緋眼の裔   作:雪宮春夏

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この物語始まって以来の最長文記録にして、最長の空白期間を作ってしまい、申し訳ありませんでした。雪宮春夏です。
区切ろうとも考えましたが、区切れるいい区切りがなかったのでこのまま投稿します。
それではどうぞ、覚悟してご覧下さい。



第ⅩⅧ話 出前百人分

並盛商店街の中には、いくつかの隠れた名店がある。

ケーキ屋のナミモリーヌ。ラーメン、蕎麦などの麺類にて、専門家を唸らせるという楽々軒。そして……。

「でも良かったのか?リボーン」

そう問いかけながらも、俺は注文したかんぴょう巻きに手を伸ばした。

ここ……竹寿司も、そんな隠れた名店の一つだ。

「何がだ?」

一皿分でも結構な値段がするというこの場所に、リボーンの奢りで俺達は来ているのだが、俺以外の全員が値段に見向きもせずに好きなものを頬張っている。

本人は一流のヒットマンを名乗るくらいなのだから、おそらく莫大な貯蓄があるのだろうが、驕って貰う側のビアンキもランボも、遠慮というものが何もなかった。

寛大なのかあまり考えていないのか、そんな彼らの態度にリボーンは、全く怒る様子は無い。そんな彼に大器の片鱗を見ながらも、俺は言いにくそうに続けた。

「この店、結構高いんだろ?……申し訳ないと言うか」

俺は今までリボーンに、あまり良い感情を抱いていなかった分、余計にそう感じるのかもしれない。

そんな俺の様子を気にすることもなく、リボーンは、寛容な態度を取る。

「構わねぇぞ。体育祭では、お前にも負担かけちまったしな」

その言葉に、思わず俺は目頭が熱くなる気がした。

「………っ!」

それは正に、不意打ちと呼べる代物だろう。

考えてみれば、彼が関わってから、彼を眼前にしたこのような状況で、彼の気まぐれに振り回される事無く、このようにのんびりとした心地で入れたことなどあっただろうか。……いや、無い。

そのような状況で、俺の中のリボーンの評価など、最底辺を超えて沈没寸前なのだ。

(たしかに体育祭ではいろいろあったけど……!)

しかしまさか、このような事をしてくれるとは。

あまりにも不気味な現実に、明日は槍が降るかもしれないと、何とも物騒な想像をしていた時だった。

「……ごちそうさま!」

頼んだものを粗方食べ終わりつつあったビアンキが、そう言うや否や、いきなりキレのある動きで外へと飛び出したのである。

「え?」

それに対して、まともな反応をする前に、ビアンキの腕にワイヤーが絡まるのが見え……。

「美味かったぞ」

その一言を残し、リボーンも消えた。

「はぁ!?」

「ごちそうさま!」

思わぬ展開に椅子から立ち上がった俺の足下を、全速力でランボも走り抜けて。

「何なんだ……?」

そして俺は一人店内に残された。

(まさか全員でトイレ?……いや、トイレなら店の中に有るんだし、態々外まで行く必要は……)

そこで俺の頭にぼわっと浮かんだのは、何時ぞやの懐かしい得意げな笑みで。

『よし、ツキ!じゃあちょいと食べに行くか!!』

俺がまだ奴良組本家に世話になるようになって間もない頃、よくそう言って、俺を甘味屋へ連れ出してくれた養父の所業を思い出した。

(いや……無いだろ!いくら何でも!絶対見つかるって!!気づかれずにあんな所業出来るわけないよ!怒りを収めさせるための身代わりでも置かない限り……)

ふと、そこで俺はゾクリとした悪寒を感じた。

身代わり。居るでは無いか。ここに。

「まさか……あいつら始めっから全部……」

冷や汗を浮かべながら呟いた俺に被さるように、背後から黒い影が迫った。

「……おい、兄ちゃん。お愛想はどうした?」

……悪いことは重なるものである。

(……前言撤回!!)

この時俺は固く誓った。

あいつと一緒にいる以上、のんびりできる事などあり得ないのだと。

 

ダメ元で電話をして貰ったのだが、やはり繋がらなかったらしい。

「勘弁して下さい!騙されたんですっ!!」

必死で言い続けることしか、今の俺にはできなかった。

養父達のような畏れを持っているわけでも無いのに、食い逃げ等という悪行に走るなど、どうして考えよう。

(大体あいつ……一流じゃ無かったのかよ!!)

一流と、自ら豪語している分、こういう愚行は起こさないとばかり思っていたのだが、俺の僅かな期待はどうやら粉々に砕かれたらしい。

「しかしなぁ……食い逃げは食い逃げだ。金を払えねぇって言うんなら、こっちも甘やかす訳には行かねぇんだよ」

そう話す店主の言葉は尤もである。無銭飲食という立派な犯罪。だからこそ、「悪行」とされる行為なのだから。

しかし、考えれば考えるほど、明らかに己の責とされるには納得できない現状に、泣きそうになっていた時。

「ただいま」

カラカラと音をたてながら開いた扉に、目をやった俺は、そこにいる予想外の人物に目を見開いた。

「あれ?……ツナじゃねぇか」

暖簾を潜った所でその人物……山本も、俺のことに気づいたのか、目を瞬かせながら、問いかけてきた。

「や……山本?何で?」

問われた俺の方も予想だにしない所で鉢合わせた彼の姿に、一時言葉を失い。

「何でぇ武。知り合いか?」

俺達の様子を見て声を上げた寿司屋の主人が、ただ目を丸くしていた。

 

事情を話した途端、山本は凄い勢いで笑い出した。その気持ちは手に取るように分かる。

「……しかし、チビ達に騙されるか。普通」

山本からしてみたら、リボーンは、やはり子どもに見えるらしい。俺からしたら、何故今でもそう思い込められるのか謎と言える部分だが。

ははっと、乾いた笑いを零す俺を見ながら、なるほどとここの店主である山本のお父さんがどこか納得した様子で俺と山本を見比べた。

「なるほどな。あんたが武の話していたツナ君か」

頷く山本父に、俺が首を傾げて山本を見るも、山本は照れたように笑うだけ。……一体何を話したのだろう。

「よし!武が世話になってんだ!この料理の代金は要らねぇよ!」

物凄く良い笑顔で、その上太っ腹としか言いようのない提案に、思わず俺の声も歓喜に弾む。

「……ただし、あれは払ってくれよ?」

しかし次の瞬間、顔を引きつらせた山本父が示したそれを見て、俺もヒクッと表情を固めた。

カウンター席で、値の張る海鮮物を頬張るリボーン以下三名を目にしてしまったからだ。

「ごち」

さっきと同じように彼らは逃げようとする。その早さはかなりのものだ。普通の人間なら逃がしてしまうだろう。

()()()()()ならな」

悪いが容赦する気は俺には無かった。

 

「…………」

リボーン、ビアンキ、ランボの服を、それぞれ壁に縫い止めたのは、テーブル席に備えられていた木製の割り箸であった。

ただし、普通の割り箸よりもその尖端はかなり鋭利になっており、子どもが下手に触れば、間違いなく木の細かい棘で指を切ってしまうだろう。

そんな一歩間違えれば凶器ともなり得る代物を持ち出された彼らは、背後から禍々しいと呼べるほどの気配をその身にビリビリと感じていた。

(妖気こそは出てねぇが……無言なのは怖ぇな。怒りの位を知るためにも、出来れば喋って欲しいもんだが……)

背中に汗を伝うのを感じながら、そう冷静に分析できてしまう己を今日ばかりはリボーンは責めた。

己の足下にいるランボなどは恐怖から大粒の涙を浮かべながらガクガクと震えている。

(……シャマルは死ぬ気弾を撃てば同じようになる可能性はあるって言ってたが、この様子じゃあ、それと関係無しに近い将来暴走するんじゃねぇか……こいつ)

そう心配するリボーンだが、他ならぬ彼らがそこまで綱吉を追い込んでいるとは理解しているのだろうか。おそらくしていない。

誰もが口出しすることが出来ない空気が作られようかとされる中、動いたのは綱吉の傍らにいた山本であった。

「まぁまぁ落ち着けって。ツナ」

そう言った山本は恐れ知らずにも、綱吉の髪をぐしゃっと乱雑にかき回したのである。

割り箸によって動きを封じられているリボーン達からすれば、その行動は最早勇者に値するものだった。

「チビ達を責めたって仕方ねぇだろ?金払える訳じゃねぇんだからよ」

続けた言葉に綱吉が向けた薄ら笑いが、再びリボーン以下三名に悪寒をもたらしたのは別の話である。

 

支払い能力が無い。誠に遺憾なことながら、その一点においては彼らは共通していた。

「でもね山本。それを理由に食い逃げを正当化しちゃだめだと思うんだよ」

薄ら笑いを顔に貼り付けたままの綱吉に、山本も内心息を吞む。怖がるつもりはないが、やはり恐ろしいと思ってしまうのは自分でも矛盾しているが、そう簡単に直ることでも無かった。

「特に今回はね、二回目でしょ?確信犯だよねぇ?」

首を傾げながらもその眼は冷徹そのもので……そう言う部分はやはりあの婆娑羅の姿もまた綱吉だったのだと、妙な確信を与えてくれる。

「……まぁ、そうだな」

僅かな逡巡の後頷いた山本に、綱吉は嗤った。

それは最早、獲物を前にした肉食動物の笑みにとてもよく似ていて……。

この時本気で自分の命を悟ったと言うのが、後の彼らの一致した意見である。

 

綱吉が下した決断。それは金がないなら働いて返して貰うというもの。しかし。

「ランボとリボーンってさ……何が出来るんだろうね?」

名案を思いついたとばかりに喜色を浮かべていた綱吉は一転、途方に暮れていた。

片や自称一流のヒットマン。但し矜持無し、所持金無しの無能。

片やボヴィーノファミリーのヒットマン。但し実際はうざいだけの五歳児。

「どうしよう。身体的問題で厨房は戦力外だし、こんなのを接客に使ったら逆にお店の評判に良くない。……使い道が無いって役立たず以外の何ものでもないじゃん」

言いたい放題な綱吉相手に項垂れている二人は言葉も無い。因みに毒料理しか作れないビアンキは洗い物専門に任命してある。

「まぁまぁツナ。別に無理して二人まで働かせようとしなくても良くねぇ?」

合いの手を入れる山本さえ、今の綱吉は迷いもなく切り捨てられた。

「ダメだよ。山本。悪いことしたらしっかりと報いは受けさせないと。教育上でも絶対影響出るんだから」

(特にリボーンは、何でも思い通りになるって思い込んでいるこの考え方ぶっ壊さないと、将来碌な大人にならないよ?)

流石に最後の一言までは山本の前で……というよりも、本人の前で言うのは何か違う気がして、敢えて心の中にとどめる。まぁ、本当にリボーンが読心術とやらを会得しているのなら、俺の心の中など丸わかりかもしれないが。

「……そうだ!お二人さん!!じゃあこんなのはどうだい?」

煮詰まる俺達二人と一緒に首を捻っていた山本の父……剛さんのことばに、俺達二人とも耳を傾ける。

 

「……え?でもそんな大事なこと、二人にやらせて大丈夫ですか?」

(それって、結構責任重大なんじゃ……?)

普段真面目な印象のないリボーンと、見た目通りの五歳児であるランボを知っているだけに、言葉に詰まってしまった俺を勇気づけるように、剛さんは強く頷いてみせる。

「心配しなくて良いぞ!ツナ君!!おじちゃんがしっかり監督すっからな!」

その言葉にこの仕事の経験があるという山本も頷く。

「大丈夫だって!ツナ!!俺もちっせぇ頃は遊びがわりに良くやらされてたし!」

あえて明るい調子で続ける山本には悪いが、俺としてはそれで迷惑をかけたら流石に申し訳ない。そう小声で言い添えた俺に、山本も小声で答えてくれた。

「それにここだけの話、親父なら手触りだけで足りない量とか分かるから、失敗しててもそこまで困らねぇんだよ。この仕事」

「なぁ。頼むよツナ君。今日は急な予約客があって、量が多くてなぁ。おっちゃんも困ってたんだ」

息子の援護に縋るように父親も声を被せる。ここまでされると、俺としても断り切れなかった。

(まぁ、ビアンキが絡まなきゃ大丈夫か)

そうして瞬く間にランボとリボーンの両名にその仕事が任命されたのだ。

 

竹寿司。そう書かれた暖簾を勢い込んで獄寺隼人は持ち上げた。彼の敬愛する殺し屋、リボーンからの緊急の連絡を受けてのことだ。彼の人の話によれば、獄寺の敬愛する十代目、沢田綱吉は、彼の友を名乗る山本の父親が経営するその店でいちゃもんをつけられ、不当に働かされているのだという。

その濡れ衣は非情に腹立たしいものの、平穏を愛する十代目の事を思えば事を必要以上に荒立たせるのは良策では無く、彼のことを本当に思うのならば、黙って手伝い、彼の成長の糧とさせるべき、なんだそうだ。

無論、獄寺は気付いていないが、ここまでの伝言は全て、事を起こす前にリボーンが仕込んだものである。

あくどい彼の掌で踊らされていることに気づく事無く、いざ十代目の為にと、意気込んで踏み入れた獄寺は……そこで目にした光景に思わず目を瞬かせていた。

「じゅ……十代目……?」

思わず目の前にいた人物に反射的に声をかければ、こちらに気付いたその人も苦笑いを浮かべてからこちらを手招きされた。

「……あれ?獄寺君。どうしたの?」

手招きで呼び寄せてから、どうして自分がここにいるのかという疑問に行き着いたらしい。

しかし、獄寺が感じた疑問はそれでは無かった。

「あの……俺はリボーンさんから十代目が不当にここの店で働かされているって聞いたんすけど……どうなってるんすか?これ……」

そう問いかけた獄寺が、見たのは何故かランボと仲良く並んで寿司のシャリを握るリボーンの姿である。しかもトレードマークのスーツとシルクハットを脱ぎ、子供用の前掛けをつけている状態。因みに前掛けにプリントされているのは昔やっていた戦隊もののヒーローの絵柄。

「うん。まぁ……実態を知っていると、確かにおかしな絵柄だよね」

普段のリボーンを知っている自分達から見れば、普通の赤ん坊らしい衣装をしている今のリボーンは、おかしいを通り越して不気味でさえある。

しかし、獄寺は知らなかったが、この格好は折角の一張羅を汚しては汚しては大変だという剛さんの気遣いによるものであった。

山本からは「マフィアごっこ」と呼ばれるその格好は、剛さんから見れば子どものお洒落の部類だったらしい。

 

マフィアの掟とやらで本当の事を話すわけにもいかず、また、綱吉の監視から何故か逃げることさえ出来ずに、リボーンはそのままランボと共に与えられた仕事……本日竹寿司に依頼された出前百人分の為のシャリ造りに追われていた。

「単に重量を一定に合わせて軽く握るだけなんだけど、一人分の、「極小」って、一番少ない奴でも十個はシャリが必要なんだよ。巻物は除いても軍艦ものとネタとシャリの合わせもの。全部造んのが一苦労でさぁ……」

遠い過去を懐かしがるようにしみじみと語る山本が、次いで放った言葉に、綱吉は言葉を失った。

「俺なんか昔三百人分親父に頼まれて、泣きながら終わるまで何も食わせて貰えないで造り続けたことあんのな」

懐かしいなぁと、一人昔の思い出に思いを馳せる山本には悪いが、端から聞かされる綱吉と獄寺にとっては、そんな一言で済むことではなかった。

(え?……それどんな罰ゲーム!?……一体山本、何してそれやらされたのぉ!!?)

それともそれさえ、彼らにとっては単なる手伝いの部分だったのか。

(これ逆に……二人からすればたった百人分で運が良かったと言うべきなのかも……!)

山本の経験談で綱吉がひっそりと己の思考の方向を変換させているとは知らず、獄寺はきょろきょろと、物珍しそうに厨房を覗いた……時。

「あら?隼人」

運悪く……一通りの洗い物を済ませてビアンキがこちらを振り向いた事で、その事故は起こった。

「ふがぁぁっ!!」

急激な腹痛に襲われた獄寺が、派手に転倒して、床に倒れたのだ。その際、洗い終わったばかりの漆塗りの器数十個を巻き込んで。

「…………………」

その直後に流れたのは、誰一人として口を開かないが故に生まれた静寂だった。

「……こりゃあ全部京の職人による一点物ばっかだぞ。弁償となると二十万はいくな」

そろそろと近付いた山本の声がやけに遠くに聞こえる。

剛さんに至っては声さえ無い。それだけショックが大きかったのだろう。

「すっ……すいません!十代目っ!!失礼しますっ!!」

あまりの高額な品物の破壊に呆然としていた俺の横を通り過ぎ、気づけば獄寺は逃亡していた。その原因は言うまでもない。ビアンキがいることによって起こる腹痛である。

しかし、この時の俺の中にはリボーンや、ランボ、ビアンキが逃げようとした時には抱いた怒りは何故か湧いてこない。こちらが被った金額の高額さ故に、怒りの度合いが麻痺したのかもしれなかった。

「まじぃな……これ。取りあえず片さねぇと」

動こうとする山本を制して、何事かビアンキが、囁いているように見える。だが何を話しているのかは分からない。

動く二人の様子をぼんやりと見ているだけだった俺の意識を、元に戻したのは頭に向けられた強い殴打……リボーンによる跳び蹴りで。

「ぼけっとすんな!ツナ。全く、おめぇのもんでもねぇっつうのに!」

暗に狼狽えていることを揶揄されたことに、この金額の高額さで狼狽える事を卑小と言うかのようなリボーンの態度に、声を上げようとした俺は。

「いっ痛ぇ………!!」

背後から聞こえた、辛そうな声に思わず振り返った。そこで……。

「おい!親父っ!!しっかりしろっ!?」

俺が見たのは焦りを見せる山本の姿と。

「……え?」

……この店の主人、山本剛が腰を抑え、しゃがみ込んでいる姿だった。

 

カランコロン……

カランコロン…………

下駄の音を軽快に響かせながら、一組の男女が並盛町へ向かうため、町境の橋を渡ろうとしていた。

「どこだっけ?」

女がまるで謳うように、男に問いかける。合いの手を入れる男は慣れた様子で、溜息交じりに答えた。

「竹寿司という寿司処だ。しかし、総大将もいくら一度食べて気に入ったと言っても、態々総会に人の手で作られた食べ物など……幹部の中にはいちゃもんをつけようとする輩もいるというのに……」

「構うもんかい。美味けりゃ人だろうが妖怪だろうが構いやしないさ。毒が盛られる訳でもないんだ」

溜息交じりに不満を述べる男を豪快に笑い返して、女は「それにしても……」と続ける。

「結構綺麗な所じゃ無いか。あの無骨な牛鬼の支配下にしちゃあ現代風に整っているねぇ。私はてっきり、狒々様の所みたいな田舎町かとばかり思っていたんだが」

女の声は幾分弾んでいる。それに男の方は、うんざりとした様子を隠しもしなかった。

「遊びに来たわけじゃ無いんだぞ。用事を済ませて帰らなければ、夜までに戻れなくなるだろう」

その言葉に、女も一応は納得したらしい。渋々と頷きながらも、名案を思いついたと言うように、女は声を弾ませた。

「じゃあ今度、次は遊ぶためにまたこの町に来ようよ!首無(くびなし)っ!約束だよっ!!」

「はあっ?!」

女から一方的に約束を交わされた男……首無(くびなし)は間の抜けた声を上げ……直後、言葉の意味を理解できたという様に、女に向けて声を荒らげる。

「待て!毛倡妓(けじょうろう)!!」

その声をまるで聞こえていないと言うかのように、スタスタと女は歩いて行く。そうして彼らは、並盛町へ足を踏み入れた。

 

一方、山本剛は単なるぎっくり腰だったことがその場で分かった。本人も痛みで顔を顰めているが、意識はしっかり有るようで、命にも別状は無いとのこと……だが。

「まずいな。このままじゃ、出前の注文の時間に間に合わねぇ」

苦い顔をする剛さんが示した時間は、今から1時間も無いもので。

「もう前金もいただいちまっている……今から断る事なんて出来ねぇぞ……!!」

出前の不履行が現実味を帯びているせいだとしても、顔色を青ざめる剛さんの様子はただ事ではなく、山本と共に詳しく問いただすと、どうやら一目でそちら関係と分かる人達が有無を言わせない様子で注文を突きつけて来たのだという。

「んな危険な注文っ!その場で断れば良かっただろ!?」

声を上げる山本に、剛さんは震えながらそれを否定した。

「断れる訳ねぇ……!断ったら俺だけじゃ無く、武にまで何かあったら……!俺は……!!」

その時の恐怖を思い出したのか、震え始める剛さんに、俺はどうしようも無い己が酷くもどかしく感じた。

「親父……!」

山本の方も、そこまで思い詰めているとは知らなかったのだろう。さっきまで平然としていた分、余計その落差は心に響くのかもしれない。

「……どうすんだ?ツナ」

二人の会話に入れず、押し黙っていた俺はリボーンの声に目を向けた。リボーンは、いつもの読めない瞳で俺をジッと見つめている。まるで俺の中にある何かを試そうとするように。

「……どうするって、何もできないだろう?」

言葉にすることで、俺は強くそう思い直す。

そう。俺が出来ることなど、何もなかった。

(そうだよ。たとえ山本の家に厄介な相手が客としていちゃもんつけようとも、()()を装っていなきゃいけない今の俺には何も……)

「本当にか?ここには俺も、ビアンキも、おめぇも、山本もいる。本当に何も出来ねぇって、決めつける気なら……!」

カチャッと、それはなった。

「容赦しねぇぞ」

その何とも簡潔な一言に、思わず俺は飛び上がっていた。

「ちょっと待て!リボーンっ!!」

滅茶苦茶だ、とまず思う。その次に、そういう奴だったと。

(そうだ。こいつはそう言う奴なんだ)

次いで俺が行ったのは、まるで自分自身への暗示に近かった。伊達に己とて、ここ数カ月、リボーンの我が儘に付き合っているわけではない。悲しいことに、彼との折り合いについては誰よりも上手く折り合う方法は知っている。

基本的には流れに任せて諦めるしかないというのは悲しい所だが。

「でも……俺にどうしようって」

俺の言葉に、山本と剛さんも、現状を思い出したのか、沈んだ空気を露わにした。それをぶち破ったのが、この騒ぎの中、珍しく沈黙を保ち続けていたウザいが定評のランボだった。

「みてみてツナっ!ランボさんついに終わったもんね!!」

みるとそこには、形は不揃いで歪極まりないが、丁寧に小分けにされたシャリの数々で。

「ランボ……」

俺は咄嗟に次の言葉を発することは出来なかった。頑張ってくれたランボには酷いことだが、ぎっくり腰の剛さんに寿司が握れる訳が無い。彼とリボーンのやった作業は、全くの無駄になってしまったのだ。

「……ランボ君」

(……いや、それだけじゃないか)

俺はそう強く思い返した。剛さんの言った通り、もし相手がそちら関係の……所謂人のやくざ者だった場合、ドタキャンとなってしまった竹寿司に関する怒りを何らかの形で晴らそうとするかもしれない。それは家族である山本にか、若しくは剛さん当人か、はたまた竹寿司という一つの店にか。そこまでは定かで無いものの。

「情け無いわね。貴方達」

ランボの言葉に何も言えず各々押し黙ってしまった俺達を叱咤したのはビアンキだった。

「ビアンキさん……」

暖簾の向こうから出てきたビアンキが、向ける鋭い目に、山本は何故か声を上げる。

(そう言えば洗い物は終わっていた筈なのに……何していたんだろう?)

獄寺の起こした漆塗りの器破壊の一件から、剛さんのぎっくり腰と、衝撃な出来事が重なった事ですっかりその存在を忘れてしまっていた。

「まだ諦めるのは早すぎるわ。あと一時間近くもあるんでしょう?」

叱咤激励でもしようかというのか、言葉を続けるビアンキに、山本は口が重たい。

「けどよ……親父に無理は……」

「そうだな!」

しかし、渋る山本とは逆に、力強く言葉を紡いだのは剛さんだった。

「まだ諦めるのは早ぇ!何より、そこのリボーン君とランボ君が一生懸命握ってくれたシャリが目の前にあるんだ!!ここで何もせずに諦めちゃあ、俺は寿司屋を名乗る資格を失っちまうわ!!」

拳を握る剛さんに、リボーンも満足げににっと笑って、俺を振り向く。

「ツナ。本人がこう言ってんだ。おめぇも何とかしようとは思わねぇのか?」

遠回しにされるでもなく、俺も覚悟を決めるべきなんだろう。それくらいの空気は俺とて、読める。

「でも俺……何も出来ないよ?」

山本親子にも念を押すように言葉を零すと、ビアンキが、不機嫌そうに顔を歪ませた。

「往生際が悪いわね」

「……へ?」

その言葉を理解できずに首を傾げた俺は、次にビアンキが、放った言葉に息を吞んだ。

「貴方……料理経験あるでしょう?おそらく私よりも」

 

「な……何言ってんの!ビアンキ!!俺は料理なんてほとんどしたことないよ!!家の中の事は全部母さんがやっているんだから!!」

慌てて言い募る俺の言っている事は間違ってはいない。家の事は全て母さんがやっており、「沢田綱吉」となってからは、俺は台所に入るのは軽い飲み物を冷蔵庫から出すとき程度で、包丁を握ることなどは一度もなかった。

リボーンや、山本に応接室での一件でばれる以前に、ビアンキは会った当初に本性の俺と言葉を交わしているようなので、俺はもう強さに関して隠すことは諦めている。しかし、応接室での一件を知らないランボやビアンキにはまだ奴良組や、俺の犯した罪などに関することを話すきっかけはまだ掴めていない。彼らに妖怪であるという自覚がまだ無さそうな分、尚更である。

同じ理由で、たとえ怪しまれていても、俺が「沢田綱吉」でないことを明らかにする訳にはいかなかった。

(大体ここには……何も知らない剛さんもいるんだし……!)

あの山本譲りに天然が混じっているのならもしかしたら誤魔化せるかもしれないが、そう出ない可能性もある。下手なことを言うわけには行かなかった。

「誤魔化さなくて良いわ。ママンの負担を減らそうと練習しているのでしょう?それに関しては責める必要性は全く無い。寧ろ褒めるべき行為よ。……そう思うわよね?山本武」

俺の焦りようから何かを悟ったのか、若しくはリボーンから多少は事情を聞いているのか、山本に合わせるように目配せを向けながら、ビアンキは早口で言い添えた。

山本も事情は分からないなりに頷いている。

「シャリの形を整えるぐらいは出来るはずよ。あと1時間の時間ならばネタの仕込みは大凡終わっているのでしょうし、握ることは私がやるわ」

「ちょっと待てぇ!!」

それでどう?と、剛さんに問いかけるビアンキに、思わず俺は声を荒らげる。不審そうな目を向ける剛さんには悪いが言っておかなければならないだろう。

「ビアンキ!いくら何でもそれはまずいって!!相手がいくらそっちの人でも、人の店で死人出したら問題でしょ!!」

しかも以前獄寺に聞いた話によれば、その死因となるのは食中毒だ。

これからの経営にも関わってくるだろう。

「大丈夫よ。ツナ」

それに対してビアンキは、極道なら問題ないじゃないと、続けると俺は思い込んでいた。しかしその予想に反して、ビアンキはどこか誇らしげな様子で、俺にある変化を打ち明けて来たのだ。

「実はこの町でリボーンと、一緒に暮らすようになって……私変わったみたいなの」

「は?……変わった?」

首を傾げた俺に答えるように厨房からいそいそと何かを持ってきたビアンキはそれをカウンター席に置いた。

それは一品の軍艦もの。おそらくビアンキ作であろうそれだが、おかしな事にいつもの特徴的な煙もなければ、腐っている様子もない。

「どれどれ……」

「あっ!待って……!」

しかし、止める間もなく、剛さんはその軍艦を口に運んでしまい……倒れるかと思った次の瞬間、剛さんは尋常ではない勢いでカッと目を開き……叫んでいた。

「こりゃ……うっめぇぇぇ!!!!」

「へぁ?」

かなり予想外な言葉に、俺の目は細目を通り越し点になる。毒料理が美味いなど、味覚障害と言うには重症過ぎるだろう。

「どれどれ……」

「あっ!?山本っ?!」

そんな父親の反応に不思議に思ったのか、獄寺と違いそこまでポイズン・クッキングの恐ろしさを理解していない山本も料理を口に入れてしまう。ハラハラとした様子で現状を見守る俺を安心させるように、山本はにっと笑った。

「美味っ!ツナ、騙されたと思って食ってみろよこれ!凄ぇいけるぜ!!」

「へ?」

続けざまの二人の反応に恐る恐るとリボーンを見ると、リボーンも、笑みを隠すことなく、「何事も経験だぞ?」と促してくる。

(いや、でも妖怪の畏れだよ?畏れがそんな簡単に……)

恐る恐ると再び料理のどこからも煙などが出ていないことを確かめながら、半信半疑であった俺だが、ビアンキと同じ毒の妖怪である鴆のことを思い出していた。

(鴆さんも、羽根から毒を放出すけど、放出しない事も出来てるもんなぁ。もしかして、そんな感じで、自在に扱えることが出来るようになったってこと?)

手に持ってしげしげと眺めても、普通の寿司と変わらない。しかし己が妖怪であることを理解できていないビアンキが、そんな簡単に己の畏れを制御出来るようになるものなのか。

『リボーンと一緒に暮らすようになって……』

ここでふと、ビアンキの言った言葉を思い出す。

(これが……人を思う力って事なのかな……?)

『大切なもののためなら命をはれる。それが強さってもんだぜ』

養父の言葉を思い出し、何やらビアンキに負けたような錯覚を覚えて思わずツナは涙ぐんだ。その後ろで鼻を啜る音と共に剛さんの声が響いている。

「俺はこの味に猛烈に感動している!よしっ!握ってくれ!ビアンキちゃん!!俺はシャリの整えと、ネタの事を引き受けよう!ツナ君は出来た品物を見本通りに箱に入れてくれ!!武はラッピングだぁ!!」

勢いよく立ち上がり、そう宣言した剛さんがそのすぐ後に痛みに呻いてしゃがみ込んだのだが、ここではそれは割愛しておく。

 

その日、ビアンキと剛さんの主導で何とか頼まれていた出前百人分を造り終えたのは、それから数十分後……予約時間まであと僅かという時間だった。

「ほい!お疲れ。ツナ、ビアンキさんも」

ラッピングまでやり終え、後は取りに来る客に渡すだけにまでこぎ着けた俺達は、一先ずそのお客さんが来るまで一息つくことになっている。

造っている間随分無理をしていたらしい剛さんは、出来たと同時に様子をみていた山本の手によって布団に押し込められた。

剛さんは注文をしてきた相手が一目であっちの人間だと分かっていたこともあり、子どもだけで接客をさせる事には乗り気でないようで。

それを何とか宥め、こちらは渡すだけなのだから子どもだけでも大丈夫だと太鼓判を押したのだが、それでも渋り、最後はビアンキも下手なことをしないようにしっかりと監督すると言い添えて、何とか布団に入ることを了承したのである。

彼女という大人の存在を有難いと思ったのは今回が初めての事だった。

(……いや、でも俺だって変化を解けば本来はビアンキと背丈的にはそう変わらないはずなんだから、剛さんの信用も得られたはず……でも、やっぱり顔見知りって言うのも大きかったよなぁ)

一日で随分な成長を見せるビアンキに妖怪としての知識は豊富な先達としては、些か追い抜かれたような妬心を覚えて、お茶を片手にグルグルと思考を回しているところに、カラカラと扉を開く音が聞こえる。

どうやら剛さんの言っていた一目であっちの人間が来たらしいが。

(考えてみればリボーンと、ビアンキだって殺し屋だし。今更人間の危険人物なんて俺と山本が怖がる相手でもないのかも……)

無意識に山本を自分達と同じ……非一般人の括りにしてしまっている事に気付くことも無く、お茶でも飲もうと弄んでいたそれを口元に近づけようとして。

「夜分にすいません。予約をしていた奴良というものですが」

聞く人によっては涼やかだの、格好いいなどと呼ばれていた、数年前まで毎日のように聞いていた声に、俺は思考を見事に止めてしまっていた。

……顔を上げることは、出来なかった。

 

入った店の内装は、確かに総大将の言っていたように、純日本製でこちらのなじみやすい空気を醸し出していた。

「ちゃんと出来てたことにびっくりよ。注文つけたの、青でしょう?しかも人間の舎弟とか言うのまで連れて行ったって言うから、最悪怖がられただけで注文の品物なんて一つも出来てないって言われそうな気がしたんだけど」

小声でそう語りかける毛倡妓(けじょうろう)に、些か失礼なとも思うものの、内心は首無も同意見である。

(しかしいくら小声とは言え、当人達の前で話すことでもないだろうに)

豪胆というか太々しいというか判断の困る同行者の行いに、肩を竦めながらも、()()()()()()()()()()()()()品物をカウンターの上に見つけた。

流石に勝手に持って行ってくれという態度なのかと……近所からもそのような扱いをされているのが人間社会での通常な為、それに対しての不満はない。わかりきっている対応に、やはり人間の限界かと溜息をつきたくなる。認識をずらして食い逃げするだけならば勝手だが、このような役回りは任された方は余り良い気分はしない。そこら辺は総大将とて知っているだろうに、態々人の営む店を選ぶのだから意地が悪いとしか言いようがなかった。

(まぁ、仕方ないか……)

再び心の中で吐露して品物をとるためカウンターへ足を向けようとした首無だったが、それよりも早くカウンターへ、向かう人物がいた。

「どうぞ」

そう一言添えて品物を纏めてあるビニール袋を差し出した女の方は人間にしては珍しく、こちらに縮こまっている感がない。そうと言ってもこちらの様子を窺うような粘つい対応というわけでもないそれに、珍しく首無が感嘆を覚えたとき。

「首無!」

毛倡妓(けじょうろう)が、怒声を上げたことで、彼女から微かな妖気が漂っていることに気づいた。

(妖怪!?牛鬼組か……!)

咄嗟にそう思うものの、こちらに攻撃しようとする意図がわからない。

数歩下がったこちらの意図に気づいていないのか、女は訝しげな表情を浮かべる。

「……あんた、単なる人間じゃないね!!」

威嚇するように声を上げる毛倡妓(けじょうろう)に対して、漸く己の失態に気づいたのか……しかし女はそれに対して格上であるはずの自分達を前に焦りも見せず不敵な笑みを浮かべる。

「あら……勘が良いのね。見ただけで分かるだなんて」

だが言葉はどう解釈しようともに奴良組本家への侮辱に他ならなかった。

「落ち着け、毛倡妓(けじょうろう)……!」

おそらく格下の……そうと思われる存在の口の聞きように怒りを抱いて、考えなしに畏れを解放しようとした毛倡妓(けじょうろう)を宥めるために会話に割り入った首無は、それと同時に入った声の放った言葉に、思わず息を吞んだ。

「落ち着けビアンキ。相手が()()()奴良組なら、貴重な同盟候補だぞ」

 

言い放たれたリボーンの言葉に、思わず俺はおかしな声を上げた。

「同盟っ!?……ってちょっと待て!何でその名前知ってんの!」

「待て貴様っ!!()()()とはどういう意味だ!俺達が奴良組の名を語る破落戸(ごろつき)だとでもいうつもりか!」

傍らと入り口付近から異なる問いを同時に放たれながらも、言葉を放った本人はまるで動じた様子はない。所か入り口にいる彼の反応から「その様子からだとマジモンみてぇだな」と悦に入ってさえいる。

「答えろよ!リボーン!!」

殺気立つ。そう形容してもおかしくない気配を帯び始めた俺に、リボーンは焦る様子もなく。

「自分で考えろ。バカツナ」

その一言を残し一蹴りで俺の額を机上に衝突させた。

「いっ……痛ぅ……!」

声も出ないで身悶えている俺の耳に、いつものように落ち着き払った、リボーンの声が届く。最もその内容は全く落ち着けないものだったが。

「おめぇらの事は牛鬼組若頭の牛頭丸や鴉の奴から聞いてんだが……おめぇらは何も聞いてねぇらしいな。信用されてねぇのか?」

(ちょっと待て!いつあの二人に会った!?……というか、いつ聞いたのぉ!?)

激しく心の中でツッコミながら、俺は何とかリボーンの暴走を止めるべく、呼吸を整え、めり込むかの勢いで机上にぶつけられた額を抑えた。幸運にも血は出ていないらしい。そんなことをしている間にも彼らのピリピリと痛みを感じるほどの殺気を帯びる会話は続けられた。

「信用されていない、だと?随分な言いがかりだな……貴様らは何ものだ?」

「悪ぃが格下相手に名乗る気はねぇぞ。聞きてぇんなら本家にいるチビ鴉に聞きやがれ」

今のリボーンの顔は見なくても分かる。絶対にニマニマと笑っているだろう。相手を挑発するかのように。

「まぁまぁ落ち着けよ。小僧。ツナも困ってるしさ」

傍らにいた山本には、俺の心情が伝わったのか、今にも殺し合いになりそうな空気すら帯びている三人の間を取りなそうとしたらしい。因みに最初の発端となったビアンキに関しては、リボーンが己のために出てきてくれたという事実がうれしかったのか、顔を赤らめて口元を緩めている。

しかし、次に山本が放った言葉は俺の一縷の望みを粉々にするもの……逆にリボーンにとっての援護射撃になり得てしまうものだった。

「どんな人でも一応お客なのな。小僧に手ぇ出したら大事だろ?」

山本的にはおそらく、大人が赤ん坊に手を上げては向こうの外聞に悪いという意味合いだったのだろう。しかしリボーンは、全く違う意味合いで相手に投げつけた。

「確かにな。聞いた話じゃあ奴良組って言うのは無害な奴には手ぇ出さない任侠集団って売り込みだったが、ビアンキといい、俺といい、さっきから狙ってんのは人間ばっかじゃあ……本家といえども質がしれるってもんだ」

「あれ?そうなのな?」

最後に山本が、初耳だなぁと言ったところで、竹寿司全体に巨大な畏れが広がった。異様な気配に息を吞んだ俺は次の瞬間……今度は頭に衝撃を受け、とうとう意識を失っていた。

 

「言い過ぎだよ。赤ん坊」

沢田綱吉の意識を沈める為に投擲したトンファーを回収する雲雀に、山本は目を瞬いた。

「あれ?今のゾワワワって感じって、もしかして雲雀がやったのな?」

一瞬で消えたその感覚に軽く肌をこする動作だけで耐えた山本に、雲雀恭弥は僅かな恐ろしさを感じていた。

「鴉から緊急の伝令が届いたから来てはみたけど……やっぱり鉢合わせたんだね。赤ん坊」

溜息交じりに呟いた雲雀の言葉は端的にリボーンを責めているようにも聞こえたのだろう。リボーンは、大袈裟に肩を竦めてみせる。

「狙ったわけじゃねぇぞ。偶然だ」

それはリボーンにとっては真実だったが、雲雀からすれば違うものらしい。僅かに吐息を零しながらも言い添えてくる。

「君らにとってはそうでも、彼らはそうはとらないだろうね。それに、これが絡んだ時点でそうでないというべきだ。「力」は「力」を引きつける。覚えておくべきだよ。赤ん坊」

親切心という訳ではなく、余り煩わしい事態になって欲しくないというのが本音だが、そこまで分かっているのだろう赤ん坊は、ただ思わせぶりに笑うだけだ。

雲雀とて、覚えておけとは言うものの、出来るとまでは思っていない。体育祭の一件で、婆娑羅と言う存在の力を食い止める為に、本性の力を一部とはいえ解放したのだから余計にだ。以前にも増してそういうもの達は引きつけられるようになる。

「あんたは……ひばりの……」

言葉に詰まる毛倡妓(けじょうろう)に寿司の入ったビニール袋をそのまま押しつけ、扉の外まで引っ張り出す。流石にこちらの畏れを浴びたことで、この二人は些か冷静さを取り戻したのか、何も言う事無く踵を返してくれた。

(取りあえずは大丈夫か……)

そんな彼らを見つめながら、雲雀はそっと息を吐き出した。

「世話かけさせたな。ヒバリ」

見ると、そこには見慣れた赤ん坊の姿。言いたいことは言い切ったのでそのまま背を向けると、彼にしては珍しく、次いで短い謝罪の言葉が降ってきた。

「奴らの方からいちゃもんつけられるかもしんねぇが、そん時はテメェらの力不足だと返してやってくれ」

次いで投げられた訳の分からない伝言の意味を雲雀が知るのはその翌日。

昨晩首無と、毛倡妓(けじょうろう)が、持ち帰った寿司折りの残りに手をつけた小妖怪達が次々と鴆の世話になる程重度な、原因不明の食中毒にかかってからのことである。

寿司折りの中身は彼の診察曰く、全ての寿司が微量の畏れを含んでおり、それを食べた小妖怪達が時間差でその畏れの攻撃を受け、次々と倒れたというもの。

これが後にポイズンクッキング・三時間殺しと命名されるビアンキの新しい能力が開花した顛末でもあった。

 




さ……最後、なるべく脱線しないようには気をつけましたが、やっぱり暴走は起こりますね。
次はなるべく少なめ、短い期間で上げようと思いますので、どうぞご了承下さい。
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