緋眼の裔   作:雪宮春夏

12 / 28
遅れに遅れました。雪宮春夏です。
……ここで一つ確認。
あれ?まだ日常編だよね?
思わず自分でツッコミました。
何でここまでドシリアスな戦闘物になっているんだろう。……あれ?

取りあえず、私は戦闘シーンは苦手なようです。
これから先、どうすんだろ?
……何はともあれ、お楽しみ下されたら、嬉しいです。


第ⅩⅡ話 「緋眼」

「雲雀恭弥……おめぇ何者だ?」

拳銃の構えを解かないまま、つぶらな瞳で睨む黒衣の赤子に、雲雀は微笑んだ。

「その言葉、そっくりそのまま返すよ。沢田綱吉を使って何を企んでいる?」

張りつめた空気を見守る事しか、今の俺にはできなかった。

 

 

ことの始まりは、ある秋の昼下がり。

屋上で皆で昼食を取っていたところから始まる。

「最近アホ牛がブドウブドウって、煩くないですか?」

「まぁ、食欲の秋って言うからなぁ」

ランボと犬猿の仲に発展している獄寺が顔を顰めると、山本は呆れたようにフォローかよく分かりにくい合いの手を入れる。

そういう彼は現在、骨折した腕のリハビリに励みながらも、体が鈍ることのないよう、軽めのトレーニングを続けているらしい。

「山本はスポーツの秋って感じだよねぇ」

購買で買った菓子パンを片手に会話に入ると、「じゃあツナは勉強なのな」と、何とも痛いところを突かれ、俺は苦笑いで誤魔化した。

(でも……こう言うのって良いよなぁ。平和って感じで)

リボーンも、厄介なトラブルも起きない穏やかな日々。

充実した一日を目いっぱい楽しむように、深く息を吸った直後。

「食欲の秋って言えば、栗だろ?」

聞きたくもない声と共に襲ったのは、背中を突き刺す鋭い痛みだった。

「なっ……お前、何す……」

俺が背中をつけていたのは給水塔の壁である。おそらく給水塔の上から俺の背中に向かってダイブしたのだろう、傍若無人な破壊者に一言いうべく振り向いて……言葉を失った。

「どうだ?秋専用の隠密スーツだぞ?」

そこにいたのは、二足歩行の栗。

「隠密以前に不気味だぞ!それ!! 夜だと絶対泣く奴出そうだし!!!」

常識的だと思われる俺の言葉が気に入らないのか、リボーンはムッと、眉をひそめる。

「ははっ、相変わらず小僧は面白いのな」

そんな二人の空気をきにすることなく、朗らかに笑う山本は、最早緩和剤とも言えるだろう。

「……何のようだよ。一体」

碌なものではないと確信しながらも、問いかける俺は律儀を通り越して己を追い詰める癖でもあるのだろうかと、近頃まじめに考えたくなってくる。

(いや、関係ないか。……だってこいつの場合、たとえ俺が聞かなくても)

「ファミリーのアジトを作るぞ」

そう。リボーンは勝手に進めるのだから。勿論俺の意見は蚊帳の外である。

「おー!秘密基地か!わくわくするのな!!」

「馬鹿野郎!幼稚な言い方すんじゃねぇ!!」

獄寺達も話の続きを促しはしても、止めようとする気はないのだろう。

(……というか、普通に学校を私物化発言するの止めようよ……!)

心中でそう突っ込むものの実際にする気力はなく、俺は重い足取りで彼らについていくのだった。

 

アジトを作る場所としてリボーンが提示してきたのは、並盛中学の応接室だった。

リボーン曰く、学校の中でも殆ど使われていないらしく、家具も見晴らしも最高らしい。

(なるほど。殆ど使われていないなら、俺たちが使っても迷惑にはならないか)

そう納得しかけて、俺は慌ててその考えを打ち消した。

(バカか俺! 先ず学校のものを勝手に使うことがいけないことだろうが!!)

……危ない。獄寺君と山本が何でもない風で話しているせいで、俺の中の常識まで揺らいでいるのかもしれない。

人の物を……俺は人では無いのだが、ともかく自分の私物以外のものを、所有者の許可なく勝手に使えば、それは泥棒である。

まだ幼い彼らにさせて良いわけは無かった。

何とか戻るように説得したいのだが、山本と獄寺は家具の配置換えで既に意見を戦わせており、学校の一室を乗っ取ることに後ろめたさの欠片もない。

(だいたい応接室って、普段使わないの当たり前なのに……!)

先頭を歩くリボーンは、間違いなく満面の笑みだろう。

そう考えながら、俺は誰にぶつければ良いのかわからない感情を持て余して、言い争う二人を横目にひそかにため息を漏らした。

そこで何が起こるのか、この時の俺には知る由も無かった。

 

そして……事態は冒頭に戻る。

訪れた応接室。そこには一人の先客がいた。山本は彼が誰かを知っていたみたいだ。咄嗟に俺を制したが、俺の反応は遅れた。……いや、彼が人間の定義で行けば早すぎたのだ。

風速に近い速度で俺達三人の懐に入り込み、獄寺君と山本の二人を瞬殺した。

すぐさま俺も瞬殺されると身構えると、彼は俺に近づきながら声をかけた。

「待ちなよ。「沢田綱吉」。僕は君と話がしたかったんだ」

「そ……そうですか?……って、俺はい……いいです!結構ですんで、失礼し」

ますと、言う暇が、そもそも俺になかったと知るのは、次の瞬間である。

ガンと、音をたてて壁に突き刺さったのは、相手が持っていたはずの鈍器だった。

「へ……?」

おそるおそると、視線を上むければ、薄い笑みを浮かべる魔王……風紀委員長の姿が。

「黙って座りなよ。お茶ぐらいは入れてあげよう」

要約。そこに座れ。拒否権無し。

何故か俺には、そんな副音声が聞こえた気がした。

ブルブルと、震えながら頷き、ソロソロと俺は相手が示したソファーに腰を下ろす。

倒れている獄寺君と山本が気にはなるがここで下手に騒げばもっとひどい怪我を負わされるかもしれない。

(……この人、一体俺に何のようだろう?)

まず最初に浮かんだのは、そんな疑問だった。

風紀委員長の噂は僅かばかり聞いたことはあったが、俺自身が会うのは初めてである。

向こうがこちらを知っているのは俺が積み上げてしまったダメダメな実績のせいだろう。

遅刻の常習犯。テストの赤点高確率。マークされる要素としては十分だ。

(まさか俺、この襲撃事件の主犯として、二人を巻き込んだ罪とか償えって言われるんだろうか……)

ふと浮かんだ考えに、信憑性は高いと自己完結する。

実際二人は乗り気だったが、獄寺君は、問題児ながらも成績上位入賞者。山本は運動神経抜群の野球部期待のエースである。

二人が主導で行ったと言うよりも、俺が主導で行ったことにした方が、内申書などにも影響はないに違いない。

(おおかたその為の説得ってことかな?)

この時点で俺は、完全に風紀委員長の為人を勘違いしていた。この人は学校は好きだが、その在籍生徒の将来にまで気にかけるほどのお人好しではないと言うことを。

話はその一択だろうと迷わず決めつけていた俺は、次の言葉に咄嗟に遅れたのだ。

「君……妖怪の姿で僕と戦いなよ。本気で」

サラリと言われた、その言葉に。

「はい。いいです………はぁっ!?」

了解しかけた俺は、次いで驚愕、そして……混乱した。

「どうせ近くにいるんだろう?……出てきなよ。赤ん坊」

そんな俺の心情等誰も斟酌することなく、事態は進んでいく。ストッと、窓枠に降り立つ見慣れた赤ん坊の姿に、俺は、今回ばかりは意識を失いたいとまで思った。

(どうすんだ……?この状況)

雲雀恭弥は、俺を妖怪だと言っていた。否定すれば良いとは分かっているが、彼のはっきりと断言した姿が、俺に不安を植えつける。

全てを知られているのではないかと、あり得ないはずの不安を。

「雲雀恭弥……おめぇ何者だ?」

拳銃を構えた姿で、つぶらな瞳で睨みつけるリボーンに、雲雀は何の動揺も見せない。

「その言葉、そっくりそのまま返すよ。沢田綱吉を使って、何を企んでいる?」

 

 

張りつめる空気の中、俺は、ただ息を潜めて成り行きを見守っていた。

ビリビリと、震えさえ怒るかと思われる空気の中、始めに口を開いたのはリボーンだった。

「……企んでいるとは、人聞きが悪ぃな。長年にわたり部下をこいつの周辺に張り付かせているおめぇに言われたくはねぇぞ?」

リボーンとしては、半分は鎌かけであった。

リボーンの情報網を持ってしても、雲雀恭弥率いる風紀委員が、いつから沢田綱吉を目につけていたのかは分からなかったのである。

しかし、富裕層のかなりの数にまで噂が広がっていることから、昨日今日の話ではない。

動機も何一つ分からない状況故に、なんらかのボロを出してはくれないかと、願ったからこそ、打った手段だった。

しかし、リボーンの言葉を聞いて、雲雀が放った言葉は、リボーンには更に訳の分からないものだった。

「へぇ……君、知らないんだ」

その言葉はまるで、あえてリボーンに優越感を抱いていると表現しているかのような、何もしらない無垢な子どもを愛でるような声。

眉を顰めるリボーンをきにすることなく、次いで雲雀は俺に目をやった。

「安心したよ。「沢田綱吉」」

そこで浮かべたのは、冷笑。みているこちらが、凍えるような、冷たい笑みを見せたまま、雲雀は更にいたぶるように言葉を紡ぐ。

「彼らと僕らの間には、領分がある。……それくらいは覚えていたようだね」

『人と妖の間には……領分ってもんがある』

記憶の中に残る養い親の言葉と、今の雲雀の言葉が重なる。

まさかと思った。あり得ないとも。だけどもう、認めるしかない。

(この人は……知っている!)

理由は分からない。しかし、リボーンがいる現状では下手に聞くこともできなかった。

「……さて、じゃあ始めようか」 

どうしようかと思いかけた俺は、そもそもの前提を間違っていたのだと、この時遅まきながらに気づいた。

トンファーを構えた男から感じるのは、紛れもない殺気で。

(この人はそもそも……話し合う気はない……!?)

……いや、正確には、その必要は無くなったのだ。

(何で?)

思い出すのはついさっき。知らないんだと、リボーンに言った、猫なで声。

(何を……リボーンは知らない?何を……知られたらまずい?)

トンファーを構える雲雀から目を離すことなく、俺は、頭を高速回転させる。

ほんの少しでも良い。

興味を引かなければ、確実にやられる。

薄らと雲雀は笑みを浮かべ……ざわりと、空気が変わる。

(時間が……! 来るっ……!?)

フッと、雲雀が消える。ビリビリと、体に走る、強い悪寒。

己に危険を知らせようとする、己の中の獣の感覚……! 

(……ッ、今っ!!)

ダンと、床を蹴った。ブンと、スレスレに、己の皮膚一枚分の差で空をきる、トンファー。それが起こす風圧に、俺は蹌踉けていた。

「……流石だね。人の体で……それを避けるなんて……!」

ぺろりと舌なめずりしながらこちらへ歩み寄ってくる雲雀の姿。それはまるで……。

「獣……!」

「……君も、そうでしょう?」

クックックと笑う雲雀の口元には、僅かに尖った犬歯が見えた。

「……!」

その人間なら持たないはずの僅かな違いに気づいたのか、リボーンは息をのんだ。

(この人、人に隠そうって言う意識がそもそも無いのかもしれない……!!)

余裕でボロを出すのでは無い。あの人の口ぶりはバレても構わない。そう言っているようにしか見えなかった。

明らかに分の悪すぎる現状に、俺は歯を食いしばる。リボーンのいる手前、余計なことは言えない。

だからといって、ここで彼に殺されるのは……。

(ダメだ……殺されるのは……こんな所で……!!)

『守って……やって……くれよ』

薄らと微笑んだ、養い親の最後の遺言。

「こんな所で……死んでたまるか……!」

それを思い出し、発したあがきに近い、言葉。

「なら、本気で来なよ」

室内全体に、いや、学校全体に、重い空気が立ち込める感覚を抱いた。

それほどの……強い畏れ。

「……っ!」

獣の本能が促すのは逃走だ。勝てるわけ無いと、誰かが囁くそれを、意志の力でねじ伏せる。

(……そうしなければ、死ぬ!)

「……そうなりたくなきゃ、死ぬしかねぇぞ!」

はっきりときこえるその声に、俺は安堵を覚えてしまった。

……それ自体が、間違いだった。

 

「……へぇ」

脳天を弾丸で射貫かれた子どもの体が、まるで皮のように、ベリッと破れる。そこから出てきた、上半身裸、下は下穿きのみという、なんともおかしな姿の子どもに、報告は受けていたものの、半信半疑だった雲雀はなるほどと、一人納得した。

弱々しい人間の姿は変わっていない。変化が解けたわけでは無いようだ。しかし、体から感じる気配の類は、段違いに強くなっている。

(おおかた……身体能力のみが妖怪の時と同一になったと言うところか)

妖怪変化したのが七年前の一度きり、しかもその時は暴走状態という彼からしたら、自らで力を奮おうと奮起するより、このようにされた方が、さぞかし楽だったに違いない、だろうが。

「意識が飛ぶ……いや、認識速度の低下と言うべきかな?それは……君が思う以上に致命的な欠点だよ」

カチャリとトンファーを回しながら独り言のように呟いた恭弥はまるで、警戒する価値も無いと言うように軽い足取りで子どもに向かっていく。

 

警戒の素振りも見せない雲雀の姿に、リボーンが感じたのは違和感だった。理性ではそんなはずは無いと思う。

相手は町一つを掌握しているとは言え、まだ子どもの筈である。たとえ普段は弱くても、死ぬ気になった教え子が一方的にやられるはずは無い。……後から思えば、それは死ぬ気弾に対する根拠の無い自信に過ぎなかった。

この町では、沢田綱吉の周りでは、普通の範疇でははかれないものはいくつもあることをリボーンは既に分かっていたはずだった。

しかし、肝心な所でリボーンは、それからあえて目をそらしたのである。

一向に縮まる様子のない、教え子との距離を縮めようと、無茶をしたと言っても過言では無かったかもしれない。

死ぬ気である為に、迷うという行動事態が選択肢に無い教え子が全力で雲雀の元へ駆けていく。

対して雲雀の方はトンファーを軽く握ったまま、動く気配は無い。

このまま行けば、一撃を入れるのは確実に教え子の方だった筈だ。

「君はどうやら、戦いの根本の部分を、まるで理解していないようだね」

雲雀がそんな言葉と共に、突進した教え子の振り上げた拳を、片手で止める姿を見るまでは。

「つまらないな。君はとんだ期待外れだ」

その声音に、リボーンの背筋が大きく震えた。

その理由は、リボーン自身にも分からない。

冷徹な声……それだけならば殺し屋として生きた長い経験の中で腐るほどあったはずだ。

しかし雲雀に感じるのはそれだけでない気がした。

(失望。侮蔑。怒り。それ以上にこの感情は……)

「己を畏れる君を、畏れてあげるほど僕は暇じゃないよ」

まるで淡々と、目の前にわいた虫を踏みつぶすかのように。罪悪感も忌避感も無く、こともなげに雲雀はその手を振り下ろし……死ぬ気状態だった筈の教え子を、床にたたきつけた。

「が……っ……!」

大きな音と共に揺れた衝撃に、死ぬ気状態が解けたのか、たたきつけられた教え子はピクリとも動かない。

そこで漸く、リボーンは、このままでは怪我では済まないのではないかとあまりに遅い危惧を抱いた。

「……バカだね。君も、そこの赤ん坊も……態々殺されにくるなんて」

そう言い放つ風紀委員長は、微かな笑みを浮かべている。

 

本当に期待外れも良いところだ。

妖怪としてのきょうやの本性を隠す気も起きず、そう吐き捨てた。

思えば、この存在ははじめから己の期待を裏切り続けてきた。

養い親の息の根を自らの手で止めたと言うから、流石は冷酷無情で知られるあの種族の生き残りとその強さに期待を抱いたというのに、連れて来られたそれはまるで魂が抜けた抜け殻といっても良かった。

約定は交わしたのだから、仕方なく屋敷の中で死ぬまで飼い殺そうかとも思ったが、屋敷へ誘導する前に、何をとち狂ったのか、町の中で死に体となっていた子供の姿へ化け、そのままその家に住み着き始めた始末だ。

連れ戻して母親の精神状態を完全に壊すことも考えたが、その理由などの帳尻あわせで逆にこちらの手間が増えそうな予感を覚えたのであえてそのまま放置した。

不都合になれば、理由をつけて、一家諸共殺せば良いと思ったのもある。

そのまま気付けば数年が過ぎており、今回、騒ぎを起こしてそれの存在を思い出し……僅かに高揚した。

もしかしたら、今度こそあの種族の神髄を見られるかもしれないと思ったのだ。

彼の種族の話は何度も様々な妖怪から聞いたが、実物はついぞ見たことが無く、当然戦った事も無い。

柄にも無く、わくわくしていたのかもしれない。……それなのに。

「緋眼の癖して、とんだ能なしだね」

それはまごうこと無い本音だった。

 

「緋眼」。風紀委員長、雲雀恭弥が言った言葉には、聞き覚えがあった。最初にいったのが誰かは覚えていないが、緋眼と言うのが己を指しているのは明白だった。

貸し元や古くからいる妖怪の中には、そう呼んで俺を避ける相手もいたから、その名前自体に良い思い出はあまりない。

まさかそれを、こんな所で聞くことになるとは思わなかった。

ズルリと、体を持ち上げられる感覚に、俺の意識は僅かに浮上した。

薄く目を開けると、ぼんやりと、人の輪郭が見える。

(俺は……このまま殺されるのか)

それは最早疑問ではなく、確信だった。放たれた殺気が肯定している。理由なんて、七年前のことを知っているのなら聞くまでもないだろう。

(あの人が傘下かどうかは知らないけど、元々いろんな奴らに慕われてたもんなぁ)

敵対者では無い限り、交流を持った相手はどんな小さな縁であっても大事する妖怪だった。それは俺にとっては誇らしいことで。……なんで今更などと言う気は無い。

(たとえ何年経っても許される訳がない……分かっていたはずなのに)

あの人の死の原因となっておいて死ねないなどと、そんな戯れ言がよくはけたものだと、俺自身を嘲りたくなる。

(あの人の遺言を理由にして、俺が死にたくなかっただけじゃないのか……!!)

我が身可愛さとはこういうことを言うのだ。

自らを嘲うように、笑みを浮かべた頬に、冷たい哲の感触がある。

雲雀といっていたか、彼が振るっていた武器だろう。高まる畏れに殺されるのを悟り、諦観の思いで目を閉ざそうとした俺に。

「ま……待ちやがれ……!」

切れ切れの、声が届いた。

 

 

足首に触れた感触は酷く弱々しい。それをこともなげに振り払うと、うめき声と共に何かが壁にぶつかる音がした。

「獄寺……」

赤ん坊の呟きにそれが手の中にいる獲物にくっついていた人間だったと気づく。一瞬、また沈めようかと思うがここまで来れば邪魔にもならないだろう。

気にする必要も無いと意識から外し、目線を獲物に戻す。

「まつ……のな……!」

しかし再び、今度は先刻とは異なる声が、邪魔に入り、ようやくきょうやは意識を向けた。

「へぇ……態々立つんだ……」

言外に、また地面に沈められるだけなのにと、続けたきょうやに、鋭い眼光を向けるのは、野球部の山本武だったか。

「当たり……前だろ……!!」

きょうやの呆れの混じった独り言に答えたのは、山本では無かった。ぶつかった壁を支えにして、腹部を痛めたのか、片手で押さえたまま、蹌踉めく足取りでこちらを向くのは、足で振り払った獄寺で。

「ツナは……殺させねぇ……!!」

続いて山本も、立ち上がろうとしたのか、僅かに体に力が入る。しかし、支えが無いためか、立ち上がることはできなかったのだろう。床をひっかくように指を立てることしかできていないようだった。

単なる弱者の戯言だ。聞くまでも無い。いつもならば気にすることなく、獲物の息の根を止めようとしている。

しかし、この時のきょうやはその二人の目を面白そうに眺めていた。

その目は、強い感情を伴って自分に向けられていたからだ。人間でも、妖怪でもあそこまで強い感情を表す眼は滅多にいない。だが。

(……「ツナ」は、殺させねぇ、ね)

相手の放った言葉にふと思いついたのはまるで子供の悪戯のような企てで。その時の反応に、興味が無いと言えば嘘になる程度の軽い気持。

(もしこの子が……偽物だと知ったら、彼らはどんな反応をするのかな?)

意識を途切れかけている彼の変化を無理矢理解くことはそんなに難しいことでは無い。

しかし、一方で実際にそれをやればまた、あの組は煩いだろうか。

どっちが己にとって面倒が無いかと天秤にかけ、僅かに顔を顰めるが、その時間さえ考えてみればどうでも良かった。

「……良いか。不都合になるようだったら、殺せば済む話だ」

 

 

その言葉に、俺は息をのんでいた。

殺せば済む、彼はこともなげにそう言い放ったのだ。

(なん……で)

並盛中学で風紀委員長を勤めている彼は、この学校に通う者達をなんとも思っていないのか。

この町に住む人々を好いているわけではないのか。

無論、全ての妖怪があの人のように人に好意的だと思っている訳では無いことは分かる。

しかしこの人は、態々変化して、人として人に関わっているのだ。人を嫌ってはいないと、悪戯に殺すような相手では無いと思っていたのに。

「どう……して」

吐息と共に零れた言葉に、彼は気がついたのかこちらに視線を向けてくる。

「……まだ、意識があったんだ」

「簡単に、殺すなんて」

かみ合っていない会話に気づかないまま、俺は言葉を紡いだ。

「言えるんですか……大切だから、守っているんじゃないんですか……!」

 

その目は気にくわない。もし尋ねられたら、きょうやは迷いなく断言しただろう。

「沢田綱吉」が向けた言葉は、己の意見を押しつけようとするエゴから生まれたものでしかなく、主観でしかみることのできない彼自身の未熟さから出たものだった。

「煩いな」

きょうやはその一言で子供の言葉を切り捨て、彼の息の根を止める為に、トンファーに己の畏れを集中させる。

「弱者は土に還れよ」

畏れを纏い……鬼憑と化したトンファーの形状が僅かに変化した。

トンファーの大きさが一回りほど増し、側面に大小の凹凸ができる。……まるで、肉食動物の牙のように。

「噛み殺す」

 

一段と強まった相手の気配に、リボーンでさえ息苦しさを覚えた。

ツナや他の奴らにしてみれば、呼吸も浅くなっている。

(まじぃな。早めに決着つけねぇと、動けなくなるぞ)

この時点でリボーンは、彼に勝利すると言う道筋は捨てていた。こればかりは己の見誤りであり、ツナ達3人に落ち度は無い。

雲雀恭弥が、人外であること、そして、現時点で綱吉よりも遙か上にいることを把握していなかった己が招いてことだ。

沢田綱吉が最強ではなく、まだまだ身近に倒し甲斐のある相手がいるということは、モチベーションの意味では歓迎しうる事ではあるが、今回ばかりは状況が悪い。

相手が放つ殺気ははったりでは無い。間違いなく殺すきである。

鍵となるのは途中で交わされた俺との会話の数々。

始めは様子見であっただろうそれは、俺との会話を経て、本気の戦いに変わった。

(あそこでのったのもそもそもの間違いだったが……まぁ良い。悔いるのはいつでもできる)

一時は獄寺と山本の行動に興味を持ったようだが、それも一時凌ぎ。ここを乗り越え尚かつ、現状では殺すのはまずいと、自分達の認識を改めさせる必要がある。

(あいつとの関係を強化するだけの筈が、随分でかい買い物になっちまったな)

苦笑を漏らしたいところだが、今の張りつめた空気の中では、僅かな隙も命取りだ。

綱吉もそれを分かっているのだろう。獲物を構える雲雀から目を背けること無く……つまりこちらをガン無視で、緊迫した空気の均衡を保っている。

始めに動いたのは雲雀だった。

重苦しいほどの空気の中、まるで重力を感じさせない軽やかな動きで、片手に持つ綱吉の体を床に叩きつけた。

悲鳴と共に、嘔吐したのか、ゲホッと、咳き込む音が響く。物音一つしない空間の中だ。

恐らく満足に動けない二人にもはっきりと聞こえているだろう。

「僕自身は君に興味も恨みもないけれど、君を殺したがっている奴らはごまんといる。……分かるよね?」

敢えて俺達に聞かせようとするかのように、雲雀は朗々と言い放った。

「おとなしくしていれば、人としての生ぐらいは全うできただろうに……恨むなら、自分のくだらない感傷で決めた行動を恨みなよ」

その言葉は、ツナには理解できたのだろうか。

咳き込んでいたツナの声が、ふと止まった。

「……恨まない」

次いで聞こえたのは、綱吉の声。

しかし、いつものような、オドオドとしたものではない。

「俺は……後悔はしない」

一瞬。何がきっかけかはわからない。

しかし、微かに雲雀は反応したのか、重苦しい空気が、僅かに揺らいだ。

「ツナ!」

気づけば、リボーンは声を上げていた。

「てめぇが信じた事をやれ!!」

放ったのは、死ぬ気弾。

もしかしたら、また先刻の繰り返しかもしれないと思わなかったわけではない。しかしその一方で、大丈夫と思ったのは、あの言葉があったからだ。

『恨まない』

聞こえたのは声だけだが、リボーンはその声に、彼の中のもう一人の顔を……ツキとしての、顔を見た。

『俺は……後悔はしない』

あの時、一人で泣いていた彼の心情は、今でも完全に理解できるわけではない。しかし、次に見た十年後の彼の顔は、とても幸せに満ちたものだったから。

『これ以上、俺のことを知りたいんなら、それはこの時代の俺に聞くと良い……最も、そこまでリボーンが、俺の信頼を勝ち得たらの話だけどね』

内緒話をもらすように笑う未来の彼は、おそらく、未来の自分を信頼しているのだと、その時わかった。

未来の己に妬心抱くなど徒労だと、わかっていても、あの時はついむすっとしてしまったが。

(俺は……ツナとツキを分けて考えちまった……それがそもそもの間違いなんだよな)

当たり前すぎて、見えなかったもの。

彼は、「沢田綱吉」であり、「ツキ」でもあると言うこと。

「……また、さっきの余興かい?」

そう呟きながらも、雲雀は止まらない。

「……でも、これで仕舞いだ」

ガァンと沢田綱吉が横たわっていた場所に、トンファーはめり込んだ。

 

 

緋眼についてきた人間二人の、声なき悲鳴が聞こえた。しかし、きょうやの方は、それに愉悦を感じる暇は無かった。

「……へぇ」

めり込ませようとした、トンファーが、ギリギリと音をたてる。

畏れで強化していなければ、砕けていただろう。

「綺麗だね。その眼」

まるで舌なめずりする獣のような目で、対する相手を見つめるきょうやを、睨みつけたのは代赭(あか)の瞳。「緋眼」と称される、妖怪の眼。

(けれど妙だな。暴走しているのなら、さっき以上に遮二無二に襲いかかる筈……)

思考を巡らせるきょうやをまるで観察しているかのように、緋眼の様子はおとなしい。

「何を望むの?君は」

その様子に、七年前とは異なる姿に興味を抱き、トンファーで、せめぎあうまま問いかける。

「守る。……それだけだ!」

グッと、力を込めたのか、トンファーの振れが酷くなる。それに対して、焦ること無く、寧ろきょうやが浮かべた表情は歓喜だった。

(心根は甘い。……だが)

決意を持つ相手の方が、暴走する相手よりも、断然に戦うことは面白い。

ギンと、トンファーではじき飛ばすと、獣特有の身軽さで、獣は壁を足場に蹴り上げ、再びこちらに向かってくる。

次の交差、その瞬間、緋眼の拳ときょうやのトンファーは、ぶつかり合っていた。

畏れを圧縮した空気が渦を巻くようにせめぎ合い、ビリビリと震動を揺らす。

……それは、紛れもなく、妖怪同士の畏れの衝突だった。

「……本当に、面白いね。君」

薄笑いを浮かべるきょうやに対して、緋眼は必死の形相で、声をもらす暇も無いのだろう。

形としては拮抗しているが、この時点で既に、結果は見えている。

自らの勝利を確信し、笑みを浮かべたきょうやだが、それを裏切る存在はいた。

「興味を持ってくれたようで、何よりだぞ」

声につられて目を向けた先には、とうに眼中から外れていた、あの赤ん坊。それぞれ片手ずつに、連れていた人間をひっさげ、それは笑った。

「だが、今日のお楽しみはここまでだ」

赤ん坊に目を向けていても、背後……緋眼の動きには気を配っていたつもりだった。

本人の動きには、ついて行けるだけの距離は保っていた。しかし。

「お開きだぞ」

赤ん坊の言葉と同時に、赤ん坊の懐の何かが動いた。その赤い舌が。

「……っ!」

緋眼の体に巻き付き、窓の外へ放り投げていた。

「弱体化した、奴良組の尻拭いは大変そうだな」

次いで聞こえてきた赤ん坊の言葉に、思わず動きが止まる。単なる人であるはずの赤子に動揺した。

それを見破ったのかニンマリと笑って、赤子は続ける。

「俺の情報網は……ツナだけじゃねぇ。辺境だからこそ、おめぇらの知っている以上に、情報は広まっているんだぞ」

その言葉だけを残し、赤ん坊もまた、人間二人を抱え、窓の外へ飛び降りた。

 

 

半分以上ははったりである。

奴良組と言う名前しか、知らなかったが、子分となった虫たちの様子から、ここが辺境である事はわかっていたし、こと沢田綱吉……いや、この場合は、「緋眼」と呼ばれるこいつ一連の出来事の責任者は目下、雲雀であることは間違いないだろう。押しつけられたか、志願したか。あの様子なら、彼と戦いたいが為に志願したが、その腑抜けっぷりに興味を失っていたというところだろうか。

そうなると、彼の本来の目的は、当然限られてくる。

「え?! あの人、俺が殺すことが目的じゃ無いの!?」

うまく、応接室の真下付近にあったプールに不時着出来たリボーンは、雲雀の真意を綱吉に説いているところだった。

「あいつにとっちゃあ、それは妖怪のてめぇと戦うための手段の一つだったんだろうな。……まぁ、手段としては不合理極まりないもんだったが」

リボーンが、そう言った途端、いきなり、綱吉が、オドオドと表情を変化させた。

「よ……妖怪?何の話してんの?リボーン。妖怪なんて、居るわけ無いじゃん!!」

ダラダラと流れる汗を隠しも出来ない癖に、綱吉は、必死で言い放つ。ここまで来ると、寧ろ呆れるよりも、感心してしまう所だ。

(この野郎……この期に及んでまだ隠そうとしてやがるのか……!)

雲雀には、隠そうという素振りが無かったが、そこは彼の性格による所も大きいのだろう。

片側が隠す気が無い以上、無駄な足掻きな気がしなくもないが、今の所は付き合ってやるのもやぶさかではない。

「そうか。妖怪はいねぇのか。……じゃあ獄寺達にも、そう伝えとくぞ」

そう返してリボーンはにやりと笑う。

少なくとも事情を知らない二人にも、詳しい説明とフォローは必須だろう。

それを伝えた事で、二人が離れる可能性はあまり考えていないが。

(ここでこいつに恩を売るのも、悪くねぇしな)

そんな思惑だけは読み取れたのか、綱吉は、目に見えて顔を青ざめた。

そんな彼に笑いながら続ける。

「早く獄寺達起こして、教室へ戻るぞ。最も、授業は全部終わっちまっているだろうがな」

「へ?………あーっ!!」

見上げた空は既に日が沈み、丸い月が昇る所だった。

 

 

 

 




最後の投稿から何日過ぎたかは敢えて言いません。
大事なのは書き続ける事だと自負しております!

執筆速度は遅れますが、投げ出すことはしないようにしますので、これからもよろしくお願いします。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。