ビルの屋上にはマントをなびかせた一人の少女がいた、その少女は自分の身長を超えるほどのカノンを一丁携えていた。
その眼が見る先には一台のヘリコプターが音をたて飛んでいる。
「ディエチちゃん~今回のターゲットはあのヘリコプターよ、しっかり狙って頂戴」
「…分かってるよ、クアットロ、任務はしっかりやるよ」
ディエチと呼ばれた少女は、姉であるクアットロに素っ気無く答える、その答えを聞いたクアットロはいたずらげにどこか困ったようにため息を一つ吐く。
「んも~ディエチちゃん、まだこの作戦、乗り気じゃないの?」
「……ターゲットのこと知ってたら参加し無かったよ」
二人が言うターゲットとは、目の前のヘリコプターで運ばれている一人の少女であった。
その少女は人口的に聖王の器として作られた子供だ。
今回の作戦はディエチがこの場で砲撃し、その作品の成功か失敗かの確認の為の物であった。
もし成功作なら撃墜した後に回収、失敗作ならそのまま処分という残酷なものである。
ディエチは今回の作戦の詳細を知らされること無く、参加を強制されていた。
「いくら聖王の器だとしても、落ちたら死んじゃうかも知れないし」
「その時は固有スキル『聖王の鎧』を持ってないから実験は失敗、また次の実験に行くだけよ」
「………」
一人の少女をまるで人と思っていない姉に対して、ディエチは複雑な心境に包まれる。
そして一つの疑問が心に浮かんでいた。
(私たちがやっていることは何だろう、本当にこのままこんなことを続けてていいのかな?)
今までこなした任務の中には今回のように、人を殺めるような物もあった。
そのたびにディエチの心の中には違和感が生まれていた、その違和感は今回のターゲットの詳細を聞かされた時に確信なる疑惑に変わっていた。
だがいくら疑問を抱えようと、いくら辛かろうと命令を聞くしか無かった。
なぜなら今まで命令に従って生きてきた、言われるがままトリガーを引いてきた。
怖かった、もし逃げ出したとして他の姉妹に処分されるのが、何も知らない外の世界で一人で生きていくのが。
だがこんな事を続けるぐらいならいっそ他の姉妹の手で、という気持ちもわずかにあった。
そんな思想から現実に引き戻すかのように、手にしているカノンからチャージ終了を知らせる振動が一瞬ひびいた。
「クアットロ、チャージ終わったから何時でも撃てる」
「あら、それじゃあよーく狙って撃っちゃっていいわよ~」
「……了解」
クアットロからの許可を聞いたディエチは照準をヘリコプターにセットし、少しのためらいの後、そのトリガーを引いた。
トリガーを引いて一瞬、目の前のヘリコプターが轟音と共に爆煙に包まれた。
「はい、命中~♪ お疲れ様ディエチちゃん」
「黙って、目視確認中」
後ろからあっそと聞こえたがそれを意図的に無視し、自分の砲撃の着弾点を凝視し続けた。
次第に爆煙が晴れて行く中、一つの違和感が見え始める。
(煙の中にピンク色…?まさか!)
完全に煙が晴れた時、信じられない光景が目に飛び込んで来た。
それは一人の魔導師が突如現れ、ディエチの砲撃を完璧に防ぎきった光景であった。
「そんな!防がれた!」
「管理局の魔導師も中々やるわね~、それにあの姿は」
自分の後ろでクアットロが不適な笑みを浮かべている事に、全く気がつかないほどの衝撃を受けていた。
まさか自分の砲撃を受け止めるほどの魔導師がいるとは―!
「任務は失敗、それに相手はまだ正確な場所は掴めてない、ディエチちゃん撤退するわよ」
「………分かった、今いくよ」
魔導師の方を見ていたディエチは返事をするとそのまま踵を返していった。
この時ディエチは少女が無事なことの安堵と、自分の一撃が防がれたという衝撃と同時に今までに感じたことが無いほどの罪悪感に包まれていた。
(何でだろう、何でこんなに辛いんだろう、こんなに罪悪感を感じたのは始めてだ)
あの魔導師が必死になり少女を助けた姿を見て、ディエチの頭の中はさまざまな思考が渦巻いていた。
―また自分は誰かの大切な人を殺めてしまうのか
―また自分は罪の無い人を殺めてしまうのか
―また自分は手を血で汚すのか
(苦しい、この苦しさが私自身の罪…?なら私はどうしたら!)
さまざまな思考と罪の意識がディエチ自身を更に縛り付けていく。
アジトに戻った後、ディエチは一人答えの出ない自問を繰り返していた。
このままドクターの命令のままにトリガーを引いてもいいのか?
世界を敵に回しても遂行する意味があるのか?
本当に自分たちがやっていることは正しいのか?
もし本当に正しいのならなぜ自分はこんなにも苦しいのか?
そもそもなぜただの兵器である自分達に心があるのか。
こんなに苦しいのなら心なんて要らなかった。
ただの心無き兵器で居ればこんなに苦しむことなど無かったのに!
「私がやってる事って何なんだろう、何時までこんな思いをしなきゃいけないんだろう…」
思考が更なる深みに入り、思考の迷路に陥りかけた時、足音が二つディエチの元に近づいてきた。
「どうしたディエチ、こんな所に一人で」
「……チンク姉にノーヴェ」
「そんな辛気臭い顔して座り込んで恐えぇぞ」
「何時もピリピリしてるノーヴェに言われたくないよ」
「何だとテメェ!」
「止めろノーヴェ、すぐに怒るから言われるんだ」
「ウッ…悪かった」
ばつが悪そうに言うノーヴェを横目にチンクは更に問いただす。
「それで、どうしてそんなに辛そうな顔をしている?」
「……私たちのやっている事は本当に正しいのか、世界を相手にやる意味はあるのかって思っちゃって…」
「さっきの作戦の時にターゲットが小さな女の子だと知ったとき、今まで押えていた気持ちが、一気に押し寄せてきて
よく分かんなくなっちゃって」
「小さな女の子がターゲット?」
「うん、ちゃんと聖王の器として完成しているかを確かめる実験だったんだ」
「それでその子を必死に守る魔導師も居て…」
そこまで話を聞いた二人はまず驚きに包まれていた。
自分たちは戦う為だけに作られた『戦闘機人』、その存在意義である戦いに疑問を持つ。
そんな悩みを、自分たちの存在を揺るがすほどの矛盾を抱えている事に。
「あたしたちは戦う為だけの存在だろ?ドクターの手足になって任務を遂行する」
「戦闘機人はそう言う存在だろ?」
今まで考えた事も無い疑問を聞いたノーヴェは反射的にそう答えてしまった。
「…私たちは本当に戦う事だけが生きる価値なのかな?だったら何で私たち個人に人格があるのだろ?」
「そ、それはそのほうが扱いやすいって判断したんだろ!?」
「それじゃあ私みたいな物は扱い辛いんじゃ、こんなに辛いならいっその事本当にただの心無い兵器だったほうが…!
」
「それまでだ二人とも」
「チンク姉…」
「なぜドクターが一人一人に人格を与えたのかは確かに気になる、自分たちの事もだ」
「だか今はそれを考えてる時では無い、戦う時だそれは分かっているな?」
「うん…」
「だったら今はその事は忘れろ、この戦いの後姉も一緒に考えよう」
「ありがとう、チンク姉」
「気にするな、姉も気になる所ではあるからな、ただ今はこの戦いに集中しろ」
「……」
「それでは姉達はもういくぞ」
無言で微笑むディエチに告げると二人はそのまま歩いていった。
「…いくら苦しもうと我々はもう引き返せない所まで来てしまっている、ならば」
「何か言った?チンク姉?」
「いや、何でも無い」
遠ざかる二人の足音を聞きながら、ディエチはまた答えの無い自問を繰り返す。
何時までこんな事が続くのか、後何人撃てばいいのかと…
六課はナンバーズとの戦闘に破れ、タイプゼロである『ギンガ・ナカジマ』と、
聖王の器である『ヴィヴィオ』をさらわれてしまった。
しかし、ナンバーズのチンクも戦闘不能まで追いやられていた。
この戦いにより戦況は一気に動いた。
そしてスカリエッティは鍵であるヴィヴィオを使い『聖王のゆりかご』を動かす。
これにより戦いは最終局面に突入していた。
聖王のゆりかごの最深部、聖王の間にヴィヴィオは捕らえられていた。
そこはその名に似使わず、ただ聖王が座るための王座が一つあるだけでの質素な空間であった。
そして空間の奥に設置されている王座には、捕らえられたヴィヴィオが泣き声をあげながら座らされている。
「ひっく、助けてなのはママ」
「泣かないでください、聖王さまぁ?これはとても素晴らしい事なんですから~」
「怖いよ~ママ~!」
部屋の中はヴィヴィオの泣き声が響き渡っていた。
その泣き声を聞いて、一人は口元に笑みを浮かべ、一人は絶望的な表情を浮かべている。
「………」
「どうしたの?ディエチちゃん?ひどい顔してるわよ?」
「…それ分かってて言ってるよね?」
「ディエチちゃんはとぉってもいい子だからこ~ゆ~事は嫌いなのよね~」
「………」
「あらあら?ディエチちゃん何処に行くの?」
「そろそろここにも攻め込んでくるはず、だから迎え撃つ、それが任務だから」
「そ、じゃあ任務しっかりお願いね」
そのままディエチは返事をせず廊下に歩いていった。
その背を冷たい目、まるでガラクタを見るかのような目でクアットロは見送り
「駄目ねディエチちゃん、無駄な感情なんて覚えちゃって、使えない子」
と静かに呟く。
泣き声に耐えられず廊下に出たディエチは思わずその場にへたり込む。
あんな小さな女の子を自分たちの目的のために利用するなんて。
あんなに泣いているのに、どうしてクアットロは平然としていられるのか。
怖かった、自分が知っている人物とはまるで別人に見えてしまった。
今までは任務だと自分に言い聞かせ動いてきたがもう限界だ。
――私たちは間違ったことをやっている――
ディエチは堪えて来た何かが壊れていくのを感じ取った。
「やっぱり私たちは間違ってたんだ、それにもっと早く気づければあの子もあんな目に会わなくて済んだかも」
答えを出すのが遅すぎたとディエチはそう思う。
だが後悔してもそれも遅かった、もう進むしか道は無くなっているのだから。
いくら罪の大きさにつぶされそうになっても今は戦うしかないのだ。
そう自分自身の渦巻く思考に飲み込まれ苦しむディエチを無理やり現実に引き戻すよう、一つの反応がエリアサーチに引っかかった。
「来ちゃった」
進むしか無いディエチは、侵入者に砲撃を撃とうと構える。
しかし己のカノンを構えるのと同時に視界は迫り来るピンク色の魔力光を捉えた。
それが砲撃だと気がついた時、もう自分の体は吹き飛ばされていた。
(何時の間に砲撃を!?それにこの威力…本当に人間の物?)
思考が現実に追いつけず、ただ唖然とするしか無いディエチとその傍らに転がっているカノンを、先ほど自分を宙に浮かせた砲撃と同じ色が拘束する。
羽を舞わせて目の前に一人の魔導師が降りるとバインドで拘束をされていることを再度確認した後、こちらの目をみる。
「とりあえずしばらくこのままでガマンしててね、すぐ他の人が来るから」
その短い一言の後、魔導師は己のデバイスにある確認をし始めた。
どうやらエリアサーチをしてはいるものの先に進む道を見失っているようだ。
名前も知らない目の前の魔導師の焦っている姿を眺めていると一つの考えがよぎった。
何でこの人はここまで必死なのだろうか、その答えを知りたくなったディエチは思わず口を開いていた。
「ねぇ、もしかして道に迷ってる?」
「迷ってたら道を教えてくる?」
「…教えてもいいよ」
答えを聞いた魔導師は驚いたようにディエチに振り向いた。
「…本当に教えてくれるの?」
「うん、ただその代わり質問に答えてほしい」
「質問?」
一息
「貴女は何の為にここまで来たの?」
「このゆりかごの浮上を阻止し、要救助者を救助する為」
「それってあの女の子の事?」
「そうだよ、あの子、ヴィヴィオを助けたいんだ」
やっぱりと思った、この魔導師はあの女の子を助けに来た。
命をかけてここまで来るという事はおそらく、あの子は大切な子なんだ。
「そんなに大切な子?」
「うん、すごく大切な子、気がつかない内にあの子は私の中でとっても大きな暖かい存在になってた」
「………そっか、もう一つ聞いてもいい?」
「正確な道を教えてくれるなら」
「それは分かってるよ、貴女が戦ってる理由って大切な物や大事な物を守る為?」
一度目を伏せた後、ゆっくりと何かをかみ締める様に答えが送られてくる。
「私は、いや私たちは守る為に戦ってる」
「何か理不尽な目にあってる人をどこかで苦しい思いをしている人を、そんな人たちを助けてあげたい」
「この力ならそれが出来るから私は全力で飛んでいるんだ」
何てまっすぐな人なんだろう、誰かの為なんて一切の曇りの無い瞳、表情で言えるなんて。
あぁこの人が羨ましい、私もこの人のように自分に正直でまっすぐに居られたらどれだけいいか…
「あなた達と同じ戦闘機人の二人の子もそうだよ、体が人と違うって事を前向きにして生きてるよ」
壊す為にでは無く誰かを守る為に戦う、そんな事今まで考えた事も無かった、いやたとえ考えたとしてもただの操り人
形だった自分には出来なかっただろう。
だけど自分と同じ戦闘機人の二人はこの人と同じ生き方をしている。
「守る為、か」
「そろそろ教えてくれるとうれしいんだけど」
「そうだね、引き止めてゴメン、ヴィヴィオが捕まってる聖王の間はこの先をまっすぐ行った場所だよ」
ヴィヴィオへの道を嘘無く教える、それが己が変わる為の一歩になるかも知れない。
「この先だね」
「敵の言葉を疑いもせずに信じるんだ」
「話してて君は嘘をついて騙したりする子じゃないって何となく思ったから」
「変な人」
「よく言われるよ、道教えてくれてありがとね」
一言お礼を言うとそのまま真っ直ぐ飛んで行く姿を見て、ディエチは何とも言えない気持ちになっていた。
「本当に変な人だったなー、敵にお礼なんて言っちゃって…でも悪い気はしないな」
あの魔導師にお礼を言われて、ディエチは心が少し軽くなったような気がした。
それは乾ききっていた心に落とされどんどん広がっていくように感じた。
これが誰かを守ると言う事なのか、なんて気持ちなんだろう。
もしこの戦いが終わり、罪を償う機会があれば全力で償おう、そして他の二人のように私も誰かを守りたい。
いや、まずはあの子、ヴィヴィオに謝らなくっちゃ。
ただの機械であった自分が終わった事を感じたディエチは、安堵からかその意識を徐々に手放してった。
この後ゆりかごは止められドクターが捕まり、ナンバーズも全員確保、六課の完全勝利に終わった。
そしてナンバーズ達は牢獄に残る者と、更生プログラムを受ける者に別れた。
その更生プログラム組にはディエチの姿もあった。
「そーいえばギンガに聞いたんスけど、あの戦いでクア姉がすっごいトラウマを負ったらしいッスよ」
「あの他人にトラウマを植え付けるのが趣味な様な奴がかよ」
「何でも、白やピンクを見ると悪魔が来る~て怖がるらしいッス」
「何か嘘くせぇな、ディエチは最後まであの中に居たんだよな?」
「居たけど、途中で気絶したから知らない」
知らないと言ったけれど大体の予想は付いていた。
けれど知らないと言ったのに特に意味は無かった、ただ何となくあの人の事は黙っていたかった。
クアットロがトラウマを負うほどのダメージを受けたと聞いて、少し心がすっきりした。
きっとディエチはドクターやクアットロに不信感を持っていたはず