インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

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 どうも、おはこんばんにちは、黒ヶ谷・ユーリ・メリディエスです。

 遅れたのは日にち設定間違ってたからです(泣) 連載始めてから初ですよ、予約投稿時間間違ってた事に気付かなかったの。

 やっぱ疲れてるなーと痛感しました……

 それはともかく、今話の文字数は約二万七千。切りの良いところまで……ってしてたら、二万越え行っちゃった(; ・`д・´)

 今後もこうとは限りませんゼヨ(震え声)

 それから今話、普段本文の解説をしている後書きは無し、次話にて纏めてするつもりです。つまり、本作の流れ的にこういう場合……(ヒント:不穏なサブタイ&キリト関連)

 ちなみに、今話に新しくシステムの名前が出ますが、原作二巻シリカ編にあるものです(つまり原作設定)

 視点はキリト、???、ユイ。

 ではどうぞ。



 尚、本作に於いて???は結構屑い改悪をされております。批評批判、お気に入り登録数減少も覚悟の上。その上でお進み下さい。



 ――――『恨み』は不満を意味し、『怨み』は憎しみを意味している。





第八十五章 ~怨みに恨む~

 

 

 樹海に存在する神殿の中でも最大級の建造物の最奥にて、樹海エリアのボスと思われる黒い獣《シャドウ・ファンタズム》を予想より遥かに軽く討伐出来た事は嬉しかった。単純に取り越し苦労で済んだボス戦というのは精神的な疲労が少ないからである。

 それは白の示唆を受けて発見した《ⅩⅢ》の新たな使い道により可能となった、あのホロウがしてきた攻撃と同じ事が出来るようになった事に起因している。一定割合のダメージを毎秒入れて行くのは普通に強い。どんなにHPや防御力値の高いボスであろうと焦土に変わった地面に足を着けている限り絶対に百秒しか保たないのは最早反則と言っても過言ではない。

 確かに、命懸けの戦いに於ける百秒というのは案外長い。普通に過ごしていればアッサリと過ぎ去ってしまうくらいの時間だ。

 しかし極限の集中を要する戦闘では、主観的には普段の一秒と戦闘中の一秒は決して同等の長さではない。

 現に俺はコンマ数秒以内に九度の斬閃を放てるし、アキトは八度の刺突、リー姉は六度の斬閃を放てている。一秒の間に幾度も攻撃を放つ相手と対するなら、それに対応出来る反応速度を持たなければならず、主観的には一秒が二秒、三秒にも感じられる事などザラにある。

 まぁ、アキトの攻撃は見えていても刺突だったから防げず、こちらの攻撃で逸らすくらいしか出来なかったし、リー姉の攻撃は目が慣れなかったからほぼ全部対応出来なかったのだが……それを考えると、こちらの攻撃を全て完璧に見切っていたリー姉が、恐らく主観的な体感速度は最も遅く感じられるのだろう。

 とは言え、一秒未満の鬩ぎ合いを求められるのは腕の立つ者との対人戦に殆ど限定される。ボス戦で全く無いとは言えないが、ボスの図体が大きい分だけ当たり判定も広いので、卑怯な手を使っても良い戦いである以上《ⅩⅢ》の武器召喚をフルに使って一定の距離を保ちつつ時間切れを待った方が確実だった。現に今回はそれで乗り切ったからこそこちらの被害や疲労はほぼ無いに等しく、同時に百秒未満で終わった。

 

 今までに無いくらいアッサリとボスを倒せた。

 

 その事実は、未だ《圏外》に居るにも拘わらず俺の精神を弛緩させるのに十分だった。

 無論気を抜いたと言えども《圏外》だ、何が起こっても対応出来るよう最低限の警戒は怠らなかった。これは最早気を付けるどうこう以前にクセとなっているから怠りようが無いと言える。

 それでも怠っていると言うなら、『対応』の範疇を限定してしまっていた事だろうか。

 あるいは、《ホロウ・エリア》には俺を虐げる人はいないと、ユイ姉にそう聞いていたからだろうか。この四日間、ユウキ達との再会以外で人と会っていない事が、最も精神を弛緩させる要因だったのかもしれない。

 俺は持論として、この世で最も警戒すべき存在は『ニンゲン』である、という考えを常に持っている。

 警戒と言っても、何もかもを敵と疑って誰も信じないとか、そんな極端なものではない。自分にとって益となるか害となるか、味方と判断して良い存在か、敵か、それともどちらでも無い中立の存在かを見極める為の、謂わば心得とも言うべきものに近い。他の人の持論を知らないが、俺にとってはとにかくそういった認識だ。

 SAOは、ある意味俺の持論を体現している世界と言える。

 SAOは平和な日本では考えられない異常な状況にある。何しろ一つ選択を誤れば本当に死んでしまう。街の中は《圏内》コードが有効だがデュエルモードのように抜け道は存在するし、性的行為に関しても《ハラスメント防止コード》を解除してしまえば強引だとしても監獄送りは出来なくなる。後者に関しては最前線で戦い続けている者にはあまり知られていないが、前者に関しては広く知られている話。

 つまるところ、何時如何なる時も基本的に他人を信用してはならない。

 厳密に言うなら、人との付き合い方により気を配れという話。

 この世界で言うステータスは最早個人情報。レベルやステータス傾向を知らていなくとも、使用しているメイン武器を知られているだけで対策は取れてしまう、武器や戦い方から基本的なスキル構成を割り出せるからだ。

 例えばユウキなら、スキルには必ず《片手剣》が入る。盾を持っていないから《武器防御》も必須。足が速ければ敏捷値が高いからスキルに《疾走》がある事を示し、武器のタイプがパワーなら《疾走》限定、スピードなら双方という風に考えられる。

 リズのように生産職なら、尚更戦闘関連のスキルは絞られてくる。《片手棍》に《鍛冶》、《鑑定》ですでに三つは埋まる。

 この他にもメインで活動している階層で大体のレベルを推し測れる。レベルが分かり、装備のランクや傾向が分かってしまえば、ステータスの概算値すら分析が得意なプレイヤーには分かる。

 メニューを見なくても、少しつぶさに観察するだけで相手のレベルやステータスというのは丸分かりなのだ。

 勘違いするとすれば一つだけ。

 それはその時点での最上級装備の適正レベルを大幅に上回っている事。

 観察から分かるのはステータスの概算値やスキルの構成予測。つまり『大体これくらいだろう』と平均値や武具を装備する為の下限値が分かるだけで、実のところ装備者の上限値に関しては不明。現時点で一番強い装備をしていると、下限はそのレベルと分かるが、実際どれくらいのレベルにあるかは分からない。

 俺の場合愛用して来た片手剣のエリュシデータは第五十層のLA。既に七十五層の時点で威力不足を感じていたくらいなので、この剣から分かるのは『第七十五層にギリギリ到達したプレイヤー』という印象とそのレベルの予測値程度。レベルにするならマージンの有無を含んで大体75~90といった程度だろう。これはユウキやクライン達の武器を見ても同じ感想を持てる。

 事実、ユウキ達のレベルは90前後の値を示している為、この平均予想は当たっている。

 しかし俺のレベルは175なので平均予想を大幅に上回っている。最前線で通用する装備を持っている事は概算値を示すが、反面上限を示さないというのはこういう事。

 だからこそ、装備によるミスリードを起こすというのは対人戦ではかなりのアドバンテージになり得る、見た目で強さや印象を変えるというのがこれに当たる。案外見た目というのは誤認要素なのだ。

 それを早い段階で理解していたからこそ俺はレベリングを一日たりとも怠らなかった。無論それをしたところで死ぬ時は死ぬと分かっていたため、レベルと装備は勿論、技術の方も磨くよう心掛けて来た。

 ――――ちなみに、技術を磨いて来たと言う俺がリー姉に完封されたのは、俺が言う《技術》とリー姉が言う《技術》が別物だったからだ。

 俺の方はSAOのシステムに沿った効率的な戦い方だ。それはシステムスキルとシステム外スキルの組み合わせやステータスによる身体能力のブーストをフルに活用した力押しの事。どれだけ能力があってもそれを扱い切るだけの機転や柔軟性が無ければ意味が無いからこその《技術》。

 リー姉が言う《技術》は、システムに頼らない全くの実力のみを指したもの。システムアシストに頼らない純粋な技量のみで勝負するからこそ、力押しの俺は負けてしまった。

 閑話休題。

 システムを味方に付ければ、基本的に力比べなら負け無しになる事は分かった。

 そしてこの身は、この世界に生きるプレイヤーの殆どから負の感情を向けられ、誅殺隊が発足してからは毎日気を抜けない日々となった。気を抜けば死ぬのだから《圏外》では絶対気を抜けないし、《圏内》だろうとマナーレス行為に当たる《ブロック》をされるとコードを無視して強引に何かされるかは分かり切っていたから人目を常に気にしていた。

 反面、この《ホロウ・エリア》は本当に人が居なかった。ユイ姉を除けば、ユウキ達と再会するまでの三日間はずっと誰とも出逢わず、見るのは仮想世界とは思えないくらいの雄大な大自然とそこを闊歩する動物や昆虫型のMobばかり。

 自然浴は身も心も洗うと聞いた事はあるが、なるほど、それは事実だなと思った。

 ここで『所詮偽物だから』という考えは持たない。

 この世界は確かに1と0の二進数のみで形作られてた仮想世界、本物ではない。しかしこの世界で感じる事は脳が『そうである』と認識している、現実での外界の情報を取り込んでいるロジックを考えれば仮想世界の情報であろうと俺達にとっては真実に相違ないのだ。

 同時、この世界で思う事もまた、現実世界で思う事と同等の意味を持つ。何一つとして無駄な事は無く、何一つとして無意味な事象など存在しない。

 ――――だからこそ。

 

 

 

「ビィィィタァァァァァアアアアアアアアアアアッ!!!」

 

 

 

 だからこそ、こうして向けられる憎悪もまた、本物であり、真実。

 

 ――――一年前から、眠る度に見る夢がある。

 

 護ろうとして、けれど護れなかった事は多くあった。

 殺したくなくて、けれど必要に迫られてこの手で殺した事も多くあった。

 俺を殺そうとして、けれどその策に自ら嵌って自滅していく者も多くいた。

 その人達が俺を恨んでいなかったと言えば嘘になる。恨まれる事も、妬まれる事も、逆恨みされる事は日常茶飯事。それらは既に《ビーター》を名乗った時点で避け得ぬ事態だったからこそ諦観と共に受け容れていた。

 でも、自ら命を絶った人は、ただ一人だけ。

 

『所詮出来損ないの《ビーター》に、僕達と関わる資格なんて無かったんだ』

 

 今もまだ夢に見る、その光景。

 小学校からの付き合いだったらしい幼馴染の男友達三人はモンスターによって殺された、護れなかったと報告した時に見せた絶望と、『どうして』と思っている事がありありと分かる憎悪の表情で雲海へと消えていく、あの黄昏の日。

 あの日からずっと忘れられない憎悪の呪詛。言葉は少なく、けれどだからこそ凝集された怨嗟の念が伝わって来て、その言霊に呪われた。

 もう二度と聴きたくなくて、けれど蘇生の手段があるなら手にして実行する事が最低限の責務と考えた俺は、かつて蘇生の宝を求め、呪いに狂った。

 その時は、槍と剣の手解きをした女性の言葉で鎮まった。

 でもまだ、憎悪の呪詛は繰り返し脳裏に響いている。明確な音としても、不鮮明な雄叫びとしても。

 親しい人と関わる時も、親しくない人と関わる時も、何度も何度も。

 皆の想いは嬉しい。受け容れてくれて、認めてくれて、そして生きてと願ってくれていて本当に嬉しい。

 けれど。

 

 ――――なら、『死』以外で、目の前にある《罪》はどう贖えば……?

 

 俺が犯してきた《罪》は、その全てが『人の死』に直結している。護れなかった者、手に掛けた者、そして自殺した者も。一番目はともかく、あとの二つは明確な《罪》に数えられるだろう。

 これまではそれらを贖う為には死ぬ/自己犠牲で他者を救うしか道はないと考えていた。

 けれどそれを否定された今、俺には贖う方法が見付からない。

 謝罪は意味を為さない。俺が奪ったのは《命》。相手が死ぬ選択を取った俺には、やはり対価として俺もまた死ぬしか謝罪にならない。でも死ぬのはダメだと言われているからこの選択は出来ない。

 

 ――――死ぬ事も謝罪も出来ないなら、俺はどうすれば良い……?

 

 それほどまでに恨まれていると思うと、覚悟はしていたもののやはりやるせなくて。

 殺意を向けられている事実に、心が怯えた。

 

 ――――ホント……何が、間違いだったんだろう……?

 

 恨まれる理由は分かっている。《月夜の黒猫団》の皆を死なせた事が恨まれる原因で、そしてケイタが自殺した要因なのだと。

 リー姉に思考を改めさせられるまでほぼ無条件で『自分が悪い』と考えていた。

 注意を喚起していて、情報も出来るだけ提供するよう心掛けていたならほぼ自業自得だと、ユウキ達は言ってくれた。俺が全面的に悪くないとは言えないけれど、しかし責任はほぼ彼らにあると。

 そう言われていながら以前は『自分が悪い』と思い込んでいた。今は『自分も悪いけど相手も悪かった』と、ダッカー達がこちらの情報提供を流し、トラップの有無も調べず宝箱を開けた事に対する責任を考えるようになった。以前はトラップの有無確認を自分がしなければならなかったのだと考えていた事を想い出せばそれがどれだけ大きな変化かは分かってもらえると思う。

 アスナやユウキ、クライン達は俺と親しい交友関係にある。その関係である以上、やはりどうしてもある程度の贔屓が出るのは必然だ。

 しかし皆はかなり親しくしてくれる関係ではあるが、同時に『周囲の認識』という客観的な立場からの視点を持てる人格者でもある。それは他人の目がある場所での俺との対応でも確認出来る。客観的な視点を持ち、かつそれを飲み下せる度量を持っているのだ。

 そんな皆が『全責任がある訳では無い』と言ってくれたのなら、きっとそれは真実なのだと思う。

 自分としても、サチが生きているにも拘わらず自殺したケイタの動機に関しては測りかねていたから、何となくその言葉は今なら素直に受け容れられた。

 ダッカー達を護れなかった事で責められるのは、まだ分かる。

 けれどケイタの自殺に関してそこまで俺に責任があっただろうか。自分が悪いのだと責めていた中でも、ケイタの自殺だけは引っ掛かりを覚えていた。

 だからクリスマスの蘇生アイテムの折、ケイタを生き返らせ、どうして自殺したのかを訊くつもりだった。謝罪、リアルからの友人関係である仲間四人を喪わせた事に対する贖罪もあったが、その理由もあった。

 皆の言葉を信じるなら、俺はそこまで間違っていたとは言えなかったのだ。

 サチへの指導内容に関してもユウキやアルゴから認められていたし、リー姉やシノンに同じ内容の事をしていたがそこまで批判は喰らっていない。むしろ褒めてさえくれた。逆説的にダッカー達への指導内容も間違っていなかったと言える、ビルドによって対応は変えたと言えどほぼサチと同じ内容だったから。

 つまり《月夜の黒猫団》の強化という面ではほぼ文句無しの行動を出来ていた。それでトラップに引っ掛かって死んだとなっては自業自得と言える。高レベルの俺が居たとは言え、こちらの言葉を聞かずMobだらけの部屋の中を混乱したまま動き回り、フォローに入る前に囲まれ死んでしまったのだから、俺が介在する余地がほぼ無かった。

 しかし、それはあくまで《キリト》という、《月夜の黒猫団》に属していない者の所感。

 

 ――――きっとケイタにとっては、そうじゃないんだろうな……

 

 リアルの幼馴染が知らぬ間に死んでいて、それで高レベルの俺が生き残っているのならそう思っても仕方ないのかもしれない。

 でも、じゃあどうすれば良かったんだと、そう言いたかった。

 ケイタなら守り通せたのかと――――傲慢とも言えるが自分にとっては切実な叫びが浮かんだ。サチやダッカー達に怨まれるなら分かるけど、その場にいなかったケイタからそこまで怨まれるのは少し理不尽なのではとも思った。

 そこまで仲間を大切に想っていたのなら、サチが戦いに怯えていた事に真っ先に気付き対応していただろうに。

 仲間の死でそこまで怨みを抱くなら、サチにも気を配っているのが普通だろうに。

 こちらに自己強化を投げておいて、出来るだけ死なないよう強化する為に半ば無理して時間を作っていたのに、それで怨まれたら――――理不尽と思ってしまうではないか。

 

 そんなに《ビーター》が、《オリムラの出来損ない》が嫌なら、最初それを告げた時にいっそ拒絶してくれた方がよかった。

 

 拒絶される事には慣れているから、それならケイタは仲間を喪わず、サチは独りぼっちにならなかったかもしれないのに。俺が原因だと言うのなら。

 

 ――――《月夜の黒猫団》と初めて会ったあの日、大量のモンスターに追い掛けられていた姿を思い出すに、あの時助け出さなければきっとそのまま死んでいたと思うけど。

 

 どちらにせよ、それはあくまで結果論であり、IFの話。

 

 ケイタに殺意を向けられるくらい怨まれているという状況が現実である以上、俺はそれを受け止めなければならなかった。

 

 

 

「これが、僕の怨みだッ!」

 

 

 

 憎悪を向けられ、《罪》と対して悩む俺に、俺にとっての罪の象徴とも言えるかつて存在した《月夜の黒猫団》のリーダーは、血走った眼で怒号を上げながら右手で持った長物を逆手に持ち直し、肩に担ぐように構えた。

 

 

 

「死ねぇッ!!!」

 

 

 

 血を思わせる鮮やかな赤に全体を染め抜かれ、長い柄には蔓の装飾を施されている長物は、その鋭い穂先を俺に定めた後に投擲される。

 元々の色とほぼ同じだったから分かり辛かったが深紅の光を纏っているのを見る限り、どうやら《長槍》と《投擲》による複合ソードスキル《ゲイ・ボルグ》を使っているらしかった。

 システムアシストを受けて一直線に空を駆ける深紅の光条。迷う事なく真っ直ぐ飛来する、致死の紅。涙が滲み、視界がボンヤリとしていても形がハッキリと分かる程の強烈な光芒。

 

 ――――狙いは正確。狙われるは頭。回避を試みなければ頭部破壊で即死判定は免れない。

 

 となれば、贖罪の方法で悩んでいるこちらも動かなければならない。贖罪は生きていなければ出来ない事なのだから。

 何よりも俺は、生きろ、死のうとするなと言われている。想ってくれている皆を裏切る訳にはいかない。

 槍の刺突は点での攻撃だから距離感を狂わせるが、しかし槍という武器はその長大さを活かした薙ぎ払いにこそ真価を発揮する。リーチを最大限に活かした刺突は確かに脅威だが、それ以上に広範囲をカバーする薙ぎ払いの方が恐ろしい、何しろ本人の膂力と槍の重みが合わさっているからだ。遠心力を利用すれば薙ぎ払いによる連撃も可能となる。刺突と薙ぎがどちらも驚異的なせいで回避は幾通りも考えなければならない。

 対して、槍投げは一直線にしか進まない。回転するように投げられると些か厄介ではあるが、投擲されたとなれば実際にあたるまで幾ばくかの猶予があるので回避そのものは容易なのだ。無論、槍に注意を向けさせる意図がある可能性も否めないので油断は禁物だが。

 そして今の攻撃は真っ直ぐに飛翔しているので完全な点での攻撃。少し横に動くだけで躱せる。

 恐らく、俺を見付けた時の怒りや憎悪といった感情が臨界点を突破して、感情の余り殺傷力の最も高い攻撃方法を選んだのだろう。長物系の刺突は確かに威力が高い。

 しかし殺傷威力の高い攻撃は得てして回避されやすいというデメリットも併せ持っている。現に頭や首を狙った攻撃は自己防衛反応で一番に回避行動を無意識でも取る部位だ、だからこそ人はしぶとい。

 これが胴体だったら話はまた別だった可能性もある。

 狙われたのが頭だとすぐに分かったから、普段に較べて多少気が抜けていた俺でも回避行動を咄嗟に取れた。

 

 ――――奇襲を受けているというのにそう安心を抱いた事こそ、気の抜けていた証に他ならなかった。

 

 平時と同等レベルで気を張っていたならすぐ反応出来ただろう。不意打ちなど今まで幾度となく受けて来たのだから馴れている。

 しかし槍を投げた者が本来いる筈の無い者である事、向けられる憎悪と脳裏に蘇った呪詛、そして普段より気が抜けていた事がそれぞれ重なった『偶然』が、致命的な隙へと繋がってしまった。

 気を抜いていたからこそ、横に跳んだ俺目掛けてほぼ直角に曲がった槍の動きに反応出来なかった。

 

「な、ん……?!」

 

 《ⅩⅢ》の特性を有していたとしても、投擲系のソードスキルを使った場合はそちらの特質が優先される。登録している武器だとしてもシステムアシストを受けている間は自在に動かせない。

 つまりソードスキルで飛翔している槍が、俺を追っていきなり軌道を変える事は本来起こり得ない筈なのだ、ロジック的に。

 確かに《ⅩⅢ》によるイメージの操作はシステムが再現しているが、それでもカテゴリは《装備》。ソードスキルという《システムアシスト》というカテゴリの力には逆らえない。軌道を逸らすのは無理が過ぎる為に普通ソードスキルは中断されるので、それを発動し続ける事も普通あり得ない。

 何故、あり得ない、と胸中で驚愕と共に言うと同時に俺の横腹に紅い槍が突き刺さる。

 

「ぐ……ッ」

 

 反対側の横腹から穂先が生えるように貫通し、瞬時に激痛が全身を襲った。

 痛覚を再現されるようになってから体を貫かれた事はあるし、全身が砕け散ったとしてもおかしくない威力の攻撃だって何度も受けている。盾で死神の攻撃を防いだ時も全身に鋭い痛みが走った。

 それで動きが鈍った事は何度もある。それが致命的な隙になって両腕を切り落とされた事だってある。

 それでも、これまでそれらの痛みを気合で押さえ込んで来た。痛みに呻き、隙を晒しても、のたうつ事はしなかった。

 ――――けれど。

 

「う、ぁ……ッ!」

 

 深紅の槍によって貫かれたこの痛みは、これまで受けて来た痛みよりも一際強いように思えた。

 それが気を抜いたが故の予想外の一撃だからか。

 それとも横腹という痛みの体勢が無い部位だからか。

 あるいは――――恨まれている、という一点の理解が痛みを強くさせているのか。

 うっすらと、目元に涙が滲み、殺気を向けて来る相手の顔がボンヤリとする。ある意味で怖い顔を見なくて済むという安心感と共に、目を逸らしているという罪悪感が同時に胸中で巻き起こった。

 

 ――――一体、どうすれば……良かったんだ……

 

 向けられる殺意と憎悪に対しどう対応すればいいのか分からなくて、地面を転がりながら悩みを反芻し続けた。

 かつて気を許した人と殺し合わなければならないという目の前に立ちはだかる現実から目を逸らす意図も込めて。

 

 ――――そんなに酷く言うなら、俺の行動や考えが悪かったなら、どうすれば良かったのか教えてよ……

 

 《出来損ない》なんかに絶対性を求めないでくれ。

 九、十歳の子供に、過剰な期待を掛けないでくれ。

 出来ない事の方が多いのだから。レベルは高くても、出来ない事だってあるのだから。本当なら力を付けるのだって自力でやるべき事なんだから。俺が出来た事はその道筋を示す事くらいなんだから。

 

 ――――報われなかったからと言って、全部悪いとばかりに殺そうとしてくるのは、やめてよ……!

 

 胸の奥がざわついた。

 

 ***

 

 

 

 ――――漸く、漸くだ。

 

 

 

 ――――待ちわびた時がやっと来た。

 

 

 

 『仲間を護れなかった』と、『全滅した』と言われて、しかも死んだ面子が小学校の頃からの幼馴染である男子三人であった事に、自分は心底から怒りを覚えた。

 あの少年が攻略組のトップクラスを直走るプレイヤーである事は知っていた。聞いていたからだ。ギルドの助力を頼んだ時にあちらは自身の情報を開示した。見た目や装いから分かっていたも同然だったが、レベルに関しても教えてきた事は未だに記憶に残っている。

 あの少年と出遭った当時、五人だけのギルドの平均レベルは25に達していなかった。

 最前線が三十層台であった事を考えればそこそこだが、マージンを考えれば平均は40後半だった筈だから、それで比較して考えると低い方に入る。実際、自分達でもお世辞にもパーティープレイが上手いとは言えない自覚があった。

 そんな自分達の窮地を救うように現れたのが、あの少年。当時のレベルは何と60台後半。最前線のマージンを遥かに超える超レベルを聞いて、そして直に戦いぶりを見て、これを逃す手はないと思った。

 プレイングスキルとしてはかなり下手な部類であったものの、パソコン研究部の部員だった面子の内、紅一点のプレイヤーを除けば全員がかなりのゲーマーだった。MMOにはあまり手を出さない方ではあったもののそれなりの下地はあった。曲がりなりにもMMORPGであるSAOでどうすれば強くなれるかはある程度理解していた。

 一番手っ取り早いのは、やはり強豪プレイヤーに教授してもらう事に尽きる。それは戦い方は勿論、攻略サイトに挙げられるような装備・スキルの構成、モンスターに対する対処法などだ。

 それらは【鼠】と呼ばれる情報屋が発行していた攻略本に粗方載っていたが、それでも上手くなる兆しは無かった。

 その要因は幾つかあった――――全て、あの少年に指摘された事だ。

 その内の一つとして五人のビルド、と言うよりは使用武器による役割が偏っていた事が挙げられる。短剣使い一人、片手棍と盾一人、槍使い二人、そして両手棍の自分。五人中一人しか前衛がおらず、三人は中衛、残る一人はクラウドコントローラーだった。

 パーティーで理想的と言われるのは盾持ちの前衛三人、両手武器や長物系の中衛二人、クラウドコントローラー二人、索敵関連を受け持つスカウト一人。

 それを比較すればどれだけ偏っていたかはよく分かる。

 五人の内、転向が必要だったのは長物系の武器の使い手である自分と長槍使いの男、そして同じく長槍使いだった紅一点の三人。この三人の中から誰か一人はビルドを変えなければならなかった。

 

 ――――実のところ、誰か一人は前衛への転向が必要であるとは、その少年にバランスの悪さを指摘される前から考えていた。

 

 候補としては片手剣と盾。

 片手剣を転向先のスキルとして考えていたのは、パーティーメンバーの武器の属性が刺突と打撃で偏っていたからだった。攻撃方向によっては斬撃も可能だが、最も火力が出るメイン属性はやはりその二つ。だからこそ片手剣を転向先として見据えていた。

 しかし少年の指摘を受ける前から分かっていたのにそれを言わなかったのは、偏にそれまで育てたスキルを捨てて育て直しになるとどうしても弱体化してしまうから――――ではない。

 単純に、片手剣を使った戦い方を誰も教えられなかったからだ。盾で攻撃を防いだり、ヘイトを稼ぐ方法に関しては片手棍使いの仲間でも教えられただろうが、片手剣での基本的な立ち回りは教えられない。攻略本にもある程度は載っていたが実際にやるのとではやはり違う。

 必要であるとは分かっている。

 しかしそれを実用的になるまで鍛える事が出来ないから、その案を誰も言わなかった。恐らく紅一点のプレイヤー以外は分かっていたが言えなかった。自分が悪者になりたくなかったから。

 そんな頃に、《ビーター》の忌み名と【黒の剣士】の二つ名で知られる《織斑の出来損ない》がやって来た。助力を頼めば、元々お人好しな気性だったのだろう、渋りはしたものの請け負ってくれた。

 そしてギルドの紅一点――――サチに、片手剣の手解きを始めた。一日に一時間、朝早くか夜遅くのどちらかに毎日続けていた。

 意外だったのは《圏外》に出てMobと戦わせるのではなく、《圏内》である街の隅の方で延々と素振りか模擬戦を繰り返していた事。レベルは上がらず、スキル値もほぼ上がらないに等しいにも拘わらずそれを続ける事に疑問を抱きはしたが、下手に口出ししても後が怖いから何も言わなかった。

 自分達がしなかった事を的確にしてくれるなら構わなかったのだ。事実サチはあの少年の手解きを受けてから初の圏外戦闘で、それまで見た事が無いくらいの戦いぶりを見せ、Mobを翻弄する程に成長していた。本人曰く緊張した、少年曰くぎこちなさがあるという評価のそれは、自分達からすれば遥かに上手い戦い方だった。

 その期間、僅か一週間だ。

 たった一週間でそれまでほぼ中衛から動かなかったサチが前衛で獅子奮迅の戦いぶりが出来るようになった事から、仲間の三人も手解きを受けたいと申し出た。自分も攻略組に入れる希望が見えた事から同じ様に頼み込み、そして少年は承諾。

 それから毎日一時間、素振りと少年との模擬戦が夜遅くに行われるようになる。

 朝から夕方までは《圏外》でMobを倒し、クエストを達成するなどしてコルを集め、夜遅くになれば少年の手解きを受ける日々。

 それが二週間ほど続いた頃から急激に戦闘時間が少なくなり、探索を終えた後のアイテムやコルなどの量が増えた。パーティープレイを意識した助言も受けていたからだろう。

 一月足らずで十層後半から二十層台半ばまで拠点を押し上げる程の成長をした自分達は、それから約十日間でギルドホームを購入出来るくらいコルを貯めた。

 念願のホームを買いに出かけた。

 そして、仲間は紅一点を残して死んだ。

 何故だ、と自問した。

 ホームを買いに出かけ、購入したホームで皆の帰りを待っていれば、伝えられたのは仲間の死。少年の手解きを受けて易々と死ぬ程では無かった筈の仲間が何故死んだ、と。

 事の顛末は、サチが半ば自失していたので少年から聞いた。

 短剣使いの仲間ダッカーが、購入したホームに入れる家具を買えるだけのコルを集めて来て、自分を驚かそうと提案したのが始まり。何時もは26層の迷宮区を探索するが、ある程度レベルも上がって装備も新調していたから27層でも行けるだろうと言い、少年とサチは慎重さを優先して反対したものの多数決で押し切られ、結局27層へ向かった。

 何時もなら攻略本や少年の生の情報を予め前日に収集し、探索に出掛ける前に話し合って周知徹底を心掛けるように――少年の注意を受けて――していたが、その時は唐突な事だった為に話し合いは無かった。

 それは最悪の手だった。27層は《アインクラッド》でも有数のトラップ型ダンジョンで有名になる程に悪辣な罠が数多いとされていたのだ。リーダーである為に知っておくべきだと、少年が主に活動している層の一つ上は教えるようにしていたから自分は知っていた。

 少年はそれについても言及はした。その為に攻略本を各々読み込むべきだ、と。

 ダッカーはそれに対し、俺達なら大丈夫、いざと言う時には【黒の剣士】が居る、と言ってそれを跳ね除けたらしい。仲間の片手棍使いテツオと長槍使いササマルも、同様の事を言っていたという。

 そのまま少年の注意を流し、索敵やトラップの発見と解除を担うスカウトも兼務しているダッカーを先頭に出発し、少年とサチも已むに已まれず後を追う。

 暫く探索を続けた果てに、ダッカーは攻略組や【黒の剣士】すらもが見逃していた隠し扉を発見した。間の悪い事に、ダッカーの熟練度では対応出来ないレベルのトラップを先んじて発見・解除していた少年は、隠し扉を開けたダッカーの動きの把握が遅れていた。気付いた時には、ダッカーは扉を開けた小部屋の中央に鎮座している宝箱の前まで近付いていたという。

 サチは、その時既に開けない方が良いのではと注意を促していた。

 しかし、ダッカー達は攻略組ですら見つけられなかった部屋にある宝箱なら、きっと得るものも多いに違いないと判断し、宝箱に手を付けた――――トラップの有無を探る事も無く。

 慌てて少年が声を荒げるのと同時に宝箱は開けられ、そして警報が響く。少年が滑り込むと同時に小部屋の扉は閉まり、密室となった部屋の中には数え切れない数のモンスター達が湧き出た。

 少年は剣を抜き、全力で戦った。サチはあまりの事に座り込み、他の三人は混乱した。

 その末に、サチだけが生き残り、テツオ、ダッカー、ササマルの三人は死ぬ事になった。少年の話では自分の声に応じず、混乱したまま近くの敵を払い除けようと動いたせいでタゲが集中し、袋叩きにあってすぐ死んでしまったらしい。

 サチは部屋の隅の方に居て、碌に動こうとしなかったのが幸いしてタゲがあまり集まらず、大暴れしている少年や他の三人に注意が向いた。だから少年の助けはギリギリながらも間に合ったという。

 何があったかの顛末はそこで終えられた。

 

 事の顛末を全て聴き終えて、自分が抱いた思いは『ふざけるな』だった。

 

 それは今まで頑張っていたのにアッサリと仲間を殺した世界に対する怒りだったのかもしれない。そんなトラップを仕掛ける設定にした茅場晶彦にかもしれない。

 けれど明確に抱いていたのは、少年――――《織斑の出来損ない》と言われているキリトに対しての怒りだった。

 あの少年は自分達よりも遥かに強かった。少し情報を集めれば、ずっとソロで居るにも拘わらずフィールドボスを単独で撃破したり、誅殺隊によるレイド二つ分の猛攻を全て返り討ちにしたりと、とにかく武勇伝に近い話はすぐに判明する。それくらい隔絶した能力があると知っていた。

 それだけの実力と能力があるなら、サチだけでなく三人も救えたのではないか、と。

 もっと言うなら、隠し部屋に至る前にも止められた筈なのだ。ダッカーの言を跳ね除けるだけの材料は持っていた筈だ、それなのに力尽くにでも止めなかった。ダッカーで対応出来ないレベルのトラップがあるならそれを理由に引き返すよう言えた筈だ。

 それなのに、そうしなかった。

 結果論である事は分かっていた。八つ当たりである事も。

 だがそう思ってしまっても仕方ないだろう。仲間の死を免れる機会や材料を持っていながらそうしなかった事に関して怒りを抱くのは仕方ない、誰にも責められない事の筈だ。むしろ正当な権利だと思う。

 だから怒りを抱いた。一緒に頑張って来た幼馴染達を護らなかった者に憎しみを覚えた。

 

 ――――しかし、だからと言って出来る事は無いに等しかった。

 

 レベルも30代半ばに至り、装備も新調し、スキル値もかなり上がったと言ってもやはり中層で活動出来る程度。こちらの面倒を見つつも一日たりとも欠かさず最前線攻略に赴き、そしてそのスピードを維持している事からも、あちらの実力と能力が途轍もない事は理解出来た。

 レベルが高くなれば戦いに掛かる時間は自ずと短くなる。装備が強くなり、スキル値が上がってソードスキルの威力も上がれば、それはより顕著なものとなる。

 『他者の育成』をしつつ『最前線攻略』を両立させている。それが出来る程のスピードを維持している時点であちらの能力が高い事は、直に告げられた数値以上の証左として、現実を突き付けて来ていた。『お前では決して勝てないのだ』と、システムが告げていた。

 殺したい程に憎く思ったが、それを為せる程の力なんて自分には無い。

 ならばどうするか。

 そこで、あの少年が自分達に助力する事を、渋りはしたものの最終的に承諾した理由が関わって来る。

 あの少年にとっても最前線攻略との両立は大変だった筈だが、その忙しさと大変さに報いるだけの価値を、こちらの助力・育成に見出していたのは確かだ。

 そうでなければ早々に見限るか、あるいは部分部分適当に済ませていただろう。

 しかし、憎く思っているあの少年が、少なくとも壊滅事件以外で手を抜いたと思えた場面は思い浮かばない。探索や手解きの度に口を酸っぱくして注意を促していた姿の方がより鮮明に浮かぶ程だ。

 つまり全力になるだけの『何か』を見出していた訳だ。

 自分はそれを、『人との触れ合い』なのではないかと、暫く付き合ってから考えていた。

 デスゲーム化によって他者を信じる事は危険という暗黙の了解が広まっている中、交友関係というのは現実よりもある意味築きにくい関係だ。幸いと言って良いのか『リアルと同じ顔』というファクターがあるので接しやすい部分は普通のオンラインゲームよりあったが、それでも命が懸かっている危険性や排他的な雰囲気を感じ取れば自ずと積極性は喪われる。今の関係で満足しているなら尚の事。

 つまり《ビーター》として疎まれる立場にあった少年は、その立場上人との交友を結べない。それは人との触れ合いも無いという事であり、心の癒しなども一切無いという意味にも解釈出来る。

 究極の利己主義という経緯から《ビーター》として誹りを受けるのは自業自得だろう。普段の振る舞いから見るにその辺の自覚はあったように思える。

 だがそれでも、欲求や感情は理性とは別だ。

 あの少年は恐らく心の奥底で、人との触れ合いに飢えていた。幼いせいで余計人との交流は眩しく、そして羨ましく映った事だろう、なまじ人との親しい交流がほぼ絶無な身の上ではその衝動は激しかった筈だ。

 だからこそ何のメリットも無い筈の自分達の助力に積極的だったのではないか、と自分はかつて考察していた。

 勿論本人が口にしていた、攻略組が増えるのは《デスゲーム生還》という目的に於いて有益という理由もあっただろう。しかしそれはあまり大きくなかったのではと思う。何しろ攻略速度を維持する為に苦労していたが、その苦労は本来あの少年がするものでは無いからだ。極論自分達を育成するなら助言するだけに留め、あとは勝手にしろというスタンスでも良いのである。むしろSAOの排他的な雰囲気から考えればそれがスタンダードな手法だ。

 しかし彼は、異常な程に攻略速度を上げてマッピングデータを公開した後、通常よりも速いが為に生まれた隙間時間でこちらの手解きや指導をしていた。一緒に《圏外》で戦闘をし、危ない場面があれば手助けに入るという、非常に旨みの無い指導法まで協力していた程だ。パーティーは別だったからLAを取っていない以上、アイテムもコルも、経験値すらも入手出来ないというのに。

 その指導法があったからこそ、あの少年は旨みや大義名分では無く、他の何かに価値を見出したのだと自分は推察していた。

 

 ――――そして、それこそが自分が出来る復讐の唯一の道だった。

 

 簡単な話だ。

 あの少年は『触れ合い』を求めてこちらに力を貸していた。そして五人の内、実に三人も目の前で護れずに死なせた。それに深く傷付いてはいるが、半ば義務感と自責感で動いていた。

 そんな少年へ憎しみを効果的にぶつけるなら、あからさまな憎しみをぶつけると共に、自分も死ねば良い。

 それが狂った考えである事は理解していた。サチを一人残す事がどれだけ残酷な事かも。

 しかし、こう言っては何だが、サチは生き延びられると思えなかった。その時は少年が間に合ったから助かったが、しかし自分と二人で生き残るのは不可能と言えるくらいには非力だった。無論自分もSAOという世界にとっては非力な存在に違いなかった。

 であるならば。

 最終的には死ぬのだと言うのなら。

 この命を、あの少年――――《ビーター》への復讐に使うのも、悪くないと思えた。

 結果は上々。飛び降りる前に呪詛を叩きつけてやれば、《ビーター》は明らかな苦しみと共に顔を歪めた。咄嗟に手を伸ばそうとしていたが、それを払ってまで憎しみをぶつけたのだ、余程の馬鹿でも無い限りその意味する所は理解出来た筈。あの表情の変化を見た限りでは分かったと思う。

 黄昏に染まる雲海を真っ逆さまに落ちる中、死ぬ事への悔しさと哀しみ、そして余計に膨れ上がる怒りや憎しみの感情を抱きながら、自分は落下を続けた。

 

 そして気付けばどことも知れぬ樹海の中に立っていた。

 

 最初は混乱した。高所落下で死ぬ筈なのに、どうして樹海の中にいるのかと。最初はあの世とも考えたがメニュー画面を開けるし装いも死ぬ直前の装備だった事からSAOの中であると悟った。

 周囲のMobのレベルは、当時はそこまで高くはなかった。最前線のレベル帯より僅かに上程度だったから頑張れば一対一でならどうにか倒せていた。

 それでただ慢性的に、疑問が晴れないままレベリングを続けている内に、プレイヤーと出会った。混乱の極みにあるそのプレイヤーを落ち着けてから話を聞けば、運悪くリンクさせ集団で襲い掛かるタイプのモンスターに引っ掛かって全損したらしかった。

 全損。つまりHPが無くなり、明確に死んだという事になる。

 ひょっとしたら高所落下の途中であのデスゲーム宣言の日みたいに緊急転移でこちらに移されたのかと思ってはいたのだが、明確に全損した時の記憶を持っているプレイヤーの話を聞けばその可能性は否定せざるを得なかった。

 恐らく此処は、SAOに於ける《死後の世界》なのだろう、と。そう結論付けた。

 そもそも全損したところで、リアルで即座に死ぬという話は一切聞いていない。あの赤ローブが言っていたのは、リアルでも死ぬ条件だけで、何時死ぬかは言っていなかった。

 つまり全損したところで即座に死なないのだとしたら、死亡判定を受けたプレイヤーは別の場所に隔離しておく必要がある。恐らくそれが此処なのだ。

 その思考を経ている内に、《アインクラッド》に居る為の権限を剥奪するから《生命の碑》に横線が引かれるのだろうと考察を立てた。そうと考えれば辻褄が合う。

 その際気になったのは、此処でHPが全損するとどうなるか、という事。

 それは図らずしも此処がどういったところなのかの考察を立てる為の情報を教えてくれたプレイヤーによって証明された。

 稀に遭遇する超高レベルモンスターによってそのプレイヤーは死んでしまった。その時は、恐らくこの樹海の何処かにまた生き返っただろうと考えていた。

 しかしそのプレイヤーとフレンド登録を交わしていた自分は、フレンドリストの名前を見て、そうでは無いと悟った。

 フレンドリストを見た時、既にギルドのメンバーの名前は黒のログアウト状態を示していた。《ビーター》の名前は現在既に削除しているが、まだ残っていたその時は、こちらも同じくログアウト状態だった。

 反面、新たに登録したそのプレイヤーの名前は、当時白いログイン状態を示していた。

 つまり《ビーター》やサチが居る《アインクラッド》側の状態は確認出来ない。反面、こちらに来ているプレイヤーの状態は反映される。

 恐らく先に死亡して来ていただろう三人は、こちらで既に死んでいたのだ。

 仮に新たに登録した者の状態しか反映されないにしても、そのプレイヤーの名前も黒くなり、何時まで経っても白くならなかった事から、もう復活はしないのだと判断した。

 此処で死ねば生き返らない。更に別の死後の世界があるのかもしれないが、無いかもしれない以上楽観的には考えられない。

 その日から自分は、もう死にたくなくて必死にレベルを上げる事にした。復讐の為に飛び降り自殺を結構した自分だが、本音を言えば死ぬのは怖くて嫌だったから。全損判定を一度受けているので何時死ぬかは分からない身だが、それでもまだ生きられるのなら抗いたかった。

 その行動は、どこか願っていたのかもしれない。

 《アインクラッド》で死んだ後に辿り着いたこの樹海を彷徨うモンスター達のレベルは、来たばかりの時で既に最前線の平均レベルを僅かに上回る数値を示していた。それは時間が経つにつれて少しずつ上昇していた。

 恐らくだが《アインクラッド》の攻略進度に応じてレベルが上がっているのだ。それがどういう理屈でかは知らないが、時間が進むにつれて自動的に敵が強くなっていくのは事実。

 つまり戦わなければ何れ死ぬ。

 そして戦えば、際限なくレベルが上がっていく敵を倒し、常に自分のレベルに適切な経験値を溜め、レベルアップの速度が安定する。

 

 ――――それを続けて行けば、もしかしたら何れこちらに来るだろう《ビーター》に、今度は直接的に復讐出来るのではないか。

 

 そんな淡い願いを持って、自分はレベリングを続けて来た。現在のレベルは125である。

 《アインクラッド》と違って店なんて無いからドロップした食材から自分で料理を作り、武具もレベリングで増えた18個のスキルスロットに《鍛冶》や《裁縫》を入れて自分で修復し、回復アイテムも《ポーション作成》スキルで自作した。

 気付けば自分は、あの《ビーター》のように一人で大抵の事は出来るようになっていた。

 樹海に出るモンスターの属性耐性の関係で、打撃属性の両手棍は相性が悪いため途中で扱いの近い《長槍》を自作し、転向もした。斬撃と刺突、打撃、貫通の全てを一人で出来るようになっていた。

 《索敵》や《隠蔽》、《発見》、《鑑定》なども取っていき、一人で対応出来るようカバーしていくにつれて、《ビーター》がどれだけ実力あるプレイヤーだったか分かった。

 だからこそ、どうして仲間達を止めなかったのか、助けられなかったのかが分からなかった。助けようとしたと言っていたが、その実、サチを独り占めするつもりでわざと見捨てたのではと悪読みした事だってある。

 ともあれ実際の理由は分からないし、今となっては最早どうでも良い。

 重要なのは、事実として『《ビーター》がテツオ達幼馴染三人を死なせる結果になった事』と、それに対し『自分は《ビーター》を殺したい程憎んでいる事』の二つ。

 レベルは125。

 対して、樹海のモンスターの平均レベルは100前後。恐らく《アインクラッド》最前線のモンスターの平均レベルより僅かに上である事から、《ビーター》のレベルは頑張っても100を超えていて、しかし120には達していない筈だ。

 加えて半年ほど前にこちらに来たオレンジ――本人達はレッドと言っている――の集団と遭遇し、彼らが《ビーター》に殺されたと言っていた事から、振る舞いは相容れないものの気持ちは共感出来たため協力関係も築けた。あちらは対人戦のノウハウをこちらに教え、逆にこちらは樹海の特徴やマッピングデータ、またアイテム類の提供をする。その関係性を築いてきた。

 

 ――――そしてつい昨日、あの《ビーター》が《迷いの森》近くに居るという話を聞いた。

 

 あの《ビーター》が死んで樹海に来たという話を聞いて、今すぐにでも強くなった自分の力で直接引導を渡してやりたくなった。何を考えているのか分からないレッド達のヘッドがそれを禁じ、麻痺させられたので昨日は行動に移せなかったが。

 しかし今日は違う。

 『確認したい事がある』と言って一旦突撃は釘を刺し、しかし『返って来る答えが予想と異なっていれば殺しても構わない』と言われている。ではどんな答えでは殺してはダメなのかと首を傾げたが、レッドのヘッドPoHは嘲るように口を歪めるだけで応えはしなかった。

 ともあれ、セルベンティスの神殿から帰って来たPoHからオーケーが出たので、幸いとばかりにほぼすぐに出て来た数人の内、《ビーター》を狙って樹海で得た特別な槍――PoHが『使わないから』と言って譲ってくれた――を全力で投擲した。

 その槍は紅い魔槍。名称は【魔槍ゲイ・ボルグ】と言い、神話上では投擲すると必ず敵に当たる呪槍だと聞いた事がある。

 他にも投げれば棘が分裂して広範囲を攻撃し、突けば敵の体内から棘が突き出るという話もあるが、流石にそれは再現されていない。

 再現されているのは《必中》だ。直接振るう分には何ら効果を発揮しないが、しかし《投擲》と《長槍》の複合スキル《ゲイ・ボルグ》という武器と同じ名称の槍投げソードスキルを使った場合にのみ、この槍は敵を追随する。敵に当たるまで、それはもう獣の如く。

 自分が知っているだけでも何らかの特殊なバフが掛かっている武器は聞いた事あるが、《必中》というバフは寡聞にして聞いた事は無い。けれどそのバフは高い威力を誇る反面外せばメイン武器を喪うという大き過ぎるデメリットを背負うソードスキルを必ず当てられるという、正にメリットのみのスキルに昇華させる点が非常に魅力的なものだった。

 どこから持って来たのか知れないこの槍をPoHが譲ってくれたその時から、自分は武器の性能的にも、バフとソードスキルの噛み合い的にも、そして深紅という色合い的にも自分は愛用し続けて来た。今や強化値̟プラス50の最大強化品である。PoH曰く、第五十層台の最高級品を遥かに超える性能らしい。最近合流した《モルテ》という男の話では、恐らく八十層台でも手に入らない程の性能だという。

 それだけ高い性能があるならより《ビーター》を殺せる可能性は高くなる。

 だからこそ自分はずっとずっとこの樹海で牙を磨いて来た。呪いの紅槍を以て、《ビーター》の頭蓋を貫き、一撃で死に至らしめるべく。

 だからこそ、奇襲の一撃が横腹を貫いた事に落胆を抱いた。

 

 ――――寸前で体を捻ったのか……!

 

 《必中》というバフは強力な反面、強力過ぎて細かな部分の調整は利かないという微妙な欠点も持っている。

 早い話、どこを貫くかの指定は持ち主だとしても不可能。必ず当たると言っても、それは即死判定の頭部や頸かもしれないし、あるいは今のように横腹や四肢かもしれない。とにかく『どこかしら対象とした敵に当たる』という事象を引き起こせば《必中》は達成されるのだ。

 

 ――――どうやって追い掛ける敵を定めているかは知らないが、対象を定められるならどこにを刺すかも定められるようにして欲しかったな。

 

 ――――まったく、一度死んでいるクセに悪運が強い。

 

 特性で自動的に戻って来る魔槍を右手に握り直し、警戒を向けられつつ、しぶとい怨敵に内心で毒づいた。

 

 ***

 

 それは唐突だった。

 樹海のエリアボスを討伐し、次は東の浮遊遺跡群へとエリアを移動するべく大神殿を出たところで起こった、驚愕の出来事。大木の太い枝に立っている男性プレイヤーの怒声と共に擲たれた紅の閃光が、突如鋭角に曲がり、横へ跳び退いた黒尽くめの少年を貫いたのだ。

 それは本来あり得ない現象を伴っていた。ソードスキル特有の光を纏って投げられた槍は本来直進する筈なのに、それを覆し途中で軌道を変えた。

 システム的にも、そしてあの男の手を離れた時点でどうやっても軌道を変えられないのに変わった槍は、流石に練達した腕を持つ少年を以てしても回避し切れなかった。寸前で体を捻り頭を貫かれるのだけは阻止したようだが、それでも横腹を槍は貫通している。HPゲージはゴッソリと七割は一気に削られ、華奢で小柄な体は地面をバウンドして大神殿の石壁に叩きつけられた。

 

「がふ……ッ」

 

 壁にぶつかると同時に呻きが上がり、苔生した石畳にグッタリと力無く横たわる。

 そんな彼の横腹を貫いていた紅い槍は一瞬後紅い粒子となって消える。大木の枝に立っている男へ視線を再度向ければ、たった今目の前で消えた紅槍は男の右手に戻っていた。どうやらそういう特性を持つ武器らしい。

 【ホロウ・エリア管理区】のスタッフNPCとしての知識、GM権限により【カーディナル・システム】が有するオブジェクト群のデータベースへ繋げられるからこそ分かった。

 あの武器は、管理区で実装出来る《実装エレメント調査項目》の達成報酬の一つである【魔槍ゲイ・ボルグ】。投擲攻撃に使用した場合にのみ発動する《必中》の特殊効果を付与された《長槍》カテゴリの魔槍だ。

 ――――ちなみに、《必中》の効果を発動するには、まず狙う対象を目視していなければならない。

 それはSAOのとあるシステムを利用しているからだ。そのシステムの名は《ディティール・フォーカシング・システム》。

 簡単に言うなら、プレイヤーが焦点を合わせた対象オブジェクトの解像度だけ鮮明にし、視野的に入っているが焦点を合わせられていないものの解像度は引き下げ、サーバーやシステムに掛かる負担を調整したシステムである。

 プレイヤーが見ているもの、と一口に言ってもSAOの世界には一万人ものプレイヤーが最初犇き合う事を前提とされていた。そんな数のプレイヤー全てにオブジェクトを完全な解像度を以て見せていれば、サーバーは一瞬にしてオーバーヒートを起こしてしまいかねない。それを未然に防ぐため、プレイヤーが特に見ようとして焦点を合わせたオブジェクトだけ解像度を上げ、それ以外は不鮮明にする事で負荷を下げるシステムがそれである。

 このシステムの特徴は、プレイヤーの焦点が合わせらる事で効果が表れるという点にある。

 つまりシステムはプレイヤーが特に集中しているものを認識し、それを反映している。

 《必中》バフはこの《DFS》により特に焦点を合わせられ解像度を引き上げられているプレイヤーを狙う特性を有しているのだ。

 勿論それは槍を投げる時点であってその後に周囲へ注意を向けても狙いが変わる事は無いが、逆に言うなら、焦点を合わせられた対象は槍が当たるまで決して逃れられなくなるという事を意味する。現に今し方体を貫いた部位も軌道から予測するにどうも頭を狙って放たれたようだが、狙われた少年が寸前で体を捻った事で腹を貫く結果になった、《必中》バフは当たる事だけを約束したものでありどこを実際に貫くかは指定出来ない代物という証左である。

 とは言えそれも当然だ。《DFS》によって解像度を引き上げられる対象は《一個のオブジェクト全体》であって、《オブジェクトの特定部位》では無いのだから。基本的にプレイヤーを見れば体全体の解像度が上がり、モンスターを見ればその全体の解像度が引き上げられる。

 例外があるとすれば風景を反射する一枚の《鏡》くらいだろう。

 《DFS》は距離感も再現しているため、《索敵》や《鷹の目》スキルを持っていない限り少し遠くなると働かなくなる。しかし《鏡》というオブジェクトを見る場合は大抵近くなので、『《鏡に映っている風景》は全て近くにある』という誤認をシステムは引き起こす。結果的に《鏡》を見た場合に限り、距離感や他の解像度に関係なく、映っている全ての光景の解像度が最高に引き上げられる事になる。

 ちなみに私がそれを知っているのは、プレイヤーの容姿を現実のそれへ置換した事を自覚させる為に配布された手鏡を使い、遠くにいるオレンジやレッドのねぐらを探っていた光景をモニタリングしていたからだ。

 一番にそのシステムの存在に勘付き、あまつさえそれを利用して遠距離による視認方法を考え出した義弟には感嘆を幾らでも抱けてしまう。

 閑話休題。

 《DFS》システムを利用して必中となっている槍を再度手にした男性プレイヤーは、石畳の上に横たわった少年を見て忌々しそうに舌を打ったのが聞こえた。恐らく今放った奇襲の一撃を以て即死させようとしていたのにアテが外れたからだ。

 その反応に苛立ちを覚えた私は、その男性プレイヤーの相貌を覚える為に目を眇め――――

 

「っ……?!」

 

 そして、激しい動揺を抱いた。

 そのプレイヤーの声を聴いた事はあった。

 そのプレイヤーの相貌には覚えがあった。

 

 そのプレイヤーが《アインクラッド》で死亡している事を知っていたからこそ、この《ホロウ・エリア》で会う事が無いよう警戒していた、プレイヤーIDのログを辿って現在どこにいるかも把握していたくらいに。

 

 何故、と。そう叫びを上げなかったのはただの偶然で、しかし万に一つという奇跡に等しいものだったように思う。

 それでもやはり、胸中は荒れていた。

 幾千の疑問があった。何故、自身の行いを棚上げして彼を怨むのだ、と。

 幾万の疑念があった。何故、自分から命を絶ったのに彼を怨むのだ、と。

 幾億の憤怒があった。何故、命を奪わんとする程に私の義弟を怨むのだ、と。

 幾兆の慟哭があった。何故、そうまでしてあの子を虐げようとするのだ、と。

 なまじ演算能力が高いせいで瞬時に弾き出される声。無数には程遠く、しかし数えるには多過ぎるそれらは、確実に私の何かを壊しに掛かる。

 その感覚はSAO正式サービスがデスゲームへと変貌してからの一年半もの間、ずっと受けていたものと同じだった。

 

 それすなわち、《憎悪》である。

 

 この世界に閉じ込められたおよそ一万人のプレイヤー達のほぼ全員が抱き、《MHCP》に届けられた負の感情。その極致の一つ。怒り、悲しみ、憎しみ、絶望が複雑に混ざり合って形成された醜い感情。

 それが今、私の中に沸き立っていた。

 しかしそれも当然だ。今の私は《キリト》という幼子の存在が在ったからこそ《MHCP》の職務を全うしやすくするようプログラミングされた性格を保っているが、彼が居なければ彼らから届けられた感情により、私の自我は《憎悪》に塗り潰されていた。すなわち《人、殺すべし》と。

 私を義理の姉として受け容れてくれた彼に逢った時、私は壊れかけていた。彼の存在を支えに多くの人から届けられる負の感情に押し潰されかけていた。限界だった。

 どうしてこんな目に遭わなければならない。どことも知れない暗い空間でそう思考した事は幾度と知れない。

 そんな中、私と同じように不当な扱いを受けている少年が居た。

 自分と違って弱音を吐く事無く他者の為に動けるその少年が、私には眩しく見えた。不当に虐げて来る者達の為に動ける姿は輝いていた。仮令その道に、決して報われるものが無いとしても。

 だから耐えられた。

 それは恐らく、人を癒す為に存在する《MHCP》としての自己を掛けた意地だったのだと、今なら思う。人を癒す為に造られたのに人を害する感情を抱く訳にはいかない、と。あるいはその感情に呑まれ、本当に害する訳にはいかないと。

 少なくとも似たような目に遭っている少年が耐えている間は、耐えていよう。

 

 ――――その決断が最初に揺らいだのは、彼が力を貸していたギルドが壊滅し、そしてそのリーダーが目の前で自殺したのを見た時だった。

 

 プレイヤー達の間の常識や暗黙の了解を完全に理解していたかと問われると流石にそうだとは言えないが、ある程度の事はあの少年を視ている間に知り得ていたので、少なくとも全くの無知とまではいかなかった。

 そんな私ですら、そのリーダーである男の行動は理解不能で、且つ意味不明だった。

 それを皮切りにその少年を取り巻く環境に対し多くの感情が抱いた《嫌悪》や《怒り》の思考と感情が芽生えた。それはドンドン膨れ上がっていく。なまじ彼と私の境遇がある意味近かっただけに、まるで自分がそうされているように思えてしまったからだろう。

 その果てに私は壊れた。

 今思い返しても壊れた私が無邪気な子供として振る舞えていた事は奇跡としか言い様が無い。壊れた原因は外界から送られてくる負の感情と自身の内側から湧き起こったモノ。

 それなのに破損した私の振る舞いは無邪気だった。

 

 しかし、そんな私の根底にも《憎悪》の感情は確かに存在している。

 

 多くの人間から学んだ負の感情、その一つ。学んだからこそ自分でも作り上げ、組み上げられるようになってしまったそれは、今正に胸中で湧き起こっていた。

 

「キー……ッ!」

 

 しかし、それよりも槍で貫かれ、未だ床に横たわっている義弟の方が心配だった。

 正直今すぐにでも槍の男ケイタに紫の光矢を叩き込みたい衝動に駆られてはいたが、人を害するよりも身内や仲間を大事に思う事をこそ重要と捉えている私にとって優先度は外敵への報復よりも護るために動く方が高かった。

 だから敵の動きを警戒しつつ、私は十メートル以上吹っ飛ばされた義弟へと駆け寄る。

 

「今度こそ……!」

 

 その最中、危険域ギリギリまでHPが減ったキーにトドメを刺すべく、敵は槍を再び肩に担いだ。途端紅い光が紅槍を包む。

 

 ――――させない……!

 

 再び必中となった槍投げソードスキル《ゲイ・ボルグ》が放たれると分かり、キーの元へ駆け寄るのを中断。すぐに移動先をキーと敵を結んだ直線上へと変え、義弟を護るために立ちはだかる。

 そのまま槍が放たれて、私が何もしなければ、諸共貫かれるだろう位置だ。

 

「ユイ、ねぇ……?!」

 

 愕然と名を呼ぶ声が耳朶を打った。

 自身の代わりに身を呈そうとしている義姉を案じる/己を恥じる声に、私は知らず、笑みを零す。

 今の彼は、地下迷宮での事を思い返しているのかもしれない。私が庇った事で消滅する事になったあの出来事は、今の状況に照らせば、魔槍の一撃から庇う事で死する予測と合致する。

 皆に話したように、私は確かに【ホロウ・エリア管理区】のスタッフNPC。カーディナルが特例で復活させた事で再び存在する事を許された私は、皆には『一度死んでも復活する』と伝えている。

 

 ――――が、きっとそれが真実では無いと、聡明な義弟は勘付いているだろう。

 

 嘘を言った訳では無い。

 ただ単に、実際どうなるかは分からないだけ。私のイネーブルーとなったHPゲージが全損した後、本当にカーディナルは私を復活させるか分かっていない。私が言った事はただ都合のいい可能性だけなのだ。

 私が言ったように再び復活するかもしれない。

 けれど、再び死んだ私を『不要』と判断し、カーディナルは復活させない可能性だってある。

 何らかのクエストのキーとなるNPCであれば、そのNPCが幾度死のうと再び復活させる。見た目は同じで、けれどプログラムの型番は異なるNPCを。

 つまり全く同じNPCが復活する事は原則あり得ない。それがあり得るのは、ベータ版とデスゲームにならなかった場合のSAO正式版のプレイヤーくらいである。

 だからNPC判定を受けている私は、恐らく二度と復活しない。NPCもまたこの世界を生きている人間だから。

 かつて義弟が提唱した『NPCも生きている』という言葉は、正に正鵠を射ているのだ。見た目は同じだが、その実まったく同じ型番のNPCは一体たりとも存在しない。カーディナルがそれを許容していないから。

 今正に私諸共キーを貫こうとしている男だって、容貌こそかつて義弟の目の前で自殺を敢行した者と全く同じだ。勿論中身も。

 けれどあのアバターは違う。あのアバターのIDは、《アインクラッド》に生きるプレイヤーに見られるものでは無く、此処《ホロウ・エリア》特有のもの。

 そしてNPCのAIは、基本的に宛がわれたアバターという『仮想世界に存在する為の依り代』に依存している。アバターが砕け散れば、再度宛がわれたアバターに『初期状態のAI』が割り振られる。生き延びれば引き継がれるが、死ねば初期状態という訳だ。

 だからNPCの私が復活する事はあり得ない。仮に復活したとしても――――恐らく、次に生きる『私』は、《キリガヤカズト》の義姉/《キリガヤスグハ》の義妹では無い『私』だ。

 そういう意味では復活しているとは言えない。

 それを聡明な頭脳で理論立てて、あるいは獣の如き鋭い直感で、多分義弟は勘付いている。復活すると疑わず思い込んでいるならまず見られないだろう恐怖が彼の声に含まれていた。

 

 ――――それから護らないと、お姉ちゃんじゃないですよね……

 

 改めて、自分が最低限やるべき事を再確認する。

 私は義弟を護る事を自身に課している。それは物理的にでもあるし、同時に精神的にでもある。

 で、あるならば。

 今目の前で敵として槍を構えている男を撃退する事と、私が出来るだけ傷付かない事を同時に達成する必要がある。

 

 ――――大丈夫……十分出来る。絶対不可能な事では無い。

 

 ――――以前と違って、今は力があるのだから。

 

 そう、胸中で自身の不安を落ち着ける。

 義弟のステータスをコピーした事で得た『力』。本当の意味では私が育て上げたものでは無いその『性能』は、けれどそれを振るう私にこそ真価を発揮出来るかが懸かっている。

 同時、今正に義弟の行く先も。

 折角義姉が大一番を乗り越え、義弟の思想・思考を矯正したのだ。義弟はそれに応えて今一度自身の思考を改めようとしている。

 

 ――――普段よりも素直で、どこか無邪気で、そして怯えを見せるようになった義弟を護らずして、何が姉か!

 

 その想いと共に、槍を構える男を睨み据える。

 敵は一瞬、逡巡するように体を硬直させていた。しかし憎い相手を庇う者であるからか、私諸共殺す事を決めたようで再度槍を握る手に力が籠められる。

 

「ユイちゃん?!」

「危ないよ!」

 

 槍が投げられる予測が立って、呆然としていたレインさんとフィリアさんが慌てて注意を向けて来る。

 驚きに固まっているルクスさんを含めて彼女達三人を横目で見やり、強気に笑みを返す。唖然とされた。当然か、と一人ごちる。

 三人人の視線を一旦無視し、右手を持ち上げ、男に向けて斜め上に突き出す。そして蒼い氷の盾が生まれる想像を思考する。

 

「死ね、《ビーター》!」

 

 怨嗟の怒号と共に紅い槍が放たれた。

 同時、突き出した掌の先の空間が青白く光り、凝結した氷の中から一瞬で蒼の大盾が出現する。ギョッとした男の視線と私の視線が重なり、一瞬後に盾で遮られた。

 およそ半秒の後、蒼の盾と紅の槍が衝突した。

 

「ぐ……!」

 

 雷鳴にも似た轟音。盾に対し垂直に突き立っているだろう槍から放たれる放射状の紅い衝撃波。元々貫通属性の耐性が高いゴーレムすら一発で屠る威力が込められた投擲の一撃の圧は、私が想像していたもの以上だった。

 翳した右手に重圧が掛かり、全身にも満遍なく圧が掛かる。

 恐らくキーにとってすれば、これが盾で防いだ時に痛みとなっているのだろう。地下迷宮の死神ボスの一撃を防いだ時に勝るとも劣らない攻撃を鋭い痛みありで防ぎ切った事は称賛に値すると思った。

 そして、痛みを覚えない私が防ぐのなら、最低限防ぎ切る結果くらい導き出さなければ話にならない。姉として、弟の彼に顔向けできないだろう。結果を出さなければ今後庇う行動を公然とする事も出来そうにない。

 

 しかし、カーディナルは非情だった。

 

 《ⅩⅢ》に登録されている武具の内、盾での防御は特殊だ。本来なら腕に装備する防具である盾は、その本来の用途に準えられているのか虚空に呼び出して防御した際、武器で防御した場合と異なりHPが減るのである。

 左上の視界に表示されているイネーブルーのHPゲージは、刻一刻とその値を目減りさせていく。

 その速度、およそ三秒に一割。

 つまり保って耐えられるのは三十秒。

 普通の攻撃なら護っているキーが移動してくれれば私も離脱出来るので事無きを得るが、今防いでいる一撃はキーを狙った必中の魔槍。私が動いても、キーが動いても、どちらにせよ結果が変わらない魔の一撃だ。

 既に投擲された時点で『狙った敵には当たる』事を決定付けられているのである。

 

 ――――私は、選択を間違った……?

 

 護ろうとする事が間違っていたとは思わない。

 しかしそれはただの延命作業だったのではないかと、考えざるを得なかった。

 きっと私が取るべき正解の手段は、槍を投げられる前に男を倒す事。あるいは槍を投げる為の両腕を切り落とし無力化する事だったのだろう。

 自分に課した信条を優先し、合理的な思考を放棄したが故にこの結果を招いてしまった。

 それは元来合理的判断しかしないAIにあるまじき思考と行動だった。逆説的に私は道理に合わない行動をまま取る《ニンゲン》に近付いているという証左にもなった。

 

 ――――こんな状況なのに……私は《喜び》を覚えている……

 

 不謹慎というのは分かっていたが、けれどそれを抑え込むのは難しそうだった。義弟によって言われた嬉しい事を自分自身で立証したも同然なのだ、歓喜を覚えるのは必然である。

 惜しむらくは――――私が死ぬ、その寸前に悟った事。

 もっと、義弟と触れ合い、想い合いたかった。もっと長く付き添い、護りたかった。

 けれど、もうそれも、叶いそうにない。

 嗚呼、口惜しいなぁ……

 

 

 

 ――――キー、不甲斐無い姉で、ごめんなさい。

 

 

 

「ゆ、ゆいねぇぇぇぇぇええええええええええッ!!!」

 

 

 

 胸中で自身の不甲斐無さと死ぬ事への謝罪の言葉を浮かべた瞬間、幼さを残す悲愴な慟哭が木霊した。

 

 


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