す。

 そうすると不満そうに見て来たので、こちらもまた不満を顕わに見詰め返す。

 

「一応警戒しているとは言えここ《圏外》だから、程々にね、リーファ」

 

 それは至極尤もな理由ではあるけど、勿論本音は別にある。

 

 ――――これ以上ライバルの前でイチャコラするな。

 

「ご、ごめんなさい……」

 

 その意志を持って見詰め、笑顔で至極尤もである建前を口にすると、流石にやり過ぎたと思ったのかリーファは頬を引き攣らせ、小声で謝って来た。

 気持ちは分からないでも無いが、実際《圏外》でそれをするのは危険だから辞めて欲しい。ついでに理性を押さえるのが辛い。その笑顔を見ると無性に抱き締めて撫で回したくなってしまうのだから。

 ……キリトニウム欠乏症と名付けようか、この衝動。

 

「……?」

 

 そしてキリトは何故ボクが苛立っているのか、リーファが小声ながら謝罪したのか分かっていないようで小首を傾げて見せる。取り敢えずそれで癒されたけど、こういう事に疎いのは相変わらずなのかとも思った。

 まぁ、疎いからこそ今まで頻繁に抱き締めたり撫でたり出来たのだろう。

 ただ疎い間はこちらの想いに気付いてくれないけど触れ合いを多く行えて、気付かれたら多分羞恥で触れ合いの機会が少なくなると考えると、前者は哀しい上にもどかしいけど後者は嬉し恥ずかしいけど寂しいのでどっちが良いとは選べそうにない。

 

「……あの、指針が決まったならいい加減に動きませんか? あまり長らく留まっていると倒したMobがリポップしますし……」

 

 リーファの首根っこを掴んだまま物思いに耽っていると、流石に呆れた様子のユイちゃんがそう言って来た。

 それを受けて手を離し、リーファを解放する。とは言ってもボクも彼女もレインを筆頭とした管理区へ戻る組なので、来た道を戻る側に一緒に居るのだが。

 

「じゃあ管理区に戻って装備を作って来るね」

「任せた。本格的な探索は午後に回すから、昼頃までこっちは目星を付ける程度にしておく。装備が出来ても管理区から動かないでくれ」

「りょーかい!」

 

 レインがびしっ、と敬礼するように手を翳して応じたのを見て、キリトは穏やかな微笑みを見せ、それから踵を返す。短剣ソードブレイカーを携えたフィリアと細剣を携えたユイちゃんも一度手を振ってから彼の後を追う。

 

「さて、じゃあ急いで戻ろうか!」

 

 彼らを見送った後、レインはこちらに振り返って笑顔で言った。

 

「うん!」

「分かったよ」

「分かりました」

「ええ……」

 

 レインの号令に応じる声で、やはりシノンの声音だけが一際沈んでいるように感じた。

 これは早々に手を打たないとマズいかもと、さっきよりも優先順位を一つ上げつつ、レインの後に付いて行った。

 

 ***

 

 レインとユウキというSAO屈指の実力者達に護衛される形でリーファとルクスを含めた五人で管理区へ戻った後、レインは早速私とリーファ、ルクスの三人が持っていた片手剣と短剣を集め、それをインゴットという金属の延べ棒へと鋳潰し、そこから新たに武器を精錬する作業へと入った。

 その間、リーファは暇だからと言ってOSS試験場へと鍛練に向かい、ユウキもOSSの作成に挑戦する為にそれに同行。ルクスは技術面でも実力がある二人を観察して学ぶ為に、やはり二人に同行した。

 そのため管理区に居るのは、隅の方で携帯炉から出した赤々と熱されたインゴットへ一所懸命にスミスハンマーを振るうレインと、その反対側で手持ち無沙汰気味に弓を弾くいている私だけ。

 最初は邪魔になるかとも思ったのだが、鎚を振るい始めると集中して周囲の事が意識から外れるから余程煩くしない限りは大丈夫と言われたので、管理区で弓を弾いていた。

 

 ――――何故、こんなにモヤモヤしているのだろうか。

 

 無限に供給される矢を矢筒から取り出し、弓に番え、狙った場所へと射る訓練を延々と繰り返している間、幾度となく繰り返したその思考。問いに対し、明確且つ満足のいく答えを出せない為のループしている自問自答。

 切っ掛けは分かっている。今朝キリトが予定よりも早く鍛練を打ち切った時からずっとこのモヤモヤした想いを抱ている。

 でも、その原因が分からない。

 今まで抱いた事が無い感情や思考だから答えが分からない。イライラでは無いのは確かだ、それはこれまでの人生で幾度と無く覚えて来た感情と思考だから。

 では呆れているのだろうか。

 それも違うと思う。そもそも何に呆れるというのか。私の集中力が切れ始めていたのは事実だ、つまりキリトの判断は間違っていないという事だし、私が彼に対し呆れを抱ける事は殆ど無い。あるとすればその行き過ぎた自己犠牲精神くらい。

 ああ、あと自覚が無いシスコンぶりくらいか。見ていて微笑ましいから止めはしないけど、さっきリーファがしていたように頭を撫でているのを見ると――――

 違う。キリトが笑顔を浮かべているのを見ると――――

 これも違う。だってキリトが笑顔を浮かべているのは、私の楽しみの一つになっているのだから。

 

 ――――だから、きっと……そう。キリトが、私以外に笑顔を向けているのを見る事が、私は辛いんだ。

 

 ――――そして、怖い。キリトが私を見なくなったように思えてしまう。

 

 それは、鍛練を終えて私に背を向け、コンソールへと歩き出したキリトに抱いた、あり得ない妄想。真剣に向き合ってくれるキリトが私に呆れ、どこかへ行ってしまうのではないかという恐怖心から作り出された更に連なる恐怖。

 あの日から、私のせいでキリトを死なせてしまったと自責し続けてきた私が抱いた、キリトが居なくなる事への恐怖心故の恐怖。

 キバオウとその手下が私とリーファを捕えた事には間接的にキリトが関わっているけど、それで彼を責めようなんて思っていない。私はリーファの足を引っ張って、私が人質にされたばかりに彼女も投降し捕まらないといけなくなったのだ、むしろ私は彼に責められるべきだ。

 大切な義姉が傷付いたのはお前のせいだと、彼に責められてもおかしくない。

 自分が犯されたのはお前が足を引っ張ったからだと、彼女に責められてもおかしくない。

 それなのにこの三日間、ずっと寝食を共にしたリーファすらもが責める事無く、逆にそう自責する私の思考を否定し、慰めようとしてくれた。

 確かに、仮想世界とは言え経験の上では私はハジメテを喪ったが、それはリーファとて同じ事。足を引っ張った事を考えれば私はそれに対して哀しむ事すら許される筈が無い。それなのに彼女は責める事が無い。

 キリトは私達が囚われた事情に関して知らないから何も言わないのかもしれない。知らなければ何も言えないのだから、それも当然だと言える。

 なら話してしまえばいいのだ。責められたいなら、正当な怒りを向けられたいなら、不当に怒りを避ける事を許したくないなら、私は彼に自らの罪を明かせばいい。幸いリーファも居るから真偽の程は彼女には知れる。つまり嘘なんて吐けないし、彼女がどう思っているかも知る事が出来る。

 

 ――――でも、私はそれをしていない。

 

 キリトとの鍛練の時、しようとも思えばそれは出来た。

 けれど現在に至るまで私は明かしていない。

 何故なら、あの日からおよそ四年が経とうとしている現在までで、親類縁者を含め初めて寄り掛かれるくらい信用出来る相手を喪いたくないという、自分の我が儘があるから。私の素性について一切知らないのに本来他人に知らせる訳にはいかない筈のホームに案内し、衣食住を提供し、指導までしてくれた彼から離れたくないという、醜い欲があるから。

 嗚呼、そうだ、きっと私は彼に依存している。

 思えば、この世界に来て最初に彼と対面した当時、私は無自覚ながら記憶喪失だった。目を開けたら彼の顔が目の前にあった。

 もしかしたら私は、チェーンクエストを受けて瀕死に陥った時にはギリギリのタイミングながら颯爽と助けに駆け付けてくれた時に惚れたのではなく、この世界に来て初めて会った時、無意識部分に刷り込みがあって、依存を恋愛感情と勘違いしていたのかもしれない。あの恋愛感情と所有欲とを履き違えていた鍛冶師グリムロックのように。

 それでもひょっとしたら本当に恋愛感情があって、依存と共存しているのか。

 これまでここまで誰かを信用し、離れたくないと思う程に執着した事が無かったから、どうなのか分からない。自分が抱いた感情が本当に恋慕のものなのかも定かでは無くなった。

 かつて私が抱いた感情が嘘だったとは思いたくない。ずっと前から好意的には思っていたし、助けてくれた時にはとても嬉しくて胸が高鳴ったのは覚えている、あの蕩けるような笑顔に堕ちた時の事は鮮明に思い出せる。

 

 でも、けれど、それらが過去の罪悪感から逃れる為の、精神的な避難所――――依存でしかなかったら?

 

 それはキリトを侮辱するに等しい。真剣に想いを寄せているリーファとユウキに対しても失礼だ。

 恋愛を依存の為の手段にするなんて、相手の事を完全に無視している自分本位な醜い行いだ。

 そして私は、自分が抱いていた感情がどちらなのかも分からなくなっている。分かっているのはキリトが自分から離れたり失望される事が嫌で、モヤモヤしている事が恋情から来る嫉妬という感情である事。

 嫉妬なんて、依存か本当の恋情かも分かっていない私が抱いていいものでも無いだろうに。

 

「ふ、ふふ……アはっ……」

 

 自己嫌悪していると、ふと笑声が漏れた。面白い事なんて何も起こっていない筈なのに、何故だか笑ってしまう。

 それでも、すぐにその原因が分かった。

 これは……自分の愚かさを、嗤っているのだ。

 

「嗚呼……本当に、嫌になる……」

 

 前々から、私は自分の事が好きでは無かった。嫌いと言っていいくらいだった。ただ惰性のまま学校に通って、ご飯を食べて、勉強をして、友達付き合いなんて無く図書室などで読書をして時間を潰すという日々を送り、慢性的に大人へと進んでいく、それだけの人間だった。

 自殺しようと考えなかったと言えば嘘になる。父を亡くした事で精神的に幼い時分へ戻った母を守らなければという義務感と、祖父母の触れ合いのお陰だろう。

 でも、今は矢鱈と自分の事が嫌になる。今すぐにでも消えてしまいたいと思えるくらい。

 それでも私は、キリトから離れたくないと思っている。責められるべきだと考えているのに、それは嫌だと感情が叫んでいる。

 その矛盾に更に自己嫌悪。延々と続く悪循環で、自己嫌悪は更に深くなる。

 

 何もかも無視して彼の寛容さに溺れたい。

 

 キッチリ罪を清算しなければならない。

 

 あの少年への想いが本物であると信じたい。

 

 あの少年へ想いを向けるのは許されない。

 

 彼から離れたくない。

 

 私のせいで人殺しをさせてしまったのだから離れなければならない。

 

 そんな言葉が脳裏で交互に響く。楽な方へと向かわせる甘美な誘いと、冷たく冷徹な責める声とが交互に響く。

 リーファが聞いたら、きっと昨日彼にしたように私の思考を傲慢と言い、何様だと責め、叱責するだろう。彼女も私と同様に弱かったという点で言えば確かに全てが私の責任では無いだろう。もっと言えば、アレはキバオウ達自身が悪いのだと言うだろう。

 でも、それでも、この思考を止められなかった。今ならキリトの思いが少し分かる気がした。

 番えて射る矢が狙った位置へ飛ぶ事は、キリト達が帰って来る昼時になるまで結局一度たりとも無かった。

 

 





 はい、如何だったでしょうか。

 キリト死亡(偽)の報を聞いたのにリーファとシノンのダメージが思いの外小さいと思った人、それは些か早とちり。見える傷より見えない傷の方が厄介です。シノンの場合は溜め込む方なので尚更です。

 本作のシノンは原作よりも割かし内罰的、特にキリトに迷惑が掛かった(かもしれない)案件だと顕著。

 それは、原作はGGOの《バレット・オブ・バレッツ》という大会で自力で強くなれる機会があったのに対し、本作現段階ではキリトに頼らざるを得ず、『SAOではキリトに頼るのが一番』という一種の刷り込みがある為。事実キリトはシステム的な強さに関しては一家言あるので間違った印象では無く、それが尚更拍車を掛ける。

 強くならなければ過去に打ち克てない。そう考えているシノンにとって、強くなる為の最も大きな光明はキリト。

 キリトへの感情も大事。

 だけど過去から来る『強さ』への欲求・追求の心も大事。

 その中心となっているのはキリト。

 だからこそ、慕情と依存とが分からなくなってしまった。個人的に嫌われたくなく、目的の為にも離れられたくない。それらが混同してしまって混乱&自己嫌悪中。

 誰だって『好意』と『依存』とを勘違いしていると思ったら落ち込みますよね(自覚無しヤンデレは手遅れ)

 少し前までは棲み分け出来ていたんですが、キバオウに捕まる際に人質にされてしまった事も相俟って思考がネガティブになっております(キバオウシスベシフォーウ(^・×・^))

 では、次話にてお会いしましょう。


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