ダンジョンに白い死神がいるのは間違っているだろうか   作:あるほーす

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愛と師父 後編

 ある日の、小遣い稼ぎにダンジョンに潜った帰り道。鼻歌交じりに、オラリオのメインストリートを歩く。

 こんなに心が軽いのは初めてだ。多分、アリマがプレゼントを喜んでくれたからだろう。自分の単純さに、我ながら呆れてしまう。

 これからも、こんな幸せな日々が続くと、私は根拠もなくそう思っていた。それが終わるのは、いつも突然なのに。

 

「久し振りじゃのう、ティオナ」

 

 背後から、囁くように名を呼ばれた。

 その声を聞いた瞬間、身体中が凍りついたような感覚に襲われた。

 この声を聞いたのは、もう何年も前のこと。だけど、忘れるわけがない。

 どうか、どうか聞き間違いであって。そう祈りながら、恐る恐る振り返る。

 

「カーリー、どうしてここに……!?」

 

 私の願いは、無情にも砕かれた。幼い頃の私たちを、地獄に突き落とした張本人がそこにいた。

 カーリーは余程のことがなければ、私の故郷であり、同時にアマゾネスの聖地であるテルスキュラから出ないはずだ。

 

「巷で話題になっておる白い死神を目にしたいと思っての。あの練り上げられた至高の闘気、想像以上じゃ。人の身でありながら、神の名を冠するだけはある」

 

 それじゃあ、狙いはアリマ……!

 カーリーは最強のアマゾネスを育てることに執念を燃やしている。そんな神なら、アリマに目をつけてもおかしくない……!

 

「して、その隣にお前がいるとは思わなんだ、ティオナ」

 

 カーリーの視線を浴びて、ビクリと肩が震える。

 

「何もそれが悪いとは言っていない。むしろ、その方が好都合じゃ」

「アリマを、どうする気……?」

 

 にたり、とカーリーの口元が吊り上がった。幼い少女の外見とは不釣り合いな、不気味な笑みだと感じた。

 

「ティオナ、キショウ・アリマの子を孕め」

 

 カーリーから告げられたのは、予想の斜め上を行くものだった。

 

「な、何言って……!!?」

「キショウ・アリマを種馬としてテルスキュラに幽閉するのが最上じゃが、そうもいかん。ロキファミリアと事を起こすのは面倒じゃ。その点、お前は違う。お前は元々妾の所有物であり、探せばどこにでもいる一介の冒険者に過ぎん」

 

 カーリーが何をするつもりなのか、わかってしまった。

 

「キショウ・アリマの仔ならば、潜在能力は言うまでもない。何より、最強の戦士を妾の手で一から育て上げるのは心が躍る!」

 

 そんな命令、聞けるわけがない。あの苦しみは、私たちが誰よりも知っている。それに、私はもうロキファミリアだ。カーリーの命令を聞く義務なんて、ない。

 私の反抗的な態度を見て、カーリーは想定内といった感じで笑った。

 

「妾の命令を拒むのなら、テルスキュラにいる幼子らを皆殺しにする。勿論、誰かにこのことを喋っても同様じゃ」

 

 ゾッとするような冷たい目。アリマとはまた違う、明らかな悪意に塗れた目。

 この神なら、本気でやる。脅しなんかじゃない。

 私の決断に、何百人もの子どもの命がかかっている。

 

「貴様の甘い性格なら頷くじゃろ? それに、アマゾネスは強い男に惹かれる。貴様も満更ではあるまい。それに、アリマの仔さえ手に入ればお前は用済みじゃ。どこで何をしようと構わん」

 

 私は、頷いた。頷くしかなかった。

 

「良い子じゃ。では、期待しとるぞ」

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽

 

 

 

 

「……」

 

 ティオナは1人、暗い表情をしながら食堂の席に座っていた。ある日を境に、ずっとこんな様子である。

 普段の彼女からは考えられない表情に、食堂にいるロキファミリアの団員たちも心配そうに見守っている。

 そんな中、明らかにギクシャクした様子のベートがティオナの向かいの席に座った。

 

「なに辛気臭せーツラしてんだ、壁パイ女。折角の飯が不味くなるだろーが」

 

 ティオナは何も言わず、それどころかベートに目すら向けない。まるで最初から何も聞こえていないかのような反応だ。

 あまりにもいつもと違う反応に、ベートは気圧される。

 

「……む、無視とは良い度胸じゃねーか。胸だけじゃなくてその耳も飾りなのか、あぁ?」

 

 無視されたのが気に食わないのか、負けじと追撃する。

 しかし、ティオナは何も言わず、ついにその場から立ち上がり、どこかへ歩き去ってしまった。

 

「……」

 

 残ったのは、気まずそうな表情で席に座るベートだけだった。

 大地の怒りのような足音が響く。ティオネが大股でベートのいる場所へと迫る。

 誰かが小さく悲鳴をあげた。彼女の表情を見れば、どんなに鈍い者でも静かな怒りの炎が燃えているとわかるだろう。

 

「私言ったわよね。いつもより優しく、刺激しない程度に軽口を叩けって。怒らせてんじゃねーか、オメーの耳こそ飾りか!!」

「そんな器用な真似できるわけねーだろーが!! 文句垂れんならテメーがやってみろや! というか、様子見のために俺を使うな!!」

 

 押してもダメなら引いてみろ。こういうときに空気が読めなさそうなベートを使い、何があったか聞き出そうとしたが、結果は見ての通りだ。

 喧嘩する2人から少し離れたところで、アイズとレフィーヤが頭を悩ませていた。

 

「何があったか分からないけど、深刻……」

「そうですね、あんなに元気がないティオナさんなんて見たことありません」

「フィンに相談した方が、いいかな……?」

「それが、団長やリヴェリア様が聞いても大丈夫の一点張りらしくて……」

 

 ティオナが悩んでる人を励ますのはよくあることだが、今のように逆の事態は初めてだ。

 悩んでるとき、いつもティオナはこちらを気にかけてくれた。自分たちに、何かできることはないのか──

 

「……そうだ」

「?」

 

 アイズに妙案が浮かんだ。この方法なら、ティオナも全部話してくれるかもしれない。

 そうと決まれば、アイズは早速ある人物に会いに行った。

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

 ベッドにうつ伏せになって倒れて、そのまま目を瞑る。

 決して抜け出せない泥の中にいるような気分だった。足掻けば足掻くほど、底に沈んでいく。何もしなくても、底に沈むのが少し遅くなるだけ。

 どうすればいいのか、何もわからない。言うことを聞くのも、無視するのも、どっちも間違っているのは私でもわかる。

 だけど、こんなこと誰かに相談できない。ロキファミリアに目立った動きがあれば、あの神は少しも躊躇わず子供たちを殺す。

 ティオネたちも心配してくれてるけど、簡単に相談できるような内容じゃない。

 

 ──コン、コン。

 

 控え目なノックの音が聞こえた。ドアの方に視線を移す。

 外はもう暗い。こんな時間に訪ねてくるとなると、ノックしたのはティオネかな。

 ドアが開く。部屋に入ってきたのは、意外な人だった。

 

「アリマ……!?」

 

 アリマの突然の来訪に、私はこれ以上ないほど動揺する。だって、アリマは私の悩みに深く関わっているから。

 どんな顔をしてアリマと話せばいいのか、わからない。

 

「アイズたちから、君に元気がないと聞いた。何かあったのか?」

 

 静かな時間が流れる。どうすればいいのか焦る私とは対照的に、アリマは無表情のままジッと佇んでいる。

 焦りと緊張で、とうとう思考が弾け飛ぶ。頭の中が白で染まる。

 無意識のうちに、私の口が動いた。

 

「……ねえ、アリマ。私と子供を作らない?」

「……」

 

 自分以外の誰かが話したように、私は自分の言葉を聞いていた。

 正気に戻り、口を手で押さえる。取り返しのつかない言葉に、顔が青くなっていくのがわかる。

 多分、これが一番楽になれる選択肢だと、心の中でそう思っていたんだ。だって、そうすれば誰も死なない。

 だけど私は、自分の子を売るような考えを──

 

「……あ、あはは! なんてね!! ごめん、さっきの言葉は忘れて!」

 

 無理やり笑い、明るい表情を作る。

 

「本屋での帰り道、誰かがつけている気配を感じた。それと関係あるのか?」

「!」

 

 アリマは表情を変えず、そう言った。

 つけている気配は、間違いなくカーリーのことだ。アリマの感覚の鋭さに驚きを隠せない。

 

「……そうか」

 

 私の強張った様子から、アリマは漠然と何かあったと感じ取ったように頷いた。

 

「話してくれ」

 

 アリマのその言葉に、胸の中に抱えていた感情を全部吐き出した。

 言葉と涙が次々と溢れ出す。想いのままに言葉を吐き出しているから、上手く説明できているか、自分でもわからない。それでも、アリマは黙って耳を傾けてくれた。

 

「私、私…… どうすればいいのか、分からなくて……!」

「ティオナ」

 

 アリマは変わらず、平坦な口調で私の名前を呼んだ。何故かそれで、不安で押し潰れそうな心が軽くなった気がした。

 

「アリマ……!!」

 

 私はアリマの胸に飛び込み、そのまま声を押し殺して泣き続けた。

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

 黄昏の館のとある一室。他の部屋よりも一際広く、高級感漂う家具が置かれている。

 部屋の主であるロキは椅子に座り、ある団員と机を挟んで向かい合っていた。

 

「休暇が欲しい」

 

 短く告げられた用件。

 驚きでわずかに目を開ける。まさか休暇が欲しいと言われるなんて、予想の斜め上だった。

 

「アリマ、あんたが休みが欲しいなんて言うの、初めてやないか?」

 

 その団員とは、アリマのことだ。

 若い頃から常にロキファミリアの戦力の中核であり、黙ってダンジョンに向かうのも日常茶飯事。アリマほど常在戦場の言葉が似合う者はいないだろう。

 そんな彼から、休暇が欲しいと言われる日が来るなんて夢にも思わなかった。

 

「……ああ。それと、ラウルの分も」

 

 ラウルの名前が出た時点で、ただの休暇ではないことが確定する。アリマがラウルを連れ出すときは決まって、経験を積ませるために修羅場へと向かうのだ。

 

「ラウルを連れて、何するつもりや」

「観光だ」

「どーせ、ただの観光やないんやろ? ティオナが元気ないのも関係しとるんと違うか?」

 

 アリマは何も答えない。ただ真っ直ぐに、ロキの目を見る。

 アリマの目に根負けしたように、ロキは大きなため息を吐いた。

 

「ええよ、行きい。どうせ止めても、こっそり抜け出しそうやしな」

「すまない」

「そう思っとんなら、お土産期待しとんで」

 

 アリマは小さく頷いてから、ドアに向かって歩いた。

 ドアノブに手をかけ、ドアを開く。部屋の外に出たとき、アリマは顔をこちらに向けた。

 

「それと、今回の遠征には参加できないとフィンに上手く伝えておいてくれ」

「えっ」

「それじゃあ」

 

 そういえば、フィンが近頃遠征をするとか言ってたような……。

 ロキが反論する暇なく、ドアは無情にも閉められた。

 

「あんの阿呆、うちに押し付けおった!!」

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 夜。

 波はなく、海面に映る月が美しい。

 そんな海の上に浮かぶ、一隻の小舟。

 その船首には、白い髪を靡かせながら佇む男がいた。彼の名はキショウ・アリマ。白い死神と呼ばれている。

 アリマは冷たい目で、断崖絶壁に囲まれた孤島であるテルスキュラを見つめていた。

 

「ラウル」

 

 舟を漕いでいるのは、アリマの右腕的存在であるラウルだ。

 

「はい、情報ではこの反対側に船を止める場所があるそうです」

 

 他の者が聞けば問いかけとすら理解できないであろう言葉に、ラウルは的確に答えながら、黙々とオールを動かす。

 

「行くぞ」

 

 アタッシュケースが落ちる。アリマの手には、ナルカミが握られていた。

 

「正面からですか?」

「隠れて進む必要がない」

「わかりました」

 

 舟は迷わず、進んでいく。

 テルスキュラで唯一、船を止めることができる海岸。当然、その場所は警護で固められている。侵入者など前例がないが。

 ふと、女戦士の1人が、見覚えのない小舟が近づいてくるのに気づいた。

 

「そこの船、今すぐ引き返せ! これ以上進むなら、排除させてもらう!」

 

 制止の声を聞かず、小舟は進む。

 女戦士たちは弓を引き、小舟に狙いをつける。

 ただの馬鹿に、情けをかけるほど女戦士たちは甘くない。

 空を切り裂く音が響く。無数の矢が雨のように降り注ぐ。

 雷鳴が、響いた。

 彼女たちが目にしたのは、有り得ない光景だった。雷とは本来、天から落ちるもの。それが、天へと昇っていく。

 雷に焼き焦がされ、放たれた矢は跡形も残らず塵となった。いっそ幻想的にすら思えるその景色に、全員が目を奪われる。

 視界が光で満たされる。それが、彼女たちが意識を刈り取られる前に見た光景だった。

 何事もなかったように小舟が海岸に着く。アリマとラウルは、テルスキュラの大地に足を踏み入れた。

 ゴトリ、と何かが地面に落ちる音がした。彼らの足元にはアタッシュケースが転がっていた。

 2人はテルスキュラの中心へと足を進める。

 先ほどの戦闘音で、島中の存在が侵入者が現れたと気づく。眠りについていた女戦士たちが叩き起こされる。

 テルスキュラの中心にある要塞の門では、ある女戦士が真夜中に叩き起こされたのを愚痴りながら、侵入者を待ち構えていた。

 

「侵入者なんてどこの馬鹿だ。ここがテルスキュラと分かっているのか?」

 

 テルスキュラにはカーリーが育て上げた魔物ばかりが棲まう。下手な軍隊よりも余程強力だ。それなのに、戦争を仕掛けるなど正気の沙汰ではない。

 

「いや…… 報告では2名らしいぞ」

 

 近くにいた女戦士が、冗談半分にそう答える。

 

「何馬鹿なことを言ってる。そんなわけ──」

 

 ふらりと、白い髪の男が目の前に現れた。

 突然、まるで幽霊── いや、理不尽に命を刈り取りにきた死神のように。

 

「カッ──!?」

 

 白い死神の手には、バチバチと甲高い音を掻き立てながら帯電しているレイピアのような武器が握られていた。

 武器を構える暇も、声を上げるもの暇すら与えず、もう1人の女戦士も意識を刈り取られた。

 轟音が響く。それは門が消し飛ぶ音だった。

 異常事態に、次々と選りすぐりの女戦士たちが駆けつける。

 門を潜ってきたのは、たった1人の男。戦場には不釣り合いな、純白のコートに身を包んでいる。

 強い。その強さを、肌で感じる。それでも、相手はたった1人。恐れる必要はどこにもない。

 数の暴力で圧殺しようと、一斉に押しかける。

 彼の間合いに足を踏み入れた瞬間、女戦士たちは意識を刈り取られた。

 彼の歩く後には、無数の女戦士たちが転がっている。それでも…… いや、それなのに、死人は1人もいない。全員が意識を失うだけで済まされている。手加減されているのは明白だった。

 

「な、何だこいつは……!?」

 

 誰も戦おうとせず、呆然と男を見ていた。だって、こんな化け物をどうやって止めろというのか。

 

「カカッ」

 

 小さな笑い声が響いた。

 この島の主が、とうとう戦場に姿を現した。その横には、2人の女戦士がいる。

 

「惚れ惚れするような殺意じゃ。ティオナも粋なことをする。まさか、アリマ本人を連れてくるとはな。それに、オマケの方も上々じゃ」

 

 襲撃者── キショウ・アリマは、黙ってカーリーを見つめた。

 

「標的はあれかい、カーリー様よぉ」

「……白い死神。まさか、相見える日が来るとは」

 

 1人は身の丈もある大剣を担ぎ、もう1人は二振りの刀剣を携えている。カーリーの横にいるこの2人は、歴代でも最強と名高い女戦士だ。Lv6にまで上り詰めた、まさに化け物の中の化け物だ。

 

「やれ」

 

 カーリーの号令に、2人は地面を蹴る。

 音すら置いて行く肉薄。しかし、アリマの表情は少しも変わらない。

 

「ラウル」

 

 どこからともなく現れたラウルが、大剣の女戦士の斬撃を受け止める。

 

「はっはぁ、準備運動には丁度いい!」

「……」

 

 数合斬り合い、目の前の男を理解する。

 強い。この男も、十分に強い。しかも、自分たちと同じく対人戦慣れしている。

 これだけの強さなのに、顔も名前も広まっていないのはどういうことなのか。

 

「太刀筋は良いが…… ちょっと単調だねぇ!!」

 

 ラウルの斬撃をスレスレで躱す。

 見立てでは、Lv6になって間もないといったところか。これなら、ステイタスの差で強引に主導権を得ることができる。

 命を取りはしない。この男もカーリーのお眼鏡に叶っている。だが、腕の一本や二本は覚悟してもらおう。

 ラウルに大剣が迫る。躱すこともできなければ、防御も不可能。それでも、その目には恐れの色が少しもなかった。

 両手に衝撃が走る。大剣は止められ、刃がこれ以上前に進まない。

 アリマがラウルの前に割り込み、黒い槍のような武器で受け止めていた。こんな細い刀身で、よくもまあ受け止めれるものだ。

 

「邪魔だ、待機」

「はい」

 

 アリマの言葉に、ラウルは後方へと下がる。

 この男はたった1人で、自分たち2人を相手取るつもりなのか。

 

「ハッ! やさし──」

 

 言葉を遮る、一瞬の風切り音。

 何も見えなかった。気づいたら、四肢が黒い槍で貫かれた。

 

「ギィッ!!??」

 

 力が抜け、吸い込まれるように地面に倒れる。

 アリマは冷たい目で、戦闘不能になった女戦士を見下ろす。

 アリマは後方に視線を移す。

 大剣の方に攻撃した隙を突き、双剣使いはアリマに飛びかかっていた。アリマは武器を構えず、それどころか双剣使いから視線を外した。

 

「44番」

 

 アリマがそう呟いた瞬間、ラウルは双剣使いにナゴミの峰を叩きつけた。

 双剣使いは気を失い、そのまま地面に崩れ落ちる。

 

「コンマ1遅い」

「すみません」

 

 圧倒的。あまりにも圧倒的だ。

 カーリーは昂る気持ちを抑えきれず、瞳孔の開いた目でアリマを見る。

 

「この状況で、部下の訓練をしていたというのか…… ふふふ、妾の傑作をこうも容易く足蹴にするか!」

 

 アリマは何も答えない。ただ、水底のように暗い目を向けるだけ。

 

「無口じゃのぉ……! だが、良い! 良いぞ! キショウ・アリマ、そなたは妾のモノになれ!! 仔なぞもう、どうでもよい! ロキ風情がそなたを所有するなぞ宝の持ち腐れじゃ! 妾と共に極限を目指そうぞ!!」

 

 神威を発動する。その場にいる誰もが、その威圧に動けなくなる。

 ロキファミリアと戦争になっても構わない。この最高の素材を、何としても手に入れる。

 

「……!?」

 

 ──いや、この場でただ1人、アリマは悠然とカーリーに向かって歩いていた。その表情は、まるで仮面のように変わらない。

 

「貴様、どうして動け──」

「べつに」

 

 囁くようや言葉。それなのに、心臓を直で握られるような寒気が止まらない。

 恐怖。そうだ、これは恐怖だ。

 神は絶対不可侵の神聖な存在。それなのに、この男は自分を道具としてしか見ていない。

 

「お前でもいいんだ、喰わせるのは」

「──」

 

 この日、テルスキュラは2人の男によって掌握された。

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 あの夜の後、泣き疲れて眠ってしまった私を置いて、アリマは観光に行ってしまった。

 団員の中には、どうして遠征が近いこの時期に観光するんだと批判する声もある。だけど、それは表向きの理由だ。本当はテルスキュラに向かったのだと、私だけが知っている。

 私の足じゃ、アリマたちに追いつけないかもしれない。それでも、居ても立っても居られず、黄昏の館から飛び出した。向かう先はもちろん、私の故郷だ。

 足と肺が悲鳴をあげても、走り続けた。

 だって、これは私が解決すべき問題だ。アリマに丸投げして良いわけがない。

 山道を走る。坂道に加えて、地面が小石でボコボコになっていて、とても走りづらい。

 視界がぼやける。意識が朦朧としてくる。それでも、足を止めちゃダメだ──!

 足がもつれる。そのまま地面に倒れそうになったとき、誰かが腕で受け止めてくれた。

 

「アリ、マ……!」

 

 アリマに、会えた。

 間に合わなかった。だけど、アリマは生きて、帰ってきてくれた。

 安心で緊張の糸が切れたのか、全身から力が抜けていく。私はそのまま、アリマの腕の中でぐったりとなった。

 

「アリマさん、一足先に帰投します」

「ああ」

 

 いつからいたのか、アリマの横にはラウルがいた。アリマと同じように白いコートを着ている。

 お礼を言える体力もない。だから私は、せめて感謝の気持ちが伝わるようにと笑顔を見せた。

 ラウルは少し頷いて、黄昏の館に向かった。

 少し休もうと、アリマは座ることができそうな岩まで運んでくれた。岩の上に降ろされ、アリマも私の隣に座る。

 深く深呼吸して、息を整える。アリマには、聞きたいことと言いたいことが、山ほどある。

 

「アリマ、怪我はしなかった? 変なこともされなかった?」

「ああ」

 

 アリマは何でもないように答える。

 そっか、怪我しなかったのか……。

 アリマの強さに、呆れればいいのか、驚けばいいのかわからない。だって、テルスキュラには山ほどアマゾネスがいて、当然一斉に襲いかかってきたはずだ。それなのに無傷なんて、やっぱりアリマは強いや。

 だけど、どれだけ強くても、戦場に絶対なんてない。アリマが危険なことをしたのは、変わりない。

 

「何で黙って行っちゃったの……? 私、アリマに何かあったらと思うと不安で……!!」

 

 自分のことで悩んでいたときよりもずっとずっと不安で、心が押し潰れそうになった。

 

「……すまない。俺にできるのは、戦うことくらいだから」

 

 そのときのアリマは無表情だったけど、どこか申し訳なさそうに、そして自嘲しているように見えた。

 その姿を見て、私はそれ以上何も言うことができなかった。

 

「……それで、カーリーはどうなったの?」

「二度と俺たちの前に現れないよう、釘を刺しておいた。あと、変な殺し合いもやめさせるように言っておいた」

 

 アリマは呆気なく、大したことないように、どうしようもないと思っていた私の運命を変えてくれた。

 

「凄いなぁ、アリマは……」

 

 改めて、思う。アリマは誰よりも強い、最高の英雄だって。

 

「本当にありがとう、アリマ。私なんかのために、ここまでしてくれて。このお礼は、この先目一杯させてもらうね!」

「……楽しみにしてるよ」

 

 アリマの背中を守れるまで、強くなろう。今度は私がアリマを助けるんだ。まだ、ずっと先になるかもしれないけれど。

 そしていつか、アリマのことを守れるようになったら、この気持ちを──

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽

 

 

 

 

 アリマが死んで、もうどれだけの月日が経ったのだろうか。

 私とラウル、異端児のみんなは、アリマの口から全てを聞いていた。そんな中、多分私だけがアリマの死を受け入れていない。

 その証拠に、今日もアリマの部屋に入り浸ってしまっている。ここに来ても、アリマに会えるわけないのに。

 アリマの座ってた椅子。私はその上に、膝を抱えて座る。

 ベル君やラウルはアリマの意志を受け継いで、異端児のために一生懸命働いている。だけど私は、どうしても前に進むことができない。

 涙はもう、とっくの昔に枯れてしまった。涙と一緒に、大切な何かも流れてしまった気がする。

 ふと、本棚に目を向ける。大切に保管されていた本は、埃を被ってしまっている。

 一番上の棚に、昔私が買った本が置いてある。アリマのいた日々を思い出し、幸せに、それ以上に辛い気持ちで胸を締め付けられる。

 私は、立ち直れそうにない。こんなにも、私は弱かったんだ……。

 

「……?」

 

 本の間に、何か挟まっているのが見えた。

 椅子から立ち上がり、本を手に取る。

 

「本の間に…… これは、手紙?」

 

 宛名は私で、それを書いたのはアリマだった。

 手紙の封を開け、中身を読む。

 

「……………………アリマ」

 

 ぽつりと、私の愛した人の名前を呟く。

 涙が頬を伝う。もう、一生分泣いたと思っていたのに。

 

「前を向いて、笑って生きるよ。アリマがしたくても、できなかった分まで……」

 

 だって、私が泣いてばかりいたら、アリマも安心して見守れないもんね。

 誰よりも幸せに生きてみせるよ。それが、アリマの望みなら。

 

「ずっと、ずっとずっと、この想いを胸に抱いて…… 私、あなたのこと、絶対に忘れないから!」

 




 手紙の内容は読者の皆様にお任せします。まあ多分、自分のことを全部打ち明けて、ティオナの想いに応えたんじゃないでしょうか。
 番外編も終わりです。こういうのはキッパリ宣言した方がええんやね。
 私の中のヤモリが選べぇして、不死人を異世界にぶち込んだり、IS世界でR-TYPEを作らせたりしてます。
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