きっとこの小説を開いた人はタイトルにインパクトにひかれて来た人で、内容にガッカリし、このページを去ることでしょう。
でも僕はこの小説が、どこかの、だれかの、テレビに対する認識を変えられるものになればいいと思います。
テレビがないということ
僕の家には小さい頃からテレビがない。
いや、テレビがないというよりはアンテナがない。
父が独り暮らしの頃使っていたブラウン管ならあるが、埃をかぶっている。屋根にアンテナはない。
普通は家の屋根にプロバイダ(?)と契約したアンテナがあるが、別に僕の家がマンションで、アンテナがベランダにあるって屁理屈でもない。
僕の家は一軒家で、ベランダもある。
ただ屋根の上に何もないだけだ。
僕はこの状態を"テレビがない"と呼んでいる。
あっても見れないのは無いのと同じことだから。
だがそれは世間一般にとっては異常なことのようだ。
たとえば僕は友達から昨日のテレビ番組の話をふられる度にごめん、「僕んちテレビないんだ」と言わなければならなかった。
言われた側も、しまったといった顔でごめんと言ってきたものだから、こちらが申し訳なくなってしまったことも十や二十ではない。
テレビというものは便利なもので、ニュースや天気だけでなく、アニメやドラマ、バラエティーや音楽番組、CMまで映し出す。
でも僕の家にはテレビがないから、友人達のアニメの話やドラマの話は分からず、友人が口ずさんでいる曲すらも分からない。
所謂、時代遅れというやつだ。
世間一般からして、テレビがないイコール貧乏という認識になるようだが、僕の家は貧乏ではないと思う。(たぶん)
テレビ以外の三種の神器と呼ばれる、冷蔵庫も洗濯機もある。エアコンもあるしIHもある。なのにテレビはない。
なので僕の家はある程度生活環境も整っている(と、僕は思う)、裕福な家と呼べるのではないだろうか。
だが、世間一般からして、テレビがないということはとても大きな事のようだ。
僕にとってテレビとは祖母の家に行った時、たまに使わしてもらう程度の感覚でしかない。
が、友人に聞けば、休日などは一日中つけっぱなしの場合もあると言う。そんな家庭も日本にはたくさんあるのではないだろうか。
きっとそんな家庭はテレビがついていることが日常の一部になっているのだと思う。
家にテレビがないと言うと、「ニュースや天気はどうするの?」と、聞かれたことが何度もあったが、聞いてきた彼らがニュースや天気を見ているとは思えなかった。それに僕の家は新聞をとっていたので、大きなニュースは新聞の表紙に載っているし、天気も天気欄を見れば一週間分わかるから、別にニュースや天気に困ってはいなかった。
だから僕は家にテレビがないのが日常で、当たり前だったのだ。