この頃ペース配分が週一で落ちつきかけている緋眼ですが、取りあえず、更新停止はしないようにがんばりたいと思います。
今回出てくる「愛人」云々は春夏の想像十割ですので、実際の参考にはしないで下さい。
では、楽しんでいただければ幸いです。
一日を終えて報告に戻ってきた鴉達を前に、雲雀恭弥は眉を寄せた。
(これは少し……まずいかもしれない)
沢田綱吉の家の前に配置していた鴉達が全て、死骸となって戻ってきたのだ。
原因は不明だが、事故と言うことは無いだろう。一羽だけならまだしも、全てはきな臭いことこの上ない。
「……草壁」
鴉の死骸の一羽を丁寧に卓上に置き、雲雀はそっと腹心の名を呼ぶ。
すぐさま現れたその姿に、恭弥は視線だけで死骸を指し、本題へ入った。
「それの死因、調べて。大至急」
短すぎる言葉に頷き、草壁は死骸を捧げ持った後、応接室から出て行った。
それを見送ってから、雲雀は考え込むように残りの死骸に視線を送った。
問題は一つ。
このことをどう本家に報告するかだ。
リボーンはその言葉に、思わず口元を引きつらせた。
迷惑がられている自覚はあったが、ここまでとは予想外である。
「遠慮はいりません!ビアンキさん!!どうぞこの方を連れていってください!!!」
そう言った綱吉が差し出すのは、子猫のような抱き方で彼に抱えられているリボーン。
口調は丁寧だが、その扱いは全くの問題外。
ここまで迷いもなくされると、最早呆れるのもバカらしい限りである。
流石のビアンキも想像だにしていなかったのか、驚きに目を見開いていた。
「ツナ、おめぇ自分が何やってんのか、分かってんのか?」
少量の怒気をこめての抗議に、綱吉は気にすることなく、リボーンを抱えた姿勢のまま、彼と目線を合わせる。
「何って?せっかく会いに来てくれたんだから、そのまま出歩いてきたらどう?少しは彼女サービスしたら?」
その挙げ句に町から出て行ってくれたらもっと嬉しいけどと、繋げた綱吉の本音はおそらく後者だろう。
「……というか俺としては、慰謝料までボンゴレ宛てに請求したいくらい何だよ。むしろそれをしようとしない分、本部の方々とやらには感謝状の一つも貰いたいくらいなんだけど……」
あ、でもそんな繋がり要らないから逆にそれは迷惑か、ポツリと呟いたものは、おそらく無意識によるものだろうが思った以上にあるボンゴレへの嫌悪感に内心頭を抱えたくなる。
「どちらにしろ無理だぞ。おれにはおまえを育てるって言う大事な役目があるからな」
「俺もう十分育っているからその役目は要らないと思うよ」
間髪入れずに言い返してきた綱吉は、返答自体を予想していたのだろう。
呆然と二人のやりとりを見ていたビアンキは、突然笑いをこぼし、何かを悟ったかのように微笑んだ。
「……諦めるわ。私、あなたを殺せそうに無い」
「……はい?」
綱吉は事情について行けてないのか、得意の猫かぶりも消え、マジマジとビアンキを見つめている。
無理も無いだろう。
軽く聞いた限りでは、どうやら綱吉の方はポイズンクッキングを玄関先で喰らってから、リボーンを眼前に確認するまでの記憶がすっぽりと抜け落ちているみたいだ。
本人も何があったのか、いまいち分かっていないのが、その証拠だろう。
ありきたりな言い方をしてしまえば、あれは二重人格と呼べる代物だろうか。
綱吉自身が守秘思考の持ち主だと言うのに、本人さえ認識していない秘密があるというのは些か厄介な所である。
「じゃあ俺を殺すの、諦めてくれるの?」
おそるおそる確認する綱吉を安堵させるように、ビアンキは頷いて……ある意味のしぶとさを見せた。
「これからは、貴女ができるだけ早く死ぬように、ひたすら祈ることにするわ」
「ある意味諦めてないじゃん!それ!!」
そんなやりとりから数日後、俺は再びビアンキと対面を果たしていた。あの約束はどうなったのだろうか。
「引き留められたの。リボーンに。『俺にはおまえが必要だ』って……」
「仕事を手伝ってもらおうと思ってな。お前の家庭教師の一部をビアンキに受け持ってもらうことにしたぞ」
かみ合っているようで、かみ合っていない内容に俺は目眩を感じた。先ず二人の表情の差違に違和感がありすぎる。
「殺されそうになった相手に教えて貰う事なんてできるわけ無いだろう!今だって俺が死ぬこと望んでいる癖に!!」
真っ向からの正論を吐いたはずの俺に何故かビアンキの方が呆れたような視線を向ける。
「困った子ね。まだそんな過ぎたことを根に持つなんて」
「過ぎたこと……」
先日の殊勝な態度はどこへやら。悪びれる様子も無く言い放ったビアンキは得意げな顔で続けた。
「成長しなさい。ツナ。意欲さえ失わなければ人はいくつであろうが成長できる物よ」
微笑を浮かべて言い切る様は自信に満ちあふれている。言っていること自体も間違ってはいないだろう。
「ちなみに私が今作っているのはポイズンクッキングⅡなの。殺傷力も二倍の代物よ!」
「俺を殺す意欲は無くしたんじゃ無いんですか!?」
……こんな言葉さえ無ければ。
家庭科を受け持つらしいビアンキが、準備のために台所へ向かった所で、俺は台所がこの後どのような惨状になるか、それを考えることを放棄した。
「何考えてんだよリボーン!今すぐ追い出せよ!!」
今でさえこの家にはリボーンの他にランボという居候が住んでいるのだ。これ以上増えるのはさすがに母さんにとっても負担となるだろう。
またそれに加えて、ここの場所……とりわけ俺の周りに立て続けに妖怪が集まっていると言う事実も、俺に僅かな危機感を募らせる。
別段二人ともリボーン目当てで来たわけだから、俺は関係ないと思いたい。
しかし彼らと共に居ることで、もう一人の俺に何らかの変化が起きる可能性ないとは言い切る根拠が無い以上、俺は彼らの滞在を許す訳にはいかなかった。
(それに……下手に関わる人間を増やしたくないし……!!)
正確には彼らは人間ではなく妖怪だが、そんなものは微々たる違いでしかない。
そのように思考の深くへ潜っていた俺だったが、リボーンからの返答が中々来ないことに気づいて視線を向けると、先ほどまでそこで素麺を啜っていたリボーンは影も形も無くなっていた。
「なっ………?!」
逃亡。言葉にすればその二文字だが、あまりのその手際の良さに、無自覚に噛みしめた歯から軋みがあがる。
ふつふつと膨れ上がる感情。それは何だろうか。疑問が頭をよぎるが、そんなものは些細なことだ。
いつも巻き込むだけ巻き込んで放置が当たり前というリボーンの所業に、俺の堪忍袋は知らず知らずのうちにすり切れていたのかもしれない。
体中に渦巻く様々な感情が混じったナニカに背中を押されるように、俺はふらりと立ち上がった。
何故かやけに頭がすっきりとしている気がする。余計なものを何も考えていないせいだろうか。俺はわき上がる衝動にかられるように、リボーンの気配を探り……見つけたその確信に唇を吊り上げ……。
「あ……れ?」
次の瞬間、グラリと視界が揺れたように感じて、俺は目を瞬かせた。
(俺………何してた?今)
その瞬間にわき上がったのは確かな違和感。
何かがおかしいと、己の中で警鐘が鳴る。
今しがたまでの思考をなぞろうとしても、何故か靄がかかったように思い出せない。
(何だこれ?おかしい。……何か)
何か……されている?
ふと頭の中に落ち着いたのは、そんな確信で。
「え?……嘘。誰に……?」
混乱を落ち着かせようとするあまり、俺は周囲を気にすることなく、ポロポロと己の思考の赴くままに、言葉をこぼす。
「十代目ーっ!」
インターホンと共に、来客が訪れたのは、再び俺が思考の渦に取り込まれようかとした直後のことで。
(………とりあえず、行かなきゃ)
満足に頭が働かないまま、俺は玄関先へ向かい……そこで衝撃の事実を知ることになる。
妖怪任侠世界では、傘下となる者は親分となるものと盃を交わす。中でも五分五分……対等の立場を表す盃を別名、義兄弟の盃と言った。
あの当時、義弟はまだとても酒を飲める年頃では無かったので、俺は盃の類は誰とも交わしてなかったけど、幼心にも俺はいつかは養父か義弟のどちらかと、盃を交わすのだと思っていた。
立派に成長して盃を交わしたら、彼らと本当の家族になれる。……そう信じていたのだ。
「ご……獄寺君」
衝撃の事実……妖怪であるビアンキと、人間である獄寺君が腹違いの義兄弟であったことに、俺は世の中の狭さを感じた。
片親が人間と言うことは、ビアンキは純粋な妖怪ではなく、半妖と言うことになるが、養父と義弟も純粋な妖怪ではなかったため、それに対する反感を俺は持たない。彼が何故ビアンキを見ただけで腹痛を起こすのかはわからないが、これが兄弟間の問題だというのなら俺が介入することは間違いだろう。如何するべきなのかと思っていると、獄寺はポツポツと自らの事情を説明してくれた。
彼が六歳の時に作ったクッキーで、ビアンキが初めてポイズンクッキングを作ってしまったこと。それを食べた上で行った演奏が何故か高評価を得て、それ以来、彼女の料理を何度も食べさせられたこと。
(単なる人間に?何度も畏れを使ったってこと?)
無論、その当時の幼いビアンキは、それが畏れだと言う概念はなかったのだろう。父親とビアンキを含めた三人家族だったという獄寺の言葉通りなら、そもそも父親が人間の場合、彼女は己が妖怪だということも分かってはいなかったに違いない。
(……あれ?今は分かっているのかな?)
ふと、浮かんだ疑問に冷や汗が流れる。
俺は人間としての生活は並盛しか知らないので当然、外海……この島国の外へ出た経験は無い。
獄寺やビアンキ、リボーンがいたイタリアのことも名前ぐらいしか知識はなく、当然そこの妖怪と人間の距離など分からない。
だがイタリアから来た彼らが悉く妖怪である現状からその二つの距離は日本とは比べものにならないほど近いのではないかと言うことは想像できる。
そう。そんなこともあるで納得できるぐらいには。
(この国では当たり前の、人に無闇に畏れを使ってはいけないってことさえ、浸透してないんじゃ?)
それならば、以前バズーカから出てきた十年後のランボの行動にも納得できるのだ。
(どうなってんだよ……イタリア……!)
一人、行ったこともない国の未来について憂いているなど露知らず、獄寺は提案した。
「俺は姉貴には近づけません。十代目!姉貴をこの町から追い出して頂けないでしょうか?」
「えぇ!?」
驚きを声に出しながら、それはこちらにとっても名案だと思う。……ただし、具体的な方法があればだ。
「そりゃあいなくなってくれれば嬉しいけど、一体どうやって」
「方法はあります!」
珍しく本音をそのままに語った俺に力強く言い切る獄寺。その姿に一抹の不安を覚えながら、俺はその作戦に耳を傾けた。
獄寺曰く、ビアンキには昔好いていたが、今は既に故人となった彼氏がいたらしい。その彼を心底好いていたビアンキは、今も彼のことを忘れられていないのだと言う。
「ちょっと待って。そんな事情があったのにリボーンと愛人関係なの?」
「……?はい。別に珍しいことじゃないっすよ?」
それが何か、と続けた獄寺に、異国ならではの価値観の違いを見せ付けられた気がした。
本命と愛人の複数と関係を持っていたリボーンに鋭い睨みをきかせてのはつい最近の話しだが、この話を聞く限りでは、これがイタリアの常識だったのだろうか。
その国にはその国の流儀があると言うし、否定する気はないが、己とは相容れなさそうだとしみじみ俺は感じていた。
(俺だったら、たとえ亡くなっていても別の人に脇目を降ろうと思わないけどなぁ……多分)
話を戻すと、獄寺の作戦とはその彼にそっくりな男を連れてきて、その男と共にビアンキが町を出るように誘導するというものだった。
「姉貴はそう言うところは、情熱的ですからね。昔の恋人とよく似た人間を目にすれば、一目惚れだっておかしくありません!……そいつを自分のものにするために、地の果てまで追いかけるはずです!!」
自信満々に断言する獄寺だが、俺はその作戦にいまいち乗り気になれなかった。
「そ……そんなに都合良く、よく似た人なんているわけ無いよ。……それに、騙しても、その人がビアンキさんを好きになるかはまた別の話なんだし……」
おどおどとした態度を崩さないように、控えめながらも言い返すも、獄寺は意見を変える気は無いのか、1枚の写真を取り出して来た。
「因みにこいつが姉貴の元彼です。…大丈夫すよ!姉貴の場合、好いた相手には尽くしますから。……相手が嫌がっても」
最後の呟きにだけ顔を逸らした獄寺には、もしやその事実を知った際に、何らかのトラウマを植えつけられているのかもしれない。詳細な事情などこちらに知る由はないが。
「…………っ??!!」
しかし俺が次の瞬間に声を失ったのは、獄寺のトラウマを垣間見たからでも、獄寺の楽天的とも言える作戦内容にあきれ果てたからでも無かった。
「…ラ、ランボ?」
写真に写るビアンキの元彼とやらが、リボーンの他にもいるもう一人の居候……その未来の世界に瓜二つだからだ。
イタリアのマフィア、ボヴィーノファミリーのヒットマンとしてこの町にやって来たランボが沢田家に居候するようになった経緯は複雑なものではない。
大雑把な説明ながら、イタリアにいた頃の知り合いである彼を、住まわせてやってくれと、あのリボーンが母さんに頭を下げたのだ。
それを目の前で見せられたときの俺の心境は、筆舌に尽くしがたい。
一体どのような天変地異が起こるのかと、その日は戦々恐々したものである。
結果として、天変地異の類が起きることはなかったものの、俺はその時のリボーンの含み笑いからこの行動が単なる親切ではないことは嫌と言うほどに感じ取れた。
おそらく彼は、十年後のランボの力に目をつけている。
彼が妖怪としての力を隠す気がない。……正確には、隠そうとしても隠しきれないことは、前回の対面で嫌になるくらい分かっていることだ。
現在の幼いランボに将来悪用するための洗脳などされないためにも、また十年後から来たランボを口八丁手八丁で騙し、よからぬことに利用されないためにも、俺はランボのことをこれ以上ボンゴレの関係者に知られるわけにはいかなかった。
しかし、写真に写る未来のランボと瓜二つな存在は、本来の俺にとっても衝撃的な事実であった。
無論、ランボ自身出身地がイタリアなのだから、家族という線もある。
妖怪はその寿命が人間とは比べものにならないほど長いので、子をなす頻度やその数も、個々の意志や、種族の特徴に大きく左右される。
妖怪の世界の方が長いとはいえ、奴良組近辺だけで活動していた俺には、妖怪の知識も豊富と言うわけには行かない。
寧ろ、奴良組に入ったばかりの頃は、あまりの妖怪の知らず具合に、呆れられた経験もあった。
話は些か脱線したが、つまりランボに似ているからと言って、件のビアンキの彼が妖怪か否かの判別など出来ないと言うこと。それ以前に既に故人である以上、俺とはそれほど関係がないこと。
分かっていたはずなのに、その事実に動揺を隠せなかった俺は、獄寺に対して似たような人を知っていますと、白状しているようなものだった。
「お願いします!十代目!! 何とかそいつを姉貴の前に引っ張り出してくれませんか!!」
事情を察した獄寺がこう出るのも、ある意味当たり前の話だった。
彼が決めた見事な土下座に狼狽えて見せながら、面倒なことになったと頭を抱える。
「ダメだよ。獄寺君!そんな人身御供みたいな真似!!」
(妖怪同士を鉢合わせるなんて、騒ぎになったらどうすんだよ!?)
表面上ではランボを心配しているが、実際、戦いになれば、鬼發しか使えないビアンキよりは、鬼發と鬼憑どちらも扱える十年後のランボの方が強いのでまったく心配はない。
寧ろ、ランボの方が手加減と言う言葉を知らなそうな分、ビアンキの無事を案じていると言った方が正しいだろう。
しかしながら、隙有ればこちらにポイズンクッキングを使おうとするビアンキのことは、人としては十分恐ろしいが……。
(でも、人に畏れを使ってはいけないって教えられなかったのは、彼女の責任とは言い難いからなぁ……)
言葉とはかなり真逆な心境でいる俺のことなど知る由もなく、獄寺はビアンキを恐れていると思っている俺を安心させるように二カッと笑う。
「平気ですよ。十代目!一瞬姿を見せるだけで良いんすから!一瞬でも姉貴にとっては十分なんです!!」
俺の本心も知らず、本気で俺のことを案じているのであろう獄寺に、要注意人物としながらも、少しの罪悪感を覚える。
(いっそのこと、リボーンみたいに逃亡とかしてくれたりする方が、諦めはつくのになぁ)
ままならない現実に、俺は静かに息をついた。
結局断り切れずに帰ってきた俺は、俺の部屋の中でぐっすりと眠っているランボを前に途方に暮れていた。
確かにビアンキには出て行って欲しい。嫌、本音で言えば、リボーンも、ランボも獄寺も、元いた場所へ戻って欲しいと思っている。
俺は、必要以上に誰かと関わるべきではないし、関わってはいけないのだ。
その人物のためにも、己のためにも。
だけどそのためにランボを利用しようとするのは、どうも本末転倒な気がする。相手がビアンキで、しかも十年後のランボとなれば、下手をすれば畏れを持つ妖怪同士の小競り合いになる。
ここが奴良組の縄張りであるかどうかは俺にはわからないが、たとえそうでなくても、この国にいる妖怪の集団は奴良組だけではない。
もっと質の悪い相手に目をつけられる可能性とてあるのだ。
(やっぱりダメだよ……!どちらにとっても危険すぎる……!!)
心に決めて、俺は一人頷いた。
獄寺は渋るかもしれないが他の方法を考えれば良いのだ。わざわざランボを巻き込む必要はない。
しかしタイミングが良いのか、踵を返した俺の背中に、小さな子供のグズリ声が響く。
愚図りつつの寝言は不明瞭で、何を言っているのかはわからない。鼻を啜りながら寝返りを打ったところで、俺はそのまま下に降りていただろう。
「……あれは」
この十年バズーカとやらが、俺に向かって転がってこなければ。
ボンと、バズーカに当たったことまでは覚えていた。グルグルと万華鏡のような鏡面反射する景色に思わず目を閉じると、僅かな浮遊感と共にふわっと五感が戻ってくるような感覚がある。
その感覚が最初に感じたのは、お腹を刺激する良い匂いだった。
(ん?……良い匂い?)
おそるおそる目を開けると、目の前にあったのは湯気を立てる紅茶で。
「……は?」
現状がわからず辺りを見回すと、どうやらここは小さなバルコニーらしい。
一段下がった部分は庭園にになっているらしく、色とりどりの季節の花が植えられていた。
「……どこここ」
暮らし慣れた家からの瞬間移動に一人首を傾げていると、背後からキィと、扉の開閉音が聞こえた。
「悪ぃな。遅くなっちまった……え?」
こてんと、首を傾げたのは見慣れた男……その成長した姿だった。
「あれ?……“ツナ“?」
見上げなければ届かない程の長身。髪は僅かに伸び、ツンツンと逆立っている。驚きに見開かれた目は僅かにつり目で、髪と同じ黒色。
「なんか……久しぶりだな?もしかして、十年バズーカか?」
浮かべる笑顔には昔の面影が残る、未来の山本武がそこにいた。
十年バズーカ。それは、撃った人物、その人の十年後の存在を五分間入れ替える装置だという。
事情を分かっていない俺を察して、丁寧に説明してくれる山本に適当な返事を返しながら、俺は十年後の未来だという現状について考えていた。
(まず第一に……何でここにいるの!山本っ!!)
確かに、顔見知りに出会えて、一気に緊張感が薄れたのは確かだ。
しかし、リボーンに目をつけられているとはいえ、山本と自分にはまだクラスメート以上の接点は無いはずだ。朝の登校時に声をかけてくれることは何度もあるが、そんなものは他のクラスメートにも与えられている平等な善意によるものだし、勉強ができない仲間として目をかけられているのは、単なる同族意識であり、俺でなければならない理由はない。
あのようにいうのは単なる礼儀作法の一環に過ぎず、俺の……まずあり得ないだろうが、学力が上がったら、おそらく離れていくのだろう。
(その程度の関係しか無いはずなのに……何で一緒にお茶飲んでるの?未来のおれぇ!?)
心ここに非ずな俺の様子に気づいているのか、山本はマジマジと俺を見つめていたのに突然笑い出した。
「相変わらず、“ツナ“は面白ぇのなぁ!」
「え?……はぁ」
山本の笑いのツボがいまいち理解できないまま、俺は現状を把握するために山本に向き合う。
「ところで……ここってどこ? 何で山本がいるの?」
「うーん、悪いけど、言えねぇのな」
あっさりと返ってきた拒絶の言葉は、あまりにも悪気の無い態度と相まって、俺の思考を停止させた。
「……へ?」
(いやいや待て待て!言えないって何!?)
声には出していなかったが、固まった俺を見て、衝撃の大きさは伝わったのだろう。
申し訳なさそうな顔をして、山本は続けた。
「この世界のツ……“ツナ“に頼まれたのな。俺も良くわかんねぇけど、未来のことって、あんまりよく知っちゃいけねぇんだって」
ごめんなと、続けた山本は、わしわしと俺の頭をなでまわしている。
為すがままにされている俺もこうまで言われてしまっては、これ以上の不満はいえないと言うものだ。
「心配すんなよ。五分たったから元の場所に戻ってるから……ランボが壊してなけりゃな」
その光景を想像してしまったのか、すっと目線をずらす山本に否応なしに不安がよぎる。
寝ている間に誤って十年後バズーカを誤射してしまう相手だ。あり得ないということは断言できない。
(何でそんな危険物、幼い子供に渡してんだよ!)
思わずランボの保護者であるはずのボヴィーノファミリーの正気を疑うが、考えてみればマフィアを一般人の定規で測るのが間違いなのかもしれない。
(……いや、でも子供は子供だろ……!)
「本当変わってないのな」
考え込んでいた俺に向けられたのは苦笑のような山本の笑みで。
「え……!?」
次の瞬間、山本に俺は抱きしめられていた。
(何?……何で?)
「“ツナ“俺からお前に一個だけ、アドバイスな」
内心パニックになる俺を落ちつかせるように、山本の掌が背中を摩る。
「何でもかんでも自分の心の中で済ませちまうのは癖になっているけどしれないけど、少しでも吐き出して見ても良いと思うぜ。……俺も、他の奴らも、ちゃんと聞けるし。……ちゃんと、そばにいてくれる。誰も怖がんねぇから」
「怖がらない」山本のその言葉に、軽口ではない、強い決意が滲んでいるような気がして、俺は言葉に迷った。
何と言えば良いのか、わからなかったのだ。
その僅かな間は、しっかりと山本に伝わったのだろう。
頭上から零れる笑い声に、どこか負けたような気がして、俺はむっと口を曲げた。
(……未来の俺と山本って、どんな関係なんだろう?)
ふと浮かんだのは、そんな疑問。しかし、聞けるだけの時間は既に残らされていなかった。
ボンと、耳に届いたバズーカの音。
来るであろう万華鏡のような景色に身構えるべく、目を瞑った俺に。
「じゃあな。 」
最後に届いたのは特大の爆弾だった。
「え?!……うわぁっ!!?」
目を開けたその眼前には、何故かドアップのリボーンがいた。
「やっと戻ってきやがったな。“ツナ“」
ため息交じりながらも、口を開いたリボーンに、俺は嫌な予感を感じた。
俺が未来に言ったということは、入れ替わったのは、未来の俺ということになる。
(へ……変なこと話してないだろうな?未来の俺……)
最後に山本に投げられた爆弾の効果も合わさり、どうしても疑心の目で、未来の俺を見てしまう。
まさか山本が俺の本当の「名前」を知っているとは思わなかった。
(本当に俺と山本……どういう関係なの?!)
なんとなく、開ければ後悔するパンドラの箱とも思わなくもないが、同時に知的好奇心も刺激される。
……戻って来た以上望んだところで知る術はないだろうが。
「……って、あれ?……ビアンキ、どうしたの?」
さり気なく辺りを見渡すと、俺がいる自室の出入口で、ビアンキが倒れているのがわかる。
体調を崩したのかと、思わず前のめりになって様子を見るが、僅かに赤らんだ頬や息切れを起こしているのが気にかかるものの、命に関わる傷はない。
「未来のおめぇに褒め殺されたんだぞ」
「……は?」
さらりと打ち明けられたリボーンの言葉に、俺の思考は真っ白になる。
「俺が……ビアンキを……褒め殺した?」
(何その攻略法……!!)
あまりにも予想外な方法に、俺は開いた口が塞がらなくなる。
記憶を遡って思い出してみよう。
ビアンキは情熱的な一面があり、好いた相手にはその本人が嫌がっても尽くすタイプであるらしい。
ランボ似の元彼がいて、その元彼によく似たランボを生贄よろしく人身御供にしようというのが獄寺の計画だった。
ランボを巻き込みたくない俺は別の方法を採れないかとは思っていたが……。
(そこで何で俺が出てくんの……!)
正確には未来の俺だが、それでも似ている俺自身の危険度は変わりない。
リボーンの会話を脳内変換する彼女にかかれば俺の関係者と勘違いする可能性もあるのだ。
(それで俺が変な嫉妬に当てられたら、それこそ踏んだり蹴ったりじゃないか……!!)
ただでさえ、リボーンのせいで殺されかけている身の上なのだ。これ以上の恨みごとは冗談ではなかった。
戦々恐々と倒れているビアンキを見るが、目覚める様子は無い。
「気になるんなら起こしやがれ」
先に根気負けしたのか、リボーンはそう言って俺を促す。
「……それをいうならリボーンからどうぞ。愛人なんだろ。四人目の」
(変に根に持ってやがるな)
刺々しく言葉を放つ教え子に、彼の時代錯誤と呼べそうな恋愛観はどこから来たものなのかと、半ば呆れたくなる。
マフィア間では愛人というのは何も、そのような行為を行う相手だけをさすわけではない。
己にとって弱味となる家族以外の人間、それを己の庇護下に入れる理由として、一番波風が立たない理由がそれであると言うものもいるぐらいの、必要悪ともいえる慣習なのだ。
リボーンもまた、一流の殺し屋を名乗る以上、数え切れないほどの敵が居る。
ビアンキはもともと同僚としてでも仕事がしやすい間柄で、知らぬ中では無かったが、出会った当初から彼女がまだ幼かったこと、己が既にこの体であったことも相成って、そういう関係になったことは一度もなかった。
(それに……今は獄寺もいるしな)
沢田綱吉のファミリー候補でもある獄寺隼人。
生まれたときからマフィアである彼は、当然この関係の必要性を熟知しているだろう。
これから先、沢田綱吉が十代目となった暁には、当然獄寺や他のファミリー達の大切な者達にも、なんらかの防衛策を立てる必要がある。その選択肢の1つとしては、愛人という状態に触れておくのも悪くはないのだが。
(こういうもんを受け入れられねぇってところは、まだまだこいつもお子様って所なんだろうな)
そう一人悦に入りながらも、ビアンキを起こすべく彼女に近づいた。
あれから、結局ビアンキは家に正式に居候することとなった。
リボーンの言葉通り、ビアンキは見事に未来の俺に惚れてしまったらしいが、リボーンはそれを一言で許したらしい。
「恋は女を美しくするからな。存分に恋をすれば良いじゃねぇか。俺は止めねぇぞ」
あの二人が本当に愛し合っているのかどうか、俺にはよく分からなくなってきた所である。
その一方、出ていこうとするビアンキの行動の方は、リボーンは諫めた。
「この町に居た方が、“ツキ“とはまた会えるぞ」
未来の山本同様、特大の爆弾を落とされた俺は、飲んでいた味噌汁を吹き出したが
「ツキ?」
「あいつの名前だぞ。本人がそう呼んでくれと頼んできたんだ」
咳き込む俺には目もくれず、二人の会話は続いている。
間違いではない。
正確には“ツキ“というのは、俺の「名前」からもじって、小妖怪たちがつけた愛称を、出入りする傘下の者達に、養父が広めたものだ。
「名前」や種族の通称よりかは、気軽に呼べると好評で、簡単な頼み事の時などは、よくその名前で呼ばれていたが。
(なんでよりにもよって、ここでバラす!?)
だが、沢田綱吉と名乗らなかっただけ、良かったのかもしれない。
「あいつもツナのファミリー候補だな」
おそらく事の真相に気づいているだろうに、いけしゃあしゃあと言ってのけるリボーンがただ恨めしかった。
何はともあれ、ビアンキ追い出し作戦は、これにて失敗したのである。
何やら呼び名が増えていますが、そこはご愛嬌ということでお許しください。(何がだ!)
次もまた、1週間を目安にがんばるつもりですので、どうぞよろしくお願いいたします。