インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

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 どうも、おはこんばんにちは、黒ヶ谷・ユーリ・メリディエスです。

 今話は前話同様の特別編、SAO最初の新年です。

 正確には大晦日なのですがね。だから何時もの午前零時投稿では無いのだ。

 視点はユウキ、キリト、モルテ(《聖竜連合》に潜り込んでいた隠れオレンジ)、ヒースクリフです。

 文字数は約一万八千。

 ではどうぞ。




特別編:2022.12/31 ~苦労人達の大晦日~

 

 

 キラキラと、幻想的な輝きが大部屋の中を満たす。

 それをボクは半ば呆然自失の体で見上げていた。

 

「ほ……ホントに、倒せちゃった……」

 

 何時になく気の抜けた声を洩らしながらへなへなと腰を落とし、石畳に突き立てた剣を杖代わりに倒れるのを防ぐ。

 気絶する程では無いが全身に中々力を入れられないくらいには疲労していた。

 ボクは今、双子の姉ラン、知り合いのヒースクリフさん、アスナ、アルゴ、エギル、ディアベルと七人パーティーを組み、クライン率いる《風林火山》の六人、更に攻略隊唯一のソロプレイヤーである少年キリトを交えたたった十四人のレイドで、第五層ボス《フスクス・ザ・ヴェイカントコロッサス》を倒したばかりだったのだ。

 

「さ、流石にもう、こんな博打染みた戦いは御免だぜ……」

「ど、同感だぜ、まったく……」

 

 ヒースクリフさんと協力し、数少ないタンクとして全力で動き回っていたエギルが床に身を投げ出し、荒い呼吸を繰り返しながら言った。それに応じたのは彼の隣で同じように倒れ込んでいるクラインだ。

 離れたところにヒースクリフさんとディアベルが盾を支えに片膝を突いて呼吸を整えていた。

 アスナと姉ちゃんは揃ってボクと同じように床に座り込んでいて、暫く立ち上がりそうに無い。

 そんな半ば死屍累々の様相となっている大部屋で唯一立っているのが、残りのレイドメンバーにして、今回のボス攻略メンバーを募った首謀者の少年キリトだ。ラストアタックを取った彼は疲労なんて感じていないかのように立っていて、リザルトの確認をしていた。

 

 ――――前々から思ってたけど、どんな精神力してんのさ……

 

 第一層のボス戦から彼の戦いのセンスは際立っていたが、今回は常に緊張で張り詰めた中での耐久力の異常ぶりを再認識させられる思いだ。これでも集中力の持続には自信がある方なのに完全に負けているとなればそう思うのも仕方ないだろう。

 まぁ、今回は彼の精神力に賭けていた部分が大きいから、そうでなかったらここに来ていないのだが。

 そう思考して、ボクは第五層ボスを少人数で倒す事の目的について、改めて思いを馳せた。

 

 *

 

 本来なら四十九人で挑むのが普通のフロアボスにたった十四人という無謀な人数で挑んだ理由は、黒尽くめの片手剣使いキリトが手にしたラストアタックボーナスに原因がある。

 第一層から第四層までのボス戦で手に入ったLAボーナスは、キリトとアルゴの記憶が正しければβテストの時と現在のところ完全に同一のものらしい。つまり二人の知識を以てすれば、彼だけが辿り着けた第十四層までのLAボーナス、すなわち第十三層フロアボスまでのものは判明するという事になる。

 その知識を基にLAボーナスを予測していた二人は、第五層のLAボーナスだけは何が何でも他者に渡す訳にはいかないという結論に至ったという。

 理由は第五層LAボーナスの効果。

 そのボーナスは《長槍》カテゴリの装備品。

 それは、第三層で受けられるクエストで結成されたギルドの誰かが所持する事で途轍もない効果を発揮する旗だったのだ。

 その旗に登録されたギルドのみが受けられる恩恵は、戦闘に於いて優位となるバフだった。装備者が床に突き立てた場所から半径約十五メートル以内に居るギルドメンバー全員に、攻撃力、防御力、対状態異常のバフが一斉に掛かるというものだ。床に突き立てている間中、それも効果範囲内であれば上限人数が無いというもの。

 それは普通のMMORPGでも一つのギルドが突出する要因となる、ギルド間抗争を激しくするもの。

 これが普通のゲームだったら妬み嫉み程度で済んだだろう。ギルドフラッグを手に入れられたギルドへの加入者も多くなり、大ギルドとして勢力拡大を図れたはずだ。

 しかしデスゲームという今の状況に於いて、そんな《劇物》と言える代物はタブーでしかない。

 攻略隊に於ける主要ギルドは現状全部で五つ存在する。

 自分と双子の姉だけが所属する《スリーピング・ナイツ》。

 リアルの知り合いのみで組まれたクライン率いる六人構成の《風林火山》。

 ヒースクリフさんを団長、アスナを副団長とする中規模攻略ギルド《血盟騎士団》。

 ディアベルをリーダー、キバオウをサブリーダーとする大規模ギルド《アインクラッド解放軍》。

 リンドをリーダーとするアンチ《ビーター》一派の巣窟である大規模攻略ギルド《聖竜連合》。

 この五つから攻略隊は構成されている。実際にボス攻略に出るメンバーは四十九人ギリギリといったところだが、生産職や素材集め、情報収集といったサポート面で人数が増えて来ているため、ここ最近の攻略は比較的安定していた。

 しかしその安定も、実のところ薄氷の上で成り立っているものでしかない。

 何故ならアンチ《織斑一夏》派の《アインクラッド解放軍》とアンチ《ビーター》派の《聖竜連合》は、PKやMPKを陰で扇動する者にとって付け入る隙が大き過ぎる為だ。全体がそうという訳では無いが、やはり犯罪者の温床ではあると言うしかないのが現状である。

 キリトとアルゴはそれを危険視した。

 何故ならキリトは既に三度、犯罪を煽動していると思われる者のグループに肉薄し、命のやり取りをしているからだ。しかも表沙汰にこそなっていないがその一人が攻略隊に居た為に警戒心も非常に高くなっているのである。

 それでも攻略隊という概念的組織が崩壊していないのは、《ビーター》という『共通の悪』への敵愾心、そして三つのギルドの勢力が拮抗しているから。

 三つのギルドとは、《血盟騎士団》、《聖竜連合》、《アインクラッド解放軍》の事。

 《血盟騎士団》は防御と連携に秀でたギルドとして知られている。団長のヒースクリフさんが攻略隊随一のタンクとして知られており、副団長のアスナはその容姿としっかりとした指揮、そしてカリスマ性により連携が他よりも圧倒的に秀でている。レイド戦に於ける防御の殆どは此処が担っていると言っても過言では無い。

 連繋という一面だけを見れば《風林火山》も負けてはいないのだが、あちらは攻撃面に傾倒しているため、少々カテゴリが異なる。人数も異なるので長期戦になりがちなボス戦ではやはり《血盟騎士団》の方に軍配が上がる。

 《聖竜連合》は、これといって特徴は無い。しかし幅広い対応が出来るという点に於いては他より優れていると言える。人数も結構いるので、《血盟騎士団》のタンク勢が回復に回った時、彼らより防御力は低いもののそこを人数でカバーして同等以上の時間を稼ぐ事が出来ている。

 玉に瑕なのは《ビーター》に対して当たりが強く、既にPKやMPK未遂も幾度となく起きているらしい点。そうなるよう誘導しているとは言え、同じ生還を目指し攻略する仲間を殺そうとするのは流石にどうかと思う。

 《アインクラッド解放軍》は攻略ギルドの中で、実は案外立場は低い。それは構成員の殆どがボス戦に出られないどころか最前線も危ういとされるレベルのプレイヤーばかりだからだ。

 だが情報収集や素材収集という面では人数にものを言わせた人海戦術で行っているので、サポートでは他のどのギルドよりも優れている。レベルの劣り様と装備の強化で補ってボス戦に参加出来ているのだ。そうは言ってもディアベルのカリスマ性は第一層攻略会議を率先して開いた事からも群を抜いているし、その実力も非常に優れている。

 《アインクラッド解放軍》は個よりも群の力に秀でていると言えるだろう。

 このように、どこも一長一短と言える特徴を有していて、ボスレイドに於ける人数はどこも大体同じくらいになっている。若干《血盟騎士団》が少なめではあるが、そこは個人のステータスやレベルの質で覆しているため他と拮抗していた。

 

 では、そこに所属ギルドメンバーだけを強化するバフ付与装備が放り込まれれば、どうなるか。

 

 まず間違いなく争いが勃発するだろう。

 《血盟騎士団》は団長副団長の双方が温和で融和的思考をしているからまだいいし、《アインクラッド解放軍》もリーダーが協調性を優先しているが、問題はそのサブリーダーのキバオウと《聖竜連合》。

 キバオウ率いる一派とリンド率いる一派は、殺害対象こそ同一人物になっているが、実は裏では反目し合っている事は有名な話である。

 理由は単純に、前者は存在や生命からして否定しているが、後者はそうでは無いから。

 もっと言うと、キバオウ達は《オリムラ》の何かに怨みを持っているが、後者は《ビーター》の行為に嫌悪を抱いているだけに留まっているからだ。

 双方が自分達の主張の正しさを信じており、それでギルドの勢力を大きくしようと最近躍起になっているのである。それが結果的に攻略を推し進める事に繋がっているから命を狙われている当の本人も見逃していた。

 しかしそれが攻略隊の瓦解、ひいてはゲームクリアを遠ざけるものとなるなら話は別。第五層LAボーナスは正にそれに該当する品だ。

 更に悪い事に、キバオウとリンドは『正体不明のベータテスター』の言葉により、他のどのギルドよりも先にLAボーナスを手に入れようと攻略隊全体でのレイドを組む前に秘密裏に討伐隊を組み、行動する事を決定した。

 その『正体不明のベータテスター』はキリトの方では当たりを付けているらしいが、炙り出す事は現状困難だから泳がすしかないらしい。

 とにかく双方が勝手に動き、万が一にもフラグを得るか壊滅してしまえば、攻略隊の戦力はどの道瓦解する。それは誰も望む事ではない。

 だからキリトとアルゴはそれを阻止しようとした。

 その為には、問題となっているギルドフラッグをまずキリト側が入手しなければならない。そうでなければ話にならないからだ。フラッグ入手の阻止は勿論、ボスを先に倒さなければ壊滅も阻止出来ないのだから。

 それで呼ばれたのが、彼と共にボス攻略に踏み出た無謀な十三人という訳である。

 結果は上々。まさか部屋全体がゴーレムの体となり、頭上足元左右の壁のどこからも両手足に頭が出て来るようなボスとは思いもよらなかったが、早々にその特徴を見抜いたヒースクリフさんとキリトの助言のお陰で誰も死なずに済んだ。

 戦闘時間はおよそ一時間半。

 普通にレイドを組んでも同程度だったから、かなりのハイペースだ。そりゃあ疲れるのも当然である。体感としては何時もの数倍には感じていたのだが意外に経っていなかった。

 

「あぁ、疲れた……ほんとうに疲れたよ……」

「私とアスナさんの細剣が利き辛いタイプでしたからね……」

 

 アスナと姉ちゃんの武器は《細剣》。その武器は刺突属性の攻撃に偏ったものなのだが、ゴーレム系は概して刺突属性の耐性が極端に高いという特徴があるらしい。

 だから二人は何時もより多めに、且つ強く、されど武器の耐久値を気にしてペース配分もしなければならなかったという訳だ。他の人より何倍も神経を尖らせていた事だろう。

 

 ――――まぁ、一番張り詰めさせていたのは、キリトなんだろうけどさ……

 

 何しろ部屋全体がボスになるという異常事態の中、ほぼ毎度の如くとなっているようにボスに張り付いて離れなかったのだ。超密接している敵の攻撃をゼロ距離で知覚して躱すなんて芸当はまず不可能に近い。

 それを何十度と一度の失敗も無く成功させている時点で、並みの神経と胆力はしていない。

 エギルやヒースクリフさんのように分厚い鎧をしていたり、最低限ボクやアスナのような胸鎧をしているならともかく、彼は金属系の防具を何一つもしていないという最低の防御力を示している。最悪一撃死だってあり得るのにあんな戦い方をする時点で普通では無いだろう。

 その異常性のお陰で攻略隊が戦えているだけに、何とも言えないのだけど。

 

「ふぅ……ところでキリト君、例の旗は入手出来たのかね?」

「ああ。スペルは《Flag of Valor》だ……意味は何だろう、コレ」

「直訳すると《武勇の旗》だな。恐らくだがフランス百年戦争に於ける英雄ジャンヌ・ダルクの旗に準えられているのだろう」

「へー……」

 

 ヒースクリフさんとキリトのやり取りを聞き流しつつ呼吸を整え、漸く立ち上がれるくらい回復したので彼に近付く。他の皆も同じように立ち上がった。

 このレイドの呼び掛けはキリトとアルゴによって行われたもの。目的は聞かされていたが、しかしこれからどうするかは聞いていなかった。

 

「キリト君、これからどうするの? 旗は手に入ったけど実際それは扱いに困ると思うし……」

「ソロプレイヤーの俺には正に無用の長物だしなぁ……」

 

 アスナの疑問を苦笑で流しながら、彼はメニューを操作して一本の槍をオブジェクト化した。運動会で見る優勝旗のような形状だが、肝心要の旗の部分は白の無地となっている。恐らく属したギルドのマークが刻まれるのだろう。

 その旗を見上げていた彼は何処となく気配が薄く感じた。

 

「……まぁ、心配しなくてもどうするかはもう考えてる。皆はキバオウ達が来る前に上に行ってくれ。後は俺の仕事だ――――このお礼は、何れ精神的に」

 

 こちらが何か言う前に、説き伏せるように重ねて彼は言った。儚さを伴った満面の笑みと共に。

 正直協力依頼の内容は自分達も無関係じゃなかったから受けたし、経験値やコル、ドロップアイテムもあるから見返りは十分だったのだが……

 

 ――――これは、ちょっと予想外の報酬かもしれない。

 

 何せ普段鋭い相貌の少年の、貴重な満面の笑みだ。これが報酬じゃないというのは嘘だろう。

 これからどうするつもりかは分からないが、下手に口を挟んで時間を取っているとここまでの頑張りを台無しにしてしまうかもしれないと思って、ボク達は第六層へと先に上がり、拠点としている宿へと転移門で戻る事にした。

 

 ***

 

「さて……うぅむ、予想通りとは言え面倒な事になったな……」

 

 床に突き立てた銀色の持ち柄に白無地の旗を見上げながら唸る。

 正直な話、このギルドフラッグだけはベータテストから変わっていて欲しかったのだ。攻略隊と言われていようとその実態はとても一枚岩ではない。

 ゲーマーとは基本的に自己顕示欲に溢れている生き物だ。今回手伝ってくれた人達は先を見据えて快く協力してくれたが、普通なら出し抜こうと考えたとしてもおかしくない。今回集めたメンバーに長槍使いが居なかったから協力を依頼できたが、誰か一人でも居たら俺はきっと一人でボス討伐に乗り出していたと思うくらい警戒していた。

 それほどにこのギルドフラッグの価値は多大だ。

 本当に刹那的な思考に囚われない人達で良かったと思う。《聖竜連合》は無理だったが、他のギルド全部のメンバーは数人ずつ揃えていたのも万が一を考慮しての事だった。

 まぁ、当初から考えていた行動を起こす為にも、自分がLAを取るつもりで居たのだが。

 

 ――――LAボーナスが誰のものかはほぼ自己申告に近いからな……

 

 何時もLAボーナスを俺が取っているから分かる事だ。

 ボーナス取得のメッセージは必ず表示されるようになっているが、その表示時間はおよそ三秒。三秒経過すれば自動的にウィンドウは閉じるようになっている。加えて討伐時のリザルトと重なるように表示されるのでよく見ていない限り誰がLAを取ったかの判別を付けるのは難しい。人数が多くなれば尚更だ。

 基本的に詮索はタブーであるとβテストの時に学んだ。だから良識がある人は基本的に詮索や指摘はしない。

 それでも気になる人はやはり気になる。LA取得者は貴重なユニーク品を入手したという事でボス戦でのドロップ品のダイスロールや品評会から優先的に外される暗黙の了解があるため、そういう意味でも誰が取ったかの把握をする必要はあった。

 例えばボスドロップで武器を手に入れたとしても、手に入れた人が取った武器スキルのもので無ければ、それは無用の長物となる。だが攻略隊の誰か使えるものであれば取り引きする事で、扱えない者はお金を、扱える者は強力な武器を入手出来るという関係性が生まれる。それを連鎖させていけば攻略隊の内部だけではあるものの上手く回っていき、戦力も増強されていく訳だ。

 事実俺も第二層で俺が手に入れたものの使わないからと譲った《ベンダーカーペット》というレア物の絨毯を使い、商いを始めたエギルへボス戦でのレアドロップ品を初め多くの不要な品を横流ししている。

 筋力値へ優先的にレベルアップボーナスポイントを振っているのでストレージに空きはあるが、それも無限ではない。かと言ってNPCへ売ってしまえば、それはシステム的にこのサーバーから喪われる事を意味する。得られるコルもそこまで多くはない。

 であれば、プレイヤーで必要としている人へそれを渡す事で、全体が上手く回るようにしたいと思った。実際そうやって商売は成り立っている。

 エギルにとってすれば、俺は供給者という仕入れ先で、求める者達が需要者という訳だ。

 僅かながらでも商人として成功した例が生まれれば、商人プレイヤーの数は増えていく事だろう。《鍛冶》や《裁縫》と違い商人ジョブに専用のスキルは存在しない。《鑑定》などは必要になるが、それは冒険をする内に自然と上がるようになる。その気になり、最低限の備えがあれば誰でもなれるのがSAOに於ける商人なのだ。

 今のエギルは雑貨屋という体だからどんなものも広く浅く扱っているが、何れはどんな種類のアイテムを扱うか定まって来るだろう。

 その方向性を決めるのは世情。

 つまり後進となる他の商人達だ。彼らが何を扱うかによって、エギルもまた定まってくるのである。

 無論その逆も然り。

 エギルは現状、まず間違いなくSAOに於ける商人の中で最も最前線で商いをするプレイヤーだ。その扱う品も必然的に最前線で求められる物が多くなるだろう。その一部は、俺が横流しする知られざるLA品やユニークでは無いレアドロップだ。

 だから普段の流れからすれば、俺が必要としない、あるいは扱えないLA品はエギルが開く露店へ折を見て流すのだが……

 

「コレだけはなぁ……」

 

 そもそもキバオウやリンドを始めとし、このSAOの水面下でオレンジ行為を煽動する輩へ『思い通りになると思うな』という牽制として今回動いた訳なのに、問題の品を表に送り出してしまっては本末転倒である。

 かと言って、コレを秘密裏に処理する事も得策とは言えない。NPCに売る事もだ。

 問題の品を闇に葬るというのは、結局のところ問題の先送りが大半である。迷宮入りにすると大半が疑心暗鬼に陥る。

 特に『必ず――なる』と思われている場合、絶対と言って良いくらい他者への疑念が募るだろう。今回の場合、キバオウ一派とリンド一派が互いにいがみ合うだろうし、下手しなくても《血盟騎士団》や《風林火山》、《スリーピング・ナイツ》にも飛び火する可能性は高い。情報屋を営むアルゴにも盛大に被害が行くだろう。

 そうして攻略隊は内部崩壊を起こし、デスゲームのクリアはほぼ実現不可能になる。

 今の《アインクラッド》は危うい均衡の上でどうにか保たれているという状態。最初期にあった飛び降り自殺の件数が減っているのも、横暴な言動を始めとするマナーレス行為の話が減っているのも、攻略隊が第一層を突破してからの話。攻略隊ならあるいは、と希望を掛けられているからこの世界に閉じ込められたプレイヤー達の精神は均衡を取り戻したのだ。

 つまり最前線にいないプレイヤー達は、攻略隊へ望みを賭けている他力本願な状態。死ぬ可能性を前に怯えるのは仕方ない事である。

 だから最後の望みと言える攻略隊の瓦解はそのまま《アインクラッド》の混乱と絶望へと繋がり、それはそのまま『犯罪の横行』という秩序の崩壊へと直結する。

 それは俺の望むところでは無い。というか、殆どの人が望まないだろう。

 

 ――――裏で暗躍している者達は、その限りでは無いが……

 

 既に攻略隊に紛れ込んでいる、暗躍している者の味方である事がほぼ確定的な者を脳裏に思い浮かべ、歯噛みする。

 あの鎖帽子の奥から見せるニヤけ顔と軽薄な振る舞い、それに反して冷たく鋭い眼差しは、思い出すだけでも怖気が走る。第三層で刃を交えた時に仕留められたら良かったのだが生憎と邪魔が入ってしまって出来なかった。

 リンドはあの男を信用しているようだし、攻略会議で晒そうとしても無意味だろう。むしろ逆に俺を殺す大義名分を与えてしまう可能性がある。でっち上げだろうと、それが真実だと大衆を思い込ませれば勝ちなのだから。

 

 ――――攻略隊にベータ出身者がどれくらい居るかは知らないけど、《聖竜連合》に旗の話を流したのは十中八九コイフ男だろう。

 

 第三層で刃を交えたグリーンカーソルのコイフ男は、自分からベータテスターであった事を明かしている。事実第三層で戦った場所はベータテスターでなければ辿り着かなかったであろう場所だからそれは事実だ。あの男は俺がβテスト時代で片手剣の二刀で暴れていた事も知っていたから信憑性がある。

 加えてあのギルドフラッグの話は入手経路はともあれその効果については広く知られていた。その話を聞いて『このギルドなら間違いない』という噂が広まり、フラッグを手にしたギルドはその勢力を大きくしていったのだ。

 だからベータテスターである時点でギルドフラッグの事を知っているのは何らおかしい事では無い。

 第三層から受けるキャンペーンクエストの途中で出会った事から、そのクエストが第九層まで続く長いものである事は知っている筈だ、少なくとも『どの場所でどうするべきか』を把握していなければ先回りなんて出来ていない。

 問題は、何故キバオウ側もフラッグの存在を知っているか。

 アルゴが教えたとは考え辛い。アルゴは今のSAOの危うさをよく知っている方だし、俺がフラッグの話を持ち掛けるまでその存在すら忘れていたのだ、その時点で秘密裏に討伐隊が組まれていたので時系列的にあり得ないのである。

 つまりコイフ男が協力している、水面下で動く連中の誰かがそういう話を流したという事になる。

 これで《聖竜連合》と《アインクラッド解放軍》それぞれにスパイが潜り込んでいる事は明らかだ。この事からフラッグをどちらに渡す訳にもいかなくなった、目的はともかく黒幕の狙いは間違いなく攻略隊の瓦解だろうから。

 第二層の頃から感じ取っているその黒幕の用意周到ぶりから察するに、恐らく《血盟騎士団》にもスパイは紛れ込んでいるだろう。

 だから今回のボス討伐で声を掛けたのは俺が信頼と信用を寄せている人達十数人に限定していた。余計な事をされては堪ったものではない。

 

 ――――そして、漸く場は整った。

 

 集中している事で鋭敏になっている聴覚は、既に回廊の奥から響いて来る金属質な音を幾つも捉えている。数からして二、三人といったところか。

 キバオウが率いる《アインクラッド解放軍》の抜け駆け隊か。

 リンドが率いる《聖竜連合》の抜け駆け隊か。

 

「……どちらにせよ……怖い、なぁ……」

 

 カタカタと旗を持つ手が、膝が微かに震える。

 《ビーター》を名乗る決断を下したのは俺自身だし、それに後悔はしていない。それでも誰も護ってくれないのだから怖いと思うのは仕方ないだろう。

 何時も何時も命を狙って来る相手と顔を会わせるのだ、怖くない筈がない。

 

 ――――怖くても、やらないといけない。

 

 そう自分に言い聞かせて震えを抑え込み、俺は回廊の薄暗い闇から姿を現したモスグリーンにダークメタルが特徴的な甲冑を纏った数人を出迎えた。

 その色合いは、キバオウ一派のものだった。

 

 ***

 

「これは……」

 

 ――――一体、どういう状況なんスかねぇ……

 

 大晦日の今日、自分達だけで《ビーター》の鼻を明かすと共に第五層を突破する事で新年を迎えよう――――という建前の下、自分が齎した情報で得たギルドフラッグを何が何でも手に入れようと躍起になった《聖竜連合》のリーダーとその団員約三十名で迷宮区のボス部屋まで辿り着いた。

 しかし出迎えた存在はゴーレム型のボスなどでは無く、大体同数規模のモスグリーン色が特徴的な一団と一人の黒尽くめの少年。

 前者は反織斑一夏派として有名なキバオウ率いる《アインクラッド解放軍》の一団。

 後者は《聖竜連合》と《アインクラッド解放軍》の双方だけでなく、このデスゲームを始めた黒幕を除けば今最も《アインクラッド》でヘイトを集めているであろう《ビーター》を名乗る少年キリトだ。

 ボス部屋だっただろう広間の端に寄っているキバオウ達を見ていた少年が、新たな闖入者である自分達の方へ顔を向けた。

 その時、一瞬だけだが自分を見て、微かに目を眇め、口を歪めた気がした。

 

 ――――こりゃ読まれてたっぽいなぁ……

 

 今はまだ知られていない隠れオレンジの身である自分の上司に当たる《ヘッド》から指示を受け、攻略隊を内部崩壊させるべくベータ時代の知識と現在の水面下での勢力争いを駆使し煽っていたのだが、それすらも読まれていたらしい。

 確かに裏にも通じ、自分の存在を明らかにしてはいないものの知ってはいる少年からすれば、これくらいの推測は出来て当然である。

 だがまさか、先にボスを倒しているとは予想外もいい所だった。『あまりアイツを舐めるな』と《ヘッド》が言っていたのはこういう事かと思い知らされた。

 となれば、あの少年が右手に持ち、突き立てている銀色に白無地の旗こそが、件のギルドフラッグだろう。

 

「《ビーター》……お前、何で……?!」

 

 自分と違ってオレンジの暗躍を知りもしない《聖竜連合》のリーダーが呻く。

 歯噛みし、苦々しげな様子を隠しもしない男の声に、蔑まれた少年はふん、と鼻を鳴らした。

 

「俺を出し抜けると思うなよ。俺は《ビーター》だ、どういうものがあるか知っている以上誰がどう行動するかも大体読める。大方ギルドフラッグを確実に入手出来るようにと、キバオウ達と同じ事を考えていたんだろう?」

 

 言いながら、先に来ていた部屋の隅に居るキバオウ達を横目で見る少年。言われた黒緑色に装備を揃えた男達は黒尽くめの少年を憎々しげに睨んだ。

 だが少年は、痛痒にも感じないとばかりに一瞥しただけで視線を戻す。

 

「だが双方残念だったな。ギルドフラッグはこの通り、俺が手に入れさせてもらった」

「……お前が、一人でボスを倒したのか?」

「ご想像にお任せする」

 

 旗を肩に担ぎながら返された答えに、大広間に居るおよそ六十人のプレイヤーがざわめく。

 それはそうだ。SAOは曲がりなりにもMMORPG、従来のPC版と異なりプレイヤーの技術や身体技能、感情が介入する部分はあるが、根幹は多人数でのプレイを前提とした大規模オンラインゲーム。フィールドの雑魚Mobすら一人で相手取るのは慣れが必要なのに、ボスともなればそれどころではない。それこそ数十人規模のレイドを組む必要がある。

 それなのに一人で倒したとなれば、レイドを組む必要が無い。なまじ『一人で倒した』と直に言わない分だけ信憑性が増してしまっている。

 加えてあの少年は《ビーター》と名乗り、その蔑みが受け入れられる程に自己強化をしている。能力と知識、ベータテスターとしての経験が合わされば、不可能ではないのではないかと思えてしまう。

 

「じゃかぁしい!」

 

 そのざわめきを引き裂いたのは、先に来ていた一団のリーダーであるキバオウだった。特徴的なトゲトゲ頭の男はスケイルメイルをガシャガシャと鳴らしながら《ビーター》へと近寄り始める。

 既にその手は背中に背負った剣の柄に掛けられていた。

 それを見て、少年は旗を持ち上げ、両手で構える。《ビーター》が《長槍》スキルを取っているとは寡聞にして聞いた事は無いが――――万が一にもボスを単独撃破した事が真実であれば、スキル無しでも槍の扱いに長けていたとしてもおかしくない。

 そもそもスキルとはシステムアシストを万全に受ける為の許可証のようなもの。武器を装備し、通常攻撃でダメージを与えるだけなら、スキルを取る必要は何処にもない。

 極論リアルで心得がある者なら、対人戦に限り通常攻撃だけでもこなせるのである。

 ちなみに対Mob戦だとシステムアシストによるダメージ倍率補正が無いと戦闘が長引き集中力や装備の耐久値を悪戯に減耗させてしまうデメリットがあるので推奨されてない。

 その理屈を知っているかは分からないが、槍を向けられたキバオウは躊躇なく背中の剣を抜いた。続けて男の仲間である三十人も同じように各々の武器を手に構え始める。

 

「おんどれがどんな手を使ったかはこの際どうでもええ。今はその旗をワイらかリンドはんらのどっちが先に手に入れるかが問題なんや。どうせ渡す気は無いんやろ? なら――――文字通り、殺して奪い取ったる!」

 

 最後の言葉を契機として、キバオウ側の十人程が上り階段の出口へ走っていった。残りはキバオウの横や後ろで陣形を組んでいる。

 それを見たリーダーが、同じように自分達を配置した。入り口側には自分を含めた十人、残り二十人はリーダーと共にキバオウ達と反対側だ。

 少年は丁度四方を囲まれた事になる。

 だが、少年の顔は、緊張が走ってはいるものの余裕を喪ってはいなかった。口元に微笑を浮かべているのがその証拠だ。

 

「……何がおかしいんや」

 

 それに腹が立ったらしいキバオウが苛立ち紛れに言う。

 少年はその問いを待っていたと言わんばかりに口の端を歪めた。同時に背中に吊ったままの剣の柄に手を掛ける。

 

「俺を殺せば確かに旗はドロップするけど、それはあくまで、旗が残っていたらの話だ」

「そりゃそうやろうが、先におんどれを仕留めれば良い話や」

「まぁ、な。俺の武器を奪うのであればそれで良いだろう――――だが、今回ばかりは運が悪かったな」

「あん?」

 

 すー、とゆっくり鞘から剣を抜きながら少年が言う。

 

「――――オイオイ、まさか……」

 

 何をやろうとしているのかを察し、誰にも聞こえないくらい小さくはあるが声を洩らす程の動揺を抱く。

 通常、階層が上がれば上がる程に武器というものは性能が良くなっていく。多少バラツキが生まれるので攻撃力が高かったり、逆に攻撃力は低いものの耐久値が高く長持ちするものだったり、特定の攻撃に脆いあるいは強かったりといった特徴が生まれる。

 そしてLAボーナスで手に入るアイテムはユニーク品。つまりサーバーに一つしかない一点物。

 

 ――――そんな装備が、まさか……

 

「――――ふんッ!!!」

 

 そのまさか、という思考を読んだかのようなタイミングで少年は背中の剣を抜き払い、同時に上段から唐竹割りの軌道で剣戟を叩き込んだ。

 蒼く光る斬閃は綺麗に左右を両断する軌道を描く。

 

 途中にあった、横に寝かせられた銀の旗の持ち柄すらも、意図も容易く両断していた。

 

「「「「「な……なぁぁぁぁあああああああッ?!」」」」」

 

 片手武器によるたった一発のソードスキルで、攻撃力耐久値共に片手武器より優る両手武器カテゴリの《長槍》が折れるなど夢にも思っていなかった面々が絶叫を上げる。

 自分は声こそあげなかったが、まさかそんな事がと驚愕に固まっていた。

 約六十名の驚愕の声が木霊する大広間の中に、旗だったモノの残骸が青白い欠片となって散っていくのを、自分達は黙って見届けた。

 

「な……な、何をしくされてるんやワレェッ?!」

 

 その沈黙を破ったのは、またもやキバオウだった。今にも斬り掛かりそうな剣幕で少年を怒鳴るが、当の少年は片手剣を手に提げたまま肩を竦める。

 

「何って、フラッグを折っただけだが?」

「それをどうしてやったんやと訊いとんのやァッ! おどれ、《ビーター》のクセしてあの旗の価値を理解してないんとちゃうか?! あんな大事なモンを壊すとかアホやないのか?!」

「どっちにしろ片手武器のスキル一発で折れる武器なんてボス戦で役に立つかも怪しいところだったがな。それに――――」

 

 そこまで言って、剣を肩に担いだ少年がじろりとキバオウを睨め付ける。

 何時もならのらりくらりと煙に巻く態度しかしない《ビーター》の明らかな反抗が少し意外だったのか、キバオウ一派はその視線を受けて僅かにたじろいだ。

 

「あの旗は、経緯過程はどうあれ俺が手に入れたアイテムだ。アレの所有権は俺にあり俺がどうしようと俺の勝手だ。他人のモノだったならいざ知らず、手に入れる機会を平等に与えられていたモノの所有者となった俺に、所有権も無いヤツが口を挟むなよ。人の所有物に口出しするのはマナー違反だと社会人なら誰もが知ってるだろう?」

 

 それを聞いて、確かにと自分は納得する。

 他人に譲られたモノをわざと壊したりしたのであればまだしも、少年が手に入れたモノは確かにLAボーナスという誰も持っていなかった代物。加えてMMORPGであれば、他者のレア物を羨み妬みこそすれ、その扱い自体に口を挟む事はマナーレス行為だ。

 確かに全体を考えれば少年の行動は益の無いものだろう。

 だが個人としての行動理念としては決して間違っていない。むしろキバオウやリンドといったこちら側の方が間違っていると言える。

 全体として見れば、結果的にゲームクリアを目指している――筈の――こちら側が正しいのだが。

 

「ぐ、ぬぬぬ……! 舐めくさりおってェ! 手に入れる機会が平等やと?! βテストの知識を独占してるおどれが言えるセリフか?!」

「それを言うならそっちも、そっちのリンド達も同じだろうに。攻略隊のレイド結成を待つ前に出し抜いて来た時点で俺もアンタらも互いを責める権利は無い」

「おどれにだけは言われとぅないわッ!」

 

 割と正論だと思う少年の言葉に激昂したか、キバオウが問答無用で斬り掛かる。対する少年はその大振りの斬撃を受け止め、鍔迫り合いに持ち込んですぐ半歩横に動いて重心をずらし、キバオウを前へよろめかせる。

 その少年の隙を突くように残る二十人が連続して斬り掛かるが、その全てを往なされ、防がれ、躱され続ける。

 ただの一撃も少年は喰らっていないし、反撃も与えていない。互いにオレンジになる事を避けているのだ。

 

 ――――コレ、どっちが悪役かマジで分かんねぇッスねー……

 

 どう見ても悪役はキバオウ側である。少年はむしろ悪を名乗っていながら実は正義の主人公達を裏から秘密裏にサポートする強キャラ的立ち位置だろう。

 しかも自分だけでなく、《アインクラッド解放軍》にも潜り込んでいるβテストの知識を流したスパイの存在にも勘付いている言い方だ、アレは。確実に両者の動きを封じ、攻略隊瓦解を未然に防ぐ為に今回は行動したのだろう。

 アレで旗を仕舞っていたり、『今ゴミ箱に捨てた』と言っていたならまだ煽り様もあったのに、これだけ旗を求めていた者達の目の前で派手にぶっ壊されては煽り様がない。出来なくは無いが、結局は何時もの『織斑一夏/《ビーター》死すべし』という流れになる。

 まったく、上手く収めたなぁと呆れと感心を等量に抱きながら、無駄だと知りつつ片手斧を手に斬り掛かった。

 自分を見られた時、《ヘッド》に初めて会って殺気を向けられた時以上の寒気を覚えたのは、自分だけの秘密である。

 

 ***

 

 キリト君が第五層から登って来たのは、午後十一時を回ってから更に十数分経過しての事だった。ボス戦を終えたのが十時半だったので、およそ五十分近くもボス部屋に留まっていた事になる。

 第六層をアクティベートした私達はアルゴ君の提案で早々と人目に付きにくい三階建ての教会に入り、彼の到着を待った。

 この中で、恐らくSAOでも最高数値を誇るだろう《隠蔽》スキルの持ち主のアルゴ君が表に出て、キリト君の到着を街の入り口付近で待つ事になった。隠蔽看破ボーナス無しで確実に看破する彼なら絶対見逃さないだろうという確信に基づいての行動だ。

 結果的にその判断は正しかったようで、彼はアルゴ君に連れられて教会へやって来た。

 

「お疲れ様、キリト君。君には第一層の頃から面倒を掛けてばかりだな」

 

 出迎え一番に私は彼を労う事にした。

 リアルは茅場晶彦である私は、このSAOのデスゲーム化を止められなかった責任がある。故に少しでも多くのプレイヤーを生還させる責務がある。

 しかしそれは、幼い少年一人に重荷を背負わせて良いという免罪符にはならない。

 そうは言っても殆ど力になれていないのが現状なのであるが。

 

「別に必要な事だからな。それより明日から暫くはキバオウとリンド達は気が立ってる筈だ、自分でやっておいて何だけど攻略隊の和を崩さないよう上手くやって欲しい」

「それは分かっている……ところで、あの旗はどうしたのだ?」

 

 至極当然の事を頼まれ、今更だとばかりに請け負った後、私は先ほどから気になっていた事を問う事にした。

 あの旗はLAボーナスとしてβテストの頃から性能も変わっていない筈だ。

 どのようにしてかキバオウ君とリンド君達はそれを知り、そして我々を出し抜こうとした訳だが、彼はそれをどのように切り抜けたかが気になった。彼の立場を考えるとまさかギルドを立ち上げる筈が無いから無調の長物だし、存在自体が厄ネタと言っても過言では無い旗を我々に譲る事も考え難い。

 

「ああ、アレは折った」

「「「「「……はい?」」」」」

 

 故に、扱いに困る代物だとは思っていたのだが、まさか厄ネタであっても貴重な代物を売るのではなく耐久値全損させたと言われるとは予想外で、私は他の面々と同時に唖然とした。

 

「内々にNPCに売るとかすると『売るくらいなら譲れ』と言われそうな気がしたから、キバオウとリンド達の目の前で、《バーチカル》一発で叩き切った。旗の耐久値が低めだったのが幸いした」

「え、えぇ……LAボーナスを躊躇い無く自分の手で壊すって……キリトって、予想以上にハチャメチャだね……?」

「それ程でも無い」

「いや、あんまり褒めてないからね?」

 

 ユウキ君の言葉に何となく誇らしげにする黒尽くめの少年。

 私は彼が言った事に、そんな筈はないと繰り返した。

 あの旗は確かに攻撃力は1という武器の中でも最低値、初期装備にも劣る数値だが、反面耐久値は高めに設定してあった筈だ。少なくとも片手武器のソードスキル一発で折れるほど軟では無いようにした。そうでなければレイド戦で耐えられない。

 

 ――――彼が嘘を吐いているのか、あるいは真実にするだけのステータスを誇っているのか……

 

 彼の場合、圧倒的な高レベルと筋力値によって力ずくでやれてしまえる辺り、タチが悪いと思う。

 

「――――それデ、何時もみたいに『《ビーター》殺せ』って流れに持って行ったんダロ?」

 

 その思考を切るように聞こえたのは、アルゴ君の声だった。彼女は酷く仏頂面をしていて、見るからに不機嫌そうなのが見て取れる。声も明らかに不機嫌そうだった。

 どうやら彼女は、キリト君がまた自分を悪い風に見せる行動に苛立っているらしい。

 それを察したらしい彼は、少し居心地が悪そうに目を泳がせた。

 

「それが一番だったから……」

「……怪我は無いのカ?」

「一撃も喰らってないからな」

「なら良いケド……あまり、無茶しないようにナ。何十人も同時に相手するなんて普通死ぬもんダ。キー坊が死んだら、オネーサン、哀しむからナ」

「ん、分かった。心配してくれてありがとう、アルゴ」

「……フン」

 

 頬を膨らませた彼女はフードを目深に被った。薄暗いから分かり辛いが、少し赤くなっていたのは多分気のせいでは無いだろう。

 年齢不詳な部分の多い彼女も存外可愛らしいところがあるものだと思った。

 

「……ヒースクリフの旦那、今ヘンな事を考えなかったカ?」

 

 そう考えた直後、ジロリと殺気混じりの眼でアルゴ君に睨まれた。なまじフードを目深に被っていて目元が見えないだけ些か恐怖を覚えなくもない。

 

「いや何、今日は大晦日だろう? 除夜の鐘こそ無いが初日の出を皆で一緒に拝むのはどうかと考えていただけさ」

「ふぅン……? ま、そーいうコトにしておいてやるヨ……――――で、キー坊としてはどうなんだ?」

「え、何が」

 

 こちらに意味ありげな眼をしつつも追及の手を止めた彼女は、キリト君の意見を求めた。察しの悪い彼の反応に、だーかーらー、とどこか拗ねたようにアルゴ君が語り掛ける。

 

「初日の出を拝む事ダヨ。ずっと働き詰めなんダ、元旦元日くらい少しゆっくりしたって罰は当たらないと思うゾ」

「む……でもこの時期の日の出ってかなり速いだろ。昨日一昨日とボスの情報収集を無理して進めたし、俺、今日は早起き出来る自信が無いんだけど」

「アー……」

 

 キリト君の自己申告に、彼女はしまった、と目元を覆った。

 キバオウ君とリンド君達の秘密裏の行動について知った彼は、アルゴ君を通して我々に事情を伝え準備させている間、かなり急ピッチでマッピングを行っていた。クリスマスイブとクリスマス、そして年の瀬という事で最近攻略が滞っていた弊害でマッピングもあまり出来ていなかったのだ。

 というのも、迷宮区への道が正攻法では無かったためだ。

 これまでなら遠くに見える白亜の塔を目指してフィールドを散策し、新たな街へ辿り着く事を繰り返していればよかったのだが、第五層は地下に遺跡が広がっているという構造だった。これまで迷宮区へ入るまでこれといってダンジョンは無かったが、この階層では地下遺跡がプラスされていた。これがキリト君のマッピングを遅らせた原因の一つ。

 もう一つが、地下遺跡から迷宮区へ入る境界に配置されていた中ボス級のガーディアンが手強かったから。コレの討伐に彼は時間を取られていて、尚更迷宮区のマッピングが遅れた。しかもガーディアンを倒したのとほぼ同時にアルゴ君が迷宮区への直通ルートを別口で見つけるという、普段に無い非効率的な行動となってしまっていた。

 そこに来てギルドフラッグの問題が上がったため、かなり無理矢理攻略をしていたのである。ボス情報の収集は勿論、偵察含めてだ。

 結果、尚の事急がなければならない事情があるというのに、地下遺跡やガーディアンに手間取らされる羽目になり、仕方なく睡眠時間を返上した上で急ピッチのマッピングをしなければならなくなったという訳だ。

 普段であればマッピングに三日、偵察に一日、準備に一日、そして本番という一層六日の周期だったのだが、今回はそれら全て合わせて四日に縮めている。

 しかもボス戦の戦力は何時もの三分の一だ。慎重にもなろう。

 その疲労が今に来て襲って来たようで、気が抜けたのか今の彼は少しふらふらと足元が覚束無い様子だ。年齢的に子供というのもあるのだろう、ここまで夜更かししていながら集中を保たせていたのは称賛に値する。

 

「じゃあよ、新年を迎える瞬間を一緒に過ごすってのはどうだ?」

 

 今頃になってドッと疲れが押し寄せてふらふらになっているキリト君を見て無理をさせたくは無く、しかし一緒に過ごす事で少しでも労いたいという想いは誰もが同じで、どうしたものかと頭を悩ませる。

 そんな中だからクライン君の快活な提案はよく響いた。

 

「それならもうちっとの辛抱だし、明日の朝はゆっくり眠れるだろ?」

「ん。それなら、多分大丈――――くぁ……ぶ……」

 

 キリト君は、クライン君の提案を含めた確認に、欠伸を噛み殺しながら頷いた。

 その姿から、あ、これは寝るな、と誰もが悟ったのは必然の事だろう。

 

 ――――これほど必死に頑張る少年が、まさか黒幕ではないだろう……

 

 寝ぼけ眼をぐしぐしと手の甲で擦り、アルゴ君やクライン君達に甲斐甲斐しく世話を焼かれている少年の姿を少し離れたところから見守る私は、内心でそう呟いた。

 第一層攻略会議であの幼い少年を見た時、実は最初、黒幕に加担している者なのではと疑っていた。幼さに反してあまりにも強過ぎたし、レベルも高過ぎたからだ。夢の結晶であるこの世界をデスゲームへと堕とされた時点で怒り心頭だった私はとにかく怪しい点がある者には疑念を持つようになっていた。

 故に私が彼に親身になっているのも、最初は監視のつもりだったのだ。第一層で殿役として彼を指名したのも、実は尻尾を出す切っ掛けとして使えるのではという打算もあった。

 だが、あの少年の行動は自己犠牲的なものばかり。それも『絶対成功する』という確信を抱いていない、『死の可能性』も確かに見据えた覚悟の上でのものばかりだった。

 第一層での《ビーター》宣言だけであれば、偽善的に見せる演技かとも思っただろう。

 これまでずっとあの少年の振る舞いと言動を見て来たが、この第五層での働きは《ビーター》宣言の時以上の自己犠牲と言えた。ソロプレイヤーである以上、究極的にはギルドフラッグという厄ネタなど抱え込む必要は皆無。攻略隊の存続の為と言っても誰も率先してそれを防ごうとはすまい。

 しかし彼は己の時間のほぼ全てを費やし、真摯にこの世界と向き合い、命を懸けて戦っている。これでも人生のほぼ全てをこの浮遊城創造の為に費やしてきた身だ、人がどれだけ真剣なのかは見れば分かる。

 彼は長期的な眼で事を見据え、フラッグを手に入れ、剰えそれを最も欲している者達の目の前で破壊するという暴挙を以て問題を解決した。いや、解決ではなく、盤面をひっくり返したと言ったところか。

 ともあれ攻略隊の内輪揉めを未然に防いだ点が重要だ。

 デスゲーム化の黒幕に加担しているのなら、ここまで人の注目を集めるような行動はしない筈だ。よしんばするにしてももっと考えて行動する筈だ。木を隠すなら森の中と言う様にもう少し分かりにくいようにすると思う。

 だからこそ私は、キリト君の事を信用する事にした。

 

「彼には生きて、幸せになって欲しいですね」

「ああ」

 

 近くにいたディアベル君の言葉に、私は心の底から同意しながら首肯した。

 

 






 はい、如何だったでしょうか。

 プログレッシブ第四巻相当である本作に於ける第五層攻略は、このようになっていました。大体原典通りの流れですね!

 原典では旗の処遇はキリトが所持するという流れになっているのですが、本作では攻略隊での主要ギルドが複数ある上に影でPoH勢力が暗躍しているせいで余計にややこしくなっております。

 加えてキバオウとリンドは原典よりキリトへのヘイトが高いので、説得など応じる筈もなく。

 売却とか一時的に預かるとかにするとモルテが思考したように付け込む隙を与えるし。

 ――――なら、旗を目の前で確実に消滅させちゃえば良いじゃん、と。

 PoHが考えている事が分かるキリトなら、その辺も思考が行き届くのがデフォルトなのです(原典も大概である)

 今まで数多のSAO二次SSを読んできましたが、LAボーナスを自ら破壊するなんて展開は見た事無かったので、まあ他の方々との差異を出せたかなと思います。

 今後プログレッシブや《インテグラル・ファクター》で活躍の時が来る可能性は高いですが、本作ではこれしか解決策が無いのでね、仕方ないネ。

 ヒースクリフ視点で耐久値が高いにも拘わらず一撃はおかしいと思われていますが、この時点で既にシステム外スキル《武器破壊》の前兆が(笑) 技術的な部分よりもかなり力任せなところが否めませんが。

 そしてヒースクリフが第一層で殿に任命した事、同時にキリトへ信用を寄せるようになった理由が明らかに。

 ぶっちゃけ夢を穢されて怒り心頭の茅場なら、年齢に反しておかしいくらい強いキリトを怪しむくらいはして然るべきかなと。どこで入れるか悩んだのですが今話に入る事になりました。

 キリトはどこかの実兄と違って命懸けの行動で信頼と信用を勝ち取ったのダ!

 では、次話(1月1日月曜午前0時)にてお会いしましょう。


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