インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

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 どうも、おはこんばんにちは、黒ヶ谷・ユーリ・メリディエスです。

 諸君、私は間に合ったぞ……! ストレス発散として打鍵していたら出来上がっていたぞ……!

 今話の視点は束さん、ケイタ、????。最後はすぐに分かります、バレバレなので。



 ※ゲーム《千年の黄昏》のネタバレ要素あり



 以上の事が大丈夫な方だけお進みください。

 では、どうぞ。




第八十九章 ~憂いと想い、憎悪と悲哀~

 

 

「《ナーヴギア》に人を人形にしてしまう機能がある事は、私の説明で理解してくれたと思う」

 

「でもそれは、あくまで機能の話。SAOプレイヤー全てに共通している点ではあるけど、至極今更な話だ。取り立てて話す必要性はイマイチなものと言える」

 

「では私が見つけた『共通点』とは何か。それを理解してもらうには、次にそれを見付けた切っ掛けについて語る必要がある」

 

「――――その前にだ」

 

「君は『人形』という単語を聞いて、何を思い浮かべる?」

 

「思うがままに操られる哀れな存在か。それとも意思無き人型か。あるいは意思を剥奪された存在か」

 

「なるほど、それらも確かに正解だ」

 

「でも今回に限っては、それは誤答と言えるだろう」

 

「考えてみて欲しい。人間は生きている限り脳を働かせている。それは睡眠時であろうと関係ない、眠っていようと脳波は絶えず発せられているのだから。そうでなければ呼吸もしていない」

 

「じゃあ意志が無いのか」

 

「それも誤答だ。現実的に考えて、どんなに雁字搦めの拘束を与えて意志を剥奪しようとしても、行動している時点で意志がある。『何をすればいいか』、『何をするか』という思考が既に意志なんだ。極論受け答えが出来るだけでも意志がある。そういった存在は謂わば『赤子』と変わりなくて、世界を知れば知る程に思考の枝は広がり、何時しか自由を知る」

 

「数多の創作物に登場する『人造人間』だとか『実験動物』が時に何かに執着したり、あるいは意志を見せるのは、必然と言える帰結な訳だ。人はそれを『感情』と言う」

 

「なら、私が考える『人形』とは何か」

 

「それは――――『感情を操られた者』」

 

「それが束さんにとっての『人形』の定義さ……む、不服という顔だね。理解はともかく納得は出来ていないと見える、怪訝そうでもある」

 

 

 

「なら分かりやすくする為に訊こう――――今君が抱いたその『疑念』や『不服』は、本当に君自身のものなのかい?」

 

 

 

 ***

 

 眼前に舞う黒。振るわれる一対の双剣。

 対抗するように紅の魔槍を突き出し、薙ぎ、振るうが、その全てを柳の如く捌かれ、一撃たりとも掠りすらしない。牽制になっているかも怪しい。

 魔槍を連続で投げられるよう、万が一に備えて近くにいた六人のオレンジ達は既に居ない。今正に刃を交えている黒尽くめの少年が虚空から金の刃を持つ大鎌を取り出し、六人の首をたった一薙ぎで斬り飛ばし、即死させたからだ。

 それから今、再び双剣を手に取った少年と、先程とは異なり至近距離で刃を交えている。

 

 ――――何で、何でだ!

 

 突けば躱され、薙げば弾かれ、振るえば捌かれる。

 速く、迅く、鋭くを意識して槍を振るうも、その全てに対応される。どれだけ強烈に振るおうが結果は同じ。

 

 ――――何で押し切れない!

 

 刃を交える最中、何度も心の中で叫んだ疑問。レベル125という破格の数値に至り、ステータスも以前に較べて遥かに高くなったにも拘わらず押し切れないという事実に、自分は苛立ちと驚愕を覚えていた。

 SAOはレベルが一つ違うだけで叩き出せるダメージ値に差が生まれるが、ステータスに関してはそこまででは無い。レベルが上がればSTRの値も高くなるが、プレイヤーの筋力に関しては、レベルアップボーナスポイントで割り振った筋力値の値も勘案されるため、結果的に差は大きくなりにくいのだ。

 自分は筋力値と敏捷値にそれぞれ五分五分で割り振っているが、レベルの値が高いから、《アインクラッド》で戦っているだろう《ビーター》より強い自信があった。

 《アインクラッド》のレベルマージンは階層に10を足した値。攻略組になると更に5~10は足した値が平均値になる。ボスが強大だからこそ必要な値なのであり、同時に最前線の敵しか倒さないからこそどうしても高くなるのである。

 つい最近《ビーター》に殺されたオレンジの話では、最前線は七十五層。つまり《攻略組》の平均レベルは90前後と言える。《ビーター》であればレベル三桁に達していてもおかしくないが、それでも110を超えているとは思えなかった。仮に超えていてもレベル差が10もあれば負ける筈がないと考えていた。

 それなのに今、自分は《ビーター》に押し負けている。こちらの攻撃を風に揺れる柳のように流すという、かなりの技術を要する防御の仕方でこちらを圧倒してくる。

 確かに自分は高いレベルになったが、それも攻撃が当たらなければほぼ意味を為さない。

 

「こ、の……!」

 

 苛立ち紛れに、全力で足元を右へ魔槍を薙ぐが、《ビーター》は振るう直前の構えで見切っていたのか小さく跳び上がってそれを躱す。

 腕を振り切った時には着地して構え直しているという隙の無さだ。

 

「は、あッ!」

 

 とは言え最初ならいざ知らず、数分も刃を交えていれば驚く事では無いし、どう対応するかは予想もつく。短い呼気と共に左脚で踏ん張り、振り切った腕の向きを無理矢理変えて真上から槍を振り下ろす。

 槍の重量と遠心力、位置エネルギーを十全に活かした力技は、直後回し蹴りによって軌道を変えられ、地面を抉るに終わった。

 しかし、これで終わる筈がない。

 前方へ向けた働いていた遠心力と慣性は数瞬の間は地面を抉った槍の中――厳密には地面と接している穂先――に留まっている。そこを支点とすれば棒高跳びのように跳ぶ事も不可能では無い。

 槍を持ち上げたり引こうとしたりするから隙が生まれる。

 なら、地面に槍を叩き付けた事を、別の動作の前準備に変換してしまえば良い。その練習を自分は何度も積んで来た。本来の動作と体の動かし方が異なって来るから最初は失敗してばかりだったが、今となっては戦闘中でも出来るくらいには慣れた動作である。

 地面を槍が抉った直後、すかさず地を蹴って上へと跳ぶ。途端に感じる浮遊感を助けるように両手で握った槍を支えにし、弧を描くように天頂へと至る。

 そこで握り締めた槍を引いて支えを失くす。当然落下を始めるが、その落下速度すらも含めて槍を真上から振り下ろす。

 体の発条と遠心力、落下速度をフルに使った高速の第二撃。

 

「ふ……ッ!」

 

 《ビーター》は、両手に握る色が真逆となっている二本の短剣を交叉させ、その交わった部分で受け止めた。肘が曲がり、膝が折れ、踏み締められた雑草が生い茂る黒い地面が陥没する。

 しかし、HPゲージに減少は見られない。

 それはつまり、こちらの筋力値を遥かに上回っている事を意味する。

 

 ――――何レベなんだよ、本当に……?!

 

 此方で毎日レベリングに励んでいたからこその驚愕を内心で叫ぶ。

 《アインクラッド》より高レベルのモンスターが蔓延っているのだから経験値効率は圧倒的な筈なのに、それで力負けしている事はどうも納得がいかなかった。

 これで拮抗しているのなら、まだ分かる。自分は五分五分振りだが、《ビーター》は七割を筋力値に振っているという話だった、だからレベル110に達していたなら拮抗もするとは思う。場合によっては三桁に達したばかりでも拮抗するかもしれない。

 だが、削りダメージすら起きないのは、拮抗では無く圧倒でなければならない。

 正確な数値は知らないが、第一層の青イノシシ《フレンジー・ボア》の突進を防御してノーダメージでやり過ごせたのは、盾持ちのテツオがレベル15の時だった。テツオはゴーレム系への有効打や攻撃力を考えて筋力値に七割振っていたから、自分が防ぐならレベル20は必要だっただろう。

 つまり今の自分の攻撃を防御してノーダメージでやり過ごすなら、《ビーター》は最低でもレベル145以上でなければならない事になる。

 しかも対プレイヤーの場合対Mob戦でのデータが全て適用されるとは思えないから、もう少し上のレベルである必要がある筈だ。

 

 だが、レベル145なんてあり得るだろうか、それも《ホロウ・エリア》より低レベルのモンスターしか居ない《アインクラッド》で。

 

 仮令ボス戦での獲得経験値を考慮に入れるにしても普通は無理だろう。確かにボス戦の経験値は非常に多い、MMORPGの場合多人数での攻略を前提にされているから尚更多く設定されている事が常だ。

 しかし多人数での攻略が前提のボスだ、攻略組も多人数である以上どうしても経験値は分散する。雑魚Mobを相手にするよりは多いだろうが討伐までの時間を考えると効率はかなり悪い方に入ると思う。

 つまり《ビーター》だけが突出する要素とは考え辛い。

 《アインクラッド》から離れて久しいのに、ここまで考えられるのも理由がある。

 最近こちらにやってきたモルテというプレイヤーのレベルが80台後半だったからだ。

 攻略組の一人だったと聞いた時は驚いたが、割と前線に出ているプレイヤーという事を聞いて、平均値がそれくらいだろうという予測を立てられたのだ。《ビーター》ならソロな分、分散する経験値を独り占め出来るからもう少し上だろうとも。

 それでも、此処でレベリングしていた自分には敵わないだろうと思っていた。

 だが実際は、こちらの攻撃をノーダメージでやり過ごされている。

 それだけ筋力値が、ひいてはレベルが隔絶しているという証左だ。

 そう考えていると、交叉されている双剣が動かされ、峰で槍が挟まれた。そこから挟み込まれた槍がぐ、と引かれる。

 

「ぜ、ぁああっ!!!」

「うわ……?!」

 

 そのまま《ビーター》は剣と槍を介しているとは言え背負い投げの要領でこちらを大樹へと投げ飛ばした。思いもよらぬ対応を受けて流石に反応が遅れてしまい、自分はそのまま大樹に背中から激突した。

 反射的に瞑った眼を薄く開けると、白い剣が飛来しているのが見えた。

 もう一本が無いのは白剣に対処している間に近付き、麻痺毒を塗布された黒剣で無力化しようと考えたからなのだろう。

 地面に足は着いているものの体勢をまだ立て直せていない以上、横に跳んで避けるのは流石に不可能に近かった。加えて槍で弾き落とすのも飛んでくる武器が短剣という小さめなのが難易度を上げており、更に真っ直ぐ刺突の形で飛んできているので防御もし辛い。

 だから自分で出来た事は、飛んでくるものを払いのけるように腕を振るうだけ。

 

 ――――直後、払い除けた白剣の後ろから、間髪を置かず黒剣が飛来する。

 

「な……?!」

 

 ――――一投目の白剣で隠した、二投目ッ?!

 

 ――――囮は囮でも、そういうやり方か……!

 

 黒剣の切っ先や刃に当たらないよう首を反らしたのは、驚愕を覚えるよりも前だっただろう。

 反射的にとは言えギリギリで頭を逸らせたのは奇跡に等しかった。

 それでも恐らく槍を挟まれ吹っ飛ばされた時点で自分は策略に嵌っていた。体から力が抜けた時点でそれを悟った。

 視界左上にあるゲージの周囲は、黄色の明滅が発生していた。

 

「ッ……また、か……!」

 

 《ビーター》を睨み付ける。

 近寄って斬られたのではない、まだ距離は十五メートルほども離れている。

 故に導き出される結論は一つだけ。それはすなわち、投剣。白剣を叩き落とし、黒剣を寸でのところで首を反らす事で躱した時点で、《ビーター》は第三撃目を放っていたのだ。

 それもただの投剣では無い。協力関係にある《笑う棺桶》の幹部の一人、ジョニー・ブラックが得意とする毒塗りのナイフを投擲されていた。

 皮一枚の危うさで黒剣を避け切った自分は、その驚愕で身を硬直させる事を想定されていたのだ。その隙を想定し突くようにして三撃目を投擲された。

 囮だった一撃目となる白剣に籠められた意図を見抜けなかった時点で、二度目となる自分の敗北は決していたのだろう。

 力が抜けて樹に凭れ掛かるように脱力する。何とか動かせる右手も弱々しく紅の魔槍を握るだけで持ち上げる事は出来ない。

 勝負が決した事は明白だった。

 それを理解した《ビーター》はこちらに近寄って来た。

 その道中に地面に転がっている計六本の魔槍を全てしっかり回収していく。幾らか操作をしている事を見るに、どうやら《クイックチェンジ》や《オール・アイテム・オブジェクタイズ》による回収方法を警戒し、一度装備をしてから格納しているようだ。

 これで都合七本の【魔槍ゲイ・ボルグ】を奪われた事になる。

 それから樹に突き立ったままの黒剣を抜き、地面に突き立った白剣も回収。当然自分が弱々しく右手に持っている槍も先の七本と同様に奪われた。

 これは協力者の《笑う棺桶》メンバー達から尚の事白い目で見られるくらい惨憺たる結果だ。麻痺毒を解除してもらった時にも白い目を向けられたし、更に首領のPoHが挟撃の提案をしてきて、それを一も二も無く承諾した時にも向けられた。

 

「また、ダメだったか……」

 

 悔しさと共に言う。

 高レベルモンスターが蔓延る此処でおよそ一年間レベリングを続けて来たから勝てると踏んでいたが、魔槍の性能を破られただけでなく、実際に刃を交えても負けるとは思わなかった。

 戦いに於いて、まず何よりもリーチの差というものは絶大なアドバンテージになる。

 だからこそ自分は両手棍を選択していたし、サチとササマルも長槍を手に取った。長物と片手棍や短剣が戦えば、リーチの差で長物の方が勝利を拾いやすい。

 そして《ビーター》は片手剣使い。ダッカーの指導をしている時に短剣も使っていたし、ササマルの指導の時には長槍を使っていたが、基本的に片手剣しか使わないとも聞いていた。だから自分が長物の長槍を使ってリーチの差という優位性を得ていれば、まず勝てると踏んでいた。

 だが、結果がコレだ。しかも投擲攻撃の時と違い、今度は一撃たりとも掠らせられていないという惨憺たる結果。ステータスだけでなく技量の差でも思い知らされた。

 憎い敵を前に無力化されて倒れているという状況は酷く心を乱す。まるで外周部から飛び降りるくらいでしか復讐出来なかった、あの頃の無力さを思い返すようで。

 

「ケイタ」

「……ビーター……」

 

 槍を全て回収し、双剣も改めて手に取った《ビーター》の表情は形容し難いものだった。

 眇められた双眸は冷たく感じる。しかし一文字に引き締められた口を見ると、苦しいものに耐えているような印象も受ける。

 そんな印象を覚えていると、《ビーター》は黒い短剣を持ち上げた。手許でクルクルと回したそれは逆手に持ち替えられている。

 此処で死んでも多少のデスペナルティを喰らうだけ。即座に別の場所で復活するから、死んでも問題は無い。

 PKの場合だと経験値の一割、所持金の半分を奪われ、装備アイテムの確率ドロップ、所持アイテムの確定ドロップをするからあまりされたくないが、死んでも復活するならまだマシだ。

 それでも殺される瞬間というのはどうしても怯えが生まれる。仮令相手を殺そうとしていたとしても、だ。

 

「……それで、僕を殺すのか」

 

 だから思わずその言葉が突いて出た。その一言で『お前が言うのか』と激昂してすぐさま殺される可能性もあったが、それでも出てしまった。

 幼さ全開の少年の顔が懊悩に歪み、持ち上げた黒剣の柄を握る手が小さく震える。力を籠め過ぎているのだ。表情と合わせれば懊悩している事はすぐに分かった。

 

「殺したって別に構わない。どうせ多少のデスペナルティを受けた後、この樹海の何処かで復活するんだ」

「……そうか」

 

 半ば開き直って『殺しても無意味』である事を言うと、《ビーター》は抑えた声で反応を返してきた。

 更に表情を険しくしながら、《ビーター》は腕を振るわせる。黒剣を振り下ろすか否かとても迷っているのがよく分かった。

 

「ッ……!」

 

 悩む姿を数秒晒した後、《ビーター》の顔から懊悩の色が消え、代わりに覚悟を定めた表情が浮かんだ。腕の震えも無くなった。

 殺すと、そう覚悟したのだろう。

 

 ――――そんな時、唐突に何処からともなく何かが飛んできて、《ビーター》が持つ黒剣を弾き飛ばした。

 

「ぐ……ッ?!」

 

 流石の《ビーター》も予想外だったようで、残る左手の白剣を構えつつ、黒剣を弾き飛ばした何かが飛んできた方――自分から見て左側――へ向き直った。

 自分もそちらに顔を向ける。

 

『……』

 

 視線の先には、『黒』が立っていた。

 PoHや《笑う棺桶》の団員、《ビーター》も随分と黒いが、あちらもかなりのもの。首元から垂れている銀色のチェーンやコートのジッパーが無ければ《ビーター》以上に全身真っ黒だ。

 手袋もブーツもフードもコートも、チェーンやジッパーを除けば全部綺麗な濡羽色。艶があるようにすら見える深みのある黒はいっそ感嘆すら覚えそうだ。

 そしてその姿、自分は一度見た事があった。

 

「な……ユイ、姉……?!」

 

 それは《ビーター》を串刺しにした《投擲》の後、今度は確実にトドメを刺そうと放った二撃目を防ぎに出た、少女の姿。あの少女が纏っていたコートと同一だったのだ。

 およそ三十メートルは離れているので細部は見えないが、見た所背丈や肩幅もほぼ同一に見える。胸部の盛り上がりも辛うじて見えるから女性である事は確実で、そして《ビーター》が姉と言った人物の姿と酷似していた。

 

 問題は、その人物が先刻《ビーター》が手にした黒鋼の弓を持っていて――――

 

「もう気付いて……?! いや、それでも何でだ、何でそれを持っていて、俺に向けているんだ?!」

 

 弓に番えた矢の鏃を、《ビーター》へ向けているという事だ。

 

 《ビーター》は姉と呼称していたが、記憶が確かなら《織斑一夏》の姉はブリュンヒルデ唯一人の筈。であれば自分の槍を防ぎに出た少女に血の繋がりは無い事になる。そもそもNPC特有のブルーゲージだったし、カーソルも黄色だったから人間ですら無いのだが。

 そんな相手に武器を向けられているという事態は確かに青天の霹靂だろう。謂わば信頼していた仲間にいきなり命を狙われるという事態に等しい。

 それも、自分と《ビーター》のような『理由』があるのではなく、本当に唐突な展開だ。

 ましてやそれが『姉』と慕う程の相手にされるのであれば、驚愕は一入だろう。

 

「――――いや、カーソルが無い……という事はユイ姉じゃないな?!」

 

 だが、《ビーター》はそんな驚愕の中でも、冷静さを残していた。黒コートの頭上に黄色のカーソルが、そして青色のゲージが無い事に気付いたのだ。

 カーソルとゲージが存在しないのは不動オブジェクトだけ。動的オブジェクトはそれが攻撃出来る存在であればプレイヤーだろうとNPCだろうと、必ずカーソルとゲージを持つ、動的オブジェクトでどちらも無いのは背景的な存在である《クリッター》と呼ばれるものくらい。

 そして黒コートは、さっき《ビーター》の黒剣を弾き飛ばしたのだろう弓を持っているにも拘わらず、カーソルもゲージも無い。

 それはシステムとプログラムで作り上げられている仮想世界では本来あり得ない異常事態だ。エラーとして動く事も無い筈なのに、その異常な存在は今こうして目の前に存在し、《ビーター》に弓を引いている。

 その黒コートが、矢から指を離した。当然鋭い鏃を持つ矢は一直線に《ビーター》へと飛来する。

 

「く……!」

 

 その矢を《ビーター》は左手に持つ白剣で弾き落とした。

 だが、黒コートの攻撃はその一射だけに留まらず、瞬く間に弦を弾いて矢を顕しては放ち続ける。対する《ビーター》は秒間何本か分からない速度で射続けられる矢を、何時の間にか拾った黒剣でも弾き落とし続ける。

 黒コートの弓による猛攻は、一撃たりとも《ビーター》に当たっていない。点での攻撃、しかも凄まじい速度で飛来する矢を余すことなく全て叩き落す実力に舌を巻く。あれほど細ければ忙しなく動いている間に一本くらい見落としそうだし、距離感を掴めず弾きそこないそうなものなのに、それを全て弾いているのだから。

 だが、同じ弓を持つ《ビーター》は、秒間何本も迫る矢を全て落とすのに必死でジリ貧だった。今ではもう双剣で弾きつつ移動しているが、その移動先も読まれている。そうでなくとも勢いの凄まじさに押されて弓に持ち替える事も出来なさそうだ。

 

 ――――こんなに強いヤツが、此処に来てたのか……!

 

 戦っている距離が違うので自分を較べても正確とは言い難いが、あの《ビーター》を押している時点で強い事は確定的だ。

 暫くは矢の猛撃を捌いていた《ビーター》だったが集中力が切れ始めたのか、それとも自分が認識出来ないくらいの僅かな差でも矢を射る速度が上がったのか、少しずつ体の端々に傷が付き始めた。掠り傷程度ではあるがそれでも傷は傷、《ビーター》のHPはほんの僅かずつだが削れていく。

 

「く、そ……!」

 

 近付こうにも近付けないでいる《ビーター》は、何度かこちらに視線を送って来た。悔しげな眼をしている事から自分を殺せない事を悔やんでいるのだろうか。

 

 ――――いや、もしかしたら……

 

 

 

 あるいは、この得体の知れない異常な存在から、自分を守ろうとしているのだろうか。

 

 

 

 その可能性を考えて、あり得ないだろうと思った。

 自分は《ビーター》を殺そうとして、あちらもさっきこちらを殺す覚悟を決めた顔をしていた。もうその関係が成り立ったのだ、護ろうとはしていないだろう。

 よしんば守ろうと考えたのなら。

 

 ――――だとしたら、馬鹿だな。

 

 自分には憎悪がある、護り抜けただろうテツオ達を守ってくれなかった事に対する憎悪が。実際に殺す為に襲い掛かったのだ、今更関係修復なんて出来る筈がない事は普通分かるだろう。

 それなのに和解をしようと考えたのだとしたら、馬鹿としか言いようがない。

 そう、自分は思った。

 

 ***

 

 ――――なんて、悟ったように考えているんでしょうね、この男は。

 

 立て続けに矢を射放ちつつ、少年の様子と青年の様子を見て思う。

 先ほどからこちらが居続ける矢を粘り強く弾き落とし、この窮地を打開しようと少年は頑張っている。

 それは自分の存在がイレギュラー過ぎる――――からでは無い。その理由もあるだろうが、何よりも《ケイタ》という青年にとって自分が害な存在かどうかが分からないからだろう。

 事ここに至っても、この少年は憎しみから道を外れた青年を『見捨てたくない』と、そう考えているのだ。

 自分が横槍を入れる直前、少年は懊悩の末に青年を殺す決断をしていた。それは様々な可能性や危険性、特に《ホロウ・エリア》を共に探索する仲間の安全を考慮しての決断だろう。少年は青年を殺したいとは思っておらず、ただ他者の安全の為に殺めようとしていたのだ。

 それを止める為に、自分が横槍を入れた。

 

 少年にとって青年の存在がトラウマであり、青年との逃げ道の余地も無い殺し合いになれば、少年は止まらない/止まれない事を識っているからだ。

 

 客観的に見れば、今の自分は青年を助ける存在と言えるだろう。

 頭上にカーソルとゲージが無い状態でさえなければ少年はすぐさまそう判断し、この場を離脱していた筈だ。

 だが、システム的にあり得ない存在であるからこそ、少年は離脱せず、自身に憎しみと殺意を抱いている青年を見捨てたくない思い一つで留まっている。矢を弾き切れなくなって傷を負い始めても、それで感じる痛みを押し殺してでも留まり、現状打破を考えている。

 

 ――――あなたは、それを為した後どうなるか、分かっていますか……?

 

 仮に自分を退けたとしよう。

 その後、少年は再び懊悩しなければならない。青年を殺すべきか否か。

 そして間違いなく、少年は青年を殺すだろう。ただ一時のその場凌ぎである事を誰よりも理解していて、そしてその選択が自身を痛め付ける茨と地獄の道へ続くものだと分かっていても、自身よりも他者を優先してしまう思考がある為にどうしてもそちらを選んでしまうだろう。

 それは、自らトラウマを抉る行為に等しい。抉った後更にまた抉る負の連鎖の端緒となる。救いの無い、助けも無い袋小路に陥る、その一因となってしまうのだ。

 青年と何の因縁も無ければ、少年は恐らく他者を優先する思考をしない。ただ憎しみを抱いて殺しに掛かる者達を彼はこれまでも沢山斬っている。

 これまでなら、少年は『皆の為』と言って斬っていただろう。無論その思考は今も根付いている。

 だが、義理の姉に諭された今は、『死にたくないから』という理由を最初に持ってくる。それから『皆の為』や『秩序の為』と考えるだろう。冷静でないから他者を優先してしまっている。

 青年との因縁に未だ決着が着いておらず尾を引いているからこそのその思考は、とても尊いものであり、彼の美点と言えよう。

 だがその美点は、行き過ぎれば/誤れば己が命を地獄へ堕とす災いにもなり得る。

 いや、今の少年の思考のままでは、間違いなく地獄へ堕ちる。

 『私』はそれを識っている。

 『私』はそれを視て来ている。

 『私』はそれを防ぎたい。

 

 防げなかった先にある、地獄のような未来を変えたいのだ。

 

 その為ならば、仮令一時であろうと少年にも弓を引き、剣を向けよう。それが結果的に少年の命を繋ぐ事に繋がるならば、心を鬼にして立ちはだかろう。

 そうしなければ、少年が死ぬのだから。

 そうしなければ、全てが台無しなのだから。

 

 ――――ごめんなさい……!

 

 ――――何時か、何時の日か、あなたに直接謝りますから……!

 

 ――――これも全て、あなたの為なんです!

 

 ――――だからこの場は……無理矢理にでも、押し通させて頂きます!

 

「ッ……!」

 

 声は無い。裂帛の声も無く、ただ鋭い吸気の音を響かせる。

 今はもう弓から黒白一対の片刃片手剣に持ち替えている。幾ら矢を射続けても弾く様子を見せない上に体を掠めた分のダメージすら自然回復で全快してしまい、千日手だったからだ。

 

 そもそも何故、少年が最も得意とするレンジへと、最も得意とする得物を以て挑むのか。

 

 単純な話だ。退く様子を見せないのは、退くに値する理由が無いから。であれば、無理矢理にでも退かせる理由を作ればいい。

 最も得意とするレンジと得物である事はそこに関わって来る。

 少年は誰よりも強さに飢えている。

 誰よりもステータスが高く、また多くの人間に命を狙われ、世界最強の背中を求め、義理の姉の強さに触れているからこそ、彼我の技量の差を正確に測れる。強さに飢えているからこそ、あらゆる種類がある『強さ』に鼻が利き、目端が利くのだ。

 

 つまるところ――――『自分では絶対勝てない』という所感を持たせれば良い。

 

 それには少年が得意とするものを全て真っ向から叩き潰しに掛かった方が速いのである。最強の手札を全て潰されれば、強さを求めているが『生きる』事にも目を向け始めた少年も無暗な突撃は出来はしない。

 撤退する事を後ろめたく思うかもしれないが、何もかも終わってしまうよりは遥かにマシである。

 無論、『私』の罪である事に変わりはないが。

 

 ――――この応酬を見て、この男が考えを改めてくれれば一番楽なんですがね……

 

 まぁ、まず無理だろう。この程度で憎悪を押し殺せるならそもそも復讐なんぞに走ってはいまい。

 『ニンゲン』なんて、所詮そんなもの。受けた恩には仇で返し、温情をも踏み躙り、ただ私欲のままに生きる醜い獣だ。

 『私』が見ていた人達が『例外』だっただけなのだ。

 

 ――――そんな事、とっくの昔に分かってはいる事なんですが。

 

 少年と斬り結びながら胸中で嘆息する。自分の甘さに呆れも覚えていた。

 だが。

 

 ――――それでも、信じたいと……そう思ってしまう。

 

 未来は、今の人が作り出すもの。人が変わるからこそ未来が変わるのだ、人が変わらない不変のものと考えてしまっては未来もまた不変のものとなってしまう。

 そんな結論は受け容れられない。

 そんな未来は決して認められない。

 私が認める未来は唯一つ。

 愛する『幼子』の笑顔に曇り一つ、憂い一つも決してない、誰もが幸せなハッピーエンド。

 敵は敵として処理はする。それを割り切るだけの理性と理解、見識を『幼子』は持っている。だが、必要の無い死者は助けるに限る。仮令それが敵であろうともだ。

 『幼子』は、《敵対している》から殺すのではない、《相容れない》から殺すのだ。そして《敵》と判断する前なら相互理解に努めようとする。

 だからこそ、浮遊城で無意味な虐殺は起こっていない。

 だからこそ、『幼子』は復讐鬼にはならずに自己を保っている。

 『幼子』が復讐の鬼になっていたならば、今頃世界は壊滅していただろう。『幼子』にはそれをするだけの力があり、それをするだけの理由がある。

 

 だが、『私』はそれを容認しない。

 

 『幼子』の苦しみを否定はしない、むしろ肯定しよう。泣き叫び、理不尽に怒る事も受け止める。決して『理解している』だなんて言えないが、その慟哭を受け止めるくらいは『私』にも出来る。

 それでも他者に当たる事を容認しないのは、それが『幼子』の未来を消す決定打だから。

 ただの一度とて失敗は許されない。

 失態は許されない。

 挽回の機会などありはしない。

 酌量の機会は与えられない。

 ただの一度とて、『幼子』はその選択に耐えられない。戻れなくなった時から『幼子』の心は人知れず、ボロボロボロボロと音を立てて崩れて行き、そして無念の内に死に絶える。道半ばにして、誰からも評価される事も無く。

 墓も建てられず、その志と儚さも忘れられ、風化する。

 世界とは、それほどに残酷だ。

 だからこそ、誰かが手助けしなければならない。『この子を助けたい』と誰かがそう思って行動しなければならない。そうしなければ死んでしまうから。

 仮令、『幼子』を助けたその先に、自身が立っている未来が無いとしても。

 それでも『私』は、後悔はしない。決して辿り着けない未来を紡げるならそこに『私』の席が無くとも構わない。

 この世界にとって『私』は異端者なのだから。

 

「く、そ……ぉ!」

 

 悔しげに奥歯を噛み締めながら、『幼子』の象徴たる愛剣達を振るう。それらは全て『私』の双剣に防がれ、弾かれ、当たらずに終わる。

 『幼子』の――――少年の剣は、迅く、鋭く、そして重い。

 けれどその剣には、当然だがどうしても『年月』というものが欠けている。

 巧くはある、でも軽い。

 速くはある、でも鈍い。

 重くはある、でも拙い。

 三つの要素が合わさってこそ『究極』へと達する剣、その端へと少年は届いている。だが、何れかが突出する余り、何れかの要素が損なわれ、残りの一つが置いて行かれている。だからどうしても高みに達し切れない。

 だから、『私』程度に捌かれる。

 これ以上の剣を私は識っている。これ以上の剣を持つ者に私は教えられ、導かれ、育てられ、愛された。

 だからこそ、その剣を『私』は振るう。

 それこそが自身にとっての『至高』であり、一度至るべき少年の『剣』であり――――超えられるべき、壁だから。

 

「ぐ……?!」

 

 左の剣を弾いて黒剣を振るう動作を阻害した直後、右脚で蹴撃を叩き込んで吹っ飛ばす。呻きを上げながら後方へ吹っ飛んだ少年は身を固めたまま地面に着地し、二本の線を地面に作った。

 制動で止まってすぐあげられた少年の表情は険しいものだった。

 どうやら彼我の力量差を理解したらしい。

 だが、退く素振りが見られない。

 

 ――――まぁ、らしいと言えば、らしいのですが……

 

 『超えられない程ではない』とばかりに打開策を無数に考えている事が丸わかりな程に闘志を燃やしている。瞳も爛々と輝いていて、対抗心と敵意剥き出しだ。

 決定的な力量差を理解していながら退かないのは、そうするだけの理由があるという事。

 今回の場合、それは青年の存在だ。『私』から青年を守ろうと考えているから決して退かない不退転の意志を見せている。

 

 ――――……なら、次善の手を打つまでです。

 

 出来る事なら最初、『ユイ姉』と勘違いしショックのまま押され、そのまま撤退する展開を望んでいた。そうはならないだろうと思っていたので実力差を理解してもらう為に接近戦へと変えた。

 それでも無理だった場合の事も、しっかり考えていた。

 胸は痛むが、心を鬼にしなければ『幼子』を救えないが故に、その手を打つ事も覚悟していた。『少年が青年を殺した』という事実をただの一度でも起こさせない為に、二人を無理矢理にでも引き離さなければならない。

 

 ――――怨んでもくれても、構いません。

 

 ――――ただ、あなたが手に掛けてはいけません……!

 

 その思考と共に、クルリと少年に背を向け、青年へと向き直る。

 

「え……? ――――ま、まさか……!」

 

 こちらの意図を察したか、少年が焦燥を感じさせる声を発し、地を蹴った。

 それよりも早く『私』は地を蹴り、右手に握る漆黒の片刃片手剣を振るう。

 

 

 

「おっと、それはちっとCoolじゃねェなァ」

 

 

 

「ッ?!」

 

 その一閃は、声と共に横から飛んできた投剣によって弾かれた。

 投剣が飛んできた右を見れば、大神殿の前に居た筈の《笑う棺桶》の首領が居た。

 

 ――――流石に邪魔してくるのは予想外だった……!

 

 あの男にとって、殺しとは最大最高の悦楽だ。殺し合っている者達を見る事にすら愉しみを見出すくらい歪んでいるからこそ『私』が青年を殺す事も見逃すと思っていたのだが、どうやら間違いだったらしい。

 何を考えてか、あるいは気紛れなのか、この男はケイタを助けた。それが事実。

 流石の少年もPoHの予想外の行動に驚いたのか構えは保ちつつも足を止め、『私』もPoH相手に無警戒は危険なので距離を取って二剣を構える。

 丁度三角形を作る形で、『私』達は見合った。PoHは青年を庇う形で短剣を構えている。

 

「……驚いたな。正直意外だ、お前がケイタを庇いに出るなんて。てっきりそっちの黒コートが殺そうとしても見逃すと思っていたんだが」

 

 少年が訝しげな面持ちで所感を口にした。それに反応こそ見せなかったが『私』も内心激しく同意だった。

 

「最初はそう考えたぜ? だが、それだと面白くねェんだよなァ」

「どういう意味だ……?」

「さて、自分で考えな」

 

 意味深なPoHの返答。

 それの意味するところを、『私』は何となく察した。

 可能性として考えていた事だが、『私』がケイタを殺した場合、少年はまず最初に『罪悪感』を覚え、次に『無力感』を覚える筈だ。『私』を打倒するだけの力が無かったから護れなかったと。

 今でもとあるギルドの案件でボロボロな精神なのに、そこに来てトラウマの人物までも護れなかったとなればその苦しみは半端では無いだろう。

 加えて青年も、その事について何か言う可能性はある。

 それでも少年が次に取るであろう行動を考えれば、手を下した者が少年本人でなくなった場合の落としどころは付く。SAOでもトップクラスの実力者ですら敵わなかったとなれば誰も護れないと、そう言い訳が出来る。

 だから次善の手として『私』は考えていた。

 しかしPoHからすれば、それは面白くないのだろう。万が一にも少年が壊れる姿を見たくないから。理由は本人が言ったように、『面白くない』から。

 先が読めてしまう事が一番この男の嫌うところなのである。

 

 ――――先に斬っていた方が良かったですか。

 

 誰よりも少年の剣を知っている自負があったが、反面PoHの戦闘スタイルに関しては未知な部分が多い。知ってはいるが、圧倒出来るとはどうしても思えなかった。

 下手に手を出して長引いても当初の目的を達せなくなるので放っていた。

 

 ――――まさかこの形でバタフライエフェクトが起きるだなんて、誰が予想出来ますか。

 

 まぁ、最終的に『少年が青年を殺さず立ち去る』事さえ達成出来れば、過程で何があろうと文句は無いのだが……

 

「……流石に、実力者相手に二対一は不利だな」

 

 そう考えていた矢先、少年がゆっくり後退り始めた。

 少年はある程度離れた後、大神殿の方へ向き直った。

 

「おっ、逃げるのか?」

「ああ、死にたくないからな。追って来ても別に構わないが――――ただしその時は、決死の覚悟を抱いて来い」

 

 こちらに顔だけ振り返った少年が鋭い眼差しと共にそう言い捨てた後、俊足を以て転移石へと走っていった。転移石に辿り着いた少年は一度こちらに目を向けた後、蒼い転移光に包まれ、姿を消す。

 この場にはPoHと麻痺毒で動けないケイタ、そして『私』が残された。

 当然PoHは短剣を構えたままこちらを向く。

 

「……んで、お前ェはどうする? 止めといて何だが、殺し合うってンなら相手をするぜ? それとも……」

 

 そこで一度視線を切り、PoHは顔をケイタへ向けた。

 

「コイツを殺すか? それなら別に構わねェぜ」

「な、PoH、それはどういう……?!」

「うるせェなァ……俺が苦労して集めた魔槍を八本も奪われたヤツに掛ける情は無ェよ。協力関係も解消だ」

「な……!」

 

 どうやらケイタの惨敗ぶりを見て、協力関係にある方が厄介と見限るつもりらしい。

 それなのに『私』が殺そうとした時は止めたという事は。

 

 ――――やはり、彼の為、ですか……

 

 少年が居る間は護る素振りを見せ、居なくなってからはどうでも良いという風を見せている様子からして、恐らくは当たり。理由こそ歪ながらこの男もあの少年が壊れるのは嫌なようだ。

 これでマトモな感性をしていれば、あの少年も苦労しなくて済むものを……

 惜しいと思いつつ胸中で嘆息しながら踵を返す。

 

「何だ、お前ェも帰るのか。せめて名前ぐれェ名乗ってくれても良いんじゃねェか?」

 

 踵を返した『私』に、PoHが気安い口調でそう言って来た。ケイタは『私』を『ユイ姉』と思っているようでかなり訝しげな顔をしている。

 実際、当たらずとも遠からずと言ったところだ。

 

「――――ヴァベル」

 

 だから、勘違いを促す意味も込めて名を名乗る。

 

「あ?」

「妾の名は、【黄昏の魔女】ペルソナ・ヴァベルだ」

 

 《ペルソナ》とは、仮面。

 《ヴァベル》とは、英語の《Verbal》を無理矢理読み方を変えたもの。意味は、口先だけの。

 『口先だけの魔女』の仮面を被った存在。護る、助けると、口では何度も言いながら、結局ただの一度も果たせなかった口先だけの女。

 それが『私』を織り成す根幹だ。

 それだけ名乗り、『私』はその場から立ち去った。

 

「ワラワ、だぁ……?」

 

 背後から、とても不思議そうなPoHの声が聞こえて来たのは、聞こえなかった事にした。

 

 *

 

 五年。十年。まだ少ない。

 

 百年。千年。まだ少ない。

 

 万年。億年。まだ少ない。

 

 兆年。京年。まだ少ない。

 

 世界を渡り始めて幾星霜。

 

 星の数より世界を渡り、同じ数だけ、滅びを視る。

 

 その道程にただの一度も歓喜は無く。

 

 ただの一度も幸福は無し。

 

 渡り来た数など最早分からず、屍の山にて憎悪に噎ぶ。

 

 ならば我が道程に意味は無し。

 

 この心は――――救いなき外道に堕ちていた。

 

 






 はい、如何だったでしょうか。

 本作のPoHは原作よりある意味人間味に溢れるお方。特にキリトの事になると物凄い執着の仕方を見せます、キリトの先の為にケイタを助けて、居なくなったらどうでも良いから捨てるとかね。

 それでも殺し合いになったら愉しみつつ全力で殺しに掛かりますが。

 アレ、原作も確か……(白目)

 ペルソナ・ヴァベルさんに関しては、『戻って来る先』と『目的』が変わってるだけで、他は原典と一緒。

 だから『何でそんな事出来るんだ!』とかは原典(千年の黄昏)に言ってくれ……二次小説創作者は原典の設定を利用するだけだから……

 ともあれ、物凄く長く生きてる彼女にキリトが敵わないのも道理。キリト凄く強くはあるけど、本文に語られているように経験の年月が無いからね、たった二、三年で超えられる筈も無し。食らい付けてるキリトをむしろ褒めて差し上げて。

 尚、今回のヴァベルさん、超手加減モードだったりする。キリトも一応加減はしてるけど、比率が大きく違う。

 その気になったらキリトは瞬殺されてる。原典ヴァベルよりおかしいくらい強化されているこの学習の鬼である彼女を止められる人は居るのか……

 ……それでもリーファなら、ワンチャン……とか考えれる辺りの義姉のおかしさよ。

 あと、原典を考えると対消滅とかしそうな感じですが、そこも一応考えてはいるのでご安心を。本作は基本的に理論が無いぶっ飛んだ事は起こらない。

 ……でも、なぁ……ヴァベルさんの存在は、流石に、なぁ……理論を付けようにも流石に無理があるというか……

 ――――そういえば量子コンピューターには並行世界の話が付き物でな(唐突な話題変換)

 今後も本作をよろしくお願い致します。

 では!



 来週の月曜、出せたら良いなぁ……!(切実) おのれ金土曜のテストめ!(泣)


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