まず、一言言っておきましょう。
ごめんなさい。本文構成文字最長記録、更新しました。
話を拡張させるにも、程があるだろと、自分でも少し呆れる次第です。
それではここは本文の第一声と、同じ言葉で締めたいと思います。
どうしてこうなった、と。
どうしてこうなったんだろう。
持田先輩との一戦からしばらくした頃、俺は戻ってきた平穏をかみしめて日々を過ごしていた。リボーンは未だに俺の家庭教師という名目で家に居着いたままだが、学校の中ではこれと言った動きは見せない。
そのことから自然と、学校が今の俺の憩いの場となっている。
元々学校ではダメツナと呼ばれて、誰にも見向きもされていなかった俺だから、そもそも注意するほど人付き合いはおおくない。あの一戦以来、ほとんどの人たちからは呼び方を改められ、ツナと呼ばれるようになったものの、根本的に友達が増えたわけでもなかったのもある。一部では、腫れ物扱いもいるが、それは気にする程の事でも無かった。
(……というか、それが普通の反応じゃないの?)
少なくとも、目の前で行われている、この頼み事は自分にするのは間違いではないかとは、思う。
「持田先輩との戦いの時のお前、マジに格好良かったんだよ! なぁ、その力を俺達にも貸してくれ!! バレーに出てくれよ!!」
もう一度言おう。
どうしてこうなった。
並盛中学1年A組、栗原(くりはら)学(まなぶ)以下数名は、この数週間前から今日行われる球技大会に燃えていた。
球技大会は並盛中学が催す行事の中で、体育祭と並び、勉強のできない者が輝くことのできる、数少ない晴れ舞台なのである。
その上、今年の指定競技はバレー。
バレー部員の多く在籍する1年A組にはまさに追い風と言っていい状況だった。
無論、バレー部員と言っても全員がうまいというわけではない。
むしろ、中学から始めたメンバーは未だボールに触るよりと体力作り主体となっている連中ばかりで有り、小学生時代からやっていた連中と比べればその差はかなりの物である。
そして不幸にも、A組の生徒のバレー部員はほとんどが中学になってからバレーを志た者達の集まりだった。
「確かに、優勝は無理かも知れない。一勝もできないかも知れない!それでも、俺たちはバレー部員なんだ!! 中学から始めたバレー部員も見くびるなって所を見せてやろうぜ!!」
オオッ!!
上がる歓声に弾む声。
こうして、栗原達はそれまで以上に練習にせいを出した。授業が始まる前の朝の空き時間、昼食を食べるための昼の休み時間、部活の前の空き時間、部活が終わり、皆がへとへとになって次々と帰って行くのを横目に、ボールに触り、サーブを、レシーブの練習を続けた。
しかし。
「レギュラーの一人が疲労骨折になっちまって、医者からしばらく運動を禁止するように言われちまったんだ……!!」
無念にむせび泣く栗原には悪いがそのあまりな顛末に、事情を聞いていた俺は頬を引きつらせた。
(単なるオーバーワークぅ!!?)
確かに、体力づくりが主体の連中が、いきなり本格的なバレーの練習をしようとしたのだ。そうなる可能性は十分にある。
しかし、そのような状況になる前に監督者が、無理にでも休止を呼びかけるのが普通ではないのか、バレー部に属するのなら、顧問の一人はいるはずである。
そのことを問いかけると言いにくそうに口ごもりながらも、栗原は語ってくれた。
「顧問の先生はC組を積極的に面倒見てんだよ。あそこの奴らは皆、幼少期からバレーやってるし、来年有望そうなのが何人かいるからな」
(教師がまさかの依怙贔屓ぃ!?)
アングリと思わず口を開くと、栗原も釣られて苦笑う。
話を聞くだけなら呆れで済むだろうが、実際に差別の目で接せられる彼らにしたら、堪ったものではなかっただろう。
「だからこそ、余計に……さ」
沈んだ声音に、流石の俺でも察しがついた。
見向きもされない。断定的な否定。それを覆したくて、彼らは練習に励みすぎたのだ。
その結果がこの有様である。
顧問の教師に睨まれているのなら、他クラスからの助けも望めないのだろう。
下手に動けばその後が怖い。
その心情が、容易に想像できて、思わず俺は言葉に迷った。
球技大会などに出る気はない。
下手に目立つのは害はあっても益は無いのだ。
そこまで決めていても、彼らの絶望する目が怖くて、とどめの一言……断りの言葉が言い出せない。
どうしようかと俯いた瞬間、その隙を見極めたように栗原はいきなり床に額づいた。
所謂土下座である。
しかも、生徒がそこら中にいる学校、休み時間の真っ最中に、だ。
突然の行為に呆然とした俺をよそに、足を止め、伺う生徒の数が半端ではない。
「頼むっ! 沢田綱吉っ!! 球技大会のバレーに、レギュラーとして出てくれ!! 俺達の今までの努力を、あいつの無念を、はらしてやってくれっ!!」
もう一度言おう。ここは学校。しかもまだ生徒が多くいる休み時間の廊下である。
その上、流石バレー部員と感心するべきか。掛け声で鍛えられたのだろう声は滑舌も声量も見事な一言に尽き、たとえ姿が人混みに紛れて見えなくても現状の理解は容易だろう。
「……へぇ、持田先輩との一戦で大活躍だったツナがバレーに出んのか。そりゃあ鬼に金棒だな!」
そして、更に忘れてはいけない。バレーとは個人種目ではなく、団体種目である。……つまり。
「すげぇな。先輩倒した沢田が出るんなら、こりゃあ優勝はA組じゃないか?」
「へぇ、沢田がバレー出るんだ」
「噂のあいつが?そっかあ、これでバレー部の奴らも報われるよなぁ。結構冷遇されてるっぽいし」
一人の援護射撃につられるように、人混みから次々とかかる声。
それはバレー部員によるやらせなのか、純粋な野次馬の好奇心からなる声なのか、そもそも俺にはそこまでの判別は不可能だった。しかし、このことからここに集まる人々には、「沢田綱吉がバレーに出るらしい」という先入観が埋め込まれたのは確かだ。それがたとえ、噂話レベルでも。
…………そして、更に忘れてはならない。
ここは廊下だ。いるのはA組の人間だけじゃない。
「A組の奴らめ、ダメツナなんかを頼るなんて、気でも狂ったか?」
「どっちにしろ叩くだけだ。ダメツナなら余裕だぜ!」
こそこそと、微かに聞こえる音量からして、教室の中で喋っているのだろう。敵勢力にも、敵と認識された時点で逃げられる確率はぐっと下がる。
「なぁ、頼むよ沢田。皆もお前に期待してんだ」
そして最大の障害は……俺が七年間かけて作ってきた「沢田綱吉」の性格にある。
仲の良い友達のいない、引っ込み思案の少年。
こんな状況で頼まれごとを断れるほど、「沢田綱吉」という人間の意思は強くない。
「今日……だけだよ?」
こうして、俺は自ら敗北を悟った。
「聞いたぞ。出るんだってな。バレー」
競技大会の準備のため、やや長くなった休み時間。
集合時間のみを聞かされ、一人に戻れたことに一息つくよりも早く、俺一人しかいない廊下のどこかから、聞き慣れたリボーンの声がした。
「周りの人間に頼られることはいいマフィアのボスになるための大事な素質だぞ」
キョロキョロとあたりを見渡し、見つけられないリボーンの声は僅かにくぐもっているがその距離は近い。
より正確に言うと。
「これ……火災報知器?」
正確には、その下に設置された収納スペース。どこの学校にもかなりの近間隔で設置されているそこからコポコポと普通ならしない音がする。
(まるで……お湯を沸かしてるような)
「正解はコーヒーだぞ」
聞き慣れてしまった声と共に、ガンと、勢いよくその扉が開く。
本来ならばそこは施設内で火災が起きた際、短時間の内に消防士達が対処できるように、消火ホース等の緊急設備が入っているはずだ。しかし、それは見る影もなく、あるのは小型の白い脚付きテーブルに、座り心地の良さそうな二脚の椅子。理科室からでも失敬したのかフラスコに、コーヒー豆が投入され、理科の実験で使われるアルコールランプで、沸騰中。
明らかに吞気なティータイムである。
「何やってんのー!?」
開けられた扉と見事に激突した額を抑えながら、思わず突っ込んだ俺に、この赤ん坊はぶつけたことを悪びれる事なくコーヒーを堪能している。
「至福のひととき、だぞ」
律儀に答えてくれたリボーンだが、俺の記憶通りならば明らかに本来の火災警報器下の収納スペースとリボーンが今くつろいでいる領域のスペースは同一ではない。
つまり、何らかの方法で、壁を掘り進め、スペースを違法に作ったのだ。
「一体いつの間にこんなことしてんだよ!! なんだよこれ!?」
「見りゃ分かるだろ。アジトだぞ。因みに学校中に張り巡らされている」
得意げに続けたリボーンに、俺は遅まきながらも、今までリボーンが、学校の中で手を出してこなかったのか、その理由を悟った。
(あぁ、学校が安息の地になっていたのも、過去になるかも知れない)
そんな予感を抱きつつ、それでもその理想を捨て去りたくはなくて、俺は頭を抱えていた。
しかし物事には、諦めた方が楽な事も、往々にして存在するのである。
「それで、出るんだってな。バレー」
まるで何事もなかったかのように、聞き直したリボーンにため息を混ぜて、そうだけど、と聞き返す。
わざわざ聞いてくる時点で、ろくでもないことをしようとしているんじゃないかと疑ってしまうのは、先の二件の前例があるからだ。
「本気でやるのか?」
キラリと光るリボーンの目に気づかれないように、僅かに眉をひそめた。
(………こいつ、何を考えている?)
漠然とした不安感。何かを言われたわけでも無いのに感じるそれに、俺は僅かに困惑した。
「何言ってんだよ。リボーン。本気でやるに決まってんだろ?せっかく、俺じゃ無きゃ駄目だって言ってくれたんだしさ」
にへらと、調子に乗っているような時に浮かべなれた締まりのない笑みを見せると、リボーンはあからさまに口元を歪めた。
「おめぇも懲りねぇな。俺に隠し事は無理だぞ? 読心術を習得してるって言っただろうが」
やれやれと肩を竦めるリボーンには悪いが、俺はその主張自体を認める気はない。
どれくらいかは知られているかも知れないが、それが明かしてやる理由にはならないと俺は思っている。
そんな俺の本音も、この赤ん坊は分かっているのかもしれない。不満そうに眉を寄せているが、見た目が赤ん坊な分、おかしな可愛さがある。
「まぁ、今はいいが。意地張ってないで堪忍して全部ぶちまけるってのも、一つの選択肢だと思うぞ」
俺に思考を悟らせることなく、まるで己の掌に転がすように会話をするリボーンに、流石に少し苛ついてくる。
(もしかして全部分かっていて、わざと知らないふりしてる?)
疑心暗鬼に陥ると、全部が怪しく見えてしまう。
「……どうした?ツナ」
僅かに息を詰めただけで、俺の様子がおかしいことに気づいたのか、そう問いかけるリボーンの口調がやけに柔らかい。
(何を、知っている?)
そう、尋ねるのは簡単かもしれない。しかし、それをすれば俺もまた、全てを明かさなければならなくなる。
『……よくも!』
その瞬間、脳裏に浮かんだのは怒りに顔を歪めた幼馴染みの少女。
『よくも、二代目を!……若をっ!!』
涙を氷の粒にして流す彼女に、あの時の俺は何も言えなかった。
いきなり表情をなくした沢田綱吉に、リボーンはじっと目線を注いだ。
本人は気づいていないようだが、彼は時折、このような状態になることがある。まるで容量を超えた機械が一時的に止まるみたいに。
「……何事にも、限度ってものがあるんだよ」
その瞬間、ピクリと、リボーンの眉が揺れた。それが、さっき己がかけた言葉への、応えなのだとはわかった。
「……そうか」
フッと浮かべた笑みは、自分でも僅かに強ばっているのだと分かる。まだ信用に値しない、沢田綱吉が遠回しに言ったのはそれと同義だ。それをきっと、本人も分かっているのだろう。
「……ごめん」
自然と固くなる声音。
それに気付いていないふりをして、いつものポーカーフェイスで、俺は笑ってやった。
「時間だろ?さっさと言ってすませやがれ」
そう言って、ひょいと身近にあった窓から外へ出て行ったリボーンはそのまま会場である体育館へ向かったのか窓から乗り出して探してみても影も形もなくなっている。
(癪だけど……見逃された、のか?)
おそらくあのまま対峙していたら、俺は余計なことまで言ってしまっていただろう。だが、何かを隠していることは、とっくに分かっているだろうに、何故無理矢理剥がそうとしないのだろうか。彼の行動は時々理解ができない。
(弱みを握った方が、マフィアになることを強要しようとするリボーンには、楽な結果になるんじゃないのかなぁ?)
「何考えているんだろう?」
しかし、ボンゴレファミリーのことも、リボーンのことも、ろくに知らない俺には、これ以上は分かりようもない。分からない方が、知らない方が良いと自分に言い聞かせながらも、俺は彼のあまりに訳の分からない動きに、何故か苛立たしげに、眉をひそめた。
こんなことに振り回されるなんてらしくない、と思う。
同時に、こんな感情を制御できない未熟な己にも、冗談じゃない、とも。
(しっかりしろ!……そんなんじゃ、俺は俺を保てなくなるぞ)
強い危機感を抱きながらも俺は暫く、そこから動くことができなかった。
……必要以上に関わっちゃいけない。
それだけは、確かなはずだった。
遠ざかっていく「沢田綱吉」を見ながら、リボーンは僅かに表情を歪めた。
(少し、ゆっくりしすぎたかもな)
思っていたよりも悪化さえしていそうな生徒の精神状態に気づかずにゆっくりとことを構えていた自らへの後悔を心の中に残し、ちらりと体育館の中に目を向ける。しかし、その不安定な状況もそろそろ変わるだろう。イタリアから呼んだ「彼」も、既に体育館に入っている。
「沢田綱吉」の抱える事情をリボーンはほとんど知らない。無論、己の読心術ならば知ることは可能だろうが、生徒の隠した内面を無理矢理読むことは、リボーンの教育者としての主義に反する。
(……まぁ、最も、調べないという選択肢はないけどな)
ニンマリと数日前のように笑いながらも、リボーンは今やるべき事に意識を向ける。
そして、教師としての分別を持つリボーンが、遠慮してしまう部分を切り崩せる存在として「彼」を選んだのだ。好悪どちらに転ずるかは合わせてみなければわからないが、何かしらの変化は必ず訪れる。
「全く……その日が楽しみだぞ」
柄にもなくわくわくしている己を自覚しつつも、調べ物はまたの機会だとも思考が過ぎり、ふと、これをどこまで依頼主は知っているのかと、つい問いかけてみたい好奇心に駆られる。
最も、一流のプライドと、彼から与えられる信頼にかけて、行動には起こさないが。
たった一人だけ残ったボンゴレの後継者。その中身は、勉強も運動も不得意な少年。
リボーンはここに来る前、「沢田綱吉」を名乗る少年を、そうとしか捕らえていなかったのは確かだ。
それは、依頼主にしても同じなのだろうか?……それとも。
(あいつの隠している事を、全部知ってる上で依頼したって線も捨てきれねぇあたり、あの人の怖えとこだけどな)
だからこそ、ボンゴレを束ねるボスたり得るのだと、改めてその強さを思ってから、リボーンは再び、行動を開始した。
集合時間からやや遅れて体育館の入り口につくと、何故かそこには、笹川京子が待っていた。
(彼女もバレーに参加するのかな?あれ……でも、チーム編成は全員男子だったはず)
吞気にそんなことを考えていると、体育館の扉が開かれる。
「先生!A組皆、集まりました!」
どうやら、俺が来るのを知らせるために、待っていたらしい。
チラリと見ると、観客はコートを囲むように、全方位に散らばっており、四方八方から、歓声が聞こえる。
「よっ!ツナ、待ってたぜ!!」
「A組の星!」
「一発決めろよー!」
観客のそんな声とは裏腹に、ベンチに集まる選手の顔色は悪い。
「……どうしたの?」
思わず問いかけてから、俺は僅かに後悔した。
いつもなら、必要以上は関わらないはずなのに、昼間に話を聞いたせいか、それとも直前にリボーンにあった影響か、自分でも気付かないうちに、視野を阻めているのかもしれない。
そんな俺の内心には気づかずに、栗原はチームメイトを一瞥してから、重い口を開いた。
「一回戦の相手、C組なんだ。しかもその監督、バレー部の顧問」
その言葉に、この重苦しい雰囲気の理由は理解した。
実力差があると自覚した相手との戦い。しかもその号令をかけるのが、自分たちに教鞭を振る存在だという。
「こっちの、監督は?」
おびえるようにビクつきながら問いかけると、栗原は涙を堪えるように唇に力を入れた。それはまるで自分の無力さを責めるようにも見えた。
彼は力なく、呟く。
……誰も、引き受けてくれなかった、ど。
(少年マンガとかだと、相手を超えて強くなれとかいうけど、現実は難しいもんなぁ……)
ウォーミングアップも済み、試合開始まであと僅か。
見渡した所、栗原も含め、選手は皆、試合相手に完全に気後れしているのだろう。纏わり付く空気もどこか重苦しい。
相手との実力差がはっきり分かっているのなら、いっそ棄権してくれないものか、とまで俺が考えていると、キィと体育館の扉が開く音がする。
(遅れた生徒でも見に来たのかな?)
そう何気なく考えた俺が振り返るのと、その檄が響いたのはほぼ同時だった。
「お前らぁ! 何腑抜けてんだ!!」
かなりの大声に、思わずビクつく演技を忘れ、俺はその声の相手をマジマジと見つめる。
それは自分たちと同世代の少年のようだった。
黒い短髪に同じ黒い瞳。それは鋭く眇められ、俺を含めた周りに向かっている。
まるで見定めるような目に不思議に思いながらも、何気なく見た左手を三角巾で吊っていることで、彼が疲労骨折をしたレギュラーの選手だったのだろうと気づく。
「お前……病院は?」
震える声で相手に問いかける栗原を横目に見れば、まるで迷子の子供が親を見つけたときのように、僅かに目が潤んでいる。
「朝のうちに行けば、放課後には帰ってこれるさ。……どうせ顧問、誰もやらなかったんだろ? 俺にやらせろよ」
ニヤリとまるで悪戯っ子のように浮かべられた笑みは、どこか人懐っこく感じられた。
そこで漸く彼は代理で入った俺に気付いたのか、キョトンと目を丸くさせてから、事情を察したのか、ニヤリと笑みをこぼす。
「ツナじゃん。うちの奴らにはめられたのか?」
やけに気安い口調に僅かに違和感を感じたが、同時に居たたまれなくもなって目線を逸らすと……その先、右足にも包帯が巻かれていた。
(疲労骨折って……まさか二カ所?)
咄嗟に浮かんだ予想を、しかし確かめるのも悪い気がして言葉にはしなかった。
その時試合開始の合図が、体育館に響きわたった。
「あれが……ファミリーの十代目か」
試合開始の合図が響く体育館を、解放されていない二階の部分から見ている人影があった。
物陰に身を潜めているものの、口元に銜えたものの煙が、ゆらゆらとその存在を主張する。
人影はじっと、所定の位置へ向かう「沢田綱吉」を見つめていた。
相手チームのキャプテンと握手しているのは栗原だ。
勧誘の時から薄々予想はしていたが、どうやらこのチームのリーダーは実質奴らしい。
「サーブはあっちだ」
じゃんけんか、コイントスか。どちらかまでは分からないが、運はあちらに味方したらしい。
各々が構える中、俺は、さてどうしようかと、思考を巡らせる。
持田先輩との決闘では死ぬ気弾を打ったからこそ、あのような働きが出来たわけで、本来なら「沢田綱吉」はこのような場で活躍できるほどの運動能力はない。
今回口だけとはいえ、彼は死ぬ気弾は打たないと明言しているのだから、俺が無能な役立たずになる未来は確定したと言ってもいい。
(こうなったら、早々に軽く怪我でもして……)
そこまで俺が思考を巡らせた瞬間、ぞわっと、体中の毛が総毛立つような悪寒を覚えた。
「………え?」
今まで体感したことのない感覚に、俺は今の状況も忘れて呆気にとられた。だからこそ、反応が遅れた。
「……っ!? ツナ!避けろ!!」
ベンチから、監督となった少年の声が届く。
その声に反応するのと同時に、後方から来る何かを視界の端に捕らえた。
咄嗟にそれを目で追いながら首を傾けると、チリと、頬に走る痛みと共に、ブワッと、風が頬に当たる。
次いで、ダンッと、壁が凹むのではないかと錯覚するほどの音を立てて、何かが落ちた。
「………へ?」
ふと、視界の端に映ったそれを否定したくて、俺はやけにゆっくり、それを確認するために後ろを振り向いた。
斯くしてあったのは、コロコロと床を転がる一つのバレーボール。
勿論、種も仕掛けも無し。
「一対零!」
響く審判の声に、それがサーブだと知った。
それと同時に、体に走った悪寒の意味も、否応なしに思い知った。
(あれは……警告だ)
本来の俺の中に宿る、「獣」としての生存本能。
即ち、あれに当たれば怪我では済まない、と。
「目で追ってやがったな」
子供のように幼い声に振り返ると、そこには黒いスーツを纏った小柄な影。
噂には聞いていたが、初めて見るその姿に、緊張から彼はかける言葉を見つけられなかった。
「高校生並みのビックサーバーか。教える側が贔屓したくなる気持ちもわかるぞ」
そんな俺如きの様子など気にも止めず、試合を眺める存在はじっくりと、自らの教え子とその周りの人間の様子を観察している。
「しかしあいつの動体視力は大したもんだな。山の中で育ったとしても、あそこまで見える奴はなかなかいないぞ」
興味深そうに教え子を見つめる、その方の邪魔に極力ならないように気を配りながら、俺は静かに隅に座り込んだ。
「何あの殺人サーブ」
俺の頬の傷を手当てするため。
その理由でタイムをとった俺達は思い思いに考え込んでいた。
そんな中、開口一番に口火を切った俺は、珍しく本気で困惑していた。
あんな超高速超威力なサーブを「ひと」の力でどう対処しろというのだろう。トスやパスの為にボールに触ると、ボールに届くよりも先に大怪我をする威力だし、あれ一本だけで、サービスエースを立て続けに取れる実力はあるだろう。
他の奴らもあのサーブの威力が分かるのか、一様に顔が暗くなる。だがその負の連鎖は、軽快な手拍子の音で断ちきられた。
「切り替え! 切り替え! 今のはしょうがねぇよ」
暫定的に監督職となっている少年は、だけどと笑い俺を見る。
「奴を止める方法はある。……そのためにツナを引き入れたんだろう?栗原」
「…………はい?」
訳が分からないと目を丸くしながら、俺の内心ではさっきからひっきりなしに警報がなっている。
(………聞かない方がいいような気が……!)
しかし耳をふさぐ事はできなかった。
そうして俺は、相手の鼻を明かすための作戦を伝えられた。
C組のキャプテンは確かにサーブが最大の武器だ。
しかし成長しきっていない身体で打つそれには、明確な弱点がある。
……即ち、連続打によって起きる体への負荷である。
その為彼はほとんどの試合で、ここぞと言うときにしか打たなかった。
チームメイトが積極的に相手を追い詰め、相手に最も衝撃を与える場面に当てることで、勝利に導いていた。
しかし今回は違う。
「………俺が狙い?」
そう。今しがたその男は沢田綱吉にサーブを当てようとしたのだ。それ自体は別に間違いではないだろう。隙のありそうな弱者を狙うのは試合に勝つための定石だ。問題は、そのタイミングが余りにも早いことにある。
「この試合は1セットマッチではあるけれども、今のが第1球だろ?……チームが初見ばかりの連中の場合なら、最初に一発強烈なのをお見舞いして、チーム全体の気迫を削ぐ。……それなら分かるんだ。けどな……今回ばかりはそれは全く無意味なものになる」
なぜならここにいるメンバーは、俺以外は全て彼と同じバレー部である。
相変わらず凄いなぁ、程度には思っても、試合が出来なくなるほど精神的な打撃を受けるくらいなら、そもそも試合の組み分けが分かった時点で棄権しているはずだ。
「またツナに関しても、相手は持田先輩との勝負はそこまで詳しくない筈だ。他のクラスだからな。知ってても耳半分。だからそこまでツナを危険視はしない。……本来ならば」
ならば何故、このような早い段階で必殺技とも言えるサーブを打ったのか。
その理由は俺にはとても、予想できないものだった。
「むかついてんだよ。ツナに」
「実はな。噂じゃそいつ………」
その後、監督によって打ち明けられた話に、俺は思わず絶句し、天を仰ぎかけた。
高校生並みのビックサーバーは、学校のマドンナとの呼び声高い、笹川京子に恋をしているらしい。
だからこそ彼女に不埒な真似をした、沢田綱吉を許せないと決意したのだそうだ。……持田先輩との決闘は知らないのに、何故笹川京子との間に起きた出来事を知っているのだろう。
(……うん。最近の子供って、複雑………)
俺は、その一言で彼らの読み切れない情報網とその思考回路を理解することに匙を投げた。
話を戻すと、連続打は良策でない殺人サーブ。
それを考えなく打ち続ければ、当然監督である顧問に止められるだろう。
そうすれば、自分たちがたとえ彼を止めることはできなくても、彼を退場。それが無理でも一時的にベンチに降ろすことが出来るはずだという。
後者は一見、試合に出られなくなるわけではないし、相手に何の打撃もないように見えるだろう。
しかし、周りの、とりわけ本人の精神には、必ず何らかの影響を与える。
それは先達が証明してくれている、のだそうだ。
問題はいざその状態になるまで、彼を冷静にさせずに、殺人サーブを打たせ続けること。
そして、それを相手に諭せないこと、である。
(要するに、俺は挑発役なわけね)
妥当な判断に納得しつつも、俺は溜息をつき……その時胸の内を占めていた感情を、理解した。
(彼らの決定に、不満に思っている?)
なぜだ、と首を傾げ、自問する。
始まりは、栗原の頼みごと。それ以下でもそれ以上でも無いはずだ。……そう、俺は頼まれただけの、部外者なんだから。
正規のバレー部同士の戦いに、俺みたいな素人が邪魔なんてするべきじゃない。……言われたことを、やっていれば良いだけ。
その先で勝負がどうなろうと、俺にはきっと、関係ないのだから。
次々と浮かんでは消える己の声。
これは、俺の内心の感情か?……それとも。
それ以上考えるのが怖くなって、俺はぎゅっと目を強く瞑る。
こちらが相手のキャプテンの過剰なまでの消耗を狙っている。その事は、当然相手にも予測できているのだろう。第1球以降、相手チームは大小いくつもの変化をつけながら、攻撃を繰り返している。
それを見ながら俺が気付いたことは、相手チームのすべてが、玄人……上級者と言うわけでも無い、と言うところである。
……しかし、それ以上に彼らは下手だったが。
「やりーっ! タッチネット!!」
「チャンボ!チャンボ!決めろ!!」
相手側からヤジ混じりの声援が混じり。
「アーッ! このダメツナ!!」
「しっかりしろよぉ!!」
落胆、失望の声を上げる、こちら側の観客。
……そう、タッチネットを行い、チャンボ……チャンスボールを相手に与えたのは俺である。
(俺としては、ダメツナの動きでネットを越えたことを褒めて欲しい所だよなぁ)
ブーイングが渦巻く試合の様相を眺めながら、俺はどうしようもない現状に先刻よりも大きなため息をついた。
栗原達は俺を見れば相手は考え無しにサーブを打ってくるはずだと打算していたようだが、実際の所、そんな簡単に上手くいくわけがないのである。
まず第一に、もし仮に、万が一間違って、件のキャプテンが俺しか見えていないのならば、まずそのキャプテンにボールは渡らない。
第二に、キャプテンがいなくても、ここのチームは決して弱くはないのだ。
只試合において、彼がいた方が敵に圧力をかけられる、気後れしてもらえる。
その程度のメリットで、あくまで保険として、入れられていると言ってもいい。少なくとも、この試合では。
これが上級生や、自分たちと同じ上級者との試合なら、彼らはもっと頻繁に、キャプテンの彼を頼っただろう。
しかし、この試合では、それはない。
言い換えれば、そこまでしなければいけないほどの相手ではないのだ。
そう、完全に問題外とみなされている。
俺達の相手なんて、彼らからしてみれば、次の試合の為のウォーミングアップと言ったところだろう。
「十対零!」
審判の声が高く響いた。
1セットマッチの場合、その得点は十五点先取。つまり、あと五点分でこの試合は終わるのだ。
彼らの眼中にないと言う事実は、同じ部活である彼らの方が分かっているのだろう。
試合開始少し前と同じ、重苦しい空気が場を支配する。
もう駄目だと、誰もが言いかけた時。
「本気、出さねーのか?」
幼い、子供の声。
見ると、どこから入ったのだろうか。
体育館の二階の手すりの上に、とてつもなく尊大に仁王立ちしている赤ん坊がひとり。
(出せるわけ無いだろ!死ぬ気弾が無ければ俺は……!)
そこまで思い浮かべた直後、ヒクッと、俺は、顔を歪めた。何かが無ければ有れば、そんな言葉を、しないことの、出来ないことの理由にして。
「いつの間にか……頼ってた?」
無意識に呟いた言葉に、リボーンはニヤリと笑う。
「やっと気付いたな。ダメツナ」
とてつもなく半端な区切り方ですが、次話で補足を細々と入れさせていただきますので、大丈夫です。
……どこがだ、と突っ込まないでください。どうぞお願いします。
これ以上長々話すのも、多分ご迷惑ですし、だんだん話が脱線していきそうなので、ここまでで。
次回も読んで頂けると嬉しいです。