では、本編をお楽しみください。
面接試験の翌日、ほぼほぼ強制的に就職が決まった琴音は浮かない表情のまま、表通りを歩いていた。
「…………はぁ」
疲れた様子で微妙にやつれているような気がするのはおそらく気のせいではないだろう。
昨日、就職が決まったと両親と妹に告げると、それらの面々がお祭り騒ぎ状態になってしまい、パーティーじみたことしたのだが、疲れた様子なのはそれとは全く関係はない。
関係があるのは面接終了間際の司の発言だ。
『異能のこと話しちゃったし無理やりにでもうちに入ってもらうしかないけど』
琴音もそれを聞いた瞬間は氷のようにカチンと固まってしまったが、今思うとどうかと思うのであった。
社員でもない一般人にそのような企業秘密を話してしまってよいものなのだろうかと。そんなことを思ったところで後の祭りだが。
「とりあえず……今日から頑張ろう………」
頑張ろうという割にはトボトボと重い足取りで事務所まで向かった。
♢♦︎♢
多少古びたビルの3階までエレベーター(点検中)ではなく階段で上がった琴音は相談所の事務所入り口で立ち止まってあることに気づく。
「そういえば、戸締りってしてるよね。……どうやって入るんだろ?」
ここまで来たはいいものの、事務所の扉に鍵がかかっていたのでは中に入れもしないし、ここで待つしかない。
仕事が面倒な人ならばここで引き返して帰宅やら時間つぶしをするのだが、3階まで階段で苦労して上がったにもかかわらず、それをまた引き返して無駄にするようなことはしたくない琴音は、そこで待つことにした。
「開いて……ないよねぇ……」
一縷の望みを託してドアノブに手をかけたのだが、そんな簡単にーーーー
ガチャリと音を立てて開いた。
「ふぇ………?」
あんぐりと口を開けて呆然と立ち尽くす。
鍵がかかっていると思いきや、かかってなかった。無用心にもほどがあるだろう。だが、琴音の脳裏には『司が閉め忘れた』という単純なものは浮かんでこなかった。
その代わり浮かんできたのは、
「ま、まさか……泥棒……!?」
これだった。
冷静に考えれば早朝から盗みを働く勤勉な悪党はいないと思い至るはずなのだが、この時の琴音はそうと決めつけて挙動不審になっていた。
まるで、悪事ががバレてあたふたする犯人みたいに。
「と、とりあえず警察に……!」
以前あたふたしているが、なんとか携帯電話をカバンの中から取り出し、110番を押す。
が、押した途端、ドアノブにかけていた手が事務所内に引き込まれる。おそらく、誰かがドアを内側から開けたのだろう。
瞬間、琴音の顔が青白くなって強張る。ギギギと音を立てそうな錆びついた機械のようにドアの方を向く。そこには、司と年が同じくらいの男性が立っていた。ガタイは少々よく、平凡な司とは違いイケメンの部類には入るだろうが、琴音はそんなことを気にしてすらいなかった。
「あ……?誰だあんた」
「ヒッ………………!?」
琴音は急いでドアから離れ、携帯を耳に当てる。すでに警察とつながっており、『どうかしましたか?緊急ですか?救急ですか?』と尋ねてきていた。琴音は間髪なく答えた。
「も、もしもし警察ですか、不法侵入者です……!」
「はーーーーーーーーってちょっと待て!?」
琴音が多少大きな声でそういったせいか、その階の廊下に琴音の声が響く。目の前の男性もそれには驚いたらしく、目を見開いて狼狽している。
「おい待てやコラ!勝手に人を犯人扱いするんじゃねぇ!」
「な、何言ってるんですか!不法侵入して盗みを働いてたのはあなたでしょう!?」
「冤罪にも甚だしいわ!この相談所の関係者だっての!」
「意味が分かりません!」
「俺はお前が言っていることが意味不明すぎて分からない!」
「……………五月蝿いよぉ〜、せっかく寝てたのに〜」
琴音たちがギャーギャーと言い合っていると、男性の背後から眠そうな声が上がる。
そこには眠そうな目をした淡いセミロングの髪の女性がドアにもたれかかって立っていた。ーーーー下着が見えるほどにはだけた服装で。
「なっーーーーーー!?」
それに絶句する琴音と呆れたかのような表情を浮かべる男性。
男性はため息をついてその女性を睨みながら言う。
「あのなぁ水無月さん。ちょっとは人の目とか考えてくれませんかね?」
「えー………面倒い……」
「おいコラ」
「ぐぅ〜…………」
「寝るな」
「痛いっ!」
男性の言葉を華麗にスルーした水無月と呼ばれた女性だったが、脳天に落とされたチョップによって強制的に起こされる。
いったい何がどうなっているんだと思ったが、とりあえず警察に事情を話さなくては、と考えた琴音だったが、携帯から無慈悲にも通話終了を知らせる音が響いていた。おそらく、イタズラ電話として処理されたのだろう。
もう一度かけようかと悩む琴音だったが、そこに昨日強制就職を言い放った元凶が階段の方から現れた。
神野司。琴音の面接官であり、面倒ごとに巻き込んだ張本人でもある。
司は琴音たちを見るや否や歩みを止め、呆れたような視線を投げかける。
そして言い放った一言は、
「何この状況」
それは私が知りたいです、と心の中でつぶやく琴音の声は誰にも届くことはなかった。
♢♦︎♢
「なるほどね…………馬鹿かお前ら」
「「……………」」
あの後、司の登場によって事態はなんとか収まり、事務所の中に入って説明したところ、開口一番それだった。
だが、司の言った通りなので言い合いをしていた二人は反論できずに黙るしかなかった。
「御言さんや英太には言ってなかった俺も悪いと思うが、さすがに年下と言い合うってのはどうか思うぞ英太」
「わ、悪かったよ……。確かに俺だって悪かったが、いきなり警察なんかに電話されたら誰でもそういう反応とるだろうが」
「俺なら携帯取り上げて笑顔でお話しするけどな」
「………それ世に言う脅しってやつだからな?」
「犯罪にならなきゃなんでも構わん」
「おい」
さっきからの司の反応から、英太と呼ばれた男性が言っていた『相談所の関係者』というのは真実だったのだろう。
琴音は多少の罪悪感に苛まれながら俯向く。が、そんなことを毛ほども感じていない司は話を進めていく。
「んじゃ、とりあえず紹介しとく。この子は昨日付けで入社した御言琴音さんだ」
「あ、えっ……と、御言琴音です。よろしくお願いします」
司に言われて、ハッとして英太に頭を下げる。
「御言…………どっかで聞いたような………。ま、いいか。俺は篠宮英太だ。今朝は悪かったな」
「いえ、私も少々取り乱してしまいました」
「少々ではなかったろ。かなり取り乱してたぞ」
「う………すみません」
少しは冗談を言って紛らわせようとしたのだが、英太はそういうところには目ざといのか、苦笑を浮かべながら鋭く言ってきた。が、言葉に棘はないため、そこまで気にしているという感じではない。
琴音はホッとして胸をなでおろす。
「次に、そこに座ってる青い髪の女性が水無月詩音だ。すこし……いや、かなりのおっちょこちょい……いいや、天然で馬鹿だ」
「私の説明酷くないっ!?」
事務所にあったソファーの上に座っていた詩音は悲鳴のような声を上げる。
「私はそんなに酷くないよ!」
「じゃあ、これまでに何もないところで転んだ回数は?」「これまでに依頼人にお茶をぶちまけた回数は?」
「……………」
「と、まあこんな奴だ。多分一番接しやすいやつだと思うぞ」
「そう、なんですか?」
「その代わり、話すときは頭の中を空っぽにして話すように。じゃないと話の内容が「理解できてるでしょ!?」っと、流石にからかいすぎたか」
「私そろそろ怒っていいよね?」
「悪かったって」
詩音の声が怒気を含んだ声音に変わった瞬間、司は一転して謝った。どうやら、この相談所の社員は女性には逆らえないようだ。
初対面の二人が何者かわかったところで、奥の方の扉が開いた。そこから真っ赤な髪の女性が出てきた。真っ赤な背中の真ん中あたりまである髪は湿気を帯びており、ホクホクした顔で頭をタオルで拭いていた。
その女性は琴音たちに気づくと、目を大きく開いた。
「む、見知らぬ人と幼馴染がいるんだけど」
「うん、まあそうなんだけどさ、なんでお前風呂入ってんの?」
どうやら、あの奥の扉の奥はお風呂らしい。何故相談所にそんなものがあるのかと琴音は疑問が浮かんだが、話がややこしくなる気がしたので黙っておくことにした。
赤い髪の女性はこちらまで歩み寄り、琴音に向けて手を差し出す。
「話はある程度聞こえてたからわかってるよ。私は東雲三月。よろしくね、琴音ちゃん」
「よ、よろしくお願いします!」
差し出された手を握ると、女性らしい柔らかさが伝わってくる。同性の琴音ですら一瞬心臓が跳ねる。
琴音の心情はつゆ知らず、ドアが開く音が事務所内に響く。音源の入り口ドア付近には昨日お世話になった詩鶴が立っていた。
服装はさほど変わったところがなくーーーーむしろ全く変わっていないーーーー目元を覆い隠すほどまで伸びた前髪は本日も健在である。
表情が全く読めないが、一文字に結んでいる口元を見る限り、おそらく無表情なのだろう。
詩鶴は無音になった事務所内をたっぷりと見渡したあと、琴音たちの方に向いて口を開いた。
「………帰ってきてたんだね三人共」
「おう、久しぶりだな」
「詩鶴〜、お久しぶり〜」
「
「……まあ、そこそこだよ」
詩鶴は悠然として受付へと入っていく。そこに座って昨日のように読書を始めた。
琴音は首をかしげる。なぜこちらに来ないのだろうか、なぜ軽い挨拶だけで何の興味も示さないだろうかと。
普通なら久しぶりだという友人やら同僚との再会は話し込んだりするものだ。琴音もその一人であるが。
なのに、詩鶴は何の興味も示さずさして話もせずに本を読んでいる。
なぜだろうかと首を傾げていると、英太が笑いながら言った。
「ははっ、あいつはああいうやつだから気にしなくていいぞ新人ちゃん。やる時はやる頼りになる奴だから信用はしていいぞ。………というか、この相談所で一番頼れる奴だし」
「は、はぁ………」
最後の方は小さな声だったが、かろうじて聞き取れた琴音は、誰かを頼るなら彼を頼ろうと心に誓うのであった。
「………あと、依頼人が来てるよ」
「「「「それを早く言えよ」」」」
受付カウンターにいる詩鶴が思い出したかのように本から顔を上げて言った。それにツッコむ四人の社員を尻目に琴音はドアの方を再度見る。
そこには中学生と思わしき少女が立っていた。ひどく沈痛な面持ちで今にも泣きそうだった。
それを見た司は、真剣な面持ちになって言った。
「んじゃ、お仕事開始と行きますかね」
次回から本格的に相談所として活動するはずです………多分。
では、次回もお楽しみに。
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