生物兵器の夢   作:ムラムリ

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9. 警護ミッション 4

 自分の中のその時間が無いと言う動揺を隠しながら、片目と物陰を伝いながら戻った。

 無線機から耳を離して、人間が言った。

「No.42がやられたってよ。狙撃でどこもかしこも狙われているらしい」

 自分達の次に入った世代だ。そう親しくは無いが、実力はそう違い無い。

 自分も危なかったのだ。この一番古い世代がやられてもおかしくはない。

 片目が攻撃を受けている方へ行かせて戦わせてくれと言うように、爪を振った。だが、人間はそれを断った。

「駄目だ。ここを手薄にする訳にはいかない」

 ……!?

 一瞬、背筋が凍った。

 ぞっとするような感覚。頭を鷲掴みにされたような、命に危険が迫ったような。

 ……片目、か?

 片目の手の片方が、背後に隠れていた。明らかに腕には力が籠っていた。

「…………駄目だ」

 人間もそれに気付いたようだった。

 ばれているのに片目が気付くと、その力を込めていた腕をゆっくりと解した。

 ……お前が血を飲んでいたのは、渇きだけからだったのか?

 戦いに行きたいのは、自分が仲間の被害を食い止められるという理由じゃなく、単に暴れられるからじゃないのか?

 自分の命を救ったのがその片目であろうと、不信感は募ってしまっていた。

 

 耳を澄ませば、銃声がちらほらと聞こえる。だが、この自分達の居る区域では新しく敵が来る事は無かった。

 片目に蹂躙された事に警戒されたのか、それとも単純に人員が自分達と同じように分けられているだけなのか。

 周回している間も、そして人間と休んでいる間も、もう緊張しない時は無かった。人間の無線機からは状況が逐一送られて来る。

 殲滅した。人間が狙撃された。No.89がやられた。No.132がやられた。殲滅した。援護に回る。

 流れて来る声を聞いていても、優勢なのは自分達の方だった。密な森の中では、射線が通らないのに対し、自分達は縦横無尽に動けるからだろうが、それでも狙撃銃が一撃必殺なのには変わりない。

 周回から帰って来た時に、親しい仲間がやられてしまっていないか、聞くのが怖かった。

 この前死んだ、混戦中に胸を撃たれて死んだ同期の仲間を思い出す。もう動けないその仲間に、自分が止めを刺した。

 大した特徴も無い奴だったが、それでも思うものはあった。ミッション中にそんな気持ちになってしまいたくはなかった。

 このお喋りな人間のおかげで退屈はそこまでしなかったが、今はその口を閉じて欲しかった。

 

 片目と警戒に出れば、ピリピリとした感覚が体を襲う。

 それは、戦闘中に感じる、敵の感覚に似ていた。片目は、暴れたい衝動そのものは抑えてはいるが、感情としては抑えていなかった。

 爪でガリガリと岩を削ったり、爆弾のピンに指を掛けたりと、せわしない。

 つい先日までは、ファルファレルロになったと言っても、そう変わらないなと思っていた。

 今はもう、思えなかった。

 片目は変わってしまった。

 それは戦闘欲求が増しただけだったけれど、こんな雰囲気を間近で出されては恐怖を覚えるしか無かった。

 その時、近くで銃声が聞こえた。連射する音で、森の奥から銃でハンター達を近寄せないようにしながら撤退している人間が二人居た。

 片目は、気付くと消えていた。

 それから殆ど時間の経たない内に、視界の良い場所に出て少し安堵している人間達の一人が突如、首から血を噴き出して倒れた。

 それに気付いた時にはもう一人ももう、終わっていた。

 銃を奪われて投げ捨てられ、姿も見えないままに両手がだらりと力を失っていく。そのまま引きずられて岩陰まで行けば、片目はまた、首に齧り付いて血を吸っていた。

 血を吸い終えると、首を引き千切って食い、そしてまた心臓に手を突っ込み、そこからまた血を飲んでいた。

 その姿は、新入りがやるような遊びのものじゃなかった。本能に従うままにやっていた。

 …………恐怖でしかなかった。

 こんな事になると分かれば、自分達がファルファレルロにされるという事も無くなるかもしれないが、喜べも今はしない。

 片目は、もう、ハンターαじゃない。

 ファルファレルロという、別物だった。

 

 片目が戻って来ると、もう落ち着いていた。

 本能を満たして満足して帰って来たその姿は、さっきよりも血で塗れていた。濃厚な血の臭いがした。

 それは、色欲狂いが精を出し終えて萎えた姿と似ている感じだった。濃厚な臭いがする点でも似ている。

 ただ、色欲狂いに対しては、よくもまあ、そんなに好きでたっぷり出せるな、と思う程度だった。

 その欲求が自分に向いて来たとしても、そう問題は無い。尻が熱くなるだけだ。それにやり返せる。

 ただ、片目の欲求が自分に向いて来た場合、それは、完全に死だった。

 首に容赦なく噛みつかれ、血を吸われ、食い千切られる。反撃もさせてくれないだろう。

 それを無いとは断言出来なかった。

 立ち尽くしている自分にまた、取って来た爆弾を渡される。

 自分がそれを受け取る姿はぎこちなくなかっただろうか。片目は自分に対して何を思っているんだろうか。そして、変わってしまった片目自身に対して何を思っているんだろうか。

 それは、もう理解出来ない。

 出来ない、と思ってしまった。

 

 暫くして、車が一台通る音がした後、ミッションは終わった。狙撃銃にもびくともしないトラックがやってきて、素早く仲間と人間を回収していく。

 運が良かったのか、傷はあれど、自分の同期は誰も死んでいなかった。全体としては、六、七体やられてしまったようだった。人間も一人、死んでいた。あの男ではなかった。

 疲れ果てた皆は、トラックの中の檻で揺れに任せて眠り始めた。でも、自分と古傷は眠れなかった。

 疲れて果ててまではいないが、疲れているのは自分も古傷も同じだったにも、だ。

 隣では、片目が寝ている。けれど、触れれば即座に跳び起きて爪を向けてきそうな、そんな気配がしていた。

 ファルファレルロになった直後から、そんな気配を醸し出していたかは分からなかった。

 檻の外では、銃を抱えながら人間達が寝ている。ただ、その中で、今日一緒になった人間も起きていた。

 目が合わされば、考えている事は一緒のような気がした。




日間21位にもなっていました。ありがとうございます。

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