活動報告のアンケートでひな祭り編を望まれたので書き上げた次第。
原作魔法少女まどか☆マギカを馬鹿にするような、こんな設定穴だらけの完結済みオワコン小説ではありますが、お目どおしいただきありがとうございます。
「あかりをつけましょボリボーレェ~」
「あがりをつけましょ寿司食いねぇ~」
不協和音からの出だしである。
「
「かんぱーい」
「アンリはともかく鹿目さんは未成年じゃないの?」
「神サマには学校も法律もなんにも無いんですよマミさん。ほら一気! 一気!」
※一気飲みは死亡事故が多発しております。現在公式記録では累計143名が確認されておりますが、144人目にならないよう気をつけましょう。
それにしてもこのまど神さま、鹿目まどかだった頃とは性格の面影も残っていない。いったい誰がこんな性格に仕立て上げたのやら、是非とも聞いてみたいものだ。
ところで3月3日。と言えば皆さまも知っての通り、とある行事の日である。
「1845年にフロリダがフロリダ州になったんだろ?」
……でもあるが、
「1878年にブルガリア王国が独立した日ですよねー」
……でもあるけども。
「日本ノマニラ奪イカエサレタ日ー」
……いや合ってるよシャルちゃん。でも違うって。
「ああ、懐かしいわね。第一回ワールドベースボールクラシックの」
―――あの、そろそろ普通にお願いできませんかね皆さん。
「ひな祭りだったね。魔法少女を生み出す側としてはこの日を境に健やかになってほしいと契約を迫った日も少なくは無かった。新たな魔法少女の誕生が最高20人、見事に魔女へ育ってくれたのが最高40人だったかな? なんだかとても懐かしいや」
「でも今はそんな回りくどい真似しなくても良くなったのよね? アンリの負玉は魔女二百体分で、此処のところは1日3回ペースで取れてるって。でも世界情勢が回りにくくなったのがアンリの力の痛いところよねぇ」
あらあら、と言った風のマミがキュゥべえを見つめる。持ってきた紅茶セットをテーブルに置きながら、準備が整えられていく様子をアンリは首を捻りながら見つめている。
「んー、まぁ負の感情が育ち切らないと金銭欲だのが到達する前に消えちまって、金の流れが悪くなるからなー。贅沢は敵って感じにもなっちまうが……まぁエネルギー問題はこれ以上地球の寿命削らなくて良くなったから良いんじゃね? インキュベーターが手ぇ貸してくれたおかげで報われたじゃねーか。なぁ? 精神疾患者のキュゥべえ殿」
「もはや世界の存在規模で真理が捻じ曲げられているからね。魔女は居なくなっていないけど、魔獣という新たなシステムが結界なしで宇宙全土に広がっているのは上に提言してでも何とかしなくちゃならないかな。魔獣は魔女の様に複雑な能力を持っているわけでもないから、そこまで被害は出回って無い様だけど結界なしというのが頂けない」
「口づけされずとも被害者が出てるものねぇ。この前ウチのマンションの上にも出てたわ。佐倉さんとこの子がやっつけてくれたけど」
「オレが世界渡ってる間にとんでもないことになってんのな、ここ。嫁さん貰って浮かれてた自分が恥ずかしいったらありゃしねえ」
「あら、そう言えば20年位前にも言ってたけどアンリったら良い人見つけたの? ……まぁそこの鹿目さんはまずないわね」
「あははー、喧嘩売ってるんですかマミおばさん。わたしの力で消し済みに出来るんですよー?」
「まどか、まずはその弓を下ろしたまえ。それ以前に君の髪がソファに絡まってるよ」
「え? イタタタタタ! あ、アンリさんとってください~!」
「仕方ない子ね。アンリがこっちに来れないとき以外は実体化できないらしいから仕方ないけども」
一息ついたマミが絡まった場所を手慣れた手つきで解いて行く。年季の入った糸裁き、とでも言うべきか。妙齢にまで年を重ねた巴マミ、36歳であった。
「はい終わり。というか神様が彼氏欲しがるってどうなのかしらね?」
「別にいいじゃないですかー、温もりが欲しいんですよ温もりがー。アンリさんだけなんだもん、わたしのいる階梯に乗り込んでこれるのは」
「あぁ、疲れるからもうやらねぇぞ?」
「え」
「フラレテヤンノーデアリマス。プッ」
「魔女にまで笑われた……」
「なんか最近、シャルロッテも人間の時のこと思い出してるらしいわ。佐倉さんのところでこう、ビビッと来たとか言ってたような」
「それはそれでいいんだけど、少し聞いても良いかい?」
「あら、どうしたのキュゥべえ」
「どしたー? なんか文句でもあんのかオラァ」
キュゥべえの切実さが交じった声色によって視線が集められる。
何故か高い場所を見上げるように皆が視線を移した先には、何と―――
「どうして僕がお内裏の席に収まっているんだい?」
「シャルハオヒナサマー」
立派な雛段。そしてお内裏様とお雛様の代わりに鎮座させられているキュゥべえとシャルロッテ。どう見ても西洋的なデザインのナマモノが最上段に乗っている様は、清々しいまでにミスマッチである。どうしてこうなった?
「だってひな祭りだから、お雛段は必要だよねキュゥべえ?」
「必ずしも必要である意味は無いと思うよ」
「いいじゃない。コスプレ似合ってるわよ」
「マミも長年着せてみたかったとか言って押し入れから出してきたね。仕事している間にこんなの作る暇があったのかい?」
「リボン使ってた魔法の名残があれば布の形成は楽チンなのよね。会社でもこの魔法少女の置き土産は重宝してるわ。あとは近所の子たちが喜んでくれるもの」
「アンリ、魔法少女引退後の能力はいざという時の自衛手段じゃなかったのかな。どう見ても生活利用されてるけど」
「佐倉のヤツは槍を物干し竿代わりにしてるみてぇだな。暁美はNGOの物資を運ぶのに重宝してるって感情が飛んで来てるが。まぁ、いいんじゃね?」
ジト目で睨みつけるキュゥべえの心の嘆きは拾われることは無い。いくら飲食の必要が無い体とはいえ、流石にこの仕打ちはあんまりだと思うキュゥべえ。しかし逆らう事など出来はしない。マミが編んだと言うこのお内裏様のコスプレはシャルロッテのものと繋がっており、なおかつ雛段の骨組みに結び付けられてしまっているからだ。
下手に動こうものなら雛段ごと倒れ込むことは確実。なにより、先日昼寝でマミの膝の上を貸してもらっている手前強く物言うのもキュゥべえの感情が「恥さらし」であると否定している。嗚呼、ならばこのまま置物として今日一日を過ごさなくてはならないのだろうか? 嘆きはアンリすら拾えない。なぜなら、キュゥべえはインキュベーターであって人間ではないのだから。
ひな祭りと言う名のドンチャン騒ぎをすることおよそ4時間。正午を過ぎる知らせがけたたましく自己主張を始める。何故か劇画タッチの時計の鶏が「クックル…ドゥドゥ」とゴルゴ13顔負けの渋い声で場を支配したため、なんともやりきれない空気がマミの家に漂った。
重い。非常に重苦しい雰囲気である。
「とりあえず健やかな健康を願って、この街に万エイしてる病原菌でも殺すか?」
「でもそれすると町の人たちパニックにならない? 皮膚の間を縫って泥で侵入させるんでしょ」
「下手すると脳みそボンっだけどな」
「却下でーす。アンリさんそれは駄目だってば。というかあんまり器用じゃないのに、技の型の一つも収めれてないのにそう言う人体いじくり回すのだけは好きって褒められた事じゃないと思うんだけど……」
「最近、どうにも人生がマンネリ化しちまってなぁ。お前らがこっちの世界で数十年過ごしてる間にこちとら百越しそうなんだよ」
「百歳?」
「いんや、百世紀」
「人類史が何回巡るのかしらね、それ。おばさんには分からない事ばかりになりそう」
「まだまだ40手前なんだから、マミさんも若いと思いますよ」
「まどかがソレを言うと皮肉にしかならないと思うよ」
「キュゥべえ、さっきからわたしの事否定してばかりだね」
「そりゃあアンリが今にも死にそうな表情になってるんだ。気を散らそうと必死になるのは当たり前だと思うよ、駄女神まどか」
「そう言うこった。そろそろオレの嫁さん発言から締めてる手を離してくれね? 首は一応即死ポイントの一つだからよ」
「うぅ……アンリさんはケチだね」
「体はいくらあっても魂は一つだ。少なくとも神ちゃんには捧げらんねえわ」
カッカッカ、と朗らかに笑う。見た目はまだ若々しいが、アンリも精神的な成熟が極めているため知識の面はともかくとして精神的にはもうジジイである。発想も枯れており、そもそも性欲を発揮できる体ですら無いと言う事から女性と体を重ねた経験と言えば、およそ九十世紀前の1回のみであるらしい。
「さて、と」
「あら、どこかに行くの?」
「ちょっと雛あられ撒いてくる」
「思い出したかのようなひな祭り要素だね。誰か連れて行くのかい?」
「ん、一人でいいさね。チョイと佐倉んトコ顔出して、気前の良いおっちゃんになってこようかと」
「行ってらっしゃい。せめて次の世界に旅立つ前にこっちに顔出して行きなさいよ? 兄さん」
「わーってるよ、不出来な兄貴で悪うござんした」
見た目は20前半のアンリでは、兄と言うにはあまりに年齢が足りていない。それでも家族としての親愛を向けるマミにとっては、アンリは不変の兄。今の自分を形成する大事な人であり、姿を見せない不作法者だった。
「あ、アンリさんわたしも是非一緒に」
「ハッハー、足元を見てみろ」
「へ? あぅ、ぬぐぐぐぐ……動けない……」
「足腰鍛え無いからそうなるんだよ。神サマの力だけに溺れてる方が悪いんだってなッ、ひゃははははは! あーばよーかぁちゃん」
「ま、待ってぇ! アンリさぁぁぁあんっ!!」
嗚呼無情。扉は既に閉められた。
質素な黒一色の服に身を包むファッションセンス皆無なアンリの背中は、硬質なマンションの扉に遮られてしまうのであった。
「ところでマミ、何時になったらこれを外してくれるんだい? そろそろ足腰が痛くなってきたんだけど」
「シャル、いっぱい遊んじゃっていいわ」
「ヒャッハー、イタダキマス!」
「救いは、救いは無いんですかアンリさぁああああああんっ!! 私まだアンリさんとの世界旅行は3年しか経験してないんですよ!?」
「ま、まぁ少し落ちつこうシャルロッテ。僕と君はこの十数年で良い関係を築いてきただろう? そんな僕に、君は危害を加えると言うのかい? そもそもこの体で精神が固定されている以上、僕の肉体もこれ一つしかなくて―――うわぁぁぁあっ!」
シャルロッテがキュゥべえに跳びかかり、冷や汗を垂らしたキュゥべえが齧り疲れるわキスされるわでもみくちゃにされ、キュゥべえ以上に足を固定されたまどかが正座の体勢であったがためにそろそろ足を痺れさせ始めている。
そんな様子を見た巴マミ、38歳はこう語った。
「……懐かしいわね。まるで私以外がみんな昔に戻ったみたい」
少女であった頃の様に目を輝かせて、紅茶のカップを傾けたのであった。
「きょ~おは楽しぃひな祭りぃ~っと。あー、しばらくカラオケ行かずに叫んでたからか? なんか音程がしっくりこねえ。造り変えようかねえ」
デパートの袋を肩にひっかけ、温かになってきた風で額に撒いた布を揺らせる。吊り目でいかにも不良と言った風貌の男は、小さな一人ごとと愚痴をこぼしながら街中を闊歩していた。
上条家に顔を出そうとしたが、家族総出でヨーロッパ一周の旅に出ているらしくメイドさんの御出迎えと共に、あのおしどり夫婦の様子を知ることはできなかった。せっかく持ってきたのだからと半ば強引にメイドさんに雛あられを押しつけて来たのではあるが、予想よりもまったく時間を潰せなかった事が悔やまれる。
「……まだ開店前かぁ。そりゃそうだよな」
なぜなら、杏子のやっている店「御伽の国」は魔法少女、魔女専用の時間帯が最近になって変更されて夜の6時ごろからとなってしまったからだ。今行ったとしても御出迎えするのは普通の従業員と何の魔力もない一般人だろう。それに加えて、こんな風貌の男が飲食店に雛あられを持って来たとなればひと騒ぎあることは間違いない。
「おや、あなたも此方の店に?」
「ん、まぁそんな感じで……」
そんなことを考えているからだろうか、店の入り口に突っ立っていれば、そりゃ好奇心の強い人はこうして話しかけてくる。アンリが振りかえってみれば、話しかけたのは背広を着たおっちゃんとでも形容すべき一般人。当然ながら魔力も何も感じない。
「ここの噂を聞いてやってきたものの、入口の仕掛けがいつ見ても面白い。ちょうど私が少年の代から認知され始めた魔法少女たちが造った仕掛けだそうですが……いやはや、一度でいいからかの魔女とやらにもお目に掛かりたく来たのですがね」
「あー、魔力が無いから会えないってことか」
「ええ。店員の方に聞いてみましたが、立ち会った当人に魔力が無ければ幾ら無害と言っても魔女の瘴気にやられてしまうのだとか。最近は魔法少女の非合法な研究などもあって、警戒が強まったらしいですな」
「魔法少女の研究? つぅと、無理やり願いを叶えさせるとかか?」
「ああ、あれはまだ其方が幼い頃でしょうから余り知られておりませんな。確か、家庭によっては少なくなかった魔法少女の最初の願いを、親があえて虐待する事で魔法少女にさせて更に虐待によって叶えさせると言ったものがありまして。その事件の中には組織的な規模に広がったのもあったのですよ」
そんなことがあったのか。いや、世間に認知されるようになってからはそう言う事があっても何らおかしくは無い。少し興味がわいたのだろう、アンリは適当に相槌を打ちながら話を促した。
「……だがま、当然そう言うのは」
「ええ。かの伝説的な英雄、巴マミと佐倉杏子が取り押さえたとのことです。私は以前、刑事をやっておりましてな。その時に聴取を行った先輩から又聞きした話でして……まぁあなたなら信用に足ると思って話のですがね。巴アンリさん」
マミと同年代の男は、ためすように彼を見た。
「そこまで詳しいなら、そりゃ知ってるか」
「ええ。会えて光栄です、握手よろしいですか?」
「その位ならいくらでも。つかその様子だとそれ以外にも詳しく知ってそうだな、元刑事殿」
「ええ、まぁ。できれば是非ともこの店のあちらの席でお聞かせしたいのですが……」
「交渉上手なこって。まぁ、魔法までは使えねえが魔法中年になれるくらいにはさせてもらうか」
「いやはや、光栄の限りですな」
それから開店時間になるまで、近くの公共施設によって時間を潰したアンリは、その男を引き連れて再び杏子の経営する店「御伽の国」へと訪れた。
入口に敷かれた丸い模様は、もしかしなくても魔女の結界を利用した魔法陣である。「あっち」の開店時間を知らせるためか、昼とは違って怪しくも見惚れそうなほどの紅色に輝いていた。光の帯を纏う魔法陣に近づき、二人は足を踏み入れる。
「おお、ここが例の……」
「じゃあ後はお楽しみに、オレは佐倉に会っとかねえと」
「お楽しみにとは、また誤解を招きそうなことを」
「まぁ、いざとなったらインキュベーターに頼んで渋くてカッコいいおっさんとして名を馳せてみるのもいいんじゃね? 契約に必要な因果は足りてるしよ」
「まぁ、老後の道程度には考えておきましょう。それでは」
同じように男性で魔力を持っている人に友人がいたのだろうか、元刑事の彼は其方の席に向かって足を速めて行く。それを見送ったアンリは、足早に近づいてきた現役の魔法少女の店員に声を掛けられた。
「あ、いらっしゃいませ。初めての方ですね? 禁煙席と喫煙席、それから魔女席がございますが、どちらになされますか?」
「あー、んじゃ魔女席で。それから面倒かも知れんが、佐倉に連絡頼めるか? アンリが来たとでも言ってくれ」
「母さ……店長のお知り合いで?」
「昔一緒に戦った戦友だ。ほら、戦いの証拠」
何もない空間から使い慣れた刃の形が一定では無い剣を取り出すと、とりあえずは危険人物として判断したのだろうか、一直線に彼女は店の奥へと走って行った。まぁこの全身が蠢く刺青、褐色肌、目つきの悪い青年ではこうなるのも仕方は無い。あく感情以前に関わりたくないヤクザ者にも似た風貌の人間に、わざわざ敵意を出したいとも思わないだろう。
慣れ切ってしまったその反応にまだまだ若いなと店員の少女へ苦笑しつつ、店の空気の中でもより一層おどろおどろしい魔女席へと向かう。そこにはまるで子供の落書きと芸術家の理解できない傑作が交じり合ったかのような姿をした魔女たちであふれ返っている。中にはパートナーとして活動しているのか、魔法少女を隣に座らせた者もいた。
「……ん、まあそこでいいか」
その中でもひときわ目立った、ワルプルギスの夜を小さくしたような魔女の横に座るアンリ。ワルプルギスらしきその魔女は、器用にもさかさまになりながらどう見てもただの絵にしか見えない口で優雅に紅茶を飲んでいた。カップ自体がさかさまなのに、紅茶が零れていないのもまた不思議現象だが、魔女に物理法則を期待する方が間違っていると知っているのでツッコミはしない。
「よぉ魔女殿。景気はどうだい」
「aoieghaor;rvj;airheo;」
「サーカスやってるが怖がってお得意様しか来ないってか。つか完全にワルプルギスだろお前」
「……syofwa、syofawh;woo~♪」
「うるせえ、また泥ブチ込むぞ。忘れた訳じゃねえだろ? やっぱあん時の奴だなテメェ」
なんとそこにいたのは、当時戦っていたワルプルギスの舞台装置。しかも単に生まれ変わっていただけらしく、アンリと戦った頃の記憶すら持ち合せているらしい。そんな昔話に和気藹々としていると、店が一瞬ギシリと歪んだ。
圧倒的な魔力が放たれ、奥から一歩一歩と大魔王の足音が聞こえてくる。誰もがそのプレッシャーに体をこわばらせている間に、ソレはついに訪れた。
「よぉ、久しぶりだな」
「よっ! 確かあの頃すでに20越えてたんだったか? もうすっかり妙齢になっちまって―――ぐぇ」
「うるさい。アタシだけ何でこんなに待たされるんだ? 一応巴の家で一緒になった仲だろうが」
「sh;oghu;uguyftyyw!!」
「大丈夫だローズ。こいつ頭以外傷つけても死なないから」
「―――だからって串刺しは痛いんだぜ? 普通の人間ならショック死するぞコラ」
「平気な顔しやがって……じゃあ、そこまで平気になれるまで、そっちはどれだけ戦ってきたんだ」
「100世紀」
「この馬鹿野郎」
「ったく、手厚い歓迎だな」
アンリの心臓辺りにブッ刺した槍をひっこ抜き、杏子はがっしりとアンリと握手を交わして倒れた彼の手を引いて体を起こす。飛び散ったアンリの体を構成する泥はジュワァと音を立てながら霧散して行ったので、店には汚れ一つ残っていない。
「ほ、本当に母さんと知り合いだったの?」
「母さん言うなっていつも言ってんだろ。ホラ、業務に戻れ馬鹿娘。また客来てんだからな、ここでサボるとボーナス抜きだ」
「はいぃぃいっ!」
「容赦ねえな。あの子、口調と感情からして捨て子だろ? 労わってやれよ」
「……ここで勤務4年」
「ん?」
呆れたように、杏子は皺の入り始めた眉間を寄せて苦々しげに言った。
「昨日初めて業務中に私語が無くなった」
「……割と本気ですまんかった。つかなんだそりゃ、あの子どうみても十五か六くらいなのに、そんな頃から働かせてんのか?」
「オマエはこっちに居なかったから知らないだろうが、10年前にどこぞの馬鹿が魔法少女である間は全員年をとらないって願っちまってな、アイツの実年齢はもう20だ」
「うへえ……この世界の管理権限を渡された神ちゃんが異様なまでに迫ってきたのはソレのストレス発散かよ」
「アンリ、オマエの服にその神ちゃんとやらの髪の毛がついてるぞ」
「げ、動いてオレの股間に迫ってやがる。何これキメェ」
すぐさま泥で囲って喰らって消滅させる。何故かオレの一部になった瞬間歓喜の感情が伝わってきたのは……深く考えないようにしたい。つーか考えたくない。
「それはそうと、ホイひなあられ」
「思い出したかのようなひな祭り要素じゃんか。まぁウチの子らに配っといてやるよ」
「是非そうしてくれや。つか、オレの下手な改変のせいでどうも浮き彫りになった新しい犯罪が起こっちまったみたいで悪いな。尻ぬぐいしてくれたって、そっちのオッサンから聞いたが」
「……あん時ゃ、もう成人したのにインキュベーターの一部が張り切りやがってさぁ。もうアタシもこの店持てるぐらいに大人だぞ? なのにアニメみたいな衣装着せられて、恥ずかしいのなんのって。おかげで憂さ晴らしも兼ねて必要以上にぼこっちまった」
「大体オレのせいか。それにしても美人店長のコスプレ姿……もう嫌な予感しかしねえ」
「……テレビに、映されたんだよ。しかも人の過去調べあげやがってあのマスコミ共……おかげで店長として顔見せした時に、面接の魔法少女や魔女から“学歴無し”ってからかわれたんだぞ!? 下手に魔法少女の力残してもアタシは荒事しか使えねえんだよ!!」
「オーケィオーケィ。落ちつけ小娘」
「アンタに小娘呼ばわりされるような年でもないさっ!」
ダン、と叩きつけた音が店に響くが、それ以上のボリュームがある店内の喧騒によって掻き消される。ただ彼女が後で再び後悔しそうなのは、こうしてぐったりとした姿を近くの魔女やら魔法少女やらに見つめられている事だろう。後でからかわれるのは間違いない。
「なぁローズ……もっかい外であのマスコミ共の巣を……」
「afoe;lvcbwwpgmvbs!?」
「落ちつけ、ローズとやらが困ってんじゃねえか。つかワルプルギスの被害考えろ阿呆が。この舞台装置が暴れたら町一つじゃ済まんのは体験済みだろうに」
ここにたむろしている魔女は、人間を襲う意志が無いだけであって能力や力は言わずとも普通の魔女と変わりない。魔女の祭りであるワルプルギス、ひいてはその舞台装置を務めあげたローズの実力は最強の魔法少女ジャンヌ・ダルクとして名を馳せていた頃のそれをも謙遜無く受け継いでいるため、魔女の中でも一番暴れさせてはいけないタイプだ。
「つか、キュゥべえから聞いたがジャンヌ・ダルクだったんだって? ここに異教の神サマもどきがいるんだが、キリスト教徒だったならオレの存在って普通攻撃されておかしくないと思うんだが」
「w、waohew;ha;o! wa@@ghaegr;agowwpqob!」
「自我と記憶を取り戻してくれた恩があるってか? 人間の体でもないのに律儀なこった」
「うぉーい、アンリはそいつの言葉分かんのかよ」
「そりゃ、元は人間だったんだ。魂の形は変わってないんだから話くらいはできるさね」
「……魔法少女候補の子、誑かして魔女の言語統一願わせてやろうか」
「やめとけ、碌な事にならねーぞ」
「言っただけだって。アタシがんな事する筈ねーだろ」
そりゃそうだと、二人してひらひら手を振った。
「さて、そろそろお暇させていただこうかね」
「次はいつこれそうだ?」
「さぁな……下手すりゃ誰か死んだ後だろ」
「だろうな、どうせアンリにゃ暇も無いんだろ」
「人気者は辛いぜ―――アダっ」
出もしない涙をこらえる振り。そんなアンリの顔面に一発の拳がめり込んだ。
「バッカ、こちとら友達が最後かもしれないってのにそんな言葉が聞きたいわけじゃないんだよ。分かってんのに一々言わせんな」
「ハイハイ、んじゃまた会おうぜ」
「おう」
すっと立ち上がる。店内の視線はいつの間にか、全て此方に向いていたらしい。話しこんでいる間に一応は気付いていたが、まぁこの世界においては、数ある渡った世界の中でも珍しく名と顔が売れている。故になんとも注目されやすい。
「アンリ」
店から出ようとして、呼びとめられた。
「どした?」
「店長直々に来てやった指名代、5000円な」
「キャバクラか」
樋口が羽をつけて飛んで行った。アンリの財布、残り94円。
「散々だ」
「散々だなぁ…オレより」
「燃え尽きたんだ……真っ白に」
「元から白いのになぁ」
マミのマンションに戻ると、まさしく精も魂も抜け切ったと言わんばかりのキュゥべえがきゅっぷいしていた。奥の方では近所迷惑になりかねない神ちゃんの叫び声が聞こえてくる。マミは既に寝ているのか、もしくは別の場所にいるのか声は聞こえてこない。
「ほら、肩乗れ」
「きゅぷぇ……」
「酒臭っ、大予言でも飲まされたか?」
「神主殺し」
「懐かしいな、幻想郷の土産……ん?」
「アァァアァァァァアァァアアンリィィィィィイィイイイイイイイイイイさぁぁぁぁぁぁあああああぁぁあん!!」
「シャォラァァァッ!」
ダイブする淫乱ピンクの影。
黒き神のたたきおとす攻撃。
効果は抜群だ!
「へぶっしッ」
「これでも食ってろダラズ」
まど神の口の中へひなあられを押し込み、泥で口を抑えた。もうひなあられを食べることしか彼女の助かる道は無い。そもそも概念的存在を召喚した形となる彼女の体では呼吸も必要とされてはいないのだが。
彼は目を回して雛あられいっぱいになったまど神を放置し、中年の親父顔負けの情けないため息と共に居間に座りこんだ。それと同時に台所から歩いてくるマミの姿。紅茶ではなくコーヒーを淹れてくれたらしい。独特の匂いが鼻孔をくすぐった。
「お帰りなさい、キュゥべえも逃げられなかったのね」
「シャルロッテ……は、僕の、天敵のようだ……がくっ」
「感情ちゃんと学べてるのかコイツ?」
「ここ十年の間に擬音を口にすることで内面を表すことから始めたそうよ」
「さいで」
静かになったマミの家。
シャルは眠り、キュゥべえはグロッキー。まど神はひなあられに溺れている。
「変わんねえな、人ってのは」
「簡単には変わらないらしいわ。中身はね」
「乾杯ってな」
「乾杯」
すっと喉をうるおして、アンリの足元には召喚の魔法陣が光り始めた。
いまさらながらアンリ君がこのシリーズ続けていくうちに性格変わっていることに気付いた。こっちのアンリ君はまだ両親と言うものがあった。それが今はあの有様だよ。
つかお金と時間と暇と友人が無くて反遡見に行けなかった。なぎさちゃんのキャラクターどっかで見たことあると言ったら多分負け。