インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

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 どうも、おはこんばんにちは、黒ヶ谷・ユーリ・メリディエスです。

 ホントね、テストがあるのに何やってるんだろうね……しかも何時もより早く出来るとかどういう事だ(泣) 文字数は少ないけどネ!

 そんな今話はオールキリト視点。

 本作キリトは『矛盾の塊』。しかも自覚している上に悩んで行動するという矛盾の仕方で、自覚しているから更に苦しむという割かし面倒臭いタイプ。

 ――――つまり、変に色々と理屈をつけて考えてる(しかも大体正しいからタチ悪い)けど実質暴走気味だから、今のキリトは割かし子供っぽい。どの辺がっていうと感情的に行動する辺り。

 その辺を前提として。

 文字数は約一万五千。

 ではどうぞ。



 ――――『皆の為に』と言って戦う少年は、他人の道を終わらせる事でしか、人を護って来られなかった。



 ――――故に、『皆の為に』と言って人を殺して来た《ビーター》は、『皆の為に』と言って人を護ってきた【黒の剣士】でもある。





第八十七章 ~二律背反の可能性~

 

 

 様々なシステム障害とオレンジカーソルが運悪く重なったせいで《ホロウ・エリア》に囚われている自分は現在、【深緑樹海セルベンティス】エリアの上空を飛行していた。

 

 びゅぅ、と強めの風が頬を撫ぜる。

 その風で腰程まで伸ばしている現実同様の黒髪と愛用の外套が煽られ、はためいた。

 黒いインナーのVの字になっている襟元から顔を出しているナンの毛並みが風に揺れ、こちらの肌を柔らかく刺激して来て、とてもくすぐったい。

 その感触を僅かに楽しみつつも、胸中では『本当にこれで良いのだろうか』と、行動している時点で答えなど分かり切っている自問自答を繰り返していた。

 

 *

 

 半ば自棄混じりで水の細剣アクアリウムを使った新しい攻撃方法で、助けを求めて来たケイタを襲わんとするモンスター達を排除し、そのまま麻痺毒で動けないでいる彼を置いて管理区に戻った俺は、まずレインとフィリアに頼み事を二つした。

 一つは、《アークソフィア》に戻ってサチを連れて来て欲しい事。

 もう一つは、ケイタから奪った紅の槍を、サチの武器として渡して欲しい事。

 ユイ姉の言葉とは裏腹に《ホロウ・エリア》にも人は居て、更に『明確に死んだ』と言える者で最初に遭ったのが因縁のあるケイタだったから、俺は《アインクラッド》へ戻れる二人にその二つを頼んだ。

 ユウキを筆頭に、皆は偶にでもこちらに来て、俺とルクスがオレンジを解消する方法を模索してくれるという話になっている。俺はそれを有難いと思って受け容れた。

 しかしそれは、《ホロウ・エリア》が比較的安全なところだと思っていたからだ。モンスターのレベルや群れ方は間違いなく《アインクラッド》より手強いものだろうが、敵対プレイヤーは居ないと思われただけまだ安全と見ていたのだ。

 しかしケイタという確実に過去死んだプレイヤーが居ると分かった以上、そんな事は言ってられない。今一度皆と話し合う必要がある。

 ごく一部と話し合って、残りの人達には後から伝えてもらうという形でもいいが、それでもサチとだけは顔を合わせて話し合っておきたかった。

 それは勿論、ケイタの事について。

 

 ――――正直に言えば、俺はケイタにどう接すればいいか酷く迷いを抱いている。

 

 『殺られる前に殺れ』が殺し合いの信条で、卑怯な手だろうと容赦なく使う事を俺は心掛けている。仮令元々仲間であっても敵対したなら容赦する必要は無いという事も分かっている。

 分かってはいるのだ。

 けれど、感情がその思考を妨げる。所謂『頭では分かっていても心で納得出来ていない』という状態なのである。

 ケイタはあの魔の槍を使って俺を殺そうとした。途中で止められなかった――と思われる――とは言え、庇いに出たユイ姉をも殺し掛けた。自分の推論が当たっていたからこそ何とかなったが、アレは完全に薄氷の上を踊るに等しい無謀な賭け。命をチップにしていて、報酬も割に合わないものだった。

 普通に考えれば、アレだけ殺意を前面に出して襲い掛かられれば、こちらも相応の態度で返しても責められないとは思う。殺しに来るのだから殺されても文句は言えないだろうと、《ビーター》として振る舞っている時の態度で迎え撃っても良い筈だ。

 

 ――――でも、それが出来なかった。

 

 あの槍を放った者がケイタでは無くモルテやキバオウだったなら二撃目が放たれる前に反撃を入れ、そのままHPを全損させていたと思う。

 ケイタだったからこそ俺は隙を晒し、二撃目を許し、ユイ姉を死なせかけてしまった。

 それぐらい俺は彼に対し後ろめたい思いを抱いている。

 ケイタの憎悪はまず正しい。あの四人の中で遥かに高レベルの俺が、ケイタの幼馴染というテツオ達を守れなくて、それで怒りや憎しみを向けて来る反応は正常だ。嘆き悲しみ、それを打破出来たであろう俺を怨むのは納得出来る。

 レインの言い分も理解は出来た。死にたくなかったのなら《始まりの街》に引き籠っていれば良いという論は、至って正しい。

 しかしケイタ達は攻略組の一員として戦う事を夢見て、前へ進んでいた。それを否定する事は出来ない。それを前提に考えなければならない。

 自殺の経緯や理由は納得出来ないとは言えこちらに向ける憎しみの根幹は至って正しいと思ったから、俺はケイタを殺す決意を固められなかった。

 そして今も俺は迷っている。

 

 それは、今も麻痺毒で転がっているだろうケイタを問答無用で回収し、サチに会わせるか否か。

 

 それについて迷っている理由は、サチを呼んで話す内容はケイタの事だから。

 更に具体的に内容を言うなら、ケイタが俺を殺そうとしてきた経緯や自殺した経緯について語る為。その上で《ホロウ・エリア》に来るかを訊き、仮にケイタと会った時に迷いを抱かないよう心の準備をしてもらう為。

 しかしそれらを話したとして、サチはこれを信じてくれるだろうかと思うのだ。信じたとして、受け容れられるだろうかと。

 人は到底受け入れられない事実に直面すると精神の安定性を著しく欠き、恐慌か狂乱に陥ってしまう。初めて会った時に較べると凄く凛々しくなったと思うが、それでも元仲間に見捨てられたも同然の事を言われたと言って、それを信じ、受け容れてくれるかと疑問を抱いてしまった。

 話さない、という道は無い。どれだけ隠そうとしても何れ分かる事だから。

 サチが《ホロウ・エリア》に来る前に俺がオレンジを解消すれば良いのかもしれないが、それはとても現実的ではない。解消する目途すら立っていないのが現状。そんな不確実で都合のいい可能性に縋るのは得策とは言えない。

 加えて、サチが《ホロウ・エリア》での探索を一緒にしない、というのも些か考え難い。

 この《ホロウ・エリア》は本来入れない仕様だったので、《アインクラッド》側で現在知っている者は俺とリー姉の決闘を見ていた者で全員と考えて良い。そしてその者達はシリカやリズを除いた全員が《攻略組》の幹部、最前線攻略の要。

 俺が暫く、最悪恒久的に攻略に参加出来ない以上、最前線の情報収集やボス戦は俺を抜きにしてこなさなければならない。《二刀流》や《ⅩⅢ》を始めとしてダメージディーラーの極みである俺が居ないだけでも、自惚れのつもりはないがボス戦はかなり辛いものになると思う。

 防御の面に関してはヒースクリフを筆頭にボス戦のスタンドメンバーが揃っているので心配していない。

 しかしアキトが率いたオレンジ達のせいで《攻略組》の戦力が大幅に減ったため対応出来る範囲は狭まった。そこをカバーする役こそ自分の務めだったが、当の自分が戻れない以上代わりに何かを用意する必要がある。

 実のところ、シノンに《ⅩⅢ》を譲ったのも、予想外のスピードではあったものの吶喊でリー姉含めて二人のレベリングをしたのも、更にはユウキも含めていたのも、全ては《ビーター》/【黒の剣士】が抜けた穴と大幅な戦力低下を補うためだった。

 しかし先ほどのケイタとの遭遇とサチの事を考えると、それが仇となってしまった訳だ。

 《ホロウ・エリア》で俺とルクスのオレンジ解消も兼ねて探索に同行すれば真っ当に《アインクラッド》最前線の攻略をするより遥かに効率の良いレベリングになる事実を、リー姉達のレベルが明らかにしている。

 『空いた時間を使ってレベリングのブートキャンプを行う』という案を《ホロウ・エリア》の存在を知っている円卓のメンバーが出せる条件を満たしているのである。自分なら絶対利用するので皆も同様だろう。

 今は俺に気を遣っているのと、最前線攻略をしている姿を見せていないと《アークソフィア》の状況が悪くなるから、こちらは後回しになっているのだと思う。

 そしてユウキは《スリーピング・ナイツ》であり、《攻略組》の方針を決める円卓に座る一人。勿論ランやサチもその一人だ、極めて少数精鋭のギルドだからこそ所属しているメンバー全員が幹部の席に座っている。特にサチは中距離だけでなく近距離でも戦える攻略組随一の槍使いなので、案外重用されるポジションだったりする。

 これらを統合すると、遥かに効率の良いレベリングが出来る《ホロウ・エリア》は、可能な限り早く攻略をしなければならない現状に於いて唯一の救いと言える。

 だからそう遠くない内にサチは必ずこちらに来て、レベリングをするだろう。そうでなくとも俺以外の人がケイタについて知っている以上、話が行くのは時間の問題。

 だから『サチに話さない』という手段は取れない。

 故に俺は迷っている。『殺し合いの場では無い状況』でサチをケイタに対面させるか否かについて。

 

 ――――そもそも行動している時点で既に答えは出ているんだよな……

 

 そう、未だに迷いを抱いている自分に胸中で呆れの声を洩らす。

 どう考えても迷う必要は無い。状況も事情も分からないまま知り合いと殺し合いをするより前に話す機会があるのなら、誰だってそちらを取るだろう。どうして知り合いがそんな行動を取るのか、事情を知りたいのは古今東西誰だって同じ筈だ。

 サチだって、ケイタから半ば見捨てられた――実際見限られていた訳だが――も同然の扱いだった訳だが、それでも元々は仲間だ。だからいきなり殺し合いになるとすれば心の準備なんて出来ない筈。それが原因で何か尾を引く事が生じてしまえば目も当てられない。最悪死んでしまったら、俺は気が狂うという確信がある。

 俺の為にも、そしてサチの為にも、殺し合う前にケイタと対面させた方が良いに決まっている。人から又聞きするより本人と直接対話した方が納得もしやすいだろう。

 問題は、サチの心が受け止め切れるかという事なのだが……

 

「多分、大丈夫……」

 

 今のサチには、過去には無かった芯がある。攻略組の一人として、最初期組のアスナやユウキ達に勝るとも劣らない強さをサチは持った、少なくとも俺のようなマガイモノではない強さを。

 仮に過去の仲間から見限られていたという事実を受け止め切れず崩れてしまっても、今のサチは、かつて戦いと死の恐怖に一人で怯えていた時とは違う。その恐怖を理解し、支える仲間が居る。ランとユウキは同じギルドの仲間だし、事情を知っているヒースクリフやクライン達もとても親身だ。

 

 ――――そこに、俺も入っているかな……?

 

 恐らく、サチの恐怖心を最初に見つけ出したのは俺だ。怯えるサチを受け容れ、励まし、死を跳ね除けられるよう指導もした。

 でも、ほぼすぐにユウキに放り投げてしまったから、そう思ってくれているかは正直分からない。

 

 ――――まぁ、入っていなくても、他の皆が入っている事はまず確実だから……

 

 崩す発端である俺が支えられないというのは非常に無責任だと思う。それで罵倒されたなら、俺はそれを全部受け止め、胸に刻み込もう。

 それが支えられない俺に出来るケジメだ。

 

「ケジメ、か……」

 

 たった今自分で決めた事に失笑する。一度としてケジメを付けられた事なんて無いだろうに、と。

 どれだけ徹底しようとしても、結局のところ俺は中途半端だ。責任の果たし方、贖罪の方法が分からないからケジメを付けようにも出来なくて、何時まで経っても宙ぶらりんになっている。

 酷く気持ち悪い。

 

「いっそ、ソロでラスボスを倒すと全プレイヤーが生還するとか、そういう事があったら良いのに」

 

 それを知ったら、きっと皆は止めようとする。

 けど、それをしなければ護れなかったテツオ達、それが原因で憎しみを向けて来るケイタ、『秩序の為に』という大義名分で殺した人達は現実でも死に、俺は永遠に贖罪の機会は失われる。

 だったら俺は、迷うことなくその条件を満たそうとする。どれだけ危険で、無謀で、割に合わないものだろうと、きっと俺はその選択をするだろう。

 仮令誰も感謝を向けなくとも。

 仮令誰もその功績を認めなくとも。

 仮令誰もその行為を褒めなくとも。

 どれだけその先が苦しかろうと――――それでも、確かに『みんなは幸せ』だ。俺の罪は贖える。それこそきっと『Win-Win』という結果だ。誰にとってもきっと得だ。

 

 ――――この思考がどれだけ甘くて、愚かで、理に適っていない事であるかは理解している。

 

 今からしようとしている事も、今考えている事も、どれだけ俺にとって損かは分かっている。殺しに来た人間だ、秘密裏に処理したってきっと誰も文句は言わない。

 『何かをするのであれば、逆にされる覚悟もしておくべき』。

 これは傲慢とも言える考え方だ。持論なので人にそれを求めるのはお門違いであると分かってもいる。しかしこちらは殺されそうになっているのに逆はダメというのは道理が通らない。だから俺はこの持論を振りかざす。

 

「――――でも」

 

 でも、その前に。

 

 『ケイタを殺す』と決断するその前に、一縷の望みに賭けてみようと思った。

 

 サチの事は考えた。

 けどケイタを捕まえに行く行動をするに至ったのは、とても個人的な事。

 甘い事は分かっている。持論や信条を貫けない中途半端な行動であると分かっている。どれだけ情けない事かも理解している。

 ただそれでも、ケイタを殺す覚悟をどうしても固められなかった。

 そして、ひょっとしたらサチならば、ケイタと俺が殺し合う未来を防げるのではないかと思った。だから一縷の望みに賭けた。

 ケイタはサチを見限ったも同然に捉えていたから望み薄である事は百も承知。

 むしろサチを利用する俺に更なる憎悪を向ける可能性の方が高い事だって理解している。

 それでも、やる前から諦める事はしたくない。可能性を否定したくない。良い方の可能性が実現する事を信じて/懸けて、俺はケイタを連れて来ると決めた。

 だから俺は黙って管理区を抜け出した。

 フィリアは俺の頼み事を受けて《アークソフィア》へ戻った。

 レインは二刀流OSSの練習をしたいと言った。

 ユイ姉も《ⅩⅢ》の習熟に務める為にレインと共に《OSS試験場》に籠った。俺を一人にする事に眉根を寄せていたが、『暫く一人にして欲しい』と頼み込んだ事で自分を鍛える事を優先した。

 ルクスも二人の練習を見学する為に行った。

 システムコンソールがある部屋に残されたのは、俺とナンだけ。抜け出すなら今しかないと、後でキツイ説教を受ける事も覚悟の上でナンを連れて抜け出した。

 

 ――――それは、管理区に戻ってから二分と経っていない間の行動。

 

 いきなりの事があって皆も頭の整理が追い付かなかったのか、誰もがそそくさと行動していた。若干ユイ姉が引っ掛かっていたくらいだからとんぼ返りも斯くやの如く早く行動出来た。

 ただ、先ほどまで居た大神殿前に、俺は転移しなかった。俺が降り立ったのは《迷いの森》の東に広がる大神殿の転移石では無く、真逆の西にある転移石。ユウキ達と再会する前、《精霊の森》から管理区へ戻る際に使った転移石へと俺は転移した。距離的に離れているから俺は空を飛ぶ手段で移動しているのである。

 全く違う場所に移動した理由は一つ。ケイタに麻痺毒を掛けて話を聞いている最中、視線を複数感じたからである。

 目的を果たすなら最短距離である大神殿前の転移石に転移し、視線を無視すれば良いだけだ。

 しかし、俺の推察が正しければ《ホロウ・エリア》には、恐らく《アインクラッド》から脱落したプレイヤーが集まっている。少なくともケイタが居る時点で高所落下組は間違いないだろう。

 此処で死ねばどうなるかは分からないが、《アインクラッド》で死んだならまず此処に来ると見て良いと思う。

 であるならば、まず間違いなく俺が手に掛けたオレンジ・レッドプレイヤー達も居る訳だ。

 先ほど視線を向けて来たのが誰かは分からないが、何となく覚えがある気がしたのでまず間違いなく友好的なプレイヤーでは無い、俺に友好的なプレイヤーの死亡者は件の三人だけだから消去法であり得ないのだ。

 そんな敵がまず間違いなくいて、下手すれば待ち構えられている場所に堂々と転移するつもりはない。転移直後に襲われた場合、全部対応し切れるとは思い難い。ケイタのように俺が知っている状態より遥かに強くなっているだろうから瞬間的にそれら全てに応戦するのは流石に不可能である。

 俺が出来るのは、あくまでシステム的なメタを張る事。

 それには必然的に情報が必要となる。

 無論片手剣でオールラウンダーに戦えるくらいの自負はあるし経験も積んでいる、数多くのフロアボスを初見で相手したのは伊達では無い。

 しかしそれはあくまで《アインクラッド》の常識範囲内。《ホロウ・エリア》だと何が起こってもおかしくないと思っていた方がいいだろう、ケイタの槍に追尾という予想外の性能があったように何事にも例外はある。流石にゲームバランス的に一撃即死効果の武器は無いと思うが、状態異常を確定で引き起こす武器はあってもおかしく無い以上万全は期したい。俺の状態異常無効はあくまで確率系のみを範囲としているから確定麻痺毒を受けると死一直線なのである。

 だから少し離れたところに転移し、およそSAOプレイヤーの強者ほど思いつかないだろう空路で移動する事で、敵が居るかどうかを調べる腹積もりなのである。

 ちなみに《索敵》は高さに関係無く範囲内の三次元空間全域の反応を感知するスキルなので、《隠蔽》も使っている。

 実のところ風に乗って空を進みつつハイディングが出来るのかの実験も兼ねていた。俺はぶっつけは嫌いだから。状況的にぶっつけ本番をせざるを得ない事が多いので哀しい事に経験は多いが、慣れなければ相応の結果を出せない俺にとってぶっつけは本来究極の鬼門である。

 なのでぶっつけでボスと戦わなければならない最前線攻略とか本気で勘弁して欲しかったりする。まだ情報を集められるから良いが、これが無くなったりしたら本気で頭を抱えるだろう。

 閑話休題。

 

「そろそろか……」

 

 西の転移石から空路を進む事およそ三十秒の後、俺は遠目に少し前まで潜っていた大神殿の姿を目視した。ケイタとやり合ったのはその入り口の広場から百数十メートル離れた地点なのでもうすぐで辿り着く事になる。

 ケイタの前から立ち去って三分ほどでまた戻る事になろうとは、あちらも思っていない違いない。

 俺だって三分前はこうなるとは思っていなかった、自分の甘さに自分自身で呆れるくらいである。

 きっと白は良くて苦笑、悪くて失笑しているに違いない。それでも何も言って来ないという事は阻むほど愚かな行動ではないという事だろう。その気になれば白は俺の意識を沈め、体の主導権を奪えるのだから。

 

 ――――よくよく考えれば、白がその気になったら《俺》という意識なんて一瞬で消えるんじゃ……?

 

 思わぬ事実に気付き、内心で戦慄する。

 体の主導権を奪えるなら永遠にそれを維持出来るのも容易な筈。

 それをしないという事は、白が看過しているから。こちらを《王》と呼ぶから必然的に俺の方が上なのかと思ったが、その実、白の方が上の立場で、何時消されても俺はおかしくないではないか。

 

「何でこのタイミングで恐ろしい事実に気付いてしまったんだ、俺は……」

 

 今からケイタだけでなくひょっとしたらこの手に掛けた多くのプレイヤー達の憎悪を受けるかもしれないのに、自分から自分の心を痛め付ける事を見付けるとか俺はアホか。馬鹿か、馬鹿なのか。

 ……否定出来る要素が無い気がした。

 

『きゅぅ?』

 

 何となく涙を浮かべていると、ハイディングの為にインナーの内側に入れているナンが慣れたように小さな鳴き声を上げつつ、こちらを見上げて来た。

 すぐに鎌首を擡げ、ぺろりと頬を舐めて来る。

 

「ん……ごめんな、ちょっと考え事をしてた。ありがとう」

 

 考え事をしている時じゃないのに物思いに耽ってしまった俺の意識を引き戻したナンに礼を言いつつ、小さな頭を優しく撫でる。

 柔らかな和毛に覆われている蒼い小竜は気持ちよさげに目を細め、くるくるとご機嫌そうに喉を鳴らした。

 しかしナンもこちらの目的が分かっているようで高度を下げ始めたところで頭を撫でてもらう催促を止める。あまり構ってあげられていない俺だが、それでも学習して意図を汲んでくれる辺り、俺には勿体無いと思えるくらい良い子である。

 そうナンの賢さに感心を/詰まれているAIに驚嘆を抱きつつ、枝葉に当たらないよう飛行している時よりイメージをより詳細且つ微細に展開しながら高度を下げること暫く、漸く大樹と言える木の太い枝に辿り着いた。枝の先には大量の緑葉が茂っているが、枝の根元部分は木肌だけなので下手に音を立てる心配もない。

 そしておよそ十メートル下、前方二十メートル先の地点には、目的としているケイタが居た。

 けれど俺は、枝から動かない。

 それは麻痺毒で倒れているケイタを取り囲むように六名の姿があるから。更にその内の一人が何か話しながら小瓶をケイタに呑ませ、麻痺毒を回復させた。

 それだけなら、仲間か、と流せた。

 問題なのはカーソルとゲージ横にあるマークだった。

 その六名の頭上にあるカーソルの色は共通してオレンジ色。

 更に一つのギルドマークがHPゲージの横にあった。遠視で見えたそのマークは、『黒い棺桶、蓋に嗤う顔、棺桶の隙間から白骨の左腕』という構造。

 そのマークは《笑う棺桶》が作っていたもの。今となってはギルドリーダーの死で《アインクラッド》から消え去ったギルドのマーク。

 

 それはSAO史上最悪のレッドギルド《笑う棺桶》のマークだった。

 

 恐らく協力者が居るのだろうと話を聞いている時に察知した視線の主の存在から考えてはいた。ケイタがここにいる時点で他の死者も居て、協力してあの強力な槍を入手したのだろうと。

 直接刃を交えた訳では無いので今の実力がどれくらいか定かでは無いが、あの槍の特性を考えると途轍もない難易度のミッションをクリアしなければならなかった筈だ。

 俺に力で押し勝ったあの《叛逆の騎士》の例があるから生半な力では勝てないのは理解している。俺が勝てたのも出鱈目に高いレベルのお陰だ。

 ケイタのレベルは恐らく《アインクラッド》側でも随一だろう。

 しかし俺のレベル175には劣る筈だ。仮に俺と同レベル、ないしほぼ同等の筋力値を誇っていたなら、仮令当たった部位がクリティカルポイントでない上に斬・打・突・貫の四つの攻撃全てのダメージを半分にする防具があっても即死させられている。それくらい《ゲイ・ボルグ》は反則的な威力を誇る。

 さっきの戦いでは、防御力値こそ低いもののダメージカット率は極端に高い俺は、HPを七割削られた。ダメージカット率を元の値に直せばケイタの攻撃は一周回って更に四割削るという計算になる。

 ユイ姉の場合、盾で防いで三割。更に持続的に三秒に一割のペースで削っていた。

 しかしこれはかなりおかしい計算になる。

 刺突属性に対し八~九割のダメージカット率を誇るゴーレム系すら一撃で屠る威力が《ゲイ・ボルグ》にはある。ましてやケイタが使っていた槍は王剣クラレントに勝るとも劣らない九十層台レベルの数値。ユイ姉の盾防御はおろかクリティカルでないにせよ直撃を受けた俺が即死していない時点で、かなりのレベル差補正を受けている事が分かる。

 レベルが一つ違うだけでそれなりに補正を受けるSAOに於いて、かなり差が開けばそれはより顕著なものとなる。

 そのレベル差補正は通常攻撃によるダメージにもある程度現れるが、実のところそれは些少。何故ならレベルが低ければ基礎ステータスや武器攻撃力も低いので、補正を掛ける必要が無いからだ。むしろレベル差で絶大なプラス補正が掛かると武器新調の意味を喪う。

 最も現れるのはソードスキル。STR、VIT、DEX、SPD、そして筋力値に敏捷値、装備の攻撃力値を参照してダメージが算出されるソードスキルには、レベル差補正が大きく働く。プラスは勿論、マイナスにも。スキル自体にダメージ倍率があるのでその抑止力としても働くよう設定されているのだ。

 重要な点は、その理屈では彼我のレベルを比べた際、自身のレベルが高い程にソードスキルの威力は跳ね上がる事。

 流石にある程度補正上限というものはあるだろうが、それでも『レベルが上』というだけで理不尽なくらいの補正は働く。その『理不尽な補正』こそ、適正レベルというものを確固たるものにしている。工夫一つで突破出来ないようレベルの絶対性を確実なものにしているのだ。

 だから俺はレベルが高ければ死ににくく、強者足り得るSAOでの真理に従い、レベリングを欠かさず行って来た。まぁ、半分以上は別の目的をこなすが故の副産物だったのだが。

 ともあれ、その『レベル差補正』というシステムの設定が、ケイタのレベルは俺程ではないという予想を抱かせるに至った。

 加えて、過去指導をしてきた経験も含めた考察として、恐らくケイタはレベルアップ時に手に入るボーナスポイントを、筋力値と敏捷値に五分五分で振っている。少なくとも筋力値へ多くは振っていない事は確実だ、振っていたらもう少し俺のHPは削れていた。

 過去のケイタ含めた《月夜の黒猫団》は、正に五分五分振りでどっちつかずになっていた。彼らは『どんなビルドも組めるように』とオールマイティーを目指していたようだが、それはむしろ悪手だった。

 バランスが良いからこそ突出した能力が無い。

 突出した能力が無いからこそ強力な敵と渡り合えない。

 極論、敏捷値――所謂素早さというモノ――は、移動の速さにしか関与していない。レベルが上がる程に自然と補正が加わる反面、筋力値は装備重量やアイテム所持現界の参考値となる重要な値。どちらかと言えば筋力値の方を重要視すべきである。

 極振りというのはリスキーだが、実は五分五分振りというのも意外にリスキーなのだ。むしろ筋力値極振りであれば移動は遅いが恐ろしく硬いタンクとして活躍出来る。どっちつかずが後々大変だ。

 これらの思考があるからこそ、俺は『あの紅い槍をケイタは誰かと一緒に手に入れたか譲ってもらった』と考えた。

 しかし、流石に《笑う棺桶》のメンバーと協力関係にあるとは思わなかった。居るとは思っていたが、まさか殺人快楽者の誹りを受けてむしろ喜ぶ者達と迎合しているとは予想外だった。

 ケイタは、良くも悪くも平凡な人柄だった。面倒見は良く、人当たりも良い温厚な性格をしていると思っていた。さっき話を聞いて人は見かけによらないという所感を更に強く持ったが、ケイタの芯は善人寄りだと思っていた。

 

「……そんなにか……《笑う棺桶》と迎合するくらい、俺を殺す事が重要なのか……」

 

 善悪の価値観をかなぐり捨てるくらい、俺が憎いのか。

 そう認識して、気持ちが深く沈んだ。

 

 *

 

 SAO史上唯一レッドの名を冠したギルド《笑う棺桶》。

 2023年12月25日に旗揚げとしてとある中堅ギルドの一人以外を皆殺しにし、SAOに《レッドギルド》の名を恐怖と共に知らしめたそのギルドは、2024年2月中頃、【黒の剣士】が立案、攻略組の主なプレイヤー達と共に実行した『《笑う棺桶》掃討作戦』により壊滅した。

 しかしながら、厳密には《笑う棺桶》に加担した協力者全員を撲滅出来た訳では無い。

 何故なら見た目強そうではないプレイヤーが《圏内》で様々なアイテムの補充や情報収集の為にシステム的にギルドに加入せず、独自に動いていたからだ。仲間かどうかの判別は体の何処かに刻み込まれたタトゥーらしい。

 ちなみにそのタトゥーは『特殊なダガー』を用いて刻まれるもので、何をしようと絶対に消せないのだという。

 とは言え目的からして目視されにくい場所に掘るので、大衆浴場でも利用しない限り基本的に発覚はしない。故にレッドの象徴とも言うべき《笑う棺桶》のタトゥーがある者はまだ《アインクラッド》に疎らに居るだろう。

 それでも全員が積極的に協力していた訳では無い。中には気弱そうな者やレベル的に絶対逆らえない者を脅し、従わせていたという話がある。タトゥーを刻まれていたからと言っても全て『悪』という訳では無いのだ。

 

 ――――だが、《笑う棺桶》のギルドマークがある者は、絶対的に殺人快楽に飢えていると言っても過言では無い。

 

 ギルドに加入した者に脱退は許されない。脱退はすなわち死だ。

 反面、ギルドの勧誘を受けた時に断った場合の状況によっては、そのまま逃がされる場合もままあるらしい。そもそもセンスのありそうな者を選んで勧誘しているらしいので、まず断られた事は無いらしいが。

 ちなみにそれを俺が知っているのは、ピナ蘇生の折にPoH/ヴァサゴと初の直接対面をしてから数日後、俺はあの男に直接接触され、《笑う棺桶》に勧誘され、それを蹴った時に言っていたのを聞いたからだ。『センスがあるし向いている』とか言っていた。

 非常に遺憾ながら『人を殺す』という一点に長けているのは過去の所業的にも否定出来なかったので、それについては何も言わないでおいた。

 ――――ともかく《笑う棺桶》の一員になる事、あるいは積極的な協力関係にある場合、それは『殺意』をPoHに何かしらの形で認められた事を意味する。

 つまり《笑う棺桶》のギルドマークがある者が間違いなく《ホロウ・エリア》で貴重な状態異常回復ポーションをケイタに使った時点で、必然的にケイタは《笑う棺桶》に認められた協力者という事を意味する。善悪の価値観を度外視した、殺人に忌避感を抱かない集団の一員であると。

 そこまで憎まれていたのかと、気持ちは沈み。

 そこまで憎くくて自分を鍛える気概があったなら、自殺なんてしないで《アインクラッド》のどこかで自分を鍛えていればよかったのにと思った。

 そこまで自分で鍛えられたなら、俺の助力なんて必要無かったのではと思った。

 『だからこそ』と言っていたから《アインクラッド》よりも高レベルモンスターが多いこちらでなら俺よりも強くなれると考えて鍛える事にしたのだろうけど。

 恐らくレベルアップボーナスポイントの五分五分振りを続けている事から、《アインクラッド》で活動していてもどこかで頭打ちになっていただろうけど。

 

 ――――これは、無理だな……

 

 当初の計画では、麻痺毒で動けなくて抵抗出来ないケイタを連れて、サチと会わせるつもりだった。

 しかしそれは、ケイタの善性が残っている事を前提とした希望だ。《笑う棺桶》に迎合している時点で最早関係修復は勿論、殺し合いにならないなんて不可能に等しいだろう。

 

 ――――せめて……せめて、サチが居ない時に、この手で片を、付けないと。

 

 ――――俺とケイタの殺し合いに巻き込むわけにはいかないから。

 

 苦々しい思いで、そう決める。

 フィリアを使いに出してしまった以上、サチと話す事は避けられない。ならサチがケイタと出逢うより前に不安の種を摘み取っておく事が次善の行動だ。

 怨まれるかもしれない。

 でも、元々怨まれてもおかしくなかった。自業自得。受け容れこそすれ、それを非難する事なんて出来ない。

 

「――――ぁ」

 

 そして、ふと気付いた。

 

 今、サチは居ない。

 

 ナンはプレイヤーじゃないから別として、今、味方と言える者は誰も居ない。

 

 眼下には、《敵》である七人が居る。

 

 

 

 自分以外、《敵》しか居ない。

 

 

 

「――――」

 

 逃す手は、無い。

 

 ――――けれど、何も話さず、勝手にやっていいのか……?

 

 ケイタの前から立ち去る時、俺はサチが怒るべきだと判断した。テツオ達の死に怒るケイタの反応は正しく、自殺した事に対し怒るのはサチこそが正しいと。

 俺が怒るのも、報復に出るのも筋違いだと結論を出した。

 今動いて、サチが辛い目に遭う前に不安の種を摘み取るのは可能だ。

 けれどそれは、サチの怒りや不満をぶつける機会を奪う事にならないか。意志を無視していないか。『無理だ』と判断したのもあくまで俺の所感、もしかしたらまだ不可能では無いかもしれない。サチは訴えるかもしれない。

 ケイタが《笑う棺桶》と迎合していようが、その可能性はまだ否定出来ない。否定されていない。明確に答えは出ていないのだから。

 答えが出るのは、実際にサチとケイタが対面した時だけ。

 それ以外は全て推測に過ぎなくて、あらゆる可能性が広がる段階。それを推論だけで否定するのは極めて非論理的だ。筋が通っていない。

 

 ――――ケジメを付けるなら、筋を通すべきだな……

 

 実際のところ、ケイタと殺し合いたくないからサチを引き合いに出しているだけなのに、そんな俺が『ケジメを付ける』なんて考えるのは烏滸がましいのではとも思う。

 それでも俺は、出来る限り殺し合いたくはない。

 そもそも好き好んで人を殺している訳では無い。

 敵であれば容赦をするつもりはない。殺す必要があるのなら躊躇いもしない。秩序の為なら命を奪う事も視野に常に入れる。

 それは全て、『護りたい』と思った人達を少しでも多く生かすため。

 

 ――――だから、サチの力を借りるしかない。

 

 俺一人では『殺す』事でしか人を護れない。殺す未来しかない。

 でも今回の場合、サチならケイタと殺し合わずに済むかもしれない可能性がある。それならそれに懸けたい。身勝手でも、それに縋りたい。

 《笑う棺桶》の事は引っ掛かるし無視出来ない。

 けれど、ケイタを連れて帰る事は出来なくても、とても貴重な情報を手に入れられたと思う事にして、俺は【ホロウ・エリア管理区】へ戻る為に、大神殿の方の転移石へと飛んだ。

 

 『死んだ』/『殺した』人を『生かしたい』という思考が酷く矛盾している事からは、目を背ける事にした。

 

 *

 

 西へと移動を開始した六人の《笑う棺桶》団員とそれに同行するケイタを見送った俺は、七人の姿が見えなくなってから大神殿前の転移石へと移動した。

 西の転移石へ向かわなかったのは、ケイタ達が西の《迷いの森》方面へ進んでいたからだ。移動速度の違いからあの七人に見つかる事は無いだろうが、俺が殺めた《笑う棺桶》の団員はまだ数十人は居る筈。その残りが《迷いの森》のどこかに居るなら西の転移石へ向かうのは悪手だろうと判断した。

 だから俺は東の大神殿入り口付近にある転移石の方を使う事にしたのである。

 そんな俺は大神殿の入り口付近に降り立ち、そこでインナーの内側でずっと静かだったナンを外に出て、肩に留まらせた。

 

「窮屈な思いをさせてごめんな……」

『きゅ!』

 

 謝罪の意を込めて撫でれば、ナンは頬をペロリと舐め、鳴き声を小さく上げた。

 まるで『気にするな』と言わんばかりのその様に笑みを浮かべる。

 昨日はご飯を食べさせられてないし、今日は再会の記念も含めて少し腕によりを掛けた料理を振る舞ってあげようかと考える。

 そんな思考を死ながら転移石へと歩を進めていると、ふと、背筋をゾワリとした何かが這い回った。SAOで戦って来た経験からそれが悪寒であるとはすぐに分かった。

 

「ッ……!」

 

 背筋を走った悪寒と同時に脳裏に走った直感に従って、俺は反射的に背後を振り返った。その際、シノンとの鍛練でも使用した黒と白の肉厚の短剣を両手に持つのも忘れない。

 しかし振り返っても誰も居なかった。用心して周囲をゆっくり見回しても同じ。

 見えるのは鬱蒼とした樹海と苔生した石造りの建造物。耳朶を打つのは風に揺らされる葉擦れの音に使い魔の小竜が小さな双翼をはためかせる音、そして自身が立てる足音に双剣を構える音の計四つ。

 異質と感じるものは無い。

 

 ――――しかし、唐突に視界に影が落ちた。

 

 更に得も言われぬ圧迫感と嫌な予感、鋭い殺気を纏めて同時に感じ取る。

 

「ッ……?!」

 

 背筋に悪寒が走り終わる前に直感で反射的に右横へ跳ぶ。

 直後、すぐ背後で石畳に硬いものを叩きつけたような音が聞こえ、襲撃されたのだと理解した。

 

 

 

「安心したぜ、どうやら勘は鈍ってないみてェだな」

 

 

 

「な……っ」

 

 振り返るよりも前に耳朶を打った声に一瞬呼吸が止まった。

 居るとは思っていた。というかむしろ居ない方がおかしいと思っていたから、何れ再び相対するだろうと予想し、心構えをしておくつもりだった。

 しかし、まさか、《ホロウ・エリア》に死者がいる事を知って一時間も経たない内に、こうして再会する事になるとは……

 

「久し振りだなァ、【黒の剣士】」

 

 石畳に叩きつけていた肉厚の中華包丁の如し刀身を持つ短剣を持ち上げた男はそう言いつつ、目深に被ったポンチョの奥で抑えた笑声を上げた。

 限りなく黒に近い濃緑のポンチョ、幾本ものベルトを両足に巻いている革ズボン、黒い手袋。出刃包丁型の短剣を握る右手には、先ほど見た《笑う棺桶》のマークが刻まれている。勿論頭上のカーソルはオレンジ、HPゲージの横には右手の甲にあるマークと同じものが表示されている。

 長身且つ細身ながら筋肉質な体格の男。惹き付けられる独特のイントネーションが特徴的な男の声。

 その声も、姿も、武器に容貌も、全て覚えがある……!

 

「PoH……!」

 

 双剣を構え警戒しながら、苦々しく名を紡ぐ。

 かつて《笑う棺桶》掃討戦に於いて、この手でエリュシデータを以て命を刈り取った男が目の前に立っていた。

 あの時に見た男の最後の姿と何ら変わっていないから見間違いようも無かった。

 

 






 はい、如何だったでしょうか。

 ちょこっと(?)キリトが甘さを捨てる方に傾いたものの、サチの存在がそれを繋ぎ止めました。

 凄いぞサチ、生きているだけでキリトが道を踏み外すの止めるとかマジヒロイン。支えとして想われてるか不安がられてる(人間関係でのキリトの自信の無さの顕れ)けど実はかなりの強ポジに居るぞサチ。最近義姉や電姉や絶剣や弓猫

 しかも【魔槍ゲイ・ボルグ】を入手して強化されるフラグも立った。

 蒼い服、呪いの赤槍……SAO版ケルト?(笑)

 この場合、槍の入手経路を考えると、ケイタは憎悪の対象(キリト)に奪われた後、見限った相手(サチ)に塩を送ったという事になる訳で……

 魔槍を使いこなすサチとの対面が待ち遠しいですな(愉悦)

 ちなみに、原典のHFでは【魔槍ゲイ・ボルグ】は《実装フラグメント調査項目》というミッションをクリア後、《アインクラッド》に実装された特定の敵を倒すと入手出来る武器です。

 実はこの槍、HFでも必中バフはしっかりある、追尾機能はそれを再現した形なのだ。

 更に本作では『入手経路』部分の設定も変えて、《~~・ミッション》をクリアする事で『何度でも』入手可能にしております。王剣クラレントも《グランド・ミッション》クリア条件の討伐対象《叛逆の騎士》を倒した事で手に入った経緯がありますし、それと同じだと思って下されば。

 ――――てか、心情描写と推論だけで一話使えるキリトは年齢と精神が完璧に噛み合わないキャラダナ……(それを言ったら終わる前に始まりもしないのですが)

 キリトの思考のコンセプトは『矛盾』と『二択(生か死か/善か悪か)の可能性』、『二律背反』。これくらい滅茶苦茶考え込んでいる描写しないと薄っぺらくなるという事でご理解下されば幸いです。

 密度は濃く、スピードは巻き巻き。

 何れそんな風に描けたらいいなぁ……

 今後も本作をよろしくお願い致します。

 では!


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