ひとまず自分達のチームだけが建物の中に入ると、木の床が軋む音を立てた。どれだけゆっくりと足を踏みしめようとも、無音で歩く事が不可能な床。
それを見ていた外の仲間達が流石に不安そうな様子を見せるが、それとは別に片目と古傷が警戒を促してきた。
……気付いた。
自分達でも無理だという事は、リッカーにとっても無理だという事。壁も天井ももうボロボロで、下手に張りつこうとしても、頑丈な柱とかでなければ、全く安定しなさそうだった。
音を立てたリッカーは、きっとその場所から動いていない。
片目と古傷は、爪を動かして軽く意思疎通を挟んでから、こちらを向いてきた。
生け捕りにするか?
……出来るなら。
当然。
そうして、二体は一気にそのリッカーの音がした部屋の方へと走った。
唐突の奇襲。
片目は部屋の中から飛んできた舌をさも当然のように避けて掴むと、そのまま引っ張り上げる。
「ィ゛ア゛ッ!?」
壁に張り付いていたのだろう、リッカーが床へ派手に落ちた音と共にその部屋の中へ踊り込んだ古傷は、貫く音を立てて戻ってきた。
その両前足を両腕で串刺しにして引きずっていた。
そして、掴まれても元気良く暴れる舌は、片目がその顎を蹴り上げると千切れた。
「ヴア゛ッ?!」
最後に、色欲狂いが暴れる後ろ足の腱も切り裂いた。
外まで引き摺り出して色々試した結果、分かった事は、本当に再生能力に関しては優れている事。
脳を爪で突き刺しても、そんな深くなければ時間が経てば治ってしまう。
古傷が串刺しにした前足も、色欲狂いが腱を切り裂いた後ろ足も治ってしまった。
羨ましい限りだ。
そしてまた、仲間意識のようなものは無さそうな事。
悪戯に痛めつけて悲鳴を上げさせてみても、他のリッカーが来るような、床の軋みの音などはそれだけ耳を澄ませても聞こえて来る事はなかった。
「ィ゛、ィ゛……」
とは言え、流石に舌までは再生しない。更に再生にも体力を多く使うようで、最初はそれでも暴れようとしていたリッカーは瀕死で動く気力すらも無くしていた。
そして最後に。
体をひっくり返すと、心臓が剥き出しだった。
爪でぷつりと刺しただけで、血が吹き出す勢いで飛び出してきて、リッカーはすぐに事切れた。
目が見えないよりも明らかな、二つ目の弱点。基本四つん這いになっているから狙うのは難しいだろうが、力を込めずにすら殺せる方法があるのは良い。
……自分が血塗れになる代償があったけれど。
むちっ、むちっ。
悪食がリッカーの舌で口を頬張らせている。能天気が美味いのか? という目で見ると、千切って渡していたが、丁重に断っていた。
色欲狂いは、そのリッカーの股間をじっと見ていた。……雌だった。
紅と長物使いがいい加減にしろと、殺意まで籠った目で睨みつけて、やっと色欲狂いは自分を落ち着けるように深呼吸をして、真面目な顔に戻った。
それから屋上まで登る。まだ、散開はしない。
こちらから動いたら待ち伏せを喰らうのは分かりきっているリッカーの位置を、どう先に察知すれば良いのか。とりわけ、こちらが動かずとも爪を叩くだけで辺り一帯の事を把握して見せるであろうリッカーを。
このまま建物の中に入るのは、流石に片目や古傷でも余りしたくなさそうだった。
屋上は流石に硬く、歩くだけでは音は響かない。また、屋上にリッカーは居なかったが、中庭には一匹のリッカーが。ただ、あれを殺すのは最後にした方がいいだろう。下手に音を立てて殺したら囲まれてしまう。
その位は皆も分かって襲わないでただ見ていたら、悪食が気紛れにか、千切った舌をそこに投げ入れた。
どさっ。
その音がした瞬間に、数匹のリッカーが建物の中から飛び出してきた。
「……」
そして居るはずの敵が全く見つからないリッカー達は、不可解そうにしながらも建物の中へと戻っていく。
一匹がふと気付いたかのように屋上まで登ってきたのを、皆が見つめる。遠くで一度爪を叩いていたが、距離もあって反響もしないからか、気付かれていないまま。
痩身が忍び寄って首に爪を突き刺し、それでも暴れようとするリッカーの脳天を、幸運が両方の爪を突き刺して思い切り引き裂いて。
……いや、そんなつもりじゃなかったんだけどな、という風にまんざらでもない悪食。
とうとう散開して、それぞれ中に戻っていったリッカー達を追う形で仕留める事にした。
*
結局、対策としては簡単で、爪で周囲を把握される前に、先に音を立てしまえば良い。もしくは陽動。
纏めてしまえば、銃を持っている人間と対峙するのと、そこまで変わらない。舌が飛んでくる速さも避けられなくないし、連発しても来ない事を考えると、自分達にとっては銃持ちの人間の方が恐ろしいかもしれない。
壁を伝って、リッカーが戻っていった窓から中を覗く。
顔を覗かせたからと言って撃たれる事を考えなくても良いのも、恐ろしくなくて良い。
待ち伏せされたら、ナイフしか持っていないような人間でも時に返り討ちにされてしまうのだから、そこだけどうにか乱せたなら、複数で息を合わせて動けるこっちの方が有利な事には変わらない。
見える部屋の中には居らず、そして部屋の中には大きな音やらを立てられるものが沢山。
……チームを組んだからには、自分や色欲狂いも働かないとな。
片目と古傷には隣の部屋を見るようにして貰って、自分と色欲狂いが先に部屋の中へと入る。慎重に足を下ろして、それでもぎし、と床が軋む。
……まだ、何も起きない。落ちていた空き瓶を拾い、廊下へと投げてみる。
ぱりんっ!
砕けて大きな音が鳴った。そして少しした後に。
カンッ、カンッ。
リッカーが耐えきないように、辺りを確かめる為の音を鳴らした。一体だけ…………か?
嫌な予感がした。
そこまで考えているか? 自分達よりはよっぽど馬鹿だと聞いているが、自分達は上澄みなだけだ。上澄みなリッカーは、どこまで考えられる? どこまで罠を??
その時、爪を叩いた方に近かった古傷が隣の部屋へと入り、そして走っていく音が聞こえた。
行くしかない!
空き瓶を拾って廊下へと飛び出そうとして。
それでも飛び出した瞬間、銃弾が体を貫くように、舌が自分の体を貫く悪寒がした。自分には避けるのが難しい、赤黒く太く、鋭い舌。
足を止めた瞬間、その目の前から、リッカーの舌が床を貫いてきた。
……本当に飛び出していたら、もしかしたら死んでいた。
貫いた感触のないリッカーが、天井に張り付いたまま舌を収めて唸る。加えて爪を叩いて辺りを掌握する。
けれど、廊下と部屋の狭い入り口、出るにも入るにも、先に動いた方が不利。奇襲に失敗したリッカーも、数の違う敵に自分から攻めかかって来ない。
使えるものがないか見回し……ガラス張りの小棚。
それを掴んで、リッカーの真下へと叩きつけた。
ガラスが、木組みが派手に壊れる大きな音。
リッカーが思わずビクついて固まった。
その瞬間を見逃さなかった色欲狂いが、跳んでリッカーの首を掴み、天井から地面へと引きずり落としながら首の骨を折った。
廊下へと出ると、音を鳴らした方のリッカーが、古傷の爪の一撃で首を刎ねられたところだった。
片目が遅れてやって来る頃、色欲狂いが首を折ったリッカーの、その首からぺき、ぺきき、と音が鳴り始めた。
……首を折っても再生するとは、本当に羨ましい限りだ。
まだそんな余裕無いからな? と色欲狂いを嗜めている間に、片目がそのリッカーの背中を思い切り踏んだ。
剥き出しの心臓が潰れて、床が一気に血に染まった。首の骨が繋がっていくような音が、なくなった。
*
『厳密に言えば、B.O.Wとは少し違ってTウイルスに侵された人間の成れの果てなんだがな。この形で繁殖出来るところからB.O.Wに格上げされた経緯がある』
ふと、思い出した。私が内心ショックを受けている事に気付いた。
もう割り切ったと思えていた事が、そうではなかった事に気付いた。
雌だと分かられてから、性行為を強要された。No.10までとは大体交わった。
今生き残っているのは半分以下になったし、雌も私だけになってしまったけれど。
慣れてくれば私よりも強い仲間すらも手玉に取れるのが快感でもあったけれど、それ以上に何もこの体には起きなかったのが衝撃だった。
私達がどういう過程を経て生み出されたのか、詳しい事を知ってはいない。
普通の生き物がどういう過程を経て生み出されるのか、それも知らない。
けれど、この体が、同じハンターαと交わっても何も起きる気配がないというのは、私達は作られた生き物でしかないのだとどこか決定的に理解させた。
交わった雄達にとってもそれは少なからずショックだったらしい。それがどういう事なのか詳しく分からなくても、雄達ももしかしたら……私以上に傷ついたのかもしれない。
だから、それがどれだけ心地よくても、分かった雄は退屈が極まった時でもなければ私と再び交わろうとはして来なくなった。
No.13以外は。
快楽の為と完全に割り切って、雄雌問わずに、同種でなくとも気に入った奴には雄をねじ込んでくるそいつに、私も押し倒されて一方的に犯された事がある。私と交わっても何も起きないと全員が知ったような後で。
交わっている最中のそいつの顔は、そんな事どうでも良い程に気持ち良さそうだった。
いきなり押し倒された事すらどうでも良くなってしまうくらいに、そこまで割り切っているそいつの事を羨ましく思ってしまうくらいに。
別にだからと言って、常に頭の中が性欲で埋まっているようなアイツが好きになるだなんて事も微塵もないのだけれど。
多分……皆が思っている程、私はNo.13の事は嫌いではない。
部屋の中へと入ってすぐに、けたたましい音がNo.27の方から聞こえた。わざと出したらしいその音。
でかい音を立てて耳を狂わせる。出来るだけ響くような、耳障りな音で。
入った部屋の中には、爪で引っ掻いたら物凄く嫌な音を立てるものがあった。
それに爪を当てると、後ろから付いてきたNo.30が耳を塞いだ。
キィィイイイィィィッ……。
「ギアァァアアアッ!?!?」
部屋を出たすぐそこの天井で待ち構えていたリッカーが、背中からそのまま落ちてのたうち回る。
四つ足をまるで赤子のようにのたうちまわらせ、長い舌をだらりと出してまで。
……良い気味だ。
とても胸がすっとしたような感覚。
No.30が、長い爪を振り回して暴れるリッカーに対して、それをどうにか押さえつけながら剥き出しの心臓に爪を刺した。
「ギッ……」
それでも最期の足掻きとNo.30に向けられた爪を、腕を引っ張って避けさせた。
あ、ありがとう……。
どういたしまして。
頭が良い訳でもない。戦闘に長けている訳でもない。でも、自分が弱い事を誰よりも自覚している。
身の丈以上に強くなろうと棒を持つようになったNo.15よりは長く生きて欲しい思いがあった。
話とか見直してたら、紅とか悪食とか深掘りしないまま死んだなーっていうのを見つけたので。
それと振り返ってみれば、本編で死んだメインキャラの死因が全部初見殺しだったんですよね。
サーモスコープ付き狙撃だったり、爆弾を保持している部分を撃ち抜かれたり。
後付けのNo.30のような流れ弾で死んだっていうのも、避けられる死因でもないし。
まあ、既にレベルが相当に高いハンター達が死ぬにはそれが一番自分にとって納得しやすかったんだと思います。
あのスーパータイラントに対し、片目と古傷なら全ての攻撃モーションに回避反撃コマンドが出るので、ノーダメ突破出来る感じ。
RE3のジル・バレンタインでは?
タイラントの攻撃モーションかなり分かりやすいからね。
insanity突破で一番苦労したの、斧の耐久がすぐになくなるのと、車をかち上げる攻撃が時々回避不可能(に思える)事だから、回避コマンドがあるRE3ならかなり雑魚なんじゃねえかな。
追記:
9のリッカーは心臓が飛び出していなかった
別種というか、まあ5のやつが欠陥品だっただけか……。