彗星が落ちてから一年以上が経過していた。
 慣れない四人での東京生活に四苦八苦しながらも毎日を過ごしていた。

――二葉にもう一度だけ会いたい

 娘二人と生活をしている中で日々強くなっていく思い。その思いが奇跡を起こす。






※お父さんにこんなアフターストーリーがあったら良いなと思い書いてみました。
オリジナル設定、独自解釈多分に含みます。

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こんなストーリーがあっても良い。その思いで書いてみました。
後半は蛇足ぎみです。


君にもう一度会えたなら

 星が降ったあの日。

 

 私は昔のことを思い出した。まだ、キミが生きていた頃の記憶。私に大切なことを思い出させてくれた記憶。

 

 

 

 

 

――もう一度だけ君に会いたい

 

 

 

 

 

 

 

 

 糸守の町に彗星が落ちたあの日から、一年以上が経過した。彗星が落ちたことにより、糸守町の多くの地域に甚大な被害をもたらした。あまりの被害の大きさに復旧が困難とされ、町としての機能を維持することは不可能となり多くの町民が他地域への移住を余儀されなくなった。

 糸守町が無くなる、それはつまり私の仕事が無くなったことを意味する。二葉との繋がりを生んだ糸守町が無くなったことは、ある意味で糸守を壊したかった私の望んでいたものとは違う結末であった。そこには虚しさだけが残っていた。

 しかし、まだ私にはやるべき事があった。三葉のやった事――いや、やらかした事の方が正確か――それに対する後始末である。二葉ほどではないものの、彼女は宮水の巫女としての仕事を成し遂げてしまった。それが住民にひいてはマスコミなどに知られることは、私が三葉に普通に育ってほしいと願うそれとは別の方向に進んでいくことは間違いない。

 そのため、勅使河原建設の社長の息子、役場の名取の娘の二人と行った事は町長の権限を以てもみ消すことにした。私の名前が前面に押し出されれば、彼らの名前が挙がることは無くなってくる。そうやって事態を収拾させることに成功した。

 しかし、私の名前が出ることで必然的に三葉、四葉に被害が生じる可能性はある。今までもそうであったように、彼女らと一緒に暮らすことはせずに、一生を終えても良い。本気で私はそう考えていた。だが、あれほど私を避けていた三葉の説得により、予想外にも義母を含め四人で東京生活を行うことになった。

 東京生活はギクシャクした中で始まった。無理もないだろう。あれだけ関係が冷え込んでいたのだ。むしろ、三葉が私と一緒に住むために義母を説得したことが、不思議にすら思えていた。彗星の件で彼女なりに思うところがあったということなのだろうか。

 幸いにも、まだ宮水性になる前の私――溝口俊樹の論文を評価してくれる人がいたおかげで、私は大学の客員教授として再就職することができた。三葉と四葉、二人の娘が一人立ちするまでは、まだリタイヤするわけにはいかない。その償いにも近い気持ちのみが私を動かしていた。

 

 数十年ぶりの東京生活。当時はアパートに一人で住んでいたが、学者生活に追われまともに家事も出来なかったことは懐かしい。糸守に住み始めてから――特に町長になってからは、何年も東京に来ることはなかったため、久しぶりの活気にあふれた街並みに郷愁と新鮮さが蘇る。自然に囲まれた生活も魅力があったが、やはり自分には東京の方が合っているのかもしれない。

 

 

 

――二葉がいたならば。

 

 

 何を望んだところで全てはそこに収束していく。

 

 

 

 

 

『あるべきようになるから』

 

 二葉の最期の言葉。彼女は一体どこまで知っていたのだろうか。あるべきようになる――個人的な解釈ではあるが、今思うと彗星の被害を極力出させないことだったのだろう。私の全ての行動が、その結果を導くためのアプローチだったのだろうか。

 そうであるならば、私が神社を出ていくこと。町長になること。彗星が落ちること。三葉が私を説得しに来たこと。私が町民を非難させるための権力を持っていたこと。

 全ては二葉の思う通りに進んでいたのか。いや、それはあり得ない。しかし――。

 様々な考えが浮かんでは消えることを繰り返しているが、今でも納得する答えは得られていない。

 彼女の言葉が頭をリフレインする。願わくばもう一度だけ、一目だけで良い。二葉に会いたい。あの日のことを考えるたび、その想いがどんどんと強いものになっていく。きっと、彼女の見えていた未来での、私の担っていた仕事は終わっているはずだ。糸守の、宮水の伝統。あれらは彗星が落ちてくることを様々な方法――龍に、紐に見たて、巫女が舞を踊り――で語り継げようとした結果なのだろう。今はそう思っている。それが正しいと思っている。

 糸守の巫女には、つまり宮水の巫女は、伝承を伝え続けるため糸守にいなくてはならなかった。しかし、私は二人の娘には普通に育ってほしかった。二葉のように糸守に縛られて生きてほしくなかった。糸守の、宮水の概念を壊すため町長になった筈なのに、その想いはいつしか捩じれていたのかもしれない。間違った方向に。

 

 

 

 

 

「行ってきます」

 

 二人の娘の家を出ていく声が聞こえた。私はリビングで義母と食後の時間を過ごしている。義母はお茶をすすっている。義母は同じ家で住むようになってからも、私と話すことはあまりなかった。初対面の時から私に良いイメージを持っていなかったのだから、今さらなのかもしれない。それでもまた少しでも話せるようになれれば良い。物事のとらえ方が変わったせいか、今は糸守にいた頃のような息苦しさはあまり感じていなかった。

 

 朝食後の静かな時間を過ごした後、私は部屋へと戻った。東京に越してきてから半年以上経っているものの、まだ整理しきれていない荷物は多い。二葉のいない世界に未練はないとすら思っていたが、意外とあの町には少なからずの思い入れがあったらしい。時間を見つけては少しずつ整理しているが、一向に片付けは終わらない。ここまで時間をかけても終わらないというのは、むしろ私が片付け下手なのかもしれない。数日前、三葉が部屋の様子を見てあきれた顔をしていたのもそのせいか。

 荷物は民俗学者として働いていた頃の書籍や資料が最も多い。これらは何かに訴えられたかのように、町長になってからも捨てることが出来ずに倉庫の片隅に仕舞われていた。奇跡的にも彗星の被害を受けずに残っていたことに何かを感じ、日用品と共に持ってきていた。これらの整理を終えない限り、他の荷物にも手を出せないくらいには部屋の大部分を占めていた。

 仕事に行く時間までまだ少し時間がある。段ボール一つ分だけでもやっていくか。腰を下ろすと近くにある段ボールに手を伸ばした。

 

 

 

 

 

 

「これは、なんだ……?」

 

 ふと片づけていた資料の横にある段ボールが気になった。なぜ気になったのかはわからないが、導かれるように箱を開けてみると、入れた記憶のない容器が入っていた。容器の他には何も入っていなかった。そのような段ボールなど用意した記憶もない。容器は白く塗装された徳利であり、所々剥げているその見た目から結構な年季を感じる。ここ数年のものではないだろう。それこそまだ二葉の生きていた頃のものではないだろうか。年季の入っている徳利を眺めているとふと記憶が蘇ってきた。宮水神社で披露される舞の最後に行われる口嚙み酒――その時の徳利に似ている。

 

「いや、まさか。でも――」

 

 宮水の巫女が御神体へと捧げる――口噛み酒。日本最古の酒として未だに神事が行われていたことに、学者であった私も当時は驚きを隠せなかった。しかし、これが口嚙み酒であることはあり得ない。それこそ彼女の口噛み酒は御神体に奉納されており、今はもう存在しないはずだ。それが何故今ここにあるのか。いや、まだ口噛み酒と決まった訳ではない。震える手を押さえつけながらキャップを開けると仄かにアルコールの香りを感じた。本当に口噛み酒なのだろうか。誰かからもらった酒の可能性もある。それでも――

 

「でも、もし……。もし、もう一度だけでも二葉に会えるなら……」

 

 恐る恐る徳利から注いだお猪口に口を近づけた。美味しいわけでもなく、かといって不味いわけでもない水分が喉を通る。一口、二口と喉を濡らし、飲み終わると息をついた。体に熱をもつような感覚が走る。

 だが、数分待っても何も起こらなかった。何か起こることを期待していたこと自体、謎ではあるのだがやはり勘違いだったのか。そもそもの話として、これは口噛み酒ではないのではないか。二葉に会いたい気持ちが、頂き物の酒を口噛み酒であると錯覚を起こしたのだろう。

 深く息を吐き立ち上がる。もう仕事に行く時間だ。無駄なことに時間を取られてしまった。まだ、強くあの頃にとらわれている自分に自嘲してしまう。もう会えるはずなどないのに。分かっているはずなのに。目頭が熱くなるのを何とか抑える。

目頭をほぐしながら扉を開け廊下へと出ると――そこは和室が広がっていた。

 

 

 

 

「ここは……」

 

 私はこの部屋を知っていた。所々傷んでいる畳、古ぼけた座椅子、年季の入った掛け時計。知らないはずがない。忘れるはずもない。宮水の、今はもう存在しないはずの部屋であった。まだ、三葉が生まれる前――私と二葉と義母の三人で、暮らし始めた頃の内装そのままである。先ほどまで東京の家にいたはずなのに、急にこの部屋に居るなどあり得ない。急な展開に戸惑いを隠せるはずもない。私は何故ここにいる? 酔って夢を見ているのか?

 

 

 

「あら、あなた。久しぶりですね」

 

 不意に後ろから声が掛けられた。もう20年近く聞いていなかった声。

 

――そこには二葉が立っていた。

 

 ずっと聞きたかった声。忘れたかった、でも忘れることの出来なかった大切な人。

 

「二葉!」

 

 無意識のうちに私は彼女を抱きしめていた。久しく忘れていた感触。本当に二葉がいることが伝わってくる。華奢で思い切り抱きしめてしまえば折れてしまいそうな体。五感で彼女を感じることができる。夢かもしれないが、今はこの感触を感じていたい。

 

「あなた、うれしいですけど少し苦しいです」

「あ、ああ……、すまない」

 

 名残惜しさはあるが、そっと二葉から腕を離す。まだ信じられない。二葉が目の前にいることが、本当に。何かの夢だろうか。動揺して考えがまとまらない。

 

「あなた、わたしの口噛み酒を飲みましたね?」

 

 非難するわけでもなく笑顔で問いかける二葉に、悪いことをしたような気になってしまう。人の口から出したものを口に含んだのだ。あまり気持ちの良いものではないだろう。むしろ一方的に気まずさを感じてしまう。

 

『水でも米でも酒でも、何かを体に入れることもムスビ、そして体に入れたそれは魂とムスビつく。それもムズビ』

 

 昔に二葉から聞いた話から推測すると、口噛み酒が私の体に入ったことで、二葉の魂とムスビついたということなのか。にわかには信じられなかったが、今目の前で起こっていることが事実であることの証明になっている。

 

「すまない。しかし、あれはやはり、二葉の口噛み酒だったのか」

「ええ。いつか、きっと、あなたが飲むと思ってました」

 

――すべてが終わった後に

 

「そこまでキミには見えていたのか……?」

「さて。どうでしょう」

 

 くすくすと笑う仕草から二葉は話す気はないみたいだ。あの時も最期まで何も語ろうとしなかった。私は彼女の掌で踊らされていたわけか。いや、今も踊らされているのかもしれない。

 でも、たとえ踊らされていたとしても悪くなかった。それが今の私の正直な気持ちだ。二葉と過ごした時間は、決して長くはなかった。それでも私の人生の中で最も充実していた時間。

 

「二葉に聞いてみたいことがあったんだ」

「なんでしょう」

「あの日が――彗星が落ちる日が、キミには見えていたのか?」

「ええ」

 

 あの子が、三葉があなたを説得することも分かっていました。二葉の言葉をかみしめる。

 二葉には神々しさがある。かつて、町民の一人が言っていた言葉である。当時は、二葉を糸守に縛り付けるための馬鹿げた妄言だと考えていた。実際に二葉は宮水を出ることが出来なかったのだから。でも、今なら、本当に二葉に神が入っていたのではないかと考えてしまう。

 

「まだあなたと出会ったばかりの頃、宮水はムスビを司っていることをお話ししました」

 

 宮水の巫女は代々自分以外の誰かの夢を見る。夢であるため、いつか誰と入れ替わっていたのか、どのような内容であったかは忘れてしまう。

 

「わたしは、糸守が千二百年前の彗星の落下から未来へとムスビつながっていることを見ました。そして、その未来まで私が生きられないこと。三葉が、あなたが関わること」

 

 町民の避難には消防を動かすだけの権力が必要だった。たまたま、私は当時その権力を持っていた。あたかもそれが決定づけられていたかのように。何かに導かれたかのように。

 

「でも、わたしはそのことを伝えることが出来ませんでした」

 

 確かに、当時の私ならば話を聞いても夢物語で済ませていただろう。如何に神話などを調査、研究することを生業にしていたとはいえ、非科学的なことを信じることは出来るわけがない。それこそ病気のせいにしていたかもしれない。

 

「そして、あなたに伝えてしまうことで、間違った未来を辿ってしまうことを恐れていました」

 

 

『あるべきようになるから』

 

 

「わたしは最後まで三葉と四葉の近くにいたかったのです」

 

 体調の悪化を隠しながら娘たちと、私といることを選んだ理由。当時の私であれば、直ぐにでも入院させていただろう。二葉の覚悟を知ることなく。でも今なら彼女の気持ちが分かる。気持ちは分かるが――

 

「私は苦しかった。悲しかった。なにより怖かった」

 

 ぽつり、ぽつりと想いが溢れる。改めて自分が弱い人間であることが分かる。体の震えが止まらない。

わずかな沈黙の後、不意に抱きしめられた。優しい香りが鼻孔をくすぐる。こんな風に抱きしめられることは初めてかもしれない。いつもは私が抱きしめる方だった。二葉が宮水の巫女ではなく、二葉であるために、二人きりの時によく抱きしめていたことを思い出す。

 

「ごめんなさい。わたしの我儘で、あなたに苦しい思いをさせてしまうことは分かっていました。それでも……わたしは何も出来なかった」

 

 辛かったのは私だけではない。私の弱音を受け止める二葉の肩は震えていた。成長していく二人の娘、私を残していくことに恐怖がないはずがない。当時の私はそんなことも分からなかった。彼女も同じく怖かったのだ。そのことが私を安堵させる。

 

「もちろん、全てのことを受け入れることはできない。だけど、今私には三葉と四葉、そして――」

 

――二葉もいる

 

 目を見開く二葉に笑みがこぼれる。今さら驚くことではないはずだ。それほどに罪悪感を覚えていたことが分かる。

 

「私は、私の中にはキミが生きている。三葉に教えられたよ。恥ずかしながらね」

 

 あの日の三葉に二葉を見た。私はいつか、二葉がいないことを否定したかったのかもしれない。しかし、その否定は何も生むことはなかった。虚しさが増すだけであった。

 

「もしかしたら、キミは罪悪感にかられているのかもしれない」

「だって! わたしは! あなたを騙していたようなものなのよ?」

「私は幸せだった」

 

 いや、正確には今も幸せだ。二葉に出会えて、三葉が生まれ、そして四葉も生まれた。キミにもう一度出会えた。すっかりと忘れていたこの気持ち。

 

「これ以上幸せなことはない。だから」

 

――ありがとう。

 

「あなた……」

 

 目から溢れる涙を拭うことなく、顔はくしゃくしゃに歪む――それでも美しい笑顔だった。私が愛した笑顔。愛した人。

 

 

『嬉しくて泣くのは、僕の心が僕を追い越したんだよ』

 

 

 昔売れた歌の歌詞の一部。昔は何を、と思っていたが、まさかこの歳になって意味が分かる時がくるとは。

 

「わたしもあなたに会えて、共に生きることが出来て幸せでした」

「ああ。そしてこれからも」

「ええ」

 

 

 

――これがお別れではないから

 

 

 

 

 

 

 

 気が付くと廊下に立っていた。東京のマンションだ。辺りを見回しても、もうどこにも糸守の部屋はなかった。

 夢のようだった。いや、実際に夢だったのかもしれない。それでも、溢れる涙は本物だ。溢れる感情は本物だ。

 

「どうしたんやさ」

 

 立ち尽くしていると後ろから声を掛けられた。振り返ると胡散臭げにこちらを見る義母がいた。義母は私の顔をみるとひどく驚いているようであった。それもそうだろう。私は二葉が亡くなってから、一度も人前で涙を流すことはなかった。

 

「夢を見たんです。二葉の夢を」

「そうか……。あの子は元気だったんやな」

 

 納得したような表情をする義母。以前、彗星が落ちることは否定していたが、夢を見たことは信じるらしい。さすが宮水の人間だ。

 

「私も宮水の人間なんですね」

「なにを今さら。とうの昔からそうや」

 

 宮水の人間は夢を見る。そして夢である以上、いつか内容も忘れてしまうのかもしれない。でも、ムスビ――私と二葉、そして娘たちへと繋がりはきえることはない。そのことを大切にしなくてはならない。

 

「お義母さん、今日は外で夕ご飯食べましょうか」

「急やな」

「ええ、今思いついたので」

 

 義母は答えることなく部屋へと戻っていった。特に反対もなかったため、了承であるのだろう。私は娘にもメールを送信した。娘にメールを送るなどいつ以来だろうか。それほどに娘とのやり取りは皆無であった。

 数分もすると返信が返ってきた。きっと驚いたことだろう。さて、今日はどこで食べるか。

 もう私の目に涙はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お父さん。今日会ってほしい人がいるの」

 

 朝、一人暮らしをしている三葉が帰ってきており、久しぶりに四人で食事をしていると三葉が口を開いた。いつの間にか、三葉も二葉が私と出会った頃の年齢になっていた。その目にあの日を思い出す。星が降ったあの日――私を説得に来たあの目。

 

「今さら私の了承など要らないのではないか?」

「ううん、私はお父さんの娘だから。きちんと会ってほしいの」

「そうか……。三葉の選んだ相手だ。間違いないだろう」

 

 この直感は外れないだろう。もしかしたら、これすらも二葉の掌の上の出来事なのかもしれない。あの夢の日以来、そんな冗談さえも考えられるようになった。そして、それが私には嬉しかった。ネガティブにしか考えられなかった以前より、よっぽど生活は充実していた――それこそ二葉がいれば文句がないほどには。

 

 時間を取り戻すべく、私は父親になった――いや、なりたかった。多感な時期によっぽど酷い扱いをしておいて、今さら父親面をするなど虫がいいにもほどがある。それでも私は二葉との娘の――三葉と四葉の父親になりたかった。少しずつ会話が出来るようになっていくことが毎日の楽しみだった。料理を作ってくれた時は涙をこらえきれなかったほどだ。意外と親バカだったようだ。急に泣き出したため、三葉を焦らせてしまったことは、今は笑い話だ。

 その三葉が良い人を連れてくる歳になったのか。年月の流れの早さに感慨深さがある。

 

「分かった。では、今日はいつもの所で食べようか。彼も連れてきなさい」

「うん。ありがとう、お父さん」

 

 行ってきます。仕事に行く三葉の後ろ姿に二葉が重なって見えた。いつか、家を出ていく日が来る――数年前に一人暮らしを始めたことに寂しさを覚えた。今度は本当の意味で家を出る日が来る。もちろん、喜ばしいことではあるが、まだ一緒にいたい気持ちも強く残っている。我儘になれたのならどれだけ楽だろう。

 

「お父さん、何惚けとるよ」

「ああ、いや大丈夫だ」

「そっか。私はてっきりお姉ちゃんが彼氏連れてくるからショック受けてるのかと思った」

「三葉もお母さんがお父さんと会った時の歳になったんだ。むしろ喜ばしいことさ」

「ふーん、じゃあ私も彼氏連れてこようかな」

「な……。よ、四葉も彼氏がいるのか?」

「おらんよ。ちょっと冗談言っただけやよ」

 

 相変わらず四葉は悪戯好きのままである。二葉に似るでもなく、三葉のように私に似るでもない。誰に影響を受けたのか知りたい。ニシシと笑いながら家を出て行った四葉を見送る。

 気が付くと四葉も二葉に容姿は似てきていた。きっと学校でも人気が出てきていることだろう。果たしてそう思うことは親バカだろうか。

 バカらしい考えに自然と口角が上がるのを抑えきれない。ふと視線を感じ振り向くと半目でこちらを見る義母がいた。

 

「親バカやな」

「自覚してます」

 

 反論などできようがない。正直に頷いた。

 

――こんな日常が愛おしく感じている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「初めまして。立花瀧と言います」

 

 その日の夜。東京に越してきてから宮水家で祝い事の際によく使うレストランに三葉と一人の青年がやって来た。まだ新品と思われるスーツに身を通した彼は立花瀧と言うらしい。

 真っすぐにこちらを見るその表情は個人的にも好ましい。しかし、その目は何処かで見たことあるような、初めて会ったばかりなのにどこか懐かしさを感じさせるものであった。

 

「初めまして。三葉の父です」

 

 思考の海に潜っていきそうな頭をリセットし、彼――瀧くんに挨拶する。話を聞くと、このレストランは瀧くんが高校生のころにアルバイトをしていたお店らしい。店長とも知り合いのようで、親しげに会話している様子から彼が誠実な人柄であることが伺える。

 

「お父さん?」

 

 あまりにも喋らない私を不審に思ったのか、三葉が怪訝な顔で覗き込んできた。不安を含むその表情に、私の気に入らない相手なのだろうか、そのような感情が含まれていることが伝わってくる。

 

「ああ、すまん。店長と話している様子も見ていたけど、良さそうな人だな」

「良かった~」

 

 安堵する様子に四葉が口元をニヤつかせていた。玩具を見つけたようなときの顔である。

 

「お姉ちゃん、お父さんが認めてくれたからって安心しすぎやな」

「ちょっと、四葉! そういうのと違うから」

 

 姉妹のやり取りに思わず眉間に手を当ててしまう。にぎやかしいのは良いことだが、彼がいる前でやることではないだろう。瀧くんもどうしたら良いか分からずに苦笑している。

 

「すまんね、瀧くん。騒がしい姉妹で」

「あ、いえ。おれ、いや僕は一人っ子だったので、むしろ羨ましいです」

 

 微笑ましそうに表情を和らげる瀧くんを見て安心する。三葉より年下と聞いたが、とても落ち着いていた。三葉にも見習ってほしいものである。

 

「お父さん、私も会社では落ち着いている人って言われてるんやよ?」

「ああ。つまり、今の表情は瀧くんの前だから見せているということか」

 

 四葉が誰に似ているではなく、私が四葉に似てきているのかもしれない。瀧くんと二人して赤面する様子は初々しさを感じさせた。

 

「瀧くん。ありがとう。そして今後とも三葉をよろしくお願いします」

「絶対に、ということは断言できません。でも……三葉さんを幸せにします」

 

 頭を下げる私に慌てて、こちらこそと頭を下げる。顔を上げた時の真剣なその表情にかつてのことがフラッシュバックした。

 

 

 

 

――ふざけやがって!

 

 私のネクタイをつかみ上げる三葉――いや、三葉の姿をした誰か。誰かと瀧くんの目がリンクする。もしかしたら、その誰かは、彼だったのか。

 胸倉をつかんできたことは褒められたことではない。しかし、彼の行動が多くの人の命を助けることになったこともまた事実だ。

 彗星が落ちてからの三葉はずっと何かを探しているようであった。まるで、忘れてしまった夢の内容を探しているようにも見えた。三葉は彼の夢を見ていたのだろうか。気になった私の口はいつの間にか開いていた。

 

「そういえば、まだ三葉が瀧くんといつ出会ったのか聞いてなかったな」

「そうや、お姉ちゃん教えて」

「うーん、何か上手く説明するのは難しいんやけど」

 

 向かいを走っている電車の中にいた彼を見た瞬間に、私がずっと探していた人だと感じた。

 普通の人が聞いたら滑稽だと言ってしまうかもしれない。しかし、私は納得してしまった。三葉も二葉の娘であるのだと――そして宮水の人間であるのだと。

 二葉が私と初めて会った時も、長年の探し物を見つけたかのような顔をしていた。それは夢で私と結婚することを見ていたから。

 三葉もそうなのだろう。いつかきっと彼と出会い、一緒になる夢を見ていた。

 

「そうか……」

「やっぱり変かな?」

 

 不安を含む声色を否定する。普通の家庭の父親であれば、心配するような出会い方であることは否定できない。しかし――

 

「いや、お父さんが、お母さんと出会った時を思い出したよ」

「お母さんと?」

「ああ。お母さんもね、初めて私と出会ったとき。ずっと探していた誰かを見つけたような顔をしていたんだ」

「ええ! お母さんも!」

 

 うそ、と目を見開く三葉の手は震えていた。娘たちは私と二葉がどのように出会ったかを知らない。しかし、とても大きい存在である母と同じ出会い方をした。それはきっと嬉しいことなのだろう。

 目元を抑えるが涙をこらえきれない三葉にそっとハンカチを渡す瀧くん。その顔には優しさが溢れていた。彼ならきっと三葉を幸せにしてくれる。私はそう確信した。

 

 

――また一つ。キミに会った時に話すことが増えたよ。

 

――楽しみにしています

 

 

 かすかに二葉の笑い声が私には届いていた。

 


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