お待たせしました!
本日は次話更新とともに、第9話に挿絵を追加しました。
お目汚しかとは思いますが、一見していただけると幸いです。
さて、今回は久しぶりに智咲視点で進めています!
少し短いかもしれませんが、キリがよかったので投稿しました。
そしてこれから一週間ちょいテスト期間なので更新が滞ると思われますがご了承くださいm(__)m
それでは本編、どうぞ!
大して興味のない学問を、後学のためともっともな理由をつけて強要されるこのシステムに対する不満は、学生なら誰もが抱いたことのある感情だと思う。
何の役に立つんだ。こんなの社会に出てから使うのか。
否だ。
三角関数なんて使う機会があるわけないし、見知らぬ男に短歌を送られた挙句に機知を働かせて返歌しなければならない状況などまず訪れない。
それでも、なら学校での勉強に意味はないのか。と聞かれると、ないとは言えない。
直接的に役に立つ教科も存在するし、直接的にではなくとも受験必須科目として将来につながる科目も存在する。
そんなことは私を含めほとんどの学生が理解していることで、少なからず学歴が必要となる現代社会をまっとうに生きるためには避けて通れないことでもあるので、やむを得ず勉学に励む。
たかだか高校も一年になったばかりの小娘が何を分かった風なことを、と言われたらそれまでだが実際そうでも思わないと、たかし君の愚行に付き合ったりしている自分が空しくなってしまうのだ。
7限目の終了間際ともなると授業への集中力は残っておらず、ただひたすらにそんな屁理屈が頭に浮かんでくる。
仮にも進学校に通っている身なのだからもう少し気合を入れろと言われても仕方がないが、これでも定期テストではそこそこの順位に滑り込むぐらいには折り合いをつけているから問題ないはずだ。
少なくとも、右隣で堂々と授業ノートにメルヘンな落書きをしているぽわぽわしたやつよりはマシだ。と、今さら授業を聞く気も起きないので隣の茉菜の作品が出来上がっていくのをしばらく眺めることにした。
そうやって気を紛らわせているうちにも、時計の針は着々と進んでいる。
そして放課を告げるチャイムが鳴ると同時に、私は茉菜と連れ立っていろはの席に足を運んだ。
「いろはー、案内よろしくー」
とりあえず先手を打っておかないと逃げかねないからなー、この子は。
今回の件に関しては尚更で、私たちと先輩を引き合わせるのを結構渋ってたし。
別に私は横取りしようというわけではないのだ。
ただちょっと、ちょっかい出して楽しもうというだけなのに…。
あ、いやこれ私が悪いのか?
そうか、原因は私にあったのか…こりゃ失敬。
まぁそれを自覚したところで楽しいからやめんけど(ゲス顔)。
「お待たせー、そんじゃ行きますかね」
準備を終えたいろはもそこんとこの私の考えはお見通しなのか、諦めた感を醸し出しつつ素直に私たちを連れて行くことを容認した。
ていうか今日の昼休みにアポはとってあるから連れて行かないという選択肢はそもそも無いんですけどね♪
そのまま三人で奉仕部?の部室があるらしい特別等へ向かう。
「ねぇねぇチサちゃん、雪ノ下先輩ってどんな人なんかな? 由比ヶ浜先輩は話したことあるけど、いろはちゃんの話的には由比ヶ浜先輩にも負けない美人さんっぽいし、なんか楽しみやね~」
「ん? あー、うん。なんか美人ばっかで嫌になりそう」
冗談半分で答えたものの、その二人にさして興味が湧かないので続く言葉は浮かんでこない。
雪なんとか先輩も由比なんとか先輩も、名前は恐らくどこかで聞いたことがあると思うんだけど、それを覚えてないぐらいには興味がない。
奉仕部に行くのだって、ただいろはを手伝うためと、いろはを変えた彼が気になるだけなんだし。結局昼休みだけじゃ何も分からなかったからなぁ...。
おっと、彼って誰だっけ? いや今日の昼休み会ったばっかなのに...。
確か比企…比企が…える? ヒキガエル先輩?
まあいいや。ガマ先輩の名前にも大して興味はなかったということだ。
そもそも私が他人に興味を示すなんて、本当に珍しいことなのだ。
クラスの中でもいろはと茉菜の他に名前以外の情報を知ってる奴なんていないし、そもそも1年も終わるというのに名前すら半分ほど怪しい。
そう考えると、結局私が興味を示すのは友人二人のことだけなのだ。
なんせ自分のことにもあまり興味はないのだから…。
雪ノ下先輩のなんたるかをいろはが茉菜に話しているのを隣で聞きながら、私がガマ先輩(仮)に興味を引かれるのはやはりいろはが絡んでいるからなのか、とひとつの結論に達したところで、特別棟の一室の前でいろはが歩みを止めた。
ここか。
「着いたよー、まぁそんなに緊張しなくていいと思うよ? 特に茉菜」
「えっ、あ、うん。なんか無意識に緊張しとったみたいやね~」
あははーと頬を掻く茉菜が何をそこまで緊張しているのかは全く分からないが、私も一応友人に倣って深呼吸をしてみる。
すると微かな紅茶の香りが鼻腔をくすぐり、心地の良い暖かさが肺に溜まる。
コンコン
と、いろはがドアをノックすると、ほどなく中から凛とした声が返ってくる。
「…どうぞ」ガラガラ
そもそも返事を待つ気はなかったのか、その声といろはがドアを滑らせたのはほぼ同時だった。
「こんにちはー」
にぱっと飾り気のない顔で笑ういろは。
へぇ、私たちの前以外でもこういう顔するんだなー。
そんなことを考えつつ、私も茉菜と一緒に一礼する。
「やっはろー、いろはちゃん」
「おう」
「こんにちは」
三者三様に挨拶を返す先輩方。この人たちが、奉仕部か…。
一際ぶっきらぼうな返事をしたのは比企谷先輩。あ、そうそう比企谷先輩だ。名前思い出した。
「…すると、そちらが例のお客さんかしら」
「あ、そうなんですよー。昼休みに先輩には話したんですけど雪ノ下先輩にも通しとかないとって」
なるほど、凛とした声で訪ねてきたこの黒髪の美人さんが雪ノ下先輩か。
となると、さっきよく分からない挨拶を返してきたのが由比なんとか先輩ということか。
「話は大体聞いているわ。ありがたく手伝ってもらうことにするから、とりあえず自己紹介と仕事の説明ということで…どうぞ座って」
比企谷先輩の計らいで既に私たちが来るのは知っていたのだろう、予め用意されていた二つの椅子に座るよう促してきた。
私と茉菜が腰掛けるのを確認すると、雪ノ下先輩がもう一度口を開いた。
「改めて初めまして。2年の雪ノ下雪乃。この奉仕部の部長をやっているわ」
そして簡潔な紹介を終えると、隣に座る先輩へ目くばせをした。
「えと、あたしは由比ヶ浜結衣! 2年で、えーっとヒッキーと同じクラス! よろしくね!」
えへへーと笑うこの人は、たぶん茉菜タイプなのだろう。ぽわぽわした、言ってしまえばアホの子オーラを放っている。小学生のような自己紹介からもそのことは窺える。
まぁ悪い人ではなさそうだ。アホっぽいけど。
「はい次ヒッキー!」
「あー、2年…以下略」
「適当だっ!?」
「いや、だから俺は初対面じゃないんだって」
「あ、そっか!」
そういえばこの人とはつい数時間前にあったばかりだった。
すると、次はわたしたちの番かな?
茉菜はまだ先輩たちの名前を反芻して、記憶力の悪い頭に必死に詰め込んでいるところだろうからまぁ私からだろう。
記憶力が悪いとか、人のこと言えた口じゃないんだけどね。
「一年の茅ヶ崎智咲です。忙しい時に急に押しかけてすみませんが、少しでも役に立てたら幸いです」
堅いなぁ…。まぁ次の子で相殺できるからいっか。
「真鶴茉菜です! チサちゃんといろはちゃんと同じクラスです。よろしくお願いします!」
わー、よくできましたー。
由比ヶ浜先輩には勝ってるよ、たぶん。どんぐりのなんとやらだけど...。
これでお互いのことは把握できたはずで、雪ノ下先輩も本題に入ろうと口を開きかけたとき、左から咳ばらいが聞こえた。
「んんっ、そしてわたしが生徒会長のいっし…」「あなたは構わないわよ、一色さん」
いろはが自己紹介しようとしたが、雪ノ下先輩に阻まれてしまった。
「なんでですかー! わたしだけしないとなんか仲間はずれみたいです!」
「だってあなたのことは全員知っているもの。どちらかというと、一色さんが唯一ここにいる全員と仲間内なのよ?」
「唯一ってなんか結局仲間はずれみたいです先輩みたいですー」
ま、onlyもlonelyも似たようなもんだしねー。
ぷんすか言っているが、当然雪ノ下先輩はこれ以上取り合うつもりもないらしく、いろはから視線を外した。
そしていろはもその視線を別の方向に向けたようだが、「いろはすそれどういう意味?」とでも言いたげな比企谷先輩の視線とぶつかってしまい弾かれる。
ほんのり頬が朱いのは見なかったことにしてあげよう。
「…それじゃあ、役割を確認するわ。一色さん、リストは作ってきてもらえたかしら?」
「あ、はい。ちょっと待ってくださいねー」
そう言って少しの間カバンをごそごそして、いろはは今朝記入していたリストのようなものを机の上に取り出した。
「一応、費用の試算もしてみたんですけど、どうですかね?」
するとそのリストを一通り眺めた雪ノ下先輩が少し柔らかな表情になった。
「上出来だわ。それではこの通り、明日の買い出しもお願いできるかしら」
「え、あ、はい!」
急に褒められてびっくりしたのだろう。少し動揺していらっしゃる。
ここへ来る途中、いろはが茉菜に吹聴していた中に「雪ノ下先輩は怖い」とかいう失礼な内容があったはずだが…そんな感じは見受けられない。
そう言ってしまった手前もあってか、いろははびっくりしているのかもしれない。
「茅ヶ崎さんと真鶴さんも、同行してもらえるかしら。それとかなり荷物が多くなりそうだからそこの大八車も貸出しするわ」
そこのって…この部屋にそんなものが置いてあるようには見えないんだけど...。
と、6人中4人が辺りをキョロキョロしていると、忌々しげな声が飛んできた。
「おいこら、人を勝手に荷車にするな。…ま、人に引かれて転がるだけの人生もなかなか楽そうでいいけどな」
「さぞかし軽いのでしょうね」
「俺の人生の中身のなさを示唆するのやめてね」
……何言ってんのこの人たち...。
見ると隣のいろはも呆れたような顔をしている。
他二名はまぁ…お察しの通りきょとんとしている。
しかし当の本人たちは、何事もなかったかのように当日の段取りを相談し始めている。
これは確かに...。
こんなやり取りをいつも目の前で見せられているのだとしたら、いろはもなかなか苦労しているようだ。
あれに割って入るのは、とてもじゃないが気が引ける。
内輪ノリほど、外にいる人間を不安にさせるものはない。
しかし、そこはさすが神経の図太いいろはだ、「じゃあ飾り取ってきますねー」とだけ告げると視線で比企谷先輩に無言の圧をかけながら立ち上がり、連れ立って部屋を去って行った。
それを見送る二人の先輩はきっと先ほどのいろはと同じような顔をしているのだろうなと、その顔を窺ってみたが、そこには微笑ましいものを見つめるような、慈愛に満ちた表情が浮かんでいるだけだった。
…ほう。
まさか一日のうちに二度も、自分の常に反する感情が湧き上がってこようとは思いもしなかった。私は今、この奉仕部という関係性に少し興味を抱いている。
一色いろはは、今のままでは勝ち目がないと言ったが、果たしてそれは本当なのだろうか。
何かものすごく大事なことを、あの子が見落としているような気がしたのだ。
二人が出て行ってからは、元々面識があったらしい茉菜と由比ヶ浜先輩が何やら世間話に花を咲かせていた。
私と雪ノ下先輩はそれに参加するともなく相槌を打ち、温かい紅茶を啜る。
そうこうしていると程なく二人が段ボールを抱えて帰ってきて、元はクリスマス用だというオーナメントを改造していく作業に取り掛かった。
どれくらい作業をしていたのか、雑談をしながらひたすら手を動かしているうちに、部屋に差し込む光の量が次第に少なくなってきた。
そして間もなく、手を止めた雪ノ下先輩によって解散の指示が出される。
片付けは後輩の仕事。と、マネージャーとしての性なのか、ただのポイント稼ぎか分からないいろはの進言を、「手伝ってもらってる身だから片付けはいい」という先輩たちに言いくるめられ、私たち一年生は先にあがることになった。
「お疲れ様。明日は頼んだわよ」
「お疲れみんなー、また明日ね!」
「お疲れさん」
と、それぞれの労いの言葉にこちらも一礼し、
「明日10時ですからねー、せんぱい!」
といういろはの念押しとともに、私はその暖かな部屋を後にした。
追ってくる空気には、濃くなった紅茶の香りと少しだけ混ざり合った女の子の匂いを含んでいた。
たった数時間、違いと言えば陽が落ちかけていることぐらいなのに、最後に閉めたそのドアは来た時とはまた少し違って見えたのだった。