—それはとある本丸の話—
「全員、必ず、私の元に帰ってくるように。」
彼女が彼等に、願うように、祈るように向けた、呪いのような言葉。
「当たり前の事をうだうだ言ってんじゃねぇ、帰ってくるから待ってろよ」
顔に傷のある、殺気立ったその男はニヤリと笑って本丸を後にした。
—出撃の前日—
同田貫正国、黒い装束に身を包み鋭い眼光で敵を探す好戦的なこの男は今日も本丸の畑で……畑当番をサボっていた。
「なぁ、御手杵、お前もよく草むしりなんてやってられるよなぁ。俺は手合わせの方が良かったぜ。」
畔の上で腕を組んで寝転がる同田貫に名を呼ばれた彼は困ったように笑って草むしりを続ける。朝から畑仕事を初めて早二時間が過ぎようとしていたが、途中から作業を一人で行っているために目標の半分ほどしか進んでいない。
「そうは言うけど、今や俺たちの体はこれを食べていないといけないんだぜ?難儀だとは思うけど、立派な仕事だと俺は思うけどな」
納得のいかない同田貫は「ふん」と鼻を鳴らして視線を御手杵から空へ移した。移したはずだったがそこには人の顔があり、その顔には笑顔が満ちている。ただし、発する気はそんな優しいものではなく、全てを圧し空気を震わせるほどに怒りを滲ませている。彼等の主人であり審神者である彼女の笑顔が寝転んだ同田貫の顔を覗き込んでいた。
「……おう、あるじ、戦か?」
「そんなわけ無いでしょう?」
彼女は手にしたペットボトルを同田貫の眉間に投げつけた。「ぐぉぉっ!」ともんどり打って転がる同田貫に向かってため息をつき、御手杵を呼んで休憩を促す。
「ぷはっ、サンキューな、助かったよ。一人で仕事してるからなかなか進まなくってさ。やっと休憩できるぜ」
「今日は晴れて日差しも強いから大変かと思って様子を見に来たら、堂々とサボってて拍子抜けよ?心配して損した気分」
休憩する御手杵と主人をよそにこっぴどく怒られた彼は仏頂面でもくもくと草むしりを再開させられていた。「まったく、戦ならとっても役に立ってくれるのに」と困った顔でお茶を飲む彼女に御手杵から一つ悪戯な案があった。彼女は額に両手を当て大きくため息をつくと「それしか、方法はないよねぇ」と呟き、数秒の沈黙のうちに立ち上がった。
「同田貫!晩御飯までに今日の仕事一人で終わらせたら、次の戦には必ず出撃させてあげるから頑張りなさい!」
数時間後、泥だらけで疲れ果てた同田貫が嬉々とした顔で「戦だ戦!」と本丸に戻ってきたために、本丸では笑い話になっていた。
—翌日—
長谷部の長ったらしい朝礼も終わり朝食を済ませ、本日の当番を発表している間に、近侍の三日月宗近が怪訝な顔で政府からの出撃要請の書類を審神者の部屋に持って来た。
「主人、このような朝の早い時間にすまぬ。先刻のことではあるが、政府からこのような文が来ておる。先に拝読させてもらったのだが、どうしたものか……」
普段見ない三日月宗近の真剣な目に彼女は怪訝な顔をすると同時に、何かを察っする。受け取った書類を一気に読み上げる、出撃の年代、条件、阻止項目、そして重要事項、考えなければいけない要素が多い。とりわけ重要事項に書かれた一つの文章が、とても気にかかる。
「……すこしだけ考える時間をちょうだい、みんなには黙ってて」
あいわかった、と一言だけ答え三日月は主人の部屋を後にする。こうなっては少し長くなるとわかった近侍は皆を集め、しばらく静かにしているように言い伝えた。
「此度の戦、おおごとになるやもしれぬ」
あーでもない、こうでもない、それも違う、でもこうしないと……彼女は頭の中を整理し、一つ一つの事象に対して答えを並べる。ベターではいけない。ベストでなければならない。失敗は許されない、一度送り出してしまえば、彼等を信じて待つ以外何もできない、やりようがない。安全に彼等を返すため。策を練る、その策を自分で破る手順を考える。不完全であればもう一度立て直す。私ならどう攻める?どう守る?今までの相手のやり口は?どう攻めあげる?時間遡行軍なら経験値はなんとかなる、しかし……
「やっぱり、あなたの感を頼るしかないのね」
覚悟を決めて手に筆を執る、これが今のベスト、これが今自分にできる最良の選択。したためた六振の刀の名、その装備……今の選択に後悔があるとするならば「私が審神者になったこと」
—部屋にこもってから二時間後—
本丸大部屋に集められた刀剣男子は、皆神妙な面持ちで主人を待っていた。戦前の独特の空気、張り詰めた空気が場を支配する。
「みんな、待たせてごめんね」
すっと障子が開き、彼等の主人が部屋に入って来た。全員の前に立ち、覚悟を決めた顔で前を見る。
「まず先に、今回の戦に出る者の名を呼ばせてもらうわ。一振目・太郎太刀、二振り目・日本号、三振目・鶴丸国永、四振目・乱藤四郎、五振目・小狐丸、六振目隊長・同田貫正国」
静まる一同、文句の一言もなければ、抗議の必要もない。この本丸の練度の高い順に呼ばれたからには、それなりの任務ということになる。
「みんなごめん、主力を前面に押し出すことになるのをどうか許してほしい。今回は鎌倉時代・阿津賀志山に飛んでもらうの。その上で練度の高い順番で選んだの。出撃を楽しみにしてた皆んな、ごめん。」
大きく息を吸い込み、彼女は続ける。
「どうしても今回はこのメンツで出撃してほしい。敵が強いこともあるけれど、それ以上に厄介なのが検非違使の目撃報告と交戦報告がとても多いの」
ざわつく刀剣男子たちをよそに彼女はさらに続ける
「正直にいって怪我ですまない相手よ、練度の低い者を派遣して、威力偵察がてら重傷をおって来なさいなんて言えるはずもない。攻めるなら一気に、そして確実に帰ってこれる者を優先させてもらったわ。何か質問等や異議があるならここで聞く、だれか、何かある?」
誰も何も聞かず、すぐさま散会、出撃の準備に入った。
「ねぇ、三日月、あなたはどう思う?」
力のない声で、書類の整理をする近侍に半ば投げやりに問いてみる。
「どうとは、今回の出撃のことかな?」
おし黙る審神者、無言の肯定といわんばかりに書類を放り出して寝転がる。
「俺は刀剣男子として、主人の考えを否定するようなことはせぬ。まぁ全て肯定するようなこともせんがな。」
ふふっと笑い、次から次へと書類を片付けていく。それでも動かない主人に一つ余計なことを言ってやろうと三日月が悪戯に微笑む。
「元近侍が、そんなに心配かな?」
がばっと起きて審神者の彼女は首をブンブンと横に振った、おかげで積んだ書類が崩れ半紙が軽く宙を舞う。
「ばっかじゃないの!三日月へんな事をいわないで!だれがあんな脳筋戦バカの心配しなきゃならないの?あのバカ本当に戦うことにしか頭にないんだから!それに今回のだって同田貫と約束したから組んであげただけで……」
「はっはっは、約束がなければ、部隊からは外していたような口ぶりだな」
彼女は黙った。年長者の勘というものは確信を真正面から突いてくるために受け止めようがない、故に黙る、それが肯定になってしまう。
「無論、それだけではないのは分かっている。奴は好戦的故に鼻が効く、小狐丸も呆れるほどにだ。皆が気がつかぬ敵の気配、あれは狂気とも言えるであろうが、それを感じて辿る能力というものは、やはり実戦の中を生き抜くために必要なのであろう。俺もようく知っている。ただそれ故に奴を前面に押し出した総力戦になることも示している。間違いなく怪我ではすまぬ、もしかしたら」
遮るように「やめて」という声が響く、でも翁を自称するその刀はあえて厳しい目で自分の主人を見つめ、続ける。
「……もしかしたら、死ぬかもしれん、それでも奴を使わねばならない主人の葛藤はさぞ大変なものだったのであろう。俺には心中を計りかねるが、主人なりの苦労もあったはすだ。祈るしかあるまいて、奴らが無事に帰ってくる事を」
うん、俯いて返事をする彼女にため息をつき、心中穏やかではない翁は
(あのウスラトンカチめ、こんなにも主人に慕われおって。死んで帰ってこようものなら畑の肥料にしてくれる)
と必ず帰ってくる事を前提にどこに折れた刀をどの畑に埋めてやろうか真剣に考えていた。
—出撃前・本丸中庭—
戦装束を身に纏い、出撃組が顔を揃えた。各々、装備を点検し、いつでも出られるとばかりに主人を待つ。
庭に面した障子が開く。今にも泣きそうな目をしながら、口を噤んでいる。
「わ……」
少し震えた声で、彼女は続けた。
「私は、さっきも言った通り、ベストな人員を選択したつもり、間違いはない…はず」
力を振り絞って、言葉を紡ぐ
「だけど、何があるか、どうなるかわからないから」
紡ぐ言葉に祈りを込めて
「絶対に無理はしないこと」
紡ぐ言葉に願いを込めて
「絶対本丸に帰ってくる事」
呪いにもにた、彼等の戦い生き抜くための言葉を
「全員、必ず、私の元に帰ってくる事」
「当たり前の事をうだうだ言ってんじゃねぇ、帰ってくるから待ってろよ」
顔に傷のある、殺気立ったその男はニヤリと笑うと、時を遡るための装置に手をかざした。
—阿津賀志山防塁—
この鎌倉という時代『敵を迎え打つにはまず要塞から』という考えが一般的であったため、本陣を置くのは切り立った谷底や盆地といった攻め入るのに一苦労する場所を好んでは本陣を設けた。この山も慣例通りに、盆地に二重三重の防壁や堀を重ねて見事な要塞を作ったものだった。その要塞を前に鎌倉軍が陣を張って今にも衝突しようというところである。
「それにしても、主様は心配性でいらっしゃる、我々なら、そう簡単にやられるまでもなく、敵をなぶってみせましょうに」
小狐丸は託されたお守りを握りしめ、遠く合戦場を見つめる。時間遡行軍がもし現れるとしたら、合戦の最中に鎌倉軍を指揮する武家の大将達、とりわけ源頼朝が標的であり、奥州藤原氏に肩入れし鎌倉時代への突入を阻止するのが目的か……
「もの思いにふけさせる余裕もないほどに、事態は切迫をしているようだな。簡単に言ってしまえば大きくなりすぎた兄弟喧嘩だろう?それがこの戦だというんなら驚き禁じ得ないな」
腕を組んだ鶴丸国永が、続々と陣を組む鎌倉幕府軍を見やる。兵力差は幕府側二万と五千を上回る。それに対し奥州藤原軍は2万、数では圧倒されている。
「ちゃっちゃと終わらせて、酒でも貰って帰ろうぜ」
担いだ槍を軸に伸びをする日本号のとなりで、乱藤四郎は化粧をしている。
「それで、隊長殿は、今回の戦どうするおつもりでしょうか?」
長身の太郎太刀が静かに隣に座る同田貫に投げかけた。うっすら目を開け、合戦場を見やる。目の前の戦の違和感を全て視界に入れるようにただまっすぐと。
「幕府側の前列に偽装した打刀の兵士がいるな、あとは保険のつもりで藤原軍にいくつかいるみてぇだが遠すぎてみえねぇ」
立ち上がって主人より授かった策を反芻する。両軍に敵がいる場合速やかにこれを撃破し、相手方本体を索敵、発見次第撃破。部隊内の班分けと<各奇襲攻撃>の対処は隊長に一任、責任は審神者のものとする。
「つまり合戦場内の敵を全滅させたら好きに行動し撃破しろってわけか……」
ニヤリと彼は笑って「いこうぜ、主人は正面突破しろってさ!」楽しそうに吠え腰紐を締め直した。
合戦の合図は名乗りから始まる、大将の掛け声とともに違いが進軍し、前衛の槍が刀が交錯する。血は空を舞い、肉は地に伏す。非常に生臭い戦場は、緑生い茂る草原は、瞬く間に「人」という獣の臭いが充満し、大地を紅く染め上げる。多勢に無勢、堀は埋められ、壁は乗り越えられ、命は絶たれるばかり。
「いいか、小狐丸、日本号、太郎太刀は幕府軍へ走れ、頼朝公を守り続けろ、こっちは藤原軍に入ってひと暴れする。そうすりゃ焦った相手方は幕府側に一気になだれ込むはずだ」
「なるほど、最終的には挟み込むわけか、貍も体だけでなく頭も使えるようじゃ」
「うるせぇ狐、黙って仕事しろってんだ」
走りながら二手に分かれ、合戦場に6人の刀剣男子が入り乱れる。
—合戦から一刻—
概ね予想通りに合戦場の敵を一網打尽にした彼等は合流、敵の本陣の概ねの場所もわかっていた。が、ここで一つ問題が生じる。
「いくら私と同田貫の鼻がいいとて、このままでは探索に時間がかかる、やはりあの時に今剣か岩融を部隊に加えることを進言しておけばよかっただろうかのう…」
二班の合流も済み、いざ敵本陣を目指すにあたり地形がわからなければ道もわからない。以前の本能寺のような寺の中での襲撃…といってもその寺も広大な広さがあったがために敵を探すのに時間を要したわけではある。
「まったくだ、いくら小狐丸や同田貫の勘がするどくても、森の中に罠を張られてはこちらも驚いてしまうしなぁ」
各々が森に歩みを進めようとした瞬間、目の前の空間が微かに歪む。
その一瞬を同田貫は見落とさなかった
気がついていない乱れの首元を掴んで引き寄せる、と同時に横に飛び、鶴丸を腰から蹴り飛ばす
鶴丸がいた場所には槍が飛び出し、乱のいた場所には大太刀が振り落とされる
空間が歪む、歪曲する
歴史の異物を排除するための、歴史自身の自浄作用とも言われるその力の化身検非違使が
顕現する
槍をもった検非違使が現れた瞬間にはすでに構えが済んでいる、右手を後ろ手に狙いは左手で定め、地を蹴り飛ばすと同時に放たれる高速の突きは鶴丸の頭があったはずの虚空を突き通す。蹴り飛ばされた鶴丸は受け身を取りつつ「こりゃ驚いた」といつもの口調で、しかし目をぎらつかせ刀を握る。戦で不意を突かれていい気がするはずがない、やられたらやり返さなければ、驚かされたままでは終われない。
「後ろに下がってろ、機をみて飛び込め」とだけ言ってひっつかんだ乱藤四郎を乱暴に後ろへ投げる。スカートを押さえながらふわりと宙返りした乱は「たぬきさん乱暴すぎない?!」と叱りつけつつ後退、と同時に遅れた小狐丸が前に出る、続いて太郎太刀が大きく横薙ぎの構え、大きく地を蹴った日本号が敵の頭上へ飛び槍を向ける。想定内の最悪の事態が幕をあけた。
—本丸—
長谷部は急ぐ、時間毎に送られてくる戦況報告、その中に検非違使と遭遇、攻戦開始の一文、主人に伝えなくてはならない。
「主人どの!検非違使が、検非違使がでました」
自室の奥でただ一人、禅を組むかのように彼女は正座して待つ。ただ一言「そう」とだけ返す。その姿に長谷部は息を飲み、何も言えず頭を下げて退室していった。彼女はただ願うのみ、全員の無事を。
—阿津賀志山・合戦場—
力は均衡している、戦いといえば聞こえはいいが、それは殺し合い。
鶴丸の膝が崩れ落ちる、体力の限界か、力が入らない。その隙を検非違使が見過ごすはずもなく大太刀を構えた。
「驚いたか?ウチの本丸には強襲奇襲に特化した土方組というのがいてねぇ」
言い終わる前に鶴丸の背中から、小さい体が地を蹴り弾丸のように相手の懐に飛び込む。乱藤四郎は力の限り自分自身である短刀を相手の急所その一点を突く。胸に突き立てられたその短刀は衣を裂き、皮膚をえぐり、肉を断ち心へと届く。
「この手の仕掛けの手ほどきは、受けているんだよ。」
着弾の勢いのまま倒れ、そのまま霧散する検非違使、やっと一つ。だがこの一つは大きかった。傷は多く、怪我はあれど、数で勝れば押し切れる。狼狽えた相手を見逃すはずもなく、次々と検非違使は倒される。
「恨みはねえよ、これも主人からの命令だ。お前らを迎撃しろってな」
最後に倒れた敵の薙刀の首を切り、これで検非違使の討伐は終了。互いの傷は軽度とは言え中傷の部類には入る。検非違使の討伐を定時の連絡ついでに報告し、いざ敵の本陣へ向かい本隊との戦いへ身を投じる。
はずだった
疲弊した彼等に気づけというのが酷なほどの不意打ち、矢の雨が降り注ぐ、鉄砲の音、そして迫り来る岩石。矢の雨をかいくぐり、銃弾はそれたものの岩の着地点からは命からがら抜け切る。
あまりの不意打ちに意識が遅れる。状況は簡単、派手に検非違使とやりあったために、相手に位置を知られてしまった。敵の本隊が先に仕掛けて来たのだ。
目の前の岩を後ろに飛んで避ける、あまりの不意な攻撃に、そのまま尻餅をつく乱藤四郎、凶刃はその瞬間をまっていたと言わんばかりに、短刀の彼を襲う。修正主義者の脇差が乱の胸に向かって突撃してくる。
死を悟った
兄弟の顔が一気に頭に浮かぶ
長兄の優しい顔が脳裏に焼きつく
タスケテ、イチニイ……
死を覚悟した彼の前に赤く濡れた刃が止まる、黒い襟巻きが頬をかすめ、無骨な打刀を収めるために作られた質素な黒塗りのさやが地に落ちる。
「ぐっ……ぅ」
土手っ腹に脇差が貫通、鮮血は滲むが黒い戦装束はその色に染まらない。
「つ…かま、えた!」
刀を持つ手を無造作に左手で掴む、離さないように、なんなら握りつぶしてしまえるほどに強く、硬く。
「ぐぉぉ!」
腕を掴まれた打刀の兵の呻きは、掴まれた腕の痛みよりも、目の前で振りかぶられる硬く無骨な打刀への恐怖。
振りかぶった打刀を力の限り叩きつける、敵の額はその刃によって割れ、顔を真っ二つに切り裂き、喉元で止まる。
「…やったか?」と崩れ落ちたそれを見下すが、それだけでは終わらない、まだ一人仕留めただけ。
傷を受けたのは同田貫だけではなかった、敵の本隊から受けた奇襲にやられたのは日本号に鶴丸もであった。
このままでは全滅する、逃げなくては。
いや、逃がさなくては。
『俺は硬い、俺はまだやれる、ここで下がれば実戦刀の名に泥がつく』
「乱、4人を先導して帰還地点へ走れ、殿は俺がやる」
鶴丸と日本号もただやられたわけじゃない、刺し違え覚悟の一撃による致命傷は与えている。残る敵は3人。太刀に薙刀そして打刀がもう一人。
やれる、やらなきゃいけない。
「でも、同田貫さんが……その傷じゃ」
「お前も男だろう、わかってくれよ、カッコくらいつけさせろ。」手負いの男は続ける、息も絶え絶えに。「今部隊で傷が少ないのはお前だ、そのお前が4人を連れて帰るんだ、お前らが無事に帰ったら、俺も後を追って戻るからさぁ」
でも、と一言投げかけて、でもそれしかないのをわかって、スカートを返し4人の元へ。傷を確認して4人を先導する。振り返らない、それが僕の役目。
「隊長が殿を務めてくれる、小狐丸さんは鶴丸さんを、太郎太刀さんは日本号さんを抱えて。僕が4人を本丸へ連れて帰る」
—本丸—
長谷部からその知らせを受けると彼女は一目散に庭へ駆け出した、時間遡行装置の前へ息を切らせてたどり着く、赤く染まった鶴は力なく主人に笑いかけ「こんな驚かせ方をするつもりは……なかったんだがなぁ、すまぬ」と。「酒をぶっかけてくれりゃすぐ治る、それよりアイツを」と日の本一の名槍は吠える。
大したことはないといえ、小狐丸も太郎太刀も全身傷だらけ。それを率いて戻って来た小さな男の子は泣きながら主人にしがみつき、何度もなんども「ごめんなさい」を繰り返す。
「みんな、早く手当てを」
手入れ部屋へ全員を運ばせ、装置の前で一人立ち尽くす。無鉄砲で戦うことしか頭にないぶっきらぼうで頼りになる彼は今、一人戦っている。部隊が戻って以降、戦況報告は上がってこない、生きているのかも死んでいるのかもわからない。
「ばか、戻ってきなさいよ、そうじゃないと、誉つけてあげられないじゃない。傷だらけの罰に明日の馬当番一人で任せられないじゃない。鍛錬のメニュー作るのは誰がやるのよ」
唇を噛み締め、涙が頬を伝う、握った拳はとても痛い。
「戻らなかったら、許さないんだから」
強く彼を思って、時間遡行装置に触れその名を呼ぶ
「返事してよ…」
『うるせえ、今返事どころじゃねぇ』
通じた、彼の声が聞こえた。不思議と、近くからのような、遠くからのような、頭の中に響くわけでもなく、どこからともなく
「聞こえてるの?」
『聞こえてるっつの、なんでか知らねぇけどな。審神者の能力かなんかか?』
「そんな事はどうでもいい、大丈夫なの?怪我は?今はどこにいるの?ねぇ、答えてよ」
必死に語りかける、胸が掴まれるような、押しつぶされるような、不安で不安で、たまらない気持ちが彼女を焦せらせる。
『うるせぇ、あと一人なんだ、一人倒せれば終わる、帰れるはずだ。黙って大人しく待ってろ』
生きている、まだ戦っている、それだけで嬉しくて、涙が出る。
『……5分、5分くれ、それだけ戦ってダメだったらちゃんと逃げる、5分ありゃ、倒せるはずだ』
「わかった、待ってる、必ず帰って来てね......」
『わかってる、命令だからな』
それだけ言って彼女は触れた手を離し、装置を睨みつけるようにして見つめる
1分経過、まだ早い、5分って言ったからまだ帰らない
2分経過、でもやはり、この2分で敵にやられたらと思うと胸が苦しくなる
3分経過、変な事は考えてはいけないと顔を叩く。しかし不安は消えない
4分経過、あと少しで帰ってくる
そして、5分がたった
6分が過ぎる
7分が過ぎて焦る
10分が過ぎて、涙が流れる
ダメだったのかと、地に顔を伏せる。涙と嗚咽が止まらない。彼を送り出した事に後悔する、送り出してしまった自分に怒りを覚える、やっぱりやめておけばよかったと自分を責める。胸の痛みが大きくなる、苦しくて切なくて、やりきれない思いが彼女の心を傷つけてゆく。
見かねた近侍の三日月が彼女の肩を抱き、静かに寄り添う。
(阿呆が、主人をなかせおって……)
嗚咽をこらえ名前を呼ぼうと思った次の瞬間、ベシャリという音とともに身体中真っ赤にそまったその男が時間遡行装置から排出されるように出て来た。自分自信と、戦果の刀を抱えて。
「お、い……クソジジイ、俺の主人に手ェ出してんじゃねぇ……そのツラ叩き割ってやろうか?」
傷だらけのその男に向かって困ったように苦笑する翁
「まさか、人様のものに手を出すほど、節操ないように見えるか?」
傷だらけの彼に飛びついて抱きしめ、堰を切ったように思い切りないた、なんども彼の名を呼び、悪態をついては彼の帰還を喜んだ。
「わりぃ、ただいま、主人」
「おかえり、おかえり、おかえり……」
—エピローグ—
今日も空は青く晴れ、太陽はさんさんと本丸の畑を照りつける。なんとなく作業に集中できない彼は畔に寝転ぶ。ため息をついて空を見上げると、そこに空はなく、青筋を浮かべて微笑む自分の主人がいた。
—fin—