相模南の奉仕活動日誌   作:ぶーちゃん☆

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vol.1 相模南は平和な朝を迎える

 

 

 

「……ん……んんっ」

 

 

 うう……さむっ……ちょっと冷房の温度下げ過ぎちゃったかも……

 夏真っ盛りな七月だというのに寒気によって目を覚ましたうちは、もぞもぞと布団に包まりながら時計を見る。

 

「……あと、五分寝れる……」

 

 そうぽしょりと独りごち、うちは今一度布団と共に夢の中へ……

 

「……ってアホか!」

 

 そのたった五分で、女の子はどれだけ自分を磨けると思ってんのよ。

 朝の五分は、たったの五分、されど五分なのだ。

 しかも今日からは、昨日までとはまた違う気合いを入れなきゃいけない日々が始まるわけですよ。朝の五分を無駄にするなんて勿体ないっての!

 

「……しょっ」

 

 うちとの別れを名残惜しむ布団をえいやっ! と蹴り上げ、うちは自分磨きの準備を始める。

 

 まずは顔を洗いに行かなきゃねっと自室のドアを開けた瞬間に、尋常ではない真夏の熱気が全身にまとわりついてきて、思わず「うわぁ……」と顔をしかめる。

 改めて自室の温度の下げっぷりに驚愕しちゃうよね。

 

 洗面所で洗顔を済ませると、また自室へと戻って今日も可愛い自分作り。

 キャミとショートパンツを脱ぎ捨てて戦闘服へと袖を通す。

 

 やっぱウチの学校の制服は冬服の方が断然可愛いんだよなぁ。まだ冬服着てた頃はあいつとの仲がすこぶる悪かったから、早く冬服姿を見せ付けてやりたいかも。

 

 お次はメイク。たまにはバッチリメイクで女子力アップしたいんだけど、あいつ化粧濃いのってあんま好きそうじゃないもんなぁ。てか薄い方が絶対好みだね。

 だからここは我慢我慢のナチュラルメイクに決めた! 決めたもなにもいつもの事だけど。

 

 

 

 よし、メイクまで完了した事だし、ではでは……んん! ん!

 今朝のメインイベント! ハート型のガーリーで可愛いジュエリーボックスから、本日のうちを飾るピアスを選びましょう。

 

 どーれーにーしーよーかーなー……なーんて、ひとつひとつ指差しながら選ぶフリだけはしてみたけど、もちろん今日もうちを飾りつけてくれるピアスなんてコレに決まってんじゃん。

 

 

 

 ──コレよりも高くて素敵なピアスだってたくさん持ってる。

 その中でも特にコレ。ショッピングに行った時に一目惚れして、お年玉の残りとお小遣いをかき集めてようやくゲットした、超可愛くて超オシャレで、超自慢のお気に入りなピアス。

 でもさ? 女心と秋の空って言葉が示す通り、女の心は移り変わりが激しいのよ。あれだけ気に入ってたピアスだって、残念ながら今のうちの視界を独占する事なんか出来ないんだよね。

 だって、今のうちの視界を独占してるのはこっちのピアスだから。

 だからゴメンよ? お気に入りで自慢の子だったピアスちゃん。今はあんたの事は全然目に入んないのよね。

 

 

 そしてうちは、ジュエリーボックスの中でも超VIPの小物のみが入る事を許された特別ルームから、とある一組のピアスを取り出した。

 それは、まぁ安物なんだろうし別段オシャレな見た目ってわけでも無い、ちょっと可愛いくらいのなんの変哲もないピアス。

 

 うちは今日も小さな花モチーフがあしらわれたそのピアスをそっと手に取ると、壊れ物でも扱うかのように大事に大事に耳に着ける。

 

「ひひっ」

 

 両耳への装着を済ませた自分を鏡に映すと、いつもの如く自然と零れる緩んだ笑顔。

 ぶっちゃけ自分でもどうかと思ってる。毎朝毎朝鏡に映った自分を見てニヤついちゃってるこの日々を。

 うん。間違いなくキモい。マジで人には見せらんないような不気味な姿。

 

 でもま、そんな自分が嫌じゃないってのが、また癪なんだよなぁ……

 くっそ、あいつめ。うちをこんな風にしやがって。いつか絶対責任取らせて…………やれるほどの資格がうちにはこれっぽっちも無いのが泣いちゃいそうな程に残念ではあるけども、それでもたまにうちの発言や態度に、嫌そうにしかめっ面したり恥ずかしそうに悶えたりするのを見られるだけでも気持ちがスッとするから、まぁ仕方ないから許してやろう。

 

 

 

 さてと、今日もバッチリ戦闘準備も整ったことだし、そろそろ行きますか!

 

 

 

 うち 相模南は、耳元でキラリと光るピアスで飾られた自分をもう一度だけ鏡に映して気合いを入れると、ドアのノブにゆっくりと手を掛けるのだった。

 

 

× × ×

 

 

 自室を出てトントンと階段を下りてると、ダイニングの方から美味しい朝の香りが漂ってきて、否応なしにお腹がド派手な演奏を始める。

 

 とりあえず嗅覚だけでも満足させてやろうと朝ごはんの匂いをスゥッと吸いこむと、ああ……そういえばほんのひと月ちょっと前までは、この魅惑の香りを嗅ぐ事もなかったんだっけなぁ……なんて、ちょっぴりセンチメンタルな事を考えてしまう。

 

 

 

 ──うちは、ほんのひと月ちょっと前まで、いわゆる引きこもりだった。

 

 原因は言うまでもなく自業自得。調子に乗ってたうちが痛い目を見て、学校に行けなくなったっていう、どこにでもあるありふれたお話。

 

 自業自得でほんのちょっと痛い目を見ただけのクセして、まるで世界中の不幸をひとりで背負った悲劇のヒロインになったみたいな心境だったなぁ、当時は。

 今にして思うとホントに下らない。だって、うちは本当は幸せ者だったんだから。

 

 そんな悲劇のヒロイン役に酔い痴れて塞ぎ込んでいたうちを救い出してくれたのは、よりにもよってうちの自業自得の被害者だったヤツ。

 うちからの被害を大々的に被むって辛い目に遭ったはずなのに、あいつは何の迷いもなくうちの汚れた手を掴んで引き上げてくれた。ホントむかつく。

 

 

『自分でやりたいからやっただけだ。だからお前がその件で罪を感じる必要は無いし罰を受ける必要もない』

 

 

 うちのせいで、うちなんかよりもずっと酷い目に遭ったくせに、あいつはそう言って手を差し伸べてくれた。

 

 

『お前には少なくとも二人、お前の為に一緒に傷付いてくれる奴が居る。それで自分は最低辺だなんて、惨めだなんて、マジで贅沢すぎんだろ。だからお前は最低辺なんかじゃねぇよ。やり直しだっていくらでも出来きる。人生なんて周りと自分次第でいくらでも変わんだろ』

 

 

 ホントはうちの事なんてどうでも良かったくせに、あいつはそう言って情けないうちの背中を優しく……そして厳しく押してくれた。

 

 ……ったくさぁ、あんなキモいくせして格好良すぎでしょあいつ。ホントむかつく。

 

 

 だからうちは、あんなふざけたこと言ってうちの心をザワつかせてくれたあいつを見返してやる為に……うちを認めさせてやる為に、……そしてうち自身がうちを認められるように……立ち上がる決意をしたんだ。

 

 

 

 そしてついに今日この日がやってきた。

 うちを認めさせたくて、うちが自分を認めたくて入部した奉仕部での初仕事。

 しかもその仕事の依頼者は、まるで自業自得でやらかして孤独になった頃のうち自身かのような女の子。

 

 入ったばっかの役立たずなうちに何が出来るかは分からない。大体あそこの部活仲間には明らかに超優秀な人がひとりと、むかつく事に意外にも優秀なヤツがひとり。そう、うちと違って優秀な人間がふたりも居るのだ。

 だからそもそもうちが役に立つとは思ってないし、役立てるなんて自惚れてもいない。

 

 もうひとり? う、うん。ま、まぁあの子は癒し担当のマスコットキャラだし……! ちなみに生徒会長は数には含まれておりません。

 

 

 それでも……今のうちに出来る事をやってみようと思う。

 まずは自分を認められるようになるまで。そしたら次はあいつに認めてもらえるように、ちょっとずつでも一生懸命に、ね。

 

 ……それに、この相模部員初依頼が無事に完了すれば……!

 ってダメでしょうが……! 今は邪な私情は忘れて、とにもかくにもあの子を救ってあげるぞっ。

 

 

 階段を下りて廊下を歩きつつ、決意と邪念の狭間で人知れず戦い続けているうちは、ようやくリビングへと辿り着いた。

 

 

× × ×

 

 

「南おはよー」

 

「ん、おはよ」

 

 リビングを抜けてダイニングに行くと、そこにはすでに美味しそうな朝ごはんが二人分用意されている。

 ……ん? 二人分?

 

「あれ? お父さんは?」

 

「あー、なんか今日は早朝から会議があるらしくって、朝一で出ていっちゃったわよ?」

 

「へー」

 

 自分から聞いといて、心底興味が無さそうな返事をしちゃったけども、ホントはちゃんと感謝してるよお父さま。

 すぐ調子に乗るわ他人を貶めるわ登校拒否になるわの、こんなどうしようもない不出来な娘を養う為に、朝も早よから御苦労様でございます。

 

 うちはそう心の中だけで深い感謝の念を述べると、そそくさとテーブルについてペコリと手を合わせた。

 

「いただきまーす」

 

「はーい、召し上がれ〜」

 

 本日のブレックファーストはベーコンエッグとサラダ。こんがりトロッなチーズトーストとゆうべの余りのコンソメスープ。

 まずは汁物からと、カップに注がれたコンソメスープに口を付けると、うちの到着を待って同時に食べ始めたお母さんが、サラダをしゃくしゃく言わせながらなにやら訊ねてきた。

 

「うふふっ、今朝はお父さん居ないから、毎朝気になってたこと聞いちゃおうかしら」

 

「……な、なに?」

 

 ……なによ、お父さんが居ないから聞いてくる内容って……

 なんか最近のお母さんがこういう表情で話し掛けてくる時って、嫌な予感しかしないのよね……

 

「南さー」

 

「……」

 

「最近……学校行く時は絶対にそのピアスよね」

 

「ぶぅっ!?」

 

 な!? なに、いきなり!

 危うくコンソメスープ噴き出しちゃうとこだったじゃん!

 

「そのくせ、休みの日はソレ着けないで、大事そうに一日中机の上のピアススタンドに飾ってるわよね〜」

 

「ゴホッ……! な、なんでうちの部屋の休日事情知ってんのよ!」

 

「だってこないだの日曜、南の洗濯物置きにいったら普通に飾ってあったじゃない。だいたい南の部屋にピアススタンドなんて今まで無かったのに」

 

 ……し、しまったぁ……! つい眺めてニヤニヤしてる内に、お母さんに見られるって危険性を失念してたぁ……!

 てか毎朝どんなピアスしてるのかを見られてるなんて、全然気にしてなかった……

 

「そもそもそのピアスした自分見て毎朝ニヤニヤしてるし」

 

 見られてた!

 もうやだ……! 部屋に籠もってベッドで悶えたい……

 

「ふふっ、よっぽど大切なのかしらね〜。時期的に考えて、大切な人からの誕生日プレゼントかしらー?」

 

 ……ぐっ、そこまでお見通しなのか……やっぱり子供は母親には勝てないものなのかなぁ……

 お父さんには負ける気しないのに。

 

「……そ、そこまで大切ってわけでもないけど……ま、まぁ友達から貰った、復帰祝いを兼ねての誕生日プレゼント……かな」

 

「そっかそっか〜」

 

 知らず知らず耳元のピアスに手を添えながらそう言ううちに、お母さんは嬉しそうに頷く。

 ほんのひと月ちょっと前まで不登校だった娘が、最近友達から貰ったプレゼントを大事にしてるって話を聞いて嬉しかったんだろう。

 

「ふふ、良かったね〜南。大切にしなさいよ〜? ま、どの子に貰ったのかまで聞いちゃうのはデリカシーに欠けちゃうから聞かないでおいてあげましょう」

 

 なに……? そのニンマリ顔でその妙に含みのある言い方……

 そう思ってんなら、わざわざそんなこと言わなきゃよくない……?

 

 

「あ、それはそうと」

 

 と、ここで我が母はようやく話題を転換してくれるようだ。

 あの嫌なニンマリ顔だったから、まだなにかしつこく言ってくるものかと思ってたから一安心。

 

「……なに」

 

「比企谷君に家に来て欲しいって言っといてくれたー?」

 

「ぶぅっ!?」

 

 なんだよ! 全部分かってんじゃん! なにがデリカシーに欠けちゃうから聞かないでおいてあげましょうだよ! もうホントやだ……! この母親……

 

 うちはそっぽを向いて、耳まで真っ赤に染まってるであろう顔を少しでもお母さんから見えないように無駄な努力をすると、不機嫌そうに声を低くしてぼそぼそと答える。

 

「……い、一応、昨日の帰り道で、言っといた……。でも部活でちょっと厄介な依頼が入って……、だ、だからそれが片付いたら来るって事になった、から……」

 

 しどろもどろになりながらもなんとかそう答えると、お母さんは予想外の切り返しで、弱り切ったうちにトドメを刺してきた。

 ちょっと娘に容赦なさすぎじゃない? この母親……

 

 

「そっかー、もう一緒に下校出来る仲になったのねー。うふふ、青春っていいわよね〜」

 

 そっち!? ……誰か、救けて……

 

 

× × ×

 

 

 その後も朝ごはんのあいだ中、普段は聞かれないような事を根掘り葉掘り聞かれ続けたうちは、すでに朝からノックアウト寸前。初めて父の有り難みを心の底から感じたのだった。

 てかお父さんさぁ……もう早朝出勤とかマジでやめてくんない……?

 

 ホントあの日以来、お母さんの比企谷お気に入りっぷりが半端ない。

 早く初めての依頼を片付けて、あいつを家に……うちの部屋に招きたいという邪な気持ちはあるんだけど、同時に今のお母さんにあいつを会わせたくないという不安がせめぎあってたりもする。

 ……はぁ……マジであいつになに言うか分かったもんじゃないよぉ……会わせたくないなぁ……

 まぁ常に七・三くらいの割合で招きたい気持ちの方が強いんだけども。

 

 

 

 朝ごはんを速攻で済ませてお母さんから解放されたうちは、洗面所でしゃこしゃこと歯を磨きながら、今日これからの事を考える。

 今日これから……というよりは、放課後のあの部室での依頼の事。一年生の女の子、千佐早智さんの依頼について。

 

『あたし……中学の頃、わりと派手なグループの中心に居て、それが自信というか、ステータスっていうか……。だから高校に入ってからも自分はそんなポジションに居れるんだろうな……って勘違いしちゃって……入学早々調子に乗った振る舞いしちゃって……クラスの子たちからウザがられて距離置かれて……ハブられてっ……、居場所もなんにも無くて……誰もあたしを見てくれなくて……もうあたしどうしたらいいのかっ……』

 

 あの子の依頼は、本当に数ヶ月前の自分と映し鏡のようだった。

 調子に乗って空回りして痛い目を見て、自分の世界を守る為にさらに空回りして独りぼっちになったうちと。

 

 だから千佐さんには申し訳ないけど、やり直そうと、やり直して自分自身を救ってあげようと奉仕部に入部したちょうどその時に入ったこの依頼に、うちは少なからず運命を感じた。

 この子の居場所を作ってあげられたら……笑顔を取り戻させてあげたら、その時こそうち自身も救ってあげられるんじゃないかって。

 

 だから頑張ろう。うちなんかになにが出来るか分かんないけど、早く比企谷を家に招きたいという欲望とは本気で一切関係なく、うちに出来る事を頑張ろう!

 

 入部してから受験勉強ばっかりだった奉仕部員相模南の初めての奉仕活動。

 うちの本当の再スタートは、今日から始まるんだ!

 

 歯磨きを終えて口をゆすいだ水を吐き出したうちは、タオルで口を拭いつつ、耳元でキラリと光るピアスにそう深く誓ってひひっと微笑むのだった。

 

 

 

 

 

 

「ハッ!?」

 

 

 

 

 バッカ! うちのバッカ! だから毎朝毎朝こうやって鏡の前でニヤけちゃうからお母さんに全部バレんじゃんよ!

 

 

 一瞬前のちょっとカッコ良かった自分はどこへやら、うちはカッコ悪く挙動不審になりながら、ビクビクと辺りを見渡すのだった……

 

 

 

 

続く

 







というわけで、まさかのアレの続編となります!
今さら!?


罪と罰の後日談として投稿する事も考えたのですが、前作の暗くて真面目な雰囲気と違って、たぶん軽いカンジのまったり日常ストーリーとして進む作品だと思うので(千佐早智「!?」)、敢えて新連載という形にしてみました(^^)

罪と罰自体は完全に完結させた作品なので、あれ以上続けたくはありませんでしたしね♪
(続編とか、絶対ダメな空気が満載じゃねーか、と思う方もたくさんいらっしゃると思いますし)



……まぁぶっちゃけごく一部の読者さまが期待してくださっていた『相模家訪問』を書きたかった為だけに始めたので、この作品の最終目的は相模家へのお呼ばれまでです(笑)

なので奉仕活動日誌とは名ばかりに、特に捻りもなくちゃちゃっと依頼を片付けて(千佐早智「!?」)、サクッと相模家にお呼ばれして終わらせたいと思ってますノシ



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