緋眼の裔   作:雪宮春夏

19 / 28
「さてと……言い訳を聞こうか?」
(そう言ってチャキッと、トンファーをならした雲雀恭弥に、春夏は震えた。)
お久しぶりです!現在恐怖の支配者に獲物を突きつけられています、雪宮春夏です!
「へぇ?自己紹介出来るなんて随分余裕だね?反省の自覚あるの?」
(ニンマリと、某家庭教師様を彷彿させるような笑みを浮かべた風紀委員長相手に、無謀な弁明をするため、春夏は急いで言い募った)
……反省とは、先月最低記録の月二回更新になってしまったことでしょうか?
それとも前回の間から10日以上間が空いてしまったことでしょうか?
はたまたメインとサブの小説が見事に逆転してしまった現象についてでしょうか!?
「………そこまで分かっているなら文句ないね。噛み殺す!」
(必死の弁明にも関わらず、トンファーを振り上げる委員長に、叫び声を上げながら春夏は逃走する)
ちょっと待てぇ!!そこ普通許す所でしょうがぁ!!(逆ギレ)


尚、これは春夏の頭の中の出来事です。
かなりの遊びを入れてしまいましたが、今回の話の題名「閑話」にちなんで、どうぞご了承下さい。


……と言うわけで、重ね重ねすいませんと謝罪いたします。雪宮春夏です。
なんかこのスペースで、春夏は謝罪しかしていない気がしますが((;゜O゜))。
今回、本編から見れば、脇道と言うことであえて題名は「閑話」にさせて頂きました。
次回が終わればまた、本編へ戻りたいとは思いますが、どうぞ気長に待って貰えたら幸いです。

それでは、大分長くなりましたがどうぞご覧下さい。
わちゃわちゃした組ならではの雰囲気、堪能頂ければ幸いです。



閑話 奴良組食中毒騒動

関東妖怪総元締め組織、奴良組傘下の中で唯一の薬師一派組織、鴆一派の頭領、鴆は、そろそろ床へつこうとしていたところで、廊下を速歩で進む足音に、横たえようとしていた体を起こした。

「どうした?」

やや急いた様子で障子を開けた蛇太夫に誰何すると、彼は心なしか顔を青ざめた様子で、本家からの知らせだと告げてくる。

(本家?……まさか今晩の総会に出られなかった件か?)

真っ先に鴆の中で思い当たったのは、今晩……正確には既に日が変わった時刻なので、昨晩とも言えるが。開催されたであろう定時総会に、体調不良で欠席した件である。

(いやだがここ二、三年……いつものことだしなぁ……)

鴆自身褒められる事では無いと分かっているが、それ自体は彼が成人してから、おそらく毒の威力が急激に上がったのと引き替えにか、計画的な遠出が出来ない体になってしまったのである。

総会の出欠に関しては料理などの手続きもあるため、当日に飛び入り参加は喜ばしくなく、だからと言って当日にドタキャン等はもってのほか。

結果として毎回欠席とするしか無いと言う心苦しさが存在した。

「……いえ、実は……。至急往診へ来てくれと言う一報で……本家で何やら諍いがあったようで……」

「何……!本家が襲われたってのか!?それとも蟠りか何かか?!」

問いかける鴆には申し訳ない限りだったのだろうが、説明する蛇太夫の言葉の端々からも、何があったのか分からないと言う困惑があった。

「電話口の者も状況を上手く説明できないようで、取りあえず往診へ来てくれと、その一言で……」

そう言われては、鴆は行かない訳には行かない。

奴良組の中で、薬師であるのは鴆だけなのだ。

だからこそ、戦う力はそこまで持たない己が幹部の一角と担っていると言っても良い。

「蛇太夫!すぐに朧車を用意しろ!!」

鴆の鶴の一声で、薬師一派は慌ただしく動き出した。

これから語られるのは並盛町の食事処「竹寿司」から取り寄せた寿司折から始まった、一連の事件の顛末である。

 

「あれ?何かやけに静かだな……」

早朝。学校に生徒の多くが登校する前に朝の奉仕活動をやれるよう、周りと比べて一時間ほど早い電車で登校している奴良家の長男、奴良リクオが起床した際に抱いた感想がこれである。

総会があった日は大体その後は酒盛りになり、リクオが起床する頃には、あちらこちらに酔いつぶれた妖怪達が転がっているのが、リクオの知る総会翌日の光景だったのだが。

(今日は……一人も転がっていない)

それどころか、妖怪の気配でさえも極端に薄い気がするのだ。

(外に出ているのか?……いや、でもないわけじゃ無いし)

気にはなるものの、余り悠長にしている時間はリクオには無い。首を傾げながらも、身支度を整えつつ人を探して歩いていると、疲労困憊した様子の青田坊と行き会った。

「……あぁ!若!おはようございます!!」

こちらへ気付いた青田坊が先に声をかけてきたので、それに答えて、どうしたのかと問いかける。リクオの部屋から大広間までのこの道のりには、いつもなら進んでいるだけで、何人もの小妖怪に落ち合う筈である。しかし今日はなぜか一人もいない。

いつもリクオは彼らに向かって常々静かにだの、どいてくれだの言ってはいるが、いつもと違い、ここまで静かで誰もいないと逆に落ち着かなかった。

「あぁ……実は……。いえ、若が気になさる事じゃありません。既に治療は終わってますし」

治療。そう口を滑らせてしまったのは青田坊の失態だった。それはつまり、治療の必要な何かがあったと言うことだ。しかも。

「もしかして……それが原因で皆出てきてないの?何があったんだよ!青っ!!」

尋ねる口調が乱暴なものになってしまったのは、心配の裏返しでもあった。

奴良組は妖怪が集まっていろいろな悪さをしている組織ではある。

その存在はリクオには迷惑なものでしかないし、総大将を名乗る祖父、ぬらりひょんのやっていることこそ、自慢げに語る話は偽りで実際の行為は無銭飲食だ。

お祭り好きで迷惑をかけられる事の多い集団ではあるし、そんな彼らの三代目など冗談では無いが、それと彼らを嫌いか否かでは等号は出来ない。

困った奴らとは思うが憎みや嫌悪はもてないのは、子どもの頃から家族のように接していたせいもあるのだろう。

そんな彼らが、治療が必要なほどの怪我を負ったというのなら、本家全体にも何かあったとみるべきだろう。

嫌な予感に息を吞みつつ、青の返答を待ったリクオは……彼の迫力に負けてか、しどろもどろに白状した青田坊の答えに、フルフルと肩をふるわせた。

「食中毒……!?残り物って、何がめついことやってんだよ!あいつらぁ!!?」

怒りの余り叫ぶリクオの心情としては、()()()食中毒だった。

()()()()()で、倒れた彼らに抱いた怒り。

それがどれほど的外れな物か、この時のリクオは知る由も無かったのである。

 

「……あいつらぁ……何やってんだ一体ぃ!!」

馬頭丸、牛鬼と共に知らせを聞いた牛頭丸は、思わず天を仰いでいた。

比喩では無い。まさしくそうするしか無い状況と言っても良かったのである。

「至急、臨時の緊急総会が開かれるとのこと。牛鬼組においては、並盛町管理責任者、妖怪・きょうやを連れてくるように……とのことです」

そこまで一方的に突きつけられた文を音読した下位妖怪は恐る恐るといった様子で、己の上座にいる三人の妖怪に目を向けた。

「ご苦労様。下がって良いよ~」

気取らない声でそう答えたのは馬頭丸で。

ヒラヒラと振られる彼の手に頷き、その妖怪は無礼のないよう、しかしなるべく早い動きで、襖を閉ざし、部屋から去って行った。

「……さてと。どうします?牛鬼様」

仕切り直すように馬頭丸が言ったのは、唸る牛頭丸が話し合いというこの場においては、どう見ても使い物にならないと思ったからだろう。

報告の間取り乱すこと無く瞳を軽く閉ざしていた牛鬼が眼を開き、唸る牛頭丸と彼を見つめる馬頭丸、双方に視線を飛ばす。

「きょうやを連れて来いとのこと。連れて行くしか無いだろう」

「……赤ん坊と女はどうすんだよ?」

呻き混じりに尋ねる牛頭丸は、よほど余裕が無いのか、いつもの敬語が無くなっている。

「なに……こちらは報告を受けていない。おそらくきょうやが隠していたのだろう。それだけだ」

含み笑いさえ浮かべる余裕を見せる牛鬼に感心したように馬頭丸は頷く。しかし、牛頭丸は僅かに悲鳴をあげそうになった。

確かに定時報告においてはきょうやはこの事を緋眼の元に複数の妖怪が集っていることを隠していた。

しかし、数日前に呼び出された時、牛頭丸は実際に緋眼の姿を見、そこに二つの妖気があることを確認している。

姿とて見てはいないが、その存在が実在することはきちんと牛鬼に報告したのである。

「牛鬼様……しかし!」

咄嗟に声を上げた牛頭丸を目で制して、牛鬼は牛頭丸に命じた。

「牛頭よ。今すぐ並盛へ赴き、きょうやを説得しろ。是が非でも今回の総会へ引きずり出さねばならん。いいな?今日の夕刻までに屋敷の方へ連れて来い」

鋭い断言となった命令に、牛頭丸はただ頭を下げた。

その内心は、懐疑に満ちていたが。

 

「なるほどね。まぁ妥当な判断じゃ無い?」

「お前がそれを言ってどうすんだよっ!!」

通された応接室にて。副委員長、草壁とやらの入れた茶を口に含んで今までのことを聞き終わった上でのきょうやの言葉に、思わず堪えていた怒りを爆発させてしまう。端から見れば逆ギレと言われたであろうそれ。牛頭丸からしても自覚はあるが、そう言われてもこの時は構わなかった。

「牛鬼様は何か考えがあるんだとは分かる!……だからって、こんな……まるでお前を見捨てるようなやり方……」

拳を握り締め、やるせなさに俯くが、それでも己が何も出来ない状態に感じる無力さは変わらない。

どうにもならない状況に、唇を噛んだ牛頭丸だったが、きょうやはそれとは真逆に、キョトンと目を丸くした。

「何?君……もしかして牛鬼の言葉を聞いて、気付いていないのかい?」

その口調の中にはどう聞こうとしても、裏切られた悲愴さなどは感じられない。

「……へ?」

それどころか目に映ったきょうやは、何とも面白そうに、何やら企んでいるかのような笑みを浮かべている。

「気付くって……バレたんだろう?」

問われた言葉の意味を理解できずに、牛頭丸は思ったままをそのまま伝える。

「バレたって、何がだい?」

「何って……だから」

尚も尋ね続けるきょうやの言葉に答えようとして、牛頭丸は己が口にしようとした答えの中にある一つの食い違いに気付いて目を瞬いた。

(いや、……いやいやちょっと待て……!)

牛頭丸が危惧したのは、緋眼の周囲に力のある妖怪が集まりつつある事実が奴良組本家に明るみに出てしまったということだ。

特にあの赤ん坊は、彼が成り代わっている沢田綱吉とやらを総大将とするために来ている言う。つまりは彼に対しては直に操ることの出来る程の影響力を持っていると言っても良い。

彼らが奴良組相手に事を起こしたとなれば、下手をすればこれは緋眼の奴良組に対する謀反と言われても牛頭丸達には庇うことは出来ない。

(本家からの書状にあったのは、きょうやの招集……理由は……)

牛鬼組所属の下っ端によって読み上げられた本家からの書状の内容を思い出した牛頭丸は、そこで漸く、己の考えとの間にあった矛盾に気付いた。

(奴良組本家に依頼された寿司折りに、畏れによる攻撃を仕込んだ奴良組のものではないと思われる女妖怪と、その妖怪を従えていた流暢に言葉を話す赤子の姿をした妖怪についての説明……あれ?)

その書状には、書いていなければならない名前が入っていなかったのだ。

「……おい。まさか本家の奴ら、あの二人に緋眼が絡んでいること、気付いてねぇのか?」

そんな馬鹿な……と思う一方で、あり得ないことじゃないと思う己がいる。

牛鬼組預かりとなった後に、隔離された彼が、まさか人として人間に混じり暮らしているなどと、一体誰が思おうか。

あの鴉天狗でさえ、驚愕に声を上げたのだから相当に予想外な事の筈である。

「まぁ……あの赤ん坊は良くも悪くも印象に残るからね。彼を警戒すれば当然、妖気も微弱で見た目も無害そうな彼に注目は集まらないだろうけど……」

報告のほの字にも上がらないとは思わなかったな、と呟くきょうやの顔には、僅かな呆れがある。しかし牛頭丸が安堵の溜息をついた直後、その雰囲気は一瞬でかき消されていた。

「……だけど、この並盛に事前の連絡も無しに入った挙げ句に、上から目線での一方的な通達……。あまりいい気はしないね」

次にあったのは鋭く尖った眼光。三代前の「きょうや」と同じ、紫色の瞳がギラギラと人の虹彩では先ず起きないだろう異様な輝きを放っている。

応接室で一人だけ残っていた人間の草壁が、息を吞んだ気配に、思わず牛頭丸は口を挟んでいた。

「落ち着けきょうや。畏れが解放されかけてるぞ」

あのまま解放されていれば、間違いなくこの草壁とやらはきょうやの畏れに当てられ気を失っているか……加減が酷ければ、そのままショック死していただろう。

彼の畏れを単なる人が浴びると言うことは、本来それほどのリスクが伴うのだ。

(まぁそりゃあ……緋眼(あのバカ)にも言えることだが……)

ふと牛頭丸の脳裏に過ぎった緋眼の姿はこの世界で見慣れた変化した姿では無い。

過ぎし日に、本家で見た、年若い青年の姿だった。

(全く……こいつといい、あいつといい。人なんざ連れ歩くなんて、物好きな奴らだ)

その時、牛頭丸の胸を過ぎった感情が何なのか、牛頭丸には上手く理解は出来なかった。

牛鬼に忠誠を誓い、牛鬼組の若頭として、彼の役に立つ事に、迷いはない。ただ……力の無い筈の人間が見せる強さに、言い知れない感覚を抱いたのは確かだった。

(バカじゃないのか!明らかに己とは違う存在だとわかりきっているはずなのに……目の前の男も、緋眼(あのバカ)と一緒にいる子ども(ガキ)共も、何で離れない……!!)

それが一番、牛頭丸には理解できなかった。

恐れないはずが無いのだ。彼らは()()()()存在なのだから。

しかし彼らは離れない。()()()()()()()

(本当に、理解できねぇ)

顔を顰めた牛頭丸を、眺めていたきょうやが不思議そうに首を傾げた事に、彼は最後まで気付かなかった。

 

草壁哲矢は、突然の彼らの談合に緊張を隠せなかった。話の内容は理解できないが、どうやら委員長である彼は再び、遠出をする必要があるらしい。

そして、上から目線での呼び出しに、彼は怒っているらしい。

草壁が飲み込めたのはここまでだった。

雲雀への一方的な信頼の念で、何とか意識は保ったが、思考能力は大幅に乱れている。そんな彼に構うこと無く委員長である雲雀は立ち上がった。その足が進もうとする場所は、おそらく目の前にいる牛頭丸……そう呼ばれている委員長の知り合いと、委員長の今し方垣間見せた、彼の真実の姿と関係のある場所……時折彼が尋ねていた例の場所に、近いところなのだろう。

ならば己が言えることはこの一言だけだった。

「委員長……!ご武運を……っ!!」

膝をつき、息を荒くしつつも言い切った己に珍しく委員長は微笑みかけていた。

「当たり前でしょう?」

それはいつもと同じ、不敵な笑みだった。

 

「説明してくれっ!鴉っ!!一体どういうことなんだ!?」

「ちょっと!落ち着きなよ!!首無っ!!」

夜半からおきた事件が漸く収束に向かいつつある中、人目を偲んで鴉天狗と落ち合った首無と毛倡妓は掴みかからんばかりの勢いで鴉を問い詰めていた。

最も毛倡妓はどちらかと言えば、暴走しかけている首無を必死で宥めているといったところで有ったが。

「……二足歩行で人語を流暢に喋る赤子か……」

思わぬ所から出てきた犯人像に、頭を抱えたのは鴉天狗も一緒であった。

彼らは何の意図を持ってこのような事に臨んだのかは分からないが、これで芋づる式に緋眼の一件まで明らかになれば自分達が隠したあの一件は見事に水の泡である。

もしあれが明らかになれば嘗ては緋眼を擁護した数少ない幹部格もすぐさま掌を返すだろう。

鴉天狗が彼らと関わりを持ったあの日、垣間見た緋眼のもう一つの姿には、それほどの危険性がある。

(首無と毛倡妓達が騒ぎ立てている中に緋眼の存在が無かったのはせめてもの救いか……)

奴良組内部に正体不明の妖怪が入り込んでいたというのは確かに由々しき事態ではあるが、()()緋眼が主体となって百鬼を形成しようとしていると、バレるよりは遙かに状況は良いのだ。

緋眼の七年前の疑惑は解けていない。鴉天狗が掴んだ情報にしても、背後に何者かがいた可能性は考慮しても、今度は逆に婆娑羅という存在が、実行したことへの真実味を持たせてしまう結果となってしまったのである。

これを幹部連中に明らかにすれば、嘗ての小妖怪のように、力尽くでことに及ぼうとする輩は幹部格の中に必ず出る。

そうなればいかにあの牛鬼やきょうやとて、守り切るのは難しいだろう。

「答えてくれ鴉っ!何で俺達には何も伝えられてなかったんだ!!」

己の思考に浸っていた鴉天狗の耳に、首無の不満も露わな声が届く。

……何故か?

緋眼を殺すことこそ躊躇ったものの、本家から追放するようにかけ合ったものの中には、首無と毛倡妓も入っていたからである。

(あの不審すぎた現場の状況……周りから膨れ上がった猜疑心。そして何より、あれの母の事を知っていればこそ。その結論を出してしまったのは仕方が無いと言えるのかもしれないが……)

無論鴉とて言葉にはしなかったが、その決定を聞いてホッとしてしまった意味では同罪と言えよう。

あの時本当に、緋眼を何の蟠りも無く信じ続けたものは、総大将を含め何人もいなかった筈である。

残された唯一の三代目候補、リクオがまだ覚醒していなかった事もその危惧に拍車をかけた。

二代目の養子であるだけの子どもか。

未来の奴良組の総大将を約束された正当なる血筋か。

その二つを秤にかけて、ほとんどの者はその血筋をとったのである。

しかしそれらを話す訳にもいかず、口ごもるしか無かった鴉の耳に、襖の開く音が届いたのはその時だった。

「聞いたぞぅ。首無、毛倡妓ぅ。……お主ら、()()()にあったそうじゃのう?」

そこにいた総大将が発した気配はいつもの好々爺としたモものではなく、現役時代の戦いの中に垣間見せる気配で。

二代目の死後、長くそのような畏れを浴びていなかった首無、毛倡妓の両名が思わず息を吞む迫力を醸し出していた。

「………総大将!」

一体何を言うつもりかと、知らず息を吞んだ鴉天狗に構うこと無く総大将が放った一言は。

「詰まらんのぅ……何故お主らばかり一度で鉢合えとるんじゃ!儂なんぞ何度もあの町に足を運んどるのに、一度も見たことが無いんじゃぞ~!」

「…………」

さっきまでの痛いくらいの鋭い気配は、真面目な出だしは何だったのか。そう思わず問いかけたくなるほど、次の瞬間の総大将は気を抜かしていた。

「……って!お待ち下さい、総大将!あの町に奴良組のものではない妖怪がいること、総大将はご存じだったのですか!?」

その場にいた面々の中で最も早く我を取り戻したのは流石と言うべきか、嘗て二代目鯉伴に散々振り回された経験を持つ首無であった。

総大将の言葉から予想できた事をぶつけると、その当人はまだ遭遇した当人二人にはどうにもならない事で根に持っているのか、ジト目でこちらを見やりながら頷いてみせる。

「鴉が知ることで儂が知らぬ事などあるはずも無かろう。幹部が何やら言っているようだが、元々あの街は鯉伴の奴が雲雀に全権を委任した土地。今更儂らが口を出すって言うのは筋違いじゃろうが」

「いえ!しかし……!!」

その言葉に異を唱えかけたのはまたしても首無で。それに対して少しズレているとは思いながらも、鴉天狗は頭を抱えて呟いた。

「…総大将。まさか()()に会うために、頻繁に並盛へ赴いていたと言うことですか?」

流石に総大将も非難される事は分かっていたのか、チラリと鴉天狗を窺いつつ、しかし謝るつもりは無いのか、戯けた調子でこう言い返す。

「何で儂が責められなきゃいかん。奴良組のシマのどこへ行こうが儂の勝手じゃろうが」

「さっきと言っていることが矛盾してません?総大将」

頭を抱えて唸る鴉天狗にかわり、首無よりはまだ冷静さを保つ毛倡妓が、おっとりと合いの手を入れる。……正論である。

今し方は雲雀に委任した土地故に介入するな。今は奴良組のシマなのだから勝手に入る。ここまで堂々と言い切られては、強く非難することも出来ない。

(……というか本当に、()()に会うためだけに並盛くんだりまで行っていたとは、なんて行動力だ……!)

渋面を作る首無や苦笑する毛倡妓を横目にしながら、鴉天狗は溜息を零した。

事情を知らない首無達には上手く勘違いされたのだろうが、達磨や自分にはすぐさま分かった隠された単語。

思えばあれは二代目の養子であったが、同時に総大将にとっても、義理とは言え初孫であったのだ。

まだ成人もしていない時分から百年近く、それも猫可愛がりと言っても良いレベルで可愛がっていたのである。

七年前のあの当時、牛鬼組に預けてからは牛鬼ときょうやの二段構えに、周りを刺激しないためという意味もあり、ぬらりひょんは、並盛町には足を踏み入れなかった。そこに足を踏み入れるようになった時点で気付くべきだったのだ。

(もしや、もう周りを気にするつもりが無いのか!?)

何故今までの方針を覆したのか。それは鴉天狗にも分からないが、こうなった総大将を心変わりさせる事が難しい事は知っている。この様子ではこれからも合間を見つけて並盛に通う可能性は高いだろう。緋眼一人を探すために。

(まずい……!何とかきょうやの奴にこの事を知らせて、総大将の企みを阻止しなければ)

あの赤子と総大将。どちらも常軌を逸する美形でなければ、この上ない醜男と言うわけでも無い、平凡な見た目だ。しかし、一度口を開ければ、その印象はガラリと変わる。カリスマとも呼べるかもしれない。その圧倒的な気配。見るものによっては、非常に目立つのだ。

(いや、それだけでは無い……!!)

更にその二人を知る鴉天狗には、妙な確信があった。

教え子であるはずの緋眼を筆頭に、様々な人間を躊躇無く巻き込むあの身勝手な赤子と、こうと決めたら周りのことなど眼中外に進める奴良組初代総大将。

彼らの本質は非常によく似た……似たもの同士なのである。

(絶対、意気投合するに決まっているぅ……!!)

この時、周りに首無や毛倡妓がいるにも関わらず、百面相を繰り返していた鴉天狗は、後日本家のあらゆる妖怪から遠巻きに噂されるのだが、今の彼には知る由も無い。

未来の己の心痛に気をとられ、鴉天狗はそもそもの疑問をこの時頭の中からすっぽりと無くしてしまっていたのだった。

そう。何故今になって、彼は並盛へ足を向けたのであろうか。

 

どうやら自分達に知らされた時間は、正規のものよりも遅く知らされたものらしい。そう牛頭丸が気付いたのは、招集されたきょうやと、牛鬼様に従い、馬頭丸と共に本家の門を潜った時だった。

総会は、奴良組傘下の妖怪組織が一同に本家へ集まる唯一の機会。当然大広間へ通される組長に付き従う形で、若頭や若頭補佐が来ることも許される。

特に今回のような臨時総会は二代目の死後では今回が初。しかも内容は武闘派として名高い牛鬼組の失態(疑惑)となるのだから、当然物見遊山気分でこちらに視線を向ける有象無象の数は多かった。

「…………群れてる」

異様とも呼べるべき気配の多さを感じたきょうやが、しかしその一言だけで……不機嫌そうな形相はありありと隠しはしなかったものの、暴れなかったのはかなりの珍事と言っても良いだろう。

(これが牛鬼組屋敷だったら、絶対今頃は周りに被害が甚大だぞ)

その光景まで容易に想像できてしまった牛頭丸は、現在の深刻な状況に似つかわしくない乾いた笑いを漏らした。

「牛頭……大丈夫?しっかりして……!」

そんな牛頭丸を心配そうに揺さぶる馬頭丸に、バカにされているように感じられて、うるせぇと一言漏らし軽く叩く。

じゃれ合う暇が二人にあるのは、現在彼らがいるのが大広間とは少し離れた控えの間だからだ。前述の視線はトップの存在である牛鬼様がいない今、遠慮無用とばかりに、痛い程に突き刺さっており、二人の会話から何か分からないかと、小声で雑談を交わしながらもその耳は執拗に、こちらへ(そばだ)たされている。

そのような状況だからこそ、自然と馬頭丸と牛頭丸の口数も少ない。下手なことを口にすればすぐさまここにいる者達の口から、多くの幹部連中に情報は伝わってしまうだろう。

(そう。だから緋眼の事なんざ、一言たりともここでは話すわけにはいかな……)

「でも変だよねぇ…何で牛鬼様ときょうやは招集されて、張本人のあいつらは招集されてないんだろ?」

「何人が気をつけてる傍から言い放ってんだ!テメェはぁ!!」

その瞬間、拳よりも蹴りが先に出たのは決して脳天気な牛頭丸への怒りだけから来るものではない……と思いたいと願う牛頭丸であった。

 

ズガン……!!

遠く離れた広間の付近から聞こえた地響きに、台所で支度をしていた毛倡妓を含む女妖怪達は思わず肩を震わせた。

「あらあら。元気な人が出てるみたいねぇ」

ほんわりと笑うのは、ここ奴良組本家にいる唯一の生粋の人間にして、三代目候補、リクオの母、二代目鯉伴の妻、奴良若菜である。本家の者達からは天然と称される彼女は流石に二代目の妻なだけに、肝は据わっているのだろう。

ちょっとやそっとの物音はこのように笑って済ませる強さがある。

抗争や諍いなどに巻き込まれた経験も無いわけでは無いのだが、ことこの人に限っては敵対した妖怪を恐れる所はあまり見たことがなかった。

そしてその長所は、昨日の一件でも遺憾なく発揮されたと言って良い。

総会が終わった夜半、手を着けられずに残った寿司折りの数々を小妖怪達が小腹を満たそうと摘まむのは、もういつ頃からか分からない程に古い不文律だった。

総会のような晴れの席で無ければ滅多にありつけないご馳走に、舌鼓を打ち、小妖怪達も祭り気分に浸るのだ。昨日もそうやって夜遅くまで騒いでいた。

そんな中。

最初にそれを訴えたのが誰だったのかは分からない。しかし、それを合図とするようにあちらこちらから不調を訴える声が続き、遂には嘔吐や目眩、発熱によって蹲るものまで出る始末。

ここまで行けば流石に仮病や、悪ふざけの類とは考えられず、鴆一派に往診を依頼して、診断された内容は食中毒だった。

 

そこまではまぁ、まだ良い。感染源は気になるものの、不調を訴えるのは総て小妖怪であり、その数こそ膨大で、女衆の看護の手は足りない状態ではあるが、本家の守りには、何ら影響は与えていなかった。

しかし笑い事にならなかったのは、鴆によって明かされた、感染源である。

なんと、総会に振る舞われた寿司折りに毒が盛られていたというのだ。

その鴆の診断を受け、直ぐさま寿司折りを並盛町まで取りに行った首無と毛倡妓が呼び出された。二人は顔を青ざめてはいたものの、心当たりはあるという。

「そう言えば、どうしたんでしょうね?鴆様。昨日首無達から犯人像を聞いたとき、何ともおかしな表情をしておりましたが……」

その当時の事を思い出したのか、表情を暗くする毛倡妓を慮ってか、話題を変えようとする雪女が、ふと思い出したように言葉を投げる。

「そうねぇ。あんな鴆君の顔。リクオと一緒に遊んでいた時以来かしらねぇ」

その時の表情を思い出したのか、コロコロと笑いながら若菜も会話に加わる。

「……そう言えば、そうですねぇ」

気を揉んでいる毛倡妓もその時にチラリと見た鴆の顔を周りに流されるままに思い出していた。

言うなればあれは、リクオと一緒に企てた悪戯に引っかかった妖怪を目の前で見てしまった時の顔だ。

笑えば良いのか、嘆けば良いのか。若しくはリクオを怒るべきなのか……そんな表情。

「あれ?……ってことは、もしかして今回の騒動を起こしちゃった妖怪さんって、鴆君のお友達なのかしら?」

ほんのりとした空気のまま、若菜が放った言葉の重大さに、台所の空気は一瞬で凍った。

「そ……そんなわけありませんよ!若菜様っ!!鴆様が奴良組以外の妖怪と誼を結ぶ機会なんて、有るわけ無いんですから!!」

思わず己でも思ってもみなかった程の大声を出してしまった雪女は次の瞬間、羞恥心からか顔を赤くする。

「……すいません」

小声で謝る雪女に台所にいた者達は皆どこかホッとした様子で言葉をかけてくる。その中の誰かがふと、そう言えば……と、零した次の言葉に、その場にいた全員が息を吞んでいた。

「招集かけられた並盛町の責任者?あの、きょうやって妖怪って、確か七年前に……」

そこまで言ってその本人も、失言に気付いたのか、顔を青ざめる。

まさか……。

心情は多々あれども、そこにいる者達皆が、その答えに行き着こうとした時、待ったをかけたのは毛倡妓だった。

「……あそこに、()()はいなかった……!!」

断じられた言葉に、周りの者達の目に宿ったのは何だったのか。それは誰にも分からなかった。

そんな彼らを見渡しながら、毛倡妓は己自身にも言い聞かせるかのように、続ける。

「もしもあんな()()()がいたら、私か首無がとっくに気付いてるよ!」

普段は台所仕事が多いものの、毛倡妓は紛れもなく、戦闘にも長けた戦士だった。

彼女の経験に裏付けされた自信に満ちた言葉に、非戦闘員の妖怪達は、ホッと息を吐き出した。

「さぁ!若菜様。今日は総会もありますし、遅くならない内に膳を運んでしまいますか?」

あえて明るい口調で切り出す毛倡妓に気付いたかどうかは定かで無いが、若菜も心なしか高めの声音で、彼女の言葉を肯定していた。

「そうね。でも……最初は皆さんは邪魔されたくないでしょうから、まずは病養食から運んでしまいましよう」

その言葉に各々頷き、彼らは動き出した。ただ……その中で雪女だけは、動くことは出来なかった。

『あんな鴆君の顔。リクオと一緒に遊んでいた時以来かしらねぇ』

三代目候補リクオと成人となる前の鴆様が共に遊んでいたのは、まだ二代目の鯉伴様が生きていた頃だった。そして、その当時一番多く彼らの標的となっていたのは……。

『あははは。……氷麗(つらら)もやられちゃったんだ?』

困ったように笑う、己より大人びた顔。己と年は変わらない筈なのに、ある日を境にゆっくりと成長していった彼は、リクオが生まれる数十年前には己の背を越えていた。それでも、子ども扱いするわけでもなく、己への態度は変わらなかったけれど。

(もし……あいつが関わっているのなら、あいつは……本当に……!)

その時、雪女の頭を占めたそれが何なのかは分からない。しかし、雪女はそれを理解する時間も惜しむかのようにきにすることなく、台所から出て行った。

その手には何も、持ってはいなかった。

 




次回も閑話です。総会中心になります。
このまま一気に書いたら文字数が偉いことになりそうだという恐怖からここで区切らせて頂きました。
次はなるべく間を開けないように頑張りたいと思います。

では、また近々。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。