イリヤさんの魔法少女戦記 作:イリヤスフィール親衛隊
∇∇∇本編∇∇∇
ホムンクルスとは。
ホムンクルスとは、総じて短命である。
最強のマスターとして作られた【イリヤ】とてその例に漏れない。寧ろ、母親の胎内に居る内から様々な呪的処理を施されてきた弊害故に、その命はホムンクルスの通常個体より更に短いものとなってしまっている。そこに人の身には過ぎた力である【イリヤ】の内の小聖杯の存在が拍車をかけて、第五次聖杯戦争を無事終えたところで、その命はあと数年のものとされていた。
無論、調整を行いさえすれば一時的な延命措置にはなる。しかし、アインツベルン製のホムンクルスほどの代物を調整をすることが可能な人物は、その製作者であるアハト翁ことユーブスタクハイト・フォン・アインツベルンを除けば例外は世界に然程居ないだろう。それこそ現在は所在不明な封印指定を受けたあの最高の人形師くらいのものである。
そもそも、元々アハト翁は第五次を持って聖杯戦争を利用した第三魔法への到達を断念するつもりで居た。そうでなくても大聖杯が破壊された今、アハト翁には【イリヤスフィール】という小聖杯を調整する理由がない。つまり。
つまり、実質【イリヤ】の寿命はあと数年かそこら、聖杯戦争が終決して約二年の月日が流れた今となっては本当にあと幾ばくかの命であろう。もしかしたら、明日明後日すらも危ういやも知れぬ命であった。
【セラ】がゲームコントローラーを握りしめてテレビ画面にかじりついている【イリヤ】へと声をかける。
「本当に、よろしいのですか?」
「くどいわ。何度も言わせないで。【シロウ】にはヒミツよ」
淡々と言い切った【イリヤ】に今度は【リズ】が。
「でも、【シロウ】なら……」
なんとかしてくれるかも……。【イリヤ】はその先を聴かずとも察した。ああ、そうだろう。【衛宮士郎】という青年なら、近頃は更に男らしさに磨きがかかってきて時計塔のお堅い魔術師の少女たちでさえ無自覚の内に恋する乙女に変えてしまう、あの天然ジゴロならばどうにかしてくれるかもしれない。
あの【セラ】も言葉にこそしないものの、【士郎】に信を置いている。なんの根拠もないのに、不思議と信じてしまいそうになる辺り、既に自分たちも相当に【士郎】のことを好いているのかもしれない。
―――でもね、【リズ】……。
【イリヤ】はゲームの画面を一時停止させて【リズ】の瞳を真っ直ぐと見つめた。
「シロウの夢の邪魔はしたくないの」
それは【イリヤ】の思い。
「ようやく自分の道を歩き始めたんだから。わたしは、その邪魔にはなりたくない」
義姉だから、義弟の夢の妨げにはなりたくないのだという強い想い。
本当は死ぬのが怖い、これから先も【士郎】たちと一緒に生きて、未来を共に歩いて行きたい。【セイバー】か【凛】どちらかの晴れ姿を見なければならないかもしれないのは少々癪だが、きっとその未来では【士郎】は笑っている。ならばそれ以上はきっとない。
本心を言えば、他ならぬ【士郎】に助けて欲しい。悲劇のヒロインのようにヒーローに救われたい。助けて、と言えたらどれだけ楽だろうか。心から叫びたい。助けを乞いたい。
だが、【イリヤ】は。
「だから、シロウにはナイショよ?」
シーッと人指し指を唇に当てて儚げに微笑む【イリヤ】に、その覚悟の程を察した【セラ】と【リズ】はこれ以上を押し黙る他ない。
「それにね、ただで死んであげる気もないのよ?醜くても、最後まで足掻くわ。簡単に諦めちゃったら、それこそ義弟に合わせる顔がないもの」
これは【イリヤ】が【ルビー】に出会う少し前のお話。
魔法少女の物語の前日譚。
願いの欠片。
力の源泉。
∇∇∇
懐かしい夢を見ていた気がするが、案の定その内容は思い出せない。重たい目蓋を持ち上げれば、そこには見覚えのない天井が広がっていて、見たくもない顔が視界に入った。
「あら?お目覚め?ご機嫌はいかがしら?」
「…………ええ、そうね。寝起きでアナタの顔を見なきゃだなんて、とってもサイアクだわ」
「コイツゥ……ッ」
起きて早々にもう一度眠らせてやろうかと凛は米神に井形を作る。
【イリヤ】はしばし記憶を辿り、現状を理解したのか深く嘆息した。ああ、結局自分は倒れたのか。
あれだけ消耗の激しい技をそう時間も置かずに連続して使えば当然いずれは倒れるだろうと思ってはいたが、まさかあの場で倒れてしまうとは。
懸念がなかったと言えば嘘になるが、鏡面界から脱出するだけの気力は残るだろうと高を括っていた結果がこれである。
今の【イリヤ】は仮面どころか認識阻害すら発動させていない。セイバーはきっちり倒したというのに身バレのペナルティーを受けることになろうとは、迂闊であるとしか言い様がない。
寝かされていたベッドから身体を起こした【イリヤ】は自らの体を解析する。魔術回路、神経系その他諸々異常なし。オールクリア。
「拘束……しないんだ?」
「アンタ、私をなんだと思ってるわけ?敵対関係どころか協力関係を結んだ相手を拘束とかするわけないじゃない」
手枷も足枷も呪的縛りもない状況に疑問の声をあげた【イリヤ】に凛はあっけらかんと答える。
「甘いわね。そういうの、心の贅肉なんじゃなかった?」
「だから、なんでアンタは……って、その容姿でなんとなく察したけど……」
そして、凛は先程までとは打って変わってニヤッと擬音が聴こえてきそうな笑みを浮かべる。
「ねぇ、平行世界の【イリヤ】?色々とお話を聞かせてくれるかしら?」
瞳には好奇の色。魔術師の性である知的探求心とほんの少しのミーハー精神。【イリヤ】は再び嘆息する。
「ひとつ言っておくわ。わたしこう見えても数え年で二十歳よ。言葉使いには気をつけなさい」
∇∇∇
凛と【イリヤ】が遠坂邸の寝室で改めて顔を合わせていたその時。一方で遠坂邸のリビングどはルビーと【ルビー】が睨み合っていた。
「ちょっと、ルビー!ステイ!ステイ!」
『止めないでくださいイリヤさん!自分自身と戦えるなんて燃える展開!この機会を逃すわけにはいきません!』
「そんな機会は永遠に来なくていいから!」
『【ルビー】ちゃんとしては楽しそうですし、乗ってあげても構いませんよ~?』
「そっちも乗らなくていいから!」
自分とまったくの瓜二つの存在により受けた衝撃の余韻に浸っている暇などないとばかりに、イリヤが振り回されて右往左往する様を、少し離れた所から見ている美遊はそれだけでげんなりした気分になっていた。
「これは……想像以上」
イリヤは本当によくやっていると思う。あの渦中に自分が居たらと想像しただけで気が滅入りそうな美遊である。ルヴィアも、それどころかサファイアすらもそれには内心で同意した。あそこに居るのが自分でなくてよかった、と。
「それにしても、世界間移動とは……第二魔法とはやはり凄まじいものですわね。これが根源に到達した力の一端とは……。人の理解の範疇を越えていますわ」
『概ね同意します。平行世界のカレイドステッキの性能は、第二魔法そのものを扱えるというだけで、わたしたちのそれを遥かに凌駕している……』
おそらく、ステッキ単体でもその性能に陰りはないだろう。逆に捉えれば、マスターを持たない方がその力を十全に奮えるのではないだろうか。では、あの少女がマスターである意味とは。
そこまで思考してサファイアははたと気づく。【ルビー】とルビーが同一の存在であるならばその思考をトレースしようとするだけ無駄であると。愉悦的で娯楽主義のアレに深い意味を求めてはいけない。
『…………ですがきっと、酷いことにはならないでしょう』
そこら辺はきちんと弁えている筈だ。
「サファイア、なにか言った?」
『いいえ。なんでもありませんよ、美遊様?』
そうして、夏の夜は更けていく。
∇∇∇解説∇∇∇
*ホムンクルスと短命
【イリヤ】の叫びと願いの一端。一応は重要なファクターだが、そんな深く気にする必要性はないので気軽に読んでいただきたい。
*封印指定を受けた最高の人形師
蒼崎橙子さん。空の境界の登場人物の一人であり、魔法使いの夜のヒロインで第五魔法・青を司る蒼崎青子の姉。姉妹仲は悪いを通り越して最悪らしい。出番はない。
*「シロウの夢の邪魔はしたくないの」
迷惑とは言わない。【士郎】くんはきっと迷惑だとは思わないだろう。だからこれはある意味で【イリヤ】さんの我儘なのだ。カッコよく描写できただろうか……。
*心の贅肉
原作にて凛が時々口にする謎の言葉。なんとなく言わんとするところはわかるが、やはりどことなく不思議な言い回し。ちなみにあくまで"心の"贅肉であり、本当に贅肉があるみたいな事を言ったらガンドが飛ぶ。
*「ひとつ言っておくわ。わたしこう見えても数え年で二十歳よ。言葉使いには気をつけなさい」
この作品のタイトルにも入っている魔法少女の少女の部分を根幹から揺るがし兼ねない台詞。実際のところ【イリヤ】さんは肉体が成長しないだけで、ZEROの時点で八歳、その十年後のSNの時点で十八歳、そこから一年半後のお話であるこの作品では十九歳と半年で数えで二十歳である。つまり、【イリヤ】さんは合法。
*ルビーと【ルビー】に振り回されるイリヤちゃん
ご愁傷様としか言い様がない。サファイアですら渦中に巻き込まれるのをおそれる始末。イリヤちゃんの明日はどっちだ。
*少し不穏な雰囲気のサファイアだが……
【ルビー】ちゃんの考えは他ならぬ【ルビー】ちゃんのみが知るということを強調したかっただけで、これがフラグで何か事態が急変するような出来事が起こる……予定は今のところない。
士郎「ああ……それは降り積もる雪のような……もしくは鳴りやまぬカミナリのような……あるいは群れ泳ぐ魚たちのような……凄まじいまでの、食費と……特売……!」