「 ─────
繰り返すつどに五度。
ただ、満たされる刻を破却する 」
そこは本来の主から見捨てられた、薄暗く古惚けながらも豪奢な洋館。
集中の為か身を隠す為か、明かりも灯さず呪文を紡ぐ、一人の魔術師が居た。
怜悧な面持ちの男装の魔術師が手を伸ばす先、精緻な魔法陣が描き手たる魔術師の詠唱に応えて少しずつ魔力光を宿し始める。
「 ―――――― 告げる 」
轟、と。
鍵言と同時に、魔術師から発される魔力がその意と威を変えた。
これまで魔法陣に行き渡らせられていただけの魔力が、空間そのものを威圧し
「 汝の身は我が下に、我が命運は汝の槍に。
聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ 」
召喚の儀式に在りながらも、魔術師───殺し手たる執行者は
あるいはこれより前に立つ戦士に、己の力と在り様を見せつけるように。
あるいはこれより英雄を前にする己に、己の力と在り様を忘れさせぬように。
「 誓いを此処に。
我は常世総ての善と成る者、
我は常世総ての悪を敷く者 」
呪文を紡ぐごとに龍脈より零れ来る魔力が暴れ立つ。
一言を口にするごとに乱れ舞う魔力の奔流に男装の麗人の髪が踊る。
その紅眼を灼かんばかりに眩い魔力光がその輝きをさらに増してゆく。
しかしその中にあって尚、執行者は揺るがず乱れず。その暴威すらも押し潰さんばかりに、発する威圧を強めゆく。
「 されば汝はその脚に風雷宿らせ侍るべし。
汝、輩の先を駆ける者、我は戦場を示す者────! 」
その詠唱に言霊を乗せ、その魔力に意思を乗せ、
バゼット・フラガ・マクレミッツは己が相棒を喚び求める────!
「 汝三大の言霊を纏う七天、
抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ────!」
最後の詠唱と共に、魔力は臨界を迎え。大聖杯の術理が、英雄の仮初の身体を織り成す────
──────……はずだった。
「……………………何故……?」
魔力の奔流が収まり、儀式の残り火の如く淡く灯る魔法陣の上には。
誰も、居ない。
......................................................
ほぼ、時を同じくして。
「 ─────
繰り返すつどに五度。
ただ満たされる刻を破却する 」
異なる場所、町外れの打ち捨てられた廃墟にて、同じく召喚の儀式に臨んでいた者が居た。
「 告げる。
汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。
聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ 」
その男を評するのなら、魔術師という言葉で全てが済むだろう。草臥れた風貌に、傲慢さと薄い狂気を宿したその双眸。まさに魔術師の標準風体。
ただ彼は、聖杯戦争という死地に挑むに相応しい才覚も確かに持ち得ていた。
「 誓いを此処に。
我は常世総ての善と成る者、
我は常世総ての悪を敷く者 」
彼が召喚陣の奥に用意している触媒は古代の文献。
それは単に、特定の英雄を召喚するための触媒などではない。通常よりも優れた触媒。
彼にはその才覚により辿り着いた考えがあり、それに従って選んだ触媒だった。
聖杯戦争とはマスターとサーヴァントの主従一組で挑む闘争だ。それは主従双方の能力を掛け合わせた戦闘力を競い合うということであり、マスターやサーヴァントの個々の能力だけでなく、主従という共同体としての競うということだと、彼は考えていた。
マスターが優秀であることは当然の前提であり、サーヴァントも上位の英霊が望ましいのも間違いない。だがそれだけではない。相当に運が良く、他勢力の性能がことごとく低いのならばともかく、他の参加者とて高位の英霊を狙うはず。ならば上位の英霊を喚べたとしても勝利できるとは限らず、英霊の能力だけに依存していては英霊同士を戦わせた際は格や相性で勝敗が決してしまう。それではマスターが存在する意味が無い。マスターとサーヴァントは互いの能力を高め合うような、そんな能力相性こそが最も望ましい。彼の考えはそういうものだった。
ゆえに彼は大聖杯のシステムに着目した。大聖杯は参加者がもし触媒を用いずに召喚した場合は、その者と相性の良い英霊を引き寄せるという。
それだけでは頼るに値しない話。なぜならどんな低位の英霊を引いてしまうかも分からないのだから。例え相性が良くとも、性能が低くては話にならない。
だが魔術師としてそれなりに優れていた彼はそこから一歩思考を進める。
『複数の英霊と所縁ある触媒を用いたのなら、その中から相性の良い英霊が選ばれるはず』
それは彼にとって優れた閃きだった。いや事実、その思考は聖杯戦争の本質を前提とした優れた計略だった。
ただ駒が強くても主と相性が悪くてはその性能は宝の持ち腐れ。逆に相性だけが良くとも性能がなければ何の意味も無い。
ならば、複数の強者の中から己に合った者を大聖杯に引き寄せさせるのが最善。
それは魔術師らしい、極めて合理的な思考であり。
しかしこれまでの聖杯戦争で誰も考えなかったある種の盲点でもあった。
「 されば汝はその魂に信義宿らせ侍るべし。
汝、襲う万難を排す者、我は汝に託す者──── 」
さらにクラス指定呪文により最優たるセイバーを指定する。
これにより複数の英霊の中でも特に優れた者を喚び出せるはずだ。そう彼は考える。
この指定のリスクとしては触媒所縁の英霊にセイバー適性のある者が少なければ結局は相性の問題が出かねないことだが、そこは触媒を厳選したことで解決済みだった。彼が用いている触媒はセイバー適性が見込める大英雄達複数と所縁ある物。……必然的に個々の英雄とはその繋がりは浅くなるが、さほど問題は無い。可能であれば彼のブリテンの円卓の騎士達に繋がる円卓の欠片などが彼の思いついた中では最も望ましかったのだが、彼には手に入れられなかった。とはいえおよそ五十人もの英雄との繋がりを期待できる触媒を用意できたのだから、これ以上は無いものねだりというものだろう、と彼は納得している。
また、クラス指定は他の参加者に先じられると無指定召喚となってしまうが、彼はそのために『三日前以降を推奨』されている召喚儀式を、一週間以上も前に行うことで成功率を高めている。召喚は早ければ早いほど失敗しやすいとされているが、彼は己の力を信じた。そして最も魔性の力が高まる月の位置に合わせ、このときに召喚を行った。
この召喚は、彼の得られた情報と材料で、確かに最善を尽くした最高の一手だったのだ。
「 汝三大の言霊を纏う七天、
抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ────!」
────彼は確かに優秀であり、そして最善を尽くした。
しかしそれが…………最高の結果を呼ぶとは、限らない。
......................................................
この聖杯戦争は、彼の知らないところで多くのことが起きた。
衛宮嗣郎がルールの開示に恣意的な後付けをしたことも、既にほとんどのサーヴァントが出揃っていることも彼は知らない。
彼が望む剣騎士の枠どころか、槍騎士も騎乗兵も魔術師も出揃っている。
彼が召喚を決めた時点で空いている正規クラスは三つしか無かった。
その内の一枠暗殺者に関しては、その『
弓騎士と、狂戦士。
この時点で彼の召喚儀式は、完全な博打の様相となっていた。
優勝候補たる三騎士が一角と使い手を破滅させる災厄の駒。
それはもはや吉凶裏合わせのコインを宙に弾くがごとく。
……しかし実の所、彼が召喚儀式を完成させた瞬間において、彼は博打すらも許されていなかった。
─────さて、彼の運命を決めたものがなんだったかといえば、その候補は数多あるだろう。
衛宮も遠坂もマクレミッツも、本人達も知らぬうちに誰もが彼の運命を定めていった。
しかし本当に彼の運命を決定づけたのは、彼の戦略そのものだった。
今の冬木の地において、彼の名を知る者は一人も居ない。
来訪の連絡を受けていない遠坂凛も、参戦の表明を受けていない言峰綺礼も、
そして、平行世界におけるこの世界のあらゆる『登場人物』を知る衛宮嗣郎でさえも。
ただ、名は知らずとも……『彼』の存在だけは、嗣郎も知ってはいた。
その存在が登場人物であるかは置いておき、たしかに存在は知っていた。
そう。
─────古代
神代のコルキスより伝わる文献。それはギリシア神話の一端であり、神々や英雄達の伝説の欠片。
イアソン率いるアルゴー船の勇士達が長い航海の中で様々な地でその勇気と武勇を示す英雄譚であり、歴史に名を残す五十名以上の勇士達が同じ船で旅を共にしたギリシア神話有数の大偉業であり、そしてその日々を描き伝えようとした神代当時の人間の息吹を宿す記録書でもある。
六本腕の巨人、精霊ニンフ、悪蛮の軍勢、鳥人ハルピュイア、船潰しの岩、裏切りの魔女。
勇士達を襲う災禍を伝説の彩りに、後にも偉業を重ねる多くの英雄達を描いた当時の記録。
それは確かに己と息の合う優れた英雄を選別するに悪くない触媒選択だっただろう。
最優の剣騎士の適性がある英雄に限っても候補となる者が複数居たのだから。
……その中で、彼がその英霊を引き当てるだけのものを持っていたのは、彼にとって幸か不幸か。
しかし彼の戦略が裏目に出てしまったことは間違いない。
なぜならば、クラス指定というシステムはそのクラスが既に埋まっていても無意味ではなく、その本来の効果ではない副作用とも呼べる効果が、結果を決めたのだから。
召喚の際、まず触媒に所縁のある英霊が列挙され、その中から指定呪文によりその適性がある英霊が呼ばれ、
適性のある匣が一つも空いていなかったときは、単に召喚者と相性の良い違う英霊が呼び出されるか、三騎士以外の可変の匣を変形させて
しかし今回彼が呼んだ英霊は、『最後の匣』の適性を持っていた。
だから、その英霊は英霊の座に帰ることもなかったし、イレギュラークラスを作ることもなく、『最後の匣』に入った。
やはりそれは彼の戦略が生んだ不運。
彼が最優たる剣騎士のクラス指定などしなければ、他の英霊が呼ばれ。
アルゴー船の冒険譚には、本当に多くの英雄たちが登場する。
数多の英雄を率いて王の試練を乗り越えたイアソン、迷宮のミノタウロス殺しで知られる勇王テセウス、ギリシア最速の俊足弓士アタランテ、裏切りの魔女メディア、後の医神アスクレピオス、竪琴の名手オルペウス…………
そして、
「 ■■■■■■■■■■■■■■■■─────────────── ! 」
────── 大英雄、ヘラクレス。
......................................................
「───────……ッ」
魔術師は悲鳴すら上げる間もなく
膨大な魔力を糧として貪り喰らう大英雄の暴食に、標準的な魔術師の枠内に居た男は一瞬たりとて耐えられなかった。
そも彼の大英霊は通常の召喚と維持ですら桁違いの魔力と素養を必要とするような別格の豪傑だ。それを通常の数倍の魔力をもって強化する狂戦士のクラスに当て嵌めて、並の魔術師がその供物を用意できるはずがなかった。
「……」
男の亡骸は前のめりに崩れ落ちる。
召喚陣に令呪の刻まれた右手を伸ばすような形で魔術師はその生涯を終え、この廃墟に残るのはマスターという現界するための糧の供給源を失った、大喰らいの狂巨人だけ。
「■ ■■────」
魔力供給が途絶え現界する術を無くした巨人がその姿を薄めてゆく。
呻くようにこぼした唸り声は、侮蔑か、自嘲か、憐みか、嘆きか。
その答えを知る者は居ない。
「 ─── ■ ■ 」
かくして狂戦士の主従はただ無意味に潰える。
不運な愚者の亡骸の前で、主を喰い殺した狂戦士は為す術も無く朽ちて終わる──────
「 おいおいもったいねーなー、つーかアホ過ぎだろオイ 」
狂戦士の消失が、止まる。
......................................................
「ぐっ……!?」
苦鳴と共に、胸を押さえて言峰綺礼は椅子から転げ落ちる。
その表情にはこの男が滅多に表すことのない苦悶が露わとなっていた。
「お父様っ!?」
顔を青褪めさせて駆け寄った娘に無事を告げるように一瞥してから、綺礼は息を整えながら自身の胸を見る。
そして何かに気付いたようにゆっくりと右腕に手を遣り、袖を
「………………」
しばらく『何も無い』腕を見つめ、
「……ほう、どうやら波乱となるようだぞ、衛宮よ」
呟き、笑った。
......................................................
「なんつーの? ブザマ? アホ? 自滅にも程があるっつーか。ご愁傷サマだねホント」
その『手』は魔術師だったモノの手を掴んでいる。
大人の手であったかと思えば子供の手のように小さくもあり、その形は判然としない。
常に揺らめき、霞み、そして、その先に続くべき『腕』が無かった。
『声』だけが響きながらも、それを発す『口』も無く──────
「よいせ、っと」
ずるり、と。
手首から先が、現れる。
『手』が出てきていた─────召喚陣の『中』から。
......................................................
宵闇の中、月を明かりとし遠く街の光を眺める。
風に揺れる草木の音を肴に、硝子の茶室で葡萄酒を空けていた青年は呟く。
「 ────
ただその一言で、青年を不快にさせていたモノは消え去る。
青年は不快げに胸をはたき、深く座り直す。
「我を汚し侵そうなどとは、泥風情とはいえ愚かな……いや、相も変わらぬ愚昧。
泥は泥のまま、進歩も無いというだけのことか」
誰に言うでもなく、嘲う。
そこにはもはや怒りの色も無いのは、青年の余裕ゆえか。
既に青年にとって先程のものは、もう己に関わるものでは無くなったのだろう。
「さて、此度もまたあれが出てくるか……奴とはどう絡むものか」
杯から手を離し、頬杖をついて街を見遣りながら、
「見所も無いと思っていたが…………これは案外、見られるやもしれんな?」
挑発するように、嘲った。
......................................................
「うおっ、やべーやべー。こえーよ王サマ。消えかけたぞリアルに。……おう良かったこっちは盗れてんな」
立ち上がる瞬間に『ソレ』は一度大きく
安堵の息をついたあと、眼前の巨体に顔を向けた。
「んぁ? オイオイ『待て』だぞイカレ野郎。オレオマエのご主人サマ。わかる? ゴシュジンサマ。今もエサやってんだろ? 『待て』。わかりますかー?」
『ソレ』の出現に警戒するように唸る狂戦士を犬扱いして嘲りながら、『ソレ』は改めて己の身体を検分する。
身体と呼ぶには余りにも虚ろな、揺らぎ続ける影のような己の姿を。
「……こりゃひでぇ。誰かさんがバキバキにしてくれたから入れた
ふ、と。『ソレ』が大きく歪む。
人の形を失い、足だけを残して絵の具をぶちまけたように黒く
即座にまた人の形の影に戻るが、先程よりもさらに朧げに揺らいでいる。
「…っとと。愚痴ってるヒマはねーな。間に合うかねー?」
『ソレ』は動かない巨人に背を向けて、己が這い出てきた召喚陣に手を伸ばす。
何の抵抗もなく召喚陣の中に『沈んだ』手を動かして、呟きながら何かを始める。
「……あぶねーあぶねー、もう切れるとこだった。そーいや
止まることなく喋り続けながら、手を動かす『ソレ』が何をしているのかなど、誰も知れるはずもない。
ただ、少しずつ─────『ソレ』のカタチが、
......................................................
────『これ』が何であるのかを、衛宮嗣郎ならば見当は付いただろう。
これもまた、彼の知る世界の存在ではあったのだから。
だが同時に、どういった経緯を辿ればこの状況に至るのかなど、嗣郎とて知らない。
この存在は本来在り得ない『IF』の住人なのだから。
だから衛宮嗣郎は、『これ』が参戦してくることなど、考えてはいなかった。
そんな
……そう、狂戦士の主が多くのことを知らなかったように、衛宮嗣郎にも知らないことが起きていた。
衛宮嗣郎だけでなく、『これ』以外誰一人として知らない、道筋が出来ていた。
......................................................
『それ』は多くのことを知っていた。
なにせ『それ』は戦争の景品であり監視者だ。戦場と参加者達のことをずっと『見て』いた。
だから衛宮嗣郎が『それ』を消そうとしていたことも知っていたし、その戦略も知っていた。
順当にいけば他の参加者に勝ち目が無いことも知っていたし、ゆえに己がいずれ消されるということも知っていた。
全てを知りながらもそれを止める術も無かった。『それ』は儀式の判定者の中身ではあるが、『それ』自体は所詮は景品に混ざったモノに過ぎない。儀式本体に刻まれた
だが、全て順当に行くはずだったこの儀式に、僅かな綻びが生まれる。
それはただの、一人の魔術師の才覚が切っ掛け。
本来ならば起こしうるはずの無いイレギュラーを、その才ゆえに引き起こせてしまったことがただ一つの綻び。
サーヴァントとは、御三家の魔術により作られる
クラスという
クラスという匣こそがサーヴァントシステムの肝。そして七騎のクラスが絶対に被らないことからも分かるように、匣は事前に用意されている分しか無い。召喚儀式の際に一つずつ入れ物が作られているのではなく、七つが最初に用意されているのだ。
大聖杯は六十年の貯蓄期間の間に七つの匣を作り、それに英霊の魂が呼び込まれるのを待ち、呼び込まれて中身を得たその匣はサーヴァントの肉体としてマスターの元へ行く。
聖杯戦争の基盤となっているこのシステム。
これが、今回はただ一人の魔術師によって破壊された。
その魔術師は、一度弓騎士の匣に入りかけた英霊を強引に力ずくで引きずり出し。
本来ならば入るはずが無い剣騎士の匣に無理矢理押し込んだ。
剣騎士の匣に関しては当の少女によって問題無く維持されているが、完成しかけていた弓騎士の匣は必然的に滅茶苦茶に壊れてしまった。
……それは、傍から見ればただの笑い話だろう。
少女の無茶苦茶さに頬が緩むような話だろう。
─────だが、『それ』にとっては、己の存在にすら関わる、得られる筈の無かった光明だった。
『それ』は縋った。
ある種の本能で、崖から落ちた人間が手を上に伸ばしてしまうように、その光明に縋った。
生きたいと願っていたわけでもない。そもそも『それ』に命など無い。
それでも。
……それでも『それ』は。壊れた匣に手を伸ばした。
本来『それ』は、匣に入る資格を持たない。
なぜなら匣とは召喚儀式により英霊の座から呼ばれた英霊を迎え入れる入れ物であり、誰にも呼ばれていない『それ』が入ろうとしたところで蓋は動かない。そもそも『それ』は英霊ですらない概念の一種であり、入れたとしても身体も力も、顔すらも作れまい。
だがすでにほとんど形が出来ていた弓騎士の匣は『それ』の入れ物となり得た。『それ』が持たない『カタチ』が形成されているのだから、あとは『それ』という息吹を吹き込むだけ。
そして『それ』は、否、『彼』は、次に行われた召喚に割り込み。
その大聖杯との親和性を利用し、ほぼ時を同じくして行われたもう一つの召喚にも手を出した。
......................................................
「…………クラス変更完了、っと。ケヒャッ! 幸先イイねえ、こりゃこのまま勝てちまうんじゃねーの?」
『彼』は光を失った召喚陣から手を引いて立ち上がる。
その姿は先程までとは異なるもの。
全身に刺青を刻んだ褐色の肌、揺らぐことのない輪郭、破れた衣を巻きつけているような装束────
紛れも無く、確かな人間の姿。
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【 BASE CLASS 】
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「案外でっけー拾いモンもしたし。つかラッキーだねマジ。こんなバケモン普通使えねーわ魔力喰いすぎだろ。オレは大丈夫だけどよ」
殻を補修した結果か、その背丈は小さい。
しかしそれでも『元』となっている人物の面影は有り、また衣服も色こそ黒く変わっているが『元』の人物が身につけていたものに通じる部分がある。
まるでとある英霊の少年期のような姿で、彼は狂戦士を見上げる。
狂戦士は黙して動かない。
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【 クラス別能力 】
■単独行動:EX
・大聖杯の魔力を窃用している。マスターからの魔力供給を必要としない。
サーヴァント本人が魔力を使用する能力を持たない一方で
他者に魔力を供給する能力に限っては無尽蔵の魔力炉に等しい。
■対魔力:-(A+)
・呪詛に類する魔術のみを完全に無効化する。
令呪の強制および強化を受け付けない。
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「ぁんん? ……動く気なさそうだなオイ。しゃーねーな」
面倒そうに表情を歪めた後、『少年』は腕を掲げる。
影の姿であったときには黒に紛れていた、数多の紋様がそこにある。
しかしそれは、少年本来の刺青だけではなく────
「『
手の甲に有った一画、
「───」
それまで狂戦士のサーヴァントでありながらもわずかに理性の色を見せていた巨人の眼から、その色が無くなる。
そしてその代わりに宿るのは、本来あるべき狂気と獣性。
強制力を持つ主の前にて暴れ出しこそしないが、今にも喰らいつかんばかりの野性を全身から発し始めた。
その狂戦士の変化に軽い調子で満足気に頷いて、少年はあらためて己の腕を見る。
今一画欠けたものに似た意匠の紋様が左手に二画、それとはまた異なる独特の意匠の紋様が右手に三画、
そして、それらとも全く異なる、波打つような数多の紋様が……少年の細腕を埋めつくしている。
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【 宝具 】
■ “
・「奪還」という原初の法の歪曲。己がかつて所有していたものを掠め取る概念。
宝具としての効果は三つ。
一、一度契約したサーヴァントの契約が切られたとしても即座および強制的に再契約する。
一、接触しているサーヴァントの魔力を瞬間的に略奪する。
但しその対象がそれまでにマスターから魔力供給を受けた度合に応じて効果は減少する。
……
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「……つってもこんだけあってもアイツ相手じゃ足りねーよな。四匹は多いって。セイバーもどきもほとんど吸収されちまったしなぁ」
あーやだやだ、と少年はふざけたようにひとりごちる。
言葉こそ嘆いているようなものだが、その口元は緩み吊りあがっている。
不敵な笑みを浮かべて、少年は独り言を続けた。
「だからまぁ、あと何人か……
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…… 一、接触しているマスターから、令呪を略奪する。
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「さて、さて。衛宮嗣郎?」
少年は……エミヤシロウと同じ顔の少年は、嗤う。
「赤子だからって、大人しく
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【 CLASS 】
【 真名 】
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