「よしっ……取った!!」
三つ目の財宝。それを帰還ポータルがある部屋の一つ前の部屋で、私達は手に入れた。
これで、こっちが慎二達からリードを奪い取った形になる。
「さて、あと幾つお宝はあるのかしら? 全部で五つなら、区切りとしては良いところだし、私達の勝ちで確定なのですが……?」
やれやれ、といった風にアヴェンジャーは溜め息を吐いた。その顔には幾分かの疲労が私でも見て取れる程で、スキルとはいえ即席のものを多用するのは、やはり厳しいものがあるらしい。
「いずれにしても、向こうも黙ってないでしょうね。私なら──というやり方を教えてあげましょうか?」
……?
それはどういう意味合いで?
「決まってるじゃない。私がアイツ等と同じ立場で考えるとしたらって話よ。それ以外に何があると?」
えっと、例えば……これからどうするか、とか。あとは、まだ財宝探しを続ける、とか?
「……コホン。そうね、私がアイツ等の立場でやるとするなら──」
あ! 今ごまかした!
私の意見があまりに正論というか一般的答えすぎたからって、自分の間違いをそれはもう潔いくらいサラッと流したぞこのサーヴァント!
私の熱い異論申し立てすらもスルーして、アヴェンジャーは先を続けて言う。
もし、アヴェンジャーが慎二達の立場であったなら、どうするか───。
「敵が手に入れた財宝を、奪いに掛かるでしょうね」
「……っ、」
それは……なんというか、非常に納得出来る手段だ。相手の方が多く集めたなら、その集めたものを奪った方が効率的と言える。
別に私はアヴェンジャーのその考えを肯定する訳ではない。私がその当事者だったなら、そんな手段は使わない。
だけど、それは“私だったら”という話。なら、“慎二達は”それを実行したとして、それも何らおかしくはないのだ。
だって、慎二の契約するライダーは海賊のサーヴァント。そもそも財宝なんて存在するかも分からないものは、夢やロマンを求める冒険家にこそ相応しい。
なら、海賊は? 海賊とて、財宝を欲するのは当たり前。冒険にも胸躍る事だろう。
だけれど、海賊の代名詞こそが『略奪』だ。商船を襲い、積み荷を奪い、時には他の海賊とすら宝や物資を奪い合う。
海の賊とはよく言ったものだ。故にこそ、“賊”であるからこそ、アヴェンジャーのその考えを、ライダーが思いつかないとは限らないし、私への様々な妨害を行った慎二が思いついても、別段不思議ではない。
「あら、マスターの理解が得られるとは思っていなかったわ。じゃ、マップを見てみることね。そこに、答えはあるでしょう」
私はその言葉に、黙って端末を手に取る。嫌な予感も何も、私は答えがなんとなく分かっていた。
だって、私もその答えを認めてしまっていたのだから。
───慎二達らしき赤い点は、迷いなく、私達の居るここを目指して、一直線に動いていた。それが、答えだ。
「よう……岸波ぃ」
間もなくして、慎二とライダーが私の前へと現れる。慎二の声からも分かる、私への果てしない苛立ち。その顔を一目見るだけで伝わってくる、私への深き憤り。
そんなピリピリとした空気を纏った彼の隣では、ライダーが不敵な笑みを浮かべて、私ではなく、
「………、」
「───、」
二人のサーヴァントは、互いに微動だにもせず、牽制し合うかのように睨み合っている。空気が一瞬で、戦場のソレへと変わるのが、素人の私でも感じ取れるくらいに、重圧で張り詰めたこの空間。
さっきまでのアヴェンジャーとの楽しい宝探しが、まるで夢だったかのように、遠い記憶のように感じられる。
「まさかあのお前が、僕よりも多く財宝を集めるなんてな。いや、驚いたよ。ホント、イラつくくらいにさぁ!!」
血相を変えて、語気を荒く、唾を飛ばして吼える慎二。そんなに、私がリードした事が気に入らなかったのか?
「ああ! 気に入らないね!! 僕の方がお前なんかより優秀なんだぞ!? その僕が、凡人のお前なんかに劣る訳がないだろ!! なあ、岸波ぃぃ!!!」
プライドも何もない、心からの彼の叫びは、私の心に重く響いた。
偽りの──いや、私はあの予選で感じた友情を、本物だと信じていた。
お調子者で、自信家で、人を見下す癖があって、そのくせアドリブには弱いし打たれ弱いところのある、大切な友人の一人。本戦が始まり、あれが作られた関係だと教えられても、私にとって慎二は、『敵』ではなく気の置けない友人に過ぎないと思っていた。
そう、思っていた、のに……。
それは、私だけの一人よがりだったのか?
慎二にとって、あの予選の記憶は、本戦への単なるファクターに過ぎなかったのか/いや、それは本当にお前の記憶だったのか?
私は軽い眩暈に、思わず頭に手を触れた。一瞬、何か脳裏で雑音が混ざった気がする。
眩暈はすぐに収まり、私は慎二へと面と向かって対峙する。
彼の真意を聞くために。
「慎二、私はあなたを友達だと思ってる。それは、本戦で慎二と対戦する事に決まったあの時も、そして今も変わらない。ねえ、慎二。あなたの中で、私との友達としての記憶は、紛い物だったの? 所詮はセラフが作った偽物でしかなかったの? どうなの、慎二……!?」
私は、あれが作り物だったなんて思いたくはない。あの場、あの空間を作り出したのは確かにムーンセルだろう。
でも、あの時に感じたもの全てが、幻想であったとは思えない。それが、私の記憶があの予選からの地続きだったからだとしても、それを否定する事だけはしたくない。してはならない。だって──
だけどそれは、本当に私の記憶だったか?
うぐ……!!? 軽い/とてつもなく重い、頭痛がした。だが、そんな事に構っていられない。慎二の真意をこの耳で聞くまでは、意識を逸らす訳にはいかない!
「……知ったことか。僕は他の奴とは違う、生まれながらの天才なんだ……そうやって生まれてきたんだ……。他の奴の事なんて知るか。いいよ、教えてやるよ。僕にとって、お前もその他大勢の一人に過ぎやしないんだ。天才であるこの僕の友人なんて光栄な『役割』を与えられたんだから、お前はツイてる方じゃないの? 単なる凡人にしてはさぁ!!!!」
「……ッ!!」
それが、慎二の本音か。今まで、そう思っていたのか、私の事を。いや、周囲の全てを。
彼にとって、あの予選での出来事は、全て
知りたくなかった。知りたいと思ったはずの真実に、現実に、私は心が押し潰されそうになる。私を構成する全てが、崩れ落ちていくような、足下が一気に崩れ去ったような虚脱感にも似た浮遊感。
気持ちが悪い。今の心境を表すなら、それが妥当だった。
この私を構成する意識は、あの予選での記憶のみを軸に形作られている。それ以前の記憶がまだ戻っていないのだから仕方ないが、唯一の心の拠り所だったその記憶を否定されるのが、こんなにも辛いものだとは思わなかった。
「おしゃべりはそこまでにしときな。ここからは、海賊稼業を優先するんだしねぇ」
私の気持ちなんて関係なく、事態は進行する。ライダーが睨み合いの均衡を崩し、戦闘開始を慎二へと催促したのだ。
「僕を海賊なんて低俗な連中と一緒にするなよ!? まあ、いいさ。そもそも、それが目的だったんだしねえ!」
「よっしゃ! んじゃまぁ、一切合切頂くかねぇ!!」
ライダーが嬉々として戦闘態勢へと移行する。それに対応するように、アヴェンジャーも虚空から大鎌を出現させた。
「マスター! 今は戦闘に集中しなさい、というかしろ!! そもそもこの聖杯戦争は殺し合い。友や知人を手に掛ける事を躊躇えば、そこでアンタは終わりなのよ!!」
アヴェンジャーの叱咤する声が聞こえる。思いやりは感じられないけれど、私の為に叱ってくれている事だけは分かる。
そうだ……。私は、生き残るためにこの聖杯戦争を戦うと決めたはず。
本当に敗北が死と直結するのか、それは分からなくても、負ければ本当に全てが終わってしまう。なんとなくだけど、そう予感させる何かがあった。
確かに辛い。でも、今ここで何もせずに折れてしまうのは、嫌だ。絶対に、イヤだ!!
「ごめん、アヴェンジャー。気を引き締めて行くよ!!」
今はこの胸の痛みを無視する。決して消えて無くなった訳ではない。だが、無理矢理にでも気にしない。ライダー程の強敵は、戦って生き延びる事のみを考えないと。とにかく、それだけを──。
そうでもしなければ、私は戦う意志を持ち続けられないから。
「そうこなくっちゃあ!! 叩きのめしてやれ、ライダー!!」
慎二の命令と共に、ライダーが行動を開始した。手数の限定されたこのアリーナでの戦闘で、仕留めに掛かってくるとするなら、最初からスキルによる攻撃が来るだろう。
そして、その読みは正解だった。
「出し惜しみナシだ! 砲撃用意!! カルバリン砲、一斉掃射!! 藻屑と消えなぁ!!!」
彼女の掛け声と共に現れる、砲首の数々。これは───前回の比じゃない!? 悠に数倍……、二十もの砲台がアヴェンジャーへと、その照準を一斉に向けていた。
「アヴェンジャー!!」
「面倒くさいったらないわね、この海賊女は!!」
端整な顔を歪ませて、アヴェンジャーは口汚い言葉を吐き捨てながら鎌を構える。
向こうの数も前と比べれば文字通り桁違いだが、こちらも前回とは違い、アヴェンジャーの調整によって、あの大鎌は完全に彼女の物となっていた。
エネミーから奪って即時使った時とはまるで違い、鎌が纏った黒炎は、刃の全長よりも十倍近く大きな炎の刃となり、元から大きかった鎌を更に巨大化させている。
「だけど、こちとらアヴェンジャーなのに、しぶとく生き残るのが売りなのよ! なんなら戦闘続行のスキルでも持ってるんじゃないかって程にね!!」
「ハッ! せいぜい吠えてなぁ!! 撃てぇーーーっ!!!!」
そして、それを合図に砲弾の雨が、アヴェンジャーたった一人を狙って発射された。艦船による砲撃が、船を狙うのではなく、一個人を狙って行われる事が何を意味するか。
例えるなら、本来堅い物を叩くトンカチで、豆腐を叩くようなものだ。それくらい、人間を狙った砲撃というのは脅威であると言える。
しかも、二十に及ぶ大砲による砲撃。普通なら、それを受けて人間の原型を留める事はまず無理だろう。
だが、
「喰らえ、私のオリジナル!! 灼き切れ『
アヴェンジャーは普通の人間に該当しない。彼女は砲撃が開始されるのとほぼ同じタイミングで、全力でその手にした大鎌を振り切った。鎌に宿った黒炎が、半月のような大きな弧を描いて宙へと放たれ、撃ち出された砲弾の悉くを真っ二つに切断する。討ちこぼしは有るものの、それも僅かなもので、アヴェンジャーは飛来するそれらを軽々と回避した。
当に圧巻の一言に尽きる。危機的状況にあったにも関わらず、たったの一振りでそれを難なく退けてみせたのだ、このサーヴァントは。
そして、驚いていたのは私だけではない。それは敵であるライダーや慎二にも言える事で、驚きとしては向こうの方がより強く感じているかもしれない。
「おいおいおい……今のを防ぐのかい。コイツァ、とんだ強敵じゃないか」
「な……そんな、バカな!!?」
素直な賞賛の言葉を贈るライダーとは正反対に、慎二は口を大きく開けて、有り得ないものでも見たかのような顔で、愕然としながら震えていた。
「なんで岸波なんかのサーヴァントに、僕のサーヴァントの攻撃が効かないんだよ!!! おかしいだろ!! ち、チート! チートでも使って──」
「そこまでにしときな、シンジ」
暴言を吐く慎二を手で制し、彼の口の動きを止めるライダー。いつも勝ち気で陽気な彼女とは思えない程に、その視線は鋭く、それでいて熱い。まるで、好敵手と対峙している時のような───。
「ちょいと敵さんをナメすぎてたようだよ、アンタは。にしても、流石は復讐者を名乗るだけはある。アンタ、それで本調子じゃないんだろう? まったく、大した女さ。うちのクルーに欲しくなるってもんだ」
「お生憎様ね。私は賊の真似事なんて御免よ。私は群れる事を好まないし、馴れ合いもまっぴら。気に入らなければ仲間だろうと殺してやるわよ? だから、仲間なんかに誘うのは大間違い。私はそんな薄汚れた魔女なんでね」
魔女と海賊、互いに社会から疎まれるはずの存在である彼女達は、同じような立場であっても相反し、交わる事は決してない。
アヴェンジャーとライダーのそのやりとりが、それを証明するかのごとく、笑っていながらも睨み合いを続けるという、ある意味でちぐはぐな構図となっていた。
静かな睨み合いも、すぐに終わりを迎える事になる。流石にどちらも大技過ぎたのか、今の極僅かな時間の攻防でも、即刻セラフによるアリーナでの戦闘禁止令が発動したのだ。
それにより強制的に武装解除された事で、場を支配していた威圧感が幾らかマシなものになる。
「そっちのお嬢ちゃん。うちのマスターが悪いねえ。コイツは自尊心の塊みたいな人間なんで、悪気があってアンタにあんな事を言ったんじゃないのさ」
さっきまでは眼中になかったはずなのに、プレッシャーが緩和されたからか、私は急にライダーから話し掛けられ、少し驚いた。
まさか、彼女から謝罪の言葉が出るとは思わなかったからだ。
「な……!? ば、バカが! 悪気だって? そんなの有るに決まってるだろ! コイツは敵なんだ。敵に優しくしてやる必要がどこにあるんだよ!」
……慎二が慌ててライダーの言葉を訂正しているが、よく思い出してみれば、妨害こそすれど、マヌケにもいつもヒントらしきものを言っていた気がする。
多分、慎二は感情に流されやすいのだろう。その時の気持ちによって、その言動も左右され、喜怒哀楽が大きく表に出て来る。それが、『慎二』という人間性なのかもしれない。
だとすれば、さっきの言葉も、少しの真実はあっても、全てがそうではないのかもしれない。そう思うと、少しだけ救われた気がする。
「お、お前……!! なに勝手にほっこりしちゃってんの!? ああもう!! やっぱりムカつくんだよ、お前と話してるとさぁ、岸波!!」
「そうカリカリしなさんな。アンタがまだ戦いたいとは言ってもだよ、シンジ? 今日はもうこれ以上は戦えないんだ。さっさと引き上げるとするよ。なに、思わぬ収穫ならあったじゃないか。なあ?
!!? アヴェンジャーが、フランスの英霊?
いや、それよりも、どうして彼女がそれを知って、る………ん?
いや待て、待て待て待て。そういえば、さっきのスキルを使った時、アヴェンジャーは何と言っていた?
より正確には、そのスキルの名前は? 確か……、
『
あ、はい。私も分かりました。あの時はとにかく切羽詰まってたから気付かなかったけど、デュランダルってアレだよね。
フランスの叙事詩『ローランの歌』に登場する英雄ローランが持つとされる聖剣で、イタリア語読みではドゥリンダナ とも読まれ、デュランダーナとも呼ばれる、名だたる聖剣の一振りだ。その刀身、刃は、不滅の刃の意を持ち、あらゆるものを切り裂き、貫くと言われている。
え、まさかアヴェンジャーってあのデュランダルと関連のある英霊とか!? シャルルマーニュ十二勇士とも縁があったり……!!?
「いや無いから。血縁とか、知り合いとか、そういうの一切無いから」
否定された。それはもう、即時否却する裁判官のように、無表情に、何の感情も籠もっていない声で。
私の予測があまりに的外れで、呆れを通り越して哀れみすら抱いているという感じすらした。
「ともあれ、アンタがシャルルナンタラと関係あるかどうかは別として、フランスと関係のある英霊の可能性が出たんだ。これを思わぬ収穫と言わずして何と言うんだってねぇ」
「そう、だ。やった! ハッ……ハッハハハハ!! 何が正体不明だ! 遠坂の奴め、僕は岸波のサーヴァントの正体に一歩近付いたぞ!! 早速帰ったらフランスを重点的に検索しまくってやるさ!!」
さっきまでの機嫌の悪さはどこへやら、慎二は瞬く間に活気を取り戻すと、いつもの調子で自信満々にアリーナから、ライダーと共に姿を消した。リターンクリスタルでも使ったのだろう。
結局、私達はライダーの強化こそは防げたが、その真名へと至る手掛かりは今回は手に入れられなかった。
でも、図らずともアヴェンジャーのマトリクス……かどうかは分からないが、僅かでも素性が分かったのだ。それで良しとしよう。
「フランス……か。忌まわしいあの国が、私の祖国……。ああ、全く以て忌々しい! 虫酸が走るわ!! いつまでもグズグズしてないで、私達も帰るわよ、マスター!!」
アヴェンジャーの機嫌がすこぶる悪化した。なんだか、今日はホントにツイてない。慎二との会話で気分が悪くなったし、財宝探しで疲れたし、ライダーのマトリクスはゲット出来なかったし。
でも、不思議だと感じた事もある。どうして、予選の時の事を思い出した時、眩暈や頭痛がしたんだろうか。
私の記憶なのに、他人の記憶を覗き見ているような気分になった。
忘れるな。お前“達”が奪ったんだ。復讐者のサーヴァント、そしてそのマスター。
……止めよう。これ以上はまた気分が悪くなる。アヴェンジャーの言う通り、今日はもう帰ろう。
それに、明日は決戦の日なんだ。英気を養う、という意味でも早めの休息を取るのは間違いではないはずだ。
どうせ近くに帰還ポータルもある事だし、近辺のエネミーだけでも倒して帰ろう。私はアヴェンジャーにそう伝えると、意外にも乗り気で了承された。憂さ晴らしでもしたかったのかもしれないな。
こうして、決戦前日の最後のアリーナ探索は終了した。もう、決戦までは秒読みだ───。
今回初めて特殊分類タグ使ってみました。やばい楽しい。使い回しに便利すぎる。特にextraでは原作でもそういう文章が存在したので、再現出来て嬉しい。
そういえば、ぐだる方のノッブと沖田さん、リニューアルされましたね。今思えば、staynight勢のあれも、今回の復刻本能寺と大幅に被ってましたし、もしかしたらそれを見越した上のリニューアルだったのかも。