緋眼の裔   作:雪宮春夏

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お久しぶりです。
やや間を置きながらも、何とかできました。雪宮春夏です。
今回も長くなってしまいましたが、楽しんで頂けると嬉しいです。


第Ⅸ話 オソロシイもの

並盛町に戻ってきた風紀委員長、雲雀恭弥は現在、応接室にてなんとも珍しい客人と対峙していた。

「なるほど。ここが並盛町……話には聞いていたが、なんとも辺鄙な所だな」

見た目は一羽のカラス。

中身はおそらくうん百歳。

奴良組本家お目付役の地位に位置する、高尾山天狗党当主、鴉天狗その人である。

「何それ?貶してるなら噛み殺すよ?」

何とも軽い口調だが、その瞳はぎらりと歪な輝きを放っている。その中に幾ばくかの本気を感じて、鴉天狗は息をのんだ。

鴉天狗自身五百年前から奴良組に仕えている古株で、今現在は子供たちも何人か本家勤めの身の上である。

当然、奴良組に加入していた三代前のきょうやについてもよく知っていた。

(気性が荒いところは、よく似ておるわ……)

感嘆か呆れか判断がつかないまま、鴉天狗は静かに促した。

「あれから動きは?」

「無いよ。妖怪のあの子にはね」

即答ながらも中に何かを含んだような言い方に、鴉天狗は眉を寄せた。

「何だ?その言い方は。あやつは元々妖怪だろう」

「……言ってなかったっけ?」

かみ合うようでかみ合っていない会話に、遊びの一環としている意図を明確に感じ取り、鴉天狗はため息を漏らした。

「言うことがあるならはっきりしろ。なければ口を閉じるが良い」

「固いねぇ。つまらないな」

やや不満を露わにするきょうやだが、そこには先刻のような輝きはない。人間に変化しているからか、こうしているのなら人間の子供と何も変わらないのだろう。

そこまで考えてつい三代目候補の現状まで思い出してしまい、鴉天狗は書類片手にブルブルと頭を振った。

「要請されていたものだ。確認しろ」

素っ気ない口調で差し出したものは、きょうやが先の総会で総大将に要請していたものだ。

その確認が終われば無事に本家へ戻れると、これからのことに意識を飛ばしていた鴉天狗は、次のきょうやの言葉を聞き流すところだった。

「あの子今、人に成り代わってるんだよ」

内容が本家で危険視されている彼のことだと身構えかけ、その内容に目を丸くした。

「人……だと?」

書類に目を向けたまま、きょうやは続ける。

「取り替えっこみたいなものさ。知らない?異国の妖怪の話。見目麗しい子供を自分の子供と入れ替える。まぁ、あの子の場合子どもじゃなくて本人だけど」

何気なくきょうやが話す内容に、鴉天狗は目を見開いた。

「あれは……人に害をなしたと言うことか?子供の方は如何したのだ!?」

「死んだよ。病死。元々重篤だったし、長くは生きられなかった。……ただ居合わせただけさ」

事件性は無いと言ったきょうやの言葉に、鴉天狗は安堵の息を洩らし……啞然とした。

(安堵した?この私は、あれが人を殺めていないことを喜んだというのか……?!)

自分の中に矛盾を見出したかのように感じた。七年前、あれにかけられた二代目の死に関する疑惑は払われてはいない。今となっては、本家でも貸し元達の間でも暗黙の了解となっている。……それ故に、本家からここへ送られたというのに。

「……だからこそ厄介な事になったんだけどね」

動揺していた鴉天狗はきょうやの呟きを聞き逃していた。

「まぁいいや。確かに確認したよ。……彼らはもう放っているの?」

「町中にな。お主の指定した地点には何羽かは常時居着くように言ってある」

業務連絡にしては打てば響く返答に軽く頷いて、きょうやは差し出されていた書類をこちらへよこす。

「じゃあ情報の精査はこちらでやるよ。……何かあったら伝える」

その言葉に頷いて、鴉天狗はそのまま窓の外へと飛翔していく。最後にチラリと見た街並みは、一見平和そのものに見えた。とても厄介な妖怪が巣くう町には見えない。

「しかし、些か多すぎな気もするが……三百羽など、本当に必要なのか?」

監視強化の為にきょうやが要請したのは、鴉天狗一族傘下の鴉、計三百羽。ここまで平穏な町一つ分を監視するだけならば、あまりにも多すぎる数に鴉天狗が僅かばかり不信感を過ぎらせたとき。

「………!?」

カッと光る閃光と、広間一体を埋め尽くす爆発に、思わず鴉天狗は飛行の高度をあげた。

鳥目で眺めるに、数人の人間達が何やら動いている様子が見える。

「必要な……こともあるのかもしれんな」

一見普通に見えはするが、そこはやはり、鴉天狗にとっては不慣れな町。知らない顔もあるのだろう。

そう己を納得させながら、鴉天狗は目を反らすかのように、町から視線を外した。

そこに微弱な畏れがあった事に彼が気がつくのは、まだまだ先の話であった。

 

 

「し……死ぬかと思った……!!」

遙か上空を飛行していた鴉天狗の存在など知ることもなく、山本に抱えられた俺は青息吐息の体でへたり込んでいた。

大袈裟とは思わないで欲しい。リボーンによるナイフの投擲、銃の発砲から始まり、ボウガン、ミサイルランチャー、獄寺のボムと、そのレパートリーの多彩さは某暗黒破戒僧と並ぶのではないかと思わせるほどだった。威力は比べるまでもなく向こうが上だが。

「試験合格だ。これでお前も正式にファミリーだぞ」

その横ではここまでの大暴走を指揮したリボーンが、何食わぬ顔で山本と向かい合っている。

(人を殺しかけておいて合格も何もないだろうが!!)

抗議を入れたいところだが、バクバクと暴れる体を整えるのに一杯一杯で、口を挟める状態ではない。

サンキューと朗らかに笑う山本の神経の図太さに、以前はなかった強さを感じた。

(……あれ?何が変わったんだろう?)

その理由までは分からず一人首を傾げていると、リボーンと共に爆弾をこちらへ投げつけていた獄寺隼人が、こちらへ歩いてくる。

(ま……またなんかやる気か!?)

リボーンと同じボンゴレファミリーの人間。

そこから俺の中では獄寺隼人の危険度はリボーンに次ぐ二番手だが、本人には言ったことは無い。

おそらく本人もそう思われているとは気づいていないだろう。そんな彼は山本に近づき、やや乱暴な手つきで襟元を掴んだ。

「ちょ……ご、獄寺君!!」

殴りかかるつもりなのか、止めようと声を上げた俺の思惑とは外れ、獄寺は薄い笑みを浮かべた。

「よくやった」

山本の方も、噛みついてくるばかりだった獄寺からの予想外の言葉に驚いたように目を見開いている。

「十代目を守ったんだ。ファミリーと認めねぇ訳にはいかねぇ」

渋々ながらという感じを隠そうともせず、眉をしかめた状態で獄寺は話す。

「だが十代目の右腕は俺だからな!……お前は肩甲骨だ!!」

右腕をいやに強調して宣言する獄寺に、俺もかける言葉に迷うことになった。

そもそも俺は右腕とやらを必要とした覚えもないし、できればどちらとも進んで関わりたくはないのだが。

「肩甲骨………」

獄寺の言葉に暫し言葉をなくした山本だったが、やがて堪えきれないというように、大笑いを始めた。

「なんか……面白ーな!獄寺って!!」

肩まで組み始めたその態度になれなかったのか、慌てたように振り払う。

そんな獄寺を見ながら、俺は日に日にリボーンに、外堀を埋められていくような感覚を覚えていた。

(気のせいだと、良いんだけど………)

遠い目でこれからの平穏に思いを寄せる俺の心も知らず、自称右腕コンビは、どちらが右腕となるかという議題を、当事者である俺が不在の状態で争い合っている。

「なんだと、こらっ!!てめぇは鼻毛だ!!!」

「だったらお前は鼻糞だ!!」

こちらからすれば、どちらがどうであろうが、最早どうでも良いレベルである。

(……というかこの二人、何気に仲が良い?)

いつまでも言い争いを続けるふたりを止める気も起きず、俺はリボーンに、制止を急かされるまで、いつまでも空を流れる雲を眺めていたのだった。

 

 

フリーである殺し屋のリボーンは、依頼さえあれば自分の向かった経験のない、未開の地へ出向くことも多い。そんな時は、とりわけ情報収集に重きを置いている。

特に季節の変わり目は、人の往来が激しいこともあるので情報収集は死活問題とも言えた。

未開の地で信頼できる人間に出会える確率は低い事も相まって、リボーンは他の同業者とは違う方法を選択していた。

それは地域に根付く、小動物や昆虫類を利用することだ。

数が膨大な彼らの情報網は驚くほど広く、どんなに用心深い相手でも基本虫の有無まで気にかける事は滅多に無い。殺し屋のリボーンからすれば情報収集に、偵察と、使い方も豊富な有能な相棒達でもある。

最も、そのためにはこちらとの上下関係を徹底的に教え込む必要があるのだが、それに要する時間は1時間とかからないのが、リボーンの常であった。

しかし、なぜか並盛町ではいつものそれが適用されなかった。別段、小さな存在の抵抗が他より激しいわけではない。むしろ逆である。

こちらが接触するより先に、様々な情報を持ってこちらへ尋ねてきたのだ。

“お前ら、なんで俺にここまでしてくれるんだ“

常人には理解できない虫の言葉で問いかけると、夏になってから訪れるようになった夏の子分達……甲虫と鍬形虫が、おそるおそると言った体で答えてくれた。

“兄貴は、希望ですから“

話を詳しく聞くと、どうやら情報を渡す代わりに、自分たちを守って欲しいのだという。

“守る? 何からだ?“

そう問いかけて帰ってきた言葉は、何とも要領を得ないものだった。

“名前は言えません。オソロシイものなんです。儂らだけじゃない。鳥や小動物だって怯えてます。……平気な顔してんのは、鴉ぐらいですわ“

鴉という言葉に、そういえばこの頃町の至る所で鴉を見るようになったと、リボーンは思い当たった。

その鴉達はどうして平気なのかと問いかけると、俄には信じがたい情報が入ってきた。

“奴らはここらの奴じゃない。組から派遣されてきた連中だから、組の後ろ盾があるんすよ“

「組」……俗に言うやくざ者の存在に、リボーンは不穏な匂いを感じて、眉を寄せる。

更に続ける彼らの話によると、ここも一応は件の組……奴良組の領土の一角なのだという。

“でもこの地には奴さんらの金になりそうな強い奴なんて、いないんですよ。奴らが重宝するのは、より多くの信仰を集める土地神だ。儂ら生身の昆虫なんざ見向きもしない“

だからこんな非道なことが出来るのだと、それは続けた。

そこまで聞いたリボーンは、会話の一部に引っかかるものを感じ、眉を寄せる。

(土地神?……生身だと?)

考えれば考えるほど、その困惑は膨らんでいく。そもそも、いくらボンゴレが拠点がイタリアであり、日本には顔が利きにくいとはいえ、また件の組がこの国にしか影響を与えていないとはいえ、精鋭揃いのボンゴレ諜報部に、今まで情報を掴ませていなかったという所がおかしすぎるのだ。

「そいつらは……一体何なんだ?」

無意識に人の言葉で呟いたとき、漸くリボーンは、自分の考えの中にある矛盾に気づいた。

この辺りを領土とする奴良組なるやくざ者。

信仰を集める土地神を欲し、昆虫たちを「生身」という存在。

聞いたリボーンは、人間であるかを疑ったが。

(まず、今時の人間だったら、「土地神」云々でまず胡散臭すぎる……!)

リボーンが、それに気付くのが遅れた理由は、偏にリボーンの中の常識が、既に一般人とは一線を画しているからにほかならない。

それを後悔したことはリボーンには無いし、諸所の事情を鑑みれば仕方なかったとも割り切っているが、それが現在の反応の鈍さに繋がっていることには忸怩たる思いを抱く。

(少なくともそいつらはまともな存在じゃねぇ……ここまでくると、人間じゃねぇと仮定した方が良いかもしれねぇな)

なんであれ、今のリボーンには決定的に情報が足りなかった。

その自覚がリボーンの中で僅かな焦りともなっていた。

この町に来てから、沢田綱吉と関わる度に、自分の情報不足を痛感する。

今までは何事においても先手を打ってきた自分が、後手に回ることが多い気がしてならないのだ。

先日、十年バズーカに寄って現れたランボも実力はまだまだだったが、おそらく沢田綱吉についての情報の保有量は俺より多いのだろう。

彼が攻撃の態勢に入ってからの沢田綱吉は、どう見ても挙動不審の一言に尽きた。

(特に……あいつが攻撃態勢に入ってから、あいつは何かおかしかった)

今思い返して見ても、その違和感ははっきりと分かっている。加えて奴の放ったいくつかの単語。

(「ひょうい」、「はつ」、そして……「コロウリ」)

試しに心当たりはないかと、単語を並べたところ、子分達は一気に自分との間の距離を開いた。

その反応の仕方も、なにやら気にかかる所だ。

(まぁあの反応を見るに、間違いなく何かは知っているようだが)

確信を深めるものの、それを聞き出すのは中々に難しそうだった。何せ三つの単語だけでかなりの警戒を示しているのだから。

“お前ら。守るにしても情報がねぇと、俺も守りようがねぇぞ?“

暗に詳細な情報を渡せと催促すると、昆虫の一匹がブルルルと、震えた。

“情報が無い!そこまで知っておきながら!ご冗談を!!“

何故だが憤慨を表すその個体を下手に刺激するのも得策とは思えなかった為に、リボーンは顔を背けて解散の意を伝えようとした時。

「リボーン!」

悲鳴にも似た声と共に珍しく表情を動かした綱吉が部屋に駆け込んだ。

「……って、うわぁぁぁぁ!!!」

その瞬間、三々五々に散っていた虫たちが、一斉に俺の顔へと昇っていった。その素早さはまるで。

(まるで……怯えているみてぇに)

「お前一体何してんだよ!!」

「その言葉、そっくりそのまま返すぞ」

綱吉の叫びに間髪を入れずに、言い返して、リボーンは、容赦ない跳び蹴りをお見舞いする。

「いったぁ!何すんだよ!!」

本気で痛いのかと疑いたくなるほどの見事な猫かぶりに溜息をつくも、リボーンは、内心彼をしばくことを決意する。その理由は単純だ。

「ツナ。今日はじっくり話そうか?」

我ながら子供らしいと言えるだろう笑みを浮かべると、何故か彼は青白い顔で震えていた。

少しだけ哀れにも思うが変えてやるつもりはない。

……なぜなら。

「俺の夏の子分たちが怖がってるぞ。お前一体何したんだ」

「何もしてないよ!!」

聞く内容に注意しなければ、いつもの会話と同じようにしか感じなかっただろう。しかしリボーンは、過去への問いかけも含めた上でそう問うたのを、綱吉はまだ気づいていないようだった。

そして、迂闊なことに……二人とも、予想もしていなかった。

緋眼と呼ばれた妖怪である沢田綱吉が、赤ん坊に説き伏せられている様子を観察する鴉の存在も、それと同じように現状を眺める虫たちのことも。

その情報を得た者達が、次にどう行動するかにも思い至らぬまま、彼らの時はゆっくりと流れていった。

 

「そりゃビアンキだな」

漸く俺の話を聞いてくれたリボーンが出した答えに、俺はいやな予感を抱く。

「まさか……お前が呼んだのか?」

「ちげーぞ。……多分俺の居場所を調べて会いに来たんだろうな」

否定するリボーンだが俺は半信半疑だ。その言い分を信じるなら、俺は理由もなく出会い頭に毒殺されかけたことになる。少しでも殺されかけた理由を知りたくて、彼女との関係を尋ねた俺の言葉に帰ってきた返答は素っ気ない。

「仕事仲間だ」

「それだけ?」

念を入れて尋ねると、何故か迷うように視線を彷徨わせる。

「……リボーン?」

重ねて尋ねると、リボーンは観念したように溜息を漏らす。

「愛人だ」

「………はい?」

堂々と掲げられた右手は四を示すもの。

4番目の愛人、ということなのだろうか。

見た目に似合わぬあまりの解答に、俺は言葉をのんだ。

「……人間として、どうなの?それ……」

僅かな間を挟んで紡ぎ出せたのは、その一言で。

流石のリボーンも批難されるだろうことまでは予想がついていたのか、憮然としている。

悪びれる様子も無く、ただ置いてあった(おそらく母さんが入れたのだろう)焙じ茶を飲むリボーンに、俺は無言の圧力を与えるように睨み続ける。

彼自身からしたら鬱陶しいだけの気にも止めない行為なのだろうが、俺がやらなければ気が済まなかった。

妖怪である以上、どんなに努力しようが「人間」としての生活など送ることは不可能、というのが俺の持論だ。

俺は覚醒する前から人とは成長の早さが既に異なっていたし、人に関わるよりも小妖怪達や義弟といる方が楽しかったので、人の世界にはほとんど触れる事は無かった。

沢田綱吉としては関わってはいるものの、ご存じの通りの有様なのだから言うまでも無い。

そんな「人間」に対してあまり夢も希望も抱いていない俺が、ただ一つだけ尊敬……いや、羨望するのが、その恋愛観である。

自らの命をかけてでも、誰かを愛し抜くこと。

無論そのほとんどは創作物の中での話だが、俺もいつかそんな思いをしてみたいとは、幼い頃より思っていた。人から妖怪になった者達の身の上話などは、良くねだって話して貰ったものでもある。

もちろん年を重ねた今は、すべての恋愛がそうだとは言う気はない。……しかしだ。ものには限度と言うものがある。

(本命と愛人が別にいると仮定して二人……複数の相手と同時に関係を持つなんて、どの世界でもやって良いことじゃ無い……よね?)

今下手な陰陽師に見つけれは、たとえ人間の姿をとっていても、間違いなく俺は滅せられるだろう。

俺はリボーンに向けて、それだけのおどろおどろしさを放っていた。

「宅配便でーす!」

階下の玄関先から若い女の声が聞こえたのは、そんな時だった。

「ツナ、行ってこい」

その場の空気に限界が来たのか、呟くリボーンの声はやけに弱々しい。

無視して睨み続けようかとも思ったが一向に去る様子の無い気配に、母さんが出かけている可能性に思い至った。

(仕方ないか)

溜息を一つこぼして、俺は軽い足取りで階段を降りていく。

そこで何が起きるのかはまだ知る由も無かった。

 

 

「まったく……とんだくわせものだな」

敢えて口から声を出すことで、混乱から頭を冷静に戻す。

今しがたの睨み、常人ならば恐怖のあまり発狂する威力に達していたというのに、躊躇いが何もなかった。

それほど己との間の壁が薄くなっているという事なのか。単に隠すことが億劫になっているだけなのか。

(まぁ、隠せないなら仕方ないで、開き直っている可能性が濃厚ってとこだな)

彼の心情を予測しながらも、リボーンはふと自らのあまりの変わりように苦笑をこぼした。

教え子の過度ともとれる守秘思考を何とか改善しようと、自らの距離を詰めることを選んだのは確かにリボーンだが、始めてみればそれは思ったほど苦になる事では無い。

むしろ一挙手一投足を遠慮無く注視できる点は利点ともいえたし、同時にこんなおかしな慣れも出てきている。

(ついこの間までは肌が粟立ってたっていうのに、今は何とも感じねぇ。……まぁ、意識的にやっている分、無意識にブレーキをかけてるんだろうが、それでもこれは進歩だな)

焙じ茶を再び口に含み、ほぅと息をついて……やけに下が静かなことに気がついた。

尋ねてきた相手から物を受け取るだけなら、こんなに長くかかることはまず無い。

仮に必要な印鑑などが見つからず、待たせているにしても、物を物色する何らかの音は聞こえるはずである。

漠然とした、然し無視することはあまりに危険な違和感に、リボーンは眉をひそめ、音をたてること無く階下へ向かった。

 

 

朦々と立ち込める煙を、俺は薄れかけた意識で眺めていた。

目の前には毒マスクを被った女の姿……おそらく彼女がビアンキだろう。俺の姿を確認するやいなや、彼女は毒マスクを被り、手に持っていた何かの蓋を開けた。

その瞬間に感じたナニカ。それを知る前に気づけば俺は床に横たわっていた。息ができなく、頭も上手く働かない。

死ぬかもしれない。朧気になっていく意識の中で、ふと浮かんだ思考。それがとてつもなく怖いと感じた。

……感じて……しまった。

(ま……まずい……!!)

現状の危険さに意識が急激に浮上するが、それも一瞬でしか無い。体から血の気が引いたのか、みるみるうちに再び意識が遠のく。

薄れ行く意識の中でもう一人の俺の嗤い声が聞こえた。

ぼんやりと開いた目の奥で、ジリジリと何かが焼けるように……あつい。

(違う……これ………は)

あついのは、体では無い。

 

 

……血だ………!

 

 

ビアンキは内心歓喜していた。

愛するリボーンをこんな辺鄙な場所に縛りつけている原因、ボンゴレ十代目はここで死ぬのだ。

意識は既にないのか、ダランと体から力が抜けているのがわかる。目は閉じられており、息もごく僅か。虫の息と言ったところだろう。

「これで……リボーンは自由になれる」

感極まりこぼした声は思ったよりも大きく聞こえた。

いけない。こんな簡単な殺しで誰かに見つかってはリボーンに、呆れられてしまう。

そのことに恐怖したビアンキは息をのんであたりに視線を走らせる。どうやらまだ人の気配はない。大丈夫のようだと胸を撫で下ろした。

リボーンにとってはビアンキは愛しい人の一人に過ぎない。

仕事仲間にまでして貰えているのは、ビアンキができる女だからだ。彼からの信頼を無くせばビアンキはリボーンを仕事中と言う限られた時間とはいえ、独占する事が出来なくなる。

幻滅されないように気をつけることは彼女にとっては必須だった。

さて、どうしようか。

ビアンキは手持ち無沙汰の様子で、息絶えようとしているボンゴレ十代目を見つめた。

自らの毒によって息絶える彼ではあるが、事件性を感じられる訳にはいかない。

本当なら自ら口に入れて貰うのが一番良かったのだが、今しがたの邂逅で、顔を覚えられている可能性も高かった為に、このような手段に及んだのだ。

ふむと、証拠隠滅の方法を考え込んでいたビアンキはそこにいた鴉達の劈くような声で意識を向け……それに気づいた。

「な……何ですって……!?」

いつの間にか、倒れていたはずのボンゴレ十代目は立ち上がっていた。

いや、それだけではない。驚いたビアンキを見るその顔は薄く、だが確かに頬笑んでいた。

まるで、幼子を見るように。

「見事だな。だがまだまだ甘い」

それからでた声は当然ながら、ボンゴレ十代目のものだった。しかし、ビアンキの殺し屋としての勘が今ここにいるボンゴレ十代目が、さっきまで彼とは少し違うように感じられた。

「敵を葬るときは……確実に息の根を止めておくものだ。……小娘」

ボンゴレ十代目はそう呟きながら、ビアンキの毒を手で弄っている。

本来なら焼け爛れるはずなのに、手には何の傷も無い。

「……どういうこと?」

仕事をしてきた中で、今まではあり得なかった事態にビアンキは我が目を疑った。

それに答えることなく、ボンゴレ十代目はポイと弄っていたはずの毒を外に放った……直後。

「………!!」

驚きのあまりに、ビアンキは息をのんだ。

無造作に弄っていたはずの毒はまるで礫のような形状に変わっており、一直線に煩いくらいに鳴いていた鴉達に当たる。

その直後、毒によって命を失い、次々と落ちてくる鴉。それはどこか不自然に感じるほどに……異常に数が多い。

「まぁだいたい、こんな物か」 

満足げにそう呟いてから、ふとボンゴレ十代目の目線が動く。顔を動かしたわけではないのに、何故か彼の一挙手一投足に、視線を走らせなければならない気がした。

「そろそろ……出てきたらどうだ?赤ん坊」

 

こちらに向けられた目は、ギラリと緋色に輝いている。

沢田綱吉と全く同じ顔、同じ声であるにも関わらず、与える雰囲気が真逆のように感じられた。

「てめぇは一体……何だ?」

結果として口を開いたリボーンが、問うたのはその一つだけ。だがその言葉に薄らと口だけで微笑んだ緋色の目は、何の感情も見えなかった。

「おかしな事を……お前は知っているはずだろう?」

そして最後にはさも面白そうに笑い出す男の顔は今まで相対したどんな敵よりも恐ろしく感じられた。

 

 

赤ん坊も小娘も口を開かない中、ただ笑い続けた俺はふと心地よい眠気を感じて、らしくもなく穏やかな笑みをこぼした。

どうやらもう一人の俺の意識が戻るらしい。急激に落ちていく意識の中で、あれが向けられるだろう恐怖に満ちた彼らの表情を思い浮かべながら、俺は意識を落としていった。

 

「……あれ?……リボーン?」

ふと気がつくと、上の自室にいるはずのリボーンが、立っている。しかしその顔は何故か不機嫌そうだ。

(あれ?俺なんかした?)

思わず心当たりを探って見るも何もなく、首を傾げた俺の肩に、ピョンと飛び乗ったのか、ズシリとしたリボーンの重みが増える。

「大丈夫か?ツナ」

(何が?)

咄嗟に心の中でそう尋ねるが、まずそういわれる心当たりが無い。しかし今のリボーンに易々とそんな解答はできなかった。なぜだかそれを言ったら、容赦のない跳び蹴りがお見舞いされてしまいそうな……そんな予感がしたからだ。だからこそ、俺はなんと答えれば良いかは分からなかった。

「……おめぇ、ビアンキのポイズン・クッキングで死にかけたんだぞ」

「ポイズンクッキング?」

この時リボーンは、何故か丁寧にポイズンクッキングとやらを説明してくれた。

何でもある時期からビアンキが作る料理は何故か簡単なものでもすべて毒入りになっているらしい。それが、ポイズンクッキングの原型である。彼女はその特技を利用して、殺しとしての料理を極め、いつからか「毒サソリ」の異名を持つようになった。

(……というかそれって………)

今ならはっきりと分かる。この家に彼女が来た際に感じたナニカ。

それは……畏れだ。

(つまりこの人って……俺やランボと同じ……)

妖怪。その二文字が脳裏をよぎり、そして何故かそれは何の抵抗もなく、俺の中に落ち着いた。

(あぁ……そうなのか……)

外国からくるのは、そればかりなのか。

俺は過ぎ去った平穏を思いながらも、諦めの溜息を吐き出した。

 




ビアンキ初登場です。
切る場所を考えて少々中途半端なところになってしまいましたが、お許しください。
次もおそらく、また一週間くらい間が空くと思いますが、気長に待って貰えると嬉しいです。
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