「ここが川神の地か、ここまでに来るのに時間がかかったぜ」
ここまでにくるのにかなり時間がかかった。竹刀袋に入っている「雷切」への説明をするのに時間かかるし、許可証を出している間に予定時刻をオーバーし、時間内に乗りたかった電車には乗り遅れるし、初日から散々な目だ。この話を聞かれたら、石田たちに笑われるかもしれない。
気を取り直した俺は鍋さんから予めもらった川神の地図を頼りに動くことにした。まずは島津寮に行き、自分の部屋を確認しておきたいし、生活必需品や送った荷物が揃っているかを確認することが先と判断し、そのまま地図を頼りに行動することになった。
30分後、中々目的地へと着かない。さっきから川神駅付近にておぞましい気の塊を感じており、さらに別の方向からも荒々しい気の塊を感じているからだ。つまりこれのせいで地図を見るのに集中できない。
さすが武神が住んでいる街であると言いたいが、集中できないせいで目的地に着かないのは情けなさすぎる。なので、一回心を無にし、周りを気にしないようにする。精神と気を集中力に変えた俺は迅速に行動した。
あれから金柳街を通り過ぎ、数分後やっと小規模な寮を見つけた俺は、ネームプレートを確認し、そこが島津寮であることを再確認する。ここが2年間お世話になる場所か、そういえば、小耳に挟んだことであるが、川神の地では土地から出る温泉が名物で、この島津寮にもあると聞いたことがある。
お風呂もいいけど、温泉のほうが個人的には好きだ。ウキウキしながら、島津寮に入り、楽しみで心躍っていたが、その楽しみが次の瞬間に崩れ落ちることになる。
「あら、島津寮は6部屋だから、おかしいわね。それにあなたの荷物は届いていないよ、場所間違えている可能性あるわよ。ここはもう寮生が一杯だからねー」
恰幅の良い寮長さんがそう言った。視界が歪む。川神デビューが野宿、泣ける通り越して自害したくなる。
「あ、間違えだったみたいです、すいません。失礼しました」
そんなことはないって言おうとしたが、寮長さんがそういうのなら、間違いなくここが俺の住む場所ではないということは明確だ。それにここで揉めても、時間の無駄と判断。恥ずかしくて消えたくなった俺は足早に島津寮を立ち去る。さらば、温泉。こんにちは、野宿フラグ。
「(どうしてこうなった? 実は住む場所は島津寮ではないのか?)」
鍋さんにこのことについて詳しく問い質す為に携帯を取り出すが、ホーム画面を開いた瞬間、突如暗転。バッテリー切れである。これは終了のお知らせがいよいよ現実味を帯びてくる。
「(いやいや、初日でいきなり野宿とか笑えないわ!)」
とはいえ、目的地が分からない今闇雲に行動しても、日が暮れるのは目に見えている。途方にくれそうになる俺は唯一頼みの綱である地図を見ている。もういっそこの緑の土手で寝転がり、野宿の算段をつけた方が早いかもしれない。
「おい」
掛け声と共にゾクッとする気が肌身に感じる。思わず背筋が伸び、振り返ると、そこには銀髪の髪を逆立たせており、赤い眼が目つきの鋭さを助長させ、威圧感を漂わせている。筋肉質で大柄の男がこっちに近づいていた。
「丁度いい。お前、川神院って場所知らねぇか? 中々着かなくてイライラしていた所だ」
殺気と威圧感を兼ね備えた睨みを利かし、道案内を求める。一種の脅しともはや変わりない。こっちはこっちで事情があるし、NOと断りたいが、この様子を見ると断ったら、断ったで、後々面倒なことがおきそうと判断。後駅前付近でのおぞましい気の塊の正体はこいつのことだったのか。
「おい、スルーしないでくれねえかぁ? 川神院どこだって聞いているのだかよぉ」
返答がないことに苛立ちを助長させたのか、さらに強い殺気を俺にぶつける。俺だったから良かったものの一般人相手にこの殺気をぶつけたら、気絶する可能性もある。っていうか道聞くだけで殺気ぶつけるなよ。見境なく殺気をぶつけるヤンキータイプだと判断した。それにこの会話と態度だけでもせっかちで短気なのも分かる。
「ふむ、俺も川神院に用があってな。一緒にくるか? 地図を頼りにすれば、おそらく着くと思うぞ」
もちろん川神院に用があるのは嘘であるが、もしかしたら鍋さんの師である川神鉄心に会えば、何か分かるかもしれないと選択した俺は、この危険な男と一緒に川神院を目指すことに決めた。これで空振りだったら、諦めて野宿をする。
「いいだろう、この殺気でにらみを利かせても、お前みたいな歯ごたえがありそうな獲物と一緒に行くのも悪くねぇ、さっさと川神院に行くぞ」
今獲物といわれなかっただろうか? 空耳だと信じたくてやまない俺はため息をつき、地図を頼りにし、無言で目的地へと足早に行動したのである。この男と一分でも長く居ないために。
しばらく無言で歩き続ける中、「仲見世通り」に入る。この仲見世通りを通りすぎた後に川神院がある。いよいよこの隣に居る生きる爆弾ともおさらばできるってわけだ。
「おい。そういえば、てめえ、名前はなんていうんだ?」
「名前? 聞かれる道理が良く分からないのだが」
「あぁ? 獲物の名前を知るのに理由なんていらねえだろがぁ。それに道教えてくれた礼もあるしな」
どうやらこの獰猛な男に狙いをつけられてしまったようだ。正直なところあまりこいつと関わりたくはないけどな、本当に。でも、言わなかったら因縁つけられそうではあるし、どの道絶望的というところだ。それなら潔く言おうではないか。
「俺の名前は立花雪宗だ。っで、そちらさんは?」
俺の名前を聞き、急に隣に居た生きる爆弾はフルフルと震え始める。なんだ? 薬物の禁断症状か? 尋常のない震えに少し距離を置こうとするも、すぐさまこっちを見てものすごく嬉しそうな顔をしている。
「西国無双の剣士が川神にいるとはこいつはずいぶんラッキーじゃねえかぁ、最高だぜぇ。獲物は武神だけだと思ったが、こんな隣でまさか大物を見つけることができるなんてなぁ。最高じゃねえかぁ」
どうやら自分の世界に入って悦に入っているようだ。さっきから獲物とか大物とか物騒な単語が聞こえるが、こいつはまさか武神に戦いを挑む挑戦者ではないかと考察する。だが、本人が喜んでいるところ悪いが、こいつをいい加減に川神院につれてかないとまずいと判断した。
「(さっきからこいつが変に悦に入って笑っているせいで、周りの視線が痛々しい。おれもいち早くこいつと離れたい)」
俺は一声かけようとするが、男は急に悦に入るのをやめ、笑い声もなくなった。自分に置かれた環境に気づいて恥ずかしがっているのかと判断したが、俺の見立てが違うことすぐに明らかになる。
「くっくっくっ。立花ぁ。川神院に用があるのなら、後でこの俺と1対1の決闘をしようぜぇ? 俺は最高に昂ぶっていてなぁ。思わずお前を殴り倒したくなっちまうわけだぁ」
早速1対1の決闘を申し込まれた。こいつには場をわきまえると言う言葉を知らないのだろうか、こいつが昂ぶっておぞましい気を発したせいで周りがそこから逃げていく。遠くに居る赤ちゃんの泣き声も聞こえるし、商店街なのに人が居なくなると商売の邪魔をしちゃっているし、もう滅茶苦茶である。
「あのさ、昂ぶっているところ悪いけどさ。周り見てから行動しようね、ここで決闘の申し込みとか本当にバカだろ、後その気で周りを威圧するのもマジやめろよな」
「あぁ? うるせえな。俺が従えるのは俺だけなんだよ、いちいち指図するんじゃねえ」
アイタタ。いや、何とは言わないが、色々とこいつ見ていると痛い。どういう意味で痛いとはいわないけど。ため息をつき、この男を説得するのに、20分かかったが、なんとか川神院に早く行こうと結論付けさせ、仲見世通りから離れていった。ごめんなさい、商店街の皆様! 隣ではつまんねえと当の問題児は呟いていた。お前は反省しろ。
仲見世通りを抜け、ようやく川神院に到着。関東三山の一つと言われるだけあって中々立派で大きい。それにこの川神院は厄除けの寺院としても名が高い。それなら隣に居る厄をさっさと祓ってくれるとありがたいと言うものだ。
「よく川神院に来たのう。黒川よ、ぬ? 隣に居るお主は立花じゃな?」
川神院の正門にこの川神院のトップであろう川神鉄心が迎えに来ていた。にしても隣に居るこいつは黒川って苗字なのか、なるほど。覚えたくないが、覚えてはおこう。にしても黒川という苗字になんか聞き覚えがあるような気がする。後川神鉄心よ、なぜ俺を見て立花と分かったのだろうか?
「おい、鉄心の爺さんよぉ。そんなことはどうだっていい、さっさとこの俺を武神と闘わせろよぉ、さっさと闘いたくてしょうがねえ」
こいつは戦闘狂のだろうか、さっきから戦いや1対1に固執しているような気がする。一方の俺はこの状況に置いて気ぼりなわけで、この黒川が武神と闘いたいと言っている間にさっさとおさらばしたい。
「まあ、待て。黒川。明日から川神学園に行くのじゃから、今日は決闘する前に明日の準備をしておるがよい、後さっきから街中に殺気を出すのはやめんか! 馬鹿者!」
「はぁ? 俺に従えるのは俺だ……ぬぉ! ちっ、しょうがねえな。ここで爺さんとやりあうのは得策じゃねえな。今日から世話になるぜぇ」
川神鉄心は黒川を黙らせるために、闘気を当てる。流石は武術の総本山と言われたお方だ。あの戦闘狂の我侭を一発で黙らせた。
その闘気圧倒された黒川はすぐさま川神院の中へと入っていた。よかったと思いつつ、羨ましいと思ってしまう。なぜならばこの川神院は鍛錬の場所にも向いているから、環境下としてはまさに最高と言えるからだ。つまり己を高めることができる最適な場所。だからこそ羨ましい。
俺は本来の目的である川神鉄心に事情を説明しようとするが、黒川の件で忙しそうなので流石に申し訳ないなと思い、背を向ける。
「ぬ、こら、待たぬか。立花よ。おぬしにも用があるのじゃ」
立ち去ろうとしたところを川神鉄心に止められる。一体武術の総本山であるお方が、この俺に何の用があると言うのだろうか?
「一体、何の用でございますか?」
鍋さんの師である川神鉄心に敬語を使い、鉄心の方へと向き、話を聞く体勢をとる。
「実は鍋島から連絡があっての、実はおぬしが住むのは島津寮じゃなくて、この川神院であることを伝えねばならんと言われてのう、今日からよろしく頼むぞぃ。立花雪宗よ」
俺はすぐさま鍋さんにバカヤローと叫びたくなった。手違いで島津寮に行った労力と黒川の相手をしたあの労力をすぐさま返してほしいと。携帯の充電を切らした俺も悪いが、色々面倒な目にあった俺は天を仰いだ。
「(石田、島、大友、父よ、母よ。俺はとんでもない環境下で住むことになりそうです。後鍋さんは覚えて置いてください)」
苦笑いしながら、俺は川神院の正門を通り、中へと入ったのであった。そしてその先に黒い長い髪を靡かせている、荒々しい気を醸し出している女性が鍛錬しているのが目に入った。
――――この時、川神院にて北の最恐、西国無双の剣士、武神が揃ったのである。
――――これがこの川神に新たな火種の一つとなるとはまだ誰も知らなかった。
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