インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~ 作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス
どうも、おはこんばんにちは、黒ヶ谷・ユーリ・メリディエスです。
今話が恐らく今年最後か、その一つ前の話になると思われる。今週がガチで山場なので。
忙しかったのもあって一万文字と少なめですが、ご容赦を。その分内容は詰めてるから!(汗)
今話もオールキリト視点。全然進んでいないのは相変わらず(白目)
ではどうぞ。
「あまり驚いてない事から察するに此処が『どういう所』なのかは理解してるみてェだな……なら俺が居る事を説明する必要も無ェだろ」
苦々しげな俺を見てどこか愉快そうに口の端を歪めたPoHは、上機嫌に歩き出す。
こちらとPoHの間を中心として円を描くように回り始めたため、俺もまた距離を保つように歩き始める。
「さっきの戦い、見させてもらったぜ」
恐らくPoHが言っているのは俺とケイタの戦いの事だ。
つまりPoHはあの六人に混じって俺を見ていた事になる。『近くに居る』事が分かり方角の目星も付くとは言え、現実と勝手が違う仮想世界では流石に正確な人数が分かる程ではないのでアレで全部かと思っていた。《ホロウ・エリア》の何処かに居るかもしれないなとは思っていたが、この場には居ないだろうと思っていただけに油断した。
PoHはどうやら大神殿の屋根の上から俺とケイタの戦いを観戦していたらしい。
確かに屋根の上であればよく見えた事だろう。
「……さっき、ケイタを助ける《笑う棺桶》の団員の姿を見た。あの追尾する赤槍をケイタに渡したのはお前なのか?」
「そうだ、と言ったら?」
まず間違いないだろうと思っての問い掛けに、半ば肯定しているも同然の言葉を返してきた。
PoHはその職業柄基本的に相手に情報を渡さない人物ではあるが、どちらとも解釈出来る内容であれば煙に巻くような言い方で受け答えはする性格でもある。こちらが読み違いさえしなければ比較的情報は入手出来る方なのだ。
そうなる理由がこちらを混乱させて愉しむためという辺り、あまり信用は出来ないのだが。
「だとしたら予想通りだ……でも、だからこそ、解せなくも感じるな」
「ほう……? だからこそ、か。そりゃ一体どういう意味だ?」
そしてPoHは、同時にこちらの情報や思考を知ろうともしてくる。相手を翻弄するには相手の思考を知らなければならないからだ。
逆に情報を取られるというリスクはあるが、それを冒してでも相手の思考を知る事にPoHは重きを置いている。
そこが俺にとっての狙い目でもあった。
長らく秘めていて、結局もう知れないと諦めていた事について問う事が出来る。
ケイタが《笑う棺桶》に迎合している事の動揺はまだ抜け切っていないし、その事実に打ちのめされているところに追い打ちをかけるように姿を現したPoHに思うところは沢山ある。
しかし、それとこれとは別として考えなければならない。何時までも一つの事に拘っていられる程余裕がある訳でも無いのだから。
貴重な機会を逸するわけにはもういかない。
「《笑う棺桶》がケイタに助力している事、それ自体に驚きはあっても意外には思わなかった」
だからこそ、ここで論を展開する必要があった。
ケイタと《笑う棺桶》の協力関係には驚かされた。それはケイタの人格という面で。攻略組の一員として戦えるくらい強くなりたいと言っていた《月夜の黒猫団》は、全体的に人の好い性格をしていた。ケイタのあの性格は意外に思えた程に人が好かった。
つまり《笑う棺桶》に属する殺人快楽や人格は端を起こしている人間達とケイタは、本質的には相容れない。
それなのに協力関係を結べている要因があるとすれば、それはただ一つ、《ビーター》への復讐心という唯一つの共通点だと俺は思う。
そう考えれば、両者が手を取っている事も驚きはない。
元々俺が動揺を抱いたのもケイタの人間性を考えての事で、その心情や立場に関しては意外とも思っていない。
憎悪を向けられるのは確かに辛い。
けれどその行動や過程に関しては意外にも思っていないのもまた事実。俺はケイタの憎悪を肯定している。強力な敵、あるいは憎い敵を必ず殺せるよう同じ目的の者と手を組むというのはむしろ当然の行動だろう。
だから俺がPoHに対し『解せない』と感じているのは、ケイタに力を貸すメリットにでは無かった。
「第四十七層で初めて顔を会わせた時からずっと、気になっていた事がある――――そもそもの話、リアルでは裏で生きる傭兵のアンタが、どうして《SAO》なんかに居る」
それは俺とPoHのリアルの関係を知らなければ意味が分からない問いであっただろう。現に俺は、だからこそこの疑問を誰にも明かした事が無い。
PoHは裏の人間だ。第二回《モンド・グロッソ》に於いて二連覇を防ぐ為にどこかの組織からあくどい依頼をされ、それを遂行し、非道な研究所で戦闘訓練の教導を請け負っていた時点でそれは確実。少なくとも表を堂々と歩く事は出来ない身分であるのは確実。
傭兵は日々あくせくと動かなければならないくらいギリギリな稼業である事は、あくまでゲームとは言えSAOで似たような事をしてきたからこそよく理解している。
そんな人間が悠長にゲームなんかしてられる筈がない。
つまり、逆説的にPoHは遊びでSAOに居るのではなく、何かしら目的があってログインしてきたという事になる。
俺のIS装備と同一の装備の件と同じくらい、俺にとっては長い間謎となっていた。
「く、くくく……!」
PoHは問い掛けを聞いて更に愉快そうに笑い始める。どれだけ機嫌がいいのか、巧みに手と指を駆使して片手だけで短剣をクルクルと回す程だ。
「なるほど、俺の見立ては間違ってなかったらしい。俺がお前ェの思考を読めるように、逆にお前ェも俺の思考を読める、俺達は謂わばコインの裏表って訳だ。勘が良い」
「……」
『勘が良い』。
それは言外に、俺の疑問が正しい事を意味している。つまりPoHはSAOデスゲーム化に何かしら利益を見出した第三勢力、あるいは知ってか知らずかSAOをデスゲームにした黒幕からログインをするよう依頼された事になる。
――――前者であれば、まだ良い。
――――問題は後者であった場合だ。
機嫌良さげに片手で短剣を弄ぶ男を見つつ、得た情報から考えられる可能性を思考する。
ここに来る際、俺は《ⅩⅢ》に登録されている風の六槍の力を使っていた。その方法は少なくとも俺一人を浮かし飛ぶくらいなら訳は無い。
流石に誰かを浮かせた事は無いので複数人と一緒に移動するなら練習を要するものの、自分一人を対象にすればイメージは容易い。人間は翼を持たないので『空を飛んでいる』イメージというのは存外難しい。
そしてこれは、IS操縦経験に乏しい者が必ず一度ぶち当たる壁でもある。
生まれた時から自分の手足として動かしてきた体で纏ったISは定義的には『異物』な訳で、それを生身同然のレベルにまで熟達するには気が遠くなる程の修練を要するのと同じだ。慣れに掛かる時間は個人差があるものの、大抵の人は飛行段階で必ず転ぶ。
ISが飛べる理論は、見た目より遥かに難しく、けれど納得はしやすいもの。バーニアやスラスターといった物質を浮かせるだけのエネルギーを供給し、圧力として噴出する事でISは浮いている。
略称をPIC、正式名称を《パッシブ・イナーシャル・キャンセラー》というオーバーテクノロジーの一つ『慣性制御システム』が機体の加速・減速・上昇・下降の際に掛かる慣性を統制し、滑らかな機動を可能とさせているが、大本はロケットや戦闘機の飛行の根幹にあるものと何ら変わらない訳だ。
それでも問題は、バーニアやスラスターがエネルギーを噴出させる方向性の決定やPICの加減に、操縦者のイメージが関わって来る事。
俺一人なら特に練習も無く――白の助言と特訓はあったが――《ⅩⅢ》で飛べて、逆に複数人なら練習を要する理由には、そこが関わって来る。
ISは『個人』で操るものであり、少なくともSAOに囚われる以前は基本『複数人』で同時に操るものではない。ISを操縦した経験があり、更に飛行経験もあるからこそ、その経験を《ⅩⅢ》での飛行に応用出来ている。
ISの飛行はおろか操縦にイメージが関わって来るのは、頭部に装着するバイザーが体を動かしたり空間把握を司る脳細胞の脳波を読み取り、それを反映しているからではないかと俺は考察している。その辺の難しい部分は技術者では無いからか束博士も触れなかった。
ともあれ、恐らく《ナーヴギア》も同じように脳波を読み取っているから、《ⅩⅢ》というISの特徴を色濃く持つ装備が実装されているのだろう。
『何故俺と束博士以外は知らない筈のIS装備なのか』という疑問を含め、これらの点から、茅場晶彦/ヒースクリフに悟られないようSAOをデスゲームへと変えた黒幕は《ナーヴギア》製作段階から関わっていると考えられる。
何故なら、一般に知られている《ナーヴギア》は、脳波は読み取らないとされているからだ。
後継作である《アミュスフィア》がどういう形状かは知らないが、ISについても束博士繋がりである程度知っているリー姉曰く、正にISのバイザーのような形状をしているらしい。厳密に言うと、ISはクラインやユウキのバンダナと同じように額から頭頂部に掛けてハイパーセンサーを付けるが、《アミュスフィア》は目元を覆うように被る円環状のギアらしいのでちょっと形状は異なるという。
ともあれ、《ナーヴギア》の殺人的性能をスペックダウンさせただけらしい《アミュスフィア》がその形状なのだ。目元と後頭葉は覆うが、側頭葉は殆どがら空き、前頭葉と頭頂葉に至っては完全に触れていない時点で脳波を読み取っていないのは必然である。
《アミュスフィア》が脳波を読み取れない形状であり、それが《ナーヴギア》をスペックダウンさせた後継作として知られている時点で、一般に《ナーヴギア》が脳波を読み取るとは知られていない事の証左となる。
では何故、俺は《ナーヴギア》であれば脳波を読み取れると考えるのか。
それこそ《ⅩⅢ》の性能を万全に振るう為に要するイメージが関わる。
極論、延髄を通る電気信号は運動神経と感覚神経、自律神経の三つだけ。空間把握や言語、イメージなんて一切関わらない情報だけである。アバターを動かすなら運動・感覚神経の情報だけ読み取るだけで良いのだ。一般に知られている情報通りである。
故に、これもまた逆説的に、《ナーヴギア》は脳波を読み取れる機能を有するという証左になる。
そして《ⅩⅢ》はSAOにて正式にプログラミングされたデータ。それをするにはSAO製作段階から関わっていなければならないが、イメージを反映する為に脳波を要するなら、《ナーヴギア》にその機能を持たせなければならない。
しかし世間に於いて脳にまで影響を与える機能は流石に許可されない。
だから秘密裏にしなければならない――――が、恐らくその黒幕は、むしろ堂々と論を駆使し、反対意見を説き伏せた。
その一つとして使われていると思われるのが《料理》スキル。
もっと言うなら、味を感じる《味覚》と満腹感。
情報雑誌にて読んだ事がある。《ナーヴギア》と仮想世界技術は使い様によっては終末期医療を受けている患者達のQOL――《クオリティ・オブ・ライフ》=《生活の質》――の向上に貢献する可能性が極めて高いものだと。
世界初のVRMMORPGのタイトルとなったSAOは、同時に『仮想世界で生活出来る』という側面でも世界初となっている。現実では寝たきりの患者も、仮想世界でなら現実世界と同じように暮らせる。そこに医療方面は希望を持っていた。
《SAO事件》なんてものが起き、既に死者も数百人単位で出ているにも拘わらずリー姉がプレイしていたという《アルヴヘイム・オンライン》の開発・運営を許されているのも、仮想世界技術に多くの医療従事者が希望を託しているからだと思う。
それほど仮想世界技術は期待を寄せられている。
文字通り『仮想世界での生活』を現実と同レベルにするなら、全身で感じる触圧覚や温冷覚といった触覚だけでなく、視覚、聴覚、嗅覚、味覚も再現しなければならない。
所謂五感と呼ばれる感覚の中で、最も再現が難しいのは味覚だ。ISもその気になれば触覚機能を持たせられるらしいが、束博士と言えども味覚だけは難しいという。それだけデリケートな話。
それを再現するなら、直接脳波を測定、及び操作出来るようにするのが一番手っ取り早い。
だから俺は《ナーヴギア》に脳波を弄る機能があると想定した。
必要性に駆られてその機能を搭載したとも考えられるが、そうであれば世間に公表していない事が引っ掛かる。逆説的に、『脳波を読み取れる・操作出来る』事実を知られるのはマズいとも考えられた。
それがSAOのデスゲーム化、ひいては脳破壊による死亡を引き起こす可能性を隠す為だとすれば辻褄が合う。
ここに《ⅩⅢ》とリアルの俺のIS装備の共通性、更に裏で生きる傭兵の筈のヴァサゴが《PoH》としてログインしている時点で、不可解な点があり過ぎるのである。
――――まさかとは思うが……全部、仕組まれた事なのか……?
自分が攫われる事は勿論、ISに適合してあの武具を振るう事すらも、SAOをデスゲーム化した黒幕にとっては予定調和という事なのだろうか。
SAOの開発が始まったのは、確実に俺が攫われるよりも前の話だ。βテストの事を考えればそれよりも前とも考えられる。
《ⅩⅢ》が正式な装備として認められている以上、研究所で俺にISコアを埋め込んだ者達と繋がっている何者かが製作メンバーに居た可能性は十分ある。
つまり俺が知った事実の順番で考えると、時系列的におかしい事になる。
反面、全て仕組まれた事だったと考えれば、辻褄が合ってしまう。
SAOデスゲーム化の考案とゲーム内に《ⅩⅢ》をプログラムする考案が最初で、次に俺を研究所へと連れて行き、コアを埋め込んだとすれば。
――――もしかしたら、義母さんがβテストの応募に当たったのも……
思い返されるのはSAOのβテスト応募に関しての事。
俺がβテストをプレイ出来たのは、パソコンに齧り付いてネットで応募が開始されたと同時に応募した俺に遅れて、はがきで応募を送った義母さんが見事当選したからだ。
あの時はただ運がいいだけだったのだと思った。
だが、今し方行き着いた予測が正しければ、それは『仕組まれていた』とも考えられる。
ネットでの応募は機会が判断しての完全ランダムだろうが、はがきでの応募であれば人が介入する余地を生む。《ⅩⅢ》をプログラムしている時点で、《桐ヶ谷家》に拾われた俺をログインさせようとしている魂胆を容易に想像出来てしまえるからこその予想だ。
――――しかしそう考えると、PoHのメリットが分からないな……
傭兵稼業とは根無し草の風来坊というイメージが付き物だが、現実だとそんな事は無い。必ず傭兵は事業所に、あるいはどこかしらの企業に属している。
企業で言うなら《プライベート・ミリタリー・カンパニー》、略してPMCと言われる企業がそれだ。日常的に危険が多い外国ではそういった企業などわんさかとある。大企業の代表の護衛を表でするSPだけでなく、裏側ではそういった傭兵が動いていたりなどは普通にある話だ。
PoHも恐らくそういった企業に属している傭兵の一人だろう。
しかしそういう仕事をしていると休暇なんてあってないものに等しい。無くは無いだろうが、デスゲーム化してからログインするなんて行為を自発的にする筈がない。まずもってそうした傭兵は部屋を開ける為に即座に《ナーヴギア》を外され殺される。
デスゲーム化するより前にログインした可能性も否定は出来ない。リアルでは大怪我に繋がる戦闘訓練も、仮想世界であれば怪我も無く、銃弾などの損耗品すら使う事無く行えるからだ。
とは言えそれもSAOに銃があったならの話。剣だけの世界では、傭兵や企業がSAOに価値を見出すとは思えない。VR技術には確実に軍事企業も関心を向けているだろうが、SAOにはそこまで向けていない筈だ。
だからこそ、デスゲーム化の黒幕が依頼したのではという予想も立った訳である。
問題は、その依頼を受けたのが何故この男だったのか、という事。今の予想ではPoHはデスゲーム化した後にログインしたという理屈になる。傭兵にもノルマはあるだろうが、死の危険がある依頼である以上拒否権は余程でない限り剥奪されない。
つまりこの男は、SAOに死のリスクを上回る何かを見出し、自らの意志でこの世界に来た。
恐らくだが、それがこの男の目的と直結する。
「一体何を目的として、SAOで動いているんだ」
「さてなァ?」
何かを企んでいるのは明白だ。
PoHは常識的に見れば異常者だが、その実傭兵としてはかなりマトモな部類に入る。計画を立てて、どの敵に手を出したらいけないかもしっかり把握出来ている辺りがそうだ。狡猾な行動を取れるという事は、それだけ『ある側面』から見ればマトモという判断も出来るのである。
とは言え流石にそれを悟らせる程甘い筈もなく、短剣を弄びながらグルグルと俺と同期して回っている男は煙に巻くばかり。
その態度に苛立ちと納得を同時に抱いた時、ユラリと歩くPoHはこちらに背を見せ――――
「シィッ!」
「ッ……!」
振り返り様に短剣を薙ぎ払って来た。
警戒を続けていたため、寸でのところで左手に持つ白い刃の短剣を翳し、肉厚の刃を防ぐ。力押しで攻めるつもりは無いらしく、PoHは短剣の刃を滑らかに滑らして腕を振り切った。
振り切っても隙を晒さない辺りは流石と言ったところか。
そう関心を抱きつつ、短剣を用いた接近戦の構えを見せる男に応じて俺も構える。構えと言っても見た目の上ではただ双剣を持つ手を下げているだけだが、完全に脱力している訳では無いので先ほどのような反応も可能だ。
見た目に反して存外隙は少なく、素早く動ける構えなのでユイ姉とシノンにも教えていたりする。
ちなみに、この構えを教えたのは目の前にいる男であったりもする。
「俺が此処に居ようと、此処で何をしようと、お前ェには関係の無い話だろ?」
「そうもいかないから訊いている」
先に考えた様に、PoHは傭兵としてマトモな思考をしている人物。決して考え無しでは無い。だからケイタへの協力を許しているのも、《ホロウ・エリア》で活動している事にも、何かしらの計画性があり、規則性が存在する。
それが分かれば今後動く際に注意するべき箇所を見出せると思ったのだが、これは無理そうだと判断せざるを得なかった。
俺の混乱を煽る為に敢えて煙に巻こうとしている事が分かるように、PoHもこちらの思考を読んでいるのだ。警戒している相手から情報を抜き出すなんて流石に不可能に近い。
現実であれば拷問で絞り出せるのだが、基本的に痛覚を再現されていない以上は無理だ。
逆に言うと、俺であれば拷問が通用してしまうのだが。だからこそ敵には痛覚がある事を悟られてはならない。
――――流石に、この男相手に無傷は厳しいな……
さっき気付いたが、視界左上に表示されているHPゲージは僅かに目減りしていた。加えてPoHの登場の動揺が収まった後、左の頬にはじんわりと微妙な熱さを感じていた。
恐らくだが、初撃を躱し切れず頬を薄く斬られている。
襲われる直前に気配に勘付き、警戒していて、回避行動も取ったにも拘わらず即死判定を受けやすい頭部の一部に攻撃を当てるなど、生半な実力では不可能だ。《短剣》というリーチに乏しい武器であれば尚更に。
しかし傭兵にとって軍用ナイフやコンバットナイフは自分の体の延長戦に近い代物。それと同等の扱いになる《短剣》は、PoHにとってすれば一番使い慣れた得物と言える。
だからこそ、無傷で勝つのは厳しいと俺は見ていた。
だが、同様にあちらも同じ感想を抱いているらしく、構えこそしたものの中々踏み込んで来ない。一度自身を殺したという実績がある相手なだけに幾分か慎重になっているらしい。
互いに互いを警戒し合っているが故に陥った硬直。
――――それは、第三者の行動によって破られた。
ポンチョを羽織った長身の男と睨み合っていたその最中、唐突に視界の端をキラリと紅い光が過った。目の前の敵から視線を切る危険性は理解していたが、あの槍の色でもあったため一瞬だけ目をそちらへ向けた。
そして、《索敵》と《鷹の目》によって強化された俺の視界に、脳裏に過った紅が入って来た。
つまるところ、少し前の焼き直しの如く追尾性能付きの紅槍が光の帯を引きながら飛来していたのだ。その先を見れば、先ほど見送った筈の《笑う棺桶》の六人とケイタが木の陰に居るのが見えた。
ふと視線をPoHへ戻せば、男は嗤っていた。
どこの誰が放ったか分からなければ多少なりとも慌てる筈だが、それが無いという事は……
――――謀られた……!
俺がケイタ達を見送っている間にメッセージを送り、こちらに引き返すにして挟み撃ちにする算段だったらしい。
――――だから悠々と煙に巻きながら歩いていたのか!
まんまとPoHの策に嵌ってしまった事に歯噛みしながら、どう動くべきかと思案し――――脳裏に、シノンとの鍛練の光景が浮かび上がった。
「氷よッ!」
それから間を置かず、黒い短剣を仕舞って空いた右手を飛来する魔槍へ向ける。その間も左手に握ったままの短剣でPoHを牽制するのは勿論忘れない。
右手を向けた直後、その先の虚空には蒼白い霜が発生した。それはすぐに空中で凝結し、一瞬にして巨大な壁を形成する。
「ほぉ……?!」
すぐ近くにいるPoHは、何故かこちらを邪魔する素振りもみせないで感嘆の声を発した。
虚空に創り出した盾。
それは以前シノンが俺に見せてくれた、氷を使った盾の模倣。
俺のそれは更に精緻な造りになっている。シノンの盾は騎士盾として採用されているカイトシールド特有の形状だったが、俺の盾はダイヤモンドダスト特有の六花を模した氷の盾。薄い膜に似た氷を複数枚展開し、一番手前に巨大な六花が最後の守りとなっている六連重層構造。
仮に名付けるとすれば、《ダイヤモンド・イージス》か。形状の由来と俺の想起によって成立している強固さ、そして最硬の盾という部分でそれぞれ名を付けている。
その六花の氷盾の中心に、紅の魔槍が突き立った。
「ぐ……ぅッ!」
直後、赤黒い衝撃波が放射状に荒れ狂う。
間を置かず、バリン、と氷の六花が一枚割れた。更に二枚、一気に貫通する。
――――《ⅩⅢ》の属性攻撃で止める事は、不可能か。
わざわざ隙を晒す危険を冒してまで氷の盾を創ったのは、《ⅩⅢ》の属性攻撃で槍を止められるかを試す為。
正直な話、ケイタが放った二撃目の槍を蹴って自爆させた事も、確信を抱いてやれたことでは無かった。最悪ケイタに突き刺さってもすぐ方向転換をして再度襲って来ると考えるくらいには希望を持っていなかった。
しかし結果的にケイタに突き刺さった事で槍は止まった。
ソードスキルに追尾性能が無い以上、追尾は槍の特性なのは明白だ。実際ケイタから奪った槍の性能を見た限り《必中》とあったから間違いない。
なら止まった要因には恐らく俺の蹴りが関わっている。ダメージがあろうと無かろうとに関係無く、『対象』として定めたプレイヤーのアバターに『当たる』だけで、《必中》の効果は消えるのかもしれないと考えられた。
あるいは、ソードスキルの使用者がノックバックを受けたから、キャンセルされただけなのかもしれないが。
それを確かめる為にも、もう一度『当たってみる』実験が必要だった。
氷の六花は、あくまでそのタイミングを計る時間稼ぎでしかない。
――――興味深そうにしているだけのPoHが気掛かりではあるが……
てっきり俺を殺そうとしていると思っていただけに、挟み撃ちの展開とも言える現状で動こうとしない事には疑問を覚える。
とは言え来ないのであれば好都合。
一先ずPoHは置いておこうと判断し、六花の想像を止める。同時に右手に黒い短剣を再び出す。
その直後空中に浮かぶ残り三枚の蒼白い六花は虚空へと薄く消え、すぐさま紅の槍が飛来する。
紅の槍を、一撃目の時のようにギリギリで横へ動いて躱す。
ただし跳びはせず、本当に槍の穂先が頭を貫く寸前のギリギリで半歩だけ躱す。掠る事も無く、槍は自分の右横を過った。
「ふ……ッ!」
直後、右手に持ち直した黒い短剣を振り上げ、槍を上へと弾く。カァン、と金属がぶつかる甲高い音を響かせながら槍はクルクルと回り――――目の前の地面に突き立った。
どうやら生身と手に持った武器であれば槍の《必中》は効果を喪うらしい。
「……二本目、か」
先に奪った一本目の可能性は無い。ケイタから取り上げた後、俺はアレを一度装備して所持権をシステム的に移行しているからだ。
武器スキルのModである《クイックチェンジ》やオプションの凄く深い所にある《オール・アイテム・オブジェクタイズ》を使えば奪われたアイテムを回収する事は可能だが、それはあくまで所持権がある時間内のみ。装備品であれば一時間、他のアイテム類であれば五分間であればその二つの操作で取り返せる。
しかし俺はそれを知っていたため、サチの強化となる槍を取り返されては堪らないと思い、フィリアに託す前に一度自分で装備していた。そのためシステム的にあの槍の所有権は現在俺という事になっている。
だからこそ、ケイタは槍を取り返せなくなった。それなのにまた同じ槍が飛んできたという事は、つまりもう一本持っていたという事である。
「二本目の入手にも手を貸していたとは、随分と過保護だな、PoH」
そしてその入手もPoHは最低二回手助けしているという事になる。何かしら計画している事は確定的となった。
「くくっ……」
地面に突き立った槍を手にしながらPoHを向きながら言うが、当の本人は意味深に笑みを深めるだけ。
どういう事だと内心で首を傾げていると、また視界の端をキラリと紅い輝きが過った。
「はぁ……?!」
まさかと思ってケイタ達の方を見やれば、三本目となる紅の槍をケイタが構えていた。輝きは投擲する前のソードスキルの光だったらしい。
更によく見れば、紅の槍はそれだけでは無かった。ケイタの近くにいる六人のプレイヤーの内、五人が同じ槍を持っていたのである。
――――戦国時代の三段撃ち戦法染みてるな?!
『三段撃ち』とは、火縄銃の欠点を補う為に織田信長によって考案されたというもの。元来一人で行われていた『撃つ』、『筒を掃除する』、『弾を込める』の三つの工程を三人で分担すれば、間断なく射撃を行えるという理論から行われたという。
今回もそれと同じだ。
理屈は分からないが、紅の魔槍は《投擲》後、使用者の手許に戻って来る性質を持つらしい。しかし戻って来るまでにラグがあるし、今のように落とされれば戻らないらしい。
それを考えて、どうやらあの六人も槍を持っていたようだ。
――――という事は、ケイタの襲撃も偶然では無かったという事になる。
俺がケイタの元から一旦引いてからまだ五分と経っていないにも拘わらず、あの六人とPoHはこの場に居て、更にこうして襲撃を仕掛け、備えも出来ていた。
最初から魔槍を連続使用する事を前提としていなければ出来ない速度の攻勢だ。
これは完全に《笑う棺桶》と繋がっていると確信出来る見事な連携だった。
――――それなのに、PoHは一体何を考えている……?
そう思考しながら、再び飛来した槍をまた短剣で弾き落とす。武器と体で落とせて、属性攻撃では落とせないと分かれば対処は容易い。
PoHは情が無い訳では無いが、それでも基本的には非情な人間だ。人の感情を理解はするが、むしろそれを踏み躙る印象が強い。
ケイタが俺を殺せるというその瞬間、自分が手を出し、復讐の機会を奪うくらいしそうなもの。それなのに一向に動こうとしないのは疑問しかない。こちらとしては助かっているがどこか不穏にも思える。
チャンスはある。警戒はしているが、それでも現状魔槍の方に集中せざるを得ない以上どうしても粗は出る。それを見抜けない筈がないのに動こうとしないでいる。
何か自分は見落としているのだろうか。
疑問をグルグルと頭の中で回しながら、俺は一瞬の内に展開した思考を切り、遥か彼方から槍を投げようとしているケイタへと意識を集中させた。
はい、如何だったでしょうか。
キリトもリーファとほぼ同様に、SAOデスゲーム化が仕組まれた事なのではと疑念を抱きました。ただしキリトの場合、女尊男卑風潮以上にアンチ一夏風潮が蔓延している事に疑問を抱いていないので、『仕組まれた事』という疑念もあくまで『同じ黒幕が関係している』くらいしか考えていない。
まだ、ギリギリ義姉の懸念事案には至ってない。
更に追い打ちを掛けるように、ケイタと《笑う棺桶》の密接な関係性が窺えるケイタの行動。三段撃ち戦法による槍の連続投擲は結構強力。
そこまで協力的な《笑う棺桶》って本当にレッド……? いや、殺意が高過ぎるだけか。
――――ちなみに今話のPoHとの対話は、《バイオハザード4》のレオン対クラウザーの会話を参考にしていたりする。話に夢中になってるとボタン押せなくて即死しちゃう場面が多いあの会話は暗誦出来るくらい見たんだぜ!(28周回目)
次は速くても来週の月曜でしょう。木曜は絶対無理です、金曜と土曜がテストなので(涙) ひょっとしたらその更に次かもしれない。
何時になるか分かりませんが、次話にてお会いしましょう。