緋眼の裔   作:雪宮春夏

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このシリーズ、ツナ君の爆発オチならぬ、虎狼狸ツキ君の怒りオチで終わることが定番になりつつ有るんじゃ無いかとようやく気づきました、雪宮春夏です。
「薬鴆堂にて」漸く終わりました。
お待たせして申し訳ありませんでした。

春夏の中ではヒロアカ原作の作品と合わせてこの作品は主要更新作となっています。
ペースは遅いかも知れませんが、この調子で頑張りたいと思います。

それでは今まで以上の遅筆更新となっていますが、なにとぞご勘弁下さい。


第ⅩⅩⅡ話 薬鴆堂にて 後編

(……どうすれば良い……!)

俺は突きつけられた選択に、唇をかみ締め……。

「……っ!」

勢いよく両手で頬を叩いていた。

「随分と悪趣味な引っかけだな……?リボーンっ!」

このまま、俺が恐れて、動くことが無ければ畏れの欠乏によって雲雀さんは死ぬ。

俺が動いても、妖怪に、或いは婆娑羅に、体を乗っ取られるのなら、俺を止めるために死ぬ気弾を撃たれた雲雀さんが、強制的に畏れの放出を行ってしまい、畏れの欠落で死に至る。

「撃つか、撃たないかじゃない!……お前のその問いは!!」

どちらを取っても、雲雀さんは死ぬ。そんなものでは選択にはならないのだ。おそらくリボーンが問いたかったことは。

「俺が何と秤にかけても迷わないか、どうか!……そのための確認作業じゃないのか!?」

叫んだ俺の目に映ったのは、リボーンの僅かに上がる口角。

「よく気づいたじゃねぇか。……アホツキ」

出来るはずだぞと、迷いの無い口ぶりで、リボーンは続けた。

「本当に雲雀を、救いたいのなら……」

 

死ぬ気弾を装填した銃の撃鉄を起こしながら、リボーンは教え子から聞いた話を整理していた。

全ての始まりとなったのは七年前、「ケガレ堕ちの儀」を施された事によって、人間として暮らしていたツキが婆娑羅として覚醒し、養父、奴良鯉伴を殺した事だ。

その時に原因は不明だが、身体、若しくは精神的になんらかの衝撃を受け、妖怪「虎狼狸」としての力も覚醒した、らしい。

ここで婆娑羅と変えられたのが先と言える根拠は、一度婆娑羅として覚醒してしまった体育祭のあの日に「本性」……「虎狼狸」の己によってみせられた夢しか無いというのが綱吉の言であるが、それは正しいだろうとリボーンは考えている。

そうでなければ、共にその場にいた筈の奴良組三代目候補、奴良リクオの生存の理由が掴めないからだ。

当然のことながら、その意見をバカ正直に本人へ言うつもりは無いのでリボーンは無言を貫く。

(それに、そう仮定すれば尚のこと、おかしな部分が存在する……)

沢田綱吉……ツキ自身は、己が覚醒した事はよく分からないのだという。覚えていないと言うよりは、理解できていない、が一番正確だろう。ただ、その当時己が酷く急いでいたと言う事ははっきと自覚していた。

しかも記憶している限りで言えば、その時の視界に映っていた景色は、見慣れていた景色ながらも単に駆けている程度では済まない……尋常でない早さで流れていたのだという。

それだけ聞けば、獣の姿に変化した綱吉は、子どもを連れ、獣の姿で駆けていたのだろうと予想できるが、鴉天狗達が実際に見たのは人の姿だ。

(どうなっていやがる?)

見た目では表情に変化を出さないながらも、考え続けるリボーンは嫌でも感じる違和感に眉を潜めた。

どちらの言い分も正しいのなら、ツキは己でも知らない間に妖怪としての覚醒を果たし、三代目候補を連れて逃走。目撃者のいない内に獣の姿から人の姿へと再び変化した事になるのだが。

(二代目総大将。奴良鯉伴を襲ったのは婆娑羅……その姿から妖怪の姿に変わった?……死ぬ気弾無しで?!)

あり得ないと言うことではない。そもそも死ぬ気弾は己が無意識下に駆けるストッパーを外すための物であり、そこでふるわれる力は潜在能力という形で、始めから己の中に内包されているのだ。

(しかも……それに加え妖怪の、しかも獣の姿から人の姿へ……「本性」から「理性」へ再変化しただと?体育祭の時の一件では確かにそれが出来るだけの素地があるのは分かった。……しかし、それは死ぬ気弾を撃ったから出来たことじゃないのか?仮にあの時も死ぬ気弾を撃たずとも出来ていたのなら、わざわざ鴉天狗や鴆が襲われてから……笹川が乱入する前に行動を起こせば……!!)

被害は少なかっただろう。それは間違いない。

死ぬ気弾を撃たなければ出来なかった。そう考えるとするならば、七年前の当時と現在で何らかの条件が揃わなかったと言う事が理由としては有効だろう。

そこまで考えたリボーンは、己の思考に何かが引っかかった気がした。

(奴良鯉伴が死んだあの日と今の……今までの違い。それを明確に上げるとすれば……!)

しかし、それが何かを突き止める前に、揺るぎない声がリボーンを呼ぶ。

「頼む。リボーン……!」

それは沢田綱吉の、迷いの無い声だった。

 

その瞬間は、リボーンにとってもまるで時が止まったかのようだった。綱吉には、暴走した際は雲雀の畏れを使い果たさせても止めるとは言ったが、正直な所、婆娑羅となった綱吉を相手にすれば、通常の雲雀でも只では済まない。それが今回は、畏れの欠乏を引き起こしているのだ。おそらく、畏れを使い果たす前に、婆娑羅である綱吉に殺されるか、使い果たしたとしても、綱吉を止めきれずに息絶える彼のどちらかだろうと思っていた。

無論、そんな「最悪」を綱吉に伝える気は無い。正確には、伝えたとしても意味がないのだ。

なぜなら仮にそうなった時は、綱吉の体も意識も、既に婆娑羅の支配下にあるだろうから、ツナの記憶には残っていないだろう事が想像に難しくないからである。

「……ツナ」

安全装置を外した銃を綱吉の額に狙いを定めながら、リボーンはいつものように口を開く。

しかし、いつものように「いっぺん死んでこい」とは、口に出来なかった。

ここでしくじれば、綱吉は間違いなく死ぬだろう。

たとえ肉体としては死ななくても、その精神が別物となれば、それは死と同じだ。

「……勝って来やがれ」

気付けばリボーンは、そう口にしていた。

「雲雀を助ける為に、妖怪のお前にも、婆娑羅のお前にも……死ぬ気で勝ちやがれ!ツキ!!」

激励と言うには脅すような断定口調に、綱吉は目を丸くして……頬を緩めた。

「勿論」

 

「……何か、夢みたいだ」

白み始めていた空を眺めながら、俺はぼんやりと昨夜……正確にはあの時間、既に日付は変わっていたかもしれないが。……に己に起こったことを思いだした。

七年前のあの日、俺は変化した時の事をほとんど覚えていなかった。全てを把握したのは全部が終わった後で、鯉伴様の死、リクオの負傷。それらを満足に理解しきれないまま、ぼんやりとした意識で並盛の街を彷徨っていた。

(今思えば、牛鬼組得意の幻覚でもかけられてたんだろうな……)

しみじみと思いおこす事が出来る程度には今の俺には余裕があるけれど、昔はそんなものさえ無くて。

(気が付いたのは、「()()」の声が聞こえたからだ。……あれ?聞こえたから幻術が切れたのかな?それとも逆?)

どちらが先かは分からない。ただ、その場所で綱吉が言い残した言葉を遺言として、それからはリボーンが来るまでずっと、彼の守りたかったものを……彼の生母である奈々を守るためだけにあそこにいた。

(だけど……リボーンが来て、みんなと出会って……)

今回の事で、流石に俺も自覚しなければならない。

いつの間にか増えていた大切なもの。守りたいものが出来たことで得た強さを。

(今まではただ怖がって、目を逸らしていたけれど……それだけじゃダメなんだよな)

自然と思考はこれからの事へ向けられる。

今回の事件、雲雀が噛み殺した首謀者達はリボーンから事情を聞いた鴆が牛頭丸に引き渡してくれたらしい。

家に居る奈々にもリボーンが友達の家に一緒に泊まると連絡してくれたのだそうだ。

そこら辺の口裏合わせは山本や獄寺君に根回ししてくれると言う彼はそういう所だけは抜け目が無い。

「雲雀さんは、どこまで知ってたんだろう?」

今の己自身についての心配事が失せれば、当然その思考は別に移る。

首謀者の男が持ち去ろうとしていた木箱。

その中身を既に俺は確認した。その時、中身の彼らは気を失っていて、誰一人意識は無かったけれど。

そして今、ぼんやりと並盛に帰ることもなく、物思いに耽っていた。

本当を言えば、雲雀の無事が確認できた時点で、直ぐさま並盛に俺は帰るべきなのだ。

本家にはバレていないとは言え、雲雀の監視下の元、並盛に追放された俺が並盛の外で吞気にのんびりとしている事は、あまり褒められる事では無い。

下手をすれば、鴆を含む鴆一派そのものに難癖をつけられる可能性もある。

雲雀さんをここへ連れてきた選択に、俺は後悔するつもりはない。そうしなければ雲雀さんは死んでいただろうからだ。

しかしその後、ここを俺が離れられないのは、離れたらもう二度と会えないと知っているからだ。

雲雀さんとではない。今回、木箱の中にいた、木箱に閉じ込められ、連れ去られようとしていた者達と。

「……どうすれば良いんだろう?俺……」

彼らを助けることが出来たから、そのまま終わりではだめだと思っている。しかし一方で、ならばどうすれば良いのか、それが俺には分からなかった。

本来ならば、奴良組外の力の無い妖怪ならば、奴良組で保護してやるべきなのだ。

しかし助けた俺にはもう、奴良組の中に伝が無い。

そしてそれは、鴆も似たり寄ったりと言ったところだった。

追放された俺は言うまでもないが、鴆は三代目最有力候補であるリクオと幼なじみのような関係と言えども、二人の間に盃を交わした事実はない。

これでリクオが正式に若頭として跡目に名乗りを上げていれば違うのだろうが、鴆の知る限りでは、リクオは未だに若頭にもなっていないという。

その事に納得の出来ない違和感を覚えながらも、俺は敢えて思考を進める。

首謀者達が何を考えて、力が弱いとは言え同族である筈の妖怪を連れ去ろうとしていたのかは分からない。

単なるいざこざならば一番可能性が有るとすれば内輪揉めだろうが……。

(でもやっぱり変だ。昨日見た限りでも奴ら桃巨会は人間相手にシノギを得るヤクザ系妖怪。土地神といざこざを起こすきっかけなんて無いはずなのに……!)

それに小妖怪達とて、弱いが故に弱いなりに、強い相手の躱し方や隠れ方、逃げ方は心得ている。

たとえ格上であったとしても簡単に連れ去られる程、彼らは愚かではないはずだ。

「何愚痴愚痴下らねぇこと考え込んでいるんだ?アホツナ!」

窓から一閃、雲雀の様子を見に部屋を出ていたリボーンが、部屋に到着とともに呈した苦言ともに、俺の頭に強い打撃が与えられた。

「くっ……下らない事って何だよ!リボーン!!」

頭を抑えながら言い返すと、読心術を使ったのか、独り言を聞いていたのか、呆れたように鼻をならして、リボーンは俺を睨みつけた。

「下らねぇだろ?会うの一択しかねぇような事で、愚痴愚痴悩みやがって」

自分の感情も分かんねぇのか、ダメツナがと、こき下ろしながら畳みに座り込むリボーンに、俺は声を上げる。

「バカ言うなよ!監視状態の俺が、外部の妖怪と会えるわけないだろ!?」

「外部じゃねぇぞ?……それに、これは鴆を通した奴らの望みでもあるそうだ」

淡々と語るリボーンに、語ったその予想外の内容に、俺は瞬間返答が遅れた。

「自分達を助けてくれた“ツキの方“に、会わせて欲しいってな」

 

“ツキの方“。嘗て俺をそう呼んでいたのは、鯉伴様にくっつく形で俺も一緒に回っていた、浮世絵町を中心とする、奴良組直轄の地に住む土地神や、小妖怪達だった。

鯉伴様のように「ツキ」と呼ぶのは畏れ多い。しかし、他の貸し元達が用いる、「虎狼狸」や、「緋眼」と言うのは、一種の嫌悪から始まった呼び名だったから。

呼ばれる当人であった俺の方は、その呼び方を嫌がった。

「ツキ」と言うのは俺の本名からもじった渾名だったし、呼ぶのならそちらで良い。

「方」等と敬称を使われるほど、俺は偉くは無いからと。

立場としては養い子ではあったけれど、俺はそれで奴良組の中で何らかの地位についていた訳では無い。

本当にそこにいるための理由だけの、形だけ整えたようなものであったから、尚更そのような物は幼心に悪いと思っていたのだ。

しかし彼らは真っ向からそれに反対した。

俺自身の言葉でも聞き入れられないと言い放ったのだ。

それに便乗するように鯉伴様が許可を出したのだから、単なる養い子である俺にはもう止められるものではない。

何を考えているのか理解は出来なかったものの、受け入れるしか選択がなくなったのも確かだった。

「“ツキの方“って、何で……?」

体を震わせ、問いかけるものの、その呼び名が出た時点で、その答えは出ているようなものだった。

木箱に入れられ、連れ去られようとしていた者達は、奴良組直轄の地に住まう妖怪なのだという事実。

しかしそれはおいそれと、受け入れられるものではなかった。

「何で……?だって、直轄地は……!!」

直轄地は、その名の通り、最も奴良組本家の妖怪達が、気にかける地域の筈だ。奴良組のシマのどこよりも、安全なはずの場所なのに。

「……考えられる場所としては、二通りだな」

言葉を無くした俺を落ち着かせるように、リボーンはやけに冷静な様子で、俺の耳に情報を入れていく。

「一つ、直轄地というほど、そこがもう安全じゃなくなっている。もう一つは……直轄地でもこういうもんが行われるほど、シマの治安が手がつけられなくなっている」

「……っ!」

一見、同じもののように感じられる二択。それは果たしてどちらが救いがあるのだろうか。

「直轄地というほど、そこがもう安全じゃなくなっている」一つ目の選択は、奴良組本家の明確な弱体化を表している。

直轄地を守れるだけの余力が、本家の妖怪には残っていないと言うこと。

(いや、でもそんなことあるのか?本家に不幸が起きた事なんて……聞いたことない……)

否定しようとした俺の中から湧き上がる不安、信じようとする根拠は、今の俺の立ち位置では役に立たない。

(聞いたことがない?……果たして、誰か教えてくれるんだろうか?俺の今の立場で……)

敵か、味方かも分からない。殺した方が良いとあの時進言した者もいたはずだ。

助命されたが、それは疑いが晴れたからではない。

単に貸し元達だけで処刑を強行できる程の確たる証左が無かっただけだ。

(いや、でもそれ以上に危険なのは、二つ目の可能性だ……!)

「直轄地でもこう言うことが起きるほど、シマの治安に手がつけられなくなっている」場合、ことは奴良組本家に限った話では無くなる。

奴良組勢力地の全体で起きているならば、彼らのように連れ去られかけたもの……実際に連れ去られて行方不明になった妖怪がいないとも限らないのだ。

言い返す言葉さえ失った俺が口を閉ざすのを待っていたかのように、一拍置いてリボーンは「まぁ……」と言葉を発した。

「全部推測でしか無いがな。全ては実際にあって、聞いた方が手っ取り早いだろ」

今の俺にとってはそれこそが、一番難しい事だった。

 

俺がいくら渋ったとしても、傍若無人、俺様何様を地でいくリボーンを止める等という事は、所詮無理であり、止めに鴆からも、是非とも会ってやってくれ、彼らも会いたがっているとまで後押しされては、生来からのお人好し体質も相成り、会わないと言う選択肢はとれなかった。

養父である二代目、奴良鯉伴が死んでからの彼らの実状も気になっていたということもある。

斯くして鴆が小妖怪達を匿ってくれたという一室に通された俺は視認された直後、その小妖怪達にもみくちゃにされることになった。

「えぇっ……!?」

されている本人、即ち俺は目下混乱状態であった。

「な……何で?何で皆……!」

それは、彼らが泣きながら飛びついて来たからである。

口々に発せられてのは俺が無事で、生きていたことに対する安堵の声。助けられたことによる感謝。

……誰一人、鯉伴を弑した事対する怨嗟、怨嗟……恨みの声が聞こえなかったからだ。

(もしかして……伝えられていないのか……?)

二代目の死は、隠し通せるものではないだろう。彼は初代以上に、外を放蕩する事が多く、本家外の妖怪達と距離が近すぎた。

しかしそれは鯉伴に付き従って、外へ出ていた俺も同じ。完全に敵対者と言う証拠が無い……あくまで疑惑段階にもかかわらず、本家から追放となる俺に下手に同情され、本家まで詰めかけられる位ならば、疑惑の部分から全て隠した方が容易とも言えるかもしれない。

「お願いします!ツキの方!浮世絵町に帰ってきて下さい!!」

俺にかけられた疑惑……嫌、最早俺の中では確定された罪も何も知らずに、無邪気に帰還を望む彼らに、俺は言葉を返せなかった。

彼等の望みを叶えることは出来ない。

本家の者達は許さないだろうし、俺自身もそこへ戻ろうとは思えないのだ。

鯉伴に託された、リクオは守りたいと思う。鯉伴が守ってきた奴良組のシマも大切だ。

だが、俺がそこへ入ることは出来ないと思ってもいるのだ。俺がそこへ入って守れるとは思えないし、入ってはならないとも思う。

(いみじくも、俺を追放しようとしていた人達が正解だったんだよな)

小妖怪達が必死に言い募れば言い募るほど、俺の心の芯は冷えていく様であった。

正直に二代目を弑した罪を彼らに告白すれば良いのかも知れないが、それをやれるだけの覚悟はまだ俺の中にはない。

この事実に俺は自嘲の色を濃くすることしかできなかった。

「……ツキの方?」

無言の俺の空気が変わったのに気づいたのか、小妖怪の一人が俺に恐る恐る問いかける。

一様に期待を浮かべた彼らを見ることが出来ずに、俺はただ畳みの目を数えるよう視線を下げることしか出来なかった。

「……ごめん」

俺は、浮世絵町には戻れない。

続けて告げようとした言葉は、しかし傍らにいた家庭教師に遮られていた。

「悪いな。こいつは奴良組には戻らないぞ。……こいつはイタリアで俺達のボスになるからな」

迷いも躊躇もない言葉に、俺は目を丸くしてリボーンを見つめることしか出来ない。俺の言葉を待っていた小妖怪達も皆目を丸くしている。

「イタ……リア……?」

最初に我に返ったのは誰だったか。

小妖怪達はその一言でリボーンに対して何も言わなかった。それ所か何故か感極まったかのように目を潤ませる者もいる。

「えっ?!……ちょっと!何っ!?」

時間差攻撃の様にウルウルと目を潤ませる数が増える事で俺は思わず慌ててしまう。

そんな俺を更に愕然とさせる情報がこの後小妖怪達から暴露されることとなった。

「ツキの方……()()が来ていたのですね」

「……は?」

「迎え……だと?」

俺とリボーン。双方が首を傾げるのを不思議そうに見つめて、小さな土地神が周りの小妖怪達全てを代表するように答えた。

「……鯉伴様が……ずっと昔、ツキの方が初めて私たちと会った頃に言っていたのです。ツキの方を正式に奴良組に入れられない理由。盃を交わさない理由を」

「え……?」

そこで告げられた言葉は、今の俺にはあまりにも。

「ツキの方様は外の、海の向こうにある妖怪世界をいずれ統一するお方。奴良組という組織でだけで、縛って良いお方ではないと」

あまりにも、意味が飲み込めず。

「そう……先代の緋眼様……ツキの方の御母上様から託されたのだと、そう笑っていたんです」

あまりにも、重い言葉だった。

 

結局、雲雀さんは目を覚ましてからの二日間を薬鴆堂で過ごした。それにくっついていた俺も並盛に帰ったのは二日後の朝、空が白みかけていた時に朧車にて、並盛中に乗り付けると言うものだった。

「十代目ぇぇぇ!!ご無事でしたかぁー!!!」

そこから徒歩で家路についた俺は、直ぐにベッドの中でうつらうつらとし始めた。それから間もなく、どこから俺の在宅を確認したのか、忙しなく階段を駆け上がる音と共に、部屋の中へ獄寺が押し入ってきた。視認した直後開口一番に、涙全開で突進してきたその異様な状態の彼を見て咄嗟に危険を感じ取った俺が行った回避行動を、一体誰が責められるだろうか。

「はよっ。ツナ。大丈夫だったか?」

ボフンとそのままの勢いでさっきまで俺が体を預けていたベッドにダイブした獄寺を横目に、部屋に入りつつ、片手を上げた山本には、変わったところはない。

その二人の違いに自然と俺は身構えていた。

「お早う山本。……俺がいない間に何かあったの?」

そう思い立ったのは、いつにもまして獄寺の感情の起伏が激しいことである。

確かにこの二日間、俺は並盛にいなかったし、妖怪の領域である薬鴆堂では通信機器の類は使えなかったため、音信不通状態だったが、そこはリボーンが上手くやっていたはずである。

ここまで獄寺が我を忘れる理由にはならない筈なのだが。

「……あぁ、実は一昨日さ」

その一言から始まった山本の話に、俺は二の句が継げなくなった。

 

桃巨会を壊滅させた翌朝。……即ち二日前の朝。長期休暇一日目となるその日、野球部に顔を出した山本は活動が始まって間もない時間に、風紀副委員長の草壁哲矢に呼び出されたのだという。

即ち、風紀委員長、雲雀恭弥はどこへやったと。

「……ああっ!」

そこまで聞いた時点で、俺は頭を抱えて天を仰いでいた。

(確かに……雲雀さんの方はリボーンの奴、何も言ってなかった……!!)

母親である奈々への託けを済ませていると聞いて、すっかり意識から除外したのだから、これは俺の責任でもあるだろう。

「そんでな……今度はそこに獄寺が来てさぁ……」

一昨日の事を思い出したのか、渇いた笑いを溢す山本に、俺は無性に嫌な予感がした。

出来れば聞きたくはなかったが、その俺の心情に気づくことなく、山本は続ける。

『風紀委員共っ!てめぇらのボスのあの男は十代目をどこへやりやがったぁ!!』

「…………は?」

一昨日の獄寺の、何ともおかしな言動を聞かされた直後に、予期せず溢した俺の一言が、さほど殺気を纏っていなかったと言う事実を誰か褒めて欲しい。

(嫌違うな。……これ、殺気を出せないほど怒りが半端無いんだ……殺気出せるって事は、それだけの余裕がまだあったって事の証明だったってことか……)

「あは、あははは」

意識的にか、無意識的にか、零れだした声には目の前にいる獄寺達さえ青ざめている。

あぁ、ダメだ。そんな顔彼らにさせるべきではない。

それは分かっているはずなのに……この数日間ため込んでいた筈の様々な感情が、リボーンへの怒りに全て変換されているように感じた。

「リッボォォォォッン!!!……何考えてるんだぁ!?お前はぁっ……!!」

 

……因みに、山本が間に入ったお陰で、獄寺の風紀委員会特攻だけは、何とか防げていたらしい。

 

 

こんなこと、もし言えばあいつはいつものように、喰えない笑みを浮かべて、酷いものなら調子にだって乗るかも知れない。だから絶対面と向かって言う気は無いけれども。

俺の中の力のこと、嘗て鯉伴様が残した言葉、自分でもよく分からない、そんなどうしようも無いことに行き当たっていた俺にしてみたら。

ただいつもと何も変わらない獄寺や山本が、いつものように笑ってそこにいてくれた事実が、凄くホッと出来てしまったんだ。

だから、敢えてそんな空気を作ってくれたあいつが、どこまで分かっていたのかは知らないけれど。

(頭、上がんないよなぁ。本当)

まぁ、そんなこと、絶対に面と向かって言う気は無い。

 

「残さず喰えよぉ。お前ら」

並盛山の奥深く、常人が立ち入らない深い場所で、声変わり前の幼い子供の声が響いていた。

クチャクチャと、咀嚼音が聞こえる空間から視線を逸らして、食事中の彼の配下であるうしおに達とは距離を置く牛頭丸は、彼らの監督役である己の昔からの幼なじみ、己の補佐役に疑問を投げかける。

「……なぁ、馬頭。牛鬼様は何を考えてらっしゃるんだろうな」

ん、と一言返ってきたのは、意味のある言葉と言うよりは反応に近い。

じゃりと、砂利が転がる音から食事中の彼らからこちらへ、牛頭丸が向き直ったことが分かった。

「どうしたの?牛頭丸。牛頭がそんなこと言うなんて珍しいじゃん」

軽い口調で問いかける馬頭に、自覚がある分、牛頭丸も憮然とするしか無い。

いつもならば、こんな問いかけは馬頭丸の言葉であり、それに己は決まり文句のようにある一言を返していた。

「『牛鬼様のやることに間違いはない』んでしょう?」

馬頭丸にとってすれば、諳んじられるまで言われた言葉。それは言い続けた牛頭丸にとっても同じだろう。

しかしいつもならば同意してくるだけの牛頭丸が、今日は何故か、口ごもり下を向いてしまっていた。

「牛鬼様のやることに間違いはない」。今までのようにそう言い切れていたらどんなに良かっただろう。

しかし今の牛頭丸にはそれが出来なかった。

分からない事だらけなのだ。

並盛の町を拠点としていた桃巨会は、牛鬼組の中に辛うじて掠れる程度の、末端組織だった。

そこへ変化が訪れたのは今年の夏半ば。

あの赤子の影響か、あの頃から外国の奴らの出入りが盛んになっていた。そこへ上手く溶け込むように、おかしな雰囲気を持った男が混ざり込んだのだ。

人間の目には溶け込んでいたように見えるだろうそいつのことは、俺や馬頭丸にははっきりと分かった。

単なる人間には発せられない奇怪な空気。しかし妖怪と断言するにも何かがおかしかった。

末端の組織に必要以上に介入するのは、他の組織からしてもいい気はしない。

そんな外面をあって観察に止めていた俺達は、しかし秘密裏に……実際の所は牛鬼組の監視からは隠せている所行ではなかったが、奴らの何人かが定期的に任されているシマから離れ、本家の有る浮世絵町へ入り込もうとしている事に気づいた。

最初は、何を目的としているのかは分からなかった。

大体、彼等ほどの末端になれば、本家に用事などあり得ないことだった。

もし仮に、万が一本家から招集がかかるとしても、その前に牛鬼組に一報が入る筈である。

しかし現実にそんなものは入っていない。つまり彼らは本家に招集を受けた訳では無い。

本来ならばそんなことは一々気にしないのだが、おかしな存在が組織内に出入りしていると言う事前情報も相成り、牛頭丸の勘は通しては成らないと訴えていた。

それに反して、牛鬼は何故か押さえを緩めることを命じたのだ。

そして起きた。今回の事件。牛頭丸はそれを偶然とは思えなかった。

それどころか、牛鬼はこうなることまで予想がついた上で、動かしたのだと考えている。

だが、そうなると意図が分からないのだ。

態態きょうやを協力させた訳。あの赤ん坊が関わろうとすることも予想がついた筈だ。

(そうすれば……あいつが関わることも知っていたはずだ……まるで)

まるでわざと、現状を突きつけようとするかのように。

牛頭丸の胸の内は、未だはれない。

きょうやとツキが追い詰めた、桃巨会所属の妖怪、その最後の一人となったその亡骸を噛み砕きながら、うしおに達は満足げに唸った。

これによって、今回の出来事は本家に一欠片も伝わること無く、握りつぶされたのだった。

 




今回は、パラパラと謎を振りまくだけのお話となりました。
……さて、回収はいつになることでしょう?

次回は原作の遭難話になります。
さて……どこになるでしょうか?
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